説明

非破壊検査用標準供試体及びその製造方法

【課題】管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体を提供する。
【解決手段】管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体10であって、炭素鋼で形成され、貫通孔15を有する供試体本体12と、貫通孔15に挿入され、CrーMo鋼で形成された管体14とを備え、管体14の外周面と、供試体本体12における貫通孔15の内周面との間に隙間17が設けられ、管体14の長手方向における一端側の外周面と、供試体本体12の貫通孔の長手方向における一端側の内周面との間を全周に亘って溶接した溶接部18を有し、溶接部18は、隙間17に重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液を注入し、応力腐食割れにより導入された亀裂状欠陥を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非破壊検査用標準供試体及びその製造方法に係り、特に、化学プラント用チューブリアクタ等の管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学プラント用チューブリアクタや加圧水型原子炉(Pressurized Water Reactor ,PWR)用蒸気発生器等では、反応媒体や高温水等が通る多数の管体が管板に溶接固定されている。これらの多数の管体は、管板に設けられた穴に各々挿通されており、管端が管板と全周に亘って溶接されてシールされている。
【0003】
管端と管板との溶接された部分である管端溶接部に生じたブローホールや介在物等の欠陥を検査するために、放射性透過試験等の非破壊検査が行われている。特許文献1には、熱交換器、多管式反応器などにおいて、管体と、この管体を支持する管板との溶接状態や溶接欠陥の有無を検査するための放射線透過試験方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−180647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、放射線透過試験等の非破壊検査では、ブローホールや介在物のように体積の大きい欠陥は、比較的検出されやすいが、溶接割れや応力腐食割れ等の亀裂状欠陥は亀裂容積が小さいため検出され難い。そのため、従来の非破壊検査方法では、亀裂状欠陥の大きさ等を特定するのが難しいという問題がある。
【0006】
そこで、本発明の目的は、管端溶接部に発生した亀裂状欠陥をより精度良く非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る非破壊検査用標準供試体は、管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体であって、炭素鋼で形成され、貫通孔を有する供試体本体と、前記貫通孔に挿入され、CrーMo鋼で形成された管体と、を備え、前記管体の外周面と、前記供試体本体における貫通孔の内周面との間に隙間が設けられ、前記管体の長手方向における一端側の外周面と、前記供試体本体の貫通孔の長手方向における一端側の内周面との間を全周に亘って溶接した溶接部を有し、前記溶接部は、前記隙間に重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液を注入し、応力腐食割れにより導入された亀裂状欠陥を有していることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る非破壊検査用標準供試体の製造方法は、管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体の製造方法であって、貫通孔を有する供試体本体を炭素鋼で形成し、管体をCrーMo鋼で形成する工程と、前記管体を前記貫通孔に挿入し、前記管体の外周面と前記貫通孔の内周面との間に隙間を設けて前記管体を位置決めする工程と、前記管体の長手方向における一端側の外周面と、前記貫通孔の一端側の内周面との間を全周に亘って溶接し、予備供試体を形成する工程と、前記隙間に重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液を注入し、前記予備供試体を250℃に加熱して、前記予備供試体の溶接部に応力腐食割れによる亀裂状欠陥を導入する工程と、を備えることを特徴とする。
【0009】
本発明に係る非破壊検査用標準供試体の製造方法において、前記亀裂状欠陥を導入する工程は、前記予備供試体を金属製容器に入れ、前記予備供試体と前記金属製容器との間の空間及び前記管体の管内に、重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した熱媒体が注入されて前記予備供試体が加熱されることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
上記構成によれば、管体と供試体本体の貫通孔との間の隙間に、重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液を注入し、管体と供試体本体との溶接部に応力腐食割れによる亀裂状欠陥を人工的に導入した非破壊検査用標準供試体を製造できるので、化学プラント用チューブリアクタ等の実機における管端溶接部の非破壊検査結果と、非破壊検査用標準供試体の非破壊検査結果と比較することにより実機の管端溶接部に発生した亀裂状欠陥をより精度良く特定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施の形態において、非破壊検査用標準供試体の構成を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態において、非破壊検査用標準供試体の構成を示す断面図である。
【図3】本発明の実施の形態において、非破壊検査用標準供試体における製造工程のフローチャートである。
【図4】本発明の実施の形態において、供試体本体の貫通孔に管体を挿入して位置決めした状態を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態において、予備供試体の構成を示す断面図である。
【図6】本発明の実施の形態において、亀裂状欠陥の導入方法を示す模式図である。
【図7】本発明の実施の形態において、予備供試体を金属製容器に入れて腐食液と熱媒体とを注入した状態を示す断面図である。
【図8】本発明の実施の形態において、溶接継手の製作方法を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態において、溶接後の冷却条件を変えた各試験片の各部位における表面の硬度分布を示すグラフである。
【図10】本発明の実施の形態において、曲げ治具の構成を示す断面図である。
【図11】本発明の実施の形態において、応力腐食割れ試験の結果を示すグラフである。
【図12】本発明の実施の形態において、応力腐食割れが発生した試験片の外観写真である。
【図13】本発明の実施の形態において、図12の応力腐食割れの部位の表面を拡大した写真である。
【図14】本発明の実施の形態において、図12の応力腐食割れの部位の断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施の形態について図面を用いて詳細に説明する。図1は、非破壊検査用標準供試体10の構成を示す斜視図である。図2は、非破壊検査用標準供試体10の構成を示す断面図であり、図2(a)は、非破壊検査用標準供試体10の全体構成を示す断面図であり、図2(b)は、非破壊検査用標準供試体10の溶接部を拡大した断面図である。
【0013】
非破壊検査用標準供試体10は、加圧水型原子炉用蒸気発生器、熱交換器または化学プラント用チューブリアクタ等の実機における管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するために標準供試体として使用される。非破壊検査用標準供試体10は、供試体本体12と、管体14とを備えている。
【0014】
供試体本体12は、矩形状等に炭素鋼で形成されている。供試体本体12には、一端面から他端面まで貫通する貫通孔15が形成されている。貫通孔15は、その長手方向に対して直交する方向の断面が円形状に形成されている。
【0015】
管体14は、円筒状等にCrーMo鋼(クロム−モリブデン鋼)で形成されている。管体14は、供試体本体12の貫通孔15に貫通孔15と軸心を揃えて挿入されている。
【0016】
管体14は、放射方向外方へ突出した突出部16を有している。管体14は、突出部16を貫通孔15の内周面に当接させることにより供試体本体12に位置決めされている。突出部16は、周方向の2箇所に設けられている。突出部16は、管体14の周方向の同一円周上に対向させるようにして設けられていることが好ましい。突出部16は、管体14の周方向に3箇所以上設けてもよい。突出部16が貫通孔15の内周面と当接しているので、管体14は、突出部16と貫通孔15の内周面との摩擦により位置ズレが抑えられている。
【0017】
管体14の外周面と貫通孔15の内周面との間には、隙間17が設けられている。隙間17は、周方向に同じ幅で設けられることが好ましい。隙間17は、後述する腐食液27を注入可能な幅で設けられている。隙間17の幅(管体14の外周面と貫通孔15の内周面との間の間隔)は、例えば、0.2mmから0.5mmである。
【0018】
管体14は、その長手方向の一端が供試体本体12と溶接されて固定されている。溶接部18は、管体14の長手方向における一端側の外周面と、供試体本体12の貫通孔15の長手方向における一端側の内周面との間を全周に亘って溶接シールして形成されている。
【0019】
溶接部18は、溶接により肉盛された肉盛部19と、肉盛部19と管体14との接続部位と、肉盛部19と供試体本体12との接続部位とを含んでおり、肉盛部19だけでなく、肉盛部19の近傍のように溶接により熱影響を受ける領域も含んでいる。また、溶接シールすることにより、隙間17に後述する腐食液27を注入しても溶接部18から腐食液27が漏れないようにされている。
【0020】
溶接部18には、隙間17に腐食液27を注入して応力腐食割れにより導入した亀裂状欠陥20が形成されている。亀裂状欠陥20は、例えば、管体14と肉盛部19との接続領域に形成されている。亀裂状欠陥20は、例えば、100μmから500μmの長さで形成されている。
【0021】
次に、非破壊検査用標準供試体10の製造方法について説明する。
【0022】
図3は、非破壊検査用標準供試体10における製造工程のフローチャートである。非破壊検査用標準供試体10の製造工程は、供試体本体12と管体14とを準備する準備工程(S10)と、管体14を供試体本体12に位置決めする位置決め工程(S12)と、管体14を供試体本体12に溶接する溶接工程(S14)と、溶接部18に亀裂状欠陥20を導入する亀裂状欠陥導入工程(S16)と、を備えている。
【0023】
準備工程(S10)は、供試体本体12と管体14とを準備する工程である。供試体本体12は、例えば、板厚100mmの炭素鋼の板材から、幅100mm×長さ100mmのブロック状に切り出して形成される。炭素鋼には、例えば、溶接構造用圧延鋼材であるSM490が用いられる。
【0024】
供試体本体12の一端面から一端面と対向する他端面までドリル等で穿孔して貫通孔15が形成される。貫通孔15は、管体14を貫通孔15に挿入したときに、貫通孔15の内周面と管体14の外周面との間に、例えば、0.2mmから0.5mmの隙間17が設けられるように形成される。
【0025】
管体14は、チューブ状にCrーMo鋼で形成される。CrーMo鋼には、例えば、2.25Cr−1Mo鋼が用いられる。管体14にCrーMo鋼を使用するのは、応力腐食割れ(SCC)感受性が高いので応力腐食割れによる亀裂状欠陥を入れやすいからである。管体14は、金属材料の一般的な塑性加工である押出し成形等で成形される。管体14は、例えば、外径が20mmとなるように成形される。
【0026】
位置決め工程(S12)は、管体14を供試体本体12の貫通孔15に挿入して位置決めする工程である。図4は、供試体本体12の貫通孔15に管体14を挿入して位置決めした状態を示す図であり、図4(a)は、管体14が供試体本体12に位置決めされた状態を示す断面図であり、図4(b)は、管体14が供試体本体12に位置決めされた状態を示す上面図である。
【0027】
管体14は、突出部16を貫通孔15の内周面に当接させて位置決めされる。また、管体14は、管体14の長手方向の一端が供試体本体12の下端と略同じ位置となるように位置決めされる。突出部16は、後述する腐食液27の流路を確保するために周方向の一部に設けられる。突出部16は、例えば、管体14の管内に金属加工治具を挿入し、管体14を放射方向外方へ塑性変形させて形成される。突出部16は、管体14の外周面と貫通孔15の内周面との間の隙間17が周方向で略同じになるようにして形成される。
【0028】
このように、管体14は、突出部16を貫通孔15の内周面と当接させることにより、管体14の外周面と貫通孔15の内周面との間に腐食液27が注入可能な隙間17を設けて位置決めされる。また、突出部16が貫通孔15の内周面と当接しているので、摩擦により管体14の位置ズレが抑えられている。
【0029】
溶接工程(S14)は、管体14を供試体本体12に溶接して予備供試体を形成する工程である。図5は、予備供試体21の構成を示す断面図である。管体14の長手方向における一端側の外周面と、貫通孔15の一端側の内周面との間を全周に亘って溶接してシールし、予備供試体21を形成する。溶接方法には、例えば、アーク溶接やTIG溶接等が用いられる。溶接棒には、炭素鋼等を用いることができる。また、管体14がCrーMo鋼で形成されているので、CrーMo鋼を溶融させるために、入熱を多くすると共に、溶接棒の供給を少なめにすることが好ましい。溶接は、例えば、2パス等で行われる。
【0030】
溶接部18の硬度は、ビッカース硬度でHV400より大きいことが好ましい。溶接部18の硬度をHV400より大きくすることにより溶接部18の残留応力がより大きくなるので、溶接部18に残留応力を応力源とする応力腐食割れによる亀裂状欠陥20を入れやすくなる。溶接部18を更に硬化させるために、溶接前に供試体本体12を十分に冷却しておくことが好ましい。例えば、溶接前に、予め供試体本体12をドライアイスと液体窒素とを含む浴槽(バス)に浸漬等させて冷却しておけばよい。また、溶接直後に予備供試体21を水冷して溶接部18を硬化させてもよい。更に、溶接部18の硬度がHV400以下である場合には、予備供試体21を熱処理して焼きを入れることにより溶接部18を硬化させてもよい。
【0031】
亀裂状欠陥導入工程(S16)は、予備供試体21の溶接部18に亀裂状欠陥20を導入する工程である。亀裂状欠陥20は、溶接部18に応力腐食割れを生じさせて導入される。図6は、亀裂状欠陥20の導入方法を示す模式図である。
【0032】
金属製容器24は、予備供試体21を収容できる大きさで炭素鋼等で形成されている。金属製容器24は、例えば、予備供試体21を挿入可能な大きさの管材に底板を溶接し、応力除去焼鈍処理して成形される。金属製容器24の外側には、リボンヒータ等からなるヒータ26が設けられている。また、金属製容器24には熱電対等の温度計測器(図示せず)が取り付けられており、制御装置(図示せず)によりヒータ26を制御して金属製容器24内の温度調節が可能にされている。また、予備供試体21には、金属製容器24への出し入れを容易に行うために供試体本体12に吊り金具22が取り付けられている。
【0033】
次に、予備供試体21を金属製容器24内にセットする。そして、管体14の外周面と貫通孔15の内周面との間の隙間17に腐食液27を注入する。金属製容器24と予備供試体21との間の空間と、管体14の管内とには、熱媒体28を入れる。図7は、予備供試体21を金属製容器24に入れて腐食液27と熱媒体28とを注入した状態を示す断面図である。
【0034】
腐食液27には、重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液(溶融塩、融点は約200℃)が用いられる。50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液を250℃に加熱して所定時間保持することにより、溶接部18に応力腐食割れを発生させることができる。50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液は、管体14の外周面と貫通孔15の内周面との間の隙間17に注入するために、予め200℃以上に加熱して溶融させてから注入される。
【0035】
熱媒体28には、重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液(溶融塩、融点は約150℃)が用いられる。50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液は、250℃で加熱されたとき溶接部18に応力腐食割れを発生させることがない。また、50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液は、熱伝導性に優れており、250℃に加熱しても蒸気圧が低く、大気圧下の開放系で加温ができるので取り扱いが容易である。50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液は、各試薬を固体状態で金属製容器24に入れた後、ヒータ26で150℃以上に加熱して溶融させてつくられる。
【0036】
このように、50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液による腐食液27と、50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液による熱媒体28とを組み合わせて用いることにより、予備供試体21を250℃に加熱して溶接部18に応力腐食割れによる亀裂状欠陥20を導入することができる。応力腐食割れにより亀裂状欠陥20を導入するための250℃での保持時間は、例えば、500時間である。また、250℃での保持時間を調節することにより、亀裂状欠陥20の大きさを変えることができる。亀裂状欠陥20をより大きく形成するためには、250℃での保持時間をより長くすればよい。
【0037】
次に、溶接部18に亀裂状欠陥20が導入されるまで予備供試体21を250℃で保持した後、予備供試体21が吊り金具22で引き上げられて洗浄される。なお、必要に応じて管体14の外周面と貫通孔15の内周面との間の隙間17を、管体14を放射方向外方に拡径(全厚拡管)して塞ぐようにしてもよい。以上により非破壊検査用標準供試体10の製造が完了する。
【0038】
次に、非破壊検査用標準供試体10を用いた非破壊検査方法について説明する。非破壊検査方法には、放射線透過試験法、超音波探傷試験法等を使用することができる。まず、実機の管端溶接部の非破壊検査条件と同じ条件で非破壊検査用標準供試体10について非破壊検査を行い、非破壊検査用標準供試体10に導入された亀裂状欠陥20の検査データを取得する。なお、亀裂状欠陥20の大きさごとに検査データをデータベース化しておくとよい。
【0039】
放射線透過試験の場合には、非破壊検査用標準供試体10の溶接部18に放射線を照射して、溶接部18を透過した放射線でフィルムを感光させる。亀裂状欠陥20の部分では透過放射線の強度が周囲より大きくなるのでフィルムが強く感光される。亀裂状欠陥20の大きさごとに、感光されたフィルムからなる検査データを取得する。超音波探傷試験の場合には、非破壊検査用標準供試体10の溶接部18の表面から超音波を内部に伝搬させる。そして、亀裂状欠陥20で反射された超音波を検出する。亀裂状欠陥20の大きさごとに、亀裂状欠陥20で反射された超音波から得られた検査データを取得する。
【0040】
次に、実機の管端溶接部について放射線透過試験または超音波探傷試験を行い、管端溶接部の検査データを取得する。そして、実機の管端溶接部の検査データと、非破壊検査用標準供試体10の亀裂状欠陥20の検査データとを比較して、実機の管端溶接部の欠陥の大きさを定量的に評価する。このようにして、実機の管端溶接部における溶接割れや応力腐食割れ等の亀裂状欠陥を精度よく検出することができる。なお、放射線透過試験と超音波探傷試験について説明したが、他の非破壊検査試験方法についても上記と同様に行うことで亀裂状欠陥の検出精度が向上する。
【0041】
また、非破壊検査用標準供試体10は、化学プラント用チューブリアクタに主に使用されている炭素鋼製管板とCr−Mo鋼製管体とを組み合わせた管端溶接部における溶接割れや応力腐食割れ等の非破壊検査だけでなく、その他の金属材料で形成された管板と管体とを組み合わせた管端溶接部の非破壊検査にも使用することができる。非破壊検査試験では、管板と管体との材質の影響よりも亀裂状欠陥による影響が大きいからである。
【0042】
例えば、非破壊検査用標準供試体10は、加圧水型原子炉用蒸気発生器に使用されているNi基合金(Alloy52)クラッド製管板とNi基合金製(Alloy690)管体とを組み合わせた管端溶接部の非破壊検査にも使用することができる。なお、加圧水型原子炉用蒸気発生器に使用されている管端溶接部は全厚拡管されているので、非破壊検査用標準供試体10の管体14を全厚拡管して隙間17を塞いだものを使用すればよい。
【0043】
更に、非破壊検査用標準供試体10によれば、重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液27を注入して応力腐食割れにより亀裂状欠陥を人工的に導入していることから、溶接部に機械加工等で欠陥を入れるよりも実際の応力腐食割れと略同じ形態の亀裂状欠陥を模擬できるので、応力腐食割れ等による亀裂状欠陥の検出精度が向上する。
【実施例】
【0044】
炭素鋼とCr―Mo鋼との溶接部に対する応力腐食割れ特性について評価した。
【0045】
まず、炭素鋼シート材と、Cr―Mo鋼シート材とを溶接して溶接継手の製作を行った。図8は、溶接継手32の製作方法を示す図であり、図8(a)は、溶接継手32の形状を示す図であり、図8(b)は、溶接条件を示す図である。
【0046】
溶接継手32は、長さ115mm×幅100mmの矩形状とした。炭素鋼シート材34には、溶接構造用圧延鋼材であるSM490を用いた。Cr―Mo鋼シート材36には、2.25Cr−1Mo鋼を用いた。そして、炭素鋼シート材34とCr―Mo鋼シート材36とを突き合わせた部位38をTIG溶接した。TIG溶接棒として、TGS−50を使用した。電流値を60(A)から100(A)とし、アーク電圧を9(V)から11(V)とした。
【0047】
TIG溶接後は、溶接部の硬度を変えるため冷却条件を変えて冷却した。第一の冷却条件では、溶接した後に空冷した。第二の冷却条件では、溶接直後に水槽に入れて水冷した。第三の冷却条件では、溶接後に空冷した後、900℃で15分間保持し、水槽に入れて水冷した。
【0048】
次に、各溶接継手32から試験片を切り出した。試験片の形状を、幅20mm×長さ50mm×板厚2mmの矩形状とした。また、各試験片について、溶接部が試験片の幅方向の略中央で、且つ試験片の長手方向に沿って位置するように各溶接継手32から切り出した。
【0049】
溶接後の冷却条件を変えた各試験片の表面硬さをビッカース硬さ試験により測定した。図9は、溶接後の冷却条件を変えた各試験片の各部位における表面の硬度分布を示すグラフである。図9に示すグラフの横軸は、幅方向の試験片の位置を表しており、グラフの縦軸は、ビッカース硬度(HV)を表している。
【0050】
第一の冷却条件(溶接後に空冷)の試験片では、特に、肉盛部とCr―Mo鋼との接続領域で高い硬度が得られた。第二の冷却条件(溶接直後に水冷)の試験片では、肉盛部、及び肉盛部とCr―Mo鋼との接続領域で硬度が高くなり、特に、肉盛部とCr―Mo鋼との接続領域でHV400より大きい硬度が得られた。第三の冷却条件(溶接後に空冷した後、900℃で15分間保持して水冷)の試験片では、炭素鋼側からCr−Mo鋼側まで、いずれも硬度が高くなり、特に、肉盛部とCr―Mo鋼との接続領域ではHV400より大きい硬度が得られた。
【0051】
このように、第二の冷却条件または第三の冷却条件で冷却することにより、第一の冷却条件で冷却するよりも溶接部での残留応力が大きくなり、特に、肉盛部とCr―Mo鋼との接続領域で硬度がより高くなる結果が得られた。
【0052】
次に、試験片を曲げ治具にセットして定ひずみ曲げを負荷した状態で応力腐食割れを評価した。
【0053】
図10は、曲げ治具の構成を示す断面図である。曲げ治具には、CBB(Creviced Bent Beam)試験治具を使用した。試験片をCBB試験治具にセットすることにより、試験片には2%の曲げひずみが負荷される。
【0054】
試験片をCBB試験治具にセットした状態で腐食候補液を入れた炭素鋼製容器に入れ、試験片を腐食候補液に浸漬した。腐食候補液には、NaNO試薬(昭和化学株式会社製、亜硝酸ナトリウム、コード番号1950−4260)NaNO試薬(昭和化学株式会社製、硝酸ナトリウム、コード番号1949−8289)、KNO試薬(昭和化学株式会社製、硝酸カリウム、コード番号1642−4280)を所定の混合比で混合した混合液(溶融塩)を使用した。なお、各試薬には、1級試薬を使用した。また、炭素鋼製容器の加熱温度を150℃から550℃とし、浸漬時間を500時間とした。そして、500時間浸漬後に、炭素鋼製容器からCBB試験治具を取り出して試験片を観察した。
【0055】
図11は、応力腐食割れ試験の結果を示すグラフである。図11に示すグラフの横軸は、NaNO試薬とNaNO試薬とKNO3、試薬との合計に対するNaNO試薬の重量比での割合を表しており、グラフの縦軸は、加熱温度を表している。また、白丸のデータは、応力腐食割れが発生しなかったものを示しており、黒菱形(大)のデータと黒菱形(小)のデータとは、応力腐食割れが発生したものを示している。
【0056】
また、白丸のデータと黒菱形(大)のデータとは、第一の冷却条件(溶接後に空冷)の試験片についての試験結果であり、黒菱形(小)のデータは、第二の冷却条件(溶接直後に水冷)及び第三の冷却条件(溶接後に空冷した後、900℃で15分間保持して水冷)の試験片(溶接部を更に硬化させたもの)についての試験結果を示している。
【0057】
図11のグラフから明らかなように、NaNO試薬を含まず、NaNO試薬及びKNO3、試薬を混合した混合液の場合には、加熱温度250℃で応力腐食割れが発生した。また、溶接部を更に硬化させた場合には、NaNO試薬を含まず、NaNO試薬及びKNO3、試薬を混合した混合液の場合だけでなく、5%のNaNO試薬を含んでいる混合液でも加熱温度250℃で応力腐食割れが発生した。なお、その他については、応力腐食割れの発生が認められなかった。
【0058】
表1は、図11のグラフのデータの一部をまとめた表である。50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液を用いて250℃で加熱したものは、溶接部のCr−Mo鋼側で応力腐食割れが発生した。また、50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液を用いた場合には、加熱温度200℃から300℃の場合にも応力腐食割れが発生しなかった。
【表1】

【0059】
図12は、応力腐食割れが発生した試験片の外観写真である。図13は、図12の応力腐食割れの部位の表面を拡大した写真である。図14は、図12の応力腐食割れの部位の断面写真である。このように、50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液を用いて250℃で加熱したものは、Cr−Mo鋼粗粒の溶接熱影響部(HAZ)に粒界応力腐食割れによる亀裂状欠陥が発生した。
【0060】
以上の評価試験結果から、応力腐食割れを発生させる腐食液27として50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液を用いることにより、溶接部18に亀裂状欠陥20を導入することが可能になる。また、50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液を用いた場合には、応力腐食割れを生じないので熱媒体28として使用することができる。
【0061】
次に、非破壊検査用標準供試体10の製造を行った。
【0062】
炭素鋼SM490で形成された板厚100mmの板材から、幅100mm×長さ100mmで切り出し炭素鋼製ブロック(供試体本体12)を作製した。炭素鋼製ブロックの略中央をドリルで穿孔して、内径21mmの貫通孔を形成した。2.25Cr−1Mo鋼でCr−Mo鋼製管体(管体14)を押出し加工で成形した。Cr−Mo鋼製管体の外径を20mmとし、長さを150mmとした。
【0063】
次に、炭素鋼製ブロックの貫通孔にCr−Mo鋼製管体を挿入し、Cr−Mo鋼製管体の管内から加工治具を挿入して、周方向の一部を放射方向外方へ突出させて突出部を形成した。突出部は、周方向に間隔を空けて同一円周上に2箇所に設けた。そして、突出部を貫通孔の内周面に当接させて、Cr−Mo鋼製管体の位置決めを行った。また、Cr−Mo鋼製管体の外周面と貫通孔の内周面との間のルートギャップ(隙間17)は0.2mmとし、周方向でルートギャップが略等しくなるようにした。
【0064】
次に、Cr−Mo鋼製管体の長手方向における一端側の外周面と、炭素鋼製ブロックの貫通孔の長手方向における一端側の内周面とをTIG溶接して周方向に亘ってシールしてモックアップ(予備供試体21)を形成した。溶接棒には、TGS―50を使用した。なお、溶接条件は、図8(b)に示す溶接条件と略同じ条件とした。
【0065】
次に、モックアップを炭素鋼製容器に入れ、応力腐食割れによる亀裂状欠陥の導入を行った。炭素鋼製容器は、内径200mmの有底円筒状とした。そして、モックアップを炭素鋼製容器に入れてセットした。
【0066】
炭素鋼製容器とモックアップとの間の空間と、Cr−Mo鋼製管体の管内とに重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合したものを入れた後、炭素鋼製容器を加熱して溶融させて熱媒体とした。次に、予め200℃以上に加熱して溶融させた重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した混合液からなる腐食液をCr−Mo鋼製管体の外周面と貫通孔の内周面との間のルートギャップに注入した。そして、250℃で500時間保持することにより、溶接部に亀裂状欠陥を導入して非破壊検査用標準供試体を製造した。
【符号の説明】
【0067】
10 非破壊検査用標準供試体、12 供試体本体、14 管体、15 貫通孔、16 突出部、17 隙間、18 溶接部、19 肉盛部、20 亀裂状欠陥、21 予備供試体、22 吊り金具、24 金属製容器、26 ヒータ、27 腐食液、28 熱媒体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体であって、
炭素鋼で形成され、貫通孔を有する供試体本体と、
前記貫通孔に挿入され、CrーMo鋼で形成された管体と、
を備え、
前記管体の外周面と、前記供試体本体における貫通孔の内周面との間に隙間が設けられ、
前記管体の長手方向における一端側の外周面と、前記供試体本体の貫通孔の長手方向における一端側の内周面との間を全周に亘って溶接した溶接部を有し、
前記溶接部は、前記隙間に重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液を注入し、応力腐食割れにより導入された亀裂状欠陥を有していることを特徴とする非破壊検査用標準供試体。
【請求項2】
管端溶接部における亀裂状欠陥を非破壊検査で検出するための非破壊検査用標準供試体の製造方法であって、
貫通孔を有する供試体本体を炭素鋼で形成し、管体をCrーMo鋼で形成する工程と、
前記管体を前記貫通孔に挿入し、前記管体の外周面と前記貫通孔の内周面との間に隙間を設けて前記管体を位置決めする工程と、
前記管体の長手方向における一端側の外周面と、前記貫通孔の一端側の内周面との間を全周に亘って溶接し、予備供試体を形成する工程と、
前記隙間に重量比で50%NaNOと50%KNOとを混合した腐食液を注入し、前記予備供試体を250℃に加熱して、前記予備供試体の溶接部に応力腐食割れによる亀裂状欠陥を導入する工程と、
を備えることを特徴とする非破壊検査用標準供試体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2012−163478(P2012−163478A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−24943(P2011−24943)
【出願日】平成23年2月8日(2011.2.8)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】