説明

重金属類を含有する汚染水の処理剤および処理方法

【課題】安価な鉄を主たる構成素材とし、汚染水からヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類を除去する性能が高い鉄粉処理剤、およびこうした処理剤を用いた有用な処理方法を提供する。
【解決手段】本発明の処理剤は、ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類の少なくとも1種を含有する汚染水から前記重金属類を除去するための処理剤であって、リンを0.6〜5質量%の量で含有する鉄粉である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロム(特に六価クロム)等の重金属類に汚染された地下水や河川水、湖沼水、各種工業排水などから重金属類を効率よく除去する方法と、これに用いる処理剤に関するものである。尚、本発明において「重金属類」とは、水に溶解した状態の金属イオンおよび化合物イオン(特に酸化物イオン)を意味する。
【背景技術】
【0002】
ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロム等の重金属類は、人体に対して有害であり健康障害をもたらすことから、これらの重金属類による環境汚染が問題となっている。重金属類は、地下水、河川水、湖沼水、各種工業排水などに含まれており、環境基準、排水基準等によって水質基準が定められているが、水中の重金属類がこの水質基準を超える場合には、水中からこれらの重金属を除去する必要がある。
【0003】
これらの重金属類で汚染された水(以下、「汚染水」と呼ぶことがある)の浄化処理としては、一般に、鉄塩やアルミニウム塩等の無機質凝集剤を用いた沈殿処理法が行われている。この沈殿処理法では、汚染水に無機質凝集剤を添加した後、pH調整して金属水酸化物の凝集フロックを沈殿させる際に、該フロックに重金属を取り込んで共殿させて分離する方法が採用される。また凝集剤として、高分子凝集剤を併用する場合もある。
【0004】
しかしながら、このような沈殿処理法によって汚染水中の重金属類濃度を充分に低くするためには、多量の凝集剤を必要とする。また、沈殿処理で生成する重金属類含有スラッジは嵩高いアモルファス状であるために沈降させるのに大掛かりな設備と長時間を要する他、多量に生成するスラッジの処理が煩雑で手数を要するという問題がある。
【0005】
そこで凝集剤ではなく、吸着剤を用いて重金属類を吸着除去する方法が提案されている。この吸着法は、重金属類を含む汚染水を吸着剤に接触させて吸着除去する方法であり、用いる吸着剤としては活性炭、活性アルミナ、ゼオライト、チタン酸、ジルコニウム水和物等が使用される。
【0006】
こうした吸着剤を使用する方法は、吸着剤を選択することによって優れた除去効率を達成できるが、そのような吸着剤は概して高価であるため処理コストが高くなるという欠点がある。吸着剤として鉄粉を使用する方法もあるが、通常の鉄粉は除去性能が不十分であり、満足のいく除去効果は得られない。従って、吸着剤を使用するにしても、極力安価な素材で重金属を効率良く除去することのできる技術の開発が望まれる。
【0007】
汚染物質を効果的に除去する技術も、これまで様々提案されており、例えば特許文献1には、共沈法によって生成する金属水酸化物とヒ素からなる凝集フロックを限外濾過膜や精密濾過膜で分離する方法が開示されている。しかしながら、この方法では、スラッジの処理に難渋する点では上記凝集沈殿法と本質的に変わりがないものである。
【0008】
また、特許文献2には、適量のリン(P)、硫黄(S)またはホウ素(B)等を含む有害除去処理用の鉄粉が提案されている。この技術では、鉄粉中に適量のP,SまたはBを含有させると、汚染水への鉄の溶出速度は高められ、汚染水中のリン化合物や有機塩素化合物等の有害物質を効率良く除去できることが示されている。しかしながら、この技術では、ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロム等の重金属類の除去については考慮されておらず、また本発明者等が確認したところによると、重金属類の除去効果については十分なものとは言えないものであった。
【0009】
一方、特許文献3には、汚染物質として有機ハロゲン化合物や重金属類等を含む汚染水(被処理水)の浄化を行うために、硫黄(S)を含む還元性の海綿鉄を使用し、有機ハロゲン化合物を還元して脱ハロゲン化し、或は重金属類を還元して不溶化する技術も提案されている。この技術では、汚染物質の処理素材として比較的嵩密度の高い海綿を使用することから、生成する汚染物質含有スラッジも相対的に高密度で分離も容易であり、しかも海綿鉄は上記の各種吸着剤に比べると比較的廉価であることから、工業的に有効な方法と考えられる。しかしながら、海綿鉄は、水アトマイズ法によって得られる通常の鉄粉に比べると高価であるため、工業的規模での汎用性の観点からして更なる改善の余地が残されている。
【特許文献1】特開平8−206663号公報
【特許文献2】特開2000−80401号公報
【特許文献3】特開2004−331996号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は前記のような事情に着目してなされたものであって、その目的は、安価な鉄を主たる構成素材とし、汚染水からヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類を除去する性能が高い鉄粉処理剤、およびこうした処理剤を用いた有用な処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成し得た本発明の処理剤とは、ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類の少なくとも1種を含有する汚染水から前記重金属類を除去するための処理剤であって、リンを0.6〜5質量%の量で含有する鉄粉である点に要旨を有するものである。本発明の処理剤としては、水アトマイズ法によって製造された鉄粉であることが好ましい。
【0012】
上記のような処理剤を用い、ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類の少なくとも1種を含む汚染水と、前記処理剤とを接触させることによって汚染水中の重金属類が効果的に除去できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、適量のリン(P)を含有する鉄粉の重金属吸着能を利用することによって、汚染水中のヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類を効率よく除去することができることになる。特に、こうした鉄粉では、重金属吸着後の処理剤の密度も相対的に高くなるので、重金属吸着物の回収やその後の分離等の処理作業も簡便に行える等、実操業上多くの利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の処理剤は、鉄粉に0.6〜5質量%のリン(P)を含有させるところに要旨がある。本発明者らが、リン(P)含有量の高い鉄粉は赤錆を生じやすいという事実に着目し、リン(P)含有量の高い水アトマイズ鉄粉を、上記重金属類の処理剤として適用することを試みた。その結果、所定量のリン(P)を含有する水アトマイズ鉄粉を処理剤として使用すれば、汚染水からセレン等の重金属類を除去する性能が向上することを見出し、本発明を完成した。
【0015】
Pを含有する鉄粉を使用することによって、重金属類の除去性能が向上する理由としては、鉄粉中に含まれるリン(P)の作用で鉄粉表面の酸化が加速され(鉄のアノード反応:Fe→Fe2++2e-)、該鉄粉表面で効率良く生成する鉄イオン、急速に成長する鉄の酸化物や水酸化物によって、汚染中に金属イオンや化合物イオンの形態で存在する重金属類の鉄粉への吸着が促進され、それに伴って重金属類の除去が効率良く進行するものと考えられる。
【0016】
鉄粉に含まれるリン(P)によって、鉄粉が徐々にイオン化されること、および酸化鉄や水酸化鉄に変化していくメカニズムについては、その全てを解明し得た訳ではないが、おそらく、リン(P)が存在することによって、電位差による局部電池作用が促進され、その結果として鉄の酸化が促進されるものと考えることができた。
【0017】
以下では、各重金属類が鉄粉へ吸着される推定メカニズムについて、具体例を挙げて、より詳しく説明する。まずヒ素やセレンは、ヒ酸イオン(AsO43-)やセレン酸イオン(SeO42-)の形態で溶解している。このヒ酸イオンやセレン酸イオンを除去するためには、これらのイオンと鉄イオンを反応させて化合物を生成させれば良い。そして本発明の処理剤では、鉄粉中にリン(P)が存在するので、鉄イオンを水中に効率良く放出することができる。その結果、不溶性のヒ酸鉄やセレン酸鉄(ヒ酸やセレン酸と鉄との化合物)を鉄粉表面に析出させて(即ち、重金属を鉄粉に吸着させて)、水中からヒ酸イオンやセレン酸イオンを効率良く除去することができる。
【0018】
カドミウムおよび鉛は、夫々カドミウムイオン(Cd2+)および鉛イオン(Pb2+)の形態で水中に溶解している。本発明の処理剤では、リン(P)によって鉄のアノード反応が促進されているので、カドミウムイオンや鉛イオンが、夫々金属カドミウムや金属鉛に効率良く還元され、鉄粉表面に析出する(即ち、重金属が鉄粉に吸着する)。その結果、カドミウムイオンや鉛イオンを、水中から効率良く除去することができる。
【0019】
クロムは、クロムイオン(Cr3+、Cr6+)の形態で水中に溶解している。本発明の処理剤では、鉄のアノード反応によって水に電子を供給し、水酸化物イオンを効率良く生成させる。これらクロムイオンと水酸化物イオンとが反応して、不溶性の水酸化クロムが鉄粉表面に析出する(即ち、重金属が鉄粉に吸着する)。その結果、クロムイオンが水中から効率良く除去することができる。
【0020】
鉄粉中のリン(P)含有量が多いほど、鉄粉の重金属類の除去性能が向上する。しかしP含有量が過度に多くなると、鉄粉本来の重金属吸着活性を阻害することになりかねず、またアトマイズ法などによって鉄粉を製造する際に多量のタール状物質が生成して、溶鉄流出ノズルが閉塞され、鉄粉の生産性が著しく害される。こうしたことから、鉄粉中のP含有量は、0.6質量%以上(好ましくは0.8質量%以上)、5質量%以下(好ましくは3質量%以下)と定めた。
【0021】
本発明の鉄粉は、所定量のPを含有するものであれば、その種類に特に限定は無く、工業的に入手可能なあらゆる鉄粉を用いることができるが、P含有量を調整しやすいとの観点からすればアトマイズ鉄粉が好ましい。
【0022】
本発明で用いる鉄粉は、小さいほど表面積が増大し、重金属類の除去性能が増大する。しかし鉄粉が小さすぎると、汚染水と一緒に鉄粉が流出する、汚染水が鉄粉の間隙を通らない、および貯蔵および輸送中に発熱する等の問題が生ずる。一方、鉄粉は大きいほど取扱い性は向上するが、重金属類の除去速度が低下する。そこで鉄粉の平均粒径は、好ましくは1μm以上(より好ましくは10μm以上)、好ましくは3.0mm以下(より好ましくは1.0mm以下)である。
【0023】
本発明は、ヒ素、セレン、カドミウム、鉛またはクロム等の重金属類を含有する汚染水と、本発明の処理剤(所定量のPを含有する鉄粉)とを接触させることによって、汚染水から重金属類を除去する方法も提供する。本発明において、汚染水と本発明の処理剤(鉄粉)とを接触させる方法には特に限定は無く、例えば(1)処理剤を適当な容器に充填し、これに汚染水を通過させて接触させる方法、(2)処理剤を汚染水に添加した後、撹拌・分散させて重金属類を捕捉する方法、(3)汚染水の流れの中で処理剤を浮遊流動させながら接触させて吸着させる方法、等が挙げられる。
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0025】
〈処理剤〉
鉄粉として、水アトマイズ法で製造した種々のP含有量の鉄粉(平均粒径:65μm)を使用した。尚、各鉄粉のP含有量は表1に記載する。
【0026】
〈汚染水の調製に使用した化合物等〉
ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類を含有する汚染水を調製するために、和光純薬製のKH2AsO4、関東化学製のSeO2、原子吸光分析用Cd標準液(Cd2+を含む水溶液)、および和光純薬製のPbO、並びに原子吸光分析用Cr標準液(Cr6+を含む水溶液)を用いた。
【0027】
〈試験方法〉
表1に示す重金属元素の濃度となるように、蒸留水に前記化合物等を溶解させ、各種汚染水を調整した。これら汚染水50mLを、0.5gの鉄粉を入れた容量125mLのバイアル瓶に注ぎ、バイアル瓶を密閉した。そして鉄粉が適度に流動するように、25℃で撹拌を続けた。24時間経過後に、ろ紙(No.5C)を用いるろ過によって汚染水から鉄粉を除去し、濾液中の重金属元素の濃度を定量分析した。結果を表1に併記する。
【0028】
【表1】

【0029】
表1の結果から明らかなように、P含有量が0.6質量%以上である鉄粉では、処理後のヒ素、セレン等の濃度が充分に低くなっており、重金属類の除去性能が向上していることが分かる。同様にカドミウム、鉛またはクロムの重金属類を含有する汚染水の処理でも、所定量のPを含有する鉄粉(P含有量:1.0質量%)の方が、Pを含有していないものと比べて、処理後の重金属元素の濃度が低くなっており、Pを所定量で含有させることによって鉄粉の除去性能が向上することが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類の少なくとも1種を含有する汚染水から前記重金属類を除去するための処理剤であって、リンを0.6〜5質量%の量で含有する鉄粉であることを特徴とする処理剤。
【請求項2】
水アトマイズ法によって製造された鉄粉である請求項1に記載の処理剤。
【請求項3】
ヒ素、セレン、カドミウム、鉛およびクロムの重金属類の少なくとも1種を含む汚染水と、請求項1または2に記載の処理剤とを接触させることを特徴とする汚染水の処理方法。

【公開番号】特開2009−102708(P2009−102708A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−276587(P2007−276587)
【出願日】平成19年10月24日(2007.10.24)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】