説明

誘導結合プラズマ質量分析及び発光分析装置

【課題】
酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器などが新たに必要としない装置、ICPのトーチ位置をサンプリングコーンから遠くに離すことなどの煩雑な操作を必要としない新規なICP−MS及びICP−OESの提供。
【解決手段】 誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置において、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を備え、透過した酸素を任意の時間帯だけ前記ガス供給ラインに導入するための切替バルブを備えたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析対象成分を含む溶液試料を霧化して誘導結合プラズマ(以下、ICPとも言う)に導入し、ICP質量分析装置(以下、ICP−MSとも言う)又はICP発光分析装置(以下、ICP−OESとも言う)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
元素分析装置であるICP−MS及びICP−OESは、高周波誘導結合プラズマを発光光源やイオン源としている。このプラズマは、三重管構造の石英製のトーチにエアロゾル化した溶液試料とともにプラズマ形成用のガスを流し、高周波電界中で放電させることで形成される。このトーチは、冷却ガスが流れる外部管、プラズマを形成するガスが流れる内部管、エアロゾル化した試料がキャリアガスとともに流れる試料導入管を同心円状に配置した三重管構造を有している。
プラズマトーチに分析対象の試料溶液を導入するのに、プラズマトーチの前段にネブライザを備えたスプレーチャンバを設け、試料溶液をネブライザによってスプレーチャンバ内に噴霧し、霧化された試料溶液を選別してプラズマトーチに試料として導入している。(特許文献1)。
【0003】
ICP−MSやICP−OESで試料を分析する場合、試料には様々な種類の有機物が含まれることがある。例えば、工場排水は有機物を大量に含むものがあり、また、ワインのような飲料物もエタノールなどの有機物を大量に含んでいる。
さらに、有機溶媒に抽出された分析対象成分を分析する場合、あるいは液体クロマトグラフ等で分離した分析対象成分を分析する場合には、大量の有機溶媒がICPに導入されることとなる。有機物はアルゴンプラズマ中で分解することによって炭素を生成し、この炭素がICPを不安定にしたり、時には消してしまうこともあった。また、ICP−MSでは、サンプリングコーンやスキマーコーンのオリフィス周辺部に炭素が析出してオリフィスの孔径を徐々に小さくし、分析感度を低下させるといった問題があった。また、ICP−OESでも、炭素が分光干渉を及ぼしたり、励起効率を低下させるといった問題があった。
【0004】
従来、炭素の析出を抑える方法としては、酸素ボンベから供給した酸素をArプラズマ補助ガスに常時1〜3%の酸素を添加すると、サンプリングコーンへの炭素析出を減らすことやインターフェイスでの炭素析出を防止できることが知られている(非特許文献1、特許文献2、特許文献3)、及びトーチの最内管に枝管を有し、その枝管から酸素ガスを導入している(特許文献4)。又、何回かの分析が終了する度にICPのトーチ位置をサンプリングコーンから遠くに離すことによってICPに空気を巻き込み、空気中の酸素によってオリフィス周辺部に析出している炭素を燃焼させる方法(非特許文献2)が知られている。
しかしながら、上記の非特許文献1及び特許文献4の方法では、酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器などが新たに必要となり装置が複雑になるといった問題があった。又、非特許文献2の方法では、新たな設備は必要ないが、操作が煩雑となる。
【0005】
このようなことから、酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器などが新たに必要としない装置、ICPのトーチ位置をサンプリングコーンから遠くに離すことなどの煩雑な操作を必要としない新規なICP−MS及びICP−OESの開発が望まれていた。
【特許文献1】特開2005−83818号公報、
【特許文献2】特許2962626、特開平06−203790号
【特許文献3】特許2836190号 特開平04−31759号
【特許文献4】特許3764798号、特開平10−321182号
【非特許文献1】Akbar Montaser編、久保田正明監訳: 「誘導結合プラズマ質量分析法」化学工業日報社、2000年初版(ISBN4-87326-330-1 C3043)p711
【非特許文献2】N. S. Chong, R. S. Houk: Applied Spectroscopy, 41(1), 66-74 (1987).のp.67に「One could remove the carbon deposit by displacing the torch laterally to bring about spontaneous oxidation of carbon by air on the hot sampler cone.」との記述。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器などを新たに必要としない装置、ICPのトーチ位置をサンプリングコーンから遠くに離すことなどの煩雑な操作を必要としない新規なICP−MS及びICP−OESを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を備えたこと、及び前記プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部が、スプレーチャンバー通過後のネブライザーガスに混合するためのプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスとして供給され経路の一部であり、前記のプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの途中に切替バルブを設け、該切替バルブを切り替えることにより、該切替バルブに別途接続したガスラインの少なくとも一部に、前記酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を設置した経路にプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスを導き、酸素分圧の差に応じて、空気中の酸素を、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を透過させて取り入れ、任意の時間帯においてプラズマ中に酸素又は空気の導入を可能とすることにより前記課題を解決できることを見出した。
すなわち、本発明は以下の(1)〜(4)に示すとおりである。
(1)誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置において、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を備えたことを特徴とする誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
(2)前記プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部が、スプレーチャンバー通過後のネブライザーガスに混合するためのプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスとして供給され経路の一部であり、前記のプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの途中に切替バルブを設け、該切替バルブを切り替えることにより、該切替バルブに別途接続したガスラインの少なくとも一部に、前記酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を設置した経路にプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスを導き、任意の時間帯においてプラズマ中に酸素又は空気の導入を可能とすることを特徴とする(1)に記載された誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
(3)切替バルブを電気信号により切替操作が行われる自動制御装置を備えたことを特徴とする(2)に記載の誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
(4)前記切替バルブが溶媒に由来するシグナル強度がある一定強度を超えた場合にICP−MSから自動制御装置にトリガー信号が出され、一定強度以下となった場合に再びトリガー信号が出されて、切替操作が行われる(3)に記載の誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
(5)前記誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置のネブライザーに溶液試料を供給するために液体クロマトグラフ装置が接続されていることを特徴とする(1)〜(4)記載の誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、分析対象成分と同時にICPに導入される有機物(試料に含まれる有機物あるいは液体クロマトグラフの移動相に含まれる有機溶媒など)が、ICP中で不完全燃焼により炭素を生成し、この炭素がICP−MSのサンプリングコーン及びスキマーコーンのオリフィス周辺部に炭素として析出すること、あるいはこの炭素がICP−OESの強い分光干渉を引き起こすことを防ぐため、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの一部に酸素又は空気を導入することを可能とした誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置が得られる。
これに加えて、ICP−MS及びICP−OESの分析感度を上げたり、スペクトル干渉を低減する目的で、アルゴンガスに酸素又は空気を混合することにより、混合ガスプラズマを生成、利用することがあるが、本発明はこの混合ガスプラズマの生成を可能とした誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置を得ることができる。
酸素分圧の差に応じて、空気中の酸素を、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を透過させることが可能となり、透過した酸素をプラズマへのガス供給ラインに導入することが可能となる。導入された酸素はプラズマに運ばれ、霧化された有機溶媒、あるいはサンプリングコーンやスキマーコーン上に析出した固体状炭素と反応してCO或いはCO2となる。このとき仮に酸素が供給されないとすると、有機溶媒は固体状の炭素としてサンプリングコーンやスキマーコーン上に長時間留まることとなり、分析回数が増えるにつれてその量は増加するため、感度が低下することとなる。一方、酸素が供給される場合には、サンプリングコーン又はスキマーコーン上に析出した固体状炭素は、CO或いはCO2などの気体となるため、短時間のうちに除去され、これによって分析感度が一定に保たれという効果がある。また、切替バルブを用いて、有機溶媒がプラズマに導入される時間帯とその後の短時間にのみ、酸素をプラズマに導入することによって、炭素の析出を抑えることが可能になるだけでなく、サンプリングコーン又はスキマーコーンの酸素による劣化を防ぎ、感度の変動を引き起こすことなく分析することが可能となる効果がある。すなわち、連続的に酸素を導入した場合には、活性の高い酸素によりサンプリングコーン又はスキマーコーンが侵されてオリフィスが大きくなり、感度が変動するが、有機溶媒がプラズマに導入される時間帯とその後の短時間にのみ酸素を導入することによって、サンプリングコーン又はスキマーコーンの酸素による劣化を防ぎ、感度の変動を低減することが可能となる。さらに、切替バルブに数種類の長さの酸素透過性チューブを接続しておけば、異なる酸素濃度のガスを任意の時間帯にICPに供給することも可能となる。これは液体クロマトグラフにおいて移動相の組成を変化させる場合のように、組成に応じて必要な酸素濃度が異なる場合に有効な方法となる。以上のように、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えることにより、酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器などを必要とせずに、有機溶媒によるICPの不安定化を抑え、かつ、サンプリングコーンやスキマーコーンへの炭素析出や、炭素による分光干渉等を抑えることが可能となる。さらに、当該特許によればアルゴンガスに酸素を混合した混合ガスプラズマの生成も容易に実現可能となる。混合ガスプラズマとしては、これまでアルゴンに水素、ヘリウム、酸素、空気等様々な種類のガスを混合することにより、純アルゴンプラズマに比べて、ガス温度等が向上する等のメリットが報告されているが(Akbar Montaser編、久保田正明監訳: 「誘導結合プラズマ質量分析法」化学工業日報社、2000年初版(ISBN4-87326-330-1 C3043のp.820に「分子ガスの熱伝導度は一般にアルゴンよりも高いため、Al2O3やCaOの粒子はArにN2、H2、O2、空気を混ぜたプラズマ中でArプラズマを用いた場合に比べて速く分解されることが、実験と理論の両面から報告されている」との記述。)、当該技術を用いれば、アルゴン−酸素混合プラズマを生成できる効果がある。また、酸素透過膜の替わりに空気透過膜として多孔性ポリテトラフルオロエチレン等を用いれば、アルゴン−空気混合プラズマを生成できる効果もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置において、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を備えた誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置である。
【0010】
前記プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部が、スプレーチャンバー通過後のネブライザーガスに混合するためのプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスとして供給され経路の一部であり、前記のプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの途中に切替バルブを設け、該切替バルブを切り替えることにより、該切替バルブに別途接続したガスラインの少なくとも一部に、前記酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を設置した経路にプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスを導き、任意の時間帯においてプラズマ中に酸素又は空気の導入を可能とする誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置である。
【0011】
添付の図面を参照して、本発明をより詳細に説明する。
図1(a)は本発明の誘導結合プラズマ質量分析装置の一実施形態を示す図である。
誘導結合プラズマ発光分析装置は先端部分にプラズマ発光測定部を有している構造の点で誘導結合プラズマ質量分析装置相違し、他の点では同一の構造を有している。
図1(b)は図1(a)の切替バルブ5を切り替えた様子を示す図である。
【0012】
図1(a)に示す装置では、プラズマへ供給されるアルゴンの四系統のガスラインのうち、メイクアップガス供給ライン4に、切替バルブ5と酸素透過性チューブ6からなる酸素導入ユニット7を設置してある。
メイクアップガス供給ライン4を流れるガス中に酸素を供給し、このガスをスプレーチャンバー通過後のネブライザーガスに混合することが、ネブライザーガスに含まれる溶媒による炭素の析出を抑えるうえでは最も効果的である。
補助ガス供給ライン2を流れる補助ガス、又はプラズマガス供給ライン3を流れるプラズマガス中に酸素を供給し、このガスをICPのところで混合することも可能である。
【0013】
分析対象成分を含むサンプル溶液8は、ネブライザー9中に導入され、霧化された後、スプレーチャンバー10内で大きな粒径の液滴を除いた後、ネブライザーガスによって運ばれ、混合器11内でメイクアップガス供給ライン4から供給される酸素を含むメイクアップガスと混合された後、トーチ12の先端に形成されたノズルからICP13に導入される。
【0014】
アルゴンボンベ14から供給されたアルゴンからなるメイクアップガスは、マスフローコントローラー16により流量を制御した後、切替バルブ5の実線で示されたラインを通って混合器11において、酸素を含まないメイクアップガスとしてネブライザーガスに混合された後、ICP13に導入される。
この状態では切替バルブの作用により酸素透過性チューブ6側にはメイクアップガスは流れないので、供給されるメイクアップガスには酸素は含まれない。切替バルブ5を切り替えて、図1(b)に示す状態とすると、メイクアップガスが酸素透過性チューブ6を流れ、透過性チューブを透過してきた空気中の酸素は、メイクアップガスに含まれて混合器11に運ばれて混合され、ICP13に導入される。
酸素を連続的に導入する場合は図1(b)の状態としておけばよい。また、一定の時間帯だけICPに酸素を導入する場合は、その時間帯だけ図1(b)の状態とし、その他の時間帯は図1(a)の状態とすればよい。
この切替操作をICP−MSの溶媒シグナルと同期させて行うための自動制御装置19を用いてもよい。すなわち有機溶媒に由来するシグナル強度がある一定強度を超えた場合にICP−MSから自動制御装置19にトリガー信号が出され、一定強度以下となった場合に再びトリガー信号が出されて、その間だけ切替バルブが切り替わって酸素が導入されるようにする。
【0015】
有機溶媒は、高温のアルゴンICP中で分解され、酸素がない状態では炭素としてサンプリングコーン20及びスキマーコーン21のオリフィス周辺部に析出するが、酸素が十分に存在する状態ではCO又はCO2となり、炭素として析出することはない。
【0016】
炭素の析出を防止するために必要な酸素量は厳密に制御する必要はなく、ICPの安定性を損ねない範囲で、有機溶媒に対して十分酸化反応が進む量であればよい。
【0017】
酸素透過性チューブとしては、シリコンチューブやテフロンAFチューブ(DuPont社:登録商標)、混合導電性酸素透過チューブなどを用いることができるが、これ以外の酸素透過性が高いチューブを用いることができることは勿論である。
透過する酸素の量は、チューブの外径、チューブの肉厚、チューブの長さ、チューブ本数などを変えることにより必要とされる量に調整することが可能である。また、酸素透過性チューブと接する空気温度を制御して調整してもよい。また、酸素透過性チューブの替わりに、図2に示す酸素透過性膜22をその一部に用いた酸素透過モジュール23を、プラズマへ供給されるアルゴンのガスラインの一部に設置してもよい。
また、図3に示すように長さの異なる酸素透過性チューブを数種類(図3では2種類、27、28)と酸素非透過性チューブ26とを二つの切替バルブ24、25の間に接続し、バルブを順次切り替えることにより、異なる酸素濃度のメイクアップガスをICP13に導入することも可能となる。
これらの酸素透過性チューブや酸素透過性膜は、必ずしも酸素のみを透過するものでなく、酸素と同時に他のガス、例えば窒素や二酸化炭素などを、ICPの安定性を損ねない範囲で、透過するものであっても使用することは可能である。
以下に、本発明をより具体的な例により詳細に説明する。
【実施例1】
【0018】
図1に示すシステムにおいて、酸素透過性チューブ6として、テフロンAFチューブ(DuPont社:登録商標)(外径1 mm、内径0.8 mm、長さ50 cm)を用いた。
チューブの両端は切替バルブ5と接続した。このチューブの外面は空気に曝された状態になっており、室温にて使用した。ガス流量は、ネブライザーガスを0.8 L/min、メークアップガスを0.12 L/minとした。このシステムにおいて、酸素導入の有無によって、サンプリングコーン上に析出した炭素量の増減を観測した。サンプリングコーン上に析出した炭素はオレンジ色に光るため、その増減を目視によって確認することができる。サンプル溶液としてメタノールを50%含有する水溶液を、ネブライザーにより噴霧したとき、酸素を導入しない場合には(すなわち切替バルブ5は図1(a)の状態)、サンプリングコーン上に多量の炭素が析出し、ICPは不安定となって消えたが、酸素を導入すると(すなわち切替バルブ5は図1(b)の状態)、炭素は殆ど析出せず、かつICPは安定に点灯することが可能となり、サンプル溶液に含まれる分析対象成分(臭素系難燃剤であるポリブロモジフェニルエーテル)を分析することができた。
【0019】
図4に示すように、液体クロマトグラフ29をネブライザー9と接続し、液体クロマトグラフで分離した分析対象成分を分析した例を示す。分析対象成分として臭素系難燃剤のポリブロモジフェニルエーテル(5種類の異性体:デカブロモジフェニルエーテル1 μg/mL、ノナブロモジフェニルエーテル5 μg/mL、オクタブロモジフェニルエーテル5 μg/mL、ヘプタブロモジフェニルエーテル5 μg/mL、ヘキサブロモジフェニルエーテル5 μg/mLを含む)とし、これをトルエンに溶かした試料1 μLを、液体クロマトグラフ29の注入バルブ30に注入した。液体クロマトグラフのカラム固定相にはオクタシリルデシリル(ODS)基(内径2.1 mm、長さ150 mm)を、移動相はメタノール100%を用い、流速は0.1 mL/minとした。ガス流量は、ネブライザーガスを0.8 L/min、メークアップガスを0.12 L/minとした。酸素透過性チューブ6として、実施例1と同じテフロンAFチューブ(外径1 mm、内径0.8 mm)を用い、長さ50 cmの酸素透過性チューブ27と、長さ100 cmの酸素透過性チューブ28を、四方切替バルブ24と25の間に接続した。長さの異なる2本のチューブを用いた理由は、徐々に酸素濃度を増やすためである。すなわち、酸素透過性を有しないチューブ26から、長さ100 cmの酸素透過性チューブに切り替えると酸素分圧が急激に上がりすぎてICPが消えることがあったため、一旦、長さ50 cmの酸素透過性チューブ27に切り替え、次に長さ100 cmの酸素透過性チューブ28に切り替えることにより、ICPの不安定化を防いだ。
この手法はICPの安定化を図る方法としてだけでなく、液体クロマトグラフの移動相の組成が変わる場合に、組成に応じて必要な酸素濃度を供給する方法として有効である。一定時間間隔でガス流路を26、27、28と切り替えた場合に供給される酸素量を見積もるため、質量/電荷数(m/z)32における信号強度を測定した結果を図5に示す(なお、酸素量を精確に見積もるため、図5の実験においてはネブライザーガスを流さず、メークアップガスのみを流した。これは、ネブライザーガスを流すと移動相であるメタノールがプラズマに導入され、メタノールに含まれる酸素と、酸素透過性チューブを透過してきた酸素とを区別できないためである)。バルブを切り替えて酸素透過性チューブ27にアルゴンメイクアップガスを流すとm/z 32の信号強度が増加し一定値を示すようになる。これは酸素ガス(O2、質量数32)がICP中に導入されたことを意味する。切り替え直後のスパイク状信号は、バルブを切り替えるまでの間に空気からチューブ内に透過し蓄積されたO2がICPに導入されたためであり、その後信号強度が一定となるのは、酸素透過性チューブを透過するO2量が一定であることを意味している。次にバルブを切り替えて酸素透過性チューブ28にアルゴンメイクアップガスを流すと、m/z 32の信号強度は約2倍に増加し、チューブの長さに比例して酸素が導入されていることが分かる。
図4の条件で、酸素透過性チューブ28に切り替えた状態で得られた、ポリブロモジフェニルエーテルのクロマトグラムを図6に示す。測定は臭素の同位体を見るためm/z 81の信号強度を測定した。酸素を混入しないとICPが消灯してしまう条件でも、酸素を混入することにより、図6に示すように信号強度のベースラインが安定化し、5種類の異性体が測定可能となった。このように、当該特許に示す装置では、酸素透過性チューブと切替バルブを用いることによってICPの酸素濃度を調整することが容易に実現可能であり、炭素析出の防止と混合ガスプラズマの両方の要求を実現可能であった。

【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】(a)は本発明の誘導結合プラズマ質量分析装置の一実施形態を示す図であり、(b)は(a)の切替バルブを切り替えた様子を示す図である。
【図2】酸素透過性膜をその一部に用いた酸素透過モジュールを示す図である。
【図3】長さの異なる酸素透過性チューブと酸素非透過性チューブを切り替えるための酸素透過モジュールを示す図である。
【図4】本発明に基づく液体クロマトグラフ/誘導結合プラズマ質量分析装置の一実施形態を示す図である。
【図5】図4において四方切替バルブ24及び25を一定時間間隔で切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)32における信号強度の変化を示した図である。Aはメイクアップガスが酸素非透過性チューブ26を流れるとき、Bはメイクアップガスが酸素透過性チューブ27を流れるとき、Cはメイクアップガスが酸素透過性チューブ28を流れるときの信号強度である。
【図6】ポリブロモジフェニルエーテルのトルエン溶液を、酸素を導入した状態で分析したときのクロマトグラムである。縦軸は、質量/電荷数(m/z)81おける信号強度を示す。A:デカブロモジフェニルエーテル1 μg/mL、B:ノナブロモジフェニルエーテル5 μg/mL、C:オクタブロモジフェニルエーテル5 μg/mL、D:ヘプタブロモジフェニルエーテル5 μg/mL、E:ヘキサブロモジフェニルエーテル5 μg/mL。
【符号の説明】
【0021】
1 ネブライザーガス供給ライン
2 補助ガス供給ライン
3 プラズマガス供給ライン
4 メイクアップガス供給ライン
5 切替バルブ
6 酸素透過性チューブ
7 酸素導入ユニット
8 サンプル溶液
9 ネブライザー
10 スプレーチャンバー
11 混合器
12 トーチ
13 プラズマ(ICP)
14 Arボンベ
15,16,17,18 マスフローコントローラー
19 自動制御装置
20 サンプリングコーン
21 スキマーコーン
22 酸素透過性膜
23 酸素透過モジュール
24,25 四方切替バルブ
26 ガス非透過性チューブ
27 酸素透過性チューブ
28 酸素透過性チューブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置において、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を備えたことを特徴とする誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
【請求項2】
前記プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部が、スプレーチャンバー通過後のネブライザーガスに混合するためのプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスとして供給され経路の一部であり、前記のプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの途中に切替バルブを設け、該切替バルブを切り替えることにより、該切替バルブに別途接続したガスラインの少なくとも一部に、前記酸素又は空気透過性チューブ、若しくは、酸素又は空気透過性膜を設置した経路にプラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスを導き、任意の時間帯においてプラズマ中に酸素又は空気の導入を可能とすることを特徴とする請求項1記載された誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
【請求項3】
切替バルブを電気信号により切替操作が行われる自動制御装置を備えたことを特徴とする請求項2に記載の誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
【請求項4】
前記切替バルブが溶媒に由来するシグナル強度がある一定強度を超えた場合にICP−MSから自動制御装置にトリガー信号が出され、一定強度以下となった場合に再びトリガー信号が出されて、切替操作が行われる請求項3記載の誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。
【請求項5】
前記誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置のネブライザーに溶液試料を供給するために液体クロマトグラフ装置が接続されていることを特徴とする請求項1〜4記載の誘導結合プラズマ質量分析装置又は誘導結合プラズマ発光分析装置。

【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−64488(P2008−64488A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−239946(P2006−239946)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「環境配慮設計推進に係る基盤整備のための調査研究」受託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】