説明

超柔軟身体を有するロボットシステム

【課題】使いやすい感覚系(センサ系)を備えた,無限次元の運動学的自由度を有する柔軟な身体をもつロボットシステムとその制御方法を提供する.
【解決手段】無限次元の運動学的自由度を有する身体と,上記身体に力を印加することのできるアクチュエータと,上記身体の特徴量を検出する内界センサと,上記センサからの情報から適切な制御入力を計算しアクチュエータに指令するコントローラと,から構成されるロボットシステムを構築する.
感覚系(センサ系)をうまく選択することで,超駆動系,超劣観測系でありながら,所望の作業を内界センサの情報のみで達成できる.

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無限次元の自由度を有する柔軟な身体をもつロボットシステムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
我々の身の回りは,運動学的柔軟性の極めて高い物質で満ち溢れている.例えばジャケット,ネクタイ,ハンカチなどの布製品,コピー用紙などの各種紙類,鞄などの革製品,糸・紐・ケーブル,食物,植物等,枚挙に暇がない.これらの系の特徴的な点は,以下の3つである.第1に,運動学的自由度が極めて多く,無限次元系として近似できる.また各自由度の可動範囲が広く,線形近似できるとは限らない.第2に,すべての自由度を独立にアクチュエートすることは事実上不可能であるため,ほとんどの場合非常に高い劣駆動系,すなわち超劣駆動系である.第3に,すべての自由度に関する情報をセンシングすることは事実上不可能であるため,ほとんどの場合非常に高い劣観測系,すなわち超劣観測系である.上記の特徴を有するシステムを,超柔軟な身体を有するシステム,あるいは略して,超柔軟系と呼ぶ.
超柔軟系の特徴を直視すると,制御系としてみれば,ほとんど手に負えない,制御の極めて困難なシステムに思える.しかしながら,驚くべきは,上記の超柔軟物質を,人間は上手にマニピュレートしている事実である.人間はこれらのハンドリングを通常苦にしない.ここに,超柔軟系のシステム理論を構築する可能性が見えてくる.
もう1点特筆すべきは,脊椎動物である人間の身体そのものが,かなりの自由度を有し,非常に柔軟であるという事実である.例えば,もし脊椎動物に麻酔をかけて,脳のコントロールが効いていない状態を実現すれば,このシステムが正に超柔軟系であることを実感することができるであろう.ロシアの生理学者Bernsteinが示唆するように,極めて柔軟な身体を有する脊椎動物が高い知能を有し,昆虫のような柔軟でない外骨格系では低い知能しか実現されなかったことを鑑みると,身体の超柔軟性と知能との間に無視することのできない関係があるものと推察される.
以上の事実を踏まえると,超柔軟身体を有するロボットシステムが非常に有益であることに気付く.日常環境で活躍する器用な物体マニピュレーション能力を有する機械システムの開発,また,非常に高度な知能を有するロボットシステムの実現が期待できるからである.さらに,ロボットが柔軟な身体を有することは,今後ロボットシステムが人間と環境を共有しながら利用されていく中で,安全性の面からも重要である.
【0003】
超柔軟身体を有するロボットシステムの実現に対して,いくつかの関連研究・特許がある.
有隅らは,釣りのキャスティングからヒントを得て,釣り糸の先にロボットハンドを取り付けたシステムを提案している(非特許文献1参照).また,市川・橋本は,ロボットアームの手先に紐を取り付け,紐のマニピュレーションの研究をしている(非特許文献2参照).これらの研究は,超柔軟身体系と関係があるが,どちらも超柔軟身体の特徴量の検出に,外界センサであるカメラを用いている.外界センシングでは,超柔軟身体系の特徴量を正確,迅速に取得するためには,使用に制限があり,適用範囲が広くない.例えば,どちらの場合でも,超柔軟身体の形状を真横からカメラで撮影しており,カメラの設置場所に強い制限がある.
鈴木は,超柔軟マニピュレータと名づけた劣駆動系の制御法に関する特許を出願している(特許文献1参照).しかし実際にはここで述べるような無限次元系ではなく,有限次元系を対象としている.さらに,その有限次元系の全自由度が観測できることを前提としているため,無限次元系への拡張は困難である.
【非特許文献1】Arisumi, H., T.Kotoku, K. Komoriya: Swing Motion Control of Casting Manipulation, IEEE ControlSystems, Vol. 19, No. 4, 56/64, 1999.
【非特許文献2】市川智昭,橋本稔: ロボットによる紐の動的マニピュレーション,第19回日本ロボット学会学術講演会予稿集,1243/1244, 2001.
【特許文献1】特開2003−266346号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は,使いやすい感覚系(センサ系)を備えた,無限次元の運動学的自由度を有する柔軟な身体をもつロボットシステムとその制御方法を与えることである.
【課題を解決するための手段】
【0005】
無限次元の運動学的自由度を有する身体と,上記身体に力を印加することのできるアクチュエータと,上記身体の特徴量を検出する内界センサと,上記センサからの情報から適切な制御入力を計算しアクチュエータに指令するコントローラと,から構成されるロボットシステムを提案する.
【0006】
上記内界センサは,例えば,超柔軟身体の運動学自由度の一部の角度,角速度または角加速度センサである.また,場合によっては,位置,速度または加速度センサである.あるいは,力覚または振動覚センサであっても良い.
超柔軟身体系を実際の機械システムとして実現するためにカギとなるのは,感覚系の開発である.背景技術で述べたように,超柔軟身体系では,すべての自由度を内界センシングすることは不可能であるため,超柔軟身体の特徴量を検出するのに外界センサを使おうとするのが通常であった.本発明では,運動学的自由度の一部を検出する内界センサを用いて,無限次元の運動学的自由度を有する身体に埋め込まれた無限の選択肢の中から,制御達成に必要最小限の特徴量だけを検出する.この結果,感覚系(センサ系)が非常にシンプルになり,適用範囲の広い,制限の少ない使いやすいロボットシステムとなる.
【0007】
超柔軟系は,その身体の3次元空間内における位相構造により,(1)3次元空間内の1次元構造(例えば,糸,紐,ケーブル,肢,体幹など)(2)3次元空間内の2次元構造(例えば,布,紙,網,手など)(3)3次元空間内の3次元構造(例えば,パン生地等の食品,粘土,皮膚など),とに分類されるのが妥当である.この中でも特に3次元空間内の1次元構造は,マニピュレーションという観点から見ても,フィッシングに代表されるキャスティングマニピュレーション,カメレオンの舌による飛遊物体捕獲,独楽の叩きなど,数多くの多彩な例が存在する.
【発明の効果】
【0008】
ロボットの軽量化.柔軟化による安全性の向上が期待できる.また,器用さを有するロボットシステムの実現が期待できる.
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明で提案するロボットシステムでは、アクチュエータ,コントローラは汎用的なもので良い.超柔軟身体としては,十分な強度を有していれば,身近なもの,例えば,紐,ロープ,布などを用いることができる.内界センサとしては,ロータリエンコーダなどの汎用的な角度センサが利用可能である.また,超柔軟身体の一部に歪ゲージを張ることによって,力の検出をしても良い.ただし,アクチュエータ,コントローラ,内界センサは,それら自身によって,超柔軟身体の運動を妨げないことが望ましい.
【実施例1】
【0010】
本発明ロボットシステムと制御方法の1実施例として,平面紐の振動抑制を示す.
図1は、本発明ロボットシステムの1実施例である.1は3次元空間における1次元超柔軟身体である紐であり,ここでは平面内の運動が許容されている.2はアクチュエータであるダイレクトドライブモータであり,水平1自由度の並進運動を行うことができる.なお,紐の一端は,このモータに固定されている.3は内界センサであるロータリエンコーダである.紐のモータとの固定端の角度を検出することができる.4はコントローラである.このように,このロボットシステムは紐部に無限の運動学的自由度を有するが,アクチュエータ自由度はわずかに1であり,超劣駆動システムである.また感覚系の自由度も1であり,紐のモータとの固定端の角度を検出するに過ぎない,超劣観測系である.
初期状態において,紐は鉛直線上にあり,静止しているものとする.まず,アクチュエータにより図2上に示すような正負パルス入力を与えると,土台部は水平方向に移動して止まり,その後紐が振動しつづける.図2下は50自由度シリアルリンク系によるシミュレーション結果を示しており,紐のポテンシャルエネルギの時間グラフである.ポテンシャルエネルギが正弦状となっていることが確認できる.これは紐が振動していることを表している.
これに対して,紐のモータとの固定端の角度から角速度を推定して,この量にゲインを掛けたものをモータ並進力としてネガティブフィーバックする.この結果を表すのが図3である.ポテンシャルエネルギがもとの最小値に速やかに収束しており,効果的に紐に対して振動抑制が実現されていることが確認できる.
このように,無限次元の超柔軟身体系に対して,根元並進力の印加と,根元部角度(角速度)検出のみで,所望の制御を達成することができる.
【産業上の利用可能性】
【0011】
人間と環境を共有するホームロボットシステムの基本部分として利用が可能である.
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例の説明図である。
【図2】制御を施さなかったときのシステムの応答を説明する図である.上段は,系に加えた入力並進力の時間グラフである.下段は系のポテンシャルエネルギの時間グラフである.ポテンシャルエネルギが正弦状に変化しており,紐が振動する様子が確認できる.
【図3】本発明のロボットシステムによる制御結果を説明する図である.図2と同様,上段は系に加えた入力並進力,下段は系のポテンシャルエネルギの時間グラフである.時刻2秒から制御を開始している.ポテンシャルエネルギが最小値に向かい,平面紐に減衰を与えることに成功していることが確認できる.
【符号の説明】
【0013】
1 3次元空間内の1次元超柔軟身体(紐)
2 アクチュエータ(1軸ダイレクトドライブスライダ)
3 センサ(ロータリエンコーダ)
4 コントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無限次元の運動学的自由度を有する身体と,上記身体に力を印加することのできるアクチュエータと,上記身体の特徴量を検出する内界センサと,上記センサからの情報から適切な制御入力を計算しアクチュエータに指令するコントローラと,から構成されるロボットシステム.
【請求項2】
上記内界センサが,上記身体の運動学自由度の一部の角度,角速度または角加速度センサである請求項1記載のロボットシステム.
【請求項3】
上記内界センサが,上記身体の運動学自由度の一部の位置,速度または加速度センサである請求項1記載のロボットシステム.
【請求項4】
上記内界センサが,上記身体の運動学自由度の一部の力覚または振動覚センサである請求項1記載のロボットシステム.
【請求項5】
上記ロボットシステムの身体が,紐のような3次元空間内の1次元構造を有する請求項1記載のロボットシステム.
【請求項6】
上記ロボットシステムの身体が,布のような3次元空間内の2次元構造を有する請求項1記載のロボットシステム.
【請求項7】
上記ロボットシステムの身体が,粘土のような3次元空間内の3次元構造を有する請求項1記載のロボットシステム.
【請求項8】
上記3次元空間内の1次元構造を有する身体の一端に力を印加できるアクチュエータと,同じ一端に取り付けられた角度センサあるいは力センサと,からなるロボットシステムに対して,身体の振動を減衰させる制御を実現する制御方法.


【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−15462(P2006−15462A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−197272(P2004−197272)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】