説明

電波吸収体

【課題】垂直入射のみならず斜入射特性に優れ、小型でより高性能な電波暗室の設計に最適な電波吸収体を提供する。
【解決手段】多角錐形状又はくさび形状の誘電損失体、及び磁性吸収体板を有する電波吸収体の誘電損失体と磁性吸収体板との間に厚さが20〜50cmで、比誘電率が1.0〜1.2である誘電体層を設置する。誘電体層は、誘電体材料からなるシート、段ボール又はハニカム構造体等の板材で中空構造を形成して、磁性吸収体板の前面と誘電損失体の底面と間に配置することにより形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波吸収体に関し、さらに詳しくは、EMC用電波暗室で使用され、30MHzから1000MHzの周波数領域の電波を効果的に吸収する電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高度情報化の進展に伴い、各種通信機器や電子機器から発生する微弱電波がテレビ・ラジオ、通信、医療、船舶、及び航空機等の計器類等に誤動作を引き起こす電磁波障害(EMI)が問題となり、国際的にも電磁波の規制が求められている。そのため、電磁波障害等の原因となり得るノイズを発生する各種通信機器やパソコン等のメーカーには、電子機器から発生するノイズを正確に計測し、その対策を講じることが要求されている。即ち、電子機器等から発生する極微弱な電波を高性能な計測器で高精度に測定し、有害な電磁波の発生を防止する対策が求められている。ここで、問題となるのが、電波を計測する環境であり、極微弱な電波を正確に計測するためにはノイズ等外乱のない高性能な電波暗室が必要となる。
【0003】
従来、電波暗室用の電波吸収体としては、図1に示すように磁性吸収体板10の前面に多角錐形状又はウエッジ(くさび)形状の誘電損失体11を設置した複合型電波吸収体が用いられてきた。一般に、磁性吸収体板としては、フェライトタイルが使用され、誘電損失体としては、発泡ウレタン、発泡スチレン、発泡ポリプロピレン等の合成樹脂にカーボン等の導電材料を混入した材料が使用されてきた。このような電波吸収体では、100MHz以上の高周波数領域の電波を誘電損失体により吸収し、低周波数領域の電波を磁性吸収体板により吸収するため、誘電損失体の高さを低くしても良好な電波吸収特性が得られ、電波暗室の小型化が実現できる。
【0004】
磁性吸収体板と誘電損失体を組み合わせた複合型電波吸収体については、多くの検討がなされている。例えば、特許文献1には、磁性材料体の前面に設けたテーパ構造の誘電損失体の断面積比を長さに対して対数関数的に変化させることによって、電波吸収特性を向上させることができ、電波暗室の小型化及び低コスト化が可能となることが報告されている。また、特許文献2には、多角錐形状又はくさび形状の誘電損失体として導電性材料を含有するハニカム構造体を採用することにより、軽量で高強度の電波吸収体が得られることが記載されている。
【0005】
上述した従来の複合型電波吸収体は、垂直入射の電波に対しては、優れた吸収特性を発揮する。しかしながら、実際の電波測定においては、図2に示すように電波は電波暗室の天井及び横壁に所定の角度を持って入射し、例えば、10m法暗室での入射角は40度程度となる。近年、より小型で、高性能の電波暗室が求められており、このような要求を満たすためには、垂直入射に対してのみならず、斜入射の電波に対しても優れた電波吸収特性(斜入射特性)を有する電波吸収体が必要となる。図3に、図1に示す従来の電波吸収体について、電波の入射角度を変えて反射減衰量を測定した結果を示す。ここで、磁性吸収体板としては、フェライトタイルを用い、誘電損失体としては、カーボンを含有するポリプロピレン製プラスティック段ボールからなる中空ピラミッド型吸収体を用いた。図3より、図1に示す従来の電波吸収体では、入射角度が0度、即ち、垂直入射の場合には、優れた電波吸収特性を示すが、入射角度が30度及び40度になると、30MHzから60MHz程度の低周波数域において電波吸収特性が急激に低下することがわかる。このように、従来の電波暗室の設計において、垂直入射が重視されており、斜入射特性についてはあまり考慮されていなかった。
【0006】
【特許文献1】特許第3291851号公報
【特許文献2】特開2000-77883号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、垂直入射のみならず斜入射特性に優れ、小型でより高性能な電波暗室の設計に最適な電波吸収体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、多角錐形状又はくさび形状の誘電損失体と磁性吸収体板との間に厚さが20〜50cmで、比誘電率が1.0〜1.2である誘電体層を設けることにより、斜入射特性が大幅に増加することを見出し、本発明に想到した。即ち、本発明の電波吸収体は多角錐形状又はくさび形状の誘電損失体、及び磁性吸収体板を有する電波吸収体であって、誘電損失体と磁性吸収体板との間に厚さが20〜50cmで、比誘電率が1.0〜1.2である誘電体層を設けたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、優れた斜入射特性の電波吸収体が得られ、小型でより高性能な電波暗室が実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に本発明の電波吸収体について詳細に説明する。
図4に本発明の電波吸収体の一例を示す。本発明の電波吸収体は、磁性吸収体板10上に誘電体層12を介して、誘電損失体11が設置された構造を有する。磁性吸収体板10としては、一般にフェライトタイルが用いられる。誘電損失体11は、多角錐形状又はくさび形状であればよいが、一般に四角錐(ピラミッド)形状又はくさび形状の誘電損失体11が用いられる。また、誘電損失体11の材料は、特に限定されず、カーボン含有発泡ウレタン、カーボン含有発泡スチレン、カーボン含有発泡ポリプロピレン、又はカーボンを含有し、若しくはカーボン層を塗布したプラスティック、シリカやアルミナ等の無機材料からなるシート、段ボール、ハニカム構造体等の誘電損失材料が用いられる。軽量化及び施工性等の観点からは、カーボンを含有するポリプロピレン等のプラスティック段ボールが好ましく、これらを中空ピラミッド形状吸収体又はくさび形状吸収体とした誘電損失体が好ましい。
【0011】
磁性吸収体板10と誘電損失体11との間に設置される誘電体層12の厚さを20〜50cmとし、比誘電率を1.0〜1.2とすることにより、優れた斜入射特性が得られる。ここで、誘電体層12の厚さとは、図4に示すように磁性吸収体板10前面と誘電損失体11底面との間の垂直距離である。誘電体層12の厚さが、20cm未満であると誘電体層12を設置したことによる斜入射特性の向上効果は殆ど認められず、一方、誘電体層12の厚さが、50cmを超えると、100MHz以上の周波数領域での斜入射特性が急激に低下する。
【0012】
また、誘電体層12の比誘電率(ε)とは誘電体層全体の平均比誘電率である。誘電体層全体に誘電体が充填される場合には、誘電体の比誘電率が誘電体層の比誘電率となる。一方、誘電体層に部分的に誘電体が配置され、残部が空間(即ち、空気)である場合には、誘電体の比誘電率と誘電体層全体に占める誘電体の体積率との積と、空気の比誘電率(1.0)と誘電体層全体占める空間の体積率との和で求められる。誘電体層の比誘電率が1.0〜1.2の範囲で、優れた斜入射性能が得られ、誘電体層の比誘電率が1.2を超えると、斜入射性能は、誘電体層を設置しない構成と同程度まで低下する。
【0013】
誘電体としては、カーボン等の導電性材料を含有しないプラスティックやシリカ、アルミナ等の無機材料が挙げられ、誘電体層全体にこれらの材料を設置(充填)してもよい。また、上記誘電体材料からなるシート、段ボール又はハニカム構造体等の板材で中空構造を形成して、磁性吸収体板10の前面と誘電損失体11の底面と間に配置してもよい。誘電体層の構造としては、図5(A)に示すような直方体形状、図5(B)に示すようなクロス形状、図5(C)に示すようなくさび形状、図5(D)に示すようなピラミッド形状、又はハニカム形状等が挙げられる。誘電体の材質、形状等により、誘電体層の比誘電率を調整し、所望の電波吸収特性を得ることもできる。
また、本発明の電波吸収体は、図6(A)に示すように、誘電損失体11の下にプラスチックや無機材料等の比誘電率の小さい材料からなる板を設置し、磁性吸収体板10との間を離間させ、所定の空間層を形成した構造としてもよい。さらに、図6(B)に示すように誘電損失体11に比誘電率の小さい材料からなる棒を固定し、この棒を磁性吸収体板10上に設置する構成としてもよい。
【0014】
本発明の効果を以下の実施例によりさらに詳細に説明する。
(実施例1)
誘電体層の厚さを変えて、図4に示す電波吸収体を作製し、入斜角度40度の電波の反射減衰量を測定した。結果を図7に示す。ここで、磁性吸収体板10としては、フェライトタイルを用い、誘電損失体11は、カーボンを含有したポリプロピレン製プラスチック段ボールから形成した中空ピラミッド形状(高さ:90cm、底面の一辺の長さ:60cm)とした。また、誘電体層12は、カーボンを含有していないポリプロピレン製プラスチック段ボールを誘電損失体11の底面と合わせて中空の直方体形状として設置した(比誘電率:1.0)。比較として、誘電体層を設けない従来の電波吸収体について測定した結果も図7に示す。図7には示していないが、誘電体層12の厚さが10cm及び15cmでは、電波吸収特性の向上は殆ど認められなかった。これに対して、誘電体層12の厚さを20cmとすると図7に示すように、電波吸収特性が大幅に向上することがわかった。誘電体層12をさらに厚くすると反射減衰量の周波数依存性が変化するが、50cmまでは良好な電波吸収特性が得られることが確認された。しかし、誘電体層12が50cmを超えると高周波数領域での電波吸収特性が急激に低下した。
なお、誘電損失体の中空ピラミッド形状の高さを90cm〜240cm、底面の一辺の長さを30cm〜120cmの範囲で変更しても同様の効果が得られることが確認されている。
【0015】
(実施例2)
誘電体層全体に占める空間の体積率を変えることにより、誘電体層の比誘電率を調整した他は、実施例1と同様に電波吸収体を作製し、入斜角度40度の電波の反射減衰量を測定した。結果を図8に示す。比較として、誘電体層を設けない従来の電波吸収体について測定した結果も図8に示す。図8より、比誘電率1.0の誘電体層を設置することにより、電波吸収特性が大幅に向上することがわかる。また、比誘電率1.1及び1.2では、良好な電波吸収特性が得られるが、比誘電率が1.2を超えると電波吸収特性が低下し、比誘電率1.3では、誘電体層を設けない電波吸収体と同程度の電波吸収特性しか得られないことが確認された。
なお、誘電損失体の中空ピラミッド形状の高さを90cm〜240cm、底面の一辺の長さを30cm〜120cmの範囲で変更しても同様の効果が得られることが確認されている。
【0016】
(実施例3)
実施例1の電波吸収体を用いて、12m(W)×21m(L)×9.2m(H)の電波暗室を作製し、電波暗室性能を評価した結果を図9(A)に示す。ここで、電波吸収体の誘電体層の厚さは、30cmとし、比誘電率は1.0とした。また、比較として、誘電体層を設けない従来の電波吸収体でも同様に電波暗室を作製し、性能を評価した結果を図9(B)に示す。評価は、ANSI C63.4に基づく周波数掃引測定により、サイトアッテネーション(サイト減衰特性)を求めて行った。この値と基準値0(壁や天井からの反射が全くない理想的な空間)との偏差が小さい程、電波暗室特性は良好といえる。従来の電波吸収体で作製した電波暗室では、基準値との偏差が最大3dB程度あるのに対し、本発明の電波吸収体で作製した電波暗室では偏差が最大でも2dBであり、本発明により、電波暗室性能が1.5倍向上することがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】従来の電波吸収体の構造を示す断面図である。
【図2】電波測定を行う電波暗室の断面図(A)及び平面図(B)である。
【図3】入射角度の異なる電波に対する従来の電波吸収体の電波吸収特性を示す図である。
【図4】本発明の電波吸収体の一例を示す断面図である。
【図5】各種誘電体層の構造を示す斜視図である。
【図6】本発明の電波吸収体の他の例を示す断面図である。
【図7】誘電体層の厚さの異なる電波吸収体の斜入射特性を測定した結果を示す図である。
【図8】誘電体層の比誘電率の異なる電波吸収体の斜入射特性を測定した結果を示す図である。
【図9】本発明の電波吸収体(A)及び従来の電波吸収体(B)の電波暗室の性能を示す図である。
【符号の説明】
【0018】
10・・・磁性吸収体板(フェライトタイル)
11・・・誘電損失体
12・・・誘電体層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多角錐形状又はくさび形状の誘電損失体、及び磁性吸収体板を有する電波吸収体であって、前記誘電損失体と磁性吸収体板との間に厚さが20〜50cmで、比誘電率が1.0〜1.2である誘電体層を設けたことを特徴とする電波吸収体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−231451(P2009−231451A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−73642(P2008−73642)
【出願日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【出願人】(000139023)株式会社リケン (101)
【出願人】(507369914)株式会社リケン環境システム (2)
【Fターム(参考)】