説明

通電式転がり軸受

【課題】電食による損傷を長期に亙り防できる構造を実現する。
【解決手段】シールリング10aを導電性のものとする。又、シールリップ14aの先端部に全周に亙って形成した凹溝16の内面と、シール溝15の側壁面とに囲まれた環状空間内に、常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)を封入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、一般産業用汎用モータ(例えばインバータモータ、サーボモータ、ファンモータ等)や、風力発電機等に用いる発電機用ジェネレータ、鉄道車両用主電動機等、回転軸に電流が流れる(ハウジングと回転軸との間に電位差を生じる)可能性がある回転支持部に組み込む、電食防止用の通電式転がり軸受の改良に関する。
【0002】
各種回転機械装置の軸受部等、各種回転部分を支持する為の転がり軸受として、例えば図7に示す様な、転がり軸受である玉軸受1が広く使用されている。この玉軸受1は、内周面に外輪軌道2を有する外輪3と、外周面に内輪軌道4を有する内輪5とを同心に配置し、これら外輪軌道2と内輪軌道4との間に、それぞれが転動体である複数個の玉6を転動自在に設けて成る。図示の例の場合、上記外輪軌道2と内輪軌道4とは、共に深溝型としている。又、上記複数個の玉6は、保持器7に設けたポケット8内に、転動自在に保持している。又、上記外輪3の両端部内周面にそれぞれ全周に亙って形成した係止溝9に、それぞれシールリング10の外周縁部(後述する突出部11)を係止している。
【0003】
これら各シールリング10は、それぞれ鋼板等の金属板を円輪状に形成して成る芯金12により、ゴムの如きエラストマー等の弾性材13を補強する事により、全体を円輪状に形成して成る。そして、この弾性材13の外周縁部で、上記芯金12の外周縁よりも少しだけ径方向(図7の上下方向)外方に突出した突出部11を、上記係止溝9に係止している。一方、上記弾性材13の内周縁部は、上記芯金12の内周縁よりも径方向内方に十分に突出させて、この突出させた部分によりシールリップ14を構成している。更に、このシールリップ14の端縁部を、上記内輪5の両端部外周面に形成したシール溝15の側壁面に摺接させている。
【0004】
上述の様な玉軸受1を、例えばインバータモータやサーボモータ、ファンモータ等の回転支持部、即ち、ハウジングと回転軸との間に電位差を生じる可能性がある部分に組み込む場合、この電位差に基づき電流が、上記玉軸受1を構成する各玉6を通じて流れる可能性がある。そして、この様に電流が流れると、これら各玉6の転動面や外輪軌道2並びに内輪軌道4が電気的に腐食(電食)し、玉軸受1から異音や振動が発生したり、この玉軸受1の耐久性が低下する可能性がある。
【0005】
この様な玉軸受1の電食を防止する技術として従来から、特許文献1、2に記載されたものが知られている。
このうちの特許文献1には、シールリングを導電性のものとすると共に、このシールリングの周縁と軌道輪との摺接部分に、体積抵抗率が1×107Ω・cm以下の導電性潤滑油を塗布した転がり軸受に関する技術が記載されている。より具体的には、高い極性を有する化合物(帯電防止効果を有する界面活性剤)と導電性物質(電荷移動錯体やイオン導電性物質)とを潤滑油に溶解又は分散させる事により構成した上記導電性潤滑油を、上記摺接部分に塗布する旨が記載されている。この様な技術を採用すれば、シールリングを通じて電流を流す事ができ(各転動体を介して大きな電流が流れる事を防止でき)、電食による損傷の低減を図れる。
又、上記特許文献2には、高い導電性を有する常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)を基油とした潤滑剤を、軸受内部空間(各転動体を設置した部分)に封入した転がり軸受に関する技術が記載されている。この様な技術を採用すれば、潤滑剤の体積低効率を低くでき(内輪と外輪との間の導電性を確保でき)、電食の低減を図れる。
【0006】
但し、何れの技術の場合も、それぞれ次の様な不都合を生じる可能性がある。
即ち、上記特許文献1に記載された技術の場合には、導電性潤滑油に添加する導電性物質の量と導電性とが互いに対応する為、十分な導電性を確保すべく、この導電性物質を潤滑油に多く添加すると、その量によってはこの導電性物質が潤滑油に溶解せずに、結晶化したり、分離したりする可能性がある。この様な場合には、シールリングを通じての導電性を十分に確保できなくなり、各転動体の転動面や外輪軌道及び内輪軌道の電食の防止を十分に図れなくなる可能性がある。
又、特許文献2に記載された技術の場合には、各転動体の転動面と外輪軌道及び内輪軌道との転がり接触部で積極的に電流を流す為、電食の低減を或る程度図れても、例えば長期間の使用に伴って、この電食に伴う損傷(電食痕)を十分に防止できない可能性がある。又、例えば高温環境で使用した場合に、常温溶融塩の種類によっては、この常温溶融塩が上記転動体の転動面や外輪軌道及び内輪軌道を腐食する可能性もある。
【0007】
【特許文献1】特開2002−147477号公報
【特許文献2】特開2006−250323号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の通電式転がり軸受は、上述の様な事情に鑑みて、電食による損傷を長期に亙り十分に防止でき、しかも、必要に応じて高温環境で使用しても腐食を抑えられる構造を、低コストで実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の通電式転がり軸受は、外輪と、内輪と、複数個の転動体と、シールリングとを備える。
このうちの、外輪は、内周面に外輪軌道を有する。
又、上記内輪は、外周面に内輪軌道を有する。
又、上記各転動体は、上記外輪軌道と上記内輪軌道との間に転動自在に設けられている。
又、上記シールリングは、全体を円輪状としている。又、このシールリングの内外両周縁のうちの一方の周縁を、上記内輪の端部と上記外輪の端部とのうちの一方の端部に全周に亙って係止している。又、上記内外両周縁のうちの他方の周縁を、上記内輪の端部と上記外輪の端部とのうちの他方の端部の表面に全周に亙って摺接させている。この様にして、上記シールリングは、上記外輪の内周面と上記内輪の外周面との間に存在して、上記各転動体を設置した軸受内部空間の端部開口を塞いでいる。
更に、上記外輪と上記内輪とを、電気的に導通させている。
【0010】
特に、本発明の通電式転がり軸受に於いては、上記シールリングを導電性のものとしている。又、これと共に、このシールリングの上記他方の周縁と、この他方の周縁が摺接する、上記他方の端部の表面との間に、常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)、又は、この常温溶融塩を基油とした導電性潤滑剤を介在させている。この為に、例えば、上記シールリングの上記他方の周縁と、上記他方の端部の表面のうちでこの他方の周縁と摺接する部分とのうちの少なくとも一方に、上記常温溶融塩又は上記導電性潤滑剤を塗布している。
尚、上記シールリングを導電性とする為に、このシールリングを構成する弾性材を、例えば、カーボンブラック等の導電性添加剤を練り込んだ導電性エラストマー(導電性ゴム)とする。この場合に、この弾性材を構成するエラストマーの材質(ゴム材質)は、ニトリルゴムやアクリルゴム、フッ素ゴム等の合成ゴムのうちから、使用環境等に応じて決定する。
【0011】
又、上述の様な本発明を実施する場合により好ましくは、請求項2に記載した発明の様に、上記シールリングを構成する弾性材中に、可撓性及び導電性を有する導電材を包埋保持し、この導電材の両端を、上記外輪と上記内輪とにそれぞれ電気的に導通させる。
尚、この様な構成を採用する場合、例えば、上記導電材の両端を、弾性材の外周縁部と内周縁部とにそれぞれ露出させて、この導電材の両端部を上記外輪及び内輪に(当接又は摺接させる事により)、直接導通させる事ができる。又、この様な導電材の形状は、必要とされる性能(導電性)や、この導電材を構成する材料の特性等に応じて、例えば線状としたり、シート状としたり、メッシュ状とする事ができる。又、上記導電材は、自己摺動性に優れ、摩耗しにくく、電気を通し易いものが好ましい。例えば、銅や銅系合金、銀、金等の金属材料や、カーボンファイバ等の導電性繊維や、金属微粒子をコーティングした繊維等を用いる事ができる。
尚、この様な導電材を弾性材中に包埋保持する場合には、この弾性材を、上述した導電性のもの(導電性ゴム)の他、非導電性のもの(導電性添加剤を練り込んでいない非導電性ゴム)にする事もできる。
【0012】
又、上述の様な本発明を実施する場合により好ましくは、請求項3に記載した発明の様に、上記シールリングを構成する弾性材の内外両周縁のうち、他方の周縁に設けたシールリップの先端に全周に亙って凹溝を形成する。又、これと共に、この凹溝の両側部分を他方の端部の表面に、それぞれ全周に亙って摺接させる。そして、これら凹溝と他方の端部の表面とに囲まれる空間内に、上記常温溶融塩、又は、この常温溶融塩を基油とした上記導電性潤滑剤を封入する。
又、この様な請求項3に記載した発明を実施する場合、請求項4に記載した発明の様に、上記シールリングを構成する弾性材中に上記導電材を包埋保持すると共に、この導電材の一端部を上記凹溝の内面の一部に露出させ、この導電材の一端部を、上記常温溶融塩、又は、この常温溶融塩を基油とした上記導電性潤滑剤を介して、上記他方の端部の表面と導通させる事もできる。
【0013】
尚、上記常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)は、例えば陽イオン(カチオン)の種類で分類すると、脂肪族アミン系、脂環式アミン系、イミダゾリウム系、ピリジン系等が挙げられる。
本発明を実施する場合により好ましくは、請求項5に記載した発明の様に、上記常温溶融塩の陽イオン(カチオン)を上記脂環式アミン系とする。
この脂環式アミン系の陽イオン(カチオン)の一般式(化学式)は、次の通りである。
【化1】

【0014】
尚、組み合わせる陰イオン(アニオン)、即ち、上記式中の「X-」は、BF4-、PF6-、[(CF3SO2)2N]-、Cl-、Br-等が挙げられる。又、上記式中の「R」は、アルキル基、又は、アルコキシ基を示す。
尚、この様な脂環式アミン系の陽イオン(カチオン)に含まれる「R」の炭素鎖長は、長くする事が好ましい。例えば、炭素数としてC2以上の組み合わせが好ましい。特に、側鎖炭素鎖長を長くする(伸ばす)事で、イオン間の静電気相互作用が弱まり、流動点が下がる一方、炭素鎖の分子間相互作用が働き、動粘度を増大させる事ができ、幅広い温度領域での使用が可能になる。例えば、40℃動粘度で大凡12〜260mm2/s程度のものが知られており、この様な常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)を、単独又は組み合わせる事により、必要な動粘度を得る事ができる。又、融点が−45℃以下のものも実在する為、転がり軸受での使用範囲を十分に満たしている。
【発明の効果】
【0015】
上述の様に構成する本発明の通電式転がり軸受によれば、外部からこの転がり軸受に電流が流れた場合に、この電流のうちの大部分が、導電性のシールリングと、この導電性のシールリングと軌道輪の表面との摺接部に設けた(介在させた)常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)、又は、この常温溶融塩を基油とした導電性潤滑剤とを通じて流れる。この為、転がり軸受を構成する各転動体を通じて大きな電流が流れる事を防止でき、これら各転動体の転動面や外輪軌道及び内輪軌道に電食による損傷が生じる事を、長期に亙り十分に防止できる。特に、上記常温溶融塩は、それ自身で際立って高い導電性を有する為、他の導電性物質を添加する必要がない。この為、この様な導電性物質の添加に伴う結晶化や分離による導電性の低下を防止でき、上記シールリングを通じての導電性を十分に確保できる。しかも、請求項5に記載した発明の様に、常温溶融塩の陽イオン(カチオン)を脂環式アミン系とすれば、例えば高温で使用した場合でも、この常温溶融塩による腐食を防止できる。
【0016】
又、請求項2に記載した発明の様に、シールリングを構成する弾性材中に導電材を包埋保持すれば、このシールリングの更なる電気抵抗(インピーダンス)の低減を図れ、上記各転動体の転動面や外輪軌道及び内輪軌道の電食による損傷をより確実に防止できる。
又、請求項3に記載した発明の様に、シールリップの先端に形成した凹溝と軌道輪の表面とに囲まれる空間内に、上記常温溶融塩、又は、この常温溶融塩を基油とした導電性潤滑剤を封入すれば、この空間内にこれら常温溶融塩又は導電性潤滑剤を長期間に亙り保持できる。この為、上記シールリングを通じての導電性を、長期間に亙って確保できる。
しかも、請求項4に記載した発明の様に、上記導電材の一端部を上記凹溝の内面の一部に露出させれば、この導電材の一部を他方の端部の表面に直接摺接させる場合に比べ、摩擦抵抗の低減を図れ、上記導電材を包埋保持していない構造の場合と同様の摺動性能を確保できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
[実施の形態の第1例]
図1は、請求項1、3、5に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。尚、本例の特徴は、シールリング10aを通じての導電性を確保し、長期に亙り電食による損傷を十分に防止すべく、このシールリング10aの構造、並びに、このシールリング10aの摺接部の性状等を工夫した点にある。その他の部分の構造及び作用は、前述の図7に示した従来構造と同様であるから、同等部分に関する説明は省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分を中心に説明する。
【0018】
本例の場合、上記シールリング10aを、導電性のものとしている。この為に、本例の場合は、このシールリング10aを構成する弾性材13aを、カーボンブラック等の導電性の添加剤を練り込んだ導電性エラストマー(導電性ゴム)としている。又、この様な弾性材13aの内周縁部に、シールリップ14aを設けると共に、このシールリップ14aの先端に、全周に亙って凹溝16を形成している。又、この凹溝16の両側部分を、それぞれ内輪5の両端部外周面に形成したシール溝15の側壁面に、全周に亙って摺接させている。そして、このシール溝15の側壁面と上記凹溝16の内面とに囲まれた環状空間内に、図1に梨地で示す様に、常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)を封入している。本例の場合、この常温溶融塩の陽イオン(カチオン)を脂環式アミン系としている。
【0019】
この様な本例の場合には、外部から玉軸受1aに電流が流れた場合に、この電流のうちの大部分が、導電性のシールリング10aと、上記シールリップ14aの凹溝16内に封入された上記常温溶融塩とを通じて流れる。この為、上記玉軸受1aを構成する各玉6を通じて大きな電流が流れる事を防止でき、これら各玉6の転動面や外輪軌道2及び内輪軌道4に電食による損傷が生じる事を、長期に亙り十分に防止できる。特に、上記常温溶融塩は、それ自身で際立って高い導電性を有する為、他の導電性物質を添加する必要がない。この為、この様な導電性物質の添加に伴う結晶化や分離による導電性の低下を防止でき、上記シールリング10aを通じての導電性を十分に確保できる。
【0020】
しかも、本例の場合には、上記常温溶融塩の陽イオン(カチオン)を脂環式アミン系としている為、例えば高温で使用した場合でも、この常温溶融塩による腐食を防止できる。この点に関し、本発明者が行った実験に就いて説明する。この実験では、玉軸受1aを構成する内輪5を、下記の表1に示す、各種陽イオン(カチオン)の常温溶融塩、並びに、合成炭化水素系のポリアルファオレフィン油(PAO)に浸漬し、120℃の温度環境下で720時間(720h)放置した。そして、48時間(48h)後、168時間(168h)後、430時間(430h)後、720時間(720h)後に、それぞれ上記内輪5の端部外周面に設けたシール溝15の腐食状態を評価した。
【表1】

この様な表1に示す実験結果から明らかな様に、本例の場合には、上述の様に常温溶融塩の陽イオン(カチオン)を脂環式アミン系としている為、高温で使用した場合でも、この常温溶融塩による腐食を十分に(PAOを使用した場合と同様に)防止できる。
【0021】
[実施の形態の第2例]
図2は、請求項1〜3、5に対応する、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、シールリング10bに、外輪3と内輪5とを電気的に導通する為の導通機構17を設けている。この導通機構17は、上記シールリング10bを構成する弾性材13b中に、可撓性及び導電性を有する導電材18を包埋保持する事で構成している。そして、これら各導電材18の径方向外端部を、上記弾性材13bの外周縁(突出部11の径方向外端縁)から露出させ、上記外輪3の係止溝9の内面に、直接導通(当接)させている。又、上記導電材18の径方向内端部を、上記弾性材13bのシールリップ14aの先端部に全周に亙って設けた凹溝16の両側部分から露出させ、上記内輪5のシール溝15の側壁面に、直接導通(摺接)させている。
【0022】
この様な本例の場合には、上記弾性材13bを、前述した第1例の様な導電性のもの(導電性ゴム)の他、非導電性のもの(導電性添加剤を練り込んでいない非導電性ゴム)にする事もできる。この様に非導電性のものにした場合には、導電性添加剤を練り込まないで済む(導電性物質を添加しなくて済む)分、上記弾性材13bの弾性や強度を確保し易くできる。何れにしても、上記導電材18は、例えば線状のものやシート状のもの、メッシュ状のものを採用する事ができる。この様な導電材18の形状は、必要とされる性能(導電性)や、この導電材18を構成する材料の特性等に応じて決定する。又、この様な導電材18は、自己摺動性に優れ、摩耗しにくく、電気を通し易いもの、例えば、銅や銅系合金、銀、金等の金属材料や、カーボンファイバ等の導電性繊維や金属微粒子をコーティングした繊維等により構成できる。
【0023】
尚、上記弾性材13b中に包埋保持する上記導電材18の数は、特に限定しない。必要となる導通量及び弾性材13bの強度等を考慮して設計的に決定する。又、上記導電材18の寸法も、特に限定しない。導通時の電流により破断しない程度の強度を備えられる様に、やはり上記弾性材13bの強度等を考慮しつつ、設計的に定める。尚、上記導電材18の配置に関しては、例えば上記弾性材13b中に円周方向に関して等間隔{例えば円周方向に関して90度間隔}に配置する事が好ましい。又、例えば、円周方向に関して等配した導電材18同士を、径方向中間部で円輪状導電材等により電気的に導通する構造にすれば、何れかの導電材18の一部が破断等した場合でも、良好な導通性を長期に亙り確保できる。又、上記導電材18は、上記弾性材13bを芯金12にモールド成形する際に、金型のキャビティー内の所定位置に設置する事により、この弾性材13b中に埋め込む事ができる。この為、製造作業も容易に行え、大量生産にも適している。
【0024】
この様な導電材18を弾性材13bに包埋保持した本例の場合も、シールリップ14aの先端部に全周に亙って設けた凹溝16の内面とシール溝15の側壁面とに囲まれた環状空間内に、常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)、より具体的には、陽イオン(カチオン)を脂環式アミン系とした常温溶融塩を封入している。
この様な本例の場合も、前述した実施の形態の第1例と同様に、玉軸受1aを構成する各玉6を通じて大きな電流が流れる事を防止でき、これら各玉6の転動面や外輪軌道2及び内輪軌道4に電食による損傷が生じる事を、長期に亙り十分に防止できる。しかも、本例の場合には、上記弾性材13b中に導電材18を包埋保持している為、シールリング10bの更なる電気抵抗の低減を図れ、上記電食による損傷をより確実に防止できる。
その他の構成及び作用は、前述した第1例と同様であるから、重複する説明は省略する。
【0025】
[実施の形態の第3例]
図3は、請求項1、3、5に対応する、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例の場合には、シールリップ14aの先端部に全周に亙って設けた凹溝16の内面とシール溝15の側壁面とに囲まれた環状空間内に、導電性潤滑剤、即ち、常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)を基油としたグリースを封入している。より具体的には、このグリースの基油を、陽イオン(カチオン)を脂環式アミン系とした常温溶融塩としている。そして、この基油である常温溶融塩に、増ちょう剤と、必要な添加剤とを混合して、上記グリースを構成している。
【0026】
上記増ちょう剤としては、例えば、金属石けん、又は、ウレア化合物を用いる事ができる。このうちの金属石けんとしては、例えば、ステアリン酸リチウムや12−ヒドロキシステアリン酸リチウム等が挙げられる。又、複合化剤との共晶によって形成された金属複合石けんを用いる事が、耐熱性の面からより好ましい。この様な複合化剤としては、二塩基酸又はそのエステル、リン酸又はホウ酸、サルチル酸の様な芳香族酸のリチウム塩等が挙げられる。尚、二塩基酸を用いる事が一般的であるが、この様な二塩基酸としては、アジピン酸、スペリン酸、ピメリン酸、アゼライン酸、セバシン酸等が挙げられる。
【0027】
一方、上記ウレア化合物としては、ジイソシアネートと芳香族系モノアミンや脂肪族系モノアミンや脂環族系モノアミンとを反応させたジウレア化合物が好適である。又、必要に応じて、導電性カーボンブラック、グラファイト、ベントナイト、マイカ、ポリテトラフルオロエチレン等の固体微粒子を用いる事も可能である。但し、この様な固体微粒子を用いる場合には、一次粒子径が2μm以下とする。この理由は、2μmを超えると、転がり軸受が振動し易くなり、音響性能が低下する(騒音、振動が過大になる)可能性がある為である。
【0028】
又、上記グリースには、必要に応じて、防錆剤や酸化防止剤、摩耗防止剤等の添加剤を混合する。この様な添加剤は、上記常温溶融塩に可溶であるものが好ましい。この様な添加剤としては、例えば、亜鉛ジチオホスフェート(Zn−DTP)やリン酸トリクレジル(TCP)、ジベンジルサルファイドが挙げられる。
【0029】
この様な本例の場合も、前述した実施の形態の第1例と同様に、外部から玉軸受1aに電流が流れた場合に、この電流のうちの大部分が、導電性のシールリング10aと、上記シールリップ14aの凹溝16内に封入された、上記導電性潤滑剤(常温溶融塩を基油としたグリース)とを通じて流れる。この為、上記玉軸受1aを構成する各玉6を通じて大きな電流が流れる事を防止でき、これら各玉6の転動面や外輪軌道2及び内輪軌道4に電食による損傷が生じる事を、長期に亙り十分に防止できる。
尚、上記導電性潤滑剤は、上述の様な動粘度の大きいグリースの他、この動粘度の小さい潤滑油とする事もできる。又、軸受空間内(各玉6を設置した空間内)に封入する潤滑剤(グリース、潤滑油)は、上記凹溝16内に封入される上記導電性潤滑剤とは別のもの(導電性を有しないもの)とする。
その他の構成及び作用は、前述した第1例と同様であるから、重複する説明は省略する。
【0030】
[実施の形態の第4例]
図4は、請求項1〜5に対応する、本発明の実施の形態の第4例を示している。本例の場合は、シールリング10cを構成する弾性材13b中に、可撓性及び導電性を有する導電材18aを包埋保持している。又、これと共に、この導電材18aの径方向内端部を、シールリップ14aの先端部に全周に亙って形成した凹溝16の内面の一部に露出させている。この様な本例の場合には、上記導電材18aの径方向内端部が、上記凹溝16の内面とシール溝15の側壁面とに囲まれた環状空間内に封入された導電性潤滑剤{常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)を基油とした潤滑剤(グリース、潤滑油)}を介して、上記シール溝15の側壁面と導通する。この為、前述の図2に示した実施の形態の第2例の様な、導電材18(図2参照)の径方向内端部をシール溝15の側壁面に直接摺接させる場合に比べ、摩擦抵抗の低減を図れ、上記導電材18aを包埋保持していない構造の場合と同様の摺動性能を確保できる。
その他の構成及び作用は、前述した第1〜3例と同様であるから、重複する説明は省略する。
【0031】
[実施の形態の第5例]
図5は、請求項1、5に対応する、本発明の実施の形態の第5例を示している。本例の場合は、シールシップ14の先端部に、前述した実施の形態の第1〜4例で示した様な凹溝16(図1〜4参照)は設けていない。即ち、上記シールリップ14の形状を、前述の図7に示した従来構造と同じにしている。但し、本例の場合には、シールリング10dを導電性のものとしている。即ち、このシールリング10dを構成する弾性材13cを、カーボンブラック等の導電性の添加剤を練り込んだ導電性エラストマー(導電性ゴム)としている。又、これと共に、上記シールリップ14の先端部(先端縁)と、この先端部(先端縁)が摺接する、シール溝15の側壁面との間に、導電性潤滑剤{常温溶融塩(イオン液体、イオン性液体)を基油とした潤滑剤}を介在させている。より具体的には、上記シールリップ14の先端縁と、上記シール溝15の側壁面とのうちの少なくとも一方に、上記導電性潤滑剤を塗布している。尚、必要に応じて、前述した実施の形態の第2例や第4例で示した様な導電材18、18a(図2、4参照)を、上記シールリング10dを構成する弾性材13c中に包埋保持する事もできる。
その他の構成及び作用は、前述した第3例と同様であるから、重複する説明は省略する。
【実施例】
【0032】
本発明の効果を確認する為に行った試験に就いて説明する。この試験は、前述の図1に示した実施の形態の第1例の構造と、前述の図7に示した従来構造{但し、シールリング10を構成する弾性材13(図7参照)を導電性のものとした構造:比較例}とを、下記の試験条件で運転し、その振動の変化(軸受アキシアル方向振動値)を測定する事により行った。尚、使用した転がり軸受の型番は6201(内径60mm、外径90mm、幅20mmの単列深溝型玉軸受)であり、グリースは、リチウム系グリースである。
[試験条件]
回転速度:1500min-1
アキシアル荷重:Fa=39.2N
入力電流:実効値13mA、P−P400mA、16KHz
【0033】
図6は、この様な条件により行った試験の結果を示している。この様な試験の結果から明らかな様に、比較例が試験時間の経過と共に、電食に伴う振動が増大するのに対して、本発明の構造の場合には、500時間経過しても振動が増加しなかった(長期に亙り電食を防止できた)。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、前述した実施の形態の第1〜5例の様な玉軸受に限らず、外部から電流が流れ込む環境で使用されるあらゆる転がり軸受(例えば、円筒ころ軸受や円すいころ軸受等)に採用する事で、同様の効果を得る事ができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す、通電式玉軸受の部分断面図。
【図2】同第2例を示す、通電式玉軸受の部分断面図。
【図3】同第3例を示す、通電式玉軸受の部分断面図。
【図4】同第4例を示す、通電式玉軸受の部分断面図。
【図5】同第5例を示す、通電式玉軸受の部分断面図。
【図6】試験結果を示す線図。
【図7】従来構造の玉軸受の部分断面図。
【符号の説明】
【0036】
1、1a 玉軸受
2 外輪軌道
3 外輪
4 内輪軌道
5 内輪
6 玉
7 保持器
8 ポケット
9 係止溝
10、10a、10b、10c、10d シールリング
11 突出部
12 芯金
13、13a、13b、13c 弾性材
14、14a シールリップ
15 シール溝
16 凹溝
17 導通機構
18、18a 導電材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に外輪軌道を有する外輪と、外周面に内輪軌道を有する内輪と、これら外輪軌道と内輪軌道との間に転動自在に設けられた複数個の転動体と、上記外輪の内周面と上記内輪の外周面との間に存在して、これら各転動体を設置した軸受内部空間の端部開口を塞ぐ為の、円輪状のシールリングとを備え、このシールリングの内外両周縁のうちの一方の周縁を、上記内輪の端部と上記外輪の端部とのうちの一方の端部に全周に亙って係止すると共に、上記内外両周縁のうちの他方の周縁を、上記内輪の端部と上記外輪の端部とのうちの他方の端部の表面に全周に亙って摺接させ、更に、上記外輪と上記内輪とを電気的に導通させた
通電式転がり軸受に於いて、
上記シールリングを導電性のものとすると共に、このシールリングの上記他方の周縁と、この他方の周縁が摺接する、上記他方の端部の表面との間に、常温溶融塩、又は、この常温溶融塩を基油とした導電性潤滑剤を介在させた
事を特徴とする通電式転がり軸受。
【請求項2】
シールリングを構成する弾性材中に、可撓性及び導電性を有する導電材を包埋保持し、この導電材の両端を、外輪と内輪とにそれぞれ電気的に導通させた、
請求項1に記載した通電式転がり軸受。
【請求項3】
シールリングを構成する弾性材の内外両周縁のうち、他方の周縁に設けたシールリップの先端に全周に亙って凹溝を形成すると共に、この凹溝の両側部分を他方の端部の表面にそれぞれ全周に亙って摺接させ、これら凹溝と他方の端部の表面とに囲まれる空間内に、常温溶融塩、又は、この常温溶融塩を基油とした導電性潤滑剤を封入した、
請求項1〜2のうちの何れか1項に記載した通電式転がり軸受。
【請求項4】
シールリングを構成する弾性材中に、可撓性及び導電性を有する導電材を包埋保持すると共に、この導電材の一端部を凹溝の内面の一部に露出させ、この導電材の一端部を、常温溶融塩、又は、この常温溶融塩を基油とした導電性潤滑剤を介して、他方の端部の表面と導通させた、
請求項3に記載した通電式転がり軸受。
【請求項5】
常温溶融塩の陽イオンが脂環式アミン系である、
請求項1〜4のうちの何れか1項に記載した通電式転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−264401(P2009−264401A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−110968(P2008−110968)
【出願日】平成20年4月22日(2008.4.22)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】