説明

高温装置の揮発損失防止方法

【課題】ガラス製造装置等の高温装置を構成する白金族貴金属の揮発損失を抑制する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、白金族貴金属からなる高温装置の外表面の揮発防止方法であって、前記高温装置の外表面に、安定化ジルコニアからなる厚さ50〜500μmのコーティング層を溶射により形成する方法である。本発明が有用な高温装置としては、ガラス製造用途における各種の桶、るつぼ、パイプやガラス繊維紡糸用のブッシングの他、単結晶育成用るつぼやるつぼ付帯冶具等が挙げられるも。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス製造装置等の高温で稼動する装置を構成する白金族貴金属材料の外表面を改質するための方法に関し、特に構成材料の酸化により生じる揮発損失を抑制するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラス製造装置等の高温で稼動する装置においては、構成材料として白金族貴金属(白金、イリジウム等)及びその合金(白金−イリジウム合金、白金−ロジウム合金等)が広く使用されている。これらの材料は、高融点で化学的安定性が良好であり、高温下で使用されるガラス製造装置の稼動時において、変形、損傷するおそれが低く、溶融状態のガラスを汚染するおそれが低いからである。
【0003】
ここで、ガラス製造装置で使用される白金族金属は、従来から揮発損失の問題が指摘されている。白金族貴金属は、上述したように、化学的安定性は高いものの、ガラス製造装置の使用温度(1000℃以上)では、全く酸化が生じないわけではない。そして、外気と接触している外表面側では、酸化によりPtO等の酸化物が生じる。この白金族金属の酸化物は、揮発性があり高温下では消失するため、酸化物生成とその消失の繰り返しにより白金装置重量の減少が生じる。また、揮発損失量の激しい部位については、材料破断のおそれまで生じる。
【0004】
そこで、白金族貴金属の高温酸化による揮発損失を抑制するため、装置の外表面を外気と遮断するコーティング層を形成する方法が報告されている。この方法は、アルミナやシリカ等の耐火材料をゾル又はグリーンシートの状態で装置表面に塗布・貼付してコーティング層とするものである。アルミナのような金属酸化物からなる耐火材料は、高温化でも安定であり、酸化のおそれもない。そして、この方法は、比較的簡易にコーティング層を形成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−77318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、本発明者等によると、上記従来のコーティング層を施工した装置であっても、使用時間経過と共に揮発損失が生じ、期待したほどの効果を得ることができない場合があった。そこで、本発明は、白金族金属からなる高温装置の揮発損失の問題について、これを従来よりも軽減できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題について検討を行い、従来のコーティング層の問題点について考察した。そして、従来のコーティング層においては、その材質と緻密性に改善の必要があると考えた。これら2つの改善点について、まず、材質についてみると、従来のコーティング層は、アルミナを使用することが多い。アルミナは最も一般的な耐火材料として知られており、その耐火性能そのものに問題はない。しかし、本発明者等によるとアルミナは、その熱膨張率が白金族金属のそれと大きく相違することから、装置の起動・停止時の温度変化で生じる装置材料の体積変化に追随し難い。そのため、アルミナを適用する従来のコーティング層は、使用過程で微小なクラック、隙間が生じやすく、外気遮断という目的を果たせなくなっていることが考えられる。また、コーティング層の緻密性についてみると、アルミナ等の耐火材料は、本来、多孔質な物質である。上記従来のコーティング層は、粉末状態のアルミナをゾル状、グリーンシート状にし、これを塗布して形成されるものであるから、溶媒等を使用する必要性があり、コーティング層の緻密性も十分なものとはいえない。
【0008】
本発明者等は、上記検討から、白金族金属の熱膨張に対する追従性、被覆膜の緻密性確保の観点から好適なコーティング層として、ジルコニア(安定化ジルコニア)からなる溶射によるコーティング層に想到した。
【0009】
上記課題を解決する本願発明は、白金族貴金属からなる高温装置の外表面の揮発防止方法であって、前記高温装置の外表面に、安定化ジルコニアからなる厚さ50〜500μmのコーティング層を溶射により形成する方法である。
【0010】
本発明において形成するコーティング層は、ジルコニアの中でもイットリア安定化ジルコニアからなる。ジルコニアは、基本的に安定な酸化物であるが、高温領域において相転移を起すことがあり、その結晶構造が変化することがある。本願発明においても、装置の使用温度が高温であることから相転移を防止する必要がある。安定化ジルコニアは、ジルコニアに少量の酸化イットリウムを添加した複合酸化物であり、上記高温領域での相転移が抑制されている。この酸化イットリウムの混合量は5〜10重量%とする。
【0011】
安定化ジルコニアからなるコーティング層の厚さは、50〜500μmとする。50μm未満では、白金族貴金属の揮発損失を抑制しがたく、500μmを超えてもコーティング層としての機能に差異はなくなり、施工コストが悪化することとなる。
【0012】
コーティング層を溶射により形成するのは、溶剤やバインダー等を使用することなく緻密性の良好なジルコニア膜を形成するためである。
【0013】
本発明が対象とする高温装置は、ガラス製造用途として溶解用の桶又はるつぼ、清澄用の桶又はパイプ、攪拌用の桶、冷却用のパイプ、各桶を連結するためのパイプ、ガラス繊維紡糸用のブッシング、桶やパイプの付帯冶具などが挙げられる。また、ガラス製造用途以外の高温装置として、酸化物等の単結晶育成用るつぼやるつぼ付帯冶具等にも本発明は有用である。尚、コーティング層形成の施工範囲としては、これら装置の外表面の全面をコーティング施工しても良いが、高温となり揮発損失が懸念される部位のみについての部分的な施工でも良い。
【0014】
また、高温装置を構成する白金族貴金属は、白金、イリジウム、ロジウムの少なくとも何れかを含むものが挙げられる。尚、これらの貴金属の純金属のみではなく、合金(例えば、白金−イリジウム合金、白金−ロジウム合金)も含む。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明によれば、安定化ジルコニアからなり溶射による緻密なコーティング層を形成することで、白金族貴金属の揮発損失を抑制することができる。これにより、各種高温装置の装置寿命の長期化、安定化を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
第1実施形態:ここでは、予備試験として、イリジウムからなる試験片に、安定化ジルコニア溶射コーティングを施工し、試験片を加熱試験して、揮発損失量を測定した。この試験は、寸法50×50×0.5mmのイリジウム試験片の外表面について、酸化イットリウムの含有量7重量%の安定化ジルコニア粉末(粒径約70μm)を原料とし、プラズマ溶射によりコーティング層(厚さ100μm、300μmの2種類の試験片を製作)を形成した。
【0017】
この溶射膜を形成したイリジウム試験片について、大気中で1600℃で25〜100時間加熱し、各加熱時間経過後の加熱前後の質量変化を測定した。尚、この試験では、比較のため、アルミナの溶射コーティング層、特許文献1のアルミナゾル塗布、市販のアルミナセメント塗布の各コーティングを施工した試験片も用意して同様の加熱試験を行った。但し、比較例については、揮発損失量が0.25mg/mmを超えた段階でそれ以上の試験を行っていない。この試験結果を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
表1から、本発明に係る安定化ジルコニアによるコーティング層は、揮発損失量が極めて少ないことがわかる。溶射によるアルミナコーティングも一応の効果はあるといえるが、安定化ジルコニアに及ぶものではなく、その厚さを厚く(300μm)しても、安定化ジルコニアコーティングの薄いもの(100μm)よりも揮発損失の抑制効果は低かった。尚、アルミナゾルやアルミナセメントの塗布は、揮発損失抑制に対して効果が薄いことがわかった。
【0020】
第2実施形態:次に、実際のガラス製造装置への適用を考慮して、白金合金(白金−20重量%ロジウム合金)製のガラス溶解用るつぼを用意し、これについての効果を検討した。用意したのは、白金−20重量%ロジウム合金製のるつぼ(内径350mm)であり、その底部を含む外表面の全面について、第1実施形態と同様の条件にて安定化ジルコニア層を300μm形成した。
【0021】
そして、この白金合金製るつぼを、1600℃まで熱上げし、50時間この温度に維持後、冷却したが、表面のコーティング層に変形や割れ、剥離は見られなかった。このように、溶射は、るつぼ底面のような曲面にもコーティング層を形成することができ、その強度も満足いくものであった。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明によれば、ガラス製造用るつぼ等の各種高温装置の揮発損失を抑制することができ、装置の維持コスト、メンテナンスコストを抑制し、ガラス製品等の製造効率改善、コスト改善に寄与することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金族貴金属からなる高温装置の外表面の揮発防止方法であって、
前記高温装置の外表面に、安定化ジルコニアからなる厚さ50〜500μmのコーティング層を溶射により形成する方法。
【請求項2】
高温装置は、ガラス製造用途として溶解用の桶又はるつぼ、清澄用の桶又はパイプ、攪拌用の桶、冷却用のパイプ、各桶を連結するためのパイプ、桶やパイプの付帯冶具の全て、又は、少なくとも一つである請求項1記載の方法。
【請求項3】
高温装置は、ガラス繊維紡糸用のブッシングである請求項1記載の方法。
【請求項4】
高温装置は、単結晶育成用のるつぼ、るつぼ付帯冶具の全て、又は、少なくとも一つである請求項1記載の方法。
【請求項5】
高温装置を構成する白金族貴金属は、白金、イリジウム、ロジウムの少なくとも何れかを含むものである請求項1〜請求項4のいずれかに記載の方法。

【公開番号】特開2012−132071(P2012−132071A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−285659(P2010−285659)
【出願日】平成22年12月22日(2010.12.22)
【出願人】(509352945)田中貴金属工業株式会社 (99)
【Fターム(参考)】