説明

集積した丸棒鋼の熱処理状態予測方法

【課題】 熱処理における危険状態を特定することが可能となる方法を提供する。
【解決手段】 集積してほぼ台形状の束の状態とした丸棒鋼を加熱炉内で熱処理する場合の熱処理状態予測方法であって、丸棒鋼の材料径[φD]、丸棒鋼の材料本数[n]、及び、丸棒鋼の束の積載状態を決定するステップと、丸棒鋼の束の積載状態の条件から、束内部の丸棒鋼隙間の総断面積[S_air]、及び、束全体での熱流入効率[L/S](Lは束全体の周長、Sは束全体の断面積)を算出するステップと、丸棒鋼の束の外表面及び中心部での温度差の大小を表す数値αを、α=D×n×S_air×|ln(L/S)|なる関係式で導出するステップとを有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、丸棒鋼の熱処理状態予測方法に関し、特に、丸棒鋼を束に集積した状態で熱処理する場合に、均質な熱処理を可能とするための予測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一部の鋼材の場合、ブルーム(鋳片)を熱間加工してバー材(棒線)とし、矯正などを行った後に、加熱炉により所定の熱処理が行われて最終製品となる。加熱炉による熱処理の主な目的は製品内質の改善であり、具体的には、球状化焼鈍、加工硬化分の軟化などを目的とする。そのため、加熱炉の熱処理温度・熱処理時間などを制御して改質を行っている。なお、加熱炉は、一定の温度パターンに設定した炉内に材料を搬入し、材料温度を狙い通りに変化させるものである。
【0003】
熱処理の実態としては、作業効率を上げるなどの目的により、特に外径が小さい丸棒鋼については、数十〜数百本の鋼材を加熱炉に挿入可能な高さに段積みがなされた束の状態にして加熱炉内に挿入し、一度に処理する方法が取られる。
【0004】
ここで熱処理時に、(1)材料温度が加熱炉温度に追従せず、所定の温度に上がらない、(2)上記(1)の結果として、所定温度での処理時間が短くなる、などの現象が起きると、所定の内質(ミクロ組織、硬度)が得られない。
【0005】
この現象は、束の状態(本数、材料径など)に大きく依存する。特に、細い材料径の鋼材を多く集積した状態で熱処理を行うことにより、束中心部分の材料温度が上がりにくくなり、狙いの温度へ到達する時間が長くなることが想定される。
【0006】
そこで、適切に熱処理を行うためには、集積状態での影響を予測し、熱処理に対して不利な条件を正確に見積もる必要がある。
【0007】
適切に熱処理を行うための従来の技術として、特許文献1に記載の技術がある。これは、コイル状に結束した状態で熱処理を行う場合、熱処理効果のばらつきが生じる可能性があるが、鋼材事態を波状にすることで、均質な熱処理効果を得るという内容である。熱処理でのばらつきを防ぐために、鋼材を変形させ、加熱・冷却過程での局部的な温度差の発生を防止する。
【0008】
その他、特許文献2のように、束状態の鋼材に温度計を取り付け、実温度を測定しながら、加熱・冷却を行う技術がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭55-58335号公報
【特許文献2】特開2009-144944号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
多量の鋼材を熱処理する場合、効率的に作業を行うため、束の状態として炉内に投入する。この束の状態を決定する因子としては、材料径、材料本数、積載方法がある。
【0011】
一方、熱処理とは鋼材の温度履歴を管理することにより、材料特性を引き出す方法であるが、熱処理の対象となる鋼材が束の状態であると、鋼材温度(特に、束中心部分の鋼材温度)が、炉内雰囲気温度に追従しない場合が考えられる。特に、鋼材の本数が多い場合、何層もの積載状態になっている場合には、この現象が顕著である。これは加熱過程、冷却過程とも可能性があり、狙った温度履歴(以後、ヒートパターンともいう)を実現できない場合には、狙った鋼材特性が得られないことに繋がる。
【0012】
この熱処理時の狙いに追従しにくい状態を「熱処理としての危険状態」と呼ぶとすると、この危険状態をあらかじめ予測することは、(1)品質上問題がある状態を特定する、(2)熱処理パターンを変更する、などの場合に有用である。そこで、適切に熱処理を行うためには、集積状態での影響を予測し、熱処理に対して不利な条件を見積もる必要がある。
【0013】
しかしながら、特許文献1及び特許文献2はともに、鋼材の集積状態での影響を予測し、熱処理に対して不利な条件を見積もるものではない。
【0014】
本発明は、このような従来の問題を解決するためになされたもので、束状態で熱処理を行う場合、束の外表面及び中心部で発生する温度差の大小を、束の状態から相対的に予測する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の集積してほぼ台形状の束の状態とした丸棒鋼を加熱炉内で熱処理する場合の熱処理状態予測方法は、丸棒鋼の材料径[φD]、丸棒鋼の材料本数[n]、及び、丸棒鋼の束の積載状態を決定するステップと、丸棒鋼の束の積載状態の条件から、束内部の丸棒鋼隙間の総断面積[S_air]、及び、束全体での熱流入効率[L/S](Lは束全体の周長、Sは束全体の断面積)を算出するステップと、丸棒鋼の束の外表面及び中心部での温度差の大小を表す数値αを、α=D×n×S_air×|ln(L/S)|なる関係式で導出するステップと、αに基づいて丸棒鋼の熱処理状態を予測するステップとを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、熱処理における危険状態を予測することが可能となる。具体的には、温度差が大きくなるであろう束の状態を予測することにより、狙ったヒートパターンに追従しにくい状態を予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】丸棒鋼の束の一例を示す図である。
【図2】本実験例における束の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態である集積した丸棒鋼の熱処理方法について、図を参照して詳細に説明をする。
【0019】
本発明者らの調査の結果、集積した丸棒鋼の熱処理において、熱処理に対しての危険状態は、(1)材料径、(2)材料本数、(3)積載状態に依存することがわかった。また、積載状態が2段積みの場合には鋼材間の空気層の影響は比較的小さいため、積載状態が3段積み以上(すなわち6本以上)の場合により大きな依存が見られた。
【0020】
図1は、丸棒鋼の束の一例を示す図である。図1は4段積みの束の例を示しており、丸棒鋼の端面から見た図である。図に示すように、丸棒鋼の束は、台形状に積層され、材料径φDの丸棒鋼が最下段に5本配置される。次に、最下段に積層する次の段に最下段の隣り合う丸棒鋼2本が形成する窪みに1本の丸棒鋼が嵌るように4本の丸棒鋼が配置される。同様にして、次の段に3本、そして最上段に2本が積み重なり、計4段の束を形成する。この場合の材料本数nは14となる。
【0021】
ここで、最下層の丸棒鋼の本数をn1とし、これに積み重なる段の本数を下からn2、n3、n4とする。図1では、n1は5となり、n2は4となり、n3は3となり、n4は2となる。
【0022】
ここで、隣り合う丸棒鋼2本が形成する窪みに1本の丸棒鋼が嵌るようにして形成される空間(図中の斜線部)のことを鋼材隙間と呼ぶものとする。また、この束全体としての鋼材隙間の総断面積をS_airと定義する。
【0023】
また、束の外周を台形状に囲う周長(図中の点線部)を周長Lと定義する。
【0024】
上記(1)〜(3)の条件から、幾何学的に、材料径φD、材料本数n、鋼材隙間の総断面積S_air、及び、束全体での熱流入効率[L/S](L:束全体の周長、S:束全体の断面積)が導出される。この値からα=D×n×S_air×|ln(L/S)|を計算することにより数値αが求まる。束の状態により得られた数値αを比較することで、危険状態を特定できる。
【0025】
次に、本実施形態の集積した丸棒鋼の熱処理状態予測方法について、詳細に説明をする。
【0026】
まず、ステップ1として、上述した(1)材料径[φD]、(2)材料本数[n]、(3)積載状態を決定する。
【0027】
次に、ステップ2として、上記(3)積載状態の条件より、束内部の鋼材隙間の総断面積[S_air]、及び、束全体での熱流入効率[L/S](L:束全体の周長、S:束全体の断面積)を得る。
【0028】
以下に台形状の4段積みの場合の鋼材隙間の総断面積S_air、束全体の周長L、及び、束全体の断面積Sの算出法の具体例について説明をするが、算出法はこれに限られるものではなく、他の算出法によって求めてもよいし、実測にて求めてもよい。
【0029】
まず、空隙総断面積S_airの算出法について説明をする。台形状の4段積みの場合には、個々の鋼材隙間の断面積は以下の手順で算出可能である。
【0030】
4段積みの中でφDの鋼材3本を積層した一部分を抽出して鋼材隙間の個々の断面積を求める。この一部分において各鋼材の円の中心を結んだ図形は正三角形(図1中のA)であり、一辺の長さはDである。よって、この正三角形Aの断面積は、次のごとく算出できる。
(正三角形Aの断面積)=D×(√3/2)D×1/2=(√3/4)D2
【0031】
また、この正三角形A内で鋼材の3つの円が占める面積は、次のごとく算出できる。
(3つの円が占める面積)=π(D/2)2×60/360×3
=(π/2)(D/2)2
【0032】
よって、正三角形Aにおける鋼材隙間の個々の断面積は、次のごとく算出できる。
(鋼材隙間の個々の断面積)=(正三角形Aの断面積)−(3つの円が占める面積)
=(√3/4)D2-(π/2)(D/2)2
=(D/2)2×(√3−π/2)
【0033】
また、台形状の段積みの場合の空隙数は次のごとく算出できる。
(空隙数)=(n1−1)+2(n2−1)+2(n3−1)+(n1−1)
=(n1−1)+2(n1−2)+2(n1−3)+(n4−4)
=6n1−15
【0034】
よって、空隙総断面積S_airは、(鋼材隙間の個々の断面積)と(空隙数)を掛け合わせたものであるから、次のごとく算出できる。
S_air=(6n1−15)×(D/2)2×(√3−π/2)
【0035】
次に、束全体の周長L、及び、束全体の断面積Sの算出法の具体例について説明をする。
【0036】
図1に示す台形状の4段積みの場合には、台形の上底の長さ、及び、台形の下底の長さは次のごとく近似できる。
(台形の上底)≒2D=(n1−3)D
(台形の下底)≒5D=n1D
【0037】
また、台形の高さについては、4段積みの中でφDの鋼材を積層した部分では、高さDから[D-(√3/2)D]だけ入り込んでいるため、次のごとく近似できる。
(台形の高さ)≒4D-3×[D-(√3/2)D]=D+(3√3/2)D
【0038】
したがって、周長Lは、次のごとく近似できる。
(周長L)=(台形の上底)+(台形の下底)+2×[(台形の高さ)/cos30°]
=n1D+(n1−3)D+2×(2/√3)D(1+3√3/2)
=(D/2)×(4n1+8/√3+12)
【0039】
また、束全体の断面積Sは、次のごとく近似できる。
(束全体の断面積S)=[(台形の上底)+(台形の下底)]×(台形の高さ)×1/2
=[n1D+(n1-3)D]×[D+3√3/2D]×1/2
=(D/2)2×(2n1-3)(2+3√3)
【0040】
次に、ステップ3では、束内での温度差の大小は、φD、n、S_air、ln(L/S)に比例するため、この条件のもと、束の外表面、中心部での温度差の大小を表す数値αを、以下の関係式で導出する。
【0041】
(数式1)
α=D×n×S_air×|ln(L/S)|
【0042】
ステップ4では、上記計算により得られた数値αを相対評価することにより、この数値が大きいほど束内での温度差が生じやすい、つまり、束中心の温度が上がりにくく温度が均一になるまでの時間が必要と予測する。
【0043】
なお、上記実施形態は、実際に起こり得る材料径のバラツキ,積層のバラツキに対しても、近似的に使用することが可能である。以下にその実験例について説明をする。
【0044】
(実験例)
以下に、本発明の集積した丸棒鋼の熱処理方法について具体例を用いて説明する。ただし、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0045】
本実験に用いる加熱炉は、一定の温度パターンに設定した炉内に材料を搬入し、材料温度を狙い通りに変化させることによって、所定の性質を得るものである。
【0046】
本実験に用いる加熱炉の入口寸法は、例えば、高さ350mm以下、横幅2000mm以下となるため、搬入できる束の外形寸法に制限がある。よって、この制限範囲内で最大限積めるよう段積みを行い束とする必要がある。本実験例では段積みの制限を4段として評価を行った。
【0047】
表1に実験例1〜7の(1)材料径[φD]、(2)材料本数[n]、(3)積載状態、(4)束内部の鋼材隙間の総断面積[S_air]、(5)束全体での熱流入効率[L/S](L:束全体の周長、S:束全体の断面積)を示す。
【0048】
【表1】



【0049】
図2は、本実験例における束の例を示すものであり、図2(a)は実験例1を、図2(b)は実験例2を、図2(c)は実験例3を、図2(d)は実験例4をそれぞれ示している。他の実験例については本数が多いため割愛する。また、図中の外測定点は束の外表面の温度を測定した点であり、内測定点は束の中心部の温度を測定した点である。
【0050】
表1に示す実験例1〜7の(1)材料径[φD]、(2)材料本数[n]、(3)積載状態、(4)束内部の鋼材隙間の総断面積[S_air]、(5)束全体での熱流入効率[L/S]から数値αをまず計算する。
【0051】
次に、実験例1〜7のそれぞれの束について加熱炉を用いた評価を行う。
【0052】
表2は、実験例1〜7の数値αと、加熱炉を用いた800℃への到達時間とを比較した結果を示す図である。
【0053】
【表2】



【0054】
表2からわかるように、束の状態による温度差を測定した結果、α値が大きくなるに従い、束の中心が所定の温度へ到達する時間が長くなることがわかる。よって、指標αによって熱処理に対する危険状態を表現できていることが確認された。
【0055】
以上、説明したように本実施形態の丸棒鋼の熱処理状態予測方法によれば、熱処理における危険状態を予測することが可能となる。具体的には、温度差が大きくなるであろう束の状態を予測することにより、熱処理としての危険状態、すなわち、狙ったヒートパターンに追従しにくい状態を予測することが可能となる。
【0056】
また、熱処理炉の生産性向上を目的として、鋼材の熱処理ヒートパターンを変更することがあるが、均質な熱処理を行うためには、熱処理に対して不利な束の状態を明確にする必要がある。本実施形態の丸棒鋼の熱処理状態予測方法は、上記のような取り組みに対し、有効な知見を与えるものである。熱処理に不利な束の危険状態を予測し、この状態に対して、狙った温度履歴を得られるヒートパターンを考案し、もしくは、最悪条件を特定することで、熱処理路の生産性向上などに寄与することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
集積してほぼ台形状の束の状態とした丸棒鋼を加熱炉内で熱処理する場合の熱処理状態予測方法であって、
前記丸棒鋼の材料径[φD]、前記丸棒鋼の材料本数[n]、及び、前記丸棒鋼の束の積載状態を決定するステップと、
前記丸棒鋼の束の積載状態の条件から、前記束内部の丸棒鋼隙間の総断面積[S_air]、及び、前記束全体での熱流入効率[L/S](Lは前記束全体の周長、Sは前記束全体の断面積)を算出するステップと、
前記丸棒鋼の束の外表面及び中心部での温度差の大小を表す数値αを、
α=D×n×S_air×|ln(L/S)|
なる関係式で導出するステップと、
前記αに基づいて丸棒鋼の熱処理状態を予測するステップと、
を有することを特徴とする集積した丸棒鋼の熱処理状態予測方法。




【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−168839(P2011−168839A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33874(P2010−33874)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】