説明

骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤

【課題】間葉系幹細胞及び骨芽細胞以外の間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強のみならず、骨芽細胞の分化・成熟を顕著に促進させる方法の提供。更に、骨折及び骨量減少を伴う骨疾患の予防及び治療剤、特に骨折治療及び骨量減少等の骨疾患における再生治療に必要な移植用ステントデバイスや人工骨補填材に適用できる薬剤の提供。
【解決手段】多血小板血漿及び骨形成誘導タンパク質の併用により、間葉系細胞から骨芽細胞への分化を促進する方法;同じく骨芽細胞前駆細胞及び/又は骨芽細胞の分化・成熟を促進する方法;骨折及び骨量減少を伴う骨疾患の予防及び治療剤であって、該治療剤が多血小板血漿及び骨形成誘導タンパク質との併用からなる前記骨疾患の予防及び治療剤;間葉系細胞を多血小板血漿及び骨形成誘導タンパク質の存在下で培養することにより得られる、骨折及び骨量減少を伴う骨疾患の予防及び治療用骨芽細胞。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(1)骨芽細胞以外の間葉系細胞から骨芽細胞への分化(transdifferentiation)誘導を強力に増強させるだけでなく、さらに(2)骨芽細胞前駆細胞や骨芽細胞の分化・成熟を顕著に促進させ、骨折および骨量減少により骨形成や骨再生が必要な骨疾患を予防および治療することに関する。
【背景技術】
【0002】
骨は硬い組織であるが、破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成を絶えず繰り返し、リモデリングしている動的な組織である。骨組織は骨形成と骨吸収のバランスにより一定に保持されているが、骨粗しょう症を始めとする骨量減少を伴う骨疾患は、このバランスが崩れて相対的に骨形成が低下、あるいは骨吸収が亢進して発症することが知られている。高齢化社会における大きな社会問題の一つは、骨粗しょう症患者の増加と骨折等による寝たきり老人の増加であり、その治療薬の開発が望まれている。骨粗しょう症、関節リウマチにおける関節骨破壊および歯周病による歯槽骨量の減少など多くの骨疾患は骨吸収が骨形成を上回ることにより発症する。したがって、これら骨量減少を伴う骨疾患の治療薬として骨吸収を抑制する薬剤、例えばビスホスホネート系化合物が第一選択薬として用いられている。
【0003】
本発明者らは、すでに破骨細胞形成・調節に関与するkey factorとして破骨細胞形成抑制因子(osteoclastogenesis inhibitory factor/ osteoprotegerin, OCIF/OPG)(Tsuda E., Higashio K., et al.:Biochem. Biophys. Res. Commun. 234: 137-142, 1997; Yasuda H., Higashio K., et al.: Endocrinology 139: 1329-1337, 1998)および破骨細胞分化誘導因子(osteoclast differentiation factor/receptor-activated NF-κB ligand, ODF/RANKL)(Yasuda H., Higashio K., et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95: 3597-35602, 1998)の同定に成功し、生体における骨吸収の分子メカニズムを解明した。この分子メカニズムに基づく理想的かつ究極の骨吸収抑制剤の開発を可能にした。現在、米国で臨床開発中のRANKLに対する完全ヒト型抗体(AMG162)は、閉経後の女性に年2回、各60 mgの皮下投与により有意に骨吸収を抑制するという優れた臨床効果が報告されている(Takahashi N. and Ozawa H.: Clin. Calcium 15: 43-48, 2005)。このように、骨吸収抑制剤による骨代謝疾患の治療法に関してはほぼ確立されつつある。
【0004】
しかしながら、骨吸収が亢進して発症する骨疾患における骨量減少は、骨吸収抑制剤で治療しても元の骨量に回復させることはできないという大きな問題があり、積極的に骨形成を促進させる治療薬の開発が望まれている。骨形成促進剤としては女性ホルモン(エストロジェン,E2)や最近、米国FDAにより認可された間歇投与による副甲状腺ホルモン(PTH)が存在するが、いずれも発癌の危険性が指摘されており、それ故、後者では投与期間が2年間に制限されている。このように、いずれも発癌が懸念された薬剤であり、安全性の高い骨形成促進薬の開発が望まれている。
【0005】
高齢化社会の進展とともに、骨粗しょう症、軟骨障害、歯槽骨欠損等に伴う骨再生治療の必要性が高まっている。現在、骨再生治療法として、自家骨移植、人工骨補填材移植、異種骨移植があり、中でも自家骨移植はゴールドスタンダードとされている(Boyapati.L.and Wang HL.: Implant Dentistry 15: 160-168, 2006)。しかしながら、同法は患者に多大の負担を強いること、供給源が限られていること、治療期間が長いこと、術後の不健全等に加えて高額な治療費が必要などの諸問題を包含している。
【0006】
特に、骨折の治癒や骨欠損部位の再生治癒期間の延長は、依然として解決されずに残っている医療上の大きな問題である。多くの臨床医や研究者によりこの治癒期間を短縮するための成長促進因子の添加を含む種々の方法に関する研究がなされた。それらの中から、治癒期間の短縮、創傷治癒の増強や骨形成促進のための一つの方法として自己血から調製される多血小板血漿(platelet rich plasma, PRP)の骨折部位や骨欠損部位への移植が提案された(Max RE., et al.: Oral Med. Oral Phathol. Oral Radiol. Endod. 85: 638-646, 1998; Lozada JL., et al.: J. Oral Implantol. 27: 38-42, 2001)。PRPは少量の血漿に高濃度に濃縮された血小板を含んだものであり、数種の成長因子および接着性のグリコプロテインを高濃度に含んでいるのが特徴である。具体的には、PRPは入手が容易であること、安価に調製できるなどの有利性から、自家骨移植をβ―TCP(β-tricalcium phosphate)に代表されるリン酸カルシウムを主体とする人工骨補填材とPRPの併用による置換移植が提案されている。実際に、歯科領域でのインプラントに先立つ歯槽骨の再生に人工骨補填材であるβ-TCPに自己血から調製されたPRPが臨床適用されている状況にある。
【0007】
最近の総説(Boyapati.L.and Wang HL.: Implant Dentistry 15: 160-168, 2006)によれば、骨欠損部位の再生におけるPRPの使用の理論的根拠は移植組織(基材)への血管新生の促進、軟組織の治癒改善、術後の健全性および増強された骨再生を含んでいる。また、これらPRPの作用はPRP中に豊富に存在する血小板のα-顆粒に含まれ、活性化により放出されるplatelet-derived growth factor (PDGF)、insulin-like growth factor (IGF)、TGF-β、platelet-derived angiogenic factor (PDAF)およびvascular endothelial growth factor (VEGF)等の成長因子によるものと考えられている。PDGFは骨組織におけるDNAやタンパク合成を促進(Witfang J., et al.: Clin. Oral Implant Res. 14: 213-218, 2003)、間葉系細胞の増殖促進(Roldan JC.,et al.: Bone 34: 80-90, 2004)、血管内皮細胞の血管新生効果、コラーゲンやマトリックス形成の促進作用を有していることが知られている。IGFには骨芽細胞の増殖促進やマトリックス合成促進、オステオカルシンのような骨マトリックスタンパク質の発現の増強作用、またTGF-βには血管新生の促進、骨形成の増強(Landesberg R., et al.: J. Oral Maxillofac. Surg. 58: 297-300, 2000; Ripamonti U., et al.: J. Bone Miner. Res. 12: 1584-1595, 1997; Fujimoto R., et al.: J. Bone Miner. Metab. 17: 11-17, 1999)、細胞マトリックス合成の促進、骨芽細胞に及ぼす遊走効果、破骨細胞の阻害効果による骨形成の促進が知られている。PDAFは血管内皮細胞の増殖促進、血管新生促進作用を有し、またVEGFは強力な血管新生因子として知られている。
【0008】
ヒトの歯周欠陥(歯槽骨欠陥)治療へのPRPの臨床適用(Hanna R., et al.: J Periodontol. 75:1668-1677, 2004; Okuda K., et al.: J. Periodontol. 76: 890-898, 2005;)や歯周病により骨量が減少した歯槽骨のGBR(guided bone regeneration)法による再生へのPRPの使用の報告がある(Kim SG., et al.: Int. J. Oral Maxillofac. Implant 17: 86-94, 2002)。また、骨欠損空隙へのPRPの移植による骨再生に関する報告も多数ある。しかしながら、PRPの骨形成、あるいは骨再生における効果については、相反する矛盾した報告が多数存在するのが現状である。たとえば、動物モデルで有効性を主張する報告(Furst G., et al.: Clin. Oral Implants Res. 14: 500- 508, 2003; Ohya M., et al.: Clin. Oral Implants Res. 16: 622-629, 2005)がある反面、無効であるとする報告(Roldan JC., et al.: Clin. Oral Implants Res. 15: 716-723, 2004; Grageda E., et al.: J. Oral Implantol. 31: 2-17, 2005; Butterfield KJ., et al.: J. Oral Maxillofac. Surg. 63: 370-376, 2005)も存在する。また、ヒトでのインプラントにおけるPRP適用における効果についても同様な状況であり、PRPの骨欠損部位の骨量増加に及ぼす影響については、例えばポジティブな効果(Wiltfang J., et al.: Clin. Oral Implants Res. 14: 213-218, 2003; Graziani F., et al.: Implant Dent. 14: 63-69, 2005; Phillippart P., et al.: Int. J. Oral Maxillofac. Implants 20: 274-281, 2005)と無効 (Froum SJ., et al.: Int. J. Periodontics Restorative Dent. 22: 45-53, 2002; Raghoebar GM., et al.: Clin. Oral Implants Res. 16: 349-356, 2005)とする報告が実在するのが現状である。
【0009】
このように、PRPの骨形成、あるいは骨再生における効果については、科学的に充分に立証されているとは言えない状況にある。事実、PRPの骨欠損部位再生増強(骨再生や創傷治癒)に及ぼす役割に関する最近の総説においても、科学的証拠が限られているために、骨欠損部位の再生増強治療におけるPRPの併用は推奨され得ないと結論している(Boyapati.L.and Wang HL.: Implant Dentistry 15: 160-168, 2006)。
【0010】
一方、BMP(bone morphogenetic protein)は骨形成を担う骨芽細胞の分化・成熟を促進する骨形成誘導因子としてよく知られている。BMPは約40年前、骨組織中に存在する骨形成を誘導する因子として見出され(Urist MR.: Science 150: 893-899, 1965)、WozneyらによってそのcDNAがクローニングされた(Wozney JM.,:et. al.: Science 242: 1524-1534, 1988)。その後の多くの精力的な研究により20種近くのBMPメンバーが同定されており、それらの中で、特にBMP2, BMP4, BMP6, BMP7およびBMP-9が骨代謝や骨形成に深く関与していることが明らかにされている(Cheng H., et al.: J. Bone and Joint Surgery (American) 85: 1544-1552, 2003)。
【0011】
BMPは骨芽細胞前駆細胞や骨芽細胞の分化(differentiation)・成熟(maturation)のみならず、間葉系幹細胞や骨芽細胞以外の間葉系細胞から骨芽細胞への分化(transdifferentiation)にも必須の因子であり、骨芽細胞の動員、分化及び成熟促進を介して骨形成に関与している。
【0012】
しかしながら、BMPは発見されて約40年を経過し、これまで骨形成促進による骨疾患治療薬として開発が進められてきたが、未だ骨粗しょう症を始めとする骨疾患治療薬として上市されるに至っていない。ただし、BMP2とBMP7(OP-1)については、欧米で整形外科領域における骨折治療用の移殖ステントデバイスに臨床適用されている。先に述べたように、骨再生治療法として、自家骨移植、人工骨補填材移植、異種骨移植があり、中でも自家骨移植はゴールドスタンダードとされている。しかしながら、同法は患者に多大の負担を強いること、特に、骨折や骨欠損再生治療の長期化は、依然として解決されずに残っている医療上の大きな問題であるとされている。BMP2あるいはBMP7 (OP-1)が適用された骨折治癒用ステントデバイスは、臨床試験においてコールドスタンダードの自家骨移植との比較において、開放骨折患者の場合にはBMP補填治療の効果が優れているものの、閉鎖骨折及び脊椎接合患者での治療効果には差異がなく、且つ、いずれの患者の場合にも治療期間(手術・入院期間)の有意な短縮も認められていない 。(Bone Morphogenic Protein for the Treatment of Long Bone Fractures and for Use In Spinal Fusion Procedures. Department of Labor and Industries Office of the Medical Director September 29, 2003)
【0013】
以上のように、BMPは、これまで骨粗しょう症を始めとする骨疾患治療薬として開発が進められてきたが、骨疾患治療薬への開発の大きな障害の一つはin vivoでの薬効投与量が非常に多いことであり、コスト面からも開発が困難視されている。また、現在実用化されている局所における骨折治療用の移植ステントデバイスにおけるBMPの適用においても、局所投与にしてはなお投与量が数mg/デバイスと多いこと、ゴールドスタンダードである自家骨移植に比べ、一部の患者の場合につき効果が認められるに過ぎず、有意な治療期間の短縮は認めらない。より優れた移植用ステントデバイスや人工骨補填材の開発が望まれる所以である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、間葉系幹細胞および骨芽細胞以外の間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強(骨芽細胞の動員)のみならず、骨芽細胞の分化・成熟を顕著に促進させる方法を提供することを目的とする。本発明はさらに、骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤、特に骨折治療および骨量減少(骨欠損)等の骨疾患における再生治療に必要な移植用ステントデバイスや人工骨補填材に適用できる薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
骨折、骨再生および骨量の減少を伴う骨疾患の治療には、積極的に骨形成を促進させる必要があり、そのためには、(1)間葉系幹細胞および骨芽細胞以外の間葉系細胞からの骨形成を担当する骨芽細胞への分化(transdifferentiation)誘導の増強(骨芽細胞の動員)に加え、(2)骨芽細胞の分化・成熟の促進が必要である。
【0016】
本発明者らは、これら2つの条件を同時に満足させる因子について鋭意検討した結果、多血小板血漿(platelet rich plasma, PRP)および骨形成誘導タンパク質(bone morphogenetic protein, BMP)を併用することにより、これらの2つの目的が同時に達成できることを発見して本発明を完成した。
【0017】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)多血小板血漿(platelet rich plasma, PRP)および骨形成誘導タンパク質(bone morphogenetic protein, BMP)を併用することにより、間葉系細胞から骨芽細胞への分化を促進する方法。
(2)多血小板血漿(PRP)および骨形成誘導タンパク質(BMP)を併用することにより、骨芽細胞前駆細胞および/または骨芽細胞の分化・成熟を促進する方法。
(3)多血小板血漿(platelet rich plasma, PRP)および骨形成誘導タンパク質(bone morphogenetic protein, BMP)を併用することにより、間葉系細胞から骨芽細胞への分化を促進し、次いで該骨芽細胞の分化・成熟を促進する方法。
(4)骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤であって、該治療剤が多血小板血漿(PRP)及び骨形成誘導タンパク質(BMP)との併用からなる前記骨疾患の予防および治療剤。
(5)多血小板血漿(PRP)由来有効成分および骨形成誘導タンパク質(BMP)を、コラーゲンスポンジおよび燐酸カルシウムを主成分とする人工骨補填材からなる群から選択される担体とともに投与する、前記(4)記載の骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤。
(6)間葉系細胞を多血小板血漿(PRP)および骨形成誘導タンパク質(BMP)の存在下で培養することにより得られる、骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療用骨芽細胞。
(7)前記(6)記載の骨芽細胞を含む、骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤。
【0018】
本発明の多血小板血漿(PRP)は、ヒト、ウシやブタ等の新鮮血から調製されるPRPを用いることができるが、抗原性や感染性疾患を避けるためには、自己血から調製されるPRPが最も好ましい。その際、血小板数が正常(150,000〜400,000/μL)の健常人の新鮮血から調製するのが好ましい。PRPの調製法は、多くの先行文献に採用されている方法を用いることができるが、PRP調製の標準化、またPRPのin vivo薬効を互いに比較評価する上でも、最近米国FDAが認可した2つのPRP採取システム(Boyapati L. and Wang HL.: Implant Dentistry 15: 160-167, 2006)であるHarvest SmartPrep Platelet Concentrate System (Harvest Technologies 社、MA)あるいはPlatelet Concentration Collection System (3i Implant Innovations 社、FL)を用いることが好ましい。
【0019】
また、PRPは上記方法で調製されたものをそのまま用いてもよく、あるいはPRPを培養液に加える前に、血小板の活性化処理により予めフィブリン凝固塊を形成させた後、遠心分離によりフィブリン凝固塊を除去した活性化PRPを調製して、これを用いることもできる。後述する実施例で調製した活性化PRPは、元の血漿中の血小板が約10倍に濃縮されたPRPに相当する。
【0020】
本発明の骨形成誘導タンパク質としては、公知の種々のbone morphogenetic protein (BMP)を使用することができる。具体的には骨代謝や骨形成に深く関与していることが知られているBMP2, BMP4, BMP6,BMP7およびBMP9が挙げられ、事実、実施例1〜5に示すようにPRPとの併用によりこれら多くのBMPs (BMP2, BMP4, BMP6およびBMP7)による(1)間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導、および(2)骨芽細胞前駆細胞および骨芽細胞の分化・成熟促進が顕著に増強される。上記のそれぞれのBMPに加え、その活性を保持している限り、その一部のアミノ酸を欠失、置換、付加等の改変を行ったものであってもよい。その由来も特に制限はないが、ヒト由来のBMPが好ましい。
【0021】
間葉系幹細胞は、軟骨細胞、筋肉、骨芽細胞、骨髄間質細胞、脂肪細胞などへ分化し得る未分化の細胞である。本発明においては、PRPはBMPによる間葉系幹細胞、および軟骨細胞、筋肉、骨髄間質細胞や脂肪細胞などの間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導を強力に増強させ、さらにPRPはBMPによる骨芽細胞前駆細胞および骨芽細胞の分化・成熟を促進させる。間葉系幹細胞としては、軟骨細胞、筋肉、骨芽細胞、骨髄間質細胞、脂肪細胞などの間葉系細胞に分化し得る未分化の間葉系幹細胞を含み、例えば、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞が挙げられる。また、骨芽細胞以外の間葉系細胞としては、たとえば正常細胞として正常ヒト前駆脂肪細胞(Cryo HPRAD-ViscおよびCryo HPRAD-SQ, 三光純薬(株))、正常ヒト大動脈血管平滑筋細胞(Cryo AOSMC, 三光純薬(株))、細胞株として筋芽細胞株、C2C12 (Katagiri T., et al.: J. Cell Biology 127: 1755-1766, 2004)、脂肪細胞前駆細胞株、MC3T3-L1および軟骨細胞前駆細胞株,ATDC-5 (Nakamura K., et al.: Exp. Cell Res. 250: 351-363, 1999)など、また骨芽細胞前駆細胞株としてはST2およびMC3T3-E1などを含むがこれらに限定されない。
【0022】
間葉系細胞をin vitroで分化させる場合、間葉系細胞を適当な濃度(例えば1〜15%)のウシ胎児血清(FBS)を含むDMEMやαMEMなどの培地に懸濁し、80〜90%程度のコンフルエントになるまで培養した後、BMPおよびPRPを添加して培養する。具体的には、通常単独でアルカリホスファターゼ(ALP)活性を誘導できるBMP最小濃度(BMPの種類、生産用宿主細胞および精製度により比活性が異なるため、各BMPそれぞれの濃度を規定することは困難であるが、例えば、本発明で用いた各recombinant BMP標品では、BMP2(宿主:大腸菌) 300 ng/ml, BMP4 20〜25 ng/ml, BMP6 100〜150 ng/ml, BMP7 200 ng/ml以上、および活性化PRP(元の血漿に比べて約10倍血小板が濃縮されたものに相当)を1〜33%、特に好ましくは4〜17%を含む同培地で置換して、37℃、5% CO2存在下で3〜4日間培養し、骨芽細胞に分化させる。さらに、該骨芽細胞を分化・成熟させる場合、新たにBMPやPRPを追加してもよいが、そのまま培養を継続してもよい。通常、3〜4日培養することにより該骨芽細胞を分化・成熟させることができる。PRPとBMPの併用による骨芽細胞前駆細胞から骨芽細胞への分化よび該骨芽細胞の分化・成熟も上記と同様に実施することができる。
【0023】
本発明では、このようにして得られた骨芽細胞を骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療用に用いることができる。具体的には、本発明の方法で得られた骨芽細胞を、骨折や骨欠損部位(たとえば歯槽骨再生)等の患部に人工骨補填材や移植用ステントデバイス等と共に移植して、骨折治療や骨量減少を伴う骨疾患を予防および治療することができる。
【0024】
骨形成を積極的に促進させるためには、(1)間葉系幹細胞や間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強(骨芽細胞のリクルートメント)および(2)骨芽細胞の分化・成熟促進が不可欠である。前述したように、骨芽細胞前駆細胞や骨芽細胞はBMPに感受性であり、少量のBMP(< 10 ng/ml)でアルカリホスファターゼを発現し分化・成熟するが、未分化間葉系細胞からの骨芽細胞への分化誘導の過程はBMPに極めて非感受性であることから、大量のBMP( > 100 ng/ml)でも骨芽細胞への分化動員が容易に進まないことが知られている。
【0025】
しかしながら、本発明によるPRPとBMPとの併用は、BMPによる間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導を強力に増強し、さらに骨芽細胞前駆細胞の骨芽細胞への分化および骨芽細胞の分化・成熟を顕著に増強する。
【0026】
本発明は、in vivoにおける骨折や骨量減少による骨欠損部位の再生治療(例えば、歯槽骨再生など)にも用いることができる。たとえば、自己血から調製したPRPあるいは活性化PRPとBMPを混合し、コラーゲンスポンジや人工骨補填材等に沁み込ませることによりBMPおよびPRP由来の有効成分は共にこれら担体に吸着・保持されるので、担体に担持させて移植することができる。BMPおよびPRP由来の有効成分を共に吸着・保持できる担体としては、コラーゲンスポンジおよびβ-TCPや多孔性ハイドロキシアパタイト(HA)のようなリン酸カルシウムを主成分とする人工骨補填材からなる群から選ばれる。
【0027】
本発明のPRPあるいは活性化PRPとBMPとの併用剤は、局所投与するのが望ましく、その場合の投与量は、骨折治療の場合、BMPは0.1〜100 mg/投与部位/人の範囲、より好ましくは0.5〜10 mg/投与部位/人の範囲、またPRPは活性化PRP(元の血漿の血小板を約10倍に濃縮したものに相当)に換算して、移植する人工骨補填材の容積(cm3)の約1〜33%、より好ましくは約2〜25%に相当する範囲で選ばれる。但し、上記の添加量範囲は実施例5で用いたコラーゲンスポンジのようにBMP4およびPRP由来の有効成分を効率的(90%以上)に吸着・保持する場合に適用されるが、材質や構造の違いにより、BMPおよびPRP由来の有効成分の吸着・保持率が異なるので、添加量範囲はそれらの吸着・保持率で補正される必要がある。かくしてBMPおよびPRP由来成分のそれぞれの有効添加量をコラーゲンスポンジおよび燐酸カルシウムを主成分とする人工骨補填材からなる群から選択される一つと混合、あるいはそれに滲みこませて移植することにより効果的な骨折の予防および治療をすることができる。
【0028】
また、歯槽骨の再生治療のような比較的小さい領域の骨再生治療においては、BMPは0.1 〜1000 μg/投与部位の範囲、また活性化PRPは上記人工骨補填材の移植容積(cm3)の約1〜33%、より好ましくは約2〜25%に相当する範囲で選ばれる。ただし、上記の添加量範囲は吸着・保持率が非常に高い場合(90%以上)であるので、材質および構造等により吸着・保持率が異なるので、上記添加量範囲はそれらによって補正される必要がある。
【0029】
本発明の効果を以下のようにして確認した。
ヒト健常人から抗凝固剤(3.8% クエン酸ナトリウム)を用いて採血して得られた新鮮血を実施例1に記載するように、第一段階の遠心分離により血漿を調製した。血漿は用いた血液量の約半量得られ、第二段階の高速遠心分離により血小板が遠心管の底部に濃縮沈殿される。この濃縮血小板を上清の血小板の乏しい血漿(platelet poor plasma, PPP)で元の血漿の1/100量に再懸濁させた(血小板は元の血漿の約100倍程度に濃縮)。実施例1に示すように、本発明者らは、すでにBMP2刺激により骨芽細胞に分化することが知られている間葉系細胞として筋芽細胞株、C2C12 (Katagiri T., et al.: J. Cell Biology 127: 1755-1766, 2004)を用いた。C2C12細胞を培養した96-ウエルプレートの各ウエル(培養液150 μL/well)にヒトPRPを0〜5μL添加し、各ウエルのヒト血漿添加量が10μLになるようにヒトPPPを5〜10μL加えて調整した。このように作製したプレートを培養したところ、PRPは培養液中で凝固・活性化されたが、PRP単独添加では間葉系細胞であるC2C12細胞のALP誘導活性は全く認められなかった。そこで、本発明者らはPRPと他の因子との併用効果について鋭意検討を重ねた結果、PRPはBMPとの併用により間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導を強力に増強することを見出した。実施例1に示すように、PRPは低濃度のBMP4(20 ng/ml)存在下でBMP4によるALP誘導活性を強力に増強するという予想外の効果が認められた。PRPはBMP4存在下で1.25 μL/well(後述の活性化PRPでは12.5 μL/well)まで用量依存的にALP誘導活性が顕著に増強されたが、それ以上ではALP誘導活性は低下する傾向がみられた。これは、PRPの添加量の増大に伴い、血小板由来のPDGFやIGF等のような増殖因子量が増加することにより、細胞増殖が活発になり、骨芽細胞への分化が抑制されたものと考えられる。
【0030】
以上のように、ヒトPRPは単独では間葉系細胞から骨芽細胞への分化(骨芽細胞の動員)に何らの作用も発揮しなかったが、BMPとの併用により間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導を顕著に増強するという優れた効果を有することが明らかになった。
【0031】
次に、ヒトPRP以外にウシPRPにも同様の効果があるのかどうかを調べた。ヒトPRPの場合と同様に、市販のウシ血漿(フナコシ)からウシPRP(元の血漿中の血小板が約100倍に濃縮)を調製した。間葉系細胞である筋芽細胞株, C2C12および脂肪細胞前駆細胞株、MC3T3-L1をそれぞれ培養した96-ウエルプレートの各ウエル(培養溶液150 μL/well)にウシPRPを0〜5μL添加したところ、PRPは凝固・活性化され、C2C12細胞の増殖を促進することを認めた。また、PPPの添加によってもC2C12細胞の増殖も促進されるが、PRPの方が高い増殖促進活性を有していることが明らかになった。細胞培養液にPRPを添加すると、PRPは凝固・活性化され、またPPPの添加でも培地中のCa2+ イオン等によりフィブリン凝固塊が形成される。ヒト由来PRPおよびPPPに比べウシ由来のPRPおよびPPPの方がフィブリン凝固塊はより強固で、細胞数あるいはアリカリホスファターゼ活性等の測定のために、培養液の除去や細胞の洗浄時にフィブリン凝固塊の除去と共に細胞層が剥がれる傾向があった。そこで、実施例2に記載するように、ウシPRP (前述のヒトPRPの場合と同様に、血小板数が元の血漿の約100倍になるように調製)およびその上清のPPPをそれぞれ塩化カルシウムとウシトロンビンで処理することにより活性化PRP (activated PRP)および活性化PPP (activated PPP)を調製した。PRPの活性化処理により、PRPは10倍希釈されるので、活性化PRPは元の血漿の血小板数が約10倍濃縮されたものに相当する。塩化カルシウムとトロンビン処理により血小板の活性化とフィブリン凝固塊を予め生成させた後、遠心分離(3,000 rpm, 10 分間)によりフィブリン凝固塊を除去した活性化PRPや活性化PPPについても同様に間葉系細胞の増殖活性およびALP誘導活性を測定した。実施例2に示すように活性化PRP(添加量は元のPRPの10倍量)は間葉系細胞であるC2C12細胞の増殖を促進し、その増殖促進活性は元のPRPとほぼ同等であった。このことは、PRPによる細胞増殖促進はPRPに豊富に含まれる血小板由来の増殖因子によるものであることを示している。事実、PRPの細胞増殖活性は血小板由来のPDGF, IGFおよびVEGFのような増殖因子によるものであることがすでに明らかにされている(Boyapati.L.and Wang HL.: Implant Dentistry 15: 160-168, 2006)。
【0032】
骨形成・骨再生の促進には、間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強(骨芽細胞のリクルートメント)および骨芽細胞前駆細胞や骨芽細胞の分化・成熟促進が必要である。そこで、本発明者らは、間葉系細胞として上記の筋芽細胞株、C2C12および骨芽細胞への分化がC2C12細胞より困難な間葉系細胞株として脂肪細胞前駆細胞株,MC3T3-L1を用い、活性化PRPによる骨芽細胞への分化誘導増強活性を調べた。活性化PRPによる間葉系細胞からの骨芽細胞への分化誘導をアルカリホスファターゼ(alkali phosphatase, ALP)の誘導活性を指標にして測定した。実施例2に示すように、活性化PRP単独ではいずれの間葉系細胞株(C2C12 およびMC3T3-L1)に対してもALP誘導活性を示さず、間葉系細胞を骨芽細胞に分化誘導する能力を有していないことが明らかになった。しかしながら、活性化PRPは低濃度BMP4 (25 ng/ml)との併用により、C2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導を強力に増強することを見出した。また、MC3T3-L1はBMPに対する感受性が低く、骨芽細胞への分化には比較的高濃度のBMP4 (800 ng/ml)が必要であったが(骨芽細胞への分化が困難なことを示唆)、活性化PRPはBMP4によるMC3T3-L1細胞から骨芽細胞への分化誘導を顕著に増強した。
【0033】
骨形成促進には骨芽細胞前駆細胞や骨芽細胞の分化・成熟促進が必要とされ、これまで精力的に研究が進められてきた。そこで、次に骨芽細胞前駆細胞株としてST2およびMC3T3-E1細胞を用いて、活性化PRPによるALP誘導活性を調べた。実施例3に示すように、ST2細胞の増殖に関して、活性化PRPは活性化PPPよりも高い増殖促進活性を示した。これら骨芽細胞前駆細胞からの骨芽細胞への分化・成熟に関しては、活性化PRP単独ではST2細胞およびMC3T3-E1細胞のALP産生誘導効果は観察されなかった。実施例3に示すように、ウエル(培養液150μL)当たり一定量の活性化PRP (12.5μL/well)と各種濃度のBMP4との併用により、ST2細胞およびMC3T3-E1細胞のALP産生誘導能が増強された。
【0034】
以上のように、PRPは従来の先行技術と同様に単独適用では間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導(骨芽細胞の動員)のみならず、骨芽細胞前駆細胞や骨芽細胞の分化・成熟に対しても何らの効果も発現しないことから、これまでに開示されている先行文献と同様にPRPの骨形成・骨再生促進効果を科学的に立証することはできなかった。しかしながら、本発明者らはPRPとBMPの併用が、(1)間葉系細胞から骨芽細胞へ分化誘導(骨芽細胞の動員)および(2)骨芽細胞前駆細胞や骨芽細胞の分化・成熟を顕著に増強するという骨形成や骨再生促進に必要な条件を満たす優れた効果を発揮することを見出した。
【0035】
骨芽細胞系に分化がコミットメントした細胞では、BMPに対する感受性が高く( < 10 ng/ml)、低濃度のBMPにより骨芽細胞の分化・成熟が促進されることが知られているが、間葉系細胞に分化がコミットメントした細胞はBMPに対する感受性が低く(> 100 ng/ml)、BMP単独では間葉系細胞を骨芽細胞に分化誘導させるのは困難である。このことがBMPを骨形成促進剤として医薬品化ができない原因の一つであると考えられる。また、PRPは間葉系細胞を骨芽細胞へ分化誘導する活性および骨芽細胞の分化・成熟を促進する活性を有していないことから、骨形成や骨再生促進剤として期待するのは困難である。しかしながら、PRPとBMPの併用は、(1)間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導(骨芽細胞の動員)を強力に増強すること、および(2)骨芽細胞前駆細胞から骨芽細胞への分化・成熟も促進することから、骨形成および骨再生促進剤として期待される。
【0036】
BMPはTGF-βスパーファミリーに属するタンパク質であり、現在まで20種近くのBMPメンバーが同定されている。その中でもBMP2, BMP4, BMP6,BMP7(OP-1)およびBMP9が骨代謝および骨形成に深く関与していることが知られている (Cheng H., et al.: J. Bone and Joint Surgery (American) 85: 1544-1552, 2003)。実施例1および2は間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導におけるヒト、あるいはウシPRPとBMP4の併用による顕著な増強効果を示したものであるが、BMP4以外のBMPメンバーついてもPRPの併用により同様な効果が発現されるかどうかを調べた。実施例4に示すように、BMP2、BMP6およびBMP7(OP-1)についてもPRPあるいは活性化PRPとの併用により間葉系細胞である筋芽細胞株、C2C12から骨芽細胞への分化誘導が強力に増強され、普遍性が認められた。
【0037】
骨折治療や骨量減少あるいは欠損における骨再生には、ステントデバイスや人工骨補填材の移植による治療が行われる。たとえば、整形外科領域における骨折治療等にはコラーゲンスポンジを担体(細胞の接着および増殖の足場、scaffoldとして)とし、それにBMP2あるいはBMP7(OP-1)を滲み込ませた移植用ステントデバイスが開発されている。また、歯科領域では、インプラントに先立って人工骨補填材としてリン酸カルシウムを主体とする多孔性のβ-TCPやハイドロキシアパタイトにPRPを併用して、GBR(guided bone regeneration)法による歯槽骨再生医療が行われている。これらは、それぞれの担体にBMPおよびPRPをそれぞれ単独使用したものであり、前者は臨床試験において、ゴールドスタンダードである自家骨移植に比べて、治療期間(入院期間)の有意な短縮は認められていない上に、局所投与であるにもかかわらずその投与量は比較的高用量(数mg/デバイス)である。また後者のPRPに関しては、前述したようにPRPの骨形成や骨再生促進効果については、矛盾した結果が多数報告されており、科学的に立証されていない現状にある。
【0038】
本発明のPRPとBMPの併用は、実施例に示すように(1)間葉系細胞から骨芽細胞の分化誘導(骨芽細胞の動員)および(2)骨芽細胞の分化・成熟に対して顕著な効果を発揮する。そこで、BMPおよびPRP由来の有効成分が共にコラーゲンスポンジや燐酸カルシウムを主成分とする多孔性の人工骨補填材に吸着・保持 (retention)され、BMPとPRPの顕著な併用効果が発現されるかどうか調べた。細胞の接着や増殖に必要な足場(scaffold)であるコラーゲンスポンジおよび医療に使用されているのと同じ品質と性質をもっている多孔性ハイドロキシアパタイト(CELLYARD HA scaffold)を用いて、BMP4および活性化PRP中の有効成分がこれら足場に吸着・保持されるかどうかを検討した。実施例5に示すように、両担体に一定量のBMP4(3 ng/コラーゲンスポンジまたは5 ng/ハイドロキシアパタイト)および活性化PRPを種々の量(0, 12.5, 25および50μL/コラーゲンスポンンジまたはハイドロキシアパタイト)で添加して、室温で約1時間放置し吸着させた。ついで、それぞれの担体を滅菌PBSで振とうしながら3回洗浄した後、C2C12細胞をそれぞれの担体に接種して37℃で6〜7日間培養した。培養液を捨て、PBSで3〜4回洗浄した後、それぞれの担体に生育したC2C12細胞のALP活性を測定した。実施例5に示すように、コラーゲンスポンジ担体に生育したC2C12細胞のALP産生誘導能はBMP4単独よりもBMP4と活性PRPとの併用により顕著に増強された。このことは、BMP4と活性化PRP由来の有効成分は共にPBSによる充分な洗浄によっても洗い流されずにコラーゲンスポンジに吸着、安定に保持され、間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導を増強することを示している。特に興味ある知見としては、PRPの添加量であり、150 μL/wellの培養液に加えたとき(培養液の時)、BMP単独でALP活性誘導できるBMP4最小濃度(20-25ng/ml)に対して、活性化PRP (元の血漿に比べ血小板が約10倍に濃縮されたものに相当)の添加量はウエル当たりの培養液(150μL)に対して1 〜33%で、特に好ましくは2〜17%(実施例1〜5)であったのに対して、コラーゲンスポンジ (200 mm2 x 1 mm, 体積200 mm3)に60 ng/mlのBMP4 50μL ( 3 ng/sponge)および活性化PRP(0〜50μL/sponge)を吸着・保持させて後、24-ウエルプレートの各ウエル中、2 mLの培養液で培養したとき、活性化PRPの添加量は培養液量(2mL)に対してではなく、コラーゲンスポンジの体積(200 mm3)に対して約3〜25%の添加量で活性化PRPの有効性が認められ(実施例5)、上記の培養液に対する活性化PRPの有効添加量の範囲内にあったことである。このことは、コラーゲンスポンジを担体とする移植用ステントデバイスにおいては、その移植体積に対して1〜33.3%、特に好ましくは2〜17%の範囲で適用可能であることを示唆している。但し、上記の添加量の範囲は実施例5で使用したコラーゲンスポンジのようにBMP4およびPRP由来の有効成分とも非常に高い吸着・保持率(90%以上)を示す場合に適用されるものであり、後述する多孔性ハイドロキシアパタイトの場合のように、材質や構造(体積当りの全表面積)により吸着・保持率が異なるので、上記添加量の範囲はそれら吸着・保持率に基づき補正されなければならない。実施例5に示すように多孔性ハイドロキシアパタイト(HA)を担体として用いた場合も、コラーゲンスポンジの場合と同様にBMP4およびPRP由来有効成分は共に担体に吸着・保持され、BMP4単独よりもPRPとの併用によりC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導が顕著に増強された。しかしながら、コラーゲンスポンジよりはPRP由来の有効成分の吸着・保持率が悪い傾向があり、有効量のPRP成分を吸着・保持させるには、HA体積当りコラーゲンスポンジに対してよりも約2倍以上の添加量が必要であった。HAによる吸着・保持率がコラーゲンスポンジより劣るのは、HAの特性によるものなのか、あるいは吸着速度が遅いことによるものと考えられる。
【0039】
以上の結果から、現在骨折治療用の移植ステントデバイス等に用いられているコラーゲンスポンジやβ-TCP、多孔性ハイドロキシアパタイト(HA)等のような燐酸カルシウムを主体とする人工骨補填材からなる群から選ばれる一つにPRP(あるいは活性化PRP)とBMPの併用剤を滲み込ませて(担持させて)患部に安定に移植することができる。
【本発明の効果】
【0040】
本発明に従い、PRPとBMPを併用すれば、(1)間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導(骨芽細胞のリクルートメント)の強力な増強および(2)骨芽細胞前駆細胞の骨芽細胞への分化および該骨芽細胞の分化・成熟の促進が図られる。 さらに、PRPとBMPの併用剤をコラーゲンスポンジや燐酸カルシウムを主成分とする人工骨補填材(例えば、β-TCPや多孔性ハイドロキシアパタイトなど)からなる群から選ばれる一つに担持させ、患部に移植することにより骨折治療や骨量減少による骨形成・骨再生が必要な骨疾患、特に歯槽骨再生などの予防および治療を効果的に行うことができる。
【0041】
本発明を以下の実施例によってさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。本発明には種々の変更、修飾が可能であり、これらも本発明の範囲に含まれる。
【実施例】
【0042】
実施例1: ヒト健常人の新鮮血から調製したPRPとBMP4の併用による間葉系細胞株C2C12からの骨芽細胞への分化誘導増強効果
抗凝固剤としてクエン酸ナトリウムを用いて、ヒト健常人から採血した新鮮血を無菌的に第一段階の遠心分離(900 x g, 10 分間)に供し、血小板を含む血漿を調製する。新鮮血の約半量になった血漿を第二段階の遠心分離(2,100 x g, 20分間)に供し、遠心管の底部に濃縮沈殿した血小板画分を少量の上清血漿であるplatelet poor plasma (PPP)に再懸濁し、元の血漿量の1/100量になるようにplatelet rich plasma(PRP)を調製した(PRPの血小板は元の血漿のそれの約100倍近くに濃縮)。第二段階の遠心分離は、血漿中の血小板をできるだけPPR中に回収できるような条件が望ましい。
【0043】
間葉系細胞である筋芽細胞株C2C12を付着細胞用75 T−フラスコを用い、15% ウシ胎児血清(FBS)を含むDMEMで約90%コンフルエントになるまで培養した。 1mM EDTAを含む0.25%トリプシン溶液で細胞を剥がし、1%FBSを含むDMEMで細胞数が2 x 105/mlになるように懸濁した。タイプIコラーゲンをコートした96ウエルプレート(IWAKI)の各ウエルに50μLずつ添加し、37℃のCO2インキュベーターで一夜培養した。
【0044】
各ウエルの培養液を除去し、次いで各ウエルにペニシリンA (100 u/ml)およびストレプトマイシン(0.1 mg/ml)含有無血清DMEMを50μLずつ添加した。各ウエルに上記で調製したヒトPRPを3連(n=3)の各ウエルにそれぞれ0, 0.625, 1.25, 2.5および 5 μLずつ添加し、ついで全ウエルの血漿の濃度が10μL/ウエルとなるように、上記ヒトPPPを各ウエルに添加した。さらに、無血清DMEMを各ウエル40μLずつ補充し、各ウエルの培地量を100μLに調整した。最後に、60 ng/mlのBMP4を含む無血清DMEMを各ウエルに50μLずつ添加した(全培地量:150μL/ウエル;BMP4の最終濃度:20 ng/ml)。また、BMP4無添加群は無血清DMEMを50μLずつ各ウエルに添加した。PRPはこのように細胞培養液に添加することにより、凝固・活性化されることが認められた。このようにして調製した96-ウエルプレートを37℃のCO2インキュベーター中で6日間培養した。培養後、培養液を除き、細胞をPBS (タカラバイオ)で2回洗浄した後、エタノール:アセトン(1:1)混液100μLずつ各ウエルに添加し、各ウエルの細胞を室温で1分程度固定化した。エタノール:アセトン混液を除去し、風乾後1 mg/mlのp-ニトロフェニルフォスフェート(p-nitrophenyl phosphate)を含む緩衝液(0.1 Mジエタノールアミン、1mM MgCl2, pH 10)100μLを各ウエルに添加し、室温で20分間反応させた。3M NaOH 50μLを各ウエルに添加して反応を停止した後、各ウエルの405 nmの吸光度を測定することによりアルカリホスファターゼ活性を測定した。
【0045】
BMP4によるC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導に対するヒトPRPによる増強効果を図1に示す。ヒトPRPはBMP非存在下では、まったくALP産生誘導能を持っていないが、微量のBMP4(20 ng/ml)存在下、各ウエルの培養液(150μL)に対して0.625(0.42%)から5μL(3.3%)の添加範囲で、C2C12細胞から骨芽細胞への分化を強力に増強することを見出した。特に、その増強効果は0.625および1.25μL添加で最も高く、それ以上の添加で増強効果は低下する傾向が見られた。これは、PRP添加量の増加に伴い、血小板由来のPDGFやIGFのような増殖因子が増加することにより増殖が活発になり、逆に分化が抑制されたことによるものと考えられる。
【0046】
実施例2: ウシ血漿から調製したPRPとBMP4の併用による間葉系細胞株C2C12およびMC3T3-L1から骨芽細胞への分化誘導の増強効果
ヒト由来PRP以外のPRPでもBMP4との併用により図1に示すような間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導が増強されるかどうか検討した。市販のウシ血漿(フナコシ)から実施例1に記載の第二段階に相当する遠心分離により血小板を濃縮沈殿させ、ヒトPRPの場合と同様に元の血漿量の1/100量のウシPPPに再懸濁してウシPRPを調製した。
【0047】
実施例1に記載のようにヒトPRPの添加によりC2C12細胞の増殖が促進されることが認められたので、アルカリホスファターゼ活性に加えて各ウエルの細胞数をCell Count Reagent SF キット(Nacalai tesque)を用いて測定した。実施例1におけるヒトPRPの代わりにウシPRPあるいはウシPPPを添加し培養4日後、各ウエルの培養液を除去し、次いでPBSで細胞を洗浄した後、PBSを100μLずつ各ウエルに添加した。Cell Count Reagent SFキットを10μLずつ各ウエルに添加し、37℃のCO2インキュベーター中に1〜2時間放置した。細胞による還元により生成した可溶性ホルマザンを492 nmの吸光度で測定した。
【0048】
ウシPRPあるいはPPPを加えて培養4日後、各ウエルの培養液を除去する際に、各ウエルに形成されるウシPRPおよびPPP由来のフィブリン凝固塊は、ヒトPRP由来のそれよりも強固であるため、フィブリン凝固塊の除去と共に細胞が剥がれる傾向があった。そこで、ウシPRPあるいはPPPを培養液に加える前に、血小板の活性化処理により予めフィブリン凝固塊を形成させた後、遠心分離によりフィブリン凝固塊を除去した活性化PRPおよび活性化PPPをそれぞれ調製した。PRPの活性化法は、まずアクチベーターとして1%FBSを含む培地(DMEM あるいはαMEM)88μL, ウシトロンビン(WAKO)溶液(0.5 u/μL)32μL, 1% CaCl2 40μLを混合(計160μL)して調製した。ついで、PRPあるいはPPP 160μLと1% FBSを含む培地(DMEMあるいはαMEM)1280μLとの混合液に前記アクチベーター160μLを添加し(計1600μL)、直ちに攪拌してPRP中の血小板の活性化と共にフィブリン凝固塊を形成させる。遠心分離(3,400 rpm, 10分間)によりフィブリン凝固塊を集めて除去する。このようにして調製した活性化PRPはPRPの10倍希釈となり、元の血漿中の血小板が約10倍に濃縮されたPRPに相当する。同様に、フィブリン凝固塊を除去した活性化PPPを調製した。
【0049】
実施例1に記載したように、1% FBSを含むDMEMを用いて懸濁したC2C12細胞液(50 μL, 2 x 105/ml)を各ウエルに添加し、一夜培養して得られた96-ウエルプレート(IWAKI)の3連(n=3)の各ウエルに活性化PRPあるいは活性化PPPをそれぞれ0, 6.25, 12.5, 25および50μLずつ添加し、ついで各ウエルの培地量が100μLなるように1% FBSを含むDMEMを補充した。ついで、1% FBSを含むDMEMで希釈調製したBMP4溶液(75 ng/ml)を各ウエルに50μLずつ添加した(最終培地量は150μL/ウエル、BMP4の最終濃度は25 ng/ml)。BMP4無添加群は1% FBSを含むDMEMを50μLずつ各ウエルに添加した。このように調製した96-ウエルプレートをさらにCO2インキュベーター中で、4日間培養した。まず、各ウエルの細胞数を測定するために、上記のようにCell Count Reagent SFキットを加えたプレートを37℃で1〜2時間保持し、各ウエルの492 nmの吸光度を測定した。その結果を図2に示す。また、細胞数を測定した同じプレートの各ウエル中のCell Count ReagentをPBSで2回洗浄・除去した後、実施例1記載の方法に従い各ウエルのアルカリホスファターゼ活性を測定した。各ウエルの細胞数(OD. 492 nm = 1.00)当たりのアルカリホスファターゼ活性を図3に示す。さらに、低濃度領域のBMP4によるC2C2細胞から骨芽細胞への分化誘導における活性化PRPの増強効果を図4に示す。図2に示すように、ウシ由来の活性化PRPあるいは活性化PPPを加えることによりC2C12細胞の増殖が促進されるが、活性化PRPの方が強い増殖促進活性を有していることがわかる。このことは、PRPに豊富に存在する血小板由来のPDGFやIGF等の増殖因子がC2C12細胞の増殖促進に関与していることが示唆される。BMP4の添加により活性化PRPによる細胞増殖促進活性が若干低下する傾向がみられるのは、PRPとBMP4の共存により骨芽細胞への分化が亢進していることによるものと考えられる。
【0050】
各ウエルの細胞数当たりのアルカリホスファターゼ活性を求めたところ、図3に示すようにBMP4無添加群では活性化PRPを添加してもほとんどアルカリホスファターゼ活性は認められず、PRPは単独では間葉系細胞を骨芽細胞に分化誘導する活性を有しないことを示している。C2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導はウシ活性化PPPとBMP4の併用よりもウシ活性化PRPとBMP4の併用の方が強力に増強され、ウシPRPにもヒトPRPと同様な活性を有することが認められた。活性化PRPは微量のBMP4(25 ng/ml)存在下、ウエル(培養液150μL)当たり、6.25(4.2%)から50μL(33%)の範囲で添加することにより、C2C12細胞から骨芽細胞への分化を強力に増強した。特に、その増強効果はウエル当りの添加量が25μLまで用量依存的に増加し、50μLの添加で減少する傾向がみられた。これはヒトPRPの場合と同様に、活性化PRPの投与量の増大により血小板由来の増殖因子が増加し、C2C12細胞の増殖が活発になり、相対的に分化が抑制されていることを示唆している。一方、BMP4(25 ng/ml)と活性化PPPの併用では、活性化PPP添加量の増加による弱い細胞増殖促進と共にアルカリホスファターゼ活性が緩やかに上昇する傾向がみられたが、細胞数当りでは活性化PPPの添加量に関わらず、ほぼ一定のアルカリホスファターゼ活性を示した(図3)。すなわち、活性化PPPはBMP4によるC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導を増強しないことを示している。また、図4に示すように、活性化PRPは低濃度のBMP4によるC2C12細胞から骨芽細胞への微弱な分化誘導を強力に増強した。
【0051】
筋芽細胞株C2C12は高濃度(300 ng/ml)のBMP2により骨芽細胞に分化誘導されることが報告されており(Katagiri T. et. al.: J. Cell Biology 127: 1755-1766, 2004)、間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導に関する研究で多用されている。PRPとBMP4の併用による間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強効果はC2C12以外の間葉系細胞でも発揮されるのかどうかを検討した。間葉系細胞の中でも、C2C12細胞に比べ骨芽細胞への分化誘導が困難な脂肪細胞前駆細胞株MC3T3-L1を用いた。
【0052】
MC3T3-L1細胞を10% FBSを含むαMEM培地で約90%コンフルエントに達するまで培養した後、実施例1に記載と同様にトリプシン処理して、10% FBSを含むαMEMを用いて細胞数1 x 104 /mlのMC3T3-L1細胞懸濁液を調製した。タイプIコラーゲンコートした96-ウエルプレート(IWAKI)の各ウエルにこの細胞懸濁液を50μLずつ添加してCO2インキュベーター中で2日間培養した。培養後、培養液を除去し、各ウエルに1% FBSを含むαMEM を50μLずつ添加した。ウシ由来の活性化PRPあるいはPPPを3連(n=3)の各ウエルにそれぞれ0, 6.25, 12.5, 25および50μLずつ添加し、ついで各ウエルの培地量が100μLになるように1% FBSを含むαMEMを補充した。最後に、2400 ng/mlのBMP4および1% FBSを含むαMEMを50μLずつ各ウエルに添加した(最終培地量は150μL/ウエル; 最終BMP4濃度は800 ng/ml)。また、BMP4無添加群は1% FBSを含むαMEMを各ウエルに50μLずつ添加した。このように調製した96-ウエルプレートをさらにCO2インキュベーター中で6日間培養した。実施例2の記載と同様に各ウエルの細胞数およびアルカリホスファターゼ活性を測定した。各ウエルの細胞数(OD.492 nm)当たりのアルカリホスファターゼ活性(OD.405 nm/OD.492 nm)を図5に示す。MC3T3-L1に対しては活性化PRPおよび活性化PPPともほとんど細胞増殖促進作用を示さなかった。しかしながら、活性化PRPは活性化PPPに比べBMP4によるMC3T3-L1細胞の骨芽細胞への分化誘導を顕著に増強することを認めた(図5)。活性化PRPによる増強効果は、ウエル(培養液150μL)当り添加量6.25μL (4.2%)から50μL(33.3%)の範囲で見られた。
【0053】
以上のように、C2C12細胞だけでなく、間葉系細胞の中でも比較的骨芽細胞への分化誘導が困難な脂肪細胞前駆細胞株MC3T3-L1でもPRPはBMP4による骨芽細胞への分化誘導を顕著に増強した。
【0054】
実施例3: PRPとBMP4の併用による骨芽細胞前駆細胞株ST2およびMC3T3-E1の骨芽細胞への分化・成熟促進効果
骨芽細胞前駆細胞株としてST2およびMCT3-E1細胞を用いて、ウシ由来の活性化PRPとBMP4の併用による骨芽細胞への分化・成熟促進効果を調べた。
【0055】
ST2およびMC3T3-E1細胞を10% FBSを含むαMEMで約90%に達するまで培養し、実施例1記載のようにトリプシン処理し、10% FBSを含むαMEMを用いてST2およびMC3T3-E1の細胞数が1 x 104/mlとなるようにそれぞれの細胞懸濁液を調製した。タイプIコラーゲンをコートした96-ウエルプレートの各ウエルにそれぞれの細胞懸濁液を50μLずつ添加し、CO2インキュベーター中で2日間培養した。培養後、培養液を除去し、各ウエルに1% FBSを含むαMEMを50μLずつ添加した。ついで、活性化PRPの添加量については、これまでに明らかになった活性化PRPの有効添加量の範囲内で、常に高い増強効果が認められたウエル(培養液150μL)当たり12.5 μL(8.3%)を各ウエルに添加し、対照群には活性化PPPを12.5μLずつ各ウエルに添加した。1% FBSを含むαMEMを35μLずつ各ウエルに補充し、培地量を100μL/ウエルに調整した。ついで、ST2細胞の96-ウエルプレートの各ウエルに1% FBSを含むαMEMで段階希釈したBMP4溶液(18.6〜300 ng/ml)を50μLずつ添加した(BMP4の最終濃度は6.2〜100 ng/ml)。一方、MC3T3-E1細胞の96-ウエルプレートの各ウエルには同様に段階希釈したBMP4溶液(9.4〜600 ng/ml)を50μLずつ添加した(BMP4の最終濃度は3.13〜200 ng/ml)。また、BMP4無添加群は1% FBSを含むαMEMを各ウエルに50μLずつ添加した。このように調製した96-ウエルプレートを37℃のCO2インキュベーター中で6日間培養した。実施例2の記載と同様に、各ウエルの細胞数およびアルカリホスファターゼ活性を測定し、細胞数当り(OD.492 nm = 1.0)のアルカリホスファターゼ活性(OD. 405 nm/OD. 492 nm)を求めた。活性化PRPとBMP4の併用によるST2から骨芽細胞への分化・成熟促進効果を図6に示す。活性化PRPは活性化PPPに比べて、BMP4の添加量が 25 ng/ml以上でST2細胞の骨芽細胞への分化・成熟をより強く増強した。
【0056】
活性化PRPとBMP4の併用によるMC3T3-E1細胞から骨芽細胞への分化・成熟促進効果を図7に示す。活性化PRPとBMP4の併用は活性化PPPとBMP4の併用に比べて、BMP4のすべての投与量でMC3T3-E1細胞のALP産生誘導能を増強する傾向がみられたが、特にBMP4の添加量が50 ng/ml以上で有意にALP産生誘導能を増強した。このことは、活性化PRPとBMP4の併用は、MC3T3-E1細胞の骨芽細胞への分化・成熟を促進することを示している。
【0057】
以上のように、活性化PRPとBMPの併用は、骨芽細胞前駆細胞の骨芽細胞への分化・成熟を促進することが認められた。しかしながら、骨芽細胞前駆細胞株に対する活性化PRPとBMP4の併用効果は間葉系細胞株であるC2C12やMC3T3-L1の場合に比べてそれほど顕著でないのは、もともと骨芽細胞前駆細胞は骨芽細胞に分化がコミットメントした細胞であり、BMPに感受性が高くBMP単独でも骨芽細胞に分化しやすい細胞であるためと考えられる。
【0058】
実施例4: PRPとBMP4以外のBMPメンバーとの併用による間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強効果
20種近くのBMPメンバーの中で、BMP2, BMP4, BMP6, BMP7 (OP-1)およびBMP9が骨代謝や骨形成に深く関与していることが明らかにされている(Cheng H., et al.: J. Bone and Joint Surgery (American) 85: 1544-1552, 2003)。そこで、BMP4以外の遺伝子組み換え標品としてBMP2(Acris Antibodies GmbH社, Germany; 宿主:大腸菌; 比活性:マウス軟骨細胞前駆細胞株、ATDC-5細胞のALP 産生誘導能でED50= 0.5-1.0 μg/ml)、BMP6 (R&D Systems社, 宿主: mouse myeloma cell line NSO細胞; 比活性: ATDC-5細胞のALP産生誘導能でED50= 0.05-0.15 μg/ml)およびBMP7 (OP-1) (R&D System社; 宿主: CHO細胞; 比活性:ATDC-5細胞のALP産生誘導能でED50 = 0.2-0.6 μg/ml)の各々を用いて、実施例2に記載と同様にウシ由来の活性化PRPとの併用によるC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強効果を調べた。
【0059】
ウシ由来の活性化PRPとBMP2併用によるC2C12細胞の増殖促進効果を図8に、またC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強効果を図9に示す。
活性化PRPとBMP6の併用によるC2C12細胞の増殖促進効果を図10に、またC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強効果を図11に示す。
【0060】
活性化PRPとBMP7(OP-1)の併用によるC2C12細胞の増殖促進効果を図12に、またC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導の増強効果を図13に示す。
BMP2の生産宿主は大腸菌であり、比活性が今回使用したBMPメンバーの中で最も低く、300 ng/mlで漸くC2C12細胞にアルカリホスファターゼを誘導した。そこで、BMP2(300 ng/ml)を用いて活性化PRPとの併用による細胞増殖促進および骨芽細胞分化誘導増強効果を調べた。活性化PRP単独添加でC2C12細胞の増殖が最も促進されたが、BMP4との併用によりその増殖促進効果は低下した(図8)。一方、活性化PRPとBMP2との併用において活性化PRPの添加量はウエル(培養液150 μL)当り6.25 (4.2%)〜50μL(33.3%)の範囲で分化誘導を強力に増強した。特に6.25(4.2%)〜25μL(16.7%)の範囲でその増強効果は最も顕著であった(図9)。
【0061】
活性化PRPとBMP6との併用によるC2C12細胞の増殖促進活性は、活性化PRP単独のそれとほぼ同程度であった(図10))。活性化PRPの添加量はウエル(培養液150μL)当たり6.25(4.2%)〜25μL(16.7%)の範囲でBMP6 によるC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導を強力に増強した(図11)。
【0062】
活性化PRPとBMP7(OP-1)との併用によるC2C12細胞の増殖促進活性は、活性化PRP単独添加のそれに比べて低下した(図12)。一方、活性化PRPの添加量はウエル(培養液150μL)当たり6.25 (4.2%)〜25μL(16.7%)の範囲でBMP7によるC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導を強力に増強した(図13)。
【0063】
以上のように、BMP4のみならず、BMP2, BMP6およびBMP7(OP-1)においてもほぼ同じ添加量範囲(4.2〜16.7%)で活性化PRPと併用することによりC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導が顕著に増強されることが明らかになった。
【0064】
実施例5: BMPおよび活性化PRP由来有効成分を共に吸着・保持し、効率的に両者の併用効果を発揮する担体の検討
BMPおよび活性化PRP由来の有効成分を共に吸着・保持し、間葉系細胞から骨芽細胞への分化誘導を効率的かつ顕著に増強する担体(足場, scaffold)を検討した。
【0065】
まず、担体として滅菌コラーゲンスポンジ(表面積が約200 mm2で厚さが1mm、体積約200 mm3)を浮遊細胞用24穴プレートの各ウエルに入れ、無血清DMEMで調製したBMP4溶液(60 ng/ml)を50μL(3 ng BMP4)滲み込ませ、ついで活性化PRPをそれぞれ12.5, 25および50μL滲み込ませて室温で1時間振とうしてコラーゲンスポンジに吸着させた。対照群には(1)BMP4および活性化PRPとも無添加のもの、(2)BMP4無添加、活性化PRPを12.5μL滲み込ませたもの、および(3)活性化PRP無添加でBMP4溶液を50μL( 3 ng BMP4)滲み込ませたものを調製した。室温で1時間吸着後、すべてのコラーゲンスポンジを滅菌PBSで3回振とうしながら充分に洗浄し、PBSを完全に除去した。ついで、1% FBSを含むDMEMで細胞数を2 x 105/mlに調製したC2C12細胞懸濁液をコラーゲンスポンジの入った各ウエルに1 mlずつ添加して、CO2インキュベーター内で2時間培養し細胞をコラーゲンスポンジに接着させた後、さらに1% FBSを含むDMEMを各ウエルに1mlずつ添加した(計2 ml/ウエル)。このようにして調製したコラーゲンスポンジの入った24穴プレートをさらにCO2インキュベーター中で7日間培養した。培養後、各ウエルの培養液を除去し、2 mlのPBSで4回ウエル中のコラーゲンスポンジを洗浄した。実施例1記載のアルカリホスファターゼ基質溶液を各ウエルに500μLずつ添加し、室温で20分間反応させた。24穴プレートの各ウエルから100μLずつ採取して96-ウエルプレートに移し、3M NaOHを50μL加えて反応を停止させ、各ウエルの405 nmの吸光度を測定した。その結果を図14に示す。対照群のBMP4および活性化PRPとも無添加、およびBMP4無添加、活性化PRPを12.5μL添加吸着させたコラーゲンスポンジではアルカリホスファターゼ活性はほとんど検出されなかった。図14に示すように、BMP4と活性化PRPを併用添加した群では、BMP4単独に比べて活性化PRPを12.5(コラーゲンスポンジの体積当り6.3%)〜50μL(同25%)の添加範囲でC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導の顕著な増強効果が観察された。その中でも活性化PRPの12.5μL(同6.3%)添加群で最も増強効果が高かった。以上のように、BMP4および活性化PRP由来の有効成分ともPBSによる充分な洗浄でも洗い流されないほど強くコラーゲンスポンジに吸着・保持され、間葉系細胞から骨芽細胞分化誘導を顕著に増強する効果を発現することが明らかになった。また、活性化PRPの有効添加量はコラーゲンスポンジ体積当り6.3〜25%の範囲にあり、実施例2での培養液当りの活性化PRPの有効添加量である4.2〜33.3%の範囲内にあった。本実施例に用いたコラーゲンスポンジのように、PRP由来の有効成分およびBMP4の両方を効率的(90%以上)に吸着・保持できるような人工骨補填材や移植用ステントデバイスの場合には、活性PRPの添加量はその体積に対して4.2〜33.3%の範囲が好ましいことを示している。
【0066】
多孔性ハイドロキシアパタイト(CELLYARD HA)は、実際に医療に用いられている人工骨補填材と同じ多孔性および性質を持っているものである。この多孔性ハイドロキシアパタイト(HA, 径5 mm x 2 mm, 39 mm3)を担体として、このHAをそれぞれ浮遊細胞用96穴プレートの各ウエルに入れ、無血清DMEMで調製したBMP4溶液(500 ng/ml)を10μL(5 ng BMP4/HA)滲み込ませ、室温で1時間放置後、ついでHA当り活性化PRPをそれぞれ12.5 25および50μLを加えて室温で1時間振とうしてHAに吸着させた。対照群には(1)BMP4無添加、活性化PRPを12.5μL加えたもの、および(2)活性化PRP無添加でBMP4溶液(500 ng/ml)を10μL( 5 ng BMP4)滲み込ませたものを調製した。室温で1時間吸着後、すべてのHAを滅菌PBS 150μLで10分間、計3回充分に洗浄した後、PBSを完全に除去した。ついで、10% FBSを含むMEMで細胞数を2 x 105/mlに調製したC2C12細胞懸濁液をHAの入った各ウエルに50 μLずつ添加して、CO2インキュベーター内で2時間培養し細胞をHAに接着させた後、さらに1% FBSを含むDMEMを各ウエルに100μLずつ添加した(計150μL/ウエル)。このように調製したプレートを37℃で6日間培養した。各ウエルのアルカリホスファターゼ活性を図15に示す。
【0067】
図15に示すように、BMP4単独添加でもHA培養によりC2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導が促進された。BMP4と活性PRPの併用添加群では、C2C12細胞から骨芽細胞への分化誘導は、活性化PRP添加量が12.5μL(HA体積当り31.8%)で最も高い増強効果が認められた。また、25μL(同63.6%)で増強効果が抑制され、50μL(同127.2%)では全く効果は観察されなかった。培養液に対する活性PRPの添加では、33.3%以上で増強活性が抑制される傾向があることから、HAへの25μLの添加量(63.6%)は少なくても培養液での最大添加量(33.3%)以上に相当すると推定される。すなわち、本実施例で用いた吸着・保持の条件ではHAへのBMP4の吸着はコラーゲンスポンジの場合と同様に効率的HAに吸着・保持されるが、活性化PRP由来の有効成分のHAへの吸着・保持はコラーゲンスポンジよりも劣り、2倍以上の活性化PRPの添加が必要なことを示唆している。このように、担体の種類、性質や構造等によりBMP4やPRP由来の有効成分の吸着・保持能力が異なることから、これら吸着・保持率により両者の添加量は補正される必要がある。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】ヒト多血小板血漿(PRP)とBMP4の併用による間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導増強効果を示す。
【図2】ウシPRP、PPPおよびBMP4の間葉系細胞株C2C12の増殖に及ぼす影響を示す。
【図3】PRPとBMP4の併用による間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導増強効果を示す。
【図4】PRPによるBMP4低濃度領域における間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導増強活性を示す。
【図5】PRPとBMP4の併用による脂肪細胞前駆細胞株MC3T3-L1から骨芽細胞への分化誘導増強効果を示す。
【図6】PRPとBMP4の併用による骨芽細胞前駆細胞株ST2の骨芽細胞への分化・成熟促進効果を示す。
【図7】PRPとBMP4の併用による骨芽細胞前駆細胞株MC3T3-E1の骨芽細胞への分化・成熟促進効果を示す。
【図8】PRP、PPPおよびBMP2の間葉系細胞株C2C12の増殖に及ぼす影響を示す。
【図9】PRPとBMP2の併用による間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導増強効果を示す。
【図10】PRP、PPPおよびBMP6の間葉系細胞株C2C12の増殖に及ぼす影響を示す。
【図11】PRPとBMP6の併用による間葉系細胞株C2C12の骨芽細胞への分化誘導増強効果を示す。
【図12】PRP、PPPおよびBMP7の間葉系細胞株C2C12の増殖に及ぼす影響を示す。
【図13】PRPとBMP7の併用にとる間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導効果を示す。
【図14】コラーゲンスポンジによるPRP由来有効成分およびBMP4の吸着・保持および間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導増強効果を示す。
【図15】多孔性ハイドロキシアパタイト(CELLYARD HA)によるPRP由来有効成分およびBMP4の吸着・保持および間葉系細胞株C2C12から骨芽細胞への分化誘導増強効果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多血小板血漿(platelet rich plasma, PRP)および骨形成誘導タンパク質(bone morphogenetic protein, BMP)を併用することにより、間葉系細胞から骨芽細胞への分化を促進する方法。
【請求項2】
多血小板血漿(PRP)および骨形成誘導タンパク質(BMP)を併用することにより、骨芽細胞前駆細胞および/または骨芽細胞の分化・成熟を促進する方法。
【請求項3】
多血小板血漿(platelet rich plasma, PRP)および骨形成誘導タンパク質(bone morphogenetic protein, BMP)を併用することにより、間葉系細胞から骨芽細胞への分化を促進し、次いで該骨芽細胞の分化・成熟を促進する方法。
【請求項4】
骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤であって、該治療剤が多血小板血漿(PRP)及び骨形成誘導タンパク質(BMP)との併用からなる前記骨疾患の予防および治療剤。
【請求項5】
多血小板血漿(PRP)由来有効成分および骨形成誘導タンパク質(BMP)を、コラーゲンスポンジおよび燐酸カルシウムを主成分とする人工骨補填材からなる群から選択される担体とともに投与する、請求項4記載の骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤。
【請求項6】
間葉系細胞を多血小板血漿(PRP)および骨形成誘導タンパク質(BMP)の存在下で培養することにより得られる、骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療用骨芽細胞。
【請求項7】
請求項6記載の骨芽細胞を含む、骨折および骨量減少を伴う骨疾患の予防および治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【図3】
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【図5】
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【図9】
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【図11】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−297220(P2008−297220A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−142412(P2007−142412)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【出願人】(507175832)有限会社 代謝制御分子研究所 (1)
【出願人】(504013775)学校法人 埼玉医科大学 (39)
【Fターム(参考)】