説明

電気部品用塗料、および塗布膜の形成方法

【課題】 塗布や印刷技術を用いて電気部品用として実用に適う架橋カーボンナノチューブ膜を形成可能な電気部品用塗料、およびかかる電気部品用塗料を用いた塗布膜の形成方法を提供すること。
【解決手段】 少なくとも、官能基を有するカーボンナノチューブと、加熱を伴う架橋反応により前記官能基間を架橋する架橋剤と、を含む塗料であって、
前記架橋剤が、グリセリンおよび/またはブタントリオールであることを特徴とする電気部品用塗料、および当該電気部品用塗料を被塗物に塗布し、加熱することで、前記被塗物表面にカーボンナノチューブの架橋体膜を形成することを特徴とする塗布膜の形成方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブを利用した電気部品を製造する際、印刷、塗布等に好適に利用可能な、カーボンナノチューブを含有する電気部品用塗料、およびそれを用いた塗布膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1991年に発見されたカーボンナノチューブは、炭素原子のみを構成元素とした新しい材料である。その形状は炭素原子の六員環で構成されるグラフェンシートを巻いた一次元性を有する筒状であり、グラフェンシートが1枚の構造のカーボンナノチューブを単層カーボンナノチューブ(SWNT)、多層の場合を多層カーボンナノチューブ(MWNT)と呼ぶ。
【0003】
SWNTは直径約1nm、MWNTは数十nm程度であり、従来のカーボンファイバーと呼ばれる物よりも極めて細い。カーボンナノチューブの性質は、炭素原子のみで構成される他の材料、例えば、グラファイト、アモルファスカーボン、ダイヤモンドなどとは大きく異なる。特に電気的性質に大きな特徴があり、原子配列の仕方(カイラリティ)がわずかに変化することで、半導体にも、導体にもなり得る。さらには、カーボンナノチューブの電気伝導性は極めて高く、電流密度に換算すると100MA/cm2以上もの電流を流すことができる。
【0004】
このような特異的な性質を電気部品へ応用しようという試みは盛んに行われており、例えば非特許文献1や非特許文献2に開示されているように、カーボンナノチューブを材料に用いた電界効果型トランジスタなどが実際に作製され、その動作が確認されている。
【0005】
しかしながら、非特許文献1および非特許文献2で開示されている方法では、シリコン基板表面にパターニングした電極上にカーボンナノチューブを展開し、偶然に電極間を橋渡しした一本のカーボンナノチューブを利用してトランジスタを作製しているため、大量生産には不向きであり、さらには、基板表面の任意の位置にトランジスタを作製することができないという問題点があった。これらの問題は、一本のカーボンナノチューブという非常に微小で取り扱いの難しい材料を取り扱うことに起因している。
【0006】
従って、上記問題点を克服するための方法としては、複数本のカーボンナノチューブをフィルム状にして取り扱いを容易にするということが考えられる。これは、例えば特許文献1に開示されているように、カーボンナノチューブをポリマー等絶縁性のバインダーに分散させて膜状にすることで達成できる。
【0007】
しかしながらこの場合、個々のカーボンナノチューブが絶縁体であるバインダーに覆われることになり、カーボンナノチューブ自身の優れた電気特性を十分に利用することが困難となるため、電気部品には適さない。カーボンナノチューブ自身の優れた電気特性を十分に利用するために、バインダーの量を減らす、もしくは、バインダーを全く用いずにカーボンナノチューブをプレスして膜状にするといった方法も考えられる。しかし、このような方法で作製したカーボンナノチューブ膜では、カーボンナノチューブ相互が単に接触しているだけであり、折り曲げ等によりバインダー中のカーボンナノチューブ同士の接触状態が変化し、電気的特性が変動するため、安定して十分な性能を発揮することができない。また、膜自体の機械的強度が小さいため、取り扱いが難しくなる。
【0008】
以上のようなことから、取り扱いが容易で、かつ、カーボンナノチューブ自体のもつ電気伝導性や機械的強度等といった特徴を安定して発揮させるためには、できるだけバインダー成分は含まず、複数のカーボンナノチューブ同士が単に接触しているだけではなく、相互に架橋したカーボンナノチューブであることが望ましい。
【0009】
このような架橋されたカーボンナノチューブの集合体は、特許文献2に開示されているものを例示することができる。ここに示される手法では、例えば、まずカーボンナノチューブに官能基を導入し、官能化されたカーボンナノチューブをフィルター上で濾過し、マットとして凝集させた後に成形している。特許文献2では、特に酸化されたカーボンナノチューブはそれ自体粘着性を持つとされ、接着剤を用いずとも硬質、多硬質の構造物が得られるとしている。
【0010】
ただし、酸化後のカーボンナノチューブ同士が官能基により粘着性を生じるとは考えにくいため、酸化により親水性が向上することにより、水溶液中に分散されたカーボンナノチューブ同士の絡み合いが容易に発生することで、凝集が生じやすくなることに起因するのではないかと推測される。しかしながら、凝集体自体は化学結合したものではないため強度が十分ではないことから、この凝集物にジオールやジアミンといった官能基と架橋反応する架橋剤を接触させることで、より強固にすることが示唆されている。
【0011】
電気的特性が優れているカーボンナノチューブに対しては、集積電子デバイスへの応用が期待されており、微細なパターンの形成が可能である必要がある。しかし、特許文献2に開示されている、濾過した凝集体を機械的に成形する手法では、微細化にも限界がある。凝集体のように嵩(かさ)がある状態(バルキー)であれば、機械的強度もある程度は得られるものの、半導体プロセスで使用されているエッチング等のパターニング手法での微細加工や、印刷技術を用いたパターニング、あるいは大面積にカーボンナノチューブを配置する場合には、カーボンナノチューブ凝集体の薄膜化は必須である。さらに薄膜自体が、パターニング処理や多少の変形・衝撃に対して、膜の形状を維持し、電気特性が破壊されない程度の強靭性が必要とされる。
さらに、多様な用途に対応するためにも膜厚の制御性が良好であり、機械的強度を向上させるのに有効であってもカーボンナノチューブの電気特性やデバイスの性能を劣化させるような添加物の混入は避ける必要がある。
【0012】
また、特許文献2には、カーボンナノチューブを水性あるいは有機溶媒中に分散させたスラリーを準備し、これを濾過して凝集体を形成し、その後架橋剤を添加することが開示されている。本発明者の検証によれば、カーボンナノチューブを溶媒に分散させたスラリーのほとんどは十分な粘度を有していないことから、基板上に滴下した際に基板全体に膜が広がり、結果としてカーボンナノチューブも広範囲に分散し凝集状態を形成することが困難であり、特にスピンコーティングをすると殆ど基板上にカーボンナノチューブが残存しない。このため、特許文献2に開示された手法では、濾過という手法を用いてカーボンナノチューブを一箇所に集合させることで凝集体を形成する手法をとったことが推定される。
【0013】
また、官能化されたカーボンナノチューブの相互間を架橋する架橋剤として、ポリオールのジオールが例示されているが、本発明者の検証では、ジオールであるエチレングリコールを用いた架橋カーボンナノチューブ膜は極めて脆く、軽く触れる程度で破壊されてしまい、エッチング等のプロセスを到底適用できるものではなかった。また、ジアミンであるエチレンジアミンを架橋剤として用い架橋カーボンナノチューブ膜を作製したところ、全く架橋しなかった。
【0014】
特許文献2では、架橋反応が容易に生ずる例として、ジオールやジアミンを架橋剤として挙げたものと推定されるが、架橋剤としてジオールやジアミンを用いたときの結合の弱さという課題は見出されていなかった。そして、この結合の弱さは、多様な用途への適用が可能となるカーボンナノチューブを膜化した場合に顕著となり、当該文献に記載された方法では、電気デバイスに利用することが可能な程度に堅固な架橋状態を得ることができないことが判明した。
【0015】
【特許文献1】特開2002−110402号公報
【特許文献2】特表2002−503204号公報
【非特許文献1】APPLIED PHYSICS LETTERS 誌 73巻 第17号 2447頁 1998年
【非特許文献2】APPLIED PHYSICS LETTERS 誌 75巻 第16号 2494頁 1999年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
したがって、本発明は、塗布や印刷技術を用いて電気部品用として実用に適う架橋カーボンナノチューブ膜を形成可能な電気部品用塗料、およびかかる電気部品用塗料を用いた塗布膜の形成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題は、以下の本発明により達成される。
すなわち本発明の電気部品用塗料は、少なくとも、官能基を有するカーボンナノチューブと、加熱を伴う架橋反応により前記官能基間を架橋する架橋剤と、を含む塗料であって、前記架橋剤が、グリセリンおよび/またはブタントリオールであることを特徴とする。
【0018】
グリセリンあるいはブタントリオールは、例えば−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NH2および−NCOの架橋剤として作用する。しかもグリセリンは、沸点が290℃であるが、架橋反応を生じさせる160℃付近から蒸発しやすくなる。また、ブタントリオールは沸点が312℃であるが、やはり架橋反応を生じさせる170℃付近から蒸発しやすくなる。このため架橋反応後の残留した架橋剤はさらに加熱することで蒸発させることができ膜中から除去することができる。
【0019】
しかも、グリセリンは、常温で粘度が1.4Pa・s(14P(poise))であって、固体であるカーボンナノチューブを分散させるには適度な粘度を有する液体であり、またブタントリオールは、沸点が312℃で、粘度はグリセリンと同程度の液体であって、架橋反応の反応温度よりも低い温度で適度な粘度の液体となる。
【0020】
さらに形成された架橋体は、極めて頑強であり、引っ掻き試験(JIS K 5600−5−5、引っかき硬度(荷重針法)、荷重:50g)での剥離がなく、厚さ100μmのポリエチレンテレフタレート基板上に形成した後、折り曲げ試験(JIS K 5600−5−1、耐屈曲性(円筒形マンドレル法))をしても、剥離や破壊がみられず、また試験後の導通試験でも電気伝導度の劣化は殆どみられない。勿論、これらの試験結果を達成することは、本発明の構成要件ではなく、あくまでも本発明者らの検証結果である。
【0021】
一方、エチレングリコールを架橋剤とした場合には、先に述べたように脆弱な架橋膜しか形成することができないため、引っ掻きや折り曲げ等の外力により膜が崩落してしまう。この場合、粘度調整剤による希釈は架橋膜のさらなる強度低下の要因となり、塗料に適した粘度調整ができたとしても電気部品用の膜を形成することができない。
【0022】
なお、OH基が4以上のポリオールは、架橋反応温度領域では通常固体であるため、塗料への適用は困難である。
これに対して、本発明のように、架橋剤をグリセリンあるいはブタントリオールとすることで、塗布性と、電気部品に適した膜質とを兼ね備えた電気部品用塗料(以下、単に「塗料」という場合がある。)とすることが可能となる。
【0023】
本発明の塗料には、架橋剤としての作用を生じず、粘度も同程度であり、沸点が架橋温度以下の液体を、カーボンナノチューブの濃度調整剤として添加することも可能である。ただし、グリセリンもしくはブタントリオールを架橋反応に要する量より過剰に添加しても、過剰添加分は架橋反応に使用されずに蒸発してしまい、悪影響を与えない。したがって、カーボンナノチューブの濃度調整を目的とするのであれば、濃度調整剤としてグリセリンもしくはブタントリオールの添加量を増やす方(特に、含有液体成分として、前記架橋剤のみが含まれること)が簡便であり好ましい。
なお、グリセリンを架橋剤として用いることは、廉価であることに加え、室温での粘度も適当であることから、汎用性に優れる点でより好ましい。
【0024】
また、本発明の塗料は、加熱により蒸発する粘度調整剤を含有してもよい。なお、粘度調整剤は架橋剤とは異なり、カーボンナノチューブ間の架橋反応を生じさせない溶剤を用いることができるが、特に1価のアルコールが好適である。1価のアルコールは架橋剤である多価アルコールのグリセリンやブタントリオールとよく混合され(すなわち溶解度が高い)、また架橋反応を起こさない。また架橋反応温度以下の沸点を有するものであれば架橋反応を阻害することがない。この結果、印刷法等に応じて粘度を調整するために粘度調整剤を添加し希釈された場合であっても、3つの架橋部位を備えるグリセリンあるいはブタントリオールは架橋膜の強度を優れたものにできる。
【0025】
架橋剤として用いるグリセリンもしくはブタントリオールは適度な粘度を有しているため、粘度調整剤の添加によって粘度調整を行いやすい。このとき、粘度調整剤として架橋剤よりも粘度が低いものを混合することが好ましい。そこで、かかる粘度調整剤としては、メタノールおよび/またはエタノールが特に好ましい。メタノールの粘度は1.08×10-3Pa・sであり、エタノールの粘度は5.43×10-4Pa・sと、本発明で用いる架橋剤に比べて低粘度である。
【0026】
特に、前記カーボンナノチューブの有する官能基が、−COOR基(Rは、置換または未置換の炭化水素基)あるいは−COOH基である場合に、粘度調整剤としてメタノールおよび/またはエタノールが好ましい。この場合、メタノールおよびエタノールは、カーボンナノチューブを修飾しているカルボキシル基との間で化学結合を生ずる可能性もあるが、反応により生成するのは、−COOCH3基(メタノールの場合)、または、−COOC25基(エタノールの場合)であるため、グリセリンもしくはブタントリオールとの架橋反応を阻害しない。なお、この炭化水素部分の直鎖が長くなると、架橋部位が電気特性劣化の原因となるため、メタノールあるいはエタノールとすることが望ましい。
一方、粘度を増加させたい場合には、カーボンナノチューブの含有量を増やすことで塗料の粘度を増加させることができる。この場合も、同様に高品質の架橋膜を得ることができる。
【0027】
本発明の電気部品用塗料は、架橋剤の架橋反応温度および沸点が200℃以下であることから、一般的なシリコン、ガラス、石英基板だけではなく、プラスチック、ポリマー、紙などの比較的熱に弱い基板上にも架橋カーボンナノチューブ膜を形成できる。しかも各種印刷技術で任意の形状に塗布した塗料を硬化したり、各種塗布方法によって、堅固かつ折り曲げにも強い架橋カーボンナノチューブ膜を形成できるため、多様な電気部品を形成することが可能となる。
【0028】
なお、本発明の塗料を塗布する際には、例えば、ディップ法、スプレー法、キャスト法、スピンコート法、活版印刷法、オフセット印刷法、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、インクジェット印刷法などの既存の印刷技術を用いて塗布することができる。
【0029】
本発明の塗料では、塗料の粘度を低下させた場合でも強固な膜を形成することができるので、各印刷技術に適した値に粘度調整剤を使用して塗料の粘度を調整することで、それぞれの印刷技術に適用することができる。この際、例えば、活版印刷では1.0〜2.0Pa・s(10〜20P(poise))、オフセット印刷では10.0〜20.0Pa・s(100〜200P(poise))、グラビア印刷では0.05〜0.20Pa・s(0.5〜2.0P(poise))となるように粘度を調整することが好適である。
【0030】
また、印刷技術等任意の塗布方法により本発明の塗料を被塗物に塗布した後に、加熱することで、前記被塗物表面に架橋カーボンナノチューブの架橋体膜(塗布膜)を形成する。なお、前記粘度調整剤や架橋剤を塗料中に過剰に用いても、高温(例えば200℃程度)まで加熱することで過剰な架橋剤や粘度調整剤が蒸発するため、得られたカーボンナノチューブの架橋体膜にはほとんど不純物が含まれず、電気的性能が良好な塗布膜を形成することができる。
【0031】
なお、カーボンナノチューブの架橋体により得られる電気的性能としては、電気導電性の他、本発明者等の研究では、複数の端子を配置することで半導体的な性質を示すことが明らかとなっており、半導体デバイスの輸送層にあたる機能膜としても用いることができる。
【0032】
本発明の塗料において、カーボンナノチューブに導入される官能基としては、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NH2および−NCOを挙げることができ、これらからなる群より選ばれる少なくとも1つの基を選択することが好ましい。より好ましくは−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を挙げることができる。カーボンナノチューブにカルボキシル基を導入することは、比較的容易であり、しかも得られる物質(カーボンナノチューブカルボン酸)は、反応性に富むため、その後エステル化して官能基を−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)とすることは比較的容易である。この官能基は架橋反応しやすく、塗布膜形成に適している。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、カーボンナノチューブの架橋体膜である塗布膜を形成する場合に、塗布性と、電気部品に適した膜質を兼ね備えた電気部品用塗料を提供することが可能となる。
また、本発明の電気部品用塗料を用いて形成されたカーボンナノチューブの架橋体膜(塗布膜)中には、架橋剤や粘度調整剤が残存しないため、電気的な各種用途に用いることができる。このため、半導体プロセスで頻繁に使われるシリコン、石英、ガラスだけではなく、コストやフレキシビリティに優れるプラスチック、ポリマー、紙などの基板にも適用することができ、多様な電気部品を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明を詳細に説明する。
[電気部品用塗料]
本発明の電気部品用塗料は、官能基を有するカーボンナノチューブと、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤とが、必須成分として含まれ、その他必要に応じて濃度調整剤や粘度調整剤等が含まれる。架橋剤は、グリセリンあるいはブタントリオールの少なくとも一方であり、好ましくは、塗料の流動性を与える程度に十分な量の架橋剤を溶剤として、液状の塗料を調製する。
【0035】
(カーボンナノチューブ)
一般にカーボンナノチューブとは、炭素の6角網目のグラフェンシートが、チューブの軸に平行に管を形成したものを言う。カーボンナノチューブは、さらに分類され、グラフェンシートが1枚の構造のものは単層カーボンナノチューブと呼ばれ、一方、多層のグラフェンシートから構成されているものは多層カーボンナノチューブと呼ばれている。どのような構造のカーボンナノチューブが得られるかは、合成方法や条件によってある程度決定される。
【0036】
本発明において主要な構成要素であるカーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブでも、グラフェンシートが二層以上の多層カーボンナノチューブでも構わない。いずれのカーボンナノチューブを用いるか、あるいは双方を混合するかは、形成される塗布膜の用途により、あるいはコストを考慮して、適宜、選択すればよい。
【0037】
また、単層カーボンナノチューブの変種であるカーボンナノホーン(一方の端部から他方の端部まで連続的に拡径しているホーン型のもの)、カーボンナノコイル(全体としてスパイラル状をしているコイル型のもの)、カーボンナノビーズ(中心にチューブを有し、これがアモルファスカーボン等からなる球状のビーズを貫通した形状のもの)、カップスタック型カーボンナノチューブ、カーボンナノホーンやアモルファスカーボンで外周を覆われたカーボンナノチューブ等、厳密にチューブ形状をしていないものも、本発明においてカーボンナノチューブとして用いることができる。
【0038】
さらに、カーボンナノチューブ中に金属等が内包されている金属内包カーボンナノチューブ、フラーレンまたは金属内包フラーレンがカーボンナノチューブ中に内包されるピーポッドカーボンナノチューブ等、何らかの物質をカーボンナノチューブ中に内包したカーボンナノチューブも、本発明においてカーボンナノチューブとして用いることができる。
【0039】
以上のように、本発明においては、一般的なカーボンナノチューブのほか、その変種や、種々の修飾が為されたカーボンナノチューブ等、いずれの形態のカーボンナノチューブでも、その反応性から見て問題なく使用することができる。したがって、本発明における「カーボンナノチューブ」には、これらのものが全て、その概念に含まれる。
【0040】
これらカーボンナノチューブの合成は、従来から公知のアーク放電法、レーザーアブレーション法、CVD法のいずれの方法によっても行うことができ、本発明においては制限されない。これらのうち、高純度なカーボンナノチューブが合成できるとの観点からは、磁場中でのアーク放電法が好ましい。
【0041】
用いられるカーボンナノチューブの直径としては、0.3nm以上100nm以下であることが好ましい。カーボンナノチューブの直径が、当該範囲を超えると、合成が困難であり、コストの点で好ましくない。カーボンナノチューブの直径のより好ましい上限としては、30nm以下である。
【0042】
一方、一般的にカーボンナノチューブの直径の下限としては、その構造から見て、0.3nm程度であるが、あまりに細すぎると合成時の収率が低くなる点で好ましくない場合もあるため、1nm以上とすることがより好ましく、10nm以上とすることがさらに好ましい。
【0043】
用いられるカーボンナノチューブの長さとしては、0.1μm以上100μm以下であることが好ましい。カーボンナノチューブの長さが、当該範囲を超えると、合成が困難、もしくは、合成に特殊な方法が必要となりコストの点で好ましくなく、当該範囲未満であると、一本のカーボンナノチューブにおける架橋結合点数が少なくなる点で好ましくない。カーボンナノチューブの長さの上限としては、10μm以下であることがより好ましく、下限としては、1μm以上であることがより好ましい。
【0044】
本発明の塗料におけるカーボンナノチューブの含有量としては、カーボンナノチューブの長さ・太さ、単層か多層か、有する官能基の種類・量、架橋剤の種類・量、粘度調整剤の有無・種類・量、等により一概には言えず、硬化後良好な塗布膜の性能が得られる程度であればよい。ただし、カーボンナノチューブの架橋反応に必要となる以上の架橋剤が含有される。塗料の粘度としては0.001〜100.0Pa・s(0.01〜1000P(poise))の範囲に調整すれば、塗料として好適となる。当該粘度としては、その目的に応じて適宜調整してやればよい。
【0045】
塗料中の具体的なカーボンナノチューブの割合としては、既述の如く一概には言えないが、官能基の質量は含めないで、塗料全量に対し0.01〜10g/l程度の範囲から選択され、0.1〜5g/l程度の範囲が好ましく、0.5〜1.5g/l程度の範囲がより好ましい。
【0046】
使用しようとするカーボンナノチューブの純度が高く無い場合には、塗料の調製前に、予め精製して、純度を高めておくことが望ましい。本発明においてこの純度は、高ければ高いほど好ましいが、具体的には90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましい。カーボンナノチューブの精製方法に特に制限はなく、従来公知の方法をいずれも採用することができる。
【0047】
(官能基)
本発明において、カーボンナノチューブが有する官能基としては、グリセリンもしくはブタントリオールとの架橋反応を生ずる、−OH、−COOH、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)、−COX(Xはハロゲン原子)、−NH2および−NCOからなる群より選ばれる少なくとも1つの基を選択することが好ましく、その場合、前記架橋剤として、選択された前記官能基と架橋反応を起こし得るものを選択する。
【0048】
特に、−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)は、カルボキシル基がカーボンナノチューブへの導入が比較的容易で、それにより得られる物質(カーボンナノチューブカルボン酸)をエステル化させることで容易に官能基として導入することができ、しかも、架橋剤による反応性も良好であることから、特に好ましい。
【0049】
官能基−COORにおけるRは、置換または未置換の炭化水素基であり特に制限は無いが、反応性、溶解度、粘度、塗料の溶剤としての使いやすさの観点から、炭素数が1〜10の範囲のアルキル基であることが好ましく、1〜5の範囲のアルキル基であることがより好ましく、特にメチル基またはエチル基が好ましい。
【0050】
官能基の導入量としては、カーボンナノチューブの長さ・太さ、単層か多層か、官能基の種類等により異なり、一概には言えないが、1本のカーボンナノチューブに2以上の官能基が付加する程度の量とすることが、得られる架橋体の強度、すなわち塗布膜の強度の観点から好ましい。
なお、カーボンナノチューブへの官能基の導入方法については、後述の[塗布膜の形成方法]の項において説明する。
【0051】
(粘度調整剤)
本発明の塗料においては、粘度調整剤が含まれていてもよい。粘度調整剤は、前記架橋剤のみでは粘度が高く塗布適性が十分で無い場合に添加する。使用可能な粘度調整剤としては、沸点が200℃以下の溶剤であり、架橋作用を生じなければ、特に制限はなく、用いる架橋剤の種類に応じて選択すればよいが、メタノールもしくはエタノールが先に述べた理由で好ましい。
【0052】
ただし、グリセリンもしくはブタントリオールは、それ自体が常温で塗布膜を形成したときに、塗布膜が形成できる程度の軟らかさと、塗布膜の形状を維持できる程度の硬さを両立できる、適度な粘度を有しており、過剰に粘度を低下させる粘度調整剤が添加されると、塗布膜から液体部分が流出し塗布膜の形状を維持できなくなり、また架橋反応温度付近で架橋剤自体の蒸発を生じさせつつ架橋反応を生じさせるため、架橋剤の比率が少ないと架橋前のカーボンナノチューブ膜中に十分な架橋剤が残存せず、架橋が十分に形成される前に蒸発してしまう。このため、塗料中の液体成分のうちの架橋剤の割合を60質量%以上とすることが望ましく、70質量%以上とすることがより望ましい。
【0053】
また、カーボンナノチューブの添加量で粘度が調整可能であったり、得られるカーボンナノチューブの架橋膜におけるカーボンナノチューブの密度が調整不要であったり、もしくは塗布条件によりその密度が調整可能であれば、実質的にグリセリンもしくはブタントリオールだけを含有液体成分として、他の液体成分を添加すること無しに、本発明の塗料を構成することが可能であり、このようにすることでより均一性の高い塗布膜が得られる。
【0054】
(その他の成分)
本発明の塗料には、必要に応じて、その他の成分を添加することができる。すなわち、従来公知の塗料に適宜添加する各種添加剤を、本発明の塗料の性状に影響を与えない範囲内、および、作製する架橋膜の電気特性を、その目的に反するほど劣化させない範囲内で、少量添加することもできる。
具体的には、例えば、防腐剤、防カビ剤、界面活性剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等を挙げることができるが、勿論これらに限定されるものではない。
【0055】
(剤型)
本発明の塗料は、塗布適性から、勿論液体状であるが、前記官能基および前記架橋剤の組み合わせによっては、両者を混合しておくと架橋剤の蒸発や架橋反応が進んでしまい、硬化して塗布に供し得ない状態となってしまう場合もある。その場合には、2液(あるいは、一方が粉体等の固形物)に分離しておき、塗布前に混合し塗料とすることが望まれる。以下、本発明では、このような塗料の調合前には、分離した状態のものを2液型(一方が粉体等の固形物である「2剤型」を含む。以下同様。)と呼ぶ。
【0056】
以上のようにして得られた本発明の塗料は、カーボンナノチューブの高い分散安定性と適切な粘度とを有しており、高い塗布適性を有する。特にカーボンナノチューブの含有量が高い場合、一般的なカーボンナノチューブが溶剤不溶性であることから通常極めて分散安定性が低いが、本発明の塗料においては、親水性の官能基を有するカーボンナノチューブと、架橋剤としてのグリセリンおよび/またはブタントリオールとを組み合わせており、分散安定性が高い。しかも、過剰に含まれる架橋剤や粘度調整剤は、加熱により蒸発させることができるため。不純物の少ない架橋カーボンナノチューブ膜を得ることができる。
以上説明した本発明の塗料を、適当な被塗物に対して塗布し、加熱して硬化することにより、本発明に言う塗布膜が得られる。ここでの塗布方法や硬化(加熱)方法は、後述の[塗布膜の形成方法]の項で詳述する。
【0057】
本発明の塗料により形成されるカーボンナノチューブの架橋体膜(塗布膜)は、カーボンナノチューブがネットワーク化された状態となっている。詳しくは、当該架橋体膜は、マトリックス状に硬化したものとなり、カーボンナノチューブ同士が架橋部分を介して接続しており、電子やホールの高い伝送特性といったカーボンナノチューブ自身が有する特徴を不純物により阻害されずに生じさせることができる。すなわち、本発明の塗料により得られる塗布膜は、カーボンナノチューブ相互が接続しており、しかも他の結着剤等を含まず、実質的にカーボンナノチューブのみから構成されるため、カーボンナノチューブの電気特性を十分に活用でき、また極めて強靭で、電気部品用の膜として汎用性が高いものが得られる。
【0058】
当該塗布膜の厚みとしては、用途に応じて、極薄いものから厚めのものまで、幅広く選択することができる。例えば、塗料中のカーボンナノチューブの含有量を下げ(単純には、薄めることにより粘度を下げ)、これを薄膜状に塗布すれば極薄い塗布膜となり、同様にカーボンナノチューブの含有量を上げれば厚めの塗布膜となる。さらに、塗布を繰返せば、より一層厚膜の塗布膜を得ることもできる。極薄い塗布膜としては、乾燥膜厚として、10nm程度の厚みから十分に可能であり、重ね塗りにより上限無く厚い塗布膜を形成することが可能である。一回の塗布で可能な厚膜としては、乾燥膜厚として、5μm程度である。
【0059】
本発明の塗料で形成した塗布膜は、前記カーボンナノチューブ同士が架橋する部位、すなわち、前記カーボンナノチューブが有する前記官能基と前記架橋剤との架橋反応による架橋部位は、前記官能基の架橋反応後に残存する残基同士を、前記架橋剤の架橋反応後に残存する残基である連結基で連結した架橋構造となっている。そして、架橋剤としてグリセリンあるいはブタントリオールを用いているため、当該架橋剤を介して架橋剤1つ当たり2〜3個の官能基間を架橋することができるため強靭であり、電気的接続が確実に成され、電気部品用に好適な膜となる。
【0060】
次に、本発明の電気部品用塗料の調製方法について述べる。
本発明の電気部品用塗料は、各成分を混合する混合工程を経ることにより調製される。
なお、塗料の調製に先立ち、カーボンナノチューブに官能基を導入する付加工程を含んでもよい。官能基を有するカーボンナノチューブを出発原料とすれば、混合工程から操作を行えばよいし、通常のカーボンナノチューブそのものを出発原料とすれば、付加工程から操作を行えばよい。また、混合工程までの操作で、既述の本発明の塗料のうち、1液型あるいは2液型の塗料が調製される。
【0061】
(付加工程)
本発明において、付加工程は、カーボンナノチューブに所望の官能基を導入する工程である。官能基の種類によって導入方法が異なり、一概には言えない。直接的に所望の官能基を付加させてもよいが、一旦、付加が容易な官能基を導入した上で、その官能基ないしその一部を置換したり、その官能基に他の官能基を付加させたり等の操作を行い、目的の官能基としても構わない。
また、カーボンナノチューブにメカノケミカルな力を与えて、カーボンナノチューブ表面のグラフェンシートをごく一部破壊ないし変性させて、そこに各種官能基を導入する方法もある。
【0062】
付加工程の操作としては、特に制限は無く、公知のあらゆる方法を用いて構わない。その他、特許文献4に各種方法が記載されており、目的に応じて、本発明においても利用することができる。
前記官能基の中でも、特に好適な−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を導入する方法について説明する。カーボンナノチューブに−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を導入するには、一旦、カーボンナノチューブにカルボキシル基を付加し(i)、さらにこれをエステル化(ii)すればよい。
【0063】
(i)カルボキシル基の付加
カーボンナノチューブにカルボキシル基を導入するには、酸化作用を有する酸とともに還流すればよい。この操作は比較的容易であり、しかも反応性に富むカルボキシル基を付加することができるため、好ましい。当該操作について、簡単に説明する。
【0064】
酸化作用を有する酸としては、濃硝酸、過酸化水素水、硫酸と硝酸の混合液、王水等が挙げられる。特に濃硝酸を用いる場合には、その濃度としては、5質量%以上が好ましく、60質量%以上がより好ましい。
還流は、常法にて行えばよいが、その温度としては、使用する酸の沸点付近が好ましい。例えば、濃硝酸では120〜130℃の範囲が好ましい。また、還流の時間としては、30分〜20時間の範囲が好ましく、1時間〜8時間の範囲がより好ましい。
【0065】
還流の後の反応液には、カルボキシル基が付加したカーボンナノチューブ(カーボンナノチューブカルボン酸)が生成しており、室温まで冷却し、必要に応じて分離操作ないし洗浄を行うことで、目的のカーボンナノチューブカルボン酸が得られる。
【0066】
(ii)エステル化
得られたカーボンナノチューブカルボン酸に、アルコールを添加し脱水してエステル化することで、目的の官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)を導入することができる。
【0067】
前記エステル化に用いるアルコールは、上記官能基の式中におけるRに応じて決まる。すなわち、RがCH3であればメタノールであるし、RがC25であればエタノールである。
一般にエステル化には触媒が用いられるが、本発明においても従来公知の触媒、例えば、硫酸、塩酸、トルエンスルホン酸等を用いることができる。本発明では、副反応を起こさないという観点から触媒として硫酸を用いることが好ましい。
【0068】
前記エステル化は、カーボンナノチューブカルボン酸に、アルコールと触媒とを添加し、適当な温度で適当な時間還流すればよい。このときの温度条件および時間条件は、触媒の種類、アルコールの種類等により異なり一概には言えないが、還流温度としては、使用するアルコールの沸点付近が好ましい。例えば、メタノールでは60〜70℃の範囲が好ましい。また、還流の時間としては、1〜20時間の範囲が好ましく、4〜6時間の範囲がより好ましい。
【0069】
エステル化の後の反応液から反応物を分離し、必要に応じて洗浄することで、官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)が付加したカーボンナノチューブを得ることができる。
【0070】
(混合工程)
本発明において、混合工程は、官能基を有するカーボンナノチューブに、前記官能基と架橋反応を起こす架橋剤を混合し、使用に供する塗料を調製する工程である。ここで言う使用に供する塗料とは、前記本発明の塗料で言うところの1液型の塗料か、あるいは2液型(分離型)の塗料を混合した塗布直前の塗料の、いずれかを指す。
【0071】
したがって、2液型の塗料の場合には、当該混合工程の操作を経ることにより使用に供し得る電気部品用塗料となるのであって、本発明で定義される「電気部品用塗料」には、2液(2剤)独立して存在し、組として取引されるような態様もその概念中に含まれる。その場合には、相互の反応性や、性状(液体・固体)を考慮して、少なくとも「官能基を有するカーボンナノチューブ」と「架橋剤」とを別個の剤とする。その他の成分を添加する場合には、適宜いずれかの剤に混合させておけばよい。
【0072】
混合工程においては、官能基を有するカーボンナノチューブおよび架橋剤のほか、既述の[塗料]の項で説明したその他の成分も混合する。そして、好ましくは、塗布適性を考慮して溶剤や粘度調整剤の添加量を調整することで、1液型の塗料乃至塗布直前の塗料を調製する。
【0073】
混合に際しては、単にスパチュラで攪拌したり、攪拌羽式の攪拌機、マグネチックスターラーあるいは攪拌ポンプで攪拌するのみでも構わないが、より均一にカーボンナノチューブを分散させて、保存安定性を高めたり、カーボンナノチューブの架橋による網目構造を全体にくまなく張り巡らせるには、超音波分散機やホモジナイザーなどで強力に分散させても構わない。ただし、ホモジナイザーなどのように、攪拌のせん断力の強い攪拌装置を用いる場合、含まれるカーボンナノチューブを切断してしまったり、傷付けてしまったりする虞があるので、極短い時間行えばよい。
【0074】
[塗布膜の形成方法]
本発明の電気部品用塗料を用いた本発明の塗布膜の形成方法は、既述の本発明の電気部品用塗料を被塗物に塗布し、加熱することで、前記被塗物表面にカーボンナノチューブの架橋体膜を形成することを特徴とする。すなわち、本発明の塗料を被塗物に塗布する工程(塗布工程)と、塗布後の塗料を架橋反応させるため、架橋反応温度に加熱する工程(硬化工程)を備える。硬化工程の際、グリセリンあるいはブタントリオールは、沸点が、架橋反応温度(後述するとおり、150〜200℃程度)よりも100℃程度乃至それ以上高いが、架橋温度付近でも蒸発を開始し、そのまま架橋温度付近に大気圧下で放置すれば徐々に蒸発してその後完全に無くなる。従って、塗布膜を形成する上での適度な粘度、架橋反応を生じさせるとともに残留した架橋剤の除去を両立させる性質を備えており、上記架橋剤は、本発明の塗布膜の形成方法において極めて好適である。
以下、本発明の塗料を用いた膜の形成方法について、工程順に説明する。
【0075】
(塗布工程)
本発明において、塗布工程は、混合工程までの操作で得られた塗布直前の塗料を被塗物に塗布する工程である。当該塗布方法に制限はなく、単に液滴を垂らしたり、それをスキージで塗り広げたりする方法から、一般的な塗布方法まで、幅広くいずれの方法も採用することができる。一般的な塗布方法としては、スピンコート法、ワイヤーバーコート法、キャストコート法、ロールコート法、刷毛塗り法、浸漬塗布法(ディップコート法)、スプレー塗布法、カーテンコート法、活版印刷法、オフセット印刷法、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、インクジェット印刷法等が挙げられる。
どの方法で塗布するかは適宜選択すればよく、塗料に粘度調整剤を添加して、塗料を、採用する塗布方法に適した粘度に調整すればよい。
【0076】
(硬化工程)
本発明において、硬化工程は、上記塗布工程で塗布された後の塗料を硬化する工程である。硬化工程における操作は、加熱することである。具体的には、各種ヒータ等により加熱すればよい。例えば、官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)が付加したカーボンナノチューブと、グリセリンもしくはブタントリオールとの反応工程では、加熱による硬化(エステル交換反応によるポリエステル化)がにより、エステル化したカーボンナノチューブカルボン酸の−COORと、ポリオールのR'−OH(R'は、置換または未置換の炭化水素基)とがエステル交換反応する。そして、かかる反応が複数多元的に進行し、カーボンナノチューブが架橋していき、最終的にカーボンナノチューブが相互に接続してネットワーク状となった塗布膜が形成する。
【0077】
官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)が付加したカーボンナノチューブを用いた場合の好ましい条件について例示すると、加熱温度としては、具体的にはグリセリンもしくはブタントリオールの架橋反応温度である150℃以上で行うことができるが、前述したように架橋反応と過剰な架橋剤の蒸発を両立させるためには、150〜200℃の範囲で行うのがよい。この温度範囲は多くの樹脂基板の融点あるいはガラス転移点より低く、またグリセリンもしくはブタントリオールの沸点よりも十分に低いため、これらの基板上に本発明の塗布膜を形成する上でも好適である。
【0078】
なお、塗料中に粘度調整剤含まれていない場合、あるいは粘度調整剤の沸点が架橋反応温度以下である場合には、架橋反応温度程度で加熱するほうが高温による不具合(他の部材の劣化、例えば基板の溶融やデバイス上に用いる金属の酸化の進行等)を避ける上で好適である。
また、官能基−COOR(Rは、置換または未置換の炭化水素基)が付加したカーボンナノチューブを用いた場合における加熱時間としては、具体的には1分〜10時間の範囲が好ましく、10分〜1時間の範囲がより好ましい。
【0079】
[電気部品の製造方法]
本発明の塗料から得られる塗布膜を電気部品として製造する場合、電気部品の成形は以下のような方法を挙げることができる。
【0080】
(印刷法)
任意の形状の塗布膜を得るために、既存の印刷技術、例えば、活版印刷法、オフセット印刷法、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、インクジェット印刷法を用いて、基板上に任意のパターンで本発明の電気部品塗料を印刷する。その後、基板を加熱して塗料を硬化させれば、任意の形状の塗布膜を得ることができる。
【0081】
(パターニングプロセス法)
任意の基板上の全面に、本発明の電気部品塗料により塗布膜を形成する。その後、金属およびポリマーを保護膜(含、レジスト)として、既存のエッチング方法(含、レジスト法)により所定のパターンの塗布膜を形成する。もしくは、切削等の方法で、物理的にパターンを形成してもよい。
【実施例】
【0082】
以下、本発明を、実施例を挙げてより具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
<実施例1および比較例1>
(実施例1)
a)導電膜の作製
1)電気部品用塗料の調製
(i)単層カーボンナノチューブの精製
単層カーボンナノチューブ粉末(純度40%、Aldrich製)を予めふるい(孔径125μm)にかけて、粗大化した凝集体を取り除いたもの(個数平均直径1.5nm、個数平均長さ2μm)30mgを、マッフル炉を用いて450℃で15分間加熱し、カーボンナノチューブ以外の炭素物質を除いた。残った粉末15mgを5N塩酸{濃塩酸(35%水溶液、関東化学製)を純水で2倍に希釈したもの}10mlに4時間沈めておくことにより、触媒金属を溶解させた。
【0083】
この溶液をろ過して沈殿物を回収した。回収した沈殿物に対して、上記「加熱〜塩酸に沈める」という工程をさらに3回繰り返して精製を行った。その際、加熱の条件は、「450℃で15分間」から、「450℃で20分間」、「450℃で30分間」、「550℃で60分間」と段階的に強めていった。
【0084】
精製後のカーボンナノチューブは、精製前(原料)と比べ、純度が大幅に向上していることが確認された(具体的には、純度90%以上と推定される。)。なお、最終的に得られた、精製されたカーボンナノチューブは、原料の5%程度の質量(1〜2mg)であった。
以上の操作を複数回繰返すことで、高純度の単層カーボンナノチューブ粉末15mg以上を精製した。
【0085】
(ii)カルボキシル基の付加・・・カーボンナノチューブカルボン酸の合成
上記操作で精製された単層カーボンナノチューブ粉末(純度90%以上、個数平均直径30nm、個数平均長さ3μm;サイエンスラボラトリー製)30mgを濃硝酸(60質量%水溶液、関東化学製)20mlに加え、120℃の条件で還流を5時間行い、カーボンナノチューブカルボン酸を合成した。溶液の温度を室温に戻したのち、5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した。回収した沈殿物を純水10mlに分散させて、再び5000rpmの条件で15分間の遠心分離を行い、上澄み液と沈殿物とを分離した(以上で、洗浄操作1回)。この洗浄操作をさらに5回繰り返し、最後に沈殿物を回収した。
【0086】
回収された沈殿物について、赤外吸収スペクトルを測定した。また、比較のため、用いた単層カーボンナノチューブ原料自体の赤外吸収スペクトルも測定した。両スペクトルを比較すると、単層カーボンナノチューブ原料自体においては観測されていない、カルボン酸に特徴的な1735cm-1の吸収が、前記沈殿物の方には観測された。このことから、硝酸との反応によって、カーボンナノチューブにカルボキシル基が導入されたことがわかった。すなわち、沈殿物がカーボンナノチューブカルボン酸であることが確認された。また、回収された沈殿物を中性の純水に添加してみると、分散性が良好であることが確認された。この結果は、親水性のカルボキシル基がカーボンナノチューブに導入されたという、赤外吸収スペクトルの結果を支持する。
【0087】
(iii)エステル化
上記工程で調製されたカーボンナノチューブカルボン酸30mgを、メタノール(和光純薬製)25mlに加えた後、濃硫酸(98質量%、和光純薬製)5mlを加えて、65℃の条件で還流を6時間行い、メチルエステル化した。溶液の温度を室温に戻したのち、ろ過して沈殿物を分離した。沈殿物は、水洗した後回収した。回収された沈殿物について、赤外吸収スペクトルを測定した。その結果、エステルに特徴的な1735cm-1および1000〜1300cm-1の領域における吸収が観測されたことから、カーボンナノチューブカルボン酸がエステル化されたことが確認された。
【0088】
(iv)混合工程
上記工程で得られたメチルエステル化したカーボンナノチューブカルボン酸30mgを、グリセリン(関東化学製)10mlに加え、超音波分散機を用いて混合し、実施例1の電気部品用塗料を調製した。
本実施例の電気部品用塗料は、粘度調整剤は用いず、カーボンナノチューブの添加量を適切な量とすることで適度な粘度を得ている。
【0089】
2)塗布膜の作製
以上のようにして調製した本実施例の電気部品用塗料を、被塗物としてのポリエチレンナフタレート板(40mm×40mm、厚さ0.15mm)上に塗布し、160℃で20分間加熱して硬化させ、塗布膜を形成した。
【0090】
3)評価試験
本実施例の塗料により得られた塗布膜に対して、引っ掻き試験(JIS K 5600−5−5、引っかき硬度(荷重針法)、荷重:50g)を行った。その結果、目視上何等変化はなく、導電性も失われなかった。
引き続き、基板の折り曲げ試験(JIS K 5600−5−1、耐屈曲性(円筒形マンドレル法))を数十回行ったが、顕著な劣化は見られなかった。
【0091】
(比較例1)
実施例1における「1)電気部品用塗料の調製」の項の「(iii)エステル化」までは、実施例1と同様にしてメチルエステル化したカーボンナノチューブカルボン酸を調製した。このカーボンナノチューブカルボン酸2mgを、エチレングリコール(和光純薬製)1mlに加え、超音波分散機を用いて混合し、比較例1の塗料を調製した。
得られた本比較例の塗料を、実施例1と同様にしてポリエチレンナフタレート上板に塗布および硬化し、塗布膜を形成した。
【0092】
本比較例の塗料により得られた塗布膜に対して、実施例1と同様にして評価試験を行った。引っ掻き試験では、試験開始後ただちに塗布膜が破壊された。また、折り曲げ試験では、試験を行うために基板を撓ませた時点で塗布膜が崩落してしまった。
以上の結果より、本比較例の塗料により得られた塗布膜は、電気部品としては到底使用に耐えうる膜質を備えていなかった。
【0093】
<実施例2・・・トランジスタ用輸送層の形成>
実施例2では、図1および図2に示す製造工程にしたがって、図3および図4に示される構造のMOS−FET型の電界効果型トランジスタを製造した。
ここで、図1および図2は、本実施例における電界効果型トランジスタの製造工程を順次説明するための、製造過程の基板の拡大断面図であり、図1は製造工程の前半、図2は製造工程の後半の各製造過程が示されている。
また、図3は、本実施例で製造された電界効果型トランジスタの拡大平面図であり、図4は、図3のA−A断面図である。
以下、主として図1および図2を用いて、本実施例の操作を説明する。
【0094】
(1)塗布膜の形成
基体としてのシリコンウエハー11(アドバンテック製、76.2mmφ(直径3インチ)、厚さ380μm、表面酸化膜の厚さ1μm)を用意した(図1(i))。その片面(上)に、ゲート電極12として、チタン薄膜を蒸着した(図1(ii))。さらにその上に、絶縁膜13として酸化ハフニウム(HfO2)を蒸着した(図1(iii))。
【0095】
さらにこの上に、当該シリコンウエハーと、塗布する電気部品用塗料との吸着性を上げるために、アミノプロピルトリエトキシシランにより、シリコンウエハーの表面処理を行った。アミノプロピルトリエトキシシランによる表面処理は、密閉したシャーレ内で、上記シリコンウエハーをアミノプロピルトリエトキシシラン(アルドリッチ社製)50μlの蒸気に3時間晒すことで行った。
【0096】
次に、実施例1で調製された電気部品用塗料(2ml)を、表面処理が施されたシリコンウエハー表面に、スピンコーター(ミカサ社製、1H−DX2)を用いたスピンコーター法で塗布した。なお、スピンコーターの条件としては、2000rpmで10秒とした。
【0097】
電気部品用塗料が塗布されたシリコンウエハーを、160℃で10分間加熱して硬化し、厚さ100nmのカーボンナノチューブ塗布膜(塗布膜)14を形成した(図1(iv))。この際、過剰なグリセリンは蒸発したので、余分な添加物が残留していないカーボンナノチューブ塗布膜14を得ることができた。
【0098】
(2)パターニングプロセス
カーボンナノチューブ塗布膜14が形成されたシリコンウエハー(表面処理を施したもの)の表面(カーボンナノチューブ塗布膜14が形成された面)に、レジスト剤(長瀬産業製、NPR9710、粘度50mPa・s)を、スピンコーター(ミカサ社製、1H−DX2)を用い、2000rpm、20秒の条件で塗布した。さらに、ホットプレートにより2分間、100℃で加熱して製膜させて、レジスト層15を形成した(図1(v))。
【0099】
なお、用いたレジスト剤NPR9710の組成は、以下の通りである。
・プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート:50〜80質量%
・ノボラック樹脂: 20〜50質量%
・感光剤: 10質量%未満
【0100】
カーボンナノチューブ塗布膜14およびレジスト層15が形成されたシリコンウエハー11の当該レジスト層15側の表面に、マスクアライナー(ミカサ製水銀灯、MA−20、波長436nm)を用いて、光量12.7mW/cm2、8秒の条件で、図3および図4に示されるMOS−FET型トランジスタの輸送層輸送層(カーボンナノチューブ塗布膜14で示される部分)に相当する形状に露光した。
【0101】
さらに、露光されたシリコンウエハーを、ホットプレートにより1分間、110℃で加熱した後、放冷し、現像液として東京応化工業製NMD−3(テトラメチルアンモニウムハイドロキサイド:2.38質量%)を用い、現像機(AD−1200:滝沢産業)により現像を行った。このとき、レジスト層15が、図3および図4に示される輸送層に相当する形状(所定のパターン)に形成されている(図1(vi))ことを、光学顕微鏡観察により確認した。
【0102】
以上のようにしてレジスト層15が「所定のパターン」の形状に形成されたシリコンウエハーを、UVアッシャー(エキシマ真空紫外線ランプ、アトム技研製、EXM−2100BM、波長172nm)により、混合ガス(酸素10mL/min、窒素40mL/min)中100℃で加熱し、2時間紫外線(172nm)を照射することで酸素ラジカルを発生させ、カーボンナノチューブ塗布膜14におけるレジスト層15で保護されていない部分を除去した。その結果、レジスト層15で覆われた状態でカーボンナノチューブ塗布膜14が、輸送層の形状に形成された(図1(vii))。
【0103】
さらに、カーボンナノチューブ塗布膜14の上層として残存しているレジスト層15を、アセトンで洗い流すことにより洗浄して除去し、「所定のパターン」の形状に形成された、カーボンナノチューブ塗布膜14を得た(図1(viii))。
このカーボンナノチューブ塗布膜(輸送層)14上にソース電極16、ドレイン電極17として厚さ0.15μmの金を蒸着し(図1(ix))、図3および図4に示される構造のMOS−FET型の電界効果型トランジスタを得た。
【0104】
次に、得られた電界効果型トランジスタについて、半導体パラメーターアナライザー4156B(アジレントテクノロジー製)を用い、ゲート電極12の電圧(ゲート電圧)Vgsに対するソース電極16−ドレイン電極17間の直流電流−電圧特性の測定を行った。その結果を図5に示す。図5に示される測定結果からわかるように、ゲート電圧に対してソース電極16−ドレイン電極17間の導伝率が変化しており、カーボンナノチューブ塗布膜(塗布膜)14が、輸送層として機能していることを確認した。
【0105】
すなわち、本発明の塗料(実施例1の塗料)で形成した塗布膜は、エッチングプロセスを施しても崩壊することなく、これを用いることにより電界効果型トランジスタとして動作することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0106】
【図1】本実施例における電界効果型トランジスタの製造工程を順次説明するための、製造過程の基板の拡大断面図であり、製造工程に添って(i)〜(ix)の順に進行する製造過程のうちの前半((i)〜(v))が示されている。
【図2】本実施例における電界効果型トランジスタの製造工程を順次説明するための、製造過程の基板の拡大断面図であり、製造工程に添って(i)〜(ix)の順に進行する製造過程のうちの後半((iv)〜(ix))が示されている。
【図3】実施例2で製造された電界効果型トランジスタの拡大平面図である。
【図4】図3のA−A断面図である。
【図5】実施例2で作製した電界効果型トランジスタについて、ゲート電極の電圧(ゲート電圧)に対するソース電極−ドレイン電極間の直流電流−電圧特性の測定を行った結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0107】
11:シリコンウエハー、 12:ゲート電極、 13:絶縁膜、 14:カーボンナノチューブ塗布膜(塗布膜)、 15:レジスト層、 16:ソース電極、 17:ドレイン電極


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、官能基を有するカーボンナノチューブと、加熱を伴う架橋反応により前記官能基間を架橋する架橋剤と、を含む塗料であって、
前記架橋剤が、グリセリンおよび/またはブタントリオールであることを特徴とする電気部品用塗料。
【請求項2】
含有液体成分として、実質的に前記架橋剤のみが含まれることを特徴とする請求項1に記載の電気部品用塗料。
【請求項3】
さらに、前記架橋反応の反応温度以下の沸点を有する1価のアルコールを粘度調整剤として含むことを特徴とする請求項1に記載の電気部品用塗料。
【請求項4】
前記粘度調整剤の沸点が、200℃以下であることを特徴とする請求項3に記載の電気部品用塗料。
【請求項5】
前記粘度調整剤が、メタノールおよび/またはエタノールであることを特徴とする請求項3に記載の電気部品用塗料。
【請求項6】
請求項1に記載の電気部品用塗料を被塗物に塗布し、加熱することで、前記被塗物表面にカーボンナノチューブの架橋体膜を形成することを特徴とする塗布膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−8861(P2006−8861A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−188418(P2004−188418)
【出願日】平成16年6月25日(2004.6.25)
【出願人】(000005496)富士ゼロックス株式会社 (21,908)
【Fターム(参考)】