車両電装品用潤滑グリース組成物
【課題】塩素系極圧添加剤を用いずに、耐久性及び極圧性に優れる車両電装品用潤滑グリースの提供。
【解決手段】(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、(B)イオウ系添加剤と、(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しない車両電装品用潤滑グリース組成物であって、全潤滑グリース組成物に対して、前記(B)が1〜15質量%であり、前記(C)と(D)との合計が2〜15質量%であることを特徴とする車両電装品用潤滑グリース組成物
【解決手段】(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、(B)イオウ系添加剤と、(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しない車両電装品用潤滑グリース組成物であって、全潤滑グリース組成物に対して、前記(B)が1〜15質量%であり、前記(C)と(D)との合計が2〜15質量%であることを特徴とする車両電装品用潤滑グリース組成物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両電装品用潤滑グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両電装品に用いられる潤滑グリースとしては、機能安定性が高いことから、シリコーン油を基油に用い、塩素系極圧添加剤を配合したものが用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、自動車等の車両の始動には、スタータが用いられている。スタータは、一般に、電導機(モータ)と、出力軸と、エンジンのリングギヤに噛み合うピニオンと、電導機への通電時にピニオンの移動を規制する電磁装置とを備える。電磁装置は、励磁コイルと、励磁コイルの通電に伴い、軸線方向に沿って移動する内側プランジャ及び外側プランジャと、これらプランジャ間に介装されたコイルバネとを有し、内側プランジャの移動は、クラッチを介してピニオンに伝達されるように構成されている。
ここで、このクラッチは、エンジンが始動し、リングギヤの回転速度がピニオンの回転速度を上回った際に、リングギヤによってピニオンが回されるのを防ぐオーバーランニング機能と、過大トルクが生じた際に滑ってトルクを逃がすトルクリミッタ機能とを有する。
さらに、クラッチは出力軸にヘリカルスプライン結合されており、出力軸と連れ回るようになっている。この連れ回りによって生じる慣性力により、クラッチがピニオンと一体となって軸線方向に沿って移動する。
このようなスタータのクラッチに用いられる潤滑グリースには、高い面圧に耐え得ること(極圧性能)が要求される。上記特許文献1に記載のような潤滑グリースは、耐久性及び極圧性能に優れることから、スタータクラッチにおいても多用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平2−21434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載のような従来の潤滑グリースの多くには、その極圧特性の向上のため、塩素系極圧添加剤が配合されているが、環境への配慮の観点から、最近では、塩素系極圧添加剤を用いずに、潤滑グリースの要求性能を満たす新たな潤滑グリースが求められている。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、塩素系極圧添加剤を用いずに、耐久性及び極圧性に優れる車両電装品用潤滑グリースを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、基油に、イオウ系添加剤と、エステル系油と、バインダーとを特定の比率で添加して得られる潤滑グリースが、塩素系極圧添加剤を用いた潤滑グリースと同等またはそれ以上の性能を示すことを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、下記の特徴を有する車両電装品用潤滑グリース組成物(以下、単に「潤滑グリース組成物」又は「グリース組成物」ということがある。)を提供するものである。
(1)(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、
(B)イオウ系添加剤と、
(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、
(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しない車両電装品用潤滑グリース組成物であって、
全潤滑グリース組成物に対して、前記(B)が1〜15質量%であり、前記(C)と(D)との合計が2〜15質量%であることを特徴とする車両電装品用潤滑グリース組成物。
(2)前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンからなる群から選ばれる1種以上である(1)の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(3)前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンを含有する(2)の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(4)前記(C)が、ポリオールエステルである(1)〜(3)のいずれかに記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(5)前記(D)が、ジメチルシリコーン油中のメチル基の一部又は全部を、炭素数2以上のアルキル基又はフェニル基で置換したシリコーン油を含有する(1)〜(4)のいずれかの車両電装品用潤滑グリース組成物。
(6)さらに、(E)固体潤滑剤を含有する(1)〜(5)のいずれかの車両電装品用潤滑グリース組成物。
(7)前記(E)が、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートからなる群から選ばれる1種以上である(6)の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(8)車両のスタータのクラッチ用である(1)〜(7)のいずれかの車両電装品用潤滑グリース組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明の潤滑グリース組成物は、極圧条件下においても安定であり、且つ、耐久性に優れるため、車両電装品用として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実験例1における、潤滑グリースの摩擦特性を示すグラフ図である。
【図2】実験例1における、潤滑グリースの耐久性を示すグラフ図である。
【図3】実験例2における、潤滑グリースの摩擦特性を示すグラフ図である。
【図4】実験例3における、潤滑グリースの摩擦特性を示すグラフ図である。
【図5】実験例3における、潤滑グリースの起動時の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図6】実験例4における、潤滑グリースの滴点を示すグラフ図である。
【図7】実験例5における、潤滑グリース(5−1)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図8】実験例5における、潤滑グリース(5−2)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図9】実験例5における、潤滑グリース(5−3)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図10】実験例5における、潤滑グリース(5−4)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図11】実験例5における、潤滑グリース(5−5)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図12】実験例5における、潤滑グリース(5−6)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図13】実験例5における、潤滑グリース(5−7)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図14】松原式摩擦摩耗試験装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、車両電装品としては特に限定されるものではなく、モータ、スタータ、イグニッション等が挙げられる。なかでも、後述するように本発明の潤滑グリース組成物は極圧性能に優れるため、スタータのクラッチに用いられることが好ましい。
【0011】
本発明の車両電装品用潤滑グリース組成物は、(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、(B)イオウ系添加剤と、(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しないものである。
ここで、塩素系極圧添加剤としては、その構造内に塩素原子(Cl)を含有し、潤滑グリースの極圧性能の向上を目的として、潤滑グリースの基油に添加されるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、上記特許文献1に記載のテトラクロロフタル酸ジアルキルエステルや、クロレンド酸エステルや、塩化パラフィン等が挙げられる。
本発明の潤滑グリース組成物は、塩素系極圧添加剤を用いていないため、環境や人体に悪影響を及ぼすおそれがない。
【0012】
本発明において、(A)基油は、ジメチルシリコーン油又はメチルフェニルシリコーン油である。耐熱性及び耐酸化性に優れ、粘度の温度依存性が小さいジメチルシリコーン油又はメチルフェニルシリコーン油を用いることで、潤滑グリース組成物を広い温度範囲において使用可能なものとすることができる。
本発明の潤滑グリース組成物に対する、(A)基油の割合は、50質量%以上であることが好ましく、55質量%以上であることがより好ましく、60質量%以上であることがさらに好ましい。
【0013】
本発明において、(B)イオウ系添加剤は、イオウ原子(S)を含有する添加剤であれば特に限定されるものではないが、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンからなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。
【0014】
本発明において、チアジアゾール系添加剤とは、チアジアゾール環(5員環を構成する炭素原子に代えて、1つの硫黄原子(S)と、2つの窒素原子(N)とを有する)を含有する添加剤をいう。
チアジアゾール環としては、1,3,4−チオジアゾール環、1,2,4−チオジアゾール環、1,2,5−チオジアゾール環が挙げられる。
チオジアゾール系添加剤として具体的には、2,5−ビス(ヘプチルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ビス(ノニルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ビス(ドデシルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ビス(オクタデシルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール等の2,5−ビス(アルキルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール類が好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物がチアジアゾール系添加剤を含有する場合、全グリース組成物に対する、チアジアゾール系添加剤の割合は、1〜15質量%であることが好ましく、2〜15質量%であることがより好ましく、5〜10質量%であることがさらに好ましい。
【0015】
本発明において、硫化油脂系添加剤とは、油脂と硫黄との反応により得られる添加剤をいう。
本発明における硫化油脂系添加剤としては、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸等の脂肪酸と、アルコールとを反応させて得られる脂肪酸エステルを硫化して得られるものであることが好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物が硫化油脂系添加剤を含有する場合、全グリース組成物に対する、硫化油脂系添加剤の割合は、1〜10質量%であることが好ましく、1〜5質量%であることがより好ましく、2.5〜3.5質量%であることがさらに好ましい。
【0016】
本発明において、チオリン酸系添加剤とは、「−P(=S)−」を構造内に有する添加剤をいう。チオリン酸系添加剤としては、「−O−P(=S)−」で表されるチオリン酸エステルを構造内に有する化合物が挙げられ、チオリン酸エステルを有する化合物としては、下記一般式(B−3)で表される化合物が挙げられる。
[(R3O)(R4O)−P(=S)−S−]n−M ・・・(B−3)
[式中、R3、R4はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜20のアルキル基、又はアルケニル基を表す。なお、R3、R4の少なくともいずれか一方は、アルキル基、あんたはアルケニル基である。Mは亜鉛、ニッケル、銅、銀、又は鉛を表し、nはMの価数である。]
式中、Mの炭素数1〜20のアルキル基としては、直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基であることが好ましい。
式中、Mの炭素数1〜20のアルケニル基としては、直鎖状又は分岐鎖状のアルケニル基であることが好ましい。
【0017】
上記式(B−3)で表される化合物として具体的には、チオリン酸アルキル若しくはチオリン酸アルケニルのモノエステル金属塩、チオリン酸アルキル若しくはチオリン酸アルケニルのジエステル金属塩、ジチオリン酸アルキル若しくはジチオリン酸アルケニルのモノエステル金属塩、ジチオリン酸アルキル若しくはジチオリン酸アルケニルのジエステル金属塩等が挙げられる。
なかでも、本発明におけるチオリン酸系添加剤としては、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)が好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物がチオリン酸系添加剤を含有する場合、全グリース組成物に対する、チオリン酸系添加剤の割合は、0.5〜5質量%であることが好ましく、0.5〜3質量%であることがより好ましく、0.5〜2.0質量%であることがさらに好ましい。
【0018】
本発明において、有機モリブデンとは、二硫化モリブデン以外のモリブデン化合物をいう。有機モリブデンとして具体的には、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、ジアリルジチオカルバミン酸モリブデン、ジアルキルジチオリン酸モリブデン、ジアリルジチオリン酸モリブデン等が挙げられる。
なかでも、本発明における有機モリブデンとしては、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、又はジアルキルジチオリン酸モリブデンが好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物が有機モリブデンを含有する場合、全グリース組成物に対する、有機モリブデンの割合は、1〜10質量%であることが好ましく、1〜8質量%であることがより好ましく、1〜5質量%であることがさらに好ましい。
【0019】
本発明において、(B)イオウ系添加剤としては、上記イオウ系添加剤を1種単独で用いてもよく、上記イオウ系添加剤の2種以上を組み合わせて用いてもよい。なかでも、本発明における(B)イオウ系添加剤としては、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンの4種を含有することが好ましい。
本発明において、全グリース組成物に対する、(B)イオウ系添加剤の割合は、1〜15質量%であり、4〜13質量%であることが好ましく、5〜12質量%であることがより好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(B)イオウ系添加剤を含有することにより、従来の塩素系極圧剤を含有することなく、良好な極圧性能を発揮することができる。
【0020】
本発明において、(C)前記(B)に該当しないエステル系油は、特に限定されるものではないが、有機酸及びアルコールから製造されるモノエステル、ジエステル又はポリオールエステルであることが好ましい。
モノエステルとして具体的には、メチルオレエート、ブチルステアレート、オクチルパルミテート等が挙げられる。
ジエステルとして具体的には、ジオクチルアジペート、ジオクチルセバケート、ネオペンチルグリコールと脂肪酸とのエステル等が挙げられる。
ポリオールエステルとして具体的には、トリメチロールプロパントリカプレート、トリメチロールプロパントリオレエート、ペンタエリスリトールテトラヘプタノエート等が挙げられる。
なかでも、本発明におけるエステル系油としては、ポリオールエステルが好ましい。
本発明において、全グリース組成物に対する、(C)エステル系油の割合は、1〜15質量%であることが好ましく、3〜10質量%であることがより好ましく、5〜10質量%であることがさらに好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(C)エステル系油を含有することにより、極圧下以外の、低荷重下においても、良好な潤滑特性を示すことができる。
【0021】
本発明において、(D)前記(A)に該当しないバインダーは、アルキル変性シリコーンであることが好ましい。アルキル変性シリコーンとしては、上記(A)のジメチルシリコーン油中のメチル基の一部又は全部を、炭素数2以上のアルキル基で置換したシリコーン油であることが好ましい。炭素数2以上のアルキル基としては特に限定されるものではなく、炭素数2〜20の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基が好ましい。
本発明において、全グリース組成物に対する、(D)バインダーの割合は、1〜15質量%であることが好ましく、3〜10質量%であることがより好ましく、5〜10質量%であることがさらに好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(D)バインダーを含有することにより、前記(A)基油と、(B)イオウ系添加剤とを良好に混和することができる。
また、本発明において、全グリース組成物に対する、(C)エステル系油と(D)バインダーとの合計の割合は、2〜15質量%であり、3〜10質量%であることが好ましく、5〜10質量%であることがより好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(C)エステル系油と(D)バインダーとを含有することにより、全成分のバランスを取ることができる。
【0022】
本発明の潤滑グリース組成物は、前記(A)〜(D)に加えて、さらに、(E)固体潤滑剤を含有することが好ましい。
(E)固体潤滑剤としては、特に限定されるものではなく、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、メラミンシアヌレート、二硫化モリブテン、グラファイト、窒化ホウ素、二硫化タングステン、マイカ、フッ化黒鉛等が挙げられる。
なかでも、本発明における(E)固体潤滑剤としては、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートからなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。
本発明のグリース組成物が(E)固体潤滑剤を含有する場合、全グリース組成物に対する(E)固体潤滑剤の割合は、1〜10質量%であることが好ましく、2〜8質量%であることがより好ましく、4〜6質量%であることがさらに好ましい。特に、全グリース組成物に対して、2〜5質量%のPTFEと、2〜5質量%のメラミンシアヌレートとを組み合わせて用いることが好ましい。本発明のグリース組成物が、上記範囲内で(E)固体潤滑剤を含有することにより、グリースの滴点及び耐熱性を高めることができる。
【0023】
本発明の潤滑グリース組成物は、上記(A)〜(E)以外に、上記(A)〜(E)成分に該当しないその他の成分を含有していてもよい。その他の成分としては、(A)〜(E)成分を良好に混和するための界面活性剤等が挙げられる。
【実施例】
【0024】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
[実験例1]
本発明に係る潤滑グリース、又は塩素系極圧添加剤を用いた従来の潤滑グリースにおける、極圧特性及びグリース寿命について検討した。
【0026】
まず、以下の成分を混合し、本発明に係る潤滑グリース(1−1)(開発品)を製造した。
(A)フェニルメチルシリコーン油(基油)
(B)2,5−ビス(アルキルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール3.0質量部
硫化油脂脂肪酸エステル3.0質量部
ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)2.0質量部
ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP Prim.;ZnDTP(p))1.0質量部
ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP Sec.;ZnDTP(s))1.0質量部
(C)トリメチロールプロパン脂肪酸エステル(TMP)5.0質量部
(D)アルキル変性シリコーン(「TSF−4421」)5.0質量部
(E)PTFE2.5質量部
メラミンシアヌレート(MCA)2.5質量部
(その他)界面活性剤(ポリエーテル変性シリコーンラウリルPEG−9ポリジメチルシロキシエチルジメリコン)10.0質量部
【0027】
実施例1と同様にして、従来の潤滑グリース(1−2)(塩素系添加剤)を使用した。
【0028】
上記のようにして得られた(1−1)又は(1−2)の潤滑グリースを用いて、極圧特性及び耐久性を検討した。
極圧特性は、図14に示す松原式摩擦摩耗試験装置を用いて、3000Nの高荷重下における摩擦係数の変動によって評価した。具体的には、予め試験片等を取り付けていない状態で速度計11を用いて評価速度を設定した後、下部(可動)試験片6に、約2mLの評価グリースを均一に塗布し、上部(固定)試験片に温度測定用の熱電対を取り付け、評価グリース上に設置した。その後、荷重調整ハンドル1にて測定荷重を付加し、荷重用ロードセル2によりその値を随時確認しつつ測定を行い、摩擦力用アーム7を介した摩擦力用ロードセル8により摩擦係数(摩擦力)の測定を行った。
また、耐久性は、実際の自動車エンジンを用いて、一定回数作動後の残油量により評価した。
極圧特性の結果を図1に、耐久性の結果を図2に、それぞれグラフ図として示す。
【0029】
図1の結果から、本発明に係る(1−1)の潤滑グリースは、従来の(1−2)の潤滑グリースに比べて、高荷重下における初期からの摩擦係数(摩擦力)の変動が小さく、安定していることが分かる。また、図2の結果から、本発明に係る(1−1)の潤滑グリースは、従来の(1−2)の潤滑グリースに比べて、一定回数作動後においても油量の減少が小さく、耐久性に優れることが明らかである。
【0030】
[実験例2]
潤滑グリース組成物における、(B)イオウ系添加剤の含有割合と摩擦性能との関係について検討した。
まず、表1に示す成分を混合し、本発明に係る潤滑グリース(2−1)〜(2−7)を製造した。また、上記潤滑グリース(1−2)と同様に、従来の潤滑グリース(2−8)を用いた。
【0031】
【表1】
【0032】
上記のようにして得られた(2−1)〜(2−8)の潤滑グリースを用いて、摩擦特性を検討した。摩擦特性は、松原式摩擦摩耗試験装置を用いて、100N下における摩擦特性の変動によって評価した。結果を図3に示す。
図3の結果から、イオウ系添加剤を含有し、極圧(2−3)〜(2−7)の潤滑グリースは、従来の潤滑グリースと同様に、十分に低い摩擦特性を有していることが分かる。また、潤滑グリースは、(B)イオウ系添加剤が4〜14%含有される場合に、特に好ましい摩擦特性を示すことが明らかである。
【0033】
[実験例3]
潤滑グリース組成物における、(C)エステル系油及び(D)バインダーの含有割合と摩擦性能との関係について検討した。
まず、表2に示す成分を混合し、潤滑グリース(3−1)〜(3−4)を製造した。
【0034】
【表2】
【0035】
上記のようにして得られた(3−1)〜(3−4)の潤滑グリースを用いて、摩擦特性を検討した。摩擦特性は、松原式摩擦摩耗試験装置を用いて、2000N下における摩擦特性の変動によって評価した結果を図4に示す。また、起動時の摩擦係数を図5に示す。
図4〜5の結果から、本発明に係る(3−2)〜(3−4)の潤滑グリースは、(C)及び(D)を含有しない(3−1)の潤滑グリースに比べて、初期の摩擦係数が安定しており、潤滑グリースとして良好であった。
【0036】
[実験例4]
潤滑グリース組成物における、(E)固体潤滑剤の種類と滴点との関係について検討した。
まず、表3に示す成分を混合し、潤滑グリース(4−1)〜(4−4)を製造した。
【0037】
【表3】
【0038】
上記のようにして得られた(4−1)〜(4−4)の潤滑グリースを用いて、JIS K2220に順じ適点を測定した。結果を図6に示す。
図6の結果から、本発明に係る(4−2)〜(4−4)の潤滑グリースは、固体成分を含有させない(4−1)の潤滑グリースに比べて、滴点が高く、潤滑グリースとして良好であった。
【0039】
[実験例5]
潤滑グリース組成物における、(B)イオウ系添加剤の種類と摩擦特性との関係について検討した。
まず、表4に示す成分を混合し、潤滑グリース(5−1)〜(5−9)を製造した。
【0040】
【表4】
【0041】
上記のようにして得られた(5−1)〜(5−9)の潤滑グリースを用いて、摩擦特性を検討した。(5−1)〜(5−7)の高面圧下における摩擦特性は、上記試験装置を用いた100N下リングオンディスク試験にて測定した。(5−1)〜(5−7)の結果をそれぞれ、図7〜13にグラフ図として示す。また、(5−7)〜(5−9)は、起動時の摩擦係数を4900N下の高速四球試験により測定した。結果を表5に併記する。
図7〜13及び表4の結果から、本発明に係る(5−1)〜(5−9)の潤滑グリースは、いずれも初期からの摩擦係数(摩擦力)の変動が小さく、起動時の摩擦係数も十分に低いものであって、潤滑グリースとして良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の潤滑グリース組成物は、車両製造分野において好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0043】
1・・・荷重調整ハンドル
2・・・荷重用ロードセル
3・・・荷重スプリング
4・・・上部(固定)試験片
5・・・評価グリース
6・・・下部(可動)試験片
7・・・摩擦力用アーム
8・・・摩擦力用ロードセル
9・・・記録計
10・・・速度調整つまみ
11・・・速度計
12・・・駆動モータ
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両電装品用潤滑グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両電装品に用いられる潤滑グリースとしては、機能安定性が高いことから、シリコーン油を基油に用い、塩素系極圧添加剤を配合したものが用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、自動車等の車両の始動には、スタータが用いられている。スタータは、一般に、電導機(モータ)と、出力軸と、エンジンのリングギヤに噛み合うピニオンと、電導機への通電時にピニオンの移動を規制する電磁装置とを備える。電磁装置は、励磁コイルと、励磁コイルの通電に伴い、軸線方向に沿って移動する内側プランジャ及び外側プランジャと、これらプランジャ間に介装されたコイルバネとを有し、内側プランジャの移動は、クラッチを介してピニオンに伝達されるように構成されている。
ここで、このクラッチは、エンジンが始動し、リングギヤの回転速度がピニオンの回転速度を上回った際に、リングギヤによってピニオンが回されるのを防ぐオーバーランニング機能と、過大トルクが生じた際に滑ってトルクを逃がすトルクリミッタ機能とを有する。
さらに、クラッチは出力軸にヘリカルスプライン結合されており、出力軸と連れ回るようになっている。この連れ回りによって生じる慣性力により、クラッチがピニオンと一体となって軸線方向に沿って移動する。
このようなスタータのクラッチに用いられる潤滑グリースには、高い面圧に耐え得ること(極圧性能)が要求される。上記特許文献1に記載のような潤滑グリースは、耐久性及び極圧性能に優れることから、スタータクラッチにおいても多用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平2−21434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載のような従来の潤滑グリースの多くには、その極圧特性の向上のため、塩素系極圧添加剤が配合されているが、環境への配慮の観点から、最近では、塩素系極圧添加剤を用いずに、潤滑グリースの要求性能を満たす新たな潤滑グリースが求められている。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、塩素系極圧添加剤を用いずに、耐久性及び極圧性に優れる車両電装品用潤滑グリースを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、基油に、イオウ系添加剤と、エステル系油と、バインダーとを特定の比率で添加して得られる潤滑グリースが、塩素系極圧添加剤を用いた潤滑グリースと同等またはそれ以上の性能を示すことを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、下記の特徴を有する車両電装品用潤滑グリース組成物(以下、単に「潤滑グリース組成物」又は「グリース組成物」ということがある。)を提供するものである。
(1)(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、
(B)イオウ系添加剤と、
(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、
(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しない車両電装品用潤滑グリース組成物であって、
全潤滑グリース組成物に対して、前記(B)が1〜15質量%であり、前記(C)と(D)との合計が2〜15質量%であることを特徴とする車両電装品用潤滑グリース組成物。
(2)前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンからなる群から選ばれる1種以上である(1)の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(3)前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンを含有する(2)の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(4)前記(C)が、ポリオールエステルである(1)〜(3)のいずれかに記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(5)前記(D)が、ジメチルシリコーン油中のメチル基の一部又は全部を、炭素数2以上のアルキル基又はフェニル基で置換したシリコーン油を含有する(1)〜(4)のいずれかの車両電装品用潤滑グリース組成物。
(6)さらに、(E)固体潤滑剤を含有する(1)〜(5)のいずれかの車両電装品用潤滑グリース組成物。
(7)前記(E)が、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートからなる群から選ばれる1種以上である(6)の車両電装品用潤滑グリース組成物。
(8)車両のスタータのクラッチ用である(1)〜(7)のいずれかの車両電装品用潤滑グリース組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明の潤滑グリース組成物は、極圧条件下においても安定であり、且つ、耐久性に優れるため、車両電装品用として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実験例1における、潤滑グリースの摩擦特性を示すグラフ図である。
【図2】実験例1における、潤滑グリースの耐久性を示すグラフ図である。
【図3】実験例2における、潤滑グリースの摩擦特性を示すグラフ図である。
【図4】実験例3における、潤滑グリースの摩擦特性を示すグラフ図である。
【図5】実験例3における、潤滑グリースの起動時の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図6】実験例4における、潤滑グリースの滴点を示すグラフ図である。
【図7】実験例5における、潤滑グリース(5−1)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図8】実験例5における、潤滑グリース(5−2)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図9】実験例5における、潤滑グリース(5−3)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図10】実験例5における、潤滑グリース(5−4)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図11】実験例5における、潤滑グリース(5−5)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図12】実験例5における、潤滑グリース(5−6)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図13】実験例5における、潤滑グリース(5−7)の摩擦特性を示すグラフ図である。
【図14】松原式摩擦摩耗試験装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、車両電装品としては特に限定されるものではなく、モータ、スタータ、イグニッション等が挙げられる。なかでも、後述するように本発明の潤滑グリース組成物は極圧性能に優れるため、スタータのクラッチに用いられることが好ましい。
【0011】
本発明の車両電装品用潤滑グリース組成物は、(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、(B)イオウ系添加剤と、(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しないものである。
ここで、塩素系極圧添加剤としては、その構造内に塩素原子(Cl)を含有し、潤滑グリースの極圧性能の向上を目的として、潤滑グリースの基油に添加されるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、上記特許文献1に記載のテトラクロロフタル酸ジアルキルエステルや、クロレンド酸エステルや、塩化パラフィン等が挙げられる。
本発明の潤滑グリース組成物は、塩素系極圧添加剤を用いていないため、環境や人体に悪影響を及ぼすおそれがない。
【0012】
本発明において、(A)基油は、ジメチルシリコーン油又はメチルフェニルシリコーン油である。耐熱性及び耐酸化性に優れ、粘度の温度依存性が小さいジメチルシリコーン油又はメチルフェニルシリコーン油を用いることで、潤滑グリース組成物を広い温度範囲において使用可能なものとすることができる。
本発明の潤滑グリース組成物に対する、(A)基油の割合は、50質量%以上であることが好ましく、55質量%以上であることがより好ましく、60質量%以上であることがさらに好ましい。
【0013】
本発明において、(B)イオウ系添加剤は、イオウ原子(S)を含有する添加剤であれば特に限定されるものではないが、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンからなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。
【0014】
本発明において、チアジアゾール系添加剤とは、チアジアゾール環(5員環を構成する炭素原子に代えて、1つの硫黄原子(S)と、2つの窒素原子(N)とを有する)を含有する添加剤をいう。
チアジアゾール環としては、1,3,4−チオジアゾール環、1,2,4−チオジアゾール環、1,2,5−チオジアゾール環が挙げられる。
チオジアゾール系添加剤として具体的には、2,5−ビス(ヘプチルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ビス(ノニルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ビス(ドデシルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ビス(オクタデシルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール等の2,5−ビス(アルキルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール類が好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物がチアジアゾール系添加剤を含有する場合、全グリース組成物に対する、チアジアゾール系添加剤の割合は、1〜15質量%であることが好ましく、2〜15質量%であることがより好ましく、5〜10質量%であることがさらに好ましい。
【0015】
本発明において、硫化油脂系添加剤とは、油脂と硫黄との反応により得られる添加剤をいう。
本発明における硫化油脂系添加剤としては、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸等の脂肪酸と、アルコールとを反応させて得られる脂肪酸エステルを硫化して得られるものであることが好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物が硫化油脂系添加剤を含有する場合、全グリース組成物に対する、硫化油脂系添加剤の割合は、1〜10質量%であることが好ましく、1〜5質量%であることがより好ましく、2.5〜3.5質量%であることがさらに好ましい。
【0016】
本発明において、チオリン酸系添加剤とは、「−P(=S)−」を構造内に有する添加剤をいう。チオリン酸系添加剤としては、「−O−P(=S)−」で表されるチオリン酸エステルを構造内に有する化合物が挙げられ、チオリン酸エステルを有する化合物としては、下記一般式(B−3)で表される化合物が挙げられる。
[(R3O)(R4O)−P(=S)−S−]n−M ・・・(B−3)
[式中、R3、R4はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜20のアルキル基、又はアルケニル基を表す。なお、R3、R4の少なくともいずれか一方は、アルキル基、あんたはアルケニル基である。Mは亜鉛、ニッケル、銅、銀、又は鉛を表し、nはMの価数である。]
式中、Mの炭素数1〜20のアルキル基としては、直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基であることが好ましい。
式中、Mの炭素数1〜20のアルケニル基としては、直鎖状又は分岐鎖状のアルケニル基であることが好ましい。
【0017】
上記式(B−3)で表される化合物として具体的には、チオリン酸アルキル若しくはチオリン酸アルケニルのモノエステル金属塩、チオリン酸アルキル若しくはチオリン酸アルケニルのジエステル金属塩、ジチオリン酸アルキル若しくはジチオリン酸アルケニルのモノエステル金属塩、ジチオリン酸アルキル若しくはジチオリン酸アルケニルのジエステル金属塩等が挙げられる。
なかでも、本発明におけるチオリン酸系添加剤としては、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)が好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物がチオリン酸系添加剤を含有する場合、全グリース組成物に対する、チオリン酸系添加剤の割合は、0.5〜5質量%であることが好ましく、0.5〜3質量%であることがより好ましく、0.5〜2.0質量%であることがさらに好ましい。
【0018】
本発明において、有機モリブデンとは、二硫化モリブデン以外のモリブデン化合物をいう。有機モリブデンとして具体的には、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、ジアリルジチオカルバミン酸モリブデン、ジアルキルジチオリン酸モリブデン、ジアリルジチオリン酸モリブデン等が挙げられる。
なかでも、本発明における有機モリブデンとしては、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、又はジアルキルジチオリン酸モリブデンが好ましい。
本発明の潤滑グリース組成物が有機モリブデンを含有する場合、全グリース組成物に対する、有機モリブデンの割合は、1〜10質量%であることが好ましく、1〜8質量%であることがより好ましく、1〜5質量%であることがさらに好ましい。
【0019】
本発明において、(B)イオウ系添加剤としては、上記イオウ系添加剤を1種単独で用いてもよく、上記イオウ系添加剤の2種以上を組み合わせて用いてもよい。なかでも、本発明における(B)イオウ系添加剤としては、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンの4種を含有することが好ましい。
本発明において、全グリース組成物に対する、(B)イオウ系添加剤の割合は、1〜15質量%であり、4〜13質量%であることが好ましく、5〜12質量%であることがより好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(B)イオウ系添加剤を含有することにより、従来の塩素系極圧剤を含有することなく、良好な極圧性能を発揮することができる。
【0020】
本発明において、(C)前記(B)に該当しないエステル系油は、特に限定されるものではないが、有機酸及びアルコールから製造されるモノエステル、ジエステル又はポリオールエステルであることが好ましい。
モノエステルとして具体的には、メチルオレエート、ブチルステアレート、オクチルパルミテート等が挙げられる。
ジエステルとして具体的には、ジオクチルアジペート、ジオクチルセバケート、ネオペンチルグリコールと脂肪酸とのエステル等が挙げられる。
ポリオールエステルとして具体的には、トリメチロールプロパントリカプレート、トリメチロールプロパントリオレエート、ペンタエリスリトールテトラヘプタノエート等が挙げられる。
なかでも、本発明におけるエステル系油としては、ポリオールエステルが好ましい。
本発明において、全グリース組成物に対する、(C)エステル系油の割合は、1〜15質量%であることが好ましく、3〜10質量%であることがより好ましく、5〜10質量%であることがさらに好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(C)エステル系油を含有することにより、極圧下以外の、低荷重下においても、良好な潤滑特性を示すことができる。
【0021】
本発明において、(D)前記(A)に該当しないバインダーは、アルキル変性シリコーンであることが好ましい。アルキル変性シリコーンとしては、上記(A)のジメチルシリコーン油中のメチル基の一部又は全部を、炭素数2以上のアルキル基で置換したシリコーン油であることが好ましい。炭素数2以上のアルキル基としては特に限定されるものではなく、炭素数2〜20の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基が好ましい。
本発明において、全グリース組成物に対する、(D)バインダーの割合は、1〜15質量%であることが好ましく、3〜10質量%であることがより好ましく、5〜10質量%であることがさらに好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(D)バインダーを含有することにより、前記(A)基油と、(B)イオウ系添加剤とを良好に混和することができる。
また、本発明において、全グリース組成物に対する、(C)エステル系油と(D)バインダーとの合計の割合は、2〜15質量%であり、3〜10質量%であることが好ましく、5〜10質量%であることがより好ましい。本発明のグリース組成物は、上記範囲内で(C)エステル系油と(D)バインダーとを含有することにより、全成分のバランスを取ることができる。
【0022】
本発明の潤滑グリース組成物は、前記(A)〜(D)に加えて、さらに、(E)固体潤滑剤を含有することが好ましい。
(E)固体潤滑剤としては、特に限定されるものではなく、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、メラミンシアヌレート、二硫化モリブテン、グラファイト、窒化ホウ素、二硫化タングステン、マイカ、フッ化黒鉛等が挙げられる。
なかでも、本発明における(E)固体潤滑剤としては、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートからなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。
本発明のグリース組成物が(E)固体潤滑剤を含有する場合、全グリース組成物に対する(E)固体潤滑剤の割合は、1〜10質量%であることが好ましく、2〜8質量%であることがより好ましく、4〜6質量%であることがさらに好ましい。特に、全グリース組成物に対して、2〜5質量%のPTFEと、2〜5質量%のメラミンシアヌレートとを組み合わせて用いることが好ましい。本発明のグリース組成物が、上記範囲内で(E)固体潤滑剤を含有することにより、グリースの滴点及び耐熱性を高めることができる。
【0023】
本発明の潤滑グリース組成物は、上記(A)〜(E)以外に、上記(A)〜(E)成分に該当しないその他の成分を含有していてもよい。その他の成分としては、(A)〜(E)成分を良好に混和するための界面活性剤等が挙げられる。
【実施例】
【0024】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
[実験例1]
本発明に係る潤滑グリース、又は塩素系極圧添加剤を用いた従来の潤滑グリースにおける、極圧特性及びグリース寿命について検討した。
【0026】
まず、以下の成分を混合し、本発明に係る潤滑グリース(1−1)(開発品)を製造した。
(A)フェニルメチルシリコーン油(基油)
(B)2,5−ビス(アルキルジチオ)−1,3,4−チアジアゾール3.0質量部
硫化油脂脂肪酸エステル3.0質量部
ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)2.0質量部
ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP Prim.;ZnDTP(p))1.0質量部
ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP Sec.;ZnDTP(s))1.0質量部
(C)トリメチロールプロパン脂肪酸エステル(TMP)5.0質量部
(D)アルキル変性シリコーン(「TSF−4421」)5.0質量部
(E)PTFE2.5質量部
メラミンシアヌレート(MCA)2.5質量部
(その他)界面活性剤(ポリエーテル変性シリコーンラウリルPEG−9ポリジメチルシロキシエチルジメリコン)10.0質量部
【0027】
実施例1と同様にして、従来の潤滑グリース(1−2)(塩素系添加剤)を使用した。
【0028】
上記のようにして得られた(1−1)又は(1−2)の潤滑グリースを用いて、極圧特性及び耐久性を検討した。
極圧特性は、図14に示す松原式摩擦摩耗試験装置を用いて、3000Nの高荷重下における摩擦係数の変動によって評価した。具体的には、予め試験片等を取り付けていない状態で速度計11を用いて評価速度を設定した後、下部(可動)試験片6に、約2mLの評価グリースを均一に塗布し、上部(固定)試験片に温度測定用の熱電対を取り付け、評価グリース上に設置した。その後、荷重調整ハンドル1にて測定荷重を付加し、荷重用ロードセル2によりその値を随時確認しつつ測定を行い、摩擦力用アーム7を介した摩擦力用ロードセル8により摩擦係数(摩擦力)の測定を行った。
また、耐久性は、実際の自動車エンジンを用いて、一定回数作動後の残油量により評価した。
極圧特性の結果を図1に、耐久性の結果を図2に、それぞれグラフ図として示す。
【0029】
図1の結果から、本発明に係る(1−1)の潤滑グリースは、従来の(1−2)の潤滑グリースに比べて、高荷重下における初期からの摩擦係数(摩擦力)の変動が小さく、安定していることが分かる。また、図2の結果から、本発明に係る(1−1)の潤滑グリースは、従来の(1−2)の潤滑グリースに比べて、一定回数作動後においても油量の減少が小さく、耐久性に優れることが明らかである。
【0030】
[実験例2]
潤滑グリース組成物における、(B)イオウ系添加剤の含有割合と摩擦性能との関係について検討した。
まず、表1に示す成分を混合し、本発明に係る潤滑グリース(2−1)〜(2−7)を製造した。また、上記潤滑グリース(1−2)と同様に、従来の潤滑グリース(2−8)を用いた。
【0031】
【表1】
【0032】
上記のようにして得られた(2−1)〜(2−8)の潤滑グリースを用いて、摩擦特性を検討した。摩擦特性は、松原式摩擦摩耗試験装置を用いて、100N下における摩擦特性の変動によって評価した。結果を図3に示す。
図3の結果から、イオウ系添加剤を含有し、極圧(2−3)〜(2−7)の潤滑グリースは、従来の潤滑グリースと同様に、十分に低い摩擦特性を有していることが分かる。また、潤滑グリースは、(B)イオウ系添加剤が4〜14%含有される場合に、特に好ましい摩擦特性を示すことが明らかである。
【0033】
[実験例3]
潤滑グリース組成物における、(C)エステル系油及び(D)バインダーの含有割合と摩擦性能との関係について検討した。
まず、表2に示す成分を混合し、潤滑グリース(3−1)〜(3−4)を製造した。
【0034】
【表2】
【0035】
上記のようにして得られた(3−1)〜(3−4)の潤滑グリースを用いて、摩擦特性を検討した。摩擦特性は、松原式摩擦摩耗試験装置を用いて、2000N下における摩擦特性の変動によって評価した結果を図4に示す。また、起動時の摩擦係数を図5に示す。
図4〜5の結果から、本発明に係る(3−2)〜(3−4)の潤滑グリースは、(C)及び(D)を含有しない(3−1)の潤滑グリースに比べて、初期の摩擦係数が安定しており、潤滑グリースとして良好であった。
【0036】
[実験例4]
潤滑グリース組成物における、(E)固体潤滑剤の種類と滴点との関係について検討した。
まず、表3に示す成分を混合し、潤滑グリース(4−1)〜(4−4)を製造した。
【0037】
【表3】
【0038】
上記のようにして得られた(4−1)〜(4−4)の潤滑グリースを用いて、JIS K2220に順じ適点を測定した。結果を図6に示す。
図6の結果から、本発明に係る(4−2)〜(4−4)の潤滑グリースは、固体成分を含有させない(4−1)の潤滑グリースに比べて、滴点が高く、潤滑グリースとして良好であった。
【0039】
[実験例5]
潤滑グリース組成物における、(B)イオウ系添加剤の種類と摩擦特性との関係について検討した。
まず、表4に示す成分を混合し、潤滑グリース(5−1)〜(5−9)を製造した。
【0040】
【表4】
【0041】
上記のようにして得られた(5−1)〜(5−9)の潤滑グリースを用いて、摩擦特性を検討した。(5−1)〜(5−7)の高面圧下における摩擦特性は、上記試験装置を用いた100N下リングオンディスク試験にて測定した。(5−1)〜(5−7)の結果をそれぞれ、図7〜13にグラフ図として示す。また、(5−7)〜(5−9)は、起動時の摩擦係数を4900N下の高速四球試験により測定した。結果を表5に併記する。
図7〜13及び表4の結果から、本発明に係る(5−1)〜(5−9)の潤滑グリースは、いずれも初期からの摩擦係数(摩擦力)の変動が小さく、起動時の摩擦係数も十分に低いものであって、潤滑グリースとして良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の潤滑グリース組成物は、車両製造分野において好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0043】
1・・・荷重調整ハンドル
2・・・荷重用ロードセル
3・・・荷重スプリング
4・・・上部(固定)試験片
5・・・評価グリース
6・・・下部(可動)試験片
7・・・摩擦力用アーム
8・・・摩擦力用ロードセル
9・・・記録計
10・・・速度調整つまみ
11・・・速度計
12・・・駆動モータ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、
(B)イオウ系添加剤と、
(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、
(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しない車両電装品用潤滑グリース組成物であって、
全潤滑グリース組成物に対して、前記(B)が1〜15質量%であり、前記(C)と(D)との合計が2〜15質量%であることを特徴とする車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項2】
前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンからなる群から選ばれる1種以上である請求項1に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項3】
前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンを含有する請求項2に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項4】
前記(C)が、ポリオールエステルである請求項1〜3のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項5】
前記(D)が、ジメチルシリコーン油中のメチル基の一部又は全部を、炭素数2以上のアルキル基又はフェニル基で置換したシリコーン油を含有する請求項1〜4のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項6】
さらに、(E)固体潤滑剤を含有する請求項1〜5のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項7】
前記(E)が、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートからなる群から選ばれる1種以上である請求項6に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項8】
車両のスタータのクラッチ用である請求項1〜7のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項1】
(A)基油である、ジメチルシリコーン油、又はメチルフェニルシリコーン油と、
(B)イオウ系添加剤と、
(C)前記(B)に該当しないエステル系油と、
(D)前記(A)に該当しないバインダーと、を含有し、塩素系極圧添加剤を含有しない車両電装品用潤滑グリース組成物であって、
全潤滑グリース組成物に対して、前記(B)が1〜15質量%であり、前記(C)と(D)との合計が2〜15質量%であることを特徴とする車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項2】
前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンからなる群から選ばれる1種以上である請求項1に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項3】
前記(B)が、チアジアゾール系添加剤、硫化油脂系添加剤、チオリン酸系添加剤、及び有機モリブデンを含有する請求項2に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項4】
前記(C)が、ポリオールエステルである請求項1〜3のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項5】
前記(D)が、ジメチルシリコーン油中のメチル基の一部又は全部を、炭素数2以上のアルキル基又はフェニル基で置換したシリコーン油を含有する請求項1〜4のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項6】
さらに、(E)固体潤滑剤を含有する請求項1〜5のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項7】
前記(E)が、ポリテトラフルオロエチレン、及びメラミンシアヌレートからなる群から選ばれる1種以上である請求項6に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【請求項8】
車両のスタータのクラッチ用である請求項1〜7のいずれか一項に記載の車両電装品用潤滑グリース組成物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2013−18857(P2013−18857A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152797(P2011−152797)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000144027)株式会社ミツバ (2,083)
【出願人】(390022275)株式会社ニッペコ (25)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000144027)株式会社ミツバ (2,083)
【出願人】(390022275)株式会社ニッペコ (25)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]