説明

試料観測方法、光学顕微鏡及び蛍光相関分析装置

【課題】液浸対物レンズを真空中で使用可能にすると共に、真空中の試料を高集光能力且つ高分解能で観測する。
【解決手段】真空チャンバ2内に試料W及び液浸対物レンズ10を配置して、当該試料Wを観測する試料観測方法であって、前記液浸対物レンズ10の先端部及び前記試料Wとの間に、真空中において非蒸発性のイオン性液体16を充填させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、真空中において試料を高倍率且つ高分解能で明るく観測する試料観測方法、光学顕微鏡及び蛍光相関分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1に示す共焦点レーザ顕微鏡を用いた蛍光相関分析装置において、高真空中(例えば10−6Torr)に配置した試料を観測等する場合には、対物レンズを真空チャンバの外に配置し、真空チャンバに設けた透光窓を介して、高真空中の試料に対して励起光を照射するように構成している。
【0003】
しかしながら、このような構成であると、対物レンズ及び試料間の距離(作動距離)が大きくなってしまうことから、作動距離の大きい対物レンズを使用する必要がある。このような対物レンズでは、高開口数を得ることができず、その結果、高分解能で明るい画像を取得することができないという問題がある。
【0004】
一方、対物レンズを高真空中に配置し、高真空中に配置された試料を励起して試料を観測することが考えられるが、比較的高い開口数(0.8〜0.95程度)、高倍率(40〜100倍程度)の対物レンズを使用するに留まっている。
【0005】
ここで、液浸対物レンズを用いれば、開口数を1.2〜1.5まで向上させることができ、分解能を向上させることができると考えられる。
【0006】
しかしながら、従来の液浸対物レンズを高真空中で用いた場合、マッチング液体が蒸発してしまい、使用できないという問題がある。このため、高真空中における観測においては、大気中において液浸対物レンズを用いた観測に比べて、開口数が小さいため蛍光集光能力が小さく、分解能が高く明るい蛍光画像を取得することが困難である。
【特許文献1】特開2008−170973号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、上記問題点を一挙に解決するためになされたものであり、液浸対物レンズを真空中で使用可能にすると共に、真空中の試料を高集光能力且つ高分解能で明るく観測することをその主たる所期課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明に係る試料観測方法は、真空チャンバ内に試料及び液浸対物レンズを配置して、当該試料を観測する試料観測方法であって、前記液浸対物レンズの先端レンズ及び前記試料との間に、真空中において非蒸発性のイオン性液体を充填させることを特徴とする。
【0009】
このようなものであれば、液浸対物レンズ及び試料間を真空中において蒸発しないイオン性液体を用いていることから、液浸対物レンズを真空中で使用することができる。したがって、真空中においても高開口数を得ることができ、試料から出る光の集光能力を向上させることができる。その結果、大気中における従来のマッチングオイル及び液浸対物レンズを用いた場合と同程度の高倍率及び高分解能で明るい画像を取得することができる。
【0010】
試料観測方法が、試料に励起光を照射して生じる蛍光を集光して蛍光画像を得る蛍光顕微鏡を用いる場合には、前記イオン性液体が、照射される光に対して非蛍光性であることが望ましい。これならば、イオン性液体から生じる蛍光により、蛍光画像がぼやけてしまうこと等を防止することができる。
【0011】
液浸対物レンズの開口数を可及的に大きくするためには、前記イオン性液体の屈折率が、前記液浸対物レンズの屈折率と略同一であることが望ましい。
【0012】
また、前記試料がカバーガラスにより支持又は保護されている場合には、前記イオン性液体が、前記液浸対物レンズ及び前記カバーガラスとの間に充填され、前記イオン性液体の屈折率が、前記対物レンズの屈折率及び前記カバーガラスの屈折率と略同一であることが望ましい。
【0013】
具体的なイオン性液体の屈折率としては、1.3〜1.5であることが望ましい。
【0014】
光学顕微鏡としては、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、偏光顕微鏡、蛍光顕微鏡、共焦点レーザ顕微鏡が考えられる。
【発明の効果】
【0015】
このように構成した本発明によれば、液浸対物レンズを真空中で使用可能にすると共に、真空中の試料を高集光能力且つ高分解能で観測することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明に係る蛍光相関分析装置100について、図面を参照して説明する。なお、図1は本実施形態に係る蛍光相関分析装置100を模式的に示す構成図、図2は液浸対物レンズ10、イオン性液体16、カバーガラス8及び試料Wを示す模式図である。
【0017】
<1.装置構成>
本実施形態の蛍光相関分析装置100は、共焦点レーザ顕微鏡を利用して蛍光相関分析法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FSC)を用いた分析装置であり、蛍光物質又は蛍光ラベルされた物質の拡散、回転、フォーメーション変化、項間交差又は蛍光寿命を分析するものである。
【0018】
具体的にこのものは、図1に示すように、試料Wが収容される真空チャンバ2と、レーザ光源3と、当該レーザ光源3からのレーザ光L1を励起させて試料Wに照射する照射光学系4と、試料Wから生じる蛍光L2を検出するための光検出器5と、試料Wから生じる蛍光L2を光検出器5に導く検出光学系6と、光検出器5からの光検出信号を受信して、当該光検出信号をカウントして自己相関演算する相関器7とを備えている。なお、試料Wはカバーガラス(試料支持具)8により保護又は支持されるようにしている。カバーガラスの厚さは0.17mmである。
【0019】
レーザ光源3は、連続レーザ又はパルスレーザを射出可能なものであり、測定項目によって適宜選択可能である。光検出器5は、フォトダイオード、フォトマルチプライアチューブ、CCDなどを用いることができる
【0020】
照射光学系4は、レーザ光源3からのレーザ光L1を通過させる励起フィルタ9と、当該励起フィルタ9を通過した励起光を試料Wに集光する液浸対物レンズ10と、励起フィルタ9及び液浸対物レンズ10との間に介在するダイクロックミラ11等から構成されている。液浸対物レンズ10は、試料W側先端部(先端レンズ)を含む少なくとも一部が真空チャンバ2内に配置されており、図示しないXYZ移動機構により試料W(カバーガラス8)に対してX方向、Y方向及びZ方向に移動可能に構成されている。なお、図1においては、液浸対物レンズ10全体が真空チャンバ2内に配置されている状態を示している。
【0021】
検出光学系6は、前記液浸対物レンズ10と、当該液浸対物レンズ10により集光され、前記ダイクロックミラ11を通過した光のうち試料Wから生じた蛍光L2のみを通過させる蛍光フィルタ12と、当該蛍光フィルタ12を通過した蛍光L2を集光させる集光レンズ13と、この集光レンズ13により集光される蛍光L2の焦点位置(共焦点位置)に配置され、当該焦点位置において焦点を結んだ蛍光L2のみを光検出器5に導くピンホール14と、ピンホール14を通った蛍光L2を光検出器5に集光する集光レンズ15と、から構成される。
【0022】
しかして本実施形態の蛍光相関分析装置100において、液浸対物レンズ10及びカバーガラス8の間に真空中において非蒸発性のイオン性液体16を充填するようにしている。
【0023】
液浸対物レンズ10及びカバーガラス8間へのイオン性液体16の充填方法としては、(1)ピペット等を用いて手動で注液する方法、又は、(2)液体供給装置(不図示)を用いて自動で注入する方法が考えられる。この液体供給装置は、液浸対物レンズ10に固定されるものであり、液浸対物レンズ10の側方から液浸対物レンズ10の先端レンズ近傍に延びる供給管と、当該供給管からイオン性液体16を供給して先端レンズ及びカバーガラス8間をイオン性液体16で満たすための供給器とを備えているもの等が考えられる。
【0024】
本実施形態に用いるイオン性液体16は、常温(25℃±15℃)で液体状態であり、高真空中(例えば10−6Torr)において蒸発しないものであり(非蒸発性)、励起光が照射された際に蛍光L2を発しないものであり(非蛍光性)、さらに、その屈折率が液浸対物レンズ10の先端レンズの屈折率(約1.5)及びカバーガラス8の屈折率(約1.5)と略同一となるようにしている。ここで、非蛍光性のイオン性液体とは、励起光が照射された際に蛍光が出ないもの、又は試料から出る蛍光に対して無視できる程度の蛍光しか生じないものを含む。また、イオン性液体16の屈折率は、1.3〜1.5であり、可及的に1.5に近いものが好ましい。
【0025】
イオン性液体16の種類としては、アンモニウム塩類のものが好ましく、本実施形態のイオン性液体16は、N,N−ジエチル−N−メチル−N−(2−メトシキエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルフォニル)イミドを用いており、この屈折率は約1.42であり、高真空下(10−6Torr程度)において蒸発しないものである。
【0026】
<2.実施例>
次に、本実施形態の蛍光相関分析装置100を用いて蛍光寿命を計測した場合の結果を示す。図3は、本実施形態の蛍光相関分析装置100を用いて、ポリメタクリル酸メチル中にドープされた蛍光色素Coumarin6分子の蛍光寿命を測定した結果を示す図であり、図4は、従来の蛍光相関分析装置を用いて、ポリメタクリル酸メチル中にドープされた蛍光色素Coumarin6分子の蛍光寿命を大気中で測定した結果を示す図である。なお、蛍光寿命を測定するため、レーザ光源3としてパルスレーザを用いた。
【0027】
これら図3及び図4から分かるように、本実施形態の蛍光相関分析装置100によれば、大気中における蛍光寿命の測定と同程度の集光性の高い蛍光相関分析が高真空中において可能であることが分かる。
【0028】
<3.本実施形態の効果>
このように構成した本実施形態に係る蛍光相関分析装置100によれば、液浸対物レンズ10及び試料W間を高真空中において蒸発しないイオン性液体16を用いていることから、液浸対物レンズ10を高真空中で使用することができる。したがって、高真空中においても開口数を大きくすることができ、試料Wから出る蛍光の集光能力を向上させることができる。その結果、大気中における従来のマッチングオイル及び液浸対物レンズ10を用いた場合と同程度の高倍率(例えば40〜100倍)及び高分解能で明るい蛍光画像を取得することができる。
【0029】
<4.その他の変形実施形態>
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
【0030】
例えば、前記実施形態では、蛍光相関分析装置100において、液浸対物レンズ10及び試料W(カバーガラス8)間にイオン性液体16を充填するように構成しているが、その他の液浸対物レンズ10を用いた光学顕微鏡及び当該顕微鏡を用いた試料観測装置に適用することができる。なお、図5に蛍光顕微鏡Zに適用した場合を例示する。このとき、例えば超高圧水銀灯等の光源Z1からの光を励起フィルタZ2を介して特定波長の光を、ダイクロックミラZ3等を介して、液浸対物レンズZ4を通して試料Wに照射する。試料Wから生じた蛍光は、蛍光以外の光を蛍光フィルタZ5を介して取り除いた後、接眼レンズZ6を通して、例えば高感度CCDカメラ等の撮像装置Z7により蛍光画像が撮像される。このような場合においても、液浸対物レンズZ4及び試料W(カバーガラスZ8)間をイオン性液体Z9で充填しているので、真空チャンバZ10内の真空中における試料観測において、開口数を大きくすることができ、蛍光の集光能力を向上させることができるので、高分解能で明るい蛍光画像を取得することができる。
【0031】
さらに、光学顕微鏡として、蛍光計測のほかに、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡又は偏光顕微鏡に適用しても良いし、試料Wからのラマン散乱光を検出して試料分析を行うラマン分光分析装置、試料Wからの高次高調波を測定する高次高調波測定装置に適用しても良い。
【0032】
加えて、前記実施形態では蛍光計測を行うものであり、イオン性液体が非蛍光性のものであったが、蛍光計測以外の場合には、イオン性液体は非蛍光性のものに限られない。
【0033】
その上、前記実施形態では、試料がカバーガラスにより保護又は支持されているものであったが、カバーガラスが無いもの、例えば無機物質の試料であれば、液浸対物レンズの先端レンズ及び試料の間をイオン性液体により充填させて観測するようにしても良い。
【0034】
その他、前述した実施形態や変形実施形態の一部又は全部を適宜組み合わせてよいし、本発明は前記実施形態に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であるのは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本実施形態に係る蛍光相関分析装置を模式的に示す構成図。
【図2】同実施形態の液浸対物レンズ、イオン性液体、カバーガラス及び試料を示す模式図。
【図3】本実施形態の蛍光相関分析装置を用いて、ポリメタクリル酸メチル中にドープされた蛍光色素Coumarin6分子の蛍光寿命を測定した結果を示す図。
【図4】従来の蛍光相関分析装置を用いて、ポリメタクリル酸メチル中にドープされた蛍光色素Coumarin6分子の蛍光寿命を大気中で測定した結果を示す図。
【図5】変形実施形態に係る蛍光顕微鏡を模式的に示す構成図。
【符号の説明】
【0036】
100・・・蛍光相関分析装置(光学顕微鏡)
W ・・・試料
2 ・・・真空チャンバ
8 ・・・カバーガラス
10 ・・・液浸対物レンズ
16 ・・・イオン性液体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内に試料及び液浸対物レンズを配置して、当該試料を観測する試料観測方法であって、
前記液浸対物レンズの先端レンズ及び前記試料との間に、真空中において非蒸発性のイオン性液体を充填させることを特徴とする試料観測方法。
【請求項2】
前記イオン性液体が、照射される光に対し非蛍光性である請求項1記載の試料観測方法。
【請求項3】
前記イオン性液体の屈折率が、前記液浸対物レンズの屈折率と略同一である請求項1又は2記載の試料観測方法。
【請求項4】
前記試料がカバーガラスにより支持又は保護されており、前記イオン性液体が、前記液浸対物レンズの先端レンズ及び前記カバーガラスとの間に充填され、
前記イオン性液体の屈折率が、前記先端レンズの屈折率及び前記カバーガラスの屈折率を略同一である請求項1、2又は3記載の試料観測方法。
【請求項5】
前記イオン性液体の屈折率が1.3〜1.5である請求項3又は4記載の試料観測方法。
【請求項6】
試料が配置される真空チャンバと、
前記真空チャンバ内に設けられ、前記試料に対向して設けられる液浸対物レンズと、
前記液浸対物レンズの先端レンズ及び前記試料の間に充填され、真空中において非蒸発性のイオン性液体と、を具備する光学顕微鏡。
【請求項7】
前記光学顕微鏡が、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、偏光顕微鏡、蛍光顕微鏡、共焦点レーザ顕微鏡である請求項6記載の光学顕微鏡。
【請求項8】
試料が配置される真空チャンバと、
前記真空チャンバ内に設けられ、前記試料に対向して設けられる液浸対物レンズと、
前記液浸対物レンズの先端レンズ及び前記試料の間に充填され、真空中において非蒸発性であり非蛍光性のイオン性液体と、を具備する蛍光相関分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−139799(P2010−139799A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−316489(P2008−316489)
【出願日】平成20年12月12日(2008.12.12)
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【Fターム(参考)】