説明

非晶質ナノ薬物の製造方法、装置、非晶質ナノ薬物、及び、分子分散薬物の製造方法、分子分散薬物

【課題】従来困難とされてきた、難水溶性薬物の100nm以下の微粒子化と非晶質化を、極めて短時間且つ容易に低コストで可能として、投与後の人体に対する薬物の吸収性を向上させると共に、非晶質薬物を安定化する。
【解決手段】非晶質ナノ粒子を含む非晶質ナノ薬物の製造に際して、例えば難水溶性薬物(10)及び親水性高分子マトリックス(12)がボール14と共に充填される第1の円筒型容器22と、溶媒(16)が充填される第2の円筒型容器24と、前記第1と第2の円筒型容器22、24を連結する管26と、該管26により連結された第1及び第2の円筒型容器22、24を回転する回転架台30とを備えた製造装置により、溶媒雰囲気中で難水溶性薬物(10)と親水性高分子マトリックス(12)とを均一混合する。更に、均一混合後の試料(40)を、加湿した後、乾燥することで、非晶質状態を安定化することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶質ナノ薬物の製造方法、装置、非晶質ナノ薬物、及び、分子分散薬物の製造方法、分子分散薬物に係り、特に、薬物の人体への吸収性を高めることが可能な非晶質ナノ薬物の製造方法、装置、前記製造方法によって製造された非晶質ナノ薬物、及び、分子分散薬物の製造方法、該製造方法によって製造された分子分散薬物に関する。
【背景技術】
【0002】
現存している薬物および新しく開発されている薬物の多くは水に解け難い、難水溶性である。これらの難水溶性薬物において最も問題となっているのが、水に対する親和性が低い(即ち水に濡れ難く、水に対する溶解度と溶解速度が小さい)ことによる低生体親和性である。従って、難溶性薬物の溶解速度を上昇させ生体親和性を増大させることが、薬学において非常に重要な課題となっている。Noyes-Whitneyの式によると、粒子径が減少し
、比表面積が増大すると、これらの薬物の溶解速度が上昇する。難溶性薬物の生体親和性を上昇させることは、薬物の体内吸収効率だけではなく、一回に摂取する量が減少することから、コストの削減においても非常に重要である。
【0003】
ナノ粒子調製の技術は革新的な技術の一つであり、薬学においても、その応用性が期待されている。ナノ粒子を配分した薬物もしくは分子分散薬剤のドラッグデリバリーシステムの多様性、汎用性、及び適応性が、ヘルスケアの改善、痛みの軽減などのニーズを満たすこと等において実証されている。ナノ粒子のドラッグデリバリーは、高分子ナノ粒子や、ナノカプセル、固液ナノ粒子、ナノゲル、そして薬物ナノ粒子を含んでいる。
【0004】
これらのシステムにおける薬物のナノ粒子化あるいは分子分散化により、生体的なバリアの通過や、生体組織の耐薬性の改善、細胞への吸収・運搬の向上が可能となり、従って薬物を、臓器や脳、腫瘍などの目的部位に効率的に運搬することが期待される。近年、薬学の研究は、キャリアによるナノ粒子システムの構築から、薬物ナノ粒子を開発することに焦点が移りつつある。この傾向の大きな要因は、ナノ粒子調製法技術が発達してきたことによる。更に、この薬物ナノ粒子は、液体分散系においても、その運搬能やキャリアを必要としないことから、その効果を発揮すると期待されている。
【0005】
そこで、薬物の人体への吸収性を高めるため、薬物の非晶質化及びナノ粒子化が研究されている。その手法の1つに、本来なら薬物としての機能を持たない添加物もしくは賦型剤と薬物の一部を複合化することで、水への親和性を高め、投与後の人体に対する吸収性(吸収速度)を向上させることが研究されている。
【0006】
この賦型剤との複合化による薬物の非晶質化・ナノ粒子化に関しては、スプレードライング、超臨界等、又、湿式では、界面重合によるマイクロカプセル化等がある。
【0007】
例えば賦型剤との湿式複合化による溶解特性の向上に関しては、多数の報告がある(非特許文献1、2参照)。
【0008】
一方、湿式の製剤技術として最も一般的なスプレードライングにおいて、アルコール(非特許文献3参照)やアルコールと水の混合溶媒(非特許文献4参照)中で、溶解再析出により調製した複合化薬物の溶解特性の向上に関しても既に知られている。
【0009】
又、非特許文献1や2に示した高分子と薬物の複合化に関しては、多くの研究例がある(非特許文献5参照)。
【0010】
又、非特許文献6には、図1に示すような手順で、薬物(イブプロフェンIB)と賦型剤(ヒドロキシプロピルメチルセルロースHPMC)を溶解して、スプレードライングにより、ミクロンオーダの小さな結晶を得ることが記載されている。
【0011】
又、特許文献1には、超音波処理を用いて、水性媒体中の結晶性ナノ微粒子の分散液を調製する方法が記載されている。
【0012】
又、特許文献2には、難水溶性薬物と非晶質化誘導体および非晶質化安定剤の混合物を、加熱またはメカノケミカル処理によって非晶質化し、生体への吸収効率を改善させる方法が提示されている。
【0013】
又、非特許文献7には、混合粉砕による親水性の賦型剤と薬物の複合体の調製において、薬剤溶液と親水性賦型剤の粉砕に際して、少量のアルコールあるいは水を均一に添加した準湿式粉砕による複合化によって、より短時間且つ低コストで非晶質(ナノ)化が可能な製剤のプロセスが提唱されている。
【0014】
又、非特許文献8には、モデル薬物として光学活性あるいは不活性なイブプロフェンとナプロキセン、賦型剤としてポリビニルピロリドンを用い、両者の複合化により薬物が非晶質化される現象は、それぞれの分子の立体化学的性質にも関係している事が示されている。光学不活性なイブプロフェンとポリビニルピロリドンが物理混合のみによって相互作用し、非晶質化したが、著者らはこの場合イブプロフェンとポリビニルピロリドンが分子間水素結合を形成し、本発明で目指すところの分子分散状態に近づく事を、計算によるシュミレーションによって示唆している。
【0015】
【特許文献1】特表2006−504511号公報
【特許文献2】再公表特許WO97/06781号公報
【非特許文献1】H.Yuasa,M.Ooi,Y.Takashima,Y.Kanaya,“Whisker growth of I-menthol in coexistence with various excipients”,Int.J.Pharm.,203,203−210(2000)
【非特許文献2】A.Forster,J.Hempenstall,I.Tucker,T.Rades,“Selection of excipients for melt extrusion with two poorly water−soluble drugs by solubility parameter calculation and thermal analysis”,Int.J.Pharm.,226,147−161(2001)
【非特許文献3】E Karavas,G Ktistis,A Xenakis,E Georgarakis,“Miscibility behavior and formation mechanism of stabilized felodipine-polyvinylpyrrolidone amorphous solid dispersions”Drug Development and Industrial Pharmacy,31,473−489(2005)
【非特許文献4】D.Stephens,L.C.Li,E.Pec,D.Robinson,“A statistical experimental approach to cosolvent formulation of a water-insoluble drug”Drug Development and Industeial Pharmacy,25,961−965(1999)
【非特許文献5】J.Panyam and V.Labhasetwar, “Biodegradable nanoparticles for drug and gene delivery to cells and tissue”Adv.Drug Delivery Rev.,55(3), 329-347 (2003)
【非特許文献6】N.Rasenack,H.Steckel,B.W.Muller, “Preparation of microcrystals by in situ micronization”,Powder Technology,143-144 (2004) 291- 296
【非特許文献7】M.Sugimoto,T.Okagaki,S.Narisawa,Y.Koida,K.Nakajima,“Improvement of dissolution characteristics and bioavailability of poorly water-soluble drugs by novel cogrinding method using water-soluble polymer”,Int.J.Pharma. 160,(1998) 11-19
【非特許文献8】S.Boddanova,H. Pajeva,P.Nikolova, I.Tsakovska,B. Muller, “Interactions of Poly (vinylpyrrolidone) with Ibuprofen and Naproxen: Experimental and Modeling Studies”, Pherm. Res., 22, 5 (2005) 806-815
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、従来の薬物ナノ粒子という概念は、数百nmレベルの細分化が殆んどであり、要求を十分に満たすものでは無かった。
【0017】
又、従来の技術は、いずれも、スプレードライングや超臨界といった、薬物の非晶質化・ナノ粒子化においては大掛かりな装置とエネルギーが必要であり、又、対象薬物を分散させるために、ある程度の量の溶媒あるいは分散媒を必要としていた。
【0018】
特に、特許文献2は、加熱処理のための相当の装置が必要であることに加え、メカノケミカル処理の具体的な方法は開示されていない。更に、難水溶性薬物をナノ粒子化することについては、何等言及されていなかった。
【0019】
又、非特許文献6は、本発明と異なり、ナノオーダーでなくミクロンオーダーの大きい、非晶質で無い結晶を得るものであった。
【0020】
現在、長時間粉砕による薬物の非晶質化の応用技術レベルでの要求は多いが、要求を十分に満たす技術は無かった。
【0021】
なお、非特許文献7は、少量の溶媒の添加によって非晶質化を目指すという点では本発明と同じであるが、溶媒の添加方法等に関しては一切記載が無く、おそらくは全体の混合・均一化に対して、発明者等ほどの注意を傾けなかったために、結果として、かなりの結晶部分が残存しており、非晶質化は達成されていない。又、薬物の到達粒子径も75−200nm程度と、かなり粗大である。
【0022】
本発明は、前記従来の問題点を解決するべくなされたもので、従来困難とされてきた、難水溶性薬物の100nm以下の微粒子化と非晶質化を、短時間且つ容易に低コストで行えるようにすることを第1の課題とする。
【0023】
本発明は、又、非晶質状態を安定して維持できるようにすることを第2の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明は、非晶質ナノ粒子を含む非晶質ナノ薬物の製造に際して、溶媒蒸気中で、薬物と親水性高分子マトリックスとを均一混合することにより、前記第1の課題を解決したものである。
【0025】
前記非晶質ナノ薬物は、50nm以下の非晶質ナノ粒子を含むものとすることができる。
【0026】
又、前記溶媒は、エタノールやメタノール等の低級アルコールとすることができ、アセトンやエーテル等の、蒸気圧が高く、水酸基と結び付き、後で取り除くことが可能な他の溶媒を用いることもできる。
【0027】
又、前記薬物は、イブプロフェン(IB)またはインドメタシン(IM)に代表される難水溶性結晶とすることができる。
【0028】
又、前記親水性高分子マトリックスは、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ポリビニルピロリドン(PVP)等の賦型剤とすることができる。
【0029】
本発明は、又、薬物及び親水性高分子マトリックスがボールと共に充填される第1の円筒型容器と、溶媒が充填される第2の円筒型容器と、前記第1と第2の円筒型容器を連結する管と、該管により連結された第1及び第2の円筒型容器を回転する回転架台と、を備えたことを特徴とする非晶質ナノ薬物の製造装置を提供するものである。
【0030】
本発明は、又、前記の方法で製造されたことを特徴とする非晶質ナノ薬物を提供するものである。
【0031】
本発明は、又、前記の方法で製造された非晶質ナノ薬物を、加湿した後、乾燥することにより、前記第2の課題を解決したものである。
【0032】
ここで、前記加湿と乾燥を、必要な回数繰返すことができる。
【0033】
又、前記乾燥を、減圧下、及び/又は、加熱下で行なうことができる。
【0034】
本発明は、又、前記の方法で製造されたことを特徴とする分子分散薬物を提供するものである。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、薬物と親水性高分子マトリックスの均一混合を、溶媒雰囲気中で行なうことで、薬物の非晶質化・ナノ粒子化が達成される。即ち、少量の溶媒の気相添加と回転ボールミル等による機械的な混合・均一化を組み合わせることで複合化が起こり、非晶質(ナノ粒子)薬物を容易に得ることができる。本発明における均一混合は、従来より良く知られたボールミルに類似の構造であるが、粉砕やメカノケミカル効果を必要とせず、寧ろ薬物と親水性高分子マトリックスとの接触点の数や接触点当たりの接触面積を増大させ、かつ混合物全体の均一化を目的としている。
【0036】
従って、従来困難とされてきた、難水溶性薬物の100nm以下の微粒子化と非晶質化を、短時間且つ容易に低コストで可能として、投与後の人体に対する薬物の吸収性を向上することができる。
【0037】
更に、前記均一混合後の非晶質ナノ薬物を、加湿した後、乾燥することで、非晶質状態を安定して維持できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下図面を参照して、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0039】
本発明の第1実施形態は、難水溶性薬物の一つであるイブプロフェン(IB)を、親水性高分子の一つであり賦型剤として用いられるヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)と複合化させることにより、その溶解性を向上させたものである。
【0040】
図2に示す如く、薬物であるIB10と親水性賦型剤であるHPMC12の混合粉体を、室温でデシケータ8に張ったメタノールMeOH16又はメタノール水溶液中に静置し、一晩(16時間)放置したところ、未処理の物理的混合状態では、図3(a)にX線回折プロフィルを示す如く結晶であったIBが、図3(b)に示す如く非晶質化した。これは、薬物結晶内の水素結合の一部が、図4に示す如く、薬物と賦型剤分子との水素結合に置き換わり、薬物が非晶質化し、IBとHPMCが複合化したためと考えられる。
【0041】
しかしながら、このような方法で得られた薬剤は、IBに対するメタノールの吸着または吸収が不均一であり、又、HPMCが液体と接触すると高粘度となるため、嵩高い塊状粉体となり、全体で不均一であった。
【0042】
そこで発明者らは、図5に示すような、2つの円筒型容器22、24を1本のチューブ26で連結した2連式のTRM(Tandem Rotation Mill)ポット20を用意し、一
方の容器22に、IB10とHPMC12の混合粉体とナイロンコート鉛芯ボール14を入れ、他方の容器24に、アルコールとしてメタノールMeOH16を入れ、密閉せずに容器同士を柔軟性のあるチューブ26で連結した。
【0043】
ここで、前記円筒型容器22、24は、それぞれ、例えば内径95mm、高さ120mm、容量500ccとすることができる。又、前記容器22、24間の距離は、例えば20mmとすることができる。又、前記連結管26の内径は、例えば6mmとすることができる。又、ボール14のサイズは、例えば直径10〜15mmとすることができる。なお、これらの数値は、例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0044】
次いでメタノールを入れた側の容器24を、中に水が入らないように注意しながら、50℃程度の湯浴に15分程度浸した。このとき、飽和蒸気圧で蒸発したメタノール16の気体が、薬物側の容器22に入っている空気を押し出すように、薬物側容器22が上、メタノール側容器24が下になるように45°程度傾けた。
【0045】
次いで、メタノール側容器24を湯浴から取り出し、2つの容器同士を密閉した後に回転架台30の2本の回転ロール32上に載せ、粉砕を開始した。粉砕中は、ボール14が常に容器22の内容物を均一に掻き混ぜ、又、ボール14同士も停滞せずに常に入れ替わるように回転することを保つように注意を払って、一晩(16時間)攪拌することで、混合均一化しながらメタノール16の吸着または吸収を行なった。
【0046】
これにより、流動性が良くサラサラで均一な粉体が得られ、又、IBは図3(c)に示すように非晶質化していた。
【0047】
このIBとHPMCの混合粉体を、OsO水溶液により染色した後、銅メッシュに載せて透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したところ、図6に示す如く、IBの一部がHPMC中に分砕したナノ粒子となっていることが確認できた。
【0048】
薬物の溶解特性を図7に示す。
【0049】
図7中のaは未処理のIB、bはIB含有量20%の、HPMCとの物理混合品、cはbをメタノールを張ったデシケータ内に18時間放置し、メタノールを吸着または吸収させたもの、dはbに対して、本発明によるTRMを用いて均一混合を行なうと同時にメタノール吸着または吸収を18時間行ったものである。その結果、物理混合品(b)では未処理の場合に対し、初期の溶解速度、見かけの溶解度共に変化が見られなかった。一方、デシケータ内に放置したもの(c)は、未処理品(a)と比べて初期の溶解速度が238%、24時間後の溶解量が35%それぞれ増加したが、本発明による均一混合と同時にメタノール吸着または吸収を行うこと(d)で、未処理品(a)と比べて初期の溶解速度は380%、24時間後の溶解量は43%それぞれ増加した。このことから、難溶性薬物と親水性高分子マトリックスの混合物にメタノールなどの溶媒を吸着または吸収させることで、薬物の溶解特性が未処理品に比べて向上すること、本発明に示すTRMによる均一混合とメタノール吸着または吸収を同時に行う方法によって、溶解特性が更に向上することが確認できた。
【0050】
本実施形態においては、2つの容器22、24を管26で接続して回転架台30上で回転するようにしているので、構成が簡略である。なお、製造装置の構成はこれに限定されず、例えばナイロンコート鉛芯ボール以外のボールを用いたり、あるいは、撹拌を他の方法で行なうことによって、容器を固定し、アルコールの蒸気圧を制御できるようにして、連続的な製造を可能とすることもできる。
【0051】
図8(A)に示す未処理状態から、第1実施形態のTRMにより20時間処理することによって得られた、図8(B)に示す如く非晶質化された薬物は、図8(C)に示す如く、48時間の加湿により容易に再結晶化した。ところが、50℃で常圧又は減圧乾燥することで、図8(D)(6時間乾燥)−図8(E)(29時間乾燥)−図8(F)(100時間乾燥)に示す如く、再び非晶質化することが確認できた。ここで、減圧は、非晶質化を促進するための操作である。
【0052】
又、1度目の乾燥後、再び同じ時間(図8の例では48時間)加湿しても、図8(G)に示す如く、再結晶化には至らないことが確認できた。一方、物理的な混合物(PM)を例えば168時間乾燥しただけでは、図9に示す如く、非晶質化は進行しなかった。ここで、図8は、バックグランド除去度のX線回折(XRD)プロファイル、図9はバックグランド除去前のXRDプロファイルを示したものである。
【0053】
そこで、本発明の第2実施形態では、図10に示す如く、第1実施形態で得られたTRM試料40を、室温でデシケータ8に張った水42中に48時間静置し、水蒸気を吸着して加湿する工程と、図11に示す如く、減圧容器44中でヒータ46により50℃に加熱しながら乾燥する工程を2回繰返した。ここで、乾燥工程において、減圧下で加熱したのは、乾燥を早めるためであり、大気圧下で乾燥したり、室温で乾燥することも可能である。
【0054】
第2実施形態の全体の工程を図12に示す。本実施形態では、メタノールMeOHを気相吸着させながらIBとHPMCの混合物を均一化するために、図5に示したTRMを用いて16時間弱粉砕を行った。粉砕後の粉体は、室温・飽和水蒸気下に24時間以上放置した後、50℃減圧下で3日乾燥させるという操作を繰り返し、各段階でXRDによる結晶性の評価を行った。TRMによってIBは非晶質化したが(図8(B))、加湿後は結晶の再析出が起こった(図8(C))。ところが、これを更に乾燥させると再び非晶質化した(図8(F))。XRDプロファイルに表わされる各結晶面での加湿・乾燥による変化を詳細に検討したところ、IB‐HPMC複合体への加湿・乾燥によって、結晶内水素結合の優先的な開裂とHPMCとの分子間水素結合の形成が促進されることが確認できた。この操作を必要回数繰り返すことによって、層状のIB分子結晶を、外部ストレスの印加なしに非晶質化できた。
【0055】
このように、製剤において本来回避すべき加湿を効果的に利用することで非晶質薬剤の安定化が可能である。
【0056】
IBの溶媒であるメタノール蒸気の吸収を伴う複合化の促進と、それに続く加湿・乾燥
の繰り返しによる非晶質IBの安定化に関して、結晶内の水素結合の再構築と高分子の膨
潤・収縮という観点からそのメカニズムを考察した。
【0057】
メタノール蒸気中、TRMを用いた弱粉砕ではHPMCの膨潤は起こらず、溶液化したIBの一部はHPMC表面の親水基と分子間水素結合を形成する。続く加湿によって親水性のHPMCは膨潤し、IBは再び結晶化する。その後の乾燥によってHPMCは収縮してモビリティーを失い、IBと再度コンタクトする。他方、IBは結晶内水素結合によって形成される結晶面から優先的に加湿・乾燥による結合の開裂と再結合が起こる。この繰り返しによってHPMC−IB間の水素結合による相互作用サイト数は徐々に増加し、分子分散状態にある薬物の割合が増えると推察される。IB溶液は、HPMC中に毛管凝縮により浸入すると推察される。X線回折プロファイルに現れる特定の結晶面について、図13に示す如く、相対強度の変化を単結晶データと比較することにより、水素結合再構成のプロセスを詳細に解析した。
【0058】
以上より、薬物による溶媒蒸気の吸収と、親水性高分子の膨潤・収縮による構造変化のサイクルにより、IBのHPMC中へのマイルドな分子分散化が可能であることが確認できた。
【0059】
なお、加湿−乾燥の繰返し数は2回に限定されず、1回又は3回以上であっても良い。
【0060】
前記実施形態においては、いずれも、本発明が、IBとHPMCの組み合わせに適用されていたが、本発明の適用対象はこれに限定されず、例えばIBとPVPの組み合わせ、又は、IMとHPMCの組み合わせにも同様に適用できる。
【0061】
又、低級アルコールも、メタノールやエタノールに限定されず、例えばイソプロピルアルコール(イソプロパノール)であっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】非特許文献6に記載された処理を示す模式図
【図2】比較例を示す図
【図3】従来例及び比較例と本発明の第1実施形態のX線回折プロフィルを比較して示す図
【図4】第1実施形態中の反応を示す図
【図5】本発明を実施するための製造装置の構成を示す分解斜視図
【図6】前記製造装置で得られた試料の電子顕微鏡写真を示す図
【図7】前記試料の溶解特性を他の例と比較して示す図
【図8】本発明の第2実施形態の原理を示す図
【図9】第2実施形態の比較例を示す図
【図10】第2実施形態の加湿工程を示す図
【図11】第2実施形態の乾燥工程を示す図
【図12】第2実施形態の全体の工程を示す図
【図13】第2実施形態の効果を示す図
【符号の説明】
【0063】
8…デシケータ
10…薬剤(IB)
12…賦型剤(HPMC)
14…ボール
16…アルコール(MeOH)
20…TRMポット
22、24…円筒型容器
26…連結管
30…回転架台
32…回転ロール
40…TRM試料
42…水
44…減圧容器
46…ヒータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質ナノ粒子を含む非晶質ナノ薬物の製造に際して、
溶媒蒸気中で、薬物と親水性高分子マトリックスとを均一混合することを特徴とする非晶質ナノ薬物の製造方法。
【請求項2】
前記非晶質ナノ薬物が、50nm以下の非晶質ナノ粒子を含むことを特徴とする請求項1に記載の非晶質ナノ薬物の製造方法。
【請求項3】
前記溶媒が、低級アルコールに代表される薬物の良溶媒であることを特徴とする請求項1に記載の非晶質ナノ薬物の製造方法。
【請求項4】
前記薬物が、イブプロフェンおよびインドメタシンに代表される難水溶性結晶であることを特徴とする請求項1に記載の非晶質ナノ薬物の製造方法。
【請求項5】
前記親水性高分子マトリックスが賦型剤であることを特徴とする請求項1に記載の非晶質ナノ薬物の製造方法。
【請求項6】
薬物及び親水性高分子マトリックスがボールと共に充填される第1の円筒型容器と、
溶媒が充填される第2の円筒型容器と、
前記第1と第2の円筒型容器を連結する管と、
該管により連結された第1及び第2の円筒型容器を回転する回転架台と、
を備えたことを特徴とする非晶質ナノ薬物の製造装置。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれかに記載の方法で製造されたことを特徴とする非晶質ナノ薬物。
【請求項8】
請求項1乃至5のいずれかの方法で製造された非晶質ナノ薬物を、加湿した後、乾燥することを特徴とする非晶質ナノ薬物あるいは分子分散薬物の製造方法。
【請求項9】
前記加湿と乾燥を、必要な回数繰返すことを特徴とする請求項8に記載の分子分散薬物の製造方法。
【請求項10】
前記乾燥を、減圧下、及び/又は、加熱下で行うことを特徴とする請求項8又は9に記載の非晶質ナノ薬物あるいは分子分散薬物の製造方法。
【請求項11】
請求項8乃至10のいずれかに記載の方法で製造されたことを特徴とする非晶質ナノ薬物あるいは分子分散薬物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−51808(P2009−51808A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−22425(P2008−22425)
【出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】