説明

軽希土類磁石及び磁気デバイス

【課題】従来よりも磁気特性の高い磁石を実現する。
【解決手段】(a)軽元素の添加物を有する軽希土類元素と(b)鉄又はコバルトとで構成された軽希土類磁石を提供する。ここで、軽元素として、そのp軌道準位が鉄又はコバルトのd軌道準位より1eV以上深くなるものを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高キュリー温度と高飽和磁化を維持しつつ、重希土類元素の使用量を削減した磁石材料とそれを応用した磁気デバイスに関する。磁気デバイスは、電子のスピンの向きを利用するデバイスをいう。
【背景技術】
【0002】
特許文献1〜5には、従来のフッ素化合物あるいは酸フッ素化合物を含む希土類焼結磁石が開示されている。また、特許文献6には、希土類フッ素化合物の微粉末(1から20(μm))をNdFeB粉と混合することが開示されている。しかし、いずれの特許文献にも、鉄フッ素二元系侵入型化合物に関する記載はない。また、特許文献7〜9には、ボンド磁石の作製方法が示されている。特許文献10には窒素添加の希土類磁石微粒子の磁気記録媒体への応用が示されている。特許文献11にはトンネル磁気抵抗素子、磁気ヘッド及び磁気メモリが示されている。しかし、いずれにも本発明に係る材料は用いられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−282312号公報
【特許文献2】特開2006−303436号公報
【特許文献3】特開2006−303435号公報
【特許文献4】特開2006−303434号公報
【特許文献5】特開2006−303433号公報
【特許文献6】米国特許出願公開2005/0081959号明細書
【特許文献7】特開1997−129427号公報
【特許文献8】特開1997−171916号公報
【特許文献9】特開1997−180919号公報
【特許文献10】特開2009−135330号公報
【特許文献11】特開2008−85208号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述した特許文献には、Nd-Fe-B系磁石材料にフッ素を含有する化合物を反応させた磁石、特にフッ素及び重希土類元素を含有するフッ化物を使用することで保磁力を増加させた磁石が開示されている。上記フッ化物は主相をフッ化させる反応ではなく、主相と反応あるいは拡散するのは重希土類元素である。このような重希土類元素は高価であるため、重希土類元素の低減が課題である。重希土類元素よりも低価格である軽希土類元素は、原子番号57から63の元素であり、その一部の元素は磁石材料に使用されている。酸化物以外の鉄系磁石で最も多く量産されている材料がNdFe14B系である。しかし、これらの材料は、キュリー温度(Tc)が312℃と低いのが弱点であり、耐熱性確保のために重希土類元素の添加が必須である。例えばRFe17(Rは軽希土類元素)系合金はキュリー温度が低いが、この合金に炭素又は窒素を侵入させた化合物ではキュリー温度が500℃程度まで高くなることが知られている。現在、磁石としての性能を向上させるような安価な侵入元素の発見が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明者らは、(a)軽元素の添加物を有する軽希土類元素と(b)鉄又はコバルトとで構成させた軽希土類磁石及び当該磁石を応用した磁気デバイスを提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、軽希土類磁石のキュリー温度、飽和磁化、保磁力のいずれか一つを従来比して高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明に係る磁性材料の結晶構造例を示す図。
【図2】本発明に係る磁性材料の格子定数と飽和磁化を説明する図表。
【図3】本発明に係る磁性材料の格子定数と飽和磁化を説明する図表。
【図4】本発明に係る磁性材料の局所電子数を説明する図。
【図5】本発明に係る磁性材料の局所磁気モーメントをを説明する図。
【図6】窒素を添加した磁性材料の全電子スピン状態密度を示す図。
【図7】フッ素を添加した磁性材料の全電子スピン状態密度を示す図。
【図8】本発明に係る磁性材料を用いた磁気記録媒体の構造例を示す図。
【図9】本発明に係る磁性材料を用いた磁気センサの構造例を示す図。
【図10】本発明に係る磁性材料を用いた磁気センサの簡略構造例を示す図。
【図11】本発明に係る磁性材料を用いたモータの簡略構造例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態を説明する。なお、後述する装置構成や処理動作の内容は一例であり、実施の形態と既知の技術との組み合わせや置換により他の実施の形態を実現することもできる。
【0009】
(基本構造)
発明者らは、フッ素原子の侵入により、炭素や窒素を侵入させる場合に比して、Feの磁気モーメントが増加し、飽和磁化を高くできることを発見した。また、発明者らは、塩素原子の添加によっても、フッ素原子を添加する場合と同様に、飽和磁化を高くできる効果があることを発見した。また、フッ素原子や塩素原子をCoに添加することによっても、飽和磁化が高くできることを発見した。
【0010】
例えば図1に示す構造のRFe17X組成(Rは軽希土類元素、Feは鉄、Xは添加物)の磁性材料に対して、その電子スピン状態を第一原理で計算したところ、R=Sm(サマリウム:原子番号62)に対して図2の結果を得た。図2には、六方晶の結晶構造における最安定な格子定数a(nm)とc(nm)、その場合の飽和磁化Ms(T)をまとめて示す。格子定数の望ましい範囲は、a=0.84〜0.95(nm)、c=1.24〜1.35(nm)であった。図2の場合、添加物がF(フッ素)のとき飽和磁化が最大になった。同様に、R=Nd(ネオジム:原子番号60)に対して図3の結果を得た。図3の場合も、添加物がF(フッ素)のとき飽和磁化が大きくなった。このように、軽希土類元素Rの種類によらず、添加物がF(フッ素)の場合に磁化の増大が確認された。
【0011】
このメカニズムを理解するために、各原子周辺の局所電子数Nelecと局所磁気モーメントMを調べたところ、それぞれ図4及び図5の結果を得た。図4及び図5では、Fe原子に着目した。結晶内のサイトの対称性で等価なFe原子に対し、図1に示したように2c、3d、6f、6hのラベルを付した。なお、図4及び図5は、添加物がN(窒素)の場合とF(フッ素)の場合の結果を対比的に表している。図4に示すように、局所電子数については、添加物の違いがFe原子のサイトに認められなかった。これに対し、図5に示すように、局所磁気モーメントについては、添加物の違いが6fと6hのサイトで認められた。違いが認められたサイト(6f、6h)は、添加物Xに隣接するサイトである。すなわち、添加物Xは、それに隣接したFe原子の局所磁気モーメントを変化させることが分かった。F(フッ素)を添加すると、添加物がN(窒素)の場合に比して、6fと6hのサイトにおける磁気モーメントに大きな増加が認められた。
【0012】
そこで、F(フッ素)原子が局所磁気モーメントに与える効果を、その電子構造から考察した。図6は、添加物がN(窒素)の場合の全電子スピン状態密度の計算結果を示し、図7は、添加物がF(フッ素)の場合の全電子スピン状態密度の計算結果を示す。なお、図6及び図7の横軸はエネルギー(eV)であり、縦軸は全スピン状態密度(DOS)である。また、状態密度が正の領域(状態密度ゼロよりも上側)が上向きスピンに対応し、状態密度が負の領域(状態密度ゼロよりも下側)が下向きスピンに対応する。これらの電子状態の本質的な違いは、図6ではN(2p)とFe(3d)が混成しているのに対して、図7ではF(2p)とFe(3d)が分離している点である。この違いは、原子のエネルギー準位の違いに起因している。実際、Fe原子の3d準位は−7.5(eV)であるのに対し、N原子の2p準位は−7.1(eV)、F原子の2p準位は−11.1(eV)である。このため、Fe(3d)−N(2p)間は0.4(eV)と準位が近い一方で、Fe(3d)−F(2p)間は3.6(eV)と離れている。そのため、結晶内では、N(窒素)を添加する場合に状態密度が混成したのに対し、F(フッ素)を添加した場合には状態密度が分離したといえる。F(フッ素)の添加でエネルギー準位が分離したということは、F原子は隣接したFe原子との間にイオン結合を形成したことに対応する。他方、N(窒素)の添加でエネルギー準位が混成したということは、N原子は隣接したFe原子との間に共有結合を形成したことに対応する。
【0013】
従って、Fe原子の磁気モーメントは、添加物とイオン結合が形成されたFe原子の方が、共有結合が形成されたFe原子より増大することが分かる。このメカニズムによれば、F原子のように隣接したFe原子との間でイオン結合を形成する添加物であれば、同様の磁気モーメントの増大効果が期待される。例えばCl(塩素)原子の場合、3p準位は−8.6(eV)である。このため、Fe(3d)−Cl(3p)間のエネルギー差は1.1(eV)となり、イオン結合による磁気モーメントの増大が認められた。発明者らは、イオン結合の形成による磁気モーメントの増大には、添加物のp軌道準位とF原子のd軌道準位とのエネルギー差が約1(eV)以上であることが必要であると考える。
【0014】
ところで、軽希土類元素と鉄から構成される磁粉あるいは鉄粉から出発して3元系化合物にすると、保磁力と飽和磁化の両方を高める効果がある。発明者らは、従来型組成(RFe14X組成)よりも、軽希土類元素Rに対するFe含有量を高めた組成(RFe17X組成:Rは軽希土類元素、Feは鉄、Xは軽元素、望ましくはフッ素又は塩素)とすることが有効であると考える。より一般的には、RFe17X組成(Rは軽希土類元素、Feは鉄、Xは軽元素、iは1、2、3)が有効であると考える。その理由は、RFeF組成(Rは軽希土類元素、Feは鉄、Fはフッ素、x、y、zは自然数)で表示されるフッ素化合物は、フッ素未含有化合物よりも異方性エネルギー、キュリー点及び飽和磁化の全ての値が高くなるためである。なお、軽希土類元素Rは、La(ランタン:原子番号57)、Ce(セリウム:原子番号58)、Pr(プラセオジム:原子番号59)、Nd(ネオジム:原子番号60)、Pm(プロメチウム:原子番号61)、Sm(サマリウム:原子番号62)、Eu(ユウロピウム:原子番号63)の元素が可能である。
【0015】
[実施例1]
以下に、磁粉の生成例を示す。厚さ100(nm)の鉄箔体に、Sm-F系溶液を塗布した後、熱処理する。鉄箔体の純度は99.8%である。SmF組成のSm-F系溶液は非晶質構造を示している。このため、X線回折パターンには、結晶質のパターンとは異なり、半値幅1度以上のピークが1本以上含まれる。鉄箔体に対して、0.1(wt%)のSm-F系溶液を塗布した後、フッ化アンモニウムを蒸発させた600℃の雰囲気中で10時間加熱保持し、その後、急速に冷却する。この処理により、鉄箔とフッ化物が反応しSm及びフッ素を含有する鉄箔が得られる。因みに、前述した熱処理温度(600℃)よりも高温で熱処理すると、フッ素は鉄希土類フッ素三元化合物を形成し難くなり、安定したフッ化物や酸フッ化物を成長させるようになる。結果的に、磁気特性の向上が困難となる。
【0016】
600℃で熱処理した場合、鉄箔中には、SmFe17F(i=1〜3)及びSmOFやSmFが成長し、六方晶及び立方晶が混合した構造を有する箔体となる。図1は、六方晶の構造例を示している。六方晶が主相である場合に、フッ素を侵入位置又は置換位置に配置すると、保磁力は20〜25(kOe)となり、キュリー温度は400〜600℃となる。このように、軟磁性を示す鉄箔体に、前述した工程を施すことにより、硬磁性材に変えることが可能である。
【0017】
Sm-Fの代わりにSm-Clを用いる場合でも、塩素がフッ素と同様の働きを示した。図2に、Smに様々な元素を添加した場合における主相構造の解析結果を示す。六方晶の格子定数は、a軸が0.84(nm)〜0.95(nm)、c軸が1.24〜1.35(nm)となった。飽和磁化を測定したところ、1.6(T)を超える高い値を示した。いずれの場合も、フッ素を添加する方が窒素を添加する方よりも飽和磁化として大きな値を得た。赤外分光で振動解析を行った結果、フッ素を添加した場合でも70(cm−1)以上の正常な振動が得られ、不安定な構造ではないことが分かった。同様に、希土類元素がNdの場合にも、図3に示すように、Nd-FやNd-Nは高飽和磁化を示す。
【0018】
以上の通り、磁石(軽希土類磁石)の組成を、RFe17X組成(Rは軽希土類元素、Feは鉄、Xはフッ素又は塩素、iは1、2、3)とすることにより、高キュリー温度、高飽和磁化かつ高保磁力を実現できる。この磁石を、様々な磁気デバイスに応用することで、磁気デバイスの小型軽量化、製造コストの低下を実現できる。磁気デバイスには、例えばボンド磁石(磁石の粉末とナイロン系樹脂、ゴム、添加剤等を混合して成形した磁石)、回転機、ボイスコイルモータが含まれる。なお、回転機には、例えばポンプ、圧縮機、ファン、ブロアー、タービン、エンジンが含まれる。
【0019】
[実施例2]
本実施例では、実施例1に係る組成構造を有する磁粉を、磁気記録媒体の磁性層に応用する場合について説明する。磁気記録媒体も磁気デバイスの一例である。磁気記録媒体には、例えば磁気テープ、磁気ディスク、光磁気ディスク、磁気メモリ(絶縁層の両側を強磁性層で挟んだメモリセルをマトリクス状に配列したメモリ)等がある。
【0020】
次に、磁粉の他の生成例を示す。サマリウム塩を含有するサマリウム塩溶液、鉄塩を含有する鉄塩溶液、有機ポリマー及び還元剤を含有する混合液を加熱すると、SmFe系粒子を含有する分散液が得られる。この分散液に含まれるSmFe系粒子を分散液中でフッ素化合物によりフッ化処理することにより、高キュリー温度、高飽和磁化かつ高保磁力を有する磁粉を得ることができる。
【0021】
図8に、磁気テープの断面構造例を示す。磁気テープでは、ベースフィルム10の一方の主面上に下層非磁性層11が積層され、この下層非磁性層11のベースフィルム10側とは逆側の主面上に磁性層12が積層される。磁性層12には、実施例1に係る組成構造の磁粉を使用する。また、ベースフィルム10の下層非磁性層11側とは逆側の主面上にバックコート層13が形成されている。すなわち、図8に示す磁気テープは、バックコート層13、ベースフィルム10、下層非磁性層11及び磁性層12の順番に積層された積層構造を有している。このように形成された磁気テープは、磁性層12に窒素を添加した磁気テープより5%程度磁力の強いものが得られた。
【0022】
[実施例3]
本実施例では、実施例1に係る組成構造を有する磁粉を磁気センサに応用する場合について説明する。磁気センサも磁気デバイスの一例である。磁気センサには、例えば磁気ヘッド、電流センサが含まれる。
【0023】
図9に、トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)の断面構造例を示す。図9に示すTMR素子50は、下地層51、反強磁性層52、磁化固定層53、トンネルバリア層54、磁化自由層55、およびキャップ層56が順番に積層された構造を有している。この実施例の場合、磁化固定層53に、実施例1に係る組成構造の磁粉を使用する。すなわち、高保持力かつ高飽和磁化であり、エネルギー積の高い強磁性薄膜を使用する。なお、磁化固定層53に実施例1に係る組成構造の磁粉を使用すると、反強磁性層52を省略しても、TMR特性を確認することができた。従って、さらに好適な実施例では、図10に示すように、断面構造を簡略化したTMR素子を作製することができる。構造の簡略化により、材料を節約できる。
【0024】
[実施例4]
本実施例では、実施例1に係る組成構造を有する磁粉を磁気回路に応用する場合について説明する。磁気回路も磁気デバイスの一例である。磁気回路には、例えばモータ、MRI(Magnatic Resonance Image)、電子顕微鏡、超伝導機器、医療機器が含まれる。
【0025】
この実施例の場合、真空容器内に蒸着源を配置し、Feを蒸発させる。例えば1x10−4(Torr)以下の真空度における抵抗加熱により容器内にFeを蒸発させ、粒径100(nm)の粒子を作製する。このFe粒子表面に、SmF2−3組成(添え字はフッ素原子が2又は3個であることを意味する。他の組成についても同じ。)を含有するアルコール溶液を塗布し、200℃で乾燥すると、Fe粒表面に平均膜厚1〜10(nm)のフッ化物膜を形成することができる。このフッ化物膜で被覆されたFe粒子をフッ化アンモニウム(NHF)と混合し、外部ヒータにより加熱する。加熱温度は800℃とする。1時間以上800℃で加熱保持した後、50℃以下に最高100℃/分の冷却速度で急冷する。Feの蒸発から急冷までの一連の工程を大気開放せずに処理すると、酸素濃度が100〜2000(ppm)の磁粉が得られる。フッ素原子の一部はFeの単位格子の四面体格子間又は八面体格子間の位置に配置する。また、フッ化アンモニウムを使用することで、フッ素以外に窒素や水素がFe粒又はフッ化物膜中に侵入する。また、アルコール溶液中の炭素や水素又は酸素原子もFe粒又はフッ化物膜中に混入する。急冷粉を200℃で10時間、時効処理することにより、ThZn17構造が膨張したSm1−2Fe14−20F2−3の化合物が成長する。フッ素原子の濃度分布が急冷粉の表面から中心方向にみられ、中心よりも急冷粉の外周側でフッ素濃度が高くなる傾向を示す。この粉末を圧縮成形又は焼結して得た磁石の磁気特性は、残留磁束密度が1.3−1.5(T)、保磁力が20-30(kOe)である。
【0026】
図11に、モータの軸方向に垂直な断面の模式図を示す。モータは、回転子100と固定子101から構成される。固定子101は、コアバック102と複数のティース103で構成される。ティース103間のコイル挿入位置104には、コイル105a、105b、105c(3相巻線のU相巻線105a、V相巻線105b、W相巻線105c)のコイル群が挿入される。ティース103の先端部106よりシャフトの中心側には回転子挿入部107が確保され、この位置に回転子110が挿入される。回転子110の外周側には磁石が挿入されており、鉄フッ化物が少ないフッ化部(鉄中平均フッ素原子濃度5%未満)111と鉄フッ化物が多いフッ化部(鉄中平均フッ素濃度5%−10%)112、113から構成されている。磁石を構成する鉄相中フッ素濃度が5から10原子%であるフッ化部112及び113の面積は異なる。磁界設計により、逆磁界が印加される磁界強度が大きい方(フッ化部112)の面積が小さい方(フッ化部113)より広くなるようにフッ化物処理し、保磁力及び残留磁束密度を高める。このように、焼結磁石の外周側で鉄フッ化物を多くすることにより、希土類元素の使用量を少なくすることができる。なお、磁気回路の軟磁性部にフッ化処理を適用すると、飽和磁束密度を2.4−2.6(T)に高めることができる。
【0027】
[実施例5]
次に、磁粉の他の生成例を示す。約1(μm)の粒径を有するSmFe11Al組成の粉末100gを、フッ化アンモニウム(NHF)の粉末10gと混合し、真空排気後に加熱する。加熱中、CaHを加え、SmFe11Al組成の粉末表面における酸化の進行を抑制する。熱処理温度は300℃、保持時間は5時間である。加熱後に急冷し、フッ化したSmFe11Al組成の粉末を熱処理炉から取り出す。本熱処理により、フッ化アンモニウム(NHF)からフッ素含有反応性ガスが発生し、SmFe11AlF0.1−3組成の粉末が作成される。SmFe11AlF0.1−3組成の粉末の表面又は粉末内の粒界や粒内には、SmFやSmOF、AlF、AlO、SmO、FeO、FeO、SmH等のフッ化物又は酸フッ化物、酸化物、水素化物が成長する。実験では、母相の体心正方晶(bct構造)にフッ素原子が導入された結晶が成長していることが、電子顕微鏡による制限視野電子線回折パターン又はX線回折パターンの解析から確認された。フッ素の導入により体心正方晶の格子体積は増加する。母相以外の強磁性相として、bcc構造又はbct構造の鉄フッ素化合物又はフェリ磁性のフェライトも成長する。前述したbcc構造には、格子歪み等による変形したbcc構造も含まれる。例えばa軸とc軸の格子定数が0.01−1%異なり、回折実験からは、bct構造と判断困難なbcc構造も含まれる。母相のフッ素濃度は、粉末中心よりも外周側の方が高く、粉末表面の一部は母相よりも高濃度のフッ素を含有するフッ化物又は酸フッ化物と接触している。
【0028】
フッ化処理の前後で粉末の磁気特性を評価した結果、フッ化処理後の飽和磁化がフッ化処理前に比して15%増加し、キュリー温度が200℃上昇し、一軸磁気異方性エネルギー(Ku)が30%増加することが分かった。この粉末を金型に挿入して磁場を印加し、その後、500℃で0.5(t/cm)の荷重で圧縮成形すると、SmFe11AlF0.1−3組成の結晶粒から構成される、一部が焼結している成形体を得ることができた。この成形体の磁気特性は、残留磁束密度が1.5(T)、保磁力が31(kOe)、キュリー温度が(795K)であった。
【0029】
この磁石は、埋め込み磁石型モータ、表面磁石モータ、ボイスコイルモータ、ステッピングモータ、ACサーボモータ、リニアモータ、パワーステアリング、電気自動車用駆動モータ、スピンドルモータ、アクチュエータ、放射光用アンジュレータ、偏向磁石、ファンモータ、永久磁石型MRI、脳波計その他の磁気デバイスに適用できる。
【0030】
本実施例のように、母相へのフッ素導入による磁化の増加、キュリー温度の上昇、磁気異方性エネルギーの上昇が効果として得られる材料には、SmFe11Al組成の粉末以外にも以下のようなものがある。例えばAlの代わりに、Alの一部又は全てをSi、Ga、Ge、Ti等の遷移元素を使用した材料がある。また例えばSmの代わりに、Smの一部又は全てをYを含む希土類元素又はMnを使用した材料がある。
【0031】
さらに、発明者らは、SmFe11Al組成の粉末よりもFe含有量が多い、SmFe11.1−30のフッ素化合物又は遷移元素を含有するフッ素化合物においても、フッ素の導入効果を確認している。また、SmFe11Al組成の粉末の粒径は20(μm)以下であれば同様の効果が確認できた。なお、フッ化に使用するガスとしては、フッ素を含有する種々のガスを利用でき、加熱中の還元剤にはCaH以外の水素化物を使用することができる。
【0032】
[実施例6]
続いて、磁粉の他の生成例を示す。粒径が約0.5(μm)のSmFe11Ti組成の粉末100gを、フッ化アンモニウム(NHF)の粉末10gと混合し、真空排気後に加熱する。加熱中、CaHを加え、SmFe11Ti組成の粉末表面における酸化の進行を抑制する。熱処理温度は200℃、保持時間は10時間である。加熱後急冷してフッ化したSmFe11Ti組成の粉末を熱処理炉から取り出す。本熱処理によりフッ化アンモニウム(NHF)からフッ素含有反応性ガスが発生し、SmFe11TiF0.1−3組成の粉末を作成することができる。
【0033】
SmFe11TiF0.1−3組成の粉末は、結晶粒又は粉末の中心部と外周部とでフッ素濃度が異なり、外周部の方が中心部よりもフッ素濃度が高い。これは外周部からフッ素が拡散していくためである。従って、中心部の組成がSmFe11TiF0.1であったとしても、外周部の組成はSmFe11TiFとすることが可能である。前述した熱処理の保持時間を20時間にすると、中心部と外周側のフッ素濃度の差は小さくなる。例えば中心部の組成をSmFe11TiF0.3、外周部の組成をSmFe11TiFとすることができる。従って、目的とする磁気特性に合わせ、磁粉内部における各部位のフッ素濃度及び濃度勾配を、熱処理の保持時間、ガス分圧、ガス種などにより調整できる。
【0034】
なお、SmFe11TiF0.1−3組成の粉末の表面又は粉末内の粒界や粒内には、SmFやSmOF、TiF、TiO、SmO、FeO、FeO、TiN等のフッ化物又は酸フッ化物、酸化物、窒化物が成長する。発明者らは、母相の体心正方晶(bct構造)にフッ素原子が導入された結晶が成長していることを、X線回折パターン又は電子線回折パターンから確認した。フッ素の導入により、体心正方晶の格子体積は増加する。母相以外の強磁性相として、格子歪みをもったbcc構造又はbct構造の鉄フッ素二元合金も成長する。母相のフッ素濃度は粉末中心よりも外周側の方が高くなる。従って、粉末表面の一部は、母相よりも高濃度のフッ素を含有するフッ化物又は酸フッ化物と接触する。このため、母相が構成する結晶粒では、高濃度のフッ素を含有する粒子の外周側又は表面又は界面近傍の方が中心部よりも格子体積が大きくなり、粒子中心部よりも異方性エネルギーが大きい傾向をもつ。
【0035】
フッ化処理の前後で粉末の磁気特性を評価した結果、フッ化処理後の粉末はフッ化処理前の粉末よりも飽和磁化が35%増加し、キュリー温度が250℃上昇し、一軸磁気異方性エネルギー(Ku)が20%増加することが分かった。このフッ化処理後の粉末を金型に挿入し、磁場を印加した後、400℃で1(t/cm)の荷重で圧縮成形すると、SmFe11TiF0.1−3組成の結晶粒から構成され、一部が焼結している成形体が得られた。この成形体の磁気特性は、残留磁束密度が1.6(T)、保磁力が35(kOe)、キュリー温度が835(K)であった。
【0036】
成形体の作成には、前述したような加熱成形以外にも、衝撃圧縮成形、通電成形、急速加熱成形、電磁波による加熱成形等の各種加熱成形工程を採用することができる。また、フッ化処理は、フッ化アンモニウム以外にフッ素を含有するCF系又はHF系ガス又は溶液を使用できる。前述した磁気特性を示す磁石は、家電用の磁石モータ、産業用の磁石モータ、鉄道用の磁石モータ、電気自動車駆動用のモータ、HDD(Hard Disk Drive)用のスピンドルモータ、ボイスコイルモータその他のモータ、医療機器、計測機器その他の磁気回路、これらを含む磁気デバイスに適用することができる。実施例に係る磁石の採用により、磁気デバイスの小型軽量化、高性能化、高効率化を実現できる。
【0037】
[実施例7]
次に、磁粉の他の生成例を示す。まず、粒径が100(nm)の鉄粉を真空蒸着により作成する。蒸着室内で作成した鉄粉は大気に曝すことなく、SmFに近い組成物を膨潤させ、Tiが1重量%添加されたアルコール溶液と混合する。これにより、粉末表面が被覆率90%でTiを含有するSmF膜を厚さ1から10(nm)で形成する。このフッ化物被覆鉄粉をCaHと共に500℃で加熱保持した後、平均10℃/分以上の冷却速度で冷却する。冷却後、200℃で10時間時効処理を施し、平均20℃/分の冷却速度で冷却した。その結果、Sm、Fe、F、Tiが拡散反応し、正方晶構造のSmFe11TiF0.01−2が成長した。粉末中でのフッ素、Sm及びTiには濃度勾配が見られ、フッ素の濃度勾配が最も大きかった。Smを1とした原子濃度比で、フッ素は中心部で0.01となり、外周部で2であった。時効時間をさらに長くすると、この濃度勾配は小さくなる傾向を示した。
【0038】
このようにして作成したSmFe11TiF0.01−2組成の粉末には、正方晶構造ではないSmF等のフッ化物やSmOF等の酸フッ化物又は酸化物、炭化物などが成長した。フッ素濃度は、正方晶構造を有しないフッ化物や酸フッ化物の方がSmFe11TiF0.01−2よりも高い。しかし、磁気特性を決定しているのはSmFe11TiF0.01−2及びこのSmFe11TiF0.01−2との界面又は界面近傍の成長相である。前述したSmF等のフッ化物やSmOF等の酸フッ化物又は酸化物、炭化物の一部は、母相の結晶格子と整合性をもった界面を形成する。被覆された部分を含めたSmFe11TiF0.01−2組成の粉末には、SmFe11TiF0.01−2が粉末全体の体積に対して55%成長する。なお、被覆された部分のうち鉄濃度の少ない非磁性に近い部分を除去すると、飽和磁束密度は190(emu/g)、保磁力は35(kOe)、キュリー温度は825(K)の磁気特性を示し、磁気異方性が表面又は結晶粒の外周側で結晶粒の中心よりも大きい傾向を示すことが確認された。
【0039】
この磁粉を樹脂材料と混合した後、磁場中で配向させ、圧縮成形することでボンド磁石を作成した。ボンド磁石に占める磁粉の体積は80%であり、残留磁束密度は1.25(T)、保磁力は34(kOe)であった。このボンド磁石を埋め込み磁石モータに適用して着磁した後、誘起電圧波形を測定すると、NdFeB系又はSmFeN系の希土類ボンド磁石よりも高い誘起電圧を示すことが確認された。
【0040】
RFeF(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Fはフッ素、x、y、zは自然数)組成の粉末又は他の遷移元素Mを添加したR(Fe、M)F組成の粉末は、従来のボンド磁石よりも希土類元素の含有量が少なく、しかも、磁気特性が向上した磁石材料であるので、様々な磁気回路や磁気デバイスに適用することができる。
【0041】
なお、残留磁束密度が1.2(T)を超え、かつ、保磁力が25(kOe)以上となるような磁石材料を作成するには、磁石材料の主相がR(Fe、M)F組成であり、主相のフッ素化合物を形成する際に必要となるフッ化物又は酸フッ化物を伴い、添加する遷移元素Mの濃度が鉄(Fe)より少ないことが望ましい。
【0042】
[実施例8]
この実施例では、厚さ2(μm)の鉄箔体を水素雰囲気中で加熱還元して表面酸化膜を除去する。その後、鉄箔体を大気に曝さずにSmF3.5に近い組成物を膨潤させ、Mgが1重量%添加されたアルコール溶液と混合する。これにより、粉表面に被覆率95%でMgを含有するSmF3.1膜を厚さ1から10(nm)で形成する。次に、このフッ化物被覆鉄粉をCaHと共に400℃で加熱保持した後、平均20℃/分以上の冷却速度で冷却する。急速冷却後、300℃で10時間時効処理し、その後、平均30℃/分の冷却速度で冷却した。その結果、Sm、Fe、F、Mgが拡散反応し、正方晶構造のSmFe11MgF0.1−4が成長した。箔体中でのフッ素、Sm及びMgには濃度勾配が見られた。フッ素の濃度勾配が最も大きく、Smを1とした原子濃度比において、フッ素は中心部で0.1となり、外周部は3から4であった。
【0043】
時効時間をさらに長くすると、この濃度勾配は小さくなる傾向を示した。時効処理における加熱温度を400℃から600℃の高温側に設定すると、含有するフッ素濃度を高くすることができる。その一方で、正方晶の格子間に侵入しないフッ素原子が増加し、SmFe17FやSmFeF1−4等も成長する。時効処理における加熱温度を400℃で作成したSmFe11MgF0.1−4箔体には、正方晶構造ではないSmF等のフッ化物やSmOF等の酸フッ化物又は酸化物、炭化物等とbcc構造やbct構造の鉄が成長する。Bcc構造やbct構造の鉄の格子体積は、主相のSmFe11MgF0.1−4格子の体積よりも小さい。フッ素濃度は、これらのフッ化物や酸フッ化物の方が、SmFe11MgF0.1−4よりも高い。なお、磁気特性を決定するのは、SmFe11MgF0.1−4及びこのSmFe11MgF0.1−4との界面又は界面近傍の成長相及びbcc構造やbct構造の鉄である。被覆された部分を含めたSmFe11MgF0.1−4箔体には、SmFe11MgF0.1−4が全体の体積に対して65%成長した。ここで、箔体を被覆する部分のうち鉄濃度の少ない非磁性に近い部分を除去すると、飽和磁束密度が200(emu/g)、保磁力が30(kOe)、キュリー温度が815(K)の磁気特性を示す磁粉を作成することができた。
【0044】
[実施例9]
この実施例では、粒径が100(nm)の鉄50%マンガン粉(Fe-50%Mn粉)を真空蒸着により作成する。次に、蒸着室内で作成したFe-50%Mn粉を大気に曝すことなく、LaFに近い組成物を膨潤させ、Coが1重量%添加されたアルコール溶液と混合する。これにより、粉表面に被覆率90%でCoを含有するLaF膜を厚さ1から10(nm)で形成する。このフッ化物被覆Fe-50%Mn粉を、CaHと共に300℃で加熱保持した後、平均10℃/分以上の冷却速度で冷却した。冷却後、200℃で10時間時効処理し、その後更に、平均20℃/分の冷却速度で冷却した。その結果、Mn、Fe、F、Coが拡散反応し、正方晶構造のLa(Fe、Co)11MnF0.01−2が成長した。粉末中でのフッ素、Mn及びCoには濃度勾配が見られ、フッ素の濃度勾配が最も大きかった。Laを1とした原子濃度比で、フッ素は中心部で0.01となり、外周部で2であった。時効時間をさらに長くすると、この濃度勾配は小さくなる傾向を示した。
【0045】
このようにして作成したLa(Fe、Co)11MnF0.01−2粉には、正方晶構造ではないLaF等のフッ化物やLaOF等の酸フッ化物又は酸化物、炭化物、水素化物等が成長した。フッ素濃度は、正方晶構造を有しないフッ化物や酸フッ化物の方がLa(Fe、Co)11MnF0.01−2よりも高い。しかし、磁気特性を決定しているのはLa(Fe、Co)11MnF0.01−2及びこのLa(Fe、Co)11MnF0.01−2との界面又は界面近傍の成長相である。被覆された部分を含めたLa(Fe、Co)11MnF0.01−2粉には、La(Fe、Co)11MnF0.01−2が全体の体積に対して51%成長し、さらにLaMn11FやLaMn17Fが強磁性相として成長する。このような希土類元素とMn及びフッ素で構成された化合物は、Mnの磁気モーメントの大部分が強磁性結合し、高い磁気異方性エネルギーを有するようになる。被覆された部分のうち非磁性に近い部分を除去すると、飽和磁束密度が170(emu/g)、保磁力が31(kOe)、キュリー温度が754(K)の磁気特性を示した。
【0046】
この磁粉を非磁性フッ化物材料と混合した後、磁場中で配向させ、加熱圧縮成形することでフッ化物が塑性変形すると、フッ化物がバインダとなる高電気抵抗のボンド磁石を作成ことができる。フッ化物バインダ(MgF)のボンド磁石に占める磁粉の体積は90%であり、残留磁束密度が1.21(T)、保磁力が30(kOe)であった。このボンド磁石を埋め込み磁石モータに適用して着磁した後、誘起電圧波形を測定した結果、NdFeB系又はSmFeN系等の他の希土類元素を含有する主相から成るボンド磁石よりも高い誘起電圧を示すことが確認された。
【0047】
このように、遷移元素Mを添加したR(Fe、M)F(x、yは自然数、zは正の数)は、元素Mと希土類元素Rとフッ素Fから構成される主相とは別の強磁性化合物の成長を伴い、従来のボンド磁石よりも希土類含有量が少なく、かつ、磁気特性を向上させた磁石材料として各種の磁気デバイスに適用することが可能である。前述した主相とは別の強磁性化合物は、RMF(Rは希土類元素、Mは遷移金属元素、Fはフッ素、x、y、zは正数、0≦x<y、z<y)で表わされるフッ化物であり、その一部は母相に強磁性結合を有している。
【0048】
[実施例10]
この実施例では、鉄とSmF及びSmを混合し、Sm2.3Fe17F組成のターゲットを作成する。このターゲットをスパッタリング装置内に設置し、Arイオンによりターゲットの表面をスパッタすることで基板にSmFeF系の薄膜を形成する。スパッタリングによって作成した膜の組成はSmFe17Fであった。膜中に菱面体晶又は六方晶の結晶構造からなる結晶粒を形成させるために、下地にはTaを選択し酸化防止のためにTaでキャッピングした。スパッタリング膜を200から300℃の温度範囲に加熱し、10時間保持した。スパッタリング膜に菱面体晶の結晶が成長していることが、X線回折パターン又は電子顕微鏡を使用した制限視野電子線回折像の解析から確認できた。この後、フッ素原子の一部がThZn17構造やThNi17構造の9e又は6hサイトに侵入していることを確認した。
【0049】
次に、SmFe17Fのフッ素濃度を高くするため、基板に形成したスパッタリング膜をフッ化アンモニウム(NHF)分解ガス中で熱処理する。熱処理温度は300℃であり、その保持時間は1時間である。熱処理後の薄膜の組成はSmFe17FからSmFe17Fの組成になり、フッ素濃度の増加に伴い磁気特性が向上することを確認した。SmFe17F膜の磁気特性は、残留磁束密度が1.5(T)、保磁力が35(kOe)、キュリー温度が770(K)である。このように、SmFe17F膜は、磁気記録媒体への応用が可能な磁気特性をもつ。
【0050】
粒界又は界面等に主相とは異なる構造をもったSmF、SmF、FeF等のフッ化物、又はSmOF等の酸フッ化物、又は酸化鉄のスパッタリング膜中での成長が、直径2(nm)の電子線を用いた電子線回折像の解析から確認された。残留磁束密度が1.4(T)を超えると共にキュリー温度が700(K)を超える膜は、前述したように、R(Fe、M)F(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mはフッ素の電気陰性度(4.0)よりも小さく、かつ、電気陰性度が3以下の遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数)で示される六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶などの結晶構造を有する主相のフッ素化合物を形成する際に成長するフッ化物又は酸フッ化物として形成される。なお、添加する遷移元素Mの濃度は結晶構造の安定性向上に寄与し、かつ、鉄(Fe)の濃度よりも少ないことが残留磁束密度を確保するために望ましい。なお、下地層やキャッピング層は、Ta以外の金属又はフッ化物、窒化物、炭化物、酸化物であっても、ほぼ同等の特性が得られる。R(Fe、M)Fには、不純物として酸素、水素、窒素、炭素、ホウ素又は微量金属不純物が含有していても特性上の問題はない。
【0051】
[実施例11]
この実施例では、鉄とSmF及びSmを混合し、Sm2.3Fe17F組成のターゲットとSmFe17組成のターゲットの二種類を作成する。この二枚のターゲットをスパッタリング装置内に設置し、Arイオンにより二枚のターゲットの表面を交互にスパッタする。これにより、基板上にSmFeF系の薄膜とSmFe系膜を多層的に形成した薄膜を形成する。SmFeF系薄膜の膜厚が2(nm)、SmFe系膜の膜厚が3(nm)であった。この多層膜を200℃で熱処理し、膜全体の組成がSmFe17Fとなるように膜形成条件や熱処理条件の最適化を進めた。この膜中に菱面体晶又は六方晶の結晶構造からなる結晶粒を形成させるために、下地にはW(タングステン)を選択し、酸化防止のためにWでキャッピングした。熱処理後のスパッタリング膜に菱面体晶の結晶が成長していることが、X線回折パターン又は電子顕微鏡を使用した制限視野電子線回折像の解析から確認できた。SmFe17Fのフッ素濃度を高くするため、スパッタリング膜の表面にSmF膜のようなフッ化物を含有するアルコール液を塗布して熱処理する。熱処理温度は350℃で保持時間は1時間である。熱処理後の薄膜の組成は、SmFe17FからSmFe17F2.5になった。フッ素濃度の増加に伴い、保磁力の増加、残留磁束密度の増加、飽和磁束密度の増加、保磁力温度係数の減少、残留磁束密度の減少、キュリー温度の上昇など、磁気特性の向上が確認された。
【0052】
SmFe17F2.5膜の磁気特性は、残留磁束密度が1.45(T)、保磁力が32(kOe)、キュリー温度が750(K)であり、磁気記録媒体に応用できる磁気特性をもつ。主相とは異なる構造をもったSmF、SmF、FeF等のフッ化物、又はSmOF等の酸フッ化物、又はFeO、FeO等の酸化鉄の膜中の粒界又は界面等における成長が、直径1nmの電子線を用いた電子線回折像の解析から確認された。残留磁束密度が1.4(T)を超え、キュリー温度が700(K)を超える膜は、前述したように、R(Fe、M)F(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mは遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数)で示される六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶、立方晶などの結晶構造を有する主相のフッ素化合物を形成する際に成長するフッ化物又は酸フッ化物又は酸化物として形成される。添加するTi、Al、Ga、Ge、Bi、Ta、Cr、Mn、Zr、Mo、Hf、Cu、Pd、Mg、Si、Co、Ni、Nb等の遷移元素Mの濃度は、結晶構造の安定性向上に寄与し、鉄(Fe)よりも少ないことが残留磁束密度の確保のために望ましい。なお、下地層やキャッピング層は、W(タングステン)以外の金属、又はフッ化物、窒化物、炭化物、酸化物であってもほぼ同等の特性が得られる。R(Fe、M)Fには、不純物として酸素、水素、窒素、炭素、ホウ素又は微量金属不純物が含有していても特性上の問題はない。なお、フッ素に代わって塩素を使用しても良い。
【0053】
[実施例12]
この実施例では、エタノールを溶媒として、SmF近傍の組成物を膨潤させた溶液及び鉄イオンを含有する溶液を使用し、基板上に交互に塗布する。一層当たりの塗布膜厚は1から2(nm)である。塗布直後の単層膜の結晶構造は非晶質に近い。基板には鉄板を使用した。Smが多い層とFeが多い層が積層した膜の全体の厚さは約1(mm)である。この膜を350℃で1時間、一方向への磁場を印加しながら加熱し、結晶化させる。加熱により非晶質構造を構成する元素を拡散させ、準安定な結晶質に相転移を起こす。これにより、SmFe17Fが、SmOFやFeO、FeF、FeF等のフッ化物、酸フッ化物又は酸化物、炭化物を伴って成長する。SmFe17Fを多く成長させるため、SmFe17Fを安定化させるAl、Ga、Ge、Co、Ti、Mg、Co、Mn、Nb、Cu、Bi、Pd、Pt等の遷移元素を0.01から1(wt%)のイオンとして、前述した二種類のいずれかの溶液に添加する。
【0054】
SmFe17Fは、菱面体晶ThZn17又は六方晶ThNi17構造を有する。フッ素原子は、菱面体晶ThZn17の9eサイト又は六方晶ThNi17構造の6hサイトに配置される。フッ素原子の導入により、a軸長又はc軸長のいずれかが膨張する。フッ素導入による格子体積の増加が0.1から5%、又は格子歪の増加が0.1から15%確認できる。このような格子体積や格子歪の増加により、鉄原子の磁気モーメントの増加や結晶磁気異方性エネルギーの増加、キュリー温度(キュリー点)の上昇、交換結合エネルギーの増加のいずれかが観測できる。
【0055】
SmFe17F膜は印加磁場により異方性が発現し、その磁気特性は残留磁束密度が1.65(T)、保磁力が32(kOe)、キュリー温度が780(K)である。この磁気特性は、磁気記録媒体やモータを含む小型磁気回路に応用できる。残留磁束密度は1.5(T)を超え、かつ、キュリー温度が600(K)を超える膜は、R(Fe、M)F(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mは遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数)で示される六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶、立方晶又はラーベス相(Laves Phase)等の結晶構造を有する主相のフッ素化合物を形成する際に成長するフッ化物又は酸フッ化物又は酸化物として形成される。鉄−鉄原子間に配置されるフッ素原子及び鉄−鉄原子間には配置されないが希土類元素や酸素と化合物を形成するフッ素原子が認められる。添加するTi、Al、Ga、Ge、Bi、Ta、Cr、Mn、Zr、Mo、Hf、Cu、Pd、Mg、Si、Co、Ni、Nb等の遷移元素Mの濃度は、結晶構造の安定性向上に寄与する。なお、遷移元素Mの濃度は、鉄(Fe)の濃度よりも少ないことが残留磁束密度を確保するためには望ましい。なお、R(Fe、M)Fには、不純物又は侵入位置へ配置する元素として酸素、水素、窒素、炭素、ホウ素又は微量金属不純物が含有していても、特性上の問題はない。また、フッ素に代わって塩素を使用しても良い。
【0056】
[実施例13]
この実施例では、鉄のターゲット上にSmF及びSmFe17組成のチップを配置した状態でスパッタ装置内に設置する。装置内にArガスを注入してスパッタリングし、ガラス基板上に1(μm)の厚さでSm-Fe-F系膜を形成した。チップ数を調整することで、SmFe24F膜を得る。スパッタリング中は基板に磁界を印加し、形成されるスパッタリング膜に磁気異方性を付加した。スパッタリング膜の形成後、400℃に加熱して元素を拡散し、硬質磁性膜を作成した。
【0057】
この膜には結晶構造がThMn12型構造の強磁性相が成長し、一部のフッ素原子は侵入位置に配列している。また、加熱処理により、スパッタリング膜中には、SmOFやFeO、FeF、FeF等のフッ化物、酸フッ化物又は酸化物、炭化物が粒径1から100nmで成長する。SmFe24Fを多く成長させるため、SmFe24Fを安定化させるAl、Ga、Ge、Co、Ti、Mg、Co、Mn、Cr、Nb、Cu、Bi、Pd、Pt、Bi、Sr、W、Ca等の遷移元素をターゲット上に鉄との合金チップとして配置し、0.001から1(at%)の範囲でSm-Fe-F膜に添加する。作成した膜の磁気特性は、残留磁束密度が1.6(T)、保磁力が35(kOe)、キュリー温度が790(K)である。この磁気特性は、磁気記録媒体や磁気ヘッドの磁性膜、モータを含む小型磁気回路に応用できる。
【0058】
残留磁束密度が1.5(T)を超え、キュリー温度が700(K)を超えるスパッタリング膜は、前述したように、R(Fe、M)F(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mは遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数)で示される六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶、立方晶等の結晶構造を有する主相のフッ素化合物を形成する際に成長するフッ化物又は酸フッ化物、酸化物及びbcc構造又はbct構造の鉄や鉄フッ素二元合金相として形成される。鉄−鉄原子間に配置されるフッ素原子及び鉄−鉄原子間に配置されないが希土類元素や酸素と化合物を形成するフッ素原子が認められる。強磁性体での交換結合及びフェリ磁性体での超交換相互作用の両者に、フッ素導入効果が認められる。また、添加するAl、Ga、Ge、Co、Ti、Mg、Co、Mn、Cr、Nb、Cu、Bi、Pd、Pt、Bi、Sr、W、Ca等の遷移元素Mの濃度は、結晶構造の安定性向上に寄与する。遷移元素Mの濃度は、鉄(Fe)の濃度よりも少ないことが残留磁束密度を確保するためには望ましい。なお、R(Fe、M)Fには、不純物として酸素、水素、窒素、炭素、ホウ素又は微量金属不純物が含有していても特性上の問題はない。また、フッ素に代わって塩素、リン、硫黄、又はこれらの元素とフッ素との混合物を使用しても良い。
【0059】
[実施例14]
この実施例では、エタノールを溶媒としてSmF近傍の組成物を膨潤させた溶液及び鉄イオンを含有する溶液を使用し、基板上に交互に塗布する。一層当たりの塗布膜厚は10から20(nm)である。塗布直後の単層膜の結晶構造は非晶質に近く、一部結晶質が成長している。基板にはガラス板を使用した。Sm及びフッ素が多い層とFeが多い層が積層した膜全体の厚さは約1(mm)である。この塗布膜には、10(kOe)の大きさの一方向への磁場を印加しながら400℃で1時間加熱する。この加熱により、非晶質又は準安定相を結晶化させる。加熱により準安定相を構成する元素が拡散し、より安定な結晶質に相転移を起こし、SmFe17FがSmOFやFeO、FeF、FeF等のフッ化物、酸フッ化物又は酸化物、炭化物を伴って成長する。SmFe17Fを多く成長させるため、SmFe17Fを安定化させるTi、V、Co、Cr、Mn、Cu、Zn、Ga、Ge、Asなどの遷移元素Mを、0.1から1(wt%)のイオンとして前述した二種類のいずれかの溶液に添加する。
【0060】
SmFe17Fは、菱面体晶ThZn17又は六方晶ThNi17構造を有し、フッ素原子の一部が菱面体晶ThZn17の9eサイト又は六方晶ThNi17構造の6hサイトに配置される。フッ素原子の導入により、a軸長又はc軸長のいずれかが膨張する。フッ素導入による格子体積の増加が0.1から7%確認される。このような格子体積の増加により、鉄原子の磁気モーメントが平均して5から10%増加し、結晶磁気異方性エネルギーが約50%増加し、キュリー温度(キュリー点)が200℃上昇する。
【0061】
SmFe17F膜は印加磁場により異方性が発現し、その磁気特性は、298(K)における残留磁束密度が1.63(T)、保磁力が35(kOe)、キュリー温度が795(K)である。この磁気特性は、磁気記録媒体やモータを含む小型磁気回路に応用できる。
【0062】
残留磁束密度が1.5(T)を超え、キュリー温度が750(K)を超える溶液を用いて作成した膜は、R(Fe、M)F(ここでRはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mは遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数でx<z<y)で示される六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶、立方晶などの結晶構造を有する主相のフッ素化合物を形成する際に成長する規則相又は不規則相のフッ化物又は酸フッ化物、酸化物として形成される。鉄−鉄原子間に配置されるフッ素原子及び鉄−鉄原子間に配置されないが希土類元素や酸素と化合物を形成するフッ素原子又は希土類原子と鉄原子間への配置が認められる。一部の主相の界面では強磁性結合及び超交換相互作用が働くことが保磁力増加に寄与する。
【0063】
また、添加するTi、V、Co、Cr、Mn、Cu、Zn、Ga、Ge、As等の遷移元素Mの濃度は、結晶構造の安定性向上に寄与する。遷移元素Mの濃度は、鉄(Fe)の濃度よりも少ないことが残留磁束密度を確保するためには望ましい。なお、R(Fe、M)Fには、不純物として酸素、水素、窒素、炭素、又は微量金属不純物が含有していても特性上の問題はない。フッ素に代わって塩素やリン、硫黄を使用しても良い。
【0064】
[実施例15]
この実施例では、鉄のターゲット上にSmF及びSmFe17チップを配置した状態でスパッタ装置内に設置する。装置内にArとフッ素の混合ガスを注入し、反応性スパッタリングを試みた。スパッタリングには、Ar-2%Fガスを使用し、圧力1(mTorr)、基板温度250℃、一方向に30(kOe)の磁場を印加した。この場合、膜厚が約1(μm)のSm-Fe-F膜には、SmFe24Fが成長していることが確認され、斜方晶及び正方晶の成長が確認された。粒界や表面の一部には、SmOF、Sm(O、F、C)やFeO、FeF、FeF等のフッ化物、酸フッ化物又は酸化物、炭化物、水素化物が粒径0.1から100(nm)で成長していた。SmFe24Fを多く成長させるため、SmFe24Fを安定化させるAl、Ga、Ge、Co、Ti、Mg、Co、Mn、Cr、Nb、Cu、Bi、Pd、Pt、Sr、W、Ca等の遷移元素をターゲット上に鉄との合金チップとして一種又は複数種配置し、0.001から1(at%)の範囲でSm-Fe-F膜に添加する。作成した膜を300℃で熱処理して結晶粒を成長させ、平均結晶粒径を10から100(nm)とした。
【0065】
因みに、500℃よりも高温で熱処理するとSmFe24Fの構造が変化し、粒界近傍のフッ化物や酸フッ化物が成長し、保磁力が低下する。基板材料の選択により容易磁化方向を基板面内又は基板に垂直な方向に配向した膜を作成できる。SmFe24Fの磁気特性は残留磁束密度が1.7(T)、保磁力が35(kOe)、キュリー温度が820(K)である。この磁気特性は、磁気記録媒体、MRAM等の磁気メモリー、磁気ヘッドの磁性膜、モータを含む小型磁気回路に応用できる。
【0066】
残留磁束密度が1.6(T)を超え、キュリー温度が700(K)を超えるスパッタリング膜は、前述したように、R(Fe、M)F(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mは遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数でx<0.1(x+y)、Rの含有量がR、FeとMの和の10原子%未満)で示されるFeリッチ化合物又は合金相である。Feリッチ化合物は、合金相が六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶、立方晶などの結晶構造を有する主相であって、フッ素濃度に依存して異なる結晶構造をもつ。スパッタリング膜には、主相のフッ素化合物を形成する際に成長するフッ化物又は酸フッ化物、酸化物及びbcc構造又はbct構造の鉄や鉄フッ素二元合金相が形成される。鉄−鉄原子間に配置されるフッ素原子及び鉄−鉄原子間に配置されないが希土類元素や酸素と化合物を形成するフッ素原子が認められる。強磁性体での交換結合及びフェリ磁性体での超交換相互作用の両者にフッ素導入効果のいずれかがが認められる。また、添加するAl、Ga、Ge、Co、Ti、Mg、Co、Mn、Cr、Nb、Cu、Bi、Pd、Pt、Sr、W、Ca等の遷移元素Mの濃度は、結晶構造の安定性向上に寄与する。なお、R(Fe、M)Fには、不純物として酸素、水素、窒素、炭素、ホウ素、又は微量金属不純物が含有していても特性上の問題はない。フッ素に代わって塩素、リン、硫黄、あるいはこれらの元素とフッ素との混合物を使用しても良い。
【0067】
[実施例16]
この実施例では、鉄-50%マンガン合金をターゲットに使用する。この合金ターゲットの上に、SmFチップ及びSmMnチップを載せてスパッタ装置内に設置する。装置内にArガスを注入し、2(mTorr)のガス圧、スパッタリング速度0.1(μm/分)でスパッタリングすると、SmFe11MnF組成の合金膜が形成される。1x10−6(Torr)の真空中で、合金膜に30(kOe)の磁場を印加し、500℃で1時間保持した後、20℃まで急冷する。冷却中も磁場を印加する。急冷後の膜には、SmFe11MnF及びSmFeMn11Fが成長した。前者が強磁性を示し、後者がフェリ磁性を示す。すなわち、冷却後の膜は複合磁性材料となる。これら二種類の磁性相以外にも、粒界又は界面にはSmF、SmOF、MnF、FeF等のSmFe11MnF及びSmFeMn11Fとは格子定数や結晶構造が異なるフッ化物や酸フッ化物が成長する。SmFe11MnF及びSmFeMn11Fに含有するフッ素原子の一部は侵入位置に配置し、結晶格子を膨張させる。SmFe11MnFによって磁気モーメントが増加する。キュリー温度がフッ素の導入により約250℃上昇する。SmFeMn11FによってMnの原子サイトに依存する磁気モーメントの差が大きくなり、磁化が20%増加する。SmFe11MnF組成の磁性膜の磁気特性は、磁場中での冷却による前述した二相間の交換結合の発現により、減磁曲線は冷却中の磁場方向に依存する。結果的に、残留磁束密度が1.3(T)、保磁力が35(kOe)の高保磁気特性が得られる。
【0068】
残留磁束密度が1.3(T)、保磁力が25(kOe)を満足できる材料は、以下のように記述できる。すなわち、磁性相がRFeMF及びRFeMFの少なくとも二相から構成され、RがYを含む希土類元素、Feが鉄、MがMnやCrなどの遷移金属元素、Fがフッ素、u、v、w、a、x、y、z、bは正数であり、u<v、w<v、0≦x<z、y<z、w<zという条件で、かつフッ素原子の一部が鉄又はM原子を主とする格子内の侵入位置に配置しており、少なくとも二相間には磁気的な結合が存在する。
【0069】
磁気的な結合の有無は、磁場中で冷却した場合と磁場を印加せずに冷却した場合とを比較することで、保磁力に0.5(kOe)以上の差があることで確認可能である。SmFe11MnF及びSmFeMn11Fの成長には、フッ化物や酸フッ化物の粒界又は表面における成長を伴い、フッ素濃度が粒界のフッ化物や酸フッ化物の方が主相よりも高い。
【0070】
フッ素の導入による磁気的結合は他の磁気物性にも影響する。このため、硬質磁性材料だけでなく、磁気比熱を利用した磁気冷凍器の冷媒、磁気発電効果材料にも応用できる。なお、磁性相のRFeMF又はRFeMFのいずれか一相のみから主相が構成される場合でも硬質磁気特性を示し、磁石材料として各種の磁気回路に適用できる。またこれらの主相は、u、v、w、a、x、y、z、bの制御により電子状態が大きく変化することに伴い、磁気抵抗効果、磁気歪効果、熱電効果、磁気冷凍効果、磁気発熱効果、磁界誘起構造相転移又は超伝導特性を示す。
【0071】
[実施例17]
この実施例では、厚さ2(μm)の鉄箔を水素ガス中で加熱還元し、表面の酸化物を除去する。この鉄箔にフッ素イオンを150℃の温度で注入する。注入量は1x1016(/cm)である。注入後の鉄には格子定数が0.2865〜0.295のbcc構造又はbct構造が確認できる。最表面よりも箔体の中心部又は内部においてフッ素濃度が高く、格子体積も大きい傾向を示した。この注入により、鉄箔の飽和磁化は約5%増加する。この飽和磁化の増加はフッ素原子が体心立方格子の四面体又は八面体位置に侵入するためである。さらに、フッ素を注入した鉄箔に、SmF組成物が膨潤されたアルコール溶液を10(nm)の膜厚で塗布する。乾燥後、400℃で5時間熱処理し、Sm及びフッ素を拡散させる。Sm及びフッ素が鉄箔の中心部まで拡散し、異方性が増加する。鉄箔にはbcc構造の鉄、bct構造の鉄及びSmFe17Fが成長し、フッ素が鉄及びSmFe17の格子間侵入位置又は置換位置に配置される。その結果、格子歪みが増加し、面間隔が増加していることをX線回折パターンのピーク位置やピーク幅から確認した。また、電子顕微鏡の観察より、粒界の一部にフッ化物や酸フッ化物が母相の平均粒径よりも小さい粒径で成長していることを確認した。Bcc構造やbct構造の鉄の格子よりも、SmFe17F組成物のフッ素導入による格子体積の膨張量の方が大きく、格子体積も大きい。この格子体積の増大に伴い、鉄原子の磁気モーメントの増大、磁気異方性エネルギーの増大、キュリー温度の上昇が磁化測定及び磁化の温度依存性の測定から明らかになった。このようなフッ素注入又はフッ素と窒素、フッ素と塩素を注入した鉄箔体を積層して厚さを所望の仕様に調整すれば、種々の磁気回路に使用することができる。
【0072】
[実施例18]
この実施例では、SmFe17粉を粒径が約1(μm)になるまで粉砕し、500℃において水素気流中で還元する。この後、酸化物が除去されたSmFe17粉を10(kOe)の磁場中に置き、0.5(t/cm)の圧力を付加して仮成形体を作成する。仮成形体の隙間にはSmF3.1組成物が膨潤されたアルコール溶液を含浸させる。この含浸処理によりSmFe17粉表面にはSmF系非晶質膜が形成させる。これを水素気流中で加熱乾燥させ、酸化を抑えながら非晶質膜の一部を結晶化させる。さらに、水素気流中で電磁波を照射し、フッ化物を発熱させることによりSmFe17粉の表面をフッ化する。フッ化中に圧力を印加して高密度成形体を作成できる。その磁気特性は、残留磁束密度が1.6(T)、保磁力が25(kOe)、キュリー温度が720(K)である。この磁気特性は、磁気記録媒体、磁気ヘッドの磁性膜、モータを含む小型磁気回路に応用することができる。
【0073】
残留磁束密度が1.6(T)、キュリー温度が700(K)を超える成形体は、R(Fe、M)F(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mは遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数であり、x<0.11(x+y)、Rの含有量がRとFeとMの和を100%とした時の11原子%未満)で示されるFeリッチ化合物又は合金相である。Feリッチ化合物は、合金相が六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶、立方晶等の結晶構造を有する主相であって、フッ素濃度に依存して異なる結晶構造をもつ。成形体には主相のフッ素化合物を形成する際に成長するフッ化物又は酸フッ化物、酸化物及びbcc構造又はbct構造の鉄や鉄フッ素二元合金相が形成され、鉄−鉄原子間に配置されるフッ素原子及び鉄−鉄原子間に配置されないが希土類元素や酸素と化合物を形成するフッ素原子が認められる。強磁性体での交換結合及びフェリ磁性体での超交換相互作用の両者にフッ素導入効果のいずれかが認められる。フッ素濃度が粒中心よりも粒外周側の方が平均的に高く、格子体積も粒の外周側の方が中心部よりも大きい傾向がある。粒外周側において磁気異方性が大きいことから、磁区構造の磁壁幅に違いがみられる。
【0074】
主相のフッ化物は600℃以上に加熱すると、一部の結晶粒は構造を変えて、より安定なフッ化物と鉄合金相になる。このような構造変化を抑制するためには添加元素を使用することが有効である。添加可能なAl、Ga、Ge、Co、Ti、Mg、Co、Mn、Cr、Nb、Cu、Pd、Pt、Bi、Sr、W、Ca等の遷移元素Mの濃度は、結晶構造の安定性向上に寄与する。なお、R(Fe、M)Fには、不純物として酸素、水素、窒素、炭素、ホウ素又は微量金属不純物が含有していても特性上の問題はない。MやRe元素の一部は粒界や表面に偏在化する。フッ素に代わって塩素、リン、硫黄、あるいはこれらの元素とフッ素との混合物を使用しても良い。
【0075】
また、強磁性フッ化物で使用している鉄の代わりにCoを使用したR(Co、M)F(ここでRはYを含む希土類元素、Coはコバルト、Mは一種類以上の遷移元素、Fはフッ素、x、y、zは正の数であり、x<0.11(x+y)、Rの含有量がRとCoとMの和を100%とした時の11原子%未満)でも良い。Coリッチ化合物又は合金相の場合にも、フッ素導入による保磁力増加、磁化増加又はキュリー温度上昇のいずれかの効果が得られる。
【0076】
[実施例19]
この実施例では、SmFe17粉を粒径が約0.5(μm)になるまで粉砕した後、500℃においてアンモニアの気流中で還元する。還元により酸化物が除去され、表面の一部が窒化したSmFe17粉が得られる。この粉を10(kOe)の磁場中に置き、0.5(t/cm)の圧力を付加して仮成形体を作成する。仮成形体の隙間にPrF3.1組成物が膨潤したアルコール溶液を含浸させる。この含浸処理により、SmFe17N1−3粉の表面にはPrF系非晶質膜が形成される。
【0077】
次に、SmFe17N1−3粉を水素気流中で加熱乾燥させ、酸化を抑えながら非晶質膜の一部を結晶化させる。さらに、水素気流中で電磁波を照射し、フッ化物を発熱させる。これにより、SmFe17粉の表面をフッ化する。フッ化中に圧力を印加すると、高密度成形体を作成することができる。また、一部のPrとSmの交換反応が拡散により進行する。磁粉表面にはPrFやPrOF、PrOが成長し、磁粉内の結晶粒の外周部には(Sm、Pr)Fe17(N、F)1−3が成長する。結晶粒の中心部は、外周部よりもフッ素濃度及びPr濃度が低く、格子定数も小さく、単位胞又は格子体積は結晶粒の外周部よりも内周部の方が平均的に小さくなる傾向を示す。結晶粒界又は表面の一部には、希土類元素を含有するフッ化物や酸フッ化物、酸化物以外に、bcc構造、bct構造又はfcc構造のFe、Fe-F、又はこれらの鉄基合金に微量の希土類元素や窒素、炭素、酸素等を含有する相が成長する。
【0078】
これらのFe基合金の格子定数は、母相の(Sm、Pr)Fe17(N、F)1−3よりも小さく、格子体積もFe基合金の方が母相よりも小さい。磁粉の磁気特性は、残留磁束密度が190(emu/g)、保磁力が25(kOe)、キュリー温度が730(K)である。この磁気特性は、モータを含む小型磁気回路に応用することができる。また、この磁気特性は、表面磁石モータ、埋め込み磁石モータ、極異方性磁石モータ、ラジアルリング磁石モータ、アキシャルギャップ磁石モータ、リニア磁石モータ等の磁石モータにも適用できる。
【0079】
残留磁束密度が190(emu/g)、キュリー温度が700(K)を超える磁粉は、R(Fe、M)(N、F)(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Mは遷移元素、Nは窒素、Fはフッ素、x、y、zは正の数であり、x<0.11(x+y)、Rの含有量がRとFeとMの和を100%とした時の11原子%未満)で示されるFeリッチ化合物又は合金相である。Feリッチ化合物は、合金相が六方晶、菱面体晶、正方晶、斜方晶、立方晶等の結晶構造を有する主相であって、フッ素濃度に依存して異なる結晶構造及び規則・不規則構造をもつ。成形体には、主相のフッ素化合物を形成する際に成長するフッ化物又は酸フッ化物、酸化物及びbcc構造又はbct構造又はfcc構造の鉄や鉄フッ素二元合金相が形成される。鉄−鉄原子間に配置されるフッ素原子及び鉄−鉄原子間に配置されないが希土類元素や酸素と化合物を形成するフッ素原子が認められる。強磁性体での電子状態密度の分布変化による交換結合にフッ素導入効果が認められる。
【0080】
フッ素の濃度は、粒中心よりも粒外周側の方が平均的に高く、格子体積も粒の外周側の方が中心部よりも大きい傾向がある。x≧0.11になると希土類元素濃度が高くなり、材料の原料費が高価となると共に、残留磁束密度が低下する。望ましいxの値は、0.01<x<0.11である。x≦0.01の場合、保磁力が減少し残留磁束密度も低下する。この材料では粒外周側において磁気異方性が大きい。このため、磁区構造の磁壁幅に違いがみられる。
【0081】
主相の窒素含有フッ化物は650℃以上に加熱されると、一部の結晶粒は構造を変えて、より安定なフッ化物や窒化物と鉄合金相になる。このような構造変化を抑制するためには、添加元素を使用することが有効である。添加可能なAl、Ga、Ge、Co、Ti、Mg、Co、Mn、Cr、Nb、Cu、Bi、Sr、W、Ca等の遷移元素Mの濃度は、結晶構造の安定性向上に寄与する。なお、R(Fe、M)(N、F)には、不純物として酸素、水素、炭素、ホウ素又は微量金属不純物が含有していても特性上の問題はない。一部のM元素は粒界や表面に偏在化する。フッ素に代わって塩素、リン、硫黄又はこれらの元素とフッ素との混合物を使用しても良い。
【0082】
[実施例20]
この実施例では、Sm2.1Fe17の合金を真空溶解によって作成し、水素粉砕することで粒径が約10(μm)のSmFe17粉を得る。この粉末をCaH及びNHFを分解させたガス中で300℃に加熱し、5時間保持する。この熱処理により、SmFe17F0.1−3が成長する。このSmFe17F0.1−3を加熱成形装置の金型に挿入し、400℃で3(t/cm)の荷重で押し出し加工する。加熱成形中に粉が塑性変形することにより、SmFe17F0.1−3の配向方向が揃い、異方性の高い磁性体又は磁粉が得られる。CaH及びNHFを分解させたガス中で加熱する代わりにSmFの平均径が10(nm)の粉とアルコールとの混合スラリーを使用してメカニカルアロイによりSm2.1Fe17の表面からSmFe17F0.1−3を成長できる。異方性磁粉を用いて有機樹脂材料と混合し、磁場中で加熱圧縮して成形すると、樹脂20(体積%)で、残留磁束密度が1.3(T)、保磁力が25(kOe)の圧縮成形ボンド磁石を作成することができる。
【0083】
このようなボンド磁石は、樹脂バインダーを無機バインダーであるMgF等のフッ化物にすることにより、バインダー材の体積を更に少なくすることができ、残留磁束密度やエネルギー積を増加させることができる。ボンド磁石の磁気特性を満足する磁粉の主相組成はRFeF(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Fはフッ素、x、y、zは正数であり、y>(x+z))である。なお、フッ素原子の一部が主相の侵入位置に配置され、粒界又は表面の一部にbcc構造又はbct構造のフッ素含有鉄及びSmOF等の酸フッ化物、SmF、FeF等のフッ化物又はFeO、SmO等の非磁性又はフェリ磁性の酸化物又は水素化物が成長している。フッ素濃度は、酸フッ化物又はフッ化物で最も高い。従って、主相の格子体積は、bcc構造及びbct構造の鉄フッ素合金よりも大きく、磁石を構成する結晶粒又は磁粉にa軸又はc軸方向に配向性がある。主相の体積がボンド磁石全体の30%以上で、望ましくは50%から90%にすることで高残留磁束密度を実現できる。なお、フッ化の際には、フッ化アンモニウム以外にも、フッ素を含有する種々のガスを使用することができる。ボンド磁石用磁粉を構成する主相は、RFeFの基本組成以外に、RMF(RはYを含む希土類元素、MはCo、FeとCoの合金、Fはフッ素やフッ素と炭素や窒素、酸素、硼素、塩素、リン、硫黄、水素との混合又は塩素、x、y、zは正数であり、y>(x+z))であっても良い。
【0084】
[実施例21]
この実施例では、NdFe14Bを主相とする焼結磁石を粉砕し、粉末径が3から10(μm)の磁粉を作成する。この後、平均粒径が0.5(μm)のFeF粉がアルコールと混合されたスラリーと混合し、フッ化物でコートされたステンレスボールによりメカニカルアロイを実施する。メカニカルアロイの後、NdFe14B粉の表面の一部はフッ化される。さらに、300℃の熱処理により、NdFe17F相及びbcc構造又はbct構造の鉄がNdFe14B粉の表面に成長する。これにより、メカニカルアロイの直後よりもキュリー温度が上昇し、残留磁束密度が増加する。磁束密度の増加は、メカニカルアロイ(メカニカルアロイング)及びその後の熱処理により、キュリー点の高いNdFe17F相が鉄を伴って成長するためである。
【0085】
粉の表面には、このような強磁性相以外にも、FeF、NdF、NdF等のフッ化物やNdOF、(Nd、Fe)OF等の酸フッ化物又はNdO、FeO、FeO等の酸化物が成長する。強磁性相は、NdFe14B、NdFe17F(x=0.01から2)及び鉄であり、これらの一部の強磁性相間には強磁性結合が働き、残留磁束密度を増加させる。NdFe17Fのフッ素濃度は、メカニカルアロイ後の熱処理時にフッ化アンモニウム、フッ素、フッ化水素等のフッ素を含有するガスに粉を曝すことにより増加し、NdFe17F2−3が粉表面に成長してキュリー温度が710(K)に上昇する。NdFe14Bに磁気的に結合し、NdFe14Bよりもキュリー温度が高く、かつ、磁気異方性が大きい硬質磁性相を成長させることにより、NdFe14Bの磁化反転の抑止、熱減磁の低減を実現できる。このように、重希土類元素を添加しなくとも、耐熱性を高めることができる。
【0086】
また、粉末中心が軟磁気特性の鉄リッチ相でその外周側に磁気異方性が高くキュリー温度の高い硬質磁性材料を成長させ、鉄リッチ相と硬質磁性材料間に磁気的な結合を付加することにより、希土類元素の使用量を削減できる硬質磁性材料を作成することができる。すなわち、純鉄よりも高い磁束密度を示すフッ素を含有する鉄フッ素合金粉の表面に軽希土類フッ化物を溶液処理により成長させ、水素又はフッ素を含有するガス中で熱処理することにより、フッ素及び軽希土類元素を拡散させ、RFeF(Rは軽希土類元素、Feは鉄、Fはフッ素、x、y、zは正数でy>(x+z))及び酸フッ化物を粉の外周側に成長させることができる。これにより、残留磁束密度が1.8(T)の磁石材料を作成できる。
【0087】
本実施例のように、結晶構造及び組成が異なる複数の強磁性相間に強磁性結合を付与させることにより、磁気特性を向上させることができる。すなわち、本実施例では、少なくとも一つの強磁性相がフッ素を含有し、結晶粒中にフッ素濃度の勾配を有し、一部のフッ素原子は希土類元素と鉄との化合物を形成し、一部のフッ素原子は鉄中に配置され、フッ素の高い電気陰性度のために電子の状態密度分布や電場勾配に偏りを生じさせることにより、磁気特性や電気特性等の物性値を変化させる。これにより、磁気特性を向上させ、残留磁束密度1.8(T)を実現する。このような磁気物性の変化に対応して、内部磁場や低温での磁気変態、磁気抵抗効果、磁気発熱効果、磁気吸熱効果、超電導特性にフッ素の導入効果が表れる。
【0088】
[実施例22]
この実施例では、純度99.9%でSmFe17の合金ターゲットを作成し、ターゲットの片面を水冷し、片側をスパッタリングする。スパッタリング時には、Ar−2%SF-1%Fガスを使用し、到達真空度を1x10−5(Torr)、スパッタ中ガス圧1(mTorr)で10(nm/分)の速度でMgO(100)を基板上に基板温度250℃で膜形成した。なお、スパッタリング前に、基板表面を洗浄し、かつ、逆スパッタにより清浄化している。
【0089】
作成した膜組成はSmFe17Fであり、SmFe17膜よりも格子定数が増加し、キュリー温度、飽和磁束密度及び磁気異方性エネルギーの増加が見られた。また、SmFe17F膜の配向性は基板温度や膜形成速度に依存するが、前記の条件ではc軸配向の膜が得られ、面内に磁化容易軸を有していた。MgO基板にSmFe17Fがエピタキシャル成長しているが、この膜を400℃で1時間加熱すると、SmFやフッ素を含有するbcc構造又はbct構造の鉄が成長することをXRDパターンにより確認した。
【0090】
フッ素を含有するbcc構造又はbct構造の鉄は、純鉄の飽和磁化よりも1から20%高い。このため、これらのフッ素含有強磁性鉄と主相であるフッ素化合物との間に強磁性結合を持たせることにより、残留磁束密度を高くすることが可能である。このようなフッ素含有鉄は準安定相であり、加熱するとFeFに変化する。ただし、準安定相を高温まで安定させるためには格子定数が5.4から5.9(nm)の酸フッ化物と接触して構造を安定化させること、炭素や窒素を添加して安定化すること、bcc構造を伴って成長させること等が有効である。このような手段により、フッ素含有鉄は400℃で構造変化を起こし難くなる。
【0091】
MgO基板に成長したSmFe17F膜を400℃で1時間熱処理すると、その磁気特性は、残留磁束密度が1.55(T)、保磁力が26(kOe)となる。スパッタ中のガス圧を高くしてSmFe17F2.5を形成し、450℃の熱処理を施すと、平均粒径が50(nm)の膜を形成することができる。なお、粒界の一部にはフッ化物やbcc構造及びbct構造の鉄が成長し、残留磁束密度が1.60(T)、保磁力が31(kOe)の高保磁力膜が得られた。
【0092】
このように残留磁束密度が1.4(T)以上、保磁力が20(kOe)を超える材料は、SmFe17F以外にも類似する次のような材料で確認している。すなわち、同様の磁気特性は、主相の強磁性相の1種以上がRFeF(RはYを含む希土類元素、Feは鉄、Fはフッ素、x、y、zは正数でy>(x+z))で示される組成で磁粉又は結晶粒に形成されており、フッ素原子の一部が主相の侵入位置に配置され、粒界又は表面の一部にbcc構造又はbct構造のフッ素含有鉄及びSmOF等の酸フッ化物、SmF、FeF等のフッ化物又はFeO、SmO等の非磁性又はフェリ磁性、反強磁性等の酸化物が成長しており、フッ素濃度は酸フッ化物又はフッ化物で最も高く、主相の格子体積はbcc構造やbct構造の鉄フッ素合金よりも大きく、磁石を構成する結晶粒又は磁粉にa軸又はc軸方向に配向性がある材料で実現できる。なお、フッ素の代わりに、フッ素やフッ素と炭素や窒素、酸素、硼素、塩素、リン、硫黄、水素との混合物又は塩素であって良く、フッ素や塩素を含有する種々のガス種を利用できる。
【符号の説明】
【0093】
1…軽希土類原子、2…Fe原子、3…添加物X、10…ベースフィルム、11…下層非磁性層、12…磁性層、13…バックコート層、50…TMR素子、51…下地層、52…反強磁性層、53…磁化固定層、54…トンネルバリア層、55…磁化自由層、56…キャップ層、100…回転子、101…固定子、102…コアバック、103…ティース、104…コイル挿入位置、105a…U相巻線、105b…V相巻線、105c…W相巻線、106…先端部、107…回転子挿入部、110…回転子、111、112、113…フッ化部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)軽元素の添加物を有する軽希土類元素と、(b)鉄又はコバルトとから構成された磁性材料において、軽元素のp軌道準位が鉄又はコバルトのd軌道準位より1eV以上深い
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項2】
請求項1に記載の軽希土類磁石において、
前記磁性材料の化学式が、
RFe17X(Rは軽希土類元素、Feは鉄、XはF(フッ素)又はCl(塩素)であり、iは1、2又は3である)
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項3】
請求項2に記載の軽希土類磁石において、
前記化学式中のRはSm(サマリウム)である
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項4】
前記化学式中のRはNd(ネオジム)である
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項5】
請求項2に記載の軽希土類磁石において、
前記化学式中のRは遷移元素である
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項6】
請求項2に記載の軽希土類磁石において、
前記磁性材料の六方晶構造を規定する格子定数a、bが、0.84(nm)<a=b<0.95(nm)で与えられる
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項7】
請求項2に記載の軽希土類磁石において、
前記磁性材料の六方晶構造を規定する格子定数cが、1.24(nm)<c<1.35(nm)で与えられる
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項8】
請求項2に記載の軽希土類磁石において、
前記磁性材料の六方晶構造を規定する格子定数c/aが、1.4<c/a<1.5で与えられる
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項9】
請求項2に記載の軽希土類磁石は、
前記磁性材料の粉末を組成材料とするボンド磁石である
ことを特徴とする軽希土類磁石。
【請求項10】
(a)軽元素の添加物を有する軽希土類元素と、(b)鉄又はコバルトとから構成され、かつ、軽元素のp軌道準位が鉄又はコバルトのd軌道準位より1eV以上深い特性を有する磁性材料を有する軽希土類磁石を磁性部材の少なくとも一部に有する
ことを特徴とする磁気デバイス。
【請求項11】
請求項10に記載の磁気デバイスは、
前記軽希土類磁石を磁性層に有する磁気記録媒体である
ことを特徴とする磁気デバイス。
【請求項12】
請求項10に記載の磁気デバイスは、
前記軽希土類磁石を固定層に有する磁界センサである
ことを特徴とする磁気デバイス。
【請求項13】
請求項10に記載の磁気デバイスは、
前記軽希土類磁石を回転子に有するモータである
ことを特徴とする磁気デバイス。
【請求項14】
請求項10に記載の磁気デバイスは、
前記軽希土類磁石を磁性部に有する磁気回路である
ことを特徴とする磁気デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−55076(P2013−55076A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276085(P2009−276085)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】