説明

電子走査式レーダ装置

【課題】電子走査型レーダにおいて簡易な構成で干渉抑圧が可能な、電子走査式レーダ装置の提供
【解決手段】サンプリングされたビート信号RDを、各アンテナ素子について時間方向に複数の短時間データSDに切り出す。短時間データSDの周波数スペクトルから、干渉波の干渉成分周波数を検出する。検出された干渉成分周波数における周波数スペクトル成分に基づいて、干渉成分の位相補正テーブルを生成する。位相補正テーブルに基づいて各チャンネルの受信データの干渉成分の位相を揃える。位相が揃った各チャンネルの受信データから、その直流成分を除去して干渉方向成分を抑圧する。干渉方向成分が除去された各チャンネルの受信データの位相を元に戻す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子走査式レーダ装置に係わり、特に、車載用のFM-CW方式またはCW方式の電子走査式レーダ装置において、受信信号に含まれる干渉信号を抑圧することのできる電子走査式レーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
図1は、FM-CWレーダ方式における送受信信号と、ミキシング処理の原理を示すタイムチャート、図2は、対向車線を有する道路環境の一例を示す平面図、図3は、従来のレーダ装置において、他車からの干渉信号が受信された場合の、自車での信号処理状態示す図、図4は、全チャンネル同時受信の場合と、時分割(切替え)受信の場合の、各チャンネルのサンプリング値と、その際の想定される干渉成分信号の状態(折り返し前信号と折り返し後信号)を示す図である。
【0003】
自動車の衝突事故防止や車間制御のために、先行する車両などの前方物標に対する距離・速度・方位を計測する車載レーダが開発されている。
【0004】
前方物標に対する距離と相対速度を計測する手法としては、信号処理回路構成が簡易であるなどの理由からFM-CWレーダ方式が採用される。FM-CW方式では、図1(a)に示すように、送信アンテナより直線的に周波数が変化する信号S1を送信する。これが物標に反射してきた信号S2を受信し、受信信号S2と送信信号S1のミキシングを、図1(b)に示すように、行う。これにより、送受信信号の周波数差(ビート周波数fb)を成分とするビート信号S3が生成される。このビート周波数は物標から往復伝播遅延時間Δtに比例しており、ここから距離を換算することができる。
【0005】
方位を計測する手法としては、短時間で全方位の走査処理が可能ものとして電子走査方式がある。電子走査方式では、対象からの反射波をある規則により配置された複数のアンテナ素子(アレーアンテナ)で受信する。この受信データのチャンネル間には、各アンテナに対する物標の方位、各アンテナの配置位置及び受信信号周波数によって決定される時間差が生じている。この時間差(または位相差)から物標の方位検出ができる。たとえばそのような手法としてディジタルビームフォーミング(DBF)が知られている。DBFでは受信データをAD変換器でディジタル化した後、各チャネルとベクトルデータ(モードベクトル)との相関をとることで方位検出をおこなうことができる(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
以上のように、電子走査方式では、複数のアンテナ素子での同時受信データが必要となる。しかしながら、アンテナ素子ごとにAD変換器を用意する構成では、装置が複雑・高価になるため、例えば図5に示すように、各アンテナ素子6とAD変換器13の間に設けられた切替え器7により、時分割受信する構成のものが提案されている。(たとえば、特許文献1参照)。
【0007】
このような時分割受信方式では、切替えによる遅延時間τ[k]が各チャンネルに生じる。ここでkはチャンネル番号をあらわす。もし、この切替えによる遅延時間τ[k]がビート周波数fbの周期1/fbに対して無視できるほど小さければ(τ[k]<<1/fb)、すべてのチャンネルを同時に受信したとみなして処理可能である。しかしながら、コスト面の都合などの理由から、比較的低速な切替え器(VCO2の駆動周波数が比較的低い形態)を採用することがある。この場合、遅延時間が無視できなくなる。各チャンネルにおける受信信号の位相の誤差が大きくなると、対象物(物標)方位の検出が不正確となるため、(1)式によって表される位相Δφ[κ]を各チャンネルで補正することが好ましい。
【0008】
【数1】

【0009】
この位相補正処理により、時分割受信の場合でも正確な方位検出が可能となる。ところで、車載レーダ装置搭載車両が多数往来するような、例えば図2に示すような道路環境では、対向車線を走行する車両に搭載されたレーダからの電波Rx2が自車に搭載したレーダへ混入することで、自車において放射した電波Txの物標での反射波Rx1と対向車からの電波Rx2との干渉が生じる。特に他車送信アンテナからの直接波は電力レベルが比較的大きく、計測精度に及ぼす影響が大きい。
【0010】
このような状況では、受信信号中に含まれる干渉成分を抑圧することが有効である。たとえば、特定方位からの成分を抑圧するフィルタを利用して干渉成分を抑圧する方法が提案されている。(例えば、非特許文献2参照)
【0011】
しかしながら、前述の時分割切替え型のレーダでは、他車からの干渉信号Rx2成分の方位が適切に求められない場合がある。以下この理由を説明する。
【0012】
図3(a)に示すように、他車からの干渉信号Rx2成分の変調方式がFM-CW方式やCW方式の場合、ミキシング後の信号Rx2の干渉成分は、図3(b)に示すように、周波数が変動する連続信号となる。さらにAD変換器によるサンプリングを実施すると、サンプリング周波数Fの1/2倍(いわゆるナイキスト周波数)以上のビート周波数は、図3(c)に示すように、折り返す成分となって現れる。
【0013】
このように周波数が時間変動しているものに対しては、複数のアンテナ素子を切替え器により切替えるチャンネル切替え方式における、各チャンネルおける受信信号の位相補正量の決定および位相補正処理が困難となる。もしFM−CW変調の傾きが平行に近い条件であれば、干渉成分の周波数変動が比較的緩やかとなるが、その周波数は折り返している可能性があり、位相補量を一意に決定することが困難である。図4に、サンプリング後のデータが同一であっても折返し前周波数によって位相のズレ量が異なる例を示す。図4(b)の切替え受信の場合(切替え遅延時間τ)、点線で示すラインが折り返し前の信号BSであり、実線で示すラインが折り返し後の信号ASとなる。各信号BS、ASの周期が異なるために、サンプリングの値に対する必要な位相補正量が、各信号BS、ASで大きく異なることが分かる。
【0014】
そこで、サンプリングされたビート信号を、各アンテナ素子について時間方向に複数の短時間データに切り出し、その短時間データの周波数スペクトルから、干渉波の干渉成分周波数を検出した後、干渉波の折り返し前周波数の複数の候補に基づいてを位相補正を行ない、更に、補正後の信号のデジタルビームフォーミング結果を用いて、干渉成分の一番尤もらしい到来方位を推定し、推定された干渉成分の到来方位から、当該干渉成分を抑圧するフィルタを作用させ、干渉成分を抑圧する技術が提案されている(例えば、特許文献2参照)
【0015】
【非特許文献1】菊間信良著「アレーアンテナによる適応信号処理」,科学技術出版,1998 年)
【非特許文献2】論文:Adaptive Mainbeam Jamming Suppressionfor Multi-Function Radars, T.J. Nohara 他著」)
【特許文献1】特開平11−231040号公報
【特許文献2】特開2007−232383号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかし、この場合、干渉成分の到来方位を検出する場合には、干渉成分の折り返し前周波数の候補の数だけ、位相補正およびDBF(デジタルビームフォーミング)による方位推定を繰り返す必要がある。特に切替受信でカット周波数を高くとる必要がある(折り返してくる周波数帯が広くなる)場合、折り返し前周波数の候補の数も多くなり、演算回数が増大し、リアルタイム処理が必要なレーダ装置において短時間での処理を可能とするためには、高性能、従って複雑かつ高価な演算手段(演算プログラム及び演算素子)が必要となる不都合がある。
【0017】
そこで、本発明は、前述の問題点を解決するため、FM−CW方式又はCW方式の電子走査型レーダにおいて、簡易な構成で干渉抑圧が可能な、電子走査式レーダ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
請求項1の発明は、連続波からなる送信信号(Tx)を、放射自在な送信アンテナ(5)、複数のアンテナ素子(6)からなる受信アンテナ、前記複数のアンテナ素子で受信される受信信号(Rx)と前記送信信号をミキシングして前記複数のアンテナ素子(6)に対応した複数チャンネル分(例えば、Kチャンネル分)のビート信号(S3)を得るミキサ(10)、前記ミキサで得られたビート信号(S3)を所定のサンプリング周波数(f)でサンプリングして前記複数のアンテナ素子に対応した複数チャンネル分の受信データ(DT1)を得る、A/D変換器(13)、前記サンプリングされた前記複数チャンネル分の受信データ(DT1)を、各チャンネルについて時間方向に複数の短時間データ(SD)に切り出す、短時間データ切出し部(19)、前記各チャンネルについて、前記複数の短時間データ(SD)の周波数スペクトルを算出する、周波数スペクトル算出部(20)、前記周波数スペクトルから、干渉波の干渉成分周波数を検出する、干渉周波数検出部(18)、検出された各チャンネルの干渉成分周波数における周波数スペクトル成分に基づいて、位相補正テーブルを算出する位相補正テーブル算出部(21)、前記位相補正テーブルに基づいて前記受信データ中の干渉方向成分を抑圧する干渉成分除去手段(26)、該干渉方向成分が抑圧された前記受信データ(DT1)に基づいて物標の距離、相対速度などを検出する、物標検出部(17)、を有する、電子走査式レーダ装置(1)において、
前記干渉成分除去手段(26)は、
前記位相補正テーブルで算出された位相補正テーブルに基づいて各チャンネルの前記受信データの前記干渉成分の位相を揃える処理を行う干渉成分位相整合部、及び、
前記干渉成分の位相が揃った各チャンネルの前記受信データから、その直流成分を除去することで前記干渉方向成分の抑圧処理を行う干渉抑圧部、
前記干渉方向成分が除去された各チャンネルの受信データの位相を元に戻す、位相復元部、
を有し、
更に、前記干渉方向成分が抑圧された前記受信データをマージするバッファ部(27)
を有し、
前記復元されたデータに基づいて、前記物標の距離、相対速度などを検出することを特徴として構成される。
【0019】
請求項2の発明は、前記ミキサ(10)と前記複数のアンテナ素子(6)間に設けられ、前記複数のアンテナ素子(6)を選択的に前記ミキサに接続する切替え器(7)が設けられて構成される。
【0020】
請求項3の発明は、前記補正テーブル算出部は、
前記干渉周波数検出部で得られる前記干渉成分周波数における周波数スペクトル成分で構成される複素数ベクトルデータを振幅項と位相項に分解演算処理するデータ分解部、
前記分解された複素数ベクトルデータの前記位相項を特定の値に揃える補正テーブルを演算生成する補正テーブル生成部、を有して構成される。
【発明の効果】
【0021】
請求項1の発明によれば、対向車などからのFM−CW、CWレーダ波などを干渉波として受信したような場合などにおいて、受信データの干渉成分の位相を(例えば、0に)揃えた後、当該受信データから干渉成分のみを除去するようにしたので、従来のように、干渉成分の折り返し前周波数の候補の数だけのデジタルビームフォーミング処理を行うといった、演算量の大きな処理を行う必要が無くなり、簡易な構成で干渉抑圧が可能な、電子走査式レーダ装置を提供することができる。
【0022】
請求項2の発明によれば、切替え遅延時間が問題となる複数のアンテナ素子(6)を切替え器(7)で選択的にミキサ(10)に接続する、チャンネル切替え形の電子走査式レーダ装置(1)に適用することが可能となる。
【0023】
請求項3の発明によれば、複素ベクトルの位相項を揃えるように補正テーブルを演算生成すればよいので、補正テーブルの算出のためのコストが少なくてすむ。
【0024】
なお、括弧内の番号等は、図面における対応する要素を示す便宜的なものであり、従って、本記述は図面上の記載に限定拘束されるものではない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面に基づき、本発明の実施例を説明する。
【0026】
図5は、本発明による電子走査式レーダ装置の1実施例を示すブロック図、図6は、短時間データ切り出し処理の内容を示す模式図、図7は、周波数スペクトル算出処理の内容を示す模式図、図8は、各時刻における干渉信号の瞬時ビート周波数を示す模式図、図9は、本発明の基本思想を示す概念図、図10は、本発明による干渉信号除去の流れを示すフローチャート(一例)である。
【0027】
図5は、本発明の一実施形態である電子走査式レーダ装置1を示す構成図である。このレーダ装置1は、連続波(CW)に周波数変調(FM)を掛けた送信信号Txを用いるFM−CWレーダ装置である。このレーダ装置1は、自動車に搭載されるいわゆる車載用レーダ装置であり、前方を走行する車輌(物標)までの距離やその相対速度などを検知するものである。このレーダ装置1の検知結果は、車輌走行の制御情報等に利用される。送信電波にはマイクロ波が用いられている。
【0028】
このレーダ装置1では、切換え器7を利用することにより、RFアンプ9やミキサ10などのアナログデバイスを全体で一組だけ備えた構成となっている。レーダ装置1は、送受信部4を有しており、送受信部4は、中心周波数がf0(たとえば76GHz)の発振器2と、アンプ3と、送信アンテナ5とを備えている。発振器2は、図示しない変調用の直流電源から出力される制御電圧によって、周波数f0の搬送波に対して周波数変調幅ΔFの三角波変調を掛けた信号、すなわち周波数f0±ΔF/2の被変調波(送信信号Tx)を出力する。被変調波はアンプ3で増幅され、送信アンテナ5から電磁波として放射される。なお、送信信号Txの一部は受信検波用のローカル信号としてミキサ10に出力される。
【0029】
送受信部4に設けられた受信用アレーアンテナ8は、第1チャネル(♯1)から第Kチャネル(♯K)までの各チャネルに対応するK個のアレーアンテナ素子6を備えている。切替え器7は、K個の入力端子と1個の出力端子とを有し、各入力端子にはアレーアンテナ8の各アレーアンテナ素子6が1個づつ接続されている。出力端子は入力端子のいずれか一つと接続されるものであり、切換信号(クロック信号)により、その接続は周期的に切替えられる。接続切替えは、回路上で電気的に行われる。
【0030】
受信信号Rxは切替器7で周期1/fswで時分割多重化される。ここで、切替えの順番はランダムに行うものとする。時分割多重化された信号は、RFアンプ9で増幅され、ミキサ10により分配された送信信号Txとミキシングされる。このミキシングにより受信信号Rxはダウンコンバートされ、図1(b)に示すように、送信信号Txと受信信号Rxとの差信号であるビート信号S3が生成される。受信信号R及び送信信号Tに基づいてビート信号S3を得る処理の詳細は、例えば特開平11−133142号公報などで述べられている公知技術なので、本明細書ではその詳細な説明は省略する。
【0031】
ところで、三角波変調FM−CW方式では、相対速度が零のときのビート周波数をfr、相対速度に基づくドップラ周波数をfd、周波数が増加する区間(アップ区間)のビート周波数をfb1、周波数が減少する区間(ダウン区間)のビート周波数をfb2とすると、
fb1=fr−fd …(2)
fb2=fr+fd …(3)
が成り立つ。
【0032】
従って、変調サイクルのアップ区間とダウン区間のビート周波数fb1およびfb2を別々に測定すれば、次式(4)及び(5)からfrおよびfdを求めることができる。
fr=(fb1+fb2)/2 …(4)
fd=(fb2−fb1)/2 …(5)
frおよびfdが求まれば、目標物の距離Rと速度Vを次の(6)(7)式により求めることができる。
R=(C/(4・ΔF・fm))・fr …(6)
V=(C/(2・f0))・fd …(7)
ここに、Cは光の速度、fmはFM変調周波数である。
【0033】
生成されたビート信号S3は、アンプ11、ローパスフィルタ12を経由して、A/D変換器13にてサンプリング周波数fsでN個のデータとしてサンプリング量子化される。そして式(8)のようなK(チャンネル)×N個の受信データDT1としてバッファ部14へ蓄積され、物標検出部17に出力される。
【0034】
【数2】

【0035】
物標検出部17は、図5に示すように、干渉抑圧部30,ビート周波数検出部31,位相補正部32及び方位検出部33を有しており、干渉抑圧部30は、短時間データ切り出し部19,周波数スペクトル算出部20,干渉周波数検出部18,位相補正テーブル算出部21、干渉成分除去部26及びバッファ部27を有している。
【0036】
短時間データ切り出し部19では、図6に示すように、各アレーアンテナ素子6に対応する各チャンネルについて、それぞれ時間方向にN個蓄積された受信データRDを、次式のようなM個づつの短いデータSDに切り出す。なお、データSDを切り出す際の、各データSDのずらし数は、式(9)の場合は、1であるが、ずらし数は、1以上の適宜な数に可変とすることが出来る。
【0037】
【数3】

【0038】
次に、周波数スペクトル算出部20では、短時間に切り出したデータに対し、図7及び式(10)に示すように、離散フーリエ変換を行い周波数領域へのデータに変換して、周波数スペクトルを演算算出する。
【0039】
【数4】

【0040】
干渉周波数検出部18では、Kチャンネル分の離散フーリエ変換後電力の平均を求め、図8に示すように、さらにその周波数方向のピークを検出しそのピークの平均電力レベルが最大となる周波数をもって、各時刻tでの干渉成分の瞬時ビート周波数(干渉成分周波数)として求める。これを
【0041】
【数5】

と表記する。
【0042】
【数6】

【0043】
ここで、求められた干渉成分の瞬時ビート周波数fBA[t](干渉成分周波数)における1からK chの複素周波数スペクトルは、式(13)で表される。
【0044】
【数7】

【0045】
図9に示すように、周波数スペクトル算出部20で算出されたビート周波数スペクトルから、干渉周波数検出部18で得られる干渉成分周波数fBAの成分を取り出したもの(式(13))は、ほぼ干渉成分だけで構成される。このことから、本発明では、それらの信号から、従来のように、折り返し前周波数の複数の候補を生成して、それぞれの候補に対応した位相補正量を求め、そのかなかで一番尤もらしい干渉成分の方位を求める大規模な演算処理を行わなくても、各チャンネルの受信信号中の干渉成分のみを補正(位相成分を揃える)してからその主成分(直流成分)を除去する処理を行うことで、簡単に干渉成分を除去することが出来るであろうとの知見に基づいて処理を行う。
【0046】
即ち、本発明による処理を模式的に示すと、図10に示すように、干渉成分が混入した受信信号は、ステップS1に示すように、各受信チャンネルCh1,Ch2,Ch3……について、干渉成分KCと本来の物標からの反射波からなる所望成分SCがその位相及び大きさが異なる形で混在している。なお、図10において、各チャンネルにおける干渉成分KC及び所望成分SCは、その矢印の長さが信号の大きさを表し、矢印の向きが、位相を示している。なお、図10の表示は、本発明の概念を分かり易く表示するための模式図であり、各信号の大きさや方位は、必ずしも実際の信号状態を反映するものではない。
【0047】
次に、ステップS2で、各チャンネルにおける受信信号の干渉成分KCの位相をそろえ、次いでステップS3で当該干渉成分KCを除去する処理を行うことで、簡単に受信信号中の干渉成分KCを除去することができる。その後、ステップS4で、各チャンネルの位相を基に戻すと、干渉成分KCが除去された受信信号を得ることが出来る。
【0048】
以下、干渉抑圧処理の詳細について記述する。まず、式(13)で示される干渉成分周波数における周波数スペクトル成分で構成される複素数ベクトルデータY[][t](fBA(t))を、振幅項(a)と位相項(ejθi)に分解演算処理する。
【0049】
【数8】

このとき、位相補正テーブル算出部21は、振幅項(a)と位相項(ejθi)に分解された受信データの位相項を1にする補正テーブルを演算生成する。即ち、時刻tにおける補正テーブルHosei[t]、即ち、図10におけるステップS2において、各チャンネルにおける受信信号の干渉成分(信号)の位相をそろえるための式(15)は以下のようなものとなる。
【0050】
【数9】

この補正テーブルは、式(14)で示した受信データの位相項(ejθi)を1にする、即ち、受信データにおける干渉信号の位相を揃える働きをする(図10のステップS2に相当)。即ち、各チャンネルの受信データの位相を、各チャンネルについて、干渉成分(信号)の位相を基準に、それら干渉成分(信号)の位相が揃うように、各チャンネルの受信データを演算処理する。このように、従来は折り返し周波数の候補の数だけ、位相補正およびDBFを繰り返して干渉方位を検出後に補正テーブルを算出する必要があったが、提案方式は、干渉方位を求める必要が無くなり、1回の処理で補正テーブルを求めることができる。
【0051】
こうして、各受信信号における干渉信号の位相をそろえるための補正テーブルHosei[t]が求められたところで、時刻tにおける1〜Kチャンネルの受信データをXc[t]とすると、式(16)のようになる。
【0052】
【数10】

【0053】
干渉成分除去部26では、以下の式(17)によって干渉抑圧を実施する。
【0054】
【数11】

Iは単位行列(サイズK)、a(0)は0度方向のモードベクトル(サイズK)である(式(18))。式(17)で、*は複素共役を表す。
【0055】
【数12】

干渉成分除去部26で、式(16)に示す受信データXc[t]に補正テーブルを作用させることで、Xc[t]中の干渉成分の位相が揃う(位相項が、例えば全て1、従って方位0度(位相が揃えば、必ずしも方位0度に限定されるわけではない)になる、図10のステップS2、)こととなる。次に受信信号中の直流成分(方位0度に相当)の信号を除去する射影行列(I−a(0).a(0))を掛けると、受信信号中の干渉成分が除去される(図10のステップS3)こととなる。最後に図10のステップ2で各チャンネルの受信データの位相補正した分を、ステップS4で元に戻す(図10のステップS4)。これにより、受信データから干渉成分のみが除去されることとなる。
【0056】
式(17)は以下の式(19)と等価であるので、実際はこちらを計算する。その際、演算コスト削減のために、後ろから順番に計算する。式(19)で、Hは共役転置を表す。
【0057】
【数13】

バッファ部27では、干渉信号成分が抑圧されたデータxC[t]を元のデータ数分蓄積して、後段のビート周波数検出部31へ送る。この状態で、後段のビート周波数検出部31へは、図5の送受信部5のバッファ部14に蓄積されたビート信号から、干渉波成分が除去(抑圧)された形の信号が適切に出力される。
【0058】
物標検出部17の干渉抑圧部30で干渉成分が抑圧されたビート信号は、ビート周波数検出部31、位相補正部32及び方位検出部33で公知の処理が施され、自車と先行車両などの物標との距離、相対速度、方位などが演算され、更に、図5に示す、物標追従処理部35において、時間的な追跡処理を行って前方の車両を検出するなどの演算処理を行う。なお、物標追従処理部35における詳しい処理内容については、特開2003−270341号公報などにその詳細が述べられている公知技術なので、本明細書でははその説明を省略する。また、ビート周波数検出部31、位相補正部32及び方位検出部33での処理は、非特許文献1等に詳細に述べられており、公知の手法となっているので、ここでは、その詳細な説明は省略する。
【0059】
なお、本実施例では、これらの処理部とその動作内容をマイクロプロセッサやディジタルシグナルプロセッサー等で動作する信号処理ソフトウエアとしての実現を想定して説明を行うが、FPGAやLSI等の半導体デバイス上の集積回路としての実現も可能である。
【0060】
なお、上述の実施例は、切替え器7で複数のアレーアンテナ素子6を切り替えて単一のA/D変換器13でビート信号S3を量子化する構成としたが、本発明は、切替器7を用いずに、各アレーアンテナ素子についてそれぞれA/D変換器13を接続して、各チャンネルの同時受信をする構成であっても、受信信号に混入した干渉成分を除去することにおいて、同様に適用することが出来る。
【0061】
このように、対向車などからのFM−CW、CWレーダ波などを干渉波として受信したような場合などにおいて、干渉成分周波数の時間変動があっても、当該干渉波の短時間データを切り出して処理する構成としたため、切り出した時間範囲では周波数がほとんど変わらず、周波数スペクトル算出部20と干渉周波数検出部18によって、その時間区間での干渉成分周波数を検出することができる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、車載用のFM-CW方式またはCW方式の電子走査式レーダ装置に利用することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は、FM-CWレーダ方式における送受信信号と、ミキシング処理の原理を示すタイムチャート。
【図2】図2は、対向車線を有する道路環境の一例を示す平面図。
【図3】図3は、従来のレーダ装置において、他車からの干渉信号か受信された場合の、自車での信号処理状態示す図。
【図4】図4は、全チャンネル同時受信の場合と、時分割(切替え)受信の場合の、各チャンネルのサンプリング値と、その際の想定される干渉成分信号の状態(折り返し前信号と折り返し後信号)を示す図。
【図5】図5は、本発明による電子走査式レーダ装置の1実施例を示すブロック図。
【図6】図6は、短時間データ切り出し処理の内容を示す模式図。
【図7】図7は、周波数スペクトル算出処理の内容を示す模式図。
【図8】図8は、各時刻における干渉信号の瞬時ビート周波数を示す模式図。
【図9】図9は、本発明の基本思想を示す概念図。
【図10】図10は、本発明による干渉信号除去の流れを示すフローチャート(一例)。
【符号の説明】
【0064】
1……電子走査式レーダ装置
5……送信アンテナ
6……アンテナ素子
7……切替えスイッチ
10……ミキサ
13……A/D変換器
17……物標検出部
18……干渉周波数検出部
19……短時間データ切出し部
20……周波数スペクトル算出部
21……位相補正テーブル算出部
26……干渉成分除去手段(干渉成分除去部)
27……バッファ部
S3、RD……ビート信号
……受信信号
……送信信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続波からなる送信信号を、放射自在な送信アンテナ、複数のアンテナ素子からなる受信アンテナ、前記複数のアンテナ素子で受信される受信信号と前記送信信号をミキシングして前記複数のアンテナ素子に対応した複数チャンネル分のビート信号を得るミキサ、前記ミキサで得られたビート信号を所定のサンプリング周波数でサンプリングして前記複数のアンテナ素子に対応した複数チャンネル分の受信データを得る、A/D変換器、前記サンプリングされた前記複数チャンネル分の受信データを、各チャンネルについて時間方向に複数の短時間データに切り出す、短時間データ切出し部、前記各チャンネルについて、前記複数の短時間データの周波数スペクトルを算出する、周波数スペクトル算出部、前記周波数スペクトルから、干渉波の干渉成分周波数を検出する、干渉周波数検出部、検出された各チャンネルの干渉成分周波数における周波数スペクトル成分に基づいて、位相補正テーブルを算出する位相補正テーブル算出部、前記位相補正テーブルに基づいて前記受信データ中の干渉方向成分を抑圧する干渉成分除去手段、該干渉方向成分が抑圧された前記受信データに基づいて物標の距離、相対速度などを検出する、物標検出部、を有する、電子走査式レーダ装置において、
前記干渉成分除去手段は、
前記位相補正テーブルで算出された位相補正テーブルに基づいて各チャンネルの前記受信データの前記干渉成分の位相を揃える処理を行う干渉成分位相整合部、及び、
前記干渉成分の位相が揃った各チャンネルの前記受信データから、その直流成分を除去することで前記干渉方向成分の抑圧処理を行う干渉抑圧部、
前記干渉方向成分が除去された各チャンネルの受信データの位相を元に戻す、位相復元部、
を有し、
更に、前記干渉方向成分が抑圧された前記受信データをマージするバッファ部を有し、
前記復元されたデータに基づいて、前記物標の距離、相対速度などを検出することを特徴とする電子走査式レーダ装置。
【請求項2】
前記ミキサと前記複数のアンテナ素子間に設けられ、前記複数のアンテナ素子を選択的に前記ミキサに接続する切替え器が設けられた、
請求項1記載の電子走査式レーダ装置。
【請求項3】
前記補正テーブル算出部は、
前記干渉周波数検出部で得られる前記干渉成分周波数における周波数スペクトル成分で構成される複素数ベクトルデータを振幅項と位相項に分解演算処理するデータ分解部、
前記分解された複素数ベクトルデータの前記位相項を特定の値に揃える補正テーブルを演算生成する補正テーブル生成部を有する、
請求項1記載の電子走査式レーダ装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−121826(P2009−121826A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−292856(P2007−292856)
【出願日】平成19年11月12日(2007.11.12)
【出願人】(502324066)株式会社デンソーアイティーラボラトリ (332)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】