説明

造血因子としてのFgf21の使用

【課題】Fgf21に関連する新規医薬・試薬、およびそれらの開発に有用な手段などを提供すること。
【解決手段】Fgf21の発現又は機能を調節する物質を含む、造血幹細胞の分化調節剤:Fgf21による造血幹細胞の分化調節方法及び分化効率の判定方法:被験物質がFgf21の発現又は機能を調節し得るか否かを評価することを含む、造血幹細胞の分化を調節し得る物質のスクリーニング方法:造血幹細胞の分化調節能に変化をもたらすFgf21多型の同定方法:造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の判定方法及び診断剤:Fgf21の発現又は機能を調節する物質を含むキットなど。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造血幹細胞の分化調節剤、造血幹細胞の分化調節方法、造血幹細胞の分化を調節し得る物質のスクリーニング方法などを提供する。
【背景技術】
【0002】
血球細胞は酸素輸送、抗体産生など様々な生命活動に不可欠である。赤血球は血液中で最も多く存在する血球細胞であり、中胚葉からヘマンジオブラスト、造血幹細胞、赤血球前駆細胞を経て赤血球へと分化する。この発生過程に寄与する造血因子の探索とその機能解析は種々の造血系疾患の病因解明や予防、治療に貢献するものと考えられる。
【0003】
ゼブラフィッシュは母体外で受精および発生が行われ、その発生が速く、発生期間を通して胚が透明である。また、外来遺伝子の導入、細胞移植などによる実験発生学的解析が容易に実施できる。また、血液循環を全く消失していても体表からの受動的な酸素の拡散によって数日間生き延びることができる。さらに、血球分化過程はゼブラフィシュからヒトまで良く保存されていることが明らかにさられている。従って、ゼブラフィッシュはヒトの血球分化過程を調べる上で優れたモデル動物である(非特許文献1−2)。
【0004】
線維芽細胞増殖因子(FGFs)はアミノ酸配列の相同性からヒトおいて現在22種類存在することが明らかにされている。その作用は単に、線維芽細胞に対する増殖活性のみならず、形態形成、血管形成、腫瘍形成、創傷治癒、神経生存維持、代謝調節など多様な生命現象に深く関与していることが知られている(非特許文献3−4)。本発明者らは以前にヒトFgf21を同定している(非特許文献5)。しかしながら、その機能については未だ不明である。
【0005】
【非特許文献1】Thisse, C. and Zon, L.I. (2002) Science 295, 457-462.
【非特許文献2】Davidson, A.J. and Zon, L.I. (2004) Oncogene 23, 7233-7246.
【非特許文献3】Ornitz, D.M. and Itoh, N. (2001) Genome Biol. 21, REVIEW3005.
【非特許文献4】Itoh, N. and Ornitz, D.M. (2004) Trends Genet. 20, 563-569.
【非特許文献5】Nishimura, T. et al. (2000) Biochim. Biophys. Acta 1492, 203-206.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
遺伝子の機能解析は、種々の疾患に対する新たな作用機序を有する医薬、または試薬の開発などにつながる。本発明は、Fgf21遺伝子の機能解析により得られた知見に基づき、種々の疾患に対し新たな作用機序を有する医薬、または試薬を提供すること、並びに医薬または試薬の開発などに有用な手段を提供することなどを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ゼブラフィシュにおいてFgf21の機能を抑制し、その形質を解析したところ、当該ゼブラフィシュでは赤血球が消失又は減少すること、並びにこの赤血球の消失又は減少は、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化が抑制されたためであることを見出した。本発明者らはまた、ゼブラフィシュにおけるFgf21の機能抑制より、造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化が促進し得ることを見出した。従って、Fgf21は、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞(例えば、赤血球、巨核球、好酸球、好中球、好塩基球、単球、樹状細胞)への分化、あるいは造血幹細胞のリンパ球系列細胞(例えば、T細胞、B細胞、NK細胞)への分化を制御し得ると考えられる。また、Fgf21の発現又は機能を調節する物質は、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化調節能を有する、並びに/あるいは血液細胞の異常に起因する疾患(例えば、造血疾患、免疫疾患、アレルギー疾患)に対する医薬および研究用試薬の開発などに有用であり得ると考えられる。
【0008】
以上に基づき、本発明者らは、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は下記の通りである:
〔1〕Fgf21の発現又は機能を調節する物質を含む、造血幹細胞の分化調節剤;
〔2〕Fgf21の発現又は機能を調節する物質がFgf21の発現又は機能を促進する物質である、上記〔1〕の剤;
〔3〕Fgf21の発現又は機能を促進する物質がFgf21又はその発現ベクターである、上記〔2〕の剤;
〔4〕Fgf21の発現又は機能を調節する物質がFgf21の発現又は機能を抑制する物質である、上記〔1〕の剤;
〔5〕Fgf21の発現又は機能を抑制する物質が、アンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸、ターゲティングベクター、抗体及びドミナントネガティブ変異体からなる群より選ばれる、上記〔4〕の剤;
〔6〕造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化促進剤、又は造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化抑制剤である、上記〔2〕の剤;
〔7〕造血幹細胞の赤血球系列細胞への分化促進剤である、上記〔2〕の剤;
〔8〕造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化抑制剤、又は造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化促進剤である、上記〔4〕の剤;
〔9〕造血疾患、免疫疾患又はアレルギー疾患の予防又は治療剤である、上記〔1〕の剤;
〔10〕Fgf21の発現又は機能を調節する物質の存在下において培地中で造血幹細胞を培養することを含む、造血幹細胞の分化調節方法;
〔11〕Fgf21の発現又は機能を調節する物質がFgf21である、上記〔10〕の方法;
〔12〕造血幹細胞から分化誘導された赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞を単離することをさらに含む赤血球−骨髄球系列細胞の製造方法である、上記〔10〕の方法;
〔13〕造血幹細胞から分化誘導された赤血球−骨髄球系列細胞をさらに分化させることをさらに含む、上記〔10〕の方法;
〔14〕Fgf21の存在下において培地中で造血幹細胞を培養し、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率を評価することを含む、Fgf21による造血幹細胞の分化効率の判定方法;
〔15〕被験物質がFgf21の発現を調節し得るか否かを評価することを含む、造血幹細胞の分化を調節し得る物質のスクリーニング方法;
〔16〕下記の工程(a)〜(c)を含む、上記〔15〕の方法:
(a)被験物質とFgf21の発現を測定可能な細胞とを接触させる工程;
(b)被験物質を接触させた細胞におけるFgf21の発現量を測定し、該発現量を被験物質を接触させない対照細胞におけるFgf21の発現量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Fgf21の発現量を調節する被験物質を選択する工程;
〔17〕下記の工程(a)〜(c)を含む、上記〔15〕の方法:
(a)被験物質を動物に投与する工程;
(b)被験物質を投与した動物におけるFgf21の発現量を測定し、該発現量を被験物質を投与しない対照動物におけるFgf21の発現量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Fgf21の発現量を調節する被験物質を選択する工程;
〔18〕Fgf21の特定の多型が造血幹細胞の分化調節能に及ぼす影響を解析することを含む、造血幹細胞の分化調節能に変化をもたらすFgf21多型の同定方法;
〔19〕動物から採取された生体試料を用いてFgf21の発現量及び/又は多型を測定し、測定結果に基づき造血幹細胞分化に対する動物の生体状態を評価することを含む、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の判定方法;
〔20〕Fgf21の発現量及び/又は多型の測定用試薬を含む、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の診断剤;
〔21〕以下(a)及び(b)を含む、キット:
(a)Fgf21の発現又は機能を調節する物質;並びに
(b)造血幹細胞又はその分化細胞の同定用試薬、及び/又は造血幹細胞の分化細胞の分化調節試薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明の剤は、造血幹細胞の分化調節、並びに造血疾患、免疫疾患等の所定の疾患の予防又は治療などに有用であり得る。本発明の分化調節方法は、造血幹細胞のCMP細胞、CLP細胞又はそれらの分化細胞への分化調節、特に造血幹細胞のCMP細胞への分化調節などに有用である。本発明の分化効率の判定方法は、血液細胞の異常に起因する疾患(例えば、造血疾患、免疫疾患)の患者の治療に際して、Fgf21の発現又は機能を調節する物質の当該患者における治療効果の予測を可能とするため有用である。本発明のスクリーニング方法は、血液細胞の異常に起因する疾患に対する医薬等の開発などに有用である。本発明の判定方法および診断剤は、血液細胞の異常に起因する疾患の発症または発症リスクの評価に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(1.造血幹細胞の分化調節剤)
本発明は、Fgf21の発現または機能を調節する物質を含有してなる、造血幹細胞の分化調節剤を提供する。
【0011】
造血幹細胞は、骨髄球系共通前駆細胞(common myeloid progenitor cell:CMP細胞)又はリンパ球系共通前駆細胞(common lymphocyte progenitor cell:CLP細胞)に分化する。CMP細胞は、顆粒球/マクロファージ系前駆細胞(granulocyte/macrophage progenitor cell:GMP細胞)又は巨核球/赤芽球系前駆細胞(megakaryocyte/erythroid progenitor cell:MEP細胞)に分化し、GMP細胞はさらに骨髄性細胞(myelocytic cell)又は単球性細胞(monocytic cell)を経て好酸球、好中球、好塩基球、単球等に分化し、MEP細胞はさらに赤芽球又は巨核球に分化する。一方、CLP細胞は、T細胞系共通前駆細胞(T-lymphocyte progenitor cell:CTP細胞)、B細胞系共通前駆細胞(B-lymphocyte progenitor cell:CBP細胞)又はNK前駆細胞(NK progenitor cell:NKP細胞)に分化する。本発明者らは、Fgf21の発現または機能を促進/抑制する物質が、造血幹細胞のCMP細胞又はその分化細胞(例えば、Gata1陽性細胞、mpx陽性細胞)への分化を促進/抑制し得ること、並びに造血幹細胞のCLP細胞又はその分化細胞(例えば、Ikaros陽性細胞)への分化を抑制/促進し得ることを見出した。
【0012】
本明細書中で使用される場合、必要に応じて、以下の用語「X系列(lineage)細胞」を使用する。
「赤血球−骨髄球系列細胞」とは、CMP細胞及びその分化細胞を包括的に意味し、赤血球系列細胞、巨核球系列細胞、骨髄球系列細胞を含む。ここで、「赤血球系列細胞」とは、CMP細胞、MEP細胞、赤芽球、赤血球を包括的に意味する。「巨核球系列細胞」とは、CMP細胞、MEP細胞、巨核球を包括的に意味する。「骨髄球系列細胞」とは、CMP細胞、GMP細胞、骨髄性細胞、単球性細胞、好酸球、好中球、好塩基球、単球を包括的に意味する。
【0013】
「リンパ球系列細胞」とは、CLP細胞及びその分化細胞を包括的に意味し、T細胞系列細胞、B細胞系列細胞、NK細胞系列細胞を含む。ここで、「T細胞系列細胞」とは、CLP細胞、CTP細胞、T細胞を包括的に意味する。「B細胞系列細胞」とは、CLP細胞、CBP細胞、B細胞を包括的に意味する。「NK細胞系列細胞」とは、CLP細胞、NKP細胞、NK細胞を包括的に意味する。
【0014】
Fgf21は、ヒトFgf21(例えば、GenBankアクセッション番号:AB021975参照)又はそのオルソログ、あるいはそれらの変異体(SNP、ハプロタイプを含む)をいう。Fgf21のオルソログは特に限定されず、例えば任意の動物、例えば魚類、鳥類、哺乳動物(例えば、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、サル、ウサギ、ラット、ハムスター、モルモット、マウス)に由来するものであり得る。Fgf21は分泌蛋白質であり、プロセシングによりシグナル配列(例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列における1〜28番目のアミノ酸残基に相当)が除去され得る。本発明の方法では、Fgf21としては、シグナル配列が除去されたもの、シグナル配列が除去されていないもののいずれでも使用できるが、シグナル配列が除去されたものが好ましい。
【0015】
一実施形態では、Fgf21の発現または機能を調節する物質は、Fgf21の発現を促進する物質であり得る。
【0016】
Fgf21の発現とは、Fgf21からの翻訳産物(即ち、蛋白質)が産生され且つ機能的な状態でその作用部位に局在することをいう。従って、Fgf21の発現を促進する物質は、Fgf21の転写、転写後調節、翻訳、翻訳後修飾、局在化及び蛋白質フォールディング等の、いかなる段階で作用するものであってもよい。なお、本明細書で使用される場合、Fgf21の発現の促進としては、Fgf21(蛋白質)の補充をも含むものとする。
【0017】
Fgf21の発現を促進する物質の例は、Fgf21、またはFgf21をコードする核酸を含む発現ベクターであり得る。
【0018】
Fgf21は、天然蛋白質又は組換え蛋白質であり得る。Fgf21は、自体公知の方法により調製でき、例えば、a)Fgf21を含有する生体試料(例えば、血液)からFgf21を回収してもよく、b)宿主細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、酵母、昆虫細胞、昆虫、動物細胞)にFgf21発現ベクター(後述)を導入することにより形質転換体を作製し、該形質転換体により産生されるFgf21を回収してもよく、c)ウサギ網状赤血球ライセート、コムギ胚芽ライセート、大腸菌ライセート等を用いる無細胞系によりFgf21を合成してもよい。Fgf21は、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法;透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの主として分子量の差を利用する方法;イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法;アフィニティークロマトグラフィー、Fgf21抗体の使用などの特異的親和性を利用する方法;逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法;等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法;これらを組合せた方法などにより適宜精製される。
【0019】
別の実施形態では、Fgf21の発現または機能を調節する物質は、Fgf21の発現を抑制する物質であり得る。Fgf21の発現を抑制する物質は、Fgf21の転写、転写後調節、翻訳、翻訳後修飾、局在化及び蛋白質フォールディング等の、いかなる段階で作用するものであってもよい。
【0020】
Fgf21の発現を抑制する物質の例は、Fgf21の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物に対するアンチセンス核酸である。アンチセンス核酸とは、標的mRNA(初期転写産物)を発現する細胞の生理的条件下で該標的mRNA(初期転写産物)とハイブリダイズし得る塩基配列からなり、且つハイブリダイズした状態で該標的mRNA(初期転写産物)にコードされるポリペプチドの翻訳を阻害し得る核酸をいう。アンチセンス核酸の種類はDNAであってもRNAであってもよいし、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。また、天然型のアンチセンス核酸は、細胞中に存在する核酸分解酵素によってそのリン酸ジエステル結合が容易に分解されるので、本発明のアンチセンス核酸は、分解酵素に安定なチオリン酸型(リン酸結合のP=OをP=Sに置換)や2’-O-メチル型等の修飾ヌクレオチドを用いて合成もできる。アンチセンス核酸の設計に重要な他の要素として、水溶性及び細胞膜透過性を高めること等が挙げられるが、これらはリポソームやマイクロスフェアを使用するなどの剤形の工夫によっても克服できる。アンチセンス核酸の長さは、Fgf21の転写産物と特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、短いもので約15塩基程度、長いものでmRNA(初期転写産物)の全配列に相補的な配列を含むような配列であってもよい。合成の容易さや抗原性の問題等から、例えば約15塩基以上、好ましくは約15〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。さらに、アンチセンス核酸は、Fgf21の転写産物とハイブリダイズして翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNAと結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、mRNAへの転写を阻害し得るものであってもよい。
【0021】
Fgf21の発現を抑制する物質の別の例は、Fgf21の転写産物、詳細にはmRNAもしくは初期転写産物を、コード領域の内部(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)で特異的に切断し得るリボザイムである。リボザイムとは核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、最近では当該酵素活性部位の塩基配列を有するオリゴDNAも同様に核酸切断活性を有することが明らかになっているので、本発明では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。また、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる[Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788 (2001)]。
【0022】
Fgf21の発現を抑制する物質のさらに別の例は、RNAi誘導性核酸である。RNAi誘導性核酸とは、細胞内に導入されることにより、RNAi効果を誘導し得る核酸をいい、好ましくはRNAである。RNAi効果とは、mRNAと同一のヌクレオチド配列(又はその部分配列)を含む2本鎖構造のRNAが、当該mRNAの発現を抑制する現象をいう。RNAi効果を得るには、例えば、少なくとも20以上の連続する標的mRNAと同一のヌクレオチド配列(又はその部分配列)を有する2本鎖構造のRNAを用いることが好ましい。2本鎖構造は、異なるストランドで構成されていてもよいし、一つのRNAのステムループ構造によって与えられる2本鎖であってもよい。RNAi誘導性核酸としては、たとえばsiRNA、stRNA、miRNAなどが挙げられる。
【0023】
Fgf21の発現を抑制する物質の他の例は、ターゲティングベクターである。本発明で用いられるターゲティングベクターは、Fgf21遺伝子の相同組換えを誘導し得るFgf21遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチド及び第二のポリヌクレオチド、並びに選択マーカーを含む。第一及び第二のポリヌクレオチドは、Fgf21を含むゲノムDNAに対して、相同組換えを生じるのに十分な程度の配列同一性および長さを有するポリヌクレオチドである。第一及び第二のポリヌクレオチドは、Fgf21遺伝子を含むゲノムDNAにおいて、第一及び第二のポリヌクレオチドに対して相同な2つの領域の間に存在するゲノムDNA部分領域が欠失すると、Fgf21遺伝子の機能的欠損がもたらされるように選択される。選択マーカーとしては、ポジティブ選択マーカー(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ(BPH)遺伝子、ブラスティシジンSデアミナーゼ遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子)、ネガティブ選択マーカー(例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)のチミジンキナーゼ(tk)遺伝子、ジフテリア毒素Aフラグメント(DTA)遺伝子)などが挙げられる。ターゲティングベクターは、ポジティブ選択マーカー、ネガティブ選択マーカーのいずれか一方、又は両方を含むことができる。ターゲティングベクターはまた、2以上のリコンビナーゼ標的配列(例えば、バクテリオファージP1由来のCre/loxPシステムで用いられるloxP配列、酵母由来のFLP/FRTシステムで用いられるFRT配列)を含んでいてもよい。
【0024】
別の実施形態では、Fgf21の発現又は機能を調節する物質は、Fgf21の機能を抑制する物質であり得る。Fgf21の機能を抑制する物質としては、Fgf21の作用を妨げ得る物質である限り特に限定されないが、Fgf21に対する抗体、Fgf21のドミナントネガティブ変異体、これらをコードする核酸を含む発現ベクターが例示される。
【0025】
Fgf21に対する抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製できる。また、該抗体は、抗体のフラグメント(例えば、Fab、F(ab’)2)、組換え抗体(例えば、単鎖抗体)であってもよい。さらに、該抗体をコードする核酸(プロモーター活性を有する核酸に機能可能に連結されたもの)もまた、Fgf21の発現を抑制する物質として好ましい。
【0026】
例えば、ポリクローナル抗体は、Fgf21あるいはそのフラグメント(必要に応じて、ウシ血清アルブミン、KLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)等のキャリア蛋白質に架橋した複合体とすることもできる)を抗原として、市販のアジュバント(例えば、完全または不完全フロイントアジュバント)とともに、動物の皮下あるいは腹腔内に2〜3週間おきに2〜4回程度投与し(部分採血した血清の抗体価を公知の抗原抗体反応により測定し、その上昇を確認しておく)、最終免疫から約3〜約10日後に全血を採取して抗血清を精製することにより取得できる。抗原を投与する動物としては、ラット、マウス、ウサギ、ヤギ、モルモット、ハムスターなどの哺乳動物が挙げられる。
【0027】
また、モノクローナル抗体は、細胞融合法(例えば、渡邊武、細胞融合法の原理とモノクローナル抗体の作成、谷内昭、高橋利忠編、「モノクローナル抗体とがん―基礎と臨床―」、第2-14頁、サイエンスフォーラム出版、1985年)により作成することができる。例えば、マウスに該因子を市販のアジュバントと共に2〜4回皮下あるいは腹腔内に投与し、最終投与の約3日後に脾臓あるいはリンパ節を採取し、白血球を採取する。この白血球と骨髄腫細胞(例えば、NS-1, P3X63Ag8など)を細胞融合して該因子に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る。細胞融合はPEG法[J. Immunol. Methods,81(2): 223-228 (1985)]でも電圧パルス法[Hybridoma, 7(6): 627-633 (1988)]であってもよい。所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、周知のEIAまたはRIA法等を用いて抗原と特異的に結合する抗体を、培養上清中から検出することにより選択できる。モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの培養は、インビトロ、またはマウスもしくはラット、好ましくはマウス腹水中等のインビボで行うことができ、抗体はそれぞれハイブリドーマの培養上清および動物の腹水から取得できる。
【0028】
しかしながら、ヒトにおける治療効果と安全性を考慮すると、本発明の抗体は、キメラ抗体、ヒト化又はヒト型抗体であってもよい。キメラ抗体は、例えば「実験医学(臨時増刊号), Vol.6, No.10, 1988」、特公平3-73280号公報等を、ヒト化抗体は、例えば特表平4-506458号公報、特開昭62-296890号公報等を、ヒト抗体は、例えば「Nature Genetics, Vol.15, p.146-156, 1997」、「Nature Genetics, Vol.7, p.13-21, 1994」、特表平4-504365号公報、国際出願公開WO94/25585号公報、「日経サイエンス、6月号、第40〜第50頁、1995年」、「Nature, Vol.368, p.856-859, 1994」、特表平6-500233号公報等を参考にそれぞれ作製することができる。
【0029】
Fgf21のドミナントネガティブ変異体とは、Fgf21に対する変異の導入によりその活性が低減したものをいう。該ドミナントネガティブ変異体は、天然のFgf21と競合することで間接的にその活性を阻害することができる。該ドミナントネガティブ変異体は、Fgf21をコードする核酸に変異を導入することによって作製することができる。変異としては、例えば、機能性部位における、当該部位が担う機能の低下をもたらすようなアミノ酸の変異(例えば、1以上のアミノ酸の欠失、置換、付加)が挙げられる。ドミナントネガティブ変異体は、PCRや公知のキットを用いる自体公知の方法により作製できる。
【0030】
なお、本明細書中以下、アンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸、ターゲティングベクター、抗体、ドミナントネガティブ変異体を「阻害性物質」と省略する場合がある。
【0031】
Fgf21の発現または機能を調節する物質が、核酸分子または蛋白質分子である場合、本発明の剤は、核酸分子または蛋白質分子をコードする核酸分子を含む発現ベクターを有効成分とすることもできる。当該発現ベクターは、上記の核酸分子をコードするオリゴヌクレオチドもしくはポリヌクレオチドが、投与対象である哺乳動物の細胞内でプロモーター活性を発揮し得るプロモーターに機能的に連結されていなければならない。使用されるプロモーターは、投与対象である哺乳動物で機能し得るものであれば特に制限されず、例えば、SV40由来初期プロモーター、サイトメガロウイルスLTR、ラウス肉腫ウイルスLTR、MoMuLV由来LTR、アデノウイルス由来初期プロモーター等のウイルスプロモーター、並びにβ−アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター等の哺乳動物の構成蛋白質遺伝子プロモーターなどが挙げられる。
【0032】
発現ベクターは、好ましくは核酸分子をコードするオリゴ(ポリ)ヌクレオチドの下流に転写終結シグナル、すなわちターミネーター領域を含有する。さらに、形質転換細胞選択のための選択マーカー遺伝子(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)をさらに含有することもできる。
【0033】
発現ベクターとして使用される基本骨格のベクター、プラスミドまたはウイルスベクターであり得るが、ヒト等の哺乳動物への投与に好適なベクターとしては、アデノウイルス、レトロウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルス、エプスタイン・バー・ウイルス等のウイルスベクターが挙げられる。
【0034】
本発明の剤は、Fgf21の発現又は機能を調節する物質に加え、任意の担体、例えば医薬上許容され得る担体を含むことができる。医薬上許容され得る担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム−グリコール−スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑剤、クエン酸、メントール、グリシルリシン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0035】
経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水のような希釈液に有効量の物質を溶解させた液剤、有効量の物質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、サッシェ剤または錠剤、適当な分散媒中に有効量の物質を懸濁させた懸濁液剤、有効量の物質を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤等である。
【0036】
非経口的な投与(例えば、静脈内注射、皮下注射、筋肉注射、局所注入など)に好適な製剤としては、水性および非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分および医薬上許容され得る担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解または懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0037】
本発明の剤の投与量は、有効成分の活性や種類、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって異なり一概に云えないが、通常、成人1日あたり有効成分量として約0.001〜約500mg/kgである。
【0038】
本発明の剤は、例えば、医薬または研究用試薬として有用である。例えば、本発明の剤がFgf21の発現または機能を促進する物質を含有する場合、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化促進剤として有用である。本発明者らは、Fgf21が造血幹細胞(例えばgata2陽性)のCMP細胞(例えばgata1陽性)への分化促進を担う因子であることを見出した。従って、Fgf21の発現または機能を促進する物質は、造血幹細胞のCMP細胞への分化を促進し、以って赤血球、巨核球、骨髄球等の細胞数を増加させ得ると考えられる。本発明の剤は、さらに効率的に赤血球等の細胞数を増加させるため、赤血球への分化を促進する物質(例えば、エリスロポエチン)、巨核球への分化を促進する物質(例えば、トロンボポエチン)、骨髄球への分化を促進する物質(例えば、顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子)をさらに含有していてもよい。この場合、本発明の剤は、赤血球、血小板、骨髄球等の細胞数の増加が所望される疾患に使用され得る。赤血球数の増加が所望される疾患としては、例えば、貧血、赤血球減少症(例えば、癌化学療法、放射線治療後)が挙げられる。血小板数の増加が所望される疾患としては、例えば、血小板減少症(例えば、癌化学療法、放射線治療後)が挙げられる。骨髄球数の増加が所望される疾患としては、例えば、骨髄球減少症(例えば、癌化学療法、放射線治療後)が挙げられる。また、酸素運搬に関する生体機能(例えば、運動機能)の向上を目的として、本発明の剤を使用することもできる。
【0039】
また、本発明の剤がFgf21の発現または機能を促進する物質を含有する場合、造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化抑制剤として有用である。Fgf21の発現または機能を促進する物質は、造血幹細胞のCMP細胞への分化促進の結果として、造血幹細胞のCLP細胞(例えばikaros陽性)への分化を間接的に抑制し、以ってリンパ球系列細胞数を減少させ得ると考えられる。この場合、本発明の剤は、リンパ球系列細胞(例えば、T細胞、B細胞)数の減少が所望される疾患に使用され得る。リンパ球系列細胞数の減少が所望される疾患としては、例えば、自己免疫疾患、アレルギー疾患が挙げられる。
【0040】
一方、本発明の剤がFgf21の発現または機能を抑制する物質を含有する場合、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化抑制剤として有用である。本発明者らは、Fgf21の機能抑制により、造血幹細胞のCMP細胞への分化が抑制されることを見出した。従って、Fgf21の発現または機能を抑制する物質は、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化を抑制し、以って赤血球、巨核球、骨髄球等の細胞数を減少させ得ると考えられる。
【0041】
また、本発明の剤がFgf21の発現または機能を抑制する物質を含有する場合、造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化促進剤として有用である。Fgf21の発現または機能を抑制する物質は、造血幹細胞のCMP細胞への分化抑制の結果として、造血幹細胞のCLP細胞への分化を間接的に促進し、以ってリンパ球系列細胞数を増加させ得ると考えられる。本発明の剤は、さらに効率的にリンパ球系列細胞数を増加させるため、リンパ球系列細胞への分化を促進する物質をさらに含有していてもよい。リンパ球系列細胞への分化を促進する他の物質としては、例えば、インターロイキン−7が挙げられる。この場合、本発明の剤は、リンパ球系列細胞(例えば、T細胞、B細胞)数の増加が所望される疾患に使用され得る。リンパ球系列細胞数の増加が所望される疾患としては、例えば、免疫不全疾患が挙げられる。
【0042】
本発明の調節剤がFgf21の発現または機能を促進する物質に加え、他の物質を含有する場合、それらは一緒になった形態(例えば、同一容器中に混合物として格納)、あるいは互いに隔離された形態(例えば、異なる容器に格納)で提供され得る。なお、本発明の調節剤は、インビボまたはインビトロで使用され得る。
【0043】
(2.造血幹細胞の分化調節方法)
本発明はまた、造血幹細胞の分化調節方法を提供する。本方法は、例えば、Fgf21の発現又は機能を調節する物質の存在下において培地中で造血幹細胞を培養することを含む。
【0044】
造血幹細胞は、任意の動物、例えば魚類、鳥類、哺乳動物(例えば、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、サル、ヒト、ウサギ、ラット、ハムスター、モルモット、マウス)に由来する細胞であり得る。造血幹細胞はまた、任意の組織由来の細胞であり得るが、例えば、骨髄、胎児肝等の組織中に存在する細胞であり得る。造血幹細胞はさらに、胚性幹細胞、体性幹細胞等の多能性幹細胞から分化誘導される細胞であり得る。また、本発明の分化調節方法により得られる細胞の移植を意図する場合、移植が意図される動物と同種動物由来の細胞を用いることで、同種移植に好適な細胞が得られ、また、移植が意図される個体由来の細胞を用いることで、同種同系移植に好適な細胞が得られる。造血幹細胞は、細胞表面マーカーを利用する自体公知の方法(例えば、FACS)により入手できる。造血幹細胞の細胞表面マーカーとしては、例えば、Sca−1、ckitが挙げられる。
【0045】
造血幹細胞の培養に用いられる培地は、造血幹細胞の分化に適切である限り特に限定されず適宜選択されるが、例えば、最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変最少必須培地(DMEM)、F12培地またはRPMI1640培地、あるいはそれらの混合培地を基本培地として含むものなどである。培地への添加剤としては、例えば、各種アミノ酸、各種無機塩、各種ビタミン、各種抗生物質、緩衝剤などが挙げられる。培養条件もまた適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃である。培地は、血清を含んでも含まなくともよいが、未同定成分の混入の防止、感染リスクの軽減などの観点から、無血清培地が好ましい。
【0046】
一実施形態では、本発明の分化調節方法は、Fgf21の存在下において培地中で造血幹細胞を培養することを含む。Fgf21の存在下での造血幹細胞の培養は、結果的に、Fgf21を含む培地中で造血幹細胞を培養することとなる限り特に限定されない。従って、培養開始時に、Fgf21が培地中に存在していなくとも構わない。Fgf21の存在下での造血幹細胞の培養としては、例えば、Fgf21を添加した培地における造血幹細胞の培養、Fgf21発現ベクターを導入した造血幹細胞の培養、Fgf21発現細胞との造血幹細胞の共培養などが挙げられるが、Fgf21を添加した培地における造血幹細胞の培養が好ましい。
【0047】
Fgf21を添加した培地中で造血幹細胞を培養する場合、培地に添加されるFgf21は、天然蛋白質又は組換え蛋白質であり得る。Fgf21は、上述した自体公知の方法により調製できる。
【0048】
Fgf21発現ベクターを導入した造血幹細胞を培養する場合、造血幹細胞に導入される発現ベクターは、上述のFgf21発現ベクターと同様であり得る。発現ベクターの造血幹細胞への導入は、自体公知の方法、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム沈殿法、マイクロインジェクション法、リポソーム、陽イオン性脂質等の脂質を使用する方法などにより行われ得る。また、該発現ベクターの一部又は全てが、造血幹細胞のゲノムに組み込まれていても、組み込まれていなくてもよい。発現ベクターの細胞内ゲノムへの組込みには、自体公知の方法、例えばレトロウイルスを使用する方法、相同組換えを可能とするターゲティングベクターを使用する方法などが用いられ得る。
【0049】
Fgf21発現細胞と造血幹細胞を共培養する場合、培地中で造血幹細胞と共存させる細胞は、Fgf21を発現可能である限り特に限定されない。該発現細胞は、例えば、Fgf21発現ベクターの宿主細胞への導入により得られる細胞、Fgf21を発現する天然細胞であり得る。Fgf21を発現する天然細胞としては、Fgf21発現組織(例えば、骨髄、肝臓、胸腺)由来の細胞を使用できる。Fgf21発現細胞はまた、初代培養細胞、初代培養細胞から誘導された細胞株、幹細胞等の未分化細胞の培養により得られる細胞(例えば、分化細胞)などであり得る。Fgf21発現細胞はまた、造血幹細胞と同種動物又は同じ個体由来の細胞であり得る。なお、共培養としては、造血幹細胞とFgf21発現細胞とが物理的に接触している場合や、これら細胞が同じ培養系に存在するが物質の行き来が可能な隔壁により隔てられ細胞自体の物理的接触ができない場合も含まれる。造血幹細胞とFgf21発現細胞が同じ培養系に存在するが物質の行き来が可能な隔壁により隔てられ細胞自体の物理的接触ができない場合とは、例えば、通常の細胞培養に用いられるフィルター(例えば、カルチャーインサート)を用いて両細胞を隔てて培養する場合が挙げられる。
【0050】
別の実施形態では、本発明の分化調節方法は、Fgf21の発現又は機能を抑制するように、培地中で造血幹細胞を培養することを含む。このような造血幹細胞の培養としては、例えば、Fgf21阻害性物質(上述)を添加した培地における造血幹細胞の培養などが挙げられる。
【0051】
本発明の分化調節方法は、造血幹細胞から分化誘導された細胞(例えば、赤血球−骨髄球系列細胞、リンパ球系列細胞)を単離することをさらに含むことができる。分化細胞の単離は、細胞表面マーカーを利用する自体公知の方法等により行うことができる。
【0052】
本発明の分化調節方法はまた、造血幹細胞から分化誘導された細胞をさらに分化させることを含むこともできる。造血幹細胞から分化誘導された細胞をさらに分化させる方法は特に限定されるものではないが、例えば、Fgf21の発現又は機能を調節する物質と他の分化調節物質との共存下で造血幹細胞を培養する方法、Fgf21の発現又は機能を調節する物質の存在下での造血幹細胞の培養後に他の分化調節物質を使用する方法が挙げられる。他の分化調節物質としては、上述の物質が挙げられる。造血幹細胞から分化誘導された細胞をさらに分化させる方法の好ましい例は、エリスロポエチンを用いる赤血球への分化促進方法である。
【0053】
本発明の分化調節方法は、造血幹細胞からの所定の分化細胞の製造に有用である。例えば、得られた分化細胞は、細胞治療(移植)に用いることができる。この場合、培養で使用する物質、材料は、同種移植という観点から、細胞治療を受ける被験体と同種動物由来の物質、材料で統一するのが好ましい。また、培養で使用する細胞は、同種移植という観点から、細胞治療を受ける被験体と同種動物由来の細胞が好ましいが、同種同系移植という観点から、該被験体に由来する細胞を用いるのがより好ましい。
【0054】
(3.造血幹細胞の分化効率の判定方法)
本発明はまた、Fgf21による造血幹細胞の分化効率の判定方法を提供する。本発明の判定方法は、例えば、Fgf21の存在下において培地中で造血幹細胞を培養し、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率を評価することを含む。
【0055】
本判定方法に用いられる造血幹細胞は、本発明の分化調節方法で用いられるものと同様であり得るが、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率の判定が所望される被験体(例えば、Fgf21の発現又は機能を調節する物質による治療が検討されている被験体)から採取された造血幹細胞が使用され得る。
【0056】
Fgf21の存在下における培地中での造血幹細胞の培養は、上述した分化調節方法と同様に行われ得るが、Fgf21を添加した培地における造血幹細胞の培養が好ましい。
【0057】
造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率の評価は、自体公知の方法により行うことができる。例えば、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率が、Fgf21の発現又は機能を調節する物質を用いる治療の有用性を肯定する程度に十分なものであるか否かが評価され得る。
【0058】
本判定方法は、例えば、所定の患者におけるFgf21の発現又は機能を調節する物質を用いる治療の効果を予測し、該患者において該治療を採用するか否かを決定する際などに有用であり得る。
【0059】
(4.造血幹細胞の分化を調節し得る物質のスクリーニング方法)
本発明はまた、被験物質がFgf21の発現または機能を調節し得るか否かを評価することを含む、造血幹細胞の分化を調節し得る物質のスクリーニング方法、ならびに当該スクリーニング方法により得られる物質、および当該物質を含有してなる造血幹細胞の分化調節剤を提供する。
【0060】
スクリーニング方法に供される被験物質は、いかなる公知化合物及び新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。
【0061】
一実施形態では、本発明のスクリーニング方法は、細胞を用いて行われ得る。この場合、本発明のスクリーニング方法は、下記の工程(a)〜(c)を含む:
(a)被験物質とFgf21の発現を測定可能な細胞とを接触させる工程;
(b)被験物質を接触させた細胞におけるFgf21の発現量を測定し、該発現量を被験物質を接触させない対照細胞におけるFgf21の発現量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Fgf21の発現量を調節する被験物質を選択する工程。
【0062】
上記方法の工程(a)では、被験物質がFgf21の発現を測定可能な細胞と接触条件下におかれる。Fgf21の発現を測定可能な細胞に対する被験物質の接触は、培養培地中で行われ得る。
【0063】
Fgf21の発現を測定可能な細胞とは、Fgf21の産物、例えば、転写産物、翻訳産物の発現レベルを直接的又は間接的に評価可能な細胞をいう。Fgf21の産物の発現レベルを直接的に評価可能な細胞は、Fgf21を天然で発現可能な細胞であり得、一方、Fgf21の産物の発現レベルを間接的に評価可能な細胞は、Fgf21転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞であり得る。Fgf21の発現を測定可能な細胞は、動物細胞、例えばマウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物細胞であり得る。
【0064】
Fgf21を天然で発現可能な細胞は、Fgf21を潜在的に発現するものである限り特に限定されない。かかる細胞は、当業者であれば容易に同定でき、初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などを使用できる。
【0065】
Fgf21転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞は、Fgf21転写調節領域、当該領域に機能可能に連結されたレポーター遺伝子を含む細胞である。Fgf21転写調節領域、レポーター遺伝子は、発現ベクター中に挿入され得る。Fgf21転写調節領域は、Fgf21の発現を制御し得る領域である限り特に限定されないが、例えば、転写開始点から上流約2kbpまでの領域、あるいは該領域の塩基配列において1以上の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列からなり、且つFgf21の転写を制御する能力を有する領域などが挙げられる。レポーター遺伝子は、検出可能な蛋白質又は検出可能な物質を生成する酵素をコードする遺伝子であればよく、例えばGFP(緑色蛍光蛋白質)遺伝子、GUS(β−グルクロニダーゼ)遺伝子、LUC(ルシフェラーゼ)遺伝子、CAT(クロラムフェニコルアセチルトランスフェラーゼ)遺伝子等が挙げられる。
【0066】
Fgf21転写調節領域、当該領域に機能可能に連結されたレポーター遺伝子が導入される細胞は、Fgf21転写調節機能を評価できる限り、即ち、該レポーター遺伝子の発現量が定量的に解析可能である限り特に限定されない。しかしながら、Fgf21に対する生理的な転写調節因子を発現し、Fgf21の発現調節の評価により適切であると考えられることから、該導入される細胞としては、Fgf21を天然で発現可能な細胞が好ましい。
【0067】
被験物質とFgf21の発現を測定可能な細胞とが接触される培地は、用いられる細胞の種類などに応じて適宜選択されるが、例えば、約5〜20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変最少必須培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地などである。培養条件もまた、用いられる細胞の種類などに応じて適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約12〜約72時間である。
【0068】
上記方法の工程(b)では、先ず、被験物質を接触させた細胞におけるFgf21の発現量が測定される。発現量の測定は、用いた細胞の種類などを考慮し、自体公知の方法により行われ得る。例えば、Fgf21の発現を測定可能な細胞として、Fgf21を天然で発現可能な細胞を用いた場合、発現量は、Fgf21の産物、例えば、転写産物又は翻訳産物を対象として自体公知の方法により測定できる。例えば、転写産物の発現量は、細胞からtotal RNAを調製し、RT−PCR、ノザンブロッティング等により測定され得る。また、翻訳産物の発現量は、細胞から抽出液を調製し、免疫学的手法により測定され得る。免疫学的手法としては、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法(Methods in Enzymol. 70: 419-439 (1980))、蛍光抗体法などが使用できる。一方、Fgf21の発現を測定可能な細胞として、Fgf21転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞を用いた場合、発現量は、レポーターのシグナル強度に基づき測定され得る。
【0069】
次いで、被験物質を接触させた細胞におけるFgf21の発現量が、被験物質を接触させない対照細胞におけるFgf21の発現量と比較される。発現量の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物質を接触させない対照細胞におけるFgf21の発現量は、被験物質を接触させた細胞におけるFgf21の発現量の測定に対し、事前に測定した発現量であっても、同時に測定した発現量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した発現量であることが好ましい。
【0070】
上記方法の工程(c)では、Fgf21の発現量を調節する被験物質が選択される。Fgf21の発現量の調節は、発現量の増加または減少であり得る。例えば、Fgf21の発現量を増加させる(発現を促進する)被験物質は、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化促進作用、又は造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化抑制作用を有し得、貧血、自己免疫疾患、アレルギー疾患等の疾患の予防・治療薬となり得る。一方、Fgf21の発現量を減少させる(発現を抑制する)被験物質は、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化抑制作用、又は造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化促進作用を有し得、免疫不全疾患等の疾患の予防・治療薬となり得る。従って、Fgf21の発現量を指標として、所定の疾患の予防・治療剤等の医薬、または研究用試薬のための候補物質を選択することが可能となる。
【0071】
本発明のスクリーニング方法はまた、動物を用いて行われ得る。この場合、本発明のスクリーニング方法は、下記の工程(a)〜(c)を含む:
(a)被験物質を動物に投与する工程;
(b)被験物質を投与した動物におけるFgf21の発現量を測定し、該発現量を被験物質を投与しない対照動物におけるFgf21の発現量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Fgf21の発現量を調節する被験物質を選択する工程。
【0072】
上記方法の工程(a)では、動物として、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、サル等の哺乳動物が使用される。被験物質の動物への投与は自体公知の方法により行われ得る。
【0073】
上記方法の工程(b)では、Fgf21の発現量は、自体公知の方法により測定され得る。例えば、Fgf21の発現量として、Fgf21の血中濃度が測定される。本工程(b)における発現量の比較及び上記方法の工程(c)は、Fgf21の発現を測定可能な細胞を用いるスクリーニング方法におけるものと同様に行われ得る。
【0074】
本発明のスクリーニング方法は、造血幹細胞の分化を調節し得る物質、又は所定の疾患に対する予防・治療薬のスクリーニングを可能とする。従って、本発明のスクリーニング方法は、上述の医薬又は研究用試薬の開発などに有用である。
【0075】
(5.造血幹細胞の分化調節能に変化をもたらすFgf21多型の同定方法)
本発明はまた、Fgf21の特定の多型が造血幹細胞の分化調節能に及ぼす影響を解析することを含む、造血幹細胞の分化調節能に変化をもたらすFgf21多型の同定方法、当該方法により同定される造血幹細胞の分化調節能に変化をもたらすFgf21多型を含むタンパク質・核酸分子を提供する。
【0076】
Fgf21の多型とは、ある母集団において、Fgf21遺伝子を含むゲノムDNAに一定頻度で見出されるヌクレオチド配列の変異を意味し、Fgf21遺伝子を含むゲノムDNAにおける1以上のDNAの置換、欠失、付加(例えば、SNP、ハプロタイプ)、並びに該ゲノムDNA中の部分領域の反復、逆位、転座などであり得る。本発明の方法により同定されるFgf21の多型のタイプは、Fgf21における全てのタイプの多型のうち、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率に変化をもたらすヌクレオチド配列の変異、あるいは所定の疾患(例えば、造血疾患、免疫疾患)に罹患した動物と罹患していない動物との間で頻度が異なるヌクレオチド配列の変異であり得る。なお、Fgf21多型の解析対象となる動物は上述の通り特に限定されないが、ヒトが好ましい。
【0077】
解析は、自体公知の方法により行われ得る。例えば、連鎖解析等の解析方法の結果、所定の疾患(例えば、造血疾患、免疫疾患)の発症頻度、重症度に応じて特定の多型の保有頻度に有意差が認められたとき、そのタイプの多型は、造血幹細胞の分化調節能に変化をもたらす多型であると判定され得る。また、解析はインビトロで行うことも可能である。例えば、特定の多型を含むFgf21の存在下で造血幹細胞を培養し、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率を、対照Fgf21での分化効率と比較することで、多型が解析され得る。
【0078】
本発明の同定方法は、哺乳動物由来の生体試料から調製されたDNAサンプルをシークエンシング (sequencing) に供し、Fgf21多型の新たなタイプを決定する工程をさらに含むこともできる。生体試料は、Fgf21の発現組織又は細胞(例えば、B細胞)を含む試料(例えば、血液)のみならず、毛髪、爪、皮膚、粘膜等のゲノムDNAを含む任意の組織も使用できる。入手の容易性、人体への負担等を考慮すれば、生体試料は、毛髪、爪、皮膚、粘膜、血液、血漿、血清、唾液などが好ましい。多型の決定は、由来が異なる生体試料に含まれるゲノム又は転写産物のヌクレオチド配列を多数解析し、決定されたヌクレオチド配列中に一定頻度で見出される変異を同定することで行われ得る。
【0079】
本発明の同定方法および当該方法により決定されたFgf21多型は、所定の疾患の発症リスクの判定などに有用である。
【0080】
(6.造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の判定方法および診断剤)
(6.1.発現量の測定に基づく判定方法および診断剤)
本発明は、Fgf21の発現量に基づく、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の判定方法を提供する。本方法は、例えば、動物における所定の疾患(例えば、造血疾患、免疫疾患)の発症または発症リスクの判定方法として有用であり得る。
【0081】
一実施形態では、本発明の判定方法は、以下の工程(a)、(b)を含む:
(a)動物から採取した生体試料においてFgf21の発現量を測定する工程;
(b)Fgf21の発現量に基づき造血幹細胞分化に対する動物の生体状態を評価する工程。
【0082】
上記方法の工程(a)では、動物から採取した生体試料においてFgf21の発現量が測定される。動物は上述の通り特に限定されないが、ヒトが好ましい。生体試料は、Fgf21の発現量を測定可能な試料である限り特に限定されず、例えば血液、骨髄液、肝臓、胸腺が挙げられるが、侵襲性がより低い血液が好ましい。Fgf21の発現量の測定は、本発明のスクリーニング方法と同様に行われ得る。
【0083】
上記方法の工程(b)では、Fgf21の発現量に基づき、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態が評価され得る。詳細には、先ず、測定されたFgf21の発現量が、造血幹細胞分化の異常を伴わない動物又は正常動物におけるFgf21の発現量と比較される。発現量の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行われる。造血幹細胞分化の異常を伴わない動物又は正常動物におけるFgf21の発現量は、自体公知の方法により決定できる。
【0084】
次いで、Fgf21の発現量の比較結果より、動物が造血幹細胞分化の異常を有している可能性があるか否か、あるいは所定の疾患に罹患している可能性があるか否か、又は将来的に罹患する可能性が高いか低いかが判断され得る。本実施例の結果より、Fgf21の発現量が高い場合には造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化がより促進され、造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化がより抑制され、一方、Fgf21の発現量が低い場合には造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化がより促進され、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化がより抑制され得ると考えられる。また、特定の疾患を発症した動物では、当該疾患に関連する遺伝子の発現量の変化がしばしば観察されることが知られている。さらに、特定の疾患の発症前に、特定の遺伝子の発現量の変化がしばしば観察されることが知られている。従って、Fgf21の発現量の解析より、造血幹細胞分化の異常、所定の疾患の発症あるいは発症リスクを判定することが可能であると考えられる。
【0085】
本発明はまた、Fgf21の発現量の測定用試薬を含む、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の診断剤を提供する。本診断剤は、例えば、動物における所定の疾患の発症または発症リスクの診断剤として有用であり得る。
【0086】
Fgf21の発現量の測定用試薬は、Fgf21の発現を定量可能である限り特に限定されないが、例えば、Fgf21に対する抗体(上述)、Fgf21転写産物に対する核酸プローブ、またはFgf21転写産物を増幅可能な複数のプライマーを含むものであり得る。これらは、標識用物質で標識されていても標識されていなくともよい。標識用物質で標識されていない場合、本発明の診断剤は、該標識用物質をさらに含むこともできる。標識用物質としては、例えば、FITC、FAM等の蛍光物質、ルミノール、ルシフェリン、ルシゲニン等の発光物質、H、14C、32P、35S、123I等の放射性同位体、ビオチン、ストレプトアビジン等の親和性物質などが挙げられる。
【0087】
Fgf21転写産物に対する核酸プローブは、DNA、RNAのいずれでもよいが、安定性等を考慮するとDNAが好ましい。また、該プローブは、1本鎖又は2本鎖のいずれであってもよい。該プローブのサイズは、Fgf21の転写産物を検出可能である限り特に限定されないが、好ましくは約15〜1000bp、より好ましくは約50〜500bpである。該プローブは、マイクロアレイのように基板上に固定された形態で提供されてもよい。
【0088】
Fgf21を増幅可能な複数のプライマー(例えば、プライマー対)は、検出可能なサイズのヌクレオチド断片が増幅されるように選択される。検出可能なサイズのヌクレオチド断片は、例えば約100bp以上、好ましくは約200bp以上、より好ましくは約400bp以上の長さを有し得る。プライマーのサイズは、Fgf21を増幅可能な限り特に限定されないが、好ましくは約15〜100bp、より好ましくは約18〜50bp、さらにより好ましくは約20〜30bpであり得る。Fgf21転写産物を定量可能な手段がプライマーである場合、本発明の診断剤は、逆転写酵素をさらに含むことができる。
【0089】
本発明の上記判定方法及び診断剤は、造血幹細胞分化の異常、所定の疾患の発症あるいは発症リスクの判定を可能とするため有用である。
【0090】
(7.2.多型の測定に基づく判定方法および診断剤)
本発明は、Fgf21の多型に基づく、造血細胞分化に対する動物の生体状態の判定方法を提供する。本方法は、例えば、動物における所定の疾患(例えば、造血疾患、免疫疾患)の発症リスクの判定方法として有用であり得る。
【0091】
一実施形態では、本発明の判定方法は、以下の工程(a)、(b)を含む:
(a)動物から採取した生体試料においてFgf21の多型を測定する工程;
(b)多型のタイプに基づき造血幹細胞分化に対する動物の生体状態を評価する工程。
【0092】
上記方法の工程(a)では、動物から採取された生体試料においてFgf21の多型のタイプが測定される。動物は上述の通りである。生体試料は、本発明の同定方法で上述したものと同様であり得る。
【0093】
多型のタイプの測定は、自体公知の方法により行われ得る。例えば、RFLP(制限酵素切断断片長多型)法、PCR−SSCP(一本鎖DNA高次構造多型解析)法、ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法、ダイレクトシークエンス法、ARMS(Amplification Refracting Mutation System)法、変性濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis)法、RNaseA切断法、DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法、TaqMan PCR法、インベーダー法などが使用できる。
【0094】
上記方法の工程(b)では、多型のタイプに基づき、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態が評価され得る。詳細には、動物が造血幹細胞の分化異常(過剰な促進又は抑制)を有している可能性があるか否か、あるいは所定の疾患に将来的に罹患する可能性が高いか低いかが判断され得る。本実施例の結果より、Fgf21がその機能を増強させるような多型を含む場合には造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化がより促進され、造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化がより抑制され、一方、Fgf21がその機能を低下させるような多型を含む場合には造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化がより促進され、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化がより抑制され得ると考えられる。また、特定の疾患を発症しやすい動物では、当該疾患に関連する遺伝子に特定のタイプの多型をしばしば有することが知られている。従って、Fgf21の機能を低下させるような多型を含む動物は、貧血、自己免疫疾患又はアレルギー疾患等の疾患を発症する可能性が相対的に高いと考えられる。同様に、Fgf21の機能を増強させるような多型を含む動物は、免疫不全疾患等の疾患を発症する可能性が相対的に高いと考えられる。従って、多型の解析より、所定の疾患の発症可能性を判断することが可能であると考えられる。なお、本工程で測定対象となる多型のタイプは、例えば、本発明の同定方法により得られたものであり得る。
【0095】
本発明はまた、Fgf21の多型の測定用試薬を含む、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の診断剤を提供する。本方法は、例えば、動物における所定の疾患の発症リスクの診断剤として有用であり得る。
【0096】
Fgf21の多型の測定用試薬は、Fgf21の多型を決定可能である限り特に限定されない。該試薬は、標識用物質で標識されていてもよい。また、該試薬が標識用物質で標識されていない場合、キットの形態で、該標識用物質をさらに含むこともできる。
【0097】
詳細には、Fgf21の多型の測定用試薬は、特定のタイプの多型を有するFgf21を特異的に測定可能である核酸プローブ、あるいは特定のタイプの多型を有するFgf21を特異的に増幅可能である複数のプライマーを含むものであり得る。核酸プローブ、プライマーは、Fgf21を含むゲノムDNAまたはFgf21転写産物に対するものであり得る。核酸プローブ、プライマーは、転写産物またはゲノムDNAの抽出用試薬とともに提供されてもよい。
【0098】
特定のタイプの多型を有するFgf21を特異的に測定可能である核酸プローブは、特定のタイプの多型を有するFgf21を選別可能である限り特に限定されない。該プローブはDNA、RNAのいずれでもよいが、安定性等を考慮するとDNAが好ましい。また、該プローブは、1本鎖又は2本鎖のいずれであってもよい。該プローブのサイズは、特定のタイプの多型を有するFgf21を選別可能とするため短ければ短いほどよく、例えば、約15〜30bpのサイズであり得る。該プローブは、マイクロアレイのように基板上に固定された形態で提供されてもよい。該プローブにより、例えばASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法が可能となる。
【0099】
特定のタイプの多型を有するFgf21を特異的に増幅可能である複数のプライマー(例えば、プライマー対)は、測定可能なサイズのヌクレオチド断片が増幅されるように選択される。このような複数のプライマーは、例えば、いずれか一方のプライマーの3’末端に多型部位を含むように設計される。測定可能なサイズのヌクレオチド断片は、例えば約100bp以上、好ましくは約200bp以上、より好ましくは約400bp以上の長さを有し得る。プライマーのサイズは、Fgf21を増幅可能な限り特に限定されないが、好ましくは約15〜100bp、より好ましくは約18〜50bp、さらにより好ましくは約20〜30bpであり得る。Fgf21の多型を測定し得る手段がFgf21転写産物に対するプライマー対である場合、判定キットは、逆転写酵素をさらに含むことができる。
【0100】
また、Fgf21の多型の測定用試薬として、特定のタイプの多型部位を認識する制限酵素を含むものを挙げることもできる。このような試薬によれば、RFLPによる多型解析が可能となる。
【0101】
本発明の上記判定方法及び診断剤は、造血幹細胞分化の異常、所定の疾患の発症リスクの判定を可能とし、所定の疾患等の予防を目的とする生活習慣改善の契機などを提供するため有用である。
【0102】
(8.キット)
本発明は、以下(a)、(b)を含むキットを提供する:
(a)Fgf21の発現又は機能を調節する物質;並びに
(b)造血幹細胞又はその分化細胞の同定用試薬、及び/又は造血幹細胞の分化細胞の分化調節試薬。
【0103】
上記(a)のFgf21の発現又は機能を調節する物質は、上述したものと同様であり得る。
【0104】
上記(b)の造血幹細胞の同定用試薬としては、造血幹細胞特異的な細胞表面マーカー(例えば、Sca−1、ckit)、造血幹細胞特異的な細胞非表面マーカー(例えば、Gata−1)に対して特異的な親和性を有する物質(例えば、抗体)を含むものが挙げられる。
【0105】
上記(b)の造血幹細胞の分化細胞の同定用試薬としては、赤血球−骨髄球系列細胞及びリンパ球系列細胞の同定用試薬が挙げられる。赤血球−骨髄球系列細胞の同定用試薬としては、赤血球−骨髄球系列細胞特異的な細胞非表面マーカー(例えば、Globin、mpx)に対して特異的な親和性を有する物質(例えば、抗体)を含むものが挙げられる。リンパ球系列細胞の同定用試薬としては、リンパ球系列細胞特異的な細胞表面マーカー(例えば、B細胞レセプター、T細胞レセプター)、リンパ球系列細胞特異的な細胞非表面マーカー(例えば、Ikaros)に対して特異的な親和性を有する物質(例えば、抗体)を含むものが挙げられる。
【0106】
上記(b)の造血幹細胞の分化細胞の分化調節試薬としては、赤血球−骨髄球系列細胞及びリンパ球系列細胞の分化調節試薬が挙げられる。赤血球−骨髄球系列細胞の分化調節試薬としては、赤血球−骨髄球系列細胞の分化調節物質としてトロンボポエチンを含むものが挙げられる。リンパ球系列細胞の分化調節試薬としては、リンパ球系列細胞の分化調節物質としてインターロイキン−7を含むものが挙げられる。
【0107】
本発明のキットは、本発明の剤の作製に、並びに本発明の方法を簡便に行うためなどに有用である。
【0108】
(9.新規Fgf21遺伝子、タンパク質、及びそれに付随する発明)
本発明はまた、新規Fgf21ポリペプチド、ポリヌクレオチドを提供する。
【0109】
本発明のポリペプチドは、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、又は配列番号3で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドである。配列番号3で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列としては、(a)配列番号3に示されるアミノ酸配列において1もしくは2以上(例えば1〜50個、好ましくは1〜30個、より好ましくは1〜20個、さらにより好ましくは1〜10個、最も好ましくは1〜5個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入または付加されたアミノ酸配列、(b)配列番号3に示されるアミノ酸配列に対して有意なアミノ酸配列同一性(例えば約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、さらにより好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%、98%又は99%以上のアミノ酸配列同一性)を有するアミノ酸配列が挙げられる。なお、同一性(%)は、当該分野で慣用のプログラム(例えば、BLAST、FASTA等)を初期設定で用いて決定することができる。また、別の局面では、同一性(%)は、当該分野で公知の任意のアルゴリズム、例えば、Needlemanら(1970) (J. Mol. Biol. 48: 444-453)、Myers及びMiller (CABIOS, 1988, 4: 11-17)のアルゴリズム等を使用して決定することができる。Needlemanらのアルゴリズムは、GCGソフトウェアパッケージ(www.gcg.comで入手可能)のGAPプログラムに組み込まれており、同一性(%)は、例えば、BLOSUM 62 matrix又はPAM250 matrix、並びにgap weight: 16、14、12、10、8、6若しくは4、及びlength weight: 1、2、3、4、5若しくは6のいずれかを使用することによって決定することができる。また、Myers及びMillerのアルゴリズムは、GCG配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列を比較するためにALIGNプログラムを利用する場合、例えば、PAM120 weight residue table、gap length penalty 12、gap penalty 4を用いることができる。本発明のポリペプチドはまた、造血幹細胞の分化調節活性等の活性を有し得る。本発明のポリペプチドはまた、シグナル配列部分を欠失していても有していてもよい。シグナル配列部分は、配列番号3で表されるアミノ酸配列の1番目から19番目のアミノ酸に相当する部分である。
【0110】
本発明のポリヌクレオチドは、配列番号2で表されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号2で表されるヌクレオチド配列と実質的に同一のヌクレオチド配列を有するポリヌクレオチドである。配列番号2で表されるヌクレオチド配列と実質的に同一のヌクレオチド配列を有するポリヌクレオチドとしては、(a)配列番号2で表されるヌクレオチド配列の相補配列からなるポリヌクレオチドに対してハイストリンジェント条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド、(b)配列番号2に示されるヌクレオチド配列に対して有意なヌクレオチド配列同一性(例えば約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、さらにより好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%、98%又は99%以上のヌクレオチド配列同一性)を有するヌクレオチド配列が挙げられる。ハイストリンジェント条件下でのハイブリダイゼーション条件としては、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)/45℃のハイブリダイゼーション後、0.2×SSC/0.1%SDS/50〜65℃での1又は2回以上の洗浄が挙げられる。ヌクレオチド配列同一性(%)は、アミノ酸配列同一性(%)と同様に決定できる。本発明のポリヌクレオチドはまた、シグナル配列部分を欠失していても有していてもよい。シグナル配列部分は、配列番号2で表されるヌクレオチド配列の1番目から57番目のヌクレオチドに相当する部分である。
【0111】
本発明はまた、本発明のポリペプチド、ポリヌクレオチドと関連する種々の発明を提供する。かかる発明としては、本発明のポリペプチドに対する抗体(例えば、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体)及びその産生細胞(即ち、ハイブリドーマ)、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、ポリヌクレオチドを含む発現ベクター、発現ベクターが導入された形質転換体、新規Fgf21に対する阻害性物質(例えば、アンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸、ドミナントネガティブ変異体)、新規Fgf21の測定用試薬(例えば、核酸プローブ、プライマー対あるいは3以上のプライマーセット)、新規Fgf21のトランスジェニック動物及び細胞(例えば、新規Fgf21を過剰発現する動物及び細胞、並びに新規Fgf21の発現又は機能が抑制された動物及び細胞、即ちノックアウト動物及び細胞)等が挙げられる。これら一連の発明は、本明細書中に開示される方法、及び当技術分野で公知の他の方法等により作製できる。
【0112】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0113】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0114】
実施例1:ゼブラフィッシュFgf21 cDNAの単離と構造解析
ヒトFgf21のアミノ酸配列を指標にして、ゼブラフィシュDNAデータベース(genomic DNA,EST DNA)(GenBank: http://www.ncbi.nlm.nih. gov/, Emsenble: http://www.ensemble.org/)を利用して相同性検索を行い、Fgf21をコードしていると予想されるゼブラフィッシュ遺伝子断片を見出した。さらに、これらの配列から、Fgf21の全翻訳配列を増幅できるプライマー(5’−cttagtcagtcatgctttttgcc−3’(配列番号4),5’−tgctaatgtaaagcatgtctt−3’(配列番号5))を作成し、PCR法によりゼブラフィシュcDNAを鋳型にしてFgf21 cDNAを増幅した。次いで、増幅されたFgf21 cDNAをクローニングした。さらに、そのFgf21 cDNAの全翻訳領域の塩基配列(配列番号2)を決定した。
その結果、単離したゼブラフィッシュFgf21 cDNAの塩基配列(配列番号2)から、Fgf21は194アミノ酸残基からなることが明らかになった(配列番号3)。そのアミノ酸配列(配列番号3)は既知のヒトタンパク質の中で、ヒトFgf21と最も相同性(33.3%アミノ酸配列同一性)が高いことが明らかになった(図1A)。また、ヒトFgf21遺伝子は染色体上でcarbonic anhydrase XI(CA11)とdehydrogenase/reductase member 10(DHRS10)と近接しているが(LocusLink: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/ LocusLink/)、ゼブラフィッシュFgf21遺伝子も同様にゼブラフィッシュ染色体上でCa11とDhrs10と実際に近接していた(Enzemble Zebrafish Genome Brower: http://www.ensemble.org/)(図1B)。
以上より、この遺伝子はゼブラフィッシュFgf21遺伝子であると確認された。
【0115】
実施例2:Fgf21 MO導入によるFgf21の機能抑制実験
ゼブラフィシュの受精卵に標的遺伝子MOを導入することにより、標的遺伝子を効果的かつ特異的に機能を抑制することが明らかになっている(Nasevicius, A. and Ekker, S.C. (2000) Nat. Genet. 26, 153-60)。そこで、Fgf21 MOを受精卵に導入し、Fgf21の機能を抑制させ、その表現型を調べた。詳細には、Fgf21 mRNAの5’非翻訳配列及び翻訳配列の一部と相補的な配列(5’−GGCAAAAAGCATGACTGACTAAGCT−3’(配列番号6),25塩基)をもつモルフォリノ修飾アンチセンスオリゴヌクレオチド(MO)を受精卵に導入(10ng/受精卵)し、Fgf21の機能を抑制させた胚の表現型を解析した。また、対照実験としてFgf21 MOの25塩基の配列のうち、5塩基を他の塩基に置換したコントロールMO(5’−GGAAATAAGCATCACTGAGTAACCT−3’(配列番号7),25塩基)を導入(10ng/受精卵)した胚においても同様に表現型を解析した。さらに、機能回復実験としてFgf21 MOとFgf21 mRNAを同時に受精卵に導入(Fgf21 MO:10ng/受精卵、Fgf21 mRNA:10pg/受精卵)し、表現型を解析した。Fgf21 mRNAは、Fgf21 cDNAの翻訳領域をpCS2+ベクターに組み込み、それを鋳型にして作製した。
なお、胚の表現型の解析として赤血球の観察を行った。赤血球の観察は、受精後24時間後のゼブラフィッシュ胚の卵膜を除去しo−dianisidine溶液に遮光下で15分間浸しH添加で発色させて行った。
その結果、Fgf21導入胎児には体軸の湾曲(図2A)と赤血球の消失あるいは減少が確認された(図2B,表1)。また、対照実験としてコントロールMOを導入した胚に殆ど異常は観察されなかった(表1)。さらに、機能回復実験としてFgf21 MOとFgf21 mRNAを同時に導入した胚においてはFgf21 MO単独で導入した場合に見られる赤血球の消失あるいは減少の割合は減少した(表1)。
【0116】
【表1】

【0117】
以上より、Fgf21 MOの導入によって確認された赤血球の消失はFgf21の機能抑制に特異的なものであると考えられた。
【0118】
実施例3:血管形成におけるFgf21の役割の検討
Fgf21機能抑制胚で赤血球が消失あるいは減少する原因として、1)血管形成に異常があるため血液が流れない、あるいは2)赤血球が生成されない、の2つが考えられる。そこで、赤血球が消失あるいは減少する原因を明らかにするため、先ず、Fgf21機能抑制胚の血管形成を検討した。
ゼブラフィシュ胚(受精後48時間後)の静脈に蛍光色素であるFITCで標識されたデキストランを導入し、蛍光顕微鏡により血管形成を観察した。また、血管内皮細胞マーカー遺伝子,flk1の発現をwhole mount in situ hybridizationで観察した(Koshida, S. et al. (1998) Dev. Biol. 244, 9-20)。受精後24時間後の胚を4%パラホルムアルデヒドで固定し、ジゴキシゲニン標識flk1 cRNAプローブをハイブリダイズさせた。
その結果、Fgf21機能抑制胚の血管形成は正常であった(図3A)。また、血管内皮細胞マーカー、flk1(Thisse, C. and Zon, L.I. (2002) Science 295, 457-462)の発現も正常であった(図3B)。
以上より、Fgf21機能抑制胚での赤血球の消失あるいは減少は、血管形成の異常ではなく、赤血球の生成異常に起因すると考えられた。
【0119】
実施例4:血球発生過程におけるFgf21の役割の検討
ゼブラフィッシュなどの赤血球は哺乳類の赤血球と異なり有核であるが、血球発生の基本的過程は脊椎動物間でよく保存されている(Thisse and Zon, 2002; Davidson and Zon, 2004)。すなわち、発生初期の原腸胚期に中胚葉のパターニング形成が起こり、血球および血管内皮細胞に共通の前駆細胞であるヘマンジオブラストが生成する。さらに血球系統としては造血幹細胞に分化し、赤血球、ミエロイド、リンパ球など各種の血球細胞へ分化する(図4)(Thisse and Zon, 2002; Davidson and Zon, 2004)。これらの造血過程はゼブラフィッシュ胎児では内部細胞塊(intermediate cell mass:ICM)と呼ばれる組織で進行する。そこでFgf21が血球発生のどの段階に関与しているのか検討した。
様々な発達段階にあるゼブラフィッシュ胚の造血系細胞マーカー遺伝子の発現をwhole mount in situ hybridizationで観察した。胚を4%パラホルムアルデヒドで固定し、ジゴキシゲニン標識マーカーcRNAプローブをハイブリダイズさせた。各種の造血系細胞マーカーとしては、scl(ヘマンジオブラスト)、gata2(造血幹細胞)、gata1(赤血球−ミエロイド前駆細胞)、mpx(ミエロイド)、ikaros(リンパ球前駆細胞)(Thisse, C. and Zon, L.I. (2002) Science 295, 457-462)を用いた。
その結果、将来ICMを形成する側板中胚葉においてヘマンジオブラストのマーカー遺伝子、sclの発現はFgf21機能抑制胚では正常であった(図5A)。また、造血幹細胞マーカー遺伝子、gata2の発現も正常であった(図5B)。しかし、赤血球―ミエロイド前駆細胞マーカー遺伝子、gata1、さらにミエロイドマーカー遺伝子、mpxの発現は消失した(図5C、D)。従って、Fgf21は造血幹細胞から赤血球―ミエロイド前駆細胞への分化に必須の役割を果たしていることが明らかになった。一方、リンパ球前駆細胞マーカー遺伝子、ikarosの発現は増加していた(図5E)。
以上より、Fgf21の機能抑制は、造血幹細胞からの赤血球―ミエロイド前駆細胞の分化を阻害し、リンパ球前駆細胞を増加させることが示された。
【0120】
(結論)
本研究により、Fgf21は赤血球生成に重要な機能を有していることが明らかとなった。Fgf21は造血幹細胞に作用して、赤血球―ミエロイド前駆細胞の生成に重要な役割を果す造血因子であることが明らかになった(図6)。造血因子としてよく知られているエリスロポエチンは赤血球前駆細胞に作用し、その増殖と赤血球への分化を促進する(図6)。従って、Fgf21はエリスロポエチンとは異なる作用機序を有する新たな造血因子としての臨床応用が期待される。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明の剤は、造血幹細胞の分化調節、並びに造血疾患、免疫疾患等の所定の疾患の予防又は治療などを可能とする。本発明の分化調節方法は、造血幹細胞のCMP細胞、CLP細胞又はそれらの分化細胞への分化調節、特に造血幹細胞のCMP細胞への分化調節などを可能とする。本発明の分化効率の判定方法は、血液細胞の異常に起因する疾患(例えば、造血疾患、免疫疾患)の患者の治療に際して、Fgf21の発現又は機能を調節する物質の当該患者における治療効果の予測を可能とする。本発明のスクリーニング方法は、血液細胞の異常に起因する疾患に対する医薬等の開発などを可能とする。本発明の判定方法および診断剤は、血液細胞の異常に起因する疾患の発症または発症リスクの評価を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】ゼブラフィッシュFgf21のアミノ酸配列とその遺伝子の染色体上の位置を示す。(A)ゼブラフィッシュFgf21とヒトFgf21のアミノ酸配列の比較。アミノ酸配列の相同性は33.3%である。(B)ゼブラフィッシュFgf21遺伝子とヒトFgf21遺伝子の染色体上の位置。ともに、Dhrs10とCa11と隣接して存在している。Mb,megabase
【図2】Fgf21機能抑制ゼブラフィッシュ胎児の赤血球形成を示す。(A)Fgf21 MO(10ng)を受精卵に導入し、受精後24時間後の胎児観察。野生型(左)とFgf21機能抑制胎児(右)。(B)赤血球生成を観察するため、図Aの四角で囲まれた領域を拡大した。野生型(左)とFgf21機能抑制胎児(右)。矢印は赤血球を示している。
【図3】Fgf21機能抑制ゼブラフィッシュ胎児の血管形成を示す。(A)Fgf21 MO(10ng)を受精卵に導入し、受精後48時間後の胎児の静脈にFITCで標識されたデキストランを導入、蛍光顕微鏡で血管を観察。野生型(左)とFgf21機能抑制胎児(右)。矢印は血管を示している。(B)Fgf21 MO(10ng)を受精卵に導入し、受精後48時間後の胎児での血管内皮細胞遺伝子マーカー、flk1の発現をwhole mount in situ hybridizationにより観察。静脈にFITCで標識されたデキストランを導入、蛍光顕微鏡で血管を観察。矢印は血管を示している。
【図4】造血系細胞の分化過程のモデル図を示す。太字は造血系細胞のマーカー遺伝子を示している。
【図5】Fgf21機能抑制ゼブラフィッシュ胎児の造血系細胞のマーカー遺伝子の発現を示す。Fgf21 MO(10ng)を受精卵に導入し、胎児での造血系細胞遺伝子マーカーの発現をwhole mount in situ hybridizationにより観察。矢印はFgf21機能抑制胎児での発現の消失あるいは減少を示している。(A)5 somitesの胎児の側板中胚葉でのヘマンギオブラストのマーカー遺伝子、sclの発現。(B)受精後18時間の胎児のICMでの造血幹細胞マーカー遺伝子、gata2の発現。(C)受精後24時間の胎児のICMでの赤血球−ミエロイド前駆細胞マーカー遺伝子、gata1の発現。(D)受精後24時間の胎児のICMでのミエロイド系細胞マーカー遺伝子、mpxの発現。(E)受精後24時間の胎児のICMでのリンパ球前駆細胞マーカー遺伝子、ikarosの発現。
【図6】Fgf21の作用モデル図を示す。Fgf21は造血幹細胞から赤血球−ミエロイド前駆細胞への分化過程に作用する。一方、エリスロポエチンは赤血球−ミエロイド前駆細胞から赤血球への分化過程に作用する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fgf21の発現又は機能を調節する物質を含む、造血幹細胞の分化調節剤。
【請求項2】
Fgf21の発現又は機能を調節する物質がFgf21の発現又は機能を促進する物質である、請求項1記載の剤。
【請求項3】
Fgf21の発現又は機能を促進する物質がFgf21又はその発現ベクターである、請求項2記載の剤。
【請求項4】
Fgf21の発現又は機能を調節する物質がFgf21の発現又は機能を抑制する物質である、請求項1記載の剤。
【請求項5】
Fgf21の発現又は機能を抑制する物質が、アンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導性核酸、ターゲティングベクター、抗体及びドミナントネガティブ変異体からなる群より選ばれる、請求項4記載の剤。
【請求項6】
造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化促進剤、又は造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化抑制剤である、請求項2記載の剤。
【請求項7】
造血幹細胞の赤血球系列細胞への分化促進剤である、請求項2記載の剤。
【請求項8】
造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞への分化抑制剤、又は造血幹細胞のリンパ球系列細胞への分化促進剤である、請求項4記載の剤。
【請求項9】
造血疾患、免疫疾患又はアレルギー疾患の予防又は治療剤である、請求項1記載の剤。
【請求項10】
Fgf21の発現又は機能を調節する物質の存在下において培地中で造血幹細胞を培養することを含む、造血幹細胞の分化調節方法。
【請求項11】
Fgf21の発現又は機能を調節する物質がFgf21である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
造血幹細胞から分化誘導された赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞を単離することをさらに含む赤血球−骨髄球系列細胞の製造方法である、請求項10記載の方法。
【請求項13】
造血幹細胞から分化誘導された赤血球−骨髄球系列細胞をさらに分化させることをさらに含む、請求項10記載の方法。
【請求項14】
Fgf21の存在下において培地中で造血幹細胞を培養し、造血幹細胞の赤血球−骨髄球系列細胞又はリンパ球系列細胞への分化効率を評価することを含む、Fgf21による造血幹細胞の分化効率の判定方法。
【請求項15】
被験物質がFgf21の発現を調節し得るか否かを評価することを含む、造血幹細胞の分化を調節し得る物質のスクリーニング方法。
【請求項16】
下記の工程(a)〜(c)を含む、請求項15記載の方法:
(a)被験物質とFgf21の発現を測定可能な細胞とを接触させる工程;
(b)被験物質を接触させた細胞におけるFgf21の発現量を測定し、該発現量を被験物質を接触させない対照細胞におけるFgf21の発現量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Fgf21の発現量を調節する被験物質を選択する工程。
【請求項17】
下記の工程(a)〜(c)を含む、請求項15記載の方法:
(a)被験物質を動物に投与する工程;
(b)被験物質を投与した動物におけるFgf21の発現量を測定し、該発現量を被験物質を投与しない対照動物におけるFgf21の発現量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Fgf21の発現量を調節する被験物質を選択する工程。
【請求項18】
Fgf21の特定の多型が造血幹細胞の分化調節能に及ぼす影響を解析することを含む、造血幹細胞の分化調節能に変化をもたらすFgf21多型の同定方法。
【請求項19】
動物から採取された生体試料を用いてFgf21の発現量及び/又は多型を測定し、測定結果に基づき造血幹細胞分化に対する動物の生体状態を評価することを含む、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の判定方法。
【請求項20】
Fgf21の発現量及び/又は多型の測定用試薬を含む、造血幹細胞分化に対する動物の生体状態の診断剤。
【請求項21】
以下(a)及び(b)を含む、キット:
(a)Fgf21の発現又は機能を調節する物質;並びに
(b)造血幹細胞又はその分化細胞の同定用試薬、及び/又は造血幹細胞の分化細胞の分化調節試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−246823(P2006−246823A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−70072(P2005−70072)
【出願日】平成17年3月11日(2005.3.11)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】