説明

車両発進状態推定装置

【課題】 簡単且つ低コストな構成でありながら、精度良く坂道発進などの車両発進状態を推定することができる車両発進状態推定装置を提供する。
【解決手段】 このため、本発明に係る車両発進状態推定装置は、エンジン側と駆動系側とを接断可能なクラッチ機構が介装された車両の発進状態を推定する車両発進状態推定装置であって、少なくとも車速と、エンジン回転速度と、エンジン負荷と、アクセルペダルの踏み込み量と、を含む車両の運転状態量に基づいて、車両の坂道発進状態を推定することを特徴とする。なお、車速が所定以下であり、アクセルペダルの踏み込み量が所定以上であり、エンジン回転速度が所定範囲にあり、エンジン負荷が所定以上であり、エンジン負荷の積分値が所定以上であることを条件として含み、これらが成立したときに、車両は発進補助が必要な坂道発進状態であると推定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の発進状態(坂道発進状態)を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、内燃機関(エンジン)の搭載された車両において、例えば発進時等の過渡時におけるエンジンの出力不足を改善して車両の発進性能を改善する技術が提案されているが、例えば特許文献1では、圧縮空気を蓄圧タンクに貯留し、この貯留した高圧空気をターボ過給機のタービンに供給することによって、タービンの駆動をアシストするような発進補助装置が記載されている。
【0003】
このような発進補助装置において、車両が発進しようとしている状態の検出は、例えば、運転者がマニュアル操作によってエンジンと駆動系との間に介装されるクラッチ機構の接断(接続/切断)操作を行いながら変速機の変速段を切り替えるための変速操作を行う車両の場合、クラッチペダル操作に連動して作動されるクラッチ機構を接断させる機構の移動ストローク(クラッチストローク)を検出して、クラッチ板とフライホイールとの接続状態(切断状態、半クラッチ状態、完全接続状態など)を検出することで行うものが知られている。
【0004】
また、従来においては、特許文献2などに記載されているように、Gセンサー(勾配センサー)の出力を利用して、車両が走行している路面状況が登坂或いは降坂の坂道であるか否かなどの判定を行っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−161751号公報
【特許文献2】特許第3938644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここにおいて、上述したようなクラッチ機構のクラッチ板とフライホイールとの接続状態を検出して車両発進状態を検出する技術では、クラッチ板のストロークを検知するクラッチストロークセンサーを備え、このクラッチストロークセンサーの検出値に基づいて半クラッチ状態などを検出している。
【0007】
しかしながら、クラッチ機構のクラッチ板は比較的摩耗が大きく消耗部品であるため、クラッチ板の摩耗の程度に応じて半クラッチ状態となるクラッチストロークも変動するため、正確に半クラッチ状態を把握するためには、半クラッチ開始位置や半クラッチ完了位置(完全接続位置)などをクラッチ板の摩耗分を考慮して補正する必要があり、システムが複雑化、高度化して高コスト化するおそれがある。
【0008】
また、クラッチ板等を交換した場合には、クラッチストロークに対する半クラッチ位置が変動するため、正確に半クラッチ状態を把握するためには、半クラッチ開始位置や半クラッチ完了位置(完全接続位置)などを新たに学習し直すなどの必要が生じるため、システムが複雑化、高度化して高コスト化するおそれがある。
【0009】
また、特許文献1に記載される技術では、駆動トルクの大きさに依らず、クラッチストロークセンサーの検出信号で半クラッチ状態(半クラッチ開始位置や半クラッチ完了位置)を検出するため、駆動トルクの大きさによって変動するクラッチ機構の滑り度合いなどが考慮されないため、実際の車両の発進状態とはズレが生じるおそれがあり、かかる場合には運転者に違和感を与えるおそれがあった。
【0010】
更に、特許文献2に記載されているように、Gセンサーの出力に基づいて坂道判定を行う場合には、比較的高価なGセンサーを備える必要があり、システムが高価で複雑化するおそれがある。
【0011】
本発明は、かかる実情に鑑みなされたもので、簡単且つ低コストな構成でありながら、精度良く坂道発進などの車両発進状態を推定することができ、以って運転者等への違和感の少ない発進補助制御の実現に貢献することができる車両発進状態推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
このため、本発明に係る車両発進状態推定装置は、
エンジン側と駆動系側とを接断可能なクラッチ機構が介装された車両の発進状態を推定する車両発進状態推定装置であって、
少なくとも車速と、エンジン回転速度と、エンジン負荷と、アクセルペダルの踏み込み量と、を含む車両の運転状態量に基づいて、車両の坂道発進状態を推定することを特徴とする。
【0013】
本発明において、車両の運転状態量には、エンジン負荷の積分値が含まれることを特徴とすることができる。
【0014】
本発明において、
車速が所定以下であり、
アクセルペダルの踏み込み量が所定以上であり、
エンジン回転速度が所定範囲にあり、
エンジン負荷が所定以上であり、
エンジン負荷の積分値が所定以上であること
を条件として含み、これら条件が成立したときに、車両は発進補助が必要な坂道発進状態であると推定することを特徴とすることができる。
【0015】
本発明において、前記エンジン負荷が%トルクであり、前記車両の運転状態量がCAN通信に用いられる情報からなることを特徴とすることができる。ここで、%トルクとは、エンジンの最大トルクに対する現在のトルクの割合を意味するもので、CAN(Controller Area Network)通信の規格J1939の標準となっている情報である。
【0016】
本発明において、
アクセルペダルの踏み込み量が増加傾向にあり、
エンジン回転速度が減少傾向にあり、
エンジン負荷が減少傾向にないこと
を条件として含むことを特徴とすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、簡単且つ低コストな構成でありながら、精度良く坂道発進などの車両発進状態を推定することができ、以って運転者等への違和感の少ない発進補助制御の実現に貢献することができる車両発進状態推定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施の形態に係る車両発進状態推定(判定)装置を説明するための全体的な構成を概略的に示す全体構成図である。
【図2】坂道(上り勾配10%)での車両発進の際における各種の車両運転状態量(車速情報、エンジン回転速度(NE)情報、アクセル開度(アクセルペダルの踏み込み量)情報、%トルク情報(エンジン負荷情報)など)の変化の様子を示すタイムチャートである。
【図3】平坦路(勾配0%)での車両発進の際における各種の車両運転状態量(車速情報、エンジン回転速度(NE)情報、アクセル開度(アクセルペダルの踏み込み量)情報、%トルク情報(エンジン負荷情報)など)の変化の様子を示すタイムチャートである。
【図4】同上実施の形態に係る車両発進状態推定(判定)装置の車両発進状態推定結果を利用した車両発進補助制御の一例を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明に係る車両発進状態推定(判定)装置の一実施の形態について、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0020】
本実施の形態に係る車両発進状態推定(判定)装置を説明するために、車両の駆動系の主要部(内燃機関7、クラッチ機構10、変速機5、車両用(或いは自動変速制御用)電子制御ユニット4、各種センサー類など)の構成を図1に概略的に示すが、図1に示したように、当該車両発進状態推定装置(或いは車両発進状態検出装置)としての制御を司るECU(電子制御ユニット)4には、エンジン電子制御ユニットからエンジン回転速度情報、燃料供給量(cc/sec)などの各種の情報が入力されていると共に、運転者によりアクセルペダル操作量を検出するアクセル開度(アクセルペダル)センサー12の検出信号が入力されている。
【0021】
なお、符号1はシフトアクチュエータであり、符号2はクラッチアクチュエータであり、符号3はドライバユニットであり、符号6はクラッチブースター、符号8はフュージブルリンクであり、符号9はシフト/セレクトストロークセンサであり、符号10はクラッチ機構であり、符号11は車速センサーであり、符号12はアクセル開度(アクセルペダル)センサーである。
【0022】
ここで、本実施の形態に係る車両発進状態推定(判定)装置における車両発進状態の推定(判定)は、以下のような知見に基づいてなされている。
【0023】
すなわち、車両が発進状態にあるときには、停止している車両のアクセルペダルとクラッチペダルを操作して、クラッチ板とフライホイールとが滑りを伴いつつ接触している半クラッチ状態を作り出し、このような半クラッチ状態を保ちながら徐々にエンジンの出力トルクを駆動機構(変速装置、プロペラシャフト、差動装置、ドライブシャフトなど)を介して駆動輪に伝達して車両を動かす。
【0024】
このように、車両停止状態から半クラッチ状態を経て車両が動き出す際には、
(1)車速が所定以下であるのに、エンジンの負荷(%トルク)が急激に大きくなる。なお、%トルクとは、エンジンの最大トルクに対する現在のトルクの割合を意味するもので、CAN(Controller Area Network)通信の規格J1939の標準となっている。
(2)エンジン回転速度が低下傾向となる。
(3)運転者の発進の意思表示であるアクセル開度(アクセルペダルの踏み込み量)が所定値を超える。
などの車両の運転状態量が変化する。
【0025】
急激な発進や緩慢な発進でない通常程度の発進では、平坦路での発進と、発進補助装置を必要とするような坂道(登り坂)発進と、では、これらの発進の際における車両の運転状態量変化の挙動に違いがあるため、発進の際における車両の運転状態量変化を観察することで、他の発進と区別して坂道発進状態を見極めることができる。
【0026】
より具体的に説明すると、図2、図3のタイムチャートにおいて、クラッチストロークが40%以下になると、半クラッチが完了し、クラッチ板とフライホイールが所定に密着されて完全に発進状態となる。
【0027】
そのときの、アクセル開度(アクセル踏み込み量)を観察すると、図2に示した登り坂での坂道発進時の値(約50%)の方が、図3に示した平坦路での発進時の値(約30〜40%程度)に比べて、約10〜20%程度大きくなることが分かる。
【0028】
平坦路での発進時においても、運転者の操作の程度によっては、アクセル開度(アクセル踏み込み量)が大きくなる場合も考えられるが、そのときには、エンジン回転速度(NE)が高くなると共にエンジン回転速度の下がり具合が異なるため、坂道発進状態との区別が可能である。
【0029】
また、図2、図3のタイムチャートから理解されるように、半クラッチ中における%トルクの積分値が、図3の平坦路での発進と、図2の登り坂での坂道発進と、で異なっている。坂道発進の場合には、勾配に打ち勝つトルクが必要であるため、%トルク(エンジン負荷情報)は高い値に保持される。
【0030】
一方、図3の平坦路での発進の場合には、すぐに車両が動き始めるため、%トルク(エンジン負荷情報)は滑らかに上昇する。
【0031】
すなわち、本発明者は、図2、図3に示したような車両の状態量変化のタイムチャートを観察することで、以下の条件が満たされる場合には、発進補助が必要な坂道であると推定(判定)することができるという知見を得た。
【0032】
つまり、
(A)車速が、所定の低車速(例えば4km/hなど)以下であること
(B)アクセル開度(アクセルペダルの踏み込み量)が所定開度(例えば50%)以上であること
(C)アクセル開度(アクセルペダルの踏み込み量)が増加傾向にあること
(D)エンジン回転速度が、所定範囲(例えば、400rpm〜1000rpm程度)にあること
(E)エンジン回転速度が減少傾向にあること
(F)%トルク(エンジン負荷)が所定(例えば50%)以上であること
(G)%トルク(エンジン負荷)の積分値が、所定以上(例えば、0.5秒(sec)当たり1200以上(16msec周期で積分した場合))であること
(H)%トルク(エンジン負荷)が減少傾向にないこと
【0033】
以上の(A)〜(H)の条件が成立したときに、発進補助が必要な坂道(登坂)であると推定(判定)することができる。但し、上記条件(C)、(E)、(H)については、誤推定(誤判定)を抑制するための条件であって、それぞれについて上述したような傾向にあればよく、例えば一時的な逆方向への変動などがあってもそれを排除して考えることができるものとすることができる。
【0034】
なお、このような坂道発進推定を利用して、例えば、図4に示すようなフローチャートが実行される。
【0035】
すなわち、図4に示したように、
ステップ(図4では、Sと記す。以下、同様)1では、停車又は低速状態であるか否かを車速センサー11の検出信号等に基づいて検出する。
YESであればステップ2へ進み、NOであれば本フローを終了する。
【0036】
ステップ2では、坂道発進推定(判定)を開始する。
【0037】
ステップ3にて、各種の情報を取得して、上記条件(A)〜(H)を満たすか否かを判定する。
YESであればステップ4へ進み、NOであればステップ5へ進む。
【0038】
ステップ4では、発進補助が必要な坂道発進時であると判断して、坂道発進時における発進補助制御を開始した後、ステップ3へ戻る。
【0039】
ステップ5では、ステップ4での坂道発進推定(判定)結果が不成立となった場合であるので、発進補助が必要な発進時ではない(例えば、平坦路発進や降坂発進である場合や、発進後に所定車速まで至った場合などである)として、発進補助制御を終了して、本フローを終了する。
【0040】
なお、発進補助制御としては、特許文献1に記載されているようなエア吹き込みによる車両発進時におけるアシスト制御、スーパーチャージャー(機械式過給機)による車両発進時のアシスト制御、発進時にマッチングするように行われる吸気弁や排気弁の開閉特性の制御、ハイブリッド車両等における電動モータによる発進時アシスト制御など、種々の発進補助技術を採用可能である。
【0041】
このように、本実施の形態に係る車両発進状態推定(判定)装置によれば、車両のCAN通信に用いられる情報である車速情報、アクセル開度(アクセルペダルの踏み込み量)情報、エンジン回転速度情報、エンジン負荷(%トルク)情報などを用いて、簡単かつ低コストな構成により、車両の坂道発進状態を推定(判定)することができるため、従来の坂道発進状態検出装置のように、比較的高価なGセンサ(勾配センサー)及びクラッチストロークセンサーなどを備える必要がなく、更にクラッチ板の摩耗等を考慮した補正制御や学習制御などの複雑な制御が不要となるため、システムの簡略化や低コスト化に貢献することができる。
【0042】
なお、本実施の形態では、運転者自身がクラッチペダルを操作する場合について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、すべての変速操作を運転者がマニュアル操作により行う場合に限らず、電子制御により変速操作を行わせるシステムであっても、エンジン側と駆動系側とを接断可能なメカニカルなクラッチ機構を備えた自動変速装置を搭載する車両などにも適用可能である。
【0043】
以上で説明した本実施の形態は、本発明を説明するための例示に過ぎず、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、簡単且つ低コストな構成でありながら、精度良く坂道発進などの車両発進状態を推定することができ、以って運転者等への違和感の少ない発進補助制御の実現に貢献することができる車両発進状態推定装置を提供することができ、例えば自動車の技術分野において有益である。
【符号の説明】
【0045】
1 シフトアクチュエータ
2 クラッチアクチュエータ
3 ドライバユニット
4 電子制御ユニット(ECU)
5 変速機
6 クラッチブースター
7 内燃機関(エンジン)
9 シフト/セレクトストロークセンサ
10 クラッチ機構
11 車速センサー
12 アクセル開度(アクセルペダル)センサー


【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン側と駆動系側とを接断可能なクラッチ機構が介装された車両の発進状態を推定する車両発進状態推定装置であって、
少なくとも車速と、エンジン回転速度と、エンジン負荷と、アクセルペダルの踏み込み量と、を含む車両の運転状態量に基づいて、車両の坂道発進状態を推定することを特徴とする車両発進状態推定装置。
【請求項2】
車両の運転状態量には、エンジン負荷の積分値が含まれることを特徴とする請求項1に記載の車両発進状態推定装置。
【請求項3】
車速が所定以下であり、
アクセルペダルの踏み込み量が所定以上であり、
エンジン回転速度が所定範囲にあり、
エンジン負荷が所定以上であり、
エンジン負荷の積分値が所定以上であること
を条件として含み、これら条件が成立したときに、車両は発進補助が必要な坂道発進状態であると推定することを特徴とする請求項2に記載の車両発進状態推定装置。
【請求項4】
前記エンジン負荷が%トルクであり、前記車両の運転状態量がCAN通信に用いられる情報からなることを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか1つに記載の車両用発進補助装置。
【請求項5】
アクセルペダルの踏み込み量が増加傾向にあり、
エンジン回転速度が減少傾向にあり、
エンジン負荷が減少傾向にないこと
を条件として含むことを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の車両発進状態推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−153176(P2012−153176A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11545(P2011−11545)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000005463)日野自動車株式会社 (1,484)
【Fターム(参考)】