説明

転動体用金属球

【課題】 本発明の目的は、凝固組織の均一性が高く、粗大な引け巣がなく、金属球内部の硬さバラツキが少ない転動体用金属球を提供することにある。
【解決手段】 本発明は、質量%にてSi:4.0%〜6.0%、B:2.5%〜3.0%、C:0.1%〜0.6%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる合金が球状に凝固されてなり、組織の80%以上が5μm以下の2次アーム間距離からなるα−Fe樹枝状晶とFe−B化合物の複合組織からなり、硬さが700HV以上である転動体用金属球である。
また、本発明の転動体用金属球は、質量%にてMo:0.1%〜2%を含むことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受け等に使用される転動体用金属球に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ボールベアリングなどに用いられる転動体用の鋼球は、鋼線を一定の長さに切断したピースを両側から半球状の球座をもつ雌、雄の金型で圧縮して球形に成形し、次に2枚の硬質鋳物盤の間にはさんで圧力をかけて転動させ、バリを除去した後、組織調整のための熱処理を行い、精研磨して製造される(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
しかし、前述の鍛造成形する方法だとボールが小径になるほど製造時間が掛かり、不経済である。そこで例えば、所望の金属あるいは合金の溶湯に圧力と振動を付与してるつぼの底部に設けたオリフィスから溶湯を押出し、滴下した溶湯を急冷凝固させて金属球を製造する方法は、均一液滴法と呼ばれ、前述の転動体用金属球を製造するのに適した方法であるとされている。この方法を用いた、質量%にてB:1.5%〜9.0%を含むFe基合金からなる転動体用金属球が特許文献1に開示されている。
【非特許文献1】株式会社天辻鋼球製作所ホームページ(2004)(インターネット<URL:http://www.aksball.co.jp/seir.htm>)
【特許文献1】特開2007−217722号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、実際に転動体としてFe−B合金球を均一液適法で作製したところ、製造条件や組成によっては欠陥のない真球形状とならない問題が生じた。また欠陥がみられない凝固球においても、内部の硬さに大きいバラツキが生じ、転動体として使用するに特性の不足があることがわかった。
【0005】
従来の鍛造、線引きを経て製造される転動体用金属球は、炭化物が均一に分散した組織であるために材質の機械的特性について偏りが生じがたいが、凝固球の場合は、組織の均一性は組成のみならず、冷却速度にも依存する。特に10〜10K/sec程度の冷却速度では、溶融金属の液滴に大きな過冷却が起こり、その結果予期しない準安定相の晶出や異常成長を引き起こすため、平衡状態図上の共晶に近い組成であっても凝固球に粗大な引け巣が残ることがあり、引け巣のない場合でも金属球内部の硬さに大きいバラツキの生じることがある。
【0006】
本発明の目的は、凝固組織の均一性が高く、粗大な引け巣がなく、金属球内部の硬さバラツキが少ない転動体用金属球を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記の事情に鑑み、Fe−B共晶系合金を種々検討した結果、凝固組織が網目状のα−Fe樹枝状晶とFe−B化合物の複合組織からなるように、Fe−B共晶系合金にSiおよびCを添加し、急冷下で凝固させることにより、均一性の高い組織を持つ金属球が得られることを見出し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち本発明は、質量%にてSi:4.0%〜6.0%、B:2.5%〜3.0%、C:0.1%〜0.6%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる合金が球状に凝固されてなり、組織の80%以上が5μm以下の2次アーム間距離からなるα−Fe樹枝状晶とFe−B化合物の複合組織からなり、硬さが700HV以上である転動体用金属球である。
【0009】
前記Fe−B化合物はFeB化合物からなることが好ましい。
また、本発明の転動体用金属球は、質量%にてMo:0.1%〜2%を含むことが好ましい。
また、本発明の転動体用金属球は、粒径が0.05mm以上3mm以下で特に有効である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、特定の組成に調整した合金を急冷下において凝固させ、微細なα−Fe樹枝状晶とFe−B化合物の複合組織に調整することにより、粗大な引け巣がなく、金属球内部の硬さバラツキが少ない金属球が得られる。よって従来の鍛造工程を経ずして必要な機械的特性を維持でき、最終の精研磨作業も容易な素材となる金属球が提供できることから、転動体用金属球の製造コスト低減に有効な技術となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の重要な特徴は、微細なα−Fe樹枝状晶とFe−B化合物の複合組織となるよう組成を調整することで、過冷による準安定相の晶出を抑える点にある。以下に詳細を説明する。
【0012】
本発明においては、Fe−B共晶系合金にSiを添加しB量を調整することによって、α−Feの樹枝状晶を優先的に成長させ、凝固速度を低下させることによって引け巣の発生を抑えるとともに、過冷度を低下させることによって残りのFe−B合金系融液からFeB化合物を晶出させ、硬さのバラツキを抑えることを主眼とした。樹枝状晶の2次アーム間距離は冷却速度と相関があるため、本発明における網目状のα−Fe樹枝状晶は、5μm以下の2次アーム間距離を持って金属球の80%以上を占めていることが必要である。より好ましくは、網目状のα−Fe樹枝状晶が3μm以下の2次アーム間距離を持って金属球の90%以上を占めている組織がよい。
【0013】
なお本発明においてα−Fe樹枝状晶とFe−B化合物の複合組織とは、図4の光学顕微鏡写真及び模式図に示すように、Fe−B化合物とα−Feの共晶組織1中に初晶であるα−Fe樹枝状晶2が発達した組織である。二次アーム間距離5とは、α−Fe樹枝状晶2の一次アーム3から直角に伸びた、隣り合う二次アーム4の中心間の距離であり、連続して3つ以上並んでいる二次アーム4における中心間距離5の2つ以上の平均値から求める。その値は1つの球断面につき3箇所計測し、その平均をとるものとする。また、組織の80%以上とは、球の中心を通る断面で観察したときの、断面積に対するα−Fe樹脂状晶2が占める組織の比率が80%以上であることを示す。
【0014】
また、FeB化合物は、初晶のα−Fe樹枝状晶の後にFeとの共晶成分として晶出する化合物であるため、結果としてFeBのような準安定相も同時に晶出すると考えられる。この準安定相は、金属球内部の硬さにバラツキが生じる原因となると考えられ、本発明では均質な組織による硬さバラツキの低減のために、Fe(B,C)のような準安定相をできるだけ低減させることが望ましい。
【0015】
本発明の転動体用金属球におけるBは、微細なホウ化物として金属球中に分散することで、転動体としての金属球の機械的特性を決定する元素であり、他の主成分であるFe及びSiと共晶を形成する重要な元素である。多量のBを含有し、溶融金属からホウ化物が初晶として晶出する状態では、ホウ化物が溶融金属中で粗大に成長するため、凝固した金属球の耐疲労特性や靭性が低下する。また、平衡状態図上の極めて共晶に近い添加量であっても、急冷される製造条件下では液滴が過冷しやすくなるため、準安定相が晶出して硬さのバラツキの原因となるため、B添加量は3.0質量%以下とする。
一方、B添加量を低減すると、亜共晶組成となるため、微細に成長したα−Feの樹枝状晶の隙間を埋めるべき共晶融液が相対的に減少し、結果として樹枝状晶の隙間に微小な引け巣が形成されるので、B添加量は2.5質量%以上必要である。望ましくは、2.6〜2.8質量%がよい。
【0016】
本発明の転動体用金属球におけるSiは、α−Feの樹枝状晶を安定成長させると共に、Fe−Si−Bの3元系共晶を形成する重要な元素である。添加量が少ないとα−Feが安定成長せず、凝固した金属球に引け巣が残るようになり、結果として転動体に要求される極めて平滑な表面を、研磨で成形することが困難になるため、Si添加量は4.0質量%以上必要である。また、Siの添加量が多いと、Siのα−Feへの固溶量が増加することで、凝固した金属球の耐疲労特性や靭性が低下するおそれがあるため、Si添加量は6.0質量%以下とする。望ましくは、4.5〜5.5質量%がよい。
【0017】
本発明の転動体用金属球におけるCは、微細な炭化物として金属球中に分散するのみならず基材への強化機構をも有し、転動体に必要な機械的特性を満たすための重要な元素である。過度に添加すると、準安定相であるFe(B,C)型化合物が優先的に晶出するようになり、金属球内部の硬さのバラツキ原因になると考えられるため、C添加量は0.6質量%までとする。また、添加量が少ないと金属球の硬さが低下し、転動体として使用したときの耐疲労特性が低下するため、C添加量は0.1質量%以上必要である。望ましくは、0.3〜0.5質量%がよい。
【0018】
本発明の転動体用金属球は、Moを添加することが好ましい。Moの添加による働きについて明らかでない部分もあるが、溶融液滴中のCを強固に引きつけることで組織中における固溶Cの偏析を防ぎ、また前述のFe(B,C)型化合物の晶出を抑制することで硬さのバラツキを著しく低減させると考えられる。本発明の転動体用金属球では、より硬さバラツキを低減するために、少なくともMoを0.1質量%添加することで効果を得ることができる。
しかし、多量に添加すると引け巣や化合物の異常成長の原因となるため、Mo添加量は2.0質量%以下が望ましい。より望ましくは、0.3〜1.5質量%がよい。
【0019】
本発明の転動体用金属球は、転動体に使用された場合、金属球を保持するレールやホルダー等との摩擦と摩耗を抑えることで、金属球の変形や損傷を防ぎ、長期間にわたる良好な転動特性を確保する目的から、ビッカース硬さで700HV以上を有する。さらに長寿命を得るためには、ビッカース硬さで800HV以上が好ましい。なお、金属球の硬さとは、金属球の断面の硬さをいう。
【0020】
また、機器の小型化を求める消費者ニーズと相まって金属球を保持する周辺部品の加工技術も著しく向上した結果、粒径が1mm以下の金属球を使用した製品が多くなってきている。近年の状況を鑑みると、本発明の転動体用金属球の直径は0.05mm以上3mm以下が望ましい。0.05mm未満の粒径では、溶湯から球状に凝固するための制御が困難であり、生産性が劣る。一方、3mmを越える粒径では、溶湯から凝固に至る冷却時間が長くなるために、組織の粗大化や所望しない相の晶出が起こりやすくなり、製造性が劣る。製造性を考慮すれば粒径は0.2mm以上1.5mm以下がより好ましい。
【0021】
なお、本発明の球状に凝固した転動体用金属球は、その組織が凝固ままのものであってもよい他には、必要に応じて熱処理といった、組織あるいは特性の改善処理を施してもよい。つまり、製造した凝固ままの金属球は、適切な熱処理を施して、その特性を最大限に引き出すことが可能である。例えば、凝固ひずみを焼鈍で除去することにより靭性の向上や、化合物を微細析出させることにより強度の向上が可能である。
【0022】
本発明の転動体用金属球は、溶融した合金を球状に凝固させることができる如何なる製造方法でも適用することができる。好ましくは、前述したような、均一液滴法を用いることがよい。溶融した合金は、全ての構成成分の拡散が固体に比べると非常に高速で生じているので、均質に混ざり合った溶融合金から直接、液滴を作製し、凝固させて金属球とすることにより、全ての金属球ごとの成分比は等しくなる。したがって、既に偏析が生じているインゴットから製造された細線を用いる従来の製造方法では得ることが困難であった、組成バラツキの少ない金属球を安定して製造することができる。また、溶湯から直接液滴を作り凝固させるので、塑性加工が不要であり、高合金化した転動体用金属球の製造が可能である。
【0023】
溶融した合金の凝固および金属球を回収する雰囲気は、大気中であると金属球表面が過剰に酸化することによって、溶湯の表面張力による球状化を阻害するため、He、Ar等の不活性ガス中で冷却凝固させることが望ましい。特にHeは、不活性ガスの中でも熱伝導率が高く、短時間、短距離で液滴を凝固させることができるため、製造装置のコスト及び金属球の量産性において望ましい。また、高い冷却速度を得るために、水や焼入油、ポリマー系冷却剤、あるいは液化ガス等の液体の冷媒を使用して、これらと液滴とを接触させて冷却してもよい。
【実施例】
【0024】
上述した均一液適法により、るつぼの底部に設けたサファイア製ノズルから表1に示す組成の溶湯を押出し、滴下した溶湯を急冷凝固させ、金属球を製造した。このとき、表1に示すようにノズル径を調整し、ノズルから溶湯を押出す際の出湯温度は1360℃に設定して溶湯を押出した。押出した(a)〜(o)の液滴はHeガス中で球状化、凝固させ回収し、(p)〜(r)の液滴は室温の焼入油(大同化学工業製#125、JIS K2242 1種2号)中でそれぞれ球状化、凝固させ回収した。
得られた金属球の引け巣の有無を確認した。表1中に示す引け巣は、金属球をポニー工業製透過X線装置MH−3160−Dで観察したとき、金属球の最長径の5%を超える空孔(外部、内部含む)がある場合は×、空孔がない場合は○で示した。
表1に示すように、所定のSi、B、C、Mo量を満たすように組成調整した本発明例(f)〜(r)のいずれの金属球にも、引け巣が確認されなかった。一方、所定のSi、B、C、Mo量を満たさない比較例(a)〜(e)の金属球には、引け巣がみられた。代表例として、図1に金属球の透過X線像を示す。本発明例(f)では淡色にみえる空孔、すなわち引け巣は確認されなかった。これに対して、比較例(d)の金属球の透過X線像においては、金属球の一部が淡色にみえる空孔、すなわち引け巣が確認された。
【0025】
【表1】

【0026】
次に、表1の本発明例(j)の金属球において粒径測定を行った。その結果を図2に示す。金属球の粒径は、図2に示すように、中央値でφ612μm、標準偏差は3.4であり、単分散を呈していることが確認できた。
また、表1の本発明例(j)の金属球の走査型電子顕微鏡による外観観察を行った。その結果を図3に示す。図3に示すように、外観に引け巣はなく、極めて平滑な表面を有していることを確認した。
【0027】
上記で作製した、引け巣のみられなかった本発明例(f)〜(r)の金属球を精研磨によって調整し、光学顕微鏡による断面観察を行い、組織の均一性を調査した。その結果、表1に示すように本発明例(f)〜(r)の金属球において、金属球の80%以上の組織が5μm以下の2次アーム間距離からなるα−Fe樹枝状晶を呈していることが確認できた。また、図4に示すように、表1中の本発明例(j)の金属球においては、断面組織が微細なFe−B化合物とα−Feによる均質な組織を呈していることが確認できた。
【0028】
次に、リガク製X線回折装置RINT2500PCを用いてX線回折を行い、金属球の構成物質を同定した。線源には、Cu−Kα線を用いた。表1に示すように、本発明例(f)〜(j)、(m)〜(r)においては、金属球はα−Fe、FeB、Fe(B,C)からなっていることが確認できた。一例として図5に示すように、本発明例(g)においては、Fe(B,C)がFeBに比べ僅かなピーク強度であった。また、本発明例(k)、(l)については、金属球がα−Fe、FeBからなり、Fe(B,C)は全く確認できなかった。
【0029】
上記で作製した金属球を精研磨によって調整し、アカシ製ビッカース硬度計MUK−E3を用いて断面の中心部の硬さを荷重1.96N(200gf)で測定した。表1中の硬さは、10個の金属球を測定した値の平均値である。硬さを測定した結果、本発明例(f)〜(r)の金属球は、800HV以上を示し、転動体用材料として供するに十分な強度を有することを確認した。
次に、本発明例(f)〜(l)の金属球の中心を通る断面において12時、3時、6時、9時方向に端から0.1mmの位置の4点と、中心位置の1点の合計5箇所を金属球1個の測定位置として硬さを測定した。このとき、バラツキ幅(最大値−最小値)を5個の金属球について計算した。バラツキ幅の平均値の計算結果を図6に示す。図6に示すように、特に本発明例(j)では、他の本発明例に比べてバラツキが低減しており、金属球内部の組織が極めて均質であり、転動体用材料として供するに十分な特性を有することが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明例および比較例の転動体用金属球の表面あるいは内部に存在する引け巣を示す透過X線写真である。
【図2】本発明例の転動体用金属球の粒径分布を示すグラフである。
【図3】本発明例の転動体用金属球の表面形態を示す顕微鏡写真である。
【図4】本発明例の転動体用金属球の断面組織を示す顕微鏡写真である。
【図5】本発明例の転動体用金属球の構成物質を示すX線回折スペクトルである。
【図6】本発明例の転動体用金属球の球内部における硬さバラツキを示すグラフである。
【符号の説明】
【0031】
1 共晶組織
2 α−Fe樹枝状晶
3 1次アーム
4 2次アーム
5 2次アーム間距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にてSi:4.0%〜6.0%、B:2.5%〜3.0%、C:0.1%〜0.6%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる合金が球状に凝固されてなり、組織の80%以上が5μm以下の2次アーム間距離からなるα−Fe樹枝状晶とFe−B化合物の複合組織からなり、硬さが700HV以上であることを特徴とする転動体用金属球。
【請求項2】
前記Fe−B化合物は、FeB化合物からなることを特徴とする請求項1に記載転動体用金属球。
【請求項3】
質量%にてMo:0.1%〜2%を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の転動体用金属球。
【請求項4】
0.05mm以上3mm以下の粒径を有することを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の転動体用金属球。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−174045(P2009−174045A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−294676(P2008−294676)
【出願日】平成20年11月18日(2008.11.18)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】