説明

遅延蛍光を発生するシリカガラス及び遅延蛍光を利用したシリカガラス製紫外線センサー

【課題】紫外線を照射することにより遅延蛍光を発生するシリカガラス及び遅延蛍光を利用したシリカガラス製紫外線センサーを提供する。
【解決手段】合成シリカガラスにおいて、OH基含有量が1ppm以下であり、塩素の含有量が30ppm以下で、厚さ2mmの波長190nmでの透過率が50%以下であり、1280℃での粘度(Logη)が12.0poise以上であり、低圧水銀ランプの254nmの紫外線を照射した場合に400nm〜650nmの可視光領域に0.01秒以上の遅延蛍光を発生するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線を照射したときにシリカガラスから発生する遅延蛍光を利用したシリカガラスで、特にシリカガラス光学冶具、シリカガラスファイバー、シリカガラスマイクロチップ、太陽光発電、波長変換レーザなど入射光の波長を変換する光学的な特徴を有効に利用するシリカガラス製紫外線センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のシリカガラス製品は、紫外線照射によって可視光領域の蛍光を発生する蛍光シリカガラスが知られている(例えば、特許文献1)。しかしながら、可視光領域の蛍光は紫外線を照射したときにのみ観察されるものであり、紫外線の照射が止まってしまうと、可視光領域の蛍光の発生も止まってしまう。また、蛍光の強度は非常に弱く、入射された紫外線に対して、僅かな強度しか可視光領域の蛍光が発生しない状況であった。このため、シリカガラスは光の透過率は優れているものの、紫外線を可視光に変換する効率は非常に低く、有効な波長変換装置としては使用されていなかった。
【0003】
また、有機EL材料ではこうした遅延蛍光は観察される場合があるが、波長変換時に発熱するなどで効率が悪くなってしまう場合があり、問題があった。さらに、一般的なガラスでは燐光成分をガラス中にドープした発光性ガラスなども提案されている(特許文献2)。しかしながら、通常の光学ガラスでは紫外線の照射によってガラス自体が劣化する場合や、温度の変化などで燐光の発光効率が悪くなってしまう問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−154090号公報
【特許文献2】特開2005−307717号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
こうした現状に鑑み、本発明者等は、シリカガラスの遅延蛍光発生のメカニズムについて鋭意研究を重ねた結果、シリカガラス中に200nm〜180nmの波長域に最低励起三重項励起準位のSiSiSi結合を効率的に形成させて300nm以下の紫外線を吸収させれば、最低励起一重項励起準位への逆項間交差後に可視光領域に遅延蛍光が発生することを発見したのである。
【0006】
本発明は、紫外線を照射することにより遅延蛍光を発生するシリカガラス及び遅延蛍光を利用したシリカガラス製紫外線センサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のシリカガラスは、合成シリカガラスにおいて、OH基含有量が1ppm以下であり、塩素の含有量が30ppm以下で、厚さ2mmの波長190nmでの透過率が50%以下であり、1280℃での粘度(Logη)が12.0poise以上であり、低圧水銀ランプの254nmの紫外線を照射した場合に400nm〜650nmの可視光領域に0.01秒以上の遅延蛍光を発生することを特徴とする。
【0008】
本発明のシリカガラスは、厚さ2mmの波長200nmでの透過率が60%以下であり、1280℃での粘度(Logη)が12.3poise以上であり、紫外線を照射することで可視光領域に1秒以上の遅延蛍光を発生することが好適である。
【0009】
本発明のシリカガラス製紫外線センサーは、本発明のシリカガラスを用いたシリカガラス製紫外線センサーであって、300nm以下の波長の紫外線の照射を遅延蛍光により可視光領域に変換し、感知することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、紫外線を照射することにより遅延蛍光を発生するシリカガラス及び遅延蛍光を利用したシリカガラス製紫外線センサーを提供することができる。本発明のシリカガラスにより生じる遅延蛍光は、燐光物質をドープしていないために安定で、紫外線の照射による劣化もなく、また温度変化に対しても安定である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1、2及び比較例1の180〜220nmの透過率及び吸光度の結果を示すグラフであり、(a)は透過率の結果、(b)は吸光度の結果、をそれぞれ示す。
【図2】実施例1、2及び比較例1の遅延蛍光の有無に関する結果を示すグラフであり、(a)は0.01秒後の結果、(b)は1秒後の結果、(c)は3秒後の結果、(d)は5秒後の結果、をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、これらは例示的に示されるもので、本発明の技術思想から逸脱しない限り種々の変形が可能なことはいうまでもない。
【0013】
本発明のシリカガラスは、合成シリカガラスにおいて、OH基含有量が1ppm以下であり、塩素の含有量が30ppm以下で、厚さ2mmの波長190nmでの透過率が50%以下であり、1280℃での粘度(Logη)が12.0poise以上であり、紫外線を照射することで可視光領域に0.01秒以上の遅延蛍光を発生することを特徴とするシリカガラスである。
【0014】
本発明は、300nm以下にSiSiSi結合の吸収を有するシリカガラスに300nm以下の紫外線を照射し、可視光領域に遅延蛍光を発生させ、この遅延蛍光を利用して紫外線の発生を感知したり、化学的な反応を活性化させるものである。
【0015】
シリカガラス中の最低励起三重項励起準位のSiSiSiの結合は、300nm以下の190nm近傍に吸収を持つことが分かっている。また、最低励起一重項励起準位は300nm以下の240nm近傍に吸収を持つことが分かっている。この最低励起一重項励起準位は、460nmに蛍光を発生させることもわかっている。シリカガラス中に最低励起三重項励起準位、最低励起一重項励起準位の両方の準位を含有することで、遅延蛍光は発生する。
【0016】
即ち、本発明のシリカガラスは、厚さ2mmの波長190nmでの透過率が50%以下であり、30%以下がより好ましい。また、本発明のシリカガラスは、厚さ2mmの波長200nmでの透過率が60%以下であることが好ましく、30%以下であることがより好ましい。また、本発明のシリカガラスは、厚さ2mmの波長240nmでの透過率が80%以下であることが好ましい。
【0017】
今までのシリカガラスでは最低励起一重項励起準位のみが形成されていただけで、遅延蛍光現象は確認されておらず、通常の蛍光のみが検出されていた。しかしながら、シリカガラス中のSiSiSi結合をさらに増加させると、紫外線を照射させることにより励起された電子が、最低励起三重項励起準位のSiSiSi結合に一次トラップされた後に、再度最低励起一重項励起準位に戻り、その後蛍光を発生するために蛍光発生までの時間が遅延されることになる。このため、遅延蛍光の寿命は0.01秒以上、好ましくは1秒〜10数秒程度と非常に長く、遅延蛍光の発生を目視で観察することが可能である。
【0018】
遅延蛍光は、通常の蛍光と違い、エネルギーの変換が非常に優れているので、入射した300nm以下の紫外線のパワーに見合った遅延蛍光が発生することになる。このため、300nm以下の紫外線をシリカガラスによって効率よく波長を可視光に領域に変換することが可能となる。また、300nm以下の紫外線はシリカガラスで吸収されてしまうので、完全に紫外線を可視光に変換できるメリットがある。
【0019】
本発明のシリカガラスは、可視光領域、好ましくは400〜650nmの可視光領域に遅延蛍光を発生するものであり、例えば、低圧水銀ランプの254nmを照射した場合、蛍光の波長は460nmにピークをもつ波長であり、数秒間も継続することが可能である。ただし、蛍光の波長はそれぞれの電位準位の吸収の波長によっても変わることがあり、360nm〜780nmの可視光領域に変化させることは可能である。
【0020】
また、一般的な有機EL材料では遅延蛍光を発生するときに、熱が放出されてしまうためにエネルギーがロスし、変換効率が悪くなってしまう。このため交換効率を良くするためには、材料を液体窒素などで冷却するなどの処理が必要であったが、本発明のシリカガラスでは熱を放出することがないので、室温でも十分な変換効率を得ることが可能である。
【0021】
蛍光とは、(1)エネルギーを受けた電子が一重項励起電子のもっともエネルギーレベルの高いところへ移る。(2)次に一重項励起電子でエネルギーレベルの高いところから低いところへ移り、一気に基底状態まで戻る。(3)このときに発生する可視光が蛍光で、一連の過程はナノ秒以下という非常に短い時間でおこる。
遅延蛍光とは、(1)エネルギーを受けた電子が一重項励起電子のもっともエネルギーレベルの高いところへ移る。(2)一重項励起電子が直接基底状態に戻るのではなく、いったんエネルギーレベルの低い三重項励起電子に移る。(3)さらに三重項励起電子から再び一重項励起電子にあがり、そこから一気に基底状態に戻る。(4)このとき発生するのが可視光の蛍光であるが、三重項励起電子から基底への転移が一重項励起を経由するので蛍光の発生が遅延され、秒といった長いスケールで蛍光が継続するのが特徴である。
【0022】
本発明においては、シリカガラス中に三重項励起電子準位のSiSiSi結合を多く形成させることにより、また併せて一重項励起電子準位の吸収を240nmに形成させることで、常温でも遅延蛍光を観察することが可能となった。よって、今まで有機LED材料では常温ではなしえなかった波長変換を、この遅延蛍光現象を用いることによって可能となったのである。
【0023】
本発明のシリカガラスにおいて、OH基含有量は1ppm以下であり、0.5ppm以下がより好ましい。また、塩素の含有量は30ppm以下であり、10ppm以下がより好ましい。
【0024】
本発明のシリカガラスは高耐熱性合成シリカガラスであって、1280℃での粘度(Logη)は12.0poise以上であり、12.3poise以上が好ましく、12.4poise以上がより好ましい。
【0025】
本発明では、特に、シリカガラス中には燐光発生する物質を含有させておらず、またシリカガラスそのものであることから、いろいろな形状にすることが可能である。例えば、ファイバー状に延伸したり、研磨して薄膜にしたり、1m角以上の大きな基板も作成することが可能である。さらに、プリズムやレンズ形状、または球状の遅延蛍光を発生する製品を提供することが可能となる。従って、レーザ光を照射することが容易で、これによって効率よく波長を変換した460nmにピークをもつ可視光を得ることが可能である。
【0026】
こうした可視光の遅延蛍光により、燐光物質を含有しないシリカガラスでも可視光を発生することができるので、液晶テレビのバックライトや照明装置への応用が考えられる。また、紫外線レーザを照射することで、可視光に波長を変化したレーザ光を発生させることも可能となる。
【0027】
最低励起三重項励起準位のSiSiSi結合を効率的に形成する方法は特に規定はしないが、例えば合成シリカガラススート母材にClを含有する化合物を反応させSi−Cl結合を形成した後に、このSi−Cl結合からClを還元雰囲気で引き抜くことで達成することができる。
【0028】
紫外線を照射すると蛍光を発生する光学ガラスを利用した紫外線センサーは実用化されているが、シリカガラスを利用した紫外線センサーは実用化されてはいない。通常の紫外線センサー((株)住田光学ガラス製ルミラスB)では、ガラス内部に多量の発光イオン(元素)を分散している。このため、高温下で使用すると劣化して長期間使用することができない場合や、薬液やガス雰囲気との反応性によってはガラス表面があれてしまい、センサーとしての感度が低下して使用することができなくなる可能性がある。シリカガラスの場合には、高温でも安定であり、しかもガスや薬液との反応性もなく非常に安定しているので、過酷な雰囲気下でも長時間使用することが可能である。また、シリカガラスでも場合によっては、紫外線が照射されているときだけ蛍光が発生する場合があるが、本発明のシリカガラスを用いることにより、紫外線が照射されているかを直接確認できない場合、紫外線発生の大元を遮断後、数秒の時間を経過したのちでも遅延蛍光が発生している為、紫外線発生の有無を確認することが可能となる。
【実施例】
【0029】
以下に実施例をあげて本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例は例示的に示されるもので限定的に解釈されるべきでないことはいうまでもない。
【0030】
(実施例1)
シリカガラススート母材を、四塩化ケイ素(SiCl)ガスを水素と酸素の火炎の中で加水分解を起こして、ターゲット材に堆積させて作成した。次いで、このスート母材を有機ケイ素化合物のガス中で脱水し、還元性雰囲気中で加熱後、真空炉中で1550℃でガラス化して、酸素欠損を有する合成シリカガラスを作成した。
【0031】
得られた合成シリカガラスの180〜220nmの透過率及び吸光度を測定し、その結果を図1及び表1に示した。また、OH基含有量、Cl含有量及び粘度を測定し、その結果を表1に示した。金属不純物含有量を測定し、その結果を表3に示した。OH基含有量については、赤外分光光度計にて、2.7μmの赤外線の吸収スペクトルから測定を行った。Cl含有量については、蛍光X線分析にて測定を行った。粘度に関しては、ビームベンディング法によって測定を行った。金属不純物含有量については、四重極型誘導結合プラズマ質量分析にて測定を行った。
【0032】
また、得られた合成シリカガラスに254nmの紫外線(低圧水銀ランプ)を照射した場合の蛍光及び遅延蛍光の状態を測定し、その結果を表2及び図2に示した。遅延蛍光の発生は分光蛍光光度計を用いて測定を行った。励起波長254nmでUV31フィルターにより励起光をカット、また入射側スリット幅、出射側スリット幅は5mmで、フォトマルの電圧は950Vとした。励起光をカット後、0.01秒、1秒、3秒、5秒後の遅延蛍光の強度を図2に示した。
【0033】
(実施例2)
シリカガラススート母材を、四塩化ケイ素(SiCl)ガスを水素と酸素の火炎の中で加水分解を起こして、ターゲット材に堆積させて作成した。次いで、このスート母材を有機ケイ素化合物のガス中で脱水し、水素雰囲気中で焼成した後、還元性雰囲気中で加熱後、真空炉中で1550℃でガラス化して、酸素欠損を有する合成シリカガラスを作成した。得られた合成シリカガラスに対して、実施例1と同様に測定を行った。結果を表1,2,3及び図1,2に示した。
【0034】
(比較例1)
シリカガラススート母材を、四塩化ケイ素(SiCl)ガスを水素と酸素の火炎の中で加水分解を起こして、ターゲット材に堆積させて作成した。次いで、このスート母材を真空炉中で1550℃加熱して、酸素欠損を有しない合成シリカガラスを作成した。得られた合成シリカガラスに対して、実施例1と同様に測定を行った。結果を表1,2,3及び図1,2に示した。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

【0038】
表1,2及び図1,2に示した如く、三重項励起電子準位と一重項励起電子準位を含有する実施例1及び2では、400〜600nmに遅延蛍光が確認された。特に、実施例2では、10秒レベルの460nmの遅延蛍光が認められた。一方、比較例1は、紫外線照射中も紫外線照射後も蛍光は一切認められなかった。また、実施例1及び実施例2、比較例1で得られた合成シリカガラスの金属不純物を分析したところ、表3に示したとおりであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成シリカガラスにおいて、OH基含有量が1ppm以下であり、塩素の含有量が30ppm以下で、厚さ2mmの波長190nmでの透過率が50%以下であり、1280℃での粘度(Logη)が12.0poise以上であり、
低圧水銀ランプの254nmの紫外線を照射した場合に400nm〜650nmの可視光領域に0.01秒以上の遅延蛍光を発生することを特徴とするシリカガラス。
【請求項2】
厚さ2mmの波長200nmでの透過率が60%以下であり、1280℃での粘度(Logη)が12.3poise以上であり、
紫外線を照射することで可視光領域に1秒以上の遅延蛍光を発生することを特徴とする請求項1記載のシリカガラス。
【請求項3】
請求項1又は2記載のシリカガラスを用いたシリカガラス製紫外線センサーであって、
300nm以下の波長の紫外線の照射を遅延蛍光により可視光領域に変換し、感知することを特徴とするシリカガラス製紫外線センサー。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−254904(P2012−254904A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−129470(P2011−129470)
【出願日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【出願人】(000190138)信越石英株式会社 (183)
【Fターム(参考)】