酸型ソホロースリピッドの生産方法
【課題】ラクトン型及び酸型の混合物として得られていた従来のソホロースリピッド発酵生産法に対して、化学的に安定である酸型ソホロースリピッドのみを一段階で選択的に生産する発酵生産方法の提供を目的とする。
【解決手段】酸型ソホロースリピッドのみを選択的に生産する微生物であるキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)を液体培養し、酸型ソホロースリピッドを回収する。
【解決手段】酸型ソホロースリピッドのみを選択的に生産する微生物であるキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)を液体培養し、酸型ソホロースリピッドを回収する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオサーファクタントの一種であるソホロースリピッドのうち、酸型ソホロースリピッドのみを選択的に生産する製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖脂質は、脂質に1〜10数個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系・免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていること等が明らかにされつつある。一方で、糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する物質は界面活性物質と呼ばれている。
一部の微生物はこれらの界面活性物質を効率良く生産することが知られており、この生物由来界面活性剤(バイオサーファクタント)は、安全性が高く、環境に対する負荷が少ない生分解性に優れた環境先進型界面活性剤として研究が進められている。現在、微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプチド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子化合物系の5つに分類されているが、特にこの内の糖脂質系の界面活性剤については、最もよく研究され、細菌及び酵母によって生産された多くの種類の物質が報告されている。
【0003】
これらの糖脂質等のバイオサーファクタントは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つといわれている。このことから、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等にこれらのバイオサーファクタントを幅広く適用することは、持続可能社会の実現と高機能製品の提供という、両面を兼ね備えており極めて有意義である。
その中でも、ソホロースリピッド(Sophorose lipids;「ソホロリピッド」とも言われる;以下、SLと表記する場合にはソホロースリピッドを意味するものとする)は、比較的安価な原料から高い生産量で得られるため、現在商業利用されている代表的なバイオサーファクタントの一種である。SLは、P.A.GorinらによってCandida(以前はTorulopsis) bombicola(キャンデダ ボンビコーラ)の培養液から発見され(非特許文献1参照)、その後、その他の酵母菌、例えば、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)、キャンディダ・グロペンギッセリ(Candida gropengisseri)、キャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)によってもその培養液中に比較的多量に生産されることが報告されている(非特許文献2参照)。現在では、300g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献3及び4参照)。
【0004】
SLは、ソホロースあるいはヒドロキシル基が一部アセチル化したソホロースと、ヒドロキシ脂肪酸とからなる糖脂質である。ソホロースとは、β1→2結合した2分子のブドウ糖からなる糖であり、ヒドロキシ脂肪酸は、構造中にヒドロキシル基を有する脂肪酸である。SLはまた、ヒドロキシ脂肪酸のカルボキシル基が遊離した酸型と分子内のソホロースと結合したラクトン型とに大別される(式3)。発酵生産によって得られるSLは、一般的にラクトン型と酸型の混合物として得られ、通常、ラクトン型を50%以上含む。
【化1】
酸型 ラクトン型
【0005】
現在SLは、洗剤、化粧品、食品等幅広い分野で工業利用が進められており、SL誘導体の化粧品の湿潤剤(非特許文献5参照)およびゲル化剤(特許文献1参照)としての利用、および小麦製品の品質改良における混合物の形態のSLの利用(特許文献2参照)、SLを配合した洗浄剤(特許文献3及び4参照)、漂白剤(特許文献5参照)等の報告がある。これらは全て、発酵生産によって得られたSL混合物をそのまま利用したものである。
一方、ラクトン型を含むSLは、ラクトン部分が化学的に不安定であることから、他の化学物質と混合して利用する場合、性能の低下を誘引する恐れがある。例えば、液体のアルカリ洗浄剤としてSL混合物を配合する場合、ラクトン部分の加水分解が起こる。また、SL以外の洗浄補助成分を配合する場合も、ラクトン部分の反応によって安定的な性能の維持が困難となり、その用途が大きく制限される。
そこで、これらの解決策の一つとして、化学的に安定な酸型SLを製造し、これを高純度で利用する方法が採られている。具体的な利用方法として、発酵生産によって得られたSL混合物のラクトン部分及びソホロースのアセチル基を加水分解し、生成した高純度な酸型SLを配合した洗浄剤に関する報告がある(特許文献6参照)。
【0006】
発酵生産によって得られるSLの主成分はラクトン型であるため、酸型SLを高純度で多量に得る有効な方法は、現在のところSL混合物のアルカリ加水分解による方法しかない。しかしこの場合、微生物発酵によってSLを生産、分離した後、再度アルカリ処理を行う工程が必要であり、使用済みアルカリの後処理も必要となる。またソホロースのアセチル基の加水分解も同時に起こるため、酢酸誘導体の生成について考慮する必要が生じる。
以上の理由から、SLの工業利用は一部の用途に制限されているが、酸型SLのみを一段階で生産できる方法が開発されれば、SLの用途拡大に多大な影響を与え、ひいてはバイオサーファクタントの普及拡大に繋がるものと期待される。
【0007】
【特許文献1】特公平7−17668号公報
【特許文献2】特開昭61−205449号公報
【特許文献3】特開2003−13093号公報
【特許文献4】特開2006−83238号公報
【特許文献5】特開2006−274233号公報
【特許文献6】特開2006−70231号公報
【非特許文献1】ピー.エー.ゴーリン(P.A.Gorin),ジェイ.エフ.ティ.スペンサー(J.F.T.Spencer),エー.ピー.ツロテェ(A.P.Tulloch),「カナデアン ジャーナル オブ ケミストリー(Can.J.Chem.)」,39巻,p846−855(1961).
【非特許文献2】アール.ホメル(R.Hommel),「バイオデグラデーション(Biodegradation)」,1巻,p107−119(1990).
【非特許文献3】エー.エム.ダビラ(A.M.Davila),アール.マークバル(R.Marcbal),ジェイ.ピー.バンデカテーレ(J.−P.Vandecateele),「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,47巻,p496−501(1997).
【非特許文献4】エイチ.ジェイ.ダニエル(H.−J.Daniel),エム.リュッシ(M.Reuss),シー.シィルダック(C.Syldatk),「バイテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,20巻,p1153−1156(1998).
【非特許文献5】木村 義晴,「油化学」,36,p748−753(1987).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上の事情を鑑みて、本発明では、ラクトン型及び酸型の混合物として得られていた従来のSL発酵生産法に対して、一段階で選択的に酸型SLのみを生産する発酵生産方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、キャンディダ属酵母の一種であるキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に属する微生物を培養することにより、酸型SLを効率よく製造することが可能であることを見出し、本発明をなすに至ったものである。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕〜〔7〕に示される。
〔1〕配列番号1に示す塩基配列と95%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域を有するキャンディダ(Candida)属に属する微生物を液体培地で培養することを特徴とする、次の式(1)で表される酸型SLを選択的に生産する方法:
【化2】
(1)
(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して水素(−H)又はアセチル基(−COCH3)であり、nは9〜20の数であり、
で表される基は、飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
〔2〕生産される酸型SLが、以下の式(2)で表される6’,6’’−ジアセチル化物を90質量%以上含有することを特徴とする、〔1〕に記載の方法:
【化3】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
〔3〕キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に属する微生物である、〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株(FERM P−21133)、ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)のいずれかである、〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕グリセロールを含有する液体培地を用いて該微生物を培養することを特徴とする、〔1〕から〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕前記グリセロールが、植物油の分解又はエステル交換の際の副生成物である、〔5〕に記載の方法。
〔7〕以下の構造を有する酸型のSLを90質量%以上含有する、酸型SL:
【化4】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【発明の効果】
【0011】
SLの発酵生産について、従来の方法ではラクトン型と酸型を作り分けることができず、生成物は両者の混合物として得られていたが、本発明により、一段階で酸型SLのみを生産することが可能となる。
化学的に不安定で、用途が著しく制限されていたラクトン型SLとの混合物に対して、単品としての酸型SLには、液体中で化学的に安定である、高極性で水への溶解性が高い、カルボキシル基の反応性を利用した誘導化が容易等の特徴があり、また10数種類の構造類縁体が存在していた混合物と比較すると、構造、物性のバラつきが少なく、目的の用途に応じた性能の調整が容易である。
これまで酸型SLは、混合物からの精密な分離・精製、ラクトン型SLのアルカリ加水分解、または化学合成による極めて難解な全合成でしか得られなかったが、一段階の発酵生産によって高純度で容易に回収できることは、SLの用途拡大に向けて極めて有効な手段となり得る。
【0012】
特に、本発明の生産方法によって、得られる酸型SLの90質量%以上が6’、6”−ジアセチル化物で構成されているSLを得ることができる。ラクトン型SLのアルカリ加水分解による既存の酸型SLの製造方法では、アセチル基についてもそのほとんどが同時に加水分解を受けてしまうことから、本化合物を多量に製造するのは通常の化学合成法では極めて困難である。従来の脱アセチル化された酸型SLと比較して、本発明で得られるジアセチル化物である酸型SLは臨界ミセル濃度(cmc)が低く、使用量が少量でも同等の性能が見込まれるほか、アセチル基の有無により異なる生理活性の発現が期待される。
さらに、バイオディーゼル等を生産する際に、エステル交換反応で副生成するグリセロールは、現在余剰バイオマスとして利用されておらず、その利用方法及び用途開拓が課題とされていたが、本発明の生産方法においては、グリセロール、特に植物油の分解又はエステル交換の際に生じる副生成物としてのグリセロールから酸型SLを生産できるため、余剰グリセロールの有効利用が期待できる。
以上のように本発明を利用することで、洗浄剤用途をはじめ、水溶液中で安定な性能の維持が求められる医薬、食品、化粧品分野等へのSLの利用拡大が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明の内容を詳細に説明する。以下、特に記載のない場合においてg/lは、培地1L中に含まれる物質の質量を意味するものとする。
〈酸型SLの生産方法〉
使用する微生物
本発明の微生物は、配列番号1に示す塩基配列と95%以上、好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子を有するキャンディダ(Candida)属に属する微生物である。
このような微生物の例としては、本発明者らが、岡山県で採取した植物(葉)サンプルから分離したZM−1502株を挙げることができる。本菌株は、YM寒天培地上にて25℃2日間培養で、直径が2〜3mm程度のコロニーを形成する(形:円形、隆起状態:クッション形、周縁:全縁、表面の形状:平滑、色調:白色からクリーム状、光沢および性状:バター様で湿性)。また、有性生殖器官および偽菌糸の形成は認められない。
【0014】
ZM−1502株は、リボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列(rDNA配列)を決定し、DNAデータベース(DDBJ)にアクセスし、FASTAプログラム (http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta−j.html)を用いて相同性検索を行ったところ、キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)のrDNA配列と100%一致した。ZM−1502株の生理性状試験の結果、本菌株をキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株と命名した。生理性状試験の結果は、表1に示す通りである。本菌株は、平成18(2006)年12月13日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1−1−3)に受託番号FERM P−21133として寄託されている。
【0015】
【表1】
表中の「+」は反応が陽性、「−」は反応が陰性、「W (weak)」は弱い陽性反応、
「S (slow)」は試験開始後2週間から3週間にかけて徐々に陽性反応が認められたこと、「L (latent)」は試験開始後2週間以降に急速に陽性反応が認められたことを示す。
【0016】
本発明の微生物には、上記のZM−1502株のほか、その類縁微生物も含まれる。ZM−1502株の類縁微生物としては、例えば、配列番号1の塩基配列と95%以上、好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子を有する微生物をいう。前記類縁微生物としては、例えばキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)等が該当する。ここで、酸型SLは、前記式(1)で表される構造を有するSLである。
また、本発明においては、上記微生物のうち、酸型SL高生産能を有する微生物を使用することが好ましい。ここで「酸型SL高生産能」とは、前記酸型SLのみを選択的かつ効率良く生産する能力、具体的には、100g/Lのグルコース、50g/Lのオレイン酸、50g/Lの大豆油、1g/Lの酵母エキス(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、3g/Lの尿素、1g/Lのリン酸二水素カリウム、及び1g/Lの硫酸マグネシウム、0.4g/Lの硫酸ナトリウムを含む培地において微生物を28℃で7日間培養した場合において、SLを1g/l以上、好ましくは2g/l以上生産し、かつ生産されるSLの90質量%以上、好ましくは95質量%以上が酸型のSLであることをいう。このような性能を有する菌としては、前記キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)、ZM−1502株(FERM P−21133)、ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)等が該当する。
【0017】
ZM−1502株の類縁微生物は、配列番号1に記載の塩基配列を指標として単離することができる。自然界から採取したサンプル(例えば、土壌、河川・湖沼の水、樹液、花、葉、果実など)を、微生物が生育可能な培地にて26〜30℃にて3〜7日間培養し、培養液をGC/MS分析して酸型SLの生産が認められたサンプルを選抜する(一次スクリーニング)。次に、選抜したサンプルの培養液をプレート上で培養し、コロニーを形成させて微生物を単離し、さらに単離した微生物を微生物が生育可能な培地にて培養し、GC/MS分析して酸型SL生産が認められた微生物を選択し(二次スクリーニング)、この微生物菌株のリボソームRNA遺伝子の塩基配列について、DDBJのFASTAプログラム (http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta−j.html)の塩基配列データベースに対して相同性検索を行う。
上記のスクリーニングに用いる培地としては、例えば、200g/Lのグリセロールと酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸二水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地が挙げられる。
【0018】
本発明においては、前記のような微生物を用いて酸型のSLを生産することができるが、中でもZM−1502、ZM−1517及びZM−0132株は、酸型のSL、特に全酸型SLの90質量%以上、好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは97質量%以上の前記式(2)のジアセチル化物を含む酸型SLを生産できるため、特に好ましく使用することができる。
【0019】
培地の組成
上記培養に用いる培地には、特に制限はなく、微生物(特に酵母)に対して一般に用いられる培地、例えばYPD培地(イーストエキストラクト10g、ポリペプトン20g、及びグルコース20g)を使用することができる。
培地に添加する成分としては、当該技術分野で通常用いられる炭素源、窒素源、無機塩類、及び必要な栄養源等を単独で、又は組み合わせて用いることができる。炭素源としては、該微生物が資化し得るものであればよく、炭水化物(グルコース、マンノース、グリセロール、マンニトール等の単糖、ショ糖、麦芽糖、乳糖等のオリゴ糖、デンプン等)、有機酸(酢酸、プロピオン酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、オレイン酸等)、アルコール類(エタノール、プロパノール等)、中鎖脂肪属炭化水素(ヘキサデカン、テトラデカン等)が用いられる。窒素源としては、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸ナトリウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩、又は尿素、ペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、コーンスチープリカー、カザミノ酸等の含窒素化合物が用いられる。無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、リン酸二水素カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が用いられる。
【0020】
特に、本発明の微生物を用いて、効率よく酸型SLを生産するためには、炭素源として油脂、例えば大豆油、菜種油、綿実油、ひまわり油、カポック油、ごま油、コーン油、米油、落花生油、ベニバナ油、オリーブ油、アマニ油、キリ油、ひまし油、パーム油、パーム核油、ヤシ油等を、単独又はこれらの2以上を組み合わせて使用することができる。また、さらに生産効率を向上させるためには、前記油脂と共に有機酸を併用することが好ましく、このような有機酸は、例えばカプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、トリデカン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、トウハク酸、リンデル酸、ツズ酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、エルカ酸、ソルビン酸、リノール酸、リノエライジン酸、γ−リノレン酸、リノレン酸及びアラキドン酸を、単独又はこれらの2以上を組み合わせて使用することができる。上記油脂と有機酸を併用する場合には、油脂100質量部に対して、有機酸を0〜500質量、好ましくは50〜100質量部使用することが好ましい。培地中における油脂の濃度は、0g/l〜400g/l、好ましくは10g/l〜200g/l、さらに好ましくは50〜100g/lであることが好ましい。また、培地中における有機酸の濃度は、0〜400g/l、好ましくは10〜200g/l、さらに好ましくは50〜100g/lであることが好ましい。上記油脂及び有機酸は、上記他の炭素源と共に、又は他の炭素源に変えて使用することができ、さらに前記窒素源、無機塩と適宜組み合わせて使用することが可能である。
【0021】
本発明における酸型SLの生産方法において、より効率よく酸型SLを、特に上記式(2)に表されるジアセチル化物としての酸型SLを効率よく生産するためには、例えば上記炭素源のうち炭水化物を0〜400g/l、好ましくは50〜200g/l、有機酸を0〜400g/l、好ましくは20〜100g/l、油脂を0〜400g/l、好ましくは20〜100g/l、窒素源を0.5〜100g/l、好ましくは1〜5g/l、及び無機塩類を0〜100g/l、好ましくは0.5〜5g/l含有する培地を用いることがより好ましい。
【0022】
本発明の酸型SLは種々の炭素源から生産できるが、前記炭素源の代わりに、又はこれと併用してグリセロール、特に植物油の分解又はエステル交換の際の副生成物であるグリセロールを用いても生産することができる。その際、副生成物であるグリセロールを活性炭処理して培養に用いる事が、酸型SLの生産性の観点から好ましい。当該活性炭処理は、例えば、前記副生成物としてのグリセロール1L(水、不純物等を含む)に対して、活性炭を10〜300g添加し、これを1〜12時間攪拌し、攪拌終了後に当該活性炭を除去することにより行うことができる。前記活性炭処理により、副生成物であるグリセロール中に含まれる、微生物の成育を阻害する物質を取り除き、酸型SLの生産性を向上させることができると考えられる。上記グリセロールを炭素源として用いる場合には、グリセロールの純分として、10〜500g/l、好ましくは50〜300g/l、さらに好ましくは100〜250g/l培地中に含有することが好ましい。
【0023】
生産のための培養条件
本発明における酸型SLの生産は、前記培地を用いて前記微生物を培養することにより行える。
一般的な培養条件は、以下の通りである。培養温度は、20〜30℃、好ましくは26〜30℃である。培養日数としては、酸型SL生産量に応じて適宜設定すればよいが、例えば3〜20日間が好ましい。培養方法としては、振盪培養、通気撹拌培養等の公知の一般的な微生物の培養方法を適用することができる。良好な微生物の生育及び酸型SLの生産のためには、培養液に酸素を供給することが好ましく、そのためには、ジャーファメンターを用いる場合では、空気を通気しながら撹拌するか、振とう培養を行えばよい。
【0024】
上記微生物を用いて酸型SLを選択的に生産する場合、増殖能の高い菌株を用いた方が、単位培養液及び単位時間当たりの酸型SL生産量が高くなるため、まず前培養によって菌体を活性化させ、これを本培養の培地に接種して培養を行うことが好ましい。例えば、種培養、本培養及び酸型SL生産培養の順にスケールアップしていくことが好ましい。これらの培養における、具体的な培地組成、培養条件を例示すると以下のとおりである。
【0025】
グルコース5〜20g/L,酵母エキス0.1〜2g/L,硝酸ナトリウム0.1〜5g/L、リン酸二水素カリウム0.1〜2g/L、及び硫酸マグネシウム0.1〜1g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管に、保存菌株を1白金耳接種し、26〜30℃で1〜3日振とう培養を行う(種培養)。次に、20〜300g/L、好ましくは40〜100g/Lの植物油脂等の油脂類を加えた上記と同じ組成の液体培地50〜100mLの入った坂口フラスコに上記の種培養を行った培養液を接種して、26〜30℃で1〜7日間振とう培養を行う(本培養)。さらに、上記の本培養と同じ組成の液体培地1〜2Lが入ったジャーファメンターに上記の本培養を行った培養液を接種して、26〜30℃で1〜2L/分の通気速度と600〜1000rpmの撹拌速度で培養する(酸型SL生産培養)。このときの培養温度は20〜30℃、好ましくは26〜30℃であり、培養時間は、3〜20日間が好ましい。
微生物菌株の酸型SL生産培養に用いる培地への接種は、例えば、種培養液又は本培養液を、酸型SL生産培養に用いる培地1L中に、100〜200ml、好ましくは50〜100ml含む量となるように添加することで行える。
【0026】
本発明における培養は、培養液中の所望の酸型SL生成量が最高に達した時点で終了させることができるように、培養液中の酸型SLを高速液体クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー等の周知の方法により測定しながら行うことが好ましい。
上記培養において、微生物の形態は、特に限定されず、微生物の菌体、菌体処理物(例えば、菌体破砕物)などをいう。
微生物の菌体または菌体処理物は固定化して用いることもできる。固定化法としては、従来公知の担体結合法、架橋化法、包括法などの方法が挙げられる。担体結合法では、担体に菌体を固定化させるが、固定化は物理的吸着、イオン結合、共有結合のいずれであってもよい。担体としては多糖(アセチルセルロース、アガロース)、無機物質(多孔質ガラス、金属酸化物)、合成高分子(ポリアクリルアミド、ポリスチレン)等が用いられる。架橋化法では、グルタルアルデヒド等の二官能性試薬を用いて菌体同士を架橋、結合させることによって固定化する。また、包括法では、多糖(アルギン酸、カラギーナン)、ポリアクリルアミド、コラーゲン、ポリウレタン等の高分子ゲルの格子や半透膜カプセルに菌体を包み込むことによって固定化する。
【0027】
培養液中に蓄積された酸型SLは、培養終了後、培養液を抽出することによって取得できる。抽出は、酢酸エチル等の有機溶媒を用いて行う。抽出は当該分野において通常行われる方法に従って行えばよく、例えば、培養液1Lあたり0.5〜1.5L程度の有機溶媒を用いて1〜数回抽出操作を行い、有機溶媒相を合わせて溶媒を留去し、脂質成分を得る。得られた脂質成分を、以下のように処理して酸型のSLを回収・精製する。
【0028】
〈酸型SL組成物の回収・精製〉
培養終了後、得られた脂質成分を精製して酸型SLを得る。精製方法は、公知の精製方法が特に制限なく使用できるが、本発明では、例えば以下の方法を用いることができる。酢酸エチルに溶解した脂質成分をシリカゲルクロマトグラフィーにかけ、クロロホルム:アセトン(10:0、9:1、8:2、5:5、2:8、1:9、0:10)の順で溶出させる。各溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにチャージし、クロロホルム:メタノール=8:2(容積比)で展開する。展開終了後、アンスロン硫酸試薬で糖脂質の存在を確認する。糖脂質の含まれる溶出液を集め、溶媒を留去して糖脂質成分を得る。このうち、酸型SLは極性の高い成分のため、クロロホルム:アセトン=2:8溶出液中に多量に含まれることから、これらを回収しさらに精製することで単一成分を回収できる。
【0029】
〈酸型SL組成物の構造決定〉
上記により得られる糖脂質成分の構造決定は、以下のようにして行う(キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株(FERM P−21133)を、グルコース、オレイン酸、大豆油を炭素源として培養することで得られる酸型SLの構造決定手法を例にして以下説明する)。
単離した糖脂質成分は、TLCプレート上で、アンスロン硫酸試薬で青緑色に呈色することにより糖脂質成分であると判断できる。この糖脂質について、1H、13C、二次元NMR解析を行い、得られたスペクトルと、構造既知である酸型SL化合物群のデータ(K. S. Bishtら,J. Org. Chem., 64巻, p780-789 (1999)、S. K. Singhら,J. Org. Chem., 68巻, p5466-5477 (2003)等)とを比較することで、構造解析を行う。
【0030】
1)糖組成の解析
糖組成の解析はNMRスペクトル法では困難なため、高速液体クロマトグラフィー分析(HPLC)により決定する。糖脂質を酸で単糖と脂質部分に加水分解した後、単糖が含まれる水相から精製して得られる単糖溶液を、カルバモイル基の結合したシリカゲルを充填剤とするカラムを用いた順相HPLC法によって分析する。標準サンプルの溶出時間と比較することで、単糖溶液中に含まれる糖成分を決定できる。
【0031】
2)脂質組成の解析
一方、脂質部分の組成は、得られた糖脂質を塩酸メタノールでメタノリシスし、ヘキサンで抽出して得られた脂肪酸メチルエステルのGC/MSで分析することにより決定する。
【0032】
3)構造解析
1H−NMRスペクトルでは、一般に糖アルコール上の還元末端以外のプロトンは3.5ppm前後にまとまって検出されるが、水酸基の水素がアシル基とエステル結合すると、そのα−プロトンのシグナルは低磁場にシフトすることが知られている。本糖脂質の1H−NMRスペクトルを、既知の酸型SLのものと比較し、各プロトンに由来するピークの化学シフトを帰属する。また、2.1ppm付近に観測されるアセチル基(−COCH3)由来のシグナルを確認し、どの水酸基に何分子アセチル基が結合しているかが類推される。
また、13C−NMRスペクトルにおいて、170ppm付近に観測されるアシル基のカルボニル炭素(C=O)由来のシグナル、20ppm付近に観測されるアセチル基炭素(−COCH3)由来のシグナルを確認することでも、分子中のアセチル基の存在を確認できる。
【0033】
次に、1H−1H COSY(Correlation Spectroscopy)、HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Coherence)、HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)スペクトル解析を行い、上記の1H、13C−NMR解析の結果を基にして糖骨格の完全帰属を行う。COSY、HMQCスペクトルによって、炭素、水素の化学シフトがそれぞれ完全帰属される。また、HMBCスペクトルにおいて、どの水酸基にアセチル基が存在しているかが証明できる。
得られた糖脂質は脂質部分の脂肪酸鎖長が異なる成分の混合物として回収されるが、さらにこれは逆相カラム(ODSカラム)を用いたHPLC分析を行うことで、単一の脂肪酸を有する化合物を容易に分離できる。分離した各ピーク化合物についてMS分析を行うことで主成分の構造を決定する。
さらに、これらの菌体が生産する化合物群には、TLC上で他にもいくつかの微量スポットが検出されており、糖骨格上のアセチル基の数とその結合位置の異なる成分等も存在していることが認められる。
【0034】
〈本発明で得られるSL〉
上記のような本発明の生産方法を実施することにより得られる酸型SLは、以下の式(1)で表され、従来の方法ではラクトン型との混合物としてしか生産されなかったSLの酸型が、微生物を培養する工程のみで選択的に生産されるところが大きな特徴である。
【化5】
(1)
(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して水素(−H)又はアセチル基(−COCH3)であり、nは一般に9〜20、より通常には11〜17、さらにより通常には13〜15の数であり、
基は飽和脂肪族炭化水素鎖または二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【0035】
特に、本発明においては、式(2)で表される6’、6”−ジアセチル化物を90質量%以上、好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは97質量%以上含有する酸型SLを得ることができる。
【化6】
(2)
(式中、nは一般に9〜20、より通常には11〜17、さらにより通常には13〜15であり、
基は飽和脂肪族炭化水素鎖または二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【0036】
一般的に酸型SLを大量に得るには、一度発酵生産法によってラクトン型・酸型SL混合物を生産し、その後、酸またはアルカリによってエステル結合の加水分解を行う方法が採られている。その際、前記式(2)中のR1およびR2に存在するアセチル基も加水分解を受けるため、得られる酸型SLのほとんどは脱アセチル化された化合物となる。したがって、6’、6”−ジアセチル化酸型SL組成物は、本発明の発酵生産法によってのみ選択的に生産される。
【0037】
本発明を実施することにより得られる上記酸型SLは、1mg/ml以下、好ましくは0.5mg/ml以下、さらに好ましくは0.3mg/ml以下の臨界ミセル濃度を有している。よって、従来の微生物を用いて得られるラクトン型と酸型のSL混合物、及びアセチル基が脱落した酸型SLと比較して、低濃度で界面活性効果を発現することが可能である。従って、本発明の酸型SLは、洗剤、化粧品及び食品等の幅広い分野で好適に使用することができる。
【実施例】
【0038】
実施例1
(ZM−1502株の単離と同定)
岡山県で採取した植物(葉)サンプルから分離したZM−1502株のリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列(rDNA配列)による相同性検索を以下のようにして行った。ゲノムの抽出には、GenTLE (TaKaRa社製)を使用し、操作はTaKaRa社のプロトコールに従った。抽出したゲノムDNAを鋳型とし、リボゾームRNA遺伝子 (rDNA)に特異的なプライマーA(5’−gcatatcaataagcggaggaaag−3’:配列番号2)及びプライマーB(5’−ggtccgtgtttcaagacgg−3’:配列番号3)を用いて、PCRにより26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列を増幅した。その後、増幅された前記領域の塩基配列を決定した。決定した塩基配列を配列番号1に示す。得られたrDNA配列について、DNAデータベース(DDBJ)にアクセスし、FASTAプログラム (http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta−j.html)を用いて相同性検索を行ったところ、キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)の対応する前記領域のrDNA配列と100%一致した。また、DNAデータベース上より入手したキャンディダ(Candida)属および代表的な酵母種のリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列を多重整列後、NJ法により分子系統解析を行った結果、本菌株の分子系統樹の位置はキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)と一致した(図1)。さらに、表1に記載の生理性状試験の結果を合わせた結果、ZM−1502株は、キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に分類された。ZM−1502株は、平成18(2006)年12月13日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1−1−3)に受託番号FERM P−21133として寄託されている。
【0039】
実施例2
(酸型SLの生産)
(1)キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株の培養
(a)種培養
保存培地(麦芽エキス3g/L(Malt extract (Becton,Dickinson and Company製))、酵母エキス3g/L(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、ペプトン5g/L、グルコース10g/L、寒天30g/L)に保存しておいた上記のキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株を、グルコース20g/L、酵母エキス1g/L(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸二水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地2mLが入った試験管に1白金耳接種し26℃で振とう培養を1日間行った。
(b)酸型SL生産培養
(a)で得られた菌体培養液を、100g/Lのグルコース、50g/Lのオレイン酸、50g/Lの大豆油、1g/Lの酵母エキス(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、3 g/Lの尿素、1g/Lのリン酸二水素カリウム、及び1g/Lの硫酸マグネシウム、0.4g/Lの硫酸ナトリウムの組成の液体培地30mLが入った三角フラスコに2ml接種し、振とう培養を28℃にて7日間行った。
【0040】
(2)ZM−1502株の酸型SL生産能の確認
上記(1)の培養終了後の培養液を採取し、これを用いてZM−1502株の酸型SL生産能を薄層クロマトグラフィー(TLC)で確認した(図2、レーンA)。SLの標準として、Candida bombicola NBRC 10243T株を上記と同じ条件で培養し、酢酸エチル抽出画分を用いた(図2、レーンB)。さらに、これをアルカリ加水分解することで得られる従来型の酸型SL(脱アセチル化物)もスポットした(図2、レーンC)。なお、薄層クロマトグラフィーは、Silica gel 60F(Wako社製)を用い、展開溶媒はクロロホルム:メタノール=8:2とした。検出は、展開後のプレートにアンスロン試薬(0.2%アンスロン/75%硫酸水溶液)を吹き付け、110℃で5分間加熱した。
【0041】
図2に示すように、ラクトン型が主成分であるC. bombicola菌株を用いた従来法によって得られたSL標準(レーンB)に対して、ZM−1502株が主に生産している糖脂質は、ラクトン型よりも極性の高い酸型SLであり、ラクトン型のSLが存在しないことが確認できた(レーンA)。また、そのスポット数も少なく、混合物の種類が少ないことが予想された。さらに、脱アセチル化された従来の酸型SL(レーンC)と比較して、疎水性の高い糖脂質が主成分であることが大きな特徴であった。
【0042】
実施例3
(酸型SLの単離・精製)
実施例2で得られたSLの精製を、既知の精製手法によって分離した。すなわち、上記酢酸エチル抽出物をシリカゲルカラムに供し、クロロホルムとアセトンの混合液を展開溶媒とするカラムクロマトグラフィー法によって精製した。クロロホルムとアセトンの割合が2:8の画分で酸型SLを分離回収し、続いてアセトンでさらに極性の高い成分を分離回収した。そして、それぞれの回収した画分を上記TLCに供した(図3)。これによれば、主成分(a)及び微量成分(b)が存在することが分かった。さらにこれらの精製を繰り返すことで、単一成分を得た。
【0043】
実施例4
(酸型SLの構造解析)
1)糖組成の解析
実施例3で得られた酸型SL(a)10mgに3N塩酸を1mL加え、90℃で3時間加熱し、脂質部分と糖に完全に分解した。脂質部分を2mLのヘキサンに抽出して除去し、水溶液部分について脱塩用樹脂(アンバーライトIRA−410)で脱塩した後、高速液体クロマトグラフィーで(HPLC)分析した。HPLC分析のカラムには、Amide80カラム(東ソー株式会社製)を用い、アセトン:水=85:15を溶離液とし、検出は蒸発光散乱検出器を用いた。HPLCのチャートを図4に示す。HPLCの溶出時間を標準物質の溶出時間と比較した結果、実施例3で得られた酸型SL(a)の糖部分は、全てグルコースで構成されていることが示された。
【0044】
2)脂質組成の解析
実施例3で得られた酸型SL(a)の脂質部分の組成は、塩酸メタノール加水分解物からヘキサンで抽出して得られた脂肪酸メチルエステルのGC/MS分析により行った。分析結果を表2に示す。本糖脂質では、分子構造中に水酸基を一つ有する中鎖の直鎖飽和及び不飽和ヒドロキシ脂肪酸(C16〜C18)が検出され、特にC18の不飽和ヒドロキシ脂肪酸が主成分であることが示された。また、不飽和脂肪酸は全体の2分の1程度含まれていることが示された。
【表2】
【0045】
3)糖骨格の完全帰属
実施例3で得られた酸型SL(a)について、重水素化メタノール(CD3OD)を溶媒とするNMR解析により構造の同定を行った。1H、13C、1H−1H COSY、HMQC、HMBCの各NMRスペクトル解析を行うことで、本糖脂質の構造を完全帰属した。本糖脂質の1H−NMRスペクトルを図5に示す。これによれば、本糖脂質では、アシル基とエステル結合したことで低磁場シフトしたα−プロトンのシグナルが2つ4.2ppm及び4.35ppm付近に観測され、これはそれぞれソホロース上6’及び6”位の区別されるプロトン(6’−a、6”−a、及び6’−b、6”−b)であることが確認された。また、2.046ppm及び2.058ppmにアセチル基(−COCH3)のメチルプロトンのシグナルが2本検出された。
さらに、13C−NMRスペクトルにおいて、アセチル基由来のピークが各2本ずつ(カルボニル基炭素(C=O)由来のシグナルが171.46ppm及び171.48ppmに、メチル炭素(−COCH3)由来のシグナルが19.58ppm及び19.75ppmに見られたことからも確認された。
以上の結果は、本発明で得られた酸型SLは、ソホロースの6’及び6”位にアセチル基が2個エステル結合したジアセチル化物であることを示している。
【0046】
次に、HMQC、HMBCスペクトル測定を行い、得られたスペクトルから糖骨格、及びエーテル結合によって結合したヒドロキシ脂肪酸の炭素、水素の化学シフトがそれぞれ完全帰属され、本発明で得られる酸型SLが6’、6”−ジアセチル化酸型SLであることが証明された。アセチル基のカルボニル炭素と糖骨格との相関を示すHMBCスペクトルの拡大図を示す(図6)。また、化学シフトを以下にまとめて示す。
1H NMR (CD3OD, δ): 1.20 (d, CH3 (H-18)), 1.26-1.44 (br, CH2 (H-4〜7, 12〜15)), 1.55-1.64 (m, CH2 (H-3, 16)), 2.0-2.08 (m, -CH2CH=CH- (H-8, 11)), 2.046, 2.048 (Ac×2), 2.27 (t, -CH2COOH (H-2)), 3.2-3.7 (m, CHOH (H-2'〜5', 2”〜5”)), 3.75 (m, CH (H-17)), 4.20 (dd, CH (H-6'a, 6”a)), 4.36 (dd, CH (H-6'b, 6”b)), 4.45 (d, CH (H-1')), 4.55 (d, CH (H-1”)), 5.35 (m, -CH=CH- (H-9, 10))
13C NMR (CD3OD, δ): 19.58, 19.75 (CH3×2 (Ac)), 20.67 (CH3 (C-18)), 23.05, 25.0, 29.0-29.8 (CH2 (C-4〜7, 12〜15)), 24.92 (CH2 (C-3, 16)), 26.99 (CH2 (C-8, 11)), 33.77 (-CH2COOH (C-2)), 63.57, 63.74 (C-6', 6”), 70.2, 70.3 (C-4', 4”), 73.68 (C-5'), 74.39 (C-2”), 74.90 (C-5”), 76.34, 76.63 (C-3', 3”), 77.37 (CH (C-17)), 82.60 (C-2'), 101.40 (C-1'), 104.48 (C-1”), 129.6 (CH=CH (C-9, 10)), 171.48 (C=O (Ac)), 176.5 (COOH (C-1))
【0047】
さらに、本酸型SLはMALDI−TOF/MS分析において、擬似分子イオン[M+Na]+ m/z 730.0、及び704.0が検出された(図7)。したがって本酸型SLは、C18で不飽和二重結合が一つ存在する直鎖不飽和ヒドロキシ脂肪酸が結合している6’、6”−ジアセチル化酸型SLが主成分であり、続いてC16の直鎖飽和ヒドロキシ脂肪酸が結合している6’、6”−ジアセチル化された酸型SLが多く含まれていると考えられる。さらにそれらに次いで、C18の飽和及びC16の不飽和ヒドロキシ脂肪酸が結合した化合物6’、6”−ジアセチル化された酸型SLのピークも検出された。これらの結果は脂肪酸組成分析の結果(表2)ともよく一致している。尚、前記式(1)又は(2)において、C16とはn=13の構造に該当し、C18とはn=15の構造に該当する。
また、実施例3で分離された他の成分(b)について同様の解析を行った結果、ソホロース上の6’位、あるいは6”位の一方のアセチル基が欠落したモノアセチル化酸型SLであることが確認された。よって、成分(a)及び(b)の分析により、本発明の方法により生産されたSLは、ラクトン型を含まない、換言すれば生産されるSLの100質量%が酸型であることが明らかとなった。
【0048】
実施例5
(HPLC分析によるZM−1502株のSL生産量の決定)
実施例2で得られたZM−1502株の培養液、及び比較として実施例2と同じ条件で培養したCandida bombicola NBRC 10243T株の培養液の酢酸エチル抽出画分について、シリカゲルカラム(イナートシルSil−100A)を接続したHPLCを用い、生成物の成分分析を行った。溶離液にはクロロホルム/メタノール混合溶媒を用い、流速1mL/minで混合比が10:0から0:10まで変化するように設定したグラジエントシステムにより溶出した。検出は蒸発光散乱検出器(ELSD−LT、島津製作所製)を用いた。各サンプルの測定の結果(図8)、ZM−1502株からはほぼ単一ピークの生成物が得られた(図8a)。実施例3と同様の方法で精製した各種SLフラクションについて、濃度を変えて測定を行うことで検量線を作成した結果、ZM−1502株から得られる単一ピークの生成物はジアセチル化酸型SLに相当し、その生産量は42 g/Lであった。さらに、ZM−1502株が生産する酸型SLの組成比はピーク面積から算出した結果、ジアセチル化酸型SLが98質量%以上、モノアセチル化酸型SLが2質量%未満であった。一方、C. bombicola NBRC 10243T株からは複数の成分が生産されており、ラクトン型が主成分であることが確認された(図8b)。C. bombicola NBRC 10243T株の全SLの生産量は56g/L、そのうちラクトン型SLが66質量%、酸型が34質量%であり、及び酸型SLのうちの50質量%がジアセチル化物の酸型SLであった。上記の結果は実施例2における図2のTLC分析の結果とよく一致するものであった。
【0049】
実施例6
(グリセロールを原料に用いる酸型SLの生産)
1)グリセロールの活性炭処理
植物油脂のエステル交換反応で副生成するグリセロール水溶液50質量%1Lに対し、活性炭を50g添加し、1時間攪拌した。その溶液をNo.5のろ紙でろ過し、活性炭を取り除いた。ろ液を活性炭処理グリセロールとした。
【0050】
2)活性炭処理グリセロールを炭素源とした酸型SLの生産
ZM−1502株を活性炭処理済みグリセロールを200g/L(グリセロール純分)、酵母エキスを1g/L、尿素を3 g/L、リン酸2水素カリウムを1g/L、及び硫酸マグネシウムを1g/L含む組成の液体培地30mLが入った三角フラスコに接種し、振とう培養を28℃にて7日間行った。なお、対照実験として、前記活性炭処理済みグリセロールの代わりに活性炭処理をしない副生成物としてのグリセロールを200g/L(グリセロール純分)含む培地、及び前記活性炭処理済グリセロールの代わりに0.4g/Lの硫酸ナトリウム及び試薬グレードのグリセロール200g/L(グリセロール純分)を含む培地を用いて、同条件でZM−1502株を培養した。
【0051】
3)酸型SLの生産量
酸型SLの生産量は前述のシリカゲルカラムと蒸発光散乱検出器を用いたHPLCによって行った。活性炭処理を行ったグリセロールでは4.6g/Lの酸型SLを生産した。一方、活性炭処理しないグリセロールを含んだ培地では1.9g/Lの酸型SLを、0.4g/Lの硫酸ナトリウム及び試薬グレードのグリセロール200g/Lを含んだ培地では3.5g/Lの酸型SLを生産した。
【0052】
実施例7
(ZM−1517株及びZM−0132株を用いる酸型SLの生産)
ZM−1517株、ZM−0132株を用い、実施例6と同様の方法(活性炭処理済のグリセロールを含んだ培地を用いて培養する方法)で培養を行った。培養終了後の培養液を採取し、これを用いて上記2株の糖脂質生産能を薄層クロマトグラフィーで確認した結果(図9)、ZM−1502株と同様に、上記2株は酸型SLのみを選択的に生産することが確認された。薄層クロマトグラフィーのスポットから、ZM−1502株、ZM−1517株及びZM−0132株の酸型SLの生産量は、ほぼ同等であると判断される。
【0053】
実施例8
(Candida属酵母菌株間での酸型SL生産能の比較)
ZM−1502株に対して、酵母菌近縁種であるCandida floricola NBRC10700T株(配列番号1に示す塩基配列との相同性:99%<)、及び既存のSL生産菌株であるCandida bombicola NBRC 10243T株を用い、実施例6と同様の方法(活性炭処理済のグリセロールを含んだ培地を用いて培養する方法)で培養を行った。培養終了後の培養液を採取し、これを用いて上記2株の糖脂質生産能を薄層クロマトグラフィーで確認した結果(図10)、ZM−1502株と同様に、Candida floricola NBRC10700T株でも酸型SLのみを選択的に生産することが確認された。一方、ラクトン型を主生成物とするSL混合物を生産する既存のCandida bombicola NBRC 10243T株ではラクトン型を主に生産することが確認された。SLの生産量については、TLCのスポットから、ZM−1502株とCandida bombicola NBRC 10243T株の生産量はほぼ同程度であるが、Candida floricola NBRC10700T株の生産量は、ZM−1502株と比較して少量であることが確認された。
【0054】
実施例9
(酸型SLの界面活性能)
次に、実施例2で生産し、実施例3の精製過程で原料油分等のみを除去した「成分(a)+(b)」に該当する酸型SLの界面活性能について検討した。図11には種々の濃度の酸型SL水溶液の表面張力を協和界面科学社製のdrop master DM500を用いて測定した結果を示す。図より明らかなように、表面張力値は、界面活性剤濃度の増加とともに、減少し、臨界ミセル濃度(CMC)に達するとやがて一定となった。図より明らかなように酸型SLのCMCは0.2mg/mlであり、rCMCは38.92mN/mとなり、極めて低濃度から優れた界面活性能を示すことが判明した。なお、従来の脱アセチル化された酸型SLのCMCは0.30mg/mlであり、rCMCは35.33mN/mであり、本発明の酸型SLの方が低濃度から界面活性を発現することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株から得られた塩基配列をもとに作成した分子系統樹を示す。
【図2】キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株の培養液の薄層クロマトグラフィー(TLC)による分析結果を示す。(レーンA: ZM−1502株培養液、B: C. bobmicola NBRC 10243T株培養液、C: レーンBのアルカリ加水分解によって得られる既存の酸型SL)
【図3】実施例3において、分離生成した酸型SLのTLCチャートを示す。
【図4】実施例4において、酸型SL(a)の糖組成の分析を行ったHPLCチャートを示す。
【図5】実施例4において、酸型SL(a)の構造解析を行った1H NMRスペクトルを示す。
【図6】実施例4において、酸型SL(a)の構造の完全帰属を行う際に、アセチル基の結合位置の決定に利用したHMBCスペクトルについて、カルボニル炭素と糖骨格との相関を示す拡大図を示す。
【図7】実施例4において、酸型SL(a)の分子量測定を行ったMALDI−TOF/MSスペクトルを示す。
【図8】実施例5において、ZM−1502株及びCandida bombicola NBRC 10243T株の各培養液の酢酸エチル抽出画分を分析したHPLCチャートを示す。
【図9】実施例7において、グリセロールを炭素源とする培養によって得られた各種菌株培養液のTLCチャートを示す。(レーン1: ZM−1502株培養液、2: ZM−1517株培養液、3: ZM−0132株培養液)
【図10】実施例8において、グリセロールを炭素源とする培養によって得られた各種菌株培養液のTLCチャートを示す。(レーン1: ZM−1502株培養液、2: Candida floricola NBRC10700T株培養液、3: Candida bombicola NBRC 10243T株培養液)
【図11】実施例9において、酸型SL(a)+(b)の界面活性能の測定結果から得られた濃度と表面張力値との関係を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオサーファクタントの一種であるソホロースリピッドのうち、酸型ソホロースリピッドのみを選択的に生産する製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖脂質は、脂質に1〜10数個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系・免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていること等が明らかにされつつある。一方で、糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する物質は界面活性物質と呼ばれている。
一部の微生物はこれらの界面活性物質を効率良く生産することが知られており、この生物由来界面活性剤(バイオサーファクタント)は、安全性が高く、環境に対する負荷が少ない生分解性に優れた環境先進型界面活性剤として研究が進められている。現在、微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプチド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子化合物系の5つに分類されているが、特にこの内の糖脂質系の界面活性剤については、最もよく研究され、細菌及び酵母によって生産された多くの種類の物質が報告されている。
【0003】
これらの糖脂質等のバイオサーファクタントは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つといわれている。このことから、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等にこれらのバイオサーファクタントを幅広く適用することは、持続可能社会の実現と高機能製品の提供という、両面を兼ね備えており極めて有意義である。
その中でも、ソホロースリピッド(Sophorose lipids;「ソホロリピッド」とも言われる;以下、SLと表記する場合にはソホロースリピッドを意味するものとする)は、比較的安価な原料から高い生産量で得られるため、現在商業利用されている代表的なバイオサーファクタントの一種である。SLは、P.A.GorinらによってCandida(以前はTorulopsis) bombicola(キャンデダ ボンビコーラ)の培養液から発見され(非特許文献1参照)、その後、その他の酵母菌、例えば、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)、キャンディダ・グロペンギッセリ(Candida gropengisseri)、キャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)によってもその培養液中に比較的多量に生産されることが報告されている(非特許文献2参照)。現在では、300g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献3及び4参照)。
【0004】
SLは、ソホロースあるいはヒドロキシル基が一部アセチル化したソホロースと、ヒドロキシ脂肪酸とからなる糖脂質である。ソホロースとは、β1→2結合した2分子のブドウ糖からなる糖であり、ヒドロキシ脂肪酸は、構造中にヒドロキシル基を有する脂肪酸である。SLはまた、ヒドロキシ脂肪酸のカルボキシル基が遊離した酸型と分子内のソホロースと結合したラクトン型とに大別される(式3)。発酵生産によって得られるSLは、一般的にラクトン型と酸型の混合物として得られ、通常、ラクトン型を50%以上含む。
【化1】
酸型 ラクトン型
【0005】
現在SLは、洗剤、化粧品、食品等幅広い分野で工業利用が進められており、SL誘導体の化粧品の湿潤剤(非特許文献5参照)およびゲル化剤(特許文献1参照)としての利用、および小麦製品の品質改良における混合物の形態のSLの利用(特許文献2参照)、SLを配合した洗浄剤(特許文献3及び4参照)、漂白剤(特許文献5参照)等の報告がある。これらは全て、発酵生産によって得られたSL混合物をそのまま利用したものである。
一方、ラクトン型を含むSLは、ラクトン部分が化学的に不安定であることから、他の化学物質と混合して利用する場合、性能の低下を誘引する恐れがある。例えば、液体のアルカリ洗浄剤としてSL混合物を配合する場合、ラクトン部分の加水分解が起こる。また、SL以外の洗浄補助成分を配合する場合も、ラクトン部分の反応によって安定的な性能の維持が困難となり、その用途が大きく制限される。
そこで、これらの解決策の一つとして、化学的に安定な酸型SLを製造し、これを高純度で利用する方法が採られている。具体的な利用方法として、発酵生産によって得られたSL混合物のラクトン部分及びソホロースのアセチル基を加水分解し、生成した高純度な酸型SLを配合した洗浄剤に関する報告がある(特許文献6参照)。
【0006】
発酵生産によって得られるSLの主成分はラクトン型であるため、酸型SLを高純度で多量に得る有効な方法は、現在のところSL混合物のアルカリ加水分解による方法しかない。しかしこの場合、微生物発酵によってSLを生産、分離した後、再度アルカリ処理を行う工程が必要であり、使用済みアルカリの後処理も必要となる。またソホロースのアセチル基の加水分解も同時に起こるため、酢酸誘導体の生成について考慮する必要が生じる。
以上の理由から、SLの工業利用は一部の用途に制限されているが、酸型SLのみを一段階で生産できる方法が開発されれば、SLの用途拡大に多大な影響を与え、ひいてはバイオサーファクタントの普及拡大に繋がるものと期待される。
【0007】
【特許文献1】特公平7−17668号公報
【特許文献2】特開昭61−205449号公報
【特許文献3】特開2003−13093号公報
【特許文献4】特開2006−83238号公報
【特許文献5】特開2006−274233号公報
【特許文献6】特開2006−70231号公報
【非特許文献1】ピー.エー.ゴーリン(P.A.Gorin),ジェイ.エフ.ティ.スペンサー(J.F.T.Spencer),エー.ピー.ツロテェ(A.P.Tulloch),「カナデアン ジャーナル オブ ケミストリー(Can.J.Chem.)」,39巻,p846−855(1961).
【非特許文献2】アール.ホメル(R.Hommel),「バイオデグラデーション(Biodegradation)」,1巻,p107−119(1990).
【非特許文献3】エー.エム.ダビラ(A.M.Davila),アール.マークバル(R.Marcbal),ジェイ.ピー.バンデカテーレ(J.−P.Vandecateele),「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,47巻,p496−501(1997).
【非特許文献4】エイチ.ジェイ.ダニエル(H.−J.Daniel),エム.リュッシ(M.Reuss),シー.シィルダック(C.Syldatk),「バイテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,20巻,p1153−1156(1998).
【非特許文献5】木村 義晴,「油化学」,36,p748−753(1987).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上の事情を鑑みて、本発明では、ラクトン型及び酸型の混合物として得られていた従来のSL発酵生産法に対して、一段階で選択的に酸型SLのみを生産する発酵生産方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、キャンディダ属酵母の一種であるキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に属する微生物を培養することにより、酸型SLを効率よく製造することが可能であることを見出し、本発明をなすに至ったものである。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕〜〔7〕に示される。
〔1〕配列番号1に示す塩基配列と95%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域を有するキャンディダ(Candida)属に属する微生物を液体培地で培養することを特徴とする、次の式(1)で表される酸型SLを選択的に生産する方法:
【化2】
(1)
(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して水素(−H)又はアセチル基(−COCH3)であり、nは9〜20の数であり、
で表される基は、飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
〔2〕生産される酸型SLが、以下の式(2)で表される6’,6’’−ジアセチル化物を90質量%以上含有することを特徴とする、〔1〕に記載の方法:
【化3】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
〔3〕キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に属する微生物である、〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株(FERM P−21133)、ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)のいずれかである、〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕グリセロールを含有する液体培地を用いて該微生物を培養することを特徴とする、〔1〕から〔4〕のいずれかに記載の方法。
〔6〕前記グリセロールが、植物油の分解又はエステル交換の際の副生成物である、〔5〕に記載の方法。
〔7〕以下の構造を有する酸型のSLを90質量%以上含有する、酸型SL:
【化4】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【発明の効果】
【0011】
SLの発酵生産について、従来の方法ではラクトン型と酸型を作り分けることができず、生成物は両者の混合物として得られていたが、本発明により、一段階で酸型SLのみを生産することが可能となる。
化学的に不安定で、用途が著しく制限されていたラクトン型SLとの混合物に対して、単品としての酸型SLには、液体中で化学的に安定である、高極性で水への溶解性が高い、カルボキシル基の反応性を利用した誘導化が容易等の特徴があり、また10数種類の構造類縁体が存在していた混合物と比較すると、構造、物性のバラつきが少なく、目的の用途に応じた性能の調整が容易である。
これまで酸型SLは、混合物からの精密な分離・精製、ラクトン型SLのアルカリ加水分解、または化学合成による極めて難解な全合成でしか得られなかったが、一段階の発酵生産によって高純度で容易に回収できることは、SLの用途拡大に向けて極めて有効な手段となり得る。
【0012】
特に、本発明の生産方法によって、得られる酸型SLの90質量%以上が6’、6”−ジアセチル化物で構成されているSLを得ることができる。ラクトン型SLのアルカリ加水分解による既存の酸型SLの製造方法では、アセチル基についてもそのほとんどが同時に加水分解を受けてしまうことから、本化合物を多量に製造するのは通常の化学合成法では極めて困難である。従来の脱アセチル化された酸型SLと比較して、本発明で得られるジアセチル化物である酸型SLは臨界ミセル濃度(cmc)が低く、使用量が少量でも同等の性能が見込まれるほか、アセチル基の有無により異なる生理活性の発現が期待される。
さらに、バイオディーゼル等を生産する際に、エステル交換反応で副生成するグリセロールは、現在余剰バイオマスとして利用されておらず、その利用方法及び用途開拓が課題とされていたが、本発明の生産方法においては、グリセロール、特に植物油の分解又はエステル交換の際に生じる副生成物としてのグリセロールから酸型SLを生産できるため、余剰グリセロールの有効利用が期待できる。
以上のように本発明を利用することで、洗浄剤用途をはじめ、水溶液中で安定な性能の維持が求められる医薬、食品、化粧品分野等へのSLの利用拡大が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明の内容を詳細に説明する。以下、特に記載のない場合においてg/lは、培地1L中に含まれる物質の質量を意味するものとする。
〈酸型SLの生産方法〉
使用する微生物
本発明の微生物は、配列番号1に示す塩基配列と95%以上、好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子を有するキャンディダ(Candida)属に属する微生物である。
このような微生物の例としては、本発明者らが、岡山県で採取した植物(葉)サンプルから分離したZM−1502株を挙げることができる。本菌株は、YM寒天培地上にて25℃2日間培養で、直径が2〜3mm程度のコロニーを形成する(形:円形、隆起状態:クッション形、周縁:全縁、表面の形状:平滑、色調:白色からクリーム状、光沢および性状:バター様で湿性)。また、有性生殖器官および偽菌糸の形成は認められない。
【0014】
ZM−1502株は、リボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列(rDNA配列)を決定し、DNAデータベース(DDBJ)にアクセスし、FASTAプログラム (http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta−j.html)を用いて相同性検索を行ったところ、キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)のrDNA配列と100%一致した。ZM−1502株の生理性状試験の結果、本菌株をキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株と命名した。生理性状試験の結果は、表1に示す通りである。本菌株は、平成18(2006)年12月13日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1−1−3)に受託番号FERM P−21133として寄託されている。
【0015】
【表1】
表中の「+」は反応が陽性、「−」は反応が陰性、「W (weak)」は弱い陽性反応、
「S (slow)」は試験開始後2週間から3週間にかけて徐々に陽性反応が認められたこと、「L (latent)」は試験開始後2週間以降に急速に陽性反応が認められたことを示す。
【0016】
本発明の微生物には、上記のZM−1502株のほか、その類縁微生物も含まれる。ZM−1502株の類縁微生物としては、例えば、配列番号1の塩基配列と95%以上、好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子を有する微生物をいう。前記類縁微生物としては、例えばキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)等が該当する。ここで、酸型SLは、前記式(1)で表される構造を有するSLである。
また、本発明においては、上記微生物のうち、酸型SL高生産能を有する微生物を使用することが好ましい。ここで「酸型SL高生産能」とは、前記酸型SLのみを選択的かつ効率良く生産する能力、具体的には、100g/Lのグルコース、50g/Lのオレイン酸、50g/Lの大豆油、1g/Lの酵母エキス(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、3g/Lの尿素、1g/Lのリン酸二水素カリウム、及び1g/Lの硫酸マグネシウム、0.4g/Lの硫酸ナトリウムを含む培地において微生物を28℃で7日間培養した場合において、SLを1g/l以上、好ましくは2g/l以上生産し、かつ生産されるSLの90質量%以上、好ましくは95質量%以上が酸型のSLであることをいう。このような性能を有する菌としては、前記キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)、ZM−1502株(FERM P−21133)、ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)等が該当する。
【0017】
ZM−1502株の類縁微生物は、配列番号1に記載の塩基配列を指標として単離することができる。自然界から採取したサンプル(例えば、土壌、河川・湖沼の水、樹液、花、葉、果実など)を、微生物が生育可能な培地にて26〜30℃にて3〜7日間培養し、培養液をGC/MS分析して酸型SLの生産が認められたサンプルを選抜する(一次スクリーニング)。次に、選抜したサンプルの培養液をプレート上で培養し、コロニーを形成させて微生物を単離し、さらに単離した微生物を微生物が生育可能な培地にて培養し、GC/MS分析して酸型SL生産が認められた微生物を選択し(二次スクリーニング)、この微生物菌株のリボソームRNA遺伝子の塩基配列について、DDBJのFASTAプログラム (http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta−j.html)の塩基配列データベースに対して相同性検索を行う。
上記のスクリーニングに用いる培地としては、例えば、200g/Lのグリセロールと酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸二水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地が挙げられる。
【0018】
本発明においては、前記のような微生物を用いて酸型のSLを生産することができるが、中でもZM−1502、ZM−1517及びZM−0132株は、酸型のSL、特に全酸型SLの90質量%以上、好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは97質量%以上の前記式(2)のジアセチル化物を含む酸型SLを生産できるため、特に好ましく使用することができる。
【0019】
培地の組成
上記培養に用いる培地には、特に制限はなく、微生物(特に酵母)に対して一般に用いられる培地、例えばYPD培地(イーストエキストラクト10g、ポリペプトン20g、及びグルコース20g)を使用することができる。
培地に添加する成分としては、当該技術分野で通常用いられる炭素源、窒素源、無機塩類、及び必要な栄養源等を単独で、又は組み合わせて用いることができる。炭素源としては、該微生物が資化し得るものであればよく、炭水化物(グルコース、マンノース、グリセロール、マンニトール等の単糖、ショ糖、麦芽糖、乳糖等のオリゴ糖、デンプン等)、有機酸(酢酸、プロピオン酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、オレイン酸等)、アルコール類(エタノール、プロパノール等)、中鎖脂肪属炭化水素(ヘキサデカン、テトラデカン等)が用いられる。窒素源としては、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸ナトリウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩、又は尿素、ペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、コーンスチープリカー、カザミノ酸等の含窒素化合物が用いられる。無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、リン酸二水素カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が用いられる。
【0020】
特に、本発明の微生物を用いて、効率よく酸型SLを生産するためには、炭素源として油脂、例えば大豆油、菜種油、綿実油、ひまわり油、カポック油、ごま油、コーン油、米油、落花生油、ベニバナ油、オリーブ油、アマニ油、キリ油、ひまし油、パーム油、パーム核油、ヤシ油等を、単独又はこれらの2以上を組み合わせて使用することができる。また、さらに生産効率を向上させるためには、前記油脂と共に有機酸を併用することが好ましく、このような有機酸は、例えばカプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、トリデカン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、トウハク酸、リンデル酸、ツズ酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、エルカ酸、ソルビン酸、リノール酸、リノエライジン酸、γ−リノレン酸、リノレン酸及びアラキドン酸を、単独又はこれらの2以上を組み合わせて使用することができる。上記油脂と有機酸を併用する場合には、油脂100質量部に対して、有機酸を0〜500質量、好ましくは50〜100質量部使用することが好ましい。培地中における油脂の濃度は、0g/l〜400g/l、好ましくは10g/l〜200g/l、さらに好ましくは50〜100g/lであることが好ましい。また、培地中における有機酸の濃度は、0〜400g/l、好ましくは10〜200g/l、さらに好ましくは50〜100g/lであることが好ましい。上記油脂及び有機酸は、上記他の炭素源と共に、又は他の炭素源に変えて使用することができ、さらに前記窒素源、無機塩と適宜組み合わせて使用することが可能である。
【0021】
本発明における酸型SLの生産方法において、より効率よく酸型SLを、特に上記式(2)に表されるジアセチル化物としての酸型SLを効率よく生産するためには、例えば上記炭素源のうち炭水化物を0〜400g/l、好ましくは50〜200g/l、有機酸を0〜400g/l、好ましくは20〜100g/l、油脂を0〜400g/l、好ましくは20〜100g/l、窒素源を0.5〜100g/l、好ましくは1〜5g/l、及び無機塩類を0〜100g/l、好ましくは0.5〜5g/l含有する培地を用いることがより好ましい。
【0022】
本発明の酸型SLは種々の炭素源から生産できるが、前記炭素源の代わりに、又はこれと併用してグリセロール、特に植物油の分解又はエステル交換の際の副生成物であるグリセロールを用いても生産することができる。その際、副生成物であるグリセロールを活性炭処理して培養に用いる事が、酸型SLの生産性の観点から好ましい。当該活性炭処理は、例えば、前記副生成物としてのグリセロール1L(水、不純物等を含む)に対して、活性炭を10〜300g添加し、これを1〜12時間攪拌し、攪拌終了後に当該活性炭を除去することにより行うことができる。前記活性炭処理により、副生成物であるグリセロール中に含まれる、微生物の成育を阻害する物質を取り除き、酸型SLの生産性を向上させることができると考えられる。上記グリセロールを炭素源として用いる場合には、グリセロールの純分として、10〜500g/l、好ましくは50〜300g/l、さらに好ましくは100〜250g/l培地中に含有することが好ましい。
【0023】
生産のための培養条件
本発明における酸型SLの生産は、前記培地を用いて前記微生物を培養することにより行える。
一般的な培養条件は、以下の通りである。培養温度は、20〜30℃、好ましくは26〜30℃である。培養日数としては、酸型SL生産量に応じて適宜設定すればよいが、例えば3〜20日間が好ましい。培養方法としては、振盪培養、通気撹拌培養等の公知の一般的な微生物の培養方法を適用することができる。良好な微生物の生育及び酸型SLの生産のためには、培養液に酸素を供給することが好ましく、そのためには、ジャーファメンターを用いる場合では、空気を通気しながら撹拌するか、振とう培養を行えばよい。
【0024】
上記微生物を用いて酸型SLを選択的に生産する場合、増殖能の高い菌株を用いた方が、単位培養液及び単位時間当たりの酸型SL生産量が高くなるため、まず前培養によって菌体を活性化させ、これを本培養の培地に接種して培養を行うことが好ましい。例えば、種培養、本培養及び酸型SL生産培養の順にスケールアップしていくことが好ましい。これらの培養における、具体的な培地組成、培養条件を例示すると以下のとおりである。
【0025】
グルコース5〜20g/L,酵母エキス0.1〜2g/L,硝酸ナトリウム0.1〜5g/L、リン酸二水素カリウム0.1〜2g/L、及び硫酸マグネシウム0.1〜1g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管に、保存菌株を1白金耳接種し、26〜30℃で1〜3日振とう培養を行う(種培養)。次に、20〜300g/L、好ましくは40〜100g/Lの植物油脂等の油脂類を加えた上記と同じ組成の液体培地50〜100mLの入った坂口フラスコに上記の種培養を行った培養液を接種して、26〜30℃で1〜7日間振とう培養を行う(本培養)。さらに、上記の本培養と同じ組成の液体培地1〜2Lが入ったジャーファメンターに上記の本培養を行った培養液を接種して、26〜30℃で1〜2L/分の通気速度と600〜1000rpmの撹拌速度で培養する(酸型SL生産培養)。このときの培養温度は20〜30℃、好ましくは26〜30℃であり、培養時間は、3〜20日間が好ましい。
微生物菌株の酸型SL生産培養に用いる培地への接種は、例えば、種培養液又は本培養液を、酸型SL生産培養に用いる培地1L中に、100〜200ml、好ましくは50〜100ml含む量となるように添加することで行える。
【0026】
本発明における培養は、培養液中の所望の酸型SL生成量が最高に達した時点で終了させることができるように、培養液中の酸型SLを高速液体クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー等の周知の方法により測定しながら行うことが好ましい。
上記培養において、微生物の形態は、特に限定されず、微生物の菌体、菌体処理物(例えば、菌体破砕物)などをいう。
微生物の菌体または菌体処理物は固定化して用いることもできる。固定化法としては、従来公知の担体結合法、架橋化法、包括法などの方法が挙げられる。担体結合法では、担体に菌体を固定化させるが、固定化は物理的吸着、イオン結合、共有結合のいずれであってもよい。担体としては多糖(アセチルセルロース、アガロース)、無機物質(多孔質ガラス、金属酸化物)、合成高分子(ポリアクリルアミド、ポリスチレン)等が用いられる。架橋化法では、グルタルアルデヒド等の二官能性試薬を用いて菌体同士を架橋、結合させることによって固定化する。また、包括法では、多糖(アルギン酸、カラギーナン)、ポリアクリルアミド、コラーゲン、ポリウレタン等の高分子ゲルの格子や半透膜カプセルに菌体を包み込むことによって固定化する。
【0027】
培養液中に蓄積された酸型SLは、培養終了後、培養液を抽出することによって取得できる。抽出は、酢酸エチル等の有機溶媒を用いて行う。抽出は当該分野において通常行われる方法に従って行えばよく、例えば、培養液1Lあたり0.5〜1.5L程度の有機溶媒を用いて1〜数回抽出操作を行い、有機溶媒相を合わせて溶媒を留去し、脂質成分を得る。得られた脂質成分を、以下のように処理して酸型のSLを回収・精製する。
【0028】
〈酸型SL組成物の回収・精製〉
培養終了後、得られた脂質成分を精製して酸型SLを得る。精製方法は、公知の精製方法が特に制限なく使用できるが、本発明では、例えば以下の方法を用いることができる。酢酸エチルに溶解した脂質成分をシリカゲルクロマトグラフィーにかけ、クロロホルム:アセトン(10:0、9:1、8:2、5:5、2:8、1:9、0:10)の順で溶出させる。各溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにチャージし、クロロホルム:メタノール=8:2(容積比)で展開する。展開終了後、アンスロン硫酸試薬で糖脂質の存在を確認する。糖脂質の含まれる溶出液を集め、溶媒を留去して糖脂質成分を得る。このうち、酸型SLは極性の高い成分のため、クロロホルム:アセトン=2:8溶出液中に多量に含まれることから、これらを回収しさらに精製することで単一成分を回収できる。
【0029】
〈酸型SL組成物の構造決定〉
上記により得られる糖脂質成分の構造決定は、以下のようにして行う(キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株(FERM P−21133)を、グルコース、オレイン酸、大豆油を炭素源として培養することで得られる酸型SLの構造決定手法を例にして以下説明する)。
単離した糖脂質成分は、TLCプレート上で、アンスロン硫酸試薬で青緑色に呈色することにより糖脂質成分であると判断できる。この糖脂質について、1H、13C、二次元NMR解析を行い、得られたスペクトルと、構造既知である酸型SL化合物群のデータ(K. S. Bishtら,J. Org. Chem., 64巻, p780-789 (1999)、S. K. Singhら,J. Org. Chem., 68巻, p5466-5477 (2003)等)とを比較することで、構造解析を行う。
【0030】
1)糖組成の解析
糖組成の解析はNMRスペクトル法では困難なため、高速液体クロマトグラフィー分析(HPLC)により決定する。糖脂質を酸で単糖と脂質部分に加水分解した後、単糖が含まれる水相から精製して得られる単糖溶液を、カルバモイル基の結合したシリカゲルを充填剤とするカラムを用いた順相HPLC法によって分析する。標準サンプルの溶出時間と比較することで、単糖溶液中に含まれる糖成分を決定できる。
【0031】
2)脂質組成の解析
一方、脂質部分の組成は、得られた糖脂質を塩酸メタノールでメタノリシスし、ヘキサンで抽出して得られた脂肪酸メチルエステルのGC/MSで分析することにより決定する。
【0032】
3)構造解析
1H−NMRスペクトルでは、一般に糖アルコール上の還元末端以外のプロトンは3.5ppm前後にまとまって検出されるが、水酸基の水素がアシル基とエステル結合すると、そのα−プロトンのシグナルは低磁場にシフトすることが知られている。本糖脂質の1H−NMRスペクトルを、既知の酸型SLのものと比較し、各プロトンに由来するピークの化学シフトを帰属する。また、2.1ppm付近に観測されるアセチル基(−COCH3)由来のシグナルを確認し、どの水酸基に何分子アセチル基が結合しているかが類推される。
また、13C−NMRスペクトルにおいて、170ppm付近に観測されるアシル基のカルボニル炭素(C=O)由来のシグナル、20ppm付近に観測されるアセチル基炭素(−COCH3)由来のシグナルを確認することでも、分子中のアセチル基の存在を確認できる。
【0033】
次に、1H−1H COSY(Correlation Spectroscopy)、HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Coherence)、HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)スペクトル解析を行い、上記の1H、13C−NMR解析の結果を基にして糖骨格の完全帰属を行う。COSY、HMQCスペクトルによって、炭素、水素の化学シフトがそれぞれ完全帰属される。また、HMBCスペクトルにおいて、どの水酸基にアセチル基が存在しているかが証明できる。
得られた糖脂質は脂質部分の脂肪酸鎖長が異なる成分の混合物として回収されるが、さらにこれは逆相カラム(ODSカラム)を用いたHPLC分析を行うことで、単一の脂肪酸を有する化合物を容易に分離できる。分離した各ピーク化合物についてMS分析を行うことで主成分の構造を決定する。
さらに、これらの菌体が生産する化合物群には、TLC上で他にもいくつかの微量スポットが検出されており、糖骨格上のアセチル基の数とその結合位置の異なる成分等も存在していることが認められる。
【0034】
〈本発明で得られるSL〉
上記のような本発明の生産方法を実施することにより得られる酸型SLは、以下の式(1)で表され、従来の方法ではラクトン型との混合物としてしか生産されなかったSLの酸型が、微生物を培養する工程のみで選択的に生産されるところが大きな特徴である。
【化5】
(1)
(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して水素(−H)又はアセチル基(−COCH3)であり、nは一般に9〜20、より通常には11〜17、さらにより通常には13〜15の数であり、
基は飽和脂肪族炭化水素鎖または二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【0035】
特に、本発明においては、式(2)で表される6’、6”−ジアセチル化物を90質量%以上、好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは97質量%以上含有する酸型SLを得ることができる。
【化6】
(2)
(式中、nは一般に9〜20、より通常には11〜17、さらにより通常には13〜15であり、
基は飽和脂肪族炭化水素鎖または二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【0036】
一般的に酸型SLを大量に得るには、一度発酵生産法によってラクトン型・酸型SL混合物を生産し、その後、酸またはアルカリによってエステル結合の加水分解を行う方法が採られている。その際、前記式(2)中のR1およびR2に存在するアセチル基も加水分解を受けるため、得られる酸型SLのほとんどは脱アセチル化された化合物となる。したがって、6’、6”−ジアセチル化酸型SL組成物は、本発明の発酵生産法によってのみ選択的に生産される。
【0037】
本発明を実施することにより得られる上記酸型SLは、1mg/ml以下、好ましくは0.5mg/ml以下、さらに好ましくは0.3mg/ml以下の臨界ミセル濃度を有している。よって、従来の微生物を用いて得られるラクトン型と酸型のSL混合物、及びアセチル基が脱落した酸型SLと比較して、低濃度で界面活性効果を発現することが可能である。従って、本発明の酸型SLは、洗剤、化粧品及び食品等の幅広い分野で好適に使用することができる。
【実施例】
【0038】
実施例1
(ZM−1502株の単離と同定)
岡山県で採取した植物(葉)サンプルから分離したZM−1502株のリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列(rDNA配列)による相同性検索を以下のようにして行った。ゲノムの抽出には、GenTLE (TaKaRa社製)を使用し、操作はTaKaRa社のプロトコールに従った。抽出したゲノムDNAを鋳型とし、リボゾームRNA遺伝子 (rDNA)に特異的なプライマーA(5’−gcatatcaataagcggaggaaag−3’:配列番号2)及びプライマーB(5’−ggtccgtgtttcaagacgg−3’:配列番号3)を用いて、PCRにより26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列を増幅した。その後、増幅された前記領域の塩基配列を決定した。決定した塩基配列を配列番号1に示す。得られたrDNA配列について、DNAデータベース(DDBJ)にアクセスし、FASTAプログラム (http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta−j.html)を用いて相同性検索を行ったところ、キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)の対応する前記領域のrDNA配列と100%一致した。また、DNAデータベース上より入手したキャンディダ(Candida)属および代表的な酵母種のリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列を多重整列後、NJ法により分子系統解析を行った結果、本菌株の分子系統樹の位置はキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)と一致した(図1)。さらに、表1に記載の生理性状試験の結果を合わせた結果、ZM−1502株は、キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に分類された。ZM−1502株は、平成18(2006)年12月13日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1−1−3)に受託番号FERM P−21133として寄託されている。
【0039】
実施例2
(酸型SLの生産)
(1)キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株の培養
(a)種培養
保存培地(麦芽エキス3g/L(Malt extract (Becton,Dickinson and Company製))、酵母エキス3g/L(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、ペプトン5g/L、グルコース10g/L、寒天30g/L)に保存しておいた上記のキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株を、グルコース20g/L、酵母エキス1g/L(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸二水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地2mLが入った試験管に1白金耳接種し26℃で振とう培養を1日間行った。
(b)酸型SL生産培養
(a)で得られた菌体培養液を、100g/Lのグルコース、50g/Lのオレイン酸、50g/Lの大豆油、1g/Lの酵母エキス(Bacto Yeast Extract(Becton,Dickinson and Company製))、3 g/Lの尿素、1g/Lのリン酸二水素カリウム、及び1g/Lの硫酸マグネシウム、0.4g/Lの硫酸ナトリウムの組成の液体培地30mLが入った三角フラスコに2ml接種し、振とう培養を28℃にて7日間行った。
【0040】
(2)ZM−1502株の酸型SL生産能の確認
上記(1)の培養終了後の培養液を採取し、これを用いてZM−1502株の酸型SL生産能を薄層クロマトグラフィー(TLC)で確認した(図2、レーンA)。SLの標準として、Candida bombicola NBRC 10243T株を上記と同じ条件で培養し、酢酸エチル抽出画分を用いた(図2、レーンB)。さらに、これをアルカリ加水分解することで得られる従来型の酸型SL(脱アセチル化物)もスポットした(図2、レーンC)。なお、薄層クロマトグラフィーは、Silica gel 60F(Wako社製)を用い、展開溶媒はクロロホルム:メタノール=8:2とした。検出は、展開後のプレートにアンスロン試薬(0.2%アンスロン/75%硫酸水溶液)を吹き付け、110℃で5分間加熱した。
【0041】
図2に示すように、ラクトン型が主成分であるC. bombicola菌株を用いた従来法によって得られたSL標準(レーンB)に対して、ZM−1502株が主に生産している糖脂質は、ラクトン型よりも極性の高い酸型SLであり、ラクトン型のSLが存在しないことが確認できた(レーンA)。また、そのスポット数も少なく、混合物の種類が少ないことが予想された。さらに、脱アセチル化された従来の酸型SL(レーンC)と比較して、疎水性の高い糖脂質が主成分であることが大きな特徴であった。
【0042】
実施例3
(酸型SLの単離・精製)
実施例2で得られたSLの精製を、既知の精製手法によって分離した。すなわち、上記酢酸エチル抽出物をシリカゲルカラムに供し、クロロホルムとアセトンの混合液を展開溶媒とするカラムクロマトグラフィー法によって精製した。クロロホルムとアセトンの割合が2:8の画分で酸型SLを分離回収し、続いてアセトンでさらに極性の高い成分を分離回収した。そして、それぞれの回収した画分を上記TLCに供した(図3)。これによれば、主成分(a)及び微量成分(b)が存在することが分かった。さらにこれらの精製を繰り返すことで、単一成分を得た。
【0043】
実施例4
(酸型SLの構造解析)
1)糖組成の解析
実施例3で得られた酸型SL(a)10mgに3N塩酸を1mL加え、90℃で3時間加熱し、脂質部分と糖に完全に分解した。脂質部分を2mLのヘキサンに抽出して除去し、水溶液部分について脱塩用樹脂(アンバーライトIRA−410)で脱塩した後、高速液体クロマトグラフィーで(HPLC)分析した。HPLC分析のカラムには、Amide80カラム(東ソー株式会社製)を用い、アセトン:水=85:15を溶離液とし、検出は蒸発光散乱検出器を用いた。HPLCのチャートを図4に示す。HPLCの溶出時間を標準物質の溶出時間と比較した結果、実施例3で得られた酸型SL(a)の糖部分は、全てグルコースで構成されていることが示された。
【0044】
2)脂質組成の解析
実施例3で得られた酸型SL(a)の脂質部分の組成は、塩酸メタノール加水分解物からヘキサンで抽出して得られた脂肪酸メチルエステルのGC/MS分析により行った。分析結果を表2に示す。本糖脂質では、分子構造中に水酸基を一つ有する中鎖の直鎖飽和及び不飽和ヒドロキシ脂肪酸(C16〜C18)が検出され、特にC18の不飽和ヒドロキシ脂肪酸が主成分であることが示された。また、不飽和脂肪酸は全体の2分の1程度含まれていることが示された。
【表2】
【0045】
3)糖骨格の完全帰属
実施例3で得られた酸型SL(a)について、重水素化メタノール(CD3OD)を溶媒とするNMR解析により構造の同定を行った。1H、13C、1H−1H COSY、HMQC、HMBCの各NMRスペクトル解析を行うことで、本糖脂質の構造を完全帰属した。本糖脂質の1H−NMRスペクトルを図5に示す。これによれば、本糖脂質では、アシル基とエステル結合したことで低磁場シフトしたα−プロトンのシグナルが2つ4.2ppm及び4.35ppm付近に観測され、これはそれぞれソホロース上6’及び6”位の区別されるプロトン(6’−a、6”−a、及び6’−b、6”−b)であることが確認された。また、2.046ppm及び2.058ppmにアセチル基(−COCH3)のメチルプロトンのシグナルが2本検出された。
さらに、13C−NMRスペクトルにおいて、アセチル基由来のピークが各2本ずつ(カルボニル基炭素(C=O)由来のシグナルが171.46ppm及び171.48ppmに、メチル炭素(−COCH3)由来のシグナルが19.58ppm及び19.75ppmに見られたことからも確認された。
以上の結果は、本発明で得られた酸型SLは、ソホロースの6’及び6”位にアセチル基が2個エステル結合したジアセチル化物であることを示している。
【0046】
次に、HMQC、HMBCスペクトル測定を行い、得られたスペクトルから糖骨格、及びエーテル結合によって結合したヒドロキシ脂肪酸の炭素、水素の化学シフトがそれぞれ完全帰属され、本発明で得られる酸型SLが6’、6”−ジアセチル化酸型SLであることが証明された。アセチル基のカルボニル炭素と糖骨格との相関を示すHMBCスペクトルの拡大図を示す(図6)。また、化学シフトを以下にまとめて示す。
1H NMR (CD3OD, δ): 1.20 (d, CH3 (H-18)), 1.26-1.44 (br, CH2 (H-4〜7, 12〜15)), 1.55-1.64 (m, CH2 (H-3, 16)), 2.0-2.08 (m, -CH2CH=CH- (H-8, 11)), 2.046, 2.048 (Ac×2), 2.27 (t, -CH2COOH (H-2)), 3.2-3.7 (m, CHOH (H-2'〜5', 2”〜5”)), 3.75 (m, CH (H-17)), 4.20 (dd, CH (H-6'a, 6”a)), 4.36 (dd, CH (H-6'b, 6”b)), 4.45 (d, CH (H-1')), 4.55 (d, CH (H-1”)), 5.35 (m, -CH=CH- (H-9, 10))
13C NMR (CD3OD, δ): 19.58, 19.75 (CH3×2 (Ac)), 20.67 (CH3 (C-18)), 23.05, 25.0, 29.0-29.8 (CH2 (C-4〜7, 12〜15)), 24.92 (CH2 (C-3, 16)), 26.99 (CH2 (C-8, 11)), 33.77 (-CH2COOH (C-2)), 63.57, 63.74 (C-6', 6”), 70.2, 70.3 (C-4', 4”), 73.68 (C-5'), 74.39 (C-2”), 74.90 (C-5”), 76.34, 76.63 (C-3', 3”), 77.37 (CH (C-17)), 82.60 (C-2'), 101.40 (C-1'), 104.48 (C-1”), 129.6 (CH=CH (C-9, 10)), 171.48 (C=O (Ac)), 176.5 (COOH (C-1))
【0047】
さらに、本酸型SLはMALDI−TOF/MS分析において、擬似分子イオン[M+Na]+ m/z 730.0、及び704.0が検出された(図7)。したがって本酸型SLは、C18で不飽和二重結合が一つ存在する直鎖不飽和ヒドロキシ脂肪酸が結合している6’、6”−ジアセチル化酸型SLが主成分であり、続いてC16の直鎖飽和ヒドロキシ脂肪酸が結合している6’、6”−ジアセチル化された酸型SLが多く含まれていると考えられる。さらにそれらに次いで、C18の飽和及びC16の不飽和ヒドロキシ脂肪酸が結合した化合物6’、6”−ジアセチル化された酸型SLのピークも検出された。これらの結果は脂肪酸組成分析の結果(表2)ともよく一致している。尚、前記式(1)又は(2)において、C16とはn=13の構造に該当し、C18とはn=15の構造に該当する。
また、実施例3で分離された他の成分(b)について同様の解析を行った結果、ソホロース上の6’位、あるいは6”位の一方のアセチル基が欠落したモノアセチル化酸型SLであることが確認された。よって、成分(a)及び(b)の分析により、本発明の方法により生産されたSLは、ラクトン型を含まない、換言すれば生産されるSLの100質量%が酸型であることが明らかとなった。
【0048】
実施例5
(HPLC分析によるZM−1502株のSL生産量の決定)
実施例2で得られたZM−1502株の培養液、及び比較として実施例2と同じ条件で培養したCandida bombicola NBRC 10243T株の培養液の酢酸エチル抽出画分について、シリカゲルカラム(イナートシルSil−100A)を接続したHPLCを用い、生成物の成分分析を行った。溶離液にはクロロホルム/メタノール混合溶媒を用い、流速1mL/minで混合比が10:0から0:10まで変化するように設定したグラジエントシステムにより溶出した。検出は蒸発光散乱検出器(ELSD−LT、島津製作所製)を用いた。各サンプルの測定の結果(図8)、ZM−1502株からはほぼ単一ピークの生成物が得られた(図8a)。実施例3と同様の方法で精製した各種SLフラクションについて、濃度を変えて測定を行うことで検量線を作成した結果、ZM−1502株から得られる単一ピークの生成物はジアセチル化酸型SLに相当し、その生産量は42 g/Lであった。さらに、ZM−1502株が生産する酸型SLの組成比はピーク面積から算出した結果、ジアセチル化酸型SLが98質量%以上、モノアセチル化酸型SLが2質量%未満であった。一方、C. bombicola NBRC 10243T株からは複数の成分が生産されており、ラクトン型が主成分であることが確認された(図8b)。C. bombicola NBRC 10243T株の全SLの生産量は56g/L、そのうちラクトン型SLが66質量%、酸型が34質量%であり、及び酸型SLのうちの50質量%がジアセチル化物の酸型SLであった。上記の結果は実施例2における図2のTLC分析の結果とよく一致するものであった。
【0049】
実施例6
(グリセロールを原料に用いる酸型SLの生産)
1)グリセロールの活性炭処理
植物油脂のエステル交換反応で副生成するグリセロール水溶液50質量%1Lに対し、活性炭を50g添加し、1時間攪拌した。その溶液をNo.5のろ紙でろ過し、活性炭を取り除いた。ろ液を活性炭処理グリセロールとした。
【0050】
2)活性炭処理グリセロールを炭素源とした酸型SLの生産
ZM−1502株を活性炭処理済みグリセロールを200g/L(グリセロール純分)、酵母エキスを1g/L、尿素を3 g/L、リン酸2水素カリウムを1g/L、及び硫酸マグネシウムを1g/L含む組成の液体培地30mLが入った三角フラスコに接種し、振とう培養を28℃にて7日間行った。なお、対照実験として、前記活性炭処理済みグリセロールの代わりに活性炭処理をしない副生成物としてのグリセロールを200g/L(グリセロール純分)含む培地、及び前記活性炭処理済グリセロールの代わりに0.4g/Lの硫酸ナトリウム及び試薬グレードのグリセロール200g/L(グリセロール純分)を含む培地を用いて、同条件でZM−1502株を培養した。
【0051】
3)酸型SLの生産量
酸型SLの生産量は前述のシリカゲルカラムと蒸発光散乱検出器を用いたHPLCによって行った。活性炭処理を行ったグリセロールでは4.6g/Lの酸型SLを生産した。一方、活性炭処理しないグリセロールを含んだ培地では1.9g/Lの酸型SLを、0.4g/Lの硫酸ナトリウム及び試薬グレードのグリセロール200g/Lを含んだ培地では3.5g/Lの酸型SLを生産した。
【0052】
実施例7
(ZM−1517株及びZM−0132株を用いる酸型SLの生産)
ZM−1517株、ZM−0132株を用い、実施例6と同様の方法(活性炭処理済のグリセロールを含んだ培地を用いて培養する方法)で培養を行った。培養終了後の培養液を採取し、これを用いて上記2株の糖脂質生産能を薄層クロマトグラフィーで確認した結果(図9)、ZM−1502株と同様に、上記2株は酸型SLのみを選択的に生産することが確認された。薄層クロマトグラフィーのスポットから、ZM−1502株、ZM−1517株及びZM−0132株の酸型SLの生産量は、ほぼ同等であると判断される。
【0053】
実施例8
(Candida属酵母菌株間での酸型SL生産能の比較)
ZM−1502株に対して、酵母菌近縁種であるCandida floricola NBRC10700T株(配列番号1に示す塩基配列との相同性:99%<)、及び既存のSL生産菌株であるCandida bombicola NBRC 10243T株を用い、実施例6と同様の方法(活性炭処理済のグリセロールを含んだ培地を用いて培養する方法)で培養を行った。培養終了後の培養液を採取し、これを用いて上記2株の糖脂質生産能を薄層クロマトグラフィーで確認した結果(図10)、ZM−1502株と同様に、Candida floricola NBRC10700T株でも酸型SLのみを選択的に生産することが確認された。一方、ラクトン型を主生成物とするSL混合物を生産する既存のCandida bombicola NBRC 10243T株ではラクトン型を主に生産することが確認された。SLの生産量については、TLCのスポットから、ZM−1502株とCandida bombicola NBRC 10243T株の生産量はほぼ同程度であるが、Candida floricola NBRC10700T株の生産量は、ZM−1502株と比較して少量であることが確認された。
【0054】
実施例9
(酸型SLの界面活性能)
次に、実施例2で生産し、実施例3の精製過程で原料油分等のみを除去した「成分(a)+(b)」に該当する酸型SLの界面活性能について検討した。図11には種々の濃度の酸型SL水溶液の表面張力を協和界面科学社製のdrop master DM500を用いて測定した結果を示す。図より明らかなように、表面張力値は、界面活性剤濃度の増加とともに、減少し、臨界ミセル濃度(CMC)に達するとやがて一定となった。図より明らかなように酸型SLのCMCは0.2mg/mlであり、rCMCは38.92mN/mとなり、極めて低濃度から優れた界面活性能を示すことが判明した。なお、従来の脱アセチル化された酸型SLのCMCは0.30mg/mlであり、rCMCは35.33mN/mであり、本発明の酸型SLの方が低濃度から界面活性を発現することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株から得られた塩基配列をもとに作成した分子系統樹を示す。
【図2】キャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株の培養液の薄層クロマトグラフィー(TLC)による分析結果を示す。(レーンA: ZM−1502株培養液、B: C. bobmicola NBRC 10243T株培養液、C: レーンBのアルカリ加水分解によって得られる既存の酸型SL)
【図3】実施例3において、分離生成した酸型SLのTLCチャートを示す。
【図4】実施例4において、酸型SL(a)の糖組成の分析を行ったHPLCチャートを示す。
【図5】実施例4において、酸型SL(a)の構造解析を行った1H NMRスペクトルを示す。
【図6】実施例4において、酸型SL(a)の構造の完全帰属を行う際に、アセチル基の結合位置の決定に利用したHMBCスペクトルについて、カルボニル炭素と糖骨格との相関を示す拡大図を示す。
【図7】実施例4において、酸型SL(a)の分子量測定を行ったMALDI−TOF/MSスペクトルを示す。
【図8】実施例5において、ZM−1502株及びCandida bombicola NBRC 10243T株の各培養液の酢酸エチル抽出画分を分析したHPLCチャートを示す。
【図9】実施例7において、グリセロールを炭素源とする培養によって得られた各種菌株培養液のTLCチャートを示す。(レーン1: ZM−1502株培養液、2: ZM−1517株培養液、3: ZM−0132株培養液)
【図10】実施例8において、グリセロールを炭素源とする培養によって得られた各種菌株培養液のTLCチャートを示す。(レーン1: ZM−1502株培養液、2: Candida floricola NBRC10700T株培養液、3: Candida bombicola NBRC 10243T株培養液)
【図11】実施例9において、酸型SL(a)+(b)の界面活性能の測定結果から得られた濃度と表面張力値との関係を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示す塩基配列と95%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域を有するキャンディダ(Candida)属に属する微生物を液体培地で培養することを特徴とする、次の式(1)で表される酸型ソホロースリピッドを選択的に生産する方法:
【化1】
(1)
(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して水素(−H)又はアセチル基(-COCH3)であり、nは9〜20の数であり、
で表される基は、飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【請求項2】
生産される酸型ソホロースリピッドが、以下の式(2)で表される6’,6’’−ジアセチル化物を90質量%以上含有することを特徴とする、請求項1に記載の方法:
【化2】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【請求項3】
キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に属する微生物である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株(FERM P−21133)、ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)のいずれかである、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
グリセロールを含有する液体培地を用いて該微生物を培養することを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記グリセロールが、植物油の分解又はエステル交換の際の副生成物である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
以下の構造を有する酸型のソホロースリピッドを90質量%以上含有する、酸型ソホロースリピッド:
【化3】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【請求項1】
配列番号1に示す塩基配列と95%以上相同な塩基配列を含むリボソームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域を有するキャンディダ(Candida)属に属する微生物を液体培地で培養することを特徴とする、次の式(1)で表される酸型ソホロースリピッドを選択的に生産する方法:
【化1】
(1)
(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して水素(−H)又はアセチル基(-COCH3)であり、nは9〜20の数であり、
で表される基は、飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【請求項2】
生産される酸型ソホロースリピッドが、以下の式(2)で表される6’,6’’−ジアセチル化物を90質量%以上含有することを特徴とする、請求項1に記載の方法:
【化2】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【請求項3】
キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)に属する微生物である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
キャンディダ(Candida)属に属する微生物がキャンディダ・フロリコーラ(Candida floricola)ZM−1502株(FERM P−21133)、ZM−1517株(FERM P−21153)、ZM−0132株(FERM P−21152)のいずれかである、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
グリセロールを含有する液体培地を用いて該微生物を培養することを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記グリセロールが、植物油の分解又はエステル交換の際の副生成物である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
以下の構造を有する酸型のソホロースリピッドを90質量%以上含有する、酸型ソホロースリピッド:
【化3】
(2)
(式中、nは9〜20の数であり、
で表される基は飽和脂肪族炭化水素鎖又は二重結合を少なくとも1個有する不飽和脂肪族炭化水素鎖である。)
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−247845(P2008−247845A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92936(P2007−92936)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000006769)ライオン株式会社 (1,816)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]