説明

非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法および電源装置

【課題】 操作が容易で、総ての電流値を定格電流の範囲内に納めることができる非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法および電源装置を提供すること。
【解決手段】 交互に繰り返される第1の期間Tuと第2の期間Tdと、平均電流値Iwと、電流の振幅Iyとを定めておき、第1の期間Tuは振幅Iyのプラス側または増加する側の電流を、第2の期間Tdは振幅Iyのマイナス側または減少する側の電流を、それぞれ供給すると共に、第1の期間Tuと第2の期間Tdにおける電流値の平均値が平均電流値Iwとなるように制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、非消耗電極式ガスシールドアーク溶接を行う場合の溶接電流の制御方法および電源装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図5は、従来の直流の非消耗電極式のガスシールドアーク溶接における電源装置の接続図である。
同図おいて、一点鎖線で囲んで示す主回路部1は、入力整流器部2、スイッチング部3、高周波トランス部4、二次整流器部5、電流検出器6、直流リアクタ7、およびカップリングコイル8とから構成されている。主回路部1のプラス側端子は溶接母材10に、マイナス側の端子は溶接トーチ9に接続されている。
【0003】
一点鎖線で囲んで示す制御部11はスイッチング制御部12と、全体制御部13とから構成されている。全体制御部13には、設定値入力部15、トーチスイッチ(起動スイッチ)16、シールドガスを制御する電磁弁14および電流検出器6が接続されている。なお、設定値入力部15には、図示を省略する自己保持有りまたは自己保持無しを選択する選択スイッチが設けられている。
【0004】
次に、従来の非消耗電極式のガスシールドアーク溶接における電源装置の動作について説明する。
トーチスイッチ16が閉じられると、一次側入力電源(商用交流電源)から供給される交流は入力整流器部2により直流に変換された後、スイチング部3により高周波交流に変換され、高周波トランス4により溶接に適した電圧に変換される。高周波トランス4から出力された高周波交流は二次整流器部5により再度直流に変換された後、直流リアクタ7、溶接母材10、溶接トーチ9、カップリングコイル8の順に流れ、溶接母材10と溶接トーチ9との間に図示を省略するアークが発生する。
【0005】
全体制御部13は、設定値入力部15に入力された電流値と、電流検出器6で検出された電流値とを比較し、その差を増幅してスイッチング制御部12に入力する。スイッチング制御部12はこの信号に基づいて溶接部を流れる電流が入力された電流値に略等しくなるようにスイチング部3を駆動する。
【0006】
図6は、非消耗電極式のガスシールドアーク溶接における電源装置の代表的な出力電流波形を示す図である。
電源装置が直流のパルス電流を出力するものである場合(以下、「パルス電源」という。)、同図(a)に示すように、設定値入力部15に入力されたIp、IbおよびTp、Tbの値により、電流値Ipのピーク電流(継続時間Tp)と電流値Ibのベース電流(継続時間Tb)が交互に出力される。
【0007】
そして、パルス溶接の場合は、下記の式1、2で定まる電流値Iの電流(平均電流)を単に電流という。
I=(Ip・Tp+Ib・Tb)/T0・・・(式1)
T0=Tp+Tb ・・・(式2)
【0008】
電源装置が直流電流を出力するものである場合、同図(b)に示すように、設定値入力部15に入力された電流値Iの電流が出力される。以下、電流値が周期的に変化しない電流を出力するガスシールドアーク溶接電源を「直流電源」といい、パルス電源と区別する。なお、パルス電源と直流電源の外部接続図は同じであり、パルス電源は、直流電源の機能を備えている。
【0009】
図7は、直流電源の場合の溶接時におけるタイミングチャートであり、(a)は自己保持無しの場合、(b)は自己保持有りの場合である。
なお、後述するように、「自己保持有り」と「自己保持無し」とではトーチスイッチ16の開閉信号の利用形態が異なり、自己保持有りは、溶接の途中で電流値を変化させる等の複数の制御が必要な場合に採用される。
【0010】
自己保持無しの場合、同図(a)に示すように、溶接を行うための電流である主電流Iwの値、溶接に先だってシールドガスを流すプリフロー時間Tg1の値と、溶接部の酸化を防止するため溶接終了後にシールドガスを流すポストフロー時間Tg2の値を、設定値入力部15に入力する。
【0011】
次に、自己保持無しの場合の制御装置11の動作を説明する。
制御装置11はトーチスイッチ16の開閉を監視し、トーチスイッチ16が閉(オン)になると直ちに電磁弁14を開き、プリフロー時間Tg1経過後トーチスイッチ16が開(オフ)になるまで、主電流Iwを溶接部に出力する。そして、トーチスイッチ16が開になると直ちに主電流Iwの供給を停止し、ポストフロー時間Tg2経過後電磁弁14を閉じる。
【0012】
自己保持有りの場合、同図(b)に示すように、プリフロー時間Tg1、ポストフロー時間Tg2、主電流値Iw、スタート電流Isの電流値Is、クレータ電流Icの電流値Ic、アップスロープ時間Tuおよびダウンスロープ時間Tdの各値を、設定値入力部15に入力する。
【0013】
次に、自己保持有りの場合の制御装置11の動作を説明する。
制御装置11はトーチスイッチ16の開閉を監視し、トーチスイッチ16が閉になると直ちに電磁弁14を開き、プリフロー時間Tg1経過後トーチスイッチ16が開になるまで、電流値Isのスタート電流を出力する。そして、トーチスイッチ16が開になると、アップスロープ時間Tuの間に電流を主電流Iwまで増加させ、次にトーチスイッチ16が開になるまで、主電流Iwを出力する。次にトーチスイッチ16が閉になると、ダウンスロープ時間Tdの間に電流を電流値Icまで低減させる。そして、次にトーチスイッチ16が開になると、クレータ電流の供給を停止し、ポストフロー時間Tg2経過後電磁弁14を閉じる。
【0014】
また、パルス電源の場合は、主電流値Iw、スタート電流値Isおよびクレータ電流値Icに対して、それぞれ電流値Ip、Ibおよび継続時間Tp、Tbの値を入力する必要があるが、動作は直流電源の場合と同じである。
【0015】
ところで、パルス電源の場合、1種類の電流値(例えば主電流値Iw)を決めるために4個の値を設定しなければならないため、熟練した作業者にとっても、設定に時間を要していた。
そこで、1つの電流設定器(この場合、主電流値Iwを設定する電流設定器である。)で、ピーク電流の電流値Ip、ベース電流の電流値Ib、スタート電流の電流値Is、クレータ電流の電流値Icを設定できるようにした非消耗電極式のガスシールドアーク溶接電源がある(特許文献1)。
そして、特許文献1では、電流補償器を設けることにより、ベース電流の電流値Ibが定格電流の最小値Iminよりも小さくならないように、また、ピーク電流の電流値Ipが定格電流の最大値Imaxよりも大きくならないようにしている。
【0016】
また、図6(a)で示したパルス周波数を低周波パルス(0.1〜数Hz)にすると、パルス期間で母材を溶融させ、ベース期間で凝固を促進して溶融金属の溶け落ちなどを防止できるため、配管の全姿勢溶接や板厚の異なる継手の溶接が容易になる。また、中周波パルス(数十〜数百Hz)にすると、アークの硬直性、集中性の向上を図ることができるので、アークがふらつきやすい小電流溶接や高速溶接が容易になる。
そこで、低周波パルスと中周波パルスを組合せ、低周波パルスの入熱制御作用と中周波パルスのアーク集中性改善作用を同時に活用するようにした技術がある(特許文献2)。
【0017】
【特許文献1】特公平5−56236号公報
【特許文献2】特許第2935434号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
特許文献1において、ベース電流の電流値Ibが最小値Imin未満になる主電流値Iwを選択した場合、ベース電流の電流値Ibが最小値Imin以下になることはないが、ベース電流の電流値Ibが本来の値よりも大きくなるため、溶接部に供給される電流値は電流設定器で設定した値よりも大きくなってしまう。そこで、このような場合には、試し溶接を行い、溶接部に供給される電流値が所望の電流値になるように、電流設定器の設定値を小さくしていた。また、ピーク電流の電流値Ipが最大値Imaxを超える主電流値Iwを選択した場合、ピーク電流の電流値Ipが最大値Imaxを超えることはないが、ピーク電流の電流値Ipが本来の値よりも小さくなるため、溶接部に供給される電流値は電流設定器で設定した値よりも小さくなってしまう。そこで、このような場合には、試し溶接を行い、溶接部に供給される電流値が所望の電流値になるように、電流設定器の設定値を大きくしていた。
すなわち、ベース電流の電流値Ibが最小値Imin未満になる主電流値Iwを選択した場合、あるいはピーク電流の電流値Ipが最大値Imaxを超える主電流値Iwを選択した場合には、電流の設定が面倒であった。
【0019】
また、特許文献2では、種々の電流波形を形成することは可能であるが、ピーク電流の電流値Ipが最大値Imaxを超える主電流値Iwを選択した場合、あるいはベース電流の電流値Ibが最小値Imin未満になる主電流値Iwを選択した場合についての詳細な説明はない。
【0020】
本発明の目的は、操作が容易で、総ての電流値を定格電流の範囲内に納めることができる非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法および電源装置を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記の目的を達成するため、本発明の第1手段は、入力された電流値の電流を溶接部に供給するようにした非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法おいて、交互に繰り返される第1および第2の期間と、平均電流値と、電流の振幅とを定めておき、前記第1の期間は前記振幅のプラス側または増加する側の電流を、前記第2の期間は前記振幅のマイナス側または減少する側の電流を、それぞれ供給すると共に、前記第1の期間と前記第2の期間における電流値の平均値が前記平均電流値となるように制御することを特徴とする。
【0022】
また、本発明の第2の手段は、入力された電流値の電流を溶接部に供給するようにした非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における電源装置において、第1および第2の期間設定手段と、主電流値および電流の振幅設定手段と、演算手段と、判定手段と、を設け、第1の手段に記載の溶接電流の制御方法により溶接電流を制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
溶接部に供給される電流が設定値と一致し、かつ総ての電流値を定格電流の範囲内に納めることができるので、操作が容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明を図示の実施の形態に基づいて説明する。
図1は本発明に係る非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における電源装置の接続図であり、図5と同じものまたは同一機能のものは同一の符号を付して重複する説明を省略する。
スイッチ20は、パルス電流によるパルス溶接を行うか直流溶接を行うかを選択するスイッチであり、全体制御部13に接続されている。全体制御部13はスイッチング制御部12を介して、パルス溶接が選択された場合はパルス電流を、その他(パルス無し)が選択された場合は直流電流を、それぞれ溶接部に出力する。
【0025】
設定値入力部15には、第1の期間設定手段と第2の期間設定手段と、主電流値および電流の振幅設定手段とが設けられている。
【0026】
演算・判定手段21は、全体制御部13に接続されている。
【0027】
次に、本発明の動作を直流電流の場合について説明する。
加工に先立ち、設定値入力部15により、第1期間Tuと、第2の期間Td、平均電流値Iwおよび電流振幅Iyを設定する。なお、平均電流値は、上記の主電流に対応する電流値であるため電流値Iwという。また、ここでは、Tu=Tdである。
【0028】
図2は、本発明に係る主溶接時における電流波形図である。
始めに、電流の構成について説明する。なお、この電源装置の定格電流の最大値はImax、最小値はIminである。
【0029】
同図に示すように、溶接電流は第1の期間である期間Tuにおいて電流値Inから電流値Iq(ただし、Iq=In+Iy)に増加し、期間Tuに続く第2の期間である期間Tdにおいて電流値Iqから電流値Inに減少する。期間Tuと期間Tdは交互に繰り返される。
このようにすると、直流(電流がIwで一定。)の場合に比べてビード幅が広く、溶け込みが浅い溶接部を得ることができる。また、アークがいわゆるソフトなアークになる。
【0030】
ところで、平均電流値Iwと電流振幅Iyとを設定する場合、電流値Iqが定格電流の最大値を超える場合、あるいは電流値Inが定格電流の最小値Imin未満になる場合がある。
そこで、演算・判定手段21は、平均電流値Iwと電流振幅Iyが設定されると直ちに設定された平均電流値Iwに1/2Iyを加算し、Iw+1/2Iy>Imaxの場合は、設定された電流幅Iyをキャンセルして電流値Iq=Imaxとすると共に、電流値InをIn=Iw−(Imax−Iw)に変更する。
また、設定されたIwから1/2Iyを減算し、Iw−1/2Iy<Iminの場合は設定された電流幅Iyをキャンセルして電流値In=Iminとすると共に、電流値IqをIq=Iw+(Iw−Imin)に変更する。
この結果、平均電流Iwが変化することはなく、また、電流値が電源装置の定格電流範囲から外れることもない。
【0031】
なお、この実施形態では、直流電流の場合について説明したが、図3に示すように、パルス溶接におけるピーク電流Ipあるいはベース電流に適用することができる。ここで、図3(a)は本発明をピーク電流Ipに適用した場合、(b)はベース電流Ibに適用した場合、(c)はピーク電流Ipとベース電流Ibに適用した場合である。なお、制御については、上記の説明から容易に実施できるので、詳細な説明を省略する。
【0032】
また、以上では電流波形が振幅Iyの範囲内で三角波になる場合について説明したが、図4に示すように、本発明を矩形波にすることもできる。ここで、図4(a)は本発明をパルス溶接におけるピーク電流Ipに適用した場合、(b)はベース電流Ibに適用した場合、(c)はピーク電流Ipとベース電流Ibに適用した場合である。なお、制御については、上記の説明から容易に実施できるので、詳細な説明を省略する。
【0033】
なお、以上の説明では、期間Tu=Tdとしたが、期間Tu≠Tdにしてもよい。
期間Tu≠Tdにする場合であっても、平均電流Iwは演算により容易に求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明に係る非消耗電極式ガスシールドアーク溶接電源の接続図である。
【図2】本発明に係る主溶接時における電流波形図である。
【図3】本発明に係る主溶接時における電流波形図である。
【図4】本発明に係る主溶接時における電流波形図である。
【図5】従来の直流の非消耗電極式のガスシールドアーク溶接電源の接続図である。
【図6】ガスシールドアーク溶接電源の代表的な出力電流波形を示す図である。
【図7】直流電源の場合の溶接時におけるタイミングチャートである。
【符号の説明】
【0035】
Tu 第1の期間
Td 第2の期間
Iw 平均電流値
Iy 振幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力された電流値の電流を溶接部に供給するようにした非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法おいて、
交互に繰り返される第1および第2の期間と、平均電流値と、電流の振幅とを定めておき、前記第1の期間は前記振幅のプラス側または増加する側の電流を、前記第2の期間は前記振幅のマイナス側または減少する側の電流を、それぞれ供給すると共に、前記第1の期間と前記第2の期間における電流値の平均値が前記平均電流値となるように制御することを特徴とする非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法。
【請求項2】
前記振幅内の電流の立ち上がりおよび立ち下がりを緩やかにすることにより前記振幅内の電流波形を三角波にすることを特徴とする請求項1に記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法。
【請求項3】
前記振幅内の電流の立ち上がりおよび立ち下がりを急峻かつ前記振幅の端部で一定値とすることにより前記振幅内の電流波形を矩形波にすることを特徴とする請求項1に記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法。
【請求項4】
前記振幅の最大値が定格電流の最大値を超える場合は、前記振幅の最大値を前記最大値にすると共に、前記主電流値が維持されるように前記振幅を小さくすることを特徴とする請求項1に記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法。
【請求項5】
前記振幅の最小値が定格電流の最小値未満になる場合は、前記振幅の最小値を前記最小値にすると共に、前記主電流値が維持されるように前記振幅を小さくすることを特徴とする請求項1に記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法。
【請求項6】
前記第1および第2の期間がパルス溶接におけるパルス期間および/またはベース期間の一部であることを特徴とする請求項1に記載の非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における溶接電流の制御方法。
【請求項7】
入力された電流値の電流を溶接部に供給するようにした非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における電源装置において、
第1および第2の期間設定手段と、主電流値および電流の振幅設定手段と、演算・判定手段と、を設け、請求項1ないし請求項6に記載の溶接電流の制御方法により溶接電流を制御することを特徴とする非消耗電極式ガスシールドアーク溶接における電源装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−26669(P2006−26669A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−206512(P2004−206512)
【出願日】平成16年7月13日(2004.7.13)
【出願人】(000233332)日立ビアメカニクス株式会社 (237)
【Fターム(参考)】