説明

頻尿および尿失禁の予防・治療剤

【課題】 本発明は、β−アドレナリン受容体剌激作用薬を有効成分として含有する新規な頻尿および尿失禁の予防・治療剤を提供する。
【解決手段】 本発明は、強力なヒト膀胱平滑筋の弛緩作用を発揮する、β−アドレナリン受容体剌激作用薬を有効成分として含有する新規な頻尿および尿失禁の予防・治療剤に関するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−アドレナリン受容体刺激作用薬を有効成分として含有する頻尿および尿失禁の予防・治療剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
膀胱に関連する疾患である頻尿および尿失禁には、現在主として抗コリン剤が処方されているが、抗コリン剤は口渇、便秘、散瞳などの副作用の問題が指摘されており、高齢者の頻尿および尿失禁治療においては、抗コリン剤だけでは効果が不十分であるという報告がある。また、β−アドレナリン受容体刺激薬のクレンブテロールは腹圧性尿失禁に使用されているが、その他の頻尿や切迫性尿失禁に対しては効果があるとの報告はない。このように、従来の頻尿および尿失禁治療剤は臨床上満足できるものではないため、膀胱平滑筋に効果的に作用する他のタイプの薬剤の登場が大いに嘱望されていた。
【0003】
それ故、ヒトの膀胱平滑筋に対してより有効に作用する薬剤を開発すべく、ヒトの膀胱平滑筋における各種受容体の分布状態の早期解明が待望されていた。β−アドレナリン受容体として、β、βおよびβの3種類のサブタイプの存在が知られており、それぞれのβ−アドレナリン受容体サブタイプは特定の臓器に分布している。例えば、β−アドレナリン受容体は主として心臓に存在し、その刺激は心機能を充進する。β−アドレナリン受容体は主として気管支、末梢血管、子宮に存在し、受容体刺激によりそれら平滑筋は弛緩する。また、β−アドレナリン受容体が消化管、脂肪細胞などに存在し、β−アドレナリン受容体の刺激により消化管平滑筋の弛緩、脂肪組織における脂肪分解、熱産生等が引き起こされることが近年報告されている。
【0004】
概して器官または組織における各種受容体のサブタイプの分布状態は生物種に依存して決定されるものであり、その種類により異同が存在する。膀胱におけるβ−アドレナリン受容体としては、例えば、ラットやウサギではβ−アドレナリン受容体が支配的であることが報告されている(非特許文献1及び2等)。これまでヒトの膀胱に関しても同様に主としてβ−アドレナリン受容体が存在すると考えられていた(非特許文献2)。
【非特許文献1】自律神経,26巻,380〜387ページ(1989年)
【非特許文献2】The Journal of Urology,139巻,844〜848ページ(1988年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、β−アドレナリン受容体刺激作用薬を有効成分として含有する頻尿および尿失禁の予防・治療剤に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、β−アドレナリン受容体刺激作用薬を有効成分として含有する頻尿および尿失禁の予防・治療剤に関するものである。本発明は、β−アドレナリン受容体刺激作用薬を投与することによる頻尿および尿失禁の予防・治療方法に関するものである。また、本発明は、頻尿および尿失禁の予防・治療用の薬剤の製造のためのβ−アドレナリン受容体刺激作用薬の使用に関するものである。更にまた、本発明は、β−アドレナリン受容体刺激作用薬の頻尿および尿失禁の予防・治療剤としての使用に関するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明者らは、ヒトの膀胱平滑筋のβ−アドレナリン受容体のサブタイプの存在について検討すべく、ヒト膀胱平滑筋に対する薬物の作用について鋭意研究した結果、驚くべきことに、ヒト膀胱平滑筋には主としてβ−アドレナリン受容体が存在するという画期的な知見を得、本発明を成すに至った。即ち、ヒトの膀胱平滑筋を用い、非選択的β−アドレナリン受容体刺激薬としてイソプロテレノールを、選択的β−アドレナリン受容体部分刺激薬(β,β−アドレナリン受容体に対しては遮断薬)としてCGP−12,177A塩酸塩〔化学名:(±)−4−〔3−〔(1,1−ジメチルエチル)アミノ〕−2−ヒドロキシプロポキシ〕−1,3−ジヒドロ−2H−ベンズイミダゾール−2−オン・塩酸塩〕(Molecular Pharmacology,44巻,1094〜1104ページ(1993年))を、選択的β−アドレナリン受容体遮断薬としてメトプロロール酒石酸塩〔化学式:(±)−1−イソプロピルアミノ−3−〔p−(β−メトキシエチル)フェノキシ〕−2−プロパノール・(+)−酒石酸塩〕を、選択的β−アドレナリン受容体遮断薬としてICI−118,551塩酸塩〔化学名:(±)−1−〔(2,3−ジヒドロ−7−メチル−1H−インデン−4−イル)オキシ〕−3−〔(1−メチルエチル)アミノ〕−2−ブタノール・塩酸塩〕および非選択的β−アドレナリン受容体遮断薬としてブプラノロール〔化学式:1−(2−クロロ−5−メチルフェノキシ)−3−〔(1,1−ジメチルエチル)アミノ〕−2−プロパノール〕をそれぞれ用いた下記の種々の実験により、本発明者らはヒトの膀胱平滑筋にはβ−アドレナリン受容体が支配的であるという新事実を確認した。
【0008】
まず、ヒトの膀胱平滑筋を用いて、静止時張力に対する薬物の効果を調べたところ、選択的β−アドレナリン受容体部分刺激薬のCGP−12,177A塩酸塩が明らかな平滑筋弛緩作用を有することを確認した。この結果は、ヒトの膀胱には、β−アドレナリン受容体が存在することを示すものである。
【0009】
さらには、ヒトの膀胱平滑筋を用いた同様の試験において、イソプロテレノール単独使用とイソプロテレノール/各種β−アドレナリン受容体遮断薬併用の効果を比較したところ、選択的β−アドレナリン受容体遮断薬のメトプロロール酒石酸塩あるいは選択的β−アドレナリン受容体遮断薬のICI−118,551塩酸塩によっては、イソプロテレノロールの膀胱平滑筋弛緩作用は全く遮断されないが、非選択的β−アドレナリン受容体遮断薬のブプラノロールで遮断されることを確認した。この結果はヒトの膀胱には主としてβ−アドレナリン受容体が存在することを明確に示すものである。
【0010】
このように、ヒトの膀胱には主としてβ−アドレナリン受容体が存在することを確認した。即ち、β−アドレナリン受容体刺激作用薬は、従来の薬剤では得られなかった臨床的に満足できる充分な膀胱の弛緩効果を発揮し、新規なタイプの膀胱疾患による頻尿および尿失禁の予防・治療剤として非常に有用であることを見いだした。
【0011】
本発明は少なくともβ−アドレナリン受容体刺激作用を持つ薬剤を有効成分として含有する頻尿および尿失禁の予防・治療剤に関するものである。本発明における尿失禁としては、例えば、切迫性尿失禁、腹圧性尿失禁などをあげることができる。
【0012】
本発明のβ−アドレナリン受容体刺激作用を持つ薬剤は効率的な膀胱弛緩作用を有し、膀胱容量を増大させ蓄尿量を増加させることから、特に膀胱機能に起因する頻尿および切迫性尿失禁に有効である。好ましくは、より効率的かつ効果的に作用させるため、選択性の高いβ−アドレナリン受容体刺激作用を持つ薬剤が望ましい。更に、β−アドレナリン受容体は消化管、脂肪細胞にも存在しているので、頻尿および尿失禁の予防および治療剤として用いるには、膀胱に対する臓器特異性ないし膀胱β−アドレナリン受容体親和性が高いものがより好ましい。また、外尿道括約筋にはβ−アドレナリン受容体が存在し、その受容体刺激が外尿道括約筋を収縮させ、蓄尿機能の保持に深く関係していることが報告されていることから、外尿道括約筋の機能に起因する腹圧性尿失禁の予防及び治療剤として用いる場合は、β−アドレナリン受容体刺激作用を併せ持つβ−アドレナリン受容体刺激薬がより有効である。β−アドレナリン受容体刺激作用のEC50値は、フェレットの膀胱を用いた平滑筋の弛緩作用を後述する通常行われている方法により測定することができ、例えば、CGP−12,177A塩酸塩のEC50値は8.1x10-8(M)である。
【0013】
望ましくは、心臓への負担を軽減し、頻脈等の副作用を惹起させないため、心機能の亢進作用を示すβ−アドレナリン受容体刺激作用が著しく減弱した薬剤が好ましい。
【実施例】
【0014】
本発明の内容を以下の実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はその内容に限定されるものではない。
【0015】
ヒト膀胱平滑筋切片における収縮力の測定
(1) 平滑筋標本の作製
膀胱摘出の際に得られたヒト膀胱を使用した。周囲の脂肪組織および粘膜を丁寧に剥離したのち縦走筋方向に、長さ約1.5cm、幅約3mmの膀胱平滑筋標本を作製して使用した。
(2) 実験条件
栄養液;Krebs−Henseleit solution:NaCl(118mM),KCl(4.7mM),CaCl2(2.5mM),NaHCO3(25.0mM),MgSO4(1.2mM),KH2PO4(1.2mM),glucose(11.1mM)
初期張力約1gを負荷し、静止時張力に対する作用検討を行った。
測定条件;恒温槽は37℃に保ち、95%O+5%COでバブリングを行った。
薬物処置法;薬物は約5分ごとに、累積的に添加した。
薬効評価;薬物処置前の張力を100%,フォルスコリン10−5M処置後の最大弛緩時張力を0%として評価した。
【0016】
実施例1
ヒトの膀胱平滑筋を用いて、上記の方法により以下の薬物の膀胱弛緩効果を測定した。
使用薬物:(1)イソプロテレノール(2)CGP−12,177A塩酸塩
その結果は以下の第1図に示す通りである。即ち、非選択的β−アドレナリン受容体刺激薬イソプロテレノールに加えて選択的β−アドレナリン受容体部分刺激薬CGP−12,177A塩酸塩も明らかな膀胱平滑筋弛緩作用を示した。このことは、ヒトの膀胱平滑筋の弛緩には、β−アドレナリン受容体が関与していることを示している。
【0017】
実施例2
ヒトの膀胱平滑筋を用いて、上記の方法により、以下の薬物を用いてβ−アドレナリン受容体刺激薬とβ−アドレナリン受容体遮断薬との相互作用を検討した。
使用薬物:(1)イソプロテレノール(2)メトプロロール酒石酸塩(3)ICI−118,551塩酸塩(4)ブプラノロール
その結果は以下の第2図に示す通りである。即ち、選択的β−アドレナリン受容体遮断薬のメトプロロール酒石酸塩を100nMまたは選択的β−アドレナリン受容体遮断薬のICI−118,551塩酸塩を100nM前処置してもイソプロテレノールの膀胱弛緩作用は全く影響を受けなかった。一方、非選択的β−アドレナリン受容体遮断薬のブプラノロールを1μM前処置するとイソプロテレノールの膀胱弛緩作用は明らかに減弱した。この知見からも、ヒトの膀胱平滑筋の弛緩には、βおよびβ−アドレナリン受容体は殆ど関与せず、ヒトの膀胱平滑筋の弛緩には、主としてβ−アドレナリン受容体が関与していることが判る。
【0018】
実施例3
β−アドレナリン受容体刺激作用測定試験
(摘出フェレット膀胱の静止時張力に対する薬物の作用)
フェレットの膀胱を摘出し、長さ約10mm、幅約2mmの膀胱平滑筋標本を作製しMagnus法に準じて実験を行った。標本は37℃で95%の酸素と5%の炭酸ガスの混合ガスを通気したKrebs−Henseleit液中に懸垂し1gの負荷をかけた。膀胱静止時張力は圧トランスデューサーを介して等尺性に導入し、レクチグラム上に記録した。薬物は約5分毎に累積的にマグヌス管内に加えた。薬効評価は、薬物処置前の張力を100%、フォルスコリン10−5M処置後の最大弛緩時張力を0%とし、50%弛緩する薬物濃度をEC50値として評価した。
【0019】
実施例4
β−アドレナリン受容体刺激作用測定試験
(摘出妊娠子宮自動運動に対する薬物の作用)
SD系妊娠ラット(妊娠21日目)の子宮を摘出し、胎盤付着部を避けて縦走筋方向に幅約5mm、長さ約15mmの標本を作製しMagnus法に準じて実験を行った。標本は37℃で95%の酸素と5%の炭酸ガスの混合ガスを通気したLocke−Ringer液中に懸垂し1gの負荷をかけた。子宮自動運動は圧トランスデューサーを介して等尺性に導入し、レクチグラム上に記録した。薬物は5分毎に累積的にマグヌス管内に加えた。薬効評価は、薬物の添加前5分間の子宮収縮高の和と薬物の添加後5分間の子宮収縮高の和とを比較し、50%抑制する薬物濃度をEC50値として評価した。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明のβ−アドレナリン受容体刺激作用薬を有効成分として含有する医薬品は強力なヒト膀胱平滑筋の弛緩作用を発揮するものであり、頻尿および尿失禁の予防・治療剤として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は摘出ヒト膀胱平滑筋を用いた静止時張力に対する各薬物の効果を示すグラフである。なお、縦軸は薬物処置前の膀胱張力を100%,フォルスコリン10−5M処置後の最大弛緩時膀胱張力を0%とした場合の各薬物処置後の膀胱張力(%)を示し、横軸は使用薬物の濃度(M)を示す。また、−○−はイソプロテレノールを、−●−はCGP−12,177A塩酸塩をそれぞれ示す。
【図2】図2は摘出ヒト膀胱平滑筋を用いた静止時張力に対するイソプロテレノールの弛緩作用とそれに対する各種β−アドレナリン受容体遮断薬の影響を示すグラフである。尚、縦軸は薬物処置前の膀胱張力を100%,フォルスコリン10−5M処置後の最大弛緩時膀胱張力を0%とした場合の各薬物処置後の膀胱張力(%)を示し、横軸はイソプロテレノールの濃度(M)を示す。また、−○−はイソプロテレノール単独を、−△−は100nMメトプロロール酒石酸塩+イソプロテレノールを、−□−は100nMICI−118,551塩酸塩+イソプロテレノールを、−●−は1μMブプラノロール+イソプロテレノールをそれぞれ示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−アドレナリン受容体刺激作用薬を有効成分として含有する頻尿および尿失禁の予防・治療剤。
【請求項2】
選択的なβ−アドレナリン受容体刺激作用薬を有効成分として含有し、対象疾患が膀胱機能に起因する頻尿および尿失禁である請求項1記載の予防・治療剤。
【請求項3】
β−アドレナリン受容体刺激作用を併せ持つβ−アドレナリン受容体刺激作用薬を有効成分として含有し、対象疾患が外尿道括約筋の機能に起因する頻尿および尿失禁である請求項1記載の予防・治療剤。
【請求項4】
β−アドレナリン受容体刺激作用薬の有効量を投与することからなる頻尿および尿失禁の予防・治療方法。
【請求項5】
頻尿および尿失禁の予防・治療用の薬剤の製造のためのβ−アドレナリン受容体刺激作用薬の使用。
【請求項6】
β−アドレナリン受容体刺激作用薬の頻尿および尿失禁の予防・治療剤としての使用。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−189685(P2008−189685A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−96668(P2008−96668)
【出願日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【分割の表示】特願平10−510567の分割
【原出願日】平成9年8月11日(1997.8.11)
【出願人】(000104560)キッセイ薬品工業株式会社 (78)
【Fターム(参考)】