説明

量子ドット型赤外線検知素子及び量子ドット型赤外線撮像装置

【課題】 量子ドット型赤外線検知素子及び量子ドット型赤外線撮像装置に関し、量子ドット層の層数が制限される制約のなかで光電流を増加させる。
【解決手段】 複数の量子ドットからなる量子ドット層と前記量子ドット層を挟み込むとともに前記量子ドットよりバンドギャップが広い中間層からなる積層構造を複数積層した量子ドット積層構造と上下の電極形成層との間にスペーサ層を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は量子ドット構造を赤外線検出部とする量子ドット型赤外線検知素子及び量子ドット型赤外線撮像装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、10μm帯の赤外線を検知する赤外線検知素子として量子構造を利用した赤外線検知素子が用いられている。その中でも垂直に入射した赤外線の検知が可能な量子ドット型赤外線検知素子(Quantum Dot Infrared Photodetector;QDIP)が注目を集めている。
【0003】
このQDIPでは、AlGaAs層からなる中間層に挟み込まれたInAs量子ドット内の伝導帯側の量子準位に位置する電子が外部から入射してきた赤外線により励起され、この電子により誘発される光電流を捕らえることで赤外線を検知している。
【0004】
量子ドットは、例えば、分子線エピタキシャル装置のなかでGaAs基板上に形成されるため、成長方向に対して垂直な面内に量子ドット層として形成される。通常、これを複数積層した量子ドット積層構造を2つのn型GaAs電極層で挟み込み、赤外線により励起された電子が量子ドット積層構造より離れて電極層に到達することで、光電流を誘発する。
【0005】
図8は、従来のQDIPの概念的断面図であり、例えば、InAsからなる複数の量子ドット52で構成される量子ドット層を、量子ドット層よりもバンドギャップの大きいAlGaAsからなる中間層53中に埋め込んだ量子ドット積層構造51と、量子ドット積層構造51の上下に形成されたn型GaAsからなる電極形成層54,55によって構成される。
【0006】
また、各電極形成層54,55には、それぞれ電極が形成され、赤外線を検知する際には、電極形成層54,55を介して電源により量子ドット積層構造51に電圧を印加する。
【0007】
図9は、赤外線検知原理の説明図であり、図9(a)は赤外線の入射のない場合の暗電流を示し、図9(b)は、赤外線が入射した場合の光電流を示している。まず、図9(a)に示すように、量子ドット52の伝導帯側量子準位56には電極形成層54,55などから電子57が供給される。その結果、量子ドット積層構造51では平均空間電荷が負となり、伝導帯形状が上に凸状となる。
【0008】
量子ドット積層構造51の伝導帯下端の最高点が陰極側の電極形成層54に位置する電子58にとって障壁となるが、この障壁より高いエネルギーをもつ電子59は障壁を通過してもう一方の陽極側の電極形成層55に到達し、電極形成層間を流れる暗電流となる。
【0009】
図9(b)に示すように、ここに赤外線60が入射し、励起された電子57が量子ドット積層構造51から離れて電極形成層55に到達すると、量子ドット積層構造51では平均空間電荷が電子1個分正に傾く。
【0010】
その結果、伝導帯形状は上に凸状となる度合いが小さくなることから障壁は低くなり、これを通過することのできる電子59,61が増えるために電流が増加し、この増加電流分が光電流として誘発されることとなる。
【0011】
QDIPをはじめとする赤外線検知素子の性能は概ね光電流で決まるため、光電流を増加させることが高性能な赤外線検知素子を実現するために重要となる。そこで、光電流を増加させる手法として、量子ドット層の層数を増やす手法がよく用いられる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2008−198677公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、量子ドットは基板に対して格子整合しない材料を用いて形成されることから、層数を増やすに従い歪の蓄積が起こる。歪の蓄積は量子ドットの不所望な形成や転位欠陥の発生などを引き起こすため、光電流の増加が望めないばかりでなく暗電流の増加などによる性能劣化を招くという問題がある。このことから層数の上限がある程度制限される。
【0014】
したがって、本発明は、量子ドット層の層数が制限される制約のなかで光電流を増加させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
開示される一観点からは、複数の量子ドットからなる量子ドット層と前記量子ドット層を挟み込むとともに前記量子ドットよりバンドギャップが広い中間層からなる積層構造を複数積層した量子ドット積層構造と、前記量子ドット積層構造を挟み込む上下のスペーサ層と、前記上下のスペーサ層の外側に設ける上下の電極形成層とを有する量子ドット型赤外線検知素子が提供される。
【0016】
また、開示される別の観点からは、複数の量子ドットからなる量子ドット層と前記量子ドット層を挟み込むとともに前記量子ドットよりバンドギャップが広い中間層からなる積層構造を複数積層した量子ドット積層構造と、前記量子ドット積層構造を挟み込む上下のスペーサ層と、前記上下のスペーサ層の外側に設ける上下の電極形成層とを有する量子ドット型赤外線検知素子をマトリクス状に形成するとともに、前記各量子ドット型赤外線検知素子の陽極側の電極形成層に突起状電極を設けた量子ドット型赤外線検知器と、前記各突起状電極に対応する位置に接続パッドを有するとともに、信号処理回路を備えた半導体集積回路装置とを有する量子ドット型赤外線撮像装置が提供される。
【発明の効果】
【0017】
開示の量子ドット型赤外線検知素子及び量子ドット型赤外線撮像装置によれば、量子ドット積層構造の両側にスペーサ層を設け、量子ドット積層構造による電子に対する障壁の高さを変動を大きくしている。その結果、量子ドット層の層数が同じでも赤外線で励起された電子による光電流に誘起されて電極形成層から流れ込む光電流を増加することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態のQDIPの概念的断面図である。
【図2】本発明の実施の形態における障壁変動の増加の説明図である。
【図3】光電流のスペーサ層の厚さ/量子ドット積層構造の厚さ依存性の説明図である。
【図4】本発明の実施例1の量子ドット型赤外線検知素子の途中までの製造工程の説明図である。
【図5】本発明の実施例1の量子ドット型赤外線検知素子の図4以降の途中までの製造工程の説明図である。
【図6】本発明の実施例1の量子ドット型赤外線検知素子の図5以降の製造工程の説明図である。
【図7】本発明の実施例2の量子ドット型赤外線撮像装置の概念的斜視図である。
【図8】従来のQDIPの概念的断面図である。
【図9】赤外線検知原理の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
ここで、図1乃至図3を参照して、本発明の実施の形態のQDIPを説明する。図1は、本発明の実施の形態のQDIPの概念的断面図である。QDIPは、複数の量子ドット2からなる量子ドット層と、量子ドット層を挟み込み中間層3とからなる量子ドット積層構造1と、量子ドット積層構造1の上下に形成されたスペーサ層4,5と、スペーサ層4,5の上下に設けられた電極形成層6,7によって構成される。
【0020】
量子ドット2は、例えば、In1−xGaAs(0≦x<1)からなり、また、中間層3は、量子ドット2を構成する半導体よりバンドギャップの広い厚さが30nm以上のAlGa1−yAs(0≦y≦1)からなる。また、スペーサ層4,5はAGa1−zAs(0≦z≦1)からなり、典型的にはz=yである。また、電極形成層6,7は、例えば、n型GaAs層からなり、各電極形成層6,7には、例えば、AuGe/Au積層構造の電極を設ける。
【0021】
図2は、本発明の実施の形態における障壁変動の増加の説明図である。図2(a)は、スペーサ層を設けない従来のQDIPにおける障壁変動の説明図であり、光励起された電子の抜け出しによる電位障壁の変動はΔE1である。
【0022】
一方、図2(b)に示すように、スペーサ層を設けた場合には、光励起された電子の抜け出しによる電位障壁の変動は、量子ドット積層構造1における変動ΔEの他に、スペーサ層4,5における変動ΔEも生起する。
【0023】
したがって、図2(c)に示すように、電極形成層6,7からみた電子の電位障壁の変動は、ΔE+ΔEとなり、スペーサ層4,5を設けない場合の変動ΔEより、ΔEだけ大きくなる。その結果、上述の図9(b)に示した光励起された電子の抜け出しによる光電流に引きずられて誘起される光電流が増加することになる。
【0024】
図3は、光電流のスペーサ層の厚さ/量子ドット積層構造の厚さ依存性の説明図であり、ここでは、中間層3をAl0.2Ga0.8Asで形成するとともに、スペーサ層4,5もAl0.2Ga0.8Asで形成している。
【0025】
図3において、(a)で示すスペーサ層4,5を設けない従来例に比べて、スペーサ層4,5を設けた(b)及び(c)の場合には、光電流が増加している。したがって、実験で確認した範囲では、スペーサ層4,5の厚さの量子ドット積層構造の厚さに対する比を0.5〜1.4にすれば、確実に光電流を増大させることが可能になる。
【0026】
一方、量子ドット積層構造の厚さに対するスペーサ層4,5の厚さの比を1.0とした上で中間層の厚さを20nmとした実験例では、(a)の従来例より光電流が低下する結果を得た。一般的な量子ドット成長において中間層の厚さが30nmを下回ると下層の量子ドット層の影響を受けて所望の量子ドットを成長することができなくなることから、この実験例ではこの影響により光電流が低下したものと考えられる。
【0027】
一方、中間層の厚さを30nm以上とした実験例ではこの影響がみられていないことから、スペーサ層の厚さの量子ドット積層構造の厚さに対する比に加えて、中間層の厚さとして30nm以上とすることが、本発明を有効なものとする。なお、上下両端の量子ドット層はスペーサ層と中間層で挟まれることになるが、本発明における「量子ドット積層構造」の厚さは、実効的に中間層の総和の厚さになる。
【実施例1】
【0028】
以上を前提として、次に、図4乃至図7を参照して、本発明の実施例1の量子ドット型赤外線検知素子を説明する。まず、図4(a)に示すように、例えば、分子線エピタキシャル法により、半絶縁性GaAs基板11上に、基板温度を例えば600℃として下部電極形成層となる厚さが、例えば、1μmのn型GaAs層12を成長させる。この場合のn型ドーパントとして例えばSiを用い、その濃度は例えば2×1018cm-3とする。
【0029】
引き続いて、図4(b)に示すように、n型GaAs層12上に厚さが、例えば、140nmで、Al組成比が0.2のi型Al0.2Ga0.8Asスペーサ層13を成長させる。
【0030】
次いで、基板温度を600℃から自己組織化形成の起こり得る温度、例えば、500℃に降温したのち、図4(c)に示すように、成長速度を例えば、0.2原子層/秒としてInAsを2.0原子層分供給することによってInAs量子ドット14を形成する。この時、InAsを供給する過程で、ある程度の量を供給することによりInAsに加わる圧縮歪が増し、InAsが3次元成長をしてInAs量子ドット14が自己組織化形成され、この複数のInAs量子ドット14の集合体が量子ドット層となる。
【0031】
次いで、図4(d)に示すように、例えば、Al組成比が0.2で厚さが30nmのi型Al0.2Ga0.8As中間層15を成長させる。
【0032】
次いで、図5(e)に示すように、InAs量子ドット14の形成工程及びi型Al0.2Ga0.8As中間層15の形成工程を交互に、例えば、8回繰り返す。その結果、9層の量子ドット層を有する量子ドット積層構造16が形成される。
【0033】
引き続いて、図5(f)に示すように、基板温度を500℃から600℃に昇温しながら、量子ドット積層構造16上に厚さが、例えば、140nmで、Al組成比が0.2のi型Al0.2Ga0.8Asスペーサ層17を成長させる。
【0034】
引き続いて、図6(g)に示すように、基板温度を600℃に保った状態で、上部電極形成層となる厚さが、例えば、1μmで、2×1018cm-3のSiドープのn型GaAs層18を形成する。
【0035】
次いで、図6(h)に示すように、標準的なリソグラフィー工程及びドライエッチング工程により、素子部を所定のサイズになるよう掘り下げ、下部電極形成層となるn型GaAs層12を露出させる。
【0036】
次いで、標準的な金属蒸着法により、n型GaAs層12の露出部及びn型GaAs層18の表面に、AuGe層及びAu層を順次蒸着してAuGe/Au構造の陰極19及び陽極20を形成することによって、量子ドット型赤外線検知素子の基本構造が完成する。
【0037】
この陰極19及び陽極20をCMOS回路などに接続し、n型GaAs層12とn型GaAs層18との間に電位差を与えてその間に流れる電流を検知器21で計測することで、赤外線入射に対する量子ドットの応答として流れる光電流を観測することができる。なお、図6(h)における電源22はCMOS回路などによる等価的な電源を示している。
【0038】
本発明の実施例1においては、厚さが30nmの中間層を有する量子ドット積層構造16の上下にi型Al0.2Ga0.8Asスペーサ層13,17を形成し、量子ドット積層構造16の厚さ(270nm)に対するi型Al0.2Ga0.8Asスペーサ層13,17の厚さの比を約0.5(140/270)にしているので、同じ量子ドット層の層数のQDIPに比較してより高い光電流を得ることができる。
【実施例2】
【0039】
次に、図7を参照して、本発明の実施例2の量子ドット型赤外線撮像装置を説明するが、基本的な製造工程は、上記の実施例1と全く同様であるので製造工程の図示は省略する。図7は、本発明の実施例2の量子ドット型赤外線撮像装置の概念的斜視図である。量子ドット型赤外線検知器31が、半絶縁性GaAs基板側がアップサイドになるようにして、バンプ33を介して信号処理回路を備えたSi集積回路装置32上にフリップチップボンディングされている。
【0040】
この場合の量子ドット型赤外線検知器31は、実施例1における図6(h)の工程において、二次元マトリクスアレイ状に素子を分離し、陰極側のn型GaAs層12に共通電極を形成するとともに、陽極側のn型GaAs層18に個別電極を設けたものである。
【0041】
また、バンプ33は陽極側のn型GaAs層18に設けた個別電極に接続するように設けられている。なお、この場合の画素数は任意であるが、例えば、数百×数百以上の画素数とする。
【0042】
このように、本発明の実施例2においては、量子ドット積層構造の上下にスペーサ層を形成しているので、高い光電流を得ることが可能になり、赤外線撮像装置の高感度化が可能になる。
【0043】
以上、本発明の各実施例を説明してきたが、本発明は、各実施例に示した条件に限られるものではない。例えば、成長方法として分子線エピタキシャル法を用いているが、分子線エピタキシャル法に限られるものではなく、例えば、MOCVD法(有機金属気相成長法)を用いても良い。
【0044】
また、上記の実施例においては、中間層とスペーサ層とを同じ組成比のAlGaAsで形成しているが、組成比は必ずしも同じである必要はなく、例えば、スペーサ層のAl組成比を中間層のAl組成比より低くしても良い。この場合、電極形成層に存在する電子から見たスペーサ層による電位障壁は低くなる。
【符号の説明】
【0045】
1 量子ドット積層構造
2 量子ドット
3 中間層
4,5 スペーサ層
6,7 電極形成層
11 半絶縁性GaAs基板
12 n型GaAs層
13 i型Al0.2Ga0.8Asスペーサ層
14 InAs量子ドット
15 i型Al0.2Ga0.8As中間層
16 量子ドット積層構造
17 i型Al0.2Ga0.8Asスペーサ層
18 n型GaAs層
19 陰極
20 陽極
21 検知器
22 電源
31 量子ドット型赤外線検知器
32 Si集積回路装置
33 バンプ
51 量子ドット積層構造
52 量子ドット
53 中間層
54,55 電極形成層
56 伝導帯側量子準位
57,58,59,61 電子
60 赤外線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の量子ドットからなる量子ドット層と前記量子ドット層を挟み込むとともに前記量子ドットよりバンドギャップが広い中間層からなる積層構造を複数積層した量子ドット積層構造と、前記量子ドット積層構造を挟み込む上下のスペーサ層と、前記上下のスペーサ層の外側に設ける上下の電極形成層とを有する量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項2】
前記スペーサ層が、前記中間層と同じ材料からなる層である請求項1に記載の量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項3】
前記上下の各スペーサ層の厚さの前記量子ドット積層構造の厚さに対する比が、0.5〜1.4であり、且つ、前記中間層の厚さが30nm以上である請求項1または請求項2に記載の量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項4】
前記量子ドットがIn1−xGaAs(0≦x<1)からなり、前記中間層がAlGa1−yAs(0≦y≦1)からなり、且つ、前記スペーサ層がAl1−zGa1−zAs(0≦z≦1)からなる請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項5】
複数の量子ドットからなる量子ドット層と前記量子ドット層を挟み込むとともに前記量子ドットよりバンドギャップが広い中間層からなる積層構造を複数積層した量子ドット積層構造と、前記量子ドット積層構造を挟み込む上下のスペーサ層と、前記上下のスペーサ層の外側に設ける上下の電極形成層とを有する量子ドット型赤外線検知素子をマトリクス状に形成するとともに、前記各量子ドット型赤外線検知素子の陽極側の電極形成層に突起状電極を設けた量子ドット型赤外線検知器と、前記各突起状電極に対応する位置に接続パッドを有するとともに、信号処理回路を備えた半導体集積回路装置とを有する量子ドット型赤外線撮像装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−19083(P2012−19083A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155819(P2010−155819)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、防衛省、「2波長赤外線センサ(その2)」試作研究請負契約、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(390014306)防衛省技術研究本部長 (169)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】