説明

量子ドット型赤外線検知素子

【課題】量子ドット層によって光電変換層が形成された量子ドット型赤外線検知素子の量子効率を大きくすること。
【解決手段】半導体基板と、同一平面上に形成された複数の量子ドットと前記量子ドットを覆う中間層を有する複数の量子ドット層が、前記半導体基板上に積層された複数の光電変換層と、前記半導体基板に整合した、p型半導体層とn型半導体層が積層された歪緩衝層を具備し、前記歪緩衝層を介して複数の前記光電変換層が積層されていること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子ドット層を光電変換層とする量子ドット型赤外線検知素子に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の量子ドット層が積層されて光電変換層が形成される量子ドット赤外線検知素子(Quantum Dot Infrared Photodetector; QDIP)は、基板に垂直入射する赤外線に対しても感度を有している。このため量子ドット赤外線検知素子(量子ドット型赤外線検知素子とも呼ばれる)、は、垂直入射光の検出が困難な量子井戸赤外線検出素子(Quantum Well Infrared Photodetector; QWIP)より優れた検出器になり得ると期待されている。また、量子ドット赤外線検知素子は、量子井戸赤外線検出素子より暗電流が小さくなるという点でも優れていいる(非特許文献1)。
【0003】
図1は、量子ドット赤外線検知素子2の一構成例を説明する要部断面図である。
【0004】
図1に示す量子ドット赤外線検知素子2は、n型GaAs製の第1の電極層4と、光電変換層6と、n型GaAs製の第2の電極層8と、金属製の反射金属層10を具備している。
【0005】
そして、光電変換層6の内部では、同一平面上にInAs製の量子ドット12が多数形成され、i型AlGaAs製の中間層14がこの量子ドット12を覆っている。これら多数の量子ドット12と中間層14によって形成される量子ドット層16が複数積層され、光電変換層6が形成されている。ここで、量子ドット12は、分子線エピタキシャル装置等を用いて、Stranski-Krastanov(SK)モード等の自己組織化形成法によって形成される。
【0006】
第1及び第2の電極層4,8には夫々電極(図示せず)が設けられ、この電極に外部回路(図示せず)が接続される。外部回路は、第1及び第2の電極層4,8に電圧を印加して、量子ドット赤外線検知素子2から光電流を取り出して検出する。
【0007】
検出対象の赤外線20は、n型GaAs製の基板21の裏面から、量子ドット赤外線検知素子2に入射する。裏面から入射した赤外線20の一部は、光電変換層6の量子ドット12によって吸収され、電子22を量子ドットの励起準位に励起する。励起された電子22は、第1及び第2の電極層4,8の間に印加された電圧によって光電変換層6の内部に形成される電界によって、量子ドット12から引き離されて正電位が印加された電極層に向かって流される。
【0008】
量子ドット12によって吸収されなかった残りの赤外線20´は、反射金属層10によって反射され光電変換層6に再入射する。反射された赤外線20´の一部は、光電変換層6によって吸収される。この光吸収層6への赤外線の再入射によって、量子ドット赤外線検知素子2の量子効率は高くなる。
【0009】
図2は、量子ドット12の伝導帯の状態を説明するバンド図である。量子ドット12の伝導帯には、基底準位24と励起準位26が形成されている。量子ドット赤外線検知素子2は、基底準位24が電子で満たされるように形成される。一方、励起準位26は空の状態になるように、量子ドット赤外線検知素子2は形成される。
【0010】
量子ドット12に、基底準位24と励起準位26のエネルギー差に相当する波長の赤外線20が入射すると、基底準位24を満たしている電子が励起準位26に励起される(所謂、サブバンド間遷移)。励起された電子は、中間層6に印加された電界28によって、励起準位28から中間層14の伝導帯に遷移させられ、更に電界から力を受けて正電位が印加された電極層に向かって流されて行く。尚、図2には、励起準位26が、中間層6の伝導帯端30より低エネルギーに形成された場合が示されている。しかし、励起準位26は必ずしも中間層の伝導帯端より低エネルギーに形成される必要はなく、中間層6の伝導帯端30より高エネルギーに形成されてもよい。
【非特許文献1】K. W. Berryman, S. A. Lyon, and Mordechai Segev. Appl. Phys. Lett. 70, 1861(1977).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
量子ドット層16の、一層当たりの量子効率は低い。このため量子ドット赤外線検知素子2では、複数の量子ドット層16が積層され、更に赤外線の入射面に対向する表面に反射金属層10を設けて量子効率を高められている。
【0012】
励起準位26からの中間層14へ放出される単位時間当たりの電子数は、電界28が小さくなると減少し、電界28が増大すると大きくなる。そこで、量子ドット赤外線検知素子2では、中間層14が必要以上に厚くなって電界28が小さくなることのないように、例えば50nm程度の厚さに中間層14の厚さが制限される。
【0013】
量子ドット12となる半導体(例えば、InAs)と、下地となる中間層14を形成する半導体(例えば、AlGaAs)は格子定数が異なっている。この格子定数の違いによって量子ドットとなる半導体層内に格子歪が蓄積し、蓄積した格子歪エネルギーが駆動力となって、量子ドット12が形成される。
【0014】
一方、量子ドット12に接する中間層14にも、量子ドット12とは反対方向の歪みが発生する。この格子歪は、量子ドット12に直接接する位置で最も大きく、量子ドット12から成膜方向に遠ざかるに従い弱くなる。上述した、中間層14層としての好ましい厚さ50nmは、中間層14の表面で、この格子歪(中間層の格子歪)が略消失する厚さである。
【0015】
しかし、このような厚さに形成した中間層の表面でも、格子歪は完全には消失していない。このため、積層する量子ドット層16の層数が増えると、蓄積された格子歪により光電変換層に結晶欠陥(転移)が発生し、遂には量子ドット赤外線検知素子2の性能が著しく低下してしまう。
【0016】
このため、積層可能な量子ドット層16の厚さは高々20層程度であり、量子ドット赤外線検知素子2の量子効率は高々1%程度でしかない。
【0017】
そこで、本発明者等は、中間層14と同じ半導体材料(例えば、AlGaAs)によって形成される歪緩衝層32を、光電変換層6の内部に挿入した量子ドット赤外線検知素子を開発した。
【0018】
図3は、歪緩衝層32を備えた量子ドット赤外線検知素子34の構成を説明する要部断面図である。図3に示すように、光電変換層6の内部に歪緩衝層32が挿入されている点で、本発明者等の開発した量子ドット赤外線検知素子34は、図1を参照して説明した従来の量子ドット赤外線検知素子2と異なっている。
【0019】
図3に示すように、光電変換層6は、例えば、15層の量子ドット層16が積層された第1の光電変換層36と、中間層14と同じ半導体材料で形成された厚さ720nmの歪緩衝層32と、15層の量子ドット層16が積層された第2の光電変換層38が順次積層されて形成される。
【0020】
このように、中間層16と同じ半導体材料を厚く堆積した歪緩衝層32を第1及び第2の光電変換層の間に挟むことによって、第1の光電変換層36内部に発生した歪みを略完全に消失させた後に、第2の光電変換層38を成長することが可能になる。
【0021】
従って、第1及び第2の光電変換層を合わせた量子ドット層全体の層数を、例えば30層と多くすることができる。このため、量子ドット赤外線検知素子34の量子効率が向上すると期待される。
【0022】
ところで、図3に示す量子ドット赤外線検知素子34では、歪緩衝層32を設けた分だけ光電変換層6が厚くなる。このため光電変換層内部の電界(以下、内部電界と呼ぶ)すなわち量子ドットに印加される電界が小さくなる。このため励起準位26から中間層14に放出される電子の数が減り、期待通りには量子効率が増加しない。
【0023】
量子ドット赤外線検知素子34に印加する電圧を高くすれば、歪緩衝層32の導入によって小さくなった内部電界を大きくすることは可能である。しかし、量子ドット赤外線検知素子は2次元アレイ状に配置され、個々の素子がCMOS回路によって駆動されるのが通常の使用状態である。CMOS(complementary metal oxide semiconductor)回路の発生する電圧は、高々3V程度である。従って、量子ドット赤外線検知素子34に印加する電圧を大きくして、量子効率を向上させることには限界がある。
【0024】
そこで、本発明の目的は、歪緩衝層32を光電変換層6に設けることによって生じる内部電界の縮小を抑制又は回避して、量子効率の高い量子ドット赤外線検知素子34を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0025】
上記の目的を達成するために、開示の量子ドット型赤外線検知素子は、半導体基板と、複数の量子ドットと前記複数の量子ドットを覆う中間層とを有する複数の量子ドット層が、前記半導体基板上に積層された複数の光電変換層と、前記半導体基板に整合した、p型半導体層とn型半導体層が積層された歪緩衝層を具備し、前記歪緩衝層は、前記複数の光電変換層間に配置されている。
【0026】
開示の量子ドット型赤外線検知素子によれば、歪緩衝層を設けることによって、光電変換層に於いて、積層可能な量子ドット層の層数が増加する。更に、p型半導体層とn型半導体層を積層して歪緩衝層を形成するので、歪緩衝層を設けたことによる内部電界の縮小を抑制又は回避することが可能になる。
【0027】
このため、本発明に係る量子ドット型赤外線検知素子が生成する光電流が大きくなる(すなわち、量子効率が大きくなる。)。
【発明の効果】
【0028】
開示の量子ドット型赤外線検知素子によれば、量子ドット層によって光電変換層が形成された量子ドット型赤外線検知素子の量子効率が大きくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、図面にしたがって本発明の実施の形態について説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれらの実施の形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された事項とその均等物まで及ぶものである。
【0030】
(実施の形態1)
(1)構成および製造方法
図4は、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子の構成を説明する要部断面図である。
【0031】
図4を参照して、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子の構成を製造手順に従って、ステップ毎に説明する。
【0032】
(i)第1の電極層4の形成
本ステップでは、第1の電極層4となるGaAs層が形成される。
【0033】
n型のGaAs基板21上に、厚さ1000nmのn型GaAs層が、分子線エピタキシャル法によって成長させられる。成長温度は、600℃である。このGaAs層にドーピングされる不純物はSiであり、その濃度は2×1018/cmである。
【0034】
なお、特に言及はしないが、以後のステップで説明する半導体層も、本ステップと同様に、分子線エピタキシャル法により成長させられる。
【0035】
(ii)第1の光電変換層36の形成
本ステップでは、複数の量子ドット12とこの量子ドット12を覆う中間層14によって形成される量子ドット層16が複数積層された半導体積層構造が形成される。この半導体積層構造は、第1の光電変換層となる。
【0036】
まず、成長温度が600℃から500℃に降下させながら、厚さ50nmのi型Al0.2Ga0.8As層42(絶縁性のAl0.2Ga0.8As層)が成長させられる。このi型Al0.2Ga0.8As層は、第1層目の中間層となる。
【0037】
次に、成長温度が500℃に維持された状態で、2ML(2原子層)に相当するInAs原料(In分子線及びAs分子線)が供給される。InAs原料の供給速度は、成長膜が層状に成長すると仮定した場合に、InAs層が成長速度0.2ML/s(0.2原子層/秒)で成長するために必要な供給速度である。
【0038】
InAsは、(GaAs基板21に格子整合する)i型Al0.2Ga0.8As層42より格子定数が大きいので、圧縮歪を受けた状態で成長する。成長初期には、InAsは層状に成長し濡れ層(図示せず)と呼ばれる層を形成する。その後、InAs膜に蓄積される歪エネルギーを緩和するため、InAsが3次元成長を開始し、多数の量子ドット12´が形成される。すなわち、本実施の形態の量子ドットは、SKモードによって自己組織化形成される。
【0039】
このようにして形成された量子ドット12´の上に、厚さ50nmのi型Al0.2Ga0.8As層が積層される。このi型Al0.2Ga0.8Asは中間層14´となり、量子ドット12´と共に第1層目の量子ドット層16´を形成する。
【0040】
その後、上記手順と同様のステップ(量子ドットと中間層の形成)を繰り返すことにより、合計15層の量子ドット層16が形成される。
【0041】
(iii)歪緩衝層の形成
本ステップでは、n型半導体層44とp型半導体層46が積層され、歪緩衝層48となる半導体積層構造が形成される。ここで、n型半導体層44及びp型半導体層46は、夫々基板21に格子整合している。
【0042】
まず、厚さ360nmのn型Al0.2Ga0.8As層が、第1の光電変換層36の上に成長させられる。Al0.2Ga0.8As層にドーピングされる不純物はSiであり、その濃度は5.2×1015/cmである。このn型Al0.2Ga0.8As層が、上記n型半導体層44となる。
【0043】
次に、厚さ360nmのp型Al0.2Ga0.8As層が、n型半導体層44の上に成長させられる。p型Al0.2Ga0.8As層にドーピングされる不純物はBeであり、その濃度は5.2×1015/cmである。このp型Al0.2Ga0.8As層が、上記p型半導体層46となる。
【0044】
(iV)第2の光電変換層38の成長
本ステップでは、複数の量子ドット12とこの量子ドット12を覆う中間層14によって形成される量子ドット層16が複数積層され、第2の光電変換層38となる半導体積層構造が形成される。
【0045】
本ステップに於ける手順は、上記「(ii)第1の光電変換層36の形成」で説明した手順と略同じである。但し、成長温度は、最下層の中間層50から最上層の量子ドット52が成長させられるまでの間は500℃であり、最上層の中間層54を成長する間に500℃から600℃に昇温される。
【0046】
(V)第2の電極層8の形成
本ステップでは、第2の電極層8となるGaAs層が形成される。
【0047】
本ステップに於ける手順は、上記「(i)第1の電極層4の形成」に於ける手順と略同じである。但し、成長するn型GaAs層の厚さが、1000nmではなく360nmである点で上記「(i)第1の電極層4の形成」に於ける手順と異なる。また、n型GaAs層が、GaAs基板21ではなく、第2の光電変換層38の上に成長させられる点で異なる。
【0048】
(Vi)メサの形成
次に、上記「(i)第1の電極層4の形成」〜「(V)第2の電極層8の形成」によって形成された半導体積層構造を、フォトリソグラフィー技術およびドライエッチング技術を用いて、円柱状のメサに加工する。ここでドライエッチングは、第1の電極層4が露出するまで行われる。
【0049】
(Vii)第1及び第2の電極56,58の形成
次に、第1及び第2の電極層4,8夫々に、AuGe/Au製の第1及び第2の電極56,58が夫々形成される。
【0050】
(Viii)反射金属層10の形成
次に、第2の電極58が形成された領域を除く第2の電極層8の表面全体に、Ti層の上にAuが積層された反射金属層10が形成される。
【0051】
以上説明したステップ「(i)第1の電極層4の形成」〜「(Viii)反射金属層10の形成」により、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40が形成される。
【0052】
すなわち、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40は、図4に示すように、半導体基板21を具備している。
【0053】
また、量子ドット赤外線検知素子40は、同一平面上に形成された複数の量子ドット12と量子ドット12を覆う中間層14を有する複数の量子ドット16層が、半導体基板21の上に積層された複数の光電変換層(例えば、第1及び第2の光電変換層36,38)を具備している。
【0054】
更に、量子ドット赤外線検知素子40は、半導体基板21に整合した、p型半導体層46とn型半導体層44が積層された歪緩衝層48を具備している。
【0055】
そして、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40では、歪緩衝層48を介して複数の上記光電変換層(例えば、第1及び第2の光電変換層36,38)が積層された構造体が形成されている。
【0056】
更に、本実施の形態の量子ドット赤外線検知素子40では、夫々に電極56,58が形成された第1及び第2の電極層4,8の間に、上記構造体が挟まれている。
【0057】
尚、図4を参照して説明した例では、歪緩衝層48を介して積層される光電変換層は2層であるが、積層される光電変換層の層数は3層以上であってもよい。但し、その場合にも、各光電変換層の間に、p型半導体層46とn型半導体層44が(同じ順で)積層された歪緩衝層48が設けられることが好ましい。
【0058】
また、本実施の形態では、量子ドット12及び中間層14の双方とも意識的にはドーピングされていない所謂ノンドープ半導体(i型半導体又は絶縁性半導体とも呼ばれる)で形成されている。但し、量子ドット12及び中間層14によって形成される量子ドット層16は、必ずしもノンドープである必要はなく、例えばn型であってもよい。但し、全ての量子ドット層16が、同一導電型であることが好ましい。
【0059】
(2)動作
(i)内部電界の増強
次に、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40の動作を説明する。
【0060】
図5は、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40に外部回路60が接続された状態を説明する図である。この外部回路60は、電圧発生機能と電流検出機能を有し、量子ドット赤外線検知素子40が発生する光電流を検出する。図5に示された例では、外部回路60は、直列に接続された定電圧源61と電流検出器63によって形成されている。ここで、定電圧源の発生する電圧をVとする。
【0061】
外部回路60の正電極62は、量子ドット赤外線検知素子40の第2の電極58に接続される。一方、外部回路60の負電極64は、量子ドット赤外線検知素子40の第1の電極56に接続される。
【0062】
すなわち、外部回路60の正電極62は、p型半導体層46の側に配置された第2の電極層8に電気的に接続される。一方、外部回路60の負電極56は、n型半導体層44の側に配置された第1の電極層4に電気的に接続される。
【0063】
図6は、量子ドット赤外線検知素子40の内部に於ける、第1の電極層4から第2の電極層8に至る、伝導帯端(伝導帯の底)のエネルギーの位置変化を図示したものである。図6の横方向位置は、量子ドット赤外線検知素子内部の位置に対応している。図6の左端は第1の電極層4に対応し、右端は第2の電極層8に対応する。また、図6の縦方向位置は、電子のエネルギーに対応する。上側に進むほど、高エネルギーになる。
【0064】
図6に実線で示された線図は、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40の伝導帯端エネルギーの位置変化を示している。一方、破線で示された線図は、図3を参照して説明した、歪緩衝層32に不純物がドーピングされていない量子ドット赤外線検知素子34の伝導帯端エネルギーの位置変化を示している。尚、両量子ドット赤外線検知素子34,40の構造は、歪緩衝層への不純物ドーピングの有無を除いて一致しているものとする。また、図6では、量子ドット12に於ける伝導帯端エネルギーの変化は省略されている。
【0065】
図3を参照して説明した量子ドット赤外線検知素子34では、伝導帯端のエネルギーは、図6の破線に示すように、低電位側の第1の電極4から高電位側の第2の電極8に向かって直線的に減少する。
【0066】
ところで、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40では、歪緩衝層48を形成するn型及びp型の半導体層44,46はpn接合を形成し、夫々正及び負の空間電荷を発生する。
【0067】
このため、正の空間電荷を発生するn型半導体層44の電位は上昇する。従って、n型半導体層44の伝導帯端エネルギーは下降する。故に、図6の実線が示すように、第1の光電変換層36の右端(n型半導体層44に接する位置)に於ける伝導帯端エネルギーも下降する。
【0068】
一方、負の空間電荷を発生するp型半導体層46の電位は下降する。従って、p型半導体層46の伝導帯端エネルギーは上昇する。このため、図6の実線が示すように、第2の光電変換層38の左端(p型半導体層46に接する位置)に於ける伝導帯端エネルギーは上昇する。
【0069】
故に、図6に示すように、第1及び第2の光電変換層36,38夫々に於ける伝導帯端エネルギーの変化は、歪緩衝層に不純物がドーピングされていない場合に比べ急になる。従って、第1及び第2の光電変換層36,38内部に於ける電界強度(ポテンシャルを位置座標で微分した値)が強くなる。
【0070】
すなわち、本実施の形態に従えば、歪緩衝層を設けたことによる、第1及び第2の光電変換層36,38内に於ける電界(以下、内部電界と呼ぶ)の強度減少が抑制又は回避される。
【0071】
本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40に於いて、赤外線が検出される過程を説明すると以下のようになる。
【0072】
まず、以上のようにして、内部電界の減少が抑制又は回避された量子ドット赤外線検知素子40に対して、n型GaAs製の基板21の裏面から、検出対象の赤外線(図示せず)が入射される(図5参照)。裏面から入射した赤外線は、第1及び第2の光電変換層36,38に達し、量子ドット12によって吸収される。量子ドット12に吸収された赤外線は、基底準位24にある電子を励起準位26に励起する(図2参照)。励起された電子は、量子ドット12に印加された内部電界によって励起準位26から中間層14に遷移した後、正電位が印加された第2の電極層8に向かって流されて行く。第2の電極層8に到達した電子の流れは、光電流として外部回路60に取り出されて検出される。
【0073】
上述したように、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40では、歪緩衝層を設けたことに起因する内部電界の強度減少が抑制又は回避されている。従って、歪緩衝層に不純物がドーピングされていない量子ドット赤外線検知素子34(図3参照)で問題となる、励起準位26からの中間層14へ遷移する電子の減少現象は、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40では緩和又は回避される。
【0074】
一方、歪緩衝層48を設けることにより、積層可能な量子ドット層16の層数は、従来の20層程度から30層以上に増加する。従って、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40は、図1を参照して説明した歪緩衝層を有しない量子ドット赤外線検知素子2に比べ、量子効率すなわち光電流が1.5倍(=30層/20層)程度大きくなる。
【0075】
ところで、図6に示した例では、歪緩衝層48の内部に於ける伝導帯端エネルギーは殆ど平坦である。従って、第1及び第2の電極層4,8の間に印加される電圧Vは、殆ど全て第1及び第2の光電変換層36,38に印加される。このため図6に示した例では、歪緩衝層を設けたことに起因する内部電界の強度減少は略完全に回避されている。
【0076】
次に、図6に示した例のように、内部電界の強度減少が略完全に回避される具体的条件について検討する。
【0077】
まず、n型及びp型半導体層44,46が共に完全に空乏化し、且つ同じ厚さd/2を有していると仮定する。また、n型及びp型半導体層44,46は、同じ不純物濃度Nを有しているとする。この時、歪緩衝層44,46の両端に現れる拡散電位差Vpnは次式で表される。
【0078】
【数1】

【0079】
但し、eは電子の電荷を、εは真空の誘電率を、εは歪緩衝層を形成する半導体の比誘電率を表す。
【0080】
ところで、第1及び第2の光電変換層36,38と歪緩衝層48によって形成される光電変換層6全体の厚さをdとすると、歪緩衝層48内部でポテンシャルが略平坦になるための条件は次式で表すことができる。
【0081】
【数2】

【0082】
式(1)及び(2)より、次式が導かれる。
【0083】
【数3】

【0084】
すなわち、内部電界の強度減少を略完全に回避するためには、n型及びp型半導体層44,46の不純物濃度が、式(3)に従って得られる値Nであればよい。
【0085】
上記「(1)構成および製造方法」で説明したn型及びp型半導体層44,46の不純物濃度5.2×1015/cmは、V=3V、d=720nm、d=2320nm、及びε=13として、式(3)に基づいて定められた値である。
【0086】
(ii)入射光の有効利用
上述したように、基板21の裏面から入射した赤外線(図示せず)の一部は第1及び第2の光電変換層36,38を通過し、反射金属層10によって反射される。このため、入射光と反射光が干渉して、量子ドット赤外線検知素子40の内部に定在波が形成される。
【0087】
図7は、量子ドット赤外線検知素40の内部に形成される定在波の状態を説明する概念図である。図7には、入射波68と反射波70が干渉して発生する定在波の包絡線66(定在波の電界の包絡線)が図示されている。
【0088】
反射金属層10は金属製なので、その表面で定在波の強度は零になる。従って、反射金属層10の素子側表面を節として、赤外線の定在波が形成される。この節の現れる周期は、次式で表される。
【0089】
【数4】

【0090】
ここで、λは検知対象の赤外線の真空中での波長を表し、nは量子ドット赤外線検知素子40を形成する半導体の屈折率を表す。
【0091】
本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40は、素子表面から1.52μm(=10μm/(2×3.3)=λ/2n)に位置する地点が、歪緩衝層48の中央(素子表面から1.52μmの位置(=360nm+50nm×16層+360nm))になるように形成されている(図7参照)。尚、λは10μm、nは3.3とした。
【0092】
従って、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40では、定在波強度が弱くなる節が、第1及び第2の光電変換層36,38から除外され、定在波強度の強い腹が第1及び第2の光電変換層36,38に偏在している。このため、量子ドットの基底準位から励起準位へ(単位時間当たりに)励起される電子の数が増えるので、本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40の量子効率は高くなる。
【0093】
定在波の節が歪緩衝層48の中央に来るようにするためには、第2の電極層8の厚さを適宜調整すればよい。ここで第2の電極層8は、不純物濃度が2×1018/cmと高いので、その空乏層幅は高々数10nmである。このため第2の電極層8を薄くする必要がある場合には、第2の電極層8を数10nm程度まで薄くすることが可能である。
【0094】
図8は、図3を参照して説明した量子ドット赤外線検知素34の内部に形成される定在波の状態を説明する概念図である。
【0095】
図3を参照して説明した量子ドット赤外線検知素子34では、上述したような歪緩衝層32の位置調整は行われていない。従って、定在波の節が歪緩衝層32の内部に来るとは限らず、図8のように定在波の節が、第1又は第2の光電変換層36,38の内部に来てしまうことがある。このような場合には、量子ドット赤外線検知素子34の量子効率は低くなってしまう。
【0096】
上記説明から明らかなように、図4を参照して説明した本実施の形態に従う量子ドット赤外線検知素子40は、検出対象の光の入射面72(基板21の裏面)に対向する表面74(第2の電極層8の表面)に形成された反射金属層10を有している。
【0097】
そして、量子ドット赤外線検知素子40は、上記表面74からの距離が検出対象の光が有する波長の半分となる位置に、歪緩衝層48の内部が位置するように形成されている。
【0098】
但し、上記表面74からの距離が検出対象の光が有する波長の半分の自然数倍となる位置に、歪緩衝層48の内部が位置するように形成されていてもよい。この場合にも、第1及び第2の電極層4,8の間に形成される複数の節の少なくても一つが歪緩衝層の内部に形成されるので、量子効率が向上する。
【0099】
(実施の形態2)
本実施の形態は、実施の形態1に従う量子ドット赤外線検知素子40を備えた赤外線検出装置に関する。
【0100】
実施の形態1に従う量子ドット赤外線検知素子40の要部は、実施の形態1に於いて量子ドット赤外線検知素子40の動作を説明するために参照した図5に記載された構成と同じである。
【0101】
すなわち、本実施の形態に従う赤外線検出装置76は、実施の形態1に従う量子ドット赤外線検知素子40と、外部回路60(電圧発生源)を有している。
【0102】
ここで、外部回路60(電圧発生源)は、p型半導体層46に接する光電変換層(第2の光電変換層38)に正電位を供給し、n型半導体層44に接する光電変換層(第1の光電変換層36)に負電位を供給する。
【0103】
すなわち、外部電源60の正電極62は、第1及び第2の電極層4,8のうちp型半導体層46側に配置された電極層すなわち第2の電極層8に電気的に接続される。また、外部電源60の負電極64は、第1及び第2の電極層4,8のうちn型半導体層44側に配置された電極層すなわち第1の電極層4に電気的に接続されている。
【0104】
ここで、本実施の形態に従う外部回路60は、CMOS回路によって形成される。そして、外部回路60は電流検出機能と電圧発生機能を有し、3Vの定電圧を量子ドット赤外線検知素子40に供給するように形成されている。
【0105】
(変形例)
以上説明した例では、歪緩衝層48の厚さは720nm(=360nm+360nm)であるが、歪緩衝層48の厚さはこの値に限られるものではない。但し、歪緩衝層48の厚さは、格子歪が概ね消滅する50nmより厚いことが好ましく、ドライエッチングによるメサ加工に支障が生じない5μm以下であることが好ましい。
【0106】
また中間層の厚さは、上述した50nmに限られない。中間層の厚さは、コラムナ量子ドットが形成され量子状態に変化が生じないように30nm以上であることが好ましく、且つ内部電界が不必要に減縮しないよう50nm以下であることが好ましい。
【0107】
また、以上の例では、量子ドットはInAsで形成されるが、他の半導体材料例えばInGaAsで形成されてもよい。更に、以上の例では、中間層はAlGaAsで形成されるが、他の半導体材料例えばGaAsで形成されてもよい。
【0108】
また、以上の例では、各半導体層はMBE(Molecular Beam Epitaxy)法で成長させられるが、有機金属気相成長法等の他の方法で成長させられてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】量子ドット赤外線検知素子の一構成例を説明する要部断面図である。
【図2】量子ドットの伝導帯の状態を説明するバンド図である。
【図3】歪緩衝層を備えた量子ドット赤外線検知素子の構成を説明する要部断面図である。
【図4】実施の形態1に従う量子ドット赤外線検知素子の構成を説明する要部断面図である。
【図5】量子ドット赤外線検知素子に、光電流を検出するための外部回路が接続された状態を説明する図である。
【図6】実施の形態1に従う量子ドット赤外線検知素子に於ける、第1の電極層から第2の電極層に至る伝導帯端のエネルギー変化を説明する図である。
【図7】実施の形態1に従う量子ドット赤外線検知素子の内部に形成される、赤外線の定在波の状態を説明する概念図である。
【図8】図3に記載された量子ドット赤外線検知素子の内部に形成される、赤外線の定在波の状態を説明する概念図である。
【符号の説明】
【0110】
2・・・量子ドット赤外線検知素子 4・・・第1の電極層
6・・・光電変換層 8・・・第2の電極層
10・・・反射金属層 12,12´・・・量子ドット
14,14´・・・中間層 16・・・量子ドット層
20,20´・・・赤外線
21・・・基板 22・・・電子
24・・・基底準位 26・・・励起準位
28・・・電界 30・・・伝導帯端
32・・・歪緩衝層 34・・・量子ドット赤外線検知素子
36・・・第1の光電変換層 38・・・第2の光電変換層
40・・・量子ドット赤外線検知素子(実施の形態1)
42・・・i型Al0.2Ga0.8As層 44・・・n型半導体層
46・・・p型半導体層 48・・・歪緩衝層(実施の形態1)
50・・・最下層の中間層 52・・・最上層の量子ドット
54・・・最上層の中間層 56・・第1の電極
58・・・第2の電極 60・・・外部回路
61・・・定電圧源 62・・・正電極
63・・・電流検出器 64・・・負電極
66・・・定在波の包絡線 68・・・入射波
70・・・反射波 72・・・入射面
74・・・(量子ドット赤外線検知素子の)表面
76・・・赤外線検出装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板と、
複数の量子ドットと前記複数の量子ドットを覆う中間層とを有する複数の量子ドット層が、前記半導体基板上に積層された複数の光電変換層と、
前記半導体基板に整合した、p型半導体層とn型半導体層が積層された歪緩衝層を具備し、
前記歪緩衝層は、前記複数の光電変換層間に配置されてなることを特徴とする量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項2】
請求項1に記載の量子ドット型赤外線検知素子において、
光の入射面に対向する表面に形成された、赤外線を反射する反射金属層を有することを特徴とする量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項3】
請求項2に記載の量子ドット型赤外線検知素子において、
前記表面からの距離が検出対象の光が有する波長の半分の自然数倍となる位置に、前記歪緩衝層の内部が位置するように形成されていることを特徴とする量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の量子ドット型赤外線検知素子において、
前記歪緩衝層の厚さが、50nm以上5μm以下であり、
前記中間層の厚さが、30nm以上で且つ50nmより薄いことを特徴とする量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の量子ドット型赤外線検知素子において、
前記量子ドットが、InAs及びInGaAsの何れか一方で形成されており、
前記中間層が、GaAs及びAlGaAsの何れか一方で形成されていることを特徴とする量子ドット型赤外線検知素子。
【請求項6】
半導体基板と、複数の量子ドットと前記複数の量子ドットを覆う中間層とを有する複数の量子ドット層が、前記半導体基板上に積層された複数の光電変換層と、前記半導体基板に整合した、p型半導体層とn型半導体層が積層された歪緩衝層を具備し、前記歪緩衝層は、前記複数の光電変換層間に配置されてなる量子ドット型赤外線検知素子と、
前記p型半導体層に接する前記光電変換層に正電位を供給し、
前記n型半導体層に接する前記光電変換層に負電位を供給する電圧発生源を具備する赤外線検出装置。
【請求項7】
半導体基板と、複数の量子ドットと前記複数の量子ドットを覆う中間層とを有する複数の量子ドット層が、前記半導体基板上に積層された複数の光電変換層と、前記半導体基板に整合した、p型半導体層とn型半導体層が積層された歪緩衝層と、光の入射面に対向する表面に形成された、赤外線を反射する反射金属層を具備し、前記歪緩衝層は、前記複数の光電変換層間に配置されてなる量子ドット型赤外線検知素子と、
前記p型半導体層に接する前記光電変換層に正電位を供給し、
前記n型半導体層に接する前記光電変換層に負電位を供給する電圧発生源を具備する赤外線検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−103202(P2010−103202A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271608(P2008−271608)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、防衛省、「2波長赤外線センサ(その1)」試作研究請負契約、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(390014306)防衛省技術研究本部長 (169)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】