説明

走行車両

【課題】走行機体に搭載されたエンジンの動力を変速可能な油圧ポンプ及び油圧モータからなる油圧式無段変速機と、油圧モータからの変速出力を継断する前進用及び後進用油圧クラッチと、油圧ポンプにおけるポンプ斜板の傾斜角度を調節する主変速油圧シリンダとを備えている走行車両において、作動油の無駄な循環による油漏れが所定量発生することに起因して、エンジンがかかりにくくなるという問題を解消する。
【解決手段】前進用及び後進用油圧クラッチが動力遮断状態にあり、且つ、エンジン始動用のスタータモータが作動中のときは、主変速油圧シリンダの駆動にて、ポンプ斜板の傾斜角度を傾斜略零の中立角度に変更する。この場合、エンジン始動時において、油圧ポンプ部から油圧モータに供給される作動油量はほぼ零に近い状態にまで少なくなるので、油圧式無段変速機自体が始動時にエンジンに与える負荷を極力低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作業用のトラクタ又は土木作業用のホイルローダ等のような走行車両に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、走行車両としてのトラクタにおいては、その走行部に動力伝達するための機構として、エンジンの動力にて駆動する油圧ポンプと、油圧ポンプからの作動油にて駆動する油圧モータとからなる油圧式無段変速機(HST:ハイドロスタティックトランスミッション)を採用したものがある。
【0003】
油圧式無段変速機は一般に、主変速レバーの操作位置に応じて、油圧ポンプにおけるポンプ斜板の傾斜角度を変更調節し、油圧モータへの作動油の吐出方向及び吐出量を変更することにより、油圧モータにおけるモータ軸の回転方向及び回転数、すなわち油圧モータからの変速出力を任意に調節するように構成されている。通常は、主変速レバーの中立(ニュートラル)位置とポンプ斜板の中立角度とを対応させることが多い。この場合、主変速レバーを中立位置に操作すれば、油圧ポンプからの作動油の吐出がなくなって走行車両が停止することになる(例えば特許文献1等参照)。
【0004】
ただし、従来の油圧式無段変速機においては、例えば作動油状態(油温、汚れ具合)やポンプ斜板の組み付け精度等の影響のため、主変速レバーを中立位置に操作しただけでは、油圧ポンプからの作動油の吐出量を完全に零にする(作動油漏れを皆無にする)のが困難であり、トラクタが完全に停止せずに微速で移動するおそれがある。
【0005】
この点を解消する方策として、特許文献2のトラクタでは、油圧モータからの変速出力を継断するクラッチ手段を採用している。この例では、トラクタの停止時にクラッチ手段を動力遮断状態にして、走行部への動力伝達を完全に遮断することにより、トラクタを完全に停止させることが可能になっている。
【特許文献1】特開平5−33843号公報
【特許文献2】特開2003−130213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献2の構成では、トラクタ停止(車速零)のときにおいて、ポンプ斜板が所定の傾斜角度に保持される設定であり、トラクタが停止しているにも拘らず、油圧ポンプから油圧モータに所定量の作動油が供給可能になっている。このため、エンジンを始動させるとすぐに、所定量の作動油が油圧ポンプから油圧モータに供給され、油圧式無段変速機自体がエンジンに対する大きな負荷として作用することになる。その結果、エンジンがかかりにくくなるという問題があった。また、前述の通り、作動油の無駄な循環による油漏れが所定量発生するから、エンジンの無駄な燃料消費も増えるという問題があった。
【0007】
そこで、本願発明は、上記の問題を解消した走行車両を提供することを技術的課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この技術的課題を達成するため、請求項1の発明は、走行機体に搭載されたエンジンの動力を変速可能な油圧ポンプ及び油圧モータからなる油圧式無段変速機と、前記油圧モータからの変速出力を継断するクラッチ手段と、前記油圧ポンプにおけるポンプ斜板の傾斜角度を調節する斜板アクチュエータとを備えている作業車両であって、前記クラッチ手段が動力遮断状態にあり、且つ、エンジン始動用のスタータモータが作動中のときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を実質上傾斜零の中立角度に変更するように構成されているというものである。
【0009】
請求項2の発明は、請求項1に記載した作業車両において、前記ポンプ斜板は、前記中立角度を挟んで一方の最大傾斜角度と他方の最大傾斜角度との間の範囲で角度調節可能であり、且つ、前記走行機体の車速が零のときに前記いずれか一方に傾斜した角度になるように設定されているというものである。
【0010】
請求項3の発明は、請求項1又は2に記載した作業車両において、前記スタータモータの作動中に前記エンジンの回転数が所定回転数以上になったときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を、前記走行機体の車速が零のときに対応した角度に変更するように構成されているというものである。
【0011】
請求項4の発明は、請求項1又は2に記載した作業車両において、前記スタータモータの作動中に前記走行機体の車速が所定速度以上になったときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を、前記走行機体の車速が零のときに対応した角度に変更するように構成されているというものである。
【発明の効果】
【0012】
本願発明によると、クラッチ手段が動力遮断状態にあり、且つ、エンジン始動用のスタータモータが作動中のときは、斜板アクチュエータの駆動にて、ポンプ斜板の傾斜角度を実質上傾斜零の中立角度に変更するように構成されているから、前記エンジン始動時において、油圧ポンプから油圧モータに供給される作動油量はほぼ零に近い状態にまで少なくなる(作動油の無駄な循環による油漏れが減る)。このため、油圧式無段変速機自体が始動時に前記エンジンに与える負荷を極力低減でき、前記エンジンのかかりにくさを解消できるという効果を奏する。しかも、前述の通り、作動油の無駄な循環による油漏れが減るので、前記エンジンの無駄な燃料消費もなくなるという効果をも奏する。
【0013】
特に請求項3の発明によると、前記スタータモータの作動中に前記エンジンの回転数が所定回転数以上になったときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を、前記走行機体の車速が零のときに対応した角度に変更するように構成されているから、前記走行機体の走行開始前には、前記ポンプ斜板の傾斜角度を、前記走行機体の車速が零のときに対応した角度に戻しておくことになる。このため、始動時のエンジン負荷を低減できる走行車両でありながら、例えば発進等の次動作にスムーズに移行でき、操縦応答性が向上するという効果を奏する。
【0014】
さて、例えば焼き付きやコンタミネーション等の理由で、前記クラッチ手段が動力接続状態になった場合に、そのまま前記ポンプ斜板の傾斜角度を中立角度にすると、走行車両が不測に急発進するおそれがある。
【0015】
これに対して請求項4の発明によると、前記スタータモータの作動中に前記走行機体の車速が所定速度以上になったときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を、前記走行機体の車速が零のときに対応した角度に変更するように構成されているから、何らかの不具合で前記クラッチ手段が動力接続状態になっていれば、前記ポンプ斜板の傾斜角度を中立角度にせずに、車速零に対応した角度にすることになる。このため、始動時のエンジン負荷を低減できるものでありながら、前記走行車両が急発進するような誤作動を確実に回避でき、前記走行車両操縦時の安全性を向上できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本願発明を作業車両としてのトラクタに適用した実施形態を図面(図1〜図8)に基づいて説明する。図1はトラクタの側面図、図2はトラクタの平面図、図3は動力伝達系のスケルトン図、図4は油圧式無段変速機の油圧回路図、図5はトラクタの油圧回路図、図6はコントローラの機能ブロック図、図7は斜板制御のフローチャート、図8は車速とHST変速比との関係を示す図である。なお、図2では便宜上キャビンの図示を省略している。
【0017】
(1).トラクタの概要
まず始めに、図1及び図2を参照しながら、トラクタの概要について説明する。
【0018】
実施形態におけるトラクタ1の走行機体2は、走行部としての左右一対の前車輪3と同じく左右一対の後車輪4とで支持されている。走行機体2の前部に搭載したディーゼル式エンジン5にて後車輪4及び前車輪3を駆動することにより、トラクタ1は前後進走行するように構成されている。エンジン5はボンネット6にて覆われている。走行機体2の上面にはキャビン7が設置され、該キャビン7の内部には、操縦座席8と、かじ取りすることによって前車輪3の操向方向を左右に動かすようにした操縦ハンドル(丸ハンドル)9とが配置されている。キャビン7の底部より下側には、エンジン5に燃料を供給する燃料タンク11が設けられている。
【0019】
キャビン7内の操縦ハンドル9は、操縦座席8の前方に立設されたステアリングコラム245上に設けられている。ステアリングコラム245の右側には、エンジン5の出力回転数を設定保持するスロットルレバー250と、走行機体2を制動操作するための左右一対のブレーキペダル251とが配置されている。ステアリングコラム245の左側には、走行機体2の進行方向を前進と後進とに切り換え操作するための前後進切換レバー252と、後述するメインクラッチ140を切り作動させるためのクラッチペダル253とが配置されている。ステアリングコラム245の背面側には、左右ブレーキペダル251を踏み込み位置に保持するための駐車ブレーキレバー254が配置されている。
【0020】
キャビン7内の床板248のうちステアリングコラム245の右側には、スロットルレバー250にて設定されたエンジン回転数を最低回転数として、これ以上の範囲にてエンジン回転数を増減速させるためのアクセルペダル255が配置されている。
【0021】
操縦座席8の左側には、後述する走行副変速ギヤ機構30の出力範囲を低速と高速とに切り換えるため副変速レバー260と、後述するPTO軸23の駆動速度を切り換え操作するためのPTO変速レバー256とが配置されている。操縦座席8の右側には、変速操作用の主変速レバー258と、作業部としてのロータリ耕耘機15への動力伝達を継断操作するためのPTOクラッチスイッチ225と、ロータリ耕耘機15の高さ位置を手動で変更調節するための作業機ポジションレバー259とが配置されている。操縦座席8の下方には、左右の後車輪4を等速で回転駆動させる操作を実行するためのデフロックペダル257が配置されている。
【0022】
一方、走行機体2は、前バンパ12及び前車軸ケース13を有するエンジンフレーム14と、エンジンフレーム14の後部にボルトにて着脱自在に固定する左右の機体フレーム16とにより構成されている。機体フレーム16の後部には、エンジン5からの回転動力を適宜変速して前後四輪3,3,4,4に伝達するためのミッションケース17が搭載されている。後車輪4は、ミッションケース17の外側面から外向きに突出するように装着された後車軸ケース18を介して、ミッションケース17に取り付けられている。左右の後車輪4の上方は、機体フレーム16に固定されたフェンダ19にて覆われている。
【0023】
ミッションケース17の後部上面には、作業部としてのロータリ耕耘機15を昇降動させるための油圧式昇降機構20が着脱可能に取り付けられている。ロータリ耕耘機15は、ミッションケース17の後部に、一対の左右ロワーリンク21及びトップリンク22からなる3点リンク機構を介して連結されている。ミッションケース17の後側面には、ロータリ耕耘機15にPTO駆動力を伝達するためのPTO軸23が後ろ向きに突設されている。
【0024】
(2).トラクタの油圧回路構造
次に、図5を参照しながらトラクタ1の油圧回路120構造について説明する。
【0025】
トラクタ1の油圧回路120は、エンジン5の回転力により作動する作業用油圧ポンプ94及び走行用油圧ポンプ95を備えている。作業用油圧ポンプ94及び走行用油圧ポンプ95は、ミッションケース17の前側壁部材32の前面側に設けられている。作業用油圧ポンプ94は、油圧式昇降機構20の単動式油圧シリンダ125に作動油を供給するための制御電磁弁121に接続されている。
【0026】
制御電磁弁121は、作業機ポジションレバー259の操作にて切り換え作動可能に構成されている。作業機ポジションレバー259の操作にて制御電磁弁121が切り換え作動すると、単動式油圧シリンダ125が伸縮駆動して、油圧式昇降機構20と左右ロワーリンク21とをつなぐリフトアーム193(図1参照)を昇降回動させる。その結果、ロワーリンク21を介してロータリ耕耘機15が昇降動することになる。
【0027】
走行用油圧ポンプ95は、ミッションケース17内の油圧式無段変速機29及びパワーステアリング用の油圧シリンダ93に作動油を供給するためのものである。この場合、ミッションケース17は油タンクとしても利用されていて、ミッションケース17内部の作動油が各油圧ポンプ94,95に供給される。
【0028】
走行用油圧ポンプ95は、パワーステアリング用のコントロール弁122を介して操縦ハンドル9によるパワーステアリング用の油圧シリンダ93に接続されている一方、左右一対のブレーキ作動機構65a,65b用のブレーキシリンダ68a,68bをそれぞれ作動させるためのオートブレーキ電磁弁67a,67bにも接続されている。
【0029】
更に、走行用油圧ポンプ95は、PTOクラッチ100を作動させるためのPTOクラッチ油圧電磁弁104と、ミッションケース17内の油圧式無段変速機29に対する比例制御弁123及び始動用電磁弁127並びにこれらにて作動する切換弁124と、副変速油圧シリンダ55の高速クラッチ電磁弁136と、走行機体2の前後進切り換え用のクラッチ手段としての油圧クラッチ40,42を作動させる前進用クラッチ電磁弁46及び後進用クラッチ電磁弁48と、前車輪3及び後車輪4を同時に駆動するための四駆用油圧クラッチ74に対する四駆油圧電磁弁80と、前車輪3を倍速駆動に切り換えるための倍速用油圧クラッチ76に対する倍速油圧電磁弁82とに接続されている。
【0030】
前進用クラッチ電磁弁46、後進クラッチ電磁弁48、四駆油圧電磁弁80、倍速油圧電磁弁82、及びPTOクラッチ油圧電磁弁104は、これら各電磁弁46,48,80,82,104を適宜手段にて制御したとき、それぞれに対応するクラッチシリンダ47,49,81,83,105の作動にて、各油圧クラッチ40,42,74,76,100を切り換え駆動させるように構成されている。なお、油圧回路120は、リリーフ弁や流量調整弁、チェック弁、オイルクーラ、オイルフィルタ等も備えている。
【0031】
(3).トラクタの動力伝達系統及びミッションケース内の油圧回路構造
次に、図3及び図4を参照しながら、トラクタ1の動力伝達系統とミッションケース17内の油圧回路構造とについて説明する。
【0032】
ミッションケース17は中空箱形に構成されている。ミッションケース17の前面には前側壁部材32が、後面には後側壁部材33がボルトにて着脱自在に固定されている。ミッションケース17の内部は仕切り壁31にて前後に仕切られていて、この仕切り壁31の存在にて前室34と後室35とに分けられている。詳細は図示していないが、前室34と後室35とは、内部の作動油(潤滑油)が相互に移動し得るように連通している。
【0033】
図3に示すように、前側壁部材32は前車輪駆動ケース69を備えている。前室34には、走行副変速ギヤ機構30及びPTO変速ギヤ機構96(詳細は後述する)が配置されている。後室35には、油圧無段変速機29及び差動ギヤ機構58(詳細は後述する)が配置されている。
【0034】
エンジン5の後側面に後ろ向き突設されたエンジン出力軸24には、フライホイール25が直結するように取り付けられている。フライホイール25とこれから後ろ向きに延びる主動軸26とは、動力継断用のメインクラッチ140を介して連結されている。主動軸26とミッションケース17に前向きに突設された主変速入力軸27との間は、両端に自在軸継手を備えた伸縮式の動力伝達軸28を介して連結されている。
【0035】
エンジン5の回転動力は、エンジン出力軸24から主動軸26及び動力伝達軸28を介して、ミッションケースの主変速入力軸27に伝達され、次いで、油圧式無段変速機29と走行副変速ギヤ機構30とにて適宜変速される。この変速動力が差動ギヤ機構58を介して左右の後車輪4に伝達される。また、前述の変速動力は、前車輪駆動ケース69と前車軸ケース13の差動ギヤ機構86とを介して、左右の前車輪3にも伝達される。
【0036】
(3−1).油圧式無段変速機の詳細構成
後室35の内部にあるインライン方式の油圧式無段変速機29は、主変速入力軸27に主変速出力軸36を同心状に配置してなるものであり、可変容量形の変速用油圧ポンプ部150と、この油圧ポンプ部150から吐出される高圧の作動油にて作動する定容量形の変速用油圧モータ部151とを備えている。主変速入力軸27のうち入力側(前端側)の反対にある後端側は、後側壁部材33に玉軸受を介して回転自在に軸支されている。
【0037】
円筒形の主変速出力軸36は、油圧式無段変速機29の前側、すなわち主変速入力軸27の入力側に被嵌されている。主変速出力軸36の中途部は仕切り壁31を貫通していて、2組の玉軸受にて仕切り壁31に回転自在に軸支されている。主変速出力軸36の前端側は前室34に、後端側は後室35にそれぞれ突出している。主変速出力軸36の前端外周には、油圧式無段変速機29から変速動力を取り出すための主変速出力ギヤ37が固着されている。主変速入力軸27の入力側(前端側)は、主変速出力軸36前端より前方に突出した状態で、ころ軸受を介して主変速出力軸36の軸孔に回転自在に軸支されている。
【0038】
主変速入力軸27のうち仕切り壁31と後側壁部材33との間の部位には、油圧ポンプ部150及び油圧モータ部151を作動させるためのシリンダブロック155が被嵌されている。実施形態では、シリンダブロック155を挟んで主変速入力軸27の入力側に近い箇所に油圧モータ部151が配置されている一方、主変速入力軸27の入力側から遠い箇所に油圧ポンプ部150が配置されている。
【0039】
油圧ポンプ部150は、シリンダブロック155の後側面に対向させてミッションケース17の内側面に固定した第1ホルダ(図示せず)と、主変速入力軸27の軸線に対する傾斜角を変更し得るようにして第1ホルダに配置されたポンプ斜板159と、ポンプ斜板159に摺動自在に設けられたシュー(図示せず)に球体自在継手を介して連結されたポンププランジャ156と、ポンププランジャ156をシリンダブロック155に出入自在に装着するための第1プランジャ孔157とを備えている。ポンププランジャ156の一端側は、シリンダブロック155の側面からポンプ斜板159方向(図4では右側)に突出している。
【0040】
他方、油圧モータ部151は、シリンダブロック155の側面に対向させて配置され第2ホルダ(図示せず)と、主変速入力軸27の軸線に対する傾斜角を一定に保つように第2ホルダに固定されたモータ斜板168と、モータ斜板168に摺動自在に設けられたシュー(図示せず)に球体自在継手を介して連結されたモータプランジャ165と、モータプランジャ165をシリンダブロック155に出入自在に装着するための第2プランジャ孔166とを備えている。モータプランジャ165の一端側は、シリンダブロック155の側面からモータ斜板168方向(図4では左側)に突出している。
【0041】
ポンププランジャ156とモータプランジャ165とは互いに同じ数だけあり、シリンダブロック155における回転中心の同一円周上に交互に配列されている。シリンダブロック155には、ポンププランジャ156と同数個の第1スプール弁176と、モータプランジャ165と同数個の第2スプール弁180とが設けられている。また、第1ホルダには、第1ラジアル軸受177が、主変速入力軸27の軸線に対して一定の傾斜角で傾斜させて配置されている。第2ホルダには、第2ラジアル軸受181が、主変速入力軸27の軸線に対して一定の傾斜角で傾斜させて配置されている。
【0042】
更に、シリンダブロック155のうち主変速入力軸27が挿入される軸孔には、輪溝形の第1油室170及び第2油室171がそれぞれ形成されている。シリンダブロック155には、その回転中心の同一円周上に略等間隔に並ぶ第1弁孔172と第2弁孔173とが形成されている。第1弁孔172及び第2弁孔173は、第1油室170及び第2油室171にそれぞれ連通している。第1プランジャ孔157は第1油路174を介して第1弁孔172に連通し、第2プランジャ孔166は第2油路175を介して第2弁孔173に連通している。
【0043】
第1弁孔172に挿入された第1スプール弁176は、シリンダブロック155の回転中心の同一円周上に略等間隔に配列されている。第1スプール弁176の先端は、背圧バネ力の弾圧にて第1弁孔172から第1ホルダの方向に突出して、第1ラジアル軸受177の外輪側面に当接している。そして、シリンダブロック155の1回転で第1スプール弁176が1往復するに際して、第1プランジャ孔157は、第1弁孔172と第1油路174とを介して第1油室170又は第2油室171に交互に連通するように設定されている。
【0044】
第2弁孔173に挿入された第2スプール弁180も、シリンダブロック155の回転中心の同一円周上に略等間隔に配列されている。第2スプール弁180の先端は、背圧バネ力の弾圧にて第2弁孔173から第2ホルダの方向に突出して、第2ラジアル軸受181の外輪側面に当接している。そして、シリンダブロック155の1回転で第2スプール弁180が1往復するに際して、第2プランジャ孔166は、第2弁孔173と第2油路175とを介して第1油室170又は第2油室171に交互に連通するように設定されている。
【0045】
主変速入力軸27の中心部には、軸線方向に延びる作動油供給油路183が形成されている。作動油供給油路183は、主変速入力軸27の後端面において後ろ向きに開口しており、走行用油圧ポンプ95の吐出口に連通している。
【0046】
作動油供給油路183中には、第1油室170に対する第1チャージ弁184と、第2油室171に対する第2チャージ弁185とが設けられており、これらチャージ弁184,185を介して、第1及び第2プランジャ孔157,166と第1及び第2油室170,171との間に形成された油圧閉回路187に、作動油供給油路183からの作動油を補給するように構成されている。なお、油圧ポンプ部150及び油圧モータ部151の各回転部分にも、それぞれ逆止弁を介して、作動油供給油路183からの作動油を潤滑油として供給するように構成されている。
【0047】
ポンプ斜板159は、傾斜角調節支点189を介して第1ホルダの小径部の外周に配置されている。ポンプ斜板159の傾斜角は主変速入力軸27の軸線に対して調節自在となるように構成されている。ポンプ斜板159には、主変速入力軸27の軸線に対するポンプ斜板159の傾斜角を変更・調節する斜板アクチュエータとしての主変速油圧シリンダ190を関連させている(図4及び図5参照)。主変速油圧シリンダ190の駆動にてポンプ斜板159の傾斜角を変更することによって、油圧式無段変速機29の主変速動作が実行される。
【0048】
(3−2).油圧式無段変速機の主変速動作
次に、主変速油圧シリンダ190による油圧式無段変速機29の変速動作について詳述する。主変速レバー258の傾動操作量に比例して作動する比例制御弁123からの作動油にて切換弁124が作動すると、斜板アクチュエータとしての主変速油圧シリンダ190が駆動し、主変速油圧シリンダ190のピストンが昇降動するのに連動して、主変速入力軸27の軸線に対するポンプ斜板159の傾斜角が変更される。
【0049】
図8に示すように、実施形態のポンプ斜板159は、実質上傾斜零、すなわち傾斜略零(零を含むその前後)の中立角度を挟んで一方(正)の最大傾斜角度と他方(負)の最大傾斜角度との間の範囲で角度調節可能であり、且つ、走行機体2の車速が零のときにいずれか一方に傾斜した角度(この場合は負で且つ最大付近の傾斜角度)になるように設定されている。
【0050】
すなわち、ポンプ斜板159の傾斜角が略零(中立角度)のときは、主変速入力軸27のシリンダブロック155と油圧モータ部151のモータ斜板168とが同一方向に略同一回転数にて回転し、主変速入力軸27と略同一回転数にて主変速出力軸36も回転する。その結果、主変速入力軸27の回転速度がそのまま(変わることなく)主変速出力ギヤ37に伝達される。
【0051】
主変速入力軸27の軸線に対してポンプ斜板159を一方向(正の傾斜角)側に傾斜させたときは、シリンダブロック155と同一方向にモータ斜板168が回転して、油圧モータ部151を増速作動させ、主変速入力軸27より高い回転数で主変速出力軸36が回転する。その結果、主変速入力軸27の回転速度が増速された状態で主変速出力ギヤ37に伝達される。換言すると、主変速入力軸27の回転数に油圧モータ部151の回転数が加算されて、主変速出力ギヤ37に伝達される。
【0052】
このため、主変速入力軸27の回転数より高い回転数の範囲で、ポンプ斜板159の傾斜角(正の傾斜角)に比例して、主変速出力ギヤ37からの変速動力(走行速度)が変更される。そして、ポンプ斜板159が正で且つ最大付近の傾斜角度のときに、走行機体2は最高車速になる(図8の白抜き四角箇所参照)。
【0053】
主変速入力軸27の軸線に対してポンプ斜板159を他方向(負の傾斜角)側に傾斜させたときは、シリンダブロック155と逆の方向にモータ斜板168が回転して、油圧モータ部151を減速(逆転)作動させ、主変速入力軸27より低い回転数で主変速出力軸36が回転する。その結果、主変速入力軸27の回転速度が減速された状態で主変速出力ギヤ37に伝達される。すなわち、主変速入力軸27の回転数から油圧モータ部151の回転数が減算されて、主変速出力ギヤ37に伝達される。
【0054】
このため、主変速入力軸27の回転数より低い回転数の範囲で、ポンプ斜板159の傾斜角(負の傾斜角)に比例して、主変速出力ギヤ37からの変速動力(走行速度)が変更される。そして、ポンプ斜板159が負で且つ最大付近の傾斜角度のときに、走行機体2は最低車速になる(車速零、図8の白抜き丸箇所参照)。
【0055】
また、実施形態では、後述するコントローラ200の指令にて作動する始動用電磁弁127からの作動油にて切換弁124を作動させると、主変速レバー258の操作位置に拘らず、斜板アクチュエータとしての主変速油圧シリンダ190が駆動し、主変速油圧シリンダ190のピストンが昇降動するのに連動して、主変速入力軸27の軸線に対するポンプ斜板159の傾斜角が変更される(図5参照)。
【0056】
(3−3).走行機体の前進と後進とを切り換えるための構成
図3に示すように、ミッションケース17の前室34には、走行機体2の前後進切換のための前進ギヤ41及び後進ギヤ43が配置されている。実施形態では、前室34の内部に、走行カウンタ軸38と逆転軸39とが設けられており、前進ギヤ41及び後進ギヤ43は、走行カウンタ軸38に被嵌されている。
【0057】
前進ギヤ41は、湿式多板型の前進用油圧クラッチ40にて、走行カウンタ軸38と一体回転するように連結可能に構成されていて、主変速出力ギヤ37と噛み合っている。主変速出力ギヤ37には、逆転軸39に固着された逆転ギヤ44も噛み合っている。後進ギヤ43は、湿式多板型の後進用油圧クラッチ42にて、走行カウンタ軸38と一体回転するように連結可能に構成されていて、逆転軸39に固着された逆転出力ギヤ45と噛み合っている。
【0058】
この場合、前後進切換レバー252(図1及び図2参照)の前進側倒し操作により、前進用クラッチ電磁弁46が駆動して前進用クラッチシリンダ47を作動させ、前進用油圧クラッチ40を動力接続状態にする。その結果、主変速出力ギヤ37と走行カウンタ軸38とが前進ギヤ41を介して動力伝達可能に連結される(図3参照)。
【0059】
また、前後進切換レバー252の後進側倒し操作により、後進クラッチ電磁弁48が駆動して後進用クラッチシリンダ49を作動させ、後進用油圧クラッチ42を動力接続状態にする。その結果、主変速出力ギヤ37と走行カウンタ軸38とが、逆転軸39上の逆転ギヤ44及び逆転出力ギヤ45と後進ギヤ43とを介して動力伝達可能に連結される(図3参照)。
【0060】
前後進切換レバー252がいずれにも倒し操作していない中立位置(ニュートラル位置)にあるときは、前進用及び後進用油圧クラッチ40,42は両方とも動力遮断状態になり、主変速出力ギヤ37から前後車輪3,4に向かう回転動力が略零(メインクラッチ140切りと同じ状態)になるように構成されている。上記の説明から分かるように、前進用油圧クラッチ40及び後進用油圧クラッチ42は、変速用油圧モータ部151からの変速出力を継断するクラッチ手段に相当する。
【0061】
(3−4).低速と高速とを切り換えるための構成
次に、走行副変速ギヤ機構30を介して低速と高速とを切り換えるための構成について説明する。
【0062】
ミッションケース17の前室34には、走行カウンタ軸38や逆転軸39以外に、走行副変速ギヤ機構30及び副変速軸50も配置されている。走行カウンタ軸38には、副変速用のカウンタ低速ギヤ51及びカウンタ高速ギヤ53が設けられている一方、副変速軸50には、カウンタ低速ギヤ51に噛み合う低速ギヤ52と、カウンタ高速ギヤ53に噛み合う高速ギヤ54とが設けられている。また、副変速軸50には、副変速油圧シリンダ55にて継断動作可能な低速クラッチ56及び高速クラッチ57も設けられている。
【0063】
この場合、副変速レバー260の傾動操作又はエンジン5の回転数検出等に応じて、副変速油圧シリンダ55が駆動して低速クラッチ56又は高速クラッチ57を動力接続状態とする。その結果、副変速軸50に低速ギヤ52又は高速ギヤ54が一体回転するように連結され、副変速軸50から前後車輪3,4に向けて回転動力が出力される。
【0064】
副変速油圧シリンダ55は、ピストン130の片側にピストンロッド131を有する複動構造になっている。副変速油圧シリンダ55内には、ピストンロッド131を内蔵した第1シリンダ室132と、他方の第2シリンダ室133とが形成されている。ピストンロッド131の先端部には、シフトアーム134を介して副変速シフタ135が連結されている。副変速シフタ135にて低速クラッチ56又は高速クラッチ57を動力接続状態にすることにより、副変速軸50は低速又は高速にて駆動する構成になっている。
【0065】
第1シリンダ室132は、走行用油圧ポンプ95の吐出側に直接連通している。第2シリンダ室133は、2位置3ポート型の高速クラッチ電磁弁136を介して、走行用油圧ポンプ95の吐出側に連通している。高速クラッチ電磁弁136は変速ソレノイド137を備えている(図5参照)。
【0066】
実施形態では、変速ソレノイド137にて高速クラッチ電磁弁136が切り換え作動して、第2シリンダ室133が走行用油圧ポンプ95の吐出側に連通すると、ピストン130両側の受圧力の差により、ピストンロッド131を突出させる方向にピストン130が移動する。そうすると、高速クラッチ57が動力接続状態になり、副変速軸50が高速にて駆動するのである。
【0067】
副変速軸50の後端部は、仕切り壁31を貫通してミッションケース17の後室35内部にまで延びている。副変速軸50の後端部にはピニオン59が固着されている。後室35の内部には、左右の後車輪4に回転動力を伝達するための差動ギヤ機構58が配置されている。
【0068】
差動ギヤ機構58は、副変速軸50のピニオン59に噛み合うリングギヤ60と、リングギヤ60に固着された差動ギヤケース61と、左右方向に延びる差動出力軸62とを備えている。差動出力軸62は、ファイナルギヤ63等を介して後車軸64に連結されており、後車軸64の先端部に後車輪4が取り付けられている。
【0069】
また、差動出力軸62にはブレーキ作動機構65a,65bが関連付けて設けられており、ステアリングコラム245の右側にあるブレーキペダル251(図2参照)の踏み込み操作にて、ブレーキ作動機構65a,65bが制動動作するように構成されている。更に、操縦ハンドル9の操舵角が所定角度以上になると、旋回内側の後車輪4に対応したオートブレーキ電磁弁67a(67b)の駆動にてブレーキシリンダ68a(68b)が作動して、旋回内側の後車輪4に対するブレーキ作動機構65a(65b)が自動的に制動動作するように構成されている。このため、Uターン等の小回り旋回走行が実行可能になっている。
【0070】
なお、後室35の内部に配置された差動ギヤ機構58は、この差動動作を停止(左右の差動出力軸62を常時等速で駆動)させるためのデフロック機構(図示せず)を備えている。この場合、差動ギヤケース61に出入自在に設けられたロックピンをデフロックペダル257(図2参照)の踏み込み操作にて差動ギヤに係合させることにより、差動ギヤが差動ギヤケース61に固定されて差動機能が停止し、左右の差動出力軸62が等速にて回転駆動するように構成されている。
【0071】
(3−5).前後車輪の二駆と四駆とを切り換えるための構成
次に、前後車輪3,4の二駆と四駆とを切り換えるための構成について説明する。ミッションケース17の前側壁部材32に設けられた前車輪駆動ケース69は、前車輪入力軸72と前車輪出力軸73とを備えている。
【0072】
前車輪入力軸72は、ギヤ70,71を介して副変速軸50と動力伝達可能に連結されている。前車輪出力軸73には、四駆用油圧クラッチ74の作用にて前車輪出力軸73に一体回転するように連結可能な四駆ギヤ75と、倍速用油圧クラッチ76の作用にて前車輪出力軸73に一体回転するように連結可能な倍速ギヤ77とが被嵌されている。四駆ギヤ75は前車輪入力軸72に固着されたギヤ78と噛み合っている一方、倍速ギヤ77も前車輪入力軸72に固着されたギヤ79と噛み合っている。
【0073】
二駆と四駆との切換スイッチ(図示省略)を四駆側に操作すると、四駆油圧電磁弁80の駆動にて四駆用クラッチシリンダ81が作動して、四駆用油圧クラッチ74が動力接続状態になる。そうすると、前車輪入力軸72と前車輪出力軸73とが四駆ギヤ75にて動力伝達可能に連結され、後車輪4と共に前車輪3が駆動することになる(四輪駆動状態)。
【0074】
(3−6).前車輪の倍速駆動を切り換えるための構成
次に、前車輪3の倍速駆動を切り換えるための構成について説明する。この場合は、操縦ハンドル9のUターン(圃場の枕地での方向転換)操作を検出すると、倍速油圧電磁弁82の駆動にて倍速用クラッチシリンダ83が作動して倍速用油圧クラッチ76が動力接続状態になり、前車輪入力軸72と前車輪出力軸73とを倍速ギヤ77にて動力伝達可能に連結することによって、四駆ギヤ75にて前車輪3が駆動されるときの速度に比べて約2倍の高速度で前車輪3が駆動するように構成されている。
【0075】
前車軸ケース13から後ろ向きに突出した前車輪伝達軸84と、前車輪出力軸73のうち前車輪駆動ケース69から前向きに突出した前端部とは、前車輪駆動軸85を介して連結されている。前車軸ケース13の内部には、左右の前車輪3に回転動力を伝達するための差動ギヤ機構86が配置されている。
【0076】
差動ギヤ機構86は、前車輪伝達軸84の前端に固着されたピニオン87に噛み合うリングギヤ88と、リングギヤ88に設けられた差動ギヤケース89と、左右の差動出力軸90とを備えている。
【0077】
差動出力軸90は、ファイナルギヤ91等を介して前車軸92に連結されており、前車軸92の先端部に前車輪3が取り付けられている。前車軸ケース13の外側面には、操縦ハンドル9の操舵操作にて前車輪3の走行方向を左右に変更するパワーステアリング用の油圧シリンダ93(図5参照)が設けられている。
【0078】
(3−7).PTO軸の駆動速度を切り換えるための構成
次に、PTO軸23の駆動速度を切り換える(正転4段と逆転1段)ための構成について説明する。ミッションケース17の前室34には、エンジン5からの動力をPTO軸23に伝達するためのPTO変速ギヤ機構96、及びエンジン5からの動力を各油圧ポンプ94,95に伝達するためのポンプ駆動軸97も配置されている。
【0079】
PTO変速ギヤ機構96は、PTOカウンタ軸98とPTO変速出力軸99とを備えている。PTOカウンタ軸98には、これと一体回転するようにPTOクラッチ100にて連結可能なPTO入力ギヤ101が被嵌されている。PTO入力ギヤ101は、主変速入力軸27に固着された入力側ギヤ102と、ポンプ駆動軸97に固着された出力側ギヤ103とに噛み合っており、これらギヤ101〜103の噛み合いにより、ポンプ駆動軸97がPTOカウンタ軸98を介して主変速入力軸27に動力伝達可能に連結されている。
【0080】
この場合、PTOクラッチスイッチ225を入り操作すると、PTOクラッチ油圧電磁弁104(図5参照)の駆動にてPTOクラッチシリンダ105が作動して、PTOクラッチ100を動力接続状態にする。その結果、PTOカウンタ軸98にPTO入力ギヤ101が一体回転するように連結され、主変速入力軸27からPTOカウンタ軸98に向けて回転動力が出力される。
【0081】
PTO変速出力軸99には、PTO軸23への出力用として、1速ギヤ106、2速ギヤ107、3速ギヤ108、4速ギヤ109、及び逆転ギヤ110が被嵌されている。PTO変速出力軸99には、変速シフタ111を相対回転不能で且つ軸線方向にスライド可能にスプライン嵌合させており、当該変速シフタ111の作用にて、各ギヤ106〜110がPTO変速出力軸99に択一的に連結されるように構成されている。変速シフタ111には、PTO変速レバー256(図2参照)に連動連結された変速アーム112を係合させている。
【0082】
PTO変速レバー256を変速操作すると、変速アーム112が変速シフタ111をPTO変速出力軸99の軸線に沿ってスライド移動させ、変速シフタ111が各ギヤ106〜110のいずれかを択一的に選択してPTO変速出力軸99に連結させる。その結果、1速〜4速及び逆転の各PTO変速出力が、PTO変速出力軸99からギヤ113,114を介してPTO軸23に伝達される。
【0083】
なお、逆転軸39に固着された回転検出ギヤ115には、電磁ピックアップ型の主変速出力軸回転センサ212(図6参照)が対向させて配置されており、当該主変速出力軸回転センサ212にて、主変速出力ギヤ37の回転、ひいては油圧式無段変速機29の出力回転数を検出するように構成されている。また、前車輪入力軸72におけるギヤ78の近傍には、当該ギヤ78の回転を検出する電磁ピックアップ型の車速センサ213(図6参照)が配置されている。車速センサ213にて検出された前車輪入力軸72及び副変速軸50の回転から、走行機体2の走行速度(車速)を検出するように構成されている。
【0084】
(4).トラクタの各種制御を実行するための構成
次に、図6を参照しながら、トラクタ1の各種制御(変速制御、自動水平制御、耕耘深さ自動制御、及び斜板制御等)を実行するための構成について説明する。
【0085】
トラクタ1に搭載された制御手段としてのコントローラ200は、各種演算処理や制御を実行するCPUの他、制御プログラムやデータを記憶させるためのROM、制御プログラムやデータを一時的に記憶させるためのRAM、及び入出力インターフェイス等を備えており、電源印加用キースイッチ201を介してバッテリ202に接続されている。
【0086】
キースイッチ201は、鍵穴に差し込んだ所定の鍵にて切り位置、入り位置及びスタータ位置という3つの端子位置に回転操作可能なロータリ式スイッチであり、詳細は図示していないが、操縦座席8の前方に位置するステアリングコラム245に取り付けられている。キースイッチ201の入り位置(端子)がコントローラ200に接続されている。また、スタータ位置(端子)は、エンジン5を始動させるためのスタータモータ203とコントローラ200とに分岐して接続されている。
【0087】
コントローラ200には、エンジン5の回転を制御する電子ガバナコントローラ204が接続されている。電子ガバナコントローラ204には、エンジン5の燃料を調節するガバナ205と、エンジン回転数を検出するエンジン回転センサ206と、ステアリングコラム245の右側に配置されたスロットルレバー250の操作位置を検出するスロットルポテンショ207とが接続されている。
【0088】
スロットルレバー250を手動操作すると、電子ガバナコントローラ204は、スロットルレバー250の設定回転数とエンジン回転数とが一致するように、スロットルポテンショ207の検出情報に基づいてスロットルソレノイド208を駆動させ、ガバナ205に設けられた燃料調節ラック(図示せず)の位置を自動的に調節する。このため、エンジン回転数は、負荷の変動に拘らず、スロットルレバー250の位置に応じた所定回転数に保持される。
【0089】
また、コントローラ200には、出力関連の各種電磁弁、すなわち前進用油圧クラッチ40に対する前進用クラッチ電磁弁46、後進用油圧クラッチ42に対する後進用クラッチ電磁弁48、副変速油圧シリンダ55に対する高速クラッチ電磁弁136、後述する主変速レバー258の傾動操作量に比例して主変速油圧シリンダ190を作動させるための比例制御弁123と、四駆用油圧クラッチ74に対する四駆油圧電磁弁80、倍速用油圧クラッチ76に対する倍速油圧電磁弁82、左右のオートブレーキ電磁弁67a,67b、PTOクラッチ100に対するPTOクラッチ油圧電磁弁104、及び、油圧式昇降機構20の単動式油圧シリンダ125に作動油を供給するための制御電磁弁121等が接続されている。
【0090】
更に、コントローラ200には、入力関連の各種センサ及びスイッチ類、すなわち操舵ポテンショ210、クラッチ状態検出手段としての前後進ポテンショ211、主変速出力軸回転センサ212、車速検出手段としての車速センサ213、振子式のローリングセンサ214、ポテンショメータ型の作業部ポジションセンサ215、ポテンショメータ型のリフト角センサ216、ポテンショメータ型のリヤカバーセンサ217、四駆モードスイッチ218、倍速モードスイッチ219、ブレーキペダルスイッチ220、オートブレーキスイッチ221、主変速ポテンショ222、ポジションレバーセンサ223、PTOクラッチスイッチ225、及び副変速レバーセンサ231等が接続されている。
【0091】
操舵ポテンショ210は、操縦ハンドル9の回動量(操舵角度)を検出するためのものである。前後進ポテンショ211は、前後進切換レバー252の操作位置から前進用及び後進用油圧クラッチ40,42の入り切り状態を検出するためのものである。主変速出力軸回転センサ212は、主変速出力軸36の出力回転数を検出するためのものである。車速センサ213は、前後車輪3,4の回転速度(走行速度)を検出するためのものである。
【0092】
ローリングセンサ214は、走行機体2の左右傾斜角度を検出するためのものである。作業部ポジションセンサ215は、走行機体2に対するロータリ耕耘機15の相対的な左右傾斜角度を検出するためのものである。リフト角センサ216は、油圧式昇降機構20と左右ロワーリンク21とをつなぐリフトアーム193(図1参照)の回動角度を検出するためのものである。リヤカバーセンサ217は、ロータリ耕耘機15の耕耘深さ変動に伴って上下回動する耕耘リヤカバー195(図1及び図2参照)の上下回動角度を検出するためのものである。
【0093】
四駆モードスイッチ218は、四駆油圧電磁弁80を切換操作するためのものである。倍速モードスイッチ219は、倍速油圧電磁弁82を切換操作するためのものである。ブレーキペダルスイッチ220は、ブレーキペダル251の踏み込みの有無を検出するためのものである。オートブレーキスイッチ221は、オートブレーキ電磁弁67a,67bを切換操作するためのものである。
【0094】
主変速ポテンショ222は、主変速レバー258の操作位置を検出するためのものである。ポジションレバーセンサ223は、ロータリ耕耘機15の高さ位置を手動にて変更調節する作業部ポジションレバー259の操作位置を検出するためのものである。PTOクラッチスイッチ225は前述の通り、PTOクラッチ100を入り切り操作して、PTO軸23からロータリ耕耘機15への動力伝達を継断操作するためのものである。副変速レバーセンサ231は、走行副変速ギヤ機構30の出力範囲を低速と高速とに切り換える副変速レバー260の操作位置を検出するためのものである。
【0095】
(5).斜板制御の説明
次に、図7のフローチャート及び図8を参照しながら、コントローラによる斜板制御の一例について説明する。
【0096】
制御手段としてのコントローラ200は、クラッチ手段としての前進用及び後進用油圧クラッチ40,42が両方とも動力遮断状態であり、且つ、エンジン始動用のスタータモータ203が作動中のときは、斜板アクチュエータとしての主変速油圧シリンダ190の駆動にて、ポンプ斜板159の傾斜角度を傾斜略零の中立角度に変更するという斜板制御を実行する。ちなみに、この斜板制御は、オペレータがキースイッチ201をスタータ位置まで回転操作してから、手を離してキースイッチ201を入り位置に戻すまでの短い間において実行されるものである。
【0097】
ここで、上限車速VL及び上限エンジン回転数NL(詳細は後述する)は予めコントローラ200のROM等に記憶させているものとする。また、主変速レバー258は中立位置(ニュートラル位置)にあり、ポンプ斜板159が負で且つ最大付近の傾斜角度に保持されているものとする(車速Vが零、図8の白抜き丸箇所参照)。
【0098】
トラクタ1の始動時には、オペレータがキースイッチ201をスタータ位置まで回転操作して(ステップS1)、スタータモータ203を作動させると共に、バッテリ202からの電力供給にてコントローラ200等を起動させる(電気系統を立ち上がらせる)。次いで、前後進ポテンショ211の検出情報に基づいて前後進切換レバー252が中立位置(ニュートラル位置)にあるか否かを判別する(ステップS2)。
【0099】
前後進切換レバー252が中立位置以外の位置にあると判断されたときは(S2:NO)、前進用及び後進用油圧クラッチ40,42のいずれかが動力接続状態であるため、このままエンジン5を始動させては、トラクタ1が不測に動くおそれがあり危険である。そこで、この場合は、スタータモータ203を作動させるものの、エンジン5の燃料を調節するガバナ205による燃料供給を停止させ、キースイッチ201の操作位置に拘らずエンジン5の駆動を停止させる(ステップS4)。その後リターンする。
【0100】
前後進切換レバー252が中立位置にあると判断されたときは(S2:YES)、前進用及び後進用油圧クラッチ40,42が両方とも動力遮断状態であるため、そのままエンジン5を始動させ(ステップS3)、次いで、始動用電磁弁127からの作動油にて切換弁124を作動させることにより、主変速レバー258の操作位置に拘らず、主変速油圧シリンダ190を駆動させ、主変速入力軸27の軸線に対するポンプ斜板159の傾斜角度を傾斜略零の中立角度に変更する(ステップS5、図8の黒塗り丸箇所参照)。
【0101】
かかる制御を採用すると、エンジン5始動時において、変速用油圧ポンプ部150から変速用油圧モータ部151に供給される作動油量はほぼ零に近い状態にまで少なくなる(作動油の無駄な循環による油漏れが減る)ので、油圧式無段変速機29自体が始動時にエンジン5に与える負荷を極力低減できる。従って、エンジン5のかかりにくさが解消される。しかも、前述の通り、作動油の無駄な循環による油漏れが減るので、エンジン5の無駄な燃料消費もなくなるのである。なお、前進用及び後進用油圧クラッチ40,42は動力遮断状態であるから、ポンプ斜板159の傾斜角度を中立角度にしても、油圧式無段変速機29から走行部に動力伝達されることはなく、走行機体2は動かないので、安全性も確保できる。
【0102】
ステップS5に続いて、車速センサ213の検出値(車速V)と、エンジン回転センサ206の検出値(エンジン回転数N)と、コントローラ200のROM等に予め記憶された上限車速VL及び上限エンジン回転数NLとを読み込んだのち(ステップS6)、現在の車速Vが上限車速VL(例えば0.5Km/h程度)以上であるか否かを判別する(ステップS7)。
【0103】
現在の車速Vが上限車速VL以上と判断されたときは(S7:YES)、例えば焼き付きやコンタミネーション等の理由で、前後進切換レバー252が中立位置にあるにも拘らず、前進用及び後進用油圧クラッチ40,42の少なくとも一方が動力接続状態になっている。このような状態でポンプ斜板159の傾斜角度を中立角度にすると、トラクタ1が急発進するおそれがある。
【0104】
そこで、この場合は、始動用電磁弁127からの作動油にて切換弁124を作動させることにより、主変速レバー258の操作位置に拘らず、主変速油圧シリンダ190を駆動させ、主変速入力軸27の軸線に対するポンプ斜板159の傾斜角度を、車速零に対応した負で且つ最大付近の傾斜角度に変更するのである(ステップS9、図8の白抜き丸箇所参照)。
【0105】
かかる制御を採用すると、何らかの不具合で前進用又は後進用油圧クラッチ40,42が動力接続状態になっていれば、ポンプ斜板159の傾斜角度を中立角度にせずに、車速零に対応した負で且つ最大付近の傾斜角度にすることになるので、始動時のエンジン5負荷を低減できるものでありながら、トラクタ1が急発進するような誤作動を確実に回避でき、トラクタ1操縦時の安全性を向上できる。
【0106】
ステップS7において現在の車速Vが上限車速VLより小さいと判断されたときは(S7:NO)、次いで、現在のエンジン回転数Nが上限エンジン回転数NL(例えば500rpm程度)以上か否かを判別する(ステップS8)。現在のエンジン回転数Nが上限エンジン回転数NLより小さいと判断されたときは(S8:NO)、ステップS6に戻る。
【0107】
現在のエンジン回転数Nが上限エンジン回転数NL以上と判断されたときは(S8:YES)、エンジン5の回転数が油圧式無段変速機29による負荷に耐え得る程度まで上昇したものと見做して、前述したステップS9に移行し、主変速油圧シリンダ190の駆動にて、主変速入力軸27の軸線に対するポンプ斜板159の傾斜角度を、車速零に対応した負で且つ最大付近の傾斜角度に変更する。
【0108】
かかる制御を採用すると、キースイッチ201から手を離して入り位置に戻す前には、ポンプ斜板159の傾斜角度を現在のトラクタ1の状態(車速零)に対応した負で且つ最大付近の傾斜角度に戻しておくことになるから、始動時のエンジン5負荷を低減できるものでありながら、例えば発進等の次動作にスムーズに移行でき、操縦応答性がよいのである。
【0109】
ステップS9において、ポンプ斜板159の傾斜角度を車速零に対応した負で且つ最大付近の傾斜角度にした後は、キースイッチ201を入り位置に戻したか否かを判別し(ステップS10)、キースイッチ201が入り位置まで戻っていなければ(S10:NO)、このまま待機するためにステップS10に戻り、入り位置に戻っていれば(S10:YES)、その後リターンする。
【0110】
なお、通信異常のためにスタータモータ203の作動の有無が分からない場合は、バッテリ202からコントローラ200に電力供給されていない状態なので、ステップS2以降の制御を実行することはない。
【0111】
(6).その他
本願発明は、前述の実施形態に限らず、様々な態様に具体化できる。例えば本願発明はトラクタに限らず、田植機やコンバイン等の農作業機や、ホイルローダ等の特殊作業用車両にも適用可能である。その他、各部の構成は図示の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0112】
【図1】トラクタの側面図である。
【図2】トラクタの平面図である。
【図3】動力伝達系のスケルトン図である。
【図4】油圧式無段変速機の油圧回路図である。
【図5】トラクタの油圧回路図である。
【図6】コントローラの機能ブロック図である。
【図7】斜板制御のフローチャートである。
【図8】車速とHST変速比との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0113】
1 トラクタ
2 走行機体
29 油圧式無段変速機
40 クラッチ手段としての前進用油圧クラッチ
42 クラッチ手段としての後進用油圧クラッチ
150 変速用油圧ポンプ部
151 変速用油圧モータ部
159 ポンプ斜板
190 斜板アクチュエータとしての主変速油圧シリンダ
200 制御手段としてのコントローラ
203 スタータモータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行機体に搭載されたエンジンの動力を変速可能な油圧ポンプ及び油圧モータからなる油圧式無段変速機と、前記油圧モータからの変速出力を継断するクラッチ手段と、前記油圧ポンプにおけるポンプ斜板の傾斜角度を調節する斜板アクチュエータとを備えている走行車両であって、
前記クラッチ手段が動力遮断状態にあり、且つ、エンジン始動用のスタータモータが作動中のときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を実質上傾斜零の中立角度に変更するように構成されている、
走行車両。
【請求項2】
前記ポンプ斜板は、前記中立角度を挟んで一方の最大傾斜角度と他方の最大傾斜角度との間の範囲で角度調節可能であり、且つ、前記走行機体の車速が零のときに前記いずれか一方に傾斜した角度になるように設定されている、
請求項1に記載した走行車両。
【請求項3】
前記スタータモータの作動中に前記エンジンの回転数が所定回転数以上になったときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を、前記走行機体の車速が零のときに対応した角度に変更するように構成されている、
請求項1又は2に記載した走行車両。
【請求項4】
前記スタータモータの作動中に前記走行機体の車速が所定速度以上になったときは、前記斜板アクチュエータの駆動にて、前記ポンプ斜板の傾斜角度を、前記走行機体の車速が零のときに対応した角度に変更するように構成されている、
請求項1又は2に記載した走行車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−138895(P2009−138895A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−318295(P2007−318295)
【出願日】平成19年12月10日(2007.12.10)
【出願人】(000006781)ヤンマー株式会社 (3,810)
【Fターム(参考)】