説明

高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法

【課題】強度をいっそう向上させ、かつ切削性を保持した非調質熱間鍛造鋼を製造する方法を提供する。
【解決手段】微細V炭化物を析出させたフェライト−パーライト組織の高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法であって、C:0.30〜0.60質量%、Si:0.50質量%以下、Mn:0.10〜0.60質量%、V:0.20〜0.80質量%、S:0.05質量%以下、P:0.05質量%以下、N:0.0100質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を、熱間鍛造後に、熱間鍛造の終了温度から700℃以下550℃以上における温度まで2.0℃/s以上で急速冷却し、20〜100sec経過するまで冷却速度が0℃/s以上2.0℃/s未満となるように、かつ温度を500℃以上に保持または冷却し、400℃以下の温度まで2.0℃/s以上で再び急速冷却することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の輸送機器、建設機械、その他の産業機械等の部品として使用される高強度の熱間鍛造鋼に係るものであり、特に、熱間鍛造後に熱処理を行わない(非調質)熱間鍛造鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や船舶等の輸送機器のエンジンおよび足回り等に使用されるコンロッド、クランクシャフト、ハブ等の機械構造用部品は、一般に、鋼材に鍛造等の熱間加工を施した後、焼入れ−焼戻し等の熱処理(調質)が施されて必要な機械特性が確保される。近年、部品の軽量化のために、部品の降伏強度の向上が求められている。また、部品を最終形状に仕上げるために熱間鍛造後の鋼材に切削加工が施されるので、鋼材には切削性も求められる。この切削性は引張強度に依存することが知られている。したがって、切削性の劣化を抑えつつ強度を向上させるためには降伏比の向上が有効である。
【0003】
例えば、特許文献1は、低炭素鋼にVを添加し、熱間鍛造後に200〜700℃の時効処理を施して微細V炭化物を析出させることにより、降伏強度を向上させたフェライト−ベイナイトの二相組織を有する熱間鍛造鋼を製造する方法を開示している。しかし、この製造方法による熱間鍛造鋼は、鍛造後に時効処理を行う必要がある。近年では、強度向上だけではなく低コスト化や製造効率等の観点から、熱間鍛造を施した状態(非調質)でも、所望の機械的特性、特に強度と疲労限度比に優れた機械部品の提供が切望されている。
【0004】
そこで、特許文献2は、低炭素鋼にTi,Zrを添加して、熱間加工(鍛造)後、所定の冷却速度で冷却してマルテンサイト−ベイナイト組織主体として、1000MPaを超え得る降伏強度とし、また靭性を向上させた熱間鍛造非調質鋼を製造する方法を開示している。また、特許文献3は、高Siの中炭素鋼にV,Tiを添加して、熱間鍛造後に所定の冷却速度で冷却してフェライト−パーライト組織とし、TiによりNをTiNとして固定することでVを窒化物とせずV炭化物として、Siによる固溶体強化と共に強度を向上させた熱間鍛造用非調質鋼を製造する方法を開示している。特許文献4は、中炭素鋼にV,Caを添加して、Ca硫化物により旋削加工性を向上させ、微細V炭窒化物により強度を向上させたフェライト−パーライト組織を有する熱間鍛造用非調質鋼を開示している。
【0005】
また、本発明者らは、中炭素鋼にVを添加し、さらに熱間鍛造後の冷却の際に所定温度で冷却速度を変化させることで、微細なV炭化物を析出させたフェライトおよびパーライトを主要組織として、降伏強度900MPa以上、降伏比0.8超に相当する十分な強度と切削性とを両立させた非調質の熱間鍛造鋼の製造方法を開発している(特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3300500号公報
【特許文献2】特許第3644275号公報
【特許文献3】特許第3327635号公報
【特許文献4】特開平11−350065号公報
【特許文献5】特開2010−53430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に開示された製造方法による鋼材は、降伏比が0.8未満で不十分であり、疲労強度の低下が懸念される。また、特許文献3に開示された製造方法は、フェライトが形成される温度域における冷却速度が遅いため、V炭化物の析出強化の少ないフェライトが局所的に形成されて降伏強度が低下する虞がある。特許文献4に開示された鋼材は、熱間鍛造後の冷却が空冷によるもので制御されていないため、強度が不十分で、最大でロックウェル硬さ(HRC)が29.5で、ビッカース硬さ(HV)約300程度である。
【0008】
一方、特許文献5に開示された製造方法によれば、熱間鍛造鋼の強度をより向上させるためにはV炭化物の析出物を多くするべくVの添加量を多くする必要があり、コストが増大する。また、Vの添加量を多くし過ぎても却って強度が低下するため、高強度化に限界がある。
【0009】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、切削性を保持し、強度をいっそう向上させた非調質熱間鍛造鋼を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らはさらなる改良を検討した結果、熱間鍛造後の冷却において、フェライト変態を生じさせる低温域で析出するV炭化物による析出強化を向上させるために、Mnの添加量を少なくして変態速度を速くすることで、V炭化物をより微細に析出させることに想到した。一方、フェライト変態が高速化により早期に完了することから、当該フェライト変態の完了後は、析出物の粗大化を防止するために急速冷却を行うこととした。
【0011】
すなわち、本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法は、C:0.30〜0.60質量%、Si:0.50質量%以下、Mn:0.10〜0.60質量%、V:0.20〜0.80質量%、S:0.05質量%以下、P:0.05質量%以下、N:0.0100質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を、V炭化物の完全固溶温度Tvc(℃)に対して50℃以上高い加熱温度に加熱して、前記加熱温度以下850℃以上で熱間鍛造し、その終了温度から以下の通りに冷却するものである。熱間鍛造後の冷却は、熱間鍛造の終了温度から700℃以下550℃以上における温度まで2.0℃/s以上の急速冷却速度で冷却し、前記急速冷却速度での冷却の終了後に20〜100sec経過するまで冷却速度が0℃/s以上2.0℃/s未満となるように、かつ温度を500℃以上に保持または冷却し、前記温度を保持または冷却の終了後に400℃以下の温度まで2.0℃/s以上の冷却速度で冷却することを特徴とする。なお、V炭化物の完全固溶温度Tvc(℃)は、前記鋼におけるC,Vの各含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[V]で表したときに、式:Tvc=−9500/(log([C]×[V])−6.72)−273で算出される。
【0012】
このように、含有する元素およびその量を限定することにより、強度等の特性の良好な高強度非調質熱間鍛造鋼を製造することができる。特に、中炭素鋼にVを添加することにより、V炭化物を析出させて降伏強度を向上させることができる。そして、熱間鍛造後の冷却において、高温域では急速冷却することによりフェライト変態が開始しないようにして、粗大V炭化物の析出を防止し、析出強化されていないフェライト相が形成されることを抑制できる。さらに、Mnの添加量を少なくしたことにより、フェライト変態が高速化し、低温域でV炭化物がいっそう微細に析出する。そして、フェライト変態が完了するまで緩冷却して、その後、急速冷却に切り換えることにより、析出物の粗大化を防止することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法によれば、非調質でも十分な強度と切削性とを両立させた熱間鍛造鋼を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法における鋼の温度および冷却速度の推移を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法を実施するための形態について説明する。
本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法は、C:0.30〜0.60質量%、Si:0.50質量%以下、Mn:0.10〜0.60質量%、V:0.20〜0.80質量%、S:0.05質量%以下、P:0.05質量%以下、N:0.0100質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を、熱間鍛造するものである。したがって、本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法で製造された高強度非調質熱間鍛造鋼は、前記成分の鋼で構成される。このような成分の鋼は、常法で溶製、鋳造することで得られる。
【0016】
そして、本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法(以下、適宜、単に製造方法という)は、図1に示す通りである。なお、図1において、Tは鋼の温度(℃)、vは鋼の冷却速度(℃/s)を示す。すなわち前記成分の鋼を、(Tvc+50)℃以上の加熱温度Tpeekに加熱し、前記加熱温度Tpeek以下850℃以上で熱間鍛造し、前記熱間鍛造の終了温度から700℃以下550℃以上における温度まで2.0℃/s以上の急速冷却速度で冷却し(1次急冷)、前記急速冷却速度での冷却の終了後に20〜100sec経過するまで冷却速度が0℃/s以上2.0℃/s未満となるように、かつ温度を500℃以上に保持または冷却し(緩冷却)、前記温度を保持または冷却の終了後に400℃以下の温度まで2.0℃/s以上の冷却速度で冷却する(2次急冷)ことによって製造される。Tvcは、前記成分の鋼におけるV炭化物(VC)の完全固溶温度(℃)であり、当該鋼におけるC,Vの各含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[V]で表したときに、式:Tvc=−9500/(log([C]×[V])−6.72)−273で算出される。また、本発明に係る製造方法の熱間鍛造の前に、鋳塊に熱間圧延、熱間鍛造等の公知の熱間加工を施してもよい。
【0017】
はじめに、本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法で製造された高強度非調質熱間鍛造鋼(以下、本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼、適宜熱間鍛造鋼という)を構成する各成分の含有量の数値範囲およびその数値範囲の限定理由について説明する。
【0018】
(C:0.30〜0.60質量%)
Cは、Fe炭化物(セメンタイト:Fe3C)を形成することで熱間鍛造鋼にパーライトを形成させて、熱間鍛造鋼の引張強度を向上させる。また、Cは、Vと炭化物や炭窒化物(VC,V(C,N)、以下、適宜まとめてV炭化物等という)を形成してフェライト中に析出する。V炭化物等の微細な析出物はフェライトおよびパーライトを析出強化する作用を有し、熱間鍛造鋼の硬さ(降伏強度)を向上させる。これらの効果が十分に得られるために、C含有量は0.30質量%以上とし、好ましくは0.40質量%以上である。一方、C含有量が多くなると、熱間鍛造後の冷却時にフェライト変態やパーライト変態が抑制されてベイナイトが形成されるようになり、降伏強度が低下し、降伏比が低下する。したがって、C含有量は0.60質量%以下とし、好ましくは0.50質量%以下である。
【0019】
(Si:0.50質量%以下)
Siは、鋼に不可避的に含まれるが、固溶強化によりフェライトおよびパーライトの降伏強度を向上させ、また脱酸効果を有して熱間鍛造鋼の内部品質を向上させるため、さらに添加されてもよい。一方、Si含有量が0.50質量%を超えると、ベイナイトが形成されるようになる。したがって、Si含有量は0.50質量%以下とする。
【0020】
(Mn:0.10〜0.60質量%)
Mnは、固溶強化によりフェライトおよびパーライトの降伏強度を向上させ、例えば一般的な中炭素鋼の一種であるS45Cには0.60〜0.90質量%添加されている。一方で、Mnはフェライト変態を抑制する作用を有する。本発明に係る製造方法においては、Mn含有量を少なくして、フェライト変態およびパーライト変態を促進して変態速度を速くすることにより、フェライト中に析出するV炭化物等を微細化し、Mn添加による固溶強化以上の析出強化を得る。変態速度を十分に高速化するために、Mn含有量は0.60質量%以下とし、好ましくは0.50質量%以下、さらに好ましくは0.40質量%未満である。ただし、Mn含有量が0.10質量%未満になると、熱間鍛造後の冷却において、700℃まで冷却される前にフェライト変態が開始され、高温域下で粗大V炭化物が析出して、強度を低下させる。したがって、Mn含有量は0.10質量%以上とする。
【0021】
(V:0.20〜0.80質量%)
Vは、フェライトおよびパーライト中のラメラフェライトに微細なV炭化物、V炭窒化物として析出することでフェライトおよびパーライトを強化し、降伏強度向上に寄与する。析出物を十分な量とするために、V含有量は0.20質量%以上とし、好ましくは0.25質量%以上、さらに好ましくは0.40質量%以上である。一方、V含有量が多くなると、熱間鍛造後の冷却時に、フェライト変態やパーライト変態が抑制されてベイナイトが形成されるようになる。あるいは、さらにフェライト変態点、パーライト変態点が上昇するのでフェライト中のV炭化物の相界面析出が起こり難くなり、逆に降伏強度の低下を招く。したがって、V含有量は0.80質量%以下とする。
【0022】
(S:0.05質量%以下)
Sは、鋼に不可避的に含まれ、Mnと反応してMnS介在物を形成して被削性を向上させる効果を有するが、一方で、延性および靭性を低下させる。したがって、S含有量は0.05質量%以下とする。
【0023】
(P:0.05質量%以下)
Pは、鋼に不可避的に含まれるが、鋼を脆化させるので可能な限り低減されることが好ましく、P含有量は0.05質量%以下とする。
【0024】
(N:0.0100質量%以下)
N(窒素)は鋼の溶融工程で不可避的に混入する元素である。Nは、Vと結合してV炭窒化物を形成し、V炭化物と共に析出強化に寄与する。一方、N含有量が0.0100質量%を超えると、熱間鍛造における加熱時に鋼に溶解しないNが生じ、粗大なV窒化物(VN)を形成する。このV窒化物の近傍領域でVが欠乏するために、V炭化物、V炭窒化物の析出量が不足し、析出強化が低下する。したがって、N含有量は0.0100質量%以下とする。
【0025】
本発明に係る熱間鍛造鋼は、前記成分以外に例えばAlが不可避的不純物として含まれていることが考えられ、Al:0.1質量%以下であれば、本発明の効果を阻害するものではなく許容される。
【0026】
次に、本発明に係る製造方法における条件の数値範囲およびその数値範囲の限定理由について説明する。
【0027】
(加熱温度Tpeek:(Tvc+50)℃以上、Tvc:鋼におけるV炭化物の完全固溶温度)
熱間鍛造前の加熱は、鋼(オーステナイト)に、Mn等の添加元素やV炭化物を完全に固溶するための処理である。特に本発明における鋼はV含有量が多く、V炭化物が完全固溶する温度(VC完全固溶温度)Tvcが高いため、この温度Tvcを鋼のC,Vの各含有量(質量%)[C],[V]から算出して、それに応じて加熱温度Tpeekを設定する。VC完全固溶温度Tvc(℃)は、『日本鉄鋼協会,鉄鋼便覧第3版,第I巻基礎,1981年,p.412』の図7・43に表されたC,Vの溶解度積とVC完全固溶温度Tvcとの相関より導出した下式(1)を、Tvcについて式変形した下式(2)を用いて算出することができる。さらに、加熱時間(保持時間)によらず確実にすべてのV炭化物を固溶させるために、VC完全固溶温度Tvcに50℃を加算して加熱温度Tpeekの下限とする。加熱温度Tpeekの上限は特に規定されないが、鋼の溶融温度未満とするため、また設備の能力等から、1300℃程度とすることが好ましい。このような加熱温度Tpeekにおける保持時間は特に規定されないが、10時間以下保持してもよい。
【数1】

【0028】
(熱間鍛造温度:加熱温度Tpeek以下850℃以上)
熱間鍛造において温度が低下すると組織が微細化するが、850℃未満まで低下するとV炭化物やV炭窒化物がオーステナイト中に析出する。V炭化物等がオーステナイト中に析出すると、その後のフェライト変態時にフェライト中に微細に相界面析出するV炭化物等が減少するため、降伏強度を確保できなくなる。したがって、熱間鍛造は加熱温度Tpeek以下850℃以上で行い、すなわち熱間鍛造終了温度は850℃以上とする。また、本発明に係る鋼はV含有量が多いため、熱間鍛造における歪量を10%以上とすることが、フェライト変態が促進されるために好ましく、20%以上がさらに好ましい。一方、歪量を95%を超えて大きくすると熱間変形抵抗が過剰になるため、95%以下が好ましく、90%以下がさらに好ましい。
【0029】
(熱間鍛造後の急速冷却速度:2.0℃/s以上、急速冷却停止温度:700℃以下550℃以上)
熱間鍛造後に緩やかに冷却すると、フェライト変態が開始する温度が高くなる。フェライト形成と並行してV炭化物やV炭窒化物がフェライト中に析出するが、700℃を超える高温ではV炭化物等が粗大になって析出強化に寄与せず、また、冷却が進行して温度が低下したときの相界面析出および微細に析出するV炭化物等が減少し、あるいは相界面析出自体が起こらなくなって、局所的に析出強化の不十分なフェライトが形成される。その結果、熱間鍛造鋼の降伏強度を十分に向上させることができない。したがって、熱間鍛造終了温度から少なくとも(高くても)700℃に到達するまでは、フェライト変態が開始しないように、急速冷却速度(1次急冷速度)2.0℃/s以上で冷却し、好ましくは3.0℃/s以上、さらに好ましくは5.0℃/s以上で冷却する。また、好ましくは680℃以下に到達するまで、さらに好ましくは660℃以下に到達するまでは、冷却速度が2.0℃/s以上であるようにする。
【0030】
本発明に係る製造方法では、Mn含有量を抑えたことで変態速度が速い一方、熱間鍛造鋼がVを含有することでフェライトやパーライトの核生成が強く抑制されており、前記急速冷却速度で冷却して550℃に到達した時点で、フェライト変態およびパーライト変態が完了していない虞がある。このような場合に、急速な冷却をさらに継続すると、550℃未満の温度域でベイナイトやマルテンサイトへの変態が生じる。したがって、2.0℃/s以上での冷却は550℃に到達するまでに終了(停止)する。言い換えると、後続の緩冷却への切換え(冷却速度の減速)を開始して、550℃に到達するまでに冷却速度が2.0℃/s以下になるように減速する。好ましくは570℃に到達する以前に、さらに好ましくは590℃に到達する以前に、冷却速度が2.0℃/s以下になるように減速する。
【0031】
(急速冷却停止後の緩冷却速度:0℃/s以上2.0℃/s未満、緩冷却時間:20〜100sec、緩冷却停止温度:500℃以上)
フェライト変態の開始後は、当該変態温度域を保持してフェライト変態およびパーライト変態を促進させて、V炭化物等を析出させることが好ましい。したがって、急速冷却停止後は、当該停止時の温度を保持する(冷却速度0℃/s)、または2.0℃/s未満で緩速冷却する(以下、適宜まとめて緩冷却という)。冷却速度(緩冷速度)は、好ましくは1.5℃/s未満である。さらに、緩冷却中にフェライト変態およびパーライト変態を完了させるために、当該緩冷却の時間は20sec以上とし、好ましくは40sec以上である。ただし、500℃未満になるとフェライト変態およびパーライト変態を生じなくなるため、緩冷却の間は500℃以上を保持し、好ましくは520℃以上、さらに好ましくは550℃以上を保持する。一方、フェライト変態およびパーライト変態の完了後に、継続して緩やかに冷却または温度を保持すると、析出物が粗大化して析出強化の効果が失われるため、緩冷却の時間は100sec以下とし、好ましくは80sec以下である。なお、本発明で規定する緩冷却の時間は、緩冷速度への減速および後続の急速冷却への加速のための冷却速度の推移期間を含めて、冷却速度0℃/s以上2.0℃/s未満である期間を指す。
【0032】
(緩冷却後400℃以下の温度までの急速冷却速度:2.0℃/s以上)
前記した通り、フェライト変態およびパーライト変態の完了後に緩やかに冷却すると、析出物が粗大化するため、緩冷却後は急速冷却速度(2次急冷速度)2.0℃/s以上にて、析出や変態等の変化を生じなくなる400℃以下まで冷却する。急速冷却速度は、好ましくは3.0℃/s以上、さらに好ましくは5.0℃/s以上である。400℃以下に冷却された後の冷却速度は規定されないので、急速冷却を継続してもよいし、2.0℃/s未満に減速して冷却を完了してもよい。なお、2次急冷速度から減速して冷却を停止する際、400℃に到達するまでは冷却速度が2.0℃/s以上であるようにする。
【0033】
これらのことから、本発明に係る製造方法において、鋼を熱間鍛造した後、その終了温度から2.0℃/s以上の1次急冷速度で急速冷却し、その後、2.0℃/s未満の緩冷却速度で緩冷却、あるいは冷却を停止する。その際の冷却速度の推移は、700℃以下550℃以上における温度で2.0℃/sとなるように減速し(冷却速度を切り換え)、さらに所望の緩冷却速度に減速または冷却を停止する。前記緩冷却速度での緩冷却または温度の保持後、2.0℃/s以上の2次急冷速度に冷却を加速してまたは再開して急速冷却する。その際の冷却速度の推移は、先行の減速にて2.0℃/s未満となった時から加速により再び2.0℃/sとなるまでの時間が20〜100secであるようにし、かつこの2.0℃/sになる温度が500℃以上であるように加速し、さらに所望の2次急冷速度に加速する。このような条件で冷却することで、微細なV炭化物等を析出させたフェライトおよびパーライトを主要組織とする熱間鍛造鋼が形成される。
【0034】
以上の製造方法により製造された高強度非調質熱間鍛造鋼、すなわち本発明に係る高強度非調質熱間鍛造鋼は、フェライト−パーライト組織が主体となる。そして、Vを十分に含有することで、このフェライトおよびパーライト中のラメラフェライトには微細なV炭化物やV炭窒化物が多量に析出しているため、フェライトおよびパーライトは析出強化されて、熱間鍛造鋼の降伏強度を大きく向上させることができる。一方、ベイナイトやマルテンサイトは引張強度には優れるが、V炭化物等を析出することができないために、これらの組織が熱間鍛造鋼に混在すると降伏強度が低下して降伏比が確保できなくなる。また、ベイナイトが熱間鍛造鋼に混在すると、切削性が低下する。具体的には、本発明に係る熱間鍛造鋼は、フェライト+パーライトの組織分率が95%以上であることが好ましく、さらに好ましくは98%以上である。
【0035】
このように、本発明に係る熱間鍛造鋼は、V炭化物やV炭窒化物で析出強化されたフェライトおよびパーライトを主体とすることで、降伏強度を向上させ、かつ切削性とのバランスが良好な特性を確保できた。具体的には、降伏強度が950MPa以上、降伏比が0.8超の強度となり、ビッカース硬さで380HV以上に相当する。望ましくは、降伏強度が1000MPa以上、ビッカース硬さで420HV以上相当となる。さらに、フェライト変態の高速化によりV炭化物等がより微細に析出したため、Vの添加量に対していっそう析出強化されている。具体的には、熱間鍛造鋼のV含有量によって決定される量の析出物(V炭化物)が適切に分散したときに得られる理論強化量から換算した硬さを超える硬さが得られる。
【0036】
理論強化量は、『高木節雄,鉄鋼の析出制御メタラジー最前線,日本鉄鋼協会,2001年,p.69−80』に記載された(15)式の析出強化式で表される粒子分散強化量Δσであり、この式にV炭化物(VC)の臨界せん断長さ:7.4×10-9mを導入した下式(3)を用いて、V含有量(質量%)[V]から算出することができる。さらに、得られた強化量Δσより、下式(4)を用いてビッカース硬さHtを算出することができる。この理論強化量に基づく硬さHtは、V含有量が0.27質量%以上で380を超えるので、本発明に係る熱間鍛造鋼はこれよりも少ないV含有量、具体的には0.20質量%以上であれば硬さが380HVに到達し得る。
【数2】

【実施例】
【0037】
以上、本発明を実施するための形態について述べてきたが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例によって制限を受けるものではなく、請求項に示した範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0038】
〔供試材作製〕
真空溶製された表1に示す化学成分組成の鋼を1250℃で30分間加熱した後、φ50mmの丸棒材に熱間鍛造して空冷した。この丸棒材を1250℃で30分間加熱した後、900℃以上の温度域でφ25mmの丸棒材に熱間鍛造して空冷した。この丸棒材のD/4部を中心に、φ8mm×長さ12mmの円筒形の供試材を切り出した。
【0039】
この供試材に、熱間加工再現試験装置THERMECMASTOR−Z(富士電波工機株式会社製)で熱間鍛造工程を再現した。熱間鍛造工程模擬のプロセスは、すべての供試材のVC完全固溶温度Tvc(前記式(2)より算出、表1に併記する)に対して50℃以上高い1200℃に10℃/sで加熱して、この温度を10分間保持してから、鍛造温度1100℃、歪量40%、歪速度10/sで熱間鍛造を行い、その後、表1に示す条件で急速冷却−緩冷却−急速冷却を行って、400℃以下になるまで冷却した。なお、冷却速度は速やかに減速および加速され、冷却速度の切換えに要した時間は0とみなし、その間の温度降下もないものとする。また、供試材No.7,9,11,13は、緩冷却における冷却速度を継続して400℃以下になるまで冷却した。
【0040】
〔測定、評価〕
熱間鍛造後の供試材について、組織を観察した。供試材の円筒形の軸に沿って切断し、軸方向の中心かつ円周方向のD/8部を観察できるように切断面を調整し、3%ナイタールで腐食させた切断面を光学顕微鏡で観察して構成組織を判別した。顕微鏡像において、白い領域がフェライト(F)であり、黒い部分(セメンタイト)に白い部分(ラメラフェライト)が分散して混在している暗いコントラストの領域がパーライト(P)である。さらに、顕微鏡像の暗いコントラストの領域のうち、白い部分が針状に混在している領域がベイナイト(B)である。組織解析は400倍で10枚組織写真を撮影し、各写真に対してランダムに100点を選択して各点の組織を判別し、確認できた組織の種類のすべてを表1に示す。フェライトおよびパーライトのみからなる組織を良品とする。
【0041】
熱間鍛造後の強度の評価として、熱間鍛造後の供試材のビッカース硬さを、ビッカース硬さ試験機を用いて荷重10kgfで5点測定し、その平均値をビッカース硬さHVとして表1に示す。強度の合格基準は、降伏強度950MPa以上かつ降伏比0.8超に相当するビッカース硬さ380HV以上、かつ式(3)、(4)より算出した理論強化量に基づくビッカース硬さHt(表1に併記する)以上とした。
【0042】
【表1】

【0043】
(化学成分による評価)
表1に示すように、供試材No.1,2,5,8は、化学成分が本発明の範囲であるので、V炭化物等の析出強化により降伏強度が向上して、ビッカース硬さHVが理論強化量に基づく硬さHtよりも高くなった。特に供試材No.1は、Mn含有量が少ないために、他の成分および熱間鍛造後の冷却条件が同じである供試材No.2と比較してフェライト変態速度が速くなり、V炭化物等がいっそう微細化されて析出強化が向上した。これに対して、供試材No.10,12は、Mn含有量が過剰であるためにフェライト変態速度が遅く、緩冷却を終了するまでにフェライト変態およびパーライト変態が完了せず、その後の急速冷却によりベイナイトが形成された。このようなベイナイトが形成された供試材は、降伏強度が低下し、ビッカース硬さHVが理論強化量に基づく硬さHtよりも大幅に劣化した(供試材No.3,4,6,10,12)。一方、供試材No.14は、V含有量が不足しているためにV炭化物等の析出強化が小さく、降伏強度が十分に得られず、ビッカース硬さHVが理論強化量に基づく硬さHtよりも高いものの不十分だった。
【0044】
(冷却条件による評価)
供試材No.1,2,5,8は、熱間鍛造後の冷却条件が本発明の範囲であるので、組織がフェライトおよびパーライトとなり、かつ微細なV炭化物等が十分に析出したことにより、降伏強度が向上してビッカース硬さHVが理論強化量に基づく硬さHtよりも高くなった。これに対して、供試材No.3は、700℃を超える高温で急速冷却を停止したために、この温度域での緩冷却(温度保持)によりフェライト変態が開始して、フェライト中にV炭化物等が粗大に析出した結果、V含有量が本発明の範囲であっても微細V炭化物等の析出強化が不十分で、降伏強度が向上せず、さらに前記高温での温度保持後に急速冷却を再開した結果、ベイナイト変態が生じたためにベイナイトが形成されて、ビッカース硬さHVが劣化した。反対に、供試材No.4は、ベイナイト変態が生じる550℃未満まで急速冷却したために、ベイナイトが形成された。
【0045】
供試材No.6は、緩冷却の時間が不足したために、フェライト変態およびパーライト変態が完了せずに急速冷却が再開され、550℃未満でベイナイトが形成された。反対に、供試材No.7,9,11,13は、急速冷却を再開せずに緩冷却を継続した比較例である。これらのうち供試材No.7,9は、フェライト変態およびパーライト変態の完了後も緩冷却を継続したことにより、V炭化物等が粗大化して析出強化の効果が一部失われ、その結果、降伏強度が十分に得られなかった。一方、供試材No.11,13は、さらにMn含有量が過剰で、フェライト変態速度が遅いためにV炭化物等が十分に微細化せず、十分な析出強化が得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.30〜0.60質量%、Si:0.50質量%以下、Mn:0.10〜0.60質量%、V:0.20〜0.80質量%、S:0.05質量%以下、P:0.05質量%以下、N:0.0100質量%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を、
前記鋼におけるC,Vの各含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[V]で表したときに、式:Tvc=−9500/(log([C]×[V])−6.72)−273で算出されるV炭化物の完全固溶温度Tvc(℃)に対して50℃以上高い加熱温度に加熱し、
前記加熱温度以下850℃以上で熱間鍛造し、
前記熱間鍛造の終了温度から700℃以下550℃以上における温度まで2.0℃/s以上の急速冷却速度で冷却し、
前記急速冷却速度での冷却の終了後に20〜100sec経過するまで、冷却速度が0℃/s以上2.0℃/s未満となるように、かつ温度を500℃以上に保持または冷却し、
前記温度を保持または冷却の終了後に、400℃以下の温度まで2.0℃/s以上の冷却速度で冷却することを特徴とする高強度非調質熱間鍛造鋼の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−153916(P2012−153916A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11870(P2011−11870)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 「鉄鋼材料の革新的高強度・高機能化基盤研究開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】