説明

鋼材製海洋構造物

【課題】塗装費用の削減が可能である、耐食性に優れた鋼材製海洋構造物を提供する。
【解決手段】飛来海塩粒子量が所定の境界値を超える高さ方向領域では、所定の塗膜厚さを有する塗装を施された鋼材で、飛来海塩粒子量が所定の境界値以下となる高さ方向領域では、無塗装の鋼材で構成する。なお、境界値は0.1mdd以下とする。無塗装で使用する鋼材としては、質量%で、C:0.08%未満、Si:0.75%以下、Mn:2.0%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、 Al:0.01〜0.05%、N:0.010%以下を含み、さらにW:0.50〜1.0%、Nb:0.010〜0.200%、Cr:0.01〜0.10%を含有し、さらに、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%のうちから選ばれた1種または2種を含有する鋼材とすることが好ましい。海洋構造物として、洋上構造物、なかでも洋上風力発電タワーが好適である。これにより、塗装面積が激減し、塗装作業の軽減、再塗装期間の短縮が可能となり、塗装費用が低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海塩が飛来する環境下で使用される鋼材製海洋構造物に係り、とくに洋上に建設される洋上構造物、さらには洋上風力発電タワーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、温室効果ガスである二酸化炭素(CO)の削減が要望され、CO排出が著しい化石燃料に代えて、COを排出しないクリーンなエネルギーが注目されている。このようなクリーンなエネルギー源として、再生可能な自然エネルギーを利用しようとする気運が世界各国で高まっている。なかでも、再生可能な自然エネルギーである風力を利用した風力発電は、比較的発電コストが低くことから、最近では、世界各国で風力発電の導入が活発化している。しかし、風力発電は、風況によって出力が変動しやすいという問題がある。
【0003】
風力発電に適した地域は、たえず強風が期待できるところである。しかし、そのような地域は陸上では限られており、しかも、そのような地域には、すでに風力発電設備が導入され、導入密度が高くなっているところが多い。また、最近では、風力発電装置の騒音等の問題が顕在化してきており、陸上では、これからさき、新規に風力発電設備を建設することが難しくなっているのが現状である。このため、風力発電は、陸上から洋上へ移行しつつある。
【0004】
洋上では、風速が大で、しかも乱れが少ない風が安定して吹くことが多い。そのため、稼働時間が長くなり、大きな風力発電量が期待できる。しかも、風速は、離岸距離が増大するにしたがい、増加する傾向にあるため、最近では、海岸から遠く離れた大水深の沖合に、洋上風力発電設備を建設する計画が検討されている。設置場所は、現在では、「水深:20m未満、沖合:20km以内」が主流であるが、将来的には、「水深:60m未満、沖合:60km以内」、さらには「水深:60m以上、沖合:60km以上」の海域までが、検討の対象にされている。
【0005】
このような水深の深い沖合で洋上風力発電を可能とするために、洋上で風力発電装置を設置できる基礎構造について、種々の方式が提案されている。最近では、大口径のドリルピットによる掘削が可能となり、離岸距離が20km以内、水深が20m未満の海域では、着床したモノパイル基礎のうえに風力発電装置を設置するのが主流となっている。
さらに、水深が深くなる水深:40m以上の海域では、ジャケット型、トリパイル型等の基礎の利用が考えられている。またさらなる高深度の海域では、例えば、特許文献1に示されるような構造の、海底に着床しない浮体構造が提案されている。この浮体構造は、復元力が大きく、発電装置の傾斜がなく発電量の低下も少なく、軽量でありかつ短期間に製造できるとしている。
【0006】
また、風力発電量は、風速の3乗と、ブレード径の2乗に比例する。このため、風力発電設備は、ブレード径を大きくし、大型化する傾向にある。そして、このような大型化したブレードを回転可能に支えるタワーは、全体として80m程度の高さで、直径が8mを超える程度の大きさの大型構造物(管体)となる場合もあり、通常、厚肉の鋼材を溶接してパーツごとに製造し、組み立てられる。
【0007】
従来から、陸上や海岸近傍に設置された風力発電装置においても、風力発電装置を構成するタワー等には、使用する環境に応じた塗装等の防錆処理が施されている。しかし、洋上に設置される風力発電装置においては、設置場所が洋上であるということから、再塗装等の保守補修作業が困難であるため、ライフサイクルコスト(LCC)を考慮して、塗装(塗膜)の耐久性向上が主要な技術課題と考えられている。
【0008】
塗装(塗膜)の耐久性向上については、自動車用薄鋼板についてではあるが、例えば特許文献2に、基板鋼板にジンクリッチ塗料が施された、塗装耐食性に優れた耐食性鋼板が記載されている。特許文献2に記載された技術では、基板となる鋼板を、質量%で、C:0.001〜0.10%、Si:0.5%以下、Mn:0.05〜2.0%、TiとZrを合計で0.03%超0.4%未満、Cu:0.03〜0.5%、Ni:0.03〜0.5%、P:0.020〜0.1%、S:0.01%以下、Ca:0.0005〜0.02%、Al:0.003〜0.20%を含有する組成の鋼板としており、Ti+Zr:0.03%超0.4%未満、Cu:0.03〜0.5%、Ni:0.03〜0.5%、P:0.020〜0.1%を含有させた組成とすることに特徴があり、これにより、基板の耐食性が向上するとともに、ジンクリッチ塗料による塗膜の耐食性が著しく向上して、防錆効果が長時間持続可能となるとしている。なお、ジンクリッチ塗料に所定の金属塩を含有させることにより、さらに効果が高められるとしている。
【0009】
また、特許文献3には、塗装耐久性に優れた塗装用鋼材が記載されている。特許文献3に記載された塗装用鋼材は、質量%で、C:0.12%以下、Cu:0.05〜3.0%、Ni:0.05〜6.0%、Ti:0.025〜0.15%を含有し、Cu+Ni:0.50%以上、PCM:0.23%以下で、さらには、Si:1.0%以下、Mn:2.5%以下、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Cr:0.05%以下を含有することを特徴としている。特許文献3に記載された技術では、Cr含有量を極力低減して塗膜欠陥部における腐食促進要因を低減するとともに、Cu、Ni、Tiの多量含有により、生成錆を緻密化して耐食性を向上させている。
【0010】
また、特許文献4には、補修再塗装寿命の延長、および補修再塗装作業の軽減に寄与する耐食性に優れた造船用耐食鋼が記載されている。特許文献4に記載された技術は、とくに海水腐食環境下で使用されるバラストタンク用鋼材(船舶用鋼材)に関するものであり、これら鋼材は海洋構造物が曝される一般の洋上大気環境下とは腐食環境が異なる特殊な環境で使用される。なお、特許文献4に記載された造船用耐食鋼の成分組成は、質量%で、C:0.03〜0.25%、Si:0.05〜0.50%%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.025%以下、S:0.01%以下、Al:0.01〜0.10%、W:0.01〜1.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2009−248792号公報
【特許文献2】特開2003−171732号公報
【特許文献3】特開2000−169939号公報
【特許文献4】特開2007−46148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献1に記載された技術は、洋上風力発電装置用基礎構造ついての技術であり、風力発電装置を構成する鋼材(素材)についての記載はない。また、特許文献2に記載された技術では、0.020質量%を超えるPの多量含有、さらに合計で0.03質量%を超える(Ti+Zr)の多量含有を必須としており、厚鋼板では低温靭性が劣化するという問題がある。また、洋上におけるような飛来海塩粒子量が多く厳しい使用環境下において、所望の耐食性を確保するためには、耐食性向上元素を多量に含有させる必要があり、材料費が高価になるという問題もある。また、特許文献3に記載された技術では、0.025質量%以上というTiの多量含有を必要としており、厚鋼板の低温靭性が劣化するという問題がある。また、特許文献3に記載された技術では、Tiの多量含有に加えてさらに、0.50質量%以上という多量の(Cu+Ni)の含有を必要としており、原材料の高騰や変動により、材料コストが左右されるという問題もあった。
【0013】
さらに、特許文献4に記載された技術は、海水が出入りするバラストタンク用鋼材を対象としており、鋼材は、中性塩化物の洋上大気環境下とは異なる環境下で使用される。したがって、使用される塗装種も異なったものとなる。また、特許文献4には、中性塩化物の洋上大気環境下での塗膜の耐久性についての言及はなく、洋上大気環境下での塗膜の耐久性については問題を残していた。
【0014】
また、洋上に設置される風力発電装置をはじめとする海洋構造物は、一般的に大型構造物であり、その構築には大量の素材を要する。そのため、海洋構造物に適用される素材(塗装鋼材)には、洋上大気環境に対する優れた耐食性を有することが要求されるとともに、安価であることも要求される。そこで、素材となる塗装鋼材の低コスト化を図る手段としては、鋼材に添加する合金元素量を低減する手段などが採用されている。しかしながら、鋼材表面に塗装を施すための塗料の消費量も軽視することはできない。海洋構造物の場合、大型構造物であるがゆえに、莫大な量の塗料が消費される。このため、塗料の消費量を低減することができれば、大幅なコスト削減を実現できる。しかし、上記した従来の技術においては、塗料消費量の低減化について、十分な検討がなされていない。
【0015】
さらに、洋上大気環境など厳しい腐食環境下で使用されることが多い従来の防錆仕様(例えばISO12944規定のC5M系)では、塗装寿命は15年程度とされている。このため、15年を超えて使用される使途で構造材を使用する場合には、少なからず保守(メンテナンス)を行うことが必要となる。しかし、洋上に設置される大型風力発電タワーのような場合には、メンテナンスや補修が困難であることから、ライフサイクルコスト(LCC)を考慮して、塗膜の耐久性を向上させ塗装寿命を延長し、塗装等のメンテナンス回数を低減若しくは削除してミニマムメンテナンス化を図り、LCCを向上させ、さらにメンテナンスフリー化することが重要であると考えられている。
【0016】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、海塩が飛来する洋上大気環境下で使用が可能で、従来に比べて、塗装費用、製造コスト等の削減が可能な、耐食性に優れた鋼材製海洋構造物を提供することを目的とする。なお、本発明の海洋構造物に適用される鋼材は、海洋構造物用、さらには洋上海洋構造物用として好適な、さらには洋上風力発電用として好適な、引張強さ:420MPa以上を有する高靭性鋼材とする。ここでいう「高靭性」とは、シャルピー衝撃試験の試験温度:0℃における平均吸収エネルギーが27J以上、好ましくは試験温度:−40℃における平均吸収エネルギーが27J以上である場合をいうものとする。また、ここでいう「鋼材」には、肉厚が30mm以上の厚鋼板、形鋼、棒鋼、鋼管等が含まれる。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、まず、海塩が飛来する環境(洋上大気環境)下で使用される海洋構造物の耐食性に及ぼす各種要因について鋭意検討した。海洋構造物は一般的に大型構造物であり、例えば、洋上風力発電設備のタワーのように、高さが80mにも達するものもある。そこで、本発明者らは、海洋構造物の高さ方向で、飛来海塩粒子量が異なること、すなわち、高さ方向で腐食環境が異なることに着目した。例えば、洋上風力発電設備用タワーの場合、タワーの海面直上部と、海面から80mのタワー最高部とでは、飛来海塩粒子量が大きく異なることが推測でき、本発明者らが調査した結果では、タワーの海面直上部での飛来海塩粒子量は約0.4〜1.5 dm/day(以下、mddという)と非常に高い値を示す。一方、海面から80mのタワー最高部での飛来海塩粒子量は約0.01〜0.1mddと比較的低い値を示すことが確認された。
【0018】
このような結果から、本発明者らは、海洋構造物の高さ方向の防錆塗装仕様を、飛来海塩粒子量が高い下部領域と飛来海塩粒子量が低い上部領域とで、従来のように、同一の塗装仕様とする必要がないことに思い至った。そして、飛来海塩粒子量が高い海洋構造物の下部領域では、従来と同様の防錆塗装仕様を施した塗装鋼材を適用して構築し、一方、飛来海塩粒子量が低い海洋構造物の上部領域では、耐食性に優れた低合金耐食鋼材を適用すれば、無塗装仕様で構築できることに想到した。このような構成とすることにより、塗装作業が削減でき、塗装コストが顕著に低減でき、ひいては海洋構造物の製造コストさらには保守点検コストの削減が可能であるという結論に達した。
【0019】
そこでさらに、本発明者らは、海塩が飛来する環境下における鋼材の耐食性に及ぼす各種合金元素の影響について研究した。その結果、飛来海塩粒子量が低い海洋構造物の上部領域で、無塗装仕様で使用可能な、耐食性に優れた低合金耐食鋼材を見出した。
本発明者らの研究によれば、C含有量を0.08%未満と低炭素化したうえで、適正量のW、Nb、さらに、耐食性改善に有効なCrを0.01〜0.10%必須含有させ、さらに、CuおよびNiを含有させ、あるいはさらにMo、V、Sb、Snのうちの1種以上、あるいはさらに適正量のTiを含有させた組成の鋼材は、飛来海塩粒子量が0.1mdd以下のような比較的緩やかな腐食環境下であれば無塗装、すなわち裸使用でも十分な耐食性を長時間保持できるほどに耐食性が向上することを見い出した。
【0020】
なお、W、Nbによる耐久性向上の機構について、現時点では明瞭とはなっていないが、本発明者らは、つぎのように、考えている。
適正量のWの含有により、地鉄表面に安定で緻密な錆が形成される。鋼材中に含まれたWは、地鉄表面に溶出して、WO2−イオンとなり、Fe2+イオンと反応して、次式のような反応で、難溶性のFe WOを形成する。
Fe2+ + WO2− → Fe WO
腐食生成物(錆)中に難溶性のFe WOが含まれることにより、錆層が緻密化し、イオンや酸素の透過が抑制されて、錆生成量が低減することになり、錆の剥離等を顕著に防止できることになる。
【0021】
また、適正量のNbの含有により、微細フェライト組織の生成と、炭化物(NbC)の微細分散が可能となる。そしてさらに、Nbの含有により、フェライト相と異相界面を形成し、耐食性に悪影響を及ぼすセメンタイトの生成が遅延するとともに、微細化され、鋼材の耐食性が顕著に向上するものと考えられる。セメンタイトに代表される炭化物は腐食環境下ではカソードとして作用するため、炭化物を微細分散させることは、耐食性の向上という観点から好ましいといえる。さらに、適正量のCrを含有すると、生成する錆の緻密性が増加することも知見した。
【0022】
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
(1)構造物の高さ方向に飛来海塩粒子量が異なる環境で使用される鋼材製海洋構造物であって、前記飛来海塩粒子量について所定の境界値を設定し、前記構造物のうち前記飛来海塩粒子量が前記境界値超えとなる領域を下部領域とし、前記構造物のうち前記飛来海塩粒子量が前記境界値以下となる領域を上部領域とし、前記所定の境界値を0.1mdd以下として、前記下部領域は、表面に塗装を施された塗装鋼材で構成され、一方、前記上部領域は、無塗装の鋼材で構成されてなることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(2)(1)において、前記無塗装の鋼材が、質量%で、C:0.08%未満、Si:0.75%以下、Mn:2.0%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Al:0.01〜0.05%、N:0.010%以下を含み、さらにW:0.50〜1.0%、Nb:0.010〜0.200%、Cr:0.01〜0.10%を含有し、さらに、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼材であることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(3)(2)において、前記無塗装の鋼材の組成における、前記PおよびSの含有量が、質量%で、P:0.010%以下、S:0.0020%以下であることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(4)(2)または(3)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Mo:0.01〜0.50%、V:0.05〜1.0%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.30%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(5)(2)ないし(4)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.005〜0.025%を含有することを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(6)(2)ないし(5)のいずれかにおいて、次(1)式
Ceq=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 ‥‥(1)
(ここで、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V:各元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.40以下である組成とすることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(7)(2)ないし(6)のいずれかにおいて、次(2)式
CM=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B ‥‥(2)
(ここで、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、B:各元素の含有量(質量%))
で定義される溶接割れ感受性指数PCMが0.30以下である組成とすることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(8)(1)ないし(7)のいずれかにおいて、前記下部領域が、基材鋼材の表面に、ISO12944の規定に準拠したC5M系の塗装を施された塗装鋼材からなることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(9)(1)ないし(8)のいずれかにおいて、前記鋼材製海洋構造物が、鋼材製洋上構造物であることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
(10)(9)において、前記鋼材製洋上構造物が、洋上風力発電タワーであることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、海塩が飛来する海洋環境下において鋼材製海洋構造物の塗装仕様を、構造物の高さ方向で変化させ、とくに、飛来海塩粒子量が0.1mdd以下である高さ方向領域(上部領域)では、無塗装仕様とすることが可能となり、海洋構造物の塗装費用を、従来に比べて削減することが可能となるという、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、海洋構造物のミニマムメンテナンス化によるライフサイクルコスト(LCC)の低下を実現できるという効果もある。
【発明を実施するための形態】
【0024】
海岸、さらには洋上では、陸上に比べて風速が大きく、かつ塩分を多く含む風が吹いているが、飛来する海塩の粒子量(飛来海塩粒子量)は、海面からの高さで変化している。飛来する塩分、すなわち、飛来する海塩粒子によって、鋼材の腐食が促進されるため、飛来する海塩粒子量によって、腐食環境の厳しさを、概ね区別できる。飛来海塩粒子量が0.1〜0.4mddを境にして腐食の厳しさが大きく変化するといわれており、飛来海塩粒子量:0.1mddを塗装仕様を決定するうえの一つの指標(境界値)として、本発明になる海洋構造物では、飛来海塩粒子量により高さ方向で塗装の仕様を変化させる。
【0025】
本発明になる海洋構造物は、鋼材製であり、飛来海塩粒子量が0.1mdd以下となる高さ方向領域(上部領域)では鋼材は無塗装、すなわち裸使用とし、飛来海塩粒子量が0.1mdd超えとなる高さ方向領域(下部領域)では鋼材に塗装を施す。これにより、海洋構造物の塗装を軽減でき、塗装費用の大幅な削減が可能となり、ミニマムメンテナンス化によるライフサイクルコスト(LCC)の低下を実現できる。
【0026】
飛来海塩粒子量が0.1mdd超えとなる環境は、厳しい腐食環境であり、本発明では、鋼材表面に塗装を施す、すなわち、飛来海塩粒子量が0.1mdd超えとなる環境である下部領域では、塗装鋼材を用いるものとする。なお、鋼材製海洋構造物では、鋼材を保護するための塗装を施して、腐食の防止を図ることが行われているが、各種規格ごとに、使用環境に応じた塗装仕様が規定されている。本発明における下部領域では、基材とする鋼材に、使用環境に応じた塗装仕様で塗装した、塗装鋼材を用いるものとする。また、基材となる鋼材は、使用環境に適合した強度、靭性等の機械的特性を有する鋼材であればよく、とくに限定する必要はないが、所望の機械的特性を有し、さらに塗膜の耐久性に優れた鋼材とすることがさらに好ましい。
【0027】
例えば、ISO 12944には、最も厳しい大気中腐食カテゴリーとして、C5Mが規定され、それに適合した塗装仕様が記載されている。本発明の海洋構造物では、下部領域用として、この規定に準じた塗装仕様を適用することが好ましい。すなわち、飛来海塩粒子量が境界値を超える海面に近い下部領域の塗装仕様としては、ISO 12944に規定されるC5Mに準拠した塗装とすることが好ましい。
【0028】
ISO 12944に規定されるC5Mに準拠した塗装としては、無機ジンク塗膜40〜80μm(乾燥膜厚)の下塗り層と、エポキシ樹脂塗膜400〜600μm(乾燥膜厚)の中塗り層と、ポリウレタン樹脂塗膜50〜100μm(乾燥膜厚)の上塗り層より構成される塗装とすることができる。なお、無機ジンク塗膜の下塗り層を省略し、中塗り層と、優れた耐食性を有するエポキシガラスフレーク塗膜の上塗り層としてもよい。
また、本発明になる鋼材製海洋構造物においては、NORSOK STANDARD M-501や、ISO 20340にも、保護塗膜についての規定があり、本発明になる鋼材製海洋構造物においても、適用してもよい。
【0029】
なお、基材となる鋼材には、塗装前に、Sa:21/2程度のブラスト処理を施すことは言うまでもない。
一方、飛来海塩粒子量が0.1mdd以下である環境、例えば、海面より20m超えの洋上タワー上層部においては飛来海塩粒子量が0.1mdd以下である環境であり、腐食環境であるため、使用する鋼材を適正に選択すれば、無塗装、すなわち裸使用でも、十分な耐食性を長期間保持できる。
【0030】
本発明になる海洋構造物の、飛来海塩粒子量が0.1mdd以下となる高さ方向領域(上部領域)で無塗装で使用する鋼材は、質量%で、C:0.08%未満、Si:0.75%以下、Mn:2.0%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Al:0.01〜0.05%、N:0.010%以下を含み、さらにW:0.50〜1.0%、Nb:0.010〜0.200%、Cr:0.01〜0.10%を含有し、さらに、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、あるいはさらに、Mo:0.01〜0.50%、V:0.05〜1.0%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.30%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ti:0.005〜0.025%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼材とする。
【0031】
以下、無塗装で使用する鋼材の組成限定理由について説明する。以下、とくに断わらない限り質量%は単に%で記す。
C:0.08%未満
Cは、固溶して鋼材の強度を増加させるとともに、炭化物形成元素と結合し炭化物を形成する元素である。所望の強度を確保するためには、0.02%以上含有させることが望ましい。一方、セメンタイト等の炭化物は、フェライト相との異相界面を形成し、海塩が飛来する腐食環境下ではカソードとなりやすく、腐食を促進するため、耐食性の観点からはできるだけ低減するか、微細に分散させることが望ましい。一方、0.08%以上の、過剰な含有は、所望の耐食性を確保することが難しくなる。このため、Cは0.08%未満の範囲に限定した。なお、好ましくは0.03〜0.06%である。
【0032】
Si:0.75%以下
Siは、脱酸剤として作用するとともに、固溶して強度を増加させる元素であり、所望の強度を確保するために、本発明では0.20%以上含有させることが望ましい。Siは、加熱時の酸化に際し、地鉄とスケール界面にファイアライトを生成し、スケールと地鉄との密着性を増加させる作用を有するが、0.75%を超える多量の含有は、靭性を低下させるとともに、熱間圧延時に地鉄とスケールとの界面厚さが増大しすぎて、ローラ矯正、プレス矯正時に、スケールの割れ、剥離が顕著となり、製造性が低下する。このため、Siは0.75%以下の範囲に限定した。なお、Siの過剰な含有は、靭性、加工性の低下を招くため、0.60%以下とすることが好ましい。
【0033】
Mn:2.0%以下
Mnは、固溶して鋼材の強度を増加させるとともに、靭性を向上させる作用を有する元素である。また、MnはSと結合しMnSを形成し、有害なFeSの形成を抑制し、鋼材表面および鋼中でのSの悪影響を抑制する作用を有する。このような効果を得るためには、Mnは0.5%以上含有することが望ましい。一方、2.0%を超える含有は、溶接性を低下させ、機械加工性を低下させる。このため、Mnは2.0%以下の範囲に限定した。なお、好ましくは0.5〜1.6%である。
【0034】
P:0.030%以下
Pは、鋼材の強度を増加させる作用を有するが、粒界に偏析し、耐食性を低下させるとともに、母材靭性、さらには溶接性および溶接部靭性を低下させるとともに、二次加工脆化の原因ともなり、鋼材の加工性を低下させる。このため、Pはできるだけ低減することが望ましいが、過度の低減は精錬コストを高騰させる。このため、0.001%程度以上とすることが望ましい。また、このような母材靭性、および溶接部靭性加工性の低下は0.030%を超える含有で顕著となる。このため、Pは0.030%以下に限定した。なお、好ましくは0.010%以下である。さらに好ましくは0.006%以下である。
【0035】
S:0.030%以下
Sは、Mnを含有する組成では、可溶性非金属介在物であるMnSを形成する。MnSは、海塩が飛来する環境下では腐食の起点となり、耐食性を低下させる。また、Sは、靭性および溶接性を低下させる有害な元素である。このため、Sはできるだけ低減することが望ましいが、0.030%以下であれば許容できる。なお、過度の低減は精錬コストが高騰するため、0.0005%以上とすることが望ましい。なお、好ましくは0.0050%以下、さらに好ましくは0.0020%以下である。
【0036】
Al:0.01〜0.05%
Alは、脱酸剤として作用するとともに、結晶粒を微細化する元素である。このような効果を得るためには、0.01%以上含有させる。一方、0.05%を超える含有は、酸化物系介在物が増加し、鋼材の清浄度が低下する。このため、Alは0.01〜0.05%に限定した。
N:0.010%以下
Nは、固溶して鋼材の強度を増加させるが、多量の含有は、鋼材を硬質化させ、靭性、溶接性を低下させる。さらに、Tiを含有する場合には、NはTiNを形成し、大入熱溶接熱影響部の靭性を向上させる有効な元素として活用することもできる。また、溶接性の低下という観点からはNは、できるだけ低減することが望ましいが、過度の低減は精錬コストを高騰させるため、0.001%程度以上とすることが好ましい。一方、0.010%を超えて多量に含有すると、鋼材が硬質化し、靭性が低下するとともに、溶接性が低下する。このため、Nは0.010%以下に限定した。なお、好ましくは0.005%以下である。
【0037】
W:0.50〜1.0%
Wは、本発明では重要な元素であり、Wの含有により、形成される腐食生成物(錆)が緻密化され、イオンや酸素の透過が抑制されて、耐食性向上に寄与するものと考えている。鋼板の腐食進行とともに、Wは溶出して、腐食生成物(錆)錆中でWO2−イオンとなり、Fe2+イオンと反応して、難溶性のFe WOを形成する。腐食生成物(錆)中に難溶性のFe WOが含まれることにより、錆層が緻密化し、塩化物イオンや酸素の透過が抑制されて、アノード反応を抑制し、錆生成量が低減することになる。
このような効果を得るためには、0.50%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超える含有は、鋼が硬質化し靭性が低下する。このようなことから、Wは0.50〜1.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.50〜0.80 %である。
【0038】
Nb:0.010〜0.200%
Nbは、本発明では重要な元素であり、Cと結合し微細なNbCとして析出する。これに伴い、微細なNb系炭化物が形成されて、組織が微細化し、さらに炭化物が微細分散して、腐食の起点となる異相界面を形成する粗大セメンタイト等の炭化物の生成を抑制し、耐食性が向上する。また、Nbの含有により、粗大炭化物の形成が抑制されるとともに、母相(フェライト相)の結晶粒径が微細化し、靭性が向上する。このような効果を得るためには0.010%以上の含有を必要とする。一方、0.200%を超える含有は、耐食性向上効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となるとともに、鋼材の硬質化を招く。このため、Nbは0.010〜0.200の範囲に限定した。なお、好ましくは0.010〜0.020%である。
【0039】
Cr:0.01〜0.10%
Crは、セメンタイ中のFeと一部置換し、セメンタイトに固溶し、(Fe,Cr)3Cを形成し、セメンタイト(炭化物)を微細分散させる作用を有し、腐食促進原因となるセメンタイト等の粗大な炭化物の形成を抑制する。このようなことから、Crの含有は均一かつ微細、緻密な錆層形成に有効に作用すると考え、Crは0.1〜0.10%の範囲に限定した。
【0040】
Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%のうちから選ばれた1種または2種
Cu、Niは、いずれも、Wとともに複合含有させることにより、海塩粒子が飛来する環境下における耐食性向上に顕著に寄与する。このような効果を得るためにはCu、Niとも0.05%以上含有する必要がある。一方、Cu、Niともに0.50%を超える含有は、高価な合金元素の多量含有となり、材料コストの低減が期待できなくなる。このようなことから、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%の範囲にそれぞれ限定した。
【0041】
上記した成分が基本の成分であるが、これら基本の組成に加えてさらに、Ti:0.005〜0.025%、および/または、Mo:0.01〜0.50%、V:0.05〜1.0%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.30%のうちから選ばれた1種または2種以上を、必要に応じて、選択して含有できる。
Ti:0.005〜0.025%
Tiは、鋼材の強度を増加させるとともに、窒化物の形成を介して組織を微細化し靭性の向上に寄与する。さらにTiは生成する錆を緻密な構造とし、耐食性を向上させる作用をも有する元素であり、必要に応じて含有できる。このような効果を得るためには0.005%以上含有することが望ましいが、0.025%以上含有すると、鋼中に粗大な窒化物(TiN)を形成し靭性が低下しやすくなる。このため、含有する場合には、Tiは0.005〜0.025%に限定することが好ましい。なお、好ましくは0.010〜0.020%である。
【0042】
Mo:0.01〜0.50%、V:0.05〜1.0%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.30%のうちから選ばれた1種または2種以上
Mo、V、Sn、Sbはいずれも、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上含有できる。Mo、V、Sb、Snは、いずれも、緻密で安定な錆層の形成に寄与し、鋼材の耐食性向上に寄与する。このような効果を得るためには、Mo:0.01%以上、V:0.05%以上、Sn:0.01%以上、Sb:0.01%以上それぞれを含有させることが望ましい。なお、より望ましくは、Mo:0.05%以上、V:0.10%以上、Sn:0.05%以上、Sb:0.05%以上である。一方、Mo:0.50%、V:1.0%、Sn:0.50%、Sb:0.30%をそれぞれ超える含有は、加工性を低下させ、鋼材の製造性を損なう。このため、含有する場合は、Mo:0.01〜0.50%、V:0.05〜1.0%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.30%にそれぞれ限定することが好ましい。なお、より好ましくは、Mo:0.05〜0.20%、V:0.10〜0.20%、Sn:0.10〜0.30%、Sb:0.10〜0.20%である。
【0043】
なおさらに、本発明では、上記した成分を上記した範囲で含有するとともに、炭素当量Ceqを0.40以下に、および/または、Pcmを0.30以下に限定することが、溶接性や溶接熱影響部靭性を確保するという観点から好ましい。
なお、炭素当量Ceqは、次(1)式
Ceq=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 ‥‥(1)
(ここで、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V:各元素の含有量(質量%))
で定義される式を用いて計算した値を、溶接割れ感受性指数PCMは、次(2)式
CM=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B ‥‥(2)
(ここで、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、B:各元素の含有量(質量%))
で定義される式を用いて計算した値を、それぞれ用いるものとする。(1)式、(2)式に含まれる元素を含有しない場合には、当該元素の含有量を零として計算するものとする。
【0044】
炭素当量Ceqが0.40を超えると、溶接部の強度(硬さ)が大きくなりすぎて、溶接割れが発生しやすくなる。なお、溶接金属部の硬さを母材硬さの2倍以下にするという観点から、Ceqは、好ましくは0.35以下である。また、溶接割れ感受性指数PCMが0.30を超えて大きくなると、割れ感受性が高くなり、溶接割れが多発する。なお、PCMは、好ましくは0.25以下である。
【0045】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。なお、不可避的不純物としては、O:0.0020%以下、Ca:0.050%以下、B:0.002%以下が許容できる。
つぎに、本発明で無塗装で使用する鋼材の好ましい組織について説明する。
本発明で無塗装で使用する鋼材は、上記した組成を有しさらに、組織全体に対する面積率で、70%以上のフェライト相と、残部がフェライト相以外の第二相とからなる組織を有することが好ましい。
【0046】
フェライト相:70%以上
本発明で無塗装で使用する鋼材は、組織全体に対する面積率で、70%以上のフェライト相と、フェライト以外の第二相とからなる組織を有することが好ましい。
上記した鋼材の組成範囲では、鋼材の組織は、フェライト単相、フェライト相とパーライト相との混合、ベイナイト相、マルテンサイト相、あるいはそれらの混合した組織等、種々の組織を呈する。本発明者らの検討によれば、洋上風力タワーにおけるような、海塩が飛来する腐食環境下では、耐食性が最も優れている組織はフェライト相であるという知見を得ている。このようなことから、本発明で無塗装で使用する鋼材では、組織を、組織全体に対する面積率で、70%以上の、フェライト相を主体とする組織とすることが好ましい。
【0047】
海塩が飛来する腐食環境下では、フェライト相単相以外の組織の場合は、腐食の起点は、主として、炭化物とマトリックス(フェライト相)との異相界面、とくにセメンタイトに代表されるような粗大な炭化物とフェライト相の界面であり、耐食性の観点からは、フェライト相単相組織とすることが好ましいが、フェライト相単相では、鋼材に所望の特性、たとえば、所望の高強度を付与することが難しくなる。そのため、本発明では、耐食性と、他の特性とのバランスを考慮して、フェライト相は、組織全体に対する面積率で、70%以上に限定した。なお、好ましくは80〜95%である。また、フェライト相は、組織全体に対する面積率で、80%以上であっても、炭化物が粗大化していては、十分な耐食性の向上は得られないため、フェライト相の微細化、さらにはフェライト相以外の第二相が、微細でかつ均一に分布していることが好ましい。
【0048】
フェライト相以外の残部(第二相)は、セメンタイト、パーライト相、ベイナイト相、残留オーステナイト相、マルテンサイト相等とすることが好ましい。第二相が、30%を超えて多量に存在すると、耐食性が低下する。なお、第二相は好ましくは15%以下である。
また、本発明で無塗装で使用する鋼材では、フェライト相の結晶粒度番号が7.0以上の微細な組織とすることがより好ましい。組織(フェライト結晶粒)を微細化することにより、結果的に、結晶粒界を長くすることができ、結晶粒界に析出しやすい炭化物も微細に分散するようになる。結晶粒が微細なほど、炭化物の微細分散を図ることができる。なお、製造工程の負荷を考慮して、結晶粒度番号:6.0以上としても良い。なお、本発明では、結晶粒度番号は、JIS G 0551の規定に準拠して算出した値を用いるものとする。
【0049】
ついで、本発明で無塗装で使用する鋼材の好ましい製造方法について説明する。
上記した組成を有する鋼材の製造方法は、通常公知の方法がいずれも適用可能であり、とくに限定されない。
鋼材が厚鋼板である場合には、上記した組成の溶鋼を、転炉等の通常公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の方法でスラブ等の鋼素材としたのち、鋼素材を加熱し、厚板圧延(熱間圧延)を施し、冷却、あるいはさらに矯正等を施して所望の寸法形状の厚鋼板とすることが好ましい。なお、厚板圧延では、通常の圧延に加えて、制御圧延、制御冷却等を適用して所望の強度、靭性等の特性を付与することもできる。
【0050】
鋼材が厚鋼板である場合には、例えば、鋼素材を、1000〜1200℃に加熱したのち、700〜1000℃の温度域で累積圧下率:60%以上で、圧延終了温度:650℃以上とする厚板圧延を施し、厚鋼板としたのち、5.0℃/s以下の冷却速度で300℃以下まで冷却することが好ましいが、これに限定されないことは言うまでもない。圧延後の冷却条件を制御することに代えて、室温まで冷却した後、熱処理を施してもよい。熱処理条件としては、所望の強度、靭性を確保できるように、加熱温度:300〜700℃に加熱したのち、1.0〜30℃/sの範囲の冷却速度で室温まで冷却するか、または加熱後空冷することが好ましい。
【0051】
また、鋼材が、形鋼の場合には、上記した組成の溶鋼を、転炉等の通常公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の方法でブルーム等の鋼素材としたのち、鋼素材を加熱し、形鋼圧延(熱間圧延)を施し、冷却、あるいはさらに矯正等を施して所望の寸法形状の、H形鋼、鋼矢板等の形鋼とすることが好ましい。形鋼圧延は、通常の圧延方法がいずれも適用可能である。また、鋼材が棒鋼である場合も同様で、通常の条件で棒鋼圧延を適用して所望の寸法形状、強度、靭性を有する棒鋼となるように、製造条件を調整することが好ましい。
【0052】
なお、形鋼圧延、棒鋼圧延では、圧延後の冷却条件は、鋼材の肉厚にもよるが、1.0℃/s以下の冷却速度で300℃以下まで冷却することが、所望の特性を有する鋼材を得るために好ましい。
なお、飛来海塩粒子量が0.1mddを超える高さ方向領域(下部領域)で、基材として使用する塗装鋼材は、上記したように、とくに限定する必要はなく、通常、海洋構造物に使用される、例えばEN10025対応鋼(API2W-50相当鋼)であればよい。これら鋼材にISO20340に準拠したC5M系の塗装仕様を施すことで、15年の塗装寿命が確保されると考えられる。
なお、耐食性に優れた鋼材とすることにより、塗膜厚を薄くすることも可能となる。また、とくに使用環境が低温となる場合には、低温靭性に優れた鋼材を使用することはいうまでもない。
【0053】
上記した各鋼材を使用して、上部領域、下部領域を構成し、所定寸法形状の海洋構造物とする。本発明海洋構造物としては、海岸域に建設されるもの、あるいは沿岸から遠く離れた洋上に建設する洋上構造物があり、なかでも風力発電タワーがある。
たとえば、洋上風力発電タワーは、上記した製造工程で製造された厚鋼板を溶接し、例えば8.0m径の大径管を複数製造し、それらを溶接またはボルト接合して組み合わせて使用することになる。そして、塗装用鋼材を使用した下部領域には、所定の塗装を施し、一方、上部領域では、塗装を施さずに、風力発電用タワーとする。
【実施例】
【0054】
(実施例1)
表1に示す組成を有する鋼素材(スラブ)を、1050〜1130℃に加熱し、800℃以上の温度範囲での累積圧下率が75%以上で、かつ圧延終了温度:660℃以上とする厚板圧延を施し、圧延終了後、5.0℃/s以下の冷却速度(空冷)で冷却して、厚鋼板(板厚:50mm)を得た。表2に圧延条件を示す。なお、一部の厚鋼板には、表2に示す条件の熱処理(焼もどし処理)を施した。
【0055】
得られた厚鋼板について、組織観察、引張試験、衝撃試験を実施した。試験方法は次のとおりとした。
(1)組織観察
得られた厚鋼板から組織観察用試験片を採取し、圧延方向断面(L断面)を研磨し、ナイタール液で腐食して、板厚方向1/4位置について、光学顕微鏡(倍率:400倍)を用いて組織を観察し、各5視野ずつ撮像した。得られた組織について、画像処理して、組織の種類(フェライト相、フェライト相以外の第二相の区別)、その組織分率(組織全体に対する面積%)を求めた。また、JIS G 0551の規定に準拠して、結晶粒度番号を算出した。
(2)引張試験
得られた厚鋼板の板厚1/4位置から、引張方向が圧延方向と直角方向となるように、JIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を実施し、引張特性(降伏強さYS、引張強さTS、伸びEl)を測定した。
(3)衝撃試験
得られた厚鋼板の板厚1/4位置から、試験片長さ方向が圧延方向と直角方向となるように、Vノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、試験温度:0℃および−40℃における吸収エネルギーvE(J)およびvE−40 (J)を求めた。なお、各鋼板で各3本実施し、得られた吸収エネルギーの算術平均を求め、各鋼板の靭性を評価した。
【0056】
ついで、得られた厚鋼板から、試験材(100×70mm)を採取し、厚鋼板表面の酸化スケールを、ショットブラスト処理により除去した。なお、ショットブラスト処理は、RZ:50μm、Sa:21/2とした。ショットブラスト処理後の試験材から、厚鋼板表面が暴露面となるように大気暴露試験片を採取した。この大気暴露試験片を用いて、大気暴露試験を実施して、無塗装での耐食性を評価した。試験方法はつぎのとおりとした。
(4)耐食性
採取した大気暴露試験片(10mm厚×100mm×70mm)を、所定の境界値以下である、飛来海塩粒子量:0.10mddの地域で、3年間の大気暴露試験(試験期間の平均気温は15℃)を実施した。なお、大気暴露試験では、試験片は水平から60°傾け、試験面が南向きに正対するように設置した。
【0057】
大気暴露試験終了後、試験片表面に形成された腐食生成物をクエン酸第二アンモニウム水溶液を用いて除去して、試験片重量を測定し試験後の試験後重量とし、試験前に予め測定しておいた試験前重量との差を算出し、腐食減量とし、腐食速度(um/year)を求めた。腐食速度が50μm/year未満である場合を○、それ以外を×として評価した。
得られた結果を表3に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
【表3】

【0061】
無塗装仕様に適合する組成範囲の厚鋼板(本発明例)は、いずれも、所望の高強度と優れた靭性とを有し、飛来海塩粒子量が0.10mdd以下の腐食環境(大気暴露環境)において、50μm/year未満の腐食速度を示し、所定の補修期間間隔(15年間)でも、無塗装で使用としてもとくに補修を必要としないことが明らかである。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、腐食速度が50μm/year以上となり、耐食性が低下している。
(実施例2)
外径:8.0mφ、海上高さ:80mとなる洋上風力発電タワーを沿岸から5.0kmの、水深:30〜45m程度の位置に設置するとして、飛来海塩粒子量が0.1mdd超えとなる高さ20m以下となり、飛来海塩粒子量が0.1mdd以下となる高さは20m超えとなる。そこで、飛来海塩粒子量が0.1mdd超えとなる下部領域を、鋼材表面に合計で500μmからなる塗装(無機シンク:50μm厚さ、エポキシ樹脂塗膜:200μm厚さを2層、ウレタン樹脂塗膜:50μm厚さ)を施し、飛来海塩粒子量が0.1mdd以下となる上部領域を、無塗装とした場合を想定し、塗装費用を概算した。
【0062】
なお、海上の高さ方向全域を、下部領域と同じ塗装とした場合の塗装費用を比較例とし、概算し、基準(1.0)とした。その結果、上部領域を無塗装とすることにより、作業工数の減少を含め、塗装費用は基準よりも66%以上安価となることが試算された。無塗装仕様の鋼材における合金元素の増加量を差し引いても10%以上安価となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の高さ方向に飛来海塩粒子量が異なる環境で使用される鋼材製海洋構造物であって、前記飛来海塩粒子量について所定の境界値を設定し、前記構造物のうち前記飛来海塩粒子量が前記境界値超えとなる領域を下部領域とし、前記構造物のうち前記飛来海塩粒子量が前記境界値以下となる領域を上部領域とし、前記所定の境界値を0.1mdd以下として、前記下部領域は、表面に塗装を施された塗装鋼材で構成され、一方、前記上部領域は、無塗装の鋼材で構成されてなることを特徴とする鋼材製海洋構造物。
【請求項2】
前記無塗装の鋼材が、質量%で、
C:0.08%未満、 Si:0.75%以下、
Mn:2.0%以下、 P:0.030%以下、
S:0.030%以下、 Al:0.01〜0.05%、
N:0.010%以下
を含み、さらに
W:0.50〜1.0%、 Nb:0.010〜0.200%、
Cr:0.01〜0.10%
を含有し、さらに、Cu:0.05〜0.50%、Ni:0.05〜0.50%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼材であることを特徴とする請求項1に記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項3】
前記組成における、前記PおよびSの含有量が、質量%で、P:0.010%以下、S:0.0020%以下であることを特徴とする請求項2に記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項4】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Mo:0.01〜0.50%、V:0.05〜1.0%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.30%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項2または3に記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項5】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ti:0.005〜0.025%を含有することを特徴とする請求項2ないし4のいずれかに記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項6】
前記組成が、次(1)式
Ceq=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 ‥‥(1)
(ここで、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、V:各元素の含有量(質量%))
で定義される炭素当量Ceqが0.40以下である組成とすることを特徴とする請求項2ないし5のいずれかに記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項7】
前記組成が、次(2)式
CM=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B ‥‥(2)
(ここで、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、B:各元素の含有量(質量%))
で定義される溶接割れ感受性指数PCMが0.30以下である組成とすることを特徴とする請求項2ないし6のいずれかに記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項8】
前記下部領域が、基材鋼材の表面に、ISO12944の規定に準拠したC5M系の塗装を施された塗装鋼材からなることを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項9】
前記鋼材製海洋構造物が、鋼材製洋上構造物であることを特徴とする請求項1ないし8のいずれかに記載の鋼材製海洋構造物。
【請求項10】
前記鋼材製洋上構造物が、洋上風力発電タワーであることを特徴とする請求項9に記載の鋼材製海洋構造物。

【公開番号】特開2013−28852(P2013−28852A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167002(P2011−167002)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】