説明

鉄系部材の製造方法および鉄系部材

【課題】車両用のディスクブレーキ装置として用いられる、フローティング・キャリパ式のディスクブレーキ装置等を構成する、防食性に優れた鉄系部材を、低環境負荷で、簡便かつ低コストに製造する方法を提供する。
【解決手段】表面の少なくとも一部に塗膜を有する鉄系部材を製造する方法であって、鉄系材料からなる母材表面に亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成する工程と、該下地皮膜上の少なくとも一部に樹脂系塗料からなる塗膜を形成する工程を含むことを特徴とする鉄系部材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄系部材の製造方法および鉄系部材に関する。
さらに詳しくは、本発明は、特に、防食性に優れた鉄系部材を、低環境負荷で、簡便かつ低コストに製造する方法および鉄系部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両用のディスクブレーキ装置として、いわゆる、フローティング・キャリパ式のディスクブレーキ装置が知られている。このタイプのブレーキ装置は、通常、構成部材として、車輪と一体回転する円盤状のロータと、このロータを挟んで対向配置される一対の摩擦パッドと、該摩擦パッドをロータに押し付けるためのピストンを内蔵するキャリパボディと、車体側に取り付けられると共にキャリパボディをロータの軸方向に摺動可能に支持するサポートとを有している。
【0003】
そして、上記キャリパボディは、上記ロータの上を跨ぐブリッジ部と、該ブリッジ部の一端側に装備されて上記ピストンを進退可能に収容したシリンダ部と、上記ブリッジ部の他端側に装備されて他方の摩擦パッドの背面を抑えるキャリパ爪とを有している。
【0004】
上記ディスクブレーキ装置を構成するキャリパボディやサポートは、通常球状黒鉛鋳鉄(FCD450相当材)からなり、その表面には亜鉛メッキおよび六価クロムによるクロメート処理が施され耐食性が確保されている。
【0005】
しかし、クロメート処理して形成した皮膜中には六価クロムが残留するため、人体への影響が懸念され、またクロメート処理物が廃棄された後、六価クロムが溶出し、環境中に蓄積される可能性を有している。
【0006】
このため、亜鉛メッキした鋼製のボルトを水洗し、硝酸溶液あるいは塩酸溶液に浸漬することで酸活性処理を行った後、水洗し、三価クロム、モリブデン酸、及びリン酸を含む溶液によって一種の化成処理を施すことにより、従来のクロメート皮膜に匹敵する化成処理皮膜を形成する方法が開示されている(特許文献1参照)。
【0007】
しかし、特許文献1に記載された方法においては、亜鉛メッキ処理が大量の水洗水を必要とするものであるため、処理工程が煩雑になるばかりか、廃液量や設備の設置面積が増大することによって製造コストが上昇するという課題を有していた。
【特許文献1】特開2000−54157号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような事情のもとで、防食性に優れた鉄系部材を、低環境負荷で、簡便かつ低コストに製造する方法および該方法により得られる鉄系部材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、鉄系材料からなる母材表面に亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成した後、該下地皮膜上の少なくとも一部に樹脂系塗料からなる塗膜を形成して鉄系部材を製造することにより、上記課題を解決し得ることを見出し、本知見に基いて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1)表面の少なくとも一部に塗膜を有する鉄系部材を製造する方法であって、
鉄系材料からなる母材表面に亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成する工程と、該下地皮膜上の少なくとも一部に樹脂系塗料からなる塗膜を形成する工程とを含むことを特徴とする鉄系部材の製造方法、
(2)下地部材の形成工程に用いる亜鉛粒子の平均粒子径が0.5〜2.0μmである上記(1)に記載の鉄系部材の製造方法、
(3)下地部材の形成工程に用いる亜鉛粒子の投射速度が毎秒40〜75mであり、投射角度が45°〜135°である上記(1)または(2)に記載の鉄系部材の製造方法、
(4)前記樹脂系塗料からなる塗膜の形成工程が粉体塗装により行われる上記(1)〜(3)に記載の鉄系部材の製造方法、
(5)得られる鉄系部材において、前記下地皮膜の膜厚が0.3〜3μmであり、前記塗膜の膜厚が15〜80μmである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法、
(6)前記下地皮膜を形成する工程と、前記塗膜を形成する工程との間に、さらに三価クロメートからなる膜を形成する工程を含む上記(1)〜(5)のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法、
(7)得られる鉄系部材がディスクブレーキ装置の構成部材である上記(1)〜(6)のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法、および
(8)上記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法により得られたことを特徴とする鉄系部材
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、鉄系材料からなる母材表面に、亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成し、該下地皮膜上に樹脂系塗料からなる塗膜を形成することにより、防食性に優れた塗膜形成鉄系部材を、低環境負荷で、簡便かつ低コストに製造する方法を提供することができ、また、該方法により得られる鉄系部材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の方法について説明する。
本発明の方法は、表面の少なくとも一部に塗膜を有する鉄系部材を製造する方法であって、鉄系材料からなる母材表面に亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成する工程と、該下地皮膜上の少なくとも一部に樹脂系塗料からなる塗膜を形成する工程を有することを特徴とするものである。
【0013】
本発明の方法において、母材を構成する鉄系材料とは、鉄そのものまたは鉄を主成分とする鉄合金を意味し、鉄合金としては、鉄とともに、炭素、ケイ素、マグネシウム、ニッケル、クロム、モリブデン、銅等を含有するものを挙げることができる。上記鉄合金として、具体的には、鋼や鋳鉄等を挙げることができ、鋼としては、冷間圧延鋼、ステンレス鋼等を挙げることができ、鋳鉄としては、ねずみ鋳鉄、白鋳鉄、まだら鋳鉄、球状黒鉛鋳鉄、可鍛鋳鉄、合金鋳鉄等を挙げることができる。
【0014】
本発明の方法においては、上記鉄系材料からなる母材表面に亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成する。
【0015】
投射する亜鉛粒子としては、亜鉛のみからなる粒子や、鉄、鉄合金あるいはセラミック粒子等からなる核の周囲に亜鉛を被覆した粒子を用いることができる。
【0016】
亜鉛粒子は、ビッカース硬さ(HV)が150HV以下であるものが好ましく、亜鉛粒子が亜鉛のみからなる粒子である場合は、40〜60HV程度であることが好ましい。
【0017】
亜鉛粒子の平均粒子径は、0.5〜2.0mmであることが好ましく、0.8〜1.5mmであることがより好ましく、1.0〜1.5mmであることがさらに好ましい。
【0018】
亜鉛粒子の投射は、既存のブラスト装置を用いて行うことができ、例えば、インペラーと呼ばれる耐摩耗合金製の羽根車の遠心力により投射材を投射するショットブラスト装置を用いることができる。
【0019】
亜鉛粒子の投射速度は、毎秒40〜75mが好ましく、毎秒40〜60mがより好ましく、毎秒45〜50mがさらに好ましい。投射距離は被処理物(鉄系材料からなる母材)のサイズにより適宜設定すればよい。また、投射角度は、約45°〜135°から選択することが好ましい。
【0020】
下地皮膜の膜厚は、0.3〜3μmが好ましく、0.5〜1.0μmがより好ましい。
【0021】
本発明の方法においては、鉄系材料からなる母材表面に亜鉛粒子を投射し、衝突させることによって、亜鉛粒子の表層の一部が母材表面層と結合すると同時に、亜鉛粒子の表層部が破断して、安定した皮膜が形成されると考えられる。
【0022】
なお、亜鉛粒子の投射条件によっては、母材表面に衝突せず、下地皮膜の形成に供することができない亜鉛粒子も存在するが、該粒子を回収し、これを再利用することによって、製造コストを低減することもできる。
【0023】
上述したように、本発明の方法においては、母材表面に亜鉛めっきによる皮膜を形成する代わりに、亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成しているため、製造工程を簡略化できるだけでなく、廃液に起因する環境負荷を低減することができ、また、安価な亜鉛粒子を用い、設備の設置面積を減少させることにより、鉄系部材の製造コストを低減することができる。さらに、低融点の金属である亜鉛を投射することにより、母材上にピンホールを形成することなく安定に皮膜を形成することが可能になる。
【0024】
本発明の方法においては、上記下地皮膜上の少なくとも一部に樹脂系塗料からなる塗膜を形成する。
【0025】
樹脂系塗料に用いられる樹脂としては、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物、アクリル樹脂等の熱硬化性樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリビニルブチラール等の熱可塑性樹脂から選ばれる1種以上を挙げることができ、熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂またはエポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物を主成分とするものが好ましい。
【0026】
本発明の方法において、樹脂系塗料に用いられるエポキシ樹脂としては、ビスフェノールAとエピクロロヒドリンとの縮合反応物、ビスフェノールFとエピクロロヒドリンとの縮合反応物等のグリシジルエーテル型樹脂、グリシジルエステル樹脂、脂環式エポキシ樹脂、脂肪族エポキシ樹脂、含ブロムエポキシ樹脂、フェノール−ノボラック型またはクレゾール−ノボラック型のエポキシ樹脂等を挙げることができ、これらのエポキシ樹脂のうち、ビスフェノールAとエピクロロヒドリンとの縮合反応物、またはビスフェノールFとエピクロロヒドリンとの縮合反応物等のグリシジルエーテル型樹脂が好ましい。
【0027】
具体的には、東都化成社製「エポトート YD903N、YD 128、YD14、PN639、CN701、NT114、ST−5080、ST−5100、ST−4100D」、ダイセル化学社製「EITPA3150」、チバ・ガイギー社製「アルダイトCY179、PT810、PT910、GY6084」、ナガセ化成社製「テコナールEX711」、大日本インキ社製「エピクロン 4055RP、N680、HP4032、N−695、HP7200H」、油化シェルエポキシ社製「エピコート1001、1002、1003、1004、1007」、ダウ・ケミカル社製「DER662」、日本化薬社製「EPPN201、202、EOCN1020、102S」等を挙げることができる。
【0028】
本発明の方法において、樹脂系塗料に用いられるポリエステル樹脂は、例えば、エチレングリコール、プロパンジオール、ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の多価アルコールと、マレイン酸、テレフタル酸、イソフタル酸、フタル酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、β−オキシプロピオン酸等のカルボン酸とを常法に従って重合させて得たものが挙げられる。
【0029】
ポリエステル樹脂の数平均分子量は、500〜100,000が好ましく、2,000〜80,000がより好ましい。ポリエステル樹脂の水酸基価は、0〜300mgKOH/gが好ましく、30〜120mgKOH/gがより好ましい。また、ポリエステル樹脂の酸価は、0〜200mgKOH/gが好ましく、10〜100mgKOH/gがより好ましい。ポリエステル樹脂の融点は、50〜200℃が好ましく、80〜150℃がより好ましい。
【0030】
具体的には、ダイセルUCB社製「クリルコート341、7620、7630」、大日本インキ社製「ファインディックM−8010、8020、8024、8710」、日本ユピカ社製「ユピカコートGV110、230」、日本エステル社製の「ER6570」、ヒュルス社製の「VESTAGON EP−P100」等を挙げることができる。
【0031】
エポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物としては、上記エポキシ樹脂およびポリエステル樹脂を所定量づつ配合したものを挙げることができ、このエポキシ樹脂とポリエステル樹脂の混合物において、ポリエステル樹脂の配合量は、組成物全量基準で、10〜90質量%が好ましく、20〜70質量%がより好ましく、30〜50質量%がさらに好ましい。
【0032】
アクリル樹脂としては、アクリル酸またはその誘導体の重合物や、該アクリル酸またはその誘導体と他のモノマーとの共重合物を挙げることができ、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、グリシジルアクリレート、n−ブチルアクリレート等のアクリル酸またはその誘導体からなるモノマーや、該モノマーとスチレンなどの他のモノマーを、アゾビスイソブチロニトリル、ベンゾイルパーオキサイドなどのラジカル開始剤を用いてラジカル重合したものを挙げることができる。具体的には、三洋化成工業社製「サンペックスPA−70」等を挙げることができる。
【0033】
ポリ塩化ビニルとしては、塩化ビニルモノマーの単独重合体や塩化ビニルモノマーと他のモノマーとの共重合体が挙げられ、各種の市販ポリ塩化ビニルが用いられるが、具体的には、ヴィテック社製、鐘淵化学工業社製、信越化学工業社製、新第一塩ビ社製、大洋塩ビ社製、東ソー社製のものを挙げることができる。また、粒状重合や乳濁重合により塩化ビニルモノマーを重合させてポリ塩化ビニルを作製する場合、塩化ビニルモノマーとしては、ヴィテック社製、鹿島塩ビモノマー社製、鐘淵化学工業社製、京葉モノマー社製、東ソー社製、トクヤマ社製のものを挙げることができる。
【0034】
ポリビニルブチラールは、ポリビニルアルコールにブチルアルデヒドを加えることにより得られる重合体であり、具体的には、積水化学工業社製「エスレック」等を挙げることができる。
【0035】
また、本発明の方法において用いられる樹脂系塗料が、熱硬化性樹脂を含む場合、さらに硬化剤を含んでもよく、硬化剤としては、ポリアミン系、アミノアミド系、ブロックドイソシアネート系、トリグリシジルイソシアヌレート(TGIC)系、エポキシ系(ポリエポキシド、エポキシ樹脂)のもの等が挙げられ、ポリアミン系、アミノアミド系およびブロックドイソシアネート系のものが特に好ましい。
【0036】
ポリアミン系の硬化剤としては、(1)ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ジメチルアミノプロピルアミン、トリメチルヘキサメチレンジアミン、変性ヘキサメチレンジアミンなどの脂肪族ポリアミン類、(2)イソフォロンジアミン、ラロミンC−260(BASF社製)などの脂環族ポリアミン類、(3)ジアミノジフェニルメタン、メタフェニレンジアミン、ジアミノジフェニルスルホン、メタキシリレンジアミンなどの芳香族ポリアミン類が挙げられ、さらにポリオキシプロピルジアミンやN−アミノエチルピペラジン等も挙げられる。
【0037】
アミノアミド系の硬化剤としては、重合脂肪酸とポリエチレンポリアミンから合成されるポリアミノアミドが使用できる。上記重合脂肪酸としては二量体あるいは三量体以上のポリカルボン酸および該ポリカルボン酸とモノカルボン酸との混合物を挙げることができ、上記ポリエチレンポリアミンとしては、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミンおよびこれらの縮合物であるポリアミノイミダゾリンを挙げることができる。
【0038】
ブロックドイソシアネート(ブロック化イソシアネート)系の硬化剤は、イソシアネート基(−NHCO−)の一部がブロック剤でブロックされた、軟化点が20〜100℃、好ましくは25〜80℃の範囲のものが好ましく、イソシアネート基の割合(%)は、5〜30%程度が好ましい。
【0039】
本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、適宜着色顔料、防錆顔料または体質顔料等の顔料を含んでもよく、具体的には、酸化チタン、ベンガラ、酸化鉄、カーボンブラック、フタロシアニンブルー、フタロシアニングリーン、キナクリドン系顔料、アゾ系顔料等の着色顔料、クロム系顔料、リン酸塩系顔料、モリブデン系顔料等の防錆顔料、タルク、シリカ、アルミナ、炭酸カルシウム、沈降性硫酸バリウム等の体質顔料を挙げることができる。
【0040】
また、本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、レベリング剤(表面調整剤)を含むものであることが好ましい。レべリング剤としては、アクリルオリゴマー等のアクリル重合系樹脂、ジメチルシリコーンやメチルシリコーンなどのシリコーン類が挙げられるが、特にアクリル重合系樹脂が好ましい。このような樹脂として、具体的には、モンサント化成社製の「モダフロー」、BASF社製の「アクロナール4F」、BYKchemie社製の「BYK−360P」、楠本化成社製の「チィスパロンPL540」、東芝シリコーン社製の「CF−1056」などが挙げられる。
【0041】
レべリング剤の含有量は、0〜10質量%が好ましく、0〜5質量%がより好ましく、0〜1質量%がさらに好ましい。上記レべリング剤を使用することにより、下地皮膜と、樹脂系塗料からなる塗膜との密着性を向上させることができる。
【0042】
その他、本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、フィラー等を含むこともできる。
【0043】
本発明の方法において用いられる樹脂系塗料は、例えば、各成分が均一に加熱混練された分散物を冷却後、所定の粒子径になるように、微粉砕、分級する方法により製造することができる。
【0044】
樹脂系塗料からなる塗膜の形成方法としては、粉体塗装法や、上記塗料を水等の適当な溶媒に溶解して、噴霧等する方法を挙げることができ、粉体塗装法により塗膜を形成することが好ましい。
【0045】
粉体塗装法としては、静電塗装法と流動浸漬法が挙げられる。静電塗装法においては、高圧静電発生機で得られる−40KV〜−90KV程度の直流高電圧により、樹脂系塗料からなる粉体粒子を負に帯電させて、被塗物である下地皮膜形成母材の表面に静電引力によって付着させた後、焼付炉で加熱、溶融、硬化して塗膜を形成する。また、流動浸漬法においては、底部に多孔質の板を置いた流動槽内で、樹脂系塗料からなる粉体をエアー流動させ、この浮遊する粉体中に250〜300℃程度に予熱された被塗物(下地皮膜を形成した母材)を浸漬し、被塗物表面に付着した粉体を熱溶融させることによって、塗膜を形成する。
【0046】
上記塗膜を形成する、樹脂系塗料からなる粉体粒子は、平均粒子径が15〜35μmであることが好ましく、20〜30μmであることがより好ましく、22〜28μmであることがさらに好ましい。また、50μm以上の粒子径を有する粒子が30質量%以下であることが好ましく、100μm以上の粒子径を有する粒子が5質量%以下であり、5μm以下の粒子径を有する粒子が15質量%以下であることがより好ましい。このように、平均粒子径が小さくかつ粒径を均一にすることにより、塗膜厚さが薄く、スコーチ(加熱)処理性に優れた塗膜を得ることができる。塗膜の膜厚は、15〜80μmが好ましい。
【0047】
本発明の方法において、粉体塗装法により塗膜を形成する場合、塗装工程で有機溶剤や水等の溶媒を一切使用しないため、廃液処理装置を設置する必要がない。また、使用した粉体塗料のうち、塗膜形成に使用されなかったものは回収して再利用できるので、固形廃棄物の発生や、大気の汚染もなく、環境負荷を低減することができる。
【0048】
本発明の方法においては、上記下地皮膜を形成する工程と、上記塗膜を形成する工程との間に、さらに三価クロメートからなる膜を形成する工程を有してもよい。
【0049】
三価クロメートからなる膜は、例えば、日本表面科学社製処理液ジャスコトライナーTR−173に浸漬することにより作製することができる。
【0050】
三価クロメート処理した母材は、引き続き上記樹脂系塗料からなる塗膜の形成工程に付されるが、母材表面に三価クロメートからなる膜を有しているため、塗膜の密着性を向上させることができる。
【0051】
次に、本発明の鉄系部材について説明する。
本発明の鉄系部材は、本発明の鉄系部材の製造方法により得られたことを特徴とするものである。本発明の鉄系部材は、上記本発明の鉄系部材の製造方法により好適に製造することができる。
【実施例】
【0052】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
実施例1
(1)下地皮膜の形成工程
鉄系材料からなる母材として、SPCC(冷間圧延鋼板;縦100mm×横100mm×厚さ3.6mm)を用い、これを有機溶剤(アセトン)でよく洗浄した後、80℃の恒温炉で30分間加熱して、脱脂した。
上記脱脂処理を施したSPCCの両主表面に対し、インペラー式ショットブラスト装置を用いて、亜鉛のみからなる粒子(平均粒子径1.5mm、ビッカース硬さ50HV)を、鉛直上方向から毎秒45mの投射速度で15kg投射して、下地皮膜を形成した。
得られた下地皮膜形成SPCCの主表面5箇所における皮膜の厚さを、電解式膜厚計(電測工業社製EF−1000)を用いて測定したところ、0.5〜1.0μmであった。
また、フェロキシル試験法により、上記下地皮膜形成SPCCの主表面に、フェロキシル溶液(フェロシアン化カリウム、フェリシアン化カリウムおよび塩化ナトリウムの含有液)に浸したろ紙をはり付けてピンホールの有無を確認したところ、ピンホールに起因する青色斑点は観察されなかった。
【0053】
(2)塗膜の形成工程
(1)で得られた下地皮膜形成SPCCの主表面に対し、静電塗装法(コロナ荷電方式)により、樹脂系粉体塗料(ポリエステル樹脂の配合量が50質量%であるエポキシ樹脂(ジャパンエポキシレジン社製JER1055)と酸末端ポリエステル樹脂(日本ユピカ社製ユピカコートGV−230)の混合物を98.8質量%、ベンゾイン(大喜産業社製)0.5質量%、2−メチルイミダゾール(四国化成工業社製)0.1質量%、顔料であるカーボンブラックを1質量%およびレべリング剤であるアクロナール4F(BASF社製)を0.6質量%含有し、平均粒子径が25μmである粉体塗料)を付着させ、次いで恒温炉で180℃で20分間加熱、溶融、硬化して塗膜を形成することにより、主表面の全面に塗膜を有する鉄系部材を作製した。
【0054】
(3)鉄系部材の評価
得られた鉄系部材において、以下の方法により、塗膜の膜厚、耐酸性および耐アルカリ性の評価を行い、また、塩水噴霧試験による耐食性の評価を行った。
【0055】
(膜厚)
鉄系部材の主表面5箇所における塗膜の膜厚を、電磁式膜厚計(ケット社製LE−300J)で測定したところ、28〜40μmであった。
(耐酸性)
鉄系部材の主表面に対し、10%硫酸溶液を0.2mL滴下して、温度20℃±1℃、相対湿度が73±5%の雰囲気下、24時間経過後の状態を観察したところ、著しい変色、しみ、膨潤は認められなかった。
(耐アルカリ性)
鉄系部材の主表面に対し、5%水酸化ナトリウム溶液を0.2mL滴下して、温度20℃±1℃、相対湿度が73±5%の雰囲気下、4時間経過後の状態を観察したところ、著しい変色、しみ、膨潤は認められなかった。
(塩水噴霧試験)
塗装面にクロスカットを入れ、JIS Z−2371に準じて塩水噴霧試験を行った。結果を表1に示す。
【0056】
実施例2
実施例1(1)で得られた下地皮膜形成SPCCを、常温の三価クロメート処理液(日本表面科学社製処理液ジャスコトライナーTR−173A)に20秒間浸漬し、水洗後、エアーブローにて水滴除去し、乾燥することにより、全表面に三価クロメート膜を有する部材を得た。その後、実施例1(2)に記載された方法と同様の方法により、三価クロメート膜上に塗膜を形成して、鉄系部材を作製した。なお、塗膜形成時に使用した粉体塗料にはレベリング剤は添加しなかった。
得られた鉄系部材において、実施例1(3)と同様にして、塩水噴霧試験を行った。結果を表1に示す。
【0057】
比較例1
鉄系材料からなる母材として、SPCC(冷間圧延鋼板;縦100mm×横100mm×厚さ3.6mm)を用い、この母材に以下の(1)〜(4)の処理、すなわち、
(1)アルカリ(主成分:苛性ソーダ)による脱脂処理、
(2)酸(主成分:塩酸)による洗浄処理、
(3)塩化亜鉛/アンモン浴による電気亜鉛めっき処理、
(4)日本表面科学社製処理液ジャスコトライナーTR−173Aを用いた三価クロメート処理
を順次施すことにより、SPCC上に、亜鉛めっき膜および三価クロメート膜を順次形成した、鉄系部材を作製した。
得られた鉄系部材の主表面5箇所における亜鉛めっきの膜厚を、電磁式膜厚計(ケット社製LE−300J)で測定したところ、8〜16μmであった。
また、得たれた鉄系部材において、実施例1(3)と同様の方法により、塩水噴霧試験を行った。結果を表1に示す。
【0058】
比較例2
比較例1(4)の三価クロメート処理の代わりに六価クロメート処理を行い、六価クロメートからなる膜を形成した以外は、比較例1と同様の方法により鉄系部材を作製した。
得られた鉄系部材の主表面5箇所における亜鉛めっきの膜厚を、電解式膜厚計(電測工業社製EF−1000)で測定したところ、8〜16μmであった。
また、得たれた鉄系部材において、実施例1(3)と同様の方法により、塩水噴霧試験を行った。結果を表1に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
実施例1〜実施例2と比較例1〜比較例2とを対比することにより、本発明の方法においては、母材表面に亜鉛めっきによる皮膜を形成する代わりに、亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成しているため、製造工程を簡略化できるだけでなく、廃液に起因する環境負荷を低減できることが分かる。また、安価な亜鉛粒子を用い、設備の設置面積を減少させることにより、鉄系部材の製造コストを低減でき、さらに、低融点の金属である亜鉛を投射することにより、母材上にピンホールを形成することなく安定に皮膜を形成できることが分かる。加えて、表1の結果より、本発明の実施例で得られた鉄系部材は、高い耐食性を有するものであることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、防食性に優れた鉄系部材を、低環境負荷で、簡便かつ低コストに製造する方法および該方法により得られる鉄系部材を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の少なくとも一部に塗膜を有する鉄系部材を製造する方法であって、
鉄系材料からなる母材表面に亜鉛粒子を投射して下地皮膜を形成する工程と、該下地皮膜上の少なくとも一部に樹脂系塗料からなる塗膜を形成する工程とを含むことを特徴とする鉄系部材の製造方法。
【請求項2】
下地皮膜の形成工程に用いる亜鉛粒子の平均粒子径が0.5〜2.0mmである請求項1に記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項3】
下地皮膜の形成工程に用いる亜鉛粒子の投射速度が毎秒40〜75mであり、投射角度が45°〜135°である請求項1または請求項2に記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項4】
前記樹脂系塗料からなる塗膜の形成工程が粉体塗装により行われる請求項1〜請求項3に記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項5】
得られる鉄系部材において、前記下地皮膜の膜厚が0.3〜3μmであり、前記塗膜の膜厚が15〜80μmである請求項1〜請求項4のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項6】
前記下地皮膜を形成する工程と、前記塗膜を形成する工程との間に、さらに三価クロメートからなる膜を形成する工程を含む請求項1〜請求項5のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項7】
得られる鉄系部材がディスクブレーキ装置の構成部材である請求項1〜請求項6のいずれかに記載の鉄系部材の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の方法により得られたことを特徴とする鉄系部材。

【公開番号】特開2008−214686(P2008−214686A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−52951(P2007−52951)
【出願日】平成19年3月2日(2007.3.2)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】