説明

高強度ばね用中空シームレスパイプ

【課題】内周面や外周面での脱炭の発生を極力低減し、ばね製造時の焼き入れ段階で、外周面および内周面で表層部が十分硬化でき、成形されるばねにおいて十分な疲労強度を確保できるような高強度ばね用中空シームレスパイプを提供する。
【解決手段】C:0.2〜0.7%、Si:0.5〜3%、Mn:0.1〜2%、Al:0.1%以下(0%を含まない)、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)およびN: 0.02%以下(0%を含まない)を夫々含有する鋼材からなり、内周面および外周面におけるC含有量が0.10%以上であると共に、前記内周面および外周面の夫々における全脱炭層の厚みが200μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などの内燃機関の弁ばねや懸架ばね等に使用される高強度ばね用中空シームレスパイプ、特にその外周面および内周面における脱炭を低減した高強度ばね用中空シームレスパイプに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、排ガス低減や燃費改善を目的とする自動車の軽量化や高出力化の要請が高まるにつれて、エンジンやクラッチ、サスペンション等に使用される弁ばね、クラッチばね、懸架ばね等においても高応力設計が志向されている。そのため、これらのばねは、高強度化・細径化していく方向であり、負荷応力が更に増大する傾向にある。こうした傾向に対応するため、耐疲労性や耐へたり性においても一段と高性能なばね鋼が強く望まれている。
【0003】
また、耐疲労性や耐へたり性を維持しつつ軽量化を実現するために、ばねの素材としてこれまで用いられている棒状の線材(即ち、中実の線材)ではなく、中空にしたパイプ状の鋼材であって溶接部分のないもの(即ち、シームレスパイプ)をばねの素材として用いられるようになっている。
【0004】
上記のような中空シームレスパイプを製造するための技術についても、これまでにも様々提案されている。例えば、特許文献1には、穿孔圧延機の代表というべきマンネスマンピアサを用いて穿孔を行なった後(マンネスマン穿孔)、冷間でマンドレルミル圧延(延伸圧延)を行ない、更に820〜940℃に10〜30分の条件で再加熱し、その後仕上げ圧延する技術について提案されている。
【0005】
一方、特許文献2には、熱間での静水圧押出しを行なって、中空シームレスパイプの形状とした後、球状化焼鈍を行ない、引続き冷間でピルガーミル圧延や引抜き加工等によって伸展(抽伸)する技術について提案されている。また、この技術では最終的に、所定の温度で焼鈍を行なうことも示されている。
【0006】
上記のような各技術では、マンネスマン穿孔や熱間静水圧押出しを行なう際に、1050℃以上に加熱したり、冷間加工前・後に焼鈍を行なう必要があり、熱間での加熱あるいは加工時に、更にはその後の熱処理工程において、中空シームレスパイプの内周面および外周面に脱炭が生じやすいという問題がある。また、加熱処理後の冷却時においても、フェライトとオーステナイト中への炭素の固溶量の違いに起因する脱炭(フェライト脱炭)が生じる場合がある。
【0007】
上記のような脱炭が生じると、ばね製造時の焼き入れ段階で、外周面および内周面で表層部が十分硬化しないという事態が生じ、成形されるばねにおいて十分な疲労強度を確保できないという問題が生じる。また、通常のばねでは外面にショットピーニングなどで残留応力を付与し、疲労強度を向上させることが通常行なわれているが、中空シームレスパイプで成形したばねでは、内周面にショットピーニングができないこと、および従来の加工方法では内周面で疵が発生しやすいことから、内面の疲労強度の確保が難しくなるという問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平1−247532号公報
【特許文献2】特開2007−125588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこうした状況の下になされたものであって、その目的は、内周面や外周面での脱炭の発生を極力低減し、ばね製造時の焼き入れ段階で、外周面および内周面で表層部が十分硬化でき、成形されるばねにおいて十分な疲労強度を確保できるような高強度ばね用中空シームレスパイプを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成し得た本発明の高強度ばね用中空シームレスパイプとは、C:0.2〜0.7%(「質量%」の意味、化学成分組成について以下同じ)、Si:0.5〜3%、Mn:0.1〜2%、Al:0.1%以下(0%を含まない)、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)およびN: 0.02%以下(0%を含まない)を夫々含有する鋼材からなり、内周面および外周面におけるC含有量が0.10%以上であると共に、前記内周面および外周面の夫々における全脱炭層の厚みが200μm以下である点に要旨を有するものである。
【0011】
本発明の中空シームレスパイプにおいては、(A)内面表層部におけるフェライトの平均結晶粒径が10μm以下である、(B)内周面に存在する疵の最大深さが20μm以下である、等の要件を満足するものであることが好ましい。
【0012】
本発明の中空シームレスパイプにおいて、素材として用いる鋼材には、必要によって更に、(a)Cr:3%以下(0%を含まない)、(b)B:0.015%以下(0%を含まない)、(c)V:1%以下(0%を含まない)、Ti:0.3%以下(0%を含まない)およびNb:0.3%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(d)Ni:3%以下(0%を含まない)および/またはCu:3%以下(0%を含まない)、(e)Mo:2%以下(0%を含まない)、(f)Ca:0.005%以下(0%を含まない)、Mg:0.005%以下(0%を含まない)およびREM:0.02%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(g)Zr:0.1%以下(0%を含まない)、Ta:0.1%以下(0%を含まない)およびHf:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、等を含有することも有用であり、含有される元素の種類に応じて、中空シームレスパイプ(即ち、成形されるばね)の特性が更に改善される。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、素材としての鋼材の化学成分組成を適切に調整すると共に、その製造条件を厳密に規定することによって、内周面や外周面でのフェライト脱炭がなく、且つ脱炭層の厚さを極力低減した中空シームレスパイプが実現でき、こうした中空シームレスパイプから成形されるばねにおいて十分な疲労強度を確保できるようになる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、脱炭を発生させないための条件について、様々な角度から検討した。その結果、加工後の冷却速度の制御が比較的難しい熱間静水圧押出しやマンネスマン穿孔で中空化するのではなく、低温圧延、制御冷却が可能である通常の熱間圧延を行なって、脱炭がない棒材を製造し、その後に、ガンドリルで穿孔し、所定の冷却条件で冷却した後、冷間での圧延や抽伸(冷間加工)で最終形状とすれば良いことが判明した。こうして製造方法によって、外周面および内周面ともに脱炭のない(即ち、表面でのC含有量が0.10%以上で、全脱炭層の厚みが200μm以下)中空シームレスパイプの製造が可能となる。
【0015】
また、上記のような製造方法によれば、中空パイプにおける組織微細化により、ばね焼き入れ時のオーステナイト粒径を微細化でき、疲労強度の改善も可能となる。具体的には、冷間加工時での加工率(減面率)を50%以上にした後に、650〜700℃程度の比較的低温で再結晶処理(焼鈍)を施すことによって、フェライトの平均結晶粒径を10μm以下とすることが可能となる。
【0016】
更に、上記方法によれば、ガンドリルで中空化することによって、その後の冷間加工(冷間圧延、冷間での抽伸)工程を短くすることができ、マンネスマン穿孔、熱間静水圧押出し、或いは冷間での圧延や抽伸により発生していた内面疵が大幅に低減できる。従来では、最大深さで50μm程度が限界であったが、本発明によれば最大深さで20μm以下にまで内面疵を低減できるものとなる。
【0017】
本発明の中空シームレスパイプは、化学成分組成を適切に調整した鋼材に対して(適切な化学成分組成については後述する)、上記した手順に従って製造することができる。この製造方法における各行程について、より具体的に説明する。
【0018】
[中空化手法]
まず中空化手法としては、ビレットの加熱温度を低くでき、低温圧延、制御冷却が可能である通常の熱間圧延を行なって、中実の丸棒を作製した後、ガンドリル法等により中空化する。その後、抽伸や冷間圧延により所定の径、長さまで成形することにより、外周面、内周面ともにフェライト脱炭、トータル脱炭(全脱炭)ともに小さいシームレスパイプを得ることが可能である。また、こうして工程によって、冷間加工時の加工率が低減でき、内周面の品質も良好にできる(即ち、疵を小さくできる)という効果が発揮される。
【0019】
[熱間圧延時の加熱温度:1050℃未満]
上記の熱間圧延工程において、その加熱温度は1050℃未満とすることが推奨される。このときの加熱温度が1050℃以上となると、トータル脱炭が多くなる。好ましくは、1020℃以下とするのが良い。
【0020】
[熱間圧延時の最低圧延温度:850℃以上]
熱間圧延時の最低圧延温度を850℃以上とすることも重要である。この圧延温度が低くなり過ぎると、表面(外周面および内周面)にフェライトが生成し易くなる。このときの温度は、好ましくは、900℃以上とするのが良い。
【0021】
[圧延後の冷却条件:圧延後720℃までの平均冷却速度を1.5℃/秒以上、その後、500℃までの平均冷却速度を0.5℃/秒以下]
上記のような条件で、熱間圧延を行なった後、720℃までを強制冷却することによって、表面でのフェライト生成(フェライト脱炭の発生)を防止することができる。こうした冷却効果を発揮させるためには、720℃までの平均冷却速度を1.5℃/秒以上とするのが良い。このときの平均冷却速度は、好ましくは2℃/秒以上とするのが良い。こうした強制冷却を行なった後は、500℃までを平均冷却速度:0.5℃/秒以下で冷却する。上記の強制冷却の終了温度から、500℃までの冷却速度が速過ぎると、鋼材に焼きが入りその後の焼鈍での軟化に時間がかかることになる。こうした観点から、500℃までの平均冷却速度を0.5℃/秒以下(例えば、放冷)とすることが望ましい。より好ましくは、0.3℃/秒以下とするのが良い。
【0022】
[冷間加工条件]
上記のような制御冷却を行なった後(およびガンドリル穿孔後)は、冷間加工を施すのであるが、このときの冷間加工としては、抽伸や冷間圧延が推奨される。こうした加工を行なう際には、減面率(RA)で50%以上の加工を加えた後に、750℃以下の低減で再結晶(焼鈍)させることで、フェライトの平均結晶粒径を10μm以下とでき、ばね製造時の熱処理時にオーステナイト(γ)粒径が微細化することで、ばねの疲労寿命を改善する効果がある。上記冷間加工では、減面率を50%以上として、焼鈍を700℃以下で行なうのがより効果的である。
【0023】
[焼鈍工程]
上記の冷間加工後には、必要によって焼鈍を行なうが、このときの加熱温度は、オーステナイトが生成する領域まで加熱すると(球状化焼鈍)、脱炭が発生しやすくなるので、フェライト温度域で行なうことが必要である。また、上記のようにフェライトの平均結晶粒径を10μm以下にするという観点からしても、このときの加熱温度は650〜700℃の比較的低温とする必要がある。
【0024】
本発明の中空シームレスパイプは、素材となる鋼材の化学成分組成も適正に調整されていることも重要である、次に、化学成分の範囲限定理由を説明する。
【0025】
[C:0.2〜0.7%]
Cは、高強度を確保するのに必要な元素であり、そのためには0.2%以上含有させる必要がある。C含有量は、好ましくは0.30%以上であり、より好ましくは0.35%以上である。しかしながら、C含有量が過剰になると、延性の確保が困難になので、0.7%以下とする必要がある。C含有量は、好ましくは0.65%以下であり、より好ましくは0.60%以下である。
【0026】
[Si:0.5〜3%]
Siは、ばねに必要な耐へたり性の向上に有効な元素であり、本発明で対象とする強度レベルのばねに必要な耐へたり性を得るには、Si含有量を0.5%以上とする必要がある。好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.5%以上である。しかしながら、Siは脱炭を促進させる元素でもあるため、Siを過剰に含有させると鋼材表面の脱炭層形成を促進させる。その結果、脱炭層削除のためのピーリング工程が必要となるので、製造コストの面で不都合である。こうしたことから、本発明ではSi含有量の上限を3%とした。好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.2%以下である。
【0027】
[Mn:0.1〜2%]
Mnは、脱酸元素として利用されると共に、鋼材中の有害元素であるSとMnSを形成して無害化する有益な元素である。この様な効果を有効に発揮させるには、Mnは0.1%以上含有させる必要がある。好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.20%以上である。しかしながら、Mn含有量が過剰になると、偏析帯が形成されて材質のばらつきが生じる。こうしたことから、本発明ではMn含有量の上限を2%とした。好ましくは1.5%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
【0028】
[Al:0.1%以下(0%を含まない)]
Alは、主に脱酸元素として添加される。また、NとAlNを形成して固溶Nを無害化すると共に組織の微細化にも寄与する。特に固溶Nを固定させるには、N含有量の2倍を超えるようAlを含有させることが好ましい。しかしながら、AlはSiと同様に脱炭を促進させる元素でもあるため、Siを多く含有するばね鋼ではAlの多量添加を抑える必要があり、本発明では0.1%以下とした。好ましくは0.07%以下、より好ましくは0.05%以下である。
【0029】
[P:0.02%以下(0%を含まない)]
Pは、鋼材の靭性や延性を劣化させる有害元素であるため、極力低減することが重要であり、本発明ではその上限を0.02%とする。好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.008%以下に抑えるのが良い。尚、Pは鋼材に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%にすることは工業生産上困難である。
【0030】
[S:0.02%以下(0%を含まない)]
Sは、上記Pと同様に鋼材の靭性や延性を劣化させる有害元素であるため、極力低減することが重要であり、本発明では0.02%以下に抑える。好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.008%以下である。尚、Sは鋼に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%とすることは工業生産上困難である。
【0031】
[N:0.02%以下(0%を含まない)]
Nは、Al、Ti等が存在すると窒化物を形成して組織を微細化させる効果があるが、固溶状態で存在すると、鋼材の靭延性及び耐水素脆化特性を劣化させる。本発明では、N量の上限を0.02%とする。好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.0050%以下である。
【0032】
本発明で適用する鋼材において、上記成分の他(残部)は、鉄および不可避的不純物(例えば、Sn,As等)からなるものであるが、その特性を阻害しない程度の微量成分(許容成分)も含み得るものであり、こうした鋼材も本発明の範囲に含まれるものである。
【0033】
また必要によって、更に(a)Cr:3%以下(0%を含まない)、(b)B:0.015%以下(0%を含まない)、(c)V:1%以下(0%を含まない)、Ti:0.3%以下(0%を含まない)およびNb:0.3%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(d)Ni:3%以下(0%を含まない)および/またはCu:3%以下(0%を含まない)、(e)Mo:2%以下(0%を含まない)、(f)Ca:0.005%以下(0%を含まない)、Mg:0.005%以下(0%を含まない)およびREM:0.02%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(g)Zr:0.1%以下(0%を含まない)、Ta:0.1%以下(0%を含まない)およびHf:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、等を含有させることも有効である。これらの成分を含有させるときの範囲限定理由は、次の通りである。
【0034】
[Cr:3%以下(0%を含まない)]
冷間加工性を向上させる観点からは、Cr含有量は少ない程好ましいが、Crは焼戻し後の強度確保や耐食性向上に有効な元素であり、特に高レベルの耐食性が要求される懸架ばねに重要な元素である。こうした効果は、Cr含有量が増大するにつれて大きくなるが、こうした効果を優先的に発揮させるためには、Crは0.2%以上含有させることが好ましい。更に好ましくは0.5%以上とするのがよい。しかしながら、Cr含有量が過剰になると、過冷組織が発生し易くなると共に、セメンタイトに濃化して塑性変形能を低下させ、冷間加工性の劣化を招く。またCr含有量が過剰になると、セメンタイトとは異なるCr炭化物が形成されやすくなり、強度と延性のバランスが悪くなる。こうしたことから、本発明で用いる鋼材では、Cr含有量を3%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは2.0%以下、更に好ましくは1.7%以下である。
【0035】
[B:0.015%以下(0%を含まない)]
Bは、鋼材の焼入れ・焼戻し後において旧オーステナイト粒界からの破壊を抑制する効果がある。この様な効果を発現させるには、Bを0.001%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Bを過剰に含有させると、粗大な炭硼化物を形成して鋼材の特性を害する。またBは、必要以上に含有させると圧延材の疵の発生原因にもなる。こうしたことから、B含有量の上限を0.015%とした。より好ましくは0.010%以下、更に好ましくは0.0050%以下とするのが良い。
【0036】
[V:1%以下(0%を含まない)、Ti:0.3%以下(0%を含まない)およびNb:0.3%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
V,TiおよびNbは、C,N,S等と炭・窒化物(炭化物、窒化物および炭窒化物)、或は硫化物等を形成して、これらの元素を無害化する作用を有する。また上記炭・窒化物を形成して組織を微細化する効果も発揮する。更に、耐遅れ破壊特性を改善するという効果も有する。これらの効果を発揮させるには、Ti,VおよびNbの少なくとも1種を0.02%以上(2種以上含有させるときは合計で0.2%以上)含有させることが好ましい。しかしながら、これらの元素の含有量が過剰になると、粗大な炭・窒化物が形成されて靭性や延性が劣化する場合がある。よって本発明では、V,TiおよびNbの含有量の上限を、夫々1%、0.3%、0.3%とすることが好ましい。より好ましくは、V:0.5%以下、Ti:0.1%以下、Nb:0.1%以下である。更には、コスト低減の観点からして、V:0.3%以下、Ti:0.05%以下、Nb:0.05%以下とすることが好ましい。
【0037】
[Ni:3%以下(0%を含まない)および/またはCu:3%以下(0%を含まない)]
Niは、コスト低減を考慮した場合には、添加を控えるためその下限を特に設けないが、表層脱炭を抑制したり耐食性を向上させる場合には、0.1%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Ni含有量が過剰になると、圧延材に過冷組織が発生したり、焼入れ後に残留オーステナイトが存在し、鋼材の特性が劣化する場合がある。こうしたことから、Niを含有させる場合には、その上限を3%とする。コスト低減の観点からは、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.0%以下とするのが良い。
【0038】
Cuは、上記Niと同様に表層脱炭を抑制したり耐食性を向上するのに有効な元素である。この様な効果を発揮させるには、Cuを0.1%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Cuの含有量が過剰になると、過冷組織が発生したり、熱間加工時に割れが生じる場合がある。こうしたことから、Cuを含有させる場合には、その上限を3%とする。コスト低減の観点からは、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.0%以下とするのが良い。
【0039】
[Mo:2%以下(0%を含まない)]
Moは焼戻し後の強度確保、靭性向上に有効な元素である。しかしながら、Mo含有量が過剰になると靭性が劣化する。こうしたことからMo含有量の上限は2%とすることが好ましい。より好ましくは0.5%以下とするのが良い。
【0040】
[Ca:0.005%以下(0%を含まない)、Mg:0.005%以下(0%を含まない)およびREM:0.02%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
Ca,MgおよびREM(希土類元素)は、いずれも硫化物を形成し、MnSの伸長を防ぐことで、靭性を改善する効果を有し、要求特性に応じて添加することができる。しかしながら、夫々上記上限を超えて含有させると、逆に靭性を劣化させる。夫々の好ましい上限は、Caで0.0030%、Mgで0.0030%、REMで0.010%である。尚、本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLnまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味である。
【0041】
[Zr:0.1%以下(0%を含まない)、Ta:0.1%以下(0%を含まない)およびHf:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
これの元素は、Nと結びついて窒化物を形成し、安定で加熱時のオーステナイト(γ)粒径の成長を抑制し、最終的な組織を微細化し、靭性を改善する効果がある。但し、いずれも0.1%を超えて過剰に含有させると窒化物が粗大化し、疲労特性を劣化させるため好ましくない。こうしたことから、いずれもその上限を0.1%とした。より好ましい上限はいずれも0.050%であり、更に好ましい上限は0.025%である。
【0042】
以下本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に徴して設計変更することはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【実施例】
【0043】
下記表1に化学成分組成を示す各種溶鋼を、通常の溶製法によって溶製し、この溶鋼を冷却して分塊圧延後に断面形状が155mm×155mmのスラブとした後、下記表2に示した条件で熱間圧延および冷却を行い、直径:25mmの棒鋼とした。尚、下記表1、2において、REMはLaを50%程度とCeを25%程度含有するミッシュメタルの形態で添加した。下記表1、2中「−」は元素を添加していないことを示している。
【0044】
得られた棒鋼の内部を、ガンドリルを用いて、内径:12mmの穿孔を行なった。その後、冷間圧延を行ない、外径:16mm、内径:8mmの中空シームレスパイプを作製した。その途中で、一部外径:20mm、内径:10mmの段階で焼鈍を施した(下記表2の試験No.2〜4)。
【0045】
また、比較材として、断面形状が155mm×155mmのスラブから熱間鍛造および切削により、外径:143mm、内径:52mmの円筒状のビレットを作製し、熱間静水圧押出し(加熱温度:1150℃)を用いて、外経:54mm、内径:38mmの中空パイプも作製した(下記表2の試験No.1)。この中空パイプは、焼鈍、酸洗後に、抽伸、焼鈍(700℃×20時間)、酸洗を8回繰り返し行い、外径:16mm、内径:8mmの中空シームレスパイプとした(抽伸後の焼鈍条件:750℃×10分)。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
得られた中空シームレスパイプの中心部を軸方向に切断し、EPMAを用いてC含有量を測定して、脱炭層(フェライト脱炭層、全脱炭層)の厚さを計測すると共に、EBSPにより内周面近傍(表面から深さ500μmまでの領域)でのフェライトの平均結晶粒径を測定した。夫々の詳細な測定条件は下記の通りである。
【0049】
(EPMAの測定条件)
加速電圧:15kV
照射電流:1μA
ライン分析方向:パイプ外側→内側
ライン分析は、最小ビーム径(3μm程度)を30μm幅で振って、測定を行った。このとき、表層部でC含有量が0.10%未満の部分が存在する場合に、フェライト脱炭層が存在すると見なして評価を「×」とし、C含有量が0.10%未満の部分がなければフェライト脱炭層がないと判断して評価を「○」とした。またパイプ厚みの中心部の炭素濃度の95%未満の部分を全脱炭層と見なして、その厚さを測定し、脱炭層の厚みが200μm以下のものを評価「○」として、200μmを超えるものを「×」とした。
【0050】
(EBSPの測定条件)
領域:300×300(μm)
フレーム数:2
測定ピッチ:0.4μm
方位差15℃以上を粒界として、3μm以下のものは無視して、平均粒径を算出した。
【0051】
また、得られた中空シームレスパイプの中心部を円周方向に切断し、光学顕微鏡(400倍)で全周を観察し、そのときの最大疵の深さを求めた。このとき3切断面を観察し、最大のものを最大内周面疵深さとして評価した。
【0052】
上記各中空シームレスパイプを下記条件で焼入れ・焼き戻しを行い、JIS試験片(JIS Z2274疲労試験片)に加工した。
(焼入れ・焼戻し条件)
焼入れ条件:930℃で20分間保持→その後水冷
焼戻し条件:430℃で60分間保持
【0053】
[腐食疲労試験]
上記試験片(焼入れ・焼戻しした試験片)に、5%NaCl水溶液を35℃で噴霧し、応力:784MPa、回転速度:100rpmで回転曲げ腐食疲労試験を行なった。繰り返し数:2.0×105回までの破断の有無を調べ、1.0×105回以上を「○」、2.0×105回まで破断しなかったものを「◎」と評価した(それ以内に破断したものは「×」)。
【0054】
これらの結果を、一括して下記表3に示す。これらの結果から明らかなように、適切な製造条件で得られた中空シームレスパイプ(試験No.5〜19のもの:本発明例)では、本発明で規定する要件を満足するものとなって、ばねにおける疲労強度が良好なものが得られていることが分かる。
【0055】
これに対して、試験No.1〜3のもの(比較例)では、製造方法が適切でないので、本発明で規定する要件を満足しないものとなって、ばねにおける疲労強度が劣化していることが分かる。尚、試験No.4のものでは、好ましい要件であるフェライトの平均結晶粒径が粗大化しており、ばねにおける疲労強度が若干低下している。
【0056】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強度ばね用中空シームレスパイプであって、C:0.2〜0.7%(「質量%」の意味、化学成分組成について以下同じ)、Si:0.5〜3%、Mn:0.1〜2%、Al:0.1%以下(0%を含まない)、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)およびN:0.02%以下(0%を含まない)を夫々含有する鋼材からなり、内周面および外周面におけるC含有量が0.10%以上であると共に、前記内周面および外周面の夫々における全脱炭層の厚みが200μm以下であることを特徴とする高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項2】
内面表層部におけるフェライトの平均結晶粒径が10μm以下である請求項1に記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項3】
内周面に存在する疵の最大深さが20μm以下である請求項1または2に記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項4】
更に、Cr:3%以下(0%を含まない)を含有する鋼材からなるものである請求項1〜3のいずれかに記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項5】
更に、B:0.015%以下(0%を含まない)を含有する鋼材からなるものである請求項1〜4のいずれかに記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項6】
更に、V:1%以下(0%を含まない)、Ti:0.3%以下(0%を含まない)およびNb:0.3%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する鋼材からなるものである請求項1〜5のいずれかに記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項7】
更に、Ni:3%以下(0%を含まない)および/またはCu:3%以下(0%を含まない)を含有する鋼材からなるものである請求項1〜6のいずれかに記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項8】
更に、Mo:2%以下(0%を含まない)を含有する鋼材からなるものである請求項1〜7のいずれかに記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項9】
更に、Ca:0.005%以下(0%を含まない)、Mg:0.005%以下(0%を含まない)およびREM:0.02%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する鋼材からなるものである請求項1〜8のいずれかに記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。
【請求項10】
更に、Zr:0.1%以下(0%を含まない)、Ta:0.1%以下(0%を含まない)およびHf:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する鋼材からなるものである請求項1〜9のいずれかに記載の高強度ばね用中空シームレスパイプ。

【公開番号】特開2010−265523(P2010−265523A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−119030(P2009−119030)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(591081055)神鋼メタルプロダクツ株式会社 (17)
【Fターム(参考)】