説明

難燃化乳酸ポリマー組成物からのラクチドの回収方法

【課題】リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物をケミカルリサイクルするために、乳酸ポリマーを選択的に解重合して、高い光学純度のラクチドを効率的に回収・製造する方法を提供すること。
【解決手段】リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物にアルカリ土類金属化合物を添加し、該組成物を乳酸ポリマーの溶融温度以上に加熱し、該乳酸ポリマーの解重合によって得られたラクチドを回収する方法。アルカリ土類金属化合物としては、マグネシウム化合物又はカルシウム化合物が好ましく用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物から、乳酸ポリマーを解重合して、乳酸の環状二量体であるラクチドを回収・製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題に対する意識が高まり、電気・電子機器製品に用いられるプラスチック材料の難燃剤として広く使用されてきたハロゲン系化合物が、材料の廃棄焼却時にダイオキシンを発生する可能性があることが指摘され、そのためノンハロゲン系難燃剤への転換が進んできている。その中でも、脱水反応の促進及び難燃層の形成によって難燃機能を発現するリン系難燃剤と、分解吸熱量が大きく安全な金属水酸化物系難燃剤の需要は増加している。しかしながら最近では、難燃材料は廃棄時の燃焼を阻害するということも危惧されてきつつある。
【0003】
一方で、炭酸ガスの増大に基づく地球温暖化の問題のために、化石燃料から合成されるプラスチック材料に代わって、再生可能資源であるバイオマスから合成され、かつバイオリサイクル及びケミカルリサイクル可能な乳酸ポリマーの利用が活発に展開されてきている。乳酸ポリマーを利用することの利点は主に、乳酸ポリマーが炭酸ガスを固定したバイオマスから合成されているため、例え焼却処理されても、全プロセスを通じて炭酸ガスの増大は非常に少ないというカーボンニュートラルの考え方によって支持されている。加えて、効率的に原料に還元する解重合型ケミカルリサイクルは、非常に少ないエネルギーによって元の原料に戻す方策であり、環境対応策としては、カーボンニュートラルの考え方から更に一歩踏み込んだ方策である。
【0004】
乳酸ポリマーの製造方法として、乳酸オリゴマーから熱分解によってラクチドを合成し、更にそのラクチドを重合することによって乳酸ポリマーを製造するという技術が従来から良く知られている。この製造過程において、光学純度の保持は重要である。何故なら、実用的な乳酸ポリマーは、光学活性なL,L―ラクチドの開環重合によって製造され、融点約175℃の透明で高強度のポリマーであり、わずかの光学活性の低下は、融点の著しい低下を招き、その実用性を失ってしまうからである。
【0005】
再生可能資源から合成される乳酸ポリマーを難燃化するために、難燃化剤として、リン系難燃剤を利用する方法は、例えば、特許文献1〜3で既に知られている。また、金属水酸化物系難燃剤を利用する方法は、例えば、特許文献4や5で既に知られている。しかしながら、難燃化は乳酸ポリマーの燃焼や高温での熱分解を抑制することを目的としているため、当該難燃化組成物中の乳酸ポリマーの解重合によって原料のラクチドを回収するという方策については従来検討されてこなかった。近年、金属水酸化物系難燃剤である水酸化アルミニウムを用いた際、水酸化アルミニウム自体が、乳酸ポリマーの解重合触媒として作用することが見出され(非特許文献1)、この反応を利用した難燃化乳酸ポリマー組成物のケミカルリサイクル技術が開示されている(特許文献6)。しかしながら、水酸化アルミニウムは十分な難燃性を発現するには多量の添加が必要であり、組成物の比重も高くなるという問題点が指摘されている。一方、リン系難燃剤については、リン系難燃剤と乳酸ポリマーとの難燃性組成物からの乳酸ポリマーのケミカルリサイクル性について、これまで検討・報告されたことはなかった。
【特許文献1】特開2004−175831号公報
【特許文献2】特開2005−089546号公報
【特許文献3】特開2005−162872号公報
【特許文献4】特開2003−192929号公報
【特許文献5】特開2004−075772号公報
【特許文献6】国際公開第2005/105775号パンフレット
【非特許文献1】西田、樊、森、大八木、白井、遠藤「Industrial& Engineering Chemistry Research,44巻、4号, 1433-1437 (2005)」
【0006】
乳酸ポリマーの熱分解によって原料のラクチドを回収するに際して、さまざまの触媒が見出されている。例えば、乳酸オリゴマーからラクチドを回収するための触媒として、非特許文献2にはSn化合物、非特許文献3にはAl、Ti、Zn、及びZr化合物の触媒特性が開示されている。また、特許文献7にはアルカリ金属塩と周期律表4属〜15属の金属及び/又はその塩を併用して、乳酸系オリゴマーから光学純度の低いラクチド(メソ体含有量7〜40%)を得る技術が開示されている。高分子量の乳酸ポリマーから高純度のラクチドを回収する方法として、アルカリ土類金属化合物を触媒に用いる方法が特許文献8に開示されている。また、特許文献9には、高分子量のポリ乳酸からのラクチド回収に関して、アルカリ土類金属、例えば、酸化マグネシウムが高い光学純度のラクチドを与える触媒として機能することが開示されている。しかしながら、リン系難燃剤と解重合のための触媒の組合わせについては、これまで検討された事例は存在しないし、いずれの文献にもリン系難燃剤が共存した場合の効果や影響は一切示されていない。
【非特許文献2】野田,奥山、島津評論, 56巻, 83 (1999)
【非特許文献3】野田,奥山、島津評論, 56巻, 169 (2000)
【特許文献7】特開平6−279434号公報
【特許文献8】国際公開第2003/91238号パンフレット
【特許文献9】特開2008−231048号公報
【0007】
リン系難燃剤とアルカリ土類金属化合物を共存させる系として、特許文献10には、脂肪酸マグネシウムとポリフェノールをリン系難燃剤と共存させて、燃焼時の断熱炭化層の生成量を促進させる効果が開示されている。また、特許文献11には、アルカリ土類金属化合物を配合することによって、リン系難燃剤の分解によって生じるリン酸の中和剤として用いる技術が開示されている。しかしながら、ここで用いられるアルカリ土類金属化合物は、乳酸ポリマー組成物の中に配合されるものであり、使用後の乳酸ポリマーを分解させる触媒として、分解反応直前に添加するものではない。即ち、これらの文献にはいずれもラクチドの回収技術についての具体的な開示はない。
【特許文献10】特開2005−350537号公報
【特許文献11】特開2006−16446号公報
【0008】
以上のように、従来、リン系難燃剤を含有した乳酸ポリマーからなる組成物に関して、当該組成物中の乳酸ポリマーから、高光学純度ラクチドを回収するという技術的開示は一切無い。これは、難燃化という分解燃焼抑制とケミカルリサイクルという分解促進制御とが、概念的に全く相容れないためである。この様な状況の下で、再生可能資源から製造される乳酸ポリマーを、例えば、電気・電子機器部品に応用し、かつそのケミカルリサイクルを合理的に実施するために、難燃化と効率的な高光学純度ラクチド回収を両立して行うための新しい技術が望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、リン系難燃剤を含有した難燃性乳酸ポリマー組成物をケミカルリサイクルするために、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマーを選択的に解重合して、高い光学純度のラクチドを効率的に回収・製造する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、乳酸ポリマー組成物において、リン系難燃剤と解重合のための触媒の組合わせについて鋭意研究を行った結果、リン系難燃剤とアルカリ土類金属酸化物触媒との組合わせにおいては、ケミカルリサイクルに際しリン系難燃剤が分解せず、乳酸ポリマーの解重合生成物であるラクチドとも容易に分離できること、そして、更にリン系難燃剤の存在によりアルカリ土類金属酸化物による乳酸ポリマーの分解が促進されるという予想外の効果を知見し、本発明に到達した。
【0011】
本発明の課題は、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物にアルカリ土類金属化合物を添加し、該組成物を乳酸ポリマーの溶融温度以上に加熱し、該乳酸ポリマーの解重合によって得られたラクチドを回収することを特徴とする方法によって達成される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、(1)アルカリ土類金属化合物の添加によって、乳酸ポリマーの分解温度を、他の成分であるリン系難燃剤や共存する汎用樹脂の分解温度から離すことができ、混合物からの選択的ケミカルリサイクルが可能となる。また、(2)乳酸ポリマーを選択分解・除去することができるため、他の成分、リン系難燃剤、汎用樹脂、若しくはリン系難燃剤と汎用樹脂の混合物を回収・再利用が可能となり、ケミカルリサイクル方法として利用価値が非常に大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、リン系難燃剤を含有した乳酸ポリマー組成物とアルカリ土類金属化合物との混合物を、乳酸ポリマーの溶融温度以上で熱分解しラクチドを回収する方法であるが、本発明において乳酸ポリマーとは、下記に述べるような、主成分として乳酸エステル構造を基本ユニットとして含むポリマー(単独重合体又は共重合体)を意味し、乳酸ポリマー組成物とは、かかるポリマーとその他の樹脂成分あるいは各種添加剤等との混合物を意味する。乳酸ポリマー組成物としては、乳酸ポリマー成分が10重量%以上であれば、何ら問題なく選択的ケミカルリサイクルが可能であるが、実際的な操作効率を考えたとき20重量%以上のものが好ましい。
【0014】
本発明において、乳酸ポリマーとは、乳酸エステル構造を基本ユニットとするポリマーであり、特にL−又はD−乳酸エステル構造ユニットが全ユニットの90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上のポリマーである。L−又はD−乳酸エステル構造ユニット以外の成分としては、ラクチドと共重合可能なラクトン類、環状エーテル類、環状アミド類、環状酸無水物類などに由来する共重合成分ユニットが存在することが可能である。好適に用いられる共重合成分としては、カプロラクトン、バレロラクトン、β−ブチロラクトン、バラジオキサノンなどのラクトン類;エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド、ブチレンオキサイド、スチレンオキサイド、フェニルグリシジルエーテル、オキセタン、テトラヒドロフランなどの環状エーテル類;ε-カプロラクタムなどの環状アミド類;琥珀酸無水物、アジピン酸無水物などの環状酸無水物類などである。
【0015】
更に、開始剤成分として、本発明の乳酸ポリマー中に共存しうるユニットとして、アルコール類、グリコール類、グリセロール類、その他の多価アルコール類、カルボン酸類、及び多価カルボン酸類、フェノール類などが用いられる。好適に用いられる開始剤成分を具体的に例示すれば、エチルヘキシルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、グリセリン、オクチル酸、乳酸、グリコール酸などである。
【0016】
本発明で用いられるリン系難燃剤は特に限定されることはなく、通常一般に用いられるリン系難燃剤を用いることができ、代表的には、リン酸エステル、ポリリン酸塩などの有機リン系化合物や、赤リンが挙げられる。これらのリン系難燃剤の中でも、取り扱いやすさや乳酸ポリマーとの適合性から、有機リン系化合物の中のリン酸エステル及びその誘導体が好ましく用いられる。
【0017】
上記の有機リン系化合物におけるリン酸エステルの具体例としては、トリメチルホスフェート、トリエチルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリ(
2 − エチルヘキシル) ホスフェート、トリブトキシエチルホスフェート、トリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート、トリキシレニルホスフェート、トリス(
イソプロピルフェニル) ホスフェート、トリス( フェニルフェニル) ホスフェート、トリナフチルホスフェート、クレジルジフェニルホスフェート、キシレニルジフェニルホスフェート、ジフェニル(
2 −エチルヘキシル) ホスフェート、ジ( イソプロピルフェニル) フェニルホスフェート、モノイソデシルホスフェート、2 − アクリロイルオキシエチルアシッドホスフェート、2
−メタクリロイルオキシエチルアシッドホスフェート、ジフェニル− 2 − アクリロイルオキシエチルホスフェート、ジフェニル− 2 − メタクリロイルオキシエチルホスフェート、メラミンホスフェート、ジメラミンホスフェート、メラミンピロホスフェート、トリフェニルホスフィンオキサイド、トリクレジルホスフィンオキサイド、メタンホスホン酸ジフェニル、フェニルホスホン酸ジエチル、レゾルシノールポリフェニルホスフェート、レゾルシノールポリ(ジ−2,6−キシリル)ホスフェート、ビスフェノールA−ポリクレジルホスフェート、ハイドロキノンポリ(2,6−キシリル)ホスフェート等の非縮合型リン酸エステル、並びにこれらの縮合物などの縮合リン酸エステルを挙げることができる。市販の縮合リン酸エステルとしては、例えば、大八化学社製P
X−200、PX−201、PX−202、CR−733S、CR−741、CR−747等を挙げることができる。
【0018】
乳酸ポリマー組成物に対するリン系難燃剤の混合量は、乳酸ポリマー組成物100重量部に対してリン系難燃剤5〜30重量部が適当であり、10〜25重量部がより好ましい。5重量部以下では難燃剤としての効果が小さく、30重量部を超えると成形体の機械的特性が低下し、更に溶融成形が難しくなり好ましくない。
【0019】
本発明において、ラクチドよりも沸点が低いリン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物を用いた場合には、ラクチドを回収すると同時にリン系難燃剤も回収することができる。ラクチドよりも沸点が低いリン系難燃剤としては、上記難燃剤の中の、トリメチルホスフェート、トリエチルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリ(2−エチルヘキシル)ホスフェート、トリブトキシエチルホスフェート、トリフェニルホスフェートなどの非縮合型リン酸エステルが該当する。
【0020】
これらの非縮合型リン酸エステルは、ケミカルリサイクルプロセスにおいて、ラクチドよりも先に、またはラクチドと同時に気化回収される。ラクチドよりも先に気化する場合、後述するベント口を設置したエクストルーダーを用いて実施する際に、非縮合型リン酸エステルとラクチドを別のベント口を利用して分離回収することができる。同時に気化する場合には、まずラクチドと非縮合型リン酸エステルを混合物として回収した後、後述する実施例5で示すようにラクチドの高い結晶性を利用し、晶析操作によって両者を分離することができる。晶析操作は、ラクチドと非縮合型リン酸エステルとの混合物をそのまま、あるいは適当な溶剤に溶解し、温度昇降法及び/又は濃縮法によって、ラクチドを結晶として析出させ、その後、一般公知の固液分離手段、例えば、濾過、遠心分離などの方法を用いて分離することができる。晶析操作に用いられる溶剤としては、トルエン、キシレン、エチルベンゼンなどの芳香族溶剤;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン系溶剤;メチルイソブチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶剤;メタノール、エタノールなどのアルコール系溶剤が好適に用いられる。非縮合型リン酸エステルの種類によってはラクチドよりも高い結晶性を示す場合があり、その場合、同様の方法によって、先に非縮合型リン酸エステルを晶析させ、ラクチドと分離することも可能である。
【0021】
本発明で用いられるアルカリ土類金属化合物は、何ら特別なものである必要はない。一般に知られているアルカリ土類金属化合物としては、カルシウム化合物、マグネシウム化合物、バリウム化合物などがあり、それらの酸化物、水酸化物、炭酸化物、及び有機酸との塩類等が好適に用いられる。これらの混合物でもかまわない。好ましくは、カルシウム化合物とマグネシウム化合物が入手のしやすさ等から好ましく用いられる。更に好ましくは、マグネシウムの酸化物が熱分解反応の選択性から好適に用いられる。
【0022】
本発明において最も好適に用いられる触媒であるマグネシウムの酸化物としては、一般に海水から、あるいは鉱石から製造されている酸化マグネシウムであれば、特に制限されず利用できる。好適に用いられる酸化マグネシウムとしては、軽焼マグネシア、重焼マグネシア、電融マグネシアなどである。
【0023】
本発明においては、アルカリ土類金属化合物は、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物中の乳酸ポリマー成分100重量部当たり0.1〜10重量部、好ましくは0.2〜5重量部加えられる。
【0024】
本発明において、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物とアルカリ土類金属化合物との混合物は、乳酸ポリマーの溶融温度以上で350℃以下の温度範囲、好ましくは200〜350℃において熱分解され、高い光学純度のラクチドが選択的に回収される。乳酸ポリマーの溶融温度以下では、乳酸ポリマーの熱分解は殆ど進行せず、また350℃を超える温度では、乳酸ポリマー中の乳酸エステル構造ユニットのラセミ化が起こり易くなり、結果としてメソ−ラクチドの生成が増大し、得られるラクチドの光学純度が低下する。好ましい温度範囲は200〜350℃であり、より好適には、リン系難燃剤及びアルカリ土類金属化合物の、熱的及び反応特性に応じた最適温度範囲が用いられる。
【0025】
例えば、縮合リン酸エステル系難燃剤の場合、200〜300℃の温度範囲である。また、非縮合型リン酸エステル系難燃剤の場合、300〜350℃の温度範囲である。この温度範囲は、更に乳酸ポリマーの分子量にも若干依存する。一般に、分子量の低いポリマーほど、より低温領域で分解が進行する傾向にある。しかしながら、乳酸エステル構造ユニットのラセミ化は、分子量に関係なく350℃を超える温度で顕著になる。このようなリン系難燃剤とアルカリ土類金属化合物、及び乳酸ポリマーの分解作用と温度に依存する分解特性についての知見は、本発明において初めて見出されたものである。
【0026】
本発明の背景技術として既に述べたように、乳酸ポリマーとリン系難燃剤の組成物自体は、難燃性組成物として知られている。しかしながら、後述する実施例において詳述するように、実際上、燃焼時に乳酸ポリマー組成物が晒される温度域(たばこの火でも約650℃以上、炎は1200℃以上といわれる)と、ケミカルリサイクル時に制御される温度域とは非常に異なり、それぞれの温度域で進行する反応の種類も異なる。従って、リン系難燃剤が、乳酸ポリマーのケミカルリサイクル時の反応に対してどのような影響を及ぼすかは全く知られていなかった。分解触媒であるアルカリ土類金属化合物の添加によって、リン系難燃剤の実質的な影響なしに乳酸ポリマーが選択的に原料モノマーであるラクチドに変換され、しかも、極めて高い光学純度のラクチドを回収できるという事実は、本発明において初めて見出されたものである。
【0027】
また、本発明の背景技術で述べたように、乳酸ポリマーをアルカリ土類金属化合物の触媒作用によってラクチドまで還元する技術は既に知られている。しかし、リン系難燃剤が共存した場合、リン系難燃剤と乳酸ポリマーを分離して選択解重合する技術は未だ開示されておらず、更には、後述する実施例において述べるように、リン酸エステル型難燃剤が酸化カルシウムの解重合活性を促進するという新たな機能は、本発明において初めて見出されたものである。
【0028】
本発明の方法において、ケミカルリサイクルの対象となる乳酸ポリマー組成物とリン系難燃剤との混合物は、乳酸ポリマーとリン系難燃剤だけの混合物であっても、その他に、実用的な物性を付与するためにその他の汎用樹脂や強化用繊維類やフィラー類や添加剤等が共存した、いわゆる樹脂組成物であっても良い。共存可能な成分としては、燃焼時にリン系難燃剤の難燃機能を妨げないことと、乳酸ポリマーのケミカルリサイクルを妨げないことが必要な要件である。
【0029】
実用的な物性を付与するためのその他の汎用樹脂としては、例えばポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン類;ポリスチレン、ABS、ASなどのスチレン系樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートなどのポリエステル系樹脂;ポリカーボネート(PC)、PC/ABS、PC/ASなどのポリカーボネート系樹脂;ポリビニルアルコール、ポリエチレンビニルアルコールなどのビニルアルコール系樹脂;変性ポリフェニレンエーテル、ポリアミド、ポリオキシメチレンなどのエンジニアリングプラスチック類;ブタジエンゴム、スチレン−ブタジエンゴム、イソプレンゴム、アクリロニトリル−ブタジエンゴムなどの耐衝撃性改良用ゴム類;ポリヒドロキシブチレート、ポリヒドロキシアルカノエート、ポリテトラメチレンサクシネート、ポリテトラメチレンサクシネートアジペート、ポリカプロラクトン、ポリグリコール酸、ポリパラジオキサノン、アセチルセルロース、ポリ−γ−グルタミン酸、ポリリシンなどの生分解性改良剤などが好適に用いられる。これらの樹脂類の添加量は、製品物性に要求される物性に応じて適宜選択することができるが、一般的に乳酸ポリマー100重量部に対して900重量部以下、好ましくは400重量部以下、更に好ましくは100重量部以下である。これらの樹脂類は、通常、乳酸ポリマー組成物のケミカルリサイクルの際に溶融し、再ペレット化によってマテリアルリサイクルされる。
【0030】
強化用繊維類及びフィラー類としては、特に制限されず、公知の強化用繊維類及びフィラー類が何ら制限無く用いられるが、好適に使用される繊維類としては、例えば、ガラス繊維、カーボン繊維、ケナフなどの植物由来のセルロース繊維などであり、また、好適に使用されるフィラー類としては、ガラスマイクロビーズ、チョーク、石英、長石、雲母、タルク、ケイ酸塩、カオリン、ゼオライト、アルミナ、シリカ、マグネシア、フェライト、硫酸バリウム、炭酸カルシウムなどの無機フィラー類;エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、パーフルオロ樹脂などの有機フィラー類などがあり、これらのフィラー類は1種又は2種以上を混合して使用してもかまわない。これらのフィラー類の添加量は、製品に要求される物性に応じて適宜選択することができるが、一般的に乳酸ポリマー組成物100重量部に対して200重量部以下、好ましくは100重量部以下、更に好ましくは50重量部以下である。
【0031】
乳酸ポリマー組成物に共存可能なその他の添加剤としては、リン系難燃剤以外の難燃剤、加水分解抑制剤、結晶化促進剤、滑剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、離型剤、相溶化剤、帯電防止剤などである。これらの添加剤は、リン系難燃剤の難燃化作用、及び乳酸ポリマーのアルカリ土類金属化合物によるケミカルリサイクルに顕著な影響を及ぼさない範囲で添加可能であり、通常、乳酸ポリマー組成物100重量部に対して5重量部以下、好ましくは3重量部以下で使用される。リン系難燃剤以外の難燃剤としては、水酸化アルミニウムなどの金属水酸化物系難燃化合物類;ホウ酸系難燃化合物類;硫酸金属化合物、アンチモン系化合物、酸化鉄化合物、硝酸金属化合物、チタン系化合物、ジルコニウム系化合物、モリブデン系化合物、アルミニウム系化合物などの無機系難燃化合物類;トリアジン環を有するシアヌレート化合物などのチッソ系難燃化合物類;シリコーンオイル、低融点ガラス、オルガノシロキサンなどのシリカ系難燃化合物類;水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、アルミン酸カルシウムなどのコロイド系難燃化合物類などが用いられる。
【0032】
乳酸ポリマー組成物に、共存可能な加水分解抑制剤としては、乳酸ポリマーの加水分解を抑制する機能を有する、公知の加水分解抑制剤が何ら制限無く使用できる。好適に使用される加水分解抑制剤としては、カルボジイミド化合物類、イソシアネート化合物類、オキサゾリン化合物類であり、これらの加水分解抑制剤の添加量は、乳酸ポリマー組成物100重量部に対して5重量部以下、好ましくは3重量部以下、更に好ましくは1重量部以下である。
【0033】
リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物は、種々の用途に応用可能である。例えば、この樹脂組成物を用いて、ラジオ、マイク、テレビ、キーボード、携帯型音楽再生機、携帯電話、パソコン、各種レコーダー類などの電気・電子機器の筐体などの成形物が得られる。また、自動車の内装部品類や各種梱包材、各種化粧シート類などの用途にも使用できる。これらの成形物の成形方法としては、例えば、フィルム成形、シート成形、押出成形、または射出成形などが挙げられ、中でも電気・電子機器製品部品の成形には射出成形が好ましく利用される。より具体的には、押出成形は、常法に従い、例えば単軸押出機、多軸押出機、タンデム押出機などの公知の押出成形機を用いて行うことができる。また、射出成形は、常法に従い、例えばインラインスクリュー式射出成形機、多層射出成形機、二頭式射出成形機などの公知の射出成形機を用いて行うことができる。
【0034】
本発明において、ラクチドを回収するに際し、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物とアルカリ土類金属化合物を添加・混合する方法としては、公知の混合の手段が特に限定されず利用可能である。本発明において重要な点は、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物中に、アルカリ土類金属化合物が均一に分散して存在することが不可欠な要因と考えられるため、アルカリ土類金属化合物がより微細に分散しやすい手段が好適に実施される。好適に用いられる添加・混合方法としては、溶融混合法、溶液混合法、粉体混合後溶融分散法、マスターバッチ法などである。リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマーが単独で、あるいは樹脂組成物として成形品となっている場合には、あらかじめこれを粉砕した後、アルカリ土類金属化合物と混合するのが良い。
【0035】
本発明において、光学純度の高いラクチドを回収する方法として、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物を、例えば、200〜350℃の温度範囲に設定された熱分解反応器中に投入することが望ましいが、より低温から昇温する方法も選択可能である。特に、ラクチドよりも沸点の低い非縮合型リン酸エステルを含んだ組成物の場合、ラクチドを回収する前に、より低温度域で、非縮合型リン酸エステルを気化させ分離回収する方法が好ましい。好適に利用される熱分解反応器としては、バッチ式、連続式のいずれも実施可能である。好適に用いられる反応器としては、エクストルーダー、オートクレーブ、流動床式反応器などである。エクストルーダーを用いる場合、シリンダーの各ブロックの温度設定とスクリューの回転数、スクリューの形状、一軸/二軸スクリューなどの形式によって、熱分解温度や熱分解速度の制御及び昇温速度を、本発明における温度範囲に設定することが可能である。
【0036】
これらの熱分解反応器を用いて、リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物の熱分解を実施する場合、生成したラクチド、及び低沸点の非縮合型リン酸エステルは気相中に揮発して来るため、気相成分を取り出すプロセスが不可欠である。上記した各反応器は、気相成分を取り出すための排出口、及び/又は、気相成分を押出し置換するための窒素ガス等の不活性ガスの注入口を有する。例えば、エクストルーダー反応器の場合、ベント口が排出口として好適に用いられる。ベント口より気相成分を取り出す際に、一般的には、減圧下に取り出す方法が好適に実施される。減圧度及び/又は排気速度は、気化成分の量や温度に応じて設定することができるが、通常、100mmHg以下、好ましくは50mmHg以下、更に好ましくは10mmHg以下の減圧度で好適に実施される。
【0037】
このようにして、本発明の方法を実施し、ケミカルリサイクルによって、高光学純度のラクチドを得ることができる。得られたラクチドの光学純度の評価は、従来公知の方法を用いることができる。例えば、一つの乳酸エステル構造ユニットでラセミ化が生じ、続いてラクチド単位での脱離が生じた場合、メソ−ラクチドが生成する。連続する二つの乳酸エステル構造ユニットでラセミ化が生じ、その二つの乳酸エステル構造ユニットがラクチドとして脱離した場合、元の乳酸ポリマーとは逆の光学異性ラクチドが生成する。一般的に、ラセミ化反応がランダムに進行した場合、メソ−ラクチドが主な分解産物として生成する。これらのメソ−ラクチドおよびL,L−ラクチド、D,D−ラクチドの割合は、ガスクロマトグラフ分析によって確認することができる。ただし、光学分割が不可能なカラムを利用した場合、D,D−ラクチドとL,L−ラクチドとは、同一フラクションとして検知されるため、ラセミ化の評価は、メソ−ラクチドの生成割合を指標として利用することができる。従って、メソ−ラクチドの生成割合が、得られたラクチド中の10モル%以下、好ましくは5モル%以下、より好ましくは2モル%以下であるのが良い。
【0038】
本発明により、ラセミ化が抑制されたラクチドを回収することができるが、得られるラクチドの光学純度は、用いる乳酸ポリマーの光学純度に依存する。即ち、用いる乳酸ポリマーの光学純度が高ければ高いほど、得られるラクチドの光学純度も高くなる。従って、乳酸ポリマーの光学純度が、80%e.e.以上、好ましくは90%e.e.以上、より好ましくは95%e.e.以上であれば、ケミカルリサイクルによって得られるラクチドの光学純度も、比例して高くなる。なお、ここで、%e.e.とは、enantiometric excessという鏡像異性体からなる混合物中に存在する、一つの鏡像異性体の過剰量を百分率で表したものである。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
[実施例1]及び[比較例1〜4]
塩酸処理した金属を殆ど含まないポリ−L−乳酸(PLLA)(Mn=142000、Mw=286000)160mgと芳香族縮合リン酸エステル難燃剤(PX−200:大八化学工業製) 40mg、及び酸化マグネシウム(MgO)(粒径:50×5×5μm、和光純薬工業製)10mgをサンプル管にとり、これにクロロホルム6mLを加えて、室温下15時間、激しく磁気攪拌を行うことによって溶解・分散させた。次に、この溶液からフラットシャーレ中でキャストフィルムを作成した。
【0041】
得られたキャストフィルムは、メタノールで表面を洗浄した後、室温で1日真空乾燥を行った。得られたフィルムから、一回につき約5mgのサンプルを切り出し、SEIKO製TG/DTA6200を用いて、窒素雰囲気下(100mL/分)、室温から400℃までの温度範囲で、9℃/分の昇温速度で熱分解を行った。その結果を図1に示した。また、熱分解クロマトグラフ/質量分析計 (Py−GC/MS、島津製作所製 QP−5050A)を用いて熱分解生成物の分析を行った。その分解生成物の分析結果を図2に示した。
【0042】
上記の実施例1の組成物に対して、PLLAのみの場合(比較例1)、PX−200のみの場合(比較例2)、PLLAにMgOのみを添加した場合(比較例3)、そしてPLLAにPX−200のみを添加した場合(比較例4)でPLLA/PX−200/MgOと同様にキャストフィルムを作成し、同様に熱分解を行った。それらの結果を図1に併せて示した。
【0043】
PLLAのみの場合(比較例1)とPLLA80重量部にPX−200を20重量部含有した組成物(比較例4)は、分解による重量減少は300℃を超えて始まり、約390〜400℃でほぼ完全に分解した。それに対し、PX−200のみの場合(比較例2)は、250℃を超えて重量減少が始まり、400℃でほぼ完全に分解した。これらの結果は、PX−200がPLLAの分解とともに同時に分解し、PLLA自身の分解温度は変化しないことを示している。PLLAにMgOを添加した場合(比較例3)は、230℃付近で熱分解が開始し、約310℃付近で完全に分解は終了した。
【0044】
PLLA/PX−200/MgO(80/20/5 wt/wt/wt)(実施例1)の場合、230℃付近で熱分解が開始し、310℃付近で約20%の残分を残して1段階目が終了し、続いて2段階目の熱分解が380℃まで継続して完全に分解は終了した。この結果は、分解触媒MgOがPLLAとリン系難燃剤の分解温度を乖離させ、PLLAのみを優先的に分解させたことを示している。
【0045】
図2の分解生成物の結果から、PLLA/PX−200/MgO(80/20/5
wt/wt/wt)(実施例1)の場合に、PLLAの直接の原料であるL,L−ラクチドの割合が99.6%と最も高く、選択的なPLLAの解重合が起こったことを示している。
【0046】
以上の実施例1と比較例1〜4から、縮合リン酸エステル型難燃剤を含んだ乳酸ポリマー組成物に分解触媒MgOを添加することによって、PLLAの熱分解を優先的に行い、直接原料であるL,L−ラクチドが高純度に回収されることがわかった。
【0047】
[実施例2]及び[比較例5〜6]
塩酸処理した金属を殆ど含まないポリ−L−乳酸(PLLA)(Mn=142000、Mw=286000)160mgと芳香族非縮合型リン酸エステル系難燃剤であるトリフェニルホスフェート(TPP:和光純薬工業製) 40mg、及び酸化マグネシウム(MgO)(粒径:50×5×5μm、和光純薬工業製)10mgをサンプル管にとり、これにクロロホルム6mLを加えて、室温下15時間、激しく磁気攪拌を行うことによって溶解・分散させた。次に、この溶液からフラットシャーレ中でキャストフィルムを作成した。
【0048】
得られたキャストフィルムは、メタノールで表面を洗浄した後、室温で1日真空乾燥を行った。得られたフィルムから、一回につき約5mgのサンプルを切り出し、SEIKO製TG/DTA6200を用いて、窒素雰囲気下(100mL/分)、室温から400℃までの温度範囲で、9℃/分の昇温速度で熱分解を行った。その結果を図3に示した。また、熱分解クロマトグラフ/質量分析計 (Py−GC/MS、島津製作所製 QP−5050A)を用いて熱分解生成物の分析を行った。その分解生成物の分析結果を図4に示した。
【0049】
上記の実施例2の組成物に対して、PLLAのみの場合(比較例1)、TPPのみの場合(比較例5)、PLLAにMgOのみを添加した場合(比較例3)、そしてPLLAにTPPのみを添加した場合(比較例6)で、PLLA/TPP/MgOと同様にキャストフィルムを作成し、同様に熱分解を行った。それらの結果を図3に併せて示した。
【0050】
TPPのみの場合(比較例5)、TPPの揮発による重量減少は200℃付近から始まり、300℃までには完全に揮発した。PLLA80重量部にTPPを20重量部含有した組成物(比較例6)は、TPPの揮発温度と同じ200℃付近から徐々に重量減少が始まり、PLLAのみの分解(比較例1)と同じ温度域に達した時点で、PLLAの分解に移行した。このことから、TPPは、PLLAの熱分解とは関係なく、低温で揮発することがわかった。
【0051】
PLLA/TPP/MgO(80/20/5 wt/wt/wt)(実施例2)の場合、200℃付近からTPPの揮発による重量減少が開始し、330℃付近で約70%の残分を残して1段階目が終了し、続いて2段階目の重量減少が急激に進行し、340℃までに完全に分解は終了した。この結果は、PLLAとMgO組成物の重量減少挙動(比較例3)と異なっている。
【0052】
図4の分解生成物の結果から、PLLA/TPP/MgO(80/20/5
wt/wt/wt)(実施例2)からの生成物は、揮発TPPとPLLAの直接の原料であるL,L−ラクチドで占められ、TPPが59.5%、L,L−ラクチドが39.6%、及びメソ−ラクチドが0.9%となり、TPPを除くラクチドだけの組成は、L,L−ラクチドが97.8%、及びメソ−ラクチドが2.2%となり、選択的なPLLAの解重合が起こったことを示している。なお、同時に回収されたTPPは、実施例5に述べる方法で、L,L−ラクチドと分離可能である。
【0053】
以上の実施例2と比較例1、3、5、6の結果から、非縮合型リン酸エステル系難燃剤TPPを含んだ乳酸ポリマー組成物に分解触媒MgOを添加することによって、PLLAの熱分解を選択的に行い、揮発TPPの回収と共に直接原料であるL,L−ラクチドが高純度に回収されることが分かった。
【0054】
[実施例3と4]及び[比較例7]
塩酸処理した金属を殆ど含まないポリ−L−乳酸(PLLA)(Mn=142000、Mw=286000)、芳香族縮合リン酸エステル(PX−200:大八化学工業製)、トリフェニルホスフェート(TPP:和光純薬工業製)、及び酸化カルシウム(CaO)(和光純薬工業製)を表1に示した割合でサンプル管にとり、これにクロロホルム6mLを加えて、室温下15時間、激しく磁気攪拌を行うことによって溶解・分散させた。次に、この溶液からフラットシャーレ中でキャストフィルムを作成した。
【0055】
得られたキャストフィルムは、メタノールで表面を洗浄した後、室温で1日真空乾燥を行った。得られたフィルムから、一回につき約5mgのサンプルを切り出し、SEIKO製TG/DTA6200を用いて、窒素雰囲気下(100mL/分)、室温から400℃までの温度範囲で、9℃/分の昇温速度で熱分解を行った。その結果を図5に示した。また、熱分解クロマトグラフ/質量分析計 (Py−GC/MS、島津製作所製 QP−5050A)を用いて熱分解生成物の分析を行った。PLLA/PX−200/CaOとPLLA/CaOの場合における、分解生成物の分析結果を図6に、またPLLA/TPP/CaOとPLLA/TPPの場合における、分解生成物の分析結果を図7に示した。

【0056】
【表1】

【0057】
上記の実施例3と4の組成物に対して、PLLAのみの場合(比較例1)、PLLAにPX−200のみを添加した場合(比較例4)、PLLAにTPPのみを添加した場合(比較例6)、そしてPLLAにCaOのみを添加した場合(比較例7)で実施例3と4と同様にキャストフィルムを作成し、同様に熱分解を行った。それらの結果を図5に併せて示した。
【0058】
PLLAにCaOを添加した場合(比較例7)は、220℃付近で熱分解が開始し、約330℃付近で完全に分解は終了した。PLLA/PX−200/CaO(80/20/1 wt/wt/wt)(実施例3)の場合、210℃付近で熱分解が開始し、300℃付近で約20%の残分を残して1段階目が終了し、続いて2段階目の熱分解が380℃まで継続して完全に分解は終了した。この結果は、分解触媒CaOがPLLAとリン系難燃剤の分解温度を乖離させ、PLLAのみを優先的に分解させたことを示している。更には、PX−200の共存は、CaOの解重合活性を向上させ、PLLA/CaO(比較例7)よりも低温域で分解が進行することが見出された。
【0059】
図6の分解生成物の結果から、PLLA/PX−200/CaO(80/20/1 wt/wt/wt)(実施例3)の場合に、PLLAの直接の原料であるL,L−ラクチドの割合がPLLA/CaOの場合よりも高く、より選択的なPLLAの解重合が起こったことを示している。
【0060】
図5から分かるように、PLLA/TPP/CaO(80/20/1 wt/wt/wt)(実施例4)の場合、210℃付近からTPPの揮発による重量減少が開始し、330℃付近で約70%の残分を残して1段階目が終了し、続いて2段階目の重量減少が急激に進行し、360℃までに完全に分解は終了した。この結果は、PLLAとCaO組成物の重量減少挙動(比較例7)と異なっている。分解生成物の結果(図7)から、PLLA/TPP/CaO(80/20/1wt/wt/wt)(実施例4)からの生成物は、PLLA/TPP(80/20wt/wt)組成物に比べ、L−ラクチドの純度が高く、より選択的なPLLAの解重合が起こったことを示している。
【0061】
以上の実施例3と4と比較例1、4、6、7の結果から、縮合リン酸エステル型難燃剤を含んだ乳酸ポリマー組成物に分解触媒CaOを添加することによって、PLLAの熱分解が促進され、かつ優先的に行なわれ、直接原料であるL,L−ラクチドが高純度に回収されることが分かった。また、リン酸エステル型難燃剤TPPを含んだ乳酸ポリマー組成物に分解触媒CaOを添加することによって、PLLAの熱分解を選択的に行い、揮発TPPの回収とともに直接原料であるL,L−ラクチドが高純度に回収されることが分かった。
【0062】
[実施例5]
L,L-ラクチドとTPPの混合物40.6g(ラクチド32.48g、TPP8.12g)に等量(40.6g)のトルエンを加え、マントルヒーターを用いて80℃に加熱し、攪拌することによって混合物を溶解し、均一な溶液とした。均一に溶解した後、攪拌しながら30℃になるまで放冷した。冷却した溶液中には、ラクチドの結晶が析出していた。この溶液からL,L−ラクチド結晶を取り出すために、濾布を使った遠心分離装置を用いて、室温25℃、回転数3000rpmで10分間処理し、ラクチド結晶とトルエン溶液を分離した。ラクチド結晶は減圧下に乾燥した。24.4gのL,L-ラクチドが回収され、H−NMR分析から、L,L-ラクチドの光学純度は100%であり、上記分離プロセス中でのラセミ化は起きなかった。一方、遠心分離機で分離されたトルエン溶液はエバポレーターを用いてトルエンの大部分を除去した。残留したトルエン溶液を冷蔵庫(4℃)内で冷却し、残留したラクチドを結晶化させ、TPPのトルエン溶液と分離した。TPPのトルエン溶液はエバポレーターを用いてトルエンを完全に除去し、析出した白色固体(5.03g)をH−NMRおよびガスクロマトグラフ分析を用いて分析した結果、純度100%のTPPであった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明によって、リン系難燃剤を含有した乳酸ポリマー組成物から、高い光学純度のラクチドを、効率的にかつ容易に製造・回収することが可能となり、これは、使用済みのリン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物からなる成形品を、ケミカルリサイクルする上で極めて効果的である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】PLLA、縮合型リン酸エステル型難燃剤PX−200、及びMgOからなる各種組成物のTG曲線。
【図2】PLLA、縮合型リン酸エステル型難燃剤PX−200、及びMgOからなる各種組成物のPy―GC/MSによる熱分解生成物の組成。
【図3】PLLA、リン酸エステル型難燃剤TPP、及びMgOからなる各種組成物のTG曲線。
【図4】PLLA、リン酸エステル型難燃剤TPP、及びMgOからなる各種組成物のPy―GC/MSによる熱分解生成物の組成。
【図5】PLLA、縮合型リン酸エステル型難燃剤PX−200、リン酸エステル型難燃剤TPP、及びCaOからなる各種組成物のTG曲線。
【図6】PLLA、縮合型リン酸エステル型難燃剤PX−200、及びCaOからなる各種組成物のPy―GC/MSによる熱分解生成物の組成。
【図7】PLLA、リン酸エステル型難燃剤TPP、及びCaOからなる各種組成物のPy―GC/MSによる熱分解生成物の組成。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物にアルカリ土類金属化合物を添加し、該組成物を乳酸ポリマーの溶融温度以上に加熱し、該乳酸ポリマーの解重合によって得られたラクチドを回収することを特徴とするラクチドの回収方法。
【請求項2】
アルカリ土類金属化合物が、マグネシウム化合物又はカルシウム化合物であることを特徴とする請求項1記載のラクチドの回収方法。
【請求項3】
乳酸ポリマー組成物中の乳酸ポリマー成分100重量部当たり、アルカリ土類金属化合物を0.1〜10重量部加え、200〜350℃の温度に加熱することを特徴とする請求項1又は2記載のラクチドの回収方法。
【請求項4】
ラクチドよりも沸点が低いリン系難燃剤を含有する乳酸ポリマー組成物を用い、ラクチドを回収すると同時にリン系難燃剤も回収することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載のラクチドの回収方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−120915(P2010−120915A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−298858(P2008−298858)
【出願日】平成20年11月22日(2008.11.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り プラスチックリサイクル化学研究会(FSRJ)第11回討論会予稿集の73−74頁(P−15)に発表
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】