説明

高分子材料を含んで構成される機械部品

【課題】接着剤や合成樹脂等の高分子材料を含んで構成される物品内に、空気や水蒸気等の気体が入り込むのを効果的に防止できる保護膜を実現する。
【課題手段】高分子材料製の部材の表面のうちで、外部空間に露出する部分を、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製で、ガスバリア性と水蒸気バリア性と接着性とを有する保護膜により覆う。そして、高分子材料中に空気や水蒸気が浸入する事を効果的に防止して、高分子材料を含んで構成される物品の性能、特に耐久性の向上を図る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、何れも高分子材料である接着剤、合成樹脂を含んで構成される機械部品の改良に関する。具体的には、この機械部品を構成する高分子材料中に空気や水蒸気が入り込むのを防止する為の保護膜を設ける事により、接着剤により外気から隔てられた部分に水分が入り込む事を防止したり、或いは、合成樹脂製の機械部品の耐久性が、酸素の浸入により劣化する事を防止する。
【背景技術】
【0002】
使用状態で雨水(泥水)に曝される機械部品の組み合わせ部に、水封の為に、高分子材料製の接着剤を塗布(充填)する事が考えられている。具体的には、車輪支持用の転がり軸受ユニットのハブと、このハブに嵌合固定するスリンガとの嵌合面を通じて、この転がり軸受ユニットの内部に水分が入り込む事を防止する為に、この嵌合面の端部に接着剤を塗布する事が考えられている。又、各種機械装置の構成部品を、高分子材料の一種である合成樹脂により造る事も広く行われている。具体的には、転がり軸受を構成する保持器や、プーリ装置を構成するプーリを、合成樹脂により造る事が広く行われている。この様な接着剤や合成樹脂等の高分子材料は、気体を完全に遮断する事はできるとは限らず、しかも使用条件が厳しい場合には、長期間に亙る使用に伴って、微量とは言え、水蒸気を含む空気を通過させたり、内部に空気を取り込む可能性がある。高分子材料が前記水封の為の接着剤である場合には、この接着剤を通過した後に凝縮した水分によって、この接着剤により保護すべき部分の耐久性が損なわれる可能性がある。又、高分子材料が合成樹脂である場合には、内部に入り込んだ空気のうち、特に酸素によって、この合成樹脂の物性が低下し、この合成樹脂により造られた機械部品の強度、剛性が低下する等、この機械部品の耐久性が損なわれる可能性がある。
【0003】
この様な問題に対応する為には、この機械部品の表面を、ガスバリア性及び水蒸気バリア性を有する材料製の保護膜により覆う事が考えられる。この様な保護膜に利用できる可能性を有する材料に関する発明を記載した刊行物として、特許文献1〜4がある。このうちの特許文献1には、未使用の真空用軸受をガスバリア性を有する包装材により包装する事で、この真空用軸受が酸素や水蒸気に曝されない様にする発明が記載されている。又、特許文献2、4には、磁気エンコーダを構成する燒結材製の多極磁石に化学蒸着による防食被膜を形成し、この磁気エンコーダが腐食する事を防止する発明が記載されている。更に特許文献3には、水素を貯溜するタンクの内面を、ガスバリア性を有する樹脂ライナにより構成し、この水素の漏洩を防止する発明が記載されている。
但し、前記特許文献1〜4に記載された何れの発明も、接着剤や合成樹脂等に空気や水蒸気等の気体が入り込むのを防止する事を意図したものではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、接着剤や合成樹脂等の高分子材料を含んで構成される機械部品内に、空気や水蒸気等の気体が入り込むのを効果的に防止できる保護膜を備えた、高分子材料を含んで構成される機械部品を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の高分子材料を含んで構成される機械部品は、少なくとも一部を高分子材料により構成され、この高分子材料の一部を大気中に露出させた状態で使用される。
特に、本発明の高分子材料を含んで構成される機械部品に於いては、この高分子材料の一部で大気中に露出する部分が、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製で、ガスバリア性と水蒸気バリア性と接着性とを有する保護膜により覆われている。
この様な本発明の高分子材料を含んで構成される機械部品を実施する場合、より具体的には、請求項2に記載した発明の様に、前記保護膜を構成する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物を、一般式
【化1】

で表されるポリサルファイド変性エポキシ樹脂と硬化剤との反応生成物とする。
但し、前記一般式中、R1及びR2は、それぞれ有機基を表す。又、X及びYは、それぞれ−S−基、−O−基、−NH−基のうちから選択される置換基を表す。又、R3及びR4は、それぞれ分子内に2個以上のエポキシ基を有するエポキシプレポリマーの残基を表す。更に、aは0〜5の整数を表し、bは1〜50の整数を表す。但し、a=0の場合には、前記Xと前記Yとのうちの少なくとも一方は−S−基とする。
この様な請求項2に記載した発明を実施する場合、請求項3に記載した発明の様に、前記硬化剤を、アミン類と酸無水物とのうちから選択される何れかとする。
【0006】
本発明を実施する場合に、その表面に保護膜を被覆すべき高分子材料を含んで構成される機械部品は任意であるが、例えば、請求項4に記載した発明の様に、組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットとする。
この組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットは、回転側軌道輪及び静止側軌道輪と、複数個の転動体と、組み合わせシールリングとを備える。
このうちの回転側軌道輪及び静止側軌道輪は、互いに同心に配置されている。
又、前記各転動体は、これら回転側軌道輪及び静止側軌道輪の互いに対向する周面にそれぞれ設けられた、回転側軌道と静止側軌道との間に、転動自在に設けられている。
又、前記組み合わせシールリングは、スリンガとシールリングとから成り、前記回転側軌道輪と前記静止側軌道輪との互いに対向する周面同士の間に存在する環状空間の端部開口を塞ぐ。このうちのスリンガは、前記回転側軌道輪の周面の一部で前記静止側軌道輪の周面に対向する部分に嵌合固定されたもので、金属板を曲げ成形する事により断面L字形で全体を円環状に構成し、円筒部と、この円筒部の軸方向端縁から前記静止側軌道輪に向けて径方向に折れ曲がった円輪部と、これら円筒部と円輪部との連続部に存在する断面円弧形の曲面部とから成る。又、前記シールリングは、前記静止側軌道輪の一部で前記スリンガに対向する部分に嵌合固定されたもので、前記静止側軌道輪に嵌合固定される芯金と、この芯金にそれぞれの基端部を支持された複数本のシールリップとを備え、これら各シールリップの先端部を、前記スリンガの表面に全周に亙り摺接させている。
そして、前記スリンガの曲面部と前記回転側軌道輪の周面との間に存在する隙間に、高分子材料である、油面接着性を有する接着剤を、全周に亙って充填している。更に、この接着剤の表面を、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆う。
【0007】
この様な請求項4に係る発明を実施する場合に、例えば請求項5に記載した発明の様に、前記スリンガを構成する円輪部の軸方向両側面のうちで前記各シールリップの先端縁を摺接させる面と反対側の面に、側面にS極とN極とを交互に配置した永久磁石製のエンコーダを全周に亙って、回転側軌道輪と同心に添着固定する。又、この回転側軌道輪の周面と曲面部との間に存在する隙間に加えて、この回転側軌道輪の周面と前記エンコーダの周縁との間の第二の隙間にも油面接着性を有する接着剤を、前記隙間に充填した接着剤と連続する状態で全周に亙って充填する。そして、これら両隙間に充填された接着剤の表面を、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆う。
【0008】
又、本発明を実施する場合に、例えば請求項6に記載した発明の様に、前記高分子材料を含んで構成される機械部品を、転がり軸受とする。この転がり軸受は、互いに同心に配置された1対の軌道輪と、これら両軌道輪の互いに対向する面にそれぞれ設けられた1対の軌道面同士の間に転動自在に設けられた複数個の転動体と、前記両軌道輪同士の間に配置された状態でこれら各転動体を転動自在に保持する合成樹脂製の保持器とから成るものとする。そして、この保持器の表面を、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆う。
【0009】
更に、本発明を実施する場合に、例えば請求項7に記載した発明の様に、高分子材料を含んで構成される機械部品を、プーリ装置とする。このプーリ装置は、ラジアル転がり軸受によりプーリを回転自在に支持したものである。又、このうちのラジアル転がり軸受は、内輪の外周面に設けた内輪軌道と外輪の内周面に設けた外輪軌道との間に複数個の転動体を配置する事により、これら内輪と外輪との相対回転を自在としたものである。更に、前記プーリは、合成樹脂を射出成形する事により造られたもので、内径側端部に前記外輪の外径寄り部分を包埋する事により、この外輪に対し結合固定する。そして、前記プーリを、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆う。
【発明の効果】
【0010】
上述の様に構成する本発明の高分子材料を含んで構成される機械部品によれば、高分子材料中に空気や水蒸気が浸入する事を効果的に防止できて、高分子材料を含んで構成される機械部品の性能、特に耐久性の向上を図れる。
例えば、請求項4に記載した、組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットに適用した発明の場合には、接着剤により外気から隔てられた部分に水分が入り込む事を防止して、転がり軸受の内部に充填したグリースの劣化を防止し、組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの耐久性向上を図れる。
又、請求項6に記載した、転がり軸受に適用した発明の場合には、合成樹脂製の保持器の耐久性が、酸素の浸入により劣化する事を防止できる。
更に、請求項7に記載した、プーリ装置に適用した発明の場合には、合成樹脂製のプーリの耐久性が、酸素の浸入により劣化する事を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す、組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの部分断面図。
【図2】図1のA部拡大図。
【図3】本発明の実施の形態の第2例を示す、組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの部分断面図。
【図4】この第2例に組み込まれるエンコーダの斜視図。
【図5】本発明の実施の形態の第3例を示す、図2と同様の部分断面図。
【図6】本発明の実施の形態の第1〜3例に関する背景技術の1例を示す断面図。
【図7】組み合わせシールリングの構造の2例を示す、図6のB部に相当する拡大断面図。
【図8】本発明の実施の形態の第4例を示す、転がり軸受の断面図。
【図9】この第4例に組み込まれる合成樹脂製保持器を取り出して示す斜視図。
【図10】本発明の実施の形態の第5例を示す、転がり軸受の断面図。
【図11】この第5例に組み込まれる合成樹脂製保持器を取り出して示す斜視図。
【図12】本発明の実施の形態の第6例を示す、転がり軸受の断面図。
【図13】この第6例に組み込まれる合成樹脂製保持器を取り出して示す斜視図。
【図14】本発明の実施の形態の第7例を示す、プーリ装置の断面図。
【図15】同じく正面図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[実施の形態の第1例]
図1〜2は、請求項1〜5に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。尚、この第1例に就いて説明する前に、この第1例に関する背景技術に就いて、図6〜7により説明する。
自動車の車輪を懸架装置に対して回転自在に支持する為の転がり軸受ユニット1は、図6に示す様に、静止側軌道輪である外輪2と回転側軌道輪であるハブ3とを、互いに同心に配置している。そして、この外輪2の内周面に設けた、それぞれが静止側軌道である複列の外輪軌道4、4と、前記ハブ3の外周面に設けた、それぞれが回転側軌道である複列の内輪軌道5、5との間に、それぞれが転動体である玉6、6を、両列毎に複数個ずつ配置している。これら各玉6、6は、それぞれ保持器7、7により、転動自在に保持している。この様な構成により、懸架装置に支持固定される前記外輪2の内径側に前記ハブ3を、回転自在に支持している。
【0013】
前記外輪2の内周面と前記ハブ3の外周面との間で前記各玉6、6を設置した環状空間8の両端開口は、それぞれシールリング9と組み合わせシールリング10とにより、全周に亙り塞いでいる。このうちのシールリング9は、金属板製の芯金11と弾性材製のシールリップ12とを備える。そして、このうちの芯金11を前記外輪2の一端部に締り嵌めにより内嵌した状態で、前記シールリップ12の先端縁を前記ハブ3の中間部外周面に、全周に亙り摺接させている。
【0014】
又、前記組み合わせシールリング10は、スリンガ13とシールリング14とから成る。このうちのスリンガ13は、金属板を曲げ成形する事により断面L字形で全体を円環状に構成したもので、円筒部15と、この円筒部15の軸方向端縁から径方向外方に折れ曲がった円輪部16と、これら円筒部15と円輪部16との連続部に存在する、断面円弧形の曲面部17とから成る。この様なスリンガ13は、前記円筒部15を前記ハブ3(ハブ本体と共にこのハブ3を構成する内輪)の端部外周面に締り嵌めで外嵌する事により、このハブ3に対し固定している。又、前記シールリング10は、金属板製の芯金18と弾性材製のシールリップ19とを備える。そして、このうちの芯金18を前記外輪2の他端部に締り嵌めで内嵌した状態で、前記シールリップ19の先端縁を前記スリンガ13の表面に、全周に亙り摺接させている。
【0015】
尚、上述の様な組み合わせシールリング10を構成するスリンガ13の円輪部16の軸方向両側面のうち、前記円筒部15の折れ曲がり方向の逆側の面に、図7の(A)に示す様に、円輪状のエンコーダ20を、全周に亙り添着固定する場合もある。このエンコーダ20は、ゴム磁石、プラスチック磁石等の永久磁石製で、軸方向に着磁している。着磁方向は、円周方向に関して、交互に、且つ、等間隔で変化させている。従って、被検出面である、前記エンコーダ20の軸方向片側面には、S極とN極とが、円周方向に関して、交互に、且つ、等間隔で配置されている。この様なエンコーダ20の被検出面には、例えば特許文献5に記載されている様に、センサの検出部を対向させて、前記ハブ3と共に回転する車輪の回転速度を測定可能とする。そして、測定した、車輪の回転速度を表す信号を、アンチロックブレーキシステム(ABS)やトラクションコントロールシステム(TCS)等、車両の走行安定化装置の制御に利用する。
【0016】
尚、前記エンコーダ20を設ける場合には、このエンコーダ20を、フェライト等の磁性粉が混合されたゴム或いは合成樹脂等の、弾性を有する高分子材料製の素材で造る。即ち、予め接着剤を塗布した前記スリンガ13を設置した金型内で、前記素材を、このスリンガ13の円輪部16の片面に押し付けて、この円輪部16に接合する。この様なエンコーダ20を構成する為の素材として一般的には、フェライトを含有したニトリルゴムを1対のロール同士の間でシート状に成形して、前記フェライトを機械的に配向したものを使用する。又、前記接着剤として一般的には、ゴム磁石との加硫接着性を考慮して、レゾールタイプのフェノール樹脂系接着剤を使用する。但し、場合によっては、フェノール樹脂系接着剤に耐水性が高いエポキシ樹脂を混合したものを使用する事もある。更には、これらの接着剤を上塗り接着剤とし、下塗り接着剤として、シランカップリング剤、エポキシ樹脂等を使用して(接着剤を複層にして)、更に耐水性を向上させる事もある。この様にして、前記スリンガ13にエンコーダ20を結合固定した場合、一般的には、このスリンガ13の表面全体が、厚さが数μm程度の、硬化された接着剤被膜で覆われた状態となる。
【0017】
これに対して、車輪の回転速度を検出する必要がない場合、或いは、別部分でこの回転速度を検出できる場合には、図7の(B)に示す様に、前記スリンガ13にエンコーダを設ける事はない。尚、前述した様な永久磁石製のエンコーダを設ける場合には、その極数を70〜130極程度、好ましくは、90〜120極程度とする。極数が70極未満の場合は、極数が少な過ぎて回転速度検出の精度を確保する事が難しくなる。これに対して、極数が130極を越える場合は、円周方向に隣り合う極同士のピッチが小さくなり過ぎて、ピッチ誤差を小さく抑える事が難しくなり、やはり回転速度検出の精度を確保する事が難しくなる。
何れにしても、前記環状空間8の両端開口を前記シールリング9と前記組み合わせシールリング10とにより、それぞれ全周に亙り塞ぐ事で、前記環状空間8内に存在するグリースの漏洩防止と、外部空間に存在する水分や塵芥等の異物がこの環状空間8内に浸入する事の防止とを図っている。
【0018】
但し、前記組み合わせシールリング10を構成する前記スリンガ13の円筒部15を前記ハブ3の端部に外嵌固定した場合、これら円筒部15の内周面とハブ3の端部外周面との嵌合面のシール性を必ずしも十分に確保できない。先ず、図7の(B)に示す様な、エンコーダを持たない構造の場合、前記スリンガ13の表面は金属が露出したままの状態である。この為、このスリンガ13の円筒部15を前記ハブ3の端部に締り嵌めで外嵌した状態でも、この嵌合部に微小な隙間が存在する事は避けられない。
これに対して、図7の(A)に示す様な、エンコーダ20を持った構造の場合には、前記スリンガ13の表面が、高分子材料である接着剤の被膜により覆われているが、このスリンガ13の円筒部15を前記ハブ3に締り嵌めで外嵌すると、外嵌作業の過程で、この円筒部15の内周面に存在する接着剤の被膜の大部分が剥離してしまう。この結果、前記図7の(B)に示したエンコーダを持たない構造の場合と同様に、嵌合部に微小な隙間が存在する状態となる。
何れにしても、前記円筒部15の内周面と前記ハブ3の外周面との嵌合部に微小隙間が存在し、この微小隙間に浸入した水分により、これら両周面のうちの少なくとも一方の周面が腐食すると、この微小隙間が拡がり、この拡がった隙間を通じて、前記環状空間8内に水分が浸入する可能性がある。この環状空間8内への水分の浸入は、グリースの劣化による転がり軸受ユニットの耐久性低下の原因となる為、好ましくない。
【0019】
この様な事情に鑑みて、特許文献6〜13には、スリンガとハブとの嵌合部を通じての水分の浸入防止を図る為の構造が記載されている。このうちの特許文献6、7には、スリンガの形状を、ハブの端面を覆う形状とした構造が記載されている。又、特許文献8〜10には、スリンガの円筒部の内周面とハブの外周面との嵌合部に弾性材を介在させた構造が記載されている。又、特許文献10〜12には、ゴム磁石製のエンコーダの内周縁をハブ等の外周面に、全周に亙り当接させた構造が記載されている。更に、特許文献13には、エンコーダとは別にスリンガに設けた弾性材により、このスリンガの円筒部とハブとの嵌合部を外部空間に対して覆う構造が記載されている。尚、前記特許文献10には、前記2通りの構造が記載されている。
【0020】
但し、上述の様な、特許文献6〜13に記載された従来構造の場合、次の様な問題点がある。
先ず、特許文献6、7に記載された従来構造の場合には、特殊な形状を有するスリンガを使用する為、このスリンガの製造コストが嵩むだけでなく、空間的な制約がある(スリンガの設置スペースが限られる)場合には、適用できない。
又、特許文献8〜10に記載された従来構造の場合には、円筒部とハブとの嵌合部に締め代が存在する為、前記弾性材の存在に基づいて組立性が低下するだけでなく、組立時にこの弾性材が剥離し、必ずしも十分なシール性を確保できない可能性がある。弾性材としてOリングを使用すれば、組立性の低下やシール性確保の不確実性は防止できるが、このOリングが徐々にへたる為、長期間に亙り十分なシール性能を確保する事は難しい。
【0021】
又、特許文献10〜12に記載された従来構造の場合には、エンコーダを弾性の低い磁石材料で造る必要があり、エンコーダを介してスリンガを強く押せない為、このエンコーダを含むスリンガをハブに外嵌する際の作業性が悪くなる。又、このエンコーダの内周縁で前記ハブ等の外周面に当接している部分が欠け易く、長期間に亙り十分なシール性能を確保する事は難しい。
更に、特許文献13に記載された従来構造の場合には、スリンガに対してエンコーダとは別の弾性材を設ける為、製造コストが嵩むだけでなく、場合によっては、この弾性材の設置スペースを確保できない。
【0022】
この様な事情に鑑みて本例の場合には、図1〜2に示す様に、スリンガ13aの円筒部15aと、内輪21との嵌合部に接着剤22を、全周に亙って塗布する事により、この嵌合部のシール性を確保する様にしている。本例の場合も、静止側軌道輪である外輪2aの内径側に回転側軌道輪であるハブ3a(を構成する内輪21)を、互いに同心に配置している。そして、このうちの外輪2aの内周面に形成した、静止側軌道である外輪軌道4aと、前記ハブ3aの外周面に形成した、回転側軌道である内輪軌道5aとの間に、転動体である複数個の玉6を、保持器7aに保持した状態で転動自在に設けている。又、前記外輪2aの内周面と前記ハブ3aの外周面との間に存在して前記各玉6を設置した環状空間8aの端部開口を、組み合わせシールリング10aにより塞いでいる。
【0023】
この組み合わせシールリング10aは、スリンガ13aとシールリング14aとから成る。このうちのスリンガ13aは、前記内輪21の端部外周面に、締り嵌めにより外嵌固定されたもので、金属板を曲げ成形する事により、断面L字形で全体を円環状に構成している。即ち、前記スリンガ13aは、内周縁部に設けられた円筒部15aと、この円筒部15aの軸方向端縁から径方向外方に直角に折れ曲がった円輪部16aと、これら円筒部15aの軸方向端縁と円輪部16aの内周縁との連続部に存在する断面円弧形の曲面部17aとから成る。又、前記シールリング14aは、前記外輪2aの端部内周面に、締り嵌めにより内嵌固定されたもので、金属板を曲げ形成する事により断面略L字形で全体を円環状とした芯金18aと、弾性材製で複数本のシールリップ19a、19aとから成る。前記シールリング14aは、前記芯金18aの外周縁部に設けた円筒部23を前記外輪2aの端部内周面に締り嵌めで内嵌した状態で、前記各シールリップ19a、19aの先端部を、前記スリンガ13aを構成する、前記円筒部15aの外周面及び前記円輪部16aの片側面に、それぞれ全周に亙り摺接させている。
【0024】
又、前記スリンガ13aの円輪部16aの軸方向両側面のうち、前記シールリップ19a、19aを摺接させた面と反対側の面(図1〜2の右側面)乃至外周縁に、永久磁石製で円輪状のエンコーダ20aを、全周に亙って添着固定している。このエンコーダ20aは、軸方向に着磁されており、着磁方向は、円周方向に関して、交互に、且つ、等間隔で変化させている。従って、前記エンコーダ20aの側面には、S極とN極とが、交互に、且つ、等ピッチで配置されている。
【0025】
又、本例の組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの場合には、前記スリンガ13aの曲面部17aの内周面及び前記エンコーダ20aの内周縁と、前記ハブ3aを構成する内輪21の外周面との間に存在する隙間24に、油面接着性を有する前記接着剤22を、全周に亙って充填している。この接着剤22として油面接着性を有するものを使用する理由は、前記ハブ3aを構成する内輪21に付着している油分に拘らず、この内輪21との接着性を良好にする為である。即ち、車輪支持用転がり軸受ユニット等のシールリング付転がり軸受ユニットを構成する外輪2a及びハブ3a(を構成する内輪21)は、一般的にSUJ2の如き軸受鋼で造られており、そのままでは耐食性に劣る為、表面に油性の防錆剤が塗布された状態になっている。そこで、この様な防錆剤の存在に拘らず、前記内輪21との接着性を良好にする為に、接着剤22として油面接着性を有するものを使用する。
【0026】
前記接着剤22は、前記隙間24に充填された状態で、前記ハブ3a(を構成する内輪21)及び前記スリンガ13aの表面に付着した油分を取り込んだ状態で硬化し、油面とも接着状態になる。この様な油面接着剤としては、ウレタン変性アクリレート、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、シリコーンゴム等のシリコン化合物のうちから選ばれる、少なくとも一つを主成分としたものを使用する。
【0027】
前記各油面接着剤のうち、ウレタン変性アクリレートを主成分とする油面接着剤としては、例えば特許文献14に記載されたものを使用できる。このウレタン変性アクリレートを主成分とする油面接着剤は、油面接着性を発現する為に、分子構造中にポリオール成分であるポリブチレングリコール構造を有するウレタン変性アクリレートを含有している点に特徴がある。又、このウレタン変性アクリレートは、イソシアネート成分として、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、トリレンジイソシアネート(TDI)等を含み、アクリレート成分として、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(2HEMA)、2−ヒドロキシエチルアクリレート(2HEA)を含んで構成される。この様なウレタン変性アクリレートを主成分とする油面接着剤は、主成分のウレタン変性アクリレートの他に、メトキシジエチレングリコールメタクリレート等のアクリル系モノマー、過酸化物等の硬化剤、シリカ等の充填剤等を含有している。
【0028】
又、前記各油面接着剤のうちでエポキシ樹脂を主成分とする油面接着剤としては、例えば特許文献15に記載されたもの等を使用できる。このエポキシ樹脂を主成分とする油面接着剤は、末端カルボキシル基を有するジエン系液状ゴムで変性した変性エポキシ化合物を含むエポキシプレポリマーを主成分とし、その他の成分としてウレタンプレポリマー、潜在性硬化剤等を含有する。
【0029】
更に、前記各油面接着剤のうちでシリコン化合物を主成分とする油面接着剤としては、例えば特許文献16に記載されたものを使用できる。このシリコン化合物を主成分とする油面接着剤としては、両末端に水酸基を有するジオルガノポリシロキサン、イミノキシシラン、有機錫系触媒、吸油性炭素粉末、シラン変性ポリオキシアルキレン又はポリエーテル変性ポリシロキサン等を含有するものがある。
【0030】
上述の様な接着剤22は、前記隙間24を塞ぎ、この隙間24、及び、前記スリンガ13aの円筒部15aと前記ハブ3aを構成する内輪21との嵌合面を通じて、外部空間に存在する塵芥や泥水等の異物が、前記環状空間8a内に浸入する事を防止する。但し、前記接着剤22は、必ずしもガスバリア性が十分でない可能性がある。この為、空気中に含まれる水蒸気が前記接着剤22を通過して前記環状空間8a内に浸入し、この環状空間8a内で凝縮して、この環状空間8a内に存在するグリースに混ざる可能性がある。この様な原因でグリース中に水分が混入すると、混入量が僅かであっても、このグリースによる潤滑性能が劣化し、組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの耐久性が損なわれる可能性がある。
【0031】
そこで本例の場合には、前記接着剤22の表面で、外気に曝らされる部分を、ガスバリア性と水蒸気バリア性と接着性とを有する保護膜で覆っている。この保護膜は、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物であり、このポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物は、一般式
【化2】

で表されるポリサルファイド変性エポキシ樹脂と硬化剤との反応生成物である。
但し、前記一般式{(1)式}中、R1及びR2は、それぞれ有機基を表し、X及びYは、それぞれ−S−基、−O−基、−NH−基のうちから選択される置換基を表す。又、R3及びR4は、それぞれ分子内に2個以上のエポキシ基を有するエポキシポリプレマーの残基を表す。又、aは0〜5の整数を、bは1〜50の整数を、それぞれ表す。但し、a=0の場合には、前記Xと前記Yとのうちの少なくとも一方は−S−基とする。
【0032】
前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂を表した(1)式中にR1 及びR2として示した有機基の具体例としては、
【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

等が挙げられる。尚、これら各有機基を表す一般式中のmは、1以上、好ましくは1〜10の整数である。特にR1で示した有機基 が
【化8】

であるポリサルファイド変性エポキシ樹脂が、製造の容易さと硬化物の物性の面から好適である。
【0033】
又、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂を表した一般式中にR3 及びR4として示した有機基の具体例としては、
【化9】

【化10】

【化11】

を挙げられる。尚、これら各有機基を表す一般式中のnは、1以上、好ましくは1〜15の整数を、R5 は、H又はCH3 を、それぞれ表す。
又、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂を表した一般式中で、Sの平均含有量aの範囲は0〜5(但し、a=0の場合、X及びYのうちの少なくとも1つは−S−基とする)、好ましくは2〜3とする。又、前記骨格の平均含有量bの範囲は1〜50とし、好ましくは1〜30とする。
【0034】
前述の様な一般式(1)で表されるポリサルファイド変性エポキシ樹脂化合物は、例えば、−S−基、−S−S−基、−S−S−S−基、−S−S−S−S−基、−S−S−S−S−S−基等の硫黄結合基を有し(但し、a=0の場合を除く)、且つ、その両端が−OH基、−NH2 基、−NRH基(Rは有機基)、−SH基の様な、エポキシ基と反応可能な官能基で閉じられている硫黄含有ポリマー又は硫黄含有オリゴマーと、分子内に2個以上のエポキシ基を有するエポキシプレポリマーとの付加反応によって合成されたものである。
【0035】
又、前記エポキシプレポリマーとしては、脂肪族ポリオールや芳香族ポリオールと、エピクロルヒドリンとの縮合反応によって合成され、分子内に2個以上のエポキシ基を有するものが挙げられる。この様なエポキシプレポリマーは、例えばビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ハロゲン化ビスフェノールA型エポキシ樹脂等のビスフェノール骨格型エポキシ樹脂、又は、これらと類似の分子構造を有するエポキシ樹脂等を挙げられる。
【0036】
前記保護膜を構成する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂化合物を合成するに際しては、上述したエポキシプレポリマーを、硫黄含有ポリマー又は硫黄含有オリゴマーに対して、2当量又はそれ以上加えて反応させる。この場合に使用するポリサルファイド変性エポキシ樹脂としては、例えば東レ・ファインケミカル(株)製「FLEP−50」、「FLEP−60」、「FLEP−125X」等を挙げられる。
【0037】
ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である前記保護膜は、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂に、硬化剤を配合し、得られた配合物を所望の箇所、本例の場合には、前記接着剤22のうちで外気に曝らされる部分に塗布した後、この塗膜を常温放置又は加熱する事により形成する。前記硬化剤としては、主としてアミン類、酸無水物等を使用できる。アミン類としては、第1級アミン、第2級アミン、第3級アミンの何れも使用できる。
【0038】
更に具体的には、前記アミン類として、トリエチレンテトラミンの様な脂肪族ポリアミン、ダイマー酸とポリエチレンポリアミンとの縮合物の様なポリアミド、m−キシレンジアミンの様な芳香族ポリアミン等を挙げる事ができる。又、ポリアミンと、フェニルグリシジルエーテルやエチレンオキサイドとの付加物の様な変性ポリアミンを用いる事もできる。この変性ポリアミンは、揮発性や毒性が少ないので好ましい。
【0039】
又、酸無水物としては、例えば無水フタル酸、へキサヒドロ無水フタル酸、クロレンド酸等を挙げる事ができる。但し、図1〜2に示す様に、スリンガ13aの円輪部16aに、ポリアミド系合成樹脂(ナイロン)中に強磁性粉末を混入して成るプラスチック磁石製のエンコーダ20aを添着固定する場合(エンコーダ20aを構成する磁石材料のバインダーとしてポリアミド系合成樹脂を用いる場合)には、アミン類を使用する方が、より好適である。この理由は、硬化物の構造がポリアミド系合成樹脂の化学構造に近くなり、前記保護膜である硬化被膜と、前記エンコーダ20aを構成する合成樹脂の表面との接着力が強くなる為である。
【0040】
前記硬化剤の使用量は、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂のエポキシ当量(エポキシ基1モル当たりのポリサルファイド変性エポキシ樹脂の重量)と、末端にアミノ基を有する化合物の活性水素当量(活性水素1モル当たりの化合物の重量)とに応じて変化する。本例の場合に好ましくは、前記硬化剤の使用量を、エポキシ基1モル当たりの活性水素の化学当量(1モル)の0.7〜1.4倍とする。
【0041】
又、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂と硬化剤との混合液には、必要に応じて各種溶剤を添加する。この溶剤は、塗布時に於けるこの混合液の粘度を低下させて成膜性を高め、硬化被膜の性能を向上させる為に添加する。従って前記溶剤は、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂と硬化剤との両方を溶解させるものとする。この様な溶剤としては、例えばアセトン、メチルエチルケトンの様なケトン類、トルエン、キシレンの様な芳香族系化合物等を用いる事ができる。何れにしても、前記溶剤の添加量としては、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂100重量部に対して、0.5〜500重量部程度が適当である。
【0042】
又、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂と硬化剤との混合液には、顔料や補強材等を添加しても良い。顔料としては、例えばタルク、炭酸カルシウム、カオリン等の無機材料の他、カーボンブラック、アントラキノン系等の油溶性有機染料等を挙げる事ができる。又、補強材としては、ガラス繊維、カーボン繊維等を挙げる事ができる。
【0043】
更に、好ましくは、本例で前記保護膜を構成する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物中に、層状珪酸塩を含有させ、分散状態とする事により、ガスバリア性を更に向上させる事ができる。即ち、前記硬化物組成物中に前記層状珪酸塩を、分散状態で存在させる事により、この硬化物組成物中へのガスの浸透を迂回させ、結果として、この硬化物組成物のガスバリア性を向上させる事ができる。この様な目的で使用する前記層状珪酸塩としては、マイカ、バーミキュライト、スメクタイト、モンモリロナイト、バイデライト、ノントロナイト、ヘクトライト等を挙げられる。又、この中でモンモリロナイトが、高膨潤性を有し、浸透膨潤が起こり、層間が拡がり易く、前記保護膜を構成する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物中に分散し易い為、特に好ましい。
【0044】
更に好ましくは、前記層状珪酸塩として、有機膨潤化剤で表面改質し、層間を拡げて分散性を向上させたものを用いる。この場合に使用する有機膨潤化剤として好ましくは、炭素数が12以上のアルキル基を少なくとも1つ以上有する第4級アンモニウム塩を使用する。
何れにしても、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物中に前記層状珪酸塩を含有させる場合は、このポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物中に、この層状珪酸塩を0.1〜10重量%程度含有させる。この層状珪酸塩の含有量が0.1重量%未満の場合は、含有量が少な過ぎて、ガスバリア性の向上効果が発現しない。これに対して、前記層状珪酸塩の含有量が10重量%を越える場合は、ガスバリア性の向上効果をそれ以上期待できない代わりに、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物中に前記層状珪酸塩を均一に分散させる事が難しくなる為、好ましくない。
【0045】
ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物によって形成され、前記接着剤22の表面を覆う、前記保護膜の厚さは、10〜300μm程度とする。この保護膜の厚さが10μm未満の場合は、十分なガスバリア性を発揮する事が難しい。これに対して、前記保護膜の厚さが300μmを超える場合は、ガスバリア性の向上効果をそれ以上期待できない代わりに、前記保護膜の厚さが大きくなり過ぎて、この保護膜の厚さを均一にする事が難しくなる為、好ましくない。尚、前記接着剤22の表面のうちで外部空間に露出している部分に、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物の被膜である保護膜を形成する方法は特に問わない。但し、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂と硬化剤とを溶剤で希釈した状態のものを用いて、刷毛塗り、或はエアースプレーした後、硬化可能な温度で放置して、反応を進行させる方法が好適である。
【0046】
以下、本例の構造を構成する、エンコーダ20a及びスリンガ13aの加工方法に就いて説明する。
前記エンコーダ20aを構成する永久磁石材料は、特に限定しない。但し、前記スリンガ13aへの接合性を考慮すると、磁性粉を50〜80容量%程度含有し、熱可塑性樹脂或はゴムをバインダーとした磁石コンパウンド(プラスチック磁石或はゴム磁石)を好適に用いる事ができる。前記磁性粉としては、ストロンチウムフェライトやバリウムフェライト等のフェライト、ネオジウム−鉄−ボロン、サマリウム−コバルト、サマリウム−鉄等の希土類磁性粉を用いる事ができ、更にフェライトの磁気特性を向上させる為に、ランタン等の希土類元素を混入させたものであっても良い。磁性粉の含有量が50容量%未満の場合は、磁気特性が劣ると共に、細かいピッチで円周方向に多極磁化させる事が困難になり、好ましくない。これに対して、磁性粉の含有量が80容量%を越える場合は、バインダー量が少なくなり過ぎて、磁石全体の強度が低くなると同時に、成形が難しくなる。
【0047】
バインダーとして熱可塑性樹脂を用いる場合は、射出成形可能なものが好適である。具体的には、ポリアミド6、ポリアミド12、ポリアミド612、ポリアミド11、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリアミド12により構成されるハードセグメントとポリエーテル鎖或はポリエステル鎖により構成されるソフトセグメントとから成る変性ポリアミド12、ポリブチレンテレフタレート、ポリブチレンナフタレート等のポリエステルにより構成されるハードセグメントとポリエーテル鎖或はポリエステル鎖により構成されるソフトセグメントとから成る変性ポリエステル等を用いる事ができる。尚、前記エンコーダ20aには、融雪剤として使用される塩化カルシウムが、水と一緒に掛かる(付着する)可能性がある。従って、より好ましくは、吸水性が少ないポリアミド12、ポリアミド612、ポリアミド11、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、変性ポリアミド12、変性ポリエステルを樹脂バインダーとする。更に、前記エンコーダ20aの使用環境で想定される急激な温度変化(熱衝撃)による亀裂発生を防止する事を意図した場合には、バインダーとして、添加する事により、曲げ撓み性、耐亀裂性が向上する、変性ポリアミド12、変性ポリエステル、或は変性ポリアミド12とポリアミド12との混合物、変性ポリエステルとポリエステル樹脂との混合物としたものを採用する事が、最も好適である。
【0048】
又、バインダーとしてゴムを用いる場合は、耐油性と耐熱性とを兼ね備えたニトリルゴム、アクリルゴム、水素添加ニトリルゴム、フッ素ゴム等を採用する事が好適である。
又、磁性粉としては、フェライト系を採用する事が、コスト、耐酸化性を考慮した場合に、最も好適である。但し、得られるエンコーダ20aの磁気特性を優先して、磁性粉として希土類系のものを使用する事も考えられる。但し、希土類系の磁性粉は、フェライト系の磁性粉に比べて耐酸化性が低い。従って、希土類系の磁性粉を採用した場合には、長期間に亙って安定した磁気特性を維持させる為に、露出した磁石表面に、更に表面処理層を設けても良い。この場合に採用できる表面処理層として具体的には、電気或は無電解ニッケルメッキ、エポキシ樹脂塗膜、シリコン樹脂塗膜、フッ素樹脂塗膜等が挙げられる。
【0049】
前記スリンガ13aの材質としては、前記エンコーダ20aを構成する磁石材料の磁気特性を低下させず、且つ、必要とする耐食性を有する磁性金属材料として、SUS430等のフェライト系ステンレス鋼板、SUS410等のマルテンサイト系ステンレス鋼板の他、更にMo等を添加して耐食性を向上させた、SUS434、SUS444等の高耐食性フェライト系ステンレス鋼板等の磁性金属板が好適である。又、前記スリンガ13aのうち、前記円輪部16aの片側面で前記エンコーダ20aを添着固定する面には、この円輪部16aと前記エンコーダ20aとを接着する為の接着剤との接合力を向上させる為に、微細な凹凸を設ける事が好ましい。この様な微細な凹凸を設ける方法としては、ショットブラスト処理やプレス成形時の金型表面の凹凸の転写による方法等の機械的な方法の他、一度表面処理した表面を酸等によって化学エッチングする方法であっても良い。前記円輪部16aの片側面に微細な凹凸を設けると、このうちの凹部に接着剤が入り込み、アンカー効果により、前記エンコーダ20aと前記円輪部16aとの接合力が強固になり、耐久性の向上を図れるため、好ましい。
【0050】
又、前記エンコーダ20aと前記円輪部16aとを接着固定する為の接着剤は、このエンコーダ20aをインサート成形する際に、溶融した高圧のプラスチック磁石材料やゴム磁石材料である流動物の流動によって、脱着して流失しない程度まで半硬化状態になる。そして、溶融樹脂・流動ゴムからの熱、更には、この熱に加えて成形後の2次加熱によって、完全に硬化状態となり、前記エンコーダ20aと前記円輪部16aとを接着固定する。この様な態様で使用可能な接着剤としては、溶剤での希釈が可能で、2段階に近い硬化反応が進む、フェノール樹脂系接着剤、エポキシ樹脂系接着剤等が、耐熱性、耐薬品性、ハンドリング性を考慮して、好ましく使用できる。
【0051】
更に、本例の組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの場合には、前記スリンガ13aの曲面部17a及び前記エンコーダ20aの内周面と前記ハブ3a(を構成する内輪21)の外周面との間の隙間24に、前記接着剤22を、全周に亙って充填する事により、前記スリンガ13aの円筒部15aと前記ハブ3a(を構成する内輪21)の外周面との嵌合部のシール性向上を図り、この嵌合部から水分等の異物が、前記環状空間8a内に浸入する事を防止している。更に本例の場合には、前述した様に、前記接着剤22の露出部分を覆う状態で、ガスバリア性及び水蒸気バリア性と接着性とを有する、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である、前記保護膜を設けて、前記嵌合部を通じての異物(特に水蒸気)の浸入防止効果の、より一層の向上を図っている。
【0052】
又、前記エンコーダ20aを、熱可塑性樹脂をバインダーとするプラスチック磁石製とする場合で、このエンコーダ20aを射出成形により造る場合にはディスクゲート方式或はそれに類似するリングゲート方式の射出成形により行う事が好ましい。この様な方式により前記エンコーダ20aを射出成形する際には、成形用金型の内部に設けたキャビティの内周縁部又は外周縁部からこのキャビティ内に溶融した合成樹脂(溶融樹脂)中に磁性粉を分散させた、プラスチック磁石材料を、高圧下で送り込む。このプラスチック磁石材料は、前記キャビティ内に送り込まれると同時に急冷されて固化する為、前記溶融樹脂は、ディスク状に広がってから、完成後のエンコーダ20aの内周縁又は外周縁に対応する部分から前記キャビティ内に流入する為、前記プラスチック磁石材料中に混入された燐片状の磁性粉が、被検出面を含む、前記エンコーダ20aの軸方向両側面に対して平行に配向する。特に、回転センサの検出部が対向する、径方向中間部分は、より配向性が高く、厚さ方向に配向させたアキシアル異方性に非常に近い状態になっている。この為、前記エンコーダ20aの被検出面から出入りする磁束の強度を強く(磁束密度を高く)できて、回転速度検出の信頼性確保の面から有利になる。
【0053】
尚、前記エンコーダ20aの射出成形を、このエンコーダ20aの厚さ方向に磁場を加えつつ行えば、前記異方性はより完全に近いものとなる。但し、この様に磁場を加えた状態で前記エンコーダ20aの射出成形を行っても、射出成形用のゲートを、ディスクゲートやリングゲート以外の、例えばピンゲートとした場合、キャビティ内に送り込まれた溶融樹脂が、このキャビティ内で徐々に樹脂粘度が上がって固化する過程で、円周方向の一部にウェルド部が生じる可能性がある。このウェルド部での配向を完全に異方化するのは困難で、磁気特性が低下するだけでなく、このウェルド部により、前記エンコーダ20aの機械的強度が低下して、長期間の使用によって、このエンコーダ20aに、亀裂等が発生する可能性がある。従って、このエンコーダ20aをピンゲート方式により射出成形する事は好ましくない。
【0054】
一方、前記エンコーダ20aをゴム磁石製とする場合も、このエンコーダ20aを射出成形により造るのであれば、プラスチック磁石により造る場合と同様に、ディスクゲート方式又はリングゲート方式とする事が好ましい。これに対して、ゴム磁石製のエンコーダを圧縮成形により造るのであれば、成形用の金型(下型或は受型)に前記スリンガ13aをセットしてから、このスリンガ13aの円輪部16aに、予めシート状にした、未加硫のゴム磁石材料を重ね合わせ、更に、別の金型(上型或は押型)を被せて、このゴム磁石材料を加硫しつつ、前記円輪部16aに接着する。
【0055】
前述の様に構成し、上述の様に造られる、本例の組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットによれば、前記接着剤22の存在により、前記スリンガ13aの円筒部15aと前記ハブ3a(を構成する内輪21)の外周面との嵌合部のシール性を確保して、前記環状空間8a内に水分等の異物が浸入する事を十分に防止して、この環状空間8a内に存在するグリースが劣化したり、前記外輪軌道4a、4aや前記内輪軌道5a、5aが錆びる事を防止して、前記組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの信頼性及び耐久性の向上を図れる。又、前記スリンガ13a、前記エンコーダ20a、前記ハブ3aを構成する内輪21等を、何れも特殊な形状とする必要がなく、低コストで造れる。
【0056】
更に本例の組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの場合には、前記接着剤22のうちで外部空間に露出している部分の表面に、前述した様な、優れた水蒸気バリア性を有する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物である保護膜を設けている。この為、前記接着剤22自体が、特に高度の水蒸気バリア性を持っていない場合であっても、前記環状空間8a内への水分の浸入防止を、高レベルで図れる。しかも、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である保護膜は、接着部の劣化の原因となる、酸素に代表されるガスに対しても、高いガスバリア性を有する。従って、前記接着剤22と相手面との接着面である、油面接着剤部分の劣化も効果的に防止する事ができる。この為、上述の様な効果を、長期間に亙って維持できる。
【0057】
[実施の形態の第2例]
図3〜4は、請求項1〜4に対応する、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合も、回転側軌道輪であるハブ3aを構成する内輪21の端部外周面にスリンガ13bの円筒部15bを、締り嵌めで外嵌固定している。特に、本例の場合には、このスリンガ13bを構成する金属板を、円輪部16bの外周縁部から径方向内方に180度折り返した後、この円輪部16bの径方向中間部で、円筒部15bと反対側に90度折り曲げて、支持円筒部25としている。そして、この支持円筒部25の外周面に、円筒状のエンコーダ20bを、全周に亙って添着固定している。永久磁石製である、このエンコーダ20bは、径方向に着磁されており、着磁方向は、円周方向に関して、交互に、且つ、等間隔で変化している。従って前記エンコーダ20bの外周面にはS極とN極とが、円周方向に関して、交互に、且つ、等間隔で配置されている。円周方向に隣り合うS極とN極との境界は、図4に示す様に、軸方向に対し傾斜している。
【0058】
一方、固定側軌道輪である外輪2aの端部内周面には、シールリング14aに加えて、センサユニット26を支持固定している。このセンサユニット26には1対のセンサ素子27、27を、前記外輪2aの軸方向に離隔した状態で保持している。そして、これら両センサ素子27、27を前記エンコーダ20bの外周面に、近接対向させている。この様な本例の構造の場合には、前記ハブ3aを構成する内輪21と前記外輪2aとの間にアキシアル荷重が加わる事に伴って生じる、前記両センサ素子27、27の検出信号同士の間の位相差に基づき、前記アキシアル荷重を測定可能としている。この様な本例の構造の場合には、前記スリンガ13bを構成する金属板のうち、前記円筒部15bと前記円輪部16bとの間に存在する曲面部17bの内周面と前記ハブ3aを構成する内輪21の外周面との間に、油面接着性を有する接着剤22を、全周に亙って充填している。更に、この接着剤22のうちで外部空間に露出している部分の表面に、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物である保護膜を設けている。
その他の部分の構成及び作用に就いては、前述した実施の形態の第1例の場合と同様である。
【0059】
[実施の形態の第3例]
図5は、請求項1〜4に対応する、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例の場合には、前述した実施の形態の第1例からエンコーダ20a(図1〜2参照)を省略している。これに伴って、油面接着性を有する接着剤22を、スリンガ13aを構成する金属板のうち、円筒部15aと円輪部16aとの間に存在する曲面部17aの内周面と内輪21の外周面との間の隙間24にのみ、全周に亙って充填している。更に、この接着剤22のうちで外部空間に露出している部分の表面に、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物である保護膜を設けている。
その他の部分の構成及び作用に就いては、前述した実施の形態の第1例の場合と同様である。
【0060】
[実施の形態の第4例]
図8〜9は、請求項1〜3、6に対応する、本発明の実施の形態の第4例を示している。本例は、本発明を、合成樹脂製の保持器28を備えた転がり軸受29に適用した場合に就いて示している。この転がり軸受29は、互いに同心に配置された1対の軌道輪である外輪30と内輪31とを、互いに同心に配置している。そして、このうちの外輪30の内周面に形成した深溝型の外輪軌道32と、前記内輪31の外周面に形成した深溝型の内輪軌道33との間に、それぞれが転動体である複数個の玉6、6を設けている。更に、これら各玉6、6を、前記保持器28により、円周方向に互いに間隔をあけた状態で、転動自在に保持している。
【0061】
前記保持器28は、冠型と呼ばれるもので、例えば特許文献17〜19に記載されて周知の様に、合成樹脂を射出成形する事により、図9に示す様に、全体を円環状に構成している。この様な保持器28の構成自体は、従来から広く知られている冠型の保持器と同様である。特に、本例の場合には、前記保持器28の表面を、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆っている。この保護膜の組成、形成方法等は、基本的には、前述した実施の形態の第1例で、接着剤22の表面を覆う保護膜の組成及び形成方法と同様である。本例の場合には、前記保持器28の表面全体を前記保護膜により覆う事により、この保持器28を構成する合成樹脂中に、この合成樹脂を劣化させる薬品が浸入したり、逆に、内部に含まれる水分が周囲に排出される事を防止して、この保持器28の耐久性を向上させたり、この保持器28の寸法が変化しない様にする事を意図している。先ず、本例に関する背景技術に就いて説明する。
【0062】
従来、転がり軸受に組み込まれている合成樹脂製の保持器は、使用温度、使用環境等によって、ガラス繊維や炭素繊維で強化されたポリアミド66樹脂、ポリアミド46樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂等が選定され、使用されている。このうちで、特にガラス繊維で強化されたポリアミド66樹脂が、適度な耐熱性、強度、コストのバランスから最も多く用いられている。しかしながら、温度がポリアミド66樹脂でも十分使用できる使用環境であっても、ポリアミド66樹脂の構造中に存在するアミド結合に対して攻撃性がある様な薬剤が影響を与える場合には、ポリアミド66樹脂に比べて優れた耐薬品性を有する、ポリフェニレンサルファイド樹脂やポリエーテルエーテルケトン樹脂等により、合成樹脂製保持器を造る場合がある。又、高度の耐久性を考慮した場合、空気中の酸素が保持器を構成する合成樹脂中に浸入する事で、この保持器の強度を低下させ、耐久性の面から問題を生じる可能性もある。
【0063】
前記ポリフェニレンサルファイド樹脂やポリエーテルエーテルケトン樹脂は、前記ポリアミド66樹脂に比べて高価である為、これらポリフェニレンサルファイド樹脂やポリエーテルエーテルケトン樹脂により合成樹脂製保持器を造る事は、転がり軸受全体の製造コストを高くする原因となる。又、ポリアミド66樹脂等のポリアミド系樹脂により保持器を造る場合、特にガラス繊維を混入したポリアミド66樹脂の場合、一般的には、靭性向上や吸水寸法変化抑制を目的にして、一定量の水分量を意図的に含有させる、調湿処理を行っている。この調湿処理に伴って前記保持器28を構成する合成樹脂中に吸収された水分は、この保持器28を組み込んだ転がり軸受の回転に基づく遠心力や温度上昇で、この保持器28の外へ排出される。この様に、元々保持器28内に存在していた水分が、本来の意図に反して外部に排出される結果、この保持器28の寸法が、僅かとは言え変化する。この結果、この保持器28のポケット35、35の内面と、これら各ポケット35、35内に保持された玉6、6の転動面との間の隙間(ポケット隙間)の寸法が不適正になる等の不具合を生じる可能性がある。
【0064】
そこで本例の場合には、前記合成樹脂製の保持器28の表面に、ガスバリア性と接着性とを有する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の被膜である、保護膜を設けている。この保護膜は、前述した実施の形態の第1〜3例で、接着剤22(図1〜3、5参照)の表面に被覆した保護膜と同じ、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である。本例の場合には、この様な保護膜で前記保持器28の表面全体を覆う事により、この保持器28を構成する、ポリアミド66樹脂等の合成樹脂中に、この合成樹脂を劣化させる原因となる気体(特に空気中の酸素)や、各種薬剤が浸入する事を防止し、これら気体や薬剤に対する耐性を向上させる。そして、前記保持器28を構成する合成樹脂の劣化に起因する不具合を防止し、優れた信頼性及び耐久性を有する転がり軸受を実現する。
【0065】
又、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である前記保護膜は、水蒸気バリア性に優れ、水蒸気透過性も低い事から、前記保持器28を、ポリアミド66樹脂等の、或る程度吸湿性を有する合成樹脂により造った場合でも、この保持器28中の水分が周囲に排出されたり、逆に、周囲の水分がこの保持器28内に吸い込まれる事を防止できる。この為、この保持器28の寸法が、この保持器28を構成する合成樹脂中の水分量の変化に伴って変化する事を防止できる。
【0066】
尚、本例の転がり軸受29に組み込む保持器28を構成する合成樹脂としては、前記保護膜を構成する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物に対する接着強度を強固にして、前記保護膜の強度を確保できるものとする事が好ましい。この点を考慮した場合に、前記保持器28を構成する合成樹脂として、硬化剤としてアミン類を用いる事により、構造が類似している分子構造中に、アミド結合を有するポリアミド66樹脂、ポリアミド46樹脂等の脂肪族ポリアミド樹脂及び変性ポリアミド6T、ポリアミド9T等の芳香族ポリアミド樹脂の他、−S−結合を有するポリフェニレンサルファイド樹脂をベース樹脂とし、ガラス繊維や炭素繊維を強化繊維材として含有する樹脂組成物が最も好適である。但し、接着強度は多少低くなるものの、保持器材料として一般的に用いられている、ポリエーテルエーテルケトン樹脂をベース樹脂とする樹脂組成物により、前記保持器28を造る事も可能である。
【0067】
上述の様に本例の場合には、本発明を、転がり軸受を構成する合成樹脂製の保持器に適用し、前記保持器28を外気から遮断している。そして、酸素等の気体によりこの保持器28が劣化したり、この保持器28中の水分量の変化に伴ってこの保持器28の寸法が変化する事を防止できる。この様な効果は、この保持器28を構成する為の合成樹脂として、比較的低コストな、ポリアミド66樹脂やポリアミド46樹脂をベースとした樹脂組成物を使用した場合でも得られる。この結果、転がり軸受全体としてのコストを抑えつつ、前記保持器28を組み込んだ転がり軸受の性能(信頼性及び耐久性、低トルク性、回転安定性)の向上を図れる。
【0068】
[実施の形態の第5例]
図10〜11も、請求項1〜3、6に対応する、本発明の実施の形態の第5例を示している。本例の場合には、転がり軸受29aに組み込む合成樹脂製の保持器28aとして、もみ抜き保持器を使用している。そして、この保持器28aの表面全体に、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である保護膜を被覆している。その他の部分の構成及び作用は、上述した実施の形態の第4例の場合と同様であるから、重複する説明は省略する。
【0069】
[実施の形態の第6例]
図12〜13も、請求項1〜3、6に対応する、本発明の実施の形態の第6例を示している。本例の場合には、転がり軸受29bとして円筒ころ軸受を採用し、この転がり軸受29bに組み込む合成樹脂製の保持器28bとして、籠型保持器を使用している。そして、この保持器28bの表面全体に、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である保護膜を被覆している。その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第4例の場合と同様であるから、重複する説明は省略する。
【0070】
[実施の形態の第7例]
図14〜15は、請求項1〜3、7に対応する、本発明の実施の形態の第7例を示している。本例は、本発明を、合成樹脂製のプーリを備えたプーリ装置に適用した場合に就いて示している。このプーリ装置は、自動車に搭載される補機類の駆動用ベルトやその他のベルトのテンショナ用、或いはアイドラプーリ等として使用される。即ち、従来から、例えば特許文献20〜23に記載されている様に、自動車の補機類を駆動するベルトの案内用プーリと転がり軸受とを組み合わせたプーリ装置が、広く知られている。
【0071】
この様なプーリ装置の1例に就いて、図14〜15により説明する。このプーリ装置は、転がり軸受36を構成する外輪37の外周にプーリ38を、合成樹脂を一体成形(この外輪37をキャビティの内径側にセットした状態でインサート成形)する事により結合固定して成る。前記プーリ38は、前記外輪37に内径側部分を固着された内径側円筒部39と、外周面をベルト案内面とした外径側円筒部40と、これら両円筒部39、40の互いに対向する周面の軸方向中間部同士の間に形成された円板部41とを有する。更に、この円板部41と前記両円筒部39、40とにより三方を囲まれる部分に、多数の補強リブ42、42を、放射状に形成している。この様なプーリ38は、前記内径円筒部39の軸方向端面に設けた多数のゲートから前記キャビティ内に溶融樹脂を送り込む事により射出成形する。
【0072】
この様なプーリ38は、ベースとなる合成樹脂と、この合成樹脂を補強する為の充填剤との複合材により構成している。例えば、このうちの合成樹脂として、優れた耐熱性及び耐疲労性を有するポリアミド66樹脂を使用し、前記充填材であるガラス繊維を25〜55重量%含有するものを使用する。このポリアミド66樹脂の分子量は、射出成形性を考慮して、数平均分子量で13000〜30000とする。更に、より優れた耐疲労性、及び高成形精度を考慮する場合には、前記ポリアミド66樹脂の分子量としてより好ましくは、数平均分子量で18000〜26000の範囲とする。数平均分子量が13000未満の場合は、分子量が低過ぎて、耐疲労性が低く、十分な耐久性を確保する事が難しい。これに対して、数平均分子量が30000を超える場合、耐疲労性は向上するものの、合成樹脂製のプーリで必要な衝撃強度等の機械的強度を達成する為にガラス繊維を25〜55重量%含有させると、射出成形時の溶融粘度が高くなり、冷却固化させる過程での温度変化が大きくなって、得られるプーリ38の形状精度及び寸法精度を確保する事が難しくなる。
【0073】
駆動時に於けるベルトの振れに起因する振動発生を抑制して騒音を低減する為には、このベルトを案内する、前記外径側円筒部40の外周面の真円度が良好である(凹凸が小さい)事が求められる。又、前記ベルトの張力に耐える機械的強度と、エンジンルーム内の熱により軟化乃至は変形しないだけの耐熱性とが要求される。そこで、前記ポリアミド66樹脂の分子量を、上述の範囲に規制する。
【0074】
上述の様な合成樹脂製のプーリ38を回転自在に支持する為の前記転がり軸受36として本例の場合には、接触ゴムシール付で単列深溝型の玉軸受を使用している。この転がり軸受36を構成する外輪37の外周面には、前記プーリ38との機械的係合に基づいて、このプーリ38の脱落を防止する為の凹溝を設けている。又、接触ゴムシール43、43のゴム材質は、ニトリルゴム、水素添加ニトリルゴム、アクリルゴム等のうちから選択される何れかを原料ゴムとし、それに各種充填材を配合したものを使用する。又、前記転がり軸受36内に充填するグリースは、使用温度を考慮して、ポリα−オレフィン油、アルキルジフェニルエーテル油等のうちから選択される何れかを基油とし、ジウレア等を増ちょう剤とし、添加剤として酸化防止剤、摩耗防止剤等を更に加えたものを使用する。
【0075】
前述の様なプーリ38と上述の様な転がり軸受36とを組み合わせて成るプーリ装置は、自動車のエンジンルーム内に設置される場合が多く、路面から巻き上げられる雨水や融雪塩等の異物が付着する、厳しい環境下で使用される場合も多い。そこで本例の場合には、前記プーリ38の表面のうちで外気に曝らされる部分、即ち、上述の様な異物が付着する可能性がある部分に、ガスバリア性と接着性とを有する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の被膜である、保護膜を設けている。この保護膜は、前述した実施の形態の第1〜3例で、接着剤22(図1〜3、5参照)の表面に被覆した保護膜と同じ、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である。本例の場合には、この様な保護膜で、前記プーリ38の表面のうちで、前記外輪37により覆われていない部分を覆う事により、このプーリ38を構成する、前記ポリアミド66樹脂等の合成樹脂中に、この合成樹脂を劣化させる原因となる気体(特に空気中の酸素)や、各種薬剤が浸入する事を防止し、これら気体や薬剤に対する耐性を向上させる。そして、前記プーリ38を構成する合成樹脂の劣化に起因する不具合を防止し、優れた信頼性及び耐久性を有するプーリ装置を実現する。
【0076】
本例のプーリ装置で、前記プーリ38の表面に、上述の様な保護膜を形成する、より具体的な理由は、次の通りである。前記プーリ装置を構成するプーリ38は、前述した様な厳しい条件下で使用される為、外周面の形状精度(真円度)を良好にする事に加えて、十分な強度及び耐熱性、更には融雪塩に対する耐塩化カルシウム性等が要求される。この為従来から、特許文献20、21に記載されている様に、ガラス繊維を15〜40重量%程度充填した強化ポリアミド66樹脂、強化ポリアミド610樹脂、強化ポリアミド612樹脂、或いはポリフェニレンサルファイドとミネラルの複合材料やポリアミド6樹脂、ポリアミド66樹脂、ポリアミド11樹脂、ポリアミド12樹脂等のポリアミド樹脂を使用した樹脂製プーリが提案されている。
【0077】
又、特許文献22には、耐熱性、耐塩化カルシウム性、高強度をバランス良く保持する、ポリアミド66樹脂とポリアミド612樹脂とガラス繊維とから成る、ポリアミド樹脂組成物を使用した合成樹脂製プーリが提案され、実用化されている。更に、特許文献23には、耐熱性と耐塩化カルシウム性と高強度とのバランスをより一層向上させた、ポリアミド66樹脂と非晶性芳香族ポリアミド樹脂と低吸水ポリアミド樹脂とガラス繊維とから成るポリアミド樹脂組成物を使用した樹脂製プーリが提案され、実用化されている。
【0078】
但し、前記特許文献22、23に記載され、更に実用化さている、耐熱性と耐塩化カルシウム性と高強度とを併せ持つ合成樹脂製プーリは、ポリアミド66樹脂以外に、高価な低吸水ポリアミド樹脂を含有している事で、合成樹脂自体の価格が嵩む事が避けられない。又、これらの材料は、低吸水ポリアミド樹脂を含有させる事で、耐塩化カルシウム性は向上しているものの、耐熱性及び強度は、ポリアミド66樹脂からのみのものに比べて、多少なりとも低下する為、長期間の使用を考慮した場合に、必ずしも十分な耐久性を得られない可能性がある。
【0079】
これに対して本例のプーリ装置の場合には、合成樹脂製のプーリ38の表面に、水蒸気バリア性と接着性とを有する、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である、前記保護膜を設けている。この為、前記プーリ38を構成する合成樹脂として、低コストでしかも、優れた耐熱性及び強度を有するポリアミド66樹脂等を用いても、耐塩化カルシウム性を保持できて、信頼性が高く、しかも優れた耐久性を有する合成樹脂製のプーリ38を備えたプーリ装置を実現できる。又、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物被膜である保護膜は、ガスバリア性も有するので、空気中に含まれる酸素の如く、前記プーリ38を構成する合成樹脂を劣化させる原因となる気体を遮断し、このプーリ38の劣化を抑えて、この面からも、プーリ装置の信頼性及び耐久性の向上を図れる。
【0080】
尚、本例のプーリ装置のプーリ38を構成する合成樹脂材料は、前記保護膜を構成するポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物に対する接着強度を強固にできるものである事が好ましい。この点を考慮した場合に、前記プーリ38を構成する合成樹脂材料として、硬化剤としてアミン類を用いる事で、構造が類似している分子構造中に、アミド結合を有するポリアミド66樹脂、ポリアミド46樹脂等の脂肪族ポリアミド樹脂、及び、変性ポリアミド6T、ポリアミド9T等の芳香族ポリアミド樹脂の他、−S−結合を有するポリフェニレンサルファイド樹脂をベース樹脂とし、ガラス繊椎や炭素繊維を強化繊維材として含有する樹脂組成物が好適に使用できる。コスト、耐熱性、強度のバランスを考慮した場合に、前述した様な、ポリアミド66樹脂をベース樹脂とし、ガラス繊維を強化材とする樹脂組成物が、最も好適である。
【実施例1】
【0081】
実施の形態の第1例に準じた構造による効果を確認する為に行った実験に就いて説明する。
図1〜2に示した、エンコーダ20aを備えた組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの構成各部を、次の条件で造った。
エンコーダ20aの材料 : 戸田工業社製の、ストロンチウムフェライト含有ポリアミド12系、異方性プラスチック磁石コンパウンド「FEROTOP(登録商標) TP−A27N」(ストロンチウムフェライトの含有量75容量%)
エンコーダ20aの磁気強度 : 磁場成形を行う事で、最大エネルギー積=2.1MGOe
エンコーダ20aの成形方法 : 成形時に厚さ方向に磁場を加えて、ディスクゲートで成形→金型での冷却時に反転脱磁を行い、磁石を完全に脱磁→着磁ヨークと対向させて、96極にNS交互にして着磁→接着剤を完全に硬化させる為に、150℃で1hr加熱
エンコーダ20a(磁石部)の厚さ=0.9mm
スリンガ13aの厚さ=0.6mm
スリンガ13aの材質及び表面粗さ=SUS430をNo.2B仕上げ(Ra0.06程度)、エンコーダ20aの接合面のみを、ショットブラストでRa1.3とした。
スリンガ13aに対してエンコーダ20aを接着する為の接着剤の種類及び接着方法 : ノボラック型フェノール樹脂を主成分とする、固形分30重量%のフェノール樹脂系接着剤{東洋化学研究所製メタロック(登録商標)N−15}を、更にメチルエチルケトンで3倍希釈し、浸漬処理でスリンガ13aの表面に塗布→室温で30分乾燥してから、120℃で30分乾燥器中に放置する事で半硬化状態とした。
油面接着剤である接着剤22の種類及びその充填方法 : ウレタン変性アクリレートを主成分とする二液タイプの油面接着剤(電気化学工業製デンカハードロックII)を隙間24に充填した後、室温で放置して硬化させた。
ガスバリア接着剤硬化物被膜である保護膜に関して
前記接着剤22の表面で外気に曝らされる部分に、下記のポリサルファイド変性エポキン樹脂硬化物組成物の被膜を、100μmの厚さで形成した。このポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物は、主剤となるポリサルファイド変性エポキシ樹脂(東レ・ファインケミカル社製フレップFLEP−60:エポキシ当量280)と、アミン系硬化剤(大都産業社製ダイトクラールX−2392:変性脂肪族ポリアミン、アミン価420)と、更に溶剤(メチルエチルケトン)とを、100:28:300の重量比で混合したものを、刷毛で、油面接着剤充填部表面に塗布、風乾後、20℃で24時間放置して、被膜を完全に硬化させた。
【0082】
上述の様にして造ったエンコーダ20aを備えた組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットに関して、次の条件で、環状空間8a内への水分の浸入防止効果を確認する為の試験(耐スチーム試験)を行った。
この試験は、前記組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットの隙間24に向けてスチームを100時間連続噴霧し、前記環状空間8a内に封入したグリース中の水分量の変化を測定した。比較例は、前記隙間24に、全く接着剤22を充填していないものとした。この様な条件で行った実験の結果を、次の表1に示す。
【0083】
【表1】

この様な実験の結果を示す表1から明らかな様に、前記隙間24に接着剤22を充填し、更にポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物の被膜である保護膜を設ける事で、前記環状空間8a内への水分の浸入を十分に遮断できる。
【実施例2】
【0084】
実施の形態の第4例に準じた構造による効果を確認する為に行った実験に就いて説明する。
単列深溝玉軸受用の冠型保持器(6203)を、ガラス繊維(GF)で強化されたポリアミド66樹脂及びポリアミド46樹脂を樹脂材料として、射出成形で成形した。それぞれの樹脂材料の組性は、次の通りである。
GF強化ポリアミド66樹脂{GF含有量25重量%、アミン系酸化防止剤添加グレード、BASF社製ウルトラミッド(登録商標)A3HG5}
GF強化ポリアミド46樹脂{GF含有量30重量%、銅系熱安定剤添加グレード、DJEP社製スタニールTW241F6(登録商標)}
本発明に属するものとしては、上述の様にして造った保持器28の表面に、下記の条件で、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物の被膜である保護膜を、100μmの厚さで形成した。このポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物は、主材となるポリサルファイド変性エポキシ樹脂(東レ・ファインケミカル社製、フレップFLEP−60:エポキシ当量280)と、アミン系硬化剤(大都産業社製ダイトクラールX−2392:変性脂肪族ポリアミン、アミン価420)と、更に溶剤(メチルエチルケトン)とを、100:28:300の重量比で混合したものをエアースプレーで保持器表面に塗布、風乾後20℃で24時間放置して、被膜を完全に硬化させた。
【0085】
そして、先ず、保護膜を設けた保持器28と設けていない保持器28とを、下記の表2に示した各温度の恒温槽に一定時間放置後、室温で円環強度を測定した。この円環強度の値は、初期の保持器円環強度を100とした時の相対値(保持率)として、次の表2に示した。
【表2】

この様な表2の記載から明らかな様に、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物の被膜である保護膜を設ける事により、空気中の酸素が遮断されて、前記保持器28内に酸素が浸入する事を抑えられ、高温下であっても、前記保持器28が熱と空気とにより劣化する事が防止される。
【0086】
又、前記保持器28に関し、前記ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物の被膜である保護膜の水蒸気バリア性を評価する為の試験を行った。
この試験は、上記ガスバリア性に関する試験で使用した6203冠型保持器(PA66、GF25重量%)に吸水率が1重量%になるまで、調湿処理を施してから、上記被膜を設けたものと未処理のものとで、水蒸気バリア評価を行った。放置条件は下記a、bでそれぞれ実施した。この様にして行った水蒸気バリア性に関する試験の結果を、元々保持器中に含まれていた水分量との比として、次の表3に示す。
放置条件a : 60℃、90%RH、500hr
放置条件b : 60℃、0%RH、500hr
【表3】

この様な実験の結果を示す、表3より明らかな様に、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物の被膜である保護膜を設ける事により、合成樹脂製の保持器28と周囲空間との間で水蒸気が出入りする事を抑えられる。
【実施例3】
【0087】
実施の形態の第7例に準じた構造による効果を確認する為に行った実験に就いて説明する。
プーリ38を構成する合成樹脂の組成
ガラス繊維30重量%含有ポリアミド66樹脂(宇部興産(株)製、UBEポリアミド2020GU6、ヨウ化銅系熱安定剤含有、数平均分子量20000)
硬化物被膜(保護膜)の厚さ、組成(本発明に属する実施例のみ保護膜有り、本発明からは外れる比較例には保護膜無し)
プーリ38の表面に、下記のポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物の被膜である保護膜を、100μmの厚さで形成した。このポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物組成物は、主剤となるポリサルファイド変性エポキシ樹脂(東レ・ファインケミカル社製フレップFLEP−60:エポキシ当量280)と、アミン系硬化剤(大都産業社製ダイトクラールX−2392:変性脂肪族ポリアミン、アミン価420)と、更に溶剤(メチルエチルケトン)とを、100:28:300の重量比で混合したものをエアースプレーで樹脂部表面(軸受部はマスキング)に塗布、風乾後、20℃で24時間放置して、被膜を完全に硬化させた。
前記合成樹脂製のプーリ38は、転がり軸受36を構成する外輪37の外周部に凹溝を有する、接触ゴムシール付き単列深溝型の玉軸受(6203DDL18)をコアにしてインサート成形(射出成形)した。
【0088】
上述の様にして造ったプーリ装置に関して、次の条件で、融雪剤に含まれる塩化カルシウムに関する耐性を確認する為の試験(耐塩化カルシウム性試験)を行った。
耐塩化カルシウム性試験
実施例と比較例との合成樹脂製のプーリ38に就いて、次の条件で、耐塩化カルシウム性を評価した。先ず、このプーリ38を80℃の熱水中に2時間浸漬して吸水させた後、塩化カルシウム50%水溶液に5分間浸漬した。次に、前記プーリ38を1.47kN(150kgf)のラジアル負荷を加えた状態で、恒温槽中に放置して温度を変化させた。温度変化の条件は、20℃から110℃まで30分かけて昇温後、110℃で2時間保持し、更に30分かけて20℃まで温度を下げた後、20℃に1時間保持する行程を1サイクルとして繰り返し、2サイクル毎に、前記プーリ38を塩化カルシウム50%水溶液に5分間浸漬した。この行程を10サイクル繰り返した後、クラックの発生の有無を確認した。但し、比較例に就いては、2サイクル毎にクラックの発生の有無を確認した。この様にして行った実験の結果を、次の表4に示す。
【0089】
【表4】

この様な実験の結果を示す表4から明らかな様に、合成樹脂製のプーリ38の表面に、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物の被膜である保護膜を設ける事で、前記プーリ38中への水分の浸入を抑えて、このプーリ38の耐塩化カルシウム性の向上を図れる。
【符号の説明】
【0090】
1 転がり軸受ユニット
2、2a 外輪
3、3a ハブ
4、4a 外輪軌道
5、5a 内輪軌道
6 玉
7、7a 保持器
8、8a 環状空間
9 シールリング
10、10a 組み合わせシールリング
11 芯金
12 シールリップ
13、13a、13b スリンガ
14、14a シールリング
15、15a、15b 円筒部
16、16a、16b 円輪部
17、17a、17b 曲面部
18、18a 芯金
19、19a シールリップ
20、20a、20b エンコーダ
21 内輪
22 接着剤
23 円筒部
24 隙間
25 支持円筒部
26 センサユニット
27 センサ素子
28、28a、28b 保持器
29、29a、29b 転がり軸受
30 外輪
31 内輪
32 外輪軌道
33 内輪軌道
35 ポケット
36 転がり軸受
37 外輪
38 プーリ
39 内径側円筒部
40 外径側円筒部
41 円板部
42 補強リブ
43 接触ゴムシール
【先行技術文献】
【特許文献】
【0091】
【特許文献1】特開2004−224426号公報
【特許文献2】特開2006−153577号公報
【特許文献3】特開2008−14343号公報
【特許文献4】特開2004−85534号公報
【特許文献5】特開2001−255337号公報
【特許文献6】特開2006−200708号公報
【特許文献7】特開2004−316790号公報
【特許文献8】特許第3963246号公報
【特許文献9】特開2007−163320号公報
【特許文献10】特開2001−215132号公報
【特許文献11】特開2002−333035号公報
【特許文献12】特開2002−206547号公報
【特許文献13】特開2006−125483号公報
【特許文献14】特許第3305822号公報
【特許文献15】特許第3036657号公報
【特許文献16】特開平8−176445号公報
【特許文献17】特開平7−332369号公報
【特許文献18】特開平8−28574号公報
【特許文献19】特開2008−64157号公報
【特許文献20】特許第3506735号公報
【特許文献21】特許第2838037号公報
【特許文献22】特開2000−2317号公報
【特許文献23】特開2007−232106号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部を高分子材料により構成し、この高分子材料の一部を大気中に露出させた状態で使用される高分子材料を含んで構成される機械部品に於いて、この高分子材料の一部で大気中に露出する部分が、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製で、ガスバリア性と水蒸気バリア性と接着性とを有する保護膜により覆われている事を特徴とする、高分子材料を含んで構成される機械部品。
【請求項2】
ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物が、一般式
【化1】

で表されるポリサルファイド変性エポキシ樹脂と硬化剤との反応生成物である、請求項1に記載した、高分子材料を含んで構成される機械部品。
但し、前記一般式中、R1及びR2は、それぞれ有機基を表し、X及びYは、それぞれ−S−基、−O−基、−NH−基のうちから選択される置換基を表し、R3及びR4は、それぞれ分子内に2個以上のエポキシ基を有するエポキシプレポリマーの残基を表し、aは0〜5の整数を表し、bは1〜50の整数を表し、a=0の場合には、前記Xと前記Yとのうちの少なくとも一方は−S−基とする。
【請求項3】
硬化剤が、アミン類と酸無水物とのうちから選択される何れかである、請求項2に記載した、高分子材料を含んで構成される機械部品。
【請求項4】
高分子材料を含んで構成される機械部品が組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットであり、この組み合わせシールリング付転がり軸受ユニットは、互いに同心に配置された回転側軌道輪及び静止側軌道輪と、これら回転側軌道輪及び静止側軌道輪の互いに対向する周面にそれぞれ設けられた回転側軌道と静止側軌道との間に転動自在に設けられた複数個の転動体と、前記回転側軌道輪と前記静止側軌道輪との互いに対向する周面同士の間に存在する環状空間の端部開口を塞ぐ、スリンガとシールリングとから成る組み合わせシールリングとを備え、このうちのスリンガは、前記回転側軌道輪の周面の一部で前記静止側軌道輪の周面に対向する部分に嵌合固定されたもので、金属板を曲げ成形する事により断面L字形で全体を円環状に構成し、円筒部と、この円筒部の軸方向端縁から前記静止側軌道輪に向けて径方向に折れ曲がった円輪部と、これら円筒部と円輪部との連続部に存在する断面円弧形の曲面部とから成り、前記シールリングは、前記静止側軌道輪の一部で前記スリンガに対向する部分に嵌合固定されたもので、前記静止側軌道輪に嵌合固定される芯金と、この芯金にそれぞれの基端部を支持された複数本のシールリップとを備え、これら各シールリップの先端部を、前記スリンガの表面に全周に亙り摺接させており、前記スリンガの曲面部と前記回転側軌道輪の周面との間に存在する隙間に、高分子材料である、油面接着性を有する接着剤を、全周に亙って充填しており、この接着剤の表面を、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆っている、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載した、高分子材料を含んで構成される機械部品。
【請求項5】
スリンガを構成する円輪部の軸方向両側面のうちで各シールリップの先端縁を摺接させる面と反対側の面に、側面にS極とN極とを交互に配置した永久磁石製のエンコーダを全周に亙って、回転側軌道輪と同心に添着固定しており、この回転側軌道輪の周面と曲面部との間に存在する隙間に加えて、この回転側軌道輪の周面と前記エンコーダの周縁との間の第二の隙間にも油面接着性を有する接着剤を、前記隙間に充填した接着剤と連続する状態で全周に亙って充填しており、これら両隙間に充填された接着剤の表面を、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆っている、請求項4に記載した、高分子材料を含んで構成される機械部品。
【請求項6】
高分子材料を含んで構成される機械部品が転がり軸受であり、この転がり軸受は、互いに同心に配置された1対の軌道輪と、これら両軌道輪の互いに対向する面にそれぞれ設けられた1対の軌道面同士の間に転動自在に設けられた複数個の転動体と、前記両軌道輪同士の間に配置された状態でこれら各転動体を転動自在に保持する合成樹脂製の保持器とから成るものであり、この保持器の表面を、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆っている、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載した、高分子材料を含んで構成される機械部品。
【請求項7】
高分子材料を含んで構成される機械部品がプーリ装置であり、このプーリ装置は、ラジアル転がり軸受によりプーリを回転自在に支持したものであり、このうちのラジアル転がり軸受は、内輪の外周面に設けた内輪軌道と外輪の内周面に設けた外輪軌道との間に複数個の転動体を配置する事により、これら内輪と外輪との相対回転を自在としたものであり、前記プーリは、合成樹脂を射出成形する事により造られたもので、内径側端部に前記外輪の外径寄り部分を包埋する事により、この外輪に対し結合固定しており、前記プーリを、ポリサルファイド変性エポキシ樹脂硬化物製の保護膜により覆っている、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載した、高分子材料を含んで構成される機械部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−25586(P2011−25586A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−175316(P2009−175316)
【出願日】平成21年7月28日(2009.7.28)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】