説明

被覆電線および自動車用ワイヤーハーネス

【課題】 優れた導電性能及び強度を具えながら外部磁場による影響を低減し、より軽量の被覆電線、及びこの被覆電線を用いた自動車用ワイヤーハーネスを提供する。 【解決手段】 第一素線及び第二素線をそれぞれ1本以上撚り合わせてなる導体部を具える信号用電線である。第一素線には、銅、銅合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属線を用いる。第二素線には、第一素線と異なる金属線を用い、比透磁率を4.0以下とする。導体部の構成素線の比透磁率を4.0以下とすることで、外部磁場による渦電流損に起因した温度上昇を低減し、絶縁層の劣化や絶縁不良などを抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆電線、この被覆電線を用いた自動車用ワイヤーハーネスに関するものである。特に、外部磁場による不具合を低減することができ、より軽量な被覆電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車には、通常、車両内にワイヤーハーネス(内部配線)が配備されており、このワイヤーハーネスにより車両内の電装品への電源、通信、センシングなどを行っている。このワイヤーハーネスは、主に、電線、保護材、電線の端部に取り付けられるコネクタなどの端子から構成され、電線の導体として、従来、銅を主成分とする金属線が用いられている。
【0003】
近年、自動車の低燃費化の要求から車両部品の軽量化が進められつつあり、ワイヤーハーネスも例外ではない。また、省資源やリサイクルの必要性からも、銅の使用量の低減が求められている。
【0004】
ここで、電線に必要な特性は、大きく分けて二つ挙げられる。一つは導体抵抗であり、もう一つは引張強さである。上記ワイヤーハーネスの電線の導体によく用いられる銅は、非常に電気抵抗の低い金属材料であるため、線径が比較的細いものを用いても電線として十分な導電性が得られるが、電線に必要な引張強さを保つためには、線径をある程度大きくする必要がある。従って、引張強さを保ちつつ銅の使用量を低減することが求められる。
【0005】
一方、電線の導体として、ステンレス鋼線の外周に銅層を具える導体がある(例えば、特許文献1及び2参照)。また、異種の金属線を撚り合わせてなる電線の導体として、ステンレス鋼線と銅線との撚線(例えば、特許文献3及び4参照)などがある。
【0006】
【特許文献1】特開平1−283707号公報
【特許文献2】特公平7−31939号公報
【特許文献3】特公昭63−23015号公報
【特許文献4】特開平1−225006号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記ワイヤーハーネス用の電線の導体において、所定の引張強さを保持しながら銅の使用量を低減する対策として、銅よりも高硬度である銅以外の金属線や銅合金からなる金属線の使用が考えられる。銅以外の金属として、例えば、アルミニウムが挙げられる。しかし、アルミニウムは、銅と比較して靱性が低いため、導体の端部に端子の圧着を行う際などに破損し易いという問題がある。そこで、アルミニウムに熱処理を施したり、アルミニウム合金化することによって靭性を高くし、圧着の際などの破損防止を図ることが考えられるが、この場合、強度と靭性との両立が難しく、必ずしも十分な解決策となるとは限らない。また、銅合金を用いる場合は、そもそも強度の大きな向上が期待できないため、電線に求められる強度を考慮すると、銅の使用量の低減や軽量化に限界がある。
【0008】
そこで、上記のように単一種の金属のみで導体を形成するのではなく、複数種の金属を組み合わせた導体が考えられる。例えば、特許文献1や2に記載される導体は、めっき法やクラッド法にてステンレス鋼線の外周に断面積比5〜70%の銅層を形成することで、導体抵抗が低く、高い引張強さを具えると共に、靭性にも優れる。しかし、この導体は、ステンレス鋼線を製造した後、銅層の形成をしなければならず、製造に時間がかかるだけでなく、このような銅層を既存のめっき法やクラッド法ですると、コストが非常に高くなる恐れがある。
【0009】
一方、特許文献3、4に記載される導体は、銅などの金属線とステンレス鋼線とを撚り合わせることで、比較的低コストで製造できると共に、強度を上げることが可能である。しかし、近年、自動車の多機能化に対応するために車両内の小さな空間に信号用の電線や電源用の電線(パワーケーブル)などの多くの電線が混在して配置される。このような環境において、本発明者らが調べたところ、パワーケーブルなどに交流電流が流れることで、パワーケーブルの近傍に配置されるその他の電線に種々の不具合が生じる恐れがあるとの知見を得た。
【0010】
具体的には、上記パワーケーブル近傍に信号用の電線などのその他の電線が配置される場合、ケーブル通電時、通電に伴って生じた磁場によりその他の電線に鉄損(渦電流損)が生じてこれらの電線の温度が上昇して導体が許容温度を超え、導体の外周に具える絶縁層の劣化が早まったり、絶縁層が予想寿命に至る前に絶縁不良による短絡事故などが生じる恐れがあることがわかった。
【0011】
また、上記パワーケーブルの近傍に特に信号用の電線が配置され、同ケーブルに交流電流や高周波のパルス信号が流れた場合、信号用の電線に磁束が発生して、過大な電磁誘導ノイズが生じることがわかった。
【0012】
そこで、本発明の主目的は、上記観点から、優れた導電性能及び強度を具えながら周囲磁場による影響を低減して、より軽量な被覆電線を提供することにある。また、本発明のほかの目的は、この被覆電線を具える自動車用ワイヤーハーネスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、導体部を異種の金属素線で構成すると共に、素線の比透磁率を特定することで上記目的を達成する。
【0014】
即ち、本発明被覆電線は、第一素線及び第二素線をそれぞれ1本以上撚り合わせてなる導体部を具える。第一素線は、銅、銅合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属線を用いる。そして、第二素線は、第一素線と異なる金属線からなり、比透磁率が4.0以下である素線を用いる。
【0015】
本発明は、まず、導電性を確保するべく、第一素線として電気抵抗の低い材料、具体的には、銅、銅合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属を用いる。次に、本発明は、銅の使用量の低減による軽量化、及び引張強さなどの強度の向上を図るべく、第二素線として、第一素線と異なる金属線、好ましくは高強度な金属線を用いる。
【0016】
そして、本発明は、交流電流が流されるパワーケーブルなどの近傍に配置されることで、パワーケーブルなどが発する外部磁場によって生じる渦電流損により、特に、電線の導体部の温度が上昇し過ぎることを効果的に抑制するべく、渦電流損を低減するために導体部の構成材料の比透磁率を規定する。具体的には、第二素線の比透磁率を4.0以下とする。
【0017】
以下、本発明をより詳しく説明する。
本発明被覆電線は、第一素線と第二素線とからなる導体部を具える。
<導体部>
(第一素線)
第一素線は、銅、銅合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属線を用いる。また、第一素線は、1本以上用いる。複数本用いてもよく、このとき、第一素線は、全て同種の金属線としてもよいし、複数種の金属線を組み合わせて用いてもよい。このことは、第二素線も同様である。第一素線として、アルミニウム線、又はアルミニウム合金線を用いる場合、銅線や銅合金線と比較してより軽量にすることができる。
【0018】
銅線は、化学成分が銅及び不可避的不純物からなるものが挙げられる。銅合金線は、化学成分が銅と、Sn、Ag、Ni、Si、Cr、Zr、In、Al、Ti、Fe、P、Mg、Zn、Beよりなる群から選ばれる1種以上の元素と不可避的不純物とからなるものが挙げられる。アルミニウム線は、化学成分がアルミニウム及び不可避的不純物からなるものが挙げられる。アルミニウム合金線は、化学成分がアルミニウムと、Mg、Si、Cu、Ti、B、Mn、Cr、Ni、Fe、Sc、Zrよりなる群から選ばれる1種以上の元素と不可避的不純物とからなるものが挙げられる。
【0019】
(第二素線)
第二素線は、第一素線と異なる金属線を用いる。特に、上記銅、銅合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金以外で、引張強さなどに優れる高強度材が適する。具体的には、ステンレス鋼、チタン合金などが挙げられる。公知の金属材や合金材を用いてもよい。これら強度に優れる金属線を用いることで、銅の使用量を低減して軽量化を図ると共に、強度の向上を図ることができる。そして、本発明では、第二素線として比透磁率(磁場Hが50Oe(50×1/4π×10A/m)の試験環境下)が4.0以下のものを利用する。比透磁率を4.0以下とすることで、パワーケーブルなどからの磁場による渦電流損に起因する発熱を低減することができる。温度上昇をより効果的に抑制するためには、比透磁率を2.0以下とすることが好ましい。
【0020】
交流電流が流されるパワーケーブルなどの電線の近傍に配置されたその他の電線は、パワーケーブルなどの電線が通電されると、ケーブルなどからの磁場の影響で渦電流損により熱が発生する。このとき、電線(特に導体部)自体の温度が上昇することに加えて、この温度が上昇した電線の周囲に配置される別の電線の温度をも上昇させる恐れがある。特に、自動車用のワイヤーハーネスに利用される電線は、通常、非常に細径であり1本1本の発熱は小さくても、車種などによって異なるが200〜400本程度といった非常に多くの電線が束ねられていることがあり、電線束全体でみると無視できない熱量となることがある。そして、この熱により、電線の許容導体温度(例えば、80℃)を超える可能性があり、この温度上昇に伴って、絶縁層(被覆)の劣化や絶縁不良による短絡事故などが発生する恐れがある。このような不具合の対策として、導体抵抗がより大きい材質からなる電線を利用し、導体の温度が許容温度以下となるようにすることが挙げられる。しかし、この手法では、所要の電流量を得るべく導体の断面積を増加させなければならず、ハーネスがより重く、太くなってしまい、軽量化を図ることができない。渦電流損の大きさを変化させるパラメータとしては、上記電線の導体抵抗の他に交流磁場の周波数、導体材料の比透磁率が考えられる。或いは、より耐熱性の高い被覆材を利用する、電源用のパワーケーブルとその他の電線とを離して配置することでも渦電流損を小さくすることができる。しかし、交流磁場の周波数は、電流の規格などに制限されて実質的に変更が難しく、高耐熱性の被覆材の利用はコスト高を招き、電源用のパワーケーブルとその他の電線間を離すこともスペースの関係上限界がある。そこで、本発明では、導体部を構成する第二素線の比透磁率を制御することで、外部磁場の影響による温度上昇の低減を図る。
【0021】
更に、第二素線として、比透磁率が1.1以下の金属線を用いると、上記温度上昇低減効果に加えて、ノイズ特性を向上することができてより好ましい。上記のように近年、自動車用ワイヤーハーネスに用いられる電線は、自動車の多機能化に対応するために、軽量化及び細経化を目指しており、その結果、車両内の小さな空間に信号用の電線や電源用の電線などの多くの電線が混在して配置される。このような環境において、本発明者らが調べたところ、第二素線として磁性を有する高強度の鋼線を用いた導体を具える電線を多量に密集させて配置し、この状態で電線の近傍に配置される電源用のパワーケーブルなどに交流電流や高周波のパルス信号が流れた場合、鋼線の材料物性によっては、磁束が発生して、電気回路中に過大な電磁誘導ノイズが生じる恐れがあることがわかった。そして、上記電磁誘導ノイズの低減には、比透磁率を1.1以下とすることが効果的であることがわかった。そこで、本発明電線を信号用電線に利用する場合などでノイズ特性の向上をも望む場合、比透磁率を1.1以下にすることを提案する。
【0022】
第二素線の比透磁率を4.0以下にする具体的な方法としては、例えば、化学成分としてTiのような比較的比透磁率が低い材料を用いたり、比較的安価で高強度材であるγ系(オーステナイト系)ステンレス線を利用する場合、加工条件によって比透磁率を低下させることが挙げられる。具体的なステンレスとしては、例えば、比較的比透磁率が低い準安定オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS302やSUS304を用いることが挙げられる。このようなステンレス鋼は、公知のものを用いてもよい。
【0023】
また、特定の製造条件にて作製したステンレス鋼を用いて、比透磁率の低減をより効果的に行ってもよい。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼において比透磁率上昇の原因となる加工誘起マルテンサイト量を低減するような製造条件を適用することが挙げられる。例えば、線引き加工において、トータルの加工減面率を低くすることが挙げられる。加工誘起マルテンサイトは、線引き加工量に伴って増加するため、加工度(加工減面率)により発生量を調整することができ、トータルの加工度を小さくすることで、同じ成分のステンレス鋼でも、比透磁率を小さくすることができる。線径やダイス径、ダイス形状などにより多少の差がでることもあるが、概ね加工度を90%以下とすることで、比透磁率を4.0以下、加工度を75%以下とすることで、比透磁率を2.0以下にすることができる。また、比透磁率を1.1以下にするには、加工度を40%以下とすることが挙げられる。加工度が小さいほど加工誘起マルテンサイトを抑制することができるが、後述するように引張強さ500MPa以上の導体を得る場合、加工度は、ある程度大きくすることが好ましい。例えば、線径0.16mmφ程度の銅線を3本と同ステンレス線を4本とを用いて導体を構成する場合、ステンレス線のトータル加工度は、30%以上とすることが好ましい。また、線引き加工の際、ステンレス鋼の周囲の温度が低いほど、マルテンサイト相は、誘起され易いため、例えば、線引き加工の際のダイス冷却や線引きされた線材の巻き取り釜の冷却を停止するなどして、加工温度を高めにすることも有効である。
【0024】
トータルの加工減面率が40%超の線引き加工を行った場合は、線引き加工後に熱処理を施すことで、線引き加工により形成された加工誘起マルテンサイトを減らすことができる。上記熱処理は、通常の固溶化熱処理温度(1000℃超1100℃以下)よりも低い温度、具体的には800℃以上1000℃以下で行うことが好ましい。このような熱処理を施すことで、発熱やノイズ抑制の状況に応じて比透磁率を変化させることができる。
【0025】
このように特定範囲の加工度で線引き加工を行ったり、線引き加工後に特定の熱処理を行うことで、引張強さを大きく損なうことなく、比透磁率を低減することが可能である。ノイズ特性の向上を考慮すると、加工誘起マルテンサイトは、少ないほど好ましく、10体積%以下、特に5体積%以下とすることが好ましい。
【0026】
(全体構成)
導体部は、上記第一素線と上記第二素線とを撚り合わせて構成する。第一素線及び第二素線は、それぞれ1本以上用いる。例えば、第二素線を1本用いて中心線とし、第一素線を7〜8本用いて外周線とした撚り線としてもよいし、第一素線及び第二素線の双方を複数本用いた撚り線としてもよい。また、複数の第二素線を撚り合わせて中心線とし、その外周に第一素線(外周線)を撚り合わせた構成としてもよい。第二素線を複数本化することで、例えば、自動車のエンジンの近くに配置された場合、エンジンの振動による断線を防ぐことができる。第一素線の含有率が大きいほど、導体抵抗は小さいが、強度が低くなり易い。一方、第二素線の含有率が大きいほど、強度に優れる反面、導体抵抗が高くなり易い。従って、適当な導体抵抗、及び強度が得られるように第一素線及び第二素線の本数を適宜選択するとよい。このような本発明被覆電線は、自動車などのワイヤーハーネスの電線に適しており、具体的には、通信を行う信号用電線、機器への電力供給を行う電源用電線(パワーケーブル)、その他接地線などとして利用することができる。特に、自動車用ワイヤーハーネスの信号用電線として用いる場合、信号や電流を流す際の電圧降下や許容電流値を考慮すると、導体部の導電率は、2%IACS以上60%IACS以下であることが好ましい。また、電源用電線として用いる場合は、80%IACS以上であることが好ましい。このような導電率を満たすように第一素線、第二素線を組み合わせるとよい。
【0027】
また、自動車用ワイヤーハーネスの電線として用いる場合、導体部の引張強さは、400MPa以上700MPa以下であることが好ましい。従来の銅線のみで構成された導体の場合、引張強さは250〜350MPaであり、上記高強度な導体と同等の電線破断荷重を達成するには、素線径を大きくする必要がある。これに対して、本発明電線は、上記のような高強度化により、銅線のみからなる導体と比較して、例えば、必要な引張強さを500MPa以上とする場合、最小でも20%近く素線径の低減が可能であり、最大70%近く素線径を低減することができる。従って、本発明は、高強度でありながら、より細径とすることができる。
【0028】
なお、各素線を撚り合わせた導体部の外周には、塩化ビニルなどにて被覆(絶縁層)を形成する。また、撚り合わせた導体部は、ダイスなどに通して絞り込み圧縮させることで、より細径とすることができる。
【0029】
<端子部>
上記導体部の端部には、導体部を外部部品と電気的に接続するべく、端子部を取り付けておく。ここで、本発明では、上記のように導体部を異種の金属を組み合わせて構成する。このように異種金属からなる導体の場合、単一種の金属で構成された導体には生じ得なかった問題、具体的には、通電時のイオン化傾向が異なることによる電池腐食の発生という問題がある。また、導体部の端部に取り付けられる端子も、通常、金属で構成されるが、この端子部についても、導体部を構成する金属と異なる金属で構成する場合、電池腐食が生じる恐れがある。しかし、従来は、異種の金属を組み合わせた場合の対策、特に、端子をも含めた場合について、十分検討されていなかった。
【0030】
具体的には、耐食性試験の評価は、導体部位のみを腐食環境に曝すだけで行っており、実機使用と等価な電流、電圧を負荷した状態で行われていなかった。従って、従来は、電池腐食の観点から、導体だけでなく端子材料をも含めた材料スクリーニングが十分に行われていなかった。そこで、本発明者らは、上記電池腐食の観点から、材料の検討を行い、以下の知見を得た。
【0031】
1.端子が雨水に曝された状態で端子に電流が流れると、端子と導体との異種金属間において電池が形成され、端子の腐食が加速的に進み、導体と端子との固着力が急速に低下する恐れがある。
2.導体と端子間や導体を構成する素線間に腐食が生じた場合、抵抗の増大により、所望の電流量を得られない恐れがある。
【0032】
一般に、異種金属同士が接触し、通電状況において相互間で電子を授受可能な環境にあった場合、電子の発生のし易さが金属によって異なることに起因して、電池腐食が発生する。特に、自動車用ワイヤーハーネスでは、導体部と端子部間に接触抵抗が生じていることから局所的に大きな電位差が生じるため、雨水や水蒸気などと接触するような腐食環境に曝される場合、腐食が著しく進行し易い。そこで、本発明者らが検討した結果、このような電池腐食を防止するには、導体部を構成する素線間の腐食電位差、素線と端子部間の腐食電位差が特定の範囲内となるような材料を選択することが好ましいとの知見を得た。そこで、電池腐食の抑制を考慮する場合、第一素線と第二素線間の腐食電位差、第一素線と端子部間の腐食電位差、第二素線と端子部間の腐食電位差をいずれも0.5V以内となるように、第一素線、第二素線、端子部の構成材料を選択することが好ましい。特に、端子部を構成する金属材料としては、上記第一素線及び第二素線の少なくとも一方と異なる金属を用いることが好ましい。即ち、上記腐食電位差の関係を満たせば端子部は、第一素線と同種の金属、又は第二素線の金属と同種の金属を用いてもよい。具体的には、銅、銅合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金からなる群において、第一素線と同種の金属を用いてもよいし、第一素線で選択されなかった金属を用いてもよい。また、ステンレス鋼、チタン合金、炭素鋼などからなる群において、第二素線と同種の金属を用いてもよいし、第二素線で選択されなかった金属を用いてもよい。より具体的には、例えば、第一素線として銅線を用いる場合、端子部は、銅で構成してもよいし、黄銅などの銅合金にて構成してもよい。第二素線としてステンレス鋼線を用いる場合、端子部は、ステンレス鋼で構成してもよい。端子部の取り付けは、かしめなどの圧着により行うとよい。
【0033】
上記構成を具える本発明電線を少なくとも1本具える本発明ワイヤーハーネスは、各電線自体において外部磁界による発熱に伴う温度上昇を低減できるため、各電線の周囲に配置される他の電線に対しても温度上昇を防止できる。従って、本発明自動車用ワイヤーハーネスは、外部磁界に起因する電線束の発熱や、温度上昇に伴う熱的な劣化を効果的に防止することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明被覆電線、及びこの電線を具える本発明ワイヤーハーネスは、異種金属を組み合わせて導体部を構成することで、銅の使用量を低減して軽量化及び高強度化を実現できると共に、コストの低減をも実現する。特に、本発明では、導体部を構成する第二素線の比透磁率を特定することで、外部磁場による影響、具体的には、渦電流損による温度上昇を低減し、絶縁層の劣化や短絡事故などを抑制する。また、比透磁率をより小さくすることで電磁誘導ノイズの低減をも図ることができ、信号特性を向上できる。更に、本発明は、異種金属で構成される素線間や、素線と端子間の腐食電位差を特定の範囲内とすることで、電池腐食を効果的に抑制して、耐食性の向上を図ることができる。加えて、本発明は、銅の使用量の低減によりリサイクル性の向上も図ることができ、今後の環境問題を考慮すると、極めて有効であると共に、非常に工業的価値の高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0036】
比透磁率が異なる導体部を具える被覆電線をそれぞれ作製し、このような電線を複数本束ねた電線束を交流電源用のパワーケーブルの近傍に配置し、ケーブルに交流電流を通電した際の電線の温度変化を測定してみた。
【0037】
試験に用いた導体部は、1本の第二素線を中心線とし、8本の第一素線を外周線として撚り合わせた9本撚り構造とした。各第一素線は、タフピッチ銅(C1100)からなる線径φ0.140mmの銅線を用いた。第二素線は、線径φ0.225mmのステンレス鋼線を用い、トータルの加工減面率を変化させることで比透磁率を異ならせた。具体的には、比透磁率を2.0とした試料No.Aでは、SUS304からなるステンレス鋼を用い、トータル加工減面率:70%程度の線引き加工を施して作製した。比透磁率を4.0とした試料No.Bでは、SUS304からなるステンレス鋼を用い、トータル加工減面率:90%程度の線引き加工を施して作製した。比透磁率を6.0とした試料No.Cでは、SUS631からなるステンレス鋼を用い、トータル加工減面率:70%程度の線引き加工を施して作製した。このようなステンレス鋼線を中心として、銅線と撚り合わせて導体部を得た。各導体部の導電率を調べたところ、試料No.A:17.5%IACS、No.B:17.8%IACS、No.C:18.4%IACSであった。また、各導体部の引張強さを調べたところ、試料No.A:552MPa、No.B:776MPa、No.C:632MPaであった。このような導体部の外周に塩化ビニルによる絶縁層(厚さ0.20mm)を設けて被覆電線を作製した。そして、試料ごとに約200本ずつ被覆電線を用意して、断熱テープでバインドして電線束とした。本例では、電線束10の長さlを0.3〜0.4mとした。
【0038】
図1(A)は、電線束の温度変化の測定方法を説明する説明図、(B)は、交流電源用のパワーケーブルから発生する磁場が電線束に影響を与える状態を説明する説明図である。上記のように試料ごとに複数の被覆電線11を断熱テープ12で結束した電線束10をパワーケーブル30に並列させて配置する。本例では、パワーケーブル30と電線束10との中心間の距離lを0.1mとした。また、本例に用いたパワーケーブル30は、銅導体を具えるものであり、通電時、許容電流に近い電流が流れ、このとき、銅導体がほぼ80℃まで温度が上昇する。このケーブル30は、通電用変流器21を介して、出力周波数を変化可能な交流電源20に接続される。通電用変流器21は、電源20のu端22、v端23に接続される。電線束10の表面には、温度計40に接続されるプローブ41の先端が配置され、電線束10の中心部の温度を測定可能としている。この状態で、交流電源20をコンセントなどに接続し、交流電源用のパワーケーブル30に通電を行うと(図1(B)では、紙面手前から紙面奥に向かって電流が流れている状態を示す)、ケーブル30は、図1(B)の矢印の方向に磁場が発生し、電線束10は、この磁場の影響を受ける。具体的には、渦電流損が発生して発熱し、温度が上昇する。図2に試験結果を示す。また、試算結果(曲線D)を合わせて図2に示す。なお、本試験においてケーブル30の通電条件は、電流:100A、周波数:1000Hzとして行った。
【0039】
図2において、試算結果と実験データ(図2の○印)とに差が生じたのは、電線に施した被覆(絶縁層や断熱テープ)により、放熱性が小さくなり、実測の温度上昇がより大きくなったためと考えられる。しかし、試算結果及び実験データから、比透磁率が小さいほど温度上昇度合いが小さいことがわかる。従って、渦電流損に起因する温度上昇を抑制するには、比透磁率を小さくすることが好ましいことがわかる。特に、導体部の許容温度を80℃、電線の周囲温度を40℃、許容温度と周囲温度との差、即ち、80−40=40(K)を許容温度差とし、温度上昇度合いの許容範囲を許容温度差の5%、即ち、40K×5%=2K以下とするには、試算結果及び実験データの差異を考慮すると、比透磁率を4.0以下にすることが好ましいといえる。また、温度上昇度合いの許容範囲を許容温度差の1%、即ち、40K×1%=0.4K以下とするには、試算結果及び実験データの差異を考慮すると、比透磁率を2.0以下にすることが好ましいといえる。
【0040】
上記試験から、比透磁率を制御することで、電線自体の外部磁界による発熱・温度上昇を低減できると共に、電線束を構成するその他の電線に対しても温度上昇を防止することができる。そのため、本発明被覆電線を利用することで、ワイヤーハーネスなどの電線束とした場合、外部磁界に起因する電線束の発熱や熱的劣化の防止を効果的に行うことができる。
【実施例2】
【0041】
表1に示す金属材料にて導体部及び端子部を作製し、導体部の端部に端子部を取り付けた被覆電線を作製した。そして、得られた被覆電線に表2に示す条件で塩水噴霧試験を行った後、端子部の固着力の低下率を調べて、耐食性を評価した。試験の結果を表3に示す。
【0042】
導体部は、第一素線を3本、第二素線を4本の合計7本を撚り合わせて作製した。第一素線及び第二素線は、いずれも線径φ0.16mmとした。そして、撚り合せ後、その外周に塩化ビニルによる絶縁層(厚さ0.20mm)を設けた。端子部は、自動車用ワイヤーハーネスに用いられている一般的なコネクタ形状とした。
【0043】
そして、第一素線と第二素線の腐食電位差、第一素線と端子部の腐食電位差、第二素線と端子部の腐食電位差をそれぞれ求めた。これらの腐食電位差も合わせて表1に示す。
【0044】


【0045】
表1において腐食電位差(V)は、常温海水中(流速3.0m/s、温度20℃)における各金属の腐食電位により算出した。また、表1において第一素線に用いた銅は、タフピッチ銅(C1100)、銅合金は、70Cu−30Ni合金、第一素線に用いたアルミニウム合金は、JJS 7075に規定のもの、端子部に用いたアルミニウム合金は、JIS 6061に規定のものである。第二素線及び端子部に用いたステンレス鋼は、JIS SUS304Sに規定されるもの(トータルの加工減面率:70%)に軟線化(固溶化)処理(1150℃×3秒)を施したものである。第二素線に用いたチタン合金は化学成分(質量%)がTi−22V−4Alのもの(大同特殊鋼株式会社製DAT51;登録商標)、同じく第二素線に用いた鋼はJISに規定されるSWP−B(線材SWRS82B)である。なお、第二素線の比透磁率は、ステンレス線:1.0012、アルミニウム合金:1.0002、チタン合金:1.0001であった。鋼線については測定していないが、一般に5000−7000程度の高比透磁率を有する。
【0046】
表3において、固着力の低下率は、塩水噴霧試験前後の引張強さを比較して求めた。
【0047】


【0048】

【0049】
噴霧試験後において、各被覆電線の状態を調べたところ、第一素線と第二素線間の腐食電位差、第一素線と端子部間の腐食電位差、第二素線と端子部間の腐食電位差のいずれの腐食電位差も0.5V以内の試料No.1−1、1−2及び1−8では、微少な腐食が認められたものの、表3に示すように固着力は、全く低下しておらず、耐食性に優れることが確認された。
【0050】
これに対し、第一素線と第二素線間の腐食電位差、第一素線と端子部間の腐食電位差、第二素線と端子部間の腐食電位差のうち、いずれかの腐食電位差が0.5Vを超えた試料No.1−3〜1−7では、腐食が著しく促進されていた。特に、これらの試料No.1−3〜1−7は、いずれも第二素線と端子部間の腐食電位差が0.5Vを超えていることで、表3に示すように、端子部の固着力が腐食に伴って急激に低下することが確認された。また、試料No.1−3及び1−4では、第二素線と端子部間だけでなく、第一素線と第二素線間においても腐食が著しく生じていた。なお、表3の試料No.1−4、1−7のおいて、固着力の低下率が測定不能となっているのは、腐食が進んで第一素線を構成するアルミニウム合金が溶出し、第二素線のチタン合金線やステンレス線のみが残されたためである。
【0051】
また、噴霧試験前において試料No.1−1、1−2、及び1−8の導体部の導電率、導体部の引張強さを調べたところ、試料No.1−1は32%IACS、603MPa、試料No.1−2は38%IACS、586MPa、試料No.1−8は40%IACS、592MPaであった。この試験から、第二素線の比透磁率を特定の値にすると共に、端子部を特定の材料にて構成することで、温度上昇の低減に加えて、耐食性にも優れる電線が得られることが確認された。
【実施例3】
【0052】
上記実施例2の試料No.1−2に用いた第二素線と同様のステンレス鋼を用意し、ステンレス鋼の比透磁率を変化させてみた。本例では、線引き加工時のトータルの加工減面率を0〜70%の範囲で変化させることで比透磁率を変化させた場合(図3)と、線引き加工後(トータルの加工減面率:70%)の軟線化処理時の加熱温度を900〜1150℃の範囲で変化させることで比透磁率を変化させた場合(図4)とを示す。軟線化処理において加熱温度の保持時間は、いずれの温度においても3秒とした。
【0053】
その結果、図3に示すように線引き加工時の加工減面率を変化させることで、比透磁率μを変化させることができることがわかる。特に、トータルの加工減面率を40%以下とすると、比透磁率μは、1.1以下になることがわかる。
【0054】
また、図4に示すように線引き後の軟線化処理時の加熱温度を変化させることで、比透磁率μを変化させることができることがわかる。特に、1000℃以上とすることで、トータルの加工減面率を40%超としていても、比透磁率μを1.1以下にできることがわかる。
【0055】
これら比透磁率を変化させたステンレス鋼線を第二素線とし、上記実施例2の試料No.1−2に用いた銅線を第一素線とし、実施例1の試料No.1−2と同様にして、信号用電線を作製した。そして、この信号用電線と従来の自動車用ワイヤーハーネスに用いられている交流電源用電力線(パワーケーブル)とを合わせてコイル状に巻き取り、これらを外部からの磁束を排除した箱の中に収納し、この状態で、交流電源用電力線に交流信号を流したときの信号用電線のエラーの発生確率を測定した。第二素線に用いたステンレス鋼線の引き抜き加工時のトータルの加工減面率、軟線化処理時の加熱温度、透磁率、及び信号用電線のエラー発生確率を表4に示す。エラー発生確率は、高周波信号の振幅が所定の振幅の70%以下となった発生率とした。
【0056】

【0057】
表4に示すように、SUS304のような準安定オーステナイト系ステンレス鋼を用いた場合、トータルの加工減面率が40%以上の線引き加工を行うと、信号エラーが生じ易いことがわかる。これは、線引き加工に伴い加工誘起マルテンサイトが急激に増加したためであると考えられる。実際、加工誘起マルテンサイト量を測定したところ、試料No.2−3では、26体積%であったのに対し、試料No.2−4では、57体積%と多かった。
【0058】
また、表4に示すように、SUS304のような準安定オーステナイト系ステンレス鋼を用い、トータルの加工減面率が40%以上の線引き加工を行った場合であっても、その後の熱処理により、信号エラーの発生を防止できることがわかる。これは、線引き加工により生じた加工誘起マルテンサイトが熱処理により低減されたためであると考えられる。実際、加工誘起マルテンサイト量を測定したところ、試料No.2−5では、25体積%であり、試料No.2−4よりも低減していることが確認された。
【0059】
このことから、第二素線としてステンレス鋼線を用いる場合、加工度や熱処理温度などの製造条件により加工誘起マルテンサイト量を制御する、即ち、比透磁率を特定の範囲に制御することで、渦電流損による温度上昇の低減に加えて、信号エラーを効果的に防止できることが確認された。
【0060】
また、試料No.2−1〜2−6の導体部の導電率、導体部の引張強さを調べたところ、試料No.2−1は38%IACS、543MPa、試料No.2−2は38%IACS、562MPa、試料No.2−3は38%IACS、591MPa、試料No.2−4は38%IACS、655MPa、試料No.2−5は38%IACS、607MPa、試料No.2−6は38%IACS、681MPaであった。従って、試料No.2−1〜2−6は、例えば、自動車用ワイヤーハーネスの信号用電線として、十分利用できることが確認された。特に、試料No.2−1〜2−3、2−5は、信号エラーの発生率も低く、自動車用ワイヤーハーネスにより適していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明被覆電線は、自動車などのワイヤーハーネスの電線として利用することが最適である。具体的には、通信を行う信号用電線、機器への電力供給を行う電源用電線、その他接地線などにも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
[図1](A)は、実施例1で行った試験を説明するものであり、電線束の温度変化の測定方法を説明する説明図、(B)は、交流電源用のパワーケーブルから発生する磁場が電線束に影響を与える状態を説明する説明図である。
[図2]比透磁率と、信号用電線の温度上昇との関係を示すグラフである。
[図3]線引き加工時のトータルの加工減面率と比透磁率との関係を示すグラフである。
[図4]線引き加工後に施す固溶化熱処理時の熱処理温度と比透磁率との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0063】
10 電線束 11 被覆電線 12 断熱テープ 20 交流電源
21 通電用変流器 22 u端 23 v端 30 パワーケーブル
40 温度計 41 プローブ
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一素線及び第二素線をそれぞれ1本以上撚り合わせてなる導体部を具え、
前記第一素線は、銅、銅合金、アルミニウム、及びアルミニウム合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属線からなり、
前記第二素線は、第一素線と異なる金属線からなり、比透磁率が4.0以下であることを特徴とする被覆電線。
【請求項2】
第二素線の比透磁率が2.0以下であることを特徴とする請求項1に記載の被覆電線。
【請求項3】
第二素線がステンレス鋼からなることを特徴とする請求項1に記載の被覆電線。
【請求項4】
導体部の端部に端子部を具え、
前記端子部は、第一素線及び第二素線の少なくとも一方と異なる金属からなり、
第一素線と第二素線間の腐食電位差、第一素線と端子部間の腐食電位差、第二素線と端子部間の腐食電位差がいずれも0.5V以内であることを特徴とする請求項1に記載の被覆電線。
【請求項5】
第二素線の比透磁率が1.1以下であることを特徴とする請求項1に記載の被覆電線。
【請求項6】
導体部の導電率が2%IACS以上60%IACS以下であることを特徴とする請求項1に記載の被覆電線。
【請求項7】
導体部の引張強さが400MPa以上700MPa以下であることを特徴とする請求項1記載の被覆電線。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の被覆電線を具えることを特徴とする自動車用ワイヤーハーネス。

【国際公開番号】WO2005/024851
【国際公開日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【発行日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513654(P2005−513654)
【国際出願番号】PCT/JP2004/012658
【国際出願日】平成16年9月1日(2004.9.1)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【出願人】(395011665)株式会社オートネットワーク技術研究所 (2,668)
【出願人】(000183406)住友電装株式会社 (6,135)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】