説明

補強型固体高分子電解質膜およびその製造方法

【課題】より小さな細孔径である多孔質補強膜1に対しても、細孔内に多くの量の電解質樹脂4を充填できるようにし、それにより、所要のプロトン伝導性とガス不透過性を確保しながら、大きな機械的強度をも確保できる補強型固体高分子電解質膜Bおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】電解質樹脂4を非プロトン性極性溶媒3aに溶解させて得られる電解質溶液5を多孔質の補強膜1に含浸させる。含浸後、乾燥して非プロトン性極性溶媒3aを飛ばし、補強型固体高分子電解質膜Bとする。細孔径が0.45μm以下の多孔質補強膜であっても、電解質樹脂の細孔内への十分な含浸が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固体高分子型燃料電池で用いられる補強型固体高分子電解質膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の1つとして固体高分子型燃料電池(PEFC)が知られている。固体高分子型燃料電池は、図3に示すように、膜電極接合体(MEA)15を主要な構成要素とし、それを燃料(水素)ガス流路および空気ガス流路を備えたセパレータ14,14で挟持して、単セルと呼ばれる1つの燃料電池20を形成している。膜電極接合体15は、イオン交換膜である電解質膜11の一方側にアノード側の電極触媒層12aと拡散層13aを積層し、他方の側にカソード側の電極触媒層12bと拡散層13bを積層した構造を有する。
【0003】
膜電極接合体15を構成する電解質膜11には、プロトン伝導性が高いこと、機械的強度が高いこと、ガス不透過性であること、が求められる。一方、固体高分子型燃料電池において用いられる電解質膜は通常10μmから200μm程度の厚さであり、十分な強度を有しないことから、特許文献1に記載のように、多孔質PTFE膜のような細孔を有する多孔質補強膜を用い、そこに電解質溶液を含浸させることが行われる。電解質溶液としては、特許文献2に記載のように、電解質を、プロトン系極性溶媒である、水と1−プロパノールまたはエタノールのアルコール系溶媒に溶解したものが、通常使用されている。
【0004】
特許文献3には、電解質溶液として、電解質であるパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂を親水性且つ高沸点性質を有する極性溶媒を含有する溶媒に溶解させた高分子電解質溶液と、それを多孔質膜に含浸させてガス拡散電極とすることが記載されている。
【特許文献1】特開平8−329962号公報
【特許文献2】特開2003−249244号公報
【特許文献3】特開2004−164854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
燃料電池において固体高分子電解質膜の耐久性の向上が課題となっており、これら耐久性を向上させる手段の一つとして、さらに機械的強度を上げることが求められる。多孔質の補強膜に電解質樹脂を含浸させた補強型固体高分子電解質膜において、高い強度を得るには、素材が同じ場合には気孔率(細孔率)が小さい方がよい。一方、補強型固体高分子電解質膜のプロトン伝導性およびガス不透過性は、多孔質補強膜の細孔内に含浸している電解質樹脂の量に左右される。従って、同等のプロトン伝導性およびガス不透過性を備えた補強型固体高分子電解質膜を得ようとする場合、径の小さい細孔の中に、より多くの電解質樹脂が充填されていれば、より機械的強度の大きい電解質膜となり、耐久性も向上する。
【0006】
従来の、例えば多孔質PTFE膜を補強層とする補強型固体高分子電解質膜において、前記のように、含浸させる電解質溶液には、溶媒として一般的に水と1−プロパノールまたはエタノールのようなアルコール系溶媒(プロトン性極性溶媒)を使用したものが用いられている。アルコール系溶媒はPTFEのような多孔質補強膜に濡れ易い利点があるが、沸点が100℃以下と低く揮発しやすいために、多孔質補強膜の細孔内で電解質樹脂の置換速度に差が生じる。そのため、細孔径が小さい場合には、細孔内に電解質樹脂が十分に含浸することができない。従って、アルコール系溶媒を用いている限り、所要のプロトン伝導性を得るために、細孔径を大きくする必要があり(現在では、細孔径が0.45μmを超える多孔質PTFE膜が多孔質補強膜として通常用いられている)、結果として、機械的強度の向上という面では、十分なものとはいえなかった。また、十分なガス不透過性を得るのも困難であった。
【0007】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、より小さな細孔径である多孔質補強膜に対しても、細孔内に多くの量の電解質樹脂を充填できるようにし、それにより、所要のプロトン伝導性とガス不透過性を確保しながら、大きな機械的強度をも確保できるようにした補強型固体高分子電解質膜およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく多くの実験と研究を行うことにより、電解質樹脂を溶解する溶媒としてアルコール系溶媒(プロトン性極性溶媒)ではなく、前記特許文献3に記載されるような沸点の高い非プロトン性極性溶媒を用いて電解質溶液を作り、それを多孔質PTFE膜のような多孔質補強膜に含浸させる場合に、細孔径が十分に小さい場合であっても、細孔内にほぼ完全に電解樹脂を充填させ得ることができ、大きな機械的強度の持つ補強型固体高分子電解質膜が得られることを知見した。
【0009】
本発明は、上記知見に基づくものであり、本発明による多孔質補強膜を備えた補強型固体高分子電解質膜の製造方法は、電解質樹脂を非プロトン性極性溶媒に溶解させた後、該電解質樹脂を溶解した電解質溶液を多孔質の補強膜に含浸させることを特徴とする。
【0010】
本発明による方法では、非プロトン性極性溶媒を用いており、電解質溶液中での電解質樹脂の分散性が向上する。また、非プロトン性極性溶媒の沸点は、一般に、アルコール系溶媒の沸点よりも高い。そのために、該電解質溶液を多孔質補強膜に含浸させると、溶媒の揮発速度が抑えられることから、電解質樹脂の多孔質補強膜細孔内への置換と含浸が円滑に進行する。そのために、細孔径が小さい場合でも、その中に所望量の電解質樹脂を充填することができる。結果として、所定のプロトン伝導性とガス不拡散性を備えながら、高い機械的強度を持つ補強型固体高分子電解質膜が得られる。
【0011】
本発明による方法によれば、後の実施例に示すように、細孔径が0.45μm以下、例えば、0.1〜0.2μmである多孔質補強膜であっても、実用に十分に耐え得るプロトン伝導性を備えた補強型固体高分子電解質膜を製造することができる。
【0012】
本発明において、多孔質補強膜としては、ポリエチレン多孔質膜、ポリプロピレン多孔質膜、ポリイミド多孔質膜、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)多孔質膜のようなものを用いることができるが、安定性が高いこと、より大きな機械的強度を備えることの理由から、多孔質PTFE膜は特に好ましい。
【0013】
本発明において、非プロトン性極性溶媒としては、沸点が高いジメチルスルホキシド(CH−S(=O)−CH:DMSO)、ジメチルホルムアミド(H−C(=O)N(CH:DMF)を挙げることができるが、中でも、沸点が189℃と高く、より小径の細孔(後の実施例に示すように、細孔径0.1〜0.2μm)を持つ多孔質補強層に対して、所望の電解質樹脂の充填が可能なことから、ジメチルスルホキシド(DMSO)は特に好ましい。
【0014】
本発明において、電解質樹脂は、従来知られたイオン交換基を有しかつ溶媒に溶解可能な高分子電解質を適宜用いることができる。例として、米国デュポン社製ナフィオン溶液が挙げられる。使用に当たっては、市販の電解質溶液から溶液を揮発させて固形分を例えば70〜90%程度まで高めたものに対して、上記した非プロトン性極性溶媒を添加して適宜の固形分を持つ電解質溶液とする。
【0015】
本発明は、上記した製造方法で好適に製造される補強型固体高分子電解質膜として、細孔径0.45μm以下(0を含まない)の多孔質補強膜に電解質樹脂が含浸されていることを特徴とする補強型固体高分子電解質膜をも開示する。好ましくは、多孔質補強膜は多孔質PTFE膜である。この補強型固体高分子電解質膜は、上記のようにして多孔質補強膜に電解質樹脂を非プロトン性極性溶媒中に溶解した電解質溶液を含浸させた後、乾燥して非プロトン性極性溶媒を飛ばすことにより得ることができる。
【0016】
本発明を図面を参照してさらに説明する。図1aは従来の製造方法による補強型固体高分子電解質膜Aの製造過程を模式的に説明するものであり、図1bは本発明による製造方法によって補強型固体高分子電解質膜Bが製造される過程を模式的に説明している。図1aにおいて、1は多孔質PTFE膜のような多孔質補強膜であり、例えば平均直径が0.45μm程度以下である多数の細孔2を有している。気孔率が等しい場合、径の大きな細孔を備える多孔質膜と比較して、より径の小さい細孔を備える多孔質膜は高い機械的強度を持つ。5は電解質溶液であり、水+アルコール系溶媒のようなプロトン性極性溶媒3の中に電解質樹脂が溶解している。
【0017】
多孔質補強膜1を電解質溶液5に含浸して、細孔2中に電解質樹脂4を充填することとなるが、前記したように、アルコール系溶媒は沸点が100℃以下と低く揮発しやすいために、多孔質補強膜1の細孔2内で電解質樹脂4の置換速度に差が生じるために、細孔2の径が0.45μm程度以下である多孔質補強膜1の場合には、細孔2内に電解質樹脂4が十分に含浸することができない。
【0018】
それを乾燥させて溶媒3を飛ばすことにより、補強型固体高分子電解質膜Aが形成されるが、細孔2内の電解質樹脂4の充填量は不十分であり、機械的強度は満足するとしても、満足すべきプロトン伝導性とガス不透過性を得ることはできない。
【0019】
図1bに示す本発明による製造法では、溶媒として例えば150℃以上である沸点の高い非プロトン性極性溶媒3a(例えば、DMSO,DMF)を使用しており、電解質溶液5a中での電解質樹脂4の分散性が向上する。また、本発明者らの実験では、補強膜1そのものの膨潤も観察された。そのために、電解質溶液5aに多孔質補強膜1を含浸させると、溶媒3aの揮発速度が抑えられることから、電解質樹脂4の細孔2内への置換と含浸が円滑に進行する。
【0020】
それを乾燥させて溶媒3aを飛ばすことにより、補強型固体高分子電解質膜Bが形成されるが、細孔2内に電解質樹脂4は十分に充填されており、所望の機械的強度を保持しながら、満足すべきプロトン伝導性とガス不透過性を得ることができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により本発明を説明する。
[実施例1]
NafionDE2020(商標名)溶液(側鎖末端H型)EW値1100,固形分20%をエバポレータで溶媒である水、アルコールを揮発させ固形分70%〜90%にまで上げる。これは、溶媒を完全に揮発させると再溶液化ができなくなるためである。
【0022】
固形分80%程度の前記Nafion溶液に非プロトン性極性溶媒であるジメチルスルホキシド(以下DMSOと記す)を添加し、固形分15%となるように調整して電解質溶液とした。
【0023】
多孔質PTFE補強膜として、住友電工製PTFE多孔質膜、細孔径0.1μm、気孔率60%、膜圧30μmを使用した。ガラスシャーレに前記電解質溶液を2ml流し込み均一に伸ばした後、5cm×5cmにカットした多孔質PTFE補強膜を乗せ、さらに、その上に同じ電解質溶液を2ml流し込み均一に伸ばした。それを乾燥機にて140℃の温度で1時間乾燥させて補強型固定高分子電解質膜を得た。
【0024】
[実施例2]
実施例1と同じ、NafionDE2020溶液(側鎖末端H型)EW値1100,固形分20%に、DMSOを固形分15%となるように後添加し、混合して電解質溶液を調整した。以下、実施例1と同様にして、補強型固定高分子電解質膜を得た。
【0025】
[実施例3]
実施例1と同じ、NafionDE2020溶液(側鎖末端H型)EW値1100,固形分20%に、DMSOを固形分15%となるように後添加し、混合して電解質溶液を調整した。
【0026】
多孔質PTFE補強膜として、住友電工製PTFE多孔質膜、細孔径0.45μm、気孔率80%、膜圧30μmを使用した。ガラスシャーレに前記電解質溶液を2ml流し込み均一に伸ばした後、5cm×5cmにカットした多孔質PTFE補強膜を乗せ、さらに、その上に同じ電解質溶液を2ml流し込み均一に伸ばした。それを乾燥機にて140℃の温度で1時間乾燥させて補強型固定高分子電解質膜を得た。
【0027】
[比較例1]
実施例1と同じ、NafionDE2020溶液(側鎖末端H型)EW値1100,固形分20%に、1−プロパノールで固形分15%になるように後添加し、混合して電解質溶液を調整した。その溶液を用いて、以下、実施例1と同様にして、補強型固定高分子電解質膜を得た。
【0028】
[比較試験]
[試験1]伝導度試験
実施例1,2および比較例1での各補強型固定高分子電解質膜を用いて、飽和含水状態での伝導度を測定した。その結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示すように、同じ多孔質PTFE補強膜を用いたものでありながら、実施例1,2の補強型固定高分子電解質膜は、比較例1のものと比較して高い伝導度を示しており、本発明の方法で製造した補強型固定高分子電解質膜では、補強膜の細孔内への電解質樹脂の含浸性が改善されていることがわかる。
【0031】
[試験2]強度試験
実施例2の補強型固定高分子電解質膜と実施例3の補強型固定高分子電解質膜について、同じ条件で応力−伸び試験を行った。その結果を図2に示した。図2において、曲線P1は実施例2の補強型固定高分子電解質膜のものであり、曲線P2は実施例3の補強型固定高分子電解質膜のものである。
【0032】
図2に示すように、補強膜の厚さが同じ(30μm)であっても、細孔径が0.1μmである実施例2の補強型固定高分子電解質膜は、細孔径が0.45μmである実施例3の補強型固定高分子電解質膜よりも機械的強度が向上している。
【0033】
このことと、試験1の結果から、より径の小さい細孔内にも電解質樹脂を良好に含浸することができる本発明による製造方法によれば、機械的強度、プロトン伝導性、ガス不透過性を共に満足する補強型固定高分子電解質膜が得られることが示される。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】従来の製造方法による補強型固体高分子電解質膜の製造過程を模式的に説明する図(図1a)と、本発明による製造方法によって補強型固体高分子電解質膜が製造される過程を模式的に説明する図(図1b)。
【図2】本発明により製造される2つの補強型固定高分子電解質膜の応力−伸び曲線図。
【図3】固体高分子型燃料電池の一例を示す図。
【符号の説明】
【0035】
A,B…補強型固体高分子電解質膜、1…多孔質PTFE膜(補強膜)、2…細孔、3…プロトン性極性溶媒、3a…非プロトン性極性溶媒、4…電解質樹脂、5,5a…電解質溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質補強膜を備えた固体高分子電解質膜の製造方法であって、電解質樹脂を非プロトン性極性溶媒に溶解させた後、該電解質樹脂を溶解した電解質溶液を多孔質の補強膜に含浸させることを特徴とする補強型固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
多孔質補強膜として細孔径が0.45μm以下である多孔質補強膜を用いることを特徴とする請求項1に記載の補強型固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
多孔質補強膜が多孔質PTFE膜であることを特徴とする請求項2に記載の補強型固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
非プロトン性極性溶媒がジメチルスルホキシド(DMSO)またはジメチルホルムアミド(DMF)であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の補強型固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項5】
細孔径0.45μm以下(0を含まない)の多孔質補強膜に電解質樹脂が含浸されていることを特徴とする補強型固体高分子電解質膜。
【請求項6】
多孔質補強膜が多孔質PTFE膜であることを特徴とする請求項5に記載の補強型固体高分子電解質膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−157637(P2007−157637A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−354917(P2005−354917)
【出願日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】