高周波焼き入れ方法及び焼入用治具
【課題】リング状の鋼部材の真円度低下を抑制することができる高周波焼き入れ方法及びこれに用いる治具を提供すること。
【解決手段】外周リング部81を有する鋼部材8の外周リング部81の外周面810に高周波焼き入れを行う方法である。基準面15、25を備えた基板12、22と、突出部13、23とを有してなり、突出部13、23の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面11、21を備えた押圧部材10、2を用いる。軸方向端面801、802と基準面15、25との間に隙間を設けた状態で、外周リング部81の内周側に押圧面11、21を当接させるよう押圧部材10、2を押し当て、押圧部材10、2に付勢力を付与した状態で、外周面810に高周波焼き入れ処理を施し、処理中において基準面15、25が軸方向端面801、802に当接するまで押圧部材10、2を相対的に前進させる。
【解決手段】外周リング部81を有する鋼部材8の外周リング部81の外周面810に高周波焼き入れを行う方法である。基準面15、25を備えた基板12、22と、突出部13、23とを有してなり、突出部13、23の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面11、21を備えた押圧部材10、2を用いる。軸方向端面801、802と基準面15、25との間に隙間を設けた状態で、外周リング部81の内周側に押圧面11、21を当接させるよう押圧部材10、2を押し当て、押圧部材10、2に付勢力を付与した状態で、外周面810に高周波焼き入れ処理を施し、処理中において基準面15、25が軸方向端面801、802に当接するまで押圧部材10、2を相対的に前進させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リング状の鋼部材に高周波焼き入れする際の寸法精度向上策に関する。
【背景技術】
【0002】
歯形を外周面に有するギア部品等のリング状を呈する鋼部材は、各種機械装置の部品として広く用いられている。たとえば自動車の自動変速機においては、デフリングギア、カウンタギア、その他の多数のリング状部品が使われている。
これらのリング状の鋼部材は、通常、高強度特性が要求されるので、その対策として外周面に高周波焼き入れを施す場合がある。
【0003】
ところで、高周波焼き入れは強度向上策として非常に優れたものであるが、寸法精度を低下させる場合がある。たとえば高周波焼き入れ後に、その処理前よりも真円度が低下する場合がある。この真円度の低下が性能低下に繋がらない部品であれば、従来の高周波焼き入れ方法を採用しても問題はない。しかし、真円度の低下がその部品の性能低下に繋がるような場合には、高周波焼き入れ後に真円度向上のための矯正工程等を追加することが必要となる。
【0004】
そのため、高周波焼き入れにおける真円度の低下を抑制しうる方法の開発が望まれているが、未だ十分な解決方法が生み出されていない。
例えば特許文献1には、円筒形状の部材をその内周面に高周波焼き入れする際に円筒度向上を図るために用いる治具が開示されている。しかし、ここに示された治具では、外周面に高周波焼き入れする際の真円度向上を図ることはできない。
【0005】
【特許文献1】特開平11−131133号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたもので、リング状の鋼部材の真円度低下を抑制することができる高周波焼き入れ方法及びこれに用いる治具を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明は、略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う方法であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備えた押圧部材を用い、
上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部を当接させるよう上記押圧部材を押し当て、
該押圧部材に対して該押圧部材が上記鋼部材に相対的に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れ処理を施し、該高周波焼き入れ処理中において上記基準面が上記軸方向端面に当接するまで上記押圧部材を相対的に前進させることを特徴とする高周波焼き入れ方法にある(請求項1)。
【0008】
本発明の高周波焼き入れ方法においては、上記押圧面と基準面とを備えた特殊な構造の押圧部材を含む焼入用治具を用いる。そして、上記押圧面を上記外周リング部の内周側に当接させる一方、上記基準面と外周リング部の軸方向端面との間に隙間を設けておき、かつ、押圧部材が鋼部材に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記の高周波焼き入れを施す。
【0009】
高周波焼き入れ処理では、まず、誘導加熱により上記外周リング部の外周面を加熱するので、外周リング部は熱膨張する。そのため、外周リング部の内周側と押圧面とは離れようとする。ここで、押圧部材には上記のごとく鋼部材に近づく方向に付勢力が付与されているので、押圧部材には相対的に前進する方向へ力が作用する。この相対前進力によって、少なくも外周リング部の熱膨張の度合いが少ない初期段階では、押圧面と外周リング部の内周側との当接状態が維持されると共に、押圧面から外周リング部の内周側に真円度を高めるように力が作用する。これにより、加熱時における真円度を保つ効果を得ることができる。
【0010】
加熱による外周リング部の膨張が進むにつれて、上記押圧部材が相対前進するが、押圧面の周囲の基準面が外周リング部の端面に当接すると、相対前進が規制される。この時点でさらに外周リング部が膨張すると、その内周側と押圧面とは離れた状態となる。もちろん、この時点でも、両者の寸法関係を調整しておき、当接関係を維持し続けるようにしてもよい。
【0011】
次いで、高周波焼き入れ処理では、水冷等の急冷を行う。このとき、外周リング部が冷却により収縮する。これにより、押圧部材の押圧面と外周リング部の内周側とは、加熱時にその両者の当接状態が維持されている場合だけでなく、当接状態が解除されていた場合にも両者の当接状態が復活し、両者が強く押し付けられる。即ち、冷却による収縮時には、上記外周リング部の内周側が上記押圧面に強く押しつけられ、その真円度低下が抑制される。
【0012】
このように、本発明の高周波焼き入れ方法においては、上記押圧面と基準面とを備えた特殊な構造の押圧部材を含む焼入用治具を用いることにより、上記リング状の鋼部材の真円度低下を抑制しながら、その外周面への高周波焼き入れ処理を行うことができる。
なお、上記押圧部材における基準面としては、上記押圧面を設けた突出部の外周側全周に設けてあることが好ましいが、全周ではなく部分的に設けてあってももちろんよい。
【0013】
次に、第2の発明は、略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う際に上記鋼部材に装着する焼入用治具であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備え、上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部が当接可能に構成されている押圧部材を含むことを特徴とする焼入用治具にある(請求項7)。
【0014】
本発明の焼入用治具は、上記基準面及び押圧面を備えた特殊な構造の押圧部材を有している。そのため、これを用いることにより、上述したように、優れた高周波焼き入れ方法を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
上記第1の発明においては、焼入用治具として、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを用い、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接させ、上記第1押圧部材と上記第2押圧部材とに対して、両者の間隔が狭くなる方向に付勢力を与えた状態で、上記高周波焼き入れ処理を施すことが好ましい(請求項2)。
【0016】
この場合には、上記第1押圧部材と第2押圧部材により上記鋼部材を挟み込んだ状態で高周波焼き入れを実施する。これにより、上記2つの押圧部材の押圧面が、それぞれが対面する上記外周リング部の真円度向上を図ることができる。つまり、外周リング部の両端から真円度向上効果を得ることができる。そのため、軸方向において径がばらつくテーパ不良をも抑制することが可能となる。
【0017】
また、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることが好ましい(請求項3)。この場合には、上記押圧面と上記外周リング部の内周側との当接状態を容易に実現することができる。
また、この場合に、上記押圧部材の上記押圧面は、上記外周リング部における軸方向端面と内周面との間の頂角部分に当接させることが好ましい(請求項4)。これにより、上記テーパ面よりなる押圧面と上記外周リング部の内周側との当接状態をさらに容易に実現することができる。
【0018】
また、上記押圧部材としては、上記突出部の先端面を平面状にした円錐台形状又は円柱形状を呈したものを用い、上記押圧面における上記先端面につながる先端角部を、上記外周リング部における内周面に当接させることもできる(請求項5)。
【0019】
また、上記鋼部材は、上記外周リング部の外周面に歯形を形成してなるリングギアであることが好ましい(請求項6)。例えば自動車の自動変速機等に用いられるデフリングギアに代表されるリングギアは、外周面に形成された歯形表面を高硬度化する必要があると共に、高い真円度が求められる。そのため、本発明の高周波焼き入れ方法を採用することが非常に有効である。
【0020】
第2の発明においては、上記焼入用治具は、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを有し、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接可能に構成されていることが好ましい(請求項8)。この焼入用治具によれば、上述したように2つの押圧部材により鋼部材を挟み込んだ状態で高周波焼き入れ処理することができ、真円度低下の抑制効果およびテーパ不良抑制効果を得ることができる。
【0021】
また、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることが好ましい(請求項9)。この場合には、上記テーパ面の存在によって、外周リング部の内周側との当接関係を容易に実現することができる。
なお、上記押圧面を設けた上記突出部としては、円錐台形状または円柱形状を呈するものとすることができるが、円錐台形状にすることによって上記テーパ面よりなる押圧面を設けることができる。
【0022】
また、上記第1および第2の発明を適用可能な鋼部材としては、上記外周リング部の部分のみより構成された部品、外周リング部の内部にこれよりも薄い内輪部を備えたもの、さらには、内輪部が外周リング部の内周面の中央部近傍に位置しており、外周リング部の両端面側に上記頂角部分が存在するもの、あるいは、内輪部が外周リング部の一方の端面側に連なり、その反対側の面にしか上記頂角部分が存在しないものなど、様々な形状のものがある。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
本発明の実施例に係る高周波焼き入れ方法および焼入用治具につき、図1〜図7を用いて説明する。
本例では、図7に示すごとく、略円筒形状の外周リング部81を有する鋼部材8における上記外周リング部81の外周面810に高周波焼き入れを行う。鋼部材8は、具体的には、自動車の自動変速機(A/T)用の部品であるデフリングギアであって、外周リング部81の外周面810に、多数の歯811を有する歯形を形成してなる。また、外周リング部81の内周側には、外周リング部81よりも軸方向寸法(厚み)が小さい内輪部83が形成されている。内輪部83は、外周リング部81の内周面816の中央部分から延設されており、その両側に内周面816が存在している。そして、外周リング部81の両方の軸方向端面801、802と内周面816との間に頂角部分821、822が存在している。なお、頂角部分821、822には、後述する図4等に示すように、面取り処理によって2つの角部が存在し、その一方が本発明における頂角部分として機能する。
【0024】
また、本例で用いる焼入用治具1は、図1に示すごとく、2つの押圧部材(第1押圧部材10と第2押圧部材2)を含むものである。第1押圧部材10と第2押圧部材2は、いずれも、平面状の基準面15、25を備えた基板12、22と、該基板12、22の中央部分において基準面12、22から突出するように設けられた突出部13、23とを有してなる。突出部13、23は、その断面形状が真円であると共にその外周には押圧面11、21を備えている。また、本例の突出部13、23は、上記押圧面11、21が
先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であり、これを側面に備えた円錐台状を呈している。また、第1押圧部材11には、上記突出部13を設けた面と反対側に、後述するスプリング4の配設位置等を規制するための裏側突出部19を設けてある。
【0025】
このような構成の押圧部材10、2を有する焼入用治具1を用いて上記鋼部材8に高周波焼き入れ処理を施すに当たっては、まず、図1に示すごとく、鋼部材8の軸方向両端面側から、それぞれ第1押圧部材10と第2押圧部材2とを押し当てる。
そして、図2に示すごとく、外周リング部81の一方の軸方向端面801と内周面816との間の頂角部分821に、第1押圧部材10のテーパ面11を当接させる。また、外周リング部81の他方の軸方向端面802と内周面816との間の頂角部分822に、第2押圧部材2のテーパ面21を当接させる。
また、このとき、第1押圧部材10及び第2押圧部材2の基準面15、25は、いずれも外周リング部81の軸方向端面801、802と離隔した状態が維持される。
【0026】
また、第1押圧部材10の裏面側には、付勢板3をスプリング4を介して配置した。スプリング4は、第1押圧部材10の裏側突出部19と、付勢板3の突出部39の外周側に配置してある。そして、これらは、図3に示すごとく、高周波焼き入れ装置の載置台71上に上記第2押圧部材2から順次配置し、上記付勢板3に接続された付勢軸72によって所定の圧力により付勢板3を下方に押圧した状態で固定する。
【0027】
この状態で、外周リング部81の外周面810に対面するよう配置されたコイル75に通電することによって、外周面810を誘導加熱する。
誘導加熱の実行によって外周リング部81が徐々に熱膨張するので、図4に示すごとく、第1押圧部材10のテーパ面11と頂角部分821との当接位置が、同図(a)の状態から同図(b)の状態へと変化し、基準面15が外周リング部81の軸方向端面801に当接する位置まで鋼部材8に近づくように前進する。第2押圧部材2と頂角部分822との当接状態も同様に変化する(図示略)。
【0028】
さらに、外周リング部81の熱膨張が進むと、図4(c)に示すごとく、その内周側の頂角部分821と、第1押圧部材10の押圧面12との当接状態が解除され、両者の間に間隙が生まれる。第2押圧部材2と頂角部分822との当接状態も同様に変化する(図示略)。なお、押圧面12と離れるまでは、押圧面12から及ぼされる力により、外周リング部81の真円度は保たれる。
【0029】
次に、図5に示すごとく、外周リング部81の外周面810に対する加熱が完了した際に、コイル75から冷却水77を噴出し、外周面810から外周リング部81を急冷する。これにより、図4(d)及び図6に示すごとく、外周リング部81が冷却により収縮し、再び第1押圧部材10の押圧面11と外周リング部81の内周側の頂角部分811との当接状態、及び第2押圧部材2の押圧面21と外周リング部81の内周側の頂角部分821との当接状態が復帰する。そして、押圧面11、21から外周リング部81の内周側に真円度を向上させる力が付与される。
その後、焼入用治具1から鋼部材8を取り出すことにより、鋼部材8に対する一連の高周波焼き入れ処理が完了する。
【0030】
このように、本例の高周波焼き入れ方法においては、上記テーパ面11、21及び基準面15、25を備えた特殊な構造の第1押圧部材10及び第2押圧部材2を有する焼入用治具1を用いる。そして、外周リング部81の軸方向端面801、802と基準面15、25との間に隙間を設けた状態で、テーパ面11、21を頂角部分821、822に当接させる。そして、押圧部材11、2が鋼部材8に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記の高周波焼き入れを施す。そのため、加熱途中及び冷却時には、テーパ面11、21と頂角部分821、822との当接状態が維持され、外周リング部81の真円度低下を抑制することができる。
【0031】
以上のように、本例の高周波焼き入れ方法においては、基準面15、25及びテーパ面11、21を備えた特殊な構造の押圧部材10、2を有する焼入用治具1を用いることにより、上記リング状の鋼部材8の真円度低下を抑制しながら、その外周面810への高周波焼き入れ処理を行うことができる。
【0032】
(実施例2)
本例は、図8(a)〜(d)に示すごとく、高周波焼き入れ処理の前のセット段階において、第1押圧部材10の押圧面11の先端角部119と、外周リング部81の内周面816とが当接するよう構成された第1押圧部材10と、同様に構成された第2焼き入れ部材(図示略)を用いた例である。
この場合には、第1、第2押圧部材10、2の押圧面11、21と、外周リング部81の内周側の当接位置が実施例1と異なっているだけであり、実施例1と同様の作用効果が得られる。
【0033】
(実施例3)
本例は、図9(a)〜(d)に示すごとく、高周波焼き入れ処理の前のセット段階において、第1押圧部材10の押圧面11と、外周リング部81の内周面816とが面同士で当接するよう構成された第1押圧部材10と、同様に構成された第2焼き入れ部材(図示略)を用いた例である。
この場合にも、第1、第2押圧部材10、2の押圧面11、21と、外周リング部81の内周側の当接位置が実施例1と異なっているだけであり、実施例1と同様の作用効果が得られる。
【0034】
(実施例4)
本例では、実施例1による優れた効果を定量的に判断するために、他の実施例及び比較例となる試料と共に、焼き入れ処理後の楕円量を測定して真円度の評価を行った。試料として準備したものは、いずれも実施例1と同形状の鋼部材を焼き入れ処理したものである。
試料No.E1としては、実施例1により高周波焼き入れ処理したものを用いた。すなわち、第1押圧部材10及び第2押圧部材2のテーパ面11、21により表裏対象に頂角部分821、822を押圧した例である。
【0035】
試料No.E2は、図10に示すごとく、焼入用治具の構成を変更して実施例1と同様の高周波焼き入れ処理を行ったものである。焼入用治具としては、一方の軸方向端面801側に当接させる第1押圧部材10は実施例1と同様のものを用い、他方の軸方向端面802側に当接させる部材としては、テーパ面911が頂角部分822に全く接触しない部材91を用いた。すなわち、当接状態を表裏において非対称とした例である。
【0036】
試料No.C1は、図11に示すごとく、焼入用治具の構成を変更して実施例1と同様の高周波焼き入れ処理を行ったものである。焼入用治具としては、両方の軸方向端面801、802側に当接させる両方の部材92、93ともに、テーパ面921、931が頂角部分821、822に全く接触しない構成とした。すなわち、外周リング部81の頂角部分821、822を拘束しないフリー状態とした例である。
【0037】
試料No.C2は、図12に示すごとく、高周波焼き入れではなく、浸炭処理後急冷を行う浸炭焼き入れ処理を行ったものである。焼入用治具としては、鋼部材8を、その軸方向が水平方向に向くように配置し、内輪部83の内周面836を支持する受け台941を備えたものを用いた。
【0038】
そして、各試料の真円度の評価として、外周リング部81の外周面810から、厚み方向の3箇所(上、中、下)において直径を径方向複数の位置で測定し、得られた最大径と最小径との差を楕円量(μm)として算出した。
また、軸方向上位置と下位置の2箇所における直径の平均値を求め、それらの差(μm)をテーパ量として算出した。
これらの結果を図13に示す。同図には、楕円量の測定結果を棒グラフとして測定位置ごとに示し、その下段に楕円量の数値と評価結果を、さらにその下段にテーパ量の数値と評価結果を示した。
【0039】
同図から知られるように、実施例1の試料No.E1は、楕円量がどの測定位置においても小さく、非常に優れた真円度を有していることが分かる。また、テーパ量も非常に小さく、軸方向における径のばらつきも極めて小さいことが分かる。
また、試料No.E2は、後述する試料No.C1、C2に比べて楕円量が小さく、真円度が十分に高いことが分かる。一方、テーパ量は比較的大きくなり、軸方向における径のばらつきが大きくなった。このような結果は、上記のごとく、非対称な押圧条件で処理したことによると考えられる。また、この結果から、真円度さえ良好であれば問題ない製品においては、この試料No.E2の処理条件で十分であることが分かる。
一方、試料No.C1、C2は、テーパ量は小さく軸方向の径のばらつきは少ないが、真円度低下の抑制効果は、上記試料No.E1、E2に比べて低い結果となった。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例1における、焼入用治具を鋼部材にセットする手順を示す説明図。
【図2】実施例1における、焼入用治具を鋼部材にセットした状態を示す説明図。
【図3】実施例1における、鋼部材の外周リング部の外周面を誘導加熱している状態を示す説明図。
【図4】実施例1における、(a)外周リング部が熱膨張する前の状態を示す説明図、(b)外周リング部が熱膨張している途中であって、基準面が外周リング部の軸方向端面に当接した直後の状態を示す説明図、(c)外周リング部の熱膨張が完了して押圧面と外周リング部の内周側が離隔した状態を示す説明図、(d)外周リング部を冷却した後の状態を示す説明図。
【図5】実施例1における、鋼部材の外周リング部の外周面を水冷している状態を示す説明図。
【図6】実施例1における、外周リング部が熱膨張した後の状態を示す説明図。
【図7】実施例1における、鋼部材の形状を示す、(a)平面図、(b)A−A線矢視断面図。
【図8】実施例2における、(a)外周リング部が熱膨張する前の状態を示す説明図、(b)外周リング部が熱膨張している途中であって、基準面が外周リング部の軸方向端面に当接した直後の状態を示す説明図、(c)外周リング部の熱膨張が完了して押圧面と外周リング部の内周側が離隔した状態を示す説明図、(d)外周リング部を冷却した後の状態を示す説明図。
【図9】実施例3における、(a)外周リング部が熱膨張する前の状態を示す説明図、(b)外周リング部が熱膨張している途中であって、基準面が外周リング部の軸方向端面に当接した直後の状態を示す説明図、(c)外周リング部の熱膨張が完了して押圧面と外周リング部の内周側が離隔した状態を示す説明図、(d)外周リング部を冷却した後の状態を示す説明図。
【図10】実施例4における、試料No.E2を処理する際の焼入用治具のセット状態を示す説明図。
【図11】実施例4における、試料No.C1を処理する際の焼入用治具のセット状態を示す説明図。
【図12】実施例4における、試料No.C2を処理する際の焼入用治具のセット状態を示す説明図。
【図13】実施例4における、評価結果を示す説明図。
【符号の説明】
【0041】
1 焼入用治具
10 第1押圧部材
11 テーパ面
2 第2押圧部材
21 テーパ面
8 鋼部材
81 外周リング部
810 外周面
801、802 軸方向端面
816 内周面
821、822 頂角部分
83 内輪部
【技術分野】
【0001】
本発明は、リング状の鋼部材に高周波焼き入れする際の寸法精度向上策に関する。
【背景技術】
【0002】
歯形を外周面に有するギア部品等のリング状を呈する鋼部材は、各種機械装置の部品として広く用いられている。たとえば自動車の自動変速機においては、デフリングギア、カウンタギア、その他の多数のリング状部品が使われている。
これらのリング状の鋼部材は、通常、高強度特性が要求されるので、その対策として外周面に高周波焼き入れを施す場合がある。
【0003】
ところで、高周波焼き入れは強度向上策として非常に優れたものであるが、寸法精度を低下させる場合がある。たとえば高周波焼き入れ後に、その処理前よりも真円度が低下する場合がある。この真円度の低下が性能低下に繋がらない部品であれば、従来の高周波焼き入れ方法を採用しても問題はない。しかし、真円度の低下がその部品の性能低下に繋がるような場合には、高周波焼き入れ後に真円度向上のための矯正工程等を追加することが必要となる。
【0004】
そのため、高周波焼き入れにおける真円度の低下を抑制しうる方法の開発が望まれているが、未だ十分な解決方法が生み出されていない。
例えば特許文献1には、円筒形状の部材をその内周面に高周波焼き入れする際に円筒度向上を図るために用いる治具が開示されている。しかし、ここに示された治具では、外周面に高周波焼き入れする際の真円度向上を図ることはできない。
【0005】
【特許文献1】特開平11−131133号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたもので、リング状の鋼部材の真円度低下を抑制することができる高周波焼き入れ方法及びこれに用いる治具を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明は、略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う方法であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備えた押圧部材を用い、
上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部を当接させるよう上記押圧部材を押し当て、
該押圧部材に対して該押圧部材が上記鋼部材に相対的に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れ処理を施し、該高周波焼き入れ処理中において上記基準面が上記軸方向端面に当接するまで上記押圧部材を相対的に前進させることを特徴とする高周波焼き入れ方法にある(請求項1)。
【0008】
本発明の高周波焼き入れ方法においては、上記押圧面と基準面とを備えた特殊な構造の押圧部材を含む焼入用治具を用いる。そして、上記押圧面を上記外周リング部の内周側に当接させる一方、上記基準面と外周リング部の軸方向端面との間に隙間を設けておき、かつ、押圧部材が鋼部材に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記の高周波焼き入れを施す。
【0009】
高周波焼き入れ処理では、まず、誘導加熱により上記外周リング部の外周面を加熱するので、外周リング部は熱膨張する。そのため、外周リング部の内周側と押圧面とは離れようとする。ここで、押圧部材には上記のごとく鋼部材に近づく方向に付勢力が付与されているので、押圧部材には相対的に前進する方向へ力が作用する。この相対前進力によって、少なくも外周リング部の熱膨張の度合いが少ない初期段階では、押圧面と外周リング部の内周側との当接状態が維持されると共に、押圧面から外周リング部の内周側に真円度を高めるように力が作用する。これにより、加熱時における真円度を保つ効果を得ることができる。
【0010】
加熱による外周リング部の膨張が進むにつれて、上記押圧部材が相対前進するが、押圧面の周囲の基準面が外周リング部の端面に当接すると、相対前進が規制される。この時点でさらに外周リング部が膨張すると、その内周側と押圧面とは離れた状態となる。もちろん、この時点でも、両者の寸法関係を調整しておき、当接関係を維持し続けるようにしてもよい。
【0011】
次いで、高周波焼き入れ処理では、水冷等の急冷を行う。このとき、外周リング部が冷却により収縮する。これにより、押圧部材の押圧面と外周リング部の内周側とは、加熱時にその両者の当接状態が維持されている場合だけでなく、当接状態が解除されていた場合にも両者の当接状態が復活し、両者が強く押し付けられる。即ち、冷却による収縮時には、上記外周リング部の内周側が上記押圧面に強く押しつけられ、その真円度低下が抑制される。
【0012】
このように、本発明の高周波焼き入れ方法においては、上記押圧面と基準面とを備えた特殊な構造の押圧部材を含む焼入用治具を用いることにより、上記リング状の鋼部材の真円度低下を抑制しながら、その外周面への高周波焼き入れ処理を行うことができる。
なお、上記押圧部材における基準面としては、上記押圧面を設けた突出部の外周側全周に設けてあることが好ましいが、全周ではなく部分的に設けてあってももちろんよい。
【0013】
次に、第2の発明は、略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う際に上記鋼部材に装着する焼入用治具であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備え、上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部が当接可能に構成されている押圧部材を含むことを特徴とする焼入用治具にある(請求項7)。
【0014】
本発明の焼入用治具は、上記基準面及び押圧面を備えた特殊な構造の押圧部材を有している。そのため、これを用いることにより、上述したように、優れた高周波焼き入れ方法を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
上記第1の発明においては、焼入用治具として、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを用い、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接させ、上記第1押圧部材と上記第2押圧部材とに対して、両者の間隔が狭くなる方向に付勢力を与えた状態で、上記高周波焼き入れ処理を施すことが好ましい(請求項2)。
【0016】
この場合には、上記第1押圧部材と第2押圧部材により上記鋼部材を挟み込んだ状態で高周波焼き入れを実施する。これにより、上記2つの押圧部材の押圧面が、それぞれが対面する上記外周リング部の真円度向上を図ることができる。つまり、外周リング部の両端から真円度向上効果を得ることができる。そのため、軸方向において径がばらつくテーパ不良をも抑制することが可能となる。
【0017】
また、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることが好ましい(請求項3)。この場合には、上記押圧面と上記外周リング部の内周側との当接状態を容易に実現することができる。
また、この場合に、上記押圧部材の上記押圧面は、上記外周リング部における軸方向端面と内周面との間の頂角部分に当接させることが好ましい(請求項4)。これにより、上記テーパ面よりなる押圧面と上記外周リング部の内周側との当接状態をさらに容易に実現することができる。
【0018】
また、上記押圧部材としては、上記突出部の先端面を平面状にした円錐台形状又は円柱形状を呈したものを用い、上記押圧面における上記先端面につながる先端角部を、上記外周リング部における内周面に当接させることもできる(請求項5)。
【0019】
また、上記鋼部材は、上記外周リング部の外周面に歯形を形成してなるリングギアであることが好ましい(請求項6)。例えば自動車の自動変速機等に用いられるデフリングギアに代表されるリングギアは、外周面に形成された歯形表面を高硬度化する必要があると共に、高い真円度が求められる。そのため、本発明の高周波焼き入れ方法を採用することが非常に有効である。
【0020】
第2の発明においては、上記焼入用治具は、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを有し、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接可能に構成されていることが好ましい(請求項8)。この焼入用治具によれば、上述したように2つの押圧部材により鋼部材を挟み込んだ状態で高周波焼き入れ処理することができ、真円度低下の抑制効果およびテーパ不良抑制効果を得ることができる。
【0021】
また、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることが好ましい(請求項9)。この場合には、上記テーパ面の存在によって、外周リング部の内周側との当接関係を容易に実現することができる。
なお、上記押圧面を設けた上記突出部としては、円錐台形状または円柱形状を呈するものとすることができるが、円錐台形状にすることによって上記テーパ面よりなる押圧面を設けることができる。
【0022】
また、上記第1および第2の発明を適用可能な鋼部材としては、上記外周リング部の部分のみより構成された部品、外周リング部の内部にこれよりも薄い内輪部を備えたもの、さらには、内輪部が外周リング部の内周面の中央部近傍に位置しており、外周リング部の両端面側に上記頂角部分が存在するもの、あるいは、内輪部が外周リング部の一方の端面側に連なり、その反対側の面にしか上記頂角部分が存在しないものなど、様々な形状のものがある。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
本発明の実施例に係る高周波焼き入れ方法および焼入用治具につき、図1〜図7を用いて説明する。
本例では、図7に示すごとく、略円筒形状の外周リング部81を有する鋼部材8における上記外周リング部81の外周面810に高周波焼き入れを行う。鋼部材8は、具体的には、自動車の自動変速機(A/T)用の部品であるデフリングギアであって、外周リング部81の外周面810に、多数の歯811を有する歯形を形成してなる。また、外周リング部81の内周側には、外周リング部81よりも軸方向寸法(厚み)が小さい内輪部83が形成されている。内輪部83は、外周リング部81の内周面816の中央部分から延設されており、その両側に内周面816が存在している。そして、外周リング部81の両方の軸方向端面801、802と内周面816との間に頂角部分821、822が存在している。なお、頂角部分821、822には、後述する図4等に示すように、面取り処理によって2つの角部が存在し、その一方が本発明における頂角部分として機能する。
【0024】
また、本例で用いる焼入用治具1は、図1に示すごとく、2つの押圧部材(第1押圧部材10と第2押圧部材2)を含むものである。第1押圧部材10と第2押圧部材2は、いずれも、平面状の基準面15、25を備えた基板12、22と、該基板12、22の中央部分において基準面12、22から突出するように設けられた突出部13、23とを有してなる。突出部13、23は、その断面形状が真円であると共にその外周には押圧面11、21を備えている。また、本例の突出部13、23は、上記押圧面11、21が
先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であり、これを側面に備えた円錐台状を呈している。また、第1押圧部材11には、上記突出部13を設けた面と反対側に、後述するスプリング4の配設位置等を規制するための裏側突出部19を設けてある。
【0025】
このような構成の押圧部材10、2を有する焼入用治具1を用いて上記鋼部材8に高周波焼き入れ処理を施すに当たっては、まず、図1に示すごとく、鋼部材8の軸方向両端面側から、それぞれ第1押圧部材10と第2押圧部材2とを押し当てる。
そして、図2に示すごとく、外周リング部81の一方の軸方向端面801と内周面816との間の頂角部分821に、第1押圧部材10のテーパ面11を当接させる。また、外周リング部81の他方の軸方向端面802と内周面816との間の頂角部分822に、第2押圧部材2のテーパ面21を当接させる。
また、このとき、第1押圧部材10及び第2押圧部材2の基準面15、25は、いずれも外周リング部81の軸方向端面801、802と離隔した状態が維持される。
【0026】
また、第1押圧部材10の裏面側には、付勢板3をスプリング4を介して配置した。スプリング4は、第1押圧部材10の裏側突出部19と、付勢板3の突出部39の外周側に配置してある。そして、これらは、図3に示すごとく、高周波焼き入れ装置の載置台71上に上記第2押圧部材2から順次配置し、上記付勢板3に接続された付勢軸72によって所定の圧力により付勢板3を下方に押圧した状態で固定する。
【0027】
この状態で、外周リング部81の外周面810に対面するよう配置されたコイル75に通電することによって、外周面810を誘導加熱する。
誘導加熱の実行によって外周リング部81が徐々に熱膨張するので、図4に示すごとく、第1押圧部材10のテーパ面11と頂角部分821との当接位置が、同図(a)の状態から同図(b)の状態へと変化し、基準面15が外周リング部81の軸方向端面801に当接する位置まで鋼部材8に近づくように前進する。第2押圧部材2と頂角部分822との当接状態も同様に変化する(図示略)。
【0028】
さらに、外周リング部81の熱膨張が進むと、図4(c)に示すごとく、その内周側の頂角部分821と、第1押圧部材10の押圧面12との当接状態が解除され、両者の間に間隙が生まれる。第2押圧部材2と頂角部分822との当接状態も同様に変化する(図示略)。なお、押圧面12と離れるまでは、押圧面12から及ぼされる力により、外周リング部81の真円度は保たれる。
【0029】
次に、図5に示すごとく、外周リング部81の外周面810に対する加熱が完了した際に、コイル75から冷却水77を噴出し、外周面810から外周リング部81を急冷する。これにより、図4(d)及び図6に示すごとく、外周リング部81が冷却により収縮し、再び第1押圧部材10の押圧面11と外周リング部81の内周側の頂角部分811との当接状態、及び第2押圧部材2の押圧面21と外周リング部81の内周側の頂角部分821との当接状態が復帰する。そして、押圧面11、21から外周リング部81の内周側に真円度を向上させる力が付与される。
その後、焼入用治具1から鋼部材8を取り出すことにより、鋼部材8に対する一連の高周波焼き入れ処理が完了する。
【0030】
このように、本例の高周波焼き入れ方法においては、上記テーパ面11、21及び基準面15、25を備えた特殊な構造の第1押圧部材10及び第2押圧部材2を有する焼入用治具1を用いる。そして、外周リング部81の軸方向端面801、802と基準面15、25との間に隙間を設けた状態で、テーパ面11、21を頂角部分821、822に当接させる。そして、押圧部材11、2が鋼部材8に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記の高周波焼き入れを施す。そのため、加熱途中及び冷却時には、テーパ面11、21と頂角部分821、822との当接状態が維持され、外周リング部81の真円度低下を抑制することができる。
【0031】
以上のように、本例の高周波焼き入れ方法においては、基準面15、25及びテーパ面11、21を備えた特殊な構造の押圧部材10、2を有する焼入用治具1を用いることにより、上記リング状の鋼部材8の真円度低下を抑制しながら、その外周面810への高周波焼き入れ処理を行うことができる。
【0032】
(実施例2)
本例は、図8(a)〜(d)に示すごとく、高周波焼き入れ処理の前のセット段階において、第1押圧部材10の押圧面11の先端角部119と、外周リング部81の内周面816とが当接するよう構成された第1押圧部材10と、同様に構成された第2焼き入れ部材(図示略)を用いた例である。
この場合には、第1、第2押圧部材10、2の押圧面11、21と、外周リング部81の内周側の当接位置が実施例1と異なっているだけであり、実施例1と同様の作用効果が得られる。
【0033】
(実施例3)
本例は、図9(a)〜(d)に示すごとく、高周波焼き入れ処理の前のセット段階において、第1押圧部材10の押圧面11と、外周リング部81の内周面816とが面同士で当接するよう構成された第1押圧部材10と、同様に構成された第2焼き入れ部材(図示略)を用いた例である。
この場合にも、第1、第2押圧部材10、2の押圧面11、21と、外周リング部81の内周側の当接位置が実施例1と異なっているだけであり、実施例1と同様の作用効果が得られる。
【0034】
(実施例4)
本例では、実施例1による優れた効果を定量的に判断するために、他の実施例及び比較例となる試料と共に、焼き入れ処理後の楕円量を測定して真円度の評価を行った。試料として準備したものは、いずれも実施例1と同形状の鋼部材を焼き入れ処理したものである。
試料No.E1としては、実施例1により高周波焼き入れ処理したものを用いた。すなわち、第1押圧部材10及び第2押圧部材2のテーパ面11、21により表裏対象に頂角部分821、822を押圧した例である。
【0035】
試料No.E2は、図10に示すごとく、焼入用治具の構成を変更して実施例1と同様の高周波焼き入れ処理を行ったものである。焼入用治具としては、一方の軸方向端面801側に当接させる第1押圧部材10は実施例1と同様のものを用い、他方の軸方向端面802側に当接させる部材としては、テーパ面911が頂角部分822に全く接触しない部材91を用いた。すなわち、当接状態を表裏において非対称とした例である。
【0036】
試料No.C1は、図11に示すごとく、焼入用治具の構成を変更して実施例1と同様の高周波焼き入れ処理を行ったものである。焼入用治具としては、両方の軸方向端面801、802側に当接させる両方の部材92、93ともに、テーパ面921、931が頂角部分821、822に全く接触しない構成とした。すなわち、外周リング部81の頂角部分821、822を拘束しないフリー状態とした例である。
【0037】
試料No.C2は、図12に示すごとく、高周波焼き入れではなく、浸炭処理後急冷を行う浸炭焼き入れ処理を行ったものである。焼入用治具としては、鋼部材8を、その軸方向が水平方向に向くように配置し、内輪部83の内周面836を支持する受け台941を備えたものを用いた。
【0038】
そして、各試料の真円度の評価として、外周リング部81の外周面810から、厚み方向の3箇所(上、中、下)において直径を径方向複数の位置で測定し、得られた最大径と最小径との差を楕円量(μm)として算出した。
また、軸方向上位置と下位置の2箇所における直径の平均値を求め、それらの差(μm)をテーパ量として算出した。
これらの結果を図13に示す。同図には、楕円量の測定結果を棒グラフとして測定位置ごとに示し、その下段に楕円量の数値と評価結果を、さらにその下段にテーパ量の数値と評価結果を示した。
【0039】
同図から知られるように、実施例1の試料No.E1は、楕円量がどの測定位置においても小さく、非常に優れた真円度を有していることが分かる。また、テーパ量も非常に小さく、軸方向における径のばらつきも極めて小さいことが分かる。
また、試料No.E2は、後述する試料No.C1、C2に比べて楕円量が小さく、真円度が十分に高いことが分かる。一方、テーパ量は比較的大きくなり、軸方向における径のばらつきが大きくなった。このような結果は、上記のごとく、非対称な押圧条件で処理したことによると考えられる。また、この結果から、真円度さえ良好であれば問題ない製品においては、この試料No.E2の処理条件で十分であることが分かる。
一方、試料No.C1、C2は、テーパ量は小さく軸方向の径のばらつきは少ないが、真円度低下の抑制効果は、上記試料No.E1、E2に比べて低い結果となった。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例1における、焼入用治具を鋼部材にセットする手順を示す説明図。
【図2】実施例1における、焼入用治具を鋼部材にセットした状態を示す説明図。
【図3】実施例1における、鋼部材の外周リング部の外周面を誘導加熱している状態を示す説明図。
【図4】実施例1における、(a)外周リング部が熱膨張する前の状態を示す説明図、(b)外周リング部が熱膨張している途中であって、基準面が外周リング部の軸方向端面に当接した直後の状態を示す説明図、(c)外周リング部の熱膨張が完了して押圧面と外周リング部の内周側が離隔した状態を示す説明図、(d)外周リング部を冷却した後の状態を示す説明図。
【図5】実施例1における、鋼部材の外周リング部の外周面を水冷している状態を示す説明図。
【図6】実施例1における、外周リング部が熱膨張した後の状態を示す説明図。
【図7】実施例1における、鋼部材の形状を示す、(a)平面図、(b)A−A線矢視断面図。
【図8】実施例2における、(a)外周リング部が熱膨張する前の状態を示す説明図、(b)外周リング部が熱膨張している途中であって、基準面が外周リング部の軸方向端面に当接した直後の状態を示す説明図、(c)外周リング部の熱膨張が完了して押圧面と外周リング部の内周側が離隔した状態を示す説明図、(d)外周リング部を冷却した後の状態を示す説明図。
【図9】実施例3における、(a)外周リング部が熱膨張する前の状態を示す説明図、(b)外周リング部が熱膨張している途中であって、基準面が外周リング部の軸方向端面に当接した直後の状態を示す説明図、(c)外周リング部の熱膨張が完了して押圧面と外周リング部の内周側が離隔した状態を示す説明図、(d)外周リング部を冷却した後の状態を示す説明図。
【図10】実施例4における、試料No.E2を処理する際の焼入用治具のセット状態を示す説明図。
【図11】実施例4における、試料No.C1を処理する際の焼入用治具のセット状態を示す説明図。
【図12】実施例4における、試料No.C2を処理する際の焼入用治具のセット状態を示す説明図。
【図13】実施例4における、評価結果を示す説明図。
【符号の説明】
【0041】
1 焼入用治具
10 第1押圧部材
11 テーパ面
2 第2押圧部材
21 テーパ面
8 鋼部材
81 外周リング部
810 外周面
801、802 軸方向端面
816 内周面
821、822 頂角部分
83 内輪部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う方法であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備えた押圧部材を用い、
上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部を当接させるよう上記押圧部材を押し当て、
該押圧部材に対して該押圧部材が上記鋼部材に相対的に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れ処理を施し、該高周波焼き入れ処理中において上記基準面が上記軸方向端面に当接するまで上記押圧部材を相対的に前進させることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項2】
請求項1において、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを用い、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接させ、上記第1押圧部材と上記第2押圧部材とに対して、両者の間隔が狭くなる方向に付勢力を与えた状態で、上記高周波焼き入れ処理を施すことを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項4】
請求項3において、上記押圧部材の上記押圧面は、上記外周リング部における軸方向端面と内周面との間の頂角部分に当接させることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項において、上記押圧部材としては、上記突出部の先端面を平面状にした円錐台形状又は円柱形状を呈したものを用い、上記押圧面における上記先端面につながる先端角部を、上記外周リング部における内周面に当接させることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項において、上記鋼部材は、上記外周リング部の外周面に歯形を形成してなるリングギアであることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項7】
略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う際に上記鋼部材に装着する焼入用治具であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備え、上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部が当接可能に構成されている押圧部材を含むことを特徴とする焼入用治具。
【請求項8】
請求項7において、上記焼入用治具は、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを有し、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接可能に構成されていることを特徴とする焼入用治具。
【請求項9】
請求項7又は8において、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることを特徴とする焼入用治具。
【請求項1】
略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う方法であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備えた押圧部材を用い、
上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部を当接させるよう上記押圧部材を押し当て、
該押圧部材に対して該押圧部材が上記鋼部材に相対的に近づく方向に付勢力を付与した状態で、上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れ処理を施し、該高周波焼き入れ処理中において上記基準面が上記軸方向端面に当接するまで上記押圧部材を相対的に前進させることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項2】
請求項1において、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを用い、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接させ、上記第1押圧部材と上記第2押圧部材とに対して、両者の間隔が狭くなる方向に付勢力を与えた状態で、上記高周波焼き入れ処理を施すことを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項4】
請求項3において、上記押圧部材の上記押圧面は、上記外周リング部における軸方向端面と内周面との間の頂角部分に当接させることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項において、上記押圧部材としては、上記突出部の先端面を平面状にした円錐台形状又は円柱形状を呈したものを用い、上記押圧面における上記先端面につながる先端角部を、上記外周リング部における内周面に当接させることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項において、上記鋼部材は、上記外周リング部の外周面に歯形を形成してなるリングギアであることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項7】
略円筒形状の外周リング部を有する鋼部材における上記外周リング部の外周面に高周波焼き入れを行う際に上記鋼部材に装着する焼入用治具であって、
平面状の基準面を備えた基板と、該基板の中央部分において上記基準面から突出するように設けられた突出部とを有してなり、該突出部の断面形状が真円であると共にその外周に押圧面を備え、上記外周リング部における少なくとも一方の軸方向端面側から、該軸方向端面と上記基準面との間に隙間を設けた状態で、上記外周リング部の内周側に上記押圧面の少なくとも一部が当接可能に構成されている押圧部材を含むことを特徴とする焼入用治具。
【請求項8】
請求項7において、上記焼入用治具は、上記外周リング部における一方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第1押圧部材と、他方の軸方向端面側から当接させる上記押圧部材である第2押圧部材とを有し、これらにより上記鋼部材を挟みこむと共に、上記第1押圧部材の上記押圧面及び上記第2押圧部材の上記押圧面を、それぞれが対面する上記外周リング部の内周側に当接可能に構成されていることを特徴とする焼入用治具。
【請求項9】
請求項7又は8において、上記押圧部材の上記押圧面は、先端に近づくに従って外径が小さくなるよう傾斜したテーパ面であることを特徴とする焼入用治具。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
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【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2006−117996(P2006−117996A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−306886(P2004−306886)
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】
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