説明

鋼材の表面温度測定方法及び表面温度測定装置並びに鋼材の製造方法

【課題】 被測温鋼材表面と放射温度計との間に存在する外乱水による熱放射光の散乱等に起因した測温誤差を抑制する。
【解決手段】 被測温鋼材M表面から放射された熱放射光を被測温鋼材Mに対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材Mの表面温度を測定する方法であって、前記放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域S1と光路不安定領域S2との界面と前記放射温度計の光軸との交点Pを基準とした被測温鋼材Mエッジ部Eの最小の拡がり角θを75°以上に設定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の表面温度を放射測温によって測定する方法及び装置並びにこの方法によって表面温度を測定することにより鋼材を製造する方法に関する。本発明は、特に、鋼材に熱処理を施す際に用いる冷却水の他、圧延機や搬送ロールに対する冷却水などによって放射測温が阻害される問題を解決し、このような環境下でも精度良く鋼材の表面温度を測定できる表面温度測定方法及び装置並びにこの方法によって表面温度を測定することにより鋼材を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の熱間圧延ラインや熱処理・冷却ラインなどにおいて、搬送中の鋼材の表面温度を放射温度計を用いて測定する際には、被測温鋼材と放射温度計との間に湯気が存在したり、冷却水が飛散してきたり、或いは、被測温鋼材表面が水膜に覆われたり、水没したりすることが甚だしい。このような環境下では、被測温鋼材から放射された熱放射光が、水蒸気、湯気、冷却水等に吸収され或いは散乱されることにより、測温値に誤差が生じたり、測定できない場合が生じたりすることもある。また、このような環境下では、冷却水に含まれる不純物、被測温鋼材から剥離したスケール、工場内に浮遊する粉塵等によって、放射温度計の熱放射を取り込むための光学窓に汚れが生じ、これによって放射測温精度が劣化することもある。従って、このような環境下での放射測温は、不安定であり信頼性に乏しいものである。
【0003】
そこで、上記のような要因によって生じる測温誤差を低減し、安定した放射測温を可能とするべく、従来より、鋼材表面に向けてノズルからパージ用の水を噴出することにより放射温度計と鋼材表面との間に水柱を形成し、当該水柱を介して鋼材から放射される放射エネルギーを検出することにより鋼材表面温度を測定する方法が種々提案されている。
【0004】
より具体的に説明すれば、例えば、放射温度計によって検出する放射エネルギーの内、前記水柱によって吸収される放射エネルギー分を水柱の厚み測定値に基づいて補正演算することにより測温する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
特許文献1に記載の方法によれば、放射温度計と鋼材表面との間に水柱が形成されるため、水蒸気や飛散水などの外乱水によって生じ得る測温誤差を抑制可能であるという利点を有する。また、水柱を清浄水によって形成することにより、冷却水に含まれる不純物、鋼材から剥離したスケール、工場内に浮遊する粉塵等による光学窓の汚れも抑制可能である。
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、放射温度計と鋼材表面との間に水蒸気や飛散水が侵入しないように、ノズルから相当勢いよく水を噴出させることになる。そのため、斯かるパージ水によって鋼材表面が冷却され、当該冷却された部分の表面温度が測定されることになるため、測温値の代表性が損なわれるという問題がある。また、鋼材が部分的に冷却されるので、鋼材に冷却むらが生じて材質が不均一になるという問題もある。
【0007】
斯かる特許文献1に記載の方法における問題点を改善した方法として、被測定物から放射された放射エネルギーに基づいて該被測定物の表面温度を測定する放射温度計と前記被測定物との間に水柱を形成し、該被測定物から放射された放射エネルギーの内、前記水柱が吸収した放射エネルギーの分を補正しながら、前記放射温度計を用いて前記被測定物の表面温度を測定する温度測定方法において、前記水柱を形成するに当たり、該水柱の温度を60℃以上にすることを特徴とする温度測定方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0008】
特許文献2に記載の方法によれば、特許文献1に記載の方法と同様に、放射温度計と被測定物との間に水柱が形成されるため、水柱が形成された部分には水蒸気や飛散水が侵入し難く、これら水蒸気や飛散水による放射エネルギーの吸収や散乱に起因した測温誤差を低減することが可能である。さらに、特許文献2に記載の方法は、水柱の温度を60℃以上にする構成であり、水柱が接触している被測定物表面に沸騰膜が形成され易くなるため、これにより被測定物の表面温度低下を抑制し、測温値の代表性を損なうこともなく、被測定物の冷却むらも低減できるという利点を有する。
【0009】
しかしながら、特許文献2に記載の方法では、水柱の温度を60℃以上に上昇させるための加熱装置が必要であり、水を昇温させるためのエネルギーコストが掛かるという問題がある。また、特許文献1に記載の方法にも共通する問題点として、水柱の厚みを測定するための厚み測定装置(例えば、超音波方式)が必要であるため、装置全体の寸法が大きくなり、鋼材の搬送ロール間等の狭いスペースには設置し難いという問題がある。さらに、厚み測定装置をたとえ設置できたとしても、着脱に手間を要するなど保全性を阻害したり、厚み測定装置の故障による測温値の安定性・信頼性の低下が問題となる。
【0010】
また、被測温鋼板と放射温度計との間に水柱を形成し、当該水柱を介して被測温鋼板表面からの放射光を前記放射温度計で受光することにより、被測温鋼板の表面温度を測定する方法であって、前記水柱を形成する温水の温度を70℃以上とし、前記温水の水圧を1気圧以下に設定することを特徴とする鋼板の表面温度測定方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0011】
特許文献3に記載の方法によっても、特許文献2に記載の方法と同様の利点を得ることができる。しかしながら、特許文献2に記載の方法と同様に、水柱の温度を70℃以上に上昇させるための加熱装置が必要であり、水を昇温させるためのエネルギーコストが掛かるという問題がある。
【特許文献1】特公平3−69974号公報
【特許文献2】特開平8−295950号公報
【特許文献3】特開2003−185501号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上に説明した内容を纏めると、従来、鋼材の表面温度を放射測温によって測定するに際しては、主として以下の3つの課題があると言える。すなわち、
<第1の課題>
被測温鋼材表面と放射温度計との間に存在する冷却水や湯気や水蒸気など(以下、適宜これらを総称して、外乱水という)による熱放射光の散乱に起因した測温誤差(以下、適宜散乱誤差という)を抑制すること。
<第2の課題>
測温のためのパージ水(水柱)を昇温させることなく、鋼材表面の冷却による測温誤差(以下、適宜冷却誤差という)を抑制すること。
<第3の課題>
外乱水による熱放射光の吸収に起因した測温誤差(以下、適宜吸収誤差という)を抑制すること(水柱の厚み測定を不要とすることも含む)。
【課題を解決するための手段】
【0013】
散乱誤差は、水滴や湯気などの水分と空気との界面が、放射温度計で検出すべき熱放射光の光路中に存在すると、当該熱放射光が屈折又は散乱し、光路が変化することによって生じる。斯かる光路の変化には、熱放射光のビーム全体が曲げられることや、全体的に又は部分的にビームが広がったり収束したりする場合も含まれる。一般的には、このような光路の変化により、放射温度計で測定しようとしている被測温鋼材表面内の測定領域の位置や面積が変化したり、部分的に測定領域以外の領域からの熱放射光を検出することになったりして、測温誤差が生じる。斯かる散乱誤差は、被測温鋼材と放射温度計との間に存在する外乱水のみによって生じるとは限らず、外乱水によってパージが乱されることによりパージ内の検出すべき熱放射光の光路が乱される場合や、パージ自体の性能によりパージ内又はパージ界面において検出すべき熱放射光の光路が乱される場合もある。
【0014】
ここで、本発明の発明者らが鋭意検討したところによれば、被測温鋼材表面がある程度の等温面の広がりを有している場合、パージによる熱放射光の光路安定領域が必ずしも被測温鋼材表面まで到達している必要はないことを見出した。すなわち、外乱水などによって被測温鋼材表面近傍で光路が乱される場合であっても、この光路の乱れが被測温鋼材表面近傍に限られ、且つ被測温鋼材表面がある程度等温とみなせる広がりを有しておれば、主にこの等温面内からの熱放射光を検出することになり、測温誤差すなわち散乱誤差は抑制されることを見出した。より具体的に説明すれば、例えば、図1に示すように、パージ用のノズル内など外乱水等によって光路が乱されることのない光路安定領域を測定対象である被測温鋼材にある程度近づければ(光路不安定領域を被測温鋼材表面近傍に抑制しさえすれば)、散乱誤差を問題のない程度に抑制できることを見出した。本発明は、斯かる本発明の発明者らの知見に基づき完成されたものである。
【0015】
すなわち、前記第1の課題を解決するべく、本発明は、特許請求の範囲の請求項1に記載の如く、被測温鋼材表面から放射された熱放射光を被測温鋼材に対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する方法であって、前記放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域と光路不安定領域との界面と前記放射温度計の光軸との交点を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定することを特徴とする鋼材の表面温度測定方法を提供するものである。
【0016】
斯かる発明によれば、光路不安定領域が被測温鋼材表面近傍に抑制され、散乱誤差を問題のない程度に抑制することが可能である。なお、「光路安定領域」とは、放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域のうち、光路の変動が生じない領域を意味する。「光路不安定領域」とは、逆に、光路の変動が生じる領域を意味する。また、「交点を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角」とは、光路安定領域と光路不安定領域との界面と前記放射温度計の光軸との交点から被測温鋼材表面に下ろした垂線と、前記交点と被測温鋼材エッジ部とを結ぶ直線との成す角度のうち、最も小さい角度を意味する。
【0017】
なお、より具体的に説明すれば、「光路安定領域」は、例えば、液体又は気体を噴射するパージ用のノズル先端から放射温度計の受光面までの領域(逆に、光路不安定領域は、ノズル先端から被測温鋼材表面までの領域)とみなすことができる場合がある。この場合において、散乱誤差を問題のない程度に抑制するには、ノズル先端を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定すればよい。また、「光路安定領域」は、パージ用のノズルから噴射した液体又は気体のポテンシャルコア先端から放射温度計の受光面までの領域(逆に、光路不安定領域は、ポテンシャルコア先端から被測温鋼材表面までの領域)とみなしてもよい。この場合において、散乱誤差を問題のない程度に抑制するには、ポテンシャルコア先端を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定すればよい。さらに、光ファイバー等の導波路を介して熱放射光を検出する構成を採用する場合、「光路安定領域」は、導波路先端から放射温度計の受光面までの領域(逆に、光路不安定領域は、導波路先端から被測温鋼材表面までの領域)と考えることも可能である。この場合において、散乱誤差を問題のない程度に抑制するには、導波路先端を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定すればよい。
【0018】
次に、本発明の発明者らは、特に被測温鋼材の下面について放射測温する場合、より具体的には、被測温鋼材下面から放射された熱放射光を、被測温鋼材下面に向けてノズルから噴射したパージ水を介して被測温鋼材の下方に対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する場合において、前記第1の課題を解決するべく鋭意検討した。その結果、外乱水がノズル直上に落下してきた場合を考えると、ノズル先端における外乱水の流速がパージ水の流速に比べ大き過ぎると、外乱水によるパージ水の乱れがノズル内にまで及び、光路不安定領域が広がってしまうことにより、測温誤差(散乱誤差)が大きくなってしまう場合のあることを見出した。これを防止するには、ノズル先端におけるパージ水の流速を外乱水の流速と同等程度乃至それ以上にすればよいが、この外乱水の落下方向の最大速度はパスラインからノズル先端までの距離で決まる。従って、上記のような散乱誤差を抑制するには、およそパスライン近傍の高さまで吹き上げるエネルギーをパージ水に付与すればよいということが分かる。
【0019】
また、本発明の発明者らは、前述のように、被測温鋼材下面から放射された熱放射光を、被測温鋼材下面に向けてノズルから噴射したパージ水を介して被測温鋼材の下方に対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する場合において、前記第2の課題を解決するべく鋭意検討した。その結果、被測温鋼材下面にパージ水が衝突すると衝突した領域が冷却されるものの、この衝突圧を所定値以下に低く抑えると、パージ水がたとえ常温であっても、冷却は抑制されることを見出した。
【0020】
本発明は、以上に説明した本発明の発明者らの知見を、ベルヌーイの式から導き出され、速度ヘッド、圧力ヘッド及び位置ヘッドの和で定義される全ヘッド(total head)という概念で整理することにより、完成されたものである。すなわち、前記第1及び第2の課題を解決するべく、本発明は、特許請求の範囲の請求項2に記載の如く、被測温鋼材下面から放射された熱放射光を、被測温鋼材下面に向けてノズルから噴射したパージ水を介して被測温鋼材の下方に対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する方法であって、被測温鋼材のパスラインを位置基準とした前記パージ水の全ヘッドHt(m)が以下の式(1)を満足することを特徴とする鋼材の表面温度測定方法を提供するものである。
−0.36Hg<Ht<0.05 ・・・(1)
ただし、Hg(m)は、パスライン(被測温鋼材の下面が取り得る最も下部の位置)とノズル先端との離間距離を意味する。
なお、より好ましくは、−0.36Hg<Ht<0.01とされる。
【0021】
斯かる発明によれば、パージ水の全ヘッドHtを−0.36Hgよりも大きくすることにより、外乱水がノズル直上に落下してきた場合であっても、当該外乱水によるパージ水の乱れがノズル内にまであまり及ばず、測温誤差(散乱誤差)が大きくならない。一方、パージ水の全ヘッドHtを0.05より小さくする(より好ましくは0.01より小さくする)ことにより、被測温鋼材下面に対するパージ水の衝突圧が抑制され、パージ水がたとえ常温であっても冷却を抑制することが可能である。なお、「被測温鋼材のパスラインを位置基準とした」とは、パスラインにおけるパージ水の位置ヘッド(potential head)を0(m)にすることを意味する。
【0022】
吸収誤差は、外乱水によって検出すべき熱放射光が吸収されることに起因して生じる誤差である。換言すれば、冷却水の条件や、被測温鋼材のパスライン変動(被測温鋼材下面の上下方向の位置変動)、周囲温度・湿度の変化に伴う湯気の発生有無等により、被測温鋼材と放射温度計との間に存在する外乱水の量(厚み)が変化し、これに伴って外乱水による熱放射光の吸収・減衰の程度が変化し、検出される熱放射光の光量が変動することによって誤差が生じる。
【0023】
ここで、本発明の発明者らが鋭意検討したところによれば、放射温度計で検出する熱放射光の波長を所定値以下に制限すれば、外乱水の厚みが変化することによって生じる測温誤差を低減できると共に、水柱を介して放射測温する場合においても水柱の厚み測定装置を不要とすることが可能であることを見出した。本発明は、斯かる本発明の発明者らの知見に基づき完成されたものである。
【0024】
すなわち、さらに前記第3の課題を解決するべく、本発明は、特許請求の範囲の請求項3に記載の如く、前記放射温度計で検出する熱放射光の波長を0.9μm以下とするのが好ましい。
【0025】
斯かる発明によれば、後述するように、外乱水の厚みの変化に伴う測温誤差を低減することが可能である。なお、より好ましくは、放射温度計で検出する熱放射光の波長は0.85μm以下とされる。
【0026】
なお、本発明は、特許請求の範囲の請求項4に記載の如く、被測温鋼材に対向配置された放射温度計を備え、被測温鋼材表面から放射された熱放射光を前記放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する装置であって、前記放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域と光路不安定領域との界面と前記放射温度計の光軸との交点を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定することを特徴とする鋼材の表面温度測定装置としても提供される。
【0027】
また、本発明は、特許請求の範囲の請求項5に記載の如く、被測温鋼材下面に対向配置された放射温度計と、被測温鋼材下面と前記放射温度計との間にパージ水を噴射するノズルとを備え、被測温鋼材下面から放射された熱放射光を前記パージ水を介して前記放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する装置であって、被測温鋼材のパスラインを位置基準とした前記パージ水の全ヘッドHt(m)が以下の式(1)を満足することを特徴とする鋼材の表面温度測定装置としても提供される。
−0.36Hg<Ht<0.05 ・・・(1)
ただし、Hg(m)は、パスラインとノズル先端との離間距離を意味する。
なお、より好ましくは、−0.36Hg<Ht<0.01とされる。
【0028】
好ましくは、特許請求の範囲の請求項6に記載の如く、前記鋼材の表面温度測定装置は、被測温鋼材と前記放射温度計の検出素子との間に、0.9μmよりも長い波長の光を遮断する光学フィルタを備えるように構成される。
【0029】
また、本発明は、特許請求の範囲の請求項7に記載の如く、請求項1から3のいずれかに記載の方法によって表面温度を測定することを特徴とする鋼材の製造方法としても提供される。
【発明の効果】
【0030】
本発明(請求項1に係る発明)によれば、放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域と光路不安定領域との界面と前記放射温度計の光軸との交点を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定することにより、光路不安定領域が被測温鋼材表面近傍に抑制され、散乱誤差を問題のない程度に抑制することが可能である。また、本発明(請求項2に係る発明)によれば、パージ水の全ヘッドHtを−0.36Hgよりも大きくすることにより、外乱水がノズル直上に落下してきた場合であっても、当該外乱水によるパージ水の乱れがノズル内にまであまり及ばず、測温誤差(散乱誤差)が大きくならない。一方、パージ水の全ヘッドHtを0.05より小さくする(より好ましくは0.01より小さくする)ことにより、被測温鋼材下面に対するパージ水の衝突圧が抑制され、パージ水がたとえ常温であっても冷却を抑制することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の実施形態について説明する。
<第1の実施形態>
本実施形態に係る表面温度測定装置は、図2に概略構成を示すように、被測温鋼材(本実施形態では鋼板M)に対向配置された放射温度計1を備え、鋼板M表面から放射された熱放射光を放射温度計1で検出することにより、鋼板Mの表面温度を測定する装置である。また、本実施形態に係る表面温度測定装置は、鋼板M表面に向けてパージ用の液体又は気体を噴射するためのノズル2を備えており、放射温度計1の光軸がノズル2内を通るように構成されている。
【0032】
放射温度計1は、図3に示すように、測温ヘッド11と、測温ヘッド11の先端部に取り付けられた光学窓12と、測温ヘッド11内に収納され光学窓12を介して鋼板Mからの熱放射光を受光する受光光学系(検出視野を調整するための光学系であり、レンズや視野絞り等によって構成される)13と、制御盤14と、受光光学系13によって受光された熱放射光を制御盤14に伝送するための光ファイバ15とを備えている。制御盤14内には、光ファイバ15によって伝送された熱放射光を光電変換して光量に応じた電流を出力するSiホトダイオード等の検出素子が配設された検出部141と、検出部141からの出力電流を増幅した後に、電流電圧変換及びAD変換を施し、温度に換算する演算部142と、演算部142で換算された温度データを外部に出力するための出力部143とが配置されている。
【0033】
ノズル2は、測温ヘッド11の先端に接続され、外部からパージ水やエア等を流入することにより、先端から鋼板M表面に向けてパージ水やエア等を噴射するように構成されている。
【0034】
なお、放射温度計1やノズル2については、公知の構成を種々適用可能であるため、より詳細な構成についてはその説明を省略する。
【0035】
ここで、本実施形態に係る表面温度測定装置は、前記放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域S1と光路不安定領域S2との界面と前記放射温度計の光軸との交点Pを基準とした鋼板Mのエッジ部Eの最小の拡がり角θを75°以上に設定している点に特徴を有する。より具体的に説明すれば、本実施形態に係る表面温度測定装置のノズル2近傍は、図1、図4及び図5の何れかに示す態様となる。図1に示す態様(ノズル2先端からパージ水を噴射する態様)の場合、光路安定領域S1は、ノズル2の先端から放射温度計の受光面までの領域となり、光路不安定領域S2は、ノズル2先端から鋼板M表面までの領域であると考えることができる。また、図4に示す態様(ノズル2先端からエアを噴射する態様)の場合、光路安定領域S1は、ノズル2から噴射したエアの生成するポテンシャルコアCと称される安定したパージ領域の先端から放射温度計の受光面までの領域となり、光路不安定領域S2は、ポテンシャルコアC先端から鋼板M表面までの領域であると考えることができる。さらに、図5に示す態様は、ノズル2先端から鋼板Mに向けて突設された光ファイバー等の導波路Fを介して熱放射光を検出する構成(より具体的には、例えば、図3に示す光学窓12の代わりに、ノズル2先端から突き出る長さの石英ロッドが設置された構成)であり、この場合の光路安定領域S1は、導波路F先端から放射温度計の受光面までの領域となり、光路不安定領域S2は、導波路F先端から鋼板M表面までの領域であると考えることができる。図1、図4及び図5のいずれの場合も、交点Pを基準とした鋼板Mエッジ部Eの最小の拡がり角θとは、交点Pから鋼板M表面に下ろした垂線と、交点Pと鋼板Mのエッジ部Eとを結ぶ直線との成す角度のうち、最も小さい角度を意味する。
【0036】
以下、前記最小の拡がり角θを決定するために実施した試験について説明する。図6に試験の概要を示すように、均一な輝度の平面光源Lを測定対象である被測温鋼材と考え、平面光源Lと放射温度計との間をノズル2から噴射させた水でパージし、当該パージ水を側方から噴射させた外乱水によって乱す試験を実施した。そして、この乱す位置(ノズル2先端の位置)と平面光源Lとの位置関係を種々変更しつつ、外乱水を噴射する前後での放射温度計の出力変化を調査した。
【0037】
図7に試験結果を示す。ここで、図7の横軸はノズル2先端から平面光源Lまでの領域を光路不安定領域S2とした場合の拡がり角θをプロットし、縦軸は外乱水を噴射する前後での放射温度計の出力変化を測温誤差としてプロットした。図7に示すように、拡がり角θを75°以上に設定すれば、測温誤差を10℃以下に抑制できることが分かった。従って、前述した図1、図4及び図5に示す態様についても、それぞれ拡がり角θを75°以上に設定することにしたものである。
【0038】
以上に説明した本実施形態に係る表面温度測定装置によれば、放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域S1と光路不安定領域S2との界面と前記放射温度計の光軸との交点Pを基準とした鋼板Mエッジ部Eの最小の拡がり角を75°以上に設定することにより、光路不安定領域S2が鋼板M表面近傍に抑制され、散乱誤差を問題のない程度(測温誤差10℃以下)に抑制することが可能である。
【0039】
なお、本実施形態では、被測温鋼材としての鋼板Mの下面から放射された熱放射光を鋼板Mに対向配置した放射温度計で検出する構成について説明したが、本発明はこれに限るものではなく、被測温鋼材としての鋼板Mの上面から放射された熱放射光を鋼板Mに対向配置した放射温度計で検出する構成とすることも無論可能である。また、鋼板Mが鉛直方向に搬送されるような製造ラインにおいて、鋼板M表面から放射された熱放射光を当該鋼板M表面に対向配置した放射温度計で検出する構成とすることも可能である。さらには、鋼管や形鋼などの被測温鋼材側面から放射された熱放射光を当該被測温鋼材側面に対向配置した放射温度計で検出する構成とすることも可能である。
【0040】
<第2の実施形態>
本実施形態に係る表面温度測定装置も、前述した図1〜図5に示す構成と同様の構成であり、被測温鋼材(本実施形態では鋼板M)の下面に対向配置された放射温度計1と、鋼板Mの下面と放射温度計1との間にパージ水を噴射するノズル2とを備え、鋼板Mの下面から放射された熱放射光を前記パージ水を介して放射温度計1で検出することにより、鋼板Mの表面温度を測定する装置である。ただし、本実施形態に係る表面温度測定装置は、鋼板Mのパスラインを位置基準とした前記パージ水の全ヘッドHt(m)が以下の式(1)を満足するようにパージ水を噴射する構成となっている点に特徴を有する。
−0.36Hg<Ht<0.05 ・・・(1)
ただし、Hg(m)は、パスラインとノズル先端との離間距離を意味する。また、「鋼板Mのパスラインを位置基準とした」とは、パスラインにおけるパージ水の位置ヘッド(potential head)を0(m)にすることを意味する。なお、より好ましくは、−0.36Hg<Ht<0.01とされる。
【0041】
以下、ノズル2から噴射するパージ水が上記式(1)の条件を満足するように設定した理由について説明する。
【0042】
まず、ノズル2から噴射するパージ水の水温及び流量の条件を適宜変更して、走行中(鋼板速度600mpm〜1200mpm)の鋼板Mの表面温度低下を調査する試験を実施した。なお、鋼板Mの表面温度低下は、鋼板Mの上面に対向配置した通常の放射温度計(パージ水無し)による測温値と、鋼板Mの下面に対向配置された本実施形態に係る放射温度計1によるパージ水を介した測温値との差によって算出した。図8に試験結果を示す。ここで、図8の横軸は鋼板Mのパスラインにおけるパージ水の衝突圧力(パージ水の流量及びノズル先端とパスラインとの距離から算出される計算値)を対数でプロットし、縦軸は鋼板M表面の温度低下量(冷却誤差に相当)をプロットした。図8に示すように、衝突圧力が0の場合(すなわち、パージ水が鋼板Mの下面に接触しない場合)には、鋼板Mの下面は冷却されないが、衝突圧力が増加するにつれて、温度低下量すなわち冷却誤差も増加することが分かる。この測温誤差の増加量は、パージ水の水温が低い方が顕著である。ただし、パージ水の鋼板Mの下面への衝突圧力が0.5KPa以下であれば、水温の影響は乏しく、常温(20℃)であっても冷却誤差は10℃以下となる(より好ましくは、衝突圧力が0.1KPa以下であれば、冷却誤差は5℃以下となる)ことが分かった。
【0043】
一方、ノズル2の先端における、ノズル2から噴射するパージ水の流速とノズル2の直上に落下してきた外乱水の流速との比(以下、適宜流速比という)を適宜変更して、鋼板Mの測温誤差(外乱水が無い場合を基準とした測温誤差)に及ぼす影響を調査する試験を実施した。より具体的には、前述した第1の実施形態と同様に、図6に示す均一な輝度の平面光源Lを測定対象である鋼板Mと考え、平面光源Lと放射温度計との間をノズル2から噴射させた水でパージしながら測温した。そして、外乱水を平面光源Lの下面(パスラインに相当)からノズル2の先端に向けて落下させると共に、ノズル2先端の位置を鉛直方向に適宜変更する(これによってノズル2先端における外乱水の流速が変わることになる)ことによって流速比を変更し、当該流速比と鋼板M(平面光源Lで模擬)の測温誤差との関係を調査した。図9に試験結果を示す。ここで、図9の横軸はパージ水の流速と外乱水の流速との比をプロットし、縦軸は測温誤差(散乱誤差に相当)をプロットした。図9に示すように、パージ水と外乱水との流速比を0.8以上とすれば、測温誤差(散乱誤差)が10℃以下となることが分かった。
【0044】
次に、図8及び図9に示す結果を全ヘッド(total head)に換算して整理した。図10に整理した結果を示す。ここで、図10の横軸は鋼板Mのパスラインを位置基準としたパージ水の全ヘッドHtをプロットし、縦軸は測温誤差をプロットした。なお、図10において、「×」でプロットしたデータは、図8における水温20℃〜60℃の全データについて各衝突圧力毎に冷却誤差(温度低下量)の最大値を抽出した後、各衝突圧力を鋼板Mのパスラインを位置基準としたパージ水の全ヘッドHtに換算し、当該換算した全ヘッドHtに対応する前記抽出した冷却誤差の最大値をプロットしたものである。つまり、「×」でプロットしたデータは、全ヘッドHtと冷却誤差との関係を示すデータである。なお、図8に示す各衝突圧力を全ヘッドHtに換算する方法としては、鋼板Mが走行していないときに、前記各衝突圧力の得られたパージ水が到達する高さ(パスラインを位置基準とした高さ)を測定し、当該高さを前記各衝突圧力に対応した全ヘッドHtとする方法を用いた。これは、鋼板Mが走行していないときにパージ水が到達する高さ(到達高さ)においては、速度ヘッド及び圧力ヘッドが共に0となるため、位置ヘッドである前記到達高さが全ヘッドHtに相当することになるからである。また、図10において、「×」でプロットしたデータの内、全ヘッドHtが0未満であるデータは、図8から直接得られるデータではない。全ヘッドHtが0未満であるということは、パージ水と鋼板Mとが接触していないことを意味するため、当然に冷却誤差(温度低下量)が0になることからプロットしたものである。
【0045】
また、「□」でプロットしたデータは、図9に示す流速比と散乱誤差(測温誤差)との関係を近似した折れ線ABCに基づきプロットしたものである。つまり、折れ線ABCに沿った各流速比を鋼板Mのパスラインを位置基準としたパージ水の全ヘッドHtに換算し、当該換算した全ヘッドHtの内、「×」でプロットしたデータと同一の全ヘッドHtのみを抽出し、当該抽出した全ヘッドHtに対応する散乱誤差をプロットしたものである。なお、図9に示す各流速比を全ヘッドHtに換算する方法としては、平面光源L(鋼板Mを模擬)がないときに、前記各流速比の得られたパージ水が到達する高さ(パスライン(平面光源Lの下面)を位置基準とした高さ)を測定し、当該高さを前記各流速比に対応する全ヘッドHtとする方法を用いた。
【0046】
さらに、「●」でプロットしたデータは、各全ヘッドHtについての冷却誤差(「×」でプロットしたデータ)と散乱誤差(「□」でプロットしたデータ)との二乗和の平方根をプロットしたものである。
【0047】
図10に示すように、パージ水の全ヘッドHtが−0.0144<Ht<0.05の条件を満足する場合、測温誤差(「●」でプロットしたデータ)が10℃以下となることが分かった。より具体的に説明すれば、パージ水の全ヘッドHtを−0.0144(図10においてDで示す境界線)よりも大きくすることにより、外乱水がパスラインからノズル2直上に落下してきた場合であっても、当該外乱水によるパージ水の乱れがノズル2内にまであまり及ばず、測温誤差(散乱誤差)を10℃以下にすることができる。一方、パージ水の全ヘッドHtを0.05(図10においてEで示す境界線)より小さくする(より好ましくは、0.01(図10においてFで示す境界線)より小さくする)ことにより、鋼板M下面に対するパージ水の衝突圧が抑制され、測温誤差(冷却誤差)を抑制することが可能である。
【0048】
なお、全ヘッドHtの下限を規定する−0.0144の値は、パスラインとノズル先端との離間距離Hgが0.04(m)のときの値であって、一般的には、−0.36Hgで規定されると考えて良い。これは、パージ水と外乱水との流速比がノズル2の先端において0.8(図9参照)となるときには、ノズル2の先端からパスラインまでの距離とノズル2の先端からパージ水の頂部までの距離との比が0.64となり、当該頂部におけるパージ水の位置ヘッドはパスラインを基準として−0.36Hg(圧力ヘッド及び速度ヘッドは共に0)で表されるからである。また、全ヘッドHtの上限を規定する0.05の値は、パージ水の頂部がパスラインから50mm上方に位置するように噴射した場合の全ヘッドの値に相当し、このとき当該パージ水のパスライン位置での衝突圧力は0.5KPaとなる(全ヘッドHtのより好ましい上限を規定する0.01の値は、パージ水の頂部がパスラインから10mm上方に位置するように噴射した場合の全ヘッドの値に相当し、このとき当該パージ水のパスライン位置での衝突圧力は0.1KPaとなる)。熱間圧延ラインにおける鋼板M下面の位置は、通常パスライン(搬送される鋼板Mの下面が取り得る最も下部の位置であり、搬送ロールの頂部位置がこれに相当する)を下限として、そこから上方に30mm程度の範囲内で変動するため、全ヘッドHtの上限を0.05で規定することにより、前記変動範囲内におけるパージ水の衝突圧力は0.5kPa以下となり(より好ましい態様として、全ヘッドHtの上限を0.01で規定すれば、前記変動範囲内におけるパージ水の衝突圧力は0.1kPa以下となり)、冷却誤差を低減することが可能である(図8参照)。
【0049】
なお、以上に説明した第1及び第2の実施形態の構成を組み合わせ(第2の実施形態の構成において、放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域と光路不安定領域との界面と放射温度計の光軸との交点を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定する)れば、散乱誤差及び冷却誤差の双方を低減できる点で好ましい。また、以上に説明した第1及び第2の実施形態においては、鋼板Mと放射温度計の検出素子(ホトダイオード等)との間に、0.9μmよりも長い波長の光を遮断する光学フィルタ(より好ましくは、0.85μmよりも長い波長の光を遮断する光学フィルタ)を備えるように構成するのが好ましい。より具体的には、制御盤14内に配設された検出部141と光ファイバ15の出力端との間に前記光学フィルタを備えることが好ましい。以下、その理由について説明する。
【0050】
鋼材の圧延・冷却過程において、一般的な鋼材の管理温度は、常温〜1200℃であり、特に低合金鋼材などにおいては、500℃〜1200℃の温度履歴が重要な場合がある。このような温度範囲を対象とした放射測温においては、波長0.65μm〜1.1μmの光を検出するSiホトダイオードを用いた放射温度計が一般的によく用いられる。
【0051】
図11は、水の分光吸収特性を測定した結果を示す。図11に示すように、Siホトダイオードの実効的な検出波長範囲である0.65〜1.1μmにおいては、およそ長い波長ほど強く吸収される。一方、黒体からの熱放射光は、長波長で極端に熱放射光の強度が高く、例えば、600〜700℃、或いはそれ以下の温度において、波長0.9μmよりも短い波長に比べ、長い波長で強く放射されている。従って、放射温度計で検出される光エネルギーは、そもそも長波長の光の寄与が大きく、水の吸収による影響を強く受ける。これは、Siホトダイオード以外の検出器を用いた放射温度計においても、実効的な検出波長が0.65〜1.1μmの範囲にあれば同様である。
【0052】
図12は、約700℃の被測温鋼材において、放射温度計と被測温鋼材との間に存在する水の実効的厚みが30mm変動した場合の測温値の変動(測温誤差)を測定した結果を示す。なお、熱延鋼板や厚鋼板の製造ラインにおいて、定常の製造状態では、鋼板のパスライン変動(鋼板下面の上下方向の位置変動)は最大で30mm程度を考えればよい。
【0053】
ここで、図12の横軸は放射温度計と被測温鋼材との間に存在する水の厚みをプロットし、縦軸は測温誤差をプロットした。図12に示すように、「フィルタ無し」の場合(長波長成分を遮断せずに全波長の光を検出する場合)には、例えば、基準となる水の厚み200mmに対して30mmだけ厚みが変動すると、約14℃の測温誤差が生じる(測温値が約14℃変化する)。また、長波長成分を遮断しない場合、基準となる水の厚みを大きくすると、測温誤差が小さくなるものの、例えば10℃以下の測温誤差とするためには、400mm以上の水の厚みが必要となる。なお、被測温鋼材の表面温度が高くなると、この測温誤差は大きくなり、さらに水の厚みを大きくする必要がある。しかしながら、水の厚みを厚くするための装置は、むやみに大きくなってしまうので、設置条件を大きく制限することが問題となる。
【0054】
一方、図12に示すように、「遮断波長0.85μm」の場合(波長0.85μmよりも長い波長の光を遮断して検出する場合)には、基準となる水の厚みに関わらず、厚みが30mm変動しても6℃程度の測温誤差に抑えることが可能である。
【0055】
図13は、700℃の被測温鋼材に対して、基準となる水の厚みを50mm〜300mmとし、各基準となる水の厚みに対して30mmだけ厚みを変動させた場合の各遮断波長(放射温度計で検出する波長の上限)に応じた測温誤差(吸収誤差)を測定した結果を示す。また、図14は、基準となる水の厚みを200mmとし、被測温鋼材の温度を500℃〜1000℃に変えて、水の厚みを30mmだけ変動させた場合の各遮断波長に応じた測温誤差(吸収誤差)を測定した結果を示す。図13又は図14に示すように、遮断波長が0.90μmより長くなると、測温誤差は増大し始める。また、図14に示すように、0.90μm以下の波長の光を検出する場合には、被測温鋼材が1000℃の場合でも、測温誤差を12℃程度に抑制できる(0.85μm以下の波長の光を検出する場合には、測温誤差を10℃以下に抑制できる)点で有効である。以上の理由により、第1及び第2の実施形態においては、鋼板Mと放射温度計の検出素子との間に、0.9μmよりも長い波長の光を遮断する光学フィルタ(より好ましくは、0.85μmよりも長い波長の光を遮断する光学フィルタ)を備えるように構成するのが好ましい。
【0056】
なお、前記0.9μmよりも長い波長(より好ましくは0.85μmよりも長い波長)の光を遮断する光学フィルタとは、0.9μm(或いは0.85μm)よりも長い波長の光を完全に遮断(つまり、透過率が0%)するフィルタのみを意味するものではなく、当該長波長の光に対する透過率が2〜3%よりも小さく設定されたフィルタを意味する。
【0057】
以上に説明した好ましい構成は、水をパージとして用いる場合に限らず、エアーなどの気体をパージとして用いる場合にも適用できる。エアーによるパージの場合、ある程度外乱水がパージ領域に浸入する可能性があるが、光路中での水の実効厚みの変動が30mm以下であるならば、検出波長を0.9μm以下とすることにより(好ましくは、0.85μm以下とすることにより)、外乱水による吸収誤差を抑制可能である。また、パージとは無関係に鋼板M表面に水膜が形成されている場合など、被測定鋼材近傍に限って水が存在する際にも、その水膜の影響を抑制することが可能である。
【0058】
上記好ましい構成によれば、従来のような水柱の厚み測定装置は不要であるため、表面温度測定装置の寸法や重量を低減できる(図3に示す構成は、上記好ましい構成を採用した場合の模式図である)のみならず、取り外し容易で保守性に優れ、さらには厚み測定装置の故障の心配もないことから信頼性が高まるという利点を有する。
【0059】
以下、本発明に係る表面温度測定装置を熱延鋼板の製造ラインに適用して、熱延鋼板を製造する方法について説明する。
【0060】
図15は、熱延鋼板の製造ラインの概略構成例を示す模式図である。
図15に示すように、熱延鋼板を製造するに際しては、まず加熱炉3でスラブを1000〜1200℃に加熱昇温する。次に、昇温加熱したスラブをその幅を決定すると共に、仕上圧延機6で圧延可能な厚みまで粗圧延機4で圧延し、粗バーと称される中間部材にまで圧延する。次に、必要に応じて、再加熱装置5において、誘導加熱等により粗バーを再加熱する。次に、仕上圧延機6において、粗バーを目標とする熱延鋼板の厚みになるまで圧延する。なお、仕上圧延機6における仕上圧延後の鋼板の温度はおよそ700〜1000℃、厚みは1mm前後〜十数mm程度、板速度は600mpmから1500mpmである。
【0061】
仕上圧延機6による圧延後の鋼板は、第1冷却帯7又は第2冷却帯8において目標温度にまで冷却され、ダウンコイラー9によってコイル状に巻き取られる。或いは、第1冷却帯7、第2冷却帯8及びその中間に位置する非冷却ゾーンを利用して、冷却履歴を制御する場合もある。第1冷却帯7、第2冷却帯8では、冷却水を噴出するミスト冷却又はラミナー冷却と称される多数の冷却用ノズルが配置されており、その内の適当な本数のノズルから水を噴出して鋼板を冷却する。噴出するノズル本数や位置などの冷却条件は、セットアップ学習やダイナミックフィードバックなどを利用して制御される。
【0062】
以上に説明した熱延鋼板の製造ラインにおいて、本発明に係る表面温度測定装置は、例えば、従来測温が困難であった第1冷却帯7又は第2冷却帯8の下面の温度を測定するために用いることができる(図15の適用1)。なお、厚みの薄い鋼板の場合には、下面からの測温値が、おおよそ鋼板の厚み方向の代表温度を示すと考えて問題ない。
【0063】
また、第1冷却帯7又は第2冷却帯8の前後に本発明に係る表面温度測定装置を設置し、従来の温度計の代わりに用いることも可能である(図15の適用2)。従来の温度計は、特にコイルの先端部で湯気の影響により出力値が小さくなることがあるが、本発明に係る表面温度測定装置を適用すれば、コイルの最先端部から測温可能である。
【0064】
また、第1冷却帯7又は第2冷却帯8において、鋼板上方に本発明に係る表面温度測定装置を設置し、測温することも可能である(図15の適用3)。スプレーやラミナー冷却水が鋼板に衝突している領域を除けば、鋼板上面に冷却水が乗っている状態でも当該水乗りを介して測温することが可能である。
【0065】
また、仕上圧延機6の近傍、或いは、仕上圧延機6の各スタンド間に、本発明に係る表面温度測定装置を設置し、測温することも可能である(図15の適用4)。斯かる場所でも、仕上圧延機6の冷却水や、スタンド間スプレーと称される冷却水が外乱水として存在することになるが、外乱水の影響を低減して測温することが可能である。斯かる場所での鋼板温度を測定することにより、重要な管理指標である圧延直後の温度の管理・制御に用いることができる。
【0066】
さらに、搬送ロールの冷却水などが外乱水として存在するような場所に、本発明に係る表面温度測定装置を設置して測温すれば、有用な温度管理を行うことができる(図15の適用5、6)。
【0067】
以上に説明したように、本発明に係る表面温度測定装置は、熱延鋼板の製造ラインにおいて、図15の適用1〜6で示すような箇所に設置することができる。この内、鋼板の品質制御に特に重要であるのは、適用1〜4で示す箇所の温度管理であるため、当該箇所に測温精度の高い本発明に係る表面温度測定装置を設置するのが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】図1は、本発明の一実施形態に係る表面温度測定装置におけるパージ用ノズル近傍の構成を示す模式図である。
【図2】図2は、本発明の一実施形態に係る表面温度測定装置の概略構成を示す模式図である。
【図3】図3は、図2に示す表面温度測定装置の内部構成を示す模式図である。
【図4】図4は、本発明の一実施形態に係る表面温度測定装置におけるパージ用ノズル近傍の他の構成を示す模式図である。
【図5】図5は、本発明の一実施形態に係る表面温度測定装置におけるパージ用ノズル近傍のさらに他の構成を示す模式図である。
【図6】図6は、外乱水による光路の乱れが測温値に及ぼす影響を調査するための試験概要を説明する説明図である。
【図7】図7は、図6に示す試験の結果を示すグラフである。
【図8】図8は、パージ水の水温及び衝突圧力が測温値に及ぼす影響を示すグラフである。
【図9】図9は、パージ水の流速と外乱水の流速との比が測温値に及ぼす影響を示すグラフである。
【図10】図10は、パージ水の全ヘッドが測温値に及ぼす影響を示すグラフである。
【図11】図11は、水の分光吸収特性を測定した結果を示す。
【図12】図12は、水の厚みと測温誤差との関係を示すグラフである。
【図13】図13は、遮断波長と測温誤差との関係を示すグラフである。
【図14】図14は、遮断波長と測温誤差との関係を示す他のグラフである。
【図15】図15は、熱延鋼板の製造ラインの概略構成例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0069】
1・・・放射温度計
2・・・ノズル
M・・・被測温鋼材
θ・・・鋼材エッジ部の最小の拡がり角
S1・・・光路安定領域
S2・・・光路不安定領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測温鋼材表面から放射された熱放射光を被測温鋼材に対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する方法であって、
前記放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域と光路不安定領域との界面と前記放射温度計の光軸との交点を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定することを特徴とする鋼材の表面温度測定方法。
【請求項2】
被測温鋼材下面から放射された熱放射光を、被測温鋼材下面に向けてノズルから噴射したパージ水を介して被測温鋼材の下方に対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する方法であって、
被測温鋼材のパスラインを位置基準とした前記パージ水の全ヘッドHt(m)が以下の式(1)を満足することを特徴とする鋼材の表面温度測定方法。
−0.36Hg<Ht<0.05 ・・・(1)
ただし、Hg(m)は、パスラインとノズル先端との離間距離を意味する。
【請求項3】
前記放射温度計で検出する熱放射光の波長を0.9μm以下とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼材の表面温度測定方法。
【請求項4】
被測温鋼材に対向配置された放射温度計を備え、被測温鋼材表面から放射された熱放射光を前記放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する装置であって、
前記放射温度計で検出される熱放射光の光路が通る領域における光路安定領域と光路不安定領域との界面と前記放射温度計の光軸との交点を基準とした被測温鋼材エッジ部の最小の拡がり角を75°以上に設定することを特徴とする鋼材の表面温度測定装置。
【請求項5】
被測温鋼材下面に対向配置された放射温度計と、被測温鋼材下面と前記放射温度計との間にパージ水を噴射するノズルとを備え、被測温鋼材下面から放射された熱放射光を前記パージ水を介して前記放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する装置であって、
被測温鋼材のパスラインを位置基準とした前記パージ水の全ヘッドHt(m)が以下の式(1)を満足することを特徴とする鋼材の表面温度測定装置。
−0.36Hg<Ht<0.05 ・・・(1)
ただし、Hg(m)は、パスラインとノズル先端との離間距離を意味する。
【請求項6】
被測温鋼材と前記放射温度計の検出素子との間に、0.9μmよりも長い波長の光を遮断する光学フィルタを備えることを特徴とする請求項4又は5に記載の鋼材の表面温度測定装置。
【請求項7】
請求項1から3のいずれかに記載の方法によって表面温度を測定することを特徴とする鋼材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2006−17589(P2006−17589A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−195914(P2004−195914)
【出願日】平成16年7月1日(2004.7.1)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】