質量分析方法、及び質量分析計
試料内の要素の質量スペクトルを得る方法を開示する。質量電荷比M1/Z1、M2/Z2、...Mn/Znを有する試料前駆イオンが生成され、解離場所(192)において断片化され、質量電荷比m1/z1、m2/z2、...mn/znのフラグメントイオンを生成する。フラグメントイオンは、静電型又は「オービトラップ」型のイオントラップ(130)内へ誘導され、前駆イオンのM/Z比に従った群としてトラップに入る。各群の質量電荷比は、トラップ内における、イオンの軸方向の運動によって決定される。トラップ内の電場は変形させられる。すると、異なる前駆イオンから生じた、等しいm/z比を有するイオンが分離される。これは、電場の変形によって、軸方向の運動がm/zのみではなく、他の要素にも依存するようになるからである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法、及び装置に関し、特に、フーリエ変換静電型イオントラップを用いた、全質量MS/MSに関する。
【背景技術】
【0002】
タンデム質量分析法、又はMS/MSは、分析計のSN比を改善するために利用され、明白に検体イオンの同定を行う能力を提供できる、よく知られた技術である。MS/MSでは、(一段階のMS技術と比較した場合に)信号の強度は低下する可能性が若干ある反面、ノイズレベルの減少はより大きい。
【0003】
タンデム質量分析計は、薬剤の化合物、環境の化合物、及び生体分子、などの有機物を含む、広範囲の物質の分析に使用されてきた。タンデム質量分析計は、例えば、DNA及びタンパク質の配列決定に、特に有用である。このような用途では、分析時間の改善が常に要求されている。現在、試料の質量スペクトルを得るために、液体クロマトグラフィによる分離法を利用することができる。LC(液体クロマトグラフィ)技術では、しばしば、全スペクトルの情報を得るために、「ピーク・パーキング(peak‐parking)」の利用が必要になり、当業者の間において、質量スペクトルのすべてのピークについての完全な情報を得るのに必要な収集時間が、研究計画にかなりの時間負荷を加える、という一般的な意見の一致がある。従って、より高い処理量のMS/MSへ移行したいという要求がある。
【0004】
イオン化した分子の構造の解明は、タンデム質量分析計で行うことができる。タンデム質量分析計では、第1の分析の段階、又は第1の質量分析器(MS1)において、前駆イオンが選択される。この前駆イオンは、一般的に、衝突室(collision cell)において断片化され、断片化されたイオン(フラグメントイオン:fragment ion)は第2段階の分析器(MS2)で分析される。この、広く利用されている断片化方法は、衝突誘起解離(collision induced dissociation、CID)として知られている。しかしながら、他の適切な解離方法は、表面誘起解離(surface induced dissociation、SID)、光誘起解離(photo‐induced dissociation、PID)、又は準安定解離(metastable decay)を含む。
【0005】
現在、様々な配置による、複数の型のタンデム質量分析計の配置が、当技術分野で知られており、この様々な配置は、空間順、時間順、及び、時間順かつ空間順の配置を含む。
【0006】
公知の、空間順の配置は、磁場型(magnetic sector)ハイブリッドシステムを含む。それらの公知のシステムには、非特許文献1に開示されたシステム、非特許文献2に記載された四重極飛行時間型質量分析計(quadrupole time‐of‐flight(TOF)spectrometer)、又は、特許文献1に記載された、TOF‐TOFなどがある。非特許文献3に記載されるとおり、第1のTOF分析器は、イオン移動度の、異なる原理に基づいた分離装置によって代替できる。イオン移動度分析計における、比較的長時間での前駆イオンの分離によって、走査の各回においていくつかのTOFスペクトルを収集できる。イオン移動度分析計とTOF検出器との間に、断片化の手段が設けられる場合は、前駆イオンの分解能が非常に低くなるが、全質量MS/MSは可能になる。
【0007】
時間順の質量分析計は、イオントラップを含む。イオントラップは、例えば、非特許文献4に記載された、ポールトラップ(Paul trap);非特許文献5に記載された、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)分析計;又は、特許文献2に開示されたLT(線形トラップ)分析計がある。
【0008】
公知の、時間順かつ空間順の分析計は、3次元トラップTOF(例えば、特許文献3に開示される分析計であって、TOFが高質量の精度のため及び一度にすべての断片を収集するためだけに利用される分析計);例えば、非特許文献6に開示される分析計などのフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT‐ICR)(MS2の長い収集時間に制限される);又は、LT‐TOF質量分析計(例えば、特許文献4に開示されるように、前駆イオンを1個だけ伝送し、しかし、発明者は100%の装荷率を達成したと主張する)である。
【0009】
これらすべての、従来の質量分析計は、MS/MSスペクトルの逐次分析を実現することだけが可能である。すなわち、1回に1個の前駆体の質量を分析する。言い換えると、これらの従来の質量分析計を用いて、1回の分析で、すべての前駆体の質量に対して全質量スペクトルを得ることは不可能である。不十分なダイナミックレンジと、MS‐2質量分析計の収集速度と、が、分析計の性能を制限する要因であると考えられている。
【0010】
このダイナミックレンジ及び収集速度の問題は、非特許文献7及び非特許文献8に記載されているとおり、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(Fourier Transform ion cyclotron resonance、FTICR)によって、部分的に対処されてきた。多重チャネル配置を利用する、2個の異なる多重化の手法が示される。2個の手法は次のとおりである。
【0011】
2次元アダマール(Hadamard)/FTICR質量分析法
この手法においては、前駆イオンの線形独立な組み合わせの系列が、断片化のために選択され、それによって、フラグメントの質量スペクトルの組合わせを得る。収集された「マスクされた(masked)」スペクトルの符号化/復号化は、アダマール変換(Hadamard transform)アルゴリズムによって実現される。非特許文献7は、N個の異なる前駆イオンに対して、実験で、特定のSN比を達成することができたことを示した。その実験では、スペクトル収集時間がN/4倍に減少した。
【0012】
2次元フーリエ/FTICR質量分析法
この手法においては、すべての前駆イオンを励起させるのに、1つの励起波形を用いる。これにより、前駆イオンの異なる質量に対して、異なる励起状態を実現する。SWIFT(stored waveform inverse Fourier Transform)法を用いると、励起波形は、前駆イオン周波数の正弦波関数であり、正弦波関数の周波数は、収集の回数を重ねる毎に、増加する。結果として、特定の前駆イオンに対するフラグメントイオンの強度もまた、適用された励起に従って変調する。中間体の集合に2次元逆フーリエ変換を行うと、フラグメントイオンを、その前駆体に明白に対応づける2次元マップができる。
【0013】
非特許文献5によると、第1の方法は、かなり少ないデータ保存量を必要とし、第2の方法は、前駆イオンのスペクトルについての事前情報は必要ない。しかしながら、実用的な条件においては、どちらの方法も、一般的に利用される分離技術、例えば、HPLC(高速液体クロマトグラフィ)又はCE(キャピラリー電気泳動)、との互換性がない。これは、FTICR収集の比較的遅い速度(現在、毎秒数個のスペクトル以上に速くなることはない)と、比較的多くのスペクトルが要求されることと、に起因する。また、LC分離法が、比較的扱いにくい「ピーク・パーキング」法を用いて人工的に「止められ」ない限り、(最も広く利用される分離法において)検体は、数秒間でかなりの強度変化を示す可能性がある。さらに、ピーク・パーキング法の利用によって、スペクトル収集の時間が大幅に増大する可能性がある。
【0014】
特許文献5、及び特許文献6には、静電トラップを用いた質量分析方法、及び装置が記載されている。この配置で利用可能な、いくつかのMS/MS方式について、簡単な説明がなされている。しかしながら、トラップにおける全質量MS/MS分析に関する問題については、まったく言及していない。前駆イオンは貯蔵四重極から放出され、TOFフォーカスによってコヒーレントなパケットに集中し、それによって、等しいm/zを有するイオンが、ほぼ同時に静電トラップに入る。
【0015】
静電トラップ内のイオンの飛翔経路が、非特許文献9に記載される。非特許文献9で示された運動方程式から、軸方向周波数は、トラップ内のイオンのエネルギー及び位置(又は、トラップに入る時のイオンの位相)と関係ないことがわかる。従って、イオン運動の軸方向周波数が質量分析に利用される。
【0016】
【特許文献1】米国特許第5,464,985号明細書
【特許文献2】米国特許第5,420,425号明細書
【特許文献3】国際公開第99/39368号パンフレット
【特許文献4】米国特許第6,011,259号明細書
【特許文献5】英国特許出願公開第2,378,312号明細書
【特許文献6】国際公開第02/078046号パンフレット
【非特許文献1】マクラファティ(W. F. McLafferty)著、「タンデム質量分析(Tandem Mass Spectrometry)」、(米国)、ワイリー・インターサイエンス(Wiley Inter−Science)、1983年
【非特許文献2】モーリス他(Morris et al.)、「ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリ(Rapid Communications in Mass Spectrometry)」、1996年、第10巻、p.889−896
【非特許文献3】ホーグルンド‐ハイザー(Hoaglund‐Hyzer)、「分析化学(Analytical Chemistry)」、2000年、72巻、p.2737−2740
【非特許文献4】マーチ他(March et al.)著、「四重極ストレージ質量分析(Quadrupole Storage Mass Spectrometry)」、(英国)、ジョン・ワイリー(John Wiley)、1989年
【非特許文献5】マーシャル他(A.G.Marshall et al.)著、「光学及び質量分析(Optical and Mass Spectrometry)」、(オランダ)、エルゼビア(Elsevier)、1990年
【非特許文献6】ベロフ他(Belov et al.)、「分析化学(Analytical Chemistry)」、2001年1月15日、第73巻、第2号、p.253
【非特許文献7】ウィリアムズ他(Williams E.R.et al.)、「分析化学(Analytical Chemistry)」、1990年、第62巻、p.698−703
【非特許文献8】ロス他(Ross C.W.et al.)、「米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)」、1993年、第115巻、p.7854
【非特許文献9】マカロフ(Makarov)、「静電型軸方向高調波軌道トラッピング:質量分析の高性能技術(Electrostatic Axially Harmonic Orbital Trapping:A High Performance Technique of Mass Analysis)」、分析化学(Journal of Analytical Chemistry)、2000年、第72巻、p.1156−1162
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、イオントラップを用いる質量分析方法であって、a)試料から複数の前駆イオンを生成し、各イオンは、第1の質量電荷比の有限な範囲M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNから選択された1つの質量電荷比を有し、b)前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンの解離を引き起こすことによって、複数のフラグメントイオンを生成し、各フラグメントイオンは、第2の質量電荷比の有限な範囲m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znから選択された1つの質量電荷比を有し、c)前記フラグメントイオンをイオントラップ内へ導き、前記イオントラップは電磁場を生成する手段を有し、前記電磁場は、前記電磁場の少なくとも1つの方向でイオンを閉じ込めることができ、前記イオンは、前記前駆イオンの前記質量電荷比に従って、1回に複数のイオン群として前記トラップに入り、d)少なくとも1つの前記イオン群において、イオンの前記質量電荷比を、前記トラップ内の前記電磁場における、その、又はそれらの群中の前記イオンの運動パラメータに基づいて、決定し、e)前記トラップ内の前記電磁場を変形させることによって、前記トラップ内のフラグメントイオンであって、等しい前記質量電荷比を有するが、異なる前駆イオンから生じたフラグメントイオン、を、区別して検出することを可能にする方法を実現する。
【0018】
トラップは静電型トラップであることが好ましい。有利なことに、本方法は、電場を変形させた場合、等しい質量電荷比m/zを有する、2つ以上のフラグメントイオン群であって、各群が、異なるM1/Z1、M2/Z2等を有する、異なる前駆イオン群から生じたフラグメントイオン群を、区別することができる。電場の変形は、あるイオン群の(軸方向の)振動周波数を、他のイオン群に対して、変化させる。従って、2個のイオン群が、以前は互いに区別不可能であったが、お互いに対して軸方向周波数が変化することで、区別可能になる。電場の変形の位置は、(例えば、MALDI(マトリックス支援レーザーイオン化)イオン源が用いられる場合は、)イオン形成の位置、又は、例えば、無線周波数(RF)トラッピング装置内の中間貯蔵庫からイオンが放出される位置である。
【0019】
異なる前駆イオンから生じた、各イオン群を「ラベル付け」することが可能である。なぜなら、すべてのパラメータ(例えば、静電トラップ内での各群の運動の振幅、又は、各群のイオンエネルギー、又は、静電トラップ内の各群の振幅の初期位相)は、静電トラップ内で、Tに依存しており(Tは、イオンの放出された位置から静電トラップの入口までのTOFである)、更に、このTは、前駆イオン、及び/又は、フラグメントイオンの質量電荷比に依存するからである。
【0020】
本方法は、例えば、イメージ電流検出法によって静電場において検出が行われる場合、多くの前駆イオンの各々について、ある1つのスペクトルによって、全スペクトルを得ることができるという利点をさらに有する。
【0021】
各フラグメントイオン群の、運動振幅及びエネルギーの差の判断は、静電トラップ内の電場を変形することで達成される。この方法では、トラップ内の各フラグメントイオン(等しい質量電荷比m1/z1を有する)の飛翔経路の軸方向周波数は、イオンのパラメータから独立したものではなくなる。
【0022】
電極に電圧を印加することで、局地的に電場を変形させることが好ましい。変形に比較的近いフラグメントイオンの軸方向の振動周波数が、変形から比較的離れた、他のフラグメントイオンの軸方向の振動周波数と異なるように、電場の変形を決めることができる。従って、等しい質量電荷比m1/z1を有するが、異なる質量電荷比M1/Z1、及びM2/Z2を有する異なる前駆イオンから生じたフラグメントイオンを互いに区別することができる。その結果、全質量MS/MSの方法が達成される。
【0023】
本発明の実施形態では、LCピーク・パーキング技術と比較して、分析速度を、少なくとも5倍から10倍、改善することができる。
【0024】
本発明はまた、質量分析計であって、複数の、分析対象の試料イオンを供給するよう構成されたイオン源と、前記試料イオンを解離場所へ向けて誘導する手段であって、前記試料イオンが、M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNの範囲から選択された質量電荷比に従って、複数の前駆イオン群として、前記解離場所に到達する手段と、トラップの入口を有するイオントラップであって、前記イオントラップが、前記解離場所における前記前駆イオンの解離によって生じたフラグメントイオン群を受け取るように配置され、各フラグメントイオン群が、m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znの範囲から選択された質量電荷比を有し、前記イオントラップが、前記イオントラップ内にトラッピング場を生成するように構成されたトラップ電極を有し、これにより、前記トラップに入る、断片化されなかった前駆イオン、及び/又は、フラグメントイオンは、前記トラップの少なくとも1つの軸方向で前記トラッピング場に閉じ込められ、前記イオンの前記質量電荷比のみに関係する運動パラメータを有するイオントラップと、前記運動パラメータに基づいてイオン群の前記質量電荷比を判断することを可能にする検出手段と、電場を変形する、少なくとも1個の電極であって、前記トラッピング場の変形を実現するように配置されることによって、前記イオントラップ内の、分離したフラグメントイオン群であって、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、少なくとも2つの異なる質量電荷比M1/Z1、M2/Z2を有する前駆イオンから生じたフラグメントイオン群を前記検出手段が検出することを可能にする電極と、を備える質量分析計を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に、図面を用いて、一例として本発明を説明する。
【0026】
フーリエ変換質量分析計が、1回の走査で複数の前駆イオンからMS/MSスペクトルを得、少なくともLCに匹敵する、又はより高い水準のスペクトルを得る時間負荷を大いに減少させる潜在能力を有することがわかった。
【0027】
特許文献5、国際公開第96/30930号パンフレット、及び、マカロフの論文(非特許文献9)に開示された静電トラップに基づいた静電トラップに関して、本発明を説明する。前記3文献を、ここに本明細書の一部として引用する。本明細書の記載全体を通して、このトラップは、「オービトラップ(orbitrap)」という記述で言及する。当然、他の静電トラップ構成が利用可能であり、本発明は、ここ及び引用した文献で開示する特定の実施形態に制限されない。他の静電トラップは、平面、環状、楕円状、又は他の断面の多重反射鏡の構成を有することもある。言い換えると、本発明は、高い真空状態を維持し、多重反射と、少なくとも一方向の等時性のイオン運動と、を実現する、どのような電極構造にも応用できる。本明細書では、オービトラップの詳細を説明する必要はなく、本段落において、引用された文献を参照する。本発明は、原則として、従来のFTICRに適用することもできる。ただし、その場合は、高度なイオン噴射、及び励起の技術が要求される。例えば、いくつかのFTICRセルの電極、特に、検出電極に、制御された場の摂動を実現するように電圧を印加することができる。
【0028】
正確な検出を実現するため、オービトラップは、イオン信号のスミア(smear)を防ぐために十分なコヒーレンスをもって、イオンがトラップに噴射されることを要求するのが好ましい。従って、特定の質量電荷比のイオン群が、束として緊密に集まって、静電トラップの入口に、又は入口に隣接したところに、到達することを保証する必要がある。そのような束、又はパケットは、静電トラップに理想的に適合されている。なぜなら、各イオンパケットのTOF分布の半波高全幅値(full width half maximum、FWHM)(特定の質量電荷比に対するもの)は、静電トラップ内では、その質量電荷比を有する試料イオンの振幅周期よりも小さいからである。放出ポテンシャルに対する特定の制限について記載した、米国特許第5,886,346号明細書、及び特許文献5を参照する。前記2文献を、ここに本明細書の一部として引用する。代わりに、パルス型のイオン源(例えば、短レーザパルスを用いる)を、同様の効力で使用できる。
【0029】
図1に、質量分析計10を示す。質量分析計は、電子衝撃イオン源、(衝突RF多重極を有する、又は有しない)エレクトロスプレーイオン源、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix assisted laser desorption and ionization、MALDI)イオン源(これも、衝突RF多重極を有する、又は有しない)、などの連続又はパルス型イオン源12を備える。図1には、エレクトロスプレーイオン源12を示す。
【0030】
イオン源12から噴射されたイオンは、入口円錐体14及び出口円錐体18を有するイオン源ブロック16に入る。国際公開第98/49710号パンフレットに記載されているように、出口円錐体18は、イオンブロック16内のイオン流に対して90°の入口を有し、これによって、次の質量分析要素にイオンが流れ込むのを防ぐスキマ(skimmer)として機能する。
【0031】
出口円錐体18の下流の第1の要素は、衝突多重極(又は、イオン冷却器)20であり、イオン源12からの試料イオンのエネルギーを減少させる。冷却されたイオンは、衝突多重極20から、開口部22を通って出て、任意のRF信号と重ねられた直流電圧を供給された四重極質量フィルタ24に到達する。この質量フィルタは、着目する質量電荷比のウィンドウの範囲内のイオンのみを取り出し、選択されたイオンは、その後、線形トラップ30に向かって放たれる。図1に示す実施形態においては、イオントラップ30は、入口部分40と、出口部分50と、に区分けされている。図1には2つの部分だけを示すが、3つ以上の部分を利用してもよい。
【0032】
当業者によく知られるとおり、データ依存の励起、断片化、又は選択された質量電荷比の除去を実現するために、線形トラップ30は、共振、又は、質量選択不安定走査のための機能を含むこともできる。
【0033】
イオンはトラップ30から噴出される。ここで定義された条件に従って、これらのイオンは、(以下の記述からわかるように)前駆イオンであり、MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNの範囲から選択された1つの質量電荷比を有する。ここで、MNは前駆イオンのM/Z比の範囲でN番目の質量であり、ZNはN番目の電荷である。
【0034】
出口電極の下流には、偏向器100及び110を有する偏向レンズ構成90が設置される。偏向レンズ構成は、トラップ30から出るイオンを偏向させ、線形トラップ30の内部と、偏向レンズ構成90の下流の静電オービトラップ130とを直接接続する経路が存在しないように構成される。従って、比較的高圧の線形トラップから比較的低圧のオービトラップ130へ、気体分子が流れ込むことを防ぐ。偏向レンズ構成90は、差動排気口としても機能する。偏向レンズ配置の下流には、伝導率制限器120が設置され、これにより、オービトラップ130とレンズ構成90との間の圧力差を維持する。
【0035】
伝導率制限器を通って偏向レンズから出たイオンは、転送レンズ構成90からのイオンビームの光軸上のSID表面192に到達する。ここで、イオンは表面192と衝突し、解離してフラグメントイオンとなる。フラグメントイオンは、一般的に、前駆イオンとは異なる質量電荷比を有する。前駆イオンに対して定義した前記の条件と一致して、生じたフラグメントイオンの質量電荷比は、ma/za、mb/zb、mc/zc...mn/znのうちの1個である。ここで、mn及びznはそれぞれ、フラグメントイオンのm/z比の範囲でn番目の質量及び電荷である。
【0036】
フラグメントイオン、及び、すべての残留前駆イオンは、表面で反射されてオービトラップの入口に到達する。オービトラップ130は、中心電極140を有する(図2を参照するとよりよくわかる)。中心電極は高電圧増幅器150に接続される。
【0037】
オービトラップはまた、2つの外部電極部分160及び170に分離された外部電極を含むことが望ましい。2つの外部電極部分の各々は、差動増幅器180に接続される。この差動増幅器は、仮想接地された状態を維持することが望ましい。
【0038】
再び図1を参照し、オービトラップの下流には、オービトラップ130の側に二次電子増倍管190が設置される。図1にはまた、SID表面の電圧供給源194が示されている。代替の実施形態においては、減速間隙を、(CID表面の前に設置される)格子と表面との間に設けることもできる。イオンは格子を通って間隙に入り、格子に印加されたオフセット電圧によって生じた減速力を受ける。このように、イオンと表面との間の衝突エネルギーを、制御して減少させることができる。
【0039】
システム、特に、システムの様々な部分に供給される電圧は、本発明の一部を構成しないデータ収集システムによって制御される。同様に、システムの差動排気を可能にするために、真空包絡面(vacuum envelope)も設けられる。ここでも、図1には一般的な圧力は示すが、この真空包絡面は図示されていない。
【0040】
イオンがイオン源12から離れ、区分けされたトラップ30に入り、トラップから解放され、レンズ構成90によって偏向される、システムの操作は、英国特許第01267640号明細書に記載されている。イオンを線形トラップから解放するまでの、システムの操作は、本発明の一部を構成しない。従って、本明細書では、装置のこの側面についての、これ以上の詳細な説明は必要ない。
【0041】
図1に示す実施形態では、SID表面がトラップの後に、反射させるような配置で設けられ、このため、イオンは、偏向されてトラップの入口に入ることなく、オービトラップを通り過ぎる(この段階では、偏向電極200、又は電極140に電圧は印加されていない)。イオンは、衝突表面192と相互作用し、解離してフラグメントイオンとなり、表面によって反射されてオービトラップへ戻る。この段階で、電極200に電圧が印加され、イオンが偏向されてオービトラップに入る。
【0042】
表面との衝突のエネルギー(及び、生じた断片に分散したエネルギー)は、SID表面に印加される減速電圧194によって調整できる。SID表面とトラップ130との間の距離は、イオンの光学上考慮すべき点と、要求質量範囲と、に留意して選択される。好適な実施形態においては、イオンは、イオントラップ30を離れ、SID表面までの飛行時間(TOF)にフォーカスされる。結果として、イオンは、質量電荷比に従って、個々の群として、SID表面に到達する。各群は、上記定義のとおり、質量電荷比MA/ZA、MB/ZB、...MN/ZNを有するイオンを含む。SID表面からオービトラップの入口までは、前駆イオン、又はフラグメントイオンのTOFフォーカスは存在しない。SIDは、実践的な範囲でできるだけオービトラップの入口近くに設置され、これにより、イオンの拡散又はスミアを最小限にする。SIDの位置とオービトラップの入口との間の距離Lは、50mm−100mmの間であることが望ましい。結果として、SID表面からオービトラップの入口への、イオンの集団の追加の広がりdLは無視できるほど小さくなり、一般的に0.5mmから1mmより小さい(SIDから離れるフラグメントイオンのエネルギー分布は10eV−20eVであり、加速電圧は1keVのオーダーであるため)。当然、この配置は、単に好適な実施形態であり、当技術分野で知られている、他の形式の解離を利用してもよいことがわかる。解離場所とオービトラップの入口との間の距離を短く保つことで、スミアを減少させる原理は、解離の形式に関わらず、変化しない。
【0043】
当業者は、インパルスレーザを用いた、光誘起解離(photo‐induced dissociation、PID)を利用できることを理解するだろう。PIDは、前駆イオンを解離するために、比較的高いピーク電力のパルスレーザを用いる。前駆イオンがより低い運動エネルギーを有する範囲で解離を行うことで、フラグメントイオンが、トラップのエネルギー受容範囲内のエネルギーを有するようにすることが好ましい。さらに、衝突誘起解離(collision induced dissociation、CID)を、前駆イオンのより低い運動エネルギー範囲内で、好ましくは、比較的短く、高圧の衝突室において、行うことが可能である。衝突室は、線形トラップ30からの、すべての飛行時間分布が大きく広がることを防止するように配置しなければならない。従って、CIDセル内のイオンの飛行時間は、線形トラップからセルまでのイオンのTOFと、セルからオービトラップの入口へのイオンのTOFと、の両方と比較して、短いことが好ましく、非常に短いことがより好ましい。現時点では、CIDによる解離は、本質的に、静電トラップの高真空状態の制限が厳しいため、最も望ましくない手法であると思われる。
【0044】
好適な実施形態での動作において、前駆イオン(又は、「親イオン」)のパルスが線形イオントラップ30から解放される。イオンは、貯蔵四重極、又は試料プレートから、解離場所(dissociation site)までの遷移の際の飛行時間に従って、別個の群に分離する。TOFによる分離は、更には、前に定義した質量電荷比MN/ZNの値nに関連付けられる。
【0045】
(この時点で、実質上等しい質量電荷比M/Zを有するイオンからなる)各イオン群、又は集団は、解離場所と衝突する。ここで、一部の前駆イオンは、前駆イオンのエネルギーよりも低いエネルギー(数eVのオーダ)を有するフラグメントイオンへと断片化される。SIDを用いた断片化は、本質的に、瞬間的な過程である。従って、フラグメントイオンは解離場所から、群、又は集団として放出される。これらの断片化されたイオン群は、その質量電荷比mn/znに従って、解離場所からオービトラップの入口への異なるTOFを有する。MN/ZNの前駆イオンの群は、様々な質量電荷比ma/za、mb/zb...mn/znを有するフラグメントイオンを生成する可能性がある。質量電荷比MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNを有する、断片化されないイオンの一部が残る可能性もある。従って、フラグメントイオン、及び残った前駆イオンのすべてが、軸から離れて、質量電荷比に従った、コヒーレントな群として、オービトラップの増加する電場に噴射される。従って、前駆イオン及びフラグメントイオンのコヒーレントな集団がオービトラップにおいて形成され、各集団は等しい質量電荷比を有するイオンma/za、mb/zb、mc/zc...mn/zn;MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNを含む。
【0046】
イオン噴射の間、オービトラップの中心電極140に印加された電圧150を傾斜させる。マカロフの論文(非特許文献9)で説明されているように、この傾斜する電圧は、イオンを「圧迫」して中心電極により近づけるために利用され、閉じ込められるイオンの質量範囲を増大させることができる。この電場増大の時定数は、一般的には、20マイクロ秒から100マイクロ秒であるが、閉じ込められるイオンの質量範囲に依存する。
【0047】
正常な動作の間は、オービトラップの(理想的な)電場は、中心電極及び外部電極の形状により、超対数(hyperlogarithmic)である。そのような場は、縦軸方向に沿って、ポテンシャルの井戸(potential well)を生成し、よって、逃れる程イオンの入射エネルギーが大きくなければ、そのポテンシャルの井戸にイオンを閉じ込める。中心電極140に印加された電圧が増大するに従って、電場の強度が増大し、その結果、イオンに働く縦軸方向の力が増大し、よって、イオンの螺旋半径が減少する。結果として、イオンは、ポテンシャルの井戸の側面の勾配が増加するに従って、より小さい半径の螺旋上を回転することを強いられる。
【0048】
先行技術で説明されているように、超対数場における振動は、3つの特性周波数を有する。第1は、イオンの軸方向の調和運動であり、イオンはイオンエネルギーとは独立した周波数でポテンシャル井戸内において振動する。第2の特性周波数は、すべての飛翔経路が円状であるわけではないので、径方向の振動である。閉じ込められたイオンの第3の周波数特性は、角回転の周波数である。イオン集団がオービトラップの電場に入る時刻Tは、集団内のイオンの質量電荷比(すなわち、一般的に、mn/zn、又はMN/ZN)の関数であり、下記の式(1)で定義される。
【数1】
ここで、t0は、イオンの形成、又はトラップからの解放の時刻であり、TOF1(MN/ZN)は、質量電荷比MN/ZNの前駆イオンの、イオンの解放又は形成の位置から、衝突表面までの飛行時間であり、TOF2(MN/ZN)は、質量電荷比MN/ZN(すなわち、衝突表面に入射し、しかし解離できなかったイオンと等しい質量電荷比)の前駆イオンの、衝突表面からオービトラップの入口までの飛行時間であり、mn/znは、衝突によって、質量電荷比MN/ZNの前駆イオンから生成されたフラグメントイオンの質量電荷比である。式(1)では、特定の質量電荷比MN/ZNを有する前駆イオンを、質量電荷比mn/znを有するフラグメントイオンの1つの集団に関連付けることがわかる。ここで、同様の式を用いて、例えば、MN/ZNを有する同一の前駆イオン集団からの質量電荷比ma/zaを有するフラグメントイオンの時刻T´を、単純に式(1)のmn/znにma/zaを代入することで、導出することもできる。イオンは、MALDI、高速原子衝撃(fast atom bombardment、FAB)、二次イオン衝突(secondary ion bombardment、SIMS)又は他のパルス型のイオン化手法を用いて固体又は液体表面から生成することもできる。これらの場合、t0はイオン形成の時刻である。エネルギー放出、エネルギーの広がり、及びその他の定数若しくは変数の効果は、明確性のため、式(1)には含まない。
【0049】
四重極トラップからの飛行時間に従って、イオンを群へと分離することによる、イオンの質量電荷比に依存するパラメータがある。これらのパラメータは、オービトラップ内における検出の間の運動の振幅(例えば、放射状、又は軸方向の振幅)や、検出の際のイオンエネルギーや、イオン振動の初期位相(Tに依存する)などを含む。これらのパラメータはいずれも、前駆イオン、又はフラグメントイオンを「ラベル付け」するのに利用できる。
【0050】
フラグメントイオンは、TOF効果が、断片化されたイオンの集団のコヒーレンスを、検出に影響しかねない程度(例えば、エネルギーの広がりが原因で生じたスミアによって)まで崩壊させることのないような時間で形成されることが好ましい。フラグメントイオンのパラメータは、前駆イオンのパラメータと異なる可能性がある。しかしながら、フラグメントイオンは、その前駆イオンのパラメータと明白に関連付けることができる。これは、次のような方法で達成される。
【0051】
好適な実施形態においては、イオンのトラップ内における軸方向の振動周波数の検出は、t0の後の、予め決定された時刻Tdetに始まる。Tdetは、一般的に、t0の数十ミリ秒(例えば、60ms又は、それ以上)後であり、貯蔵トラップからのイオンのTOFは、一般的に、(例えば)3マイクロ秒から20マイクロ秒である。質量電荷比mn/znを有するフラグメントイオンのイオン軸方向振動の周期Taxial(mn/zn)は、数マイクロ秒のオーダーであり、当然、MN/ZN、又はmn/znの値に依存する。従って、振動の位相P(mn/zn,MN/ZN)は、下の式(2)によって決定できる。
【数2】
ここで、Pは位相、cは定数、及びfraction{...}は、その引数の小数部を返す関数である。
【0052】
上記で引用した、マーシャルの非特許文献5によれば、検出された位相、Pdet(ω)は、吸着周波数スペクトルA(ω)及び分散周波数スペクトルD(ω)を検出することで導出でき、下の式(3)で示す。
【数3】
そして、イオン運動の軸周波数ωと、オービトラップのmn/znとの間の関係を用いて、
【数4】
ここで、kはオービトラップの電場から導出された定数である。イオン振動の周期Taxial(mn/zn)は、軸周波数ωと以下のように関係付けられる。
【数5】
従って、特定のフラグメントイオンの質量電荷比mn/znに対して、事前のシステム較正から導出された定数を用い、質量電荷比mn/znのフラグメントイオンを生成した前駆イオンの質量電荷比MN/ZNを、式(1)、式(2)、式(3)、及び式(4)から導出できる。言い換えると、P(mn/zn,MN/ZN)は、計測した位相及びmn/zn(式(3)及び式(4)を用いる)から推定され、これらの値から、式(2)を用いてT(mn/zn,MN/ZN)を推定できる。結果として、式(1)からMN/ZNを推定できる。従って、フラグメントイオンを生成した前駆イオンの質量電荷比MN/ZNは、明白に確かめることができる。なぜなら、フラグメントイオンの軸方向の振動は、オービトラップ内における前駆イオンの振動の位相と関連付けられるからである。しかしながら、この記載は、特定のフラグメントイオンのmn/znは、前駆イオンの単一の質量電荷比MN/ZNからのみ生じることを前提とし、例えば、MA/ZA、又は前駆イオンの他の質量電荷比からは生じないことを前提とする。
【0053】
オービトラップ内における前駆イオン及びフラグメントイオンの振動の初期位相は、Tに依存し、Tは、例えば、フラグメントイオンの軸方向振動周波数のフーリエ変換の実数部及び虚数部から推定できる。代わりに、電子増倍管190によって得られたTOFスペクトルを用いて、直接、Tを測定することもできる。その後、質量電荷比mn/znを、オービトラップに対する適切な較正曲線を用いて推定することができる。この方法で、全質量MS/MS質量分析を達成できる。
【0054】
しかしながら、異なるM/Z(例えば、MA/ZA、及びMN/ZN)を有する、2つ(又はそれ以上)の前駆イオン群が、等しいm/z(例えば、mn/zn)を有する、複数のフラグメントイオン群を生成する場合は、状況はより複雑になり得る。少なくとも、等しい質量電荷比mn/znのフラグメントイオン(しかし、異なる質量電荷比MA/ZA、MB/ZB...MN/ZNを有する、異なる前駆イオンから生成された)が、オービトラップに異なる瞬間に到達する場合は、その軸方向振動周波数は等しく、このため、そうでなければ互いに区別できない。これは、イオンの軸方向振動周波数が、イオンエネルギーと、イオン振動の初期位相と、から独立であるためである(すなわち、軸方向振動周波数は、質量電荷比のみに依存する)。
【0055】
この状況は、次のように例証できる。それぞれがある質量電荷比(例えば、MA/ZA、及びMB/ZB)を有する2つの前駆イオン群が、実質上同時にイオン源から放出されたとする。ここで、MA/ZAは、MB/ZBより小さいとする(質量MAは質量MBより軽い)。正常どおり、より低い質量電荷比のイオンが、より重いものよりも速く動き、次式に従う。
【数6】
結果として、質量電荷比MA/ZAのイオンは、質量電荷比MB/ZBのイオンよりも早く、SID表面に到達する。ここで、質量電荷比MA/ZAのイオンは即座に断片化し、よって、質量電荷比mn/znのフラグメントイオンが生成される(当然、他のイオンと共に)。考慮中の特定のイオン、つまり、質量電荷比mn/znのイオンは、オービトラップの入口に向かって動き始める。例えば、mn/zn<MA/ZAの場合(常に成り立つわけではない。例えば、mn<MAであるがzn<<ZAである場合)、フラグメントイオンmn/znは、SIDで断片化しなかった、MA/ZAの前駆イオンのすべてを追い越す。従って、上記の式(6)によると、質量電荷比mn/znのフラグメントイオンは、断片化されなかった前駆イオンよりも前に、オービトラップの入口に到達する。入口への到達の時間差は、式(1)によって決定される。質量電荷比MA/ZAのイオン群がSIDとオービトラップの入口との間を移動中に、質量電荷比MB/ZBのイオン群がSIDに到達することが可能である。ここで、これらのイオンも断片化し、質量電荷比mn/znの第2のイオン群を(他のイオン群の間に)形成し、第2のイオン群はオービトラップの入口に向かって動く。前述のように、質量電荷比mn/znを有するイオン群のイオンは、オービトラップへ向かう途中で、質量電荷比MB/ZBを有するイオン群のイオンを「追い越す」可能性が高い(mn/znを仮定する)。第2のフラグメントイオン群mn/znは、等しいmn/znを有するが、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生じた、第1のフラグメントイオン群の後に、オービトラップの入口に到達する。結果として、最初にオービトラップの入口に到達した、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生じたフラグメントイオン群(質量電荷比mn/znを有する)は、等しい質量電荷比mn/znを有するが、質量電荷比MB/ZBを有する他の前駆イオンから生じた、後のフラグメントイオン群とは、異なる位相を有する。(ほとんど起きる可能性のない、極端な場合、2つのフラグメントイオン群の位相が互いに打ち消しあい、結果として信号が全く検出されないこともあり得る。)
【0056】
オービトラップ内の電場が理想的である場合(すなわち、完全に超対数)、両方の群は、どの前駆イオンから生じたかに関係なく、等しいmn/znに対して、単一のスペクトルを示す。これは、(すでに説明したように)理想的な超対数場においては、検出される運動の軸方向の周波数は、(各フラグメントイオン群について等しい)mn/znのみに依存し、そのような2つの群の間の相対的な位相差、又はエネルギー差の影響を全く受けないからである。これは、検出されたフラグメントイオン(質量電荷比mn/znを有する)が、複数の異なる前駆イオン中の1つ又は他のイオンから生じたことを判断するのが難しいため、望ましくない。従って、この信号を解読する必要がある。
【0057】
この、信号の解読は、イオンがトラップに入る前に電圧150の傾斜を開始し、着目するイオンがすべてトラップに入った後に、傾斜を終了することで達成できる。結果として、第1のフラグメントイオン群は、第2のフラグメントイオン群より早い時点でトラップに入り、たとえ等しいmn/znであっても、第2群よりも多く、傾斜した電圧を受ける。従って、第1のイオン群は、第2群よりも「圧迫」されて中心電極により近づく。結果として、振動の振幅は、従って、第2群の方が第1群よりも大きくなる。第1、及び第2のフラグメントイオン群は、従って、中心電極の周りに、明確に異なる軌道半径を有する。
【0058】
しかしながら、軸方向振動周波数がオービトラップの質量分析に用いられ、軸方向周波数はイオンエネルギー、又は半径(又は、イオンがオービトラップに入る時の線速度)に依存しないため、第1、及び第2のフラグメントイオン群は等しい軸方向周波数を有する。結果として、理想的な電場を用いた従来の質量分析においてもまだ、フラグメントイオンは互いに区別されない。従って、較正曲線を用いて前駆イオンの質量電荷比MN/ZN(式(2)による)を決定すると、特定のフラグメントイオンを誤った前駆イオンに割り当てる可能性がある。
【0059】
本発明の1つの態様は、フラグメントイオンを、その正しい前駆イオンに割り当てる方法を実現する。これは、オービトラップ内におけるイオンの、運動及びエネルギーの振幅差を評価することによって達成される。これは、(上記のように、オービトラップ内の軸方向振動周波数は、通常これらのパラメータから独立であるにもかかわらず)ある群の振動周波数を、他の群に対して変えることで実現できる。この、「周波数偏移」は、オービトラップ内の理想的な電場を、適切な方法で変形することで導入できる。変形は局所的であることが好ましく、例えば、外部の検出電極の間又は近くに設置される電極(通常、接地される)に、電圧を印加することで局所的にする。
【0060】
電場が超対数場から離れて変形する程度まで電極を充電することが好ましく、これにより、イオンを閉じ込めたままにし、イオンの運動の振幅が、効果的な検出を妨げない割合で減衰させ、理想的な場を変形することで、異なるエネルギーを有するイオン、及び/又は、十分な周波数偏移が、等しいmn/znを有する2つ(又は、それ以上)のフラグメントイオン群の間に導入される。
【0061】
好適な実施形態においては、数keVのエネルギーを有する、閉じ込められたイオンのために、偏向電極200に電圧が印加され、トラップ場に局所的な変形202が形成される。一般的に、電圧は20ボルトから250ボルトであるが、オービトラップ内のイオンエネルギーに依存して、より低く、又はより高くても良い。結果として、比較的変形の近くにおいて振動するイオン(すなわち、後でオービトラップに入った、mn/znのフラグメントイオン群であって、質量電荷比MB/ZBの前駆イオンから生成され、より大きな軌道半径を有するフラグメントイオン群)の、検出された軸方向周波数が、等しいmn/znを有するが、変形からより離れて振動するフラグメントイオン群(すなわち、より早い時点でオービトラップに入った、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生成されたフラグメントイオン群)と異なる。
【0062】
図3を参照し、オービトラップ130内における2つのイオンの軌道経路122及び124の概略図を示す。両方のイオンが等しい質量電荷比を有する。上記で説明した例において、図3の2つのイオンは、各群の質量電荷比がmn/znであるが、それぞれ質量電荷比MA/ZAとMB/ZBとの前駆イオンから生成された、2つのフラグメントイオン群のイオンに相当する。再び、上記の例に従うと、より大きな軌道半径(振動振幅)124を有するイオンは、質量電荷比MB/ZBの前駆イオンから生成され、一方、より小さい軌道122を通るイオンは、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生成されたイオンである。しかしながら、上記で説明したように、イオンに理想的な超対数場が印加された場合には、トラップの縦方向軸zに沿った、これらの(イオンの)振動周波数は等しくなる。
【0063】
図3では、偏向電極200に電圧を印加すると、その近傍の電場が変形する(符号202で示す)ことがわかる。当然、変形は、電極の近くにおいて最も激しく、電極からの距離が大きくなるに従って、減少する。よって、より高い軌道経路124上のイオンは、より低い軌道経路122上のイオンと比べ、変形した場を、より大きな程度で経験する。よって、より高い振動振幅の経路上のイオンの軸方向振動周波数(及び、位相)は、より低い振動振幅の経路上のイオンの振動周波数よりも、大きく影響を受ける(そして、偏移する)。従って、同一の質量電荷比mn/znであるが、それぞれ異なる質量電荷比MA/ZA及びMB/ZBの前駆イオンを有するイオンに対する、検出された質量スペクトルのピークは、分離された、分解可能なピークに分割される。さらに、各ピークに関連付けられたイオンの初期位相は分解可能である。
【0064】
図4を参照し、静電トラップにおける電場の変形を導入するために用いられる電極に印加される電圧が、時間に関して示される。電圧は、低電圧ステージ310と、高電圧ステージ320との、2つの異なるステージを有する。ステージ1とステージ2との間の時刻Tstepにおけるステップ330が比較的急であるため、電場の摂動がほとんど瞬時に導入される。図4の電圧の尺度340は、任意の値のみを示す。各ステージで要求される可能性の高い時間は、ステージ1に関しては数百ミリ秒から二千ミリ秒のオーダーで、ステージ2に関しては数十ミリ秒から百ミリ秒のオーダーであることが好ましい。ステージ1とステージ2との間の遷移は、約10マイクロ秒程度の範囲であることが好ましい。ステージ1の間に電極に印加される電圧は、オービトラップ内の電場が変形しないように選択される。従って、変形電圧が印加される電極が、オービトラップの正常に接地された電極の近くに設置されている場合、変形電極は、検出電極と等電位であると仮定して、ステージ1の初期電圧もまた接地電圧でなければならない。
【0065】
図5を参照し、オービトラップ内における軌道上のイオン群(再び、上述の説明との整合性を取るため、これらは質量電荷比mn/znのフラグメントイオンである)の振幅375が、時間に関して示される。イオンが理想的な電場に閉じ込められた時に、振幅が比較的ゆっくり減衰することがわかる。しかしながら、理想的な場がTDの後に変形された時は、振幅は、非常に速い速度で減衰する。
【0066】
図6を参照し、ステージ1(すなわち、オービトラップ内で場の摂動がない)の間に分析された質量スペクトルのグラフ400を示す。410及び420の2つのピークを示し、各ピークは異なる強度、及び異なる質量電荷比を有する。上述の例、及び、そこで定義したラベル付けの条件を参照すると、これらの質量電荷比は、それぞれ質量電荷比ma/za、及びmb/zbを有するフラグメントイオンに対するものである。図7は、図6に示すスペクトルに対応する図であり、図6の2つのピークの位相を、質量電荷比に対して示す。点510は図6のピーク410に対応し、点520は図6のピーク420に対応する。
【0067】
図6及び図7に示すスペクトルは、第1の収集ステージの間に取られるので、これらのスペクトル中のある点について、本当に単一のフラグメントイオン群を表すかどうか、又は、実際に2つ以上のフラグメントイオン群であって、同一の質量電荷比を有するが、異なる質量電荷比MA/ZA、及びMB/ZBの、異なる前駆イオンから生成されたフラグメントイオン群(ステージ1では、電場が超対数であるため、分解できない)を表すかどうか、を推定することは不可能である。ここで定義した注釈を用いて表現すると、図6の単一ピーク410は、ma/zaにおける、質量電荷比MA/ZAの単一の前駆イオンのみからの、その質量電荷比のフラグメントイオンとしてのピークである場合と、代わりに、すべての質量電荷比がma/zaであるが、2つ、又はそれ以上の、質量電荷比MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNの前駆イオンから生じたフラグメントイオンを表す、分解されていないピークである場合と、の可能性がある。
【0068】
図8を参照すると、図6のスペクトルと類似したスペクトルが示される。しかしながら、図8のスペクトル600は、ステージ2で、すなわち、電極に電圧を印加して静電トラップ130内の電場を変形した時に、取られたスペクトルである。ピーク601からピーク604の群は、ステージ1で取られたスペクトルのピーク410に対応する。同様に、ピーク611からピーク614からなる群は、ステージ1で取られたスペクトルのピーク420に対応する。従って、ステージ1(静電トラップ内の電場が均一であるとき)で取られたスペクトルの各ピークは、実際には、単一の質量電荷比(ピーク410の場合はma/za、及びピーク420の場合はmb/zb)であって、各場合において1つではなく4つの前駆イオン群(例えば、ピーク410については、MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC、及びMD/ZDであり、おそらく、ピーク420については、ME/ZE、MF/ZF、MG/ZG、及びMH/ZHである)から生じた質量電荷比、のピークが分解されなかった結果であることが明らかになるのがわかる。
【0069】
図9は、図8に示すスペクトルと対応するが、図8における各ピークの位相を示す。点701から点704と、点711から点714と、は、それぞれ、ピーク601からピーク604と、ピーク611からピーク614と、に対応する。従って、図8及び図9は、それぞれ図6及び図7と比較すると、オービトラップにおける不均一な電場が、スペクトル線を「分割」して、単一の質量電荷比のフラグメントイオンを生じた、異なる前駆イオンの質量電荷比を明らかにするために、どのように用いられるかを示す。
【0070】
図5に示すように、トラップの不均一な電場による、より速い信号の減衰、及びその結果の低い分解能が期待される。本方法においては、質量電荷比が互いに数パーセント以内である、フラグメントイオン又は前駆イオンの分離を可能にすべきである。個々のスペクトルのピークを分解することができない場合は、このピークに関連付けられている、対応するフラグメントイオン又は前駆イオンは、同定不可能として標識をつけることができる。
【0071】
図4に示すように、2つのステージでデータを収集することが好ましい。ステージ1においては、静電場を理想的な状態(又は、可能な限り、この理想に近い状態)に維持することで、可能な最も高い分解能、及び質量精度が、質量分析計から得られる。ステージ1の間は、質量が高い精度で計測され、すべての可能な等圧の干渉も計測される。
【0072】
システムは次に、第2のステージに切り替わり、第2のステージでは、オービトラップの電極のうちの1つの近くの電極に電圧を印加することによって、電場が摂動する。この摂動は、スペクトルのピークを分割し、従って、フラグメント(イオン)の割り当てを容易にする。第2のステージは、第1のステージと比べて、かなり短いことが好ましい。ステージ1及びステージ2の両方が、単一のスペクトル収集で行われることが好ましい。
【0073】
上記の実施形態は、静電トラップ質量分析を参照して説明される。しかしながら、本方法は、他の形式のイオン質量分析に適用することもできる。
【0074】
上記で説明した装置及び方法の変形は、当業者によって予見されることもあり得る。例えば、電場の変形専用の電極を設けることが好ましい場合が考えられる。これは、オービトラップの赤道方向の軸上、又は軸外に設置することができる。電場の変形のための電極は、オービトラップの様々な位置に設置することができ、図10から図13に、そのいくつかの例を示す。
【0075】
図10を参照すると、変形電極500は、中心電極140のどちらかの端部に、環状のリング電極として配置される。図11を参照すると、変形電極500は、外部電極160の中心の周囲に、放射状のリングとして設置される。図12を参照すると、外部電極160が、2つの内部電極及び2つの外部電極を備える、4つの部分に分割される。スペクトル収集のステージ1の間は、外部電極のすべての要素は、等しい電圧で動作するように構成され、これにより、理想的な電場を生成する。しかしながら、ステージ2の間は、最も外側の2つの電極510に異なる電圧が印加され、理想的な場を変形する。電場を変形する電極510は、理想的な場におけるイオンの軸方向振動が、ほぼ変形電極の内側の端の範囲内に入るように、構成しなければならない。当然、変形電極は、内部電極に適用することもできる。図13を参照すると、変形電極520は、中心電極上に設置される。この例においては、変形電極は中心位置に示される。しかし、中心電極上の都合のよい位置のどこに配置してもよい。
【0076】
上記で記載した静電変形以外の、静電場を変形する他の方法は、当業者にとって明らかである。例えば、電極にRF電圧を印加することによる、イオンの共鳴励起は、周波数の、イオンのパラメータへの依存を実現するために用いることができるだろう。
【0077】
また、前述の記載は、TOFイオン分離を参照する。しかしながら、本発明は、この方法のみに限定されず、例えば、線形トラップからの噴出などの、他のイオン分離法を同様に適切に利用してもよい。例えば、本発明の他の実施形態は、解離場所へ向けての、連続した前駆イオン噴出(単調に増加又は減少する質量電荷比を有することもある)を含むことが可能である。従って、上記の式(1)のTOF1の項は、走査に依存する関数に置き換えられる。実際には、そのような走査は、分析線形トラップの異なる構成、例えば、特許文献2や国際公開第00/73750号パンフレットなどに記載されるような構成によって実現され得る。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明で用いられる装置の概略図である。
【図2】図1に示す静電トラップの詳細を示す概略図である。
【図3】等しいm/zを有するが、異なるエネルギーを有する、2つのイオンの軌道経路を示す概略図である。
【図4】電極に印加される電圧の経時変化を示す概略図である。
【図5】オービトラップ内で検出された中間体イオンの包絡線を示す概略図である。
【図6】本発明の実施形態における、TD前に得られた質量スペクトルを示す概略図である。
【図7】図6の質量スペクトルに関する質量スペクトルであって、検出された各ピークの位相が示された概略図である。
【図8】本発明の実施形態における、TD後に得られた質量スペクトルを示す概略図である。
【図9】図8の質量スペクトルであって、検出された各ピークの位相が示された概略図である。
【図10】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【図11】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【図12】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【図13】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法、及び装置に関し、特に、フーリエ変換静電型イオントラップを用いた、全質量MS/MSに関する。
【背景技術】
【0002】
タンデム質量分析法、又はMS/MSは、分析計のSN比を改善するために利用され、明白に検体イオンの同定を行う能力を提供できる、よく知られた技術である。MS/MSでは、(一段階のMS技術と比較した場合に)信号の強度は低下する可能性が若干ある反面、ノイズレベルの減少はより大きい。
【0003】
タンデム質量分析計は、薬剤の化合物、環境の化合物、及び生体分子、などの有機物を含む、広範囲の物質の分析に使用されてきた。タンデム質量分析計は、例えば、DNA及びタンパク質の配列決定に、特に有用である。このような用途では、分析時間の改善が常に要求されている。現在、試料の質量スペクトルを得るために、液体クロマトグラフィによる分離法を利用することができる。LC(液体クロマトグラフィ)技術では、しばしば、全スペクトルの情報を得るために、「ピーク・パーキング(peak‐parking)」の利用が必要になり、当業者の間において、質量スペクトルのすべてのピークについての完全な情報を得るのに必要な収集時間が、研究計画にかなりの時間負荷を加える、という一般的な意見の一致がある。従って、より高い処理量のMS/MSへ移行したいという要求がある。
【0004】
イオン化した分子の構造の解明は、タンデム質量分析計で行うことができる。タンデム質量分析計では、第1の分析の段階、又は第1の質量分析器(MS1)において、前駆イオンが選択される。この前駆イオンは、一般的に、衝突室(collision cell)において断片化され、断片化されたイオン(フラグメントイオン:fragment ion)は第2段階の分析器(MS2)で分析される。この、広く利用されている断片化方法は、衝突誘起解離(collision induced dissociation、CID)として知られている。しかしながら、他の適切な解離方法は、表面誘起解離(surface induced dissociation、SID)、光誘起解離(photo‐induced dissociation、PID)、又は準安定解離(metastable decay)を含む。
【0005】
現在、様々な配置による、複数の型のタンデム質量分析計の配置が、当技術分野で知られており、この様々な配置は、空間順、時間順、及び、時間順かつ空間順の配置を含む。
【0006】
公知の、空間順の配置は、磁場型(magnetic sector)ハイブリッドシステムを含む。それらの公知のシステムには、非特許文献1に開示されたシステム、非特許文献2に記載された四重極飛行時間型質量分析計(quadrupole time‐of‐flight(TOF)spectrometer)、又は、特許文献1に記載された、TOF‐TOFなどがある。非特許文献3に記載されるとおり、第1のTOF分析器は、イオン移動度の、異なる原理に基づいた分離装置によって代替できる。イオン移動度分析計における、比較的長時間での前駆イオンの分離によって、走査の各回においていくつかのTOFスペクトルを収集できる。イオン移動度分析計とTOF検出器との間に、断片化の手段が設けられる場合は、前駆イオンの分解能が非常に低くなるが、全質量MS/MSは可能になる。
【0007】
時間順の質量分析計は、イオントラップを含む。イオントラップは、例えば、非特許文献4に記載された、ポールトラップ(Paul trap);非特許文献5に記載された、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)分析計;又は、特許文献2に開示されたLT(線形トラップ)分析計がある。
【0008】
公知の、時間順かつ空間順の分析計は、3次元トラップTOF(例えば、特許文献3に開示される分析計であって、TOFが高質量の精度のため及び一度にすべての断片を収集するためだけに利用される分析計);例えば、非特許文献6に開示される分析計などのフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT‐ICR)(MS2の長い収集時間に制限される);又は、LT‐TOF質量分析計(例えば、特許文献4に開示されるように、前駆イオンを1個だけ伝送し、しかし、発明者は100%の装荷率を達成したと主張する)である。
【0009】
これらすべての、従来の質量分析計は、MS/MSスペクトルの逐次分析を実現することだけが可能である。すなわち、1回に1個の前駆体の質量を分析する。言い換えると、これらの従来の質量分析計を用いて、1回の分析で、すべての前駆体の質量に対して全質量スペクトルを得ることは不可能である。不十分なダイナミックレンジと、MS‐2質量分析計の収集速度と、が、分析計の性能を制限する要因であると考えられている。
【0010】
このダイナミックレンジ及び収集速度の問題は、非特許文献7及び非特許文献8に記載されているとおり、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(Fourier Transform ion cyclotron resonance、FTICR)によって、部分的に対処されてきた。多重チャネル配置を利用する、2個の異なる多重化の手法が示される。2個の手法は次のとおりである。
【0011】
2次元アダマール(Hadamard)/FTICR質量分析法
この手法においては、前駆イオンの線形独立な組み合わせの系列が、断片化のために選択され、それによって、フラグメントの質量スペクトルの組合わせを得る。収集された「マスクされた(masked)」スペクトルの符号化/復号化は、アダマール変換(Hadamard transform)アルゴリズムによって実現される。非特許文献7は、N個の異なる前駆イオンに対して、実験で、特定のSN比を達成することができたことを示した。その実験では、スペクトル収集時間がN/4倍に減少した。
【0012】
2次元フーリエ/FTICR質量分析法
この手法においては、すべての前駆イオンを励起させるのに、1つの励起波形を用いる。これにより、前駆イオンの異なる質量に対して、異なる励起状態を実現する。SWIFT(stored waveform inverse Fourier Transform)法を用いると、励起波形は、前駆イオン周波数の正弦波関数であり、正弦波関数の周波数は、収集の回数を重ねる毎に、増加する。結果として、特定の前駆イオンに対するフラグメントイオンの強度もまた、適用された励起に従って変調する。中間体の集合に2次元逆フーリエ変換を行うと、フラグメントイオンを、その前駆体に明白に対応づける2次元マップができる。
【0013】
非特許文献5によると、第1の方法は、かなり少ないデータ保存量を必要とし、第2の方法は、前駆イオンのスペクトルについての事前情報は必要ない。しかしながら、実用的な条件においては、どちらの方法も、一般的に利用される分離技術、例えば、HPLC(高速液体クロマトグラフィ)又はCE(キャピラリー電気泳動)、との互換性がない。これは、FTICR収集の比較的遅い速度(現在、毎秒数個のスペクトル以上に速くなることはない)と、比較的多くのスペクトルが要求されることと、に起因する。また、LC分離法が、比較的扱いにくい「ピーク・パーキング」法を用いて人工的に「止められ」ない限り、(最も広く利用される分離法において)検体は、数秒間でかなりの強度変化を示す可能性がある。さらに、ピーク・パーキング法の利用によって、スペクトル収集の時間が大幅に増大する可能性がある。
【0014】
特許文献5、及び特許文献6には、静電トラップを用いた質量分析方法、及び装置が記載されている。この配置で利用可能な、いくつかのMS/MS方式について、簡単な説明がなされている。しかしながら、トラップにおける全質量MS/MS分析に関する問題については、まったく言及していない。前駆イオンは貯蔵四重極から放出され、TOFフォーカスによってコヒーレントなパケットに集中し、それによって、等しいm/zを有するイオンが、ほぼ同時に静電トラップに入る。
【0015】
静電トラップ内のイオンの飛翔経路が、非特許文献9に記載される。非特許文献9で示された運動方程式から、軸方向周波数は、トラップ内のイオンのエネルギー及び位置(又は、トラップに入る時のイオンの位相)と関係ないことがわかる。従って、イオン運動の軸方向周波数が質量分析に利用される。
【0016】
【特許文献1】米国特許第5,464,985号明細書
【特許文献2】米国特許第5,420,425号明細書
【特許文献3】国際公開第99/39368号パンフレット
【特許文献4】米国特許第6,011,259号明細書
【特許文献5】英国特許出願公開第2,378,312号明細書
【特許文献6】国際公開第02/078046号パンフレット
【非特許文献1】マクラファティ(W. F. McLafferty)著、「タンデム質量分析(Tandem Mass Spectrometry)」、(米国)、ワイリー・インターサイエンス(Wiley Inter−Science)、1983年
【非特許文献2】モーリス他(Morris et al.)、「ラピッド・コミュニケーションズ・イン・マス・スペクトロメトリ(Rapid Communications in Mass Spectrometry)」、1996年、第10巻、p.889−896
【非特許文献3】ホーグルンド‐ハイザー(Hoaglund‐Hyzer)、「分析化学(Analytical Chemistry)」、2000年、72巻、p.2737−2740
【非特許文献4】マーチ他(March et al.)著、「四重極ストレージ質量分析(Quadrupole Storage Mass Spectrometry)」、(英国)、ジョン・ワイリー(John Wiley)、1989年
【非特許文献5】マーシャル他(A.G.Marshall et al.)著、「光学及び質量分析(Optical and Mass Spectrometry)」、(オランダ)、エルゼビア(Elsevier)、1990年
【非特許文献6】ベロフ他(Belov et al.)、「分析化学(Analytical Chemistry)」、2001年1月15日、第73巻、第2号、p.253
【非特許文献7】ウィリアムズ他(Williams E.R.et al.)、「分析化学(Analytical Chemistry)」、1990年、第62巻、p.698−703
【非特許文献8】ロス他(Ross C.W.et al.)、「米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)」、1993年、第115巻、p.7854
【非特許文献9】マカロフ(Makarov)、「静電型軸方向高調波軌道トラッピング:質量分析の高性能技術(Electrostatic Axially Harmonic Orbital Trapping:A High Performance Technique of Mass Analysis)」、分析化学(Journal of Analytical Chemistry)、2000年、第72巻、p.1156−1162
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、イオントラップを用いる質量分析方法であって、a)試料から複数の前駆イオンを生成し、各イオンは、第1の質量電荷比の有限な範囲M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNから選択された1つの質量電荷比を有し、b)前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンの解離を引き起こすことによって、複数のフラグメントイオンを生成し、各フラグメントイオンは、第2の質量電荷比の有限な範囲m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znから選択された1つの質量電荷比を有し、c)前記フラグメントイオンをイオントラップ内へ導き、前記イオントラップは電磁場を生成する手段を有し、前記電磁場は、前記電磁場の少なくとも1つの方向でイオンを閉じ込めることができ、前記イオンは、前記前駆イオンの前記質量電荷比に従って、1回に複数のイオン群として前記トラップに入り、d)少なくとも1つの前記イオン群において、イオンの前記質量電荷比を、前記トラップ内の前記電磁場における、その、又はそれらの群中の前記イオンの運動パラメータに基づいて、決定し、e)前記トラップ内の前記電磁場を変形させることによって、前記トラップ内のフラグメントイオンであって、等しい前記質量電荷比を有するが、異なる前駆イオンから生じたフラグメントイオン、を、区別して検出することを可能にする方法を実現する。
【0018】
トラップは静電型トラップであることが好ましい。有利なことに、本方法は、電場を変形させた場合、等しい質量電荷比m/zを有する、2つ以上のフラグメントイオン群であって、各群が、異なるM1/Z1、M2/Z2等を有する、異なる前駆イオン群から生じたフラグメントイオン群を、区別することができる。電場の変形は、あるイオン群の(軸方向の)振動周波数を、他のイオン群に対して、変化させる。従って、2個のイオン群が、以前は互いに区別不可能であったが、お互いに対して軸方向周波数が変化することで、区別可能になる。電場の変形の位置は、(例えば、MALDI(マトリックス支援レーザーイオン化)イオン源が用いられる場合は、)イオン形成の位置、又は、例えば、無線周波数(RF)トラッピング装置内の中間貯蔵庫からイオンが放出される位置である。
【0019】
異なる前駆イオンから生じた、各イオン群を「ラベル付け」することが可能である。なぜなら、すべてのパラメータ(例えば、静電トラップ内での各群の運動の振幅、又は、各群のイオンエネルギー、又は、静電トラップ内の各群の振幅の初期位相)は、静電トラップ内で、Tに依存しており(Tは、イオンの放出された位置から静電トラップの入口までのTOFである)、更に、このTは、前駆イオン、及び/又は、フラグメントイオンの質量電荷比に依存するからである。
【0020】
本方法は、例えば、イメージ電流検出法によって静電場において検出が行われる場合、多くの前駆イオンの各々について、ある1つのスペクトルによって、全スペクトルを得ることができるという利点をさらに有する。
【0021】
各フラグメントイオン群の、運動振幅及びエネルギーの差の判断は、静電トラップ内の電場を変形することで達成される。この方法では、トラップ内の各フラグメントイオン(等しい質量電荷比m1/z1を有する)の飛翔経路の軸方向周波数は、イオンのパラメータから独立したものではなくなる。
【0022】
電極に電圧を印加することで、局地的に電場を変形させることが好ましい。変形に比較的近いフラグメントイオンの軸方向の振動周波数が、変形から比較的離れた、他のフラグメントイオンの軸方向の振動周波数と異なるように、電場の変形を決めることができる。従って、等しい質量電荷比m1/z1を有するが、異なる質量電荷比M1/Z1、及びM2/Z2を有する異なる前駆イオンから生じたフラグメントイオンを互いに区別することができる。その結果、全質量MS/MSの方法が達成される。
【0023】
本発明の実施形態では、LCピーク・パーキング技術と比較して、分析速度を、少なくとも5倍から10倍、改善することができる。
【0024】
本発明はまた、質量分析計であって、複数の、分析対象の試料イオンを供給するよう構成されたイオン源と、前記試料イオンを解離場所へ向けて誘導する手段であって、前記試料イオンが、M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNの範囲から選択された質量電荷比に従って、複数の前駆イオン群として、前記解離場所に到達する手段と、トラップの入口を有するイオントラップであって、前記イオントラップが、前記解離場所における前記前駆イオンの解離によって生じたフラグメントイオン群を受け取るように配置され、各フラグメントイオン群が、m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znの範囲から選択された質量電荷比を有し、前記イオントラップが、前記イオントラップ内にトラッピング場を生成するように構成されたトラップ電極を有し、これにより、前記トラップに入る、断片化されなかった前駆イオン、及び/又は、フラグメントイオンは、前記トラップの少なくとも1つの軸方向で前記トラッピング場に閉じ込められ、前記イオンの前記質量電荷比のみに関係する運動パラメータを有するイオントラップと、前記運動パラメータに基づいてイオン群の前記質量電荷比を判断することを可能にする検出手段と、電場を変形する、少なくとも1個の電極であって、前記トラッピング場の変形を実現するように配置されることによって、前記イオントラップ内の、分離したフラグメントイオン群であって、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、少なくとも2つの異なる質量電荷比M1/Z1、M2/Z2を有する前駆イオンから生じたフラグメントイオン群を前記検出手段が検出することを可能にする電極と、を備える質量分析計を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に、図面を用いて、一例として本発明を説明する。
【0026】
フーリエ変換質量分析計が、1回の走査で複数の前駆イオンからMS/MSスペクトルを得、少なくともLCに匹敵する、又はより高い水準のスペクトルを得る時間負荷を大いに減少させる潜在能力を有することがわかった。
【0027】
特許文献5、国際公開第96/30930号パンフレット、及び、マカロフの論文(非特許文献9)に開示された静電トラップに基づいた静電トラップに関して、本発明を説明する。前記3文献を、ここに本明細書の一部として引用する。本明細書の記載全体を通して、このトラップは、「オービトラップ(orbitrap)」という記述で言及する。当然、他の静電トラップ構成が利用可能であり、本発明は、ここ及び引用した文献で開示する特定の実施形態に制限されない。他の静電トラップは、平面、環状、楕円状、又は他の断面の多重反射鏡の構成を有することもある。言い換えると、本発明は、高い真空状態を維持し、多重反射と、少なくとも一方向の等時性のイオン運動と、を実現する、どのような電極構造にも応用できる。本明細書では、オービトラップの詳細を説明する必要はなく、本段落において、引用された文献を参照する。本発明は、原則として、従来のFTICRに適用することもできる。ただし、その場合は、高度なイオン噴射、及び励起の技術が要求される。例えば、いくつかのFTICRセルの電極、特に、検出電極に、制御された場の摂動を実現するように電圧を印加することができる。
【0028】
正確な検出を実現するため、オービトラップは、イオン信号のスミア(smear)を防ぐために十分なコヒーレンスをもって、イオンがトラップに噴射されることを要求するのが好ましい。従って、特定の質量電荷比のイオン群が、束として緊密に集まって、静電トラップの入口に、又は入口に隣接したところに、到達することを保証する必要がある。そのような束、又はパケットは、静電トラップに理想的に適合されている。なぜなら、各イオンパケットのTOF分布の半波高全幅値(full width half maximum、FWHM)(特定の質量電荷比に対するもの)は、静電トラップ内では、その質量電荷比を有する試料イオンの振幅周期よりも小さいからである。放出ポテンシャルに対する特定の制限について記載した、米国特許第5,886,346号明細書、及び特許文献5を参照する。前記2文献を、ここに本明細書の一部として引用する。代わりに、パルス型のイオン源(例えば、短レーザパルスを用いる)を、同様の効力で使用できる。
【0029】
図1に、質量分析計10を示す。質量分析計は、電子衝撃イオン源、(衝突RF多重極を有する、又は有しない)エレクトロスプレーイオン源、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix assisted laser desorption and ionization、MALDI)イオン源(これも、衝突RF多重極を有する、又は有しない)、などの連続又はパルス型イオン源12を備える。図1には、エレクトロスプレーイオン源12を示す。
【0030】
イオン源12から噴射されたイオンは、入口円錐体14及び出口円錐体18を有するイオン源ブロック16に入る。国際公開第98/49710号パンフレットに記載されているように、出口円錐体18は、イオンブロック16内のイオン流に対して90°の入口を有し、これによって、次の質量分析要素にイオンが流れ込むのを防ぐスキマ(skimmer)として機能する。
【0031】
出口円錐体18の下流の第1の要素は、衝突多重極(又は、イオン冷却器)20であり、イオン源12からの試料イオンのエネルギーを減少させる。冷却されたイオンは、衝突多重極20から、開口部22を通って出て、任意のRF信号と重ねられた直流電圧を供給された四重極質量フィルタ24に到達する。この質量フィルタは、着目する質量電荷比のウィンドウの範囲内のイオンのみを取り出し、選択されたイオンは、その後、線形トラップ30に向かって放たれる。図1に示す実施形態においては、イオントラップ30は、入口部分40と、出口部分50と、に区分けされている。図1には2つの部分だけを示すが、3つ以上の部分を利用してもよい。
【0032】
当業者によく知られるとおり、データ依存の励起、断片化、又は選択された質量電荷比の除去を実現するために、線形トラップ30は、共振、又は、質量選択不安定走査のための機能を含むこともできる。
【0033】
イオンはトラップ30から噴出される。ここで定義された条件に従って、これらのイオンは、(以下の記述からわかるように)前駆イオンであり、MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNの範囲から選択された1つの質量電荷比を有する。ここで、MNは前駆イオンのM/Z比の範囲でN番目の質量であり、ZNはN番目の電荷である。
【0034】
出口電極の下流には、偏向器100及び110を有する偏向レンズ構成90が設置される。偏向レンズ構成は、トラップ30から出るイオンを偏向させ、線形トラップ30の内部と、偏向レンズ構成90の下流の静電オービトラップ130とを直接接続する経路が存在しないように構成される。従って、比較的高圧の線形トラップから比較的低圧のオービトラップ130へ、気体分子が流れ込むことを防ぐ。偏向レンズ構成90は、差動排気口としても機能する。偏向レンズ配置の下流には、伝導率制限器120が設置され、これにより、オービトラップ130とレンズ構成90との間の圧力差を維持する。
【0035】
伝導率制限器を通って偏向レンズから出たイオンは、転送レンズ構成90からのイオンビームの光軸上のSID表面192に到達する。ここで、イオンは表面192と衝突し、解離してフラグメントイオンとなる。フラグメントイオンは、一般的に、前駆イオンとは異なる質量電荷比を有する。前駆イオンに対して定義した前記の条件と一致して、生じたフラグメントイオンの質量電荷比は、ma/za、mb/zb、mc/zc...mn/znのうちの1個である。ここで、mn及びznはそれぞれ、フラグメントイオンのm/z比の範囲でn番目の質量及び電荷である。
【0036】
フラグメントイオン、及び、すべての残留前駆イオンは、表面で反射されてオービトラップの入口に到達する。オービトラップ130は、中心電極140を有する(図2を参照するとよりよくわかる)。中心電極は高電圧増幅器150に接続される。
【0037】
オービトラップはまた、2つの外部電極部分160及び170に分離された外部電極を含むことが望ましい。2つの外部電極部分の各々は、差動増幅器180に接続される。この差動増幅器は、仮想接地された状態を維持することが望ましい。
【0038】
再び図1を参照し、オービトラップの下流には、オービトラップ130の側に二次電子増倍管190が設置される。図1にはまた、SID表面の電圧供給源194が示されている。代替の実施形態においては、減速間隙を、(CID表面の前に設置される)格子と表面との間に設けることもできる。イオンは格子を通って間隙に入り、格子に印加されたオフセット電圧によって生じた減速力を受ける。このように、イオンと表面との間の衝突エネルギーを、制御して減少させることができる。
【0039】
システム、特に、システムの様々な部分に供給される電圧は、本発明の一部を構成しないデータ収集システムによって制御される。同様に、システムの差動排気を可能にするために、真空包絡面(vacuum envelope)も設けられる。ここでも、図1には一般的な圧力は示すが、この真空包絡面は図示されていない。
【0040】
イオンがイオン源12から離れ、区分けされたトラップ30に入り、トラップから解放され、レンズ構成90によって偏向される、システムの操作は、英国特許第01267640号明細書に記載されている。イオンを線形トラップから解放するまでの、システムの操作は、本発明の一部を構成しない。従って、本明細書では、装置のこの側面についての、これ以上の詳細な説明は必要ない。
【0041】
図1に示す実施形態では、SID表面がトラップの後に、反射させるような配置で設けられ、このため、イオンは、偏向されてトラップの入口に入ることなく、オービトラップを通り過ぎる(この段階では、偏向電極200、又は電極140に電圧は印加されていない)。イオンは、衝突表面192と相互作用し、解離してフラグメントイオンとなり、表面によって反射されてオービトラップへ戻る。この段階で、電極200に電圧が印加され、イオンが偏向されてオービトラップに入る。
【0042】
表面との衝突のエネルギー(及び、生じた断片に分散したエネルギー)は、SID表面に印加される減速電圧194によって調整できる。SID表面とトラップ130との間の距離は、イオンの光学上考慮すべき点と、要求質量範囲と、に留意して選択される。好適な実施形態においては、イオンは、イオントラップ30を離れ、SID表面までの飛行時間(TOF)にフォーカスされる。結果として、イオンは、質量電荷比に従って、個々の群として、SID表面に到達する。各群は、上記定義のとおり、質量電荷比MA/ZA、MB/ZB、...MN/ZNを有するイオンを含む。SID表面からオービトラップの入口までは、前駆イオン、又はフラグメントイオンのTOFフォーカスは存在しない。SIDは、実践的な範囲でできるだけオービトラップの入口近くに設置され、これにより、イオンの拡散又はスミアを最小限にする。SIDの位置とオービトラップの入口との間の距離Lは、50mm−100mmの間であることが望ましい。結果として、SID表面からオービトラップの入口への、イオンの集団の追加の広がりdLは無視できるほど小さくなり、一般的に0.5mmから1mmより小さい(SIDから離れるフラグメントイオンのエネルギー分布は10eV−20eVであり、加速電圧は1keVのオーダーであるため)。当然、この配置は、単に好適な実施形態であり、当技術分野で知られている、他の形式の解離を利用してもよいことがわかる。解離場所とオービトラップの入口との間の距離を短く保つことで、スミアを減少させる原理は、解離の形式に関わらず、変化しない。
【0043】
当業者は、インパルスレーザを用いた、光誘起解離(photo‐induced dissociation、PID)を利用できることを理解するだろう。PIDは、前駆イオンを解離するために、比較的高いピーク電力のパルスレーザを用いる。前駆イオンがより低い運動エネルギーを有する範囲で解離を行うことで、フラグメントイオンが、トラップのエネルギー受容範囲内のエネルギーを有するようにすることが好ましい。さらに、衝突誘起解離(collision induced dissociation、CID)を、前駆イオンのより低い運動エネルギー範囲内で、好ましくは、比較的短く、高圧の衝突室において、行うことが可能である。衝突室は、線形トラップ30からの、すべての飛行時間分布が大きく広がることを防止するように配置しなければならない。従って、CIDセル内のイオンの飛行時間は、線形トラップからセルまでのイオンのTOFと、セルからオービトラップの入口へのイオンのTOFと、の両方と比較して、短いことが好ましく、非常に短いことがより好ましい。現時点では、CIDによる解離は、本質的に、静電トラップの高真空状態の制限が厳しいため、最も望ましくない手法であると思われる。
【0044】
好適な実施形態での動作において、前駆イオン(又は、「親イオン」)のパルスが線形イオントラップ30から解放される。イオンは、貯蔵四重極、又は試料プレートから、解離場所(dissociation site)までの遷移の際の飛行時間に従って、別個の群に分離する。TOFによる分離は、更には、前に定義した質量電荷比MN/ZNの値nに関連付けられる。
【0045】
(この時点で、実質上等しい質量電荷比M/Zを有するイオンからなる)各イオン群、又は集団は、解離場所と衝突する。ここで、一部の前駆イオンは、前駆イオンのエネルギーよりも低いエネルギー(数eVのオーダ)を有するフラグメントイオンへと断片化される。SIDを用いた断片化は、本質的に、瞬間的な過程である。従って、フラグメントイオンは解離場所から、群、又は集団として放出される。これらの断片化されたイオン群は、その質量電荷比mn/znに従って、解離場所からオービトラップの入口への異なるTOFを有する。MN/ZNの前駆イオンの群は、様々な質量電荷比ma/za、mb/zb...mn/znを有するフラグメントイオンを生成する可能性がある。質量電荷比MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNを有する、断片化されないイオンの一部が残る可能性もある。従って、フラグメントイオン、及び残った前駆イオンのすべてが、軸から離れて、質量電荷比に従った、コヒーレントな群として、オービトラップの増加する電場に噴射される。従って、前駆イオン及びフラグメントイオンのコヒーレントな集団がオービトラップにおいて形成され、各集団は等しい質量電荷比を有するイオンma/za、mb/zb、mc/zc...mn/zn;MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNを含む。
【0046】
イオン噴射の間、オービトラップの中心電極140に印加された電圧150を傾斜させる。マカロフの論文(非特許文献9)で説明されているように、この傾斜する電圧は、イオンを「圧迫」して中心電極により近づけるために利用され、閉じ込められるイオンの質量範囲を増大させることができる。この電場増大の時定数は、一般的には、20マイクロ秒から100マイクロ秒であるが、閉じ込められるイオンの質量範囲に依存する。
【0047】
正常な動作の間は、オービトラップの(理想的な)電場は、中心電極及び外部電極の形状により、超対数(hyperlogarithmic)である。そのような場は、縦軸方向に沿って、ポテンシャルの井戸(potential well)を生成し、よって、逃れる程イオンの入射エネルギーが大きくなければ、そのポテンシャルの井戸にイオンを閉じ込める。中心電極140に印加された電圧が増大するに従って、電場の強度が増大し、その結果、イオンに働く縦軸方向の力が増大し、よって、イオンの螺旋半径が減少する。結果として、イオンは、ポテンシャルの井戸の側面の勾配が増加するに従って、より小さい半径の螺旋上を回転することを強いられる。
【0048】
先行技術で説明されているように、超対数場における振動は、3つの特性周波数を有する。第1は、イオンの軸方向の調和運動であり、イオンはイオンエネルギーとは独立した周波数でポテンシャル井戸内において振動する。第2の特性周波数は、すべての飛翔経路が円状であるわけではないので、径方向の振動である。閉じ込められたイオンの第3の周波数特性は、角回転の周波数である。イオン集団がオービトラップの電場に入る時刻Tは、集団内のイオンの質量電荷比(すなわち、一般的に、mn/zn、又はMN/ZN)の関数であり、下記の式(1)で定義される。
【数1】
ここで、t0は、イオンの形成、又はトラップからの解放の時刻であり、TOF1(MN/ZN)は、質量電荷比MN/ZNの前駆イオンの、イオンの解放又は形成の位置から、衝突表面までの飛行時間であり、TOF2(MN/ZN)は、質量電荷比MN/ZN(すなわち、衝突表面に入射し、しかし解離できなかったイオンと等しい質量電荷比)の前駆イオンの、衝突表面からオービトラップの入口までの飛行時間であり、mn/znは、衝突によって、質量電荷比MN/ZNの前駆イオンから生成されたフラグメントイオンの質量電荷比である。式(1)では、特定の質量電荷比MN/ZNを有する前駆イオンを、質量電荷比mn/znを有するフラグメントイオンの1つの集団に関連付けることがわかる。ここで、同様の式を用いて、例えば、MN/ZNを有する同一の前駆イオン集団からの質量電荷比ma/zaを有するフラグメントイオンの時刻T´を、単純に式(1)のmn/znにma/zaを代入することで、導出することもできる。イオンは、MALDI、高速原子衝撃(fast atom bombardment、FAB)、二次イオン衝突(secondary ion bombardment、SIMS)又は他のパルス型のイオン化手法を用いて固体又は液体表面から生成することもできる。これらの場合、t0はイオン形成の時刻である。エネルギー放出、エネルギーの広がり、及びその他の定数若しくは変数の効果は、明確性のため、式(1)には含まない。
【0049】
四重極トラップからの飛行時間に従って、イオンを群へと分離することによる、イオンの質量電荷比に依存するパラメータがある。これらのパラメータは、オービトラップ内における検出の間の運動の振幅(例えば、放射状、又は軸方向の振幅)や、検出の際のイオンエネルギーや、イオン振動の初期位相(Tに依存する)などを含む。これらのパラメータはいずれも、前駆イオン、又はフラグメントイオンを「ラベル付け」するのに利用できる。
【0050】
フラグメントイオンは、TOF効果が、断片化されたイオンの集団のコヒーレンスを、検出に影響しかねない程度(例えば、エネルギーの広がりが原因で生じたスミアによって)まで崩壊させることのないような時間で形成されることが好ましい。フラグメントイオンのパラメータは、前駆イオンのパラメータと異なる可能性がある。しかしながら、フラグメントイオンは、その前駆イオンのパラメータと明白に関連付けることができる。これは、次のような方法で達成される。
【0051】
好適な実施形態においては、イオンのトラップ内における軸方向の振動周波数の検出は、t0の後の、予め決定された時刻Tdetに始まる。Tdetは、一般的に、t0の数十ミリ秒(例えば、60ms又は、それ以上)後であり、貯蔵トラップからのイオンのTOFは、一般的に、(例えば)3マイクロ秒から20マイクロ秒である。質量電荷比mn/znを有するフラグメントイオンのイオン軸方向振動の周期Taxial(mn/zn)は、数マイクロ秒のオーダーであり、当然、MN/ZN、又はmn/znの値に依存する。従って、振動の位相P(mn/zn,MN/ZN)は、下の式(2)によって決定できる。
【数2】
ここで、Pは位相、cは定数、及びfraction{...}は、その引数の小数部を返す関数である。
【0052】
上記で引用した、マーシャルの非特許文献5によれば、検出された位相、Pdet(ω)は、吸着周波数スペクトルA(ω)及び分散周波数スペクトルD(ω)を検出することで導出でき、下の式(3)で示す。
【数3】
そして、イオン運動の軸周波数ωと、オービトラップのmn/znとの間の関係を用いて、
【数4】
ここで、kはオービトラップの電場から導出された定数である。イオン振動の周期Taxial(mn/zn)は、軸周波数ωと以下のように関係付けられる。
【数5】
従って、特定のフラグメントイオンの質量電荷比mn/znに対して、事前のシステム較正から導出された定数を用い、質量電荷比mn/znのフラグメントイオンを生成した前駆イオンの質量電荷比MN/ZNを、式(1)、式(2)、式(3)、及び式(4)から導出できる。言い換えると、P(mn/zn,MN/ZN)は、計測した位相及びmn/zn(式(3)及び式(4)を用いる)から推定され、これらの値から、式(2)を用いてT(mn/zn,MN/ZN)を推定できる。結果として、式(1)からMN/ZNを推定できる。従って、フラグメントイオンを生成した前駆イオンの質量電荷比MN/ZNは、明白に確かめることができる。なぜなら、フラグメントイオンの軸方向の振動は、オービトラップ内における前駆イオンの振動の位相と関連付けられるからである。しかしながら、この記載は、特定のフラグメントイオンのmn/znは、前駆イオンの単一の質量電荷比MN/ZNからのみ生じることを前提とし、例えば、MA/ZA、又は前駆イオンの他の質量電荷比からは生じないことを前提とする。
【0053】
オービトラップ内における前駆イオン及びフラグメントイオンの振動の初期位相は、Tに依存し、Tは、例えば、フラグメントイオンの軸方向振動周波数のフーリエ変換の実数部及び虚数部から推定できる。代わりに、電子増倍管190によって得られたTOFスペクトルを用いて、直接、Tを測定することもできる。その後、質量電荷比mn/znを、オービトラップに対する適切な較正曲線を用いて推定することができる。この方法で、全質量MS/MS質量分析を達成できる。
【0054】
しかしながら、異なるM/Z(例えば、MA/ZA、及びMN/ZN)を有する、2つ(又はそれ以上)の前駆イオン群が、等しいm/z(例えば、mn/zn)を有する、複数のフラグメントイオン群を生成する場合は、状況はより複雑になり得る。少なくとも、等しい質量電荷比mn/znのフラグメントイオン(しかし、異なる質量電荷比MA/ZA、MB/ZB...MN/ZNを有する、異なる前駆イオンから生成された)が、オービトラップに異なる瞬間に到達する場合は、その軸方向振動周波数は等しく、このため、そうでなければ互いに区別できない。これは、イオンの軸方向振動周波数が、イオンエネルギーと、イオン振動の初期位相と、から独立であるためである(すなわち、軸方向振動周波数は、質量電荷比のみに依存する)。
【0055】
この状況は、次のように例証できる。それぞれがある質量電荷比(例えば、MA/ZA、及びMB/ZB)を有する2つの前駆イオン群が、実質上同時にイオン源から放出されたとする。ここで、MA/ZAは、MB/ZBより小さいとする(質量MAは質量MBより軽い)。正常どおり、より低い質量電荷比のイオンが、より重いものよりも速く動き、次式に従う。
【数6】
結果として、質量電荷比MA/ZAのイオンは、質量電荷比MB/ZBのイオンよりも早く、SID表面に到達する。ここで、質量電荷比MA/ZAのイオンは即座に断片化し、よって、質量電荷比mn/znのフラグメントイオンが生成される(当然、他のイオンと共に)。考慮中の特定のイオン、つまり、質量電荷比mn/znのイオンは、オービトラップの入口に向かって動き始める。例えば、mn/zn<MA/ZAの場合(常に成り立つわけではない。例えば、mn<MAであるがzn<<ZAである場合)、フラグメントイオンmn/znは、SIDで断片化しなかった、MA/ZAの前駆イオンのすべてを追い越す。従って、上記の式(6)によると、質量電荷比mn/znのフラグメントイオンは、断片化されなかった前駆イオンよりも前に、オービトラップの入口に到達する。入口への到達の時間差は、式(1)によって決定される。質量電荷比MA/ZAのイオン群がSIDとオービトラップの入口との間を移動中に、質量電荷比MB/ZBのイオン群がSIDに到達することが可能である。ここで、これらのイオンも断片化し、質量電荷比mn/znの第2のイオン群を(他のイオン群の間に)形成し、第2のイオン群はオービトラップの入口に向かって動く。前述のように、質量電荷比mn/znを有するイオン群のイオンは、オービトラップへ向かう途中で、質量電荷比MB/ZBを有するイオン群のイオンを「追い越す」可能性が高い(mn/znを仮定する)。第2のフラグメントイオン群mn/znは、等しいmn/znを有するが、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生じた、第1のフラグメントイオン群の後に、オービトラップの入口に到達する。結果として、最初にオービトラップの入口に到達した、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生じたフラグメントイオン群(質量電荷比mn/znを有する)は、等しい質量電荷比mn/znを有するが、質量電荷比MB/ZBを有する他の前駆イオンから生じた、後のフラグメントイオン群とは、異なる位相を有する。(ほとんど起きる可能性のない、極端な場合、2つのフラグメントイオン群の位相が互いに打ち消しあい、結果として信号が全く検出されないこともあり得る。)
【0056】
オービトラップ内の電場が理想的である場合(すなわち、完全に超対数)、両方の群は、どの前駆イオンから生じたかに関係なく、等しいmn/znに対して、単一のスペクトルを示す。これは、(すでに説明したように)理想的な超対数場においては、検出される運動の軸方向の周波数は、(各フラグメントイオン群について等しい)mn/znのみに依存し、そのような2つの群の間の相対的な位相差、又はエネルギー差の影響を全く受けないからである。これは、検出されたフラグメントイオン(質量電荷比mn/znを有する)が、複数の異なる前駆イオン中の1つ又は他のイオンから生じたことを判断するのが難しいため、望ましくない。従って、この信号を解読する必要がある。
【0057】
この、信号の解読は、イオンがトラップに入る前に電圧150の傾斜を開始し、着目するイオンがすべてトラップに入った後に、傾斜を終了することで達成できる。結果として、第1のフラグメントイオン群は、第2のフラグメントイオン群より早い時点でトラップに入り、たとえ等しいmn/znであっても、第2群よりも多く、傾斜した電圧を受ける。従って、第1のイオン群は、第2群よりも「圧迫」されて中心電極により近づく。結果として、振動の振幅は、従って、第2群の方が第1群よりも大きくなる。第1、及び第2のフラグメントイオン群は、従って、中心電極の周りに、明確に異なる軌道半径を有する。
【0058】
しかしながら、軸方向振動周波数がオービトラップの質量分析に用いられ、軸方向周波数はイオンエネルギー、又は半径(又は、イオンがオービトラップに入る時の線速度)に依存しないため、第1、及び第2のフラグメントイオン群は等しい軸方向周波数を有する。結果として、理想的な電場を用いた従来の質量分析においてもまだ、フラグメントイオンは互いに区別されない。従って、較正曲線を用いて前駆イオンの質量電荷比MN/ZN(式(2)による)を決定すると、特定のフラグメントイオンを誤った前駆イオンに割り当てる可能性がある。
【0059】
本発明の1つの態様は、フラグメントイオンを、その正しい前駆イオンに割り当てる方法を実現する。これは、オービトラップ内におけるイオンの、運動及びエネルギーの振幅差を評価することによって達成される。これは、(上記のように、オービトラップ内の軸方向振動周波数は、通常これらのパラメータから独立であるにもかかわらず)ある群の振動周波数を、他の群に対して変えることで実現できる。この、「周波数偏移」は、オービトラップ内の理想的な電場を、適切な方法で変形することで導入できる。変形は局所的であることが好ましく、例えば、外部の検出電極の間又は近くに設置される電極(通常、接地される)に、電圧を印加することで局所的にする。
【0060】
電場が超対数場から離れて変形する程度まで電極を充電することが好ましく、これにより、イオンを閉じ込めたままにし、イオンの運動の振幅が、効果的な検出を妨げない割合で減衰させ、理想的な場を変形することで、異なるエネルギーを有するイオン、及び/又は、十分な周波数偏移が、等しいmn/znを有する2つ(又は、それ以上)のフラグメントイオン群の間に導入される。
【0061】
好適な実施形態においては、数keVのエネルギーを有する、閉じ込められたイオンのために、偏向電極200に電圧が印加され、トラップ場に局所的な変形202が形成される。一般的に、電圧は20ボルトから250ボルトであるが、オービトラップ内のイオンエネルギーに依存して、より低く、又はより高くても良い。結果として、比較的変形の近くにおいて振動するイオン(すなわち、後でオービトラップに入った、mn/znのフラグメントイオン群であって、質量電荷比MB/ZBの前駆イオンから生成され、より大きな軌道半径を有するフラグメントイオン群)の、検出された軸方向周波数が、等しいmn/znを有するが、変形からより離れて振動するフラグメントイオン群(すなわち、より早い時点でオービトラップに入った、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生成されたフラグメントイオン群)と異なる。
【0062】
図3を参照し、オービトラップ130内における2つのイオンの軌道経路122及び124の概略図を示す。両方のイオンが等しい質量電荷比を有する。上記で説明した例において、図3の2つのイオンは、各群の質量電荷比がmn/znであるが、それぞれ質量電荷比MA/ZAとMB/ZBとの前駆イオンから生成された、2つのフラグメントイオン群のイオンに相当する。再び、上記の例に従うと、より大きな軌道半径(振動振幅)124を有するイオンは、質量電荷比MB/ZBの前駆イオンから生成され、一方、より小さい軌道122を通るイオンは、質量電荷比MA/ZAの前駆イオンから生成されたイオンである。しかしながら、上記で説明したように、イオンに理想的な超対数場が印加された場合には、トラップの縦方向軸zに沿った、これらの(イオンの)振動周波数は等しくなる。
【0063】
図3では、偏向電極200に電圧を印加すると、その近傍の電場が変形する(符号202で示す)ことがわかる。当然、変形は、電極の近くにおいて最も激しく、電極からの距離が大きくなるに従って、減少する。よって、より高い軌道経路124上のイオンは、より低い軌道経路122上のイオンと比べ、変形した場を、より大きな程度で経験する。よって、より高い振動振幅の経路上のイオンの軸方向振動周波数(及び、位相)は、より低い振動振幅の経路上のイオンの振動周波数よりも、大きく影響を受ける(そして、偏移する)。従って、同一の質量電荷比mn/znであるが、それぞれ異なる質量電荷比MA/ZA及びMB/ZBの前駆イオンを有するイオンに対する、検出された質量スペクトルのピークは、分離された、分解可能なピークに分割される。さらに、各ピークに関連付けられたイオンの初期位相は分解可能である。
【0064】
図4を参照し、静電トラップにおける電場の変形を導入するために用いられる電極に印加される電圧が、時間に関して示される。電圧は、低電圧ステージ310と、高電圧ステージ320との、2つの異なるステージを有する。ステージ1とステージ2との間の時刻Tstepにおけるステップ330が比較的急であるため、電場の摂動がほとんど瞬時に導入される。図4の電圧の尺度340は、任意の値のみを示す。各ステージで要求される可能性の高い時間は、ステージ1に関しては数百ミリ秒から二千ミリ秒のオーダーで、ステージ2に関しては数十ミリ秒から百ミリ秒のオーダーであることが好ましい。ステージ1とステージ2との間の遷移は、約10マイクロ秒程度の範囲であることが好ましい。ステージ1の間に電極に印加される電圧は、オービトラップ内の電場が変形しないように選択される。従って、変形電圧が印加される電極が、オービトラップの正常に接地された電極の近くに設置されている場合、変形電極は、検出電極と等電位であると仮定して、ステージ1の初期電圧もまた接地電圧でなければならない。
【0065】
図5を参照し、オービトラップ内における軌道上のイオン群(再び、上述の説明との整合性を取るため、これらは質量電荷比mn/znのフラグメントイオンである)の振幅375が、時間に関して示される。イオンが理想的な電場に閉じ込められた時に、振幅が比較的ゆっくり減衰することがわかる。しかしながら、理想的な場がTDの後に変形された時は、振幅は、非常に速い速度で減衰する。
【0066】
図6を参照し、ステージ1(すなわち、オービトラップ内で場の摂動がない)の間に分析された質量スペクトルのグラフ400を示す。410及び420の2つのピークを示し、各ピークは異なる強度、及び異なる質量電荷比を有する。上述の例、及び、そこで定義したラベル付けの条件を参照すると、これらの質量電荷比は、それぞれ質量電荷比ma/za、及びmb/zbを有するフラグメントイオンに対するものである。図7は、図6に示すスペクトルに対応する図であり、図6の2つのピークの位相を、質量電荷比に対して示す。点510は図6のピーク410に対応し、点520は図6のピーク420に対応する。
【0067】
図6及び図7に示すスペクトルは、第1の収集ステージの間に取られるので、これらのスペクトル中のある点について、本当に単一のフラグメントイオン群を表すかどうか、又は、実際に2つ以上のフラグメントイオン群であって、同一の質量電荷比を有するが、異なる質量電荷比MA/ZA、及びMB/ZBの、異なる前駆イオンから生成されたフラグメントイオン群(ステージ1では、電場が超対数であるため、分解できない)を表すかどうか、を推定することは不可能である。ここで定義した注釈を用いて表現すると、図6の単一ピーク410は、ma/zaにおける、質量電荷比MA/ZAの単一の前駆イオンのみからの、その質量電荷比のフラグメントイオンとしてのピークである場合と、代わりに、すべての質量電荷比がma/zaであるが、2つ、又はそれ以上の、質量電荷比MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC...MN/ZNの前駆イオンから生じたフラグメントイオンを表す、分解されていないピークである場合と、の可能性がある。
【0068】
図8を参照すると、図6のスペクトルと類似したスペクトルが示される。しかしながら、図8のスペクトル600は、ステージ2で、すなわち、電極に電圧を印加して静電トラップ130内の電場を変形した時に、取られたスペクトルである。ピーク601からピーク604の群は、ステージ1で取られたスペクトルのピーク410に対応する。同様に、ピーク611からピーク614からなる群は、ステージ1で取られたスペクトルのピーク420に対応する。従って、ステージ1(静電トラップ内の電場が均一であるとき)で取られたスペクトルの各ピークは、実際には、単一の質量電荷比(ピーク410の場合はma/za、及びピーク420の場合はmb/zb)であって、各場合において1つではなく4つの前駆イオン群(例えば、ピーク410については、MA/ZA、MB/ZB、MC/ZC、及びMD/ZDであり、おそらく、ピーク420については、ME/ZE、MF/ZF、MG/ZG、及びMH/ZHである)から生じた質量電荷比、のピークが分解されなかった結果であることが明らかになるのがわかる。
【0069】
図9は、図8に示すスペクトルと対応するが、図8における各ピークの位相を示す。点701から点704と、点711から点714と、は、それぞれ、ピーク601からピーク604と、ピーク611からピーク614と、に対応する。従って、図8及び図9は、それぞれ図6及び図7と比較すると、オービトラップにおける不均一な電場が、スペクトル線を「分割」して、単一の質量電荷比のフラグメントイオンを生じた、異なる前駆イオンの質量電荷比を明らかにするために、どのように用いられるかを示す。
【0070】
図5に示すように、トラップの不均一な電場による、より速い信号の減衰、及びその結果の低い分解能が期待される。本方法においては、質量電荷比が互いに数パーセント以内である、フラグメントイオン又は前駆イオンの分離を可能にすべきである。個々のスペクトルのピークを分解することができない場合は、このピークに関連付けられている、対応するフラグメントイオン又は前駆イオンは、同定不可能として標識をつけることができる。
【0071】
図4に示すように、2つのステージでデータを収集することが好ましい。ステージ1においては、静電場を理想的な状態(又は、可能な限り、この理想に近い状態)に維持することで、可能な最も高い分解能、及び質量精度が、質量分析計から得られる。ステージ1の間は、質量が高い精度で計測され、すべての可能な等圧の干渉も計測される。
【0072】
システムは次に、第2のステージに切り替わり、第2のステージでは、オービトラップの電極のうちの1つの近くの電極に電圧を印加することによって、電場が摂動する。この摂動は、スペクトルのピークを分割し、従って、フラグメント(イオン)の割り当てを容易にする。第2のステージは、第1のステージと比べて、かなり短いことが好ましい。ステージ1及びステージ2の両方が、単一のスペクトル収集で行われることが好ましい。
【0073】
上記の実施形態は、静電トラップ質量分析を参照して説明される。しかしながら、本方法は、他の形式のイオン質量分析に適用することもできる。
【0074】
上記で説明した装置及び方法の変形は、当業者によって予見されることもあり得る。例えば、電場の変形専用の電極を設けることが好ましい場合が考えられる。これは、オービトラップの赤道方向の軸上、又は軸外に設置することができる。電場の変形のための電極は、オービトラップの様々な位置に設置することができ、図10から図13に、そのいくつかの例を示す。
【0075】
図10を参照すると、変形電極500は、中心電極140のどちらかの端部に、環状のリング電極として配置される。図11を参照すると、変形電極500は、外部電極160の中心の周囲に、放射状のリングとして設置される。図12を参照すると、外部電極160が、2つの内部電極及び2つの外部電極を備える、4つの部分に分割される。スペクトル収集のステージ1の間は、外部電極のすべての要素は、等しい電圧で動作するように構成され、これにより、理想的な電場を生成する。しかしながら、ステージ2の間は、最も外側の2つの電極510に異なる電圧が印加され、理想的な場を変形する。電場を変形する電極510は、理想的な場におけるイオンの軸方向振動が、ほぼ変形電極の内側の端の範囲内に入るように、構成しなければならない。当然、変形電極は、内部電極に適用することもできる。図13を参照すると、変形電極520は、中心電極上に設置される。この例においては、変形電極は中心位置に示される。しかし、中心電極上の都合のよい位置のどこに配置してもよい。
【0076】
上記で記載した静電変形以外の、静電場を変形する他の方法は、当業者にとって明らかである。例えば、電極にRF電圧を印加することによる、イオンの共鳴励起は、周波数の、イオンのパラメータへの依存を実現するために用いることができるだろう。
【0077】
また、前述の記載は、TOFイオン分離を参照する。しかしながら、本発明は、この方法のみに限定されず、例えば、線形トラップからの噴出などの、他のイオン分離法を同様に適切に利用してもよい。例えば、本発明の他の実施形態は、解離場所へ向けての、連続した前駆イオン噴出(単調に増加又は減少する質量電荷比を有することもある)を含むことが可能である。従って、上記の式(1)のTOF1の項は、走査に依存する関数に置き換えられる。実際には、そのような走査は、分析線形トラップの異なる構成、例えば、特許文献2や国際公開第00/73750号パンフレットなどに記載されるような構成によって実現され得る。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明で用いられる装置の概略図である。
【図2】図1に示す静電トラップの詳細を示す概略図である。
【図3】等しいm/zを有するが、異なるエネルギーを有する、2つのイオンの軌道経路を示す概略図である。
【図4】電極に印加される電圧の経時変化を示す概略図である。
【図5】オービトラップ内で検出された中間体イオンの包絡線を示す概略図である。
【図6】本発明の実施形態における、TD前に得られた質量スペクトルを示す概略図である。
【図7】図6の質量スペクトルに関する質量スペクトルであって、検出された各ピークの位相が示された概略図である。
【図8】本発明の実施形態における、TD後に得られた質量スペクトルを示す概略図である。
【図9】図8の質量スペクトルであって、検出された各ピークの位相が示された概略図である。
【図10】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【図11】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【図12】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【図13】本発明の実施形態における、静電トラップの様々な代替配置の一例を示す概略図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオントラップを用いる質量分析方法であって、
a)試料から、各イオンが、第1の質量電荷比の範囲M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNから選択された1つの質量電荷比を有する、複数の前駆イオンを生成し、
b)前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンを解離させることによって、各フラグメントイオンが、第2の質量電荷比の範囲m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znから選択された1つの質量電荷比を有する、複数のフラグメントイオンを生成し、
c)前記フラグメントイオンを、イオントラップの少なくとも1つの方向でイオンを閉じ込めることができる電磁場を生成する手段を有するイオントラップ内へ導き、ここで、前記イオンは、前記前駆イオンの前記質量電荷比に依存する時間に複数のイオン群として前記トラップに入り、
d)少なくとも1つの前記イオン群において、イオンの前記質量電荷比を、前記トラップ内の前記電磁場における、その、又はそれらの群中の前記イオンの運動パラメータに基づいて、決定し、
e)前記トラップ内の前記電磁場を変形させることによって、等しい前記質量電荷比を有するが、複数の異なる前駆イオンから生じた、前記トラップ内のフラグメントイオンを、区別して検出することを可能にする、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、
前記複数のフラグメントイオンを生成するステップにおいて、第1の質量電荷比M1/Z1を有する第1の前駆イオン群から、質量電荷比m1/z1を有する、第1のフラグメントイオン群を生成し、第2の質量電荷比M2/Z2を有する第2の前駆イオン群から、同様に質量電荷比m1/z1を有する第2のフラグメントイオン群を生成し、
前記複数のフラグメントイオンを前記イオントラップ内へ導くステップにおいて、前記等しい質量電荷比m1/z1を有する、前記第1のフラグメントイオン群及び前記第2のフラグメントイオン群を、前記イオントラップ内へ導き、M1/Z1≠M2/Z2であるため、前記イオン群は、異なる時間に前記イオントラップに到達すること、
を特徴とする方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法において、前記電磁場を生成するステップにおいて、軸方向のイオントラッピング場であって、ポテンシャルの井戸(potential well)の軸方向にイオンが振動する軸方向のイオントラッピング場を生成し、前記イオンの前記質量電荷比を決定するために利用される前記運動パラメータは、角周波数ωであり、前記角周波数ωが、前記イオントラップ内のイオンの前記質量電荷比のみに依存し、前記電磁場の変形ステップの前には、前記フラグメントイオンを生じた前記前駆イオンの前記パラメータに関係なく、前記イオントラップ内の、質量電荷比m1/z1を有するフラグメントイオンが等しい前記周波数ωで振動する、ことを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法において、前記電磁場を変形するステップ(e)において、前記ポテンシャルの井戸内の前記イオンの運動が少なくとも1つの追加のパラメータに依存するように、場の成分を導入し、分離した各フラグメントイオン群が前記少なくとも1つの追加パラメータに依存する結果として、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、異なる前駆イオンから生じたフラグメントイオンを、区別可能にすることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法において、前記少なくとも1つの追加パラメータが、前記トラップの少なくとも1つの方向の運動の振幅と、運動の周波数と、前記トラップ内の1つの群の位相と、前記トラップ内の1つの群のイオンのエネルギーと、からなるリストから選択された1つのパラメータを含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の方法において、前記イオントラップが静電トラップであり、前記イオントラップ内に電磁場を生成するステップにおいて、実質的に超対数(hyperlogarithmic)場を生成することを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法において、前記電場を変形するステップ(e)において、追加の局所的な変形を前記電場に発生させ、前記トラップ内において、前記局所的な変形と離れた位置から、前記局所的な変形へ近づくイオンが、実質的に変形のない場を通ることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法において、前記静電トラップが、さらに変形電極を備え、前記方法においてさらに、前記変形電極に電圧を印加することによって、前記電磁場に前記変形を生じさせることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法において、前記イオントラップ内へのイオンの噴射に続いて、予め決められた時間が経過した後で、前記変形電極に前記変形電圧を印加することを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載の方法において、質量スペクトルが2つのステージによって得られ、第1のステージにおいては、前記トラップの電磁場を変形せず、第2のステージにおいては、前記電磁場を変形することによって、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、異なる質量電荷比M1/Z1及びM2/Z2を有する複数の前駆イオンから生じたフラグメントイオンを、互いに区別することができることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法において、前記第2のステージが、予め決められた期間の後に始まることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか1項に記載の方法において、前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンを解離させるステップ(b)が、表面誘起解離(surface induced dissociation、SID)と、衝突誘起解離(collision induced dissociation、CID)と、光誘起解離(photo−induced dissociation、PID)と、からなるリストから選択された技術を含むことを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法において、前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンを解離させるステップ(b)が、SIDを用い、前記方法において、衝突表面に遅延電圧を印加することを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項13に記載の方法において、衝突表面が設けられ、前記衝突表面は反射させるような配置で構成されることを特徴とする方法。
【請求項15】
質量分析計であって、
分析対象の複数の試料イオンを供給するように構成されたイオン源と、
前記試料イオンを解離場所へ向けて誘導する手段であって、前記試料イオンが、M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNの範囲から選択された質量電荷比に従って、複数の前駆イオン群として、前記解離場所に到達する手段と、
トラップの入口を有するイオントラップであって、前記解離場所における前記前駆イオンの解離によって生じた複数のフラグメントイオン群を受け取るように構成され、各フラグメントイオン群が、m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znの範囲から選択された質量電荷比を有し、前記イオントラップがさらに、前記イオントラップ内にトラッピング場を生成するように構成されたトラップ電極を有し、前記トラップに入る、断片化されなかった前駆イオン及び/又はフラグメントイオンが、前記トラップの少なくとも1つの軸方向で前記トラッピング場に閉じ込められ、前記イオンの前記質量電荷比のみに関係する運動パラメータを有する、イオントラップと、
前記運動パラメータに基づいて、イオン群の前記質量電荷比を決定することを可能にする検出手段と、
電場を変形する、少なくとも1つの電極であって、前記トラッピング場の変形を実現するように構成され、前記イオントラップ内の、分離したフラグメントイオン群であって、前記検出手段が、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、少なくとも2つの異なる質量電荷比M1/Z1及びM2/Z2を有する複数の前駆イオンから生じたフラグメントイオン群を検出することを可能にする電極と、
を備えることを特徴とする質量分析計。
【請求項1】
イオントラップを用いる質量分析方法であって、
a)試料から、各イオンが、第1の質量電荷比の範囲M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNから選択された1つの質量電荷比を有する、複数の前駆イオンを生成し、
b)前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンを解離させることによって、各フラグメントイオンが、第2の質量電荷比の範囲m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znから選択された1つの質量電荷比を有する、複数のフラグメントイオンを生成し、
c)前記フラグメントイオンを、イオントラップの少なくとも1つの方向でイオンを閉じ込めることができる電磁場を生成する手段を有するイオントラップ内へ導き、ここで、前記イオンは、前記前駆イオンの前記質量電荷比に依存する時間に複数のイオン群として前記トラップに入り、
d)少なくとも1つの前記イオン群において、イオンの前記質量電荷比を、前記トラップ内の前記電磁場における、その、又はそれらの群中の前記イオンの運動パラメータに基づいて、決定し、
e)前記トラップ内の前記電磁場を変形させることによって、等しい前記質量電荷比を有するが、複数の異なる前駆イオンから生じた、前記トラップ内のフラグメントイオンを、区別して検出することを可能にする、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、
前記複数のフラグメントイオンを生成するステップにおいて、第1の質量電荷比M1/Z1を有する第1の前駆イオン群から、質量電荷比m1/z1を有する、第1のフラグメントイオン群を生成し、第2の質量電荷比M2/Z2を有する第2の前駆イオン群から、同様に質量電荷比m1/z1を有する第2のフラグメントイオン群を生成し、
前記複数のフラグメントイオンを前記イオントラップ内へ導くステップにおいて、前記等しい質量電荷比m1/z1を有する、前記第1のフラグメントイオン群及び前記第2のフラグメントイオン群を、前記イオントラップ内へ導き、M1/Z1≠M2/Z2であるため、前記イオン群は、異なる時間に前記イオントラップに到達すること、
を特徴とする方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法において、前記電磁場を生成するステップにおいて、軸方向のイオントラッピング場であって、ポテンシャルの井戸(potential well)の軸方向にイオンが振動する軸方向のイオントラッピング場を生成し、前記イオンの前記質量電荷比を決定するために利用される前記運動パラメータは、角周波数ωであり、前記角周波数ωが、前記イオントラップ内のイオンの前記質量電荷比のみに依存し、前記電磁場の変形ステップの前には、前記フラグメントイオンを生じた前記前駆イオンの前記パラメータに関係なく、前記イオントラップ内の、質量電荷比m1/z1を有するフラグメントイオンが等しい前記周波数ωで振動する、ことを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法において、前記電磁場を変形するステップ(e)において、前記ポテンシャルの井戸内の前記イオンの運動が少なくとも1つの追加のパラメータに依存するように、場の成分を導入し、分離した各フラグメントイオン群が前記少なくとも1つの追加パラメータに依存する結果として、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、異なる前駆イオンから生じたフラグメントイオンを、区別可能にすることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法において、前記少なくとも1つの追加パラメータが、前記トラップの少なくとも1つの方向の運動の振幅と、運動の周波数と、前記トラップ内の1つの群の位相と、前記トラップ内の1つの群のイオンのエネルギーと、からなるリストから選択された1つのパラメータを含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の方法において、前記イオントラップが静電トラップであり、前記イオントラップ内に電磁場を生成するステップにおいて、実質的に超対数(hyperlogarithmic)場を生成することを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法において、前記電場を変形するステップ(e)において、追加の局所的な変形を前記電場に発生させ、前記トラップ内において、前記局所的な変形と離れた位置から、前記局所的な変形へ近づくイオンが、実質的に変形のない場を通ることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法において、前記静電トラップが、さらに変形電極を備え、前記方法においてさらに、前記変形電極に電圧を印加することによって、前記電磁場に前記変形を生じさせることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法において、前記イオントラップ内へのイオンの噴射に続いて、予め決められた時間が経過した後で、前記変形電極に前記変形電圧を印加することを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載の方法において、質量スペクトルが2つのステージによって得られ、第1のステージにおいては、前記トラップの電磁場を変形せず、第2のステージにおいては、前記電磁場を変形することによって、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、異なる質量電荷比M1/Z1及びM2/Z2を有する複数の前駆イオンから生じたフラグメントイオンを、互いに区別することができることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法において、前記第2のステージが、予め決められた期間の後に始まることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか1項に記載の方法において、前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンを解離させるステップ(b)が、表面誘起解離(surface induced dissociation、SID)と、衝突誘起解離(collision induced dissociation、CID)と、光誘起解離(photo−induced dissociation、PID)と、からなるリストから選択された技術を含むことを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法において、前記複数の前駆イオンのうち少なくともいくつかの前駆イオンを解離させるステップ(b)が、SIDを用い、前記方法において、衝突表面に遅延電圧を印加することを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項13に記載の方法において、衝突表面が設けられ、前記衝突表面は反射させるような配置で構成されることを特徴とする方法。
【請求項15】
質量分析計であって、
分析対象の複数の試料イオンを供給するように構成されたイオン源と、
前記試料イオンを解離場所へ向けて誘導する手段であって、前記試料イオンが、M1/Z1、M2/Z2、M3/Z3...MN/ZNの範囲から選択された質量電荷比に従って、複数の前駆イオン群として、前記解離場所に到達する手段と、
トラップの入口を有するイオントラップであって、前記解離場所における前記前駆イオンの解離によって生じた複数のフラグメントイオン群を受け取るように構成され、各フラグメントイオン群が、m1/z1、m2/z2、m3/z3...mn/znの範囲から選択された質量電荷比を有し、前記イオントラップがさらに、前記イオントラップ内にトラッピング場を生成するように構成されたトラップ電極を有し、前記トラップに入る、断片化されなかった前駆イオン及び/又はフラグメントイオンが、前記トラップの少なくとも1つの軸方向で前記トラッピング場に閉じ込められ、前記イオンの前記質量電荷比のみに関係する運動パラメータを有する、イオントラップと、
前記運動パラメータに基づいて、イオン群の前記質量電荷比を決定することを可能にする検出手段と、
電場を変形する、少なくとも1つの電極であって、前記トラッピング場の変形を実現するように構成され、前記イオントラップ内の、分離したフラグメントイオン群であって、前記検出手段が、前記等しい質量電荷比m1/z1を有するが、少なくとも2つの異なる質量電荷比M1/Z1及びM2/Z2を有する複数の前駆イオンから生じたフラグメントイオン群を検出することを可能にする電極と、
を備えることを特徴とする質量分析計。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公表番号】特表2006−526265(P2006−526265A)
【公表日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−508377(P2006−508377)
【出願日】平成16年5月28日(2004.5.28)
【国際出願番号】PCT/GB2004/002289
【国際公開番号】WO2004/107388
【国際公開日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(501192059)サーモ フィニガン リミテッド ライアビリティ カンパニー (42)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年5月28日(2004.5.28)
【国際出願番号】PCT/GB2004/002289
【国際公開番号】WO2004/107388
【国際公開日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(501192059)サーモ フィニガン リミテッド ライアビリティ カンパニー (42)
【Fターム(参考)】
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