説明

金属表面修飾セラミックス系スキャフォールドとその用途

【課題】多様な細胞種に適応可能なスキャフォールドの提供
【解決手段】セラミックスからなる基材とその表面に固定化された金属粒子とを有するスキャフォールド;該スキャフォールドの作製方法;該スキャフォールドを用いた細胞および組織の培養方法;細胞に結合し得る物質のスクリーニング方法;試料から特定の細胞を回収する方法等を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞固定能力に優れた新規スキャフォールドおよびその用途に関する。より詳細には、本発明は、セラミックスからなる基材とその表面に固定化された金属粒子とを有するスキャフォールド、該スキャフォールドの作製方法、該スキャフォールドを用いた細胞および組織の培養方法、細胞に結合し得る物質のスクリーニング方法、試料から特定の細胞を回収する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な細胞に対する三次元培養技術は、細胞自身が持つ組織形成能力や修復能力、または医療用タンパク質などの物質生産能力などを飛躍的に向上させることができるため、再生医療分野における人工臓器や幹細胞治療、さらには、医療用タンパク質生産、バイオデバイス(細胞を組み込んだ医療器具)の開発などを行うためのバイオツールとして非常に注目されている(非特許文献1〜4)。三次元培養において、細胞や組織を立体的な環境下で生育させるためには、それらに適した足場となるスキャフォールド(細胞や組織の足場となる材料)の選択が重要である。しかしながら、一般的に用いられているリン酸カルシウム、ポリ乳酸、ガラス、セルロース製のスキャフォールドは、特定の組織形成(例;骨形成)や一部の培養細胞のために開発されたものであり(非特許文献5〜7)、神経細胞や肝細胞、初代培養細胞など多様な細胞種に適応することができない。従って、各細胞種に適した足場となる特定のタンパク質やペプチドなどを固定することが可能なスキャフォールドの開発が望まれている。さらに、細胞や組織の高機能化には、細胞の足場となる特定のタンパク質やペプチドなどが重要な役割を担っていることが知られている(非特許文献8〜10)。これら足場となる生体分子群は、各組織および各細胞種さらには細胞の機能発現に適したものが存在しているため、これらの分子群を自由に効率よく固定できる培養スキャフォールドを開発することができれば、将来の三次元培養技術に大きく貢献できると考えられている。
【非特許文献1】Strain AJら、Science、295(5557)、p.1005-9、Feb 8、2002年
【非特許文献2】Fuchs Eら、Cell、116(6)、p.769-78、Mar 19、2004年
【非特許文献3】Ball P、Nature、391(6663)、p.128、Jan 8、1998年
【非特許文献4】Boskey JB、Nature、315(6016)、p.176、May 16-22、1985年
【非特許文献5】Saito Nら、Nat Biotechnol.、19(4)、p.332-5、Apr、2001年
【非特許文献6】Hoffman RM、Stem Cells、11(2)、p.105-11、Mar、1993年
【非特許文献7】Lagasse Eら、Immunity、14(4)、p.425-36、Apr、2001年
【非特許文献8】Carbonetto STら、Science、216(4548)、p.897-9、May 21、1982年
【非特許文献9】Chavis Pら、Nature、411(6835)、p.317-21、May 17、2001年
【非特許文献10】Jarnagin WRら、J. Cell Biol.、127(6 Pt 2)、p.2037-48、Dec、1994年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、多様な細胞種に適応することができるスキャフォールドおよびその製造方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究したところ、金(Au)等の貴金属ナノ粒子を表面に高分散修飾したセラミックスからなるスキャフォールドには、非常に高い細胞固定能力があることを見出した。また、本発明者らはこれらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成させるに至った。
【0005】
本発明は、以下のものを提供する:
(1)セラミックスからなる基材とその表面に固定化された金属粒子とを有するスキャフォールド、
(2)固定化手段が金属粒子の付着および焼結である上記(1)記載のスキャフォールド、
(3)金属粒子が貴金属粒子である、上記(1)または(2)記載のスキャフォールド、
(4)貴金属が金である、上記(3)記載のスキャフォールド、
(5)セラミックスが多孔質である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載のスキャフォールド、
(6)下記の工程(a)および(b)を含む、スキャフォールドの作製方法;
(a)セラミックスからなる基材に金属粒子を付着させる工程、
(b)該基材を加熱することにより、基材と金属粒子とを焼結させる工程、
(7)上記(1)〜(5)のいずれかに記載のスキャフォールドを用いることを含む、細胞または組織の培養方法、
(8)以下の工程を含む、細胞に結合し得る物質のスクリーニング方法;
(a)被験物質を結合させた上記(1)〜(5)のいずれかに記載のスキャフォールドを、細胞と接触させる工程、
(b)上記工程(a)におけるスキャフォールドに結合した細胞数を測定し、被験物質を結合させていない上記(1)〜(5)のいずれかに記載のスキャフォールドに結合した細胞数とを比較する工程、および
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、細胞に結合し得る物質を選択する工程、
(9)被験物質がペプチドまたはタンパク質である、上記(8)記載の方法、
(10)以下の工程を含む、細胞機能を向上し得る物質のスクリーニング方法;
(a)被験物質を結合させた上記(1)〜(5)のいずれかに記載のスキャフォールドを、細胞と接触させる工程、
(b)上記工程(a)におけるスキャフォールドに結合した細胞の機能を測定し、被験物質を結合させていない上記(1)〜(5)のいずれかに記載のスキャフォールドに結合した細胞の機能と比較する工程、および
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、細胞機能を向上し得る物質を選択する工程、
(11)以下の工程を含む、試料から特定の細胞を回収する方法;
(a)特定の細胞と結合する物質を結合させた上記(1)〜(5)のいずれかに記載のスキャフォールドを、試料と接触させる工程、
(b)該スキャフォールドと該試料を分離する工程、および
(c)該スキャフォールドに結合した細胞を回収する工程。
【発明の効果】
【0006】
本発明の金属表面修飾スキャフォールドは、生体分子との親和性が非常に高いので、多様な細胞種の培養が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明において「スキャフォールド」とは、細胞を付着させその生育を可能とする、細胞や組織の足場となる材料のことをいう。スキャフォールドを用いて培養することにより、細胞同士の接触が増加し、細胞間相互作用を高めることができる。スキャフォールドを用いることにより、細胞は立体的な3次元構造で、つまりin vivoの組織環境に近い条件で培養され得る。
【0008】
本発明において「金属表面修飾」とは、金属粒子が基材表面に固定化されている状態をいう。該修飾は、高分散修飾であることが好ましい。なお、「高分散修飾」とは、金属粒子が凝集することなく固定化されている状態をいう。
【0009】
本発明の金属表面修飾スキャフォールド(本発明のスキャフォールド)は、セラミックスからなる基材とその表面に固定化された金属粒子とを有することを特徴とする。
【0010】
基材となるセラミックスの原料としては、従来よりセラミックスの製造分野において使用されている安定な無機材料であれば特に限定されず、具体的には、金属酸化物であるSiO2、Al2O3、Y2O3、ZrO2、CuO、ZnO、Cr2O3、CoO、MoO2、Ta2O5等が挙げられ、特に制限されないが、SiO2、Al2O3、Y2O3、ZrO2等が好ましい。
【0011】
基材の製造は、常法により上記原料を高温処理することによって行うことができる。
【0012】
基材の形状としては、特に限定されないが、例えば、球状、粒状、塊状、板状、シート状等が挙げられる。
【0013】
基材の大きさは、細胞径の約10〜20μm以上の大きさであれば特に制限されず、その形状により異なるが、例えば、形状が球状や粒状である場合、粒子径10μm〜1000μm、好ましくは25μm〜700μm、より好ましくは50μm〜400μmである。
【0014】
金属粒子としては、貴金属粒子(Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru等)等が挙げられる。例えば、貴金属粒子としては、Au、Pdが好ましく、中でもAuは、生体分子であるタンパク質やペプチドに対する親和性が高く、かつ細胞毒性が低いので、特に好ましい。
【0015】
貴金属粒子は、表面エネルギーが高く、反応性に富んでいるという理由から、ナノメートルオーダーの粒子であることが好ましい。
【0016】
貴金属ナノ粒子の粒子径としては、本発明のスキャフォールドを製造し得る限り特に限定されないが、例えば、1nm〜100nm、好ましくは3nm〜50nm、より好ましくは5nm〜20nmである。
【0017】
上記、セラミックスおよび金属粒子は自体公知の方法で製造され得る。また、市販のものを適宜使用することもできる。
【0018】
基材表面と金属粒子との結合様式は、金属粒子がその細胞固定能力および/またはタンパク質やペプチド等の細胞の高機能化に必要な生体分子との反応性を保持しつつ基材表面にとどまり得る限り、いかなるものであってもよい。好ましくは以下のスキャフォールドの製造方法に記載されるように、無機材料と金属粒子とを焼結させることにより生ずる結合等が挙げられる。
【0019】
本発明では、以下の工程を含む、スキャフォールドの作製方法(以下、本発明の方法)が提供される。
(a)セラミックスからなる基材に金属粒子を付着させる工程、
(b)該基材を加熱することにより、基材と金属粒子とを焼結させる工程。
【0020】
上記工程(a)では、セラミックスからなる基材に金属粒子が付着させられる。金属粒子は、自体公知の方法で付着させられる。該修飾の方法としては、金属粒子を基材の表面に高分散担持させる、表面担持法が好ましい。表面担持法としては、例えば、コロイド法、含浸法、析出沈殿法、化学気相蒸着法等が挙げられ、中でもコロイド法、含浸法が好ましい。これらの方法は、例えば、「光化学の基礎と先端研究」(日本化学会編)等に記載されている。
【0021】
コロイド法としては、例えば、目的の担持量となる容量の金属コロイド溶液(金属コロイドの粒子径:数nm〜数十nm)に基材を添加し、コロイド溶液中で基材表面に金属コロイド粒子を吸着させながら、室温で数時間攪拌を行った後、蒸発乾固させる方法が挙げられる。
【0022】
また、含浸法としては、例えば、基材と目的の担持量になるように濃度および容量を調節した金属化合物溶液を混合して室温で十分に攪拌させた後、溶媒を蒸発させて基材表面に金属化合物を析出させる方法が挙げられる。金属化合物としては、酢酸物、塩化物、水酸化物、硝酸物等を用いることが可能である。なお、該金属化合物が蒸留水で溶解し難い場合には、それらを溶解させることが可能な酸や有機溶媒を使用して溶解させることができる。
【0023】
基材となるセラミックスは、金属粒子を付着させる前に、加熱処理として800〜1000℃程度で1〜6時間の仮焼成に供してもよい。
【0024】
本発明のスキャフォールドにおける金属の担持量(担体の全重量に対する担持金属重量の割合(wt%))は、金属を含有した溶液の濃度および容量の調節により低領域(0.001wt%程度)から高領域(10wt%程度)まで調整可能である。金属の担持量は、0.001wt%〜10wt%であり、より好ましくは0.01wt%〜5wt%、特に好ましくは0.01wt%〜1wt%である。
【0025】
上記の方法により得られた金属粒子の付着した基材は、十分な乾燥および乳鉢等を用いて混合を行った後、800〜900℃程度、1〜3時間で金属−セラミックス界面焼結処理を行う。焼結処理を行うことで、基材の表面上に金属粒子を固定化させることができる。
【0026】
本発明のスキャフォールドおよび本発明の方法で製造され得るスキャフォールド(以下、まとめて本発明のスキャフォールドという)は、生体分子に高い親和性を有するため、多様な細胞種の培養に用いることができる。以下、本発明のスキャフォールドを用いた細胞または組織の培養方法について詳述する。
【0027】
本発明では、本発明のスキャフォールドを用いることを含む、細胞または組織の培養方法(以下、本発明の培養方法)が提供される。
【0028】
本発明のスキャフォールドで培養可能な細胞の種類は、特に限定されず、例えば、ヒトを含む哺乳類(ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、ウシ等)、鳥類(ニワトリ、ダチョウ等)、両生類(カエル等)、魚類(ゼブラフィッシュ、メダカ等)などの脊椎動物、昆虫(蚕、蛾、ショウジョウバエ等)などの非脊椎動物、植物、酵母等の微生物等の細胞が挙げられる。より好ましくは、本発明で対象とされる細胞は、動物もしくは植物細胞、さらに好ましくは哺乳動物細胞である。
【0029】
当該細胞は、癌細胞を含む培養細胞株であっても、個体や組織より単離された細胞、あるいは組織もしくは組織片の細胞であってもよい。特に限定されないが、本発明の培養方法は、平面的培養では細胞が有する機能が低下あるいは消失する細胞の培養に特に好適である
【0030】
本発明の培養方法において、細胞の播種は、例えば、本発明のスキャフォールドが球状や粒状である場合、該スキャフォールドと細胞とを培地中で混和することにより行われ得る。
【0031】
本発明の培養方法において、培地中のスキャフォールドの密度は、使用するスキャフォールドの形態や大きさなどにより異なり、適宜設定することができる。例えば、粒子径100μmのスキャフォールドを使用する場合、培地中の該スキャフォールドの容量は、0.001ml/mL〜1.0ml/mLであり、好ましくは0.005ml/mL〜0.5ml/mL、さらに好ましくは0.01ml/mL〜0.1ml/mLである。
【0032】
また、本発明の培養方法において、播種される細胞の密度は、細胞の種類などにより異なるが、例えば約1.0×10細胞/ml、より好ましくは約1.0×10細胞/ml、最も好ましくは約1.0×10細胞/mlである。
【0033】
本発明の培養方法において、スキャフォールドと細胞の混和比は、使用するスキャフォールドの形態や大きさ、培養する細胞の種類などにより異なり、適宜設定することができる。例えば、粒子径100μmのスキャフォールドを用いてCHO細胞を培養する場合、スキャフォールド0.05ml/mLに対して、CHO細胞が約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、より好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/mlである。また、粒子径100μmのスキャフォールドを用いてHC細胞を培養する場合、スキャフォールド0.05ml/mLに対して、HC細胞が約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、より好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/mlである。
【0034】
本発明の培養方法において、細胞は、スキャフォールドとの混和後スキャフォールド表面に接着し、培養される。
【0035】
本発明の培養方法に用いられる培養器は、特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトル等が挙げられる。
【0036】
本発明の培養方法に用いられる培養培地の基礎培地は、例えば、DMEM、EMEM、RPMI-1640、α-MEM、F-12、F-10、M-199、HAM、ERDF、L-15等の自体公知の基礎培地を挙げることができる。また、上記基礎培地の混合培地を用いてもよい。基礎培地は、培養する細胞により適宜選択され、例えば、CHO細胞を培養する場合はDMEMが、HC細胞および神経細胞を培養する場合はDMEM/F-12が選択される。
【0037】
本発明の培養培地には、血清が含まれ得る。血清としては、例えば、ウシ胎仔血清(FBS)、ヒト血清等が挙げられる。当該血清は、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましく、例えば、0.1〜30%、好ましくは約10%が挙げられる。
【0038】
本発明の培養培地には、増殖因子が含まれ得る。増殖因子としては、例えば、EGF、FGF2、bFGF、NGF、PDGF、VEGF、HGF、GDNF等が挙げられ、培養する細胞により適宜選択される。該増殖因子は、1種類であっても複数の種類であってもよい。当該増殖因子は、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
【0039】
また、本発明の培養培地には、自体公知の添加物が含まれ得る。添加物としては、例えば、有機酸(例えばピルビン酸ナトリウム等)、アミノ酸(例えばL−グルタミン酸等)、還元剤(例えば2−メルカプトエタノール等)、緩衝剤(例えばHEPES等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)等が挙げられる。当該添加物は、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
【0040】
培養条件は、培養する細胞種により異なり、通常当分野で実施される条件で実施することができる。特に限定されないが、例えば、5%CO雰囲気下37℃で1日間以上(例えば30日間以上)培養される。細胞の培地中の濃度は、特に限定されないが、例えば約1.0×10細胞/ml、より好ましくは約1.0×10細胞/ml、最も好ましくは約1.0×10細胞/mlである。
【0041】
本発明のスキャフォールドおよび本発明の培養方法によれば、細胞はin vivoの組織環境に近い条件で培養され得るため、生体内の細胞が有する機能を生体外で維持することが可能である。
【0042】
また、本発明のスキャフォールドは、還流式およびバッチ式バイオリアクター装置内の培養層、マイクロおよびミリリアクター装置内のマイクロチャネル培養層、医療用または研究用のバイオデバイス装置内の培養層等にも用いることができる。
【0043】
本発明では、以下の工程を含む、細胞に結合し得る物質のスクリーニング方法(以下、本発明のスクリーニング方法I)が提供される。
(a)被験物質を結合させた本発明のスキャフォールドを、細胞と接触させる工程、
(b)上記工程(a)におけるスキャフォールドに結合した細胞数を測定し、被験物質を結合させていない本発明のスキャフォールドに結合した細胞数と比較する工程、および
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、細胞に結合し得る物質を選択する工程。
【0044】
スクリーニング方法Iに供される被験物質は、いかなる公知化合物及び新規化合物であってもよく、例えば、糖質、脂質、タンパク質、ペプチド、核酸、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。被験物質は、特に限定されないが、タンパク質、ペプチド等の生体分子が好ましい。
【0045】
スクリーニング方法Iに使用される細胞としては、特に限定されず、本発明のスキャフォールドで培養可能な細胞と同様のものが挙げられる。
【0046】
上記工程(a)では、被験物質を結合させた本発明のスキャフォールドが、細胞と接触条件下におかれる。該接触は、培養培地中で行われ得る。なお、被験物質とスキャフォールドの結合は、自体公知の方法が用いられ、被験物質の種類により適宜選択されるが、例えば被験物質がタンパク質やペプチド等の生体分子の場合、該タンパク質またはペプチドを含む水溶液中でスキャフォールドを混和し、適当な時間(10分程度)インキュベートすることによりなされる。
【0047】
上記工程(b)では、先ず、被験物質を結合させたスキャフォールドにおける結合した細胞数が測定される。結合細胞数の測定は、用いた細胞の種類などを考慮し、自体公知の方法により行われ、例えば、目視による計測、MTT法、LDH法、フローサイトメトリー法、セルカウンター法等が挙げられる。
【0048】
次いで、被験物質を結合させたスキャフォールドにおける結合細胞数が、被験物質を結合させていないスキャフォールドにおける結合細胞数と比較される。結合細胞数の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物質を結合させていないスキャフォールドにおける結合細胞数は被験物質を結合させたスキャフォールドにおける結合細胞数の測定に対し、事前に測定した結合細胞数であっても、同時に測定した結合細胞数であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した結合細胞数であることが好ましい。
【0049】
上記工程(c)では、細胞に結合し得る物質が選択される。結合細胞数が増加するスキャフォールドに結合した物質は、細胞に結合し得る物質である。このように選択された物質は、細胞・組織への親和性向上等に有用であり得る。
【0050】
また、本発明のスクリーニング方法Iでは、特定の細胞のみに選択的に結合し得る物質をスクリーニングすることも可能である。
【0051】
上記スクリーニング法Iにより得られた物質は、本発明のスキャフォールドと細胞の両方に親和性が高い。従って、該物質を用いることにより、本発明のスキャフォールドにおいて、さらに多様な細胞種が培養可能となる。
【0052】
また、本発明では、以下の工程を含む、細胞機能を向上し得る物質のスクリーニング方法(以下、本発明のスクリーニング方法II)が提供される。
(a)被験物質を結合させた本発明のスキャフォールドを、細胞と接触させる工程、
(b)上記工程(a)におけるスキャフォールドに結合した細胞の機能を測定し、被験物質を結合させていない本発明のスキャフォールドに結合した細胞の機能と比較する工程、および
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、細胞機能を向上し得る物質を選択する工程。
【0053】
本発明において、「細胞機能を向上」とは、特定の細胞種への分化促進、機能物質の分泌増加、増殖能の活性化、未分化能の維持、細胞内代謝の活性化等をいう。
【0054】
スクリーニング方法IIに供される被験物質および使用される細胞は、上記スクリーニング方法Iと同様のものが挙げられる。
【0055】
上記工程(a)では、被験物質とスキャフォールドが結合する。該結合は、上記と同様の方法にて行われる。
【0056】
上記工程(b)では、先ず、被験物質を結合させたスキャフォールドに結合した細胞の機能が測定される。細胞の機能の測定は、用いた細胞の種類などを考慮し、自体公知の方法により行われ、例えば、抗体染色法、ELISA法等が挙げられる。
【0057】
次いで、被験物質を結合させたスキャフォールドに結合した細胞の機能が、被験物質を結合させていないスキャフォールドに結合した細胞の機能と比較される。細胞の機能の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物質を結合させていないスキャフォールドに結合した細胞の機能は被験物質を結合させたスキャフォールドに結合した細胞の機能の測定に対し、事前に測定した細胞の機能であっても、同時に測定した細胞の機能であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した細胞の機能であることが好ましい。
【0058】
上記工程(c)では、細胞機能を向上し得る物質が選択される。このように選択された物質は、特定の細胞種への分化促進、機能物質の分泌増加等に有用であり得る。
【0059】
また、本発明では、以下の工程を含む、試料から特定の細胞を回収する方法(以下、本発明の回収方法)が提供される。
(a)特定の細胞と結合する物質を結合させた本発明のスキャフォールドを、試料と接触させる工程、
(b)該スキャフォールドと該試料を分離する工程、および
(c)該スキャフォールドに結合した細胞を回収する工程。
【0060】
上記工程(a)では、被験物質とスキャフォールドが結合する。該結合は、上記と同様の方法にて行われる。
【0061】
特定の細胞と結合する物質とは、特定の細胞の足場となる生体分子(ペプチド、タンパク質等)、細胞膜上に発現しているタンパク質や糖脂質等に対する抗体等が挙げられる。該物質は本発明の回収方法に用いられる細胞種により異なり、当業者であれば適宜設定することができる。
【0062】
試料とは、各種臓器、組織、細胞、組織標本、培養細胞、細胞混合液、血液や尿等の体液等が挙げられ、細胞が含まれるものであれば、特に限定されない。
【0063】
上記工程(b)では、該スキャフォールドと該試料が分離される。該分離は、自体公知の方法により行われ、例えば、潅流等により行われ得る。
【0064】
上記工程(c)では、スキャフォールドに結合した細胞が回収される。該回収は、自体公知の方法により行われ、例えば、トリプシン等の酵素処理、ピペッティングやタッピングによる物理的処理等の方法により行われ得る。
【0065】
本発明の回収方法は、複数の細胞種等の混在する試料から、目的の細胞種を特異的に回収することができるため有用であり得る。
【実施例】
【0066】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はいかなる意味においてもこれらに限定されない。
【0067】
〔実施例1〕金属表面修飾セラミックス系スキャフォールドの調製
(1)0.1wt%Au-SiO2の調製(コロイド法)
培養スキャフォールドの基材である金属酸化物(セラミックス)SiO2は、ここでは透明性を示す無定形の多孔質シリカゲル(球状、粒子径64μm〜210μm:Wako製)を使用した。
SiO2は、まず始めに加熱処理として小型電気炉(マッフル炉)を用いて大気中1000℃で6時間の仮焼成を行った。次に、SiO2を1.158g秤量して、これにAuコロイド溶液(粒子径20nm:SIGMA製)を20ml及び蒸留水を加えた後、スターラーでの数時間の攪拌においてSiO2表面にAuコロイド粒子を吸着させながら蒸発乾固させた。得られた試料は、十分な乾燥及び乳鉢等で混合を行った後、小型電気炉を用いて大気中900℃で3時間の貴金属−セラミックス界面の焼結処理により、SiO2の表面上にAuナノ粒子を高分散に固定化させた。この仕様によるスキャフォールド(Au-SiO2系)の全重量に対するAuの担持重量の割合(wt%)は0.1wt%である。
(2)0.1wt%Pd-SiO2の調製(含浸法)
培養スキャフォールドの基材である金属酸化物(セラミックス)SiO2は、ここでは透明性を示す無定形の多孔質シリカゲル(球状、粒子径64μm〜210μm:Wako製)を使用した。
SiO2は(1)の方法と同様、まず始めに加熱処理として小型電気炉を用いて大気中1000℃で6時間の仮焼成を行った。次に、SiO2を1.5g秤量して、これに酢酸パラジウム((CH3COO)2Pd:Wako製(99.9%))0.0027gを塩酸で溶解した溶液を加えた後室温で数時間攪拌を行った後、溶媒を蒸発させてSiO2に酢酸パラジウムを含浸固化させた。得られた試料は、十分な乾燥及び乳鉢等で混合を行った後、小型電気炉を用いて大気中900℃で3時間の貴金属化合物の加熱分解処理および貴金属−セラミックス界面の焼結処理により、SiO2の表面上にPdナノ粒子を高分散に固定化させた。この仕様によるスキャフォールド(Pd-SiO2系)の全重量に対するPdの担持重量の割合(wt%)は0.1wt%である。
【0068】
〔実施例2〕金属表面修飾セラミックス系スキャフォールドおよび市販のスキャフォールドの細胞固定能力の評価
実施例1と同様の方法で製造した0.1wt%Au-SiO2スキャフォールド(0.025ml/mL)、金属酸化物のイットニア(Y2O3)を表面修飾したシリカ系スキャフォールド(0.025ml/mL)、3D calcium phosphateスキャフォールド(BDバイオサイエンス)(0.029ml/mL)、細胞培養用glass fiber(Wako)(0.025ml/mL)、CKHF (wood) cellulose(Norske Skog Canada Scale Inc.)(0.025ml/mL)、cotton cellulose(CHIYODA Co., LTD.)(0.025ml/mL)の各スキャフォールドとハムスターCHO細胞(2.5×105細胞/mL)を、それぞれ10%FBSを含むDMEM培地中で混和し、CO2インキュベーター(5% CO2/95%大気)中37℃で静置培養した。培養24時間後、各スキャフォールドに結合した細胞数をセルカウンターで測定し、それらの細胞固定能力を評価した。0.1wt%Au-SiO2スキャフォールドは、他のスキャフォールドに比し細胞固定能力が高いことが示された(図1)。
【0069】
〔実施例3〕金担持量の変化によるセラミックス系スキャフォールドの細胞固定能力の評価
CHO細胞(2.5×105細胞/mL)と、実施例1と同様の方法で製造した種々の担持量(0.001wt%、0.01wt%、0.1wt%、1.0wt%、5.0wt%)の金表面修飾シリカ系スキャフォールド(各0.025ml/mL)を、10%FBSを含むDMEM培地中で混和し、CO2インキュベーター(5% CO2/95%大気)中37℃で静置培養した。培養24時間後に、スキャフォールドに結合した細胞数をセルカウンターにより測定することで、細胞固定能力を評価した(図2(A))。また、同様の方法でEGFP-CHO細胞(蛍光タンパク質を発現しているCHO細胞)を培養し、蛍光顕微鏡で観察した(図2(B))。
【0070】
〔実施例4〕貴金属Pdを表面修飾したセラミックス系スキャフォールドの細胞固定能力の評価
CHO細胞(2.5×105細胞/mL)と、実施例1と同様の方法で製造した0.1wt%Auおよび0.1wt%Pd表面修飾シリカ系スキャフォールド(各0.025ml/mL)を、10%FBSを含むDMEM培地中でそれぞれ混和し、CO2インキュベーター(5% CO2/95%大気)中37℃で静置培養した。培養24時間後に、スキャフォールドに結合した細胞数をセルカウンターにより測定することで、細胞固定能力を評価した(図3(A))。また、同様の方法で0.1wt%Pd-SiO2スキャフォールドを用いて、EGFP-CHO細胞(蛍光タンパク質を発現)を培養し、蛍光顕微鏡で観察した(図3(B))。Auを表面修飾したものよりも細胞固定能力は低いが、Pdを表面修飾することで多くの細胞がスキャフォールドに接着していることが観察された。
【0071】
〔実施例5〕各種ペプチドを結合させた0.1wt%Au-SiO2による細胞固定能力の評価
実施例1と同様の方法で製造した0.1wt%Au表面修飾シリカ系スキャフォールド(各0.025ml/mL)を、各種ペプチド(ペプチドD4、ペプチドC3、ペプチドB7、ペプチドA2:各1.0mg/mL)を含むHEPES水溶液(1.0mL)中で混和し、CO2インキュベーター(5% CO2/95%大気)中37℃で10分間インキュベートし、各種ペプチドを第三成分として表面修飾した0.1wt%Au表面修飾シリカ系スキャフォールドを得た。
CHO細胞(2.5×105細胞/mL)と上記ペプチド表面修飾スキャフォールドを10%FBSを含むDMEM培地中で混和し、CO2インキュベーター(5% CO2/95%大気)中37℃で静置培養した。培養24時間後に、スキャフォールドに結合した細胞数をセルカウンターにより測定することで細胞固定能力を評価した(図4)。図4に示すように、生体分子を第三成分として修飾することで細胞固定能力をさらに向上させることが可能であった。これはAuが生体分子(特にペプチド・タンパク質)と高い親和性を持つために、多種多様なペプチドが効率よくスキャフォールド表面に修飾され、その結果、生体に近い足場(細胞にとって最適な足場条件)を提供でき、細胞固定能力の向上につながったものと考えられる。また、図4に示した評価系は、ペプチド・タンパク質ライブラリーを利用した各種細胞・組織のためのスキャフォールドの調製並びに、各種細胞・組織と相互作用を示す生体分子のスクリーニングに応用できると考えられる。加えて、スクリーニングにより得られた細胞・組織特異的分子を第三成分として修飾したスキャフォールドを用いて、血液などの組織や細胞混合液から目的の細胞種を特異的に回収することができるものと考えられる。
【0072】
〔実施例6〕金表面修飾シリカ系スキャフォールドを用いたヒト正常胎児肝細胞HC細胞の立体的培養
ヒト正常胎児肝細胞(HC細胞)(2.5×105細胞/mL)と実施例1と同様の方法で製造した0.1wt%Au-SiO2スキャフォールド(0.025ml/mL)を、10%FBSを含むDMEM/F−12培地中で混和し、CO2インキュベーター(5% CO2/95%大気)中37℃で静地培養した。培養5日後のHC細胞を顕微鏡で観察し、スキャフォールド上でHC細胞が成育しているのを確認した(図5)。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明のスキャフォールド、本発明のスキャフォールドの製造方法、該スキャフォールドを用いた細胞または組織の培養方法、該スキャフォールドを用いたスクリーニング方法、該スキャフォールドを用いた特定の細胞を回収する方法は、多様な細胞種を培養するための製品、本発明のスキャフォールド製品を含んだ医療用または研究用の還流式およびバッチ式バイオリアクターやマイクロ/ミリリアクター装置、バイオデバイス装置、細胞や組織を分離回収するための製品、タンパク質やペプチドなどの生体親和性分子と細胞・組織間の相互作用の評価するための製品等の開発を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】各スキャフォールドの細胞固定能力を示す図である。
【図2】各金担持量におけるAu-SiO2スキャフォールドの細胞固定能力を示す図である。(A)SiO2の細胞固定能力を1としたときの各金担持量におけるAu-SiO2スキャフォールドの相対的細胞固定能力を示す図である。(B)スキャフォールド上で生育したEGFP-CHO細胞を示す図である。左:0.1wt%Au-SiO2スキャフォールド、右:SiO2スキャフォールド
【図3】0.1wt%Pd-SiO2スキャフォールドの細胞固定能力を示す図である。(A)SiO2の細胞固定能力を1としたときの0.1wt%Au-SiO2スキャフォールドおよび0.1wt%Pd-SiO2スキャフォールドの相対的細胞固定能力を示す図である。(B)0.1wt%Pd-SiO2スキャフォールド上で生育したEGFP-CHO細胞を示す図である。
【図4】各種ペプチドを表面修飾したAu-SiO2スキャフォールドの細胞固定能力を示す図である。
【図5】0.1wt%Au-SiO2スキャフォールド上で成育したHC細胞を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックスからなる基材とその表面に固定化された金属粒子とを有するスキャフォールド。
【請求項2】
固定化手段が金属粒子の付着および焼結である請求項1記載のスキャフォールド。
【請求項3】
金属粒子が貴金属粒子である、請求項1または2記載のスキャフォールド。
【請求項4】
貴金属が金である、請求項3記載のスキャフォールド。
【請求項5】
セラミックスが多孔質である、請求項1〜4のいずれかに記載のスキャフォールド。
【請求項6】
下記の工程(a)および(b)を含む、スキャフォールドの作製方法;
(a)セラミックスからなる基材に金属粒子を付着させる工程、
(b)該基材を加熱することにより、基材と金属粒子とを焼結させる工程。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載のスキャフォールドを用いることを含む、細胞または組織の培養方法。
【請求項8】
以下の工程を含む、細胞に結合し得る物質のスクリーニング方法;
(a)被験物質を結合させた請求項1〜5のいずれかに記載のスキャフォールドを、細胞と接触させる工程、
(b)上記工程(a)におけるスキャフォールドに結合した細胞数を測定し、被験物質を結合させていない請求項1〜5のいずれかに記載のスキャフォールドに結合した細胞数と比較する工程、および
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、細胞に結合し得る物質を選択する工程。
【請求項9】
被験物質がペプチドまたはタンパク質である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
以下の工程を含む、細胞機能を向上し得る物質のスクリーニング方法;
(a)被験物質を結合させた請求項1〜5のいずれかに記載のスキャフォールドを、細胞と接触させる工程、
(b)上記工程(a)におけるスキャフォールドに結合した細胞の機能を測定し、被験物質を結合させていない請求項1〜5のいずれかに記載のスキャフォールドに結合した細胞の機能と比較する工程、および
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、細胞機能を向上し得る物質を選択する工程。
【請求項11】
以下の工程を含む、試料から特定の細胞を回収する方法;
(a)特定の細胞と結合する物質を結合させた請求項1〜5のいずれかに記載のスキャフォールドを、試料と接触させる工程、
(b)該スキャフォールドと該試料を分離する工程、および
(c)該スキャフォールドに結合した細胞を回収する工程。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−280564(P2006−280564A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−103400(P2005−103400)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【Fターム(参考)】