説明

高分子電解質膜の処理方法ならびに処理された高分子電解質膜およびそれを用いた燃料電池。

【課題】
本発明は、プロトン伝導性と燃料遮断性および耐溶剤性に優れる上に、燃料電池としたときに高出力、高エネルギー密度を達成することができる高分子電解質膜を提供するための処理方法、およびそれからなる高分子電解質膜を提供するための処理方法およびかかる処理を行った高分子電解質膜を用いてなる膜電極複合体ならびに燃料電池を提供せんとするものである。
【解決手段】
本発明は、少なくともイオン性基を有する架橋された炭化水素系ポリマーからなる高分子電解質膜であって、該高分子電解質膜を水および/または有機溶媒に浸漬する工程Aと、乾燥する工程Bを含む処理を行うことを特徴とするものである。本発明の高分子電解質膜は、かかる処理を行うことを特徴とするものであり、また、本発明の燃料電池は、かかる高分子電解質膜を用いて構成されていることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性および燃料遮断性に優れた高分子電解質膜を提供するための処理方法ならびに処理された高分子電解質膜およびそれを用いた燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、排出物が少なく、かつ高エネルギー効率で環境への負担の低い発電装置である。このため、近年の地球環境保護への高まりの中で再び脚光を浴びている。従来の大規模発電施設に比べ、比較的小規模の分散型発電施設、自動車や船舶など移動体の発電装置として、将来的にも期待されている発電装置である。また、小型移動機器、携帯機器の電源としても注目されており、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池に替わり、携帯電話やパソコンなどへの搭載が期待されている。
【0003】
燃料電池においては、水素ガスを燃料とする従来の固体高分子型燃料電池(以下、PEFCと記載することがある)に加えて、メタノールなどの燃料を直接供給する直接型燃料電池(以下、DFCと記載することがある)も注目されている。DFCは、従来のPEFCに比べて出力が低いものの、燃料が液体で改質器を用いないために、エネルギー密度が高くなり、一充填あたりの携帯機器の使用時間が長時間になるという利点がある。
【0004】
燃料電池は通常、発電を担う反応の起こるアノードとカソードの電極と、アノードとカソード間のイオン伝導体となる電解質膜とが、膜―電極複合体(以下MEAと記載することがある)を構成し、このMEAがセパレータによって挟まれたセルをユニットとして構成されている。ここで、電極は、ガス拡散の促進と集(給)電を行う電極基材(ガス拡散電極あるいは集電体とも云う)と、実際に電気化学的反応場となる電極触媒層とから構成されている。たとえば固体高分子型燃料電池のアノード電極では、水素ガスなどの燃料がアノード電極の触媒層で反応してプロトンと電子を生じ、電子は電極基材に伝導し、プロトンは高分子固体電解質へと伝導する。このため、アノード電極には、ガスの拡散性、電子伝導性、イオン伝導性が良好なことが要求される。一方、カソード電極では、酸素や空気などの酸化ガスがカソード電極の触媒層で、高分子固体電解質から伝導してきたプロトンと、電極基材から伝導してきた電子とが反応して水を生成する。このため、カソード電極においては、ガス拡散性、電子伝導性、イオン伝導性とともに、生成した水を効率よく排出することも必要となる。
【0005】
固体高分子型燃料電池用の電解質膜には高プロトン伝導性が要求されるが、直接型燃料電池用の電解質膜においてはさらに燃料の透過抑制も要求される。電解質膜中の燃料透過は、燃料クロスオーバー、ケミカルショートとも呼ばれ、電池出力およびエネルギー効率が低下するという問題を引き起こす。
【0006】
これまで、高分子電解質型燃料電池の電解質膜においては、例えばパーフルオロスルホン酸系ポリマーであるデュポン社の“ナフィオン”(登録商標)(“Nafion”(登録商標))が用いられてきた。しかし、”ナフィオン”(登録商標)は多段階合成を経て製造されるパーフルオロ系ポリマーであるため非常に高価なものとなっており、かつ、クラスター構造を形成するために、水と親和性の高いメタノールなどの燃料が電解質膜を透過しやすい、すなわち燃料クロスオーバーが大きいという課題があった。また、膨潤によって膜の機械強度が低下するという問題、さらに、使用後の廃棄処理の問題や材料のリサイクルが困難といった課題もあった。そこで、これら高分子電解質型燃料電池の実用化のためには、安価で燃料クロスオーバーの抑制された高分子電解質膜が市場から望まれていた。
【0007】
また、パーフルオロ系電解質に代わり、非フッ素系の芳香族系高分子電解質が提案されている。しかし、従来のイオン性基を有する芳香族炭化水素系ポリマーを単独で高分子電解質膜として用いた場合、高いプロトン伝導性を得るためにイオン性基の含有量を増加すると、高分子電解質膜自身がメタノール水溶液中で溶解する、あるいは激しく膨潤するという問題があった。例えば、有機溶媒に難溶性の芳香族ポリエーテルエーテルケトン(以降、PEEKと略称することがある。)が、高度にスルホン化することにより有機溶媒に可溶となり成膜が容易になることが知られている(非特許文献1参照)。しかしながら、これらのスルホン化PEEKは、同時に親水性も向上し、水溶性となったり、あるいは吸水時の強度低下などを引き起こす。燃料電池は、通常燃料と酸素の反応により水を副生するか、あるいはDMFCにおいては燃料自体がメタノール水溶液であることから、特にかかるスルホン化PEEKが水溶性となる場合にはそのまま燃料電池用電解質膜へ利用するには適さない。
【0008】
また、非特許文献2には芳香族ポリエーテルスルホン(以降、PESと略称することがある。)であるPSF(UDELP−1700)やPESのスルホン化物について記載されている(非特許文献2参照)。それにはスルホン化PSFは完全に水溶性となってしまい、電解質としての評価ができないとされている。スルホン化PESについては水溶性とはならないけれども、高吸水率の問題から架橋構造の導入を提案している。
【0009】
架橋構造を有する高分子固体電解質として、スチレン/ジビニルベンゼン共重合体のスルホン化物が、初期の固体高分子型燃料電池に使用された。しかしながら、通常燃料電池に使用する際の形態である膜としての強度が十分ではなかったため、十分な電池寿命を得るには至らなかった。
【0010】
また、膨潤を抑制する方法として、水溶性、吸水性を有するスルホン化ポリマーと塩基性ポリマーを混合し、耐水性を向上する方法が示されている(特許文献1参照)。また、イオン性基であるスルホン酸基間を共有結合により架橋することで、膨潤を抑制する技術も検討されている(特許文献2参照)。
【0011】
しかし、上記の技術は、いずれも膨潤自体は抑制できるものの、イオン性基が架橋反応によりイオン性を示さなくなるため、イオン伝導性が低下するという問題があった。
【0012】
このように、これまで知られる高分子電解質膜は、いずれも上述した高プロトン伝導性、燃料クロスオーバー抑制効果、経済性を全て同時に満たすものではなく、更に高度な要求を満たす高分子電解質膜の開発が待ち望まれていた。
【非特許文献1】「ポリマー」(Polymer), 1987, vol. 28, p.1009
【非特許文献2】「ジャーナル オブ メンブレン サイエンス」(Journal of Membrane Science), 1993, 83 , p.211-220.
【特許文献1】国際公開第00/66254号パンフレット
【特許文献2】特開2001−522401号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、かかる従来技術の背景に鑑み、プロトン伝導性と燃料遮断性および耐溶剤性に優れる上に、燃料電池としたときに高出力、高エネルギー密度を達成することができる高分子電解質膜を提供するための処理方法ならびにかかる処理を行った高分子電解質膜、それを用いてなる膜電極複合体および燃料電池を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、かかる課題を解決するために、次のような手段を採用するものである。すなわち、本発明は、イオン性基を有する架橋された炭化水素系ポリマーからなる高分子電解質膜の処理方法であって、該高分子電解質膜を水および/または有機溶媒に浸漬する工程Aと、乾燥する工程Bを含む処理を行うことを特徴とするものである。また、本発明は、かかる処理を行った高分子電解質膜であり、本発明の膜電極複合体および高分子電解質型燃料電池は、かかる処理を行った高分子電解質膜を用いて構成されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、プロトン伝導性と燃料遮断性および耐溶剤性に優れ、高出力、高エネルギー密度を達成することができる実用性に優れた高分子電解質膜を提供することができ、その高分子電解質膜を用いることにより、高性能な膜電極複合体および直接型燃料電池を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、前記課題、つまりプロトン伝導性と燃料遮断性および耐溶剤性に優れ、燃料電池としたときに高出力、高エネルギー密度を達成することができる高分子電解質膜を提供するための処理方法について、鋭意検討し、水および/または有機溶媒おに浸漬する工程Aと、乾燥する工程Bをこの順に行う場合、かかる課題を一挙に解決することを究明したものである。
【0017】
すなわち、本発明の高分子電解質膜は、イオン性基を有する架橋された炭化水素系ポリマーからなる高分子電解質膜であって、該高分子電解質膜を水および/または有機溶媒に浸漬する工程Aと、乾燥する工程Bをこの順に行うことを特徴とするものである。
【0018】
本発明の高分子電解質膜は水および/または有機溶媒に浸漬する工程Aを行うことを特徴とする。ここで、工程Aに用いる有機溶媒としては、処理時間内に高分子電解質膜を溶解させないものであればよいが、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)等の非プロトン性極性溶媒、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールに代表されるアルコール類、アセトン、2−ブタノンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルに代表されるエステル類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサンに代表されるエーテル類、トリエチルアミン、エチレンジアミンに代表されるアミン類、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル類などが挙げられる。これらの有機溶媒は、1種あるいは2種以上の混合物として用いてもよい。また、水と有機溶媒の混合物として用いてもよい。
【0019】
特に燃料遮断性とプロトン伝導性に優れた性能を得るために、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類および水とアルコール類との混合物が好ましく用いられる。水とアルコール類との混合物がより好ましく用いられる。
【0020】
前記溶媒に浸漬する時間としては、特に制限はないが、生産性の点から10分〜48時間が好ましく、30分〜36時間がより好ましく、1時間〜24時間が特に好ましい。
【0021】
また、高分子電解質膜を浸漬する溶媒の温度T(℃)は、前記溶媒の沸点をTb(℃)とした時に0<T<Tb(℃)の関係を満たすことが好ましい。温度Tが低いと、十分なプロトン伝導性が得られない場合があり、温度Tが前記溶媒の沸点Tbを超えると、電解質膜の性能が安定しない場合があり、形状変形などの問題が発生する場合がある。
【0022】
本発明の高分子電解質膜は、乾燥する工程Bを行うことを特徴とする。ここで、乾燥温度は、40℃以上であることが好ましい。乾燥温度が40℃より低いと、燃料クロスオーバーの抑制が十分でない場合がある。乾燥温度は40〜500℃が好ましく、40〜300℃がより好ましく、40〜200℃が特に好ましい。乾燥温度が500℃を超えると、ポリマーが分解することがある。
【0023】
また、乾燥時間としては、特に制限はないが、生産性の点から1分〜24時間が好ましく、3分〜12時間がより好ましく、5分〜6時間が特に好ましい。かかる熱処理時間が短すぎると、効果が薄く、十分な燃料遮断性が得られない場合があり、長すぎると生産性が低くなる傾向がある。
【0024】
前記工程AおよびBはこの順に1回以上実施すればよく、複数回実施しても構わない。また、前記工程Aと工程Bの後に、工程Aとは異なる水および/または有機溶媒に浸漬する工程A'と、乾燥する工程B'を行ってもよい。前記工程A'に用いる溶媒は、前述のとおりである。また、浸漬および乾燥の条件は、前記工程Aおよび工程Bと同一でも異なっても構わない。前記工程A'および工程B'は複数回実施しても構わない。 また、本発明でいうイオン性基を有する炭化水素系ポリマーとは、パーフルオロ系ポリマー以外のイオン性基を有するポリマーのことを意味している。ここで、パーフルオロ系ポリマーとは、該ポリマー中のアルキル基および/またはアルキレン基の水素の大部分または全部がフッ素原子に置換されたものを意味する。本明細書においては、ポリマー中のアルキル基および/またはアルキレン基の水素の85%以上がフッ素原子で置換されたポリマーを、パーフルオロ系ポリマーと定義する。本発明のイオン性基を有するパーフルオロ系ポリマーの代表例としては、“Nafion”(登録商標)(デュポン社製)、“フレミオン”(登録商標)(旭硝子社製)および“アシプレックス“(登録商標)(旭化成社製)などの市販品を挙げることができる。これらのイオン性基を有するパーフルオロ系ポリマーの構造は下記一般式(N1)で表すことができる。
【0025】
【化1】

【0026】
[式(N1)中、n1、n2はそれぞれ独立に自然数を表す。k1およびk2はそれぞれ独立に0〜5の整数を表す。]
これらイオン性基を有するパーフルオロ系ポリマーは、ポリマー中の疎水性部分と親水性部分が明確な相構造を形成するために、含水状態ではポリマー中にクラスターと呼ばれる水のチャンネルが形成される。この水のチャンネル中はメタノールなどの燃料の移動が容易であり、高い燃料遮断性が望めない。
【0027】
一方、本発明の高分子電解質膜は、少なくともイオン性基を有する架橋された炭化水素系ポリマーからなり、該高分子電解質膜を水および/または有機溶媒に浸漬する工程Aと、乾燥する工程Bを含む処理を行うことにより、プロトン伝導性と燃料遮断性を両立しうるものである。本発明の高分子電解質膜において、高プロトン伝導性および燃料遮断性が達成された要因は現段階で明確ではないが、次のように推測される。
【0028】
つまり、通常容易にメタノールなどの燃料水溶液に膨潤してしまうイオン性基を有するポリマーの分子鎖が、架橋することにより、分子レベルで拘束され、高分子電解質膜のメタノールなどの燃料水溶液に対する膨潤が抑制されて燃料遮断性が向上し、膜の強度低下も抑えられるものと推測される。さらに、溶媒に浸漬する工程Aおよび乾燥する工程Bを行うことにより、高分子電解質膜中の自由水が少なくなり、メタノールなどの燃料水溶液に対する膨潤がさらに抑制されて燃料遮断性が向上するものと推測される。
【0029】
すなわち、従来のイオン性基を有するポリマーを単独で高分子電解質膜として用いた場合、プロトン伝導性を高めるためにイオン性基の含有量を増加すると、高分子電解質膜が膨潤し、内部に大きな水のクラスターができやすくなり、高分子電解質膜中にいわゆる自由水が多くなる。かかる自由水中には、メタノールなどの燃料の移動が容易に行なわれるため、メタノールなどの燃料クロスオーバーは抑制され難い。
【0030】
次に、本発明に使用されるイオン性基を有する炭化水素系ポリマーについて説明する。なお、本発明においては、かかるイオン性基を有する炭化水素系ポリマーは2種以上のポリマーを同時に使用しても構わない。
【0031】
本発明に使用されるイオン性基は、負電荷を有する原子団であれば特に限定されるものではないが、プロトン交換能を有するものが好ましい。このような官能基としては、スルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基、カルボン酸基が好ましく用いられる。ここで、スルホン酸基は下記一般式(f1)で表される基、スルホンイミド基は下記一般式(f2)で表される基[式中Rは任意の原子団を表す。]、硫酸基は下記一般式(f3)で表される基、ホスホン酸基は下記一般式(f4)で表される基、リン酸基は下記一般式(f5)または(f6)で表される基、カルボン酸基は下記一般式(f7)で表される基を意味する。
【0032】
【化2】

【0033】
かかるイオン性基は前記官能基(f1)〜(f7)が塩となっている場合を含むものとする。前記塩を形成するカチオンとしては、任意の金属カチオン、アンモニウムカチオン等を例として挙げることができる。金属カチオンの場合、その価数等特に限定されるものではなく、使用することができる。好ましい金属イオンの具体例を挙げるとすれば、Li、Na、K、Rh、Mg、Ca、Sr、Ti、Al、Fe、Pt、Rh、Ru、Ir、Pd等が挙げられる。中でも、高分子電解質材としては、安価で、容易にプロトン置換可能なNa、Kがより好ましく使用される。
【0034】
これらのイオン性基は前記高分子電解質材中に2種類以上含むことができ、組み合わせることにより好ましくなる場合がある。組み合わせはポリマーの構造などにより適宜決められる。中でも、高プロトン伝導度の点から少なくともスルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基を有することがより好ましく、耐加水分解性の点から少なくともスルホン酸基を有することが最も好ましい。
【0035】
高分子電解質材中のスルホン酸基の量は、スルホン酸基密度(mmol/g)の値として示すことができる。本発明における高分子電解質材のスルホン酸基密度は、プロトン伝導性および燃料クロスオーバー抑制、さらに機械強度の点から0.1〜5.0mmol/gであることが好ましく、さらに好ましくは、0.5〜3.0mmol/g、燃料クロスオーバーの点から最も好ましくは0.8〜2.0mmol/gである。スルホン酸基密度が、0.1mmol/gより低いと、プロトン伝導性が低いため十分な発電特性が得られないことがあり、5.0mmol/gより高いと燃料電池用電解質膜として使用する際に、十分な燃料遮断性および含水時の機械的強度が得られないことがある。
【0036】
ここで、スルホン酸基密度とは、乾燥状態の高分子電解質材1グラムあたりに導入されたスルホン酸基のモル数であり、値が大きいほどスルホン酸基の量が多いことを示す。スルホン酸基密度は、元素分析、中和滴定あるいは核磁気共鳴スペクトル法等により求めることが可能である。これらの中でも測定の容易さから、元素分析法を用いることが好ましいが、スルホン酸基以外の硫黄源を含む場合など元素分析法では正確なスルホン酸基密度の算出が困難な場合には中和滴定法によりスルホン酸基密度を求めることもできる。さらに、これらの方法でもスルホン酸基密度の決定が困難な場合においては、核磁気共鳴スペクトル法を用いることが可能である。
【0037】
本発明において、高分子電解質材料として用いられるポリマーとしては、例えばイオン性基を有し、耐加水分解性に優れ、主鎖に芳香環を有するポリマー(以下、芳香族炭化水素系ポリマーと記載する場合がある)が好ましい。
【0038】
すなわち、主鎖構造としては、例えばエンジニアリングプラスチックとして使用されるような十分な機械強度を有するものが好ましい。例えば米国特許第5,403,675号明細書、特開2001−192531号公報および特開2002−293889号公報などに記載のあるポリフェニレン系高分子は好適な例である。
【0039】
さらには、少なくとも主鎖にイオン性基とは異なる1種類以上の極性基を有する高分子が好ましい。この理由は、主鎖近傍への水の配位を促し不凍水量を増やすことによって、高プロトン伝導性を与え、燃料クロスオーバーを低減できるためであると推定される。
かかる極性基とは、特に限定されるものではないが、水が配位できる官能基が好ましい。この様な極性基としては下記一般式(g1)で表されるスルホニル基、一般式(g2)で表されるオキシ基、一般式(g3)で表されるチオ基、一般式(g4)で表されるカルボニル基、一般式(g5)で表されるホスフィンオキシド基(式中、R1は1価の有機基を表す。)、一般式(g6)で表されるホスホン酸エステル基(式中、R2は1価の有機基を表す。)、一般式(g7)で表されるエステル基、一般式(g8)で表されるアミド基(式中、R3は1価の有機基を表す。)、一般式(g9)で表されるイミド基および一般式(g10)で表されるホスファゼン基(式中、R4およびR5は1価の有機基を表す。)などが好適である。
【0040】
【化3】

【0041】
そのような極性基を有するポリマーの中でも、下記一般式(P1)
【0042】
【化4】

【0043】
(ここで、Z1、Z2は芳香環を含む有機基を表し、それぞれが2種類以上の基を表しても良い。Y1は電子吸引性基を表す。Y2はOまたはSを表す。aおよびbはそれぞれ独立に0〜2の整数を表し、ただしaとbは同時に0ではない。)で示される繰返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマー、および下記一般式(P2)
【0044】
【化5】

【0045】
(ここで、Z5、Z6は芳香環を含む有機基を表し、それぞれが2種類以上の基を表しても良い。)で示される繰返し単位を有するポリイミドから選ばれることが好ましい。
【0046】
Z5として好ましい有機基は、下記一般式(Z5−1)〜一般式(Z5−4)で示される有機基であり、耐加水分解性の点で最も好ましいのは、一般式(Z5−1)で示される有機基である。これらは置換されていてもよい。
【0047】
【化6】

【0048】
Z6として好ましい有機基は下記一般式(Z6−1)〜一般式(Z6−10)で示される有機基である。これらは置換されていてもよい。
【0049】
【化7】

【0050】
高分子電解質材としては耐加水分解性に優れている点で前記一般式(P1)で示される繰返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマーがより好ましい。かかる一般式(P1)で示される繰返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマーの中でも、一般式(P1−1)〜一般式(P1−9)で示される繰返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマーは特に好ましい。プロトン伝導度の高さ、製造の容易さの点では一般式(P1−6)〜一般式(P1−9)で示される繰返し単位を有する芳香族炭化水素系ポリマーが最も好ましい。
【0051】
【化8】

【0052】
Z1として好ましい有機基は、フェニレン基およびナフチレン基である。これらは置換されていてもよい。Z2として好ましい有機基はフェニレン基、ナフチレン基ならびに下記一般式(Z2−1)〜一般式(Z2−14)で示される有機基である。これらは置換されていてもよい。これらの中でも一般式(Z2−7)〜一般式(Z2−14)で示される有機基は、燃料透過抑制効果に優れるために特に好ましく、本発明の高分子電解質はZ2として一般式(Z2−7)〜一般式(Z2−14)で示される有機基のうち少なくとも1種類を含有することが好ましい。一般式(Z2−7)〜一般式(Z2−14)で示される有機基の中でも最も好ましいのは一般式(Z2−8)で示される有機基である。
【0053】
【化9】

【0054】
一般式(P1−4)および一般式(P1−9)におけるR1で示される有機基の好ましい例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、ノルボルニル基、ビニル基、アリル基、ベンジル基、フェニル基、ナフチル基、フェニルフェニル基などである。工業的な入手の容易さの点ではR1として最も好ましいのはフェニル基である。
【0055】
これら芳香族炭化水素系ポリマーに対してイオン性基を導入する方法は、イオン性基を有するモノマーを用いて重合する方法と、高分子反応でイオン性基を導入する方法が挙げられる。
【0056】
イオン性基を有するモノマーを用いて重合する方法としては、繰り返し単位中にイオン性基を有したモノマーを用いれば良く、必要により適当な保護基を導入して重合後脱保護基を行えばよい。かかる方法は例えばジャーナル オブ メンブランサイエンス(Journal of Membrane Science), 2002, 197, p.231-242に記載がある。
【0057】
高分子反応でイオン性基を導入する方法について例を挙げて説明すると、芳香族系高分子へのホスホン酸基の導入は、例えばポリマー プレプリンツ(Polymer Preprints), 2002, 51, p.750等に記載の方法によって可能である。
【0058】
芳香族系高分子へのリン酸基の導入は、例えばヒドロキシル基を有する芳香族系高分子のリン酸エステル化によって可能である。芳香族系高分子へのカルボン酸基の導入は、例えばアルキル基やヒドロキシアルキル基を有する芳香族系高分子を酸化することによって可能である。
【0059】
芳香族系高分子への硫酸基の導入は、例えばヒドロキシル基を有する芳香族系高分子の硫酸エステル化によって可能である。芳香族系高分子をスルホン化する方法、すなわちスルホン酸基を導入する方法としては、たとえば特開平2−16126号公報あるいは特開平2−208322号公報等に記載の公知の方法を使用することができる。
【0060】
具体的には、例えば、芳香族系高分子をクロロホルム等の溶媒中でクロロスルホン酸のようなスルホン化剤と反応させたり、濃硫酸や発煙硫酸中で反応することによりスルホン化することができる。スルホン化剤には芳香族系高分子をスルホン化するものであれば特に制限はなく、上記以外にも三酸化硫黄等を使用することができる。この方法により芳香族系高分子をスルホン化する場合には、スルホン化の度合いはスルホン化剤の使用量、反応温度および反応時間により、容易に制御できる。芳香族系高分子へのスルホンイミド基の導入は、例えばスルホン酸基とスルホンアミド基を反応させる方法によって可能である。
【0061】
本発明における架橋性化合物は下記一般式(M1)で示される基を有する架橋性化合物であることが好ましい。なお、本発明においては、かかる架橋性化合物は2種以上のものを同時に使用しても構わない。
【0062】
【化10】

【0063】
(ここで、R1は水素、または任意の有機基である。)
本発明の高分子電解質膜の好ましい態様は、本発明の高分子電解質材を前記一般式(M1)で示される基を有する架橋性化合物で架橋せしめた高分子電解質膜である。前記架橋性化合物で架橋せしめることにより、燃料遮断性向上および燃料に対する膨潤を抑制する効果が期待でき、機械的強度が向上し、より好ましくなる。
【0064】
芳香族炭化水素系ポリマーを高分子電解質膜に用いる場合は、一般的にポリマーがラジカル耐性に優れるため、電子線やγ線といった放射線架橋では十分に架橋せしめることは難しい。しかし、本発明の前記式(M1)で示される基を有する架橋性化合物で架橋せしめた場合は、十分な架橋が進行し、比較的容易に燃料クロスオーバー抑制や耐溶剤性に優れた高分子電解質膜を得ることができる。
【0065】
なかでも、工業的入手の容易さおよび反応効率の点から、前記R1としては水素、炭素数1〜20までのアルキル基、またはR2CO基(R2は炭素数1〜20までのアルキル基を表す)がより好ましい。
【0066】
本発明で使用される前記式(M1)で表される基を含有する架橋性化合物としては、たとえば、前記有機基(M1)を1つ有するものとしてML−26X、ML−24X、ML−236TMP、4−メチロール3M6C、ML−MC、ML−TBC(商品名、本州化学工業(株)製)等、2つ有するものとしてDM−BI25X−F、46DMOC、46DMOIPP、46DMOEP(商品名、旭有機材工業(株)製)、DML−MBPC、DML−MBOC、DML−OCHP、DML−PC、DML−PCHP、DML−PTBP、DML−34X、DML−EP、DML−POP、DML−OC、ジメチロール−Bis−C、ジメチロール−BisOC−P、DML−BisOC−Z、DML−BisOCHP−Z、DML−PFP、DML−PSBP、DML−MB25、DML−MTrisPC、DML−Bis25X−34XL、DML−Bis25X−PCHP(商品名、本州化学工業(株)製)、"ニカラック"(R)MX−290(商品名、(株)三和ケミカル製)、2,6−ジメトキシメチル−4−t−ブチルフェノール、2,6−ジメトキシメチル−p−クレゾール、2,6−ジアセトキシメチル−p−クレゾール等、3つ有するものとしてTriML−P、TriML−35XL、TriML−TrisCR−HAP(商品名、本州化学工業(株)製)等、4つ有するものとしてTM−BIP−A(商品名、旭有機材工業(株)製)、TML−BP、TML−HQ、TML−pp−BPF、TML−BPA、TMOM−BP(商品名、本州化学工業(株)製)、"ニカラック"(登録商標)MX−280、"ニカラック"(登録商標)MX−270(商品名、(株)三和ケミカル製)等、6つ有するものとしてHML−TPPHBA、HML−TPHAP(商品名、本州化学工業(株)製)が挙げられる。
【0067】
これらのうち、本発明では架橋の点から、前記式(M1)で表される基を少なくとも2つ含有するものが好ましい。これらの架橋性化合物を添加することで、得られる高分子電解質材は、燃料水溶液に対する膨潤が抑制され、高プロトン伝導性と燃料クロスオーバー抑制が両立され、耐溶剤性も大きく向上する。
【0068】
これら架橋性化合物は、以下のようなベンゼン環に直接付加する反応機構によってポリマーが架橋されると推定される。
【0069】
【化11】

【0070】
中でも、工業的入手の容易さ、燃料遮断性、イオン性基を有するポリマーとの相溶性の点から、下記に本発明で使用するのに特に好ましい架橋性化合物の構造を下記に示す。
【0071】
【化12−1】

【0072】
【化12−2】

【0073】
このような架橋性化合物の添加量としては、ポリマー100重量部に対して、好ましくは1〜50重量部であり、さらに好ましくは3〜40重量部の範囲である。添加量が1重量部未満であれば、架橋の効果が不十分となる場合があり、50重量部を越えるとプロトン伝導性あるいは機械強度が不十分となる場合がある。
【0074】
高分子電解質膜が架橋されているかどうかは高分子電解質膜の溶剤に対する溶解性により確かめることができる。溶解性の判定方法の一例を示す。高分子電解質膜を純水で十分に洗浄した後、真空乾燥して初期重量を測定する。高分子電解質膜を溶剤に浸漬し、密閉容器中にて攪拌しながら加熱した後、濾紙を用いて濾過する。濾紙と残渣を同一溶剤で洗浄し、十分に溶出物を溶剤中に溶出させる。残渣を真空乾燥して残渣分の重量を測定し、溶出重量を求める。溶出重量が初期重量の10%未満の場合は、実質的に不溶であり、架橋されていると判定する。また、高分子電解質膜中に含まれる架橋性化合物の種類および添加量は、各種核磁気共鳴スペクトル(NMR)、赤外吸収スペクトル(IR)、熱分解ガスクロマトグラフ等により分析することができる。
【0075】
ここで、好ましい高分子電解質材の作製方法の一例を挙げれば、ナトリウムなどのアルカリ金属で置換されたイオン性基を有する炭化水素系ポリマーと前記一般式(M1)で示される基を有する架橋性化合物を溶液状態で混ぜ、ガラス板やフィルムなどの支持体上に流延して溶媒を蒸発させながら前記架橋性化合物を熱架橋させ、自己支持性の複合高分子電解質材を得た後、さらにイオン性基をプロトン置換することによって製造することができる。
【0076】
かかる方法により作製した高分子電解質材は、高プロトン伝導性と燃料クロスオーバー抑制を両立することができるだけでなく、溶液製膜が可能であることから、製造コストが極めて安く、さらに前記架橋性化合物による架橋の効果により、耐溶剤性も付与することができるので、高分子電解質膜に対して触媒ペーストの直接塗工が可能で、膜電極複合体の製造コストも大幅に低減可能であるため、最も好ましく利用することができる。
【0077】
溶媒の除去方法には加熱乾燥が挙げられる。前記熱処理の温度としては、得られる膜の架橋の効果および燃料遮断性の点で、150〜500℃が好ましく、170〜400℃がより好ましく、200〜350℃が特に好ましい。熱処理の温度が150℃より低いと、架橋の効果が小さく耐溶剤性が十分でない。一方、熱処理の温度が500℃を超えると、ポリマーが分解することがある。
【0078】
また、熱処理時間としては、得られる膜のプロトン伝導性および生産性の点から、1分〜24時間が好ましく、3分〜1時間がより好ましく、5分〜30分が特に好ましい。かかる熱処理時間が短すぎると、燃料クロスオーバーの抑制効果が小さい場合があり、長すぎると、ポリマーの分解が起きプロトン伝導性が低下する場合があり、また生産性が低くなる傾向がある。
【0079】
本発明においては、相溶性が不十分であるならば必要に応じて相溶化剤を用いることができる。使用される相溶化剤としては、使用されるイオン性基を有する炭化水素系ポリマーと前記架橋性化合物を相溶させるものであれば、特に限定されるものではなく、たとえば直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩やアルキル硫酸エステル塩などの界面活性剤、水酸基、エステル基、アミド基、イミド基、ケトン基、スルホン基、エーテル基、スルホン酸基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基、カルボン酸基などの極性基を有する有機化合物およびポリマーが挙げられる。
【0080】
製膜に用いる溶媒は、高分子を溶解し、その後に除去し得るものであるならばよく、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルホラン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)、ヘキサメチルホスホントリアミド等の非プロトン性極性溶媒、あるいはエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテルが好適に用いられる。これらの溶媒と併用しても良い溶媒としては、メタノール、エタノールに代表されるアルコール類、アセトン、2−ブタノンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルに代表されるエステル類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサンに代表されるエーテル類、トリエチルアミン、エチレンジアミンに代表されるアミン類などが挙げられ使用される。膜厚は、溶液濃度あるいは基板上への塗布厚により制御できる。溶融状態より製膜する場合は、溶融プレス法あるいは溶融押し出し法等が可能である。
【0081】
高分子電解質膜の厚みは、特に制限はないが、1〜500μmのものが好ましく使用される。実用に耐える膜の強度を得るには1μmより厚い方が好ましく、膜抵抗の低減、つまり発電性能の向上のためには500μmより薄い方が好ましい。
【0082】
また、本発明の高分子電解質膜には、通常の高分子に使用される可塑剤、安定剤、離型剤、等の添加剤を、本発明の目的に反しない範囲内で含んでいても構わない。
【0083】
かかる高分子電解質膜を燃料電池として用いる際の高分子電解質膜と電極の接合法については特に制限はなく、公知の方法(例えば、電気化学,1985, 53, 269.記載の化学メッキ法、ジャーナル オブ エレクトロケミカル ソサイエティ(J. Electrochem. Soc.)編, エレクトロケミカル サイエンス アンド テクノロジー(Electrochemical Science and Technology), 1988, 135(9), p.2209. 記載のガス拡散電極の熱プレス接合法など)を適用することが可能である。しかしながら、本発明中の膜には、耐溶剤性に優れることを特徴としており、そういった場合には高分子電解質膜に触媒ペーストを直接塗工する方法が好ましく利用することができる。
【0084】
本発明の電解質膜は、種々の用途に適用可能である。例えば、体外循環カラム、人工皮膚などの医療用途、ろ過用用途、イオン交換樹脂用途、各種構造材用途、電気化学用途に適用可能である。中でも種々の電気化学用途により好ましく利用できる。
【0085】
電気化学用途としては、例えば、燃料電池、レドックスフロー電池、水電解装置、クロロアルカリ電解装置等が挙げられるが、中でも燃料電池が最も好ましい。さらに燃料電池のなかでも固体高分子型燃料電池に好適であり、さらに炭素数1〜6の有機化合物およびこれらと水の混合物から選ばれた少なくとも1種を燃料とする直接型燃料電池に最も好適である。
【0086】
かかる炭素数1〜6の有機化合物としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどの炭素数1〜3のアルコール、ジメチルエーテルが好ましく、メタノールが最も好ましく使用される。
【0087】
さらに、本発明の燃料電池の用途としては、特に限定されないが、移動体の電力供給源が好ましいものである。特に、携帯電話、パソコン、PDA(personal digital assistant)などの携帯機器、各種ロボット、掃除機等の家電、乗用車、バス、トラックなどの自動車や船舶、鉄道などの移動体の電力供給源として好ましく用いられる。
【実施例】
【0088】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、各物性の測定条件は次のとおりである。
(1) プロトン伝導度
膜状の試料を25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、25℃、相対湿度50〜80%の雰囲気中に取り出し、できるだけ素早く定電位交流インピーダンス法でプロトン伝導度を測定した。
【0089】
測定装置としては、Solartron製電気化学測定システム(Solartron 1287 Electrochemical InterfaceおよびSolartron 1255B FrequencyResponse Analyzer)を使用した。サンプルは、φ2mmおよびφ10mmの2枚の円形電極(ステンレス製)間に加重1kgをかけて挟持した。有効電極面積は0.0314cmである。サンプルと電極の界面には、ポリ(2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸)の15%水溶液を塗布した。25℃において、交流振幅50mVの定電位インピーダンス測定を行い、膜厚方向のプロトン伝導度Aを求めた。またその値は、単位面積当たりのものと、単位面積・単位厚み当たりの2通りで表した。
(2) メタノール透過量
膜状の試料を25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、20℃において30重量%メタノール水溶液を用いて測定した。
【0090】
H型セル間にサンプル膜を挟み、一方のセルには純水(60mL)を入れ、他方のセルには30重量%メタノール水溶液(60mL)を入れた。セルの容量は各80mLであった。 また、セル間の開口部面積は1.77cmであった。20℃において両方のセルを撹拌した。1時間、2時間および3時間経過時点で純水中に溶出したメタノール量を島津製作所製ガスクロマトグラフィ(GC−2010)で測定し定量した。グラフの傾きから単位時間あたりのメタノール透過量を求めた。またその値は、単位面積当たりのものと、単位面積・単位厚み当たりの2通りで表した。
(3)溶剤に対する重量変化
検体となる高分子電解質膜(約0.1g)を純水で十分に洗浄した後、40℃で24時間真空乾燥して重量を測定した。高分子電解質膜を1000倍重量のN−メチルピロリドンまたはメタノールまたは水に浸漬し、密閉容器中、撹拌しながら50℃、5時間加熱した。次に、アドバンテック社製濾紙(No.2)を用いて濾過を行った。濾過時に1000倍重量の同一溶剤で濾紙と残渣を洗浄し、十分に溶出物を溶剤中に溶出させた。残渣を40℃で24時間真空乾燥して溶出分の重量を求めた。溶出重量が初期重量の10%未満の場合は、実質的に不溶であると判定した。
(4)スルホン酸基密度
検体となる膜状の試料を25℃の純水に24時間浸漬し、40℃で24時間真空乾燥した後、元素分析により測定した。炭素、水素、窒素の分析は全自動元素分析装置varioEL、硫黄の分析はフラスコ燃焼法・酢酸バリウム滴定で実施した。ポリマーの組成比から単位グラムあたりのスルホン酸基密度(mmol/g)を算出した。
(5)重量平均分子量
ポリマーの重量平均分子量をGPCにより測定した。紫外検出器と示差屈折計の一体型装置として東ソー製HLC−8022GPCを、またGPCカラムとして東ソー製TSK gel SuperHM−H(内径6.0mm、長さ15cm)2本を用い、N−メチル−2−ピロリドン溶媒(臭化リチウムを10mmol/L含有するN−メチル−2−ピロリドン溶媒)にて、流量0.2mL/minで測定し、標準ポリスチレン換算により重量平均分子量を求めた。
【0091】
合成例1
下記式(G1)で表されるジソジウム 3,3'−ジスルホネート−4,4'−ジフルオロベンゾフェノンの合成
【0092】
【化13】

【0093】
4,4'−ジフルオロベンゾフェノン109.1gを発煙硫酸(50%SO3)150mL中、100℃で10h反応させた。その後、多量の水中に少しずつ投入し、NaOHで中和した後、食塩200gを加え合成物を沈殿させた。得られた沈殿を濾別し、エタノール水溶液で再結晶し、上記式(G1)で示されるジソジウム 3,3'−ジスルホネート−4,4'−ジフルオロベンゾフェノンを得た。
【0094】
合成例2
下記式(G2)で表されるポリマーの合成
【0095】
【化14】

【0096】
(式中、*はその位置で上式の右端と下式の左端とが結合していることを表す。)
炭酸カリウム6.9g、4,4'−(9H−フルオレン−9−イリデン)ビスフェノール14.1g、および4,4'−ジフルオロベンゾフェノン4.4g、および上記合成例1で得たジソジウム 3,3'−ジスルホネート−4,4'−ジフルオロベンゾフェノン8.4gを用いて、N−メチルピロリドン(NMP)中、190℃で重合を行った。多量の水で再沈することで精製を行い、上記式(G2)で示されるポリマーを得た。得られたポリマーのプロトン置換後のスルホン酸基密度は1.7mmol/g、重量平均分子量は22万であった。
【0097】
実施例1
イオン性基を有する炭化水素系ポリマーとして合成例2で得た前記式(G2)のポリマーを溶解させた25重量%N−メチルピロリドン(NMP)溶液16gと、架橋性化合物としてHMOM−TPPHBA(本州化学工業社製)1gを混合し、1時間室温で攪拌した。混合溶液をガラス基板上に流延塗布し、100℃にて2時間乾燥後、窒素下325℃で10分間熱処理し、高分子電解質膜を得た。1N塩酸に24時間浸漬してプロトン置換した後に、大過剰量の純水に24時間浸漬して充分洗浄した。該高分子電解質膜を25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥した。
【0098】
得られた膜は赤色透明であり、スルホン酸基密度は1.4mmol/gであった。NMP、メタノール、水いずれの溶剤に対しても実質的に不溶であった。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に優れており、高イオン伝導度を維持したまま、メタノールクロスオーバーの抑制効果が大きかった。
【0099】
実施例2
架橋性化合物のHMOM−TPPHBA(本州化学工業社製)1gをTML−BPA(本州化学工業社製)1gに変えた以外は実施例1に記載の方法で膜の作製を行った。
【0100】
得られた膜は赤色透明であり、スルホン酸基密度は1.4mmol/gであった。NMP、メタノール、水いずれの溶剤に対しても実質的に不溶であった。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に優れており、高プロトン伝導性を維持したまま、メタノールクロスオーバーの抑制効果が大きかった。
【0101】
実施例3
実施例1に記載の電解質膜を60℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥した。
【0102】
得られた膜は赤色透明であり、スルホン酸基密度は1.4mmol/gであった。NMP、メタノール、水いずれの溶剤に対しても実質的に不溶であった。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に優れており、高プロトン伝導性を維持したまま、メタノールクロスオーバーの抑制効果が大きかった。
【0103】
比較例1
イオン性基を有するポリマーとしてパーフルオロ系である市販の”ナフィオン”(登録商標)(R)117膜(デュポン社製)を用い、イオン伝導度、MCOおよびN−メチルピロリドンに対する重量減を評価した。”ナフィオン”(登録商標)117膜は100℃の5%過酸化水素水中にて30分、続いて100℃の5%希硫酸中にて30分浸漬した後、100℃の脱イオン水でよく洗浄した。次に、25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥した。該”ナフィオン”(登録商標)117膜のNMPに対する重量減は2%であった。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に優れており、プロトン伝導性は比較的高いが、メタノールクロスオーバーが極めて大きかった。
比較例2
市販の”ナフィオン”(登録商標)117膜(デュポン社製)を用い、25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥する処理を行わない以外は比較例1と同様にして評価した。NMP、メタノール、水いずれの溶剤に対しても実質的に不溶であった。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に優れており、プロトン伝導性は比較的高いが、メタノールクロスオーバーが極めて大きかった。また、比較例1とプロトン伝導性および燃料遮断性ともに同程度であった。
【0104】
比較例3
実施例1に記載の電解質膜を用い、25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥する処理を行わない以外は、実施例1と同様にして評価した。該電解質膜はNMP、メタノール、水いずれの溶剤に対しても実質的に不溶であった。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に優れており、比較例1の“ナフィオン”(登録商標)117に比べ、プロトン伝導性および燃料遮断性に優れていたが、実施例1にはプロトン伝導性および燃料遮断性ともに劣っていた。
【0105】
比較例4
実施例2に記載の電解質膜を用い、25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥する処理を行わない以外は、実施例1と同様にして評価した。該電解質膜は、NMP、メタノール、水いずれの溶剤に対しても実質的に不溶であった。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に優れており、比較例1の“ナフィオン”(登録商標)117に比べ、プロトン伝導性および燃料遮断性に優れていたが、実施例2にはプロトン伝導性および燃料遮断性ともに劣っていた。
【0106】
比較例5
イオン性基を有する炭化水素系ポリマーである合成例2で得たポリマー(Na型)をN−メチルピロリドンを溶媒とする25重量%溶液とし、架橋製化合物は添加せずに、当該溶液をガラス基板上に流延塗布し、100℃にて4時間乾燥して溶媒を除去した。さらに、窒素ガス雰囲気下、200〜325℃まで1時間かけて昇温し、325℃で10分間加熱する条件で熱処理した後、放冷した。1N塩酸に1日間以上浸漬してプロトン置換した後に、大過剰量の純水に1日間以上浸漬して充分洗浄した。該高分子電解質膜を25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥した。
【0107】
得られた膜は淡黄色透明の柔軟な膜であり、スルホン酸基密度は1.7mmol/gであった。該電解質膜はNMPに溶解した。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に劣っており、比較例1の“ナフィオン”(登録商標)117に比べ、プロトン伝導性および燃料遮断性に優れていたが、実施例1、2および3には燃料遮断性で劣っていた。
【0108】
比較例6
比較例5に記載の電解質膜を用い、25℃の30重量%メタノール水溶液に24時間浸漬した後、100℃で30分間乾燥する処理を行わない以外は実施例1と同様にして評価した。該電解質膜はNMPに溶解した。プロトン伝導度、メタノール透過量の評価結果は表1にまとめた。耐溶剤性に劣っており、比較例1の“ナフィオン”(登録商標)"117に比べ、プロトン伝導性および燃料遮断性に優れていたが、実施例1、2および3には燃料遮断性で劣っていた。また、比較例5とプロトン伝導性および燃料遮断性ともに同程度であった。
【0109】
実施例1〜3、比較例1〜6の各評価結果を表1に示す。
【0110】
【表1】

【0111】
表1からも明らかなように、水および/または有機溶媒に浸漬する工程Aと乾燥する工程Bを含む処理を行った、イオン性基を有する炭化水素系ポリマーと架橋性化合物からなる本発明の実施例1と2および3の電解質膜は、高プロトン伝導性を有しながら、燃料遮断性に優れていた。さらに、架橋性化合物で架橋されているため、耐溶剤性にも優れていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン性基を有する架橋された炭化水素系ポリマーからなる高分子電解質膜の処理方法であって、該高分子電解質膜を水および/または有機溶媒に浸漬する工程Aと、乾燥する工程Bをこの順に行うことを特徴とする高分子電解質膜の処理方法。
【請求項2】
前記工程Bにおいて乾燥する温度が40℃以上であることを特徴とする請求項1記載の高分子電解質膜の処理方法。
【請求項3】
請求項1記載の高分子電解質膜の処理方法で処理された高分子電解質膜
【請求項4】
下記一般式M1で示される基を有する架橋性化合物で架橋された請求項3記載の高分子電解質膜。
【化1】

(ここでRは水素、または任意の有機基である。)
【請求項5】
前記架橋性化合物を、前記イオン性基を有する炭化水素系ポリマー100重量部に対し、1〜50重量部含ませて架橋した請求項4に記載の高分子電解質膜。
【請求項6】
前記一般式(M1)のRが、水素、炭素数1〜20までのアルキル基、またはRCO基(Rは炭素数1〜20までのアルキル基を表す)である請求項4または5に記載の高分子電解質膜。
【請求項7】
前記イオン性基が、スルホン酸基、スルホンイミド基、硫酸基、ホスホン酸基、リン酸基およびカルボン酸基から選ばれた少なくとも1種である請求項3〜6のいずれかに記載の高分子電解質膜。
【請求項8】
請求項3〜7のいずれかに記載の高分子電解質膜を用いて形成された膜電極複合体。
【請求項9】
請求項3〜7のいずれかに記載の高分子電解質膜および請求項8に記載の膜電極複合体から選ばれた少なくとも1つを用いて形成された燃料電池。
【請求項10】
炭素数1〜6の有機化合物、および炭素数1〜6の有機化合物と水の混合物から選ばれた少なくとも1種を燃料とする直接型燃料電池である請求項9に記載の燃料電池。

【公開番号】特開2007−188656(P2007−188656A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−3323(P2006−3323)
【出願日】平成18年1月11日(2006.1.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 燃料電池・水素技術開発部 委託研究「固体高分子形燃料電池実用化戦略的技術開発 要素技術開発 高性能炭化水素系電解質膜の研究開発」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】