説明

重金属の測定方法

【課題】本発明は迅速かつ簡便に重金属を検出、定量する測定法を提供するものである。
【解決手段】試料中の重金属を測定する方法であって、以下の工程:
(1)重金属を含有する可能性のある試料とグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程;
(2)酵素反応液に蛍光標識化試薬を添加して前記酵素反応により生成したファイトケラチンを標識する工程;
(3)標識化されたファイトケラチンの蛍光強度を測定もしくは観察する工程;
を包含することを特徴とする重金属の測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は重金属の測定方法、該測定方法に用いる測定キット、該測定方法に用いる新規酵素、および該酵素のアミノ酸配列をコードするDNAに関する。
【背景技術】
【0002】
カドミウム、コバルト、水銀、銅、亜鉛などの重金属は飲食品に含まれていると、それを飲食することにより、人体に悪影響を及ぼすことになる。また、土壌に重金属が過剰に存在していると作物(米など)や水道水や井戸水に重金属が混入し、それを長期に摂取することにより人体に影響を及ぼすことが懸念される。さらには、排ガス中に重金属が含まれると、環境衛生上、公害の問題を引き起こすことになる。したがって、飲食品、土壌、空気中にこれらの重金属が存在していないかどうかを検出したり、定量することは、食品衛生上あるいは環境衛生上非常に重要である。
【0003】
従来、重金属を測定(検出、定量を含む)する方法として、例えば、ファイトケラチンと被測定溶液とを混合して、該被測定溶液中の重金属とファイトケラチン中のSH基と反応させてファイトケラチン−重金属結合体を形成させ、得られた反応液中の残存SH基を定量する方法が知られている(特許文献1)。しかし、この方法は、重金属と反応したファイトケラチンを、ジメチルスベリミデートを介してウシ血清アルブミン(BSA)に結合させる;結合したものをプレートに吸着させる、BSAによりブロッキングする;一次抗体として抗ファイトケラチン抗体を添加して反応を行う;二次抗体としてアルカリホスファターゼ等で標識した抗マウスIgGを添加して反応を行う;基質分解による発色反応を行うという煩雑な工程が必要であり、経済性、簡便性、迅速性などの点で問題がある。
また、排ガス中のカドミウムや鉛の分析方法として、JIS K 0083には、フレーム原子吸光法、ジチゾン吸光光度法、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析法が採用されているが、これらの方法も初期コストがかかり、また機器自体が大型であるため、現場へ持ち込んでの測定が困難である。
【0004】
【特許文献1】特開平11−174054号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、重金属(例えば、カドミウム、水銀、銅、亜鉛など)を簡便にかつ迅速に測定する方法を提供する点にある。また、本発明の他の目的は、重金属測定用キットを提供する点にある。さらに、本発明の他の目的は、前記測定方法に用いる新規な酵素ならびにそれをコードする新規DNAを提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく種々研究を重ねた結果、重金属を簡便にかつ迅速に測定する方法を見出し、さらに研究を重ねて本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
[1] 試料中の重金属を測定する方法であって、以下の工程:
(1)重金属を含有する可能性のある試料とグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程;
(2)酵素反応液に蛍光標識化試薬を添加して前記酵素反応により生成したファイトケラチンを標識する工程;
(3)標識化されたファイトケラチンの蛍光強度を測定もしくは観察する工程;
を包含することを特徴とする重金属の測定方法、
[2] 試料中の重金属を測定する方法であって、以下の工程:
(1)重金属を含有する可能性のある試料と蛍光標識化されたグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程;
(2)酵素反応液中に生成した蛍光標識されたファイトケラチンの蛍光強度を測定する工程;
を包含することを特徴とする重金属の測定方法、
[3] ファイトケラチン合成酵素が、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来のファイトケラチン合成酵素である前記[1]または[2]記載の測定方法、
[4] ファイトケラチン合成酵素が
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつグルタチオンからファイトケラチンを合成する能力を有するタンパク質;
である前記[1]または[2]記載の測定方法、
[5] ファイトケラチン合成酵素が配列番号4に示されるアミノ酸配列を有する蛋白質である前記[1]または[2]記載の測定方法、
[6] 重金属がカドミウムである前記[1]〜[5]のいずれかに記載の測定方法、
[7] 蛍光標識化試薬がN−(1−ピレニル)マレインアミドである前記[1]記載の測定方法、
[8] 蛍光標識化されたグルタチオンが、N−(1−ピレニル)マレインアミドで標識化されたグルタチオンである前記[2]記載の測定方法、
[9] 基質としてグルタチオン、酵素としてファイトケラチン合成酵素、および蛍光標識試薬を含む重金属測定用キット、
[10] 基質として蛍光標識試薬で標識化されたグルタチオン、および酵素としてファイトケラチン合成酵素を含む重金属検定用キット、
[11] 蛍光標識試薬がN−(1−ピレニル)マレインアミドである前記[8]または[9]記載の重金属測定用キット、
[12] ファイトケラチン合成酵素が、配列番号4に示されるアミノ酸配列を有する蛋白質である前記[9]〜[11]のいずれかに記載の重金属測定用キット、
[13] 配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するファイトケラチン合成酵素、
[14] 配列番号4で示されるファイトケラチン合成酵素のアミノ酸配列をコードする、精製および単離されたポリヌクレオチド、および
[15] 配列番号3で示されるポリヌクレオチド、
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明方法によれば、重金属、特にカドミウムを簡便にかつ迅速に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
(第一態様の測定方法)
本発明の一態様は、試料中の重金属を測定する方法であって、以下の工程:
(1)重金属を含有する可能性のある試料とグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程;
(2)酵素反応液に蛍光標識化試薬を添加して前記酵素反応により生成したファイトケラチンを標識する工程;
(3)標識化されたファイトケラチンの蛍光強度を測定もしくは観察する工程;
を包含することを特徴とする測定方法である。
以下、上記工程を順次説明する。
【0010】
第(1)工程について
本工程は、重金属を含有する可能性のある試料とグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程である。
(試料)
本発明方法の第(1)工程で使用する試料は、重金属を含有する可能性のある試料であって、例えば、土壌、工場排水、飲料水、地下水、農作物、食品、食品材料、排ガスなどから調製した水溶液が好適に挙げられる。本発明方法は、カドミウム、水銀、銅、亜鉛などの重金属、とりわけカドミウムを含有する可能性のある試料に対して好適に適用される。
【0011】
(基質)
本発明方法に使用されるグルタチオン(GSHとも表記する。)は下記式で示される。
【化1】

第(1)工程で使用するグルタチオンの使用量は、特に限定されないが、酵素反応系での終濃度が1〜100mM程度、好ましくは10mM程度になる量が好ましい。
【0012】
(酵素)
本発明方法で使用されるファイトケラチン合成酵素は、グルタチオンが重金属(カドミウム)の存在下にグルタチオンの重合体、すなわち下記式
【化2】

で示されるファイトケラチン(phytochelatin;PCと略記する。)、とくに前記式でnが2であるグルタチオンの二量体、すなわち式
【化3】

で示される化合物(PCと略称する。)を合成する能力を有するものであれば、天然に存在する酵素であっても、遺伝子組み換え技術を利用して製造された酵素であってもよい。
【0013】
天然に存在する酵素としては、例えば、シロイヌナズナ(学名:Arabidopsis thaliana)由来のファイトケラチン合成酵素(AtPCS1と略称する。)や分裂酵母(学名:Schizosaccharomyces pombe)由来のファイトケラチン合成酵素(SpPCSと略称する。)などが挙げられる。
【0014】
また、遺伝子組み換え技術を利用して製造された酵素としては、例えば、シロイヌナズナ由来のファイトケラチン合成酵素(AtPCS1;配列番号2)をコードする遺伝子(配列番号1)を遺伝子発現用ベクターに組み込み、得られた組換えベクター(例えば、pET8c−AtPCS1)を宿主細胞(例えば、大腸菌)に導入して形質転換体とし、該形質転換体を培養し、培養液から抽出・精製することにより取得することができる。
遺伝子発現用ベクターとしては、例えば宿主細胞を大腸菌とするpET8c、pET25b、pGEX等が例示することができる。遺伝子発現用ベクターの宿主細胞への導入は、それ自体公知の方法、例えば塩化カルシウム法やエレクトロポレーション法などを採用することができる。
【0015】
本発明に使用される酵素は、さらに天然に存在するかあるいは遺伝子工学法により調製されたファイトケラチン合成酵素(例えば、AtPCS1)をコードするアミノ酸配列(配列番号2)において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつグルタチオンからファイトケラチンを合成する能力を有するタンパク質であってもよい。このようなタンパク質としては、例えばAtPCS1の75番目のアミノ酸KをTに代えた変異体(AtPCS1 K75Tと略称する。;配列番号4)が挙げられる。この変異体AtPCS1 K75Tは、天然に存在するAtPCS1もしくは遺伝子工学で製造されたAtPCS1に比べて、顕著に酵素能力が優れており、この酵素を用いることにより、検出感度を著しく向上させることができるという利点がある。変異体AtPCS1 K75Tは、例えば前記のpET8c−AtPCS1を原料とし遺伝子工学の常法にしたがって製造することができる。すなわち、Site−directed−mutagesesis Kitと後記実施例で使用した特定のプライマーを用いることにより、pET8c−AtPCS1からAtPCS1 K75T発現プラスミドを構築し、該プラスミドで宿主細胞(例えば、大腸菌BL21(DE3)(Novagen))を形質転換し、該形質転換体を培養し、培養液から抽出・精製することにより取得することができる。なお、AtPCS1 K75TをコードするDNAの配列は配列番号3に示す通りである。
【0016】
(酵素反応)
第(1)工程の酵素反応は、20〜40℃、好ましくは25〜35℃で行うのが好ましい。また、本酵素反応はpH6〜8.5、好ましくは8付近の範囲で実施するのが好ましい。反応時間は特に制限されないが、通常5〜120分、好ましくは20〜60分である。
本酵素反応により、試料中に存在する重金属によりファイトケラチン合成酵素が活性化され、基質であるグルタチオンからファイトケラチンが生成する。
なお、生成するファイトケラチンは二量体(PC)が主な生成物であるが、反応時間が長くなるについて三量体以上のものも生成されることがある。本発明においては、酵素反応は生成物が二量体(PC)にとどまる範囲で実施するのが好ましい。
【0017】
第(2)工程について
本工程は第(1)工程の酵素反応により生成したファイトケラチンを蛍光標識化試薬で標識する工程である。
(蛍光標識化試薬)
本工程に使用される蛍光標識化試薬は、スルフヒドリル基(−SH)と結合するものであれば特に制限されないが、蛍光標識用ピレン化合物が好適に挙げられる。蛍光標識用ピレン化合物としては、例えば下記式で示されるN−(1−ピレニル)マレインイミド(NPM)や4−(1−ピレン)酪酸N−ヒドロキシスクシンイミジルエステル(PSE)などが挙げられ、さらに特開平8−198873に記載の試薬なども利用することができる。
【化4】

【0018】
(標識化反応)
蛍光標識用試薬の添加量は、使用したグルタチオン(GSH)1モルに対して0.2〜2.5モル、とりわけ0.3〜0.6モル程度が好ましい。また、本工程の標識化反応は、室温で好適に実施できる。反応時間は通常5〜30分程度が好ましい。
本標識化反応により、蛍光標識用試薬がファイトケラチンのスルフヒドリル基(−SH)と反応して標識化される。
【0019】
第(3)工程について
【0020】
第(3)工程は、蛍光標識化されたファイトケラチン(PC)に蛍光を発生させ、その蛍光強度を測定もしくは観察する工程である。
蛍光標識化されたファイトケラチン(PC)は、該分子上に複数の蛍光標識化試薬(たとえばピレン化合物)が結合しているので、一方(ピレン化合物)が光を吸収して励起状態となると、他方の基底状態の試薬(ピレン化合物)と会合して励起会合体(エキシマー)を形成する。したがって、このエキシマーからの発光(エキシマー発光)を測定もしくは観察することにより、試料中に存在していた重金属を検出あるいは定量することができる。
すなわち、試料中にカドミウムなどの重金属が存在すると、ファイトケラチン合成酵素が活性化されてファイトケラチンの生成が促進され、蛍光標識化されたファイトケラチン(PC)の蛍光強度(エキシマー発光の強度)も強くなる。したがって、この蛍光強度を測定もしくは観察することにより試料中の重金属(カドミウムなど)の存在が確認でき、また検量線を用いて定量することも可能となるのである。
蛍光強度を測定するための装置は、特に制限されず、標識部位を励起させるための励起光源、励起偏光および蛍光偏光を得るための偏光素子、光電管や光電子倍増管などの蛍光量を電気量に変換する検出器および検出器で変換された電気量を読み取るメーターまたは記録計などを備えたものであればよい。なお、発生した蛍光を目視で判定し、重金属の有無を判定することもでき、このような場合は、上記の装置は必ずしも必要でなく、励起光源を備えた簡略な装置でよい。
【0021】
(第二態様の測定方法)
【0022】
本発明の第2の態様は、試料中の重金属を測定する方法であって、以下の工程:
(1)重金属を含有する可能性のある試料と蛍光標識化されたグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程;
(2)酵素反応液中に生成した蛍光標識されたファイトケラチンの蛍光強度を測定する工程;
を包含することを特徴とする重金属の測定方法である。
【0023】
(蛍光標識化したグルタチオン)
本態様は、基質として、あらかじめ蛍光標識化されたグルタチオンを使用する方法である。この方法で使用される“蛍光標識化されたグルタチオン”は、グルタチオンを前記した蛍光標識化試薬で標識したものが挙げられる。
具体的には、N−(1−ピレニル)マレインアミド(NPM)で標識化されたグルタチオン;すなわち式:
【化5】

で示される化合物が挙げられる。この標識化グルタチオンはグルタチオンとNPMとを適当な溶媒(例えば、アセトニトリル)中、室温で反応させることにより容易に製造することができる。
第(1)工程の酵素反応は、基質として、第1態様のグルタチオンに代えて、“蛍光標識化されたグルタチオン”を用いる以外は、第1態様の酵素反応と同様に実施できる。
第(2)工程は、第1態様の第(3)工程と実質的に同様にして実施できる。
【0024】
(測定用キット)
本発明の第3の態様は、基質としてグルタチオン、酵素としてファイトケラチン合成酵素、および蛍光標識化試薬を含む重金属測定用キットであり、第4の態様は基質として蛍光標識化試薬で標識化されたグルタチオン、および酵素としてファイトケラチン合成酵素を含む重金属検定用キットである。
【実施例】
【0025】
以下、実施例および実験例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0026】
(実施例1)
1)AtPCS1発現プラスミドの構築
PC合成酵素遺伝子(AtPCS1)をコードするDNA断片を含むシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来cDNAファージライブラリー(Arabidopsis Biological Resource Center, Columbus, OH, USA)を鋳型とし、PCR法を用いてAtPCS1を含むcDNAを取得した。ポリメラーゼにはKOD Dash(TOYOBO)を用い、添付文書に従い反応液を作製した。PCRに用いたプライマーは、表1に示したものを用いた。
【表1】

上記表中、AtF1のDNA配列は配列番号5、AtR1のDNA配列は配列番号6である。
【0027】
反応はi−Cycler(BIO-RAD)を使用し、94℃で5分間加熱した後、94℃で1分間、49℃で30秒間、72℃で2分間のサイクルを30回行い、最後に72℃で5分間の伸長反応を行った。PCR産物は1.2%アガロースゲル電気泳動に供した。泳動はMupid(ADVANCE Co.,Ltd.)を用いて行い、50Vで5分間流した後、100Vに切り替えた。電気泳動した後、15分間臭化エチジウムに曝してDNAの染色を行い、ゲル解析装置(TOYOBO FAS−III)を用いてDNAの検出を行った。ゲルから目的のcDNA断片の回収には、DNA and Gel Band Purification kit(amarsham biosciences)を用いて行い、操作は添付文書に従った。精製したAtPCS1を含むcDNAは、T−AクローニングによりpGEM-T Easy(Promega)に挿入した。T−AクローニングはpGEM-T Easy Vector System(Promega)の添付文書に従って操作した。これを大腸菌JM109(TOYOBO)にトランスフォーメーションした後、得られたコロニーをLB寒天培地で培養し、インサートチェックを行った。その後、AtPCS1を含むcDNAを組み込んでいると確認された大腸菌をLB培地で培養し、QIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN)を用いてプラスミド抽出を行った。操作については添付文書に従った。プラスミド抽出を行った後、シーケンサー(ABI 310 Genetic Analyzer)により配列を確認した。シーケンスサンプルはPCRチューブに10μMプライマーを0.5μl 、プラスミドDNAを250−500ng、Big Dye v.3.1を4μl加え、滅菌水で10μlにした。反応はi-Cycler(BIO-RAD)を使用し、96℃で5分間加熱した後、96℃で30秒間、49℃で15秒間、60℃で4分間のサイクルを25回行った。PCR産物は、3M酢酸ナトリウムを2μl加えて撹拌しスピンダウン後、100%エタノールを30μl加えて撹拌した。氷上に30分間放置し、15,000rpm、20分間、室温で遠心、上清を捨てた。その後70%エタノールを100μl加えて、15,000rpm、10分間、室温で遠心し、ドライアップした。Template Suppression Reagent(ABI)を14μl加え、煮沸を2分間した後、すばやく急冷した。これをスピンダウンして、シークエンス用のチューブに移した。シーケンスによって確認されたプラスミドは、制限酵素NcoI (TOYOBO)およびBamHI (TOYOBO)を用い添付文書に従った反応系で、37℃、3時間処理した後、添付文書に従い、ベクターpET8c(Novagen)に組み込んだ。
【0028】
2)AtPCS1 K75T発現プラスミド構築
AtPCS1 K75T発現プラスミド(pET8c−AtPCS1 K75T)は、上記したpET8c−AtPCS1からSite-directed-mutagenesis Kit(Novagen)を用いて構築した。プライマーは下記表2のものを用いた(太字が置換部位)。F側プライマーは配列番号7、R側プライマーは配列番号8である。
【表2】

【0029】
3)AtPCS1およびAtPCS1 K75Tの精製
pET8c(Novagen)に組み込んだAtPCS1発現プラスミド(pET8c−AtPCS1)またはAtPCS1 K75T発現プラスミド(pET8c−AtPCS1 K75T)を、大腸菌BL21(DE3)(Novagen)にトランスフォーメーションし、得られたコロニーを5mlの30μg/mlのカルベニシリンを含むLB培地に植え込み、一晩前培養した。翌日125mLの30μg/mlのカルベニシリンを含むLB培地に1mL植菌し、WATER BATH SHAKER PERSONAL-11(TAITEC)を用い29℃で振盪を行い、OD600で1.0付近になるまで(約3時間)培養した。その後、1M IPTGを125μL加え(終濃度1mM)、再びWATER BATH SHAKER PERSONAL-11(TAITEC)を用い29℃で振盪を行い3時間培養した。細胞を遠心により集菌(3,000rpm、10分間、4℃)し、上清を除いた後、100mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM β−ME(β−メルカプトエタノール)、1mM EDTAを17.5ml加えてよく懸濁させ、ソニケーターで細胞破砕した(output:4.0、duty cycle:50で1分間ソニケーション、1分間冷却の繰り返し)。氷にエタノールを少し混ぜ、水をたし、ファルコンチューブを浸した状態で、液が透明になってくるまで行った。破砕した細胞を遠心により可溶性画分と不溶性画分に分離させ(15,000rpm、15分間、4℃)、可溶性画分を回収した。それを0.45μmフィルター(KURABO)で濾過した後、透析膜(Viskase)に封入し、1Lの20mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM β−ME、1mM EDTA中で一晩透析した。透析後、サンプルをDEAE-Toyopearl column(5cm×15cm; Tosh)にアプライし、20mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM β−ME、1mM EDTAで平衡化した後、150mM NaCl、20mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM β−MEで溶出した。そのサンプルを0.45μmフィルター(KURABO)で濾過した後、透析膜(Viskase)に封入し、1Lの20mMリン酸緩衝液(pH 6.0)、10mM β−ME中で一晩透析した。サンプルを、4℃下においてAKTAPrime system(GEヘルスケア バイオサイエンス)に装着したHiTrap SP column(Pharmacia Biotech)にアプライし、20mMリン酸緩衝液(pH6.0)、10mM β−MEで平衡化した。その後サンプルを0−1M NaCl in 20mMリン酸緩衝液(pH6.0)、10mM β−MEで溶出させた。得られたサンプルを0.45μmフィルター(KURABO)で濾過した後、透析膜(Viskase)に封入し、1Lの20mM Tris−HCl(pH8.0)、1mM β−ME中で一晩透析した。その後、ブラッドフォード(Bradford)の方法に従い濃度を測定した。
上記のようにして、ファイトケラチン合成酵素であるAtPCS1およびAtPCS1 K75Tを得た。
【0030】
4)ファイトケラチン合成酵素を用いた重金属センサー
(A)AtPCS1を用いた重金属センサー
200mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM β−ME、10mMグルタチオン(GSH)、0.5μg/125μl AtPCS1および様々な濃度(0、0.1、0.5、1.0、5.0、10、100μM)のカドミウム(塩化カドミウムとして)を添加した後、35℃で60分間、酵素反応を行った。その後、75μMのNPM(アセトニトリルに溶解)、100mM Tris−HCl(pH8.0)と混合し、30℃、5分間の反応を行った。その後、反応液を100mM Tris−HCl(pH8.0)により10倍希釈した後、蛍光分光光度計(Hitachi F-2500)を用いて蛍光スペクトルの観察(Exitation=345nm, Emission=470nm)およびゲル解析装置の302nm照射下で撮影を行った。撮影にはUVブロックカバーをゲル解析装置に設置し、暗条件下でデジタルカメラを用い行った。コントロールとして、PCの代わりに蒸留水を用いたもので同様の実験を行った。
【0031】
結果は、図1の通りである。図1からカドミウム(Cd)の添加濃度が上昇するにつれて蛍光濃度が上昇することが分かる。また、図1には目視による結果(写真)は示していないが、カドミウムの添加濃度が増えるにつれて強い蛍光が観測された。これらのことから、本発明方法により、カドミウムを検出、定量できることが確認できた。
【0032】
(B)AtPCS1 K75Tを用いた重金属センサー
ファイトケラチン合成酵素としてAtPCS1に代えてAtPCS1 K75Tを用いる以外は、前記(A)と同様にして酵素反応および標識化反応後、蛍光強度を測定することにより、カドミウムを検出、定量することができる。
【0033】
(実施例2)
PC合成酵素としてシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来のAtPCS1および分裂酵母由来のPC合成酵素SpPCSを用いた。酵素反応は、200mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM β−ME、10mM グルタチオン(GSH)および酵素(酵素量:5.0μg/375μl)の混合液に、重金属を所定の濃度となるように塩化物の形で添加し、35℃、20分間の酵素反応を行った。その後、75μMのNPM(アセトニトリルに溶解)、100mM Tris−HCl(pH8.0)と混合し、30℃、5分間の反応を行った。反応終了後、反応液を実施例1−4)と同様に処理して蛍光強度を測定し、カドミウム(Cd)の濃度が50μMのときの活性を100%とし、相対的な活性で示した。
結果は図2(PC合成酵素としてAtPCS1を用いた時)および図3(SpPCSを用いた時)の通りである。これらの結果から、AtPCS1においてはカドミウム(Cd)特異的、SpPCSにおいては銅(Cu)特異的に反応が進行したことが分かった。
【0034】
(実施例3)
PC合成酵素としてシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来のAtPCS1を用いた。PC合成反応は、200mM Tris−HCl(pH8.0)、10 mM β−ME、10mM GSH、酵素量は5.0μg/375μl、反応温度は35℃、反応時間は0、10、20、30、60、150、240分間のそれぞれで行った。その後、75μMのNPM(アセトニトリルに溶解)、100mM Tris−HCl(pH8.0)と混合し、30℃、5分間の反応を行った。反応終了後、反応液を実施例1と同様に処理して蛍光強度を測定した。
結果は図4の通りであり、60分で蛍光強度はほぼ最大値に達することが確認された。
【0035】
(実験例1)
200mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM β−ME、10mM グルタチオン(GSH)、500μMのカドミウム(塩化カドミウムとして)に0.5μg/125μlのAtPCS1 K75TまたはAtPCS1を添加した後、35℃で20分間反応を行った。その後、3.6M HClを125μl加え15000rpmで10分間遠心分離し、上清をHPLC分析に供し、PCの生成量を測定した。
その結果、PC合成酵素としてAtPCS1を用いた時のPC生成量は、8.88nmolであり、AtPCS1 K75Tを用いた時のPC生成量は、37.85nmolであった。すなわち、上記条件下におけるAtPCS1 K75Tの酵素活性(PC生成能)は、AtPCS1のそれに比べて4.26倍高いことが確認できた。
【0036】
(実験例2)
ファイトケラチン(PC)を終濃度0.1、1.0、10、100μMに設定し、75μMのN−(1−ピレニル)マレインイミド(NPM)(アセトニトリルに溶解)、100mM Tris−HCl(pH 8.0)と混合し、30℃、5分間の反応を行った。反応終了後、反応液を100mM Tris−HCl(pH8.0)により10倍希釈した後、蛍光分光光度計(Hitachi F-2500)を用いて蛍光強度(Exitation=345nm, Emission=470nm)を測定した。
結果は図5に示す通りであり、PC濃度依存的に蛍光強度の増大が確認され、0−100μMの間で定量的にPCを測定することが可能であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明方法によれば、飲食品や環境中の重金属の測定(検出および定量)を簡便にかつ迅速に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】ファイトケラチン合成酵素としてAtPCS1を用いたときの、試料中のカドミウム濃度と蛍光強度の関係を示す図である。
【図2】ファイトケラチン合成酵素としてAtPCS1を用いたときの、試料中の各種重金属の濃度と蛍光強度の関係を示す図である。
【図3】ファイトケラチン合成酵素としてSpPCSを用いたときの、試料中の各種重金属の濃度と蛍光強度の関係を示す図である。
【図4】ファイトケラチン合成酵素としてAtPCS1を用いたときの、酵素反応時間と蛍光強度の関係を示す図である。
【図5】ファイトケラチンの濃度と蛍光強度の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の重金属を測定する方法であって、以下の工程:
(1)重金属を含有する可能性のある試料とグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程;
(2)酵素反応液に蛍光標識化試薬を添加して前記酵素反応により生成したファイトケラチンを標識する工程;
(3)標識化されたファイトケラチンの蛍光強度を測定もしくは観察する工程;
を包含することを特徴とする重金属の測定方法。
【請求項2】
試料中の重金属を測定する方法であって、以下の工程:
(1)重金属を含有する可能性のある試料と蛍光標識化されたグルタチオンとの混合物にファイトケラチン合成酵素を作用させて酵素反応を行う工程;
(2)酵素反応液中に生成した蛍光標識されたファイトケラチンの蛍光強度を測定もしくは観察する工程;
を包含することを特徴とする重金属の測定方法。
【請求項3】
ファイトケラチン合成酵素が、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来のファイトケラチン合成酵素である請求項1または2記載の測定方法。
【請求項4】
ファイトケラチン合成酵素が
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつグルタチオンからファイトケラチンを合成する能力を有するタンパク質;
である請求項1または2記載の測定方法。
【請求項5】
ファイトケラチン合成酵素が配列番号4に示されるアミノ酸配列を有する蛋白質である請求項1または2記載の測定方法。
【請求項6】
重金属がカドミウムである請求項1〜5のいずれかに記載の測定方法。
【請求項7】
蛍光標識化試薬がN−(1−ピレニル)マレインアミドである請求項1記載の測定方法。
【請求項8】
蛍光標識化されたグルタチオンが、N−(1−ピレニル)マレインアミドで標識化されたグルタチオンである請求項2記載の測定方法。
【請求項9】
基質としてグルタチオン、酵素としてファイトケラチン合成酵素、および蛍光標識試薬を含む重金属測定用キット。
【請求項10】
基質として蛍光標識試薬で標識化されたグルタチオン、および酵素としてファイトケラチン合成酵素を含む重金属検定用キット。
【請求項11】
蛍光標識試薬がN−(1−ピレニル)マレインアミドである請求項8または9記載の重金属測定用キット。
【請求項12】
ファイトケラチン合成酵素が、配列番号4に示されるアミノ酸配列を有する蛋白質である請求項9〜11のいずれかに記載の重金属測定用キット。
【請求項13】
配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するファイトケラチン合成酵素。
【請求項14】
配列番号4で示されるファイトケラチン合成酵素のアミノ酸配列をコードする、精製および単離されたポリヌクレオチド。
【請求項15】
配列番号3で示されるポリヌクレオチド。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−34041(P2009−34041A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−201092(P2007−201092)
【出願日】平成19年8月1日(2007.8.1)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】