説明

質量分析方法及び質量分析装置

【課題】イオンの解離効率を高め、従来、解離しにくい分子量の大きなイオンも解離して質量分析する。
【解決手段】イオントラップ1内にイオンを捕捉してプリカーサイオンを選別した後、被励起ガス導入部23よりエチレンガスをイオントラップ1内に導入し、該ガス分子を振動励起させる所定波長(10.6μm)のレーザ光を励起レーザ照射源22から照射する。ガス分子は光子を吸収して振動励起され高い振動エネルギーを持ち、この振動励起状態にあるガス分子が捕捉領域Aに捕捉されているプリカーサイオンに接触すると、振動エネルギーがプリカーサイオンに移動する。プリカーサイオンが振動励起状態にあるガス分子に接触する度にプリカーサイオンが持つ振動エネルギーは増加し、該エネルギーが解離するのに十分な大きさに達するとプリカーサイオンは解離してプロダクトイオンを生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電場によりイオンを捕捉するイオントラップを用いた質量分析方法及び質量分析装置に関し、さらに詳しくは、イオントラップ内に捕捉したイオンを解離(開裂)させ、それにより生成されたイオンを質量分析する質量分析方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析では、特定の質量を有するイオンをプリカーサイオンとして選別した後に、そのプリカーサイオンの解離(断片化)を促進し、それによって生じた各種のプロダクトイオン(フラグメントイオン)を質量分析するMS/MS分析(タンデム分析ともいう)の手法がよく知られている。プリカーサイオンを解離させるために最も広く利用されている方法の1つは衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation:CID)である。
【0003】
一般的に、衝突誘起解離では、イオントラップを構成する電極に目的イオンの質量に応じた周波数を有する励振信号を与え、これによりイオントラップ内に形成される電場の作用により、目的イオンの並進運動が大きくなるように該イオンを加速する。そして、その目的イオンをイオントラップ内に導入した衝突ガス(主としてHe、Ar等の希ガス中性原子が用いられる)に衝突させる。この衝突により、目的イオンが持つ並進運動エネルギー(Translational Energy)の一部は該イオンの振動エネルギー(Vibrational Energy)に変換される(T→V transfer)。衝突ガスと衝突が起きる度に目的イオンの振動エネルギーは増加し、そのエネルギーが解離を起こすのに十分なエネルギーに達すると該目的イオンは単分子解離(Unimolecular Dissociation)によって開裂する。
【0004】
また、気相状態であるイオンに直接、強い赤外光を照射すると、イオンが連続的に多数の光子を吸収することで該イオンの振動状態が励起され(振動エネルギーの増大)、イオンの解離が起こる。そうした現象を質量分析におけるイオン断片化に適用する手法は赤外多光子解離(InfraRed MultiPhoton Dissociation:IRMPD)として知られている(非特許文献1など参照)。
【0005】
3次元四重極型イオントラップなどを利用したイオントラップ型質量分析装置では、従来、目的イオンを解離させるのに上述の衝突誘起解離や赤外多光子解離が用いられている。しかしながら、こうした従来の解離手法では分子量の大きなイオンは解離しにくく、そうしたイオンのMS/MS分析の感度や精度は必ずしも高くない。また、衝突誘起解離の場合には、原理的に質量が低い範囲のプロダクトイオンを得るのが難しいという問題がある。一方、赤外多光子解離の場合にはそうした問題はないものの、解離したイオンに赤外光が照射されて2次的な解離が起こり易く、分析したい1次解離のイオンの信号強度が低くなる傾向にあるという問題がある。
【0006】
【非特許文献1】スレノ(L.Sleno)ほか1名、「イオン・アクティベイション・メソッズ・フォー・タンデム・マス・スペクトロメトリー(Ion activation methods for tandem mass spectrometry)」、ジャーナル・オブ・マス・スペクトロメトリー(Journal of Mass Spectrometry)、39 (2004)、pp.1091-1112
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主な目的とするところは、従来の解離方法では解離しにくいイオンを解離させ得るような新しい解離手法を利用した質量分析方法及び質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析方法は、複数の電極から成るイオントラップ内でイオンを解離させてそれにより生成したイオンを質量分析する質量分析方法であって、
a)前記イオントラップを構成する少なくとも1つの電極に交流電圧を印加して該イオントラップ内に目的イオンを捕捉するイオン捕捉ステップと、
b)前記イオントラップ内に所定のガス分子を導入するガス導入ステップと、
c)所定の波長の光を前記イオントラップ内に照射して前記ガス分子を振動励起させるガス分子振動励起ステップと、
を有し、前記振動励起されたガス分子と前記イオントラップ内に捕捉されている目的イオンとを接触させることで該目的イオンに振動エネルギーを与えることにより該目的イオンを解離させることを特徴としている。
【0009】
また本発明に係る質量分析装置は、上記発明に係る質量分析方法を実施するための装置であって、複数の電極で囲まれる空間にイオンを捕捉するイオントラップを具備し、該イオントラップ内でイオンを解離させてそれにより生成したイオンを質量分析する質量分析装置において、
a)前記イオントラップ内に目的イオンを捕捉するように該イオントラップを構成する少なくとも1つの電極に交流電圧を印加する電圧印加手段と、
b)前記イオントラップ内に所定のガス分子を導入するガス導入手段と、
c)前記ガス分子を振動励起させるための所定波長の光を前記イオントラップ内に照射する光照射手段と、
を備え、前記振動励起されたガス分子と前記イオントラップ内に捕捉されている目的イオンとを接触させることで該目的イオンに振動エネルギーを与えることにより該目的イオンを解離させることを特徴としている。
【0010】
本発明に係る質量分析装置では、まずイオントラップに分析目的であるイオンをプリカーサイオンとして捕捉する。プリカーサイオンの選別はイオントラップ内部又は外部のいずれで行ってもよい。ガス導入手段はイオントラップ内に所定のガス分子を導入する。ここで所定のガス分子は光照射手段により照射される光の波長(通常は赤外領域の波長)において振動励起されるものを選択する。一般に、光の吸収度が高いほど振動励起され易いと言えるから、吸収スペクトルの実測や吸収度などの計算、或いはこうした実測・計算などにより蓄積されたデータベースを用いて適切なガス分子と光の波長とを選択することができる。例えば、光照射手段として波長が10.6μmであるCO2レーザを用いる場合には、これにより振動励起されるガス分子としてはC24(エチレン)、SF6(六フッ化硫黄)、BCl3(三塩化ホウ素)などがある。
【0011】
イオントラップ内に上記ガス分子が導入された状態で光照射手段より所定波長の光が照射されると、ガス分子は光子を吸収して振動励起され、高い振動エネルギーを持つ。イオントラップ内に捕捉されているプリカーサイオンがこの高い振動励起状態にあるガス分子に接触すると、ガス分子からプリカーサイオンへの振動エネルギーの移動(V→V transfer)が起こり、プリカーサイオンが振動励起される。プリカーサイオンが振動励起状態にあるガス分子に接触する度に該プリカーサイオンが持つ振動エネルギーは増大し、解離を起こすのに十分なエネルギーに達すると解離を生じる。
【発明の効果】
【0012】
ガス分子からイオンへの振動エネルギーの移動効率は、ガス分子の種類とイオンの種類との組み合わせにより変わるが、一般に、振動エネルギー→振動エネルギー(V→V transfer)の変換効率のほうが、衝突誘起解離において起こる、並進エネルギー→振動エネルギー(T→V transfer)の変換効率よりも格段に高いことが知られている。従って、上記のような解離方法によれば、従来の衝突誘起解離よりも高い解離効率を得ることができ、より多量のプロダクトイオンを生成することができる。また、比較的高い濃度でガス分子をイオントラップ内に導入することにより、プリカーサイオンに振動エネルギーを移動させる機会を増加させることができるので、従来、解離しにくかったイオンも解離し易くなる。
【0013】
また、ガス分子の振動励起は赤外多光子解離と同様に電場の作用でなく光子の吸収により起こるため、電場の作用によりイオンを励振することに起因するプロダクトイオンの質量の制約がなくなり、低質量のプロダクトイオンまで分析が可能となる。
【0014】
また、赤外多光子解離の場合には、捕捉されているプリカーサイオンに直接光を照射する必要があったためプロダクトイオンにも光が当たってしまうことになるが、本発明における解離手法の場合、照射光はイオントラップ内に導入したガス分子を振動励起できればよいので、プロダクトイオンに光が当たることをできるだけ避けて2次的な解離を起こしにくくすることができる。それにより、MS/MS分析におけるプロダクトイオンの信号強度の低下を防止することができる。
【0015】
特に上述のように1次解離により生成されたプロダクトイオンの2次的な解離を防止するために、イオントラップの捕捉領域の中央から外れた領域にガス分子を振動励起させるための光を照射するようにするとよい。通常、捕捉用の交流電場の作用により捕捉領域の中央付近にプリカーサイオンやプロダクトイオンは集中的に存在する一方、ガス分子はそうした電場とは無関係に分布するため、捕捉領域の中央を避けて光を照射することでプロダクトイオンに光が当たりにくく2次解離を抑制することができる。
【0016】
また、イオントラップを構成する少なくとも1つの電極に励振信号を与えることによって該イオントラップ内に捕捉している目的イオンを電場の作用により励振すると、衝突誘起解離による解離の作用が加わるため、解離効率を一層向上させることができる。
【0017】
例えばイオントラップが1個のリング電極と2個のエンドキャップ電極とから成る3次元四重極型のイオントラップである場合には、通常、リング電極にイオン捕捉用の交流電圧を印加して捕捉電場を形成し、両エンドキャップ電極間に励振信号を印加すればよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明に係る質量分析方法を実施する質量分析装置の一実施例であるイオントラップ飛行時間型質量分析装置について図面を参照して説明する。
【0019】
図1は本実施例によるイオントラップ飛行時間型質量分析装置の概略構成図である。真空排気される図示しない真空室の内部には、内側面が回転1葉双曲面形状を有する1個の環状のリング電極11と、それを挟むように(図1では左右に)対向して設けられた、内側面が回転2葉双曲面形状を有する一対のエンドキャップ電極12、13により構成される3次元四重極型のイオントラップ1が配設されている。これら電極11、12、13で囲まれる空間に捕捉電場によりイオンを捕捉する捕捉領域Aが形成される。
【0020】
イオントラップ1の入口側エンドキャップ電極12に穿設されたイオン入射口14の外側には、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization)イオン源2が配設されており、一方、出口側エンドキャップ電極13に穿設されたイオン出射口15の外側には、質量に応じてイオンを分離する飛行空間4とイオン検出器5とを備える飛行時間型質量分析計3が配設されている。但し、イオン源2はMALDIに限るものではなく、周知の各種の形態のイオン源に代えることができる。一方、飛行時間型質量分析計3に代えて他の形態の質量分析計を用いてもよく、イオントラップ1自体を質量分析器としてイオン出射口15の外側にイオン検出器のみを配置した構成とすることもできる。
【0021】
リング電極11の軸(R軸)方向に沿ったリング電極11の中心にはレーザ照射孔16が穿設されており、このレーザ照射孔16を通して励起レーザ照射源22から発した励起光としてのレーザ光がイオントラップ1の捕捉領域Aを通過するように照射されるようになっている。この例では、励起レーザ照射源22は波長が10.6μmの赤外域のCO2レーザである。また、イオントラップ1の内部には、被励起ガス導入部23から被励起ガスであるエチレン(C24)ガスが供給されるようになっている。
【0022】
リング電極11には捕捉電圧発生部20が接続され、両エンドキャップ電極12、13には励振信号発生部21が接続されている。捕捉電圧発生部20及び励振信号発生部21は制御部24から与えられる制御信号により、それぞれ所定周波数及び所定振幅の交流電圧を発生するように制御される。但し、必要に応じて交流電圧に直流電圧を重畳して印加するようにしてもよい。制御部24はCPU、ROM、RAMなどを含んで構成されており、予め設定された制御プログラムに従って、捕捉電圧発生部20及び励振信号発生部21を制御するほか、MALDIイオン源2、励起レーザ照射源22、被励起ガス導入部23などの動作も制御する。
【0023】
このイオントラップ飛行時間型質量分析装置においてMS/MS分析を行う際の特徴的な動作を、図2のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0024】
まず、制御部24の制御の下で、被励起ガス導入部23からエチレンガスをクーリングガスとしてイオントラップ1内にパルス的に導入して満たし、捕捉電圧発生部20からリング電極11に所定の捕捉電圧を印加することによりイオントラップ1内の空間にイオン捕捉用の四重極電場を形成する。この状態で、MALDIイオン源2において分析対象の試料からイオンを生成させ、このイオンをイオン入射口14を通してイオントラップ1内に導入する(ステップS1)。導入されたイオンはクーリングガスとして機能するエチレンガスと衝突して運動エネルギーを奪われ、つまりはクーリングされ、上記四重極電場に捕捉されて捕捉領域Aの中央付近に集まる(ステップS2)。なお、ここでクーリングガスとして被励起ガスでなく、Heなどの不活性ガスを利用することもできる。
【0025】
試料に由来する各種イオンをイオントラップ1内の捕捉領域Aに捕捉した後、目的とするプリカーサイオンのみをイオントラップ1内に残すために、プリカーサイオン以外のイオンを大きく励振させるような励振信号を励振信号発生部21で発生させて両エンドキャップ電極12、13間に印加する。これにより、目的のプリカーサイオン以外の不所望のイオンはイオン入射口14やイオン出射口15を経てイオントラップ1の外部に排出される(ステップS3)。
【0026】
こうしてプリカーサイオンの選別を行った後、被励起ガス導入部23によりイオントラップ1内に被励起ガスとしてエチレンガスを導入する(ステップS4)。ここでエチレンガスを用いるのは、エチレン分子(C24)が上記波長(10.6μm)の赤外光をよく吸収して効率良く振動励起されるからである。実際には、上記波長の赤外光に対してはC24以外にもSF6、BCl3などのガス分子も振動励起されるが、赤外光照射により振動励起されるとガス分子自体が解離することも考えられるため、毒性を有するハロゲン原子を含むガス分子は安全上避けることが望ましい。こうしたことから、ここではC24を選択しているが、原理的には光照射によって振動励起可能な分子であれば特に限定されない。
【0027】
エチレンガスをイオントラップ1内に導入した後に、該ガス分子を振動励起させるために励起レーザ照射源22を駆動し、イオントラップ1内に赤外レーザ光を照射する(ステップS5)。これにより、ガス分子は光子を吸収して共鳴的に振動励起され、高い振動エネルギーを持つ。捕捉領域Aにはプリカーサイオンが捕捉されているから、高い振動エネルギーを持ったガス分子はプリカーサイオンに接触し、振動エネルギーをプリカーサイオンに与える。つまり、ガス分子からプリカーサイオンへの振動エネルギーの移動が起こり、プリカーサイオン自体が振動エネルギーを持つ。プリカーサイオンは振動励起状態にあるガス分子に接触する度に振動エネルギーを受けるから、振動エネルギーは次第に増大して解離するに十分なエネルギーに達すると解離する(ステップS6)。また、プリカーサイオンの一部には直接的に赤外レーザ光が当たるから、一部のプリカーサイオンは赤外多光子解離により解離してプロダクトイオンを生成する。
【0028】
上述のようにして生成されたプロダクトイオンも捕捉電場の作用により捕捉されるため、散逸せずに捕捉領域Aに蓄積される。そして、所定時間、上述のようなプリカーサイオンの解離を行った後、イオントラップ1内に捕捉していたプロダクトイオンを排出させるような電圧を励振信号発生部21からエンドキャップ電極12、13間に印加することでイオンに初期運動エネルギーを付与し、イオン出射口15から一斉に出射させて飛行時間型質量分析計3に導入して質量分析を行う。そうして、イオン検出器5による検出信号を図示しないデータ処理部で処理することにより、MS/MSスペクトルを作成する(ステップS7)。
【0029】
以上のように、本実施例のイオントラップ飛行時間型質量分析装置によれば、従来の衝突誘起解離や赤外多光子解離とは異なるメカニズムでプリカーサイオンを効率良く解離させ、それにより生成されたプロダクトイオンを質量分析することができる。
【0030】
次に、本発明の別の実施例によるイオントラップ飛行時間型質量分析装置を図3により説明する。図3では図1と同一又は相当する構成要素には同一符号を付している。この図3の構成において図1の構成と相違する点は、励起レーザ光がイオントラップ1の捕捉領域Aの中央ではなく、これを意図的に外した位置に照射されるようにレーザ照射孔17がリング電極11の中心軸からずれた位置に設けられていることである。
【0031】
選別されたプリカーサイオン及び、前述のように振動励起状態にあるガス分子との接触による解離により生成されたプロダクトイオンはともに、捕捉電場により捕捉されて捕捉領域Aの中央に高い密度で存在する。そのため、図1に示すように赤外レーザ光を捕捉領域Aの中央に照射すると、プリカーサイオンが光子を吸収し、ガス分子に吸収される光子が減少することでガス分子の振動励起の効率が悪くなる場合がある。また、1次解離したプロダクトイオンが赤外多光子解離により2次的な解離を生じ、目的とするイオンの信号強度が低下するおそれもある。これに対し、図3の構成では、赤外レーザ光はイオンが高い密度で存在する捕捉領域Aの中央を外れているため、上記のような不所望の現象は起こりにくい。振動励起対象であるガス分子は捕捉電場とは関係なく比較的広い範囲で満遍なく分布しているので、赤外レーザ光の照射位置を上記のようにずらしてもガス分子の励起には影響はなく、高い解離効率を確保することができる。
【0032】
また上記実施例では、イオントラップ1内に導入した被励起ガスに赤外レーザ光を照射し該ガス分子を振動励起させることでプリカーサイオンを解離させる際には、イオントラップ1内には捕捉電場だけを形成するようにしている。これに対し、衝突誘起解離と同様に、エンドキャップ電極12、13間にプリカーサイオンの質量に応じた周波数を有する励振信号を印加することで、捕捉しているプリカーサイオンを励振させるようにしてもよい。これにより、プリカーサイオンは並進運動エネルギーを持ち、このプリカーサイオンが振動励起状態にあるガス分子に接触すると、ガス分子からの振動エネルギーの移動と上記並進運動エネルギーから振動エネルギーへの変換との両方の作用により、振動エネルギーの増加の効率が良くなる。その結果、解離効率が向上し、より多くの量のプロダクトイオンを質量分析に供することが可能となる。
【0033】
上記実施例では、照射する赤外レーザ光の波長を10.6μmとしており、波長はこれに限るものではないが、通常、ガス分子を振動励起させることができる光の波長は赤外領域である。また、CO2レーザ以外に各種の形態のレーザを用いることができる。特に、半導体(固体)レーザを用いることにより、装置の小形・軽量化に非常に有利である。
【0034】
また、前述のように、被励起ガスのガス分子の種類は励起レーザ光の波長に依存するが、この波長が可変又は或る程度選択可能である構成とすれば、それに応じて利用できる被励起ガスのガス分子の種類も広がることになる。これによれば、例えばプリカーサイオンの種類(質量)に応じて解離効率がより高い被励起ガスを選択することも容易となる。
【0035】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0036】
例えば上記実施例はいずれもイオントラップとして3次元四重極型イオントラップを利用していたが、例えば内面が双曲面又は円筒曲面である4本(又はそれ以上)のロッド電極を平行に配置し、それらロッド電極で囲まれる空間に捕捉領域を形成するリニアイオントラップを用いた質量分析方法及び質量分析装置においても本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の一実施例によるイオントラップ飛行時間型質量分析装置の概略構成図。
【図2】実施例のイオントラップ飛行時間型質量分析装置におけるMS/MS分析の手順を示すフローチャート。
【図3】本発明の別の実施例によるイオントラップ飛行時間型質量分析装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0038】
1…イオントラップ
11…リング電極
12…入口側エンドキャップ電極
13…出口側エンドキャップ電極
14…イオン入射口
15…イオン出射口
16、17…レーザ照射孔
2…MALDIイオン源
3…飛行時間型質量分析計
4…飛行空間
5…イオン検出器
20…捕捉電圧発生部
21…励振信号発生部
22…励起レーザ照射源
23…被励起ガス導入部
24…制御部
A…捕捉領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の電極から成るイオントラップ内でイオンを解離させてそれにより生成したイオンを質量分析する質量分析方法であって、
a)前記イオントラップを構成する少なくとも1つの電極に交流電圧を印加して該イオントラップ内に目的イオンを捕捉するイオン捕捉ステップと、
b)前記イオントラップ内に所定のガス分子を導入するガス導入ステップと、
c)所定の波長の光を前記イオントラップ内に照射して前記ガス分子を振動励起させるガス分子振動励起ステップと、
を有し、前記振動励起されたガス分子と前記イオントラップ内に捕捉されている目的イオンとを接触させることで該目的イオンに振動エネルギーを与えることにより該目的イオンを解離させることを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
前記ガス分子振動励起ステップでは、前記イオントラップの捕捉領域の中央から外れた領域にガス分子を振動励起させるための光を照射することを特徴とする請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項3】
前記イオントラップを構成する少なくとも1つの電極に励振信号を与えることにより、該イオントラップ内に捕捉している目的イオンを電場によって励振させることを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析方法。
【請求項4】
複数の電極で囲まれる空間にイオンを捕捉するイオントラップを具備し、該イオントラップ内でイオンを解離させてそれにより生成したイオンを質量分析する質量分析装置において、
a)前記イオントラップ内に目的イオンを捕捉するように該イオントラップを構成する少なくとも1つの電極に交流電圧を印加する電圧印加手段と、
b)前記イオントラップ内に所定のガス分子を導入するガス導入手段と、
c)前記ガス分子を振動励起させるための所定波長の光を前記イオントラップ内に照射する光照射手段と、
を備え、前記振動励起されたガス分子と前記イオントラップ内に捕捉されている目的イオンとを接触させることで該目的イオンに振動エネルギーを与えることにより該目的イオンを解離させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
前記光照射手段は、前記イオントラップの捕捉領域の中央から外れた領域にガス分子を振動励起させるための光を照射することを特徴とする請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記イオントラップ内に捕捉している目的イオンを励振するように、該イオントラップを構成する少なくとも1つの電極に励振信号を与える励振信号供給手段をさらに備えることを特徴とする請求項4又は5に記載の質量分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−282595(P2008−282595A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−124039(P2007−124039)
【出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】