説明

高強度無方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】強度と磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板について、鋼板製造におけるコストや生産性を犠牲にすることなく提供する。
【解決手段】C:0.01%以下、Si:2.0%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上1.0%以下、Al:0.2%以上3.0%以下、N:0.005%以上0.05%以下、Mg:0.0005%以上0.005%以下、Cu:0.5%以上3.0%以下、Ni:0.5%以上3.0%以下、Sn:0.01%以上0.10%以下、B:0.0010%以上0.0050%以下を含有し、Nb、Zr、TiおよびVの4元素が式Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51<2.0×10-4を満足し、製品板の再結晶面積率が50%以上、引張試験の降伏応力が700MPa以上、破断伸びが10%以上、渦電流損We10/400(W/kg)が鋼板の板厚t(mm)との関係において、式We10/400≦70×t2を満足する高強度無方向性電磁鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気自動車用モータや電気機器用モータの鉄心材料として使用される高強度無方向性電磁鋼板とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な電気機器の省エネルギー化の高まりにより、回転機の鉄心材料として用いられる無方向性電磁鋼板に対しても、より高性能な特性が要求されてきている。
特に、最近では、電気自動車用モータ等において、小型高出力モータのニーズが強く、モータ回転数を高速化することで、モータトルクを稼ぐ設計がなされるようになってきた。
【0003】
これまで、高速回転モータと言えば、工作機械や掃除機用に代表されていたが、電気自動車用モータは、それらの従来モータよりも外形が大きく、さらにDCブラシレスモータと呼ばれるロータ外周近傍に磁石を埋め込んだ構造であるため、ロータ外周部のブリッジ部(ロータ最外周〜磁石間の鋼板幅)が、場所によっては、1〜2mmと非常に狭いため、従来の無方向性電磁鋼板よりも高強度の鋼板が要求されるようになってきた。
【0004】
従来、無方向性電磁鋼板の強度を高めるために、次のような方法が提案されている。
例えば、特許文献1では、SiにMnやNiの元素を加えて固溶体強化を図って高強度化する方法が提案されている。しかしながら、添加合金のコストが高く、特に、Niについては、世界的な需給バランスから価格が高騰しており、また添加とともに靭性が低下して生産性や歩留まりを悪化させるという課題があった。
【0005】
特許文献2や3では、炭窒化物を鋼中に分散させて強化を図る方法が提案されている。しかしながら、そうして得られる強度には限界があり、十分とは言えない。
【0006】
特許文献4では、Cu析出物を鋼板の強化法として適用する方法が提案されている。この方法では、鉄損をほとんど悪化させずに鋼板の強化を図ることができるが、その強化効果を得るためには、熱処理条件が制約され、そのために要求される強度や磁気特性が得られないという課題があった。
【0007】
【特許文献1】特開昭62−256917号公報
【特許文献2】特開平06−330255号公報
【特許文献3】特開平10−18005号公報
【特許文献4】特開2004−084053号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、高速回転モータ用の鉄心材料として、強度と磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板について、モータコアの打抜き加工および鋼板製造におけるコストや生産性を犠牲にすることなく提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するため、以下を要旨とするものである。
(1)質量%で、C:0.01%以下、Si:2.0%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上1.0%以下、Al:0.2%以上3.0%以下、N:0.005%以上0.05%以下、Mg:0.0005%以上0.005%以下、Cu:0.5%以上3.0%以下を含有し、Nb、Zr、TiおよびVの4元素の含有量(質量%)が式(1)を満足し、残部FEおよび不可避的不純物からなり、かつ、鋼板の再結晶面積率が50%以上、引張試験の降伏応力が700MPa以上、破断伸びが10%以上であり、渦電流損We10/400(W/kg)が鋼板の板厚t(mm)との関係において、式(2)を満足することを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板。
Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51<2.0×10-4 (1)
We10/400≦70×t2 (2)
【0010】
(2)さらに、質量%でNi:0.5%以上3.0%以下を含有することを特徴とする前記(1)に記載の高強度無方向性電磁鋼板。
(3)さらに、質量%でSn:0.01%以上0.10%以下を含有することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の高強度無方向性電磁鋼板。
(4)さらに、質量%でB:0.0010%以上0.0050%以下を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)の何れかに記載の高強度無方向性電磁鋼板。
【0011】
(5)前記(1)〜(4)の何れかに記載の高強度無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程、または、製鋼、熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、仕上焼鈍の均熱温度T(℃)とCu含有量a(質量%)が式(3)を満たすことを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。
T ≧ 200×a+500 (3)
(6)前記(1)〜(4)の何れかに記載の高強度無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程、または、製鋼、熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、スラブ鋼片より採取したグリーブル試験において、800℃での絞り値が50%以上であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。
(7)前記(1)〜(4)の何れかに記載の高強度無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、熱延の巻取温度が550℃以下で、かつ、熱延板のシャルピー衝撃試験における延性脆性破面遷移温度が70℃以下であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。
(8)前記(1)〜(4)の何れかに記載の無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、熱延板焼鈍における900℃から500℃までの冷却速度が50℃/sec以上で、かつ、熱延焼鈍板のシャルピー衝撃試験における延性脆性破面遷移温度が70℃以下であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、モータコアや鋼板製造時の歩留まりや生産性を犠牲にすることなく、強度に優れた無方向性電磁鋼板を低コストで提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らは、Cu析出物を活用した鋼の強化法について、熱処理条件に大きく影響される理由を調査した。その結果、Cuの析出で鋼板を強化するためには、最終の仕上焼鈍工程において、Cuを一旦固溶させる高い焼鈍温度が必要なことを見い出した。
【0014】
ところが、単に最終の仕上焼鈍温度を高くしただけでは、結晶粒が粗大化し、Cu析出による強化代が目減りすること、さらに悪いことに、結晶粒の粗大化とCuの析出強化が重畳すると、引張試験における破断伸びが著しく低下することを知見した。
【0015】
このような破断伸びの著しい低下は、特に、鋼板をモータコアに打ち抜いた際、打抜き端面に亀裂が入り、モータコアの歩留まりや生産性を著しく悪化させるという問題に発展するため、改善は必至であった。
【0016】
また、鋼片を800℃に保定すると靭性が著しく低下することを見い出し、スラブの鋳造性に課題を有することも知見した。
【0017】
そこで、本発明者らは、Cuの析出強化を最大限享受しつつ、これらの諸問題を解決する方法について鋭意研究を進めた。その結果、Nb、Zr、TiおよびVの含有量を抑えつつ、Mg、AlおよびNを適量含有させることで、鋳造課題である800℃脆性が改善することを知見した。さらに、AlとNによる結晶粒の微細化効果によって、Cuの析出強化と細粒強化を複合し、製品強度と延性が高次元で両立すること、また高強度電磁鋼板の主用途であるロータに求められる磁気特性は、400Hzかあるいはそれ以上の高周波における渦電流損(We)であり、その低減においてはAl、Nの含有による結晶粒微細化の有効性を知見し、本発明を完成させた。
【0018】
以下に、発明に至った実験結果について述べる。
(実験1)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.002%、Si:3.1%、Mn:0.2%、Cu:2.0%、Mg:0.0010%、Nb:0.002%、Zr:0.002%、Ti:0.002%、V:0.002%を含有し、かつ、AlとNの含有量を質量%で表1のように変化させた鋼片を作製し、これを1100℃で60分の加熱を施した後、直ちに熱延して板厚2.0mmとした。その後、酸洗を施し、一回の冷延にて、板厚0.35mmとした。こうして得られた冷延板に対し、800〜1000℃で30秒間の仕上焼鈍を施した。表1に鋼片の成分とグリーブル試験結果を、表2に仕上焼鈍後の鋼板(以下、製品板と記載する)の諸特性の結果を示す。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
表2に示す通り、Alが0.2%以上でかつ、Nが0.005%以上を満たす素材C、D、Eにおいて、降伏強度と破断伸びが高く、かつ渦電流損の低い、良好な特性が得られた。
【0022】
素材Aでは900℃焼鈍における再結晶率が低いが、これはAlが0.15%と低く、AlNが仕上焼鈍の再結晶直前に析出するため、再結晶が遅延したものと推察される。また1000℃焼鈍ではAlNが固溶してしまい、結晶粒が粗大化したために降伏強度と破断伸びが低くなったものと推察される。降伏強度と破断伸びともに低く、渦電流損は高かった。素材Bについては、Nが低いため900℃及び1000℃の焼鈍において結晶粒が粗大化し、降伏強度と破断伸びが低くなったものと推察される。
【0023】
良好な特性の得られた素材C、D、EについてはAlNが適度な分散で析出し、また焼鈍時もほとんど変化することがないため、900℃及び1000℃焼鈍における結晶粒成長を抑制することができる。一方でCuは900℃及び1000℃の仕上焼鈍温度で一旦固溶し、さらに仕上焼鈍の冷却時に微細析出するため、Cuの析出強化を最大限活用できる。その結果、高い降伏強度と破断伸び、および低い渦電流損が得られたものと推察される。
【0024】
なお、いずれの条件においても800℃焼鈍では再結晶していないが、これは焼鈍前に固溶していたCuが焼鈍中に析出し、再結晶を遅延させたためと考えられる。
【0025】
さらに表1に示したグリーブル試験であるが、素材C、D、Eで絞り値50%以上の良好な値が得られている。これはAlNによって鋳造組織が微細化した効果と推察される。素材A、Bで絞り値が低かったのは、高温におけるAlNの析出が不十分なため、鋳造組織が微細化しなかったものと推察される。
【0026】
(実験2)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.002%、Si:3.1%、Mn:0.2%、Al:0.6、N:0.006%、Cu:2.0%、Nb:0.002%、Zr:0.002%、Ti:0.002%、V:0.002%を含有し、かつ、Mg含有量を質量%で表3のように変化させた鋼片を作製し、得られた鋼片から長さ100mm、直径10mmのグリーブル試験片を作製した。グリーブル試験片は不活性ガス雰囲気にて、一旦、1350℃まで加熱した後、降温して800℃に保定の上、引張試験を行なった。表3にMg含有量とグリーブル試験結果を示すが、Mgを0.0005%以上含む素材H、I、Jでは800℃にけるグリーブル試験の絞りが50%以上の良好な値が得られた。
【0027】
この結果については、以下のように考えている。Mgは酸化物を生成する元素であり、その生成力はAlよりも強力である。すなわち、溶製時、Al脱酸された鋼の酸化物Al23は、その後のMg添加によってMgを含む酸化物に変化する。この酸化物が変化する際、酸化物からAlが排出されることになるが、その際にAlとNが結びつくため、Mg酸化物にAlNが複合化した介在物が形成される。AlあるいはMgの単独酸化物では鋼片の組織微細化の効果は十分とは言えない。しかし、Mg酸化物にAlNが複合析出した介在物の場合、そのサイズおよび形状から鋼片の組織微細化の効果は飛躍的に高まるものと考えら、その結果として800℃におけるグリーブルの絞り値が改善するものと推察される。
【0028】
【表3】

【0029】
(実験3)
実験室の真空溶解炉にて質量%でC:0.002%、Si:3.1%、Mn:0.2%、Al:0.6%、N:0.006%、Cu:2.0%、Mg:0.0009%を含有し、かつ、Nb、Zr、TiおよびVの含有量を質量%で表4のように変化させた鋼片を作製し、得られた鋼片から長さ100mm、直径10mmのグリーブル試験片を作製した。グリーブル試験片は不活性ガス雰囲気にて一旦1350℃まで加熱した後、降温して800℃に保定の上、引張試験を行なった。表4にNb、Zr、TiおよびV含有量とグリーブル試験結果を示すが、式(1)、すなわちNb/93+Zr/91+Ti/48+V/51<2.0×10-4を満足する素材K、Lでは800℃にけるグリーブル試験の絞りが50%以上の良好な値が得られた。
【0030】
この結果については、以下のように考えている。Nb、Zr、TiおよびVは炭化物を生成する元素である。グリーブル試験800℃において、これらの炭化物が生成する場合、鋼片の結晶粒界に選択的に析出し、鋼片の靭性すなわち絞り値を著しく低下させると推察される。式(1)を満たす元素含有量の範囲であれば、800℃における炭化物が生成しない、あるいは生成しても鋼片の靭性には影響を与えない程度に軽減できるものと推察される。
【0031】
【表4】

【0032】
次に、本発明の限定理由について述べる。
鋼の組成の限定理由は以下のとおりである。なお、%は質量%を意味する。
【0033】
Cは、結晶粒微細化には有効なものの、微細な炭化物は、鉄損を悪化させる。本発明においては、AlとNで結晶粒を微細化するため、Cは言わば不純物でしかなく、鉄損を悪化させない量として0.01%以下に規定する。より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0034】
Siは、渦電流損を低減するために有効であると同時に、固溶体強化としても有効な元素であるが、過度に添加すると冷延性を著しく悪くするため、4.0%を上限とした。一方、固溶体強化と渦電流損の観点から下限を2.0%とした。
【0035】
Mnは、Si同様に渦電流損を下げ、強度を上げるのに有効な元素であるが、添加量が1.0%を超えても効果が飽和するため、1.0%を上限とした。一方、硫化物生成の観点から下限を0.05%とした。
【0036】
Alは、Si同様に固有抵抗を増加させるのに有効な元素であり、さらに本発明においてはグリーブル試験の改善、および結晶粒微細化による高強度化や延性改善に図るために重要な元素である。0.2%未満では、AlNが焼鈍温度800℃以上で固溶し、グリーブル試験および強度や延性に対する効果がなくなるため、下限を0.2%とした。また、添加量が3.0%を超えると鋳造性を悪化させるため、生産性を考慮して3.0%を上限とした。
【0037】
Nは、AlNを形成によって結晶粒を微細化するのに必要な元素で、効果を享受するためには0.005%以上のNを含有していなければならない。一方、0.05%を超えて添加すると破断伸びが著しく低下するため、0.05%を上限とした。
【0038】
Cuは、析出強化をもたらす重要な元素である。0.5%未満では鋼中に完全に固溶し析出強化の効果が得られないため、下限を0.5%とした。上限は強度が飽和することを勘案して3.0%とした。
【0039】
Mgは、800℃のグリーブル試験における絞り値を改善するために必要な元素である。Alで脱酸された酸化物を改質するとともにAlNを複合析出させ、鋼片組織の粗大化を抑制することで、800℃グリーブル試験における絞り値を改善させる。このような効果を享受するためには0.0005%以上のMgを含有させなければならない。なお、上限については、鋼中酸素量やコストを勘案し、0.005%とした。Mgの溶鋼への添加方法については、特に規定するものではなく、Mgを含む合金をワイヤー添加しても構わないし、スラグや耐火物からの還元作用を活用しても構わない。
【0040】
Niは、鋼板をあまり脆化させずに高強度化できる有効な元素である。ただし、高価であることから、必要強度に応じて添加することとする。添加する場合、その効果が十分得られる添加量として0.5%を下限とした。上限は、コストを考慮して3.0%とした。また、Cu添加で発生し得るヘゲ疵を抑制する観点からは、Cu添加量の1/2以上を添加するのが好ましい。
【0041】
Snは、集合組織改善、および焼鈍時の窒化や酸化を抑制する効果がある。特に、Cu添加によって低下する磁束密度を改善する効果が大きい。これらの効果を享受する場合、0.01%未満では所望の効果が得られず、一方、0.10%を超えて添加するとヘゲの増大を招くので、添加量は0.01%以上0.10%以下に規定した。
【0042】
Bは、粒界に偏析し、熱延板および熱延焼鈍板の靭性を高める効果がある。この効果を享受する場合、0.0010%未満では所望の効果が得られず、一方、0.0050%を超えて添加すると、鋳造時のスラブ割れが発生することから、添加量は0.0010%以上0.0050%以下に規定した。
【0043】
Nb、Zr、TiおよびVの4元素はグリーブル試験において、炭化物として結晶粒界に析出し、絞り値を著しく悪化させるため、極力低減する必要がある。その析出量を規定する方法として、各元素の質量%を原子量で除した値を用いた。式(1)において、2.0×10-4未満になるように制御すれば、これらの問題は改善されるため、2.0×10-4未満を上限とした。
【0044】
製品板の特性の限定理由は以下のとおりである。
【0045】
再結晶面積率については、50%未満では、製品特性、特に、破断伸びが著しく低下するため、50%以上に規定した。
【0046】
引張試験の降伏応力については、高速回転するロータの必要強度を勘案して、700MPa以上に規定した。なお、ここで規定する降伏応力は下降伏点とする。
【0047】
破断伸びについては、モータコア打ち抜き端面の亀裂を抑制する観点から10%以上に規定した。
【0048】
渦電流損とは、励磁の際、鋼板に電流が流れて生じる損失であり、モータコアが発熱して、磁石の減磁を引きおこす。渦電流損は、鋼板板厚の依存性が大きいため、板厚t(mm)をパラメータとし、ロータ発熱の許容範囲として、前記式(2)のように70×t2以下に規定した。
【0049】
この渦電流損の算出方法としては、二周波法を用いる。例えば、Bmax1.0Tで周波数f1の鉄損をW1、周波数f2の鉄損をW2とすると、W10/400の渦電流損We10/400は、(W2/f2−W1/f1)/(f2−f1)×400×400で計算できる。
【0050】
Bmax=1.0Tで、周波数の異なる複数の鉄損値があれば計算は可能であるため、測定周波数は特に規定するものではないが、できれば、400Hzに近い周波数、例えば、100〜800Hz程度の周波数範囲で計算するのが好ましい。なお、Bmaxとは、鉄損測定の際、励磁する最大磁束密度である。
【0051】
本発明の製造方法における限定理由は以下のとおりである。
【0052】
仕上焼鈍では、Cuを一旦固溶させ、かつ、冷却中に析出させる。これにより高強度な製品板が得られる。したがって、仕上焼鈍の均熱温度T(℃)は、Cuの固溶温度以上でなければならない。この固溶温度は、Cuの含有量に依存する。Cu含有量をa(質量%)としたとき、200×a+500の温度(℃)以上であれば、Cuは完全に固溶するため、仕上焼鈍の均熱温度T(℃)を前記式(3)として200×a+500以上に規定した。
【0053】
グリーブル試験については、鋳造時のスラブ割れを回避する観点から、800℃において絞り値50%以上と規定した。50%未満の場合、連続鋳造におけるスラブの曲げ戻しにおいて、スラブのエッジ部などに割れが入り、歩留まりや生産性を著しく悪化させる。なお、試験片の作製方法は特に規定するものではないが、例えば、実験室の溶解で得られた鋳片あるいは実際のスラブ片を供試材として、長さ100mmで10mmφの丸棒を作製し、熱処理方法としては、一旦、1300℃程度まで加熱し、800℃まで降温の上、引張試験する。なお、絞り値とは、試験前の断面積から試験後の断面積を差し引き、試験前の断面積で除したものを百分率で表示するものとする。
【0054】
熱延の巻取温度は、550℃を超えると、炭窒化物やCu析出物が、熱延板によっては、熱延板の靭性を著しく悪化させるので、550℃以下に規定した。熱延板の靭性については、冷延時の破断抑制の観点から、シャルピー衝撃試験における延性脆性破面遷移温度を70℃以下と規定した。
【0055】
熱延板焼鈍については、900℃から500℃までの冷却速度が、50℃/secより低いと、炭窒化物やCu析出物によって、熱延焼鈍板の靭性が著しく悪化するので、冷却速度を50℃/sec以上に規定した。熱延焼鈍板の靭性については、冷延時の破断抑制の観点から、シャルピー衝撃試験における延性脆性破面遷移温度を70℃以下と規定した。
【0056】
なお、熱延板の焼鈍温度については、特に規定するものではないが、熱延板焼鈍の目的が熱延板の再結晶と粒成長促進であることから900℃以上が好ましく、一方で、脆性の観点から1100℃以下が好ましい。
【0057】
ここで規定した遷移温度とは、JISに規定されている通り、試験温度と延性破面率の関係を示す遷移曲線において延性破面率50%と内挿できる温度である。または、延性破面率0%と100%の吸収エネルギーの平均値となる温度を内挿しても構わない。なお、試験片は、JISに規定されたサイズを基本とするが、試験片の幅については熱延板の厚みとする。
【0058】
従って、サイズとしては、圧延方向に長さ55mm、高さ10mm、幅は熱延板の厚みに応じて1.5〜3.0mm程度である。さらに、試験に際しては、試験片を複数本重ね、正規の試験条件である厚み10mmに近づける方が好ましい。
【実施例】
【0059】
(実施例1)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.003%、Si:2.7%、Mn:0.3%、Cu:1.9%、Mg:0.0012%を含有し、Al、N、Nb,Zr、TiおよびVの含有量(質量%)が異なる鋼片を作製し、これに1150℃で60分の加熱を施した後、直ちに熱延して、板厚2.3mmとした。その後、酸洗を施し、一回の冷延にて板厚0.5mmとした。こうして得られた冷延板に対し、900℃で60秒間の仕上焼鈍を施した。
【0060】
表5に、Al〜Vの含有量と、鋼片あるいは製品板の諸特性の測定結果を示す。Alが0.2%未満の符号a1〜a10では降伏応力、破断伸び、We10/400が本発明で規定する範囲の範囲外であった。Alが0.2%以上で式(1)を満足しない符号a12,a14,a16,a18,a20では800℃絞り値が本発明で規定する範囲の範囲外であった。Alが0.2%以上でもNが0.005%未満の符号a11では降伏応力、破断伸び、We10/400が本発明で規定する範囲の範囲外であった。Alが0.2%以上でもNが0.05%を超える符号a19では破断伸びが本発明で規定する範囲の範囲外であった。その他のサンプルa13,a15,a17では、800℃絞り値、降伏応力、破断伸び、We10/400ともに良好な特性が得られた。
【0061】
【表5】

【0062】
(実施例2)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.009%、Si:3.8%、Mn:0.8%、Al:1.5%、N:0.006%、Cu:0.8%、Nb:0.002%,Zr:0.002%、Ti:0.003%およびV:0.002%を含有し、かつ、Mg含有量(質量%)を変化させた鋼片を作製し、得られた鋼片から長さ100mm、直径10mmのグリーブル試験片を作製した。グリーブル試験片は不活性ガス雰囲気にて、一旦、1350℃まで加熱した後、降温して800℃に保定の上、引張試験を行なった。
【0063】
表6にMg含有量とグリーブル試験結果を示す。Mgを0.0005%以上含む符b3〜b5では、800℃にけるグリーブル試験の絞りが50%以上の良好な値が得られた。
【0064】
【表6】

【0065】
(実施例3)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.004%、Mn:0.6%、Al:2.0%、N:0.0008%、Mg:0.008%、Ni:1.0%、Nb:0.001%,Zr:0.002%、Ti:0.003%およびV:0.003%を含有し、SiとCuの含有量(質量%)を変化させた鋼片を作製し、これに1100℃で100分の加熱を施した後、直ちに熱延して板厚2.0mmとした。その後、酸洗を施し、板厚0.25mmに冷延した。こうして得られた冷延板について、975℃で30秒間の仕上焼鈍を施した。
【0066】
表7にSiとCu成分と製品板の諸特性の測定結果を示すが、Siが1.9%と範囲以下のサンプルc1〜c5では、降伏応力とWe10/400が本発明で規定する範囲の範囲外、Siが4.2%と本発明で規定する範囲の範囲以上のサンプルc21〜c25では破断伸びが著しく低かった。さらに、Siは本発明で規定する範囲の範囲内でも、Cuが0.5%未満のサンプルc6、c11、c16では降伏応力が低く、本発明で規定する範囲の範囲外であった。また、Ni/Cuが0.5以上のサンプルについてはヘゲ疵がみられなかった。
【0067】
【表7】

【0068】
(実施例4)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.003%、Si:3.5%、Mn:0.2%、Al:0.7%、N:0.022%、Mg:0.0032%、Ni:1.5%、Nb:0.002%、Zr:0.003%、Ti:0.002%、V:0.002%を含有し、BおよびSn添加量(質量%)を変化させた鋼片を作製し、これに1120℃で70分の加熱を施した後、直ちに熱延して板厚2.5mmとした。この熱延における巻取温度は520℃であった。その後、1025℃で60秒の熱延板焼鈍を施し、酸洗後に板厚0.35mmに冷延し、仕上焼鈍を925℃で60秒処理した。
【0069】
表8に、BおよびSn添加量と熱延焼鈍板の遷移温度と製品板の磁束密度を示す。B添加量が0.0010%以上の符号d6〜d25では、熱延焼鈍板の遷移温度が低く、Sn添加量が0.010%以上の符号d2〜d5、d7〜d10、d12〜d15、d17〜d20、d22〜d25では、高い磁束密度が得られた。なお、B添加量が0.0050%を超えるd21〜d25ではスラブ割れが発生し、Sn添加量が0.10%を超えるd5、d10、d15、d20、d25ではヘゲ疵が発生した。
【0070】
【表8】

【0071】
(実施例5)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.002%、Si:2.4%、Mn:0.5%、Al:2.3%、N:0.012%、Mg:0.0044%、Ni:1.4%、Nb:0.003%、Zr:0.004%、Ti:0.003%、V:0.003%を含有し、Cu含有量(質量%)を変化させた鋼片を作製し、これに1120℃で90分の加熱を施した後、直ちに熱延して板厚2.0mmとした。その後、950℃で60秒の熱延板焼鈍を施し、酸洗後に板厚0.35mm冷延し、仕上焼鈍における均熱温度を変化させて処理した。
【0072】
表9にCu量、仕上焼鈍温度と、製品板の諸特性の測定結果を示す。均熱温度が式(3)の値以上のサンプルに関しては、降伏応力、破断伸び、We10/400が本発明で規定する範囲の範囲内の良好な特性が得られた。均熱温度が式(3)の値を下回るサンプルe11、e12、e16、e17、e21、e22については再結晶面積率が50%未満、破断伸びが10%未満で本発明で規定する範囲の範囲外であった。
【0073】
【表9】

【0074】
(実施例6)
実験室の真空溶解炉にて、質量%で、C:0.007%、Si:3.2%、Mn:0.3%、Al:1.6%、N:0.005%、Mg:0.0015%、Ni:2.0%、Nb:0.003%,Zr:0.004%、Ti:0.003%、V:0.001%を含有した鋼片を作製した。これらの鋼片に対し、1120℃で80分の加熱を施した後、直ちに熱延して、板厚2.5mmとした。この熱延板の作製に際し、熱延板の巻取温度を変化させた。
【0075】
さらに、作製した熱延板について、1000℃で60秒の熱延板酸洗を施し、900℃から500℃までの冷却速度を変化させた。これらの熱延板および熱延板焼鈍板からシャルピー試験片を製作し、衝撃試験によって遷移温度を測定した。
【0076】
表10に示す通り、熱延の巻取温度550℃以下のサンプルf1〜f3で、遷移温度70℃以下の良好な靭性が得られた。また、熱延焼鈍板については、巻取温度にかかわらず、900℃から500℃までの冷却速度が50℃/sec以上のサンプルf8〜f10、f13〜f15、f18〜f20では、遷移温度70℃以下の良好な靭性が得られた。
【0077】
【表10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01%以下、Si:2.0%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上1.0%以下、Al:0.2%以上3.0%以下、N:0.005%以上0.05%以下、Mg:0.0005%以上0.005%以下、Cu:0.5%以上3.0%以下を含有し、Nb、Zr、TiおよびVの4元素の含有量(質量%)が式(1)を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板の再結晶面積率が50%以上、引張試験の降伏応力が700MPa以上、破断伸びが10%以上であり、渦電流損We10/400(W/kg)が鋼板の板厚t(mm)との関係において、式(2)を満足することを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板。
Nb/93+Zr/91+Ti/48+V/51<2.0×10-4 (1)
We10/400≦70×t2 (2)
【請求項2】
さらに、質量%でNi:0.5%以上3.0%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
さらに、質量%でSn:0.01%以上0.10%以下を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
さらに、質量%でB:0.0010%以上0.0050%以下を含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の高強度無方向性電磁鋼板。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載の高強度無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程、または、製鋼、熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、仕上焼鈍の均熱温度T(℃)とCu含有量a(質量%)が式(3)を満たすことを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。
T ≧ 200×a+500 (3)
【請求項6】
請求項1〜4の何れか1項に記載の高強度無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程、または、製鋼、熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、製鋼後の鋼片より採取した試験片のグリーブル試験において、800℃での絞り値が50%以上であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜4の何れか1項に記載の高強度無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、熱延の巻取温度が550℃以下で、かつ、熱延板のシャルピー衝撃試験における延性脆性破面遷移温度が70℃以下であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜4の何れか1項に記載の高強度無方向性電磁鋼板を、製鋼、熱延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延、仕上焼鈍からなる製造工程によって製造する際、熱延板焼鈍における900℃から500℃までの冷却速度が50℃/sec以上で、かつ、熱延焼鈍板のシャルピー衝撃試験における延性脆性破面遷移温度が70℃以下であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2010−24509(P2010−24509A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−188929(P2008−188929)
【出願日】平成20年7月22日(2008.7.22)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】