説明

質量分析装置

【課題】簡単な構成で、質量分析時の感度向上、ノイズの低減、MS分析時の感度向上が可能な質量分析装置を実現する。
【解決手段】イオントラップ部40にイオンを蓄積している期間は、第2の多重極イオンガイド35内をイオンが通過するように、第2多重極イオンガイド35に印加する交流電圧に直流電圧を重畳する。その際、イオンの運動エネルギーをイオントラップ部40の蓄積効率が高くなるように設定する。その結果、測定感度が改善される。イオントラップ部40内に蓄積したイオンを操作、排出する期間では第2の多重極イオンガイド35内にイオンを止め不通過となるように直流電圧の印加を停止する。測定イオンはイオンガイド35内を通過することが透過できずその内部に滞在し、新たなイオンがイオントラップ部40に入り込まず、ノイズを低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンをトラップするイオントラップ部と質量分析部とを備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、質量分析法はバイオ工学やバイオ化学分野において主要な分析手法として広く利用されるようになった。これは主にバイオ分野向けのイオン化技術や質量分析計の開発、改良が行われたことによる。
【0003】
イオン化技術としては、熱的に不安定で高分子量の測定試料分子を、直接かつ安定にイオン化できる2つのイオン化手法が開発された。
【0004】
一つのイオン化手法は、溶液中の測定試料を大気中で直接イオンとして取り出せるエレクトロスプレーイオン化(Electro spray ionization,ESI)である。
【0005】
他の一つのイオン化手法は、試料分子にレーザー光を照射することにより、試料分子をイオン化するマトリックス支援レーザ脱離イオン化法(Matrix−assisted laser desorption ionization, MALDI)である。
【0006】
これら2つのイオン化手法は測定者に与える情報がそれぞれ異なるため、バイオ分野では相補的に用いられている。
【0007】
また、バイオ分野向けの質量分析計としては、測定する試料の分子量が大きいことから、多くの場合、飛行時間質量分析計(Time−of−flight,TOF)を用いる。
【0008】
TOFは1951年に米国で特許が取得された技術である(特許文献1)が、最近のエレクトロニクスの進歩により身近な装置となり、バイオ分野をはじめ広い範囲での利用が期待されている。
【0009】
ESIやMALDIなどのソフトイオン化とTOFの結合した質量分析計は、その高い感度からバイオ分野の分析手法として急速に普及している。しかしながら、ソフトイオン化により生成されるイオンは、多くの場合、分子にプロトン(H)が付加してイオンとなった擬分子イオン(M+H)である。
【0010】
その結果、測定される質量スペクトルは分子量の情報を与えるだけで、構造に関する情報をほとんど与えないという問題があった。
【0011】
この構造情報の不足を克服するために、ESIイオン源とTOFの間にイオントラップを導入し、高い質量精度で、かつMS分析を可能とする手法が開発された。
【0012】
この手法は、特許文献2に記載されている。この手法によれば、ESIイオン源とTOFの間にイオントラップを導入することで、イオントラップ内部でイオンの単離やイオン解離を繰り返すことができ、MS分析が可能である。
【0013】
イオントラップから排出したイオンは、TOFのイオン加速領域に導入され、それと同期して直交方向に加速する。イオン導入方向と加速方向を直交配置することにより、高い質量精度を達成可能である。
【0014】
ここで、このトラップTOF/MSのトラップ部は、MS分析を行う場合、イオンをトラップ部に導入し、以下の4工程を繰り返し行う。
【0015】
(1)イオンの捕獲蓄積
(2)目的イオンの選択、目的外イオンの排除
(3)目的イオンの開裂
(4)イオンの排出
MS分析の場合は上述した工程のうち、(1)イオンの捕獲蓄積、(4)イオンの排出の2工程を繰り返し行う。
【0016】
(1)の工程ではトラップ部にイオンが導入されやすいようにイオンの運動エネルギーを一定にする必要がある。また、(2)〜(4)の工程間では、トラップ部に新たなイオンを導入するとノイズ源となってしまうため、イオンをトラップ部の前段でせき止める必要がある。
【0017】
このイオンをトラップ部でせき止める方法として、特許文献3に記載された技術がある。この特許文献3に記載された技術は、複数のロッドからなるイオンガイドをイオントラップ質量分析器の前に設置し、複数のロッドを、互いに対向する半数のロッドに分け、その半数のロッドにのみ直流電圧を印加する。半数のロッドにのみ直流電圧を印加することで、イオンビームをイオンガイド内で曲げて、イオンガイド外に排出し、イオントラップ部への導入を阻止している。
【0018】
また、特許文献4にはイオンガイド内にクーリングガスを導入し、入口側電極と出口側電極により傾斜電場を発生させ、イオンガイド出口側にイオンを蓄積する方法が示されている。
【0019】
【特許文献1】米国特許第2,685,035号明細書
【特許文献2】特開2001−297730号公報
【特許文献3】特許第3066025号公報
【特許文献4】特許第3386048号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
しかし、上記特許文献3に記載されたイオンのせき止め方法では、上記工程(2)〜(4)における測定イオンを、イオンガイド外に排出してしまうことになるため、MS分析を行う際に感度が低下してしまうという問題があった。
【0021】
また、上記特許文献4に記載された技術においては、傾斜電場を発生させるためには、複数のリング状電極が必要であり、構成が複雑で高価格となってしまう。さらに、この方式は、イオンをガスに衝突させるクーリング期間が必要であり、その間、測定イオンはイオンガイド内に入って来ないため、測定感度が低下する。
【0022】
また、イオンガイドへのイオン導入時、入口側電極と出口側電極をそれぞれ走査する必要があり、別途クーリングガスが必要となるなど動作が煩雑となっていた。
【0023】
本発明の目的は、簡単な構成で、質量分析時の感度向上、ノイズの低減、MS分析時の感度向上が可能な質量分析装置を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記目的を達成するため、本発明は次のように構成される。
(1)測定試料をイオン化するイオン源と、イオンをトラップするイオントラップ部と、上記イオン源からのイオンを導く第1の多重極イオンガイドと、この第1の多重極イオンガイドからのイオンをイオントラップ部に導く第2の多重極イオンガイドと、イオントラップ部から導入されるイオンの質量を分析する質量分析部とを備える質量分析装置において、上記第2の多重極イオンガイドに印加する交流電圧に直流電圧を重畳し、上記イオントラップ部に入るイオンの運動エネルギーを最適化する。
【0025】
(2)好ましくは、上記(1)において、上記質量分析部は、導かれたイオンを加速し、イオンを飛行させ、イオンの飛行時間に応じた電流値を検出することで質量スペクトルを算出する飛行時間質量分析を行なう。
【0026】
(3)また、好ましくは、上記(1)、(2)において、上記イオントラップ部のイオン捕獲蓄積時には、上記第2の多重極イオンガイドに、交流電圧に直流電圧を重畳して印加して測定イオンをイオントラップ部に導入させ、上記イオントラップ部のイオン操作・排出時には、上記第2の多重極イオンガイドに、直流電圧を重畳させずに交流電圧を印加してイオンを第2の多重極イオンガイド内に滞留させて、測定イオン以外のイオンをイオントラップ部に導入させない。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、簡単な構成で、質量分析時の感度向上、ノイズの低減、MS分析時の感度向上が可能な質量分析装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
図1は、本発明の一実施形態であるイオントラップ質量分析装置の概略構成図である。
図1において、イオン源10にてイオン化された試料イオンは、真空部とのインターフェース20を通り、第1の多重極イオンガイド30、第2の多重極イオンガイド35を通りイオントラップ部40へと導かれる。
【0029】
第1の多重極イオンガイド20及び第2のイオンガイドは、イオントラップ部40の入射条件に適合するように、試料イオンの運動エネルギーの補正及びイオンビームの収束を行う。
【0030】
このイオンビームの進行方向をX方向、飛行時間質量分析計(TOF)50の加速部55による加速方向をY方向とする。
【0031】
イオントラップ部40に導入された試料イオンは、このイオントラップ部40内に捕獲蓄積される。捕獲中および捕獲後に、イオントラップ部40内に補助交流電場を発生し、イオンの選択、不要イオンの排出を行う。
【0032】
その後、MS測定時は、そのままイオンをトラップ部40外に排出する。また、MS測定の場合は目的イオンの質量数にあわせて周波数を変化させた補助交流電場をイオントラップ部40内に生成し、フラグメントイオンを生成する。その後、生成したフラグメントイオンをイオントラップ部40外に排出する。
【0033】
イオントラップ部40から排出したイオンを第3の多重極イオンガイド45に導入する。この第3の多重極イオンガイド45は、質量分析装置外部よりガスを導入することで衝突ダンピング領域となっている。
【0034】
第3の多重極イオンガイド45内に導入されたイオンは、このイオンガイド45内のガスと衝突し、運動エネルギーが低減する。その後、試料イオンをTOF50の加速部55に導入し、Y方向に加速する。
【0035】
加速された試料イオンは、加速方向と反対方向の電場を形成しているミラーレンズ60によって反射され、検知器65に到達する。
【0036】
試料イオンは一定の電圧によって加速していることから、質量数の小さなイオンから早く検知器に到達し、質量数の大きなイオンほど到達時間が遅くなる。この試料イオンの到達時間を計測することで質量分離を行う。
【0037】
イオントラップ部40は、第2の多重極イオンガイド35から導入されたイオンを、トラップ部40内に蓄積し、操作、排出を繰り返す。イオンの操作及びイオンの排出を行う際、目的イオン以外のイオンがトラップ部40に入ると、目的イオン以外のイオンが観測され、ノイズとなりSN比が低下してしまう。
【0038】
そこで、本発明の一実施形態においては、第2の多重極イオンガイド35に印加する交流電圧に直流電圧を重畳し、トラップ部40のイオンの蓄積時と、操作及びイオン排出時とで、直流電圧を変化させることで、イオン蓄積時には最適な蓄積条件を満たし、操作及びイオン排出時にはイオンを、イオンガイド35から排出させず、不通過とすることでノイズの発生を防いでいる。
【0039】
イオントラップ部40における、イオンの操作、排出時に、イオントラップ部にイオンが導入されないようにするために、第2の多重極イオンガイド35に存在するイオンを廃棄してしまうと感度低下につながる。
【0040】
このため、操作、排出時には測定イオンが第2の多重極イオンガイド35に滞在し、廃棄されないように、交流電圧に直流電圧を重畳してイオンガイド35に印加することで、MS測定時の感度向上を図っている。
【0041】
次に、本発明の一実施形態における第2の多重極イオンガイド35への電圧印加制御について、説明する。
【0042】
図2は、第2の多重極イオンガイド35に印加する交流電圧と直流電圧の模式図である。交流電圧110の電圧値は、測定するイオンの質量数に応じてユーザが設定する。また、交流電圧に重畳する直流電圧が、offsetDC100でありイオントラップ部40の種類により、その電圧値を調整する。
【0043】
図3は、多重極イオンガイド35に印加する直流電圧の時間変化120を示す図である。図3において、直流電圧offsetDC100は、イオントラップ部40の動作に同期して、印加するか否かを切り替える。
【0044】
つまり、イオントラップ部40がイオンを蓄積している期間t1〜t2は、第2の多重極イオンガイド35内をイオンが通過するように、offsetDC100を印加する。その際、イオンの運動エネルギーをイオントラップ部40の蓄積効率が高くなるように設定する。
【0045】
その結果、、第2の多重極イオンガイド35にoffsetDC100を印加しないときと比べ、測定感度が改善される。
【0046】
なお、offsetDC100の値は、測定するイオンがポジティブイオンの場合、イオントラップでは0〜30V程度が望ましく、リニアトラップでは0〜20V程度が望ましい。
【0047】
また、測定するイオンがネガティブイオンの場合、イオントラップでは0〜−30V程度が望ましく、リニアトラップでは0〜−20V程度が望ましい。
【0048】
次に、イオントラップ部40内に蓄積したイオンを操作、排出する期間t2〜t3では、第2の多重極イオンガイド35内にイオンを止め、不通過となるように、offsetDC100を、offとし、ほぼ0Vとする。offsetDC100を、0Vとすることで測定イオンは第2の多重極イオンガイド35内を通過することが透過できず、その内部に滞在することとなる。
【0049】
そのため、イオントラップ部40内のイオンの操作、排出時には新たなイオンがイオントラップ部40に入り込まなくなることからノイズを低減することができる。
【0050】
さらに、上述した操作、排出時には、測定イオンが第2の多重極イオンガイド35内に滞在し、次回のイオン蓄積時にイオントラップ部40内に導入されることから、測定感度を向上することができる。
【0051】
図4の(A)、図5の(A)、図6の(A)は、イオントラップ部40のイオン蓄積期間に、直流電圧をイオンガイド35に印加する場合(本発明)の測定結果を示し、図4の(B)、図5の(B)、図6の(B)は、直流電圧をイオンガイド35に印加しない従来技術の測定結果を示す図である。
【0052】
図4はMS測定法の場合、図5はMS/MS測定法の場合、図6はMS/MS/MS測定法の場合を示す。
【0053】
図4に示すように、MS測定法では、m/z2001.0で、強度比が、本発明による場合は55、従来技術の場合は52.3となっている。
【0054】
また、図5に示すように、MS/MS測定法では、m/z2001.0で、強度比が、本発明による場合は36.1、従来技術の場合は23.6となっており、本発明による場合は、従来技術と比較して、約1.53倍となっている。
【0055】
また、図6に示すように、MS/MS/MS測定法では、m/z2001.0で、強度比が、本発明による場合は13.5、従来技術の場合は5.4となっており、本発明を適用した場合は、従来技術と比較して、約2.5倍となっている。
【0056】
図4〜図6に示したように、本発明を適用した場合は、測定精度を向上することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の一実施形態であるイオントラップ質量分析装置の概略構成図である。
【図2】本発明の一実施形態における第2の多重極イオンガイドに印加する交流電圧と直流電圧の模式図である。
【図3】本発明の一実施形態における多重極イオンガイドに印加する直流電圧の時間変化を示す図である。
【図4】本発明と従来技術との測定精度を比較するグラフである。
【図5】本発明と従来技術との測定精度を比較するグラフである。
【図6】本発明と従来技術との測定精度を比較するグラフである。
【符号の説明】
【0058】
10 イオン源
20 インターフェイス
30 第1の多重極イオンガイド
35 第2の多重極イオンガイド
40 イオントラップ部
45 第3の多重極イオンガイド
50 飛行時間質量分析計(TOF)
55 加速部
60 ミラーレンズ
65 検知器
100 offsetDC(直流電圧)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定試料をイオン化するイオン源と、イオンをトラップするイオントラップ部と、上記イオン源からのイオンを導く第1の多重極イオンガイドと、この第1の多重極イオンガイドからのイオンをイオントラップ部に導く第2の多重極イオンガイドと、イオントラップ部から導入されるイオンの質量を分析する質量分析部とを備える質量分析装置において、
上記第2の多重極イオンガイドに印加する交流電圧に直流電圧を重畳し、上記イオントラップ部に入るイオンの運動エネルギーを最適化することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1記載の質量分析装置において、上記質量分析部は、導かれたイオンを加速し、イオンを飛行させ、イオンの飛行時間に応じた電流値を検出することで質量スペクトルを算出する飛行時間質量分析を行なうことを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2記載の質量分析装置において、上記イオントラップ部のイオン捕獲蓄積時には、上記第2の多重極イオンガイドに、交流電圧に直流電圧を重畳して印加して測定イオンをイオントラップ部に導入させ、上記イオントラップ部のイオン操作・排出時には、上記第2の多重極イオンガイドに、直流電圧が重畳されていない交流電圧を印加してイオンを第2の多重極イオンガイド内に滞留させて、測定イオン以外のイオンをイオントラップ部に導入させないことを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−120412(P2006−120412A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−305722(P2004−305722)
【出願日】平成16年10月20日(2004.10.20)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】