説明

電界放出型電子源の製造方法

【課題】 アニール処理を要することなく、電子放出特性が良好でありかつ長寿命の電界放出型電子源を得ることができる製造方法を提供する。
【解決手段】 この製造方法は、シリコンを主成分とするエミッタ18の形成後に少なくともエミッタ18の先端部に炭素イオン40を注入するイオン注入工程を備えている。この炭素イオン40のエネルギー(単位はkeV)を一方の軸、注入量(単位は×1017ions/cm2 )を他方の軸とする直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すと、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (15,3.0)、P5 (15,2.0)およびP6 (10,1.6)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオン40を注入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、イオンビームの空間電荷中和装置、フィールドエミッションディスプレイ、光源(フィールドエミッションランプ)、高い耐環境特性を要求される環境下で使用される電子源等に用いられる電界放出型電子源の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の電界放出型電子源の製造方法の一例が特許文献1に記載されている。
【0003】
この従来の製造方法は、電界放出型電子源を構成するエミッタの表面に炭素イオンを注入した後、300℃〜1200℃の温度で数時間アニールすることにより、エミッタの表面を仕事関数の低いSiC層に変えるものである。これによって、良好な電子放出特性を得ることができるとされている。但し、炭素イオンのエネルギー、注入量等の注入条件は、特許文献1には何も記載されていない。
【0004】
【特許文献1】特開平5−242796号公報(段落0016−0017、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の製造方法においては、良好な電子放出特性を得るために、エミッタ表面に炭素イオンを注入した後に、300℃〜1200℃の温度で数時間アニールするアニール処理が必要であり、このアニール処理の分、工程数が多くなり、製造に時間およびコスト等が多くかかるという課題がある。
【0006】
そこでこの発明は、アニール処理を要することなく、電子放出特性が良好でありかつ長寿命の電界放出型電子源を得ることができる製造方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る製造方法の一つは、先端が尖っていてシリコンを主成分とするエミッタを有している電界放出型電子源の製造方法において、前記エミッタの形成後に少なくとも前記エミッタの先端部に炭素イオンを注入するイオン注入工程を備えており、かつ、前記イオン注入工程において、前記炭素イオンのエネルギー(単位はkeV)を一方の軸、前記炭素イオンの注入量(単位は×1017ions/cm2 )を他方の軸とする直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すと、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (15,3.0)、P5 (15,2.0)およびP6 (10,1.6)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内(直線上を含む。以下同様)にある条件で炭素イオンを注入することを特徴としている。
【0008】
上記製造方法によれば、イオン注入工程後にアニール処理を行わなくても、電子放出特性が良好でありかつ長寿命の電界放出型電子源が得られることを、実験およびシミュレーションで確認することができた。
【0009】
アニール処理を行わなくても良いのは、上記注入条件でエミッタの表層部に注入された炭素原子が、エミッタを構成しているシリコン原子の周辺に介在することによって、シリコンを主成分とするエミッタが半導体というよりはむしろ金属的な電気伝導を持つ状態になり、そのために、アニール処理がなくても良好な電子放出特性を発現できたものと考えられる。
【0010】
電子放出の寿命を延ばすことができたのは、上記注入条件で注入した炭素イオンによるエミッタの表層部内での炭素原子濃度分布が、炭素原子がエミッタを構成するシリコン原子と結合してシリコンの酸化を抑制するのに効果的な分布になったからである。
【0011】
前記イオン注入工程において、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (12,2.7)、P5 (12,1.7)およびP6 (10,1.6)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオンを注入しても良い。
【0012】
この発明に係る製造方法の他のものは、先端が尖っていてシリコンを主成分とするエミッタを有している電界放出型電子源の製造方法において、前記エミッタの形成後に少なくとも前記エミッタの先端部に炭素イオンを注入するイオン注入工程と、前記イオン注入工程後に、炭素を含むガスを用いて発生させたプラズマを少なくとも前記エミッタの先端部に照射するプラズマ処理工程とを備えており、かつ、前記イオン注入工程において、前記炭素イオンのエネルギー(単位はkeV)を一方の軸、前記炭素イオンの注入量(単位は×1017ions/cm2 )を他方の軸とする直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すと、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (15,3.0)、P5 (15,1.5)およびP6 (10,1.0)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオンを注入することを特徴としている。
【0013】
上記製造方法によれば、イオン注入工程後にアニール処理を行わなくても、電子放出特性が良好でありかつより長寿命の電界放出型電子源が得られることを、実験およびシミュレーションで確認することができた。
【0014】
プラズマ処理工程を付加することによって電子放出の寿命が更に延びるのは、エミッタの表面に炭素系の被膜が形成され、これがエミッタ表面の酸化を抑制する働きをするからである。
【0015】
前記イオン注入工程において、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (12,2.7)、P5 (12,1.2)およびP6 (10,1.0)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオンを注入しても良い。
【0016】
前記イオン注入工程における炭素イオンとして、負の炭素イオンを用いても良い。
【発明の効果】
【0017】
請求項1に記載の発明によれば、イオン注入工程後にアニール処理を行わなくても、電子放出特性が良好でありかつ長寿命の電界放出型電子源を得ることができる。その結果、アニール工程を省いて、工程数の削減、製造コストの低減等を図ることが可能になる。
【0018】
請求項2に記載の発明によれば、請求項1記載の発明の効果と同様の効果に加えて次の更なる効果を奏する。即ち、請求項1記載の発明に比べて、炭素イオンのエネルギーの上限値を小さくしているので、イオン注入による炭素原子がエミッタ内部の奥深くに入り過ぎるのを抑制して、エミッタの表層部内での炭素原子濃度分布を、より確実に、エミッタを構成するシリコンの酸化を抑制するのに効果的な分布にすることができる。
【0019】
請求項3に記載の発明によれば、請求項1記載の発明の効果と同様の効果に加えて次の更なる効果を奏する。即ち、プラズマ処理工程を付加することによって、エミッタの表面に炭素系の被膜が形成され、これがエミッタ表面の酸化を抑制する働きをするので、電子放出の寿命を更に延ばすことができる。即ち、より長寿命の電界放出型電子源を得ることができる。
【0020】
請求項4に記載の発明によれば、請求項3記載の発明の効果と同様の効果に加えて次の更なる効果を奏する。即ち、請求項3記載の発明に比べて、炭素イオンのエネルギーの上限値を小さくしているので、イオン注入による炭素原子がエミッタ内部の奥深くに入り過ぎるのを抑制して、エミッタの表層部内での炭素原子濃度分布を、より確実に、エミッタを構成するシリコンの酸化を抑制するのに効果的な分布にすることができる。
【0021】
請求項5に記載の発明によれば、次の更なる効果を奏する。即ち、炭素イオンが負の炭素イオンであるので、エミッタへのイオン注入と同時に、例えばゲート電極のような電気的に浮いた電極にイオン注入を行っても、当該電極の帯電を、正イオンを注入する場合に比べて小さく抑制することができる。従って、当該電極に特にリード線を接続して帯電を抑制することをしなくて済むので、製法を簡素化することができる。また、炭素イオンを作る場合は、正イオンよりも負イオンの方が、簡単にかつ大量に作ることができるので、上記のような注入量を実現することが容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
図1は、電界放出型電子源の一例を拡大して示す概略平面図である。図2は、図1に示す電界放出型電子源の一つのエミッタ周りを拡大して示す断面図である。
【0023】
この電界放出型電子源10は、電界放出型電子源アレイ(略してFEA)とも呼ばれるものであり、多数の(例えば1000〜5000個程度の)エミッタ18を有している。但し、エミッタ18の数は、これに限られるものではなく、1個以上で任意である。エミッタ18の配置の仕方も任意である。
【0024】
この電界放出型電子源10は、図2にその一部分を拡大して示すように、導電性のカソード基板16と、このカソード基板16の表面に形成されていて先端が尖った形状をした多数の微小なエミッタ18と、この各エミッタ18の先端付近を微小な間隙26をあけて取り囲む、各エミッタ18に共通のゲート電極(引出し電極とも呼ばれる)22と、このゲート電極22とカソード基板16との間に設けられていて両者間を絶縁する絶縁層20とを備えている。カソード基板16と各エミッタ18とは互いに電気的に導通している。
【0025】
カソード基板16は、例えばシリコンを主成分とする材料から成る。即ち、カソード基板16は、シリコン基板でも良いし、シリコン基板にホウ素(B)、リン(P)、ヒ素(As )、アンチモン(Sb )等の不純物が含まれている基板でも良い。カソード基板16は、その他の導電性材料、例えば金属から成るものでも良い。また、絶縁性の基板の表面に、例えばシリコンを主成分とする導電性膜(層)を形成して表層部のみが導電性を有する構造のものでも良い。
【0026】
各エミッタ18は、先端が鋭く尖った形状をしている。換言すれば、先端ほど尖った形状をしている。図2に示した例は円錐状をしているが、それ以外に角錐状等の形状をしていても良い。
【0027】
各エミッタ18は、シリコンを主成分とする材料から成る。例えば、シリコンのみから成っていても良いし、シリコンにホウ素、リン、ヒ素、アンチモン等の不純物が含まれていても良い。各エミッタ18は、図2に示す例のように、カソード基板16の表面に、当該カソード基板16と一体的に形成しても良いし、別体で形成しても良い。いずれにしても、カソード基板16と各エミッタ18とは電気的に導通状態にある。
【0028】
ゲート電極22は、各エミッタ18に対応する位置に微小な小孔24を有している。各小孔24は、例えば円形をしており、この各小孔24の中心部に各エミッタ18の先端付近が、小孔24の内壁との間に微小な間隙26をあけて位置している。
【0029】
絶縁層20は、例えば二酸化シリコン(SiO2 )から成るが、その他の絶縁材から成るものでも良い。
【0030】
上記カソード基板16(換言すれば、当該カソード基板16と導通状態にある各エミッタ18)とゲート電極22との間に、ゲート電極22を正極側にして(換言すれば各エミッタ18を負極側にして)例えば50V〜100V程度の直流電圧を印加すると、各エミッタ18の先端部に電界が集中し、電界放射(電界放出)現象により、各エミッタ18の先端部から電子12が放出される。
【0031】
上記のような電界放出型電子源10の製造方法の一例を図3、図4を参照して説明する。
【0032】
まず、カソード基板16を準備する(基板準備工程50)。その状態を図4Aに示す。
【0033】
次に、上記カソード基板16にエッチングプロセスを施して、所定箇所に上記エミッタ18を形成し(エミッタ形成工程51)、かつ、薄膜形成プロセスによって、所定領域に上記絶縁層20を形成し(絶縁層形成工程52)、更に、薄膜形成プロセスによって、所定領域に上記ゲート電極22を形成する(ゲート電極形成工程53)。ゲート電極形成工程53後の状態を図4Bに示す。
【0034】
次に、各エミッタ18の先端部を含む領域に、炭素イオン40を注入する(イオン注入工程54)。その状態を図4Cに示す。
【0035】
上記例では、複数のエミッタ18、絶縁層20およびゲート電極22の形成後に、複数のエミッタ18の先端部を含む広い領域に炭素イオン40を注入するようにしているけれども、必ずしもそのようにしなくても良い。要は、各エミッタ18の形成後に少なくとも各エミッタ18の先端部に炭素イオン40を注入すれば良い。電子12の電界放出に寄与するのは各エミッタ18の先端部であり、少なくともその先端部を改質することができれば良いからである。
【0036】
また、例えば、絶縁層20やゲート電極22を形成する前に、各エミッタ18の先端部に炭素イオン40を注入しても良い。その場合、各エミッタ18の先端部だけに炭素イオン40を注入しても良いし、各エミッタ18の先端部を含む領域に炭素イオン40を注入しても良い。
【0037】
炭素イオン40を注入する上記イオン注入工程54においては、炭素イオン40のエネルギーおよび注入量が重要であることが実験およびシミュレーションによって確かめられた。これを以下に詳述する。
【0038】
実験結果の一例を図5に示す。これは、図1、図2に示した構成をしていてカソード基板16およびエミッタ18がシリコンを主成分としており、かつ1024個のエミッタ18を有しているものに、注入量を変えて、負の炭素イオン40を注入して得られた各電界放出型電子源10から放出される電子電流(放出電流)の時間変化を測定したものである。イオン注入後にアニールは行っていない。放出電流は、コレクタ電極に流れる電流で測定した。雰囲気は、酸素含有雰囲気を実現するために、酸素ガスを1×10-6Pa導入した状態で測定した。注入炭素イオン40のエネルギーは5keVとした。
【0039】
図5中の線A〜Cは、それぞれ、炭素イオン40の注入量が、(A)1×1016ions/cm2 、(B)3×1016ions/cm2 、(C)1×1017ions/cm2 の場合のものである。線Dは、比較例として、(D)炭素イオン注入を行わなかった場合のものである。初期電流はいずれも15μA程度である。
【0040】
炭素イオン注入を行わない(D)の場合は、電子は放出されるものの、放出電流は時間経過に伴って急激に低下しており、寿命が非常に短いことが分かる。放出電流が半減するまでの時間は5時間程度である。これに対して、(A)の注入量では、放出電流が半減するまでの時間は12時間程度であり、(B)の注入量では20時間程度であり、(C)の注入量では50時間程度である。いずれも(D)の比較例に比べて寿命が延びており、かつ注入量が増えるほど寿命が延びていることが分かる。
【0041】
上記実験結果等に基づいて、注入炭素イオン40のエネルギーおよび注入量の好ましい範囲をシミュレーションによって求めた。
【0042】
イオン注入による炭素原子がエミッタ18を構成するシリコン原子と結合して、シリコンの酸化を抑制することで電子放出特性の悪化を防ぐためには、エミッタ18の表層部内での炭素原子の濃度分布は、(1)表面から深さ40nm程度までの深さの範囲内において、(2)炭素原子濃度の最低値が20%、(3)炭素原子濃度のピーク値が40%〜60%の範囲内となるような分布が好ましいことが実験によって明らかになっている。
【0043】
これを満たすイオン注入条件の一例を図6に示す。この図は、横軸を炭素イオンのエネルギー[keV]、縦軸を炭素イオンの注入量[×1017ions/cm2 ]とする直交座標であり、この直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すことにする(図7、図10、図11も同様)。
【0044】
炭素イオン40は、点P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (15,3.0)、P5 (15,2.0)およびP6 (10,1.6)の6点間を直線a〜fで結んで囲まれる範囲R1 内(直線上を含む。以下同様)にある条件で注入することが好ましい。その理由は次のとおりである。なお、上記範囲R1 を図6中にハッチングを付して示している(以下に述べる範囲R2 〜R4 も同様)。
【0045】
炭素イオン40のエネルギーの下限値を線aで示すように5keVにしているのは、エミッタ18の表層部の炭素導入層の上記厚さ(40nm程度)を最低限確保するためであり、これより低いエネルギーでは上記厚さの炭素導入層が形成できない。
【0046】
炭素イオン40のエネルギーの上限値を線dで示すように15keVにしているのは、これよりも高いエネルギーだと炭素原子がエミッタ18の内部の奥深くに入り過ぎるために、注入量を増加させても上記厚さの範囲での炭素原子濃度が上がらず、炭素イオン注入による改質の効果が失われるためである。
【0047】
線b、cで示す炭素イオン40の注入量の上限は、エミッタ18内部での炭素原子の上限側の濃度が上記ピーク値の60%を超えないようにするためである。これよりも高濃度の炭素導入は、エミッタ18の膨張を招き、電子放出特性の悪化、エミッタ18の破壊等につながるので好ましくない。
【0048】
線e、fで示す炭素イオン40の注入量の下限は、エミッタ18の表層部(深さ40nm程度までの範囲)での炭素原子濃度を、上記最低値の20%以上、かつ上記ピーク値の40%以上の範囲に維持するためである。炭素原子濃度がこの範囲よりも低いと、電子放出特性の劣化を抑制する効果を十分に発揮することができなくなるので好ましくない。
【0049】
上記イオン注入工程54において、上記範囲R1 内にある条件で炭素イオン40を注入することによって、各エミッタ18の先端部内での炭素原子濃度分布が、各エミッタ18を構成するシリコン原子と結合してシリコンの酸化を抑制するのに効果的な分布になるので、各エミッタ18からの電子放出の寿命を延ばすことができる。
【0050】
また、上記製造方法では、上述したように、イオン注入工程後にアニール処理は行っていない。アニール処理を行わなくても良いのは、上記注入条件で各エミッタ18の表層部に注入された炭素原子が、各エミッタ18を構成しているシリコン原子の周辺に介在することによって、シリコンを主成分とするエミッタ18が半導体というよりはむしろ金属的な電気伝導を持つ状態になり、そのために、アニール処理がなくても良好な電子放出特性を発現できたものと考えられる。
【0051】
ちなみに、通常の半導体形成用のイオン注入では、イオン注入によってシリコンの結晶が壊されてアモルファス化するために、半導体としての良い特性を出すために、再結晶化のプロセス、即ちアニール処理が必要となる。これに対して、電界放出型電子源でエミッタにシリコンを用いる場合には、半導体としての良好な性質を得る必要は必ずしもなく、上述した金属的な電気伝導を有していれば良いので、アニール処理を行わなくても良い。もちろん、炭素導入層が著しく変化しない範囲で、必要に応じて、アニール処理を施してもかまわない。
【0052】
従って、上記製造方法によれば、イオン注入工程54の後にアニール処理を行わなくても、電子放出特性が良好でありかつ長寿命の電界放出型電子源10を得ることができる。その結果、アニール工程を省いて、工程数の削減、製造コストの低減等を図ることが可能になる。
【0053】
図7に示す例のように、イオン注入工程54における炭素イオン40のエネルギーの上限値を線dで示すように12keVに下げても良い。この場合の炭素イオン40の注入条件の好ましい範囲は、点P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (12,2.7)、P5 (12,1.7)およびP6 (10,1.6)の6点間を直線a〜fで結んで囲まれる範囲R2 内となる。
【0054】
このようにすれば、炭素イオン40のエネルギーの上限値を小さくしているので、イオン注入による炭素原子がエミッタ18の内部の奥深くに入り過ぎるのを抑制して、エミッタ18の表層部内での炭素原子濃度分布を、より確実に、エミッタ18を構成するシリコンの酸化を抑制するのに効果的な分布にすることができる。
【0055】
上記イオン注入工程54の後に、更に、炭素を含むガスを用いて発生させたプラズマを少なくともエミッタ18の先端部に照射してプラズマ処理を行うプラズマ処理工程を実施しても良い。
【0056】
例えば図8に示すプラズマ処理工程の例のように、複数のエミッタ18の先端部を含む領域にプラズマ42を照射する(入射させる)。このプラズマ処理工程は、例えば、公知のリアクティブエッチング装置等を用いて行うことができる。プラズマ42は、例えば、CHF3 (三フッ化メタン)ガスをプラズマ化したものである。但し、これ以外で炭素を含むガスをプラズマ化したものでも良い。
【0057】
なお、プラズマ42は、各エミッタ18の先端部だけに照射しても良いし、図8に示す例のように各エミッタ18の先端部を含む広い領域に照射しても良い。要は、少なくとも各エミッタ18の先端部に照射すれば良い。電子12の電界放出に寄与するのは各エミッタ18の先端部であり、少なくともその先端部をプラズマ処理できれば良いからである。
【0058】
上記プラズマ処理工程によって、各エミッタ18の先端部の表面に炭素系の被膜が形成され、この被膜が各エミッタ18の先端部表面の酸化を抑制する働きをするので、電界放出型電子源10の寿命をより長くすることができる。上記炭素系の被膜は、CHF3 ガスを用いた場合は、C、H、Fの元素から成る被膜である。
【0059】
実験結果の一例を図9に示す。これは、図5に示した線A〜Cの場合とそれぞれ同一条件(即ち同一のエネルギーおよび注入量)で炭素イオン注入後に、CHF3 プラズマによるプラズマ処理を更に施した場合の例である。線E〜Gは、線A〜Cにそれぞれ対応している。このプラズマ処理には、リアクティブエッチング装置を用いた。プラズマ処理条件は、CHF3 ガスの流量を80sccm、装置内のガス圧を2.5Pa、投入高周波電力を80W、プラズマ処理時間を30秒とした。
【0060】
図9中の線E〜Gに示すように、いずれの注入量においても、図5に示した炭素イオン注入だけの場合に比べて、時間経過に伴う放出電流の低下が遥かに小さいことが分かる。即ち、電界放出型電子源10の寿命をより長くすることが可能になったことが分かる。
【0061】
イオン注入工程54の後に更にプラズマ処理工程を施す場合の、イオン注入工程54における炭素イオン40のエネルギーおよび注入量の好ましい範囲の一例を図10に示す。炭素イオン40は、点P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (15,3.0)、P5 (15,1.5)およびP6 (10,1.0)の6点間を直線a〜fで結んで囲まれる範囲R3 内にある条件で注入することが好ましい。その理由は次のとおりである。
【0062】
即ち、イオン注入工程54に加えてプラズマ処理工程を実施すると、プラズマ処理によってエミッタ18の表面付近(例えば深さ10nm程度まで)の炭素原子濃度を高めることができるので、イオン注入工程54によって浅い領域に導入する炭素原子は、イオン注入工程54のみの場合に比べて若干少なくて済む。例えば、イオン注入によるエミッタ18の表面での炭素原子濃度は、10%以上を確保できれば良い。従って、線e、fで示す炭素イオン40の注入量の下限は、図6に示した場合に比べて小さくて済む。線a〜dは図6の場合と同じである。
【0063】
イオン注入工程54の後にプラズマ処理工程を実施する場合も、図11に示す例のように、イオン注入工程54における炭素イオン40のエネルギーの上限値を線dで示すように12keVに下げても良い。この場合の炭素イオン40の注入条件の好ましい範囲は、点P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (12,2.7)、P5 (12,1.2)およびP6 (10,1.0)の6点間を直線a〜fで結んで囲まれる範囲R4 内となる。このようにすることによる効果は、図7の所で述べた効果と同様である。
【0064】
上記イオン注入工程54における炭素イオン40として、正の炭素イオン40を用いても良いし、負の炭素イオン40を用いても良い。各エミッタ18にイオン注入された炭素の物性はどららも同じだからである。
【0065】
もっとも、負の炭素イオン40を用いると、図4を参照して、エミッタ18へのイオン注入と同時に、例えばゲート電極22のように電気的に浮いた(即ち電気的に絶縁されていてどこにも接続されていない)電極にイオン注入を行っても、当該ゲート電極22の帯電を、正イオンを注入する場合に比べて小さく抑制することができる。これは、簡単に言えば次の理由による。即ち、正イオン注入ではゲート電極22に正の電荷がどんどん蓄積されてゲート電極22の電位が上がるのに対して、負イオン注入の場合は、負の炭素イオン40の入射に伴ってゲート電極22から二次電子が放出され、炭素イオン40のエネルギーが上記範囲の場合は二次電子放出係数は1よりも大きいので、ゲート電極22は負イオンを注入しているにも拘わらず若干正に帯電する。しかし、二次電子の運動エネルギーは小さいので、ゲート電極22が正に帯電すると、二次電子は周辺の接地電位(これは相対的に電子にとっては高い電位になる)に追い返され、結果としてゲート電極22に戻るしかなく、結局、イオン一つの入射に対して電子一つが放出されるようなゲート電極22の電位(例えば数V程度)で帯電が停止する。従って、ゲート電極22に特にリード線を接続して帯電を抑制することをしなくて済むので、製法を簡素化することができる。
【0066】
また、炭素イオン40を作る場合は、正イオンよりも負イオンの方が、簡単にかつ大量に作ることができるので、上記のような注入量を実現することが容易になるという利点もある。これは、簡単に言えば次の理由による。即ち、炭素イオンを作ろうとすると、通常のイオン源(正イオン源)では、典型的には次の方法による。(a)炭素系のガスを放電室に流してプラズマとし、炭素イオンを引き出す。(b)炭素のターゲットにイオンを照射し、表面状態を調整する等して電子が炭素イオンと共に真空中に放出されないようにする。(a)の方法が一般的だが、炭化水素系のガスは放電室内で重合し高分子化合物を形成する等、装置への悪影響が大きい。(b)の方法はそのような影響はないが、一般にこの方法で大量の炭素イオンを作るのは難しい。
【0067】
負イオンの場合、正イオンの(b)の方法に似た方法で、但し、セシウム等のアルカリ金属を炭素ターゲットに供給して、電子を炭素原子と共に真空中に放出させて負の炭素イオンを作ることができる。この負の炭素イオンの放出効率は最適化されており、例えば20%程度の効率を有することが知られている。このため、炭素イオンを作るのは正イオンよりも負イオンの方が簡単である。
【0068】
なお、炭素イオン40を注入する方法として、例えば、(a)質量分離した炭素イオン40を注入するイオン注入法、(b)質量分離せずに炭素イオン40を含むイオンを注入する非質量分離型のイオン注入法(これはイオンドーピング(登録商標)法とも呼ばれている)、(c)炭素を含むガス中でグロー放電プラズマを発生させて炭素イオン40を注入するプラズマドーピング法、等のいずれを採用しても良い。プラズマドーピング法の場合は、カソード基板16(またはそれを保持するホルダ)に印加する負のバイアス電圧によって、炭素イオン40のエネルギーを制御することができる。
【0069】
注入に使用する炭素イオン40は、原子状、二原子分子、その他の分子状(炭化水素も含む)、クラスター等いずれでも良い。
【0070】
また、この発明に係る製造方法は、図12に示す例のように、ゲート電極22よりも電子12の放出側にゲート電極22に沿って設けられていて、多数の小孔30を有する第2ゲート電極(これは第2引出し電極とも呼ばれる)28を更に備えている電界放出型電子源10の製造にも適用することができる。各エミッタ18に対する炭素イオン注入およびプラズマ処理の効果は、図2に示す電界放出型電子源10の場合と変わらないからである。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】電界放出型電子源の一例を拡大して示す概略平面図である。
【図2】図1に示す電界放出型電子源の一つのエミッタ周りを拡大して示す断面図である。
【図3】この発明に係る電界放出型電子源の製造方法の一例を示す工程図である。
【図4】電界放出型電子源の製造工程の一部を示す断面図である。
【図5】エミッタにイオン注入を行った電界放出型電子源からの放出電流の時間変化を測定した結果の一例を示す図である。
【図6】エミッタにイオン注入する場合の注入イオンのエネルギーおよび注入量の好ましい範囲の一例を示す図である。
【図7】エミッタにイオン注入する場合の注入イオンのエネルギーおよび注入量の好ましい範囲の他の例を示す図である。
【図8】エミッタにイオン注入した後に更にプラズマ処理を行うプラズマ処理工程の一例を示す断面図である。
【図9】エミッタにイオン注入およびプラズマ処理を行った電界放出型電子源からの放出電流の時間変化を測定した結果の一例を示す図である。
【図10】エミッタにイオン注入およびプラズマ処理を行う場合の注入イオンのエネルギーおよび注入量の好ましい範囲の一例を示す図である。
【図11】エミッタにイオン注入およびプラズマ処理を行う場合の注入イオンのエネルギーおよび注入量の好ましい範囲の他の例を示す図である。
【図12】電界放出型電子源の他の例を、その一つのエミッタ周りを拡大して示す断面図である。
【符号の説明】
【0072】
10 電界放出型電子源
16 カソード基板
18 エミッタ
20 絶縁層
22 ゲート電極
28 第2ゲート電極
40 炭素イオン
42 プラズマ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端が尖っていてシリコンを主成分とするエミッタを有している電界放出型電子源の製造方法において、
前記エミッタの形成後に少なくとも前記エミッタの先端部に炭素イオンを注入するイオン注入工程を備えており、
かつ、前記イオン注入工程において、前記炭素イオンのエネルギー(単位はkeV)を一方の軸、前記炭素イオンの注入量(単位は×1017ions/cm2 )を他方の軸とする直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すと、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (15,3.0)、P5 (15,2.0)およびP6 (10,1.6)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオンを注入することを特徴とする電界放出型電子源の製造方法。
【請求項2】
先端が尖っていてシリコンを主成分とするエミッタを有している電界放出型電子源の製造方法において、
前記エミッタの形成後に少なくとも前記エミッタの先端部に炭素イオンを注入するイオン注入工程を備えており、
かつ、前記イオン注入工程において、前記炭素イオンのエネルギー(単位はkeV)を一方の軸、前記炭素イオンの注入量(単位は×1017ions/cm2 )を他方の軸とする直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すと、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (12,2.7)、P5 (12,1.7)およびP6 (10,1.6)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオンを注入することを特徴とする電界放出型電子源の製造方法。
【請求項3】
先端が尖っていてシリコンを主成分とするエミッタを有している電界放出型電子源の製造方法において、
前記エミッタの形成後に少なくとも前記エミッタの先端部に炭素イオンを注入するイオン注入工程と、
前記イオン注入工程後に、炭素を含むガスを用いて発生させたプラズマを少なくとも前記エミッタの先端部に照射するプラズマ処理工程とを備えており、
かつ、前記イオン注入工程において、前記炭素イオンのエネルギー(単位はkeV)を一方の軸、前記炭素イオンの注入量(単位は×1017ions/cm2 )を他方の軸とする直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すと、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (15,3.0)、P5 (15,1.5)およびP6 (10,1.0)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオンを注入することを特徴とする電界放出型電子源の製造方法。
【請求項4】
先端が尖っていてシリコンを主成分とするエミッタを有している電界放出型電子源の製造方法において、
前記エミッタの形成後に少なくとも前記エミッタの先端部に炭素イオンを注入するイオン注入工程と、
前記イオン注入工程後に、炭素を含むガスを用いて発生させたプラズマを少なくとも前記エミッタの先端部に照射するプラズマ処理工程とを備えており、
かつ、前記イオン注入工程において、前記炭素イオンのエネルギー(単位はkeV)を一方の軸、前記炭素イオンの注入量(単位は×1017ions/cm2 )を他方の軸とする直交座標上の点P1 〜P6 の座標を(エネルギー,注入量)でそれぞれ表すと、P1 (5,0.8)、P2 (5,1.5)、P3 (10,2.5)、P4 (12,2.7)、P5 (12,1.2)およびP6 (10,1.0)の6点間を直線で結んで囲まれる範囲内にある条件で炭素イオンを注入することを特徴とする電界放出型電子源の製造方法。
【請求項5】
前記イオン注入工程における炭素イオンが、負の炭素イオンである請求項1ないし4のいずれかに記載の電界放出型電子源の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−16233(P2009−16233A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−178004(P2007−178004)
【出願日】平成19年7月6日(2007.7.6)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】