説明

透明有機ガラスおよびその製造方法

【課題】樹脂基材の表面にカゴ型シルセスキオキサン構造を有する化合物からなる透明な保護膜を備える透明有機ガラス、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】透明性を有する樹脂基材と、樹脂基材の表面の少なくとも一部に形成された透明性保護膜を備え、樹脂基材は70℃を超える耐熱性をもち透明性保護膜は式(2)で表される2以上のカゴ型シルセスキオキサンが式(1)で表される有機珪素化合物との付加反応により結合された付加化合物からなる。透明性保護膜は有機珪素化合物とカゴ型シルセスキオキサンとを含む原料化合物と原料化合物を溶解する溶媒とを混合した混合物に触媒を添加して有機珪素化合物とカゴ型シルセスキオキサンとを反応させた塗料組成物を樹脂基材に塗布して70℃以上、樹脂基材の耐熱温度未満の温度で焼成させてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面が傷付きにくく透明な有機ガラスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
樹脂材料は、耐衝撃性、軽量性などの特徴を生かして、多方面の用途で幅広く利用されている。中でも、ポリカーボネート等に代表される透明樹脂材料は、比重が小さく、加工が容易で、無機ガラスに比べて衝撃に強いという特徴を生かし、耐衝撃性ガラスとして、窓ガラスのみならず水槽などの特殊な用途に、また、レンズや光ファイバーなどの光学分野に使用されている。反面、樹脂材料は、表面が傷付きやすく光沢や透明性が失われやすい、有機溶媒に侵されやすい、また、耐候性(たとえば、紫外線や赤外線に対する光安定性)、耐熱性に劣る、等々の欠点を有する。表面特性に関しては、樹脂材料の表面に透明性を有する保護膜を被覆することで改善される。
【0003】
表面特性を改善する保護膜として、アルコキシシリル基を末端に有する化合物を加水分解の後の脱水縮合(ゾル−ゲル法)により硬化させたシリコン系ハードコートが一般的である。ところが、このハードコートは、硬化後の収縮により生じる残留応力が大きく、また、残存シラノールが経時的に反応して硬化することがあるため、ハードコートが割れたり剥がれたりする問題がある。
【0004】
また、特許文献1には、カゴ型シルセスキオキサン構造を有する化合物を用いて製造された膜が開示されている。たとえば、特許文献1の実施例1では、オクタキス(ジメチルシロキシ)−T8−シルセスキオキサンと1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサンとをテトラヒドロフランに溶解し、白金触媒の存在下で60℃にて3時間反応させる。得られた反応溶液をシリコンウエハ上にコートし、140℃で1時間乾燥後、600℃で3時間焼成することで、シリコンウエハ上に透明膜を成膜している。
【0005】
特許文献1では、焼成温度の代表的な条件を400〜600℃程度と開示している。そのため、樹脂材料の表面を保護するために、特許文献1に記載の透明膜を成膜しようとしても、樹脂材料の耐熱温度よりも焼成温度が高いため、成膜できないという問題がある。
【特許文献1】特開2005−290352号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑み、樹脂基材の表面にカゴ型シルセスキオキサン構造を有する化合物からなる透明な保護膜を備える透明有機ガラス、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の透明有機ガラスは、透明性を有する樹脂基材と、該樹脂基材の表面の少なくとも一部に形成された透明性保護膜と、を備える透明有機ガラスであって、
前記樹脂基材は、70℃を超える耐熱性をもち、
前記透明性保護膜は、一般式(1)で表される有機珪素化合物と一般式(2)で表されるカゴ型シルセスキオキサンとを含む原料化合物と該原料化合物を溶解する溶媒とを混合した混合物に触媒を添加して該有機珪素化合物と該カゴ型シルセスキオキサンとを反応させた塗料組成物を前記樹脂基材に塗布して70℃以上該樹脂基材の耐熱温度未満の温度で焼成させて、2以上の該カゴ型シルセスキオキサンが該有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなることを特徴とする。
【0008】
【化1】

(一般式(1)中のnは1〜6の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。一般式(2)中のmは6〜14の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。)
【発明の効果】
【0009】
本発明の透明有機ガラスは、透明な樹脂基材の表面に、熱的にも化学的にも安定性の高いカゴ型シルセスキオキサン構造を有する化合物からなる透明性保護膜が形成されているため、耐傷付き性が向上する。
【0010】
本発明の透明有機ガラスにおいて、透明性保護膜は、上記一般式(1)で表される有機珪素化合物と上記一般式(2)で表されるカゴ型シルセスキオキサンとを原料とし、2以上のカゴ型シルセスキオキサンが有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなる。
【0011】
カゴ型シルセスキオキサン同士を直接付加反応させると、付加反応が部分的にしか進行せず結晶化し、連続した膜を成膜するのが困難である。そこで、本発明では、複数のカゴ型シルセスキオキサン構造を有機珪素化合物を介して連結する。カゴ型シルセスキオキサンは、透明性保護膜中に、ある程度の距離をもって配置されるため、硬化反応が充分に進行し、連続的な膜が容易に成膜される。
【0012】
また、有機珪素化合物は、一般式(1)にあるようにシロキサン結合(Si−O)を有する。シロキサン結合は、カゴ型シルセスキオキサン構造とともに透明性保護膜の硬度を高める。特に、上記一般式(1)においてnを1〜6とすることで、カゴ型シルセスキオキサン同士を適切な間隔で連結させることができるため、高い硬度と良好な成膜性が得られる。
【0013】
透明性保護膜は、樹脂基材の表面に塗布された塗料組成物を70℃以上で焼成することで溶媒の揮発と硬化反応が進行し、樹脂基材の表面に成膜される。したがって、樹脂基材であっても、70℃を超える耐熱性を有すれば、透明性保護膜を成膜可能である。また、焼成温度が樹脂基材の耐熱温度未満で比較的低いため、上記一般式(1)および(2)中のRおよびRのうちの有機極性基が反応および/または未反応状態で透明性保護膜に残存する。その結果、樹脂基材と透明性保護膜との密着性が向上する。
【0014】
また、本発明の透明有機ガラスの製造方法は、上記本発明の透明有機ガラスを製造する方法である。本発明の透明有機ガラスの製造方法は、一般式(1)で表される有機珪素化合物と一般式(2)で表されるカゴ型シルセスキオキサンとを含む原料化合物と、該原料化合物を溶解する溶媒と、の混合物を調製する調製工程と、
前記有機珪素化合物と前記カゴ型シルセスキオキサンとを触媒の存在下で反応させて塗料組成物を得る予備反応工程と、
70℃を超える耐熱性をもち透明性を有する樹脂基材の表面の少なくとも一部に前記塗料組成物を塗布する塗布工程と、
前記塗料組成物が塗布された前記樹脂基材を70℃以上前記樹脂基材の耐熱温度未満の温度で焼成する焼成工程と、
を経て、2以上の前記カゴ型シルセスキオキサンが前記有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなる透明性保護膜を前記樹脂基材の表面に形成することを特徴とする。
【0015】
【化2】

(一般式(1)中のnは1〜6の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。一般式(2)中のmは6〜14の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。)
【0016】
本発明の透明有機ガラスは、軽量で衝撃に強く傷付きにくいため、たとえば、自動車用ウインドウとして好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の透明有機ガラスおよび透明有機ガラスの製造方法を実施するための最良の形態を説明する。
【0018】
[透明有機ガラス]
本発明の透明有機ガラスは、透明性を有する樹脂基材と、樹脂基材の表面の少なくとも一部に形成された透明性保護膜と、を備える。
【0019】
樹脂基材としては、透明性を有する合成樹脂製の基材であれば特に限定はなく、有機ガラスとして一般的に用いられる樹脂であればよい。たとえば、ポリカーボネート、ポリスチレン、メタクリル酸メチル、ポリエステル、ポリプロピレン、シクロオレフィン、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン、エポキシまたはポリアリレートなどの無色透明な合成樹脂からなるのが好ましい。そして、後に詳説する焼成温度から、70℃を超える耐熱性を有する樹脂基材を用いる。なお、樹脂基材の耐熱温度(耐熱性)は、透明性保護膜の成膜の前後(後に説明する焼成工程の前後)で樹脂基材の特性に変化がない上限の温度である。たとえば、樹脂基材を構成する合成樹脂のガラス転移温度に相当する。
【0020】
透明性保護膜は、一般式(2)で表される2以上のカゴ型シルセスキオキサンが一般式(1)で表される有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなる。
【0021】
【化3】

(一般式(1)中のnは1〜6の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。一般式(2)中のmは6〜14の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。)
【0022】
ここで、R、Rは、有機珪素化合物とカゴ型シルセスキオキサンとが互いに付加反応可能な有機基であればよい。すなわち、全てのRが付加反応性の官能基でない場合であっても、2以上のRが付加反応性の官能基を有すれば、2以上のカゴ型シルセスキオキサンが有機珪素化合物との付加反応により結合される。また、全てのRが付加反応性の官能基でない場合であっても、2以上のRが付加反応性の官能基を有すれば、2以上のカゴ型シルセスキオキサンが有機珪素化合物との付加反応により結合される。
【0023】
付加反応性の官能基としては、ラジカル反応、ヒドロシリル化反応、開環反応、等の付加反応を起こし得る官能基であれば特に限定はないが、その炭素数が2〜6さらには2〜3であるのが好ましい。炭素数が少ない程、カゴ型シルセスキオキサン同士の結合が剛直となり、高い硬度をもつ透明性保護膜が得られる。付加反応性の官能基の具体例としては、 CH=CH−(ビニル基)、HC≡C−、CHC≡C−、CH=CHCOO−、CH=C(CH)COO−、エポキシ基、オキセタン基、SH−(チオール基)等が挙げられる。
【0024】
1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基において、官能基により置換される炭化水素基の炭素数が1〜3であるのが好ましい。炭素数が1〜3であれば、透明性保護膜を合成しやすく、また、入手が容易である。1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基の具体例としては、CH=CHCOO(CH−、CH=C(CH)COO(CH−、SH−(CH−、等が挙げられる。
【0025】
アルキル基は、その炭素数が1〜5さらには1〜3であるのが好ましい。炭素数が大きすぎるアルキル基が存在すると、成膜性が低下し、硬度が低下するおそれがある。アルキル基の具体例としては、CH−、C−、CHCHCH−、(CHCH−、等が挙げられる。
【0026】
また、透明性保護膜に反応および/または未反応の有機極性基が存在する場合には、樹脂基材の種類に応じて有機極性基の種類を選択することで、樹脂基材と透明性保護膜との密着性を向上させることができる。
【0027】
一般式(1)中のnが6を超えると透明有機ガラス中でのカゴ型シルセスキオキサン構造の配置の間隔が広くなるため、所望の硬度の透明性保護膜が得られない。したがって、好ましいnの範囲は1〜4の整数である。また、一般式(2)中のmの好ましい範囲は6〜14、さらには6〜8の整数である。mがこの範囲の整数であれば、緻密で高い硬度をもつ透明性保護膜となる。
【0028】
したがって、特に好適に用いられる有機珪素化合物では、一般式(1)中のRがビニル基、−CH、水素原子または−OSiRをそれぞれ独立にあらわし、Rがビニル基、−CHまたは水素原子をそれぞれ独立にあらわす。また、特に好適に用いられるカゴ型シルセスキオキサンでは、一般式(2)中のRが−OSiRをあらわし、Rがビニル基、−CHまたは水素原子をそれぞれ独立にあらわす。直鎖成分を減少させることで、高硬度の透明性保護膜が得られる。
【0029】
さらに、一般式(1)においてn=1または2である場合には、
【化4】

(一般式(11)中のR11は付加反応性の官能基、R12はアルキル基または水素原子をそれぞれ独立にあらわす。一般式(12)中のR13は−OSiR24、R14およびR24は付加反応性の官能基、アルキル基または水素原子をそれぞれ独立にあらわす。)を用いるのが好ましい。特に、
【0030】
【化5】

が好適である。なお、一般式(13)は1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサン、一般式(14)はテトラキスジメチルシリルオルソシリケートである。
【0031】
また、一般式(2)において、
【化6】

(一般式(21)中のR30は−OSiR41、−OSiR42をそれぞれ独立にあらわす。R41はアルキル基または水素原子をそれぞれ独立にあらわす。R42は付加反応性の官能基またはアルキル基をそれぞれ独立にあらわす。)を用いるのが好ましい。ただし、一般式(21)では、説明のためm=8としたが、mは6〜14の整数であれば限定されない。特に、R30は、有機基(22)または(23)をそれぞれ独立にあらわすのが好ましい。
【0032】
【化7】

【0033】
したがって、カゴ型シルセスキオキサンは、有機基(22)をR32、有機基(23)をR33としたときに、(R32SiO1.5(R33SiO1.5m−lであらわされる。このとき、カゴ型シルセスキオキサンは、透明性保護膜に含まれるカゴ型シルセスキオキサン全体でl/(m−l)の値が0.3〜3さらには0.5〜2の範囲で使用するのが好ましい。
【0034】
有機珪素化合物およびカゴ型シルセスキオキサンは、上記の構造が複数組み合わされて使用されてもよい。たとえば、透明性保護膜を構成するカゴ型シルセスキオキサン構造は、1種類でも2種類以上であってもよい。また、2以上のカゴ型シルセスキオキサンを結合する有機珪素化合物は、1種類でも2種類以上であってもよい。
【0035】
本発明の透明性有機ガラスにおいて、透明性保護膜の膜厚に特に限定はないが、0.5μm以上であれば、保護膜として充分な機能を発揮するため好ましい。さらに好ましい透明性保護膜の膜厚は、1〜5μmである。膜厚が1μm未満では所望の硬度および耐摩耗性が得られないことがあり、5μmを超えると熱硬化時に発生する応力によりクラックが発生したり密着性が低下したりすることがある。
【0036】
透明性保護膜は、一般式(1)で表される有機珪素化合物と一般式(2)で表されるカゴ型シルセスキオキサンとを含む原料化合物と原料化合物を溶解する溶媒とを混合した混合物に触媒を添加して、有機珪素化合物とカゴ型シルセスキオキサンとを反応させた塗料組成物を樹脂基材に塗布して70℃以上該樹脂基材の耐熱温度未満の温度で焼成させて、樹脂製基材の表面の少なくとも一部に形成される。以下に、透明性保護膜の形成方法を、本発明の透明有機ガラスの製造方法として説明する。
【0037】
[透明有機ガラスの製造方法]
本発明の透明有機ガラスの製造方法は、主として、調製工程と、予備反応工程と、塗布工程と、焼成工程と、を経て、2以上のカゴ型シルセスキオキサンが有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなる透明性保護膜を樹脂基材の表面に形成する。
【0038】
調製工程は、一般式(1)で表される有機珪素化合物と一般式(2)で表されるカゴ型シルセスキオキサンとを含む原料化合物と、原料化合物を溶解する溶媒と、の混合物を調製する工程である。使用可能な有機珪素化合物およびカゴ型シルセスキオキサンは、既に説明した通りである。両者の配合(モル比)は、付加反応によって結合可能な有機基の個数にもよるが、塗布性や膜密度の点から、有機珪素化合物:カゴ型シルセスキオキサンが2:1から1:4さらには1:1から1:3であるのが望ましい。
【0039】
原料化合物を溶解する溶媒としては、塗布工程において樹脂基材の表面に塗布されることから、アルコール系の溶媒を用いるのが望ましい。しかしながら、カゴ型シルセスキオキサンは、アルコール系溶媒にほとんど溶解しない。そのため、カゴ型シルセスキオキサンの良溶媒とアルコール系溶媒とを混合して用いるのがよい。カゴ型シルセスキオキサンの良溶媒として、ヘキサン、シクロヘキサン、シクロヘキサノン、クロロホルム、トルエン、キシレン、テトラヒドロフラン、アセトン、2−ブタノン等が挙げられる。これらのうちの1種以上とアルコール系溶媒とを混合して用いればよい。特に、原料化合物を溶解する溶媒の具体例として、シクロヘキサン、イソプロピルアルコール(IPA)およびシクロヘキサノンを含む混合溶媒が好適である。これらの溶媒の組合せは、沸点のバランスがよいため、樹脂基材を劣化させるカゴ型シルセスキオキサンの良溶媒が高濃度で樹脂基材と接触するのを抑制することができ、樹脂基材の溶解や白化を防止できる。このとき、混合溶媒全体を100重量%としたとき、IPAを50〜70重量%さらには60〜65重量%用いるのが望ましい。また、混合溶媒全体を100重量%としたとき、シクロヘキサンを20〜35重量%さらには23〜28重量%、シクロヘキサノンを7〜15重量%さらには7〜12重量%用いるのが望ましい。溶媒の種類と配合量を上記の範囲とすることで、透明度が高く緻密な透明性保護膜が成膜できる。
【0040】
また、カゴ型シルセスキオキサンは、R(場合によってはR)が水素原子であるよりもビニル基である方が、溶媒への溶解度が高い。そのため、カゴ型シルセスキオキサンは、1以上のビニル基を有するのが望ましい。ただし、シクロヘキサノンに対しては、カゴ型シルセスキオキサンにビニル基と水素原子との両者が存在している場合に溶解度が高くなる。したがって、シクロヘキサン、イソプロピルアルコールおよびシクロヘキサノンを含む混合溶媒は、カゴ型シルセスキオキサンのRの種類にかかわらず好適に使用できる。
【0041】
予備反応工程は、有機珪素化合物とカゴ型シルセスキオキサンとを触媒の存在下で反応させて塗料組成物を得る工程である。予備反応工程では、有機珪素化合物とカゴ型シルセスキオキサンとを反応させて、有機珪素化合物とカゴ型シルセスキオキサンとをオリゴマー程度にまで重合させるのがよい。予備反応工程でオリゴマーを形成することで、塗料組成物を焼成した後の透明性保護膜の白濁を抑制することができる。予備反応工程は、調製工程において調製された塗料組成物に触媒を添加することでオリゴマーの形成が進行する。触媒としては、付加反応に一般的に用いられる白金化合物が望ましい。触媒の種類に応じて、室温〜80℃で所定時間(0.5〜10時間)放置することで、反応が進行する。
【0042】
塗布工程は、70℃を超える耐熱性をもち透明性を有する樹脂基材の表面の少なくとも一部に塗料組成物を塗布する工程である。塗料組成物は、フローコート、スピンコート、ディップコート等の一般的な方法により樹脂基材の表面に塗布されるのが望ましい。また、塗料組成物の流動性が悪い場合には、各種溶媒で希釈してから樹脂基材の表面に塗布するとよい。
【0043】
焼成工程は、塗料組成物が塗布された樹脂基材を70℃以上、樹脂基材の耐熱温度未満の温度で焼成する工程である。焼成工程では、溶媒を揮発させるとともに、予備反応工程で形成されたオリゴマーをさらに重合させて、透明性保護膜が樹脂基材の表面に形成される。この透明性保護膜は、2以上のカゴ型シルセスキオキサンが有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなる。予備反応工程を経た塗料組成物は、70℃以上さらには100℃以上であれば、樹脂基材の耐熱温度未満の焼成温度であっても硬化反応が十分に進行し、透明度の高い透明性保護膜が得られる。したがって、本発明の透明有機ガラスの製造方法では、70℃さらには100℃を超える耐熱性をもつ樹脂基材を用いる。
【0044】
焼成工程は、70〜150℃で焼成する工程であるとよい。焼成温度がこの範囲であれば、付加化合物に有機極性基が残存することで、樹脂基材と透明性保護膜との密着性を確保できる。さらに望ましい焼成温度は100〜150℃である。また、焼成は1〜10時間おこなうのがよい。
【0045】
さらに、焼成工程では、焼成時の蒸気圧を制御することで、溶媒の揮発速度を制御してもよい。蒸気圧を制御することで塗膜の表面側と塗膜の内部とで溶媒の蒸気圧差が小さくなり、塗膜の厚さ方向において原料化合物の硬化反応と溶媒の揮発とをバランスよく進行させることができる。その結果、透明度が高く緻密な透明性保護膜を形成することができる。
【0046】
また、焼成工程の後に、焼成温度よりも高い温度で熱処理してもよい。焼成後に熱処理することで、原料化合物の硬化反応が完全に終結する。熱処理は、1〜10時間おこなうとよい。熱処理温度は、樹脂基材が耐えうる温度以下で行うことは言うまでもない。好ましくは100〜150℃さらに好ましくは120〜150℃で熱処理するのがよい。
【0047】
本発明の透明有機ガラスの用途に特に限定はないが、サンルーフやバックウインドウなど、自動車用ウインドウとして好適に用いられる。
【0048】
以上、本発明の透明有機ガラスおよび透明有機ガラスの製造方法の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0049】
以下に、本発明の透明有機ガラスおよび透明有機ガラスの製造方法を、実施例を挙げて具体的に説明する。
【0050】
[Q8シルセスキオキサンの合成]
所定の量のクロロジメチルシランおよびクロロジメチルビニルシラン(ともに市販品)を200mlのヘキサンに溶解した。この溶液に、氷水で冷却しつつ機械攪拌しながら1時間かけてQ8アンモニウム塩溶液150mlを滴下した。なお、Q8アンモニウム塩溶液は、テトラエトキシシランとコリンとを反応させて得られた。その後、室温で1時間攪拌した後、水相と有機相とを分離した。有機相から溶媒を留去し、析出した固体をアセトニトリルで洗浄したあと減圧下で乾燥させて、白色固体の合成物を得た。
【0051】
得られた白色固体の合成物に対し、核磁気共鳴(NMR)測定を行った。NMR測定により、合成物がQ8構造(カゴ型に閉じたシロキサン構造;一般式(21))をもつことを確認した。また、Q8シルセスキオキサンは、クロロジメチルシランとクロロジメチルビニルシランの仕込量を変化させることにより、官能基(ヒドロ/ビニル)の構成比の異なる3種類を得た。NMR測定より構成比(モル比;m=8であって、上記のl/(m−l)の値に相当)を算出した結果、それぞれ、2.7/5.3、4.1/3.9、5.4/2.6であった。
【0052】
[塗料組成物の調製]
上記の手順で得られたいずれかのQ8シルセスキオキサンと必要に応じて1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサン(一般式(13))および/またはテトラキスジメチルシリルオルソシリケート(一般式(14))とを原料化合物として用い、原料化合物を溶媒に溶解した。原料化合物および溶媒の配合量を表1に示す。次いで、付加反応用の白金触媒を添加した。その後、所定の温度と時間で予備反応させることで、#01〜#04および#10の塗料組成物を得た。なお、白金触媒として、室温活性タイプ(Platinum-divinyltetramethyldisiloxane complex)または加熱活性タイプ(Platinum(0)-2,4,6,8-tetramethyl-2,4,6,8-tetravinylcyclo-tetrasiloxane complex)の白金化合物を用いた。用いた白金触媒のタイプと添加量および予備反応の条件を表2に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
なお、表2において、固形分の割合は、触媒添加後の塗料組成物全体に対する固形分の重量%で示す。
【0056】
#01〜#04または#10の塗料組成物を用い、ポリカーボネート製の基板(PC基板;三菱エンジニアリングプラスチック株式会社製「ユーピロンシート(グレードNF−2000)」、ガラス転移温度130℃)の表面に成膜を行い、有機ガラスを作製した。
【0057】
[実施例1]
#01の塗料組成物をフローコートによりPC基板の表面に塗布した。塗布後、130℃で10時間焼成し、有機ガラスを得た。
【0058】
[実施例2]
#02の塗料組成物を用いた他は実施例1と同様にして、有機ガラスを得た。
【0059】
[比較例1]
#02の塗料組成物をフローコートによりPC基板の表面に塗布した。塗布後、室温で放置し、有機ガラスを得た。
【0060】
[比較例2]
#10の塗料組成物をフローコートによりPC基板の表面に塗布した後、75℃で5
時間焼成し、有機ガラスを得た。
【0061】
[参考例1]
以下の参考例では、無機ガラスからなるガラス基板を用いた。
【0062】
#03の塗料組成物をフローコートによりガラス基板の表面に塗布した。塗布後、70℃で16時間焼成し、ガラス基板の表面に透明性保護膜を成膜した。
【0063】
[参考例2]
70℃で6時間の焼成後、120℃で10時間の熱処理をした他は、参考例1と同様にして、ガラス基板の表面に透明性保護膜を成膜した。
【0064】
[参考例3]
#04の塗料組成物をフローコートによりガラス基板の表面に塗布した。塗布後、70℃で16時間焼成し、ガラス基板の表面に透明性保護膜を成膜した。
【0065】
[参考例4]
70℃で6時間の焼成後、120℃で10時間の熱処理をした他は、参考例3と同様にして、ガラス基板の表面に透明性保護膜を成膜した。
【0066】
[評価]
それぞれの基板の表面を目視で観察することで、透明性を確認した。また、成膜された基板の表面の鉛筆硬度(JIS K−5401)を測定した。また、透明性保護膜の膜厚をレーザ顕微鏡による断面観察により測定した。評価結果を、成膜条件とともに、表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
実施例1では、高い表面硬度をもつ透明な有機ガラスが得られた。すなわち、実施例1の条件では、溶媒によるPC基板の劣化や保護膜自体の白濁が生じなかった。同様に、実施例2では、実施例1よりも表面硬度の点で劣るが、PC基板の劣化や膜の白濁は生じず、透明な有機ガラスが得られた。一方、比較例1は、実施例2と同じ塗料組成物を用いたが、室温で放置したため、透明な保護膜は成膜されなかった。また、比較例2は、Q8シルセスキオキサンのみを原料化合物とした塗料組成物を用いたため、75℃で焼成しても硬化反応が良好に進行せず、透明な保護膜は得られなかった。
【0069】
また、参考例1〜4では、ガラス基板に透明性保護膜を成膜した。用いた#03および#04の塗料組成物は、原料化合物としてQ8シルセスキオキサンとともに1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサンまたはテトラキスジメチルシリルオルソシリケートを含む。この塗料組成物#03および#04を70℃で焼成することで、透明で高い表面硬度を有する透明性保護膜が成膜できることがわかった(参考例1および3)。さらに、焼成後に120℃で熱処理することで、更に硬度が向上した(参考例2および4)。なお、参考例1〜4の表面硬度は、鉛筆硬度で4H以上の高い硬度であった。これは、ガラス基板の影響であり、基板がPC基板であれば、H程度の表面高度を示すと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明性を有する樹脂基材と、該樹脂基材の表面の少なくとも一部に形成された透明性保護膜と、を備える透明有機ガラスであって、
前記樹脂基材は、70℃を超える耐熱性をもち、
前記透明性保護膜は、一般式(1)で表される有機珪素化合物と一般式(2)で表されるカゴ型シルセスキオキサンとを含む原料化合物と該原料化合物を溶解する溶媒とを混合した混合物に触媒を添加して該有機珪素化合物と該カゴ型シルセスキオキサンとを反応させた塗料組成物を前記樹脂基材に塗布して70℃以上該樹脂基材の耐熱温度未満の温度で焼成させて、2以上の該カゴ型シルセスキオキサンが該有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなることを特徴とする透明有機ガラス。
【化1】

(一般式(1)中のnは1〜6の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。一般式(2)中のmは6〜14の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。)
【請求項2】
前記アルキル基の炭素数は1〜5である請求項1記載の透明有機ガラス。
【請求項3】
前記付加反応性の官能基の炭素数は2〜6である請求項1記載の透明有機ガラス。
【請求項4】
前記付加反応性の官能基はビニル基である請求項3記載の透明有機ガラス。
【請求項5】
前記炭化水素基の炭素数は1〜3である請求項1記載の透明有機ガラス。
【請求項6】
一般式(1)中のRはビニル基、−CH、水素原子または−OSiRをそれぞれ独立にあらわし、Rはビニル基、−CHまたは水素原子をそれぞれ独立にあらわす請求項1記載の透明有機ガラス。
【請求項7】
一般式(2)中のRは−OSiRをあらわし、Rはビニル基、−CHまたは水素原子をそれぞれ独立にあらわす請求項1記載の透明有機ガラス。
【請求項8】
前記有機珪素化合物は、1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサンおよび/またはテトラキスジメチルシリルオルソシリケートである請求項6記載の透明有機ガラス。
【請求項9】
前記溶媒は、シクロヘキサン、イソプロピルアルコールおよびシクロヘキサノンを含む混合溶媒である請求項1記載の透明有機ガラス。
【請求項10】
一般式(1)で表される有機珪素化合物と一般式(2)で表されるカゴ型シルセスキオキサンとを含む原料化合物と、該原料化合物を溶解する溶媒と、の混合物を調製する調製工程と、
前記有機珪素化合物と前記カゴ型シルセスキオキサンとを触媒の存在下で反応させて塗料組成物を得る予備反応工程と、
70℃を超える耐熱性をもち透明性を有する樹脂基材の表面の少なくとも一部に前記塗料組成物を塗布する塗布工程と、
前記塗料組成物が塗布された前記樹脂基材を70℃以上前記樹脂基材の耐熱温度未満の温度で焼成する焼成工程と、
を経て、2以上の前記カゴ型シルセスキオキサンが前記有機珪素化合物との付加反応により結合されてなる付加化合物からなる透明性保護膜を前記樹脂基材の表面に形成することを特徴とする透明有機ガラスの製造方法。
【化2】

(一般式(1)中のnは1〜6の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。一般式(2)中のmは6〜14の整数をあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子、1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基または−OSiRをそれぞれ独立にあらわす。Rは付加反応性の官能基、アルキル基、水素原子または1以上の水素原子が付加反応性の官能基にて置換された炭化水素基をそれぞれ独立にあらわす。)
【請求項11】
前記焼成工程は、70〜150℃で焼成する工程である請求項10記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項12】
前記アルキル基の炭素数は1〜5である請求項10記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項13】
前記付加反応性の官能基の炭素数は2〜6である請求項10記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項14】
前記付加反応性の官能基はビニル基である請求項13記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項15】
前記炭化水素基の炭素数は1〜3である請求項10記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項16】
一般式(1)中のRはビニル基、−CH、水素原子または−OSiRをそれぞれ独立にあらわし、Rはビニル基、−CHまたは水素原子をそれぞれ独立にあらわす請求項10記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項17】
一般式(2)中のRは−OSiRをあらわし、Rはビニル基、−CHまたは水素原子をそれぞれ独立にあらわす請求項10記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項18】
前記有機珪素化合物は、1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサンおよび/またはテトラキスジメチルシリルオルソシリケートである請求項16記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項19】
前記溶媒は、シクロヘキサン、イソプロピルアルコールおよびシクロヘキサノンを含む混合溶媒である請求項10記載の透明有機ガラスの製造方法。
【請求項20】
請求項1記載の透明有機ガラスからなる自動車用ウインドウ。

【公開番号】特開2009−29881(P2009−29881A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−193672(P2007−193672)
【出願日】平成19年7月25日(2007.7.25)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】