説明

顔料組成物

【課題】 水性インキや水性塗料の調製に適し、被着色媒体への分散性が良好でありかつ高着色力の着色物が得られるβ型銅フタロシアニン顔料を含有する顔料組成物を提供する。
【解決手段】 質量換算でβ型銅フタロシアニン顔料の95〜55%と、下記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体の重合単位を含有するスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体の5〜45%を含有する、水性インキ又は水性塗料用顔料組成物。
【化1】


(式中、Rは水素原子またはメチル基、Rは炭素原子数2〜18の直鎖又は分岐アルキレン基、nは1〜10の整数である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インキや水性塗料への分散性が良好でありかつ高着色力の着色物が得られる、β型銅フタロシアニン顔料を含有する顔料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
銅フタロシアニン顔料としては、α型結晶からなるα型銅フタロシアニン顔料と、β型結晶からなるβ型銅フタロシアニン顔料がよく知られている。これらはいずれも藍色を呈する顔料であるが、β型結晶はα型結晶等に比べて耐溶剤性や耐光性に優れるため、軽包装グラビア印刷インキ等の調製により多く用いられている。
【0003】
一方で、印刷インキや塗料は、油性と水性の二種類があるが、最近では大気や作業環境の汚染を低減する観点から、いずれの用途においても、積極的に水性化がすすめられている。
【0004】
銅フタロシアニン顔料を水性の用途で用いる場合、顔料表面を親水性にして水性媒体中における分散性を向上させる方法として、例えば、スチレン−メタクリル酸エステル−メタクリル酸共重合体の様な樹脂で顔料の表面を被覆することが従来行われていた(特許文献1)。この特許文献1には、スチレン−メタクリル酸エステル−メタクリル酸共重合体と塩基性化合物とを含有する水性媒体とβ型結晶からなるβ型銅フタロシアニン顔料の水懸濁液とを混合し、次いで酸性化合物を加えて共重合体を顔料上に析出させてから、濾過洗浄し乾燥する方法が記載されている。
【0005】
この方法は、顔料を共重合体で被覆し易分散性とする点である程度の効果はあるものの、液媒体が少なくなり固形分が増すと、それまで液媒体中では十分分散し適切な距離を保って分散安定化していた顔料粒子同士が、必要以上に接近することで凝集を起こしてしまうという問題があった。その結果として、この様な顔料組成物を含有する液媒体は再分散する際に分散不良を発生してしまい、得られた水性インキや水性塗料の着色力が不足するという欠点があった。
【0006】
また、β型銅フタロシアニン顔料は、せん断力や衝突力の様な機械的な力に基づく強いエネルギーを与えることにより、α型銅フタロシアニン顔料へと結晶転移しβ型と異なる色相で耐光性が低くなる恐れがあるため、顔料を共重合体を用いて結晶異型が生じない弱い力で充分に表面被覆したり、表面被覆顔料を弱い力で水性媒体中へ充分に分散安定化させる必要がある。
また、顔料を被覆した共重合体が、強い力で引き剥がされ、顔料表面の被覆が不充分となることもある。
【0007】
従って、この様な欠点のない、水性インキや水性塗料の調製に適した、被着色媒体への分散性が良好でありかつ高着色力の着色物が得られるβ型銅フタロシアニン顔料を含有する顔料組成物が求められている。
【0008】
【特許文献1】特開昭61−138667号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、水性インキや水性塗料の調製に適し、被着色媒体への分散性が良好でありかつ高着色力の着色物が得られるβ型銅フタロシアニン顔料を含有する顔料組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、β型銅フタロシアニン顔料を主成分とする系において、被着色媒体への分散性が良好でありかつ高着色力の着色物が得られる様に鋭意検討した結果、β型銅フタロシアニン顔料に、カルボキシル基がポリマー分子主鎖からより離れた状態で存在するスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を含有させることで、上記した課題が解決されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち本発明は、質量換算でβ型銅フタロシアニン顔料の95〜55%と、下記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体の重合単位を含有するスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体の5〜45%を含有する、水性インキ又は水性塗料用顔料組成物を提供する。
【0012】
【化1】

(式中、Rは水素原子またはメチル基、Rは炭素原子数2〜18の直鎖又は分岐アルキレン基、nは1〜10の整数である。)
【発明の効果】
【0013】
本発明の顔料組成物は、β型銅フタロシアニン顔料と特定化学構造のスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体とを含有することで、水性インキ又は水性塗料に適用した際、被着色媒体への分散性が良好でありかつ高着色力の着色物が得られるという格別顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に本発明を詳細に説明する。本発明におけるβ型銅フタロシアニン顔料は、公知慣用の無置換銅フタロシアニンのβ型結晶からなる藍色の有機顔料である。本発明で用いるβ型結晶としては、平均粒子径0.03〜0.1μmのものが好適である。
【0015】
β型銅フタロシアニン顔料の粒子は、強い機械的エネルギーが与えられると、部分的に破砕された微粒子を発生する。本発明者等の知見によると、この微粒子は、β型とは結晶型が異なるα型結晶のα型銅フタロシアニン顔料からなっている。従って、後記する特定化学構造のスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体とβ型銅フタロシアニン顔料とを充分に混合しようとしたり、より微細な顔料粒子を得ようとするあまりに、強い力を加えて両者を混合すると、その力が強いほど、β型銅フタロシアニン顔料に対するα型銅フタロシアニン顔料の混入が増え、結果的に、着色物の色相が赤味化してしまうことになる。
【0016】
一方、本発明におけるスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、上記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体の重合単位を含有するスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体である(以下、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体という。)。この共重合体は、どの様な酸価であっても良いが、カルボキシル基を塩基性化合物で中和した際の水溶性や水分散性に優れることから、酸価60〜200であることが好ましく、中でも酸価80〜150であることが特に好ましい。また、共重合体の塗膜の強靭性等に優れしかも低粘度とすることが出来ることから、重量平均分子量5,000〜50,000であることが好ましい。
【0017】
スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、スチレン系単量体と上記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体と(メタ)アクリル酸エステルとを含めて共重合することにより製造することが出来る。
【0018】
スチレン系単量体としては、無置換スチレン又はアルキルスチレンである、例えば、スチレン、α−メチルスチレン、tert−ブチルスチレン等が挙げられる。上記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体としては、最終的に得られるスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体の塗膜の外観を考慮すれば、RがC10であってn=1〜10の範囲内が好ましく、更には1以上5以下がより好ましい。この様な単量体としては、アロニクスM5300(東亜合成化学工業(株)、RがC10かつnの平均が2)等が挙げられる。
【0019】
(メタ)アクリル酸エステルは、共重合体の塗膜を適切な強度としたり、水溶性や水分散性を達成するために共重合体の酸価を適切にするために併用される単量体であり、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n−プロピル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、iso−ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、n−オクチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート等が挙げられる。更に必要ならばその他の共重合可能なラジカル重合性単量体を共単量体として用いることが出来る。この様なその他の共重合可能なラジカル重合性単量体としては、例えば、(メタ)アクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0020】
スチレン系単量体と上記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体と(メタ)アクリル酸エステルとの共重合割合は特に制限されないが、質量換算で、スチレン系単量体と(メタ)アクリル酸エステルとの合計95〜60%と、上記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体共重合体が5〜40%となる様にすることが好ましい。
【0021】
スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を製造するに当たっては、例えば、溶液重合、乳化重合等の公知慣用の重合方法を採用することが出来る。重合に当たっては、通常ラジカル重合開始剤が用いられるが、必要であれば、例えば、還元剤、界面活性剤、連鎖移動剤等の公知慣用の添加剤をそれに併用することが出来る。乳化重合法により製造されたスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、有機溶剤を含有しないエマルジョンとして、溶液重合法により製造されたスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、当該共重合体の有機溶剤溶液の形で得られる。
【0022】
本発明の顔料組成物は、質量換算でβ型銅フタロシアニン顔料の95〜55%と、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体の5〜45%を含有する。本発明の顔料組成物は、β型銅フタロシアニン顔料と、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体とを均一となる様に混合することで調製することが出来る。
【0023】
本発明の顔料組成物は、β型銅フタロシアニン顔料と、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体とを、それぞれ固形分同士にて均一となるまで混合することで調製することも出来るが、両者の混合をより均一に行い、しかも粒子をスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体で表面被覆されたβ型銅フタロシアニン顔料とするためには、結晶異型が混入しない方法を採用することが好ましい。
【0024】
この様な、結晶異型が混入しないスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体で表面被覆されたβ型銅フタロシアニン顔料は、好適には、例えば、質量換算でβ型銅フタロシアニン顔料の95〜55%と、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体の5〜45%と、この共重合体を水溶性とするのに必要な量の塩基性化合物とを水性媒体中にて混合し、次いでここに酸性化合物を加えて前記共重合体を酸析させた後、濾過することにより製造することが出来る。
【0025】
この製造方法は、共重合体が液体の状態にて顔料表面を被覆する工程を含む点で、均一な表面被覆を行え、有機溶剤を用いないか用いても極少量であるため大気や環境の汚染の小さいより安全な方法である。さらに、本発明で用いるスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、同一酸価対比における、従来の(メタ)アクリル酸の重合単位を含有するスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体に比べて、酸性化合物を加えてpHを下げた際の低pH領域においては、より高い疎水性を有しており、当該共重合体の顔料粒子への吸着量(被覆量)はより多くなる。その結果、改めて水性媒体中へ分散させる際の分散性や分散安定性が従来より向上した、表面被覆された顔料粒子を提供することが出来る優れた方法である。
【0026】
スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を水溶性とするのに必要な塩基性化合物は、特に限定されるものではないが、例えば、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;モノメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、モノエチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、モノプロピルアミン、イソブチルアミン、またはジプロピルアミンのような各種のアルキルアミンなどをはじめ、さらには、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、N,N−ジエチルエタノールアミン、2−ジメチルアミノ−2−メチル−1−プロパノール、2−アミノ−2−メチル−1−プロパノール、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリイソプロパノールアミンのような各種のアミノアルコール類、またはモルホリンなどのような各種の有機アミン類;あるいはアンモニアなどが挙げられ、これらの1種または2種以上の混合物で使用することができる。
【0027】
水性媒体とは、水のみ又は水と有機溶剤との混合物であって水の含有率が質量換算で60%以上の液媒体を言う。有機溶剤の含有率はより小さいことが、後に脱溶剤する工程を設ける必要がなく、しかも大気や環境への汚染を少なく出来る点で好ましい。
【0028】
まず、顔料とスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体と塩基性化合物と水性媒体とを任意の順序にて混合し、これらを攪拌することで、顔料が均一に分散した共重合体溶液を得るが、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体が溶解するのに充分な塩基性化合物が水性媒体中に含有されているので、ここではα型銅フタロシニアン顔料の結晶異型が生ずる様な強い力を必要とすることなく、顔料が均一に分散した共重合体溶液を容易に得ることが出来る。スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体として、その共重合体の有機溶剤溶液を用いた場合や水性媒体として水と有機溶剤との混合物を用いた場合には、この直後に、予め有機溶剤だけを蒸留除去しておくことが好ましい。
【0029】
次いで、顔料が均一に分散したこの共重合体溶液に酸性化合物を加えて、酸析の原理に従いスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を析出させる。スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体は、それに結合したカルボキシル基が塩基性化合物で中和されることにより水溶性を発現しているので、顔料表面に溶解状態で吸着していた共重合体は、酸性化合物を加えることで水溶性が急激に低下し、顔料粒子表面により強く吸着されると共に安定的に分散していた水性媒体から分離する。
【0030】
スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を酸析することで、顔料粒子と共重合体との密着性をより高め、単なる両者の混合により調製した顔料組成物に比べて、より優れた被着色媒体への分散性を達成出来ると共に、着色物の着色力をより高めることが出来る。
【0031】
スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を析出させるのに必要な酸性化合物は、特に限定されるものではないが、例えば、蟻酸、塩酸等の無機一塩基酸や、酢酸、プロピオン酸等の有機一塩基酸などが挙げられ、これらの1種または2種以上の混合物で使用することができる。
【0032】
この酸析により、カルボキシル基が塩となって水性媒体中に溶解していたスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体が、元のフリーカルボキシル基のスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体に変換される。即ち本発明の顔料組成物の良好な分散性や高着色力は、顔料を被覆しているスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体が、フリーカルボキシル基を含有することに起因する。この酸析が不充分であると、後記する濾過物も粘着性が強くなる傾向にあり、顔料組成物として取り扱い難くなるので、好ましくない。
【0033】
この酸析後の混合物を少なくとも濾過することにより、湿潤した濾過物を得ることが出来る。酸析後の混合物を濾過することで分離される湿潤した濾過物は、質量換算でβ型銅フタロシニアン顔料の95〜55%と、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体の5〜45%とを含有した、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体で表面被覆されたβ型銅フタロシニン顔料と水とを含有し、顔料と共重合体と水との合計を質量換算で100%とした際、水を50〜60%含むウェットケーキである。
【0034】
酸析後の混合物を少なくとも濾過することにより、本発明の顔料組成物を製造することが出来る。析出を行う際に用いた酸性化合物が強酸であったりその使用量が多い場合には、顔料組成物が改めて水に触れた際にその水がpH<4の強酸性を示す場合がある。水性インキや水性塗料では、バインダー樹脂としてアルカリ可溶性樹脂を用いているので、強酸性下では、その分散安定性を損ねることが多く、インキや塗料の保存安定性が低下しやすい。従って濾過後に直ちに高固形分化したり乾燥を行うのではなく、濾過後には洗浄を行ってから、高固形分化したり乾燥を行うことが好ましい。こうすれば、インキや塗料の調製時に改めて別途塩基性化合物を追加的に消費することもない。
【0035】
この洗浄には、イオン交換水や塩基性化合物を添加した水等を用いることが出来る。勿論、洗浄には、常温の水、加温された水のいずれも用いることが出来る。
【0036】
本発明の顔料組成物は、水性インキまたは水性塗料の調製に使用する場合、顔料と共重合体と水との合計を質量換算で100%とした際、水を50〜60%含むウェットケーキであっても、顔料と共重合体と水との合計を質量換算で100%とした際、水を20%以上50%未満で含む半乾燥物であってもよいが、その取扱いの容易さから、顔料と共重合体と水との合計を質量換算で100%とした際、水を含まないか又は水を5%未満しか含まない乾燥粉体であることが望ましい。
【0037】
湿潤した濾過物は、乾燥することにより、乾燥粉体の顔料組成物とすることが出来る。ランプ状の乾燥顔料組成物は、必要に応じて解すことで、グラニュールやパウダーの様な粉体とすることが出来る。顔料と共重合体と水との合計を質量換算で100%とした際、水を20%以上50%未満で含む形態物は、前記したウエットケーキと乾燥粉体とを適当な割合で混合することで調製出来る。
【0038】
通常のスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体には、スチレン系単量体に基づくベンゼン環や、(メタ)アクリル酸に基づくカルボキシル基等が含有されており、これらのベンゼン環やカルボキシル基は、側鎖として主鎖から分岐しているとはいえ、全体からみるとその官能基までの長さは必ずしも長いとは言えない。この様な共重合体で顔料粒子を被覆した場合、共重合体中のカルボキシル基の親水性が高いため、得られた被覆顔料粒子はこのカルボキシル基が外を向いて(水性媒体に向いて)、顔料を水性媒体中で分散安定化していると考えられる。
本発明においては、共重合体のカルボキシル基に至るまでの長さを充分に長くし、主鎖から外へ伸び出させるようにすることで、水性媒体中でより高い分散安定化を図った。その結果、水性インキや水性塗料の調製にそれを適用した場合に、液媒体中での分散安定性により優れた顔料組成物が得られたものと推察される。
【0039】
本発明の顔料組成物と水性ビヒクルとからは、水性インキや水性塗料を好適に調製することができる。この水性ビヒクルは、溶媒が揮散した際に、顔料を基材上に定着固着させるための皮膜形成性樹脂と溶媒としての水とを主として含有する。なお、水性とは液媒体が水のみか水を質量換算で60%以上含有することを意味する。
【0040】
水性インキを調製するための皮膜形成性樹脂としては、例えば、ポリアミド樹脂、スチレン樹脂、マレイン酸樹脂、アクリル樹脂、ニトロセルロース、エチルセルロース、酢酸セルロース、エチレン−酢酸ビニル共重合体樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂等の水溶性か水分散性の樹脂一種またはこれら二種以上の混合物が挙げられる。
【0041】
カルボキシル基を含有する皮膜形成性樹脂と塩基性化合物とを組み合わせて用いると、水に対して被膜形成性樹脂が安定的に溶解または分散した水性ビヒクルと出来る。塩基性化合物としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアの様な無機塩類、ジエチルアミン、トリエチルアミン、ジエタノールアミン等の有機塩基が挙げられる。水性グラビア印刷インキを調整するために好適な水性ビヒクルは、塩基性化合物と、皮膜形成性樹脂として公知慣用のスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を含有する。
【0042】
水性インキは、本発明の顔料組成物と水性ビヒクルと、更に必要に応じて、その他の親水性有機溶剤、体質顔料、補助剤等とを混合することにより調整することが出来る。
【0043】
親水性有機溶剤としては、例えば、エタノール、メタノール、イソプロパノール(IPA)アセトン、酢酸エチル、乳酸エチル、セロソルブ、ジアセトンアルコール等が挙げられる。体質顔料としては、例えば、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、シリカ、タルク、ケイ酸カルシウム、沈降性炭酸マグネシウム等が挙げられる。その他の補助剤としては、例えば、ワックス、界面活性剤、消泡剤、可塑剤、紫外線防止剤、酸化防止剤、帯電防止剤等が挙げられる。
【0044】
水性塗料も概ね水性インキと同様にして調製することが出来る。
水性塗料を調製するための皮膜形成性樹脂としては、前記した樹脂の他、アルキド樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂等が挙げられる。塗膜強度を増すために、皮膜形成性樹脂に硬化剤を併用することが出来る。この様な硬化剤としては、例えば、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ポリイソシアネート等が挙げられる。また、補助剤として用いる増粘剤としては、例えば、カルボキシルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等が挙げられる。
【0045】
水性インキや水性塗料は、本発明の顔料組成物と水性ビヒクル、及び必要に応じてその他の液媒体等から調製出来る。この際には、例えば、質量換算で皮膜形成性樹脂が10〜50部、水を含む液媒体30〜80部、本発明の顔料組成物1〜25部となる様に用いて、必要に応じてその他の添加剤を含めて全体が100部となるように、そして印刷や塗装に適した低粘度となるように調製する。
【0046】
こうして得られた水性インキや水性塗料は、公知慣用の紅色や黄色の水性インキや水性塗料と組み合わせて、中間色やフルカラーの印刷や塗装をすることが出来る。
【0047】
以下、水性インキとして、水性グラビア印刷インキを例に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。なお、以下に示す部及び%はいずれも質量換算である。
【0048】
合成例1
アロニクスM5300(東亞合成化学(株)製、以下M5300と略記)の75部、メタクリル酸(以下MAAと略記)の24部、スチレン(以下STと略記)の60部、メタクリル酸メチル(以下MMAと略記)の105部、アクリル酸ブチル(以下BAと略記)の36部、n−ラウリルメルカプタン(以下LSHと略記)の9部を混合しラジカル重合性単量体混合液(A)とした。
しかるのち、攪拌機、温度計、冷却器および滴下漏斗を取り付けた2リットル反応容器にイオン交換水の620部と、ニューコール707SF(日本乳化剤(株)製、ポリオキシエチレン多環フェニルエーテル硫酸アンモニウム、有効成分=約30%)の9部を仕込み、窒素ガスを送り込みつつ攪拌しながら釜内温度を80℃に昇温した。昇温後、重合開始剤としての過硫酸ナトリウムの1.5部を添加し、次いでラジカル重合性単量体混合液(A)の滴下を開始した。2時間で滴下し、滴下終了後80℃で1時間攪拌した。その後、25℃まで冷却し、アンモニア水によって中和することにより、目的とする水溶性樹脂組成物を得た。
【0049】
上記の水溶性樹脂組成物は、下記の性状を示した。固形分:30.2%、粘度:112mPa・s、pH:8.0。前記水溶性樹脂組成物中の水溶性樹脂の酸価:105.0、重量平均分子量:11,300。
【0050】
合成例2
「M5300の75部とMAAの24部」に代えて、それと同一酸価となる様にM5300のみを用いる以外は合成例1と同様にして水溶性樹脂組成物を得た。
【0051】
合成例3
「M5300の75部とMAAの24部」に代えて、それと同一酸価となる様にMAAのみを用いる以外は合成例1と同様にして水溶性樹脂組成物を得た。
【実施例1】
【0052】
攪拌羽根付き容器に、ファーストゲンブルーTGR(大日本インキ化学工業(株)製銅フタロシニアン顔料。β型結晶、平均粒子径0.03μm。)100部と、上記合成例1で得た水溶性樹脂組成物33.1部(不揮発分30.2%)と、イオン交換水2000部を各々加えて、攪拌羽根で内容物を軽く攪拌しながら、内容物のpH3となるまで1N塩酸を加えた。こうして、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体を顔料粒子の表面に析出させ、共重合体で被覆された顔料粒子を含有する懸濁液を得た。
得られた懸濁液を濾過してウエットケーキ状の固形分を濾別した。この濾過時の濾液中には、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体は流出しておらず、共重合体の歩留まりはほぼ100%であった。その後、濾別されたこの固形物を洗浄液のpHが中性となるまで水洗を行った。次いで再度濾過を行い、固形分を濾別し熱風乾燥機で70℃で24時間乾燥を行って乾燥ランプを得た。このランプを市販ジューサーで解して、共重合体で被覆された顔料粒子からなる乾燥パウダーの顔料組成物1を得た。この顔料組成物1は、JIS K 5101−17−1に定めるpH値が6.8であった。
【実施例2】
【0053】
合成例1の水溶性樹脂組成物に代えて合成例2の水溶性樹脂組成物の同量(固形分換算)を用いる以外は、実施例1と同様にして乾燥パウダーの顔料組成物2を得た。
【0054】
比較例1
合成例1の水溶性樹脂組成物に代えて合成例3の水溶性樹脂組成物の同量(固形分換算)を用いる以外は、実施例1と同様にして乾燥パウダーの顔料組成物3を得た。尚、懸濁液を濾過してウエットケーキ状の固形分を濾別した際の濾液中には、スチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体が流出しており、共重合体の歩留まりは実施例1〜2に比べて悪かった。
【0055】
水性グラビア印刷インキの作製方法
実施例1〜2及び比較例1で得られた各乾燥パウダーの顔料組成物16部と練肉ニス〔ジョンソンポリマー(株)製ジョンクリル(登録商標)61J/蒸留水/IPA=30/30/5(質量比)混合品〕38部と3mmガラスビーズ160部とを250mlポリビンに秤量し、東洋精機(株)製ペイントコンディショナーで、60分間分散する。ジョンソンポリマー(株)製ジョンクリル(登録商標)74Jの84部を追加し、5分間分散し、水性グラビア印刷インキ(以下、原色インキと称す。)を得た。
一方、100mlポリビンに、ダイフレックス アスティア(登録商標)D250〔大日本インキ化学工業(株)製白インキ〕白20部と上記の原色インキ4部を秤量し、30分間上記ペイントコンディショナーで混合インキ(以下、淡色インキと称す。)を得た。
【0056】
評価方法(光沢、着色力)
黒地付アート紙に、No.6バーコーターで、原色インキを展色し、自然乾燥後、BYK−Chemie Japan社製の光沢計(60°光沢)で展色表面を測定する。同様に、淡色インキも展色し、着色力を目視判定した。
着色力については、比較例1の顔料組成物から調製したインキにおける印刷画像の着色力を目視判定した。なお、光沢、着色力とも、比較例1を100とし相対値で示した。
分散性については、原色インキの粒度分布を測定し平均粒径(メジアン径)で比較した。この測定には日機装(株)製粒子径分布測定装置マイクロトラック(型式:UPA150)を用いた。この測定による平均粒径が小さいほど、分散性が良いと判断出来る。
【0057】
【表1】

【0058】
本発明の顔料組成物を用いて調製された実施例1及び2の水性グラビア印刷インキは、従来の技術に相当する比較例1のそれに比べて、光沢は勿論のこと、着色力及び分散性のいずれにも格段に優れていることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量換算でβ型銅フタロシアニン顔料の95〜55%と、下記一般式で表されるカルボキシル基含有ラジカル重合性単量体の重合単位を含有するスチレン−(メタ)アクリル酸エステル共重合体の5〜45%とを含有する、水性インキ又は水性塗料用顔料組成物。
【化1】

(式中、Rは水素原子またはメチル基、Rは炭素原子数2〜18の直鎖又は分岐アルキレン基、nは1〜10の整数である。)

【公開番号】特開2006−131792(P2006−131792A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−323506(P2004−323506)
【出願日】平成16年11月8日(2004.11.8)
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】