説明

食道癌の検出又は予後の予測のための方法及び食道癌抑制剤

【課題】食道癌に関する癌抑制遺伝子を新たに見出して、当該抑制遺伝子の変化を解析することによる食道癌を検出又は予後を予測する方法を提供する。また、当該癌抑制遺伝子を含有する食道癌抑制剤を提供する。さらに、当該癌抑制遺伝子がコードするタンパク質を含有する食道癌抑制剤を提供する。
【解決手段】検体において、PCDH17遺伝子の変化を解析する工程を含む、食道癌の検出又は予後の予測のための方法。PCDH17遺伝子又はその相同遺伝子を含有する食道癌抑制剤、及び、PCDH17タンパク質又はその相同タンパク質を含有する食道癌抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌抑制遺伝子の発現の変化を解析することによる食道癌の検出又は予後の予測のための方法、及び該癌抑制遺伝子を利用した食道癌抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は、世界における癌関連の死因において6番目に頻度の高い癌であり(非特許文献1参照)、食道扁平上皮癌(esophageal squamous−cell carcinoma;以下、ESCCと称す。)は、アジア諸国で診断された食道癌のうち90%程度を占める。癌遺伝子を活性化したり、又は腫瘍抑制遺伝子(tumor−suppressor gene;以下、TSGと称す。)の機能の喪失に導くDNA配列における変異又は破壊という手段により、ESCCの発生に関与する様々な遺伝的な事象が調べられている。しかし、ESCCにおいて同定された遺伝的変化は当該疾患の病原性を十分に説明するものではない。両アレル欠失は稀有な事象であり、点変異やエピジェネティックな異常(非特許文献2を参照)などの他の要因はTSGの機能的な不活性化に多大に寄与する可能性があるが、癌細胞ゲノム内のホモ接合性の欠失領域は、新規のTSGを同定するための有用な指標となる(非特許文献3、4、5及び6を参照)。従って、機能的な不活性化の主因にかかわらず、癌細胞におけるホモ接合性欠失の高解像度のマッピングは、TSGの迅速な同定にとって大いに役立つ。
【0003】
本発明者らは以前、800のBACクローンを含む細菌人工染色体(bacterial artificial chromosome;BAC)を用いて作製したゲノムアレイ(MCG Cancer Array−800、非特許文献7を参照)を用いて、ESCC細胞株のパネルのアレイを基盤とした比較ゲノムハイブリダイゼイション(array−based comparative genomic hybridization;以下、 アレイCGHと称す。)分析を行った。その結果、ある細胞株から検出される2q22.1におけるホモ接合性欠失から、ホモ接合性欠失あるいはDNAのメチル化のいずれにもよって高頻度で不活性化されるESCCの潜在的なTSGとして、低密度リポタンパク受容体関連タンパク質1B(low−density lipoprotein receptor−related protein 1B;LRP1B)を同定することに成功した(非特許文献8を参照)。ホモ接合性欠失は通常小さいので、高解像度のアレイを用いたコピー数の変化のゲノム・ワイドな探索(非特許文献9を参照)により、より多くの食道癌に関係するTSGが同定されることが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Parkin DM, Bray F, Ferlay J, Pisani P. (2005)., Global Cancer Statistics, 2002. CA Cancer J Clin 55: 74-108.
【非特許文献2】Jones PA, Baylin SB. (2002). The fundamental role of epigenetic events in cancer. Nat Rev Genet 3: 415-428.
【非特許文献3】Friend SH, Bernards R, Rogelj S, Weinberg RA, Rapaport JM, Albert DM, Dryja TP. (1986). A human DNA segment with properties of the gene that predisposes to retinoblastoma and osteosarcoma. Nature 323: 643-646.
【非特許文献4】Kamb A, Gruis NA, Weaver-Feldhaus J, Liu Q, Harshman K, Tavtigian SV, et al. (1994). A cell cycle regulator potentially involved in genesis of many tumor types. Science 264: 436-440.
【非特許文献5】Hahn SA, Schutte M, Hoque AT, Moskaluk CA, da Costa LT, Rozenblum E, et al. (1996). DPC4, a candidate tumor suppressor gene at human chromosome 18q21.1. Science 271: 350-353.
【非特許文献6】Li J, Yen C, Liaw D, Podsypanina K, Bose S , Wang SI, et al. (1996). PTEN, a putative protein tyrosine phosphatase gene mutated in human brain, breast, and prostate cancer. Science 275: 1943-1947.
【非特許文献7】Inazawa J, Inoue J, Imoto I. (2004). Comparative genomic hybridization (CGH)-arrays pave the way for identification of novel cancer-related genes. Cancer Sci 95: 559-563.
【非特許文献8】Sonoda I, Imoto I, Inoue J, Shibata T, Shimada Y, Chin K, et al. (2004). Frequent silencing of low density lipoprotein receptor-related protein 1B (LRP1B) expression by genetic and epigenetic mechanisms in esophageal squamous cell carcinoma. Cancer Res 64: 3741-3747.
【非特許文献9】Gorringe KL, Jacobs S, Thompson ER, Sridhar A, Qiu W, Choong DYH, Campbell IG. (2007). High-resolution single nucleotide polymorphism array analysis of epithelial ovarian cancer reveals numerous microdeletions and amplifications. Clin Cancer Res 13: 4731-4739.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、食道癌に関する癌抑制遺伝子を新たに見出して、当該抑制遺伝子の変化を解析することによる食道癌を検出又は予後の予測する方法を提供することを課題とする。また、本発明は、当該癌抑制遺伝子を含有する食道癌抑制剤を提供することを課題とする。さらに、本発明は、当該癌抑制遺伝子がコードするタンパク質を含有する食道癌抑制剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、高密度オリゴヌクレオチド・アレイを用いたアレイCGHによってESCC細胞株パネルのコピー数変化をスクリーニングするプログラムの過程を経て、プロトカドヘリン17遺伝子(PCDH17、13q21.2)のホモ接合性欠失を同定し、 当該遺伝子の発現は、通常の食道組織では存在するものの、大半のESCC細胞株では消失していることを見出した。幾つかのプロトカドヘリン(PCDH)、すなわちPCDH8、PCDH10及びPCDH20を含むカドヘリン・スーパーファミリーの主要なサブファミリー(Gorringe KL, Jacobs S, Thompson ER, Sridhar A, Qiu W, Choong DYH, Campbell IG. (2007). High-resolution single nucleotide polymorphism array analysis of epithelial ovarian cancer reveals numerous microdeletions and amplifications. Clin Cancer Res 13: 4731-4739.)は、欠失、変異又はプロモーターのメチル化により、乳癌、鼻咽頭癌及び肺癌のそれぞれにおいて高頻度に発現抑制され、細胞遊走、又は足場依存性若しくは足場非依存性の増殖を阻害している(Imoto I, Izumi H, Yokoi S, Hosoda H, Shibata T, Hosoda F, et al. (2006). Frequent silencing of the candidate tumor suppressor PCDH20 by epigenetic mechanism in non-small-cell lung cancers. Cancer Res 66: 4617-4626.;Ying J, Li H, Seng TJ, Langford C, Srivastava G, Tsao SW, et al. (2006). Functional epigenetics identifies a protocadherin PCDH10 as a candidate tumor suppressor for nasopharyngeal, esophageal and multiple other carcinomas with frequent methylation. Oncogene 25: 1070-1080.;Yu JS, Koujak S, Nagase S, Li CM, Su T, Wang X, et al. (2008). PCDH8, the human homolog of PAPC, is a candidate tumor suppressor of breast cancer. Oncogene 27: 4657-4665. ;Yu J, Cheng YY, Tao Q, Cheung KF, Lam CN, Geng H, et al. (2009). Methylation of protocadherin 10, a novel tumor suppressor, is associated with poor prognosis in patients with gastric cancer. Gastroenterology 136: 640-651.)。この結果は、それらプロトカドヘリンがTSGとして機能することができることを示唆している。PCDH17は、ESCCにおけるその生物学的役割及び臨床的な重要性は不明であるものの、PCDH8及びPCDH10と同じサブグループ、すなわちPcdhδ2サブグループに属することから、本発明者らは、食道のTSGの候補としてPCDH17に注目した。ESCCの細胞株及び臨床検体を用いた更なる分析により、PCDH17は、ESCCにおいてDNAのメチル化により主に発現抑制され、発現によりESCC細胞の増殖を抑制するよう機能することが判明し、PCDH17遺伝子の発現抑制がESCCの病原性に関係することを突き止め、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち本発明の一の態様によれば、検体において、PCDH17遺伝子の変化を解析する工程を含む、食道癌の検出又は予後の予測のための方法が提供される。
PCDH17遺伝子の変化は、当該遺伝子のホモ接合性欠失、不活性化、又は発現低下であることが好ましい。
好ましくは、PCDH17遺伝子の不活性化が、CpGアイランドのメチル化による当該遺伝子の不活性化であることを確認する。
好ましくは、PCDH17遺伝子の変化を、DNAチップ法、サザンブロット法、ノーザンブロット法、リアル・タイム定量RT−PCR法、FISH法、CGH法、アレイCGH法、COBRA法、及びバイサルファイト・シーケンシング法からなる群から選択される少なくとも一つの手法により解析する。
【0008】
好ましくは、PCDH17遺伝子から転写されるmRNA又は翻訳されるタンパク質を検出することにより、当該遺伝子の発現低下を検出する。
好ましくは、PCDH17遺伝子から翻訳されるタンパク質を免疫染色法により検出することにより、当該遺伝子の発現低下を検出する。
好ましくは、前記検体が、食道組織である。
好ましくは、検出又は予後を予測する食道癌が、食道扁平上皮癌である。
好ましくは、検体としてpN0(リンパ節転移を認めない)食道癌の検体を使用して、食道癌の検出の予後を予測する。
【0009】
また、本発明の別の態様によれば、PCDH17遺伝子又はその相同遺伝子を含有する食道癌抑制剤が提供される。
【0010】
好ましくは、前記遺伝子又はその相同遺伝子がベクターに組み込まれている。
好ましくは、前記ベクターがウイルスベクター又は動物細胞発現用プラスミドベクターである。
好ましくは、前記ウイルスベクターがレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、バキュロウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター又はレンチウイルスベクターである。
好ましくは、前記遺伝子又はその相同遺伝子がリポソームに封入されている。
【0011】
さらに、本発明の別の態様によれば、PCDH17タンパク質又はその相同タンパク質を含有する食道癌抑制剤が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、新たに見出した癌抑制機能を有するPCDH17遺伝子の変化を解析する工程を含む、食道癌の検出又は予後の予測のための方法が提供される。本発明の食道癌の検出又は予後の予測のための方法によれば、PCDH17遺伝子のプロモーター領域のメチル化状態、そのメッセンジャーRNA(mRNA)の発現量、PCDH17タンパク質の発現量等を調べることにより、当該遺伝子の変化を解析することから、個々の食道癌患者の癌悪性度ないし余命等を予測することが可能であり、その解析した情報は治療方針の決定に役立つ。また、本発明の食道癌抑制剤は、食道癌の特性に基づいた優れた食道癌の治療効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】(図1A)高密度オリゴヌクレオチド・アレイCGHによるESCC細胞株の13q21.1におけるホモ接合性欠失の候補遺伝子座の検出を示す図である。アレイCGHにより決定されたKYSE1170細胞における13q21.1の代表的なコピー数プロファイルを示している。黒矢印は、13q21.1におけるホモ接合性欠失のパターン(log 2 ratio<−2)を示す候補スポットを有する領域を指している。灰色矢印は、ホモ接合性欠失の候補遺伝子座周辺に位置するPCDH17遺伝子を指している。(図1B)43のESCC細胞株のパネルにおけるPCDH17のエクソン1〜4及びコントロールのGAPDHを示すゲノムPCR実験から得られた画像を表す図である。ゲノムPCRによって、二つのESCC細胞株(星印)においてPCDH17の一部(エクソン1〜3)にホモ接合性欠失が検出された。(図1C)定量リアル・タイムPCRアッセイによって検出された、ESCC細胞株及び正常食道におけるPCDH17mRNAの発現パターンを表す図である。結果は、正常食道の値に対してmeans±SD(バー)で示されている。図1Bにおいてホモ接合性欠失を伴った細胞株は星印で示されている。PCDH17のホモ接合性欠失を有しない41のESCC細胞株のうち、39(95.1%)株は正常食道と比較してほぼ完全な当該遺伝子の発現消失を示した。(図1D)5日間、5−アザ−デオキシシチジン(5−aza−dCyd、5μmol/L)、及び/又は最後の12時間トリコスタチンA(TSA、300nmol/mL)で処理した後のESCC細胞株におけるPCDH17mRNA発現の回復を示唆した定量リアル・タイムRT−PCRの結果を表す図である。結果は、核細胞株について処理しなかったものの値に対してmeans±SD(バー)で示されている。
【図2】ESCC細胞株におけるエクソン1周辺のPCDH17CpG−リッチ領域のメチル化状態を説明する図である。(図2A)PCDH17のエクソン1周辺のCpG−rich領域の模式図である。縦の目盛は、広がる軸上のCpGサイトを表す。水平のオープン・ボックスはエクソン1を表す。黒線はCpGアイランドを示す。水平の両矢印は、COBRA法及び/又はバイサルファイト・シーケンシング(BGS)法において調査した領域を示す。黒及び白の下向きの矢印の頭は、COBRA法のために用いた、それぞれ、TaqI及びBstUIの制限酵素サイトを表す。灰色の線は、プロモーター・アッセイで調査した断片を表す(fragments 1 及び2)。(図2B)Taq1及びBstUIで消化後のESCC細胞株におけるPCDH17CpG−リッチ領域内にある領域1〜3に対するCOBRA法の結果を表す図である。ゲルをエチジウム・ブロマイドで染色した後、密度測定により、メチル化されているアレルの強度をパーセンテージとして計算した。メチル化密度カット・オフポイント20%を有意義であると考慮した(非特許文献8参照)。上向きの矢頭は、メチル化アレル(メチル化陽性)からの制限酵素処理した断片を含むサンプルを示している。黒の下向きの矢印は、PCDH17の発現を保持している細胞株を示し、星印はPCDH17のホモ接合性欠失を有する細胞株を示す。矢印は、メチル化されたCpGとして確認されたサイトで特異的に制限酵素処理された断片を示し、太いバーは、メチル化されていないCpGを示す消化されなかった断片を示す。メチル化DNA(Chemicon社製)を陽性コントロールとして使用した。(図2C)PCDH17発現ESCC細胞株(+)及び非発現ESCC細胞株(−)について調査した、PCDH17CpGリッチ領域内の領域1〜3のBGSの結果を表す図である。各四角は、CpGサイトを示し、白の四角はメチル化されていないことを示し、黒の四角はメチル化されていることを示す。黒及び白の下向きの矢印の頭は、COBRA法におけるTaqI及びBstUIの制限酵素サイトをそれぞれ示す。灰色の線は、プロモーター・アッセイで調査した断片を示す(fragment 1及び2)。(図2D)PCDH17CpG−リッチ領域のプロモーター活性を示す図である。pGL3の基本の空ベクター(mock)及び断片1又は2(図2A及びC)の配列を含むコンストラクトを、PCDH17の発現があるKYSE140、又はPCDH17の発現がないKYSE30、KYSE170及びKYSE200のESCC細胞株に形質転換した。ルシフェラーゼ活性を内部コントロールに対して標準化し、結果は、細胞株ごとに、pGL3の基本のからベクター(mock)を形質転換した細胞の値の相対値として示されている。棒グラフは、3回の別々の実験の平均値を示し、各実験は3組行い、バーは、SDを現す。
【図3】ESCCの臨床検体におけるPCDH17のメチル化及び発現状態について説明する図である。(図3A)外科的に切除した臨床検体ESCC腫瘍(T)及び対応する非癌部の食道粘膜(N)について、COBRA法により領域(region)1及び2(図2A)を調査した結果を表す図である。図2Bに対する説明を参照。上向きの矢頭は、メチル化アレル(メチル化陽性)からの制限酵素処理した断片を有するサンプルを示す。(図3B)外科的に切除した臨床検体ESCC腫瘍(T)及び対応する非癌部の食道粘膜(N)について、COBRA法で調査した二つの代表ケース(ケース8及び26)のBGSの結果である。図2Cに対する説明を参照。(図3C)定量リアル・タイムRT−PCRにより検出されたESCC臨床腫瘍組織におけるPCDH17mRNAの相対レベルを示す図である。腫瘍サンプルにおけるPCDH17mRNAの発現パターンは、症例ごとに、対応する非癌部サンプルの値の相対値として、平均±SD(バー)で示されている。星印は、図3Aで示された腫瘍特異的メチル化を伴うケースである。(図3D)非癌部の食道粘膜(左上)、腫瘍の端(左下)及び対となる非癌部組織と二つのメチル化腫瘍(右)におけるPCDH17タンパク質の免疫組織化学染色による結果を表す図である。近傍の非腫瘍性組織では、内皮細胞を含む、有棘細胞層及びいくらかの間葉細胞中の食道上皮細胞において、PCDH17が染色された斑点のある膜(矢印)が観察されたが、基底層では観察されなかった。Tは腫瘍を示し、NMは非癌部粘膜を示し、NSは非癌部粘膜下層を示す。バーは、20μmを現す。倍率は200倍である。(図3E)pN0ESCCを伴った患者の全体的な生存率を表すKaplan−Meier曲線を示す図である。本研究期間中、pN0ESCC腫瘍を伴ったPCDH17が陽性のグループ(n=10)では、死亡は確認されなかった。一方、統計上の有意義な差異は算出されなかったものの、陰性グループでは44人の患者のうち9人(20.5%)が死亡した。
【図4】ESCC細胞におけるPCDH17発現の細胞増殖及び移動/浸潤に対する影響を説明する図である。(図4A)PCDH17を含むC末端にMycペプチドが付加されたコンストラクト(pCMV−3Tag4−PCDH17)又はコントロールとして空のベクター(pCMV−3Tag4−mock)を、CpG−リッチ領域の過剰メチル化に起因してPCDH17遺伝子の発現を欠いたKYSE30又はKYSE170細胞に導入した。10μgのタンパク質抽出物、anti−Myc抗体及び内部コントロール抗体(anti−β−アクチン)を用いたウェスタン・ブロット分析(左)によれば、pCMV−3Tag4−PCDH17を一過性で形質転換した細胞はMycが付加されたPCDH17タンパク質を発現することが示された。形質転換及びその後の薬剤耐性コロニーの選抜の3週間後(右)、PCDH17形質転換ESCC細胞により形成されたコロニーは、空ベクター(mock)形質転換細胞により形成されたコロニーよりも数が少なかった。ESCC細胞におけるコロニー形成の定量分析のために、2mmよりも大きいコロニーを数えた。棒グラフは、三回の別々の実験の平均値を示し、各実験は三組で行い、バーは、SDを示す。P<0.05vs.各タイム・ポイントにおける空ベクター形質転換コントロール(ストゥーデントt検定)。(図4B)内部リボソームエントリー部位(internal ribosomal entry site; IRES)により結合した、二つのトランス遺伝子、GFP及びC末端にFLAGペプチドを付加したPCDH17を有しているベクター(pIRES−hGFPII−PCDH17)又はコントロールとして空のベクター(pIRES−hGFPII−mock)を、G418を用いた選抜により、PCDH17の発現を欠いたKYSE170及びKYSE200細胞に安定に導入した。Anti−FLAG抗体を用いた免疫蛍光細胞化学法により、pIRES−hGFPII−PCDH17を安定に形質転換したほとんど全てのKYSE170又はKYSE200細胞はFLAGペプチドが付加されたPCDH17を発現していることが示された(図B上)。24ウェル・プレートに播種(1×105細胞/ウェル)した後に水溶性テトラゾリウム塩(WST)を用いて安定形質転換体の細胞生育アッセイ(cell growth assay)を行った結果、コントロール対象物よりも、PCDH17形質転換細胞の増殖活性は低いことが判明した。三つの別々の実験により平均値で示し、各実験は三組で行った。P<0.05vs.各タイム・ポイントにおける空ベクター形質転換コントロール(ストゥーデントt検定)。(図4C)PCDH17安定形質転換KYSE170及びKYSE200細胞及びコントロール対象物について、FACS(左)及びウェスタン・ブロッティング(右)により評価した細胞周期の分析及びp21、p27、CCND1等の細胞周期に関連する分子のタンパク質発現の結果を表す図である。(図4D)細胞の運動性は、スクラッチ傷害アッセイ(左)及びトランスウェル・移動アッセイ(右)で評価し、細胞の浸潤性はトランスウェル・浸潤アッセイ(右)で評価した。図4D左図:図4Cに示す安定形質転換体を用いたスクラッチ傷害アッセイ及び結果の定量については実施例で説明する。0時間におけるスクラッチ領域は任意に1.0とした(P<0.05vs.各タイム・ポイントにおける空ベクター形質転換コントロール(ストゥーデントt検定))。図4D右図:トランスウェル移動/浸潤アッセイは、マトリゲル(Matrigel; BD Transduction社製)を使用したものと、使用しないものの24ウェル改良ボイデン・チャンバー(Boyden chamber)において行った。細胞(2×104細胞/ウェル)を上方のチャンバーに移し、フィルターの下面上に移動した又は浸潤した細胞を固定及び染色し、48時間のインキュベーション後に数えた。実験は、三組で行った。浸潤インデックス(コントロール対象物における試験細胞の非被覆フィルターを通した移動(migration)に対する、マトリゲル被覆フィルターを通したパーセンテージ浸潤の比)を計算することにより浸潤可能性を評価した。棒グラフは平均値を示し、バーはSDを現す。P<0.05vs.各タイム・ポイントにおける空ベクター形質転換コントロール(ストゥーデントt検定)。
【図5】TaqI又はBstUIで消化した後のESCC細胞株におけるPCDH17CpG−リッチ領域内の領域4〜10に対するCOBRA法の結果を表す図である。PCDH17を発現している非癌部食道上皮組織(ケース29)及びKYSE140からのDNAサンプル、及びCpGenome Universal Methylated DNA(Chemicon International社製)を試験サンプル及び陽性コントロールとしてそれぞれ使用した。矢印は、メチル化されたCpGとして確認されたサイトにおいて特異的に切断された断片を示し、黒のバーは、非メチル化CpGを示す消化されなかった断片を示す。PCDH17発現組織及びESCC細胞株からのDNAは、領域1及び2と比較して領域4〜10において圧倒的なCpGメチル化を示した。
【図6】ヒトPCDH17からの15アミノ酸ペプチド(DHPNRDLGRESVDAE)に対して作成され、アフィニティ・カラムを通して生成されたanti−PCDH17ウサギ・ポリクローナル抗体の特性の評価が示されている。(図6A)ワイルド・タイプのPCDH17を含むFLAGペプチドを付加したコンストラクト(pIRES−hGFPII−PCDH17)又は空のベクター(mock)を安定に形質転換したKYSE17及びKYSE200細胞からのタンパク質に対する、anti−PCDH17抗体を用いたウェスタン・ブロッティングの結果を表す図である。矢印は、3×FLAGペプチドを付加したPCDH17タンパク質を示す。星印は、より小さい断片を示し、これはPCDH17の部分的なタンパク質分解から産生されたものであろう。(図6B)FLAGペプチドを付加したワイルド・タイプのPCDH17(pIRES−hGFPII−PCDH17)を安定に形質転換したKYSE170細胞、非形質転換KYSE1170細胞、及び陰性コントロールsiRNA(Negative universal control Med;Invitrogen社製)及びPCDH17をターゲットとしたsiRNA(Stealth RNAiTM siRNA#Hss17838383、 #HSS17838384及び#HSS17838385;Invitrogen社製)を添加したもの、未添加のもののKYSE140細胞、それぞれの細胞からのタンパク質に対するanti−PCDH17抗体を用いたウェスタン・ブロッティングの結果を表す図である。矢印は、3×FLAGペプチド付加したPCDH17タンパク質(pIRES−hGFPII−PCDH17で形質転換したKYSE170)又は内在性のPCDH17タンパク質(KYSE140細胞)を示している。PCDH17特異的siRNAによる処理では、内在性のPCDH17タンパク質の発現はノック・ダウンされ、anti−PCDH17抗体は、内在性のPCDH17を認識できることが示された。(図6C)野生型PCDH17を含むFLAGペプチドが付加されたコンストラクト(pIRES−hGFPII−PCDH17)で一過性に形質転換したKYSE170(図上)及びPCDH17発現ESCC腫瘍(ケース33、図下)(×400)の免疫組織染色におけるanti−PCDH17抗体を用いた吸着試験の結果である。図右側は、合成ペプチド1000×モル濃度の合成ペプチドと共に、室温で一晩、インキュベートしたanti−PCDH17抗体を用いたものであり、図左側は、合成ペプチドと共にそのようなインキュベートをしなかった当該抗体を使用したものである。バーは、20μmを示す。
【図7】ESCCを伴った145人の患者全ての全体の生存率に関するKaplan−Meier曲線を表す図である。Log−rank検定による全体の生存率の単変量解析によれば、PCDH17発現状態と患者の全体の生存率との間において有意義な関係は示されなかった(P=0.2982)。
【図8】マウス・モノクローナルanti−MYC tag抗体及びウサギ・ポリクローナルanti−PCDH17抗体を用いた、トランジェントにpCMV−3Tag4−PCDH17を形質転換したKYSE170細胞における免疫蛍光細胞化学法による画像を示す図である。それぞれの抗体は、Alexafluor 448及び594で可視化した。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
(1)食道癌の検出又は予後の予測のための方法
本発明による食道癌の検出又は予後の予測のための方法は、検体において、PCDH17(Protocadherin 17; PCDH17)遺伝子の変化を解析する工程を含むことを特徴とする。ここで、PCDH17遺伝子の変化としては、当該遺伝子のホモ接合性欠失、不活性化、発現低下などが挙げられ、これらを検出することにより食道癌の検出又は予後の予測が可能となる。特に本発明では、pN0(リンパ節転移を認めない)食道癌の検体において、PCDH17遺伝子の変化を解析することによって、予後を予測することができる。
【0015】
PCDH17遺伝子のホモ接合性欠失、不活性化、発現低下等を検出する対象となる食道由来の細胞や食道組織は、検体提供者の生検組織細胞が好適である。この検体組織細胞は、健常人の食道に由来する細胞か、食道癌患者の癌組織であるかを問わないが、現実的には、検査等の結果、食道粘膜などに癌化が疑われる病変部が認められた場合の病変組織、または食道扁平上皮癌であることが確定しているが、その悪性度、進行度又は予後を判定する必要がある当該癌組織等が主な対象となり得る。
【0016】
本発明の方法により、「検査等の結果、食道に由来する組織や細胞に癌化が疑われる病変部が認められた場合の病変組織」におけるPCDH17遺伝子の欠失、不活性化、発現低下が認められた場合には、病変組織は癌化に向かって進行しているか或いは既に癌化の状態であり、かつ、悪性度が高くなりつつあることが判明し、早急な本格的治療(手術等による病変部の除去、本格的な化学療法等)をおこなう必要性が示される。また、「食道癌であることが確定しているが、その悪性度、進行度又は予後を判定する必要がある食道癌の組織」におけるPCDH17遺伝子の欠失、不活性化、発現低下等が認められた場合にも、癌組織の悪性度が高くなりつつあることや、予後が悪いことを意味し、早急な本格的治療(手術等による病変部の除去、本格的な化学療法等)をおこなう必要性が示される。検体として採取された食道癌組織は、必要な処理、例えば、採取された組織からのDNA或いはRNAの調製をおこない、本発明の方法をおこなう対象とすることができる。
【0017】
<PCDH17遺伝子のホモ接合性欠失の検出>
本発明において、PCDH17遺伝子のホモ接合性欠失の検出する手法としては、CGH(Comparative Genomic Hybridization)法、アレイCGH(array−based comparative genomic hybridization)法、FISH(Fluorescence In Situ Hybridization)法、ゲノムPCR法(genomic PCR)、サザン・ブロット法等を挙げることができる。
【0018】
ゲノム・ワイドな高解像度の解析が可能となる点では、アレイCGHにより解析することが好ましい。また、このようにアレイCGHで検出されたPCDH17遺伝子のホモ接合性欠失領域の範囲を決定するために、ゲノムPCRを行うことができる。
FISH法に関しては、PCDH17遺伝子を有するBAC(Bacterial Artificial Chromosome)DNA、YAC(Yeast Artificial Chromosome)DNA、PAC(P1−drived Artificial Chromosome)DNA(以下、BAC DNA等ともいう)を標識し、FISHをおこなうと、PCDH17遺伝子の有無、すなわち欠失を検出することができる。
【0019】
上記の態様の方法は、ゲノムDNA定着基盤を用いておこなうことが、好適であり、かつ、現実的である。通常に得られるBAC DNA等は、ゲノムDNA定着基盤を多数製造して実用化するには少量であるので、当該DNAを遺伝子増幅産物として得る必要がある(この遺伝子増幅行程を「無尽蔵化」ともいう)。無尽蔵化においては、まずBAC DNA等を、4塩基認識酵素、例えば、RsaI、DpnI、HaeIII等で消化した後、アダプターを加えてライゲーションをおこなう。アダプターは10〜30塩基、好適には15〜25塩基からなるオリゴヌクレオチドで、2本鎖は相補的配列を有し、アニーリング後、平滑末端を形成する側の3‘-末端のオリゴヌクレオチドをリン酸化する必要がある。次に、アダプターの一方のオリゴヌクレオチドと同一配列を有するプライマーを用いて、PCR(Polymerase Chain Reaction)法により増幅し、無尽蔵化することができる。一方、各BAC DNA等に特徴的な50〜70塩基のアミノ化オリゴヌクレオチドを検出用プローブとして用いることもできる。
【0020】
このようにして無尽蔵化したBAC DNA等を基盤上、好適には固体基盤上に定着させることにより、所望するDNA定着基盤を製造することができる。固体基盤としては、ガラス板が好ましい。ガラス等の固体基盤は、ポリ−L−リジン、アミノシラン、金・アルミニウム等の凝着により基盤をコートすることがより好ましい。
【0021】
上記の無尽蔵化したDNAを基盤上にスポットする濃度は、好ましくは10pg/μl〜5μg/μl、より好ましくは1ng/μl〜200ng/μlである。スポットする量は好ましくは1nl〜1μl、より好ましくは10nl〜100nlである。また、基盤に定着させる個々のスポットの大きさ及び形状は、特に限定されないが、例えば、大きさは直径0.01〜1mmであり得、上面から見た形状は円形〜楕円形であり得る。乾燥スポットの厚みは、特に制限はないが、1〜100μmである。さらに、スポットの個数は、特に制限はないが、使用する基盤あたり10〜50,000個、より好ましくは100〜5,000個である。それぞれのDNAはSingularからQuadruplicateの範囲でスポットするが、Duplicate或るいはTriplicateにスポットすることが好ましい。
【0022】
乾燥スポットの調整は、例えば、スポッターを用いて無尽蔵化したBAC DNA等を基盤上にたらして、複数のスポットを形成した後、スポットを乾燥することにより製造することができる。スポッターとしてインクジェット式プリンター、ピンアレイ式プリンター、バブルジェット(登録商標)式プリンターが使用できるが、インクジェット式プリンターを使用することが望ましい。例えば、GENESHOT(日本ガイシ株式会社、名古屋)等を使用できる。
【0023】
このようにして無尽蔵化したBAC DNA等を基盤上、好適には固体基盤上に定着させることにより、所望するDNA定着基盤を製造することができる。
【0024】
また、PCDH17遺伝子の欠失を直接的に検出する手段の一つとしてサザンブロット法を用いることができる。サザンブロット法は、検体から得られるゲノムDNAを分離して固定し、これと、PCDH17遺伝子とのハイブリダイズを検出することにより、検体中の当該遺伝子の存在を検出する方法である。
【0025】
<PCDH17遺伝子の不活性化の検出>
CpGリッチプロモーター並びにエキソン領域を密にメチル化すると転写不活性化が起こることが報告されている(Bird AP., et al.,Cell,99,451−454,1999).癌細胞では、CpGアイランドはそれ以外の領域と比較すると高い頻度で密にメチル化されており、プロモーター領域の高度メチル化(Hypermethylation)は、癌での癌抑制遺伝子の不活性化に深く関与している(Ehrlich M.,et al,Oncogene,21,6694−6702,2002)。後述するように、実際、PCDH17遺伝子のエキソンに存在するCpGアイランドはプロモーター活性を有している。また、このCpGアイランドのメチル化の度合いは、食道扁平上皮癌でのPCDH17遺伝子発現の抑制と強く相関することがある。
【0026】
したがって、食道癌を、脱メチル化試薬である5−アザデオキシシチジン(5−aza−dCyd)存在下で培養することにより、CpGアイランドを脱メチル化することができ、その結果、PCDH17遺伝子発現を回復させることができる。このことから、CpGアイランドの高度メチル化が食道癌における癌抑制遺伝子の発現抑制を高頻度で起こす原因の一つであることが理解できる。
【0027】
上述した検出手段により、PCDH17遺伝子の発現量が減少していることが判明した検体細胞(臨床癌組織に由来する癌細胞)に対して、脱メチル化剤(5−アザデオキシシチジンなど)を作用させて、遺伝子発現量の回復を検討することができる。すなわち、検体細胞に脱メチル化剤を作用させて、PCDH17遺伝子の発現量が回復する場合には、検体細胞における遺伝子の抑制要因は、CpGアイランドのメチル化であり、検体提供者に、脱メチル化作用を有する薬剤を投与することにより、相応の抗腫瘍効果が期待される。
【0028】
メチル化DNAを検出する手法としては、例えば、バイサルファイト−リストリクション結合分析(Comnined bisulfite−restriction analysis;COBRA法)を用いることができる。具体的には、検体試料より調整したゲノムDNAを亜硫酸水素ナトリウムで処理することにより、ゲノムDNA中の非メチル化シトシン(C)を、ウラシル(U)に変換する。メチル化されているシトシンは構造上安定であるために、この反応を受けず、ウラシルに変換されない。選択した二種の配列のプライマーによりPCR法で該DNAの部分配列を増幅させ、メチル化の影響を受ける制限酵素(例えば、BstUI、TaqI)で増幅させPCR産物を処理し、電気泳動を行うことにより、任意のゲノムDNA部位についてメチル化の状態を調べることができる。
【0029】
さらに、上記COBRA法により得られたPCR産物をサブ・クローン化し、塩基配列の決定(バイサルファイト・ゲノム・シーケンシング法;bisulfite genomic sequencing; BGS法)を行えば、詳細なメチル化プロファイリングが可能となる。
【0030】
上述の通り、癌細胞では、CpGアイランドはそれ以外の領域と比較すると高い頻度で密にメチル化されていることから、本発明では、特にPCDH17のCpGアイランドを含むCpG−リッチ領域について上記メチル化の検出を行うことが好ましい。また、後述の通り、PCDH17遺伝子の転写開始サイト(transcription start site; TSS)周辺におけるGpCサイトのメチル化は当該遺伝子の転写レベルの発現抑制に関与している点で、PCDH17遺伝子のTSS周辺のGpCサイトについてもメチル化の検出を行うことが好ましい。さらに、PCDH17プロモーター領域の異常なメチル化は食道の癌形成の初期に生じることから、PCDH17プロモーター領域についてメチル化の検出を行うことも好ましい。
【0031】
<PCDH17遺伝子の発現低下の検出>
本発明において、PCDH17遺伝子の発現低下を検出する方法としては、PCDH17からのメッセンジャーRNA(mRNA)を検出する手法、又は、PCDH17遺伝子から翻訳されたタンパク質を検出する手法が挙げられる。具体的には、食道癌が疑われる検体と正常食道組織とについて、PCDH17mRNAの発現量ないしPCDH17タンパク質の発現量を適宜の手法により比較することでPCDH17遺伝子の発現低下を評価することが可能である。
【0032】
本発明において、PCDH17mRNAを検出する手法としては、該RNA配列を含むプローブを用いたノーザンハイブリダイゼーション法、DNAマイクロアレイ法、RT−PCR法(reverse transcription polymerase chain reaction)、リアル・タイム定量RT−PCR法(real−time quantitativereverse transcription polymerase chain reaction)等が挙げられる。特に、リアル・タイム定量RT−PCR法は、PCDH17mRNA発現レベルが定量的に評価できる点で、本手法の使用は好ましい。
【0033】
PCDH17のタンパク質レベルでの発現を検出する手法としては、PCDH17特異的抗体を用いた免疫染色法、例えば、イムノブロット法、酵素抗体法(EIA)、放射線免疫測定法(RIA)、蛍光抗体法、免疫細胞染色、免疫組織化学法、免疫蛍光細胞化学法(Immunofluorescence cytochemistry)、ウェスタン・ブロッティング法、あるいは質量分析法等が挙げられる。これら手法の一種以上を組み合わせて用いれば、PCDH17タンパク質の発現量、組織における発現の分布等について詳細に調べることができる。
【0034】
上記手法に用いるPCDH17タンパク質に対する抗体(以下、PCDH17抗体という)は、PCDH17タンパク質の全部又は一部を抗原として、通常の方法で作成することができる。PCDH17タンパク質の一部とは、配列番号2に記載するPCDH17タンパク質のアミノ酸配列のうち、例えば連続する少なくとも6個のアミノ酸、好ましくは少なくとも約8〜10個のアミノ酸、さらに好ましくは、少なくとも約11〜20個のアミノ酸からなるポリペプチドをいう。抗原とするPCDH17タンパク質の全部又は一部の調製法は生物学的手法、化学合成手法いずれでもよい。
【0035】
ポリクローナル抗体は、例えば上記抗原をマウス、モルモット、ウサギなどの動物の皮下、筋肉内、腹腔内、静脈内などに複数回接種し十分に免疫した後、該動物から採血、血清分離して作製することができる。モノクローナル抗体は、例えば上記抗原で免疫したマウスの脾細胞と市販のマウスミエローマ細胞との細胞融合により得られるハイブリドーマを作成後、該ハイブリドーマ培養上清、又は該ハイブリドーマ投与マウス腹水から作成することができる。
【0036】
上記のようにして調製したPCDH17タンパク質抗体又はその断片を用いることによって検体試料中のPCDH17タンパク質の発現量を知ることができる。測定した検体試料中のPCDH17タンパク質の発現量が低い場合は、検体とした組織や細胞においてPCDH20遺伝子の発現が抑制されていることになり、後述する本発明の食道癌抑制剤の適用対象となる癌を選別することができる。
【0037】
(2)食道癌抑制剤
本発明の一態様によれば、本発明の食道癌抑制剤は有効成分としてPCDH17遺伝子又はその相同遺伝子を含む。本発明のもう一つの態様によれば、本発明の食道癌抑制剤は有効成分としてPCDH17タンパク質又はその相同タンパク質を含む。
【0038】
PCDH17遺伝子の塩基配列及びPCDH17タンパク質のアミノ酸配列は既に知られており、ヒトPCDH17遺伝子mRNAの塩基配列及びアミノ酸配列はNational Center for Biotechnology Information のデータベース(NCBI Reference Sequence: NM_001040429)にて登録されている。PCDH17遺伝子の塩基配列(PCDH17タンパク質コード領域)は配列番号1に記載する通りであり、PCDH17タンパク質のアミノ酸配列は配列番号2に示される通りである。
【0039】
本明細書において「PCDH17遺伝子」というのは、上記塩基配列で特定されるヒト由来の遺伝子をいい、「PCDH17タンパク質」というのは、該PCDH17遺伝子がコードし、上記アミノ酸配列で特定されるタンパク質をいう。
【0040】
PCDH17遺伝子は、当業者に公知の技術を用いて培養細胞などから取得したcDNAであってもよいし、又は本明細書の配列番号1に記載の塩基配列に基づいてPCR法などにより化学的に合成したものでもよい。PCR法により配列番号1に記載した塩基配列を有するDNAを取得する場合、ヒトの染色体DNA又はcDNAライブラリーを鋳型として使用し、配列番号1に記載した塩基配列を増幅できるように設計した1対のプライマーを使用してPCRを行う。PCRで増幅したDNA断片は大腸菌などの宿主で増幅可能な適切なベクター中にクローニングすることができる。
【0041】
上記のブローブ又はプライマーの調製、cDNAライブラリーの構築、cDNAライブラリーのスクリーニング、並びに目的遺伝子のクローニングなどの操作は当業者に既知であり、例えば、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons(1987−1997)などに記載された方法に準じて行うことができる。
【0042】
本発明において、「PCDH17遺伝子の相同遺伝子」とは、配列番号1に記載の塩基配列において1から数個の塩基が欠失、付加又は置換されている塩基配列であって、食道癌抑制活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子;又は配列番号1に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、食道癌抑制活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子をいう。また、PCDH17遺伝子の相同遺伝子にはPCDH17遺伝子の断片も含まれる。
【0043】
上記の「配列番号1に記載の塩基配列において1から数個の塩基が欠失、付加又は置換されている塩基配列」における「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から60個、好ましくは1から30個、より好ましくは1から20個、さらに好ましくは1から10個、特に好ましくは1から5個程度を意味する。
【0044】
上記の「食道癌抑制活性」の程度は特に限定はされないが、好ましくはPCDH17タンパク質が有する食道癌抑制活性と実質的に同等又はそれ以上の癌抑制活性をいう(以下、本明細書における「食道癌抑制活性」は同じ意味を示す)。
【0045】
従って、「PCDH17遺伝子の相同遺伝子」は上記に定義される構造と機能を有する限り、由来は問わず、ヒト以外の哺乳動物由来であってもよいし、ヒトなどの哺乳動物由来の遺伝子に対して人工的に変異を導入したものであってもよい。ただし、該遺伝子を後記のごとく食道癌抑制剤に使用する場合は臨床上の安全性の観点からヒト由来のものが好ましい。
【0046】
上記の「配列番号1に記載の塩基配列において1から数個の塩基が欠失、付加又は置換されている塩基配列であって、食道癌抑制活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子」は、化学合成、遺伝子工学的手法又は突然変異誘発などの当業者に既知の任意の方法で作製することができる。具体的には、上記遺伝子は配列番号1に記載の塩基配列を有するDNAを利用し、これらDNAに変異を導入することにより取得することができる。例えば、配列番号1に記載の塩基配列を有するDNAに対し、変異原となる薬剤と接触作用させる方法、紫外線を照射する方法、遺伝子工学的手法などを用いて行うことができる。遺伝子工学的手法の一つである部位特異的変異誘発法は特定の位置に特定の変異を導入できる手法であることから有用であり、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley &Sons (1987−1997)などに記載の方法に準じて行うことができる。
【0047】
上記の「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列」とは、DNAをプローブとして使用し、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるDNAの塩基配列を意味し、例えば、コロニー又はプラーク由来のDNA又は該DNAの断片を固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0MのNaCl存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2×SSC溶液(1×SSC溶液は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNAなどを挙げることができる。ハイブリダイゼーションは、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989などに記載されている方法に準じて行うことができる。
【0048】
ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、プローブとして使用するDNAの塩基配列と一定以上の相同性を有するDNAが挙げられ、例えば70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは93%以上、特に好ましくは95%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。
【0049】
上記の「配列番号1に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であって、食道癌抑制活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有する遺伝子」は、上述の通り、一定のハイブリダイゼーション条件下でコロニー・ハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンハイブリダイゼーション法などを行うことにより得ることができる。
【0050】
本発明において、「PCDH17タンパク質の相同タンパク質」とは、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は挿入したアミノ酸配列であって、食道癌抑制活性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質;又は、配列番号2に記載のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列であって、食道癌抑制活性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をいう。
【0051】
上記した「配列番号2に記載のアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は挿入したアミノ酸配列」における「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度を意味する。
【0052】
上記した「配列番号2に記載のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列」とは、該アミノ酸配列と配列番号2に記載のアミノ酸配列との相同性が少なくとも70%以上であり、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上であることを意味する。
【0053】
PCDH17タンパク質は、天然由来のタンパク質でも、化学合成したタンパク質でも、遺伝子組み換え技術により作製した組み換えタンパク質の何れでもよい。比較的容易な操作でかつ大量に製造できるという点では、組み換えタンパク質が好ましい。
【0054】
天然由来のタンパク質は、該タンパク質を発現している細胞又は組織からタンパク質の単離・精製方法を適宜組み合わせて単離することができる。化学合成タンパク質は、例えば、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)などの化学合成法に従って合成することができる。また、各種の市販のペプチド合成機を利用して本発明のタンパク質を合成することもできる。組み換えタンパク質は、該タンパク質をコードする塩基配列(例えば、配列番号1に記載の塩基配列)を有するDNAを好適な発現系に導入することにより生産することができる。
【0055】
なお、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸が欠失、置換又は挿入したアミノ酸配列を有するタンパク質、又は配列番号2に記載のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質は、配列番号2に記載のアミノ酸配列をコードするDNA配列の一例を示す配列番号1に記載の塩基配列の情報に基づいて当業者であれば適宜製造又は入手することができる。
【0056】
本発明の食道癌抑制剤の好ましい態様としては、有効成分として上記のPCDH17遺伝子又はその相同遺伝子をベクターに組み込んだ組換えベクターを含む。ベクターとしてはウイルスベクター又は動物細胞発現用ベクター、好ましくはウイルスベクターが用いられる。
【0057】
ウイルスベクターとしてはレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、バキュロウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レンチウイルスベクターなどが挙げられる。中でも、レトロウイルスベクターは、細胞に感染後、ウイルスゲノムが宿主染色体に組み込まれ、ベクターに組み込んだ外来遺伝子を安定にかつ長期的に発現させる可能であるからレトロウイルスベクターを使用することが特に望ましい。
【0058】
動物細胞発現用ベクターとしては例えばpCXN2(Gene, 108, 193−200, 1991)、PAGE207(特開平6−46841号公報)又はその改変体などを用いることができる。
【0059】
上記組換えベクターは適当な宿主に導入して形質転換し、得られた形質転換体を培養することによって生産することができる。組換えベクターがウイルスベクターの場合、これを導入する宿主としてはウイルス生産能を有する動物細胞が用いられ、例えば、COS−7細胞、CHO細胞、BALB/3T3細胞、HeLa細胞などが挙げられる。レトロウイルスベクターの宿主としては、ΨCRE、ΨCRIP、MLVなどが、アデノウイルスベクター及びアデノ随伴ウイルスベクターの宿主としては、ヒト胎児腎臓由来の293細胞などが用いられる。ウイルスベクターの動物細胞への導入はリン酸カルシウム法などで行うことができる。また、組換えベクターが動物細胞発現用ベクターの場合、これを導入する宿主としては大腸菌K12株、HB101株、DH5α株などを使用でき、大腸菌の形質転換は当業者に公知である。
【0060】
得られた形質転換体はそれぞれに適した培地、培養条件により培養する。例えば、大腸菌の形質転換体の培養は、生育に必要な炭素源、窒素源、無機物その他を含有するpH5〜8程度の液体培地を用いて行うことができる。培養は通常15〜43℃で約8〜24時間程度行う。この場合、目的とする組み換えベクターは、培養終了後、通常のDNA単離精製法により得ることができる。
【0061】
また、動物細胞の形質転換体の培養は、例えば約5〜20%のウシ胎児血清を含む199培地、MEM培地、DMEM培地などの培地を用いて行うことができる。培地のpHは約6〜8が好ましい。培養は通常約30〜40℃で約18〜60時間行う。この場合、目的とする組み換えベクターは、それを含有するウイルス粒子が培養上清中に放出されるので、ウイルス粒子の濃縮、精製を塩化セシウム遠心法、ポリエチレングリコール沈澱法、フィルター濃縮法などにより得ることができる。
【0062】
本発明の食道癌抑制剤のうち、有効成分としてPCDH17遺伝子又はその相同遺伝子を含む食道癌抑制剤(以下、遺伝子治療剤という)は、有効成分であるPCDH17遺伝子又はその相同遺伝子を遺伝子治療剤に通常用いる基剤と共に配合することにより製造することができる。また、PCDH17遺伝子又はその相同遺伝子をウイルスベクターに組み込んだ場合は、組換えベクターを含有するウイルス粒子を調製し、これを遺伝子治療剤に通常用いる基剤と共に配合する。
【0063】
上記基剤としては、通常注射剤に用いる基剤を使用することができ、例えば、蒸留水、塩化ナトリウム又は塩化ナトリウムと無機塩との混合物などの塩溶液、マンニトール、ラクトース、デキストラン、グルコースなどの溶液、グリシン、アルギニンなどのアミノ酸溶液、有機酸溶液又は塩溶液とグルコース溶液との混合溶液などが挙げられる。あるいはまた、当業者に既知の常法に従って、これらの基剤に浸透圧調整剤、pH調整剤、植物油、界面活性剤などの助剤を用いて、溶液、懸濁液、分散液として注射剤を調製することもできる。これらの注射剤は、粉末化、凍結乾燥などの操作により用時溶解用製剤として調製することもできる。
【0064】
また、本発明の遺伝子治療剤は、常法により調製されたリポソームの懸濁液にPCDH17遺伝子を添加し凍結した後融解することにより製造することもできる。リポソームを調製する方法は、薄膜振とう法、超音波法、逆相蒸発法、界面活性剤除去法などがある。リポソームの懸濁液は超音波処理した後、遺伝子を添加するのが遺伝子の封入効率を向上させる上で好ましい。遺伝子を封入したリポソームはそのまま、又は水、生理食塩水などに懸濁して静脈投与することができる。
【0065】
上記遺伝子治療剤の投与形態としては、通常の静脈内、動脈内などの全身投与でもよいし、あるいは癌原病巣又は予想転移部位に対して、局所注射又は経口投与などの局所投与を行ってもよい。さらに、遺伝子治療剤の投与にあたっては、カテーテル技術、遺伝子導入技術、又は外科的手術などと組み合わせた投与形態をとることもできる。
【0066】
上記遺伝子治療剤の投与量は、患者の年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤型によって異なるが、一般に、成人では一日当たり組み換え遺伝子の重量として1μg/kg体重から1000mg/kg体重程度の範囲であり、好ましくは10μg/kg体重から100mg/kg体重程度の範囲である。投与回数は特に限定されない。
【0067】
また、本発明の食道癌抑制剤のうち、有効成分としてPCDH17タンパク質又はその相同タンパク質を含む食道癌抑制剤(以下、タンパク質製剤という)は、有効成分であるPCDH17タンパク質又はその相同タンパク質に製剤用添加物(例えば、担体、賦形剤など)を含む医薬組成物の形態で提供される。
【0068】
上記タンパク質製剤の形態は特に限定されず、経口投与のための製剤としては例えば、錠剤、カプセル剤、細粒剤、粉末剤、顆粒剤、液剤、シロップ剤などが挙げられ、非経口投与のための製剤としては例えば、注射剤、点滴剤、座剤、吸入剤、経粘膜吸収剤、経皮吸収剤などが挙げられる。
【0069】
上記タンパク質製剤の投与経路は特に限定されず、経口投与又は非経口投与(例えば、筋肉内投与、静脈内投与、皮下投与、腹腔内投与などへの粘膜投与、又は吸入投与など)の何れでもよい。
【0070】
上記タンパク質治療剤の投与量は、患者の年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤型によって異なるが、一般に、成人では一日あたり0.001μg/kg体重から1000μg/kg体重程度の範囲であり、好ましくは0.001μg/kg体重から100μg/kg体重程度の範囲である。投与回数は特に限定されない。
【0071】
上記食道癌抑制剤(遺伝子治療剤及びタンパク質製剤の両形態を含む)は、その有効量をヒトを含む哺乳動物に投与することによって癌を抑制するのに使用することができる。上記食道癌抑制剤はまたその予防及び/又は治療有効量をヒトを含む哺乳動物に投与することによって食道癌の予防及び/又は治療をするのに使用することができる。
【0072】
本明細書でいう「食道癌抑制」とは、食道癌の発生又は転移・着床を防止するという予防的作用、ならびに食道癌細胞の増殖を抑制したり、食道癌を縮小することによって食道癌の進行を阻止したり、症状を改善させるという治療的作用の両方を含む最も広い意味を有し、いかなる場合においても限定的に解釈されるものではない。
【0073】
本発明の食道癌抑制剤の適用対象は、食道の組織における癌であれば特に限定されるものではく、食道扁平上皮癌、食道腺癌などを挙げることができるが、好ましくは食道扁平上皮癌である。
【0074】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により特に限定されるものではない。
【実施例】
【0075】
1.材料及び方法
<細胞培養、薬剤処理及び臨床組織サンプル>
全部で43のESCC細胞株を用いたが、そのうち31の細胞株は外科的に切除した腫瘍から確立したKYSEシリーズ(Shimada Y, Imamura M, Wagata T, Yamaguchi N, Tobe T. (1992). Characterization of 21 newly established esophageal cancer cell lines. Cancer 69: 277-284)に属し、12の細胞株は東北大学加齢医学研究所附属医用細胞資源センターから提供されたTE−シリーズ株である。全てのESCC細胞は、既報の方法により維持した(上述の非特許文献8参照)。PCDH17の回復を分析するために、細胞を、5日間、5μmol/Lの5−アザ−デオキシシチジン(5−aza−dCyd)、及び/又は最後の12時間100ng/mLのトリコスタチンA(TSA)、それぞれの存在下又は非存在下で処理した。
【0076】
腫瘍の摘出を受けた13人のESCC患者から手術中に得た、臨床腫瘍サンプル及び対応する非癌部の食道粘膜を液体窒素中で直ちに凍結し、供試するまで−80℃で保存した。上述の13のサンプルを含む、全部で145のESCC腫瘍サンプルが、ESCC患者から得られ、それらは24時間のホルマリン固定後にパラフィンに封入した。関連する臨床上及び生存率のデータが、全ての患者について利用可能であった。いずれのグループにおいても、手術の前に化学療法又は放射線治療を受けた患者はいない。TNM分類(Sobin LH, Wittekind CH (ed). (2002) International Union Against Cancer (UICC): TNM Classification of Malignant Tumors 6th edn. Wiley-Less: New York)、及び、食道癌の日本の分類(Japan Esophageal Society. (2009). Japanese Classification of Esophageal Cancer tenth edition: part I. Esophagus 6: 1-25.)に従って、疾患のステージを定義した。本実施例においては、非治癒的な切除により治療された患者、あるいは他の疾患により死亡した患者は含まれていない。生存患者の追跡期間中央値は、53ヶ月(1〜110ヶ月に渡る)であった。
【0077】
<高密度オリゴヌクレオチド・アレイCGH分析>
Agilent Human Genome CGH Microarray Kit 244K(Agilent Technologies社製)を用いて、当該細胞株におけるコピー数変化のゲノム・ワイドな分析を行った。ラベリング及びハイブリダイゼーションは、上記キットの製造業者によって提供されるプロトコルに従って行った。アレイは、アジレント・スキャナー(Agilent scanner)を用いてスキャンし、データ抽出、フィルタリング及び標準化は、Feature Extraction software(Agilent Technologies社製)を用いて行った。CGHAnalytics program vesion 3.4.40(Agilent Technologies社製)を用いて、他の分析プログラムにおいて使用するためのアレイCGHデータを書き出した。
<ホモ接合性欠失及び変異を検出するためのゲノムPCR>
ホモ接合性欠失は、ゲノムPCR(genomic polymerase chain reaction)で確認した。PCDH17のコード領域における変異は、エクソン部分の増幅及びダイレクト・シーケンシングにより分析した。サンプルにおいて検出した全ての塩基の変化は、各産物を両方向から配列決定して確認した。プライマーは、各エクソン周辺のゲノム配列に設計した(表1参照)。
【0078】
【表1】

【0079】
<定量リアル・タイムRT−PCR(quantitative real-time transcription−polymerase chain reaction)>
mRNAの発現レベルは、TaqMan Gene Expression Assays(Applied Biosystems社製)を用い、定量リアル・タイム蛍光検出法(ABI PRISM 7500 sequence detection System;Applied Biosystems社製)により、当該製造業者のマニュアルに従って測定した。遺伝子発現値は、PCDH17遺伝子(Hs00205457_m1;Applied Biosystems社)、及び試料から分離したRNAの量に対する標準化因子を提供する内部基準遺伝子(β−アクチンのHs99999903_m1、ACTB;Applied Biosystems社)の比で表され、続いて、コントロールにおける値で標準化される(相対発現レベル)。正常ヒト食道に由来する全RNAは、Ambion(Austin, TX, USA)から購入した。各アッセイは、各サンプルにつき二組で行った。
【0080】
<バイサルファイト−リストリクション結合分析法(Comnined bisulfite−restriction analysis;COBRA法)及びバイサルファイト・ゲノム・シーケンシング法(bisulfite genomic sequencing; BGS法)>
ゲノムDNAを、亜硫酸水素ナトリウム(Sodium bisulfite)で処理し、任意の領域を増幅するために設計したプライマーセット(表2参照)を用いたPCRに供試した。COBRA法のため、PCR産物をBstUI又はTaqIで制限酵素処理を行い、電気泳動を行った(Xiong Z, Laird PW. (1997). COBRA: a sensitive and quantitative DNA methylation assay. Nucleic Acids Res 25: 2532-2534.)。ゲルをエチジウム・ブロマイドで染色しいた後、MultiGauge 2.0(Fuji Film社製)を用いた密度測定により、メチル化されたアレルの強度(パーセンテージとして)を測定した。メチル化密度カットオフポイントである20%を有意義と考慮した(Sonoda I, Imoto I, Inoue J, Shibata T, Shimada Y, Chin K, et al. (2004). Frequent silencing of low density lipoprotein receptor-related protein 1B (LRP1B) expression by genetic and epigenetic mechanisms in esophageal squamous cell carcinoma. Cancer Res 64: 3741-3747.)。BGS分析のため、PCR産物はサブクローニングし、塩基配列を決定した。
【0081】
【表2】

【0082】
<プロモーター・レポーターアッセイ>
PCDH17のCpG−rich領域周辺の任意のゲノムDNA断片をPCRにより得て、ベクターpGL3−Basic(Promega社製)に挿入した。各コンストラクト(construct)又は空のpGL3−Basicベクター等量を、FuGENE6(Roche Diagnostics社製)を用いて、内部コントロールベクター(pRL−hTK、Promega社製)と共に、細胞に導入した。トランスフェクションの36時間後に、Dual−Luciferase Reporter Assay System(Promega社製)を用いて、ホタルルシフェラーゼ及びレニラ(Renilla)ルシフェラーゼ活性をそれぞれ測定した。相対的なルシフェラーゼ活性を計算し、レニラルシフェラーゼ活性に対して標準化した。
【0083】
<ウェスタン・ブロット分析>
Anti−PCDH17ウサギ・ポリクローナル抗体を、ヒトPCDH17由来のペプチド(DHPNRDLGRESVDAE; Operon Biotechnology社製)に対して産生し、アフィニティ・カラムを通して精製した。Anti−Myc−Tag抗体は、Cell signaling Technology社から入手し、anti−FLAG−Tag 抗体及びanti−β−actin抗体は、Sigma社から入手し、anti−p21抗体、anti−p27抗体及びanti−CCND1抗体は、それぞれ、BD Biosciences社、Santa Cruz Biotechnology社及びCell Signalling Technology社から入手した。内在性のPCDH17の発現をノックアウトするために、PCDH17をターゲットとするsiRNAのそれぞれ(Stealth RNAiTM siRNA #HSS17838383、 #HSS17838384、及び #HSS17838385; Invitrogen社)又はネガティブ・コントロール(Negative universal control Med;Invitrogen社)を、Lipofectamine RNAiMAX(Invitrogen社製)を用い、当該製造業者の指示に従って、ESCC細胞にトランスフェクションした(10 nmol/L)。細胞溶解物を既報の通りウェスタン・ブロッティングにより分析した(Kozaki K, Imoto I, Mogi S, Omura K, Inazawa J. (2008). Exploration of tumor-suppressive microRNAs silenced by DNA hypermethylation in oral cancer. Cancer Res 68: 2094-2105.)。
【0084】
<免疫組織化学法>
シラン・コートガラススライド上に据え付け、かつ0.3%の過酸化水素を含有するメタノールに浸潤したホルマリン固定パラフィン封入組織切片(厚さ3μm)に対して、間接免疫組織化学法を行った。クエン酸緩衝液(pH9.0、ニチレイ社製)において、マイクロ波前処理により、抗原を回収した。2%の通常ブタ血清でブロッキングした後、室温下、一晩の間、anti−Anti−PCDH17抗体(1:3000)でインキュベートし、アビジン−ビオチン複合体(ABC)キット(R.T.U.Vectastain Elite ABC Reagent;Vector Laboratories社製)、ジアミノベンジジン四塩酸塩及び過酸化水素を用いて、抗原抗体反応を可視化した。スライドは、メイヤーズ・ヘマトキシリンで対比染色した。
【0085】
後述のホルマリン固定PCDH17コンストラクト導入KYSE170細胞、及び空のベクターを導入したKYSE170細胞を、それぞれ、陽性コントロール及び陰性コントロールとして使用した。抗体の特異性は、ウェスタン・ブロッティング及び合成ペプチドを用いた吸着試験により確認した(図6参照)。全ての切片について、臨床的特徴及び結果を把握していない二人の病理学者により、光学顕微鏡下で分析した。一つのスライド毎に20の代表視野について、200倍で調査した。PCDH17が陽性の腫瘍領域は、間質細胞に囲まれた高濃度で染色された細胞膜を持った腫瘍細胞を含むものと定義した(図6参照)。PCDH17が陽性である患者は、200倍における20の画像において少なくとも20の陽性領域を有するものとして定義した。
【0086】
<免疫蛍光細胞化学法(Immunofluorescence cytochemistry; IFC)>
C末端にmycペプチドを付加したPCDH17を発現するプラスミド(pCMV−3Tag4A−PCDH17)、及び、内部リボソームエントリー部位(internal ribosomal entry site; IRES)によりGFPを融合させ、かつC末端にFLAGペプチドを付加したPCDH17を発現するプラスミド(pIRES−hGFPII−PCDH17)を、3×Myc及び3×FLAGエピトープとイン・フレームであるPCDH17の全コード配列のRT−PCR産物を真核細胞発現ベクターpCMV−3Tag4A(Stratagene社製)及びpIRES−HGFPII(Stratagene社製)のそれぞれにクローニングすることによって取得した。各コンストラクト又は空のベクター(pCMV−3Tag4A−mock)を導入した細胞を滅菌カバーガラスに播種した。エピトープを付加したタンパク質を発現する細胞は、メタノールで15分間、−20℃で固定し、35分間1%ウシ血清アルブミンでブロッキングし、マウス・モノクローナルanti−MYC又はanti−FLAG抗体(1:100)、及び/又は、ウサギ・ポリクローナルanti-PCDH17抗体(1:100)に保蔵した。洗浄した細胞は、anti-マウス又はanti-ウサギ抗体をコンジュゲートしたAlexafluor 488又は594(Invitrogen社製)を1:100で希釈したものとインキュベートし、4’,6−diamidino−2−phenylindole dihydrochloride(DAPI、0.15μg/mL)で対比染色した。
【0087】
<増殖アッセイ>
コロニー・フォーメーションアッセイ(非特許文献8を参照)のために、pCMV−3TAG4A−PCDH17又は空のベクター(pCMV−3Tag4A−mock)コントロールを、リポフェクタミン2000(Invitrogen社製)を用いて細胞に導入した。導入後48時間後に、PCDH17タンパク質の発現をウェスタン・ブロッティング及び免疫蛍光細胞化学法(IFC)により確認した。コロニー・フォーメーションアッセイのため、G418の適切な濃度下で6ウェル・プレートにおいて10日間インキュベーションした後、細胞を70%エタノールで固定し、クリスタル・バイオレットで染色した。
【0088】
PCDH17安定形質転換体及びコントロール対象物は、pIRES−hGFPII−PCDH17又は空のpIRES−hGFPIIを、PCDH17の発現を欠いたKYSE170及びKYSE200細胞に導入することによって得た。細胞増殖の測定のため、1×104個の細胞を24ウェル・プレートに播種した。播種後24〜72時間の時点で、水溶性テトラゾリウム塩(WST)アッセイにより、生細胞数を算定した。細胞周期は、既報の通りFACS法(Suzuki E, Imoto I, Pimkhaokham A, Nakagawa T, Kamata N, Kozaki KI, et al. (2007). PRTFDC1, a possible tumor-suppressor gene, is frequently silenced in oral squamous-cell carcinomas by aberrant promoter hypermethylation. Oncogene; 26: 7921-732. )により評価した。
【0089】
<スクラッチ・傷害アッセイ(Scratch wound assay)>
安定に形質転換したESCC細胞は、コンフルエントになるまで、6ウェル・プレートで培養した。細胞層を、滅菌20μlチップを用いて注意深く傷つけ、新しい培地で二回洗浄し、24時間培養した。0、6、12及び24時間の時点で、CCDカメラに接続した位相差顕微鏡により、傷つけた単層の画像を得た。写真をTIFFイメージに変換した後、傷つけた領域をCT−ASソフトウェア(Nikon社製)を用いて、ピクセル数を数えて測定した。実験は3組で行った。
【0090】
<トランスウェル移動/浸潤アッセイ(Transwell migration and invasion assays)>
トランスウェル移動/浸潤アッセイを、24ウェルに改良したボイデン・チャンバー(Boyden chamber)(transwell−chamber culture system、Becton Dickinson社製)において行った(Shinoda Y, Kozaki K, Imoto I, Obara W, Tsuda H, Mizutani Y, et al. (2007). Association of KLK5 overexpression with invasiveness of urinary bladder carcinoma cells. Cancer Sci 98: 1078-1086.)。8μmの孔を有する直径6.4mmのフィルターの上面をマトリゲル(Matrigel;BD transduction社製)でコーティングしたもの(浸潤アッセイ)と、コーティングしていないもの(移動アッセイ)を準備した。安定形質転換体(2×104細胞/ウェル)を上方のチャンバーに移した。48時間インキュベートした後、フィルターの上面における移動していない細胞(non−migrated cell)又は浸潤した細胞(invasive cell)を滅菌綿棒で取り除いた。フィルターの下面における移動していない細胞(non−migrated cell)又は浸潤した細胞(invasive cell)は固定し、Diff−Quik stain(Sysmex社製)で染色し、染色した細胞核を直接、3組で数えた。浸潤インデックスを計算することにより、浸潤可能性を算定した。浸潤インデックスとは、コントロール対象物における試験細胞の非被覆フィルターを通した移動(migration)に対する、Matrigel被覆フィルターを通したパーセンテージ浸潤の比である。
【0091】
<統計分析>
サブグループの間における違いは、スチューデントのt検定(Student's t−test)で試験した。臨床腫瘍組織におけるPCDH17の発現と、対応する患者に関係する臨床病理学的因子との相関は、Χ2又はフィッシャーの直接確率検定(Fisher's exact test)を用いて、統計的有意差を分析した。生存分析のために、一変量の予測因子に基づくグループに対してはKaplan−Meier生存曲線を構築し、グループ間の差異についてlog−rank検定により検定した。差異は、two−sided検定を用いて評価し、P<0.05レベルで優位であると判断した。
【0092】
2.結果
(1)オリゴヌクレオチド・アレイCGH
オリゴヌクレオチド・アレイCGHにより、ESCC細胞株におけるPCDH17のホモ接合性欠失を同定した。高密度オリゴヌクレオチドアレイ(Agilent Human Genome CGH Microarray Kit 244K)を用いて、43のESCC細胞株において、様々な注目すべきコピー数の獲得(高レベル増幅、log 2 ratio>2.0)及びコピー数の欠失(ホモ接合性欠失、log 2<2.0)が検出された。予想した通り、いくつかの小さなホモ接合性の欠失した領域が検出されたが、これら領域は、通常のBACアレイCGH(Pimkhaokham A, Shimada Y, Fukuda Y, Kurihara N, Imoto I, Yang ZQ, et al. (2000). Nonrandom chromosomal imbalances in esophageal squamous cell carcinoma cell lines: possible involvement of the ATF3 and CENPF genes in the 1q32 amplicon. Jpn J Cancer Res 91: 1126-1133.;非特許文献8)では同定されていないものであった。これらの新規に同定された領域のうち、13q21.2におけるホモ接合性の欠失が、KYSE890及びKYSE1170細胞株において検出された(図1A参照)。この13q21.2におけるホモ接合性の欠失はPCDH17遺伝子内にあり、以前報告された二つのTSG、 すなわち、PCDH8(Yu JS, Koujak S, Nagase S, Li CM, Su T, Wang X, et al. (2008). PCDH8, the human homolog of PAPC, is a candidate tumor suppressor of breast cancer. Oncogene 27: 4657-4665.)、及びPCDH20(Imoto I, Izumi H, Yokoi S, Hosoda H, Shibata T, Hosoda F, et al. (2006). Frequent silencing of the candidate tumor suppressor PCDH20 by epigenetic mechanism in non-small-cell lung cancers. Cancer Res 66: 4617-4626.)の近傍に位置する。これらの細胞株におけるPCDH17のホモ接合性欠失を確認し、この部分がほかのESCC株においてホモ接合的に欠失しているか否か決定するため、当該遺伝子のエクソン1〜4に設計したプライマーを用いてゲノムPCRを行った。その結果、KYSE890及びKYSE1170細胞のみにおいて、エクソン1及び3の間においてPCDH17の一部のホモ接合性欠失が検出された(図1B参照)。従来、PCDH17の欠失はESCCを含む癌において全く報告されていないので、当該遺伝子は、食道の癌形成に関係するTSGの候補であるかどうかを調べた。
【0093】
(2)ESCC細胞株におけるPCDH17の高頻度の転写レベルの発現抑制
次に、全てのESCC細胞株及び正常な食道について、リアル・タイム定量逆転写PCR(real−time quantitative reverse transcription−polymerase chain reaction ;RT−PCR)により、PCDH17のmRNAの発現について調べた。正常な食道と比較して、KYSE890及びKYSE1170細胞は、13q21.2にホモ接合性欠失を有しない他のESCC細胞株(41の内の39、95.1%)の大多数と同様に、PCDH17mRNAの発現を欠いていた(図1C参照)。二つのESCC細胞株(KYSE110及びKYSE140)及び正常食道では、PCDH17mRNAが発現しており、エピジェネティックな事象を含む、ゲノム上の欠失以外のメカニズムから生じる、腫瘍における発現の喪失が示唆された。41株のうち11株は、アレイCGH分析においてPCDH17周辺にホモ接合性欠失のパターンを示し、そのうち10株は、当該遺伝子を発現していなかった(図1C参照)。初めに、当該遺伝子のホモ接合性欠失を有しない41のESCC細胞株の一群と50のESCC臨床腫瘍組織について、PCDH17のタンパク質コード配列内の塩基置換をスクリーニングした(表3参照)。コドン56におけるGlyからArgの変異、及び、コドン776におけるGluからLysの変異のそれぞれに繋がる、一つのヘテロ接合性の塩基置換及び一つのホモ接合性の塩基置換が、KYSE70及びKYSE110/KYSE200細胞のそれぞれにおいて同定された。ESCC臨床腫瘍組織において検出された、二つのサイレントなヘテロ接合性の塩基置換は、対をなす非癌部の食道組織においても観察された(表3参照)。これらの結果から、これらの変異は一塩基変異多型(SNPs)であることが示唆された。アミノ酸の変異を伴う観察された変異は、SNPデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/SNP/ 及び http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp/)では報告されていないが、タンパク質コード配列内の塩基置換は、PCDH17の発現抑制に重要な役割を果たしてはいないようである。
【0094】
【表3】

【0095】
近年、確認されている通り、TSGの候補は、両アレルの遺伝的な不活性化のみというよりも、エピジェネティックな不活性化(プロモーターのメチル化)又は遺伝的な不活性化(一のアレルの変異)とエピジェネティックな不活性化(他のアレルのメチル化)との組合せを通して、より高頻度に不活性化される(Jones PA, Baylin SB. (2002). The fundamental role of epigenetic events in cancer. Nat Rev Genet 3: 415-428.)。CpGPLOTプログラム(http://www.ebi.ac.uk/emboss/cpgplot/)により、PCDH17の転写開始サイト(transcriptional start site; TSS)周辺にCpGアイランドを含むCpG−リッチ領域が同定されているので、DNAの脱メチル化がPCDH17の発現を回復させるかどうか調べた。いくつかの細胞株では、5−アザ−デオキシシチジンと共にトリコスタチンA(TSA)を添加することによりPCDH17mRNAの発現が増強されたが、PCDH17の発現を欠くESCC細胞株を5−アザ−デオキシシチジン(5−aza−dCyd)で処理することにより、PCDH17mRNAの発現が回復した(図1D参照)。これにより、ヒストンの脱アセチル化が、メチル化されたESCC細胞において、PCDH17の転写レベルの発現抑制に何らかの役割を果たしていることが示唆された。
【0096】
(3)ESCC細胞株におけるPCDH17CpGアイランドのメチル化
PCDH17の発現抑制においてCpGアイランド周辺のメチル化の潜在的な役割を示すため、当該遺伝子の発現が在るもの及び無いもののESCC細胞株についてバイサルファイト−リストリクション結合分析(COBRA法)及びバイサルファイト・ゲノム・シーケンシング(BGS法)を行うことにより、ESCC細胞株におけるPCDH17CpGアイランド周辺のメチル化状態をスクリーニングした(図2A参照)。COBRA法を用いた予備的なスクリーニングにより、PCDH17の発現状態に関わらず、ESCC細胞株において大抵のCpgアイランドは高度にメチル化されていることが証明されたので(図2B及び図5参照)、更なる分析からこれら領域は除外して、転写開始サイト(transcription start site;TSS)周辺の領域に注目した(図2Aにおける領域1〜3)。PCDH17発現ESCC細胞株はほとんど脱メチル化されているか、あるいは部分的にメチル化されているのに対し、非発現細胞株ではPCDH17−TSS周辺のCpGサイトは、広範囲にメチル化されている傾向にあった(図2B及び図2C参照)。PCDH17−TSS周辺のCpgリッチ領域の一部は、メチル化のターゲットとなるようであり、当該遺伝子の転写レベルの発現抑制に密接に関係しているようであった。よって、この領域を含み、またその領域内にある二つの断片(978bp及び171bp;図2Aにおける各fragment1及び2)をルシフェラーゼ・レポーターに接続し、ESCC細胞において当該領域のプロモーター活性を調べた。PCDH17mRNAの発現状態に関わらず、転写活性における顕著な増加は、fragment 1を含むコンストラクトの特徴であった(図2D参照)。これにより、プロモーター活性を示す特定のCpGサイト周辺の領域が、PCDH17を発現抑制するためのDNAメチル化の潜在的なターゲットであることが示された。
【0097】
(4)ESCC臨床腫瘍組織におけるPCDH17プロモーター領域のメチル化
ESCC臨床腫瘍組織において、PCDH17の異常なメチル化がどの程度、当該遺伝子の発現抑制に関与しているかを決定するために、領域1及び2(図2A及び図3A参照)についてCOBRA法を行うことにより、対応する非癌部の食道組織と共に、13の臨床ESCC検体の凍結切片について、当該遺伝子のメチル化状態を調べた。PCDH17の異常なメチル化は、13のESCC臨床腫瘍組織のうち9検体(69.2%)において、主に領域2において検出され、対応する非癌部の食道組織については、9検体のうち2検体(22.2%)においても検出された。これにより、PCDH17プロモーター領域の異常なメチル化は食道の癌形成の初期に生じることが示唆された。対応する非癌部組織と共に、代表となるESCC臨床腫瘍組織からの個々のアレルについて領域1及び2のBGS法を行った結果(図3B参照)、COBRA法においてメチル化が陽性であったESCC腫瘍では異常なメチル化が確認されたが、メチル化が陰性であった非癌部の食道組織では異常なメチル化は確認されなかった。これらの知見は、PCDH17プロモーターのメチル化は、in vitroにおける細胞系統の継代中に生じた単なる修飾(artifact)ではなく、ESCCの発症機序において癌に関係する真の事象であることが示された。
【0098】
PCDH17のメチル化状態と発現状態を比較するため、13の症例のうちいくつかについてはパラフィン封入組織内において非癌部組織検体は利用不可能であったものの、臨床腫瘍検体及び対応する非癌部の組織について定量リアル・タイム逆転写PCR(quantitative real-time RT-PCR)及び免疫組織化学法(immunohistochemistry)を行った。メチル化状態及びmRNA発現状態が13の症例のうち5つにおいては合致しなかったものの、腫瘍特異的な過剰メチル化を伴った7つの症例のうち4つにおいて(57.1%)、また、腫瘍特異的な過剰メチル化が無い5つの症例のうち2つにおいて(40%)、対となる非癌部組織と比較して腫瘍ではPCDH17mRNAの発現が減少していることが観察された(図3C参照)。ESCC臨床腫瘍組織及び非癌部の食道粘膜におけるPCDH17のタンパク質発現状態を調べるために、PCDH17特異的抗体を用いて免疫組織化学分析を行った(図3D及び図6参照)。非癌部の食道粘膜では、PCDH17の免疫反応は有棘細胞層における上皮細胞の膜上に点状のパターンとして観察された。PCDH17の免疫染色は、いくらかの間葉系細胞、すなわち内皮細胞において観察された。DNAのメチル化を伴ったESCC腫瘍の代表的ケース及び近傍の非癌部の組織を用いた免疫組織化学染色によれば、PCDH17タンパク質の発現は正常な内皮細胞では検出されたが、腫瘍細胞では検出されなかった(図3D参照)。この少数のケースでさえ、これらの結果により、PCDH17のプロモーター領域内のメチル化はESCC臨床腫瘍組織において生じており、発現消失に関係していることが示された。
【0099】
(5)臨床症例における臨床病理学的な特徴とPCDH17タンパク質の発現との間の関係
ESCC臨床腫瘍組織におけるPCDH17発現の低下を検証し、その臨床病理学的な意義を決定するために、145の臨床腫瘍組織検体についてPCDH17タンパク質の免疫組織化学分析を行った。表4は、PCDH17タンパク質の発現状態と臨床病理学的特徴との間の関係を要約したものである。145のESCC検体のうち、18検体(12.4%)はPCDH17に対して免疫反応を示し(表4及び図6において陽性)、127検体(87.6%)は免疫反応を示さなかった(表4及び図3Dにおいて陰性)。十分に/適度に分化した腫瘍(病理組織的分類、P=0.032、フィッシャーの直接確率検定)よりも、男性のケース(P=0.015、Χ2検定)及び不十分に分化した腫瘍において、より高頻度にPCDH17の発現が陰性であった。また、pN0腫瘍よりもpH1腫瘍の方がよりPCDH17の発現が陰性である傾向にあった(P=0.086、Χ2検定)。しかし、各腫瘍におけるPCDH17タンパク質発現は他の特徴に関係していなかった。Log rank検定を用いた全体の生存の単変量解析では、PCDH17の発現状態と患者の全体的な生存との間に有意義な関係を証明することはできなかった(図7参照)。しかし、本研究中、pN0 ESCC腫瘍をもったPCDH17陽性患者(n=10)では死亡したものはおらず、それに対し、陰性グループにおける44人の患者中9人(20.5%)が死亡した(図3E参照)。pN0 ESCC腫瘍を伴ったケースでは、PCDH17が陽性及び陰性のグループの間では、臨床病理学的な差異は観察されなかった(表5参照)。これにより、陰性のPCDH17の免疫反応性は、この不利なグループにおいて治療手段の選択を予測するために有用であることが示された。
【0100】
【表4】

【0101】
【表5】

【0102】
(6)ESCC細胞株でのPCDH17発現の回復後における細胞増殖及び移動の抑制
ESCC細胞株及び臨床腫瘍検体におけるプロモーターのメチル化を介したPCDH17の高頻度な発現消失から、PCDH17は有効なTSGであることが示唆された。PCDH17発現の回復が、当該遺伝子の発現を欠いたESCC細胞の増殖を抑制するかどうか調べるため、PCDH17の全コード配列を有する発現コンストラクトを用いたコロニー・フォーメーションアッセイを行った(図4A参照)。トランスフェクション及び続く薬剤耐性コロニーの選抜の後10日目、空のベクターを導入した対照物のものと比較すると、PCDH17を導入したKYSE170及びKYSE200細胞によって産生された大きなコロニーの数は減少した。予想通り、免疫蛍光染色によれば、異所的に発現したPCDH17タンパク質は主に細胞膜に位置していた(図8参照)。細胞増殖アッセイを、安定形質転換したKYSE170及びKYSE200細胞に対して行った(図4B参照)。FLAGペプチドを付加したPCDH17を安定に発現する細胞(図参照)はわずかに増殖したが、空のベクターを導入した細胞よりも圧倒的に増殖が遅かった(P<0.05、スチューデントのt検定)。ESCC細胞におけるPCDH17が誘発する増殖阻害のメカニズムをさらに調べるため、安定にPCDH17を形質転換したKYSE17及びKYSE200細胞において、細胞周期及び細胞周期に関連する遺伝子の発現に対するPCDH17の異所性発現の影響について調べた(図4C参照)。蛍光標識細胞分取(fluorescence−activated cell sorting; FACS)分析において、空ベクター(mock)の形質転換対照物と比較して、PCDH17形質転換細胞では、G0〜G1期において細胞の蓄積が、S及びG2〜M期の細胞においては減少が観察されたが、一方、サブG1期の細胞において増加は観察されなかった。これにより、PCDH17は、アポトーシスを誘発することなく、G1−SチェックポイントにおけるESCC細胞の停止(G0-G1停止)に貢献していることが示された。コントロール対象物と比較して、PCDH17形質転換KYSE170及びKYSE200細胞では、p21及びp27タンパク質発現における上昇傾向が、また、CCND1タンパク質発現における下降傾向が観察された。
【0103】
ESCC細胞の運動性に対するPCDH17発現の回復の影響について、上述のスクラッチ傷害アッセイにより評価した。PCDH17安定発現KYSE170細胞は、空のベクターを形質転換した対象物より圧倒的にゆっくりと傷つけた端に沿って広がった(図4D参照)。この結果により、PCDH17は、腫瘍細胞の遊走も阻害することが示された。さらに、PCDH17を形質転換したKYSE170細胞の浸潤可能性を調べるために、マトリゲル浸潤アッセイを行った。非被覆膜(移動アッセイ)又はマトリゲル被覆膜(浸潤アッセイ)を通して下方のチャンバーに移動した細胞の数、及び浸潤インデックス、マトリゲル被覆膜を通して移動した細胞と比較した非被覆膜を通して移動した細胞の数は、コントロール細胞よりも、PCDH17安定発現KYSE170細胞のほうが圧倒的に低かった(図4D参照)。これにより、PCDH17は、ESCC細胞の浸潤可能性を阻害することも示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体において、PCDH17遺伝子の変化を解析する工程を含む、食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項2】
PCDH17遺伝子の変化が、当該遺伝子のホモ接合性欠失、不活性化、又は発現低下である、請求項1に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項3】
PCDH17遺伝子の不活性化が、CpGアイランドのメチル化による当該遺伝子の不活性化であることを確認する、請求項2に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項4】
PCDH17遺伝子の変化を、DNAチップ法、サザンブロット法、ノーザンブロット法、リアル・タイム定量RT−PCR法、FISH法、CGH法、アレイCGH法、COBRA法、及びバイサルファイト・シーケンシング法からなる群から選択される少なくとも一つの手法により解析する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項5】
PCDH17遺伝子から転写されるmRNA又は翻訳されるタンパク質を検出することにより、当該遺伝子の発現低下を検出する、請求項2に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項6】
PCDH17遺伝子から翻訳されるタンパク質を免疫染色法により検出することにより、当該遺伝子の発現低下を検出する、請求項5に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項7】
前記検体が、食道組織である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項8】
検出又は予後を予測する食道癌が、食道扁平上皮癌である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項9】
検体としてpN0(リンパ節転移を認めない)食道癌の検体を使用して、食道癌の検出の予後を予測する、請求項1〜8のいずれか1項に記載の食道癌の検出又は予後の予測のための方法。
【請求項10】
PCDH17遺伝子又はその相同遺伝子を含有する食道癌抑制剤。
【請求項11】
前記遺伝子又はその相同遺伝子がベクターに組み込まれている、請求項10に記載の食道癌抑制剤。
【請求項12】
前記ベクターがウイルスベクター又は動物細胞発現用プラスミドベクターである、請求項11に記載の食道癌抑制剤。
【請求項13】
前記ウイルスベクターがレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、バキュロウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター又はレンチウイルスベクターである、請求項12に記載の食道癌抑制剤。
【請求項14】
前記遺伝子又はその相同遺伝子がリポソームに封入されている、請求項10に記載の食道癌抑制剤。
【請求項15】
PCDH17タンパク質又はその相同タンパク質を含有する食道癌抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−177034(P2011−177034A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41825(P2010−41825)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「個別化医療の実現のための技術融合バイオ診断技術開発/染色体解析技術開発/臨床診断用全自動染色体異常解析システムの開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】