説明

軟磁性合金粉末およびこれを用いた磁性部品

【課題】 高飽和磁束密度でナノスケールの結晶粒からなるFe基の軟磁性合金粉末ならびにこの合金粉末からなる優れた特性を示す磁性部品を提供する。
【解決手段】 組成式:Fe100-x-y-zCuBSi(但し、原子%で、1<x<2、10≦y≦20、0<z≦9、10<y+z≦24)により表され、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上である軟磁性合金粉末であって、平均粒径30nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で0%超30%未満で分散した組織を有するFe基合金薄帯あるいはFe基合金薄片を粉砕および熱処理をすることにより得られる軟磁性合金粉末である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種トランス、リアクトル・チョークコイル、ノイズ対策部品、レーザ電源や加速器などに用いられるパルスパワー磁性部品、通信用パルストランス、モータ磁心、発電機、磁気センサ、アンテナ磁心、電流センサ、磁気シールド、電磁波吸収シート、ヨーク材等に用いられるナノスケールの微細な結晶粒を含む高飽和磁束密度でかつ優れた軟磁気特性を示し、特に粉末製造が容易であり、粉末用として優れた磁気特性を示す軟磁性合金粉末およびこれを用いた磁性部品に関する。
【背景技術】
【0002】
各種トランス、モータ、発電機、リアクトル・チョ−クコイル、ノイズ対策部品、レーザ電源、加速器用パルスパワー磁性部品、各種センサ、磁気シールドや磁気回路用ヨーク等に用いられる軟磁性材料としては、珪素鋼、フェライト、非晶質合金、FeCuNbSiB系合金やFeZrB系合金に代表されるFe基ナノ結晶合金等が知られている。フェライト材料は飽和磁束密度が低くキュリー温度が低いため、大きな動作磁束密度で設計されるハイパワー装置に用いられる磁性部品の磁心材料に使用した場合、磁心サイズが大きくなる問題や金属系軟磁性材料に比べて温度特性が劣る問題がある。珪素鋼は、材料が安価で磁束密度が高く低周波の用途では小型化の面で有利であるが、磁心損失が大きいという問題があり、特に高周波の用途では渦電流損失が増加し磁心損失が著しく大きくなる問題がある。Fe基やCo基の非晶質合金(アモルファス合金)は、通常液相や気相から超急冷し製造され、結晶粒が存在しないために本質的に結晶磁気異方性が存在せず優れた軟磁気特性を示すことが知られており、低損失で透磁率が高いため、電力用変圧器、チョークコイル、磁気ヘッドや電流センサなどの磁心材料として使用されている。また、通常非晶質合金の板厚は5μm〜50μm程度であり、渦電流損失が低いため高周波の応用にも適している。しかし、Fe基非晶質合金は磁歪が大きく騒音や樹脂などで含浸した場合に樹脂含浸により発生する応力により磁気特性が劣化する問題がある。また、飽和磁束密度はCoなど高価な元素を多量に添加したFeCo系非晶質合金において1.7Tを超える更に高い飽和磁束密度が得られているが、高価なCoを多量に含むため材料価格が上昇する問題や磁歪が更に大きくなり満足できる特性ではない。一方、Co基非晶質合金は低磁歪で高透磁率であるが、飽和磁束密度が1T以下と低く、直流が重畳する用途や低周波の用途では磁心が大きくなってしまう問題や経時変化が大きい問題がある。また、高価なCoを多量に含むため材料価格を安くすることは困難であり用途が限定されている。
【0003】
Fe基ナノ結晶合金は、Co基非晶質合金に匹敵する優れた軟磁気特性とFe基非晶質合金に匹敵する高い飽和磁束密度を示すことが知られており、コモンモ−ドチョ−クコイルなどのノイズ対策部品、高周波トランス、パルストランス、電流センサ等の磁心に使用されている。代表的組成系は特公平4-4393号公報や特開平1−242755号公報に記載のFe−Cu−(Nb,Ti,Zr,Hf,Mo,W,Ta)−Si−B系合金やFe−Cu−(Nb,Ti,Zr,Hf,Mo,W,Ta)−B系合金等が知られている。これらのFe基ナノ結晶合金は、通常液相や気相から急冷し非晶質合金とした後、これを熱処理により微結晶化することにより作製されている。液相から急冷する方法としては単ロ−ル法、双ロ−ル法、遠心急冷法、回転液中紡糸法、アトマイズ法やキャビテーション法等が知られている。また、気相から急冷する方法としては、スパッタ法、蒸着法、イオンプレ−ティング法等が知られている。Fe基ナノ結晶合金はこれらの方法により作製した非晶質合金を微結晶化したもので、非晶質合金にみられるような熱的不安定性がほとんどなく、Fe系非晶質合金と同程度の高い飽和磁束密度と低磁歪で優れた軟磁気特性を示すことが知られている。更にナノ結晶合金は経時変化が小さく、温度特性にも優れていることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平4−4393号公報(第5頁右欄31行目〜43行目、図1)
【特許文献2】特開平1−242755号公報(第3頁左上欄15〜右上欄5行目)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、非晶質合金やナノ結晶合金は一般的には薄帯で製造されるので、巻磁心などの形状で一般的には使用され、これらの合金薄帯から製造された磁心は形状的な制約がある。このため、アトマイズ法により作製されたこれらの磁性合金粉末を固めた圧粉磁心や、樹脂と複合した磁性複合シートなどが開発されている。また、これらの合金薄帯を熱処理により脆化させて粉砕し製造した粉末を用いて同様な磁性部品製造も検討されている。
しかしながら、従来の粉末用軟磁性合金には、次のような課題がある。鉄や珪素鋼など磁性粉末は高い磁束密度を有しているが、結晶磁気異方性が大きいためヒステリシスが大きく、これらを用いた磁性部品は損失が大きくなる問題がある。
【0006】
Fe基非晶質合金の飽和磁束密度Bsは、Coなどの高価な元素を添加しない場合、飽和磁束密度を上昇させるためにFe量を増加するとキュリー温度が低下し、室温における飽和磁束密度Bsが1.7Tを超えるのは困難である。このため、Fe基非晶質合金からなる粉末は、直流重畳特性が要求されるリアクトル(パワーチョーク)などの用途では、磁心体積が増加する課題がある。また、磁歪が大きいために応力による特性劣化や振動の問題、可聴周波数で励磁すると騒音が大きい問題がある。また、Fe基非晶質合金薄帯は、一般的には熱処理前の靭性が良好であり、そのままでは粉末製造が困難である。このため、通常熱処理を行ない脆化させた後に粉砕処理を行ない粉末にする必要がある。しかし、このような処理を行うと加工時の応力が残留するため、特性を向上するためには再度熱処理を行うことが望ましく、工程が増え、コストも上昇する。
【0007】
Fe−Cu−(Nb,Ti,Zr,Hf,Mo,W,Ta)−Si−B系合金やFe−Cu−(Nb,Ti,Zr,Hf,Mo,W,Ta)−B系合金に代表される従来のFe基ナノ結晶軟磁性合金は、Coを添加しない合金ではFe基非晶質合金と同様室温における飽和磁束密度が1.7T未満であり、熱処理を行ない脆化させたナノ結晶合金薄帯を粉砕して作製した粉末で圧粉磁心などを作製した場合、磁心体積が増加する問題があり、更に高飽和磁束密度で粉末作製が容易な合金が望まれている。従来のFe−Cu−(Nb,Ti,Zr,Hf,Mo,W,Ta)−Si−B系合金やFe−Cu−(Nb,Ti,Zr,Hf,Mo,W,Ta)−B系合金は、一旦全体が非晶質相である合金を製造した後、熱処理を行ないナノ結晶化させることにより製造される。Cuは、熱処理によりクラスタを形成し、これが体心立方構造の結晶相(bcc相)の不均一核形成サイトとなり、更にNbなどの元素が非晶質層を安定化させ、bcc相の結晶粒成長を抑え、ナノ結晶粒が分散したナノ結晶合金が実現するために、優れた軟磁気特性が得られると考えられている。しかし、非磁性元素であるNbを数%以上含むため、FeCuNbSiB系やFeCuNbB系など前述の従来タイプのFe基ナノ結晶材料で1.7T以上にすることは困難である。しかしながら、非晶質化後、熱処理によりナノ結晶化させる従来の製造方法では、Nbなどを減らすと結晶粒が粗大になり、軟磁気特性が大幅に劣化する問題があり、熱処理前に生ずる結晶粒は、結晶粒径が大きく、熱処理後の軟磁気特性を劣化させるため、できる限り急冷後の熱処理前の合金中には結晶が存在せず、完全な非晶質状態を実現する方が望ましいことが知られていた。このため、単ロール法などの超急冷法で完全な非晶質合金を製造するためには、Fe量をあまり増加することはできず、高飽和磁束密度化と軟磁気特性の両立には限界があった。
また、Fe−BやFe−Si−B系に代表されるFe基非晶質合金を結晶化させると、飽和磁束密度は上昇するが、結晶粒が粗大化してしまい、軟磁性が著しく劣化する問題がある。
また、Fe−B系やFe−Si−B系でFe量を増加し、直接結晶材を製造すると、化合物相の形成や体心立方構造のFe相(bccFe相)の結晶粒が粗大化し、軟磁性が得られない。
【0008】
また、Fe基非晶質合金薄帯は、一般的に熱処理前は靭性に優れており、粉砕して粉末製造するためには、一旦熱処理を行ない合金を脆化させる必要がある。この粉砕プロセス中に合金中に応力が発生し軟磁気特性が劣化するため、軟磁気特性を回復させるためには、更に熱処理を行う必要があり工程が増えるという問題がある。また、Fe基非晶質合金は、加工や加圧工程で生ずる内部応力をその後の熱処理により十分に緩和させることが困難であり、十分な軟磁性が得られない。
【0009】
以上のように、従来のFe基ナノ結晶軟磁性合金やFe基非晶質合金の飽和磁束密度は1.7T未満であり更なる向上が必要である。また、超急冷法により製造されたFe基非晶質合金薄帯は一般的には靭性が良好であり180°曲げが可能であるため、粉末用として使用する場合は熱処理などの工程を粉末製造前に実施する必要があり工数が増加する。
一方、Fe−Si合金などの高Bsの結晶材料は軟磁性が劣るという問題があり、従来のFe基ナノ結晶軟磁性合金やFe基非晶質合金よりも高飽和磁束密度で珪素鋼板よりも磁心損失が低く優れた軟磁気特性を示し、粉末製造に適する軟磁性合金、その製造方法ならびに優れた特性を示す磁性部品の実現が強く望まれている。
そこで、本発明は高飽和磁束密度でナノスケールの結晶粒からなるFe基の軟磁性合金粉末ならびにこの合金粉末からなる優れた特性を示す磁性部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、組成式:Fe100-x-yCuB(但し、原子%で、1<x<2、10≦y≦20)により表され、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上である軟磁性合金粉末であって、平均粒径30nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で0%超30%未満で分散した組織を有し、180゜折曲げにより破断するFe基合金薄帯あるいはFe基合金薄片を得て、これを粉砕および熱処理をすることにより得られる軟磁性合金粉末である。
【0011】
また、本発明は、組成式:Fe100-x-y-zCuBSi(但し、原子%で、1<x<2、10≦y≦20、0<z≦9、10<y+z≦24)により表され、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上である軟磁性合金粉末であって、平均粒径30nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で0%超30%未満で分散した組織を有し、180゜折曲げにより破断するFe基合金薄帯あるいはFe基合金薄片を得て、これを粉砕および熱処理をすることにより得られることを特徴とする軟磁性合金粉末である。
【0012】
結晶粒の体積比は、線分法、すなわち顕微鏡組織中に任意の直線を想定しそのテストラインの長さをLt、結晶相により占められる線の長さLcを測定し、結晶粒により占められる線の長さの割合LL=Lc/Ltを求めることにより求められる。ここで、結晶粒の体積比VV=LLである。
【0013】
本発明において、軟磁性合金粉末が3原子%以下のCu、Auから選ばれた少なくとも1種の元素を含む場合、非晶質母相中に平均粒径30 nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で0%超30%未満で分散した組織を実現しやすい。また、熱処理前の段階で合金が脆化し、180°曲げが困難となる。このため、熱処理前の段階で合金薄帯や薄片の粉砕が容易であり、熱処理せずに粉末製造が可能である。Cu、Auから選ばれた少なくとも1種の元素を含む場合、急冷後の熱処理前の合金中にCuやAu濃度の高い非晶質状態のクラスタや面心立方構造(fcc構造)の結晶粒が存在する場合がある。特にCu、Auから選ばれた少なくとも1種の元素を1原子%超、2原子%未満の場合、優れた軟磁気特性が得られ、熱処理前の段階で合金がより脆化しているため粉末用合金としてより好ましい結果が得られる。
【0014】
本発明の合金粉末において、より好ましい結晶粒の平均粒径は、30nm以下、より好ましい結晶粒の体積分率は50%以上である。この範囲で、より軟磁性が優れ、Fe基非晶質合金に比べて磁歪の低い合金を実現できる。飽和磁束密度が1.5Tから1.65T程度の一般的なFe基非晶質合金の飽和磁歪定数λsは25〜30×10-6程度であるが、本発明の合金粉末では15×10-6以下にすることができ1.5T以上の比較的高い飽和磁束密度を有するFe基非晶質合金よりも低磁歪である。組成熱処理条件を選べば+10×10-6以下とすることができる。
【0015】
軟磁性合金粉末が77原子%以上のFeを含む場合、高飽和磁束密度の軟磁性合金粉末を製造可能であるため、より好ましい結果が得られる。
【0016】
本発明の軟磁性合金粉末において、B、Si、P、CおよびGeから選ばれた少なくとも1種の半金属元素を含むことができる。軟磁性合金粉末がB、Si、P、CおよびGeから選ばれた少なくとも1種の半金属元素を含む場合、溶湯を急冷することにより非晶質化が可能であり、平均粒径30 nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率30%未満で分散した組織を実現できる。
【0017】
Bは組織を微細化し優れた軟磁性を実現するのに有効な元素である。Bを10原子%以上20原子%以下含む場合、より優れた磁気特性が実現され、より好ましい結果が得られる。Bが10原子%未満あるいは20原子%を超えると軟磁性が劣化するため好ましくない。
Cuは結晶粒の微細化や軟磁性向上、粉末製造を容易にする効果がある。Cu量が3原子%を超えると軟磁性が劣化し好ましくない。Cuは、熱処理前の合金の脆化を助長する効果があり、Cuを含むことにより急冷状態の熱処理前の合金が180°折り曲げにより破断しやすくなる。また、高い飽和磁束密度を実現する観点からCuとB量の和は、x+y<23とすることが好ましい。
軟磁性合金粉末のCu量xが0.5≦x≦2である場合、熱処理前の段階で非晶質中に平均粒径30 nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率30%未満で分散した組織を容易に実現し、熱処理後に特に優れた軟磁気特性を実現でき、より好ましい結果が得られる。特に好ましいCu量xの範囲は1<x≦2である。この範囲で特に熱処理前の段階で180°折り曲げにより破断しやすくなり、粉末用合金薄帯、薄片として適した性質を示す。Cuの効果は十分明らかになっていないが、Cuクラスタあるいはfcc Cuがbcc
Fe結晶粒の生成に寄与しているとと考えられる。Cuクラスタあるいはfcc Cuがbcc結晶の不均一核生成サイトになっている可能性がある。
【0018】
軟磁性合金粉末の組成が、組成式:Fe100-x-y-zCuBSi(但し、原子%で、1<x<2、 10≦y≦20、 0<z≦9、10<y+z≦24)により表され、組織の少なくとも一部が結晶粒径60nm以下(0を含まず)の結晶粒である合金は、飽和磁束密度が1.7T以上で、かつ特に軟磁性に優れ、磁気特性のばらつきが小さく合金の製造性に優れた合金を実現できる。Cuは結晶粒微細化や軟磁性向上、粉末製造を容易にする効果がある。Cu量が3原子%を超えると軟磁性が劣化し好ましくない。Cuは、熱処理前の合金の脆化を助長する効果があり、Cuを含むことにより180°折り曲げにより破断しやすくなる。Bは組織を微細化し優れた軟磁性を実現するのに有効な元素であり、B量yが10≦y≦20である場合より好ましい結果が得られる。Bが10原子%未満あるいは20原子%を超えると軟磁性が劣化するため好ましくない。Bが12原子%以上であると好ましい。
【0019】
Siは軟磁性向上と合金製造を容易にし、特性ばらつきを低減する効果がある。Si量zは9原子%以下である必要がある。Si量が9原子%を超えると飽和磁束密度の著しい低下を示すためである。Si量が5原子%以下であると好ましい。また、Cu、BとSi量の総和は、x+y+z<23とすれば、高い飽和磁束密度が得られるため好ましい。
【0020】
また、Feの1.8原子%以下をTi,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Re,白金族元素,Au,Ag,Zn,In,Sn,As,Sb,Bi,S,Y,N,O及び希土類元素から選ばれた少なくとも一種の元素で置換することができる。これらの元素を置換することにより、耐食性を改善する、あるいは電気抵抗率や磁気特性を調整・改善することができる。置換量が1.8原子%を超えると飽和磁束密度の低下が起こり好ましくない。
【0021】
本発明の軟磁性合金粉末においてBの一部をBe,P,Ga,Ge,C及びAlから選ばれた少なくとも一種の元素で置換しても良い。これらの元素を置換することにより磁歪や磁気特性を調整することができる。
【0022】
また、Feの10原子%以下をCo,Niから選ばれた少なくとも一種の元素で置換しても良い。Co、Niを置換することにより誘導磁気異方性の大きさを制御したり、磁気特性を改善することができる。
【0023】
本発明の軟磁性合金粉末において、熱処理を適正化することにより1.73 T以上の飽和磁束密度を実現が可能である。
【0024】
軟磁性合金薄帯、薄片は、前述のように熱処理前の段階で180°折曲げにより破断するため粉末あるいはフレーク形状に容易に作製可能である。典型的な粉末・フレークは、厚さ100μm未満の微少粒子や粒度4メッシュアンダーの粉末や、最大寸法が4mm以下のフレークである。
【0025】
もう一つの本発明は、前記軟磁性合金粉末を用いた磁性部品である。この磁性部品は高飽和磁束密度で高周波において低損失であり粉末化が容易なため、圧粉磁心、リアクトル、トランス、インダクタ、複合磁性電磁波吸収シートなど小型、低損失部品や高周波対応の部品を実現することが可能である。
【0026】
本発明の軟磁性合金粉末は、商用周波数や比較的低い周波数においても低い磁心損失を示し、モータ鉄心、リアクトル用鉄心などの比較的低い周波数で使用される高性能磁性部品を実現できる。前記合金を粉砕して粉末やフレーク状にしたものを水ガラスや樹脂などで固めた圧粉磁心や前記合金薄帯、薄片から作られた粉末やフレークを樹脂などと混ぜてシート状にして使用することができる。
【0027】
本発明において、合金溶湯を急冷した際、平均粒径30nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率0%超30%未満で分散した組織のFe基合金薄帯や薄片を作製することにより、結晶粒が粗大化するFe量の多い組成において、その後熱処理を行っても結晶粒径の著しい増加が起こらず、従来のFe基ナノ結晶合金やFe基非晶質合金よりも高飽和磁束密度でありながら、優れた軟磁気特性を示すことを見出した。従来、完全な非晶質相からなる合金を熱処理し、結晶化させた方が優れた軟磁性を示すと考えられていたが、鋭意検討の結果Fe量が多い合金においては、完全な非晶質合金を作製するのではなく、むしろ非晶質母相(マトリックス)中に微細な結晶粒が分散した合金を作製した後に熱処理を行い、結晶化を進めた方が熱処理後より微細な結晶粒組織となり優れた軟磁気特性が実現できることが分った。
【0028】
熱処理前の非晶質母相中に分散する結晶粒の平均粒径は30nm以下である必要がある。この理由は、熱処理前の状態で平均粒径がこの範囲を超えている場合、熱処理を行うと結晶粒が大きくなりすぎる、不均一な結晶粒組織となるなどが原因で軟磁性が劣化するためである。好ましくは、非晶質母相中に分散する結晶粒の平均粒径は20nm以下である。この範囲で、より優れた軟磁気特性を実現できる。また、平均結晶粒間距離(各結晶の重心と重心の距離)は通常50nm以下である。平均結晶粒間距離が大きいと熱処理後の結晶粒の結晶粒径分布が広くなる。また、熱処理後に非晶質母相中に分散する体心方構造の結晶粒は、平均粒径60nm以下、体積分率30%以上分散している必要がある。結晶粒の平均粒径が60nmを超えると軟磁気特性が劣化し、結晶粒の体積分率が30%未満では、非晶質の割合が多く高飽和磁束密度が得にくいためである。より好ましい熱処理後の結晶粒の平均粒径は30nm以下、より好ましい結晶粒の体積分率は50%以上である。この範囲で、より軟磁性が優れ、Fe基非晶質合金に比べて磁歪の低い合金粉末を実現できる。
【0029】
また、合金粉末の体心立方構造の結晶相は、Feを主体としているが、合金組成によってはSi,B,Al,Ge,GaやZr等を固溶する場合がある。また、一部にCu等の面心立方構造の相(fcc相)も存在しても良い。
本発明の合金粉末においては、化合物相が存在しない方が磁心損失が低く望ましいが、化合物相を一部に含んでも良い。
【0030】
本発明において、溶湯を急冷する方法としては、単ロール法、双ロール法、回転液中防止法、キャビテーション法などがあり、薄帯・薄片や線材を製造することができる。また、溶湯急冷時の溶湯温度は、合金の融点よりも50℃〜300℃程度高い温度とするのが望ましい。
単ロール法などの超急冷法は、活性な金属を含まない場合は大気中あるいは局所Arあるいは窒素ガスなどの雰囲気中で行うことが可能であるが、活性な金属を含む場合はAr、Heなどの不活性ガス中、窒素ガス中あるいは減圧中、あるいはノズル先端部のロール表面付近のガス雰囲気を制御する。また、CO2ガスをロールに吹き付ける方法や、COガスをノズル近傍のロール表面付近で燃焼させながら合金薄帯製造を行う場合もある。
単ロール法の場合の冷却ロール周速は、15m/sから50m/s程度の範囲が望ましく、冷却ロール材質は、熱伝導が良好な純銅やCu−Be、Cu−Cr、Cu−Zr、Cu−Zr−Crなどの銅合金が適している。大量に製造する場合、板厚が厚い薄帯や広幅薄帯を製造する場合は、冷却ロールは水冷構造とした方が好ましい。
粉末化に適した軟磁性合金を得るためには、溶湯急冷時の溶湯温度は、1200℃〜1450℃とすることが好ましい。また、冷却ロール周速は、20m/sから40m/sの範囲が望ましい。
【0031】
熱処理前に前記合金薄帯あるいは合金薄片は180°曲げにより容易に破断するため、ミリング装置などにより容易に粉砕可能であり、熱処理することなく容易に粉末製造が可能である。この粉末は、その後の熱処理により粉砕時に生じた応力を緩和することができ、粉砕後の熱処理で結晶粒の割合が増加する際に応力が緩和し、磁気特性に優れた粉末あるいはフレーク状の軟磁性合金粉末を得ることが可能である。また、粉末を成形、固化し磁心とした後に熱処理することも可能である。このような処理を行うと、部品作製の際に発生する応力も緩和できるためより好ましい結果が得られる。
また、磁気特性は熱処理前に粉砕して作製した粉末よりも劣るが、熱処理後に合金薄帯あるいは合金薄片を粉砕する工程を加えて粉末あるいはフレーク状の軟磁性合金粉末を得ることもできる。熱処理前にある程度粉砕し更に熱処理後粉砕しても良い。
【0032】
熱処理は通常アルゴンガス、窒素ガス、ヘリウム等の不活性ガス中で行う。熱処理により体心立方構造のFeを主体とする結晶粒の体積分率が増加し、飽和磁束密度が上昇する。また、熱処理により磁歪も低減する。本発明の軟磁性合金粉末は、磁界中熱処理を行うことにより、誘導磁気異方性を付与することができる。磁界中熱処理は、熱処理期間の少なくとも一部の期間十分な強さの磁界を印加して行う。印加する磁界の強さは、合金の形状にも依存する。薄帯のままの状態の場合、一般には薄帯の幅方向に印加する場合は8kAm−1以上の磁界を、長手方向に印加する場合は80Am−1以上の磁界を印加する。印加する磁界は、直流、交流、繰り返しのパルス磁界のいずれを用いても良い。粉末の場合は、反磁界の影響があり、飽和しにくく大きい磁界を印加した方がより好ましい結果が得られる。熱処理は、通常露点が−30℃以下の不活性ガス雰囲気中で行うことが望ましく、露点が−60℃以下の不活性ガス雰囲気中で熱処理を行うと、ばらつきが更に小さくより好ましい結果が得られる。熱処理の際の最高到達温度は、通常300℃から600℃の範囲である。一定温度に保持する熱処理パターンの場合は、一定温度での保持時間は通常は量産性の観点から100時間以下であり、好ましくは4時間以下である。より好ましくは1時間以下、特に好ましくは20分以下である。熱処理の際の平均昇温速度は好ましくは0.1℃/minから500℃/min、より好ましくは1℃/minから300℃/min、平均冷却速度は好ましくは0.1℃/minから3000℃/min、より好ましくは0.1℃/minから200℃/minであり、この範囲で特に低保磁力・低磁心損失の合金が得られる。熱処理は1段ではなく多段の熱処理や複数回の熱処理を行うこともできる。更に、合金に直流、交流あるいはパルス電流を流して合金を発熱させ熱処理することもできる。また、熱処理の際に、張力や圧縮力をかけながら熱処理し、磁気特性を改良することができる。
【0033】
本発明の軟磁性合金粉末は、必要に応じてSiO、MgO、Al等の粉末あるいは膜で合金薄帯表面、合金フレーク表面あるいは合金粉末表面を被覆する、化成処理により表面処理し絶縁層を形成する、アノード酸化処理により表面に酸化物絶縁層を形成する、あるいは有機樹脂層を形成し層間絶縁を行う等の処理を行うことができ、このような処理を適用することにより、高周波特性が更に改善され、より好ましい結果が得られる。これは特に磁心やシートなどの部品を作製した際に、合金薄帯や合金フレークの層間あるいは合金粒子間を渡る高周波における渦電流の影響を低減し、高周波における損失を改善する効果があるためである。
【0034】
本発明の軟磁性合金粉末からなる磁心は、必要に応じて含浸やコーティング等を行うことも可能である。エポキシ樹脂やアクリル樹脂、ポリイミド樹脂などの樹脂により含浸硬化させて使用することができる。磁心は、一般的には樹脂ケースなどに入れる、あるいはコーティングして使用される。また、磁心を切断して組み合わせ磁心として使用する場合もある。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、ナノスケールの微細な結晶粒を含む高飽和磁束密度でかつ優れた軟磁気特性を示し、粉末製造が容易である軟磁性合金粉末ならびに高性能な磁性部品を提供できる。その効果は著しいものがある。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係わる合金溶湯を急冷した後の合金薄帯の透過電子顕微鏡(TEM)により観察された合金薄帯内部のミクロ組織の一例を示した図である。
【図2】本発明に係わる合金溶湯を急冷した後の合金薄帯内部のミクロ組織の模式図である。
【図3】本発明の熱処理後の合金粉末のX線回折パターンの一例を示した図である。
【図4】本発明の熱処理後の合金粉末の透過電子顕微鏡により観察したミクロ組織の一例を示した図である。
【図5】本発明により製造した熱処理後の合金粉末の透過電子顕微鏡により観察したミクロ組織の一例を示した図である。
【図6】本発明の合金粉末からなるチョークコイルと従来の比較例のチョークコイルの直流重畳特性の一例を示した図である。
【図7】本発明の合金粉末および比較例の合金粉末の飽和磁束密度Bsの熱処理温度依存性の一例を示した図である。
【図8】本発明の合金粉末および比較例の合金粉末の保磁力Hcの熱処理温度依存性の一例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明を実施例にしたがって説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0038】
(実施例1)
合金組成がFebal.Cu1.35B14Si2(原子%)の1250℃に加熱された合金溶湯をスリット状のノズルから周速30m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し、幅5mm、厚さ18μmの合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯の180°曲げを行った結果、薄帯は破断し脆化していることが確認された。作製した合金薄帯のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った結果、非晶質中に結晶粒が分布した組織からなることが確認された。図1に透過電子顕微鏡により観察した合金薄帯内部のミクロ組織を、図2に合金薄帯内部のミクロ組織の模式図を示す。電子顕微鏡観察によるミクロ組織から平均粒径5.5nm程度の微細な結晶粒が、非晶質母相(マトリックス)中に体積分率で4.8%含まれていることが確認された。また、結晶粒の組成を調査したところFeを主体とした体心立方構造(bcc構造)の結晶粒であることが確認された。
次に、作製した合金薄帯を120mmに切断し、窒素ガス雰囲気中の炉に挿入し、410℃1時間の熱処理を行ない磁気特性を測定した。また、熱処理した試料のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った。図3に熱処理後の試料のX線回折パターン、図4に透過電子顕微鏡により観察した合金薄帯内部のミクロ組織を、図5に合金薄帯内部のミクロ組織の模式図を示す。観察したミクロ組織とX線回折から、平均粒径約14nm程度の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に分散しており、組織の60%を占めていることが確認された。
【0039】
表1に熱処理を行った後の飽和磁束密度Bs、保磁力Hc、1kHzにおける交流比初透磁率μ1k、20kHz,0.2Tにおける磁心損失Pcm、平均結晶粒径Dを示す。比較のために、合金溶湯を急冷した後の合金が完全な非晶質合金であったFebal.B14Si2(原子%)合金(比較例1)を熱処理し、結晶化させた後の磁気特性と平均結晶粒径D、従来から知られている非晶質合金を熱処理しナノ結晶化させて製造した代表的なナノ結晶軟磁性合金であるFebal.Cu1Nb3Si13.5B9(原子%)合金(比較例2)とFebal.Nb7B9(原子%)合金(比較例3)の磁気特性と平均結晶粒径D、典型的なFe基非晶質合金であるFebal.B13Si9合金(原子%)(比較例4)と6.5mass%珪素鋼帯(50μm)(比較例5)の磁気特性を示す。
本発明例の合金粉末は、1.73T以上の高い飽和磁束密度Bsを示し、従来のFe基非晶質合金や従来のFe基ナノ結晶合金よりも高いBsを示す。また、完全な非晶質合金であったFebal.Si2B14(原子%)合金を熱処理し、結晶化させた場合は、軟磁性が著しく劣っており、特に20kHz, 0.2Tにおける磁心損失Pcmは大きすぎ、通常の装置では励磁できず測定できなかった。本発明例は従来の6.5mass%珪素鋼帯よりも1kHzにおける交流比初透磁率μ1kが高く、磁心損失Pcmが低い。
【0040】
【表1】

【0041】
また、本発明の合金粉末の飽和磁歪定数λsを測定した結果、λsは+14×10-6であった。磁歪をFe基非晶質合金の1/2以下に低減できることが分った。このため、Fe基非晶質合金に比べて応力による軟磁気特性の劣化を抑えることができる。
また、残りの作製した未熱処理合金薄帯を振動ミルにより粉砕し粉末を作製し、ふるいにかけ、170メッシュアンダーの粉末を得た。また、X線回折およびミクロ組織観察を行った結果、薄帯と同様のX線回折パターンおよびミクロ組織を示した。次にこの粉末の一部を410℃で1時間熱処理を行った。平均の昇温速度は20℃/min、平均の冷却速度は7℃/minとした。保磁力と飽和磁束密度を測定した結果、保磁力29 A/m、飽和磁束密度1.84Tが得られた。熱処理後の粉末のX線回折およびミクロ組織観察を行った結果、熱処理後の薄帯と同様のX線回折パターンおよびミクロ組織を示した。
【0042】
(実施例2)
PVA粉末を水に溶かし、PVAの濃度が3%の溶液を用意した。実施例1において作製した残りの未熱処理粉末と0.5μmの平均粒径のSiO粒子の体積比が95:5になるように混合し、これらとPVA3%溶液6.6質量部を容器に入れ、これらを100℃に加熱しながら1時間攪拌し、完全に乾燥させた。得られた混合粉末を115メッシュのふるいにかけて、団粒を除去した。その後、これらの複合粒子を潤滑剤であるボロンナイトライドを塗布した金型内に装入して、これらの複合粒子に圧力500MPa印加し、内径7mm、外径12mmのリング状の圧粉磁心を得た。
得られたリング状の圧粉磁心に窒素雰囲気中410℃において1時間の熱処理を施した。透過型電子顕微鏡により、この圧粉磁心を構成する合金粒子は、実施例1の熱処理後の合金と同様、アモルファス母相中にナノ結晶粒が分散した組織を有することを確認した。また、この圧粉磁心の比初透磁率は78であった。次にこのリング状磁心にコイルを巻き磁性部品であるチョークコイルを作製し、直流重畳特性を測定した。その結果を図6に示す。図6から明らかなように、本発明チョークコイルのインダクタンスLは従来のFe基アモルファス圧粉磁心を用いたチョークコイルよりも高い直流重畳電流まで大きい値を示し、直流重畳特性に優れている。このため、Fe基アモルファス圧粉磁心を用いたチョークコイルやFeCuNbSiB系ナノ結晶合金圧粉磁心よりも大電流対応あるいは小型化が可能である。
【0043】
(実施例3)
実施例1に示した、チョークコイルを構成している圧粉磁心の100kHz, 0.1Tにおける磁心損失(鉄損)を測定した。その結果を表2に示す。比較のために、従来の圧粉磁心の磁心損失も示す。本発明の合金粉末からなる圧粉磁心は、Fe-6.5mass%Si圧粉磁心やFe基アモルファス圧粉磁心よりも低い磁心損失を示し、前述のように直流重畳特性にも優れるため、高周波で使用されるリアクトル・チョークコイルなどの磁心材料に適していることが分る。
【0044】
【表2】

【0045】
(実施例4)
表3に示す組成の1300℃に加熱した合金溶湯を周速32m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯は幅5mm、厚さ約21μmである。X線回折および透過電子顕微鏡(TEM)観察の結果、非晶質母相中に体積分率30%未満で分散した組織であることが確認された。これらの合金薄帯の180゜折曲げ試験を行った。また、合金薄帯の一部を振動ミルにかけ、粉末作製が容易であるかを確認した。
次に、前記合金薄帯を窒素ガス雰囲気中の炉に挿入し、室温から400℃まで8.5℃/minの昇温速度で加熱し、410℃で60分保持後室温まで空冷し冷却した。平均冷却速度は30℃/min以上であると見積もられた。次に熱処理後の試料の磁気特性を測定した。更に、熱処理した合金のX線回折と透過電子顕微鏡観察を行った。X線回折の結晶ピーク半価幅から平均結晶粒径Dを見積もった。また、透過電子顕微鏡によりミクロ構造を観察した結果、どの試料も粒径60nm以下の体心立方構造の微細な結晶粒が組織の30%以上を占めていることが確認された。
【0046】
表3に熱処理を行った後の合金試料の飽和磁束密度Bs、保磁力Hc、熱処理前の薄帯が180°折曲げ可能か、粉末作製が容易か否かを調べた結果を示す。また、比較のために本発明とは異なる製造法により製造した合金についても比較して示す。
本発明の合金粉末は、熱処理前の段階で180°折曲げにより割れが発生し脆化しており、熱処理を行わなくとも振動ミルにより粉末作製が可能であった。
比較例のFebal.B6合金は、Bsは高いが、熱処理前の段階で非晶質相は存在せず、結晶が100%を占めていた。また結晶粒径も100nmと見積もられた。Hcが非常に大きく、軟磁性が劣っていた。また、急冷後(未熱処理)の薄帯の180°折曲げにより破断することはなく、粉末作製は困難であった。従来のナノ結晶軟磁性合金は一旦非晶質化した後に熱処理によりナノ結晶化したものであり、熱処理前の段階ではできるだけ完全な非晶質であることが望まれていた。典型的なナノ結晶軟磁性合金であるFebal.Cu1Nb3Si13.5B9合金はBsが1.24T、Febal.Nb7B9合金は1.52Tと本発明の合金粉末に比べて、Bsが低い。また、熱処理前(急冷状態)の合金薄帯の180°折曲げは可能で、粉末作製は困難であった。結晶粒の体積分率はそれぞれ75%と70%、平均結晶粒径はそれぞれ12nmと9nmであった。以上のように、本発明の合金粉末は、高Bsでありながら優れた軟磁性を示し、粉末に適する軟磁性合金であることが明らかとなった。
【0047】
【表3】

【0048】
(実施例5)
合金組成がFebal.Cu1.35Si2B14(原子%)の1250℃に加熱された合金溶湯をスリット状のノズルから周速30m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し、幅5mm、厚さ18μmの合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った結果、非晶質母相中に結晶粒が分布した組織からなることが確認された。電子顕微鏡観察によるミクロ組織から平均粒径5.5nm程度の微細な結晶粒が、平均結晶粒間距離24nmで非晶質母相(マトリックス)中に分布していることが確認された。作製した合金薄帯を180°折曲げした結果、合金薄帯は熱処理前の段階で破断することが確認された。
次に、作製した合金薄帯を振動ミルにより粉砕し、170メッシュアンダーの粉末を作製した。この試料を、あらかじめ昇温した窒素ガス雰囲気中の管状炉に挿入し、60分保持後炉から取り出し空冷し、磁気特性の熱処理温度依存性を検討した。熱処理の平均冷却速度は30℃/min以上とした。また、熱処理後の試料のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った。観察したミクロ組織とX線回折から、330℃以上の熱処理温度では、平均粒径60nm以下の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織であることが確認された。また、結晶粒の組成を調査したところFeを主体とした体心立方構造(bcc構造)の結晶粒であることが確認された。
また、比較のために以下の合金粉末を作製し比較例とした。合金組成がFebal.Si2B14(原子%)の1250℃に加熱された合金溶湯をスリット状のノズルから周速33m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し、幅5mm、厚さ18μmの合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った結果、結晶粒は存在せず非晶質単相であり合金薄帯の180°折曲げが可能であることが確認された。次に、脆化のための熱処理を330℃1時間実施した。熱処理後の合金はX線回折の結果、非晶質単相であることが確認された。脆化熱処理を行った合金薄帯を振動ミルにより粉砕し、170メッシュアンダーの粉末を作製し、同様な熱処理を行い磁気特性の熱処理温度依存性を検討した。
図7に飽和磁束密度Bsの熱処理温度依存性を、図8に保磁力Hcの熱処理温度依存性を示す。本発明の合金粉末では、330℃を超えるとBsが上昇し、Hcも改善され、高Bsで優れた軟磁性を示す軟磁性合金が420℃を中心とする熱処理温度で実現する。これに対して、非晶質単相状態の合金を熱処理した場合は、結晶化により急激にHcが増加し、良好な軟磁性が得られないことが分る。
以上のように、非晶質母相中に平均粒径30nm以下の結晶粒が、体積分率で30%以下、平均結晶粒間距離で50nm以下に分布した組織を有する合金を熱処理し、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織とする本発明のFeを主体とする合金粉末は高Bsで優れた軟磁性を示すことが分った。
【0049】
(実施例6)
合金組成がFebal.Cu1.25Si2B14(原子%)の1250℃に加熱された合金溶湯をスリット状のノズルから回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し、幅5mmで非晶質母相中の結晶粒の体積分率の異なる合金薄帯を作製し、結晶粒の体積分率を透過電子顕微鏡像より求めた。
次に、この合金薄帯の180°折曲げを行い破断するか調べた。次に410℃で1時間の熱処理を行い、熱処理後の合金の飽和磁束密度BsとHcを測定した。熱処理後の合金の結晶粒の体積分率は30%以上であり、Bsは1.8T〜1.87Tを示した。
表4に180°折曲げにより合金が破断するか否かを調査した結果を示す。熱処理前の合金中に結晶粒が存在しない合金では、180°折曲げが可能で合金薄帯は破断しなかった。3%以上含む合金薄帯は、180°折り曲げすると合金薄帯が割れて破断した。また、結晶が存在しない場合や30%を超える場合は保磁力Hcが大きく軟磁性が劣化する。
以上のように、Fe量の多い高Bs材で熱処理前の急冷したままの状態で微細な結晶粒が0%超30%未満で分散した組織の合金では、180°折曲げで合金薄帯や薄片が割れる状態であり、熱処理を行う前に粉末製造が可能である。更に、熱処理し結晶化を進めた合金粉末の軟磁性は、完全な非晶質状態の合金粉末や結晶粒が30%以上で存在する合金粉末よりも優れていることが分った。
【0050】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、高飽和磁束密度でナノスケールの結晶粒からなるFe基の軟磁性合金粉末と、優れた磁気特性を示す磁性部品を提供できるためその効果は著しいものがある。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式:Fe100-x-yCuB(但し、原子%で、1<x<2、10≦y≦20)により表され、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上である軟磁性合金粉末であって、平均粒径30nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で0%超30%未満で分散した組織を有し、180゜折曲げにより破断するFe基合金薄帯あるいはFe基合金薄片を得て、これを粉砕および熱処理をすることにより得られることを特徴とする軟磁性合金粉末。
【請求項2】
組成式:Fe100-x-y-zCuBSi(但し、原子%で、1<x<2、10≦y≦20、0<z≦9、10<y+z≦24)により表され、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上である軟磁性合金粉末であって、平均粒径30nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で0%超30%未満で分散した組織を有し、180゜折曲げにより破断するFe基合金薄帯あるいはFe基合金薄片を得て、これを粉砕および熱処理をすることにより得られることを特徴とする軟磁性合金粉末。
【請求項3】
前記Fe基合金の結晶粒が体積分率で3%以上30%未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載の軟磁性合金粉末。
【請求項4】
前記Fe基合金の結晶粒の平均粒径が20nm以下であることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項5】
前記Fe基合金の結晶粒の平均結晶粒間距離が50nm以下であることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項6】
飽和磁束密度が1.73T以上、保磁力が8A/m未満であることを特徴とする請求項1〜5の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項7】
Feの10原子%以下をCo, Niから選ばれた少なくとも一種の元素で置換したことを特徴とする請求項1〜6の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項8】
前記組成においてBの一部をBe, P, Ga, Ge, C,Be及びAlから選ばれた少なくとも一種の元素で置換したことを特徴とする請求項1〜7の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項9】
前記組成においてFeの1.8原子%以下をTi, Zr,
Hf, V, Nb, Ta, Cr, Mo, W, Mn, Re, 白金族元素, Au, Ag, Zn,
In, Sn, As, Sb, Bi, S, Y, N, O及び希土類元素から選ばれた少なくとも一種の元素で置換したことを特徴とする請求項1〜8の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項10】
請求項1〜9の何れかに記載の軟磁性合金粉末を用いたことを特徴とする磁性部品。
【請求項11】
圧粉磁心、チョークコイル、モータ鉄心又は樹脂との複合磁性シートであることを特徴とする請求項10に記載の磁性部品。



【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−67863(P2013−67863A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−244152(P2012−244152)
【出願日】平成24年11月6日(2012.11.6)
【分割の表示】特願2006−242347(P2006−242347)の分割
【原出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】