説明

銀粒子粉末およびその製造法

【課題】銀粒子粉末分散液による電極や回路の形成に際して、シランカップリング剤や熱硬化性樹脂を加えることなく、300℃以下の低温焼成で、ガラス基板やポリイミドフィルム基板等に対する密着性の改善を図る。
【解決手段】有機保護膜を有する銀粒子の粉末であって、TEM(透過型電子顕微鏡)観察により測定される粒子径を用いて下記(1)式により算出されるCV値が40%以上となるブロードな粒度分布をもつ銀粒子粉末。この有機保護膜は、例えば分子量100〜1000の脂肪酸(オレイン酸など)および分子量100〜1000のアミン化合物で構成され、前記脂肪酸およびアミン化合物のうち少なくとも一方は1分子中に不飽和結合を1個以上有するものである。
CV値=100×[粒子径の標準偏差σD]/[平均粒子径DTEM] ……(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細な(特に粒子径がナノメートルオーダーの)銀粒子粉末、詳しくは、微細な回路パターンを形成するための配線形成用材料例えばインクジェット法による配線形成用材料や、真空成膜プロセスであるスパッタリングによる成膜を代替する膜形成用材料、および湿式プロセスであるめっきによる成膜を代替する成膜材料等に好適に用いられる銀粒子粉末、銀粒子粉末分散液および銀焼成膜に関する。
【背景技術】
【0002】
固体物質の大きさがnmオーダー(ナノメートルオーダー)になると比表面積が非常に大きくなるために、固体でありながら気体や液体の界面が極端に大きくなる。したがって、その表面の特性が固体物質の性質を大きく左右する。金属粒子粉末の場合は、融点がバルク状態のものに比べ劇的に低下することが知られており、そのためにμmオーダーの粒子に比べて微細な配線の描画が可能になり、しかも低温焼結できるなどの利点を具備するようになる。金属粒子粉末の中でも銀粒子粉末は、低抵抗でかつ高い耐候性をもち、金属の価格も他の貴金属と比較して安価であることから、微細な配線幅をもつ次世代の配線材料として特に期待されている。
【0003】
電子部品などの電極や回路を形成するための方法として厚膜ペースト法が広く用いられている。厚膜ペーストは、金属粉末に加えて、ガラスフリット、無機酸化物等を有機ビヒクル中に分散させたものであり、このペーストを印刷やディッピングによって所定のパターンに形成した後、500℃以上の温度で加熱して有機成分を焼き飛ばし、粒子同士を焼結させて導体とする。厚膜ペースト法により形成される配線と基板との密着は、焼成工程で軟化・流動したガラスフリットが基板を濡らすことにより、また、配線を形成する金属の焼結膜中にも軟化・流動したガラスフリットが浸透すること(ガラスボンド)により、さらには、アルミナ基板上では、酸化銅や酸化カドミウム等の無機酸化物が基板と反応性酸化物を形成すること(ケミカルボンド)によっても、密着が確保される。
【0004】
従来の厚膜ペーストで用いられるミクロンサイズの粒子と比較して、ナノサイズの粒子は低温で焼結でき、例えば銀のナノ粒子であれば300℃以下での焼結が可能である。ナノ粒子の焼結のみについて考えれば、300℃より高い温度で焼成を行うこともできるが、高温での焼成では、電極や回路の形成対象となる基板の耐熱性による制約により、使用可能な基板の種類が限定されることに加えて、低温焼結性というナノ粒子の特徴を生かせない点で不利である。対象となる基板の種類を増やすためには、焼成温度は300℃以下、好ましくは250℃以下、より好ましくは200℃以下、更に好ましくは100℃以下と、低温であればある程有利になる。
【0005】
焼成温度が300℃以下と低い場合には、従来の厚膜ペースト法の手法に則ってガラスフリットを添加しても、ガラスフリットが軟化・流動しないために基板を濡らすことがなく、その結果、基板に対する密着が劣るという問題が生じる。特にガラス基板やポリイミドフィルム基板を始めとする各種基板での密着性が劣るため、ガラス基板もしくはポリイミドフィルム基板等との密着性改善が望まれる。
【0006】
基板への密着に関しては、粒径1.0μm以下の金粒子と軟化点450℃以下のガラスフリットと有機ビヒクルからなる低温焼成型金ペーストを用いる方法(特許文献1)、平均粒径が0.01〜0.1μmの貴金属粒子を樹脂組成物と有機溶剤、あるいは金属石鹸溶液からなる貴金属ペーストに用いる方法(特許文献2)、有機溶剤に金属微粒子が分散された金属微粒子分散液およびシランカップリング剤を含むペーストをガラス基板上に塗布し、250℃以上300℃以下の温度で焼成する方法(特許文献3)、平均粒子径0.5〜20μmと平均粒子径1〜100nmの粒子を併用し、これらを熱硬化性樹脂中に分散させて、熱硬化性樹脂で密着を取る方法(特許文献4)等が提案されている。
【0007】
【特許文献1】特開平10−340619号公報
【特許文献2】特開平11−66957号公報
【特許文献3】特開2004−179125号公報
【特許文献4】国際公開第02/035554号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、金粒子の粒径を、従来常用のものの約1/2以下(1.0μm以下)とし、ガラスフリットの軟化点を450℃以下とすると、500〜600℃の焼成温度でガラス基板と金膜の間にガラスフリットが良好に定着して密着強度が高まるとしている。この密着はいわゆるガラスボンドによるもので、ガラスフリットの軟化・流動を前提としているため、ガラスフリットの軟化点以下の温度での焼成は考慮されていない。また、高分子量のエチルセルロースを溶解した有機ビヒクルを添加しているため、有機物の残存があり、高い密着性と低い抵抗値ならびに平滑な焼結膜表面を得ることは困難である。有機物が残存すると、形成した配線上に誘電体層を形成した場合や、配線が真空雰囲気中に置かれた場合には、有機成分の脱離による誘電体層の膨れや真空雰囲気の環境汚染などを起因とする回路の信頼性低下が懸念される。
【0009】
特許文献2では、平均粒径が0.01〜0.1μmの貴金属粒子を樹脂組成物と有機溶剤、あるいは金属石鹸溶液からなる貴金属ペーストを用いることにより、500〜1000℃で焼成し、焼成膜厚1.5〜3.0μmで、平滑かつ緻密な貴金属膜を得ることができるとしている。密着はガラスフリットを使用していない。また、金属石鹸溶液の添加有無に関わらず密着性を有するとしている。しかし、特許文献1と同様に高分子量のエチルセルロースを溶解した有機ビヒクルを添加しているため、焼成時に500℃以上の温度が必要であり、特許文献1の場合と同様の問題がある。
【0010】
特許文献3では、有機溶剤に金属微粒子が分散された金属微粒子分散液およびシランカップリング剤を含むペーストをガラス基板上に塗布し、250℃以上300℃以下の温度で焼成することでガラス基板上への優れた密着性を示し、かつ高密度で低抵抗の金属薄膜を得られるとしている。この方法では、高分子量のエチルセルロース等を溶解した有機ビヒクルをインクに添加していない。よって、焼成時に500℃以上の温度が特に必要はなく、300℃以下での焼成も可能である。しかし、シランカップリング剤をインク中に添加するため、インク粘度の経時変化の点で問題がある。
【0011】
特許文献4では、平均粒子径0.5〜20μmと平均粒子径1〜100nmの粒子を併用し、これらを熱硬化性樹脂中に分散させて、熱硬化性樹脂で密着を取ることができるとしている。熱硬化性樹脂で密着性を確保しているため300℃以下での焼成が可能であるが、有機物が残存すると、形成した配線上に誘電体層を形成した場合や、配線が真空雰囲気中に置かれた場合には、有機成分の脱離による誘電体層の膨れや真空雰囲気の環境汚染などに起因する回路の信頼性低下が懸念される。また、樹脂を含むため、ペーストの低粘度化が困難であるという問題がある。
【0012】
本発明はこのような問題を解決することを課題としたものであり、銀粒子粉末分散液による電極や回路の形成に際して、シランカップリング剤のような添加剤や熱硬化性樹脂のような有機樹脂成分を加えることなく、300℃以下の低温焼成で、ガラス基板やポリイミドフィルム基板等に対する密着性を顕著に改善することを目的とする。なお、ここでいう銀粒子粉末分散液は、いわゆるペーストと呼ばれる高粘度の銀粒子粉末分散液を含む。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明では、有機保護膜を有する銀粒子の粉末であって、TEM(透過型電子顕微鏡)観察により測定される粒子径を用いて下記(1)式により算出されるCV値が40%以上となるブロードな粒度分布をもつ銀粒子粉末が提供される。平均粒子径DTEMは例えば200nm以下である。この有機保護膜は、例えば分子量100〜1000の脂肪酸(オレイン酸など)および分子量100〜1000のアミン化合物で構成され、前記脂肪酸およびアミン化合物のうち少なくとも一方は1分子中に不飽和結合を1個以上有するものである。
CV値=100×[粒子径の標準偏差σD]/[平均粒子径DTEM] ……(1)
【0014】
ここで、TEM観察による平均粒子径DTEMは、TEMにより観察される60万倍に拡大した画像から重なっていない独立した粒子300個の径を測定して平均値を算出することにより求められる。各粒子の粒子径は、画像上で測定される最も大きい径(長径)を採用する。
【0015】
また本発明では、上記の銀粒子粉末を、沸点が60〜300℃の非極性もしくは極性の小さい液状有機媒体に分散させてなる銀粒子粉末の分散液が提供される。この分散液を基板上に塗布して塗膜を形成し、その後、前記塗膜を焼成することにより、基板との密着性の良い銀焼成膜が実現される。その際の焼成は、酸化雰囲気中、300℃以下かつ銀の焼結が生じる温度範囲域で実施できる。
【0016】
このような銀粒子粉末の製造法としては、アルコール中またはポリオール中で、アルコールまたはポリオールを還元剤として、有機保護剤の存在下で、銀化合物を還元処理することにより銀粒子を析出させる銀粒子粉末の製造において、前記有機保護剤として分子量100〜1000の脂肪酸および分子量100〜1000のアミン化合物を使用し、かつ、その脂肪酸およびアミン化合物のうち少なくとも一方は1分子中に不飽和結合を1個以上有する物質を使用することを特徴とする製造法が提供される。上記脂肪酸としては、例えばオレイン酸が好適に使用できる。また、還元補助剤として2級アミンおよび3級アミンのうち少なくとも一方を共存させた状態で還元処理を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の銀粒子粉末はブロードな粒度分布を有するので、その分散液を基板上に塗布すると、基板との界面付近に微小粒子が集まり、界面での粒子密度が向上するものと推察され、結果的に300℃以下の低温焼成によってもガラス基板やポリイミドフィルム基板等に対する良好な密着性が確保される。また、シランカップリング剤を含有しないため、経時変化の問題の少ないインクが提供可能であり、熱硬化性樹脂を含有しないため粘度の低いインクが提供可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明者らはこれまでに、液相法で銀の粒子粉末を製造する試験を重ね、沸点が85〜150℃のアルコール中で、硝酸銀を、85〜150℃の温度で例えば分子量100〜400のアミン化合物からなる有機保護剤の共存下で還元処理する銀粒子粉末の製造法を開発した。また、沸点が85℃以上のアルコールまたはポリオール中で、銀化合物(代表的には炭酸銀または酸化銀)を、85℃以上の温度で例えば分子量100〜400の脂肪酸からなる有機保護剤の共存下で還元処理する銀粒子粉末の製造法を開発した。これらの手法によると、非常に分散性の良い銀ナノ粒子の粉末が得られる。
【0019】
しかし、これらの方法で得られた銀粒子粉末の分散液を基板上に塗布して塗膜を形成し、その後、前記塗膜を焼成することにより銀焼成膜を得た場合、基板に対する密着性が必ずしも十分であるとは言えないことがわかってきた。詳細な調査の結果、その要因として、銀粒子粉末の粒度分布がシャープに揃いすぎていることが考えられた。
【0020】
そこで、さらに研究を重ねた結果、上記のような還元処理によって銀粒子を合成する際、有機保護剤として「脂肪酸」と「アミン化合物」を複合添加したとき、合成される銀粒子の粒度分布をブロードなものにすることができ、そのような銀粒子粉末をフィラーに使用した銀焼成膜では、基板との密着性が顕著に改善されることが確認された。ただし、上記脂肪酸とアミン化合物のうち、少なくとも一方は不飽和結合を1個以上有する物質で構成する。
以下、本発明を特定するための事項について説明する。
【0021】
〔平均粒子径DTEM
本発明の銀粒子粉末は、TEM観察により測定される平均粒子径DTEMが200nm以下、好ましくは100nm以下、さらに好ましくは50nm以下、さらに好ましくは30nm以下がよい。また、インクジェットで使用する場合は、20nm以下であることが好ましい。平均粒子径DTEMの下限については特に規定していないが、例えば3nm以上のものが採用できる。平均粒子径DTEMはアルコールまたはポリオール/Agのモル比、有機保護剤/Agのモル比、還元補助剤/Agのモル比、還元反応時の昇温速度、撹拌力、銀化合物種類、アルコールまたはポリオール種類、還元補助剤種類、有機保護剤種類等によりコントロールすることができる。
【0022】
〔CV値〕
本発明の銀粒子粉末はブロードな粒度分布をもつことに特徴がある。具体的には下記(1)式により算出されるCV値が40%以上となる粒度分布をもつ。
CV値=100×[粒子径の標準偏差σD]/[平均粒子径DTEM] ……(1)
標準偏差σDを算出するための個々の粒子の粒子径は、平均粒子径DTEMを求める際に測定された粒子の粒子径を採用する。CV値は有機保護剤/Agのモル比、有機保護剤種類等によりコントロールすることができる。
【0023】
このようなブロードな粒度分布とした銀粒子粉末を液状有機媒体に分散させた分散液を使用すると、シランカップリング剤や熱硬化性樹脂等の密着性改善手段を併用することなく、300℃以下の低温で焼成した銀焼成膜において、基板との密着性が顕著に改善される。そのメカニズムについては現時点で明確ではないが、種々の粒子径の粒子が混在していることにより、基板界面に沈降した微細な粒子が大きい粒子の空隙を埋め、界面付近における粒子の充填密度が高まり、銀焼成膜と基板との接触面積が増大するためではないかと推察される。CV値は40%以上であることが必要であるが、45%以上であることがより好ましく、50%以上が一層好ましい。
【0024】
〔アルコールまたはポリオール〕
本発明ではアルコールまたはポリオールの1種または2種以上の液中で銀化合物を還元する。アルコールまたはポリオールは、媒体および還元剤として機能する。このようなアルコールとしては、プロピルアルコール、n−ブタノール、イソブタノール、sec−ブチルアルコール、ヘキシルアルコール、ヘプチルアルコール、オクチルアルコール、アリルアルコール、クロチルアルコール、シクロペンタノール等が使用できる。またポリオールとしては、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール等が使用できる。中でもイソブタノール、n−ブタノールが好適である。
【0025】
〔有機保護膜および有機保護剤〕
本発明の銀粒子粉末を構成する銀粒子は、表面が有機保護膜で覆われたものである。その保護膜は、アルコールまたはポリオール中での還元反応に際し、有機保護剤を共存させることによって形成される。本発明では有機保護剤として「脂肪酸」と「アミン化合物」を使用する。これらのうち少なくとも一方は、不飽和結合を1個以上有する物質で構成する。不飽和結合の存在により、低温焼結性に優れた銀ナノ粒子粉末を得ることができる。
【0026】
また、脂肪酸、アミン化合物とも、それぞれ分子量が100〜1000である物質を採用する。分子量が100未満のものでは粒子の凝集抑制効果が十分に得られない。一方、分子量が大きすぎると、凝集抑制力は高くても銀粒子粉末の分散液を塗布して焼成するときに粒子間の焼結を阻害して配線の抵抗が高くなってしまい、場合によっては、導電性をもたなくなることもある。このため、脂肪酸、アミン化合物とも分子量1000以下のものを使用する必要がある。これらは、分子量100〜400のものを使用することがより好ましい。
【0027】
本発明で使用できる代表的な脂肪酸として、例えばオレイン酸、リノール酸、リノレン酸、パルミトレイン酸、ミリストレイン酸が挙げられる。これらは単独で使用してもよく、複合して使用しても構わない。また、アミン化合物としては第1級アミンを使用することが好ましい。本発明で使用できる代表的なアミン化合物として、例えばヘキサノールアミン、ヘキシルアミン、2−エチルヘキシルアミン、ドデシルアミン、オクチルアミン、ラウリルアミン、テトラデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オレイルアミン、オクタデシルアミンが挙げられる。これらについても、単独で使用してもよく、複合して使用しても構わない。
【0028】
〔銀化合物〕
銀の原料としては、各種銀塩や銀酸化物等の銀化合物が使用できる。例えば塩化銀、硝酸銀、酸化銀、炭酸銀等が挙げられるが、工業的には硝酸銀を使用することが望ましい。
【0029】
〔還元補助剤〕
還元反応を進行させるに際しては、還元補助剤を使用することが望ましい。還元補助剤としては分子量100〜1000のアミン化合物を使用することができる。アミン化合物の中でも還元力の強い第2級または第3級のアミン化合物を使用することが望ましい。還元補助剤についても有機保護剤と同様、分子量が100未満では粒子の凝集抑制効果が低く、また、分子量が1000を超えるものでは凝集抑制力は高くても銀粒子粉末の分散液を塗布して焼成するときに粒子間の焼結を阻害して配線の抵抗が高くなってしまい、場合によっては、導電性をもたなくなることもあるので、これらは適さない。本発明で使用できる代表的なアミン化合物として、ジイソプロピルアミン、ジエタノールアミン、ジフェニルアミン、ジオクチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノールアミン、N、N−ジブチルエタノールアミンを例示できる。特に、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンが好適である。
【0030】
〔液状有機媒体〕
還元により合成された銀粒子粉末を分散させた分散液を作るために、本発明では、沸点が60〜300℃の非極性もしくは極性の小さい液状有機媒体を用いる。ここで、「非極性もしくは極性の小さい」というのは25℃での比誘電率が15以下であることを指し、より好ましく5以下である。比誘電率が15を超える場合、銀粒子の分散性が悪化し沈降することがあり、好ましくない。分散液の用途に応じて各種の液状有機媒体が使用できるが、炭化水素系が好適に使用でき、とくに、イソオクタン、n−デカン、イソドデカン、イソヘキサン、n−ウンデカン、n−テトラデカン、n−ドデカン、トリデカン、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、デカリン、テトラリン等の芳香族炭化水素等が使用できる。これらの液状有機媒体は1種類または2種類以上を使用することができ、ケロシンのような混合物であっても良い。更に、極性を調整するために、混合後の液状有機媒体の25℃での比誘電率が15以下となる範囲でアルコール系、ケトン系、エーテル系、エステル系等の極性有機媒体を添加しても良い。
【0031】
〔銀粒子粉末の合成〕
次に本発明の銀粒子粉末の製造法を説明する。
本発明の銀粒子粉末は、アルコールまたはポリオール中で、銀化合物を、有機保護剤の共存下で還元処理することによって合成される。有機保護剤は前述のように「脂肪酸」と「アミン化合物」を使用するが、その配合割合は、例えばモル比において、[脂肪酸]:[アミン化合物]=0.001:1〜0.01:1の範囲とすればよく、0.005:1〜0.01:1の範囲がより好ましい。液中のAgイオン濃度は50mmol/L以上とすることができ、例えば50〜500mmol/L程度とすればよい。
【0032】
還元反応は80〜200℃、好ましくは85〜150℃の加熱下で行わせる。媒体兼還元剤であるアルコールまたはポリオールの蒸発と凝縮を繰り返す還流条件下で実施するとよい。還元を効率的に行うために上記の還元補助剤を使用することが望ましい。種々検討の結果、還元補助剤は還元反応の終了近くで添加するのがよく、還元補助剤の添加量はAgに対するモル比で0.1〜20の範囲とするのがよい。
【0033】
反応後の銀ナノ粒子の懸濁液(反応直後のスラリー)は、例えば、後述の実施例に示すような手順で洗浄・分散・分級等の工程を経て、本発明に従う銀粒子粉末の分散液とすることができる。
【0034】
〔本発明の銀粒子粉末の用途〕
本発明の銀粒子粉末は、微細な回路パターンを形成するための配線形成用材料例えばインクジェット法による配線形成用材料や、真空成膜プロセスであるスパッタリングによる成膜を代替する膜形成用材料、および湿式プロセスであるめっきによる成膜を代替する成膜材料等にとして好適である。また本発明の銀粒子粉末はLSI基板の配線やFPD(フラットパネルディスプレイ)の電極、配線用途、さらには微細なトレンチ、ビアホール、コンタクトホールの埋め込み等の配線形成材料としても好適である。低温焼成が可能であることからフレキシブルなフィルム上への電極形成材料として適用でき、エレクトロニクス実装においては接合材として用いることもできる。導電性皮膜として電磁波シールド膜や、透明導電膜等の分野での光学特性を利用した赤外線反射シールド等にも適用できる。低温焼結性と導電性を利用して、ガラス基板上へ印刷・焼成し、自動車ウインドウの防曇用熱線等にも好適である。一方、分散液としては、インクジェット法に限らず、スピンコート、ディッピング、ブレードコート等各種塗布方法に適用可能で、スクリーン印刷等にも適用可能である。
【0035】
〔焼成〕
本発明の銀粒子粉末が分散した分散液を基板上に塗布し、その後、焼成することによって銀焼成膜が得られる。焼成は、酸化雰囲気中で行う。ここでいう酸化雰囲気は、非還元性の雰囲気であり、常圧のいわゆる大気雰囲気や、減圧雰囲気、あるいは不活性ガス雰囲気にわずかに酸素を導入した雰囲気も含む。焼成温度は100〜300℃といった低温とすることができる。ただし、平均粒子径DTEMや、塗膜の状態によって、銀の焼結が起きる下限温度は多少変動する。100℃で焼結が生じない塗膜の場合は、焼結が生じる下限温度〜300℃の範囲で焼成する。
【0036】
焼成装置は、上記雰囲気、および温度が実現できるものであれば特に限定されない。例えば、熱風循環式乾燥器、ベルト式焼成炉、IR焼成炉などが例示できる。フィルム基板(例えばポリイミドフィルム基板)上に配線や電極を形成する場合、生産性を考慮すると、バッチ式でなく、大量生産に向くロールツーロール方式に対応した連続焼成が可能な装置を用いることが好ましい。焼成時間は、塗膜を形成した基板を上記温度範囲に10min以上保持することが望ましく、60min以上保持することがより好ましい。
【実施例】
【0037】
《実施例1》
媒体兼還元剤であるイソブタノール64gに、有機保護剤として脂肪酸であるオレイン酸0.6gと第1級アミン化合物であるオレイルアミン110g、銀化合物として硝酸銀結晶14gとを添加し、マグネットスターラーにて撹拌して硝酸銀を溶解させた。この液を還流器のついた容器に移してオイルバスに載せ、容器内に不活性ガスとして窒素ガスを400mL/minの流量で吹込みながら、該液をマグネットスターラーにより100rpmの回転速度で撹拌しつつ加熱し、108℃の温度で6時間還流を行った。還元補助剤のジエタノールアミンは108℃に到達してから5時間後に26g添加した。そのさい108℃に至るまでの昇温速度は2℃/minとした。
【0038】
反応終了後のスラリーについて、以下の手順で洗浄、分散および分級の工程を実施した。
〔洗浄工程〕
[1]反応後のスラリー40mLを遠心分離器(日立工機株式会社製のCF7D2)を用いて3000rpmで30分固液分離し、上澄みを廃棄する。
[2]沈殿物に極性の大きいメタノール40mLを加えて超音波分散機で分散させる。
[3]前記の[1]→[2]を3回繰り返す。
[4]前記の[1]を実施して上澄みを廃棄し、沈殿物を得る。
【0039】
〔分散工程〕
[1]前記の洗浄工程を経た沈殿物に極性の小さいテトラデカン40mL添加する。
[2]次いで超音波分散機にかける。
【0040】
〔分級工程〕
[1]分散工程を経た銀粒子とテトラデカン40mLの混合物を前記と同様の遠心分離器を用いて3000rpmで30分間固液分離する。
[2]上澄み液を回収する。この上澄み液が銀粒子粉末分散液となる。
【0041】
この分散液中の銀粒子についてTEM観察を行い、前記のように60万倍の画像から300個の粒子の粒子径を測定した。その結果、平均粒子径DTEM=5.2nm、CV値=55.4%であった。
【0042】
次に、上記の手順で得られた銀粒子分散液をガラス基板にスピンコート法で塗布して塗膜を形成し、室温にて5分放置した後、この塗膜を有するガラス基板を200℃に調整したホットプレートの上に置き、そのまま60分保持することにより焼成を行い、銀焼成膜を得た。
【0043】
得られた銀焼成膜について、以下の方法で基板との密着性、および体積抵抗を調べた。
〔密着性試験〕
銀焼成膜上に、カッターにより1mm角の升目を100個作製し、その上に、粘着力が幅25mmあたり約8Nのセロハン粘着テープ(JIS Z1522)を圧着したあと剥離させ、残存する升目の数を数えた。100個の升目が全て残存している場合を最も密着性が良好であるとして100/100と表示し、100個の升目が全て剥離している場合を最も密着性が不良であるとして0/100と表示する密着性評価法において、本例の銀焼成膜の密着性は100/100であり、良好であった。
【0044】
〔体積抵抗値〕
表面抵抗測定装置(三菱化学製Loresta HP)により測定された表面抵抗と、蛍光X線膜厚測定器(SII社製SFT9200)で得られた膜厚から、計算により体積抵抗値を求めた。その結果、本例の銀焼成膜の膜厚は0.51μmであり、体積抵抗値は17.5μΩ・cmと求まった。
【0045】
《実施例2》
実施例1のオレイン酸の添加量を0.6gから1.2gに増量し、その他の条件は実施例1と同じとして、実験を行った。
その結果、この例で合成された銀粒子粉末は、平均粒子径DTEM=5.2nm、CV値=50.6%であった。
得られた銀焼成膜について上記の密着性試験を行った結果、本例で得られた銀焼成膜のガラス基板に対する密着性は、上記の密着性評価法において100/100であり、実施例1と同様、良好であった。
また、本例の銀焼成膜の膜厚は0.54μm、体積抵抗値は18.0μΩ・cmであり、体積抵抗値も実施例1と同様、良好であった。
【0046】
《比較例1》
実施例1において、オレイン酸を添加せず、有機保護剤はオレイルアミン110gを単独で使用した。その他の条件は実施例1と同じとして、実験を行った。
その結果、この例で合成された銀粒子粉末は、平均粒子径DTEM=8.2nm、CV値=12.5%であり、上記実施例1、2のように、ブロードな粒度分布が実現できなかった。
本例で得られた銀焼成膜は、膜厚は0.53μm、体積抵抗値は2.4μΩ・cmであり、体積抵抗値については良好であった。しかし、上記の密着性試験を行った結果、本例で得られた銀焼成膜のガラス基板に対する密着性は、上記の密着性評価法において0/100であり、密着性に劣るものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機保護膜を有する銀粒子の粉末であって、TEM観察により測定される粒子径を用いて下記(1)式により算出されるCV値が40%以上となる粒度分布をもつ銀粒子粉末。
CV値=100×[粒子径の標準偏差σD]/[平均粒子径DTEM] ……(1)
【請求項2】
平均粒子径DTEMが200nm以下である請求項1に記載の銀粒子粉末。
【請求項3】
前記有機保護膜が分子量100〜1000の脂肪酸および分子量100〜1000のアミン化合物で構成され、前記脂肪酸およびアミン化合物のうち少なくとも一方は1分子中に不飽和結合を1個以上有するものである請求項1または2に記載の銀粒子粉末。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の銀粒子粉末を、沸点が60〜300℃の非極性もしくは極性の小さい液状有機媒体に分散させてなる銀粒子粉末の分散液。
【請求項5】
アルコール中またはポリオール中で、アルコールまたはポリオールを還元剤として、有機保護剤の存在下で、銀化合物を還元処理することにより銀粒子を析出させる銀粒子粉末の製造において、前記有機保護剤として分子量100〜1000の脂肪酸および分子量100〜1000のアミン化合物を使用し、かつ、その脂肪酸およびアミン化合物のうち少なくとも一方は1分子中に不飽和結合を1個以上有する物質を使用することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の銀粒子粉末の製造法。
【請求項6】
前記脂肪酸がオレイン酸である請求項5に記載の銀粒子粉末の製造法。
【請求項7】
還元補助剤として2級アミンおよび3級アミンのうち少なくとも一方を共存させた状態で還元処理を行う請求項5または6に記載の銀粒子粉末の製造法。
【請求項8】
請求項4に記載の銀粒子粉末の分散液を基板上に塗布して塗膜を形成し、その後、前記塗膜を焼成することにより得られる銀焼成膜。
【請求項9】
請求項4に記載の銀粒子粉末の分散液を基板上に塗布して塗膜を形成し、その後、前記塗膜を、酸化雰囲気中、300℃以下で焼成する銀焼成膜の製造法。

【公開番号】特開2008−84620(P2008−84620A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−261526(P2006−261526)
【出願日】平成18年9月26日(2006.9.26)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】