説明

車両用車軸軸受

【課題】ブレーキング時の発熱の伝熱を抑え、耐久性に優れ、回転センサを備える場合には検出精度の低下の無い車両用車軸軸受を提供する。
【解決手段】内輪、外輪及び転動体を備え、フランジ部が外輪及びホイールハブの少なくとも一方と一体化され、内輪に車軸が嵌合される車両用車軸軸受において、炭素繊維を平面状に、一方向に配向させて樹脂で結束してなる炭素繊維プリプレグ、あるいは炭素繊維を平面状に編組して樹脂で結束した炭素繊維プリプレグの積層体でフランジ部を形成するとともに、転送面を金属製とした車両用車軸軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のハブユニット軸受に代表される車両用車軸軸受に関し、特に熱伝導による影響を排除する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のハブユニット軸受では、内輪及び外輪を軸受鋼等の金属製で形成していたが、重量が大きく、燃費上不利であるとともに、高価になることから、内輪や外輪の転送面及びフランジ部を金属薄板からなるベース部で形成し、更にベース部を合成樹脂に補強繊維を配合した複合材料で補強したものが提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、ハブユニット軸受には、フランジ部を介してブレーキロータが締結されるため、ブレーキング時に発生する摩擦熱がフランジ部を通じて伝熱し、回転に伴うハブユット全体の温度上昇を促進する。そして、このような温度上昇に伴い、封入グリースが劣化し、それにより回転トルクが増大したり、異音や振動が発生するなどして軸受性能が低下し、最終的には焼付きが発生して軸受機能が失われる。特許文献1では、フランジ部が金属製であるため、伝熱しやすく軸受温度の上昇を抑えることはできない。
【0004】
また、ハブユニット軸受の中には、車軸の回転数を検知するための回転センサを備えるものがある。回転センサは、内輪に取り付けられた金属製のスリンガの外周面に磁気エンコーダを取り付け、磁気エンコーダと対向するように磁気センサを配置して構成されたものが一般的である(図1参照)。そのため、磁気エンコーダの取り付け位置の精度が要求されるが、上記のようにブレーキング時の摩擦熱が伝熱して内輪や外輪の温度が上昇すると、内輪に取り付けられているスリンガが熱膨張を起こして磁気エンコーダの取り付け位置が微妙に変化して検出精度に影響を与える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実公平7−54658号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記の状況に鑑みてなされたものであり、ブレーキング時の発熱の伝熱を抑え、耐久性に優れ、回転センサを備える場合には検出精度の低下の無い車両用車軸軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は以下の車両用車軸軸受を提供する。
(1)内輪、外輪及び転動体を備え、フランジ部が外輪及びホイールハブの少なくとも一方と一体化され、内輪に車軸が嵌合される車両用車軸軸受において、転送面を金属製にするとともに、フランジ部を炭素繊維プリプレグの積層体で形成したことを特徴とする車両用車軸軸受。
(2)炭素繊維プリプレグが、炭素繊維を平面状に、一方向に配向させて樹脂で結束したものであり、かつ、炭素繊維が、フランジ部に螺合される取り付けボルトの軸軸に対して垂直に、かつ隣接する炭素繊維プリプレグ間で交差するように積層されていることを特徴とする上記(1)記載の車両用車軸軸受。
(3)炭素繊維プリプレグが、炭素繊維を平面状に編組して樹脂で結束したものであり、かつ、炭素繊維が、フランジ部に螺合される取り付けボルトの軸線に対して垂直になるように積層されていることを特徴とする上記(1)記載の車両用車軸軸受。
(4)炭素繊維プリプレグにおける炭素繊維含有量が10〜80質量%であることを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
(5)炭素繊維の引張強度が3〜8.5GPa、引張弾性率が220〜700GPa、伸度が0.5〜2.2%であることを特徴とする上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
(6)炭素繊維プリプレグにおける樹脂が、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂またはポリプロピレン樹脂であることを特徴とする上記(1)〜(5)の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
(7)炭素繊維プリプレグの積層体がセンターナットで外輪またはホイールハブに締結されていることを特徴とする上記(1)〜(6)の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
(8)車軸の回転数を検出ためのセンサを備えることを特徴とする上記(1)〜(6)の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
【発明の効果】
【0008】
本発明の車両用車軸軸受は、フランジ部を炭素繊維プリプレグの積層体で形成するとともに、転送面を金属製としたため、回転特性に影響することなく、フランジ部を通じての伝熱が抑えられて長寿命となる。また、回転センサを備える構成とした場合には、検出精度の低下も無い。更には、軽量化も図れる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係る車両用車軸軸受の一例であり、回転センサ付きハブユニットを示す断面図である。
【図2】炭素繊維プリプレグの積層様式の一例を示す模式図である。
【図3】炭素繊維プリプレグの積層体における炭素繊維と、取り付けボルトとの相対位置を説明するための模式図である。
【図4】フランジ部をセンターナットにより固着した構造を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に関して回転センサ付きハブユニット軸受を例示して詳細に説明する。
【0011】
本実施形態のハブユニット軸受Oは、駆動輪用とされており、固定輪である外輪1及び回転輪であるハブ3と、外輪1とハブ3間の環状空間13に転動自在に配置される複数の転動体10と、環状空間13を密封する密封装置12a,12bと、ハブ3と共に回転する磁気エンコーダ20とを備えている。また、磁気エンコーダ20と対向して、図示しない磁気センサが配設されており、車輪の回転と共に磁気エンコーダ20を回転させ、車輪の回転に同期した磁場変化を検出する。
【0012】
ハブ3は、中空状のハブ輪4を備えており、ハブ輪4は、その外周面のアウトボード側端部(自動車への組み付け状態で車幅方向外側の端部:図1の左端部)に径方向外方に延びる車輪取り付けフランジ7を有している。車輪取り付けフランジ7には、そのアウトボード側の側面に車輪を構成する図示しないホイール及びブレーキロータ等を取り付けるための取り付けボルト7aが周方向に略等間隔で複数植設されている。
【0013】
ハブ輪4のインボード側端部(自動車への組み付け状態で車幅方向内側の端部:図1の右端部)には小径段部4aが形成されており、該小径段部4aには内輪5が嵌め込まれている。内輪5の外周面には内輪軌道面9が形成され、また、ハブ輪4の軸方向の中間部外周面にも内輪軌道面9が形成されている。
【0014】
外輪1の内周面にはハブ輪4の内輪軌道面9に対応する外輪軌道面8及び内輪5の内輪軌道面9に対応する外輪軌道面8が形成されており、また、車輪取り付けフランジ7から離間する側の外輪1の端部には径方向外方に延びる懸架装置取り付けフランジ2が設けられている。図示は省略するが、この懸架装置取り付けフランジ2には、取り付けボルトによりナックルが取り付けられる。
【0015】
そして、複列の内輪軌道面9と複列の外輪軌道面8との間には、それぞれ複数の転動体10が保持器11を介して周方向に転動可能に配設されている。尚、図示の例では、転動体10として玉を使用しているが、重量の嵩む車輪支持用ハブユニット軸受の場合には、転動体10としてテーパころを使用する場合もある。
【0016】
また、外輪1のアウトボード側の端部とハブ輪4との間、及び外輪1のインボード側の端部と内輪5との間には、密封装置12a,12bがそれぞれ設けられている。密封装置12aは、外輪1のアウトボード側の端部内周面に嵌合されたスリンガ14と、スリンガ14に接着固定されてハブ輪4に摺接するシール部15とを備えている。
【0017】
一方、密封装置12bは、内輪5の外周面に嵌合される第1のスリンガ16と、外輪1のインボード側の端部内周面に嵌合される第2のスリンガ17と、第1のスリンガ16に接着固定されて第2のスリンガ17と摺接するシール部18とを有する。シール部18は、ゴム材料によって形成されており、封入グリースの漏洩を防止するとともに、外部からの塵埃、水、泥水等の環状空間13への侵入を防止する。
【0018】
本発明では、転送面、即ち外輪軌道面8及び内輪軌道面9をSUJ2等の通常軸受に使用される鋼材製にするとともに、フランジ部、即ちハブ輪4の車輪取り付けフランジ7及び外輪1の懸架装置取り付けフランジ2(図中、クロスハッチで示す部分)を炭素繊維プリプレグの積層体で形成する。
【0019】
炭素繊維プリプレグは、炭素繊維を平面状に、一方向に配向させて樹脂で結束したシート状物(一方向プリプレグ)を積層したものである。その際、図2に模式的に示すように、隣接する(図の例では上下の)炭素繊維プリプレグ間で、炭素繊維100が、(a)→(b)→(c)→(d)のように所定の角度(例えば45°)で交差するように積層される。尚、積層は、熱プレスあるいはオートクレーブにより行うことができる。
【0020】
また、炭素繊維プリプレグは、炭素繊維を平面状に編組して樹脂で結束したシート状物(編組プリプレグ)を積層したものでもよい。
【0021】
炭素繊維の種類や直径には制限はないが、炭素繊維プリプレグからなる積層体の実用的な強度を考慮すると、引張強度が3〜8.5GPaで、引張弾性率が220〜700MPaで、伸度が0.5〜2.2%であるものが好ましい。また、炭素繊維プリプレグにおける炭素繊維の含有量は、10〜80質量%が好ましい。炭素繊維の含有量が10質量%未満では、炭素繊維プリプレグからなる積層体が必要な強度とならない。一方、炭素繊維の含有量が80質量%を超えると、相対的に樹脂量が少なくなりすぎてプリプレグ同士の接着性が低下する。好ましい炭素繊維の含有量は、60〜75質量%である。
【0022】
尚、炭素繊維を結束するための樹脂には制限はなく、エポキシ樹脂やフェノール樹脂のような熱硬化性樹脂、ポリアミド樹脂やポリプロピレン樹脂等の熱可塑性樹脂を用いることができる。
【0023】
また、炭素繊維プリプレグは、図3に模式的に示すように、炭素繊維100が取り付けボルト7aの軸線Cに対して垂直になるように積層される。
【0024】
そして、炭素繊維プリブレグの積層体は、取り付けボルト7aを挿通させるためのボルト孔が開けられて車輪取り付けフランジ7に相当するフランジ部材とされ、ハブ輪4の外周面に固定される。同様に、炭素繊維プリプレグの積層体で懸架装置取り付けフランジ2に相当するフランジ部材を形成することもできる。フランジ部材とハブ輪4または外輪1との固着方法は、炭素繊維プリプレグに用いた樹脂に合わせて金属と接着が可能な接着剤を用いて接着することができる。また、図4に示すように、センターナット30を用いてハブ輪4に固定することもできる。更には、接着剤とセンターナット30とを併用してもよい。また、ハブ輪4の固着面に、ローレットセレーション加工を施してもよい。
【0025】
上記ハブユニット軸受Oは、転送面が金属製であるため軸受回転特性は従来と同等に維持される。また、懸架装置取り付けフランジ2や車輪取り付けフランジ7が炭素繊維プリプレグで形成されるため、高強度で軽量化を図ることができるとともに、炭素繊維プリプレグは熱伝導率が金属に比べて大幅に低いため、ブレーキング時の発熱が車輪取り付けフランジ7を通じてハブ輪4に伝熱することがなく、軸受温度の上昇を抑えることができる。そのため、封入グリースの熱劣化もなく、更にはスリンガ16の熱膨張もなく、磁気エンコーダ20の位置ズレもなくなり、回転精度の低下を防ぐこともできる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例及び比較例を挙げて更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0027】
(実施例1)
炭素繊維(引張強度5000MPa、引張弾性率235GPa、伸度1.9%)を平面状に並べ、エポキシ樹脂で結束して一方向プリプレグを作製した。この一方向プリプレグにおける炭素繊維の含有量は75質量%であり、エポキシ樹脂の含有量は25質量%である。そして、この炭素繊維プリプレグを、図2に示すように、炭素繊維が45°で交差するように積層して熱プレスを行い、積層体を作製した。
【0028】
日本精工(株)製車輪支持用転がり軸受「呼び番号28BWK19」を改良し、車輪取り付けフランジとして上記の積層体からなるフランジ部材を接着剤及びセンターナットを用いてハブ輪に固着した。尚、内輪及び玉はSUJ2製であり、外輪はS53CG(炭素鋼)製である。
【0029】
そして、フランジ部材に、ブレーキシステムのブレーキロータをボルト締めして試験軸受Aとした。尚、ボルト締めに際し、エポキシ系接着剤にて接着して固定力を高めた。
【0030】
(比較例1)
日本精工(株)製車輪支持用転がり軸受「呼び番号28BWK19」をそのまま用い、車輪取り付けフランジにブレーキロータを締結して試験軸受Bとした。
【0031】
(寿命試験)
試験軸受A及び試験軸受Bに車軸を嵌入し、更にブレーキディスクを130℃に調温し、アキシアル荷重8820Nを付与した状態で車軸を100rpmにて回転させ、回転時の振動を振動計で常時計測し、測定値が一定値を超えるまでの回転時間を回転寿命とみなし、ワイブル分布関数に基づくL10寿命を求めた。結果を表1に示す。
【0032】
また、回転中、内輪表面温度を測定した。結果を表1に併記する。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示すように、フランジ部を炭素繊維プリプレグの積層体で形成することにより、ブレーキロータを通じての伝熱が抑えられ、長寿命になる。
【符号の説明】
【0035】
1 外輪
2 懸架装置取り付けフランジ
3 ハブ
4 ハブ輪
5 内輪
7 車輪取り付けフランジ
10 転動体
12a,12b 密封装置
16 第1のスリンガ
17 第2のスリンガ
18 シール部
20 磁気エンコーダ
30 センターナット
100 炭素繊維

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪、外輪及び転動体を備え、フランジ部が外輪及びホイールハブの少なくとも一方と一体化され、内輪に車軸が嵌合される車両用車軸軸受において、
転送面を金属製にするとともに、フランジ部を炭素繊維プリプレグの積層体で形成したことを特徴とする車両用車軸軸受。
【請求項2】
炭素繊維プリプレグが、炭素繊維を平面状に、一方向に配向させて樹脂で結束したものであり、かつ、炭素繊維が、フランジ部に螺合される取り付けボルトの軸線に対して垂直で、隣接する炭素繊維プリプレグ間で交差するように積層されていることを特徴とする請求項1記載の車両用車軸軸受。
【請求項3】
炭素繊維プリプレグが、炭素繊維を平面状に編組して樹脂で結束したものであり、かつ、炭素繊維が、フランジ部に螺合される取り付けボルトの軸線に対して垂直になるように積層されていることを特徴とする請求項1記載の車両用車軸軸受。
【請求項4】
炭素繊維プリプレグにおける炭素繊維含有量が10〜80質量%であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
【請求項5】
炭素繊維の引張強度が3〜8.5GPa、引張弾性率が220〜700GPa、伸度が0.5〜2.2%であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
【請求項6】
炭素繊維プリプレグにおける樹脂が、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂またはポリプロピレン樹脂であることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
【請求項7】
炭素繊維プリプレグの積層体がセンターナットで外輪またはホイールハブに締結されていることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。
【請求項8】
車軸の回転数を検出ためのセンサを備えることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の車両用車軸軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−178314(P2011−178314A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45549(P2010−45549)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】