説明

高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管及びその製造方法

【課題】鋼管成形での特殊な成形条件や、造管後の熱処理を必要とせず、鋼板の金属組織を最適化することで、圧縮強度の高い厚肉の耐サワーラインパイプ用溶接鋼管を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02〜0.06%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.8〜1.6%、P:0.012%以下、S:0.0015%以下、Al:0.01〜0.08%、Nb:0.005〜0.050%、Ti:0.005〜0.025%、Ca:0.0005〜0.0035%、N:0.0020〜0.0060%、を含有し、C(%)−0.065Nb(%)が0.025以上であり、CP値が0.95以下,Ceq値が0.28以上であり、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼管であり、金属組織がベイナイト分率:80%以上、島状マルテンサイトの分率:2%以下、ベイナイトの平均粒径:5μm以下である高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油や天然ガス輸送用の耐サワー性能に優れたラインパイプに関するものであり、特に、高い耐コラプス性能が要求される厚肉の深海用ラインパイプへの使用に適した高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管及びその製造方法に関する。なお、本発明の圧縮強度は、特に断らない限り、圧縮降伏強度あるいは、0.5%圧縮耐力のことを言う。また、引張降伏強度は、特に断らない限り、引張降伏強度あるいは、0.5%引張耐力のことを言い、引張強度は、通常の定義通り引張試験時の最大応力のことを言う。
【背景技術】
【0002】
近年のエネルギー需要の増大に伴って、石油や天然ガスパイプラインの開発が盛んになっており、ガス田や油田の遠隔地化や輸送ルートの多様化のため、海洋を渡るパイプラインも数多く開発されている。海底パイプラインに使用されるラインパイプには水圧によるコラプス(圧潰)を防止するため、陸上パイプラインよりも管厚が厚いものが用いられ、また高い真円度が要求されるが、ラインパイプの材質としては外圧によって管周方向に生じる圧縮応力に対抗するため高い圧縮強度が必要となる。
【0003】
海底パイプラインの設計にはDNV規格(OS F−101)が適用される場合が多いが、本規格では外圧によるコラプス圧力を決定する因子としてパイプの管径D、管厚t、真円度fおよび材料の引張降伏強度fyを用いてコラプス圧力が求められる。しかし、パイプのサイズと強度が同じであっても、パイプの製造方法によって圧縮強度が変化することから、引張降伏強度には製造方法によって異なる係数(αfab)が掛けられることになる。この係数はシームレスパイプの場合は1.0すなわち引張降伏強度がそのまま適用できるが、UOEプロセスで製造されたパイプの場合は係数として0.85が与えられている。これは、UOEプロセスで製造されたパイプの圧縮強度が引張強度よりも低下するためであるが、UOE鋼管は造管の最終工程で拡管プロセスがあり管周方向に引張変形が与えられた後に圧縮を受けることになるため、バウシンガー効果によって圧縮強度が低下することがその要因となっている。よって、耐コラプス性能を高めるためには、パイプの圧縮強度を高めることが必要であるが、冷間成形で拡管プロセスを経て製造される鋼管の場合は、バウシンガー効果による圧縮降伏強度低下が問題となっていた。
【0004】
UOE鋼管の耐コラプス性向上に関しては多くの検討がなされており、特許文献1には通電加熱で鋼管を加熱し拡管を行った後に一定時間以上温度を保持する方法が開示されている。この方法によれば、拡管によって導入された転位が除去分散されるために降伏強度が上昇するが、拡管後に5分以上通電加熱を続ける必要があるため、生産性が劣る。
【0005】
また、同様に拡管後に加熱を行いバウシンガー効果による圧縮降伏強度の低下を回復させる方法として、特許文献2では鋼管外表面を内表面より高い温度に加熱することで、加工硬化により上昇した内面側の圧縮降伏強度を維持し、バウシンガー効果により低下した外表面側の圧縮降伏強度を上昇させる方法が、また、特許文献3にはNb、Tiを添加した鋼の鋼板製造工程で熱間圧延後の加速冷却をAr温度以上から300℃以下まで行い、UOEプロセスで鋼管とした後に80〜550℃に加熱を行う方法がそれぞれ提案されている。しかしながら、特許文献2の方法では鋼管の外表面と内表面の加熱温度と加熱時間を別々に管理することは実製造上、特に大量生産工程において品質を管理することは極めて困難であり、また、特許文献3の方法は鋼板製造における加速冷却停止温度を300℃以下の低い温度にする必要があるため、鋼板の歪が大きくなりUOEプロセスで鋼管とした場合の真円度が低下し、さらにはAr温度以上から加速冷却を行うために比較的高い温度で圧延を行う必要があり靱性が劣化するという問題があった。
【0006】
一方、拡管後に加熱を行わずに鋼管の成形方法によって圧縮強度を高める方法としては、特許文献4にO成型時の圧縮率をその後の拡管率よりも大きくする方法が開示されている。この方法によれば実質的に管周方向の引張予歪が無いためバウシンガー効果が発現されず高い圧縮強度が得られる。しかしながら、拡管率が低いと鋼管の真円度を維持することが困難となり鋼管の耐コラプス性能が劣化させることになりかねない。
【0007】
また、特許文献5には、圧縮強度の低いシーム溶接部近傍と溶接部から180°の位置の直径が鋼管の最大径となるようにすることで耐コラプス性能を高める方法が開示されている。しかし、実際のパイプラインの敷設時においてコラプスが問題になるのは海底に到達したパイプが曲げ変形を受ける部分(サグベンド部)であり、鋼管のシーム溶接部の位置とは無関係に円周溶接され海底に敷設されるため、シーム溶接部が長径になるようにしても実際上は何ら効果を発揮しない。
【0008】
さらに、特許文献6には加速冷却後に再加熱を行い鋼板表層部の硬質第2相の分率を低減し、さらに、表層部と板厚中心部の硬度差を小さくし、板厚方向に均一な強度分布とすることによりバウシンガー効果による降伏応力低下が小さい鋼板が提案されている。
【0009】
また、特許文献7には加速冷却後の再加熱処理において鋼板中心部の温度上昇を抑制しつつ鋼板表層部を加熱する、板厚が30mm以上の高強度耐サワーラインパイプ用鋼板の製造方法が提案されている。これによれば、DWTT性能の低下を抑制しつつ鋼板表層部の硬質第2相分率が低減されるため、鋼板表層部の硬度が低減し材質バラツキの小さな鋼板が得られるだけでなく、硬質第2相の低減によるバウシンガー効果の低下も期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平9−49025号公報
【特許文献2】特開2003−342639号公報
【特許文献3】特開2004−35925号公報
【特許文献4】特開2002−102931号公報
【特許文献5】特開2003−340519号公報
【特許文献6】特開2008−56962号公報
【特許文献7】特開2009−52137号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献6に記載の技術においては、再加熱時に鋼板の中心部まで加熱を行う必要があり、DWTT性能の低下を招くため深海用の厚肉のラインパイプへの適用は困難であった。
【0012】
また、バウシンガー効果は結晶粒径や固溶炭素量等、様々な組織因子の影響を受けるため、特許文献7に記載の技術のように、単に硬質第2相の低減のみでは圧縮強度の高い鋼管は得られず、さらに開示されている再加熱条件では、セメンタイトの凝集粗大化やNbやCなどの炭化物形成元素の析出およびそれらに伴う固溶Cの低下により、優れた引張強度、圧縮強度およびDWTT性能のバランスを得ることが困難であった。
【0013】
本発明は上記事情に鑑みなされたもので、厚肉の海底パイプラインへ適用するために必要な高強度と優れた靱性を有するラインパイプであり、鋼管成形での特殊な成形条件や、造管後の熱処理を必要とせず、鋼板の金属組織を最適化することで、バウシンガー効果による降伏応力低下を抑制し、圧縮強度の高い厚肉の耐サワーラインパイプ用鋼管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者等は、まず冷間成形によって製造される鋼管の圧縮強度と鋼材のミクロ組織の関係を解明するため、種々の組織を有する鋼板を用いて、造管工程を模擬した繰り返し載荷試験を行った。0.04%C−0.3%Si−1.2%Mn−0.28%Ni−0.12%Mo−0.04%Nbを基本成分とする鋼を用いてミクロ組織の異なる板厚38mmの鋼板を製造した。図1に3種類の鋼板のミクロ組織(光学顕微鏡写真)を示す。鋼板1及び2はベイナイト(「ベイニティックフェライト」とも称することもある)主体の組織であるが、鋼板3は粒状のフェライト(「ポリゴナルフェライト」とも称することもある)とベイナイトからなる組織である。図2は鋼板1及び2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。鋼板1はベイナイト主体の組織であり、ベイナイト粒界にわずかに第2相(島状マルテンサイト(以下「MA」とも称する場合がある)またはセメンタイト)が見られるが、鋼板2は写真中に矢印で示しているように、島状マルテンサイト(MA)が多数観察される。これらの鋼板を用いて、鋼管の内面側に対応する、板厚1/4位置の圧延方向と垂直な方向から丸棒引張試験片を採取した。そして、鋼管内面の変形を模擬した、圧縮(0〜3%歪み)→引張(2%歪み)変形を加え、その後に圧縮試験を行い、圧縮強度を求めた。図3は最初に加えた圧縮歪みと最後の圧縮試験で得られる圧縮強度(圧縮YS)との関係を示す。いずれの鋼板も最初に加えた圧縮歪みが大きいほど圧縮強度も高くなっているが、鋼板1が最も高い圧縮強度を示している。すなわち、鋼板1は繰り返し載荷での荷重反転時に生じるバウシンガー効果による圧縮強度低下が小さいといえる。これは、鋼板1がポリゴナルフェライトやMA等の第2相をほとんど含まないベイナイト均一組織であり、さらにベイナイト粒径が小さく、わずかに見られるセメンタイトなどの第2相がベイナイト粒界に生成しているため、組織内部での局所的な転位の集積が抑制され、バウシンガー効果の原因となる逆応力の発生が抑制されたものと考えられる。本発明者らはさらに、バウシンガー効果抑制による圧縮強度向上と、強度靱性及び耐サワー性能とを両立させるために種々の実験を試みた結果、以下の知見を得るに至った。
1)バウシンガー効果による圧縮強度低下は異相界面や硬質第2相での転位集積による逆応力(背応力とも言う)の発生が原因であり、その防止には、第一に転位の集積場所となるフェライト−ベイナイト界面や島状マルテンサイト(MA)等の硬質第2相を低減することが効果的である。そのために、金属組織は軟質なフェライト相と硬質なMAの分率を低減し、ベイナイトを主体とした組織とする事で、バウシンガー効果による圧縮強度低下を抑制できる。
2)加速冷却によって製造される高強度鋼、特に海底パイプラインに使われるような厚肉の鋼板は、必要な強度を得るために合金元素を多く含有するために焼入れ性が高く、MAの生成を完全に抑制することは困難である。しかし、ベイナイト組織を微細化し生成するMAを微細に分散させ、さらに、加速冷却後の再加熱などによってMAをセメンタイトに分解することで、第2相によるバウシンガー効果を低減できる。
3)鋼材のC量とNb等の炭化物形成元素の添加量を適正化し、固溶Cを十分に確保することで、転位と固溶Cの相互作用を促進することで、荷重反転時の転位の移動を阻害し逆応力による圧縮強度低下が抑制される。
4)厚肉の高強度鋼では合金元素の添加量が多いため、中心偏析部の硬さも高くなり、耐HIC性能が劣化する。その防止のためには、中心偏析部への合金元素の濃化挙動を考慮して、中心偏析部の硬さが一定レベルを超えないように合金元素を選択し添加することが必要である。
【0015】
本発明は、上記の知見に基づきなされたもので、
第一の発明は、質量%で、C:0.02〜0.06%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.8〜1.6%、P:0.012%以下、S:0.0015%以下、Al:0.01〜0.08%、Nb:0.005〜0.050%、Ti:0.005〜0.025%、Ca:0.0005〜0.0035%、N:0.0020〜0.0060%、を含有し、C(%)−0.065Nb(%)が0.025以上であり、下式で表されるCP値が0.95以下、Ceq値が0.28以上であり、Ti/Nが1.5〜4.0の範囲であって、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼管であり、金属組織がベイナイト分率:80%以上、島状マルテンサイト(MA)の分率:2%以下、ベイナイトの平均粒径:5μm以下であることを特徴とする、高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管。
CP=4.46C(%)+2.37Mn(%)/6+{1.18Cr(%)+1.95Mo(%)+1.74V(%)}/5+{1.74Cu(%)+1.7Ni(%)}/15+22.36P(%)
Ceq=C(%)+Mn(%)/6+{Cr(%)+Mo(%)+V(%)}/5+{Cu(%)+Ni(%)}/15
なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。
第二の発明は、さらに質量%で、Cu:0.5%以下、Ni:1.0%以下、Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下、V:0.1%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)が0.025以上であることを特徴とする第一の発明に記載の高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管。
なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。
【0016】
第三の発明は、第一の発明または第二の発明に記載の成分を有する鋼を、950〜1200℃に加熱し、未再結晶温度域の圧下率が60%以上、圧延終了温度がAr〜(Ar+70℃)の熱間圧延を行い、引き続き、(Ar−30℃)以上の温度から10℃/秒以上の冷却速度で、300℃超え〜550℃まで加速冷却を行うことにより製造した鋼板を用いて、冷間成形により鋼管形状とし、突き合せ部をシーム溶接し、次いで拡管率が0.4〜1.2%の拡管を施すことを特徴とする、高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
第四の発明は、鋼板製造工程における加速冷却に引き続いて、鋼板表面温度が550〜720℃でかつ、鋼板中心温度が550℃未満となる再加熱を行うことを特徴とする、第三の発明に記載の高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、海底パイプラインへ適用するために必要な高強度と優れた靱性を有し、高圧縮強度でさらに耐サワー性能に優れたラインパイプ用鋼管が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】3種類の鋼板のミクロ組織(光学顕微鏡写真)を示す図である。
【図2】鋼板1及び2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真による組織を示す図である。
【図3】最初に加えた圧縮歪みと最後の圧縮試験で得られる圧縮強度(圧縮YS)との関係を示す図である。
【図4】表2および表3のNo.12(鋼種C)において、拡管率を変化させた場合の、圧縮強度を示した図である。
【図5】表2のNo.6(鋼種C)の鋼板から切り出した丸棒引張試験片に繰返し載荷を加えることで求めた、拡管率相当の反転前予ひずみと背応力の関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明を実施するための形態を、以下説明する。
まず、本発明の各構成要件の限定理由について説明する。なお、本発明では、以下に規定された各化学成分等の数値範囲の表記で、0が末尾となっていない数値で表記されている場合には、その次の桁の数値は、0が記載されているものとみなす。例えば、C:0.02〜0.06%は、C:0.020〜0.060%、Si:0.01〜0.5%は、Si:0.010〜0.50%と記載されていることを意味する。また、粒径サイズも5μm以下は、5.0μm以下であることを意味する。また、MA等の分率2%以下は、2.0%以下であることを意味する。
【0020】
1.化学成分について
はじめに、本発明の高強度高靱性鋼板が含有する化学成分の限定理由を説明する。なお、成分%は全て質量%を意味する。
【0021】
C:0.02〜0.06%
Cは、加速冷却によって製造される鋼板の引張強度を高めるために最も有効な元素である。しかし、0.02%未満では十分な強度を確保できず、0.06%を超えると靭性および耐HIC性を劣化させる。従って、C量を0.02〜0.06%の範囲内とする。好ましくは、0.03〜0.06%である。
【0022】
Si:0.01〜0.5%
Siは脱酸のために添加するが、この効果は0.01%以上で発揮されるが、0.5%を越えると靭性や溶接性を劣化させる。従ってSi量は0.01〜0.5%の範囲とする。好ましくは、0.01〜0.35%である。
【0023】
Mn:0.8〜1.6%
Mnは鋼の引張強度、圧縮強度および靭性の向上のため添加するが0.8%未満ではその効果が十分ではなく、1.6%を越えると溶接性と耐HIC性能が劣化する。従って、Mn量は0.8〜1.6%の範囲とする。好ましくは、1.10〜1.50%である。
【0024】
P:0.012%以下
Pは不可避不純物元素であり、中心偏析部の硬さを上昇させることで耐HIC性を劣化させる。この傾向は0.012%を超えると顕著となる。従って、P量を0.012%以下とする。好ましくは、0.008%以下とする。
【0025】
S:0.0015%以下
Sは不可避不純物元素であり、鋼中においては一般にMnS系の介在物となるが、Ca添加によりMnS系からCaS系介在物に形態制御される。しかしSの含有量が多いとCaS系介在物の量も多くなり、高強度材では割れの起点となり得る。この傾向は、S量が0.0015%を超えると顕著となる。従って、S量を0.0015%以下とする。より厳しい耐HIC性能が要求される場合は、S量をさらに低下することが有効であり、好ましくは0.0008%以下とする。
【0026】
Al:0.01〜0.08%
Alは脱酸剤として添加されるが、この効果は0.01%以上で発揮されるが、0.08%を超えると清浄度の低下により延性を劣化させる。従って、Al量は0.01〜0.08%とする。好ましくは、0.01〜0.04%である。
【0027】
Nb:0.005〜0.050%
Nbは、圧延時の粒成長を抑制し、微細粒化により靭性を向上させる。しかし、Nb量が0.005%未満ではその効果がなく、0.050%を超えると炭化物として析出し固溶C量を低下させ、バウシンガー効果が促進されるため高い圧縮強度が得られず、さらに、中心偏析部に粗大な未固溶NbCを生成させ耐HIC性能を劣化させる。従って、Nb量は0.005〜0.050%の範囲とする。より厳しい耐HIC性能が必要とされる場合は、0.005〜0.035%とすることが望ましい。
【0028】
Ti:0.005〜0.025%
Tiは、TiNを形成してスラブ加熱時の粒成長を抑制するだけでなく、溶接熱影響部の粒成長を抑制し、母材及び溶接熱影響部の微細粒化により靭性を向上させる。しかし、Ti量が0.005%未満ではその効果がなく、0.025%を越えると靭性を劣化させる。従って、Ti量は0.005〜0.025%の範囲とする。好ましくは、0.005〜0.020%である。
【0029】
Ca:0.0005〜0.0035%
Caは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であるが、0.0005%未満ではその効果がなく、0.0035%を超えて添加しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性を劣化させる。従って、Ca量は0.0005〜0.0035%の範囲とする。好ましくは、0.0015〜0.0035%である。
【0030】
N:0.0020〜0.0060%
Nは鋼中に不純物として含有されるがCと同様に鋼中に固溶元素として存在すると歪時効を促進し、バウシンガー効果による圧縮強度低下の防止に寄与する。しかし、0.0020%未満ではその効果が小さく、また、0.0060%を超えて含有すると、靱性が劣化する。よって、N量は0.0020〜0.0060%の範囲とする。好ましくは、0.0020〜0.0050%である。
【0031】
C(%)−0.065Nb(%):0.025以上
本発明は固溶Cと転位との相互作用により逆応力発生を抑制することでバウシンガー効果を低減し、鋼管の圧縮強度を高めるものであり、有効な固溶Cを確保することが重要となる。一般に、鋼中のCはセメンタイトやMAとして析出するほか、Nb等の炭化物形成元素と結合し炭化物として析出し、固溶C量が減少する。このとき、C含有量に対してNb含有量が多すぎるとNb炭化物の析出量が多く十分な固溶Cが得られない。しかし、C(%)−0.065Nb(%)が0.025以上であれば十分な固溶Cが得られるため、C含有量とNb含有量の関係式である、C(%)−0.065Nb(%)を0.025以上に規定する。好ましくは、0.028%以上である。
【0032】
C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%):0.025以上
本発明の選択元素であるMo及びVもNbと同様に炭化物を形成する元素であり、これらの元素も十分な固溶Cが得られる範囲で添加する必要がある。しかし、C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)で表される関係式の値が0.025未満では固溶Cが不足するため、C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)を0.025%以上に規定する。好ましくは、0.028%以上である。なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。ここで、無添加の場合とは、元素の含有量が不可避不純物レベルの場合を含むものとする。
【0033】
Ti/N:1.5〜4.0
鋼中のNはTiと結合し窒化物を形成するため、固溶N量はTi添加量との関係で変化する。Ti量とN量との質量%での比であるTi/Nが4.0を超えると、鋼中のNがほとんどTi窒化物となり固溶Nが不足し、Ti/Nが1.5未満では、相対的に固溶N量が多くなり過ぎ靱性が劣化する。よって、Ti/Nを1.5〜4.0の範囲とする。好ましくは、1.5〜3.5である。
【0034】
本発明では上記の化学成分の他に、以下の元素を選択元素として添加することができる。
【0035】
Cu:0.5%以下
Cuは、添加しなくとも良いが、靭性の改善と引張強度および圧縮強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るためには、0.1%以上添加することが好ましい。しかし、0.5%を超えて添加すると溶接性が劣化する。従って、Cuを添加する場合は0.5%以下とする。さらに好ましくは、0.4%以下である。
【0036】
Ni:1.0%以下
Niは、添加しなくとも良いが、靭性の改善と引張強度および圧縮強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るためには、0.10%以上添加することが好ましい。しかし、1.0%を超えて添加すると溶接性が劣化するほか、連続鋳造時のスラブ表面割れを助長する。従って、Niを添加する場合は1.0%以下とする。さらに好ましくは、0.80%以下である。
【0037】
Cr:0.5%以下
Crは、添加しなくとも良いが、焼き入れ性を高めることで引張強度および圧縮強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るためには、0.1%以上添加することが好ましい。しかし、0.5%を超えて添加すると溶接性を劣化させる。従って、Crを添加する場合は0.5%以下とする。さらに好ましくは、0.3%以下である。
【0038】
Mo:0.5%以下
Moは、添加しなくとも良いが、靭性の改善と引張強度および圧縮強度の上昇に有効な元素である。この効果を得るためには、0.05%以上添加することが好ましい。しかし、0.5%を超えて添加すると溶接性が劣化する。従って、Moを添加する場合は0.5%以下とする。さらに好ましくは、0.3%以下である。
【0039】
V:0.1%以下
Vは、添加しなくとも良いが、靭性を劣化させずに引張強度および圧縮強度を上昇させる元素である。この効果を得るためには、0.01%以上添加することが好ましい。しかし、0.1%を超えて添加するとNbと同様に炭化物として析出し固溶Cを減少させるため、Vを添加する場合は、0.1%以下とする。さらに好ましくは、0.06%以下である。
【0040】
下式で表されるCP値が0.95以下
CP=4.46C(%)+2.37Mn(%)/6+{1.18Cr(%)+1.95Mo(%)+1.74V(%)}/5+{1.74Cu(%)+1.7Ni(%)}/15+22.36P(%)
CPは各合金元素の含有量から中心偏析部の材質を推定するために考案された式であり、CPの値が高いほど、中心偏析部の濃度が高くなり、中心偏析部の硬さが上昇する。このCP値を0.95以下とすることで中心偏析部の硬さを低くし、HIC試験での割れを抑制することが可能となる。CP値が低いほど中心偏析部の硬さが低くなるため、さらに高い耐HIC性能が必要な場合はその上限を0.92とすることが望ましい。なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。ここで、無添加の場合とは、元素の含有量が不可避不純物レベルの場合を含むものとする。
【0041】
Ceq値:0.28以上
Ceq=C(%)+Mn(%)/6+{Cr(%)+Mo(%)+V(%)}/5+{Cu(%)+Ni(%)}/15
Ceqは鋼の焼き入れ性指数であり、Ceq値が高いほど鋼材の引張強度および圧縮強度が高くなる。Ceq値が0.28未満では20mmを超える厚肉の鋼管において十分な強度が確保出来ないため、Ceq値は0.28以上とする。なお、Ceqが高いほど低温割れ感受性が増加し、溶接割れを助長し、敷設船上などの過酷な環境でも予熱なしで溶接するために、上限を0.42とする。さらに好ましくは、0.28〜0.38である。また、30mmを超える肉厚の鋼管において十分に強度を確保するためには、0.36以上にすることが望ましい。なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。ここで、無添加の場合とは、元素の含有量が不可避不純物レベルの場合を含むものとする。
【0042】
なお、本発明の鋼の残部はFeおよび不可避的不純物であるが、上記以外の元素及び不可避不純物については、本発明の効果を損なわない限り含有することができる。
【0043】
2.金属組織について
本発明における金属組織の限定理由を以下に示す。
【0044】
ベイナイト分率:80%以上
バウシンガー効果を抑制し高い圧縮強度をえるためには軟質なフェライト相や硬質な第2相の少ない均一な組織とし、変形時の組織内部で生じる局所的な転位の集積を抑制することが必要である。そのため、ベイナイト主体の組織とする。その効果を得るためにはベイナイトの分率が80%以上必要である。さらに、高い圧縮強度が必要な場合はベイナイト分率を90%以上とすることが望ましい。
【0045】
島状マルテンサイト(MA)の分率:2%以下
島状マルテンサイト(MA)は非常に硬質な相であり、変形時に局所的な転位の集積を促進し、バウシンガー効果により圧縮強度の低下を招くため、その分率を厳しく制限する必要がある。しかし、MAの分率が2%以下ではその影響が小さく圧縮強度の低下も生じないため、島状マルテンサイト(MA)の分率を2%以下に規定する。
【0046】
ベイナイトの平均粒径:5μm以下
高強度厚肉鋼板ではMA等の硬質相の生成を完全に抑制することは困難であるが、ベイナイト組織を微細化することで、生成するMAやセメンタイトを微細に分散させる事が可能であり、変形時の局所的な転位の集積を緩和することができ、バウシンガー効果の低減につながる。また、ベイナイト粒界も転位の集積場所となるため、組織を微細化することで粒界面積を増やし、粒界での局所的な転位の集積を緩和でき、やはりバウシンガー効果の低減により圧縮強度の向上が可能である。さらに、厚肉材で十分な母材靱性を得るためにも微細な組織が有効である。そのような効果は、ベイナイト粒径を5μm以下にすることで得られるため、ベイナイトの平均粒径を5μm以下に規定する。好ましくは、4μm以下である。
【0047】
本発明では、上記の金属組織的な特徴を有することで、バウシンガー効果による圧縮強度の低下が抑制され、高い圧縮強度が達成されるが、より大きな効果を得るためにはMAのサイズは微細であることが望ましい。MAの平均粒径が小さいほど、局所的な歪み集中が分散されるため、歪み集中量も少なくなりバウシンガー効果の発生がさらに抑制される。そのためには、MAの平均粒子径を1μm以下とすることが望ましい。
【0048】
一般に加速冷却を適用して製造された鋼板の金属組織は、鋼板の板厚方向で異なる場合がある。外圧を受ける鋼管のコラプスは、周長の小さな鋼管内面側の塑性変形が先に生じることで起こるため、圧縮強度としては鋼管の内面側の特性が重要となり、一般に圧縮試験片は鋼管の内面側より採取する。よって、上記の金属組織は鋼管内面側の組織を規定するものであり、鋼管のコラプス性能を代表する位置として、内面側の板厚1/4の位置の組織とする。
【0049】
本発明の金属組織は上述のように、ベイナイトが80%以上で、MAを2%以下とすることで所定の性能が得られるものであり、それ以外の、フェライト、セメンタイト、パーライトなどの金属組織を含んでもよい。ただし、バウシンガー効果を抑制するためには、フェライトは20%未満とし、ベイナイト、MA及びフェライト以外のセメンタイト、パーライト等の金属組織の分率は合計で5%以下とすることが好ましい。
【0050】
3.製造条件について
本発明の第3発明は、上述した化学成分を含有する鋼スラブを、加熱し熱間圧延を行った後、加速冷却を行う製造方法である。以下に、鋼板の製造条件の限定理由について説明する。
【0051】
スラブ加熱温度:950〜1200℃
スラブ加熱温度は、950℃未満では十分な強度が得られず、1200℃を越えると、靱性やDWTT特性が劣化する。従って、スラブ加熱温度は950〜1200℃の範囲とする。さらに優れたDWTT性能が要求される場合は、スラブ加熱温度の上限を1100℃にすることが望ましい。
【0052】
未再結晶域の圧下率:60%以上
バウシンガー効果を低減するための微細なベイナイト組織と高い母材靱性を得るためには、熱間圧延工程において未再結晶温度域で十分な圧下を行う必要がある。しかし、圧下率が60%未満では効果が不十分であるため、未再結晶域で圧下率を60%以上とする。好ましくは70%以上とする。なお、圧下率は複数の圧延パスで圧延を行う場合はその累積の圧下率とする。また、未再結晶温度はNb、Ti等の合金元素によって変化するが、本発明のNb及びTi添加量では、未再結晶温度域の上限温度を950℃とすればよい。
【0053】
圧延終了温度:Ar〜(Ar+70℃)
バウシンガー効果による強度低下を抑制するためには、金属組織をベイナイト主体の組織としフェライトなどの軟質な組織の生成を抑制する必要がある。そのため、熱間圧延は、フェライト生成温度であるAr温度以上とすることが必要である。また、より微細なベイナイト組織を得るためには圧延終了温度は低いほど良く、圧延終了温度が高すぎるとベイナイト粒径が大きくなりすぎる。そのため、圧延終了温度の上限を(Ar+70℃)とする。
【0054】
なお、Ar温度は鋼の合金成分によって変化するため、それぞれの鋼で実験によって変態温度を測定して求めてもよいが、成分から下式(1)で求めることもできる。
【0055】
Ar(℃)=910−310C(%)−80Mn(%)−20Cu(%)−15Cr(%)−55Ni(%)−80Mo(%)・・・・・(1)
なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。ここで、無添加の場合とは、元素の含有量が不可避不純物レベルの場合を含むものとする。
熱間圧延に引き続いて加速冷却を行う。加速冷却の条件は以下の通りである。
【0056】
冷却開始温度:(Ar−30℃)以上
熱間圧延後の加速冷却によって金属組織をベイナイト主体の組織とするが、冷却開始温度がフェライト生成温度であるAr温度を下回ると、フェライトとベイナイトの混合組織となり、バウシンガー効果による強度低下が大きく圧縮強度が低下する。しかし、加速冷却開始温度が(Ar−30℃)以上であれば、フェライト分率が低くバウシンガー効果による強度低下も小さい。よって、冷却開始温度を(Ar−30℃)以上とする。
【0057】
冷却速度:10℃/秒以上
加速冷却は高強度で高靱性の鋼板を得るために不可欠なプロセスであり、高い冷却速度で冷却することで変態強化による強度上昇効果が得られる。しかし、冷却速度が10℃/秒未満では十分な強度が得られないだけでなく、Cの拡散が生じるため未変態オーステナイトへCの濃化が起こり、MAの生成量が多くなる。前述のようにMA等の硬質第2相によってバウシンガー効果が促進されるため、圧縮強度の低下を招く。しかし、冷却速度が10℃/秒以上であれば冷却中のCの拡散が少なく、MAの生成も抑制される。よって加速冷却時の冷却速度の下限を10℃/秒とする。
【0058】
冷却停止温度:300℃超え〜550℃
加速冷却によってベイナイト変態が進行し必要な強度が得られるが、冷却停止時の温度が550℃を超えると、ベイナイト変態が不十分であり、十分な引張強度および圧縮強度が得られない。また、ベイナイト変態が完了しないため、冷却停止後の空冷中に未変態オーステナイトへのCの濃縮が起こりMAの生成が促進される。一方、冷却停止時の鋼板平均温度が300℃以下では、鋼板表層部の温度がマルテンサイト変態温度以下まで低下するため表層部のMA分率が高くなりバウシンガー効果により圧縮強度が低下する。さらに、表層部の硬度が高くなり、鋼板に歪みを生じやすくなるため成形性が劣化しパイプに成形したときの真円度が著しく劣化する。よって、冷却停止時の温度は300℃超え〜550℃の範囲とする。
【0059】
本発明の第4発明は、加速冷却後の鋼板に再加熱処理を施すものであるが、以下にその再加熱条件の限定理由を説明する。
【0060】
鋼板表面温度:550〜720℃
圧鋼板の加速冷却では鋼板表層部の冷却速度が速くまた鋼板内部に比べ表層部が低い温度まで冷却される。そのため、鋼板表層部にはMA(島状マルテンサイト)が生成されやすい。このような硬質相はバウシンガー効果を促進するため、加速冷却後に鋼板の表層部を加熱しMAを分解することでバウシンガー効果による圧縮強度の低下を抑制することが可能となる。しかし、表面温度が550℃未満ではMAの分解が十分でなく、また720℃を超えると、鋼板中央部の加熱温度も上昇するため大きな強度低下をまねく。よって、加速冷却後にMAの分解を目的に再加熱を行う場合は、再加熱時の鋼板表面温度を550〜720℃の範囲とする。
【0061】
鋼板中心温度:550℃未満
加速冷却後の再加熱によって、表層部のMAが分解され高い圧縮強度が得られるが、鋼板中央部の加熱温度が550℃以上になると、セメンタイトの凝集粗大化がおこりDWTT性能が劣化し、さらに固溶Cの低下により圧縮強度の低下がおこる。よって、加速冷却後の再加熱での鋼板中心温度は550℃未満とする。加速冷却後の再加熱する手段としては、MAが多く存在する表層部のみを効率的に加熱出来る誘導加熱を用いることが望ましい。また、再加熱による効果を得るには冷却停止時の温度よりも高い温度に加熱する必要があるため、再加熱時の鋼板中心温度は冷却停止時の温度よりも50℃以上高い温度とする。
【0062】
本発明は上述の方法によって製造された鋼板を用いて鋼管となすが、鋼管の成形方法は、UOEプロセスやプレスベンド等の冷間成形によって鋼管形状に成形する。その後、シーム溶接するが、このときの溶接方法は十分な継手強度及び継手靱性が得られる方法ならいずれの方法でもよいが、優れた溶接品質と製造能率の点からサブマージアーク溶接を用いることが好ましい。突き合せ部の溶接を行った後に、溶接残留応力の除去と鋼管真円度の向上のため、拡管を行う。このときの拡管率は、所定の鋼管真円度が得られ、残留応力が除去される条件として0.4%以上が必要である。また、拡管率が高すぎるとバウシンガー効果による圧縮強度の低下が大きくなるため、その上限を1.2%とする。また、通常の溶接鋼管の製造においては、真円度を確保することに力点をおいて拡管率を0.90〜1.20%の間に制御することが一般的であるが、圧縮強度を確保する上では、拡管率が低い方が望ましい。図4は、表2および表3のNo.12において、拡管率を変化させた場合の、圧縮強度を示した図である。図4に示すように、拡管率を0.9%以下にすることで、顕著な圧縮強度の改善効果が見られるため、より好ましくは、0.4〜0.9%とする。さらに好ましくは、0.5〜0.8%である。なお、拡管率を0.9%以下にすることで、顕著な圧縮強度の改善効果がみられる理由は、図5に示すように、鋼材の背応力の発生挙動が低ひずみ域で顕著に増加し、その後1%程度から増加度が小さくなり、2.5%以上では飽和することに起因している。なお、図5は、表2のNo.6(鋼種C)の鋼板から切り出した丸棒引張試験片に繰返し載荷を加えることで求めた、拡管率相当の反転前予ひずみと背応力の関係を示した図である。
【実施例】
【0063】
表1に示す化学成分の鋼(鋼種A〜K)を連続鋳造法によりスラブとし、これを用いて板厚30mm及び38mmの厚鋼板(No.1〜23)を製造した。鋼板製造条件ならびに鋼管製造条件、金属組織および機械的性質等をそれぞれ表2−1および表2−2に示す。鋼板製造時の再加熱処理は、加速冷却設備と同一ライン上に設置した誘導加熱炉を用いて再加熱を行った。再加熱時の表層温度は誘導加熱炉出口での鋼板の表面温度であり、中心温度は加熱後の表層温度と中心温度がほぼ等しくなった時点での鋼板温度とした。これらの鋼板を用いて、UOEプロセスにより外径762mmまたは900mmの鋼管を製造した。
【0064】
【表1】

【0065】
【表2】

【0066】
【表3】

【0067】
以上のようにして製造した鋼管の引張特性は、管周方向の全厚試験片を引張試験片として引張試験を行い、引張強度を測定した。圧縮試験は鋼管の鋼管内面側の位置より管周方向に直径20mm、長さ60mmの試験片を採取し、圧縮試験を行い圧縮の降伏強度(あるいは0.5%耐力)を測定した。また、鋼管の管周方向より採取したDWTT試験片により延性破面率が85%となる温度を85%SATTとして求めた。耐HIC特性は、pHが約3の硫化水素を飽和させた5%NaCl+0.5%CHCOOH水溶液(通常のNACE溶液)を用いたHIC試験により行い。96時間浸漬した後、超音波探傷により試験片全面の割れの有無を調査し、割れ面積率(CAR)でその性能を評価した。ここで、それぞれの鋼板から3個の試験片を採取しHIC試験を行い、個々の割れ面積率の中の最大値を、その鋼板を代表する割れ面積率とした。金属組織は鋼管の内面側の板厚1/4の位置からサンプルを採取し、研磨後ナイタールによるエッチングを行い光学顕微鏡で観察を行った。そして、200倍で撮影した写真3〜5枚を用いて画像解析によりベイナイト分率を求めた。ベイナイトの平均粒径は同じ顕微鏡写真を用いて線分法によって求めた。MAの観察は、ナイタールエッチング後に電解エッチング(2段エッチング)を行い、その後走査電子顕微鏡(SEM)による観察を行った。そして、1000倍で撮影した写真から画像解析によってMAの面積分率と平均粒径を求めた。ここで、MAの平均粒径は、画像解析により円相当径として求めた。
【0068】
表2−1および表2−2において、本発明例であるNo.1〜10はいずれも、化学成分および製造方法及びミクロ組織が本発明の範囲内であり、圧縮強度が430MPa以上の高圧縮強度であり、DWTT特性及び耐HIC性能も良好であった。
【0069】
一方、No.11〜18は、化学成分が本発明の範囲内であるが、製造方法が本発明の範囲外であるため、圧縮強度、DWTT特性または耐HIC特性のいずれかが劣っている。No.19〜23は化学成分が本発明外であるため耐HIC特性が劣っているか、または圧縮強度が不足している。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、高い圧縮強度を有し、さらに優れたDWTT特性と耐HIC特性を有する厚肉の鋼管が得られるので、高い耐コラプス性能が要求される深海用ラインパイプ、特にサワーガスを輸送するラインパイプへ適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02〜0.06%、Si:0.01〜0.5%、Mn:0.8〜1.6%、P:0.012%以下、S:0.0015%以下、Al:0.01〜0.08%、Nb:0.005〜0.050%、Ti:0.005〜0.025%、Ca:0.0005〜0.0035%、N:0.0020〜0.0060%、を含有し、C(%)−0.065Nb(%)が0.025以上であり、下式で表されるCP値が0.95以下、Ceq値が0.28以上であり、Ti/Nが1.5〜4.0の範囲であって、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼管であり、金属組織がベイナイト分率:80%以上、島状マルテンサイト(MA)の分率:2%以下、ベイナイトの平均粒径:5μm以下であることを特徴とする、高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管。
CP=4.46C(%)+2.37Mn(%)/6+{1.18Cr(%)+1.95Mo(%)+1.74V(%)}/5+{1.74Cu(%)+1.7Ni(%)}/15+22.36P(%)
Ceq=C(%)+Mn(%)/6+{Cr(%)+Mo(%)+V(%)}/5+{Cu(%)+Ni(%)}/15
なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。
【請求項2】
さらに質量%で、Cu:0.5%以下、Ni:1.0%以下、Cr:0.5%以下、Mo:0.5%以下、V:0.1%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)が0.025以上であることを特徴とする請求項1に記載の高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管。
なお、式中、M(%)は元素Mの含有量(質量%)を示し、元素Mが無添加の場合は、0%として計算する。
【請求項3】
請求項1または2に記載の成分の鋼を、950〜1200℃に加熱し、未再結晶温度域の圧下率が60%以上、圧延終了温度がAr〜(Ar+70℃)の熱間圧延を行い、引き続き、(Ar−30℃)以上の温度から10℃/秒以上の冷却速度で、300℃超え〜550℃まで加速冷却を行うことにより製造した鋼板を用いて、冷間成形により鋼管形状とし、突き合せ部をシーム溶接し、次いで拡管率が0.4〜1.2%の拡管を施すことを特徴とする、高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【請求項4】
前記加速冷却に引き続いて、鋼板表面温度が550〜720℃でかつ、鋼板中心温度が550℃未満となる再加熱を行うことを特徴とする、請求項3に記載の高圧縮強度耐サワーラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−132600(P2011−132600A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−261870(P2010−261870)
【出願日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】